予感
ラインハット東にある、古代遺跡。
追いかけた父さんの背中はそこにあった。
父さんの背中は大きく広く、いつでもボクを守ってくれる。
父さんは後ろなんか見なくても、ボクがどこにいるのかいつも分かっていた。
父さんは一人で遺跡の中に入ったボクをほめてくれた。
怒られるんじゃないかって思ってたのに、
頭をがしがしとなでてほめてくれた。
何だか一人前になった気がして、ボクはとてもうれしかった。
遺跡の奥には、カビくさい牢屋があって、
そこにはお城から連れて行かれたヘンリー王子がいた。
王子は父さんのことを見てもすぐに目をそらして
小さいからだをもっと小さくして、牢屋のすみっこに行ってしまった。
ボクの横にいたプックルが小さな鳴き声をあげた。
プックルは鉄格子の間からするりと入り込んで、
王子の汚れた立派な服にあったかい体をこすり付ける。
それだけで王子が悪い人じゃないんだってよく分かる。
父さんはボクを後ろにさがらせると、
鉄格子を両手でつかんで、思い切り力を込めた。
信じられない力でねじまがった鉄格子から
ボクはその牢屋の中に入った。
「王子、おしろに帰ろうよ」
「どうしてこんなところに来たんだ」
「王子を助けるためだよ」
「誰もそんなこと頼んでいない」
ボクの言うことなんかちっとも聞いてくれない王子。
でも王子は泣きそうな顔を必死に髪で隠している。
緑色の髪も立派な服もほこりにまみれて、
そんな王子を見ていたら何だかボクが泣きそうになった。
「ヘンリー王子」
父さんはたまにこんな恐い声を出す。
こんな時の父さんには絶対逆らえない。
ボクだけじゃなくて、王子もおんなじだったみたいだ。
父さんに呼ばれ、ボクは王子の手を握って牢屋から出た。
王子は父さんをにらむみたいに見上げて、
土ぼこりに汚れた顔のまま、
今度は人をバカにするみたいな顔をした。
「ふん、ずいぶん遅かったじゃないか。
まあ、いいや。どうせオレはお城に戻るつもりはないからな。
王位は弟が継ぐ。
オレは、いない方がいいんだ」
王子の言葉に、父さんはちょっと悲しそうな顔をした。
だけど、すぐに怒ったときの父さんの顔に戻って、
王子の左のほっぺたを強くひっぱたいた。
すぐ脇にある水路の水が小さな波を立てるくらい、音が響いた。
「殴ったな、オレを!」
王子の怒った声は、必死に作ったものみたいだった。
本気で怒ってるんじゃない。きっとびっくりしたんだ。
ボクだってそんな風にほっぺたをなぐられたことなんてないんだから。
「あなたはお父上のお気持ちを考えたことがあるのか」
父さんの気持ち、ボクは考えたことがあるんだろうか。
いつでも自分ばっかり、父さんにほめられればいいなぁなんて。
父さんの言葉は、王子だけじゃなくて、ボクにも響く。
父さんも王子も、何も言わないまま立っている。
お互いに言いたいことがあるんだろうなって、そんな気がする。
だけど二人ともなんにも言わない。
きっと言わなきゃいけないことが、言葉にならない。
水路の水が動く音が聞こえた。
魔物のほえるような声が響いてきた。
ぐずぐずしてはいられないと、
父さんはボクたちを先に逃がしてくれた。
ボクは、この時父さんと離れるべきじゃなかった。
魔物に立ち向かう父さんは強い。
ボクは王子を連れてお城に戻らなければならない。
だけど、逃げる途中、ずっと感じる悪い予感。
遺跡の通路に生温かい風が吹きぬける。
息をするのも苦しくなるようなこもった空気。
走って走って、息が切れるのは当たり前だけど、
たとえ立ち止まっても息が整うことなんてきっとない。
いつもの優しい父さんじゃなかった。
とても恐い顔をしていた。
あんな恐い顔を見るのはこれが初めてで
最後のような気がした。
王子はお城に戻ってお父さんに話をするって言ってる。
ボクは父さんに何を話そう。
ボクは父さんの何を知っているんだろう。
本当は、多分、何も知らない。
色んなコトが頭の中をグルグル回ってく。
ボクはその一つも分からない。
ボクは色んなコトを知らないままでいる。
ボクが色んなコトを知るのはいつなんだろう。
考えたいのに時間は止まってくれなくて、
ボクは王子と一緒に遺跡の出口を目指して走り続ける。
途中、魔物が襲いかかってきたけど、
ボクは父さんに胸を張りたくて必死に王子を守った。
遺跡の出口から外の光が差し込んでくる。
ボクは安心した気持ちでその光を見たのに、
光の横には大きな影があった。
ボクの背中に冷たい水が流れた。
いつもはピンと立っているプックルの耳が
両方とも元気がなかった。
尻尾は遺跡の床を掃除するみたいで、
うなり声だって迫力なんかない。
魔物を目の前にしてるのに、
ボクの頭の中にはさっきの父さんの顔が浮かぶ。
ほめてくれたり、怒ったり、焦ったり、
一度にたくさんの父さんの顔を見た。
どうして次々と父さんの表情が浮かんでくるんだろう。
目の前には強そうな魔物。
横には守らなきゃいけない王子。
だけどボクの頭の中で止まらないソウマトウ。
ボクは父さんから離れるべきじゃなかった。
自分の悪い予感を信じるべきだった。
そうすれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
僕もヘンリーも、こんなに辛い思いをしなかったのかもしれない。
この時の僕の破滅の予感は、
父さんの死に繋がった。
僕は、今もその予感を感じている。
この感覚から解放されるのは一体いつになるのだろう。
夢見の良い日なんてそもそもない。
いつでも夢に現れる父さんの最期の姿。
今度は僕の運命、どこに流れて行くのだろう。
僕の両手にはまだ産まれて間もない可愛い我が子。
だけど一緒に抱きしめたい彼女はいない。
グランバニアには今、生温かい風が流れ込んできている……。
Comment
bibi様
大人リュカが最悪の記憶を思い出した時の、子リュカが感じた気持ちを描写したんですね、最初のころに描写されたbibi様の「東の遺跡」と「父の背中」の時に子リュカが感じていた気持ち…あの時描写されていない秘密の感情を今再現…そんな感じでしょうか?
あの時父パパスは
「ヘンリー王子と一緒に先に行け!この魔物たちはお父さんに任せた」
bibi様、もし…もしあの時、お父さんの言うことを聞かない子リュカがいて…いっしょに3体の魔物と戦い、出口に向かっていたら…どうなっていたんでしょうね?
少なくとも状況が変わっていた…。
原作どおりなら、ゲマに遊ばれいたぶられメラミを喰らって瀕死になる。
もし、パパスと一緒にゲマに出会い戦闘していたら…パパスは子リュカを守りながらゲマと戦い、もしかしたら勝利していたかもしれな…いかも?…。
違いは、パパスが居ない状態でゲマと出会うか、パパスが一緒にいる状態でゲマと出会うか…。
このあたりの想像は、おそらくプレーヤーなら感じる所では…ドラクエ5ファンならでは…といった感じではないかと個人的に思う、最悪にして最強のトラウマ…ですよね(涙)
ケアル 様
コメントをありがとうございます。
こちらはかなり前に書いたもので、今更ここに出すのもなぁと思いつつも、気に入った暗い話だったので短編としてアップしました。
人生は選択の場面だらけで、一つの選択を間違えるともう後戻りができないというのがリュカには染みついています。今更過去を変えることはできないのに、もしあの時こうだったら、こうじゃなかったらと、考えてもどうしようもないことが頭の中を巡ります。
パパスと共にゲマに立ち向かえていたら、果たして勝負に勝てていたか。どうでしょうね。難しいところです。それでも負けていたかも知れないし、たとえ勝っていたらその後の未来はどうなっていたのか。
一つの選択を変えるだけで、その後の未来ががらりと変わってしまうのも、怖いところです。一つの大事を守って、結果他の大事は生まれもしないというのも・・・色々と考えてしまうところですね。