2017/12/03

新たな旅立ち

 

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今まで感じたことのないほどの、白い朝だった。真っ白な世界にふわふわ浮かんでいるようで、感覚にまるで現実味がない。しばらくぼんやりと目の前の景色を眺めていると、それが建物の高い天井で、しかしやはり真っ白な天井の景色にも現実味がなく、リュカはそれからもじっと寝ながら別荘の天井を眺めていた。
昨夜は遅くまで祝宴が続いた。一度町の外へ出て、仲間の魔物たちともひと騒ぎした後、再び町に戻った時、町の人々はこぞってリュカたちのことを心配した。突然、呪文を発動して、町から飛んで消えてしまったのだからそれも当然のことだった。しかしサラボナの人々の町民性は根っから明るく、あまり深くは考えない性質のようで、リュカたちが無事に戻ってきたらそれだけでよいと言わんばかりに、再び何事もなかったかのように祝宴が続いた。特に事情の説明は要らないほど、人々の間には祝宴ムードが広がり、お祭りを楽しむのが先行しているようだった。
その後もルドマンと話をしたり、町の人々と話をしたりしているうちに夜になり、夜の雰囲気に合うように提供される酒の量が増え、知らず飲んでしまった酒に酔ったところまでは覚えている。しばらくはその後も話をしていた気がするが、気がするだけで、話の内容は何一つ覚えていない。感覚的に、両脇を誰かに支えられていたのはおぼろげに思い出せる。恐らくヘンリーとビアンカだったのだろう。右側で何やら悪態をついていて、左側では心配そうに声をかけてくる声が耳に残っている。そしておぼろげにすら覚えているのは、そこまでだった。
手に触れる感覚はさらさらしていて、まだ身に着けているタキシードくらいの上質な布の上に寝ているのが分かる。身体にかけられる布も同じように、肌触りが良い。リュカは上掛けをつかんで持ち上げると、ようやくゆっくりと体を起こした。頭に鋭い痛みが走り、思わずうめき声を出す。
こめかみを手で押さえていると、後ろでトントンと階段を下りてくる音が聞こえた。軽やかなその音にしかめ面をしながら振り向くと、既に旅装に身を包んだビアンカが、いつも通りの元気な笑顔で歩いてくる姿があった。
「おはよう、リュカ。よく眠れた? もうお昼近い時間よ」
果たしてここは山奥の村のダンカンの家だっただろうかと思うほど、彼女はいつも通りだった。真っ白なウェディングドレスに身を包み、美しく化粧を施し、笑うたびに慎ましやかながらもきらきらと光が零れるような花嫁特有の空気をまとっていたはずだが、今やその名残はどこにもない。彼女は今にも意気揚々と旅立ってしまいそうなほど、いつも通りの溌剌さを取り戻している。
「あれ? 僕たち、結婚したんだよね?」
ベッドの上で胡坐をかきながらそんなことを言うリュカに、ビアンカは目を丸くした後、噴き出すように笑い出した。
「もし結婚してないとしたら、リュカの今の格好に説明がつかないわね」
そう言われて見た自分の白タキシード姿に、リュカはあの幸せな結婚式や祝宴の記憶は現実のものだったのだとようやく身に思い出すことができた。
「だってビアンカがもうそんな普通の格好してるから、僕が勝手に想像してただけなのかなって思ったんだよ」
「仕方ないじゃない。リュカったら呼びかけてもちっとも起きないんだもの。こんな時間までウェディングドレスなんて来てられるわけないでしょ。疲れるんだから、あれ」
「そんなに疲れるものなの?」
「リュカも一度着てみたらいいわ。こう、お腹をギューッと締め付けられて、思うように身動きできないんだから」
「とてもそうは見えなかったけどなぁ。よく食べてたみたいだし」
「せっかく美味しいものがたくさんあるんだから、何としてでも食べたいじゃない」
「それもそうだね」
ビアンカと話をするうちに、頭の中が段々とはっきりしていくのを感じた。胡坐をかいて座っているベッドは悠に大人三人くらいは寝られるほどの広さがあり、そのど真ん中で自分は寝ていたようだとリュカはベッドのシーツをさする。別荘には他にも小部屋があるようだが、寝室として利用できるのは恐らくここだけで、そしてベッドはリュカが座っている大きなもの一つしか見当たらない。
「ビアンカはどこで寝てたの? ちゃんと休めたの?」
「えっ? ……ええ、私は平気よ。しっかり休めたわ。いつでも旅に出られるわよ」
元気にそう答えるビアンカだが、彼女の眼の下にはうっすらをクマができているような気がした。寝室にはベッドの他にも大きなソファが置かれている。もしかしたら彼女はあのソファで束の間の休息を取っただけかもしれないと、リュカはこの広いベッドを譲ろうと体をずらす。
「でもまだ疲れていそうだよ。このベッド、寝心地いいから少しここで寝ていたらいいよ」
「本当に、こんなベッドで寝られるなんて二度とないわよね。シーツも上掛けも、アルカパで宿屋をやっている時にはお目にかかったこともないわ。ちょっとしか寝られなくても、おかげでぐっすり眠れたわ」
「ここで寝てたの?」
リュカに言われ、ビアンカはみるみる顔を赤くして俯いてしまった。そんな彼女の様子を見て、リュカもつられるように顔を赤くする。
「わ、私たち夫婦になったんだもの。一緒に寝るのは普通でしょ? 何もおかしなことなんかないわよ」
「そ、そうだよね。それに一緒に旅をしてた時なんか、野宿だってしていたわけだし。今更そんなことを気にすることもないか」
「小さい頃だって同じベッドでお昼寝したこともあったじゃない。あれと一緒よ、一緒」
「そうだったね。レヌール城に行くのに、昼間のうちに寝なきゃいけないって、無理に寝かされた気がするよ」
「無理になんて寝かせてないでしょ。ちゃんといい夢が見られるようにっておまじないだって……」
「おまじない……」
そう呟きながらリュカは幼い頃にビアンカがしてくれた“おまじない”を思い出し、無意識にも頬に手を当てる。そんなリュカの姿を見て、ビアンカは視線を逸らして照れくさそうに言う。
「……いい夢、見られた?」
「うん、多分……」
「そう、それなら良かったわ」
頬を染めながら明るくそう言うビアンカを見て、リュカは彼女と結婚したことを今一度幸せに感じた。ルドマンの別荘の上質なベッドの上で、再び心がふわふわと浮かんでいきそうな感覚に包まれる。
ルドマンの別荘はサラボナの町中とは離れたところにあり、今が昼近い時間と言うことを忘れさせる。常に静けさに包まれ、爽やかな草木や花の香りが漂うこの場所では、目を覚ましていても夢見心地になってしまう。まるでおとぎ話の中の世界のように、現実味がない。
「でも何だかウソみたい……。私たち結婚したのよね……」
昨日行われたばかりの大聖堂のような大きな教会での結婚式、それに続く祝宴の様子を思い出し、ビアンカは改めて胸にこみ上げるものを感じる。昨日の記憶すべてが人生の宝物で、これからも決して消えることのなく胸の中に残るものなのだと、彼女は自分を選んでくれたリュカへの感謝の思いで胸が満たされるのを感じた。
リュカにはフローラを選択することもできた。むしろ、ビアンカは彼がフローラと結婚するようにと、彼が幸せになるためにはそうするのが最も良いのだと、仕向けていたつもりだった。しかしリュカは、何よりも自分の気持ちに素直に、周囲の期待に流されることなく、ビアンカを花嫁に選んだ。とても罪深いことをしてしまったのではないかと思うのと同時に、ビアンカは嬉しさを抑えることができなかった。大好きな彼とずっと一緒にいられる、そう考えるだけで、まるで背中に羽根でも生えたかのように軽やかな気持ちになり、どこかに飛んで行ってしまうのではないかと思うほどだった。
しかし結婚が決まってからは、あれよあれよという間に結婚式の準備が整い、ルドマンの手配の下に全ては執り行われた。気持ちが付いていかないまま物事が進み、気づいたら今、リュカとこうして顔を合わせているような、そんな状況だった。
ビアンカはまだリュカが胡坐をかいて座っているベッドの脇に回り込むと、深呼吸を一つして、改まった様子で言葉を告げる。
「リュカ……。こんな不束者ですが末永くよろしくお願いいたします……」
「ビアンカ……」
しんみりした雰囲気に、リュカは彼女が今後の人生を共にしてくれる覚悟を決めているのだと感じられた。リュカの旅はこれからも終わりが見えない状況だ。勇者を見つけ、母を救い出すという自分勝手な人生の目的に、大事なビアンカを付き合わせてしまうのだ。その重大さにリュカは改めて気づき、果たして彼女を旅に連れて出てしまっても良いのだろうかと、この場になって考え込んでしまう。
すると、そんなリュカの暗い考えを打ち消すように、ビアンカが表情を一転させて明るくし、リュカに微笑んで言う。
「なーんて、私らしくないセリフだったね。リュカ……。ずうっとずうっと仲良くやってゆこうね!」
そう言って、ビアンカはリュカの両手を取ると、ぎゅっと握り締めた。彼女の言葉と手の温かさに、リュカは喉の奥が熱くなった。ビアンカの手を握り返し、リュカも笑顔で言葉を返す。
「何があっても絶対にこの手は離さないからね。ずっと一緒だよ、ビアンカ」
まるで気障な男が吐くような台詞を大真面目に言うリュカを見て、ビアンカは顔を赤らめながらリュカから視線を外して呟く。
「………………あんたって、ほんとに…………」
「え? 何?」
「なんでもないわ。……さて、もうこんな時間になっちゃったけど、今日はどうするの? もう一日サラボナにいるつもり?」
「ううん、すぐにでも旅に出ようかなと思ってたんだ」
そう言いながら、結婚式の白タキシード姿のまま立ち上がり、今にもそのまま旅に出てしまいそうなリュカを見て、ビアンカは思わず笑いだしてしまう。
「その格好で旅に出るつもり? 笑って旅にならないから、とりあえず着替えてきたら?」
「それもそうだね。この服も返さなきゃいけないだろうし」
「旅の服なら奥の部屋にあったわよ。お風呂もあるからついでに体を流してきたらいいわ。それから行きましょう」
「うん、じゃあちょっと待ってて」
リュカがそう言って奥へ姿を消すと、ビアンカはふうっと息をついて、広いベッドの上に腰かけた。リュカがぐっすり眠る隣で、こっそりと身を寄せて眠っていたのを思い出し、ビアンカは一人照れるように小さな笑い声を漏らした。



ルドマンの別荘を後にし、リュカとビアンカがルドマンの屋敷を訪れたのは昼下がりの時間だった。今日もサラボナの町を照らす日差しは強く、しかし爽やかな風が吹く土地柄ゆえ、その日差しも心地よく感じる。昨日の結婚式の余韻を体に感じながら、リュカはまだ浮つく心をそのままにルドマン邸の門を叩いた。
屋敷の中では、ルドマンが妻と昼食後のティータイムを楽しんでいるところだった。応接間に通されたリュカとビアンカは、奥の部屋から現れたルドマンと彼の妻の姿に、改めて感謝の気持ちを覚える。
「よ! ご両人のおでましかっ。なかなか似合いの夫婦だぞ」
とても世界でも有名な大富豪とは思えないような気さくな言葉をかけてくれるルドマンに、リュカは知らず肩に入っていた力を抜くことができた。ビアンカも同じように感じていたようで、隣で小さく息をついているのが分かった。
「借りていた結婚式の衣裳、持ってきました。少し汚してしまったかも知れませんが……」
そう言いながら、リュカは大きな包み布の中から白のタキシードとウェディングドレスをルドマンに見せて差し出した。ルドマンは小さな目を大きく開いてそれを見ると、笑って手を横に振る。
「それは君たちのために用意したものなんだ。返す必要はない。旅の邪魔でなければ持っていきなさい」
ルドマンの言葉に、リュカとビアンカは目を見合わせた。ルドマンが二人に渡そうとしているものは恐らく二人には想像もつかないほど値打ちのあるものなのだ。それを何も特別なことはないと言わんばかりに、普段と変わりない笑顔のままルドマンはリュカたちに贈ろうとしている。あれほどの盛大な結婚式と祝宴を準備できるような大富豪にとっては、リュカが手にしているまばゆいばかりの結婚式の衣裳も、リュカたちが考えるような『値打ちのある』ものではないのかもしれない。そして世界に二つとない白の衣裳は、ルドマンの手にあるよりもリュカとビアンカのもとにあるのがその価値を見出せると、彼は暗にそう伝えているようにも見えた。
「まさかフローラの時に同じ衣裳を使うわけにもいかんからな。それにこれからの長い夫婦生活、美しい思い出が傍にあった方が良い時もあるだろう。その時の助けとして使えばよい」
ルドマンはそう言うと、隣にいる妻と目を見合わせ、意味のありそうな笑みを互いに見せた。困ったような笑みを返すルドマン夫人を見て、ビアンカはおぼろげにその意味を察知した気がしていた。
「色々とあるんでしょうね、これから……」
「それはもう、色々とありますよ、ビアンカさん。特にリュカさんのような方が夫なのですから……お気を付けくださいましね」
「ええ、色々と気をつけます」
女性二人で暗黙の会話がされていることに、ルドマンはただにこにこと、リュカは訝し気な目でビアンカを横目に見ていた。
「それはそうと……ヘンリーさんたちは今朝早くお帰りになったが……リュカのことを色々と聞かせてもらった。なんでも伝説の勇者を探して旅をしているとか」
ルドマンの言葉に、リュカはヘンリーとマリアが既にサラボナを後にしている事実に少々ショックを受けながらも、彼らがルドマンとも長々と話していたのを思い出した。祝宴の最中、ヘンリーはルドマンと話し込んでいたようで、その内容に自分のことが含まれていたことにも驚きを覚えた。
リュカ自身、あれよあれよという間にビアンカと結婚することが決まり、その準備が次々と進められ、そしてあっという間に終わって今に至っている。人生の変わり目があっという間に過ぎていき、その流れの中でリュカは当初の目的を見失いかけていた。そもそもサラボナの町を訪れたのは、生前父が探し求めていた伝説の盾の一つがこの町にあるという話を聞いたのがきっかけだったのだ。父の遺志を継ぐため、リュカは是が非でもその伝説の盾を手に入れなければならないと、ルドマンの屋敷の門を叩いたのが事の始まりだった。
ヘンリーがルドマンに話してくれなければ、危うくこのままサラボナの町を去るところだったと、リュカは内心冷や汗をかいていた。心の中でヘンリーに感謝した。
「そこでだ! 私からの祝いを受け取ってくれい! 後ろの宝箱のカギを開けておいたからなかの物を持ってゆくがいい」
ルドマンの表情はいつもと変わらず、にこやかだ。彼の後ろには二つの宝箱が置かれており、ずっと取り付けられていた錠が外されていた。宝箱自体がかなり古いもので、一体いつからその場所に置かれているのか、ルドマン自身も知っているのかどうか疑わしいほどだ。その錠が外されたのもいつ以来なのか、もはや誰にも分からないのかも知れない。
リュカが二つある宝箱のうちどちらに向かえばいいのか戸惑っていると、隣にいるビアンカが少しの迷いも見せずに一つの宝箱をじっと見つめ、リュカに呼びかける。
「行って見てみましょう」
まるでもう一つの宝箱は見えてすらいないようなビアンカの様子に、リュカは彼女を心配するように見つめる。しかしビアンカはリュカの手を引いて、宝箱からじっと目を離さず、すたすたと歩いていく。そんな彼女の様子に、ルドマンも少し驚いたように彼女を見ていた。
しかしいざ宝箱を目の前にして、手を伸ばしたビアンカだが、その手は途中で宙に浮いたまま止まった。浮いたままの手は引っ込められ、ビアンカはリュカにどこか助けを求めるような目を向けて言う。
「あなたが受け取るべきものよね。リュカ、開けてみて」
「う、うん……」
果たして彼女の好奇心からすれば喜び勇んで宝箱を開けそうなものだったが、寸前で手を引っ込めたビアンカに、リュカは改めて不安を覚える。ビアンカが何を考え、何を感じているのか、知りたかった。
重々しい宝箱の蓋に手をかけると、リュカはそっとそれを持ち上げた。きしむ音と共に蓋が開き、中に外からの光が差し込まれる。
見えるのは、布だ。古いものだが上質で、長い年月宝箱の中に置かれていたとは思えぬほど丈夫さを保っている。布をそっと触ってみると、大きく硬質なものが包まれているのが分かり、リュカは包みごと宝箱から出そうと両手を宝箱の中に差し入れた。予想していたよりも軽いそれは、あっさりと宝箱から取り出せた。
包み布を外して、中から現れたのは、光の塊のようなものだった。初め、リュカにはそれが何であるのか分からなかった。ルドマンが所有するもの宝物なのだから、世界に二つとない高価な装飾品か何かかと思うほど、それは煌びやかで、厳かで、勇壮さを帯びていた。白金の地にいくつか金と銀の宝玉がはめ込まれ、竜の頭や羽根を象る装飾が施され、そのもの全体はまるで竜を模しているようだった。
白金と緑と金銀の色合いが視界に収まると、リュカはその色合いに思わずあっと声を上げた。父パパスが見つけ出し、ずっとサンタローズの洞窟奥深くに隠していた伝説の剣と同じ色合い、装飾だと気づいた。今は馬車に置いてある天空の剣も、長い年月を経ても少しも古びることなく、輝きを保ったままリュカの目の前に現れた。その時と全く同じように、長年ルドマン家で時を待っていた天空の盾は、まるで今作られたばかりのような輝きを放ってリュカの前に姿を現した。
「私の家に代々伝わる由緒正しき盾だ」
「だけどこれは、フローラさんの結婚相手に渡すものだったはずじゃ……」
「君は伝説の勇者を探しているんだろう? ヘンリーさんからその話を聞いた時、私は途端に合点がいったんだ。これは君に渡すべきものなのだとね」
「僕がもし嘘をついていたらどうするんですか。ただ天空の武器防具が欲しいだけだったら……そういう人だってきっといますよね」
リュカの言葉に、ルドマンは目を丸くした後、明るい声で笑いだす。
「二つのリングを命がけで探し出し、しかもフローラを袖にしてビアンカさんを選ぶ正直者がよくそんなことを思いつくものだ。二つのリングを探すのが結婚条件だと言った時に、そういう輩は自身の命惜しさに娘との結婚は諦めたはずだ」
ルドマンの言う通り、彼がフローラの結婚相手の条件として炎と水のリングを探し出すことを提示したと同時に、リュカとアンディ以外の男はほとんどフローラとの結婚とルドマン家の財産を諦めたに違いなかった。何よりも大事なのは、自分の命なのだ。命を賭しても父の遺志を継ぎたいと思うリュカや、フローラへの想いが誰よりも強いアンディのような男は外にはいなかった。
「君のような者が現れるまで無くさずに持っていることが、恐らく私の家の使命だったんだろう。ぜひ君の旅に役立ててくれ」
ルドマンの言葉に、リュカは再び頭を下げ、光り輝く天空の盾を受け取ることにした。再び布に包もうとすると、隣でずっと盾を見つめていたビアンカがふうっと息を吐きだした。どうやらずっと息を詰めて盾を見つめていたようだ。
「ビアンカ、大丈夫? どうかしたの?」
「これが……天空の盾?」
リュカとルドマンの話を聞いていなかったのか、ビアンカは今初めてその名を認め、口にした雰囲気があった。彼女にまとわりつく独特の空気に、リュカは胸騒ぎを覚える。ビアンカが盾に手を伸ばそうとすると、リュカは彼女から盾を遠ざけるようにして布を被せてしまった。光り輝く盾は隠れたものの、布の上からそっと手を当て、ビアンカは自然と微笑む。
「なんでか分からないけど懐かしい感じがする……」
「懐かしい?」
「変よね、見たこともないのに」
果たして初めて見たものに懐かしさを感じるものなのだろうかと、リュカはビアンカの言葉に首を傾げる。しかしそれを最も不思議がっているのはビアンカ自身だ。神々しいまでの光り輝く盾に懐かしみを感じるなどあり得ないことだと、彼女自身、自分の人生を振り返ってみてもそう思い至る。
幼い頃から冒険に出ることに憧れはしたものの、そんな憧れとは真逆の、山奥の村での平平凡凡な生活をしていた。唯一、冒険に出たと言えるのは、幼い頃にリュカと行ったレヌール城のお化け退治の時のことだ。その時にも、今目にしたような光り輝くものを見た覚えはない。
しかし天空の盾を見た瞬間に、身体全体がざわついたのは間違いなかった。伝説の盾を目にしたという単純な感動ではない。ルドマン邸の宝箱に収まる前の、遥か昔、盾が盾として活躍していた場面を一瞬、垣間見たような感覚に陥ったのだ。その感覚が確か過ぎて、ビアンカは思わず身震いしていた。
「きっと気のせいだよ。あまりにもキレイだから、何だかよく分からなくなったんじゃないかな」
ビアンカの不安を打ち消すように、同時に自分の中に沸き起こる不安も打ち消すように、リュカは彼女に言葉をかける。彼女の感覚を認めてしまえば、彼女がどこか遠いところに行ってしまいそうな気がして、リュカは半ば必死に言葉を続ける。
「伝説の盾っていうくらいだから、何か不思議な力があるのかも知れないね。ビアンカは僕よりも魔力が強いから、そういうのを感じ取ったのかもよ」
「そうね……そうよね、そうかも知れないわ。ごめんね、変なことを言って」
「魔力の強い者ほど、相手の魔力には敏感になるらしいからな。相手が伝説の盾ともなると、そういうこともあるかも知れんな」
ルドマンもリュカの言葉に同意するように言葉を添えた。ビアンカがずっと気にするように天空の盾が包まれた布を見つめていたが、リュカは彼女の気持ちを落ち着けるためにも、手にしていた包みを彼女の視界から遠ざけるように左脇に抱えて持った。
「もう一つの宝箱からも私からの贈り物だ。これからの旅に役立ててほしい」
ルドマンに促され、リュカはもう一つ用意されていた宝箱を開けて中を覗いてみた。こちらには油紙に包まれた小さな四角い包みが宝箱の真ん中に置かれていた。取り出して包みを開けてみると、旅に必要不可欠な資金が用意されていた。しばらくの長旅にも困らないほどの大金に、リュカは思わず困惑した顔つきでルドマンを見る。
「贈り物を断るのは失礼にあたるから、君に断る権利はないぞ。それからポートセルミにある私の船も自由に使っていいぞ。あの船ならかなりの長旅にも耐えられるだろうからな。すぐに連絡しておこう」
そう言ってすぐに使用人を呼び出すルドマンを、リュカとビアンカは口を開けてぽかんと見つめた。さっさと手配を済ませ、何事もなかったような顔をしているルドマンに、リュカはようやく声をかける。
「あの、船、ですか?」
「ああ、そうだ、船だ。君の旅に必要だろう? 伝説の勇者を探すなどという旅に必要不可欠だと思うが」
「それはそうですけど……そんなに簡単に使っていいなんて……」
「簡単には言っていないぞ。君が伝説の勇者を探す旅を続けるというから、私は船を出すと言っているのだ。と言うことは、リュカよ、君は何が何でも伝説の勇者を探し出さねばならないということだ。それが私が君に船をやる条件だからな」
いかにも楽しそうに話すルドマンは、まるで自分の描く夢をリュカに託すような雰囲気だ。ルドマンの妻によれば、若い頃は危険な冒険にも出たことのある彼のこと、今では自ら冒険の旅に出ることもなくなったが、その代わり誰かに自分の描く夢を託すことを楽しみにしているのかも知れない。炎のリングと水のリングを見つけ出すことをフローラの結婚相手に課した条件としたのも、もしかしたら単に彼が伝説のリングを見たかったということもあるかも知れないと、リュカはルドマンの果てしない好奇心を見た気がした。
「絶対に見つけてみせます。僕は勇者を見つけるまで、諦めるわけにはいかないので」
ルドマンに言われずとも、リュカは伝説の勇者を見つけ出すまで旅を止めるわけにはいかない。命を張って助けてくれた父パパスの遺志を継ぐためにも、まだ見ぬ母を救い出すための鍵を握る伝説の勇者を見つけ出さなくてはならない。魔界への扉を開くことのできる唯一の存在を見つけ出し、母を助けるべく魔界への扉を開いてもらい、母を無事助け出すまでリュカの旅は終わらない。
「……でもせっかく船をもらっても、そこからどこに行ったらいいのか、まだ何も考えていないんです」
「今までどのような旅をしてきたのか話してもらえれば、私からも少しは助言ができるかも知れない。そう言えば君は立派な地図を持っていたね。どこをどうやって旅をしてきたのかね」
ルドマンに促され、リュカは懐から大きな世界地図を出すと、応接間のテーブルの上に広げて説明を始めた。ルドマンと同じように彼の妻も、リュカの隣で地図を見ているビアンカも興味深くリュカの説明を聞いていた。
ひと通り説明を受けたルドマンは顎に手を当てて小さな唸り声を上げると、ポートセルミの場所を指差した後、その指を南下させるように下にずらす。
「ポートセルミから南に向かえばやがてテルパドールの国に着くだろう。君の旅ではまだ訪れたことのないところだろうから、新しい発見があるかも知れないな」
「テルパドール……初めて聞きました。じゃあそこを目指してみようかな」
「しかしせっかくの新婚だ。途中、少し寄り道をして楽しんで行くといい。二人で懐かしい場所を巡るのもいいかも知れんな。幼馴染なのだから懐かしい場所もあるだろう?」
「懐かしい場所、か……」
ビアンカと昔を懐かしむ場所となると、アルカパの町かサンタローズの村のどちらかだとリュカは二つの場所を思考に巡らせる。しかしサンタローズに関しては、訪れても悲しみが増すだけだろうと訪れる候補として挙がらないと思った。
隣で世界地図を見て目を輝かせているビアンカがいる。彼女はこの広い世界で新しい冒険の旅に出られることに、今から心がうずいて仕方がないのかも知れない。彼女が元来持ち合わせている冒険心は、大人になった今でも消えることなく、むしろ大人になったことで行動範囲が広がり、強まっているのかも知れないとリュカは思わずふっと笑う。
「どこか行きたいところはある、ビアンカ?」
既に地図上で世界を旅しかけていたビアンカは、ふとかけられた声に思わず目を輝かせたままリュカを見上げる。だが目が合うだけで鼓動が早くなるほどの恋心の存在に、ビアンカは内心うろたえてしまう。すぐにリュカから視線を外し、再び世界地図に目を走らせながらこっそり心を落ち着けていた。
「行き先はリュカが決めてね。私はあなたについてゆくから」
「僕が決めていいの?」
「当たり前でしょ。一体誰の旅なのよ。私はあなたの旅についていくだけなんだから」
ビアンカの言葉に、リュカは改めて彼女をこれからずっと自分の旅につき合わせてしまうのだと実感した。いつまで続くか分からない危険な旅に、彼女は彼女の覚悟を決めてついてきてくれる。そんなビアンカに感謝する思いを抱くと同時に、リュカは次の行き先が自ずと決まるのを感じた。
「ダンカンさんのところに行こう」
「え……?」
「まずはダンカンさんに会って、ビアンカと一緒に旅に出てもいいか、ちゃんと認めてもらおう。式を挙げたら一度、山奥の村にビアンカを連れてくるって約束したんだ。だから……行こう」
思ってもいなかったリュカの言葉に、ビアンカは思わず目を潤ませる。
「……ありがとう、リュカ」
「でももし君との旅に反対されたらどうしようかな。僕、ダンカンさんから君を奪うようなことはしたくないんだけどなぁ」
まるで自信のないようなリュカの声音に、ビアンカは不安になるよりも笑ってしまった。本気で困ったような表情をしているリュカを見て、二人を見ていたルドマン夫妻も笑い声を上げる。
「君のビアンカさんへの想いを伝えれば、決して反対するとは思えないがな。もし山奥の村へ行くのなら、今まで使っていた私の船をそのまま使ってくれて構わないぞ」
そう言うや否や、ルドマンはリュカたちの返事も待たずに使用人を呼び、すぐに船の整備をしておくよう言い渡した。使用人の女性が応接間を出て行ってから、リュカはようやくルドマンに話しかける。
「何から何まで……ありがとうございます」
「私たちからお返しできることがあればいいんですけど……思いつかないわ」
世界でも有名な大富豪ともなると、おおよその物は手に入れているに違いないと、ビアンカはルドマンにお礼する術が思いつかない。そんな彼女の思いも見透かすように、ルドマンは口ひげを指先でつまみながら楽しそうに口元に笑みを浮かべる。
「私がしたくてしていることなんだ。ともかく私はリュカたちが気に入ったのだ。夫婦仲良く助け合い、良い旅をなっ!」
何一つ暗いところを感じさせないルドマンの根っからの明るい性格に、言葉に、リュカはこれからの旅が順調に進む予感を得ることができた。ルドマン自身も、若い頃は世界中を冒険し、そして今はサラボナの町で妻と娘と暮らしている。そんな彼に心からの応援の言葉をもらい、リュカは背中を力強く押されたような気がした。
ルドマンの屋敷を出る時、ルドマン夫妻も屋敷の外まで出て二人を見送った。夫妻揃ったところで娘のフローラの姿が見えないことをリュカが素直に問いかけると、ルドマンの妻が謝るように頭を下げて二人に告げる。
「昼まではいたのだけれど、昼過ぎから出てしまって……まだ戻らないんです。ごめんなさいね、ご挨拶できなくて」
「そうなんですか。旅立つ前に会えればよかったんだけど……仕方ないか」
「フローラさんにもよろしくお伝えください。彼女にも本当にお世話になりました」
「旅先から便りでも出してくださったらきっとフローラも喜びます。初めてちゃんとしたお友達ができたと、フローラも喜んでいましたから」
ルドマンの妻はそう言いながらビアンカをにこやかに見る。そんな彼女の視線に、ビアンカはフローラが本心で自分のことを友達だと言っているのだと分かり嬉しくなる気持ちと同時に、少しの後ろめたさも感じた。ビアンカの中ではどうしても、フローラからリュカと言う結婚相手を奪ってしまったという意識が拭いきれないでいる。フローラもルドマン夫妻も心から結婚を祝福してくれているのはその雰囲気から察することができるが、それとは別に、ビアンカの心の中では常に罪悪感が潜んでいる。
「フローラのことなら心配なさらないでね。今にきっといい相手が見つかりますわ」
まるでビアンカの暗い心を読んだかのようなルドマンの妻の言葉に、ビアンカははっと顔を上げる。ずっとにこやかなルドマンの妻の表情に応えるように、ビアンカも笑顔を見せる。
「そうですよね、フローラさんにはきっとリュカよりもずっといい人が現れるに違いないわ」
ビアンカの言葉に、隣のリュカがどことなく渋い顔をしているのを、ルドマンの妻は口に手を添えて小さく笑っていた。
ルドマンの屋敷を出た二人は、もう一度その大きな屋敷を振り返り見た。入口の門近くでは飼い犬のリリアンが大きな尻尾を振りながら二人を見送っている。リュカは人生の転機を迎え、そして人生で最も幸せな時を生み出してくれたこの場所の景色を目に焼き付けた。そしてビアンカの手を握ると、町の出口に向かって共に歩き出した。



サラボナの町は今日も輝く太陽に照らされ、明るい景色を見せている。昨日の結婚式も祝宴もまるで夢だったのかと思うほど、サラボナの町の人々は普段の生活に戻っていた。店のカウンターに立って商売をしていたり、夕飯の買い出しに出た母子が噴水広場の前で一休みしていたりと、穏やかな日常が町を包んでいる。しかしリュカとビアンカが手を繋ぎながら噴水広場を歩いてくると、道行く人々は各々声をかけたり笑顔を向けたり、昨日の出来事は夢ではなかったのだと知らされる。
「ボクも大きくなったらかわいいおよめさんをもらうんだい!」
まだ六、七歳ほどの男の子が元気な声でそう話しかけてくると、ビアンカは子供の無邪気さや可愛らしさに思わず顔を綻ばせた。
「子供ってかわいいね」
ビアンカの何気ない一言に、リュカは彼女と同じように顔を綻ばせるが、同時にどこか胸が痛むのを感じた。大好きな彼女と結婚できたとは言え、リュカは子供についてはまるで考えていない。むしろこれから旅を続けるためには、子供を授からない方が良いとさえ思っている。それと言うのも、リュカ自身、子供の頃に父の旅の邪魔をしてしまったという後悔の念から生じている。
「そうだね、かわいいね」
まるで話を合わせるようにそれだけを言って口を噤んでしまったリュカを見て、ビアンカは続けて言おうとしていた言葉を飲み込んでしまった。『私も欲しくなってきちゃった』などと言える雰囲気では到底ないと、リュカの心情を垣間見た気がした。
噴水広場を通り過ぎようとした時、リュカは広場にぱたぱたと走ってくる人影を見つけた。長く青い髪をなびかせ、足首まで覆うワンピースをふわりと広げながら走ってリュカたちに向かってくるのは、フローラだった。リュカとビアンカと目が合うと、フローラはほっとした様子で笑顔を見せ、息を切らしながら二人の前に来た。
「良かった、間に合って……。お二人が町を出ようとしてるって話を聞いて慌てて来たんです」
フローラはサラボナの南東に位置する住宅地から姿を現した。住宅地では既にリュカとビアンカが旅に出ようとしているという噂が流れているようだ。
「フローラさん、ごめんなさい。あなたにもちゃんとご挨拶をしたかったんだけど、お屋敷にいらっしゃらなかったみたいで……」
「いいえ、謝るのは家を出てしまっていた私の方です」
「アンディさん、ですよね?」
リュカが唐突に率直に聞くと、フローラは虚を突かれたような顔をして、そして素直に頷いた。
「ええ。アンディもお二人の結婚式を見たかったと言うので、ずっと話をしていたらいつの間にか時間が経ってしまっていて。でもまだ話し足りないんですけどね」
いつもの穏やかなフローラの雰囲気を出しつつも、どこか弾んだ空気を感じるのは気のせいではないと、リュカは思った。彼女は結婚式の話を話すことが楽しいよりも、恐らくアンディと話をしているのが楽しいのだと、その雰囲気から自ずと感じられ、リュカはそのことを嬉しく思った。
「お二人の結婚式、見ていて本当に幸せそうで羨ましかったですわ。また遊びに来てくださいね」
「今度いつ寄れるか分からないけど、近くに来た時には絶対に寄るようにします」
「本当にお二人が羨ましい。お互い、大好きなんですね」
そう言ってフローラはリュカとビアンカの繋がれた手を見ると、二人の幸せを隠せない表情を見つめる。彼女の視線を感じて、ビアンカは思わず繋いでいたリュカの手を離した。それだけで不安そうな顔つきになるリュカを見て、再びフローラが微笑む。
「なんか……ごめんなさい」
「どうして謝るんですか、ビアンカさん」
不思議そうに首を傾げるフローラを、ビアンカはまともに見ることができなかった。フローラとは結婚式の準備の間から色々と話をして、今では友達と呼べる間柄になったにも関わらず、ビアンカの中ではまだ消化し切れない思いがある。
フローラはリュカと結婚する未来があったのだ。それを自分の存在で消し去ってしまったことに、ビアンカの胸の内にはずっと渦巻く暗い思いがあり、それは恐らく今後も完全に消えることはない。それと言うのも、フローラと言う女性が同じ女から見てもとても魅力的で、何を比べても敵わないような完璧な女性で、客観的に見たら誰がどう見てもフローラと結婚するのが正しかったと言えるほどの人物だからだ。ビアンカはフローラの前にいる自分を見ると、なんてちっぽけな存在なのだろうとまるで自信を持てないでいる。彼女の前でリュカと手を繋ぐなんてと、ビアンカは自分の行動を戒めるような気持ちにさえなる。
そんなビアンカの気持ちに気づかないフローラではない。そしてそのような気遣いがあり、優しいビアンカだからこそ、フローラは彼女を友達として好きになったのだ。リュカと言う素敵な男性と結ばれた彼女を羨ましく思う気持ちはある。しかしリュカがビアンカを選び、めでたく結ばれたことで見えたものがあるのも事実だった。
「今度あなたたちがこの町を訪れた時……その時は私も結婚しているかも知れませんことよ」
フローラは自分でそう口にした瞬間、はっきりと自分の未来が開けたのを感じた。結婚相手として立候補し、旅の経験などないに等しいというのに危険な旅に身を投じ、瀕死の怪我を負い意識の回復も難しいと思っていた時にも、寝言に自分の名を呼んでいた幼馴染とも呼べる彼の存在。彼がようやく意識を取り戻し、その笛の音がサラボナの町にささやかに響いた夜、フローラは何も考えられないまま屋敷を飛び出し、彼のもとへと向かった。その途中でリュカと会い、彼と話をしたことで、自身の中にある想いにうっすらと気が付いた。そして今、リュカとビアンカが結ばれたことで、フローラの想いははっきりと形を成し始めている。
「僕もそんな気がします。と言うか、そうであってほしいな」
フローラの爽やかな表情に心情に、リュカは本心を告げる。一時はフローラとの結婚を考え、彼女との未来を想像したこともある。もしかしたらそんな未来もあったのかも知れない。しかし今では互いに違う道を歩み始め、互いに応援する気持ちを持つほどの距離感で思い合えるようになったのだと、リュカはそう感じていた。
「そうなれるように努力しますわ。リュカさんとビアンカさんも道中お気をつけて」
「ありがとう。フローラさんも元気でね」
「アンディさんにもよろしく伝えてくださいね」
「ええ、これからまたアンディのところに戻るので、伝えておきますわ」
フローラの明るい表情に、ビアンカはどこか救われるような思いがした。彼女がしっかりと新しい未来を見つめている姿に、自分もこれからの人生をしっかりと見つめなくてはと、離していたリュカの手を取る。固く握り返してくるリュカの手を、ビアンカは全身を包む幸福感と共に固く握る。
そして二人は町に背を向けて歩き出した。フローラが手を振って二人を見送る。そんな彼女を振り向き見て、彼女やルドマン夫妻、サラボナの町の人々に感謝の思いを抱き、リュカとビアンカは明るく照らされた夫婦としての道を意気揚々と歩み始めた。

Comment

  1. まゆげ より:

    更新お疲れ様です。今回もすばらしい作品をありがとうございます。
    改めて、ルドマンは太っ腹ということを思い出しました。気に入ったとはいえ一介の旅人に家宝の盾や船まであげてしまうとは…。流石としか言いようがありません。
    新婚の二人が可愛くて何だかニヤニヤしてしまいます。顔を赤くしたりしつつ幸せそうに旅をする二人が思い浮かぶようです。
    子供の問題は先を知ってるので何だか「そこまで考えなくても…」というような気になってしまいますが、よくよく考えると旅の途中で子供を作るなんていうのは死活問題ですね。今後どの様な過程が待っているのか今から楽しみです。
    長文失礼しました。これからも応援しています。

    • bibi より:

      まゆげ 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ルドマンの太っ腹ぶりは尋常ではありません。だけど大富豪の楽しみというのは人のためになることをする、と言うことなのかも知れません。
      これからは新婚モードで話を進めますので、幸せに浸っていただければと思います。
      子供に関しては、リュカ自身、幼い頃の自分の無力さを後悔しているので、ちょっと複雑なところです。あくまでも当サイトでは。その辺も今後、描いていければなぁと思っています。ドラクエ5は人生をテーマにしているので、書きたいことが満載です^^;

  2. ケアル より:

    ビビ様!
    子供の話は本当にどのような描写になるのか、すごく今から楽しみであります。
    ストーリー的に、チゾットで、妊娠が分かるのは間違いないことなので。
    今回も本編の台詞を上手に使われていて、ビビ様の文才能力に頭が上がりません

    m(_ _)m
    3人とも、どうしても、後ろめたさ、みたいなのがあるのは賞がないことなんですね。
    でも、フローラもアンディと結婚し、幸せになれば…ていうかなるんだから。
    ビアンカやリュカも心が救われる日が来ますよね(笑み)
    次回はアルカパかサンタローズかラインハットか修道院かオラクルベリーか…全部書いてたら話がなかなか進まなくなっちゃいますね(ええへ)

    • bibi より:

      ケアル 様

      子供の話は真剣に書いていこうかなと思っています。私自身、子供を持つ身となり、それまでは気づかなかった感情なども勝手に織り交ぜて書いていきたいなぁと。ドラクエ5という世界観に、勝手に自分の人生をリンクさせています(笑)

      リュカ、ビアンカ、フローラ、アンディと、みんなが幸せになる道を。……ゲーム本編はそんな気持ちで、どうしてもビアンカを選んでしまう人は、恐らく多くいるのかなと思います。私は基本、ハッピーエンドが好きなので。

      新婚旅行の話、楽しんで書ければと思っています。まずは、山奥の村に行ってお義父さんに報告です。なんせ、一人娘をいつ終わるとも知れない長旅に連れまわすんですからね~。とんでもないヤツだな、リュカ君。

  3. もちもち より:

    更新楽しみにしています。いつも素敵なⅤをありがとうございます。
    リュカはじめ皆の心の成長というか、過去との向き合い方とか、お互いを思いやる気持ちとか、こんな素敵な人たちと作品で出会えて幸せです。皆幸せになってほしいなぁ。

    • bibi より:

      もちもち 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ゲームだからこそ、みんなが幸せになれる道を描いていけたらと思っています。
      途中、どん底に叩き落されるところも出てきますが、それを乗り越えてこその幸せがドラクエ5にはあると思って書いています。
      ここ最近、めっきり更新しておりませんが……次作もリュカとビアンカの心の成長や優しさに触れていただければと思います。

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