風刺の効いた歌詞だったのね
最近、動画を見ていたらオススメにこちらが上がってきました。
みなさんのおかげですで、リアルタイムで見ていました。この曲、当時から何だか好きだったんですよね。ノリさんの歌のうまさとキレイな女装に惹きつけられたのかも。三人それぞれの立ち位置があって、なり切ってるから、見入っちゃうのもありました。・・・いや、当然面白いんですけど、振り切ってやり切るとギャグに収まらないものがありますよね。
そんで、改めて歌詞を見てみたら、かなり風刺の効いた歌詞だったんだと。もちろん、ふざけてるところも多々あるんですけど、ふざけてるだけじゃなかったんだなと。
日本が不況になってから長いですね。この頃からそれを憂いていたんだなぁと、改めて感じました。
真面目に語りたいことも、こうして風刺の効いた歌詞に乗せて歌い上げると、笑いながらも心に残るという、独特な感覚を呼び起こしてくれる気がします。こういう遊び心って大事だと思うんですよね。ガチガチに真面目にやっていても、きっとつまらない。遊びがあるから心にも余裕が出てくるし、それだから深く考えることもできる。
なんとなくですけど、今の世の中、色々と厳しい気がして。この世に聖人君子なんていないんだから、誰でもちょっとやらかしたり、失敗なんて普通にあるでしょうと。というか、失敗をしないまま大人になる方が余程怖いと思います。一切の失敗を許さないような世の中も怖い。もちろん、やっちゃいけない失敗ってのはありますが、そこらは道徳やモラルの問題にかかわって来るんじゃないかと思います。道徳心が育ち、モラルを身に着ければ、やっちゃいけない失敗はあまりしないんじゃないかな。
そう考えると、やはり私たち親の仕事って大事なんじゃないかなと思いますね。学校の先生も子供たちに色々と教えてくれるでしょうけど、先ずは親の在り方ですよね、きっと。親の背中を見て子供は育つんだから。それが親でないとしても、やはり子供は同じ子供の背中を見て育つわけじゃなくて、先に生まれて生きてきた大人たちを見て育つんですから、私たち大人がしっかりとしないといけないですね。
ただ、しっかりしないと、とは言っても、真面目一辺倒に生きろと、そう言うことじゃない、と思っています。自ら道徳やモラルを持つことは大事な一方、何だか分からない規則に縛られ、規則を守ることを第一義に考えるのはちょっといただけないかなと、そんなことを思う次第です。身に着けた道徳心やモラルの中で、その規則とはどのようなものなのかしらと、自分の頭で考えることが大事、そんな感じです。もしかしたら、そこにある規則はただ一部の人たちの都合の良いように作られたものなのかもしれないと・・・ちょっと規則を疑ってみる頭を持つのも大事じゃないかなと。
ニホンノミカタ・・・これがカタカナで書かれていることも、二重の意味を持たせているんでしょうね。味方であり見方であり。こういうところも、日本語の面白いところだと思いませんか? なんて。私、日本語が好きなんですよね。だから、こんなサイトを作って好きに文章を書いているというのもあります。
歌詞の中に、この国に夢があるのですね?と。 夢を持てる国にしたいって、もう十四年くらい前から言っている・・・本質的にはもっと前から・・・何だか切ないですね。
楽しい日本に、世界に、なればいいのに。生きている限りは、特に子供を持つと子供の未来を案じてしまいますが、子供たちが明るい未来に生きてくれることを願うばかりです。