準備運動

 

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相変わらずこの巨大な城は悠々と空の上に浮かんでいた。地上で起こっていた人間と魔物の戦いのことなど我関せずと言わんばかりに、空に浮かぶ天空城の周りには千切れた綿のような雲がゆっくりと風に流されるだけの静かな景色が見渡せる。城が浮かぶ高度が低いために、城の更に上空にもちらほらと雲が流れている。下界全てを見下ろす神の城としての威厳は感じられない代わりに、周りを行く白い雲と仲良く泳ぐ巨大な城と言ったいくらか和やかな雰囲気を醸している。
セントベレスより移動してきた天空城は今、海辺の修道院辺りの上空をうろうろとしていた。かつての高度を取り戻せない天空城では、セントベレスの頂上を拝むことはできなかった。あまつさえ天空城の存在に気付いたセントベレス付近に棲息する魔物らに襲われたために、巨大な城を雲に包み、敵である魔物らを雷の攻撃で退け、その場を退いた。そしてその後に天空城が向かったのが、この海辺の修道院近くの上空だったのだと、リュカは天空人に事情を聞いていた。
「この辺りはとても清浄な空気が満ちているのです」
人間には分からないことだが、世界全てを覆う広い空にも、場所によりその雰囲気は異なるのだと天空人は言う。セントベレスから退いた後、かつてこの天空城が浮かんでいた中央大陸の天空の塔付近を初め目指したのだと言うが、その塔も今では魔物が巣食い、決して壊されないはずの頑丈な造りの塔も長年に渡り破壊され、そこに天空人が落ち着けるような清らかな環境は残されていなかったらしい。
そこで彼らは一度立ち寄ったことのある海辺の修道院を目指し北上した。周りに高い山が聳えることもなく、青い海の広がる景色が天空人たちの気に入る場所となったようだ。しばらくはここに留まると天空人に聞いたリュカだが、果たして長命の彼らが言うしばらくという期間はいかほどのものなのかと、思わず先の見えない時間を考えようとしたところで止めた。
リュカはグランバニアでドラゴンの杖を手にするなり、子供たちと共にこの天空城へと文字通り飛んでやって来た。移動呪文ルーラは本来、移動先にある建物、景色などを思い浮かべて発動する呪文だが、この天空城に限ってはドラゴンの杖を頼りに移動するしかなかった。天空城は一つところに留まる場所ではない。常にふらふらと上空を移動するため、天空城に合わせた周りの景色を定めることができない。しかしドラゴンの杖の力を借りれば、杖に宿る竜神の力をその身に感じ、リュカは移動呪文を発動することができるのだった。
そしてこのドラゴンの杖はリュカにのみその力を与えている。竜神の力宿る杖がリュカを選んだのだから、どうしようもない。ポピーもルーラの呪文が使えるにも関わらず、父だけがこの天空城へ移動できることに明らかな不満を抱いていた。
「ようやく起きたんですか」
巨大な玉座に身体を丸めて座るマスタードラゴンに向かい、リュカはドラゴンの杖を片手に軽く溜め息を吐きながらそう声をかけた。人間のプサンの姿から、ドラゴンオーブの力で本来の竜神の姿を取り戻したマスタードラゴンだったが、その後自身の強大な力の扱いに慣れるまで時間がかかると、眠りに就いてしまっていた。折角復活させた竜神があっさりと眠ってしまったことに呆気にとられたリュカたちだったが、ようやく近頃になって竜神はその目を覚ましたようだった。
「ふむ、この城に人間とは珍しいな」
大きな竜の琥珀色をした目を瞬かせて、マスタードラゴンはいかにも初めて見ましたと言わんばかりにリュカを見つめる。その仕草がふざけたプサンにしか見えないリュカは、余程手にしているドラゴンの杖をその顔面に投げつけてやろうかと思ったが、子供たちがいる手前それは止めておいた。
「……マスタードラゴンは神様なんだもの。色んなことを見なきゃいけないんだもの。私たちのこと、忘れちゃっても仕方がないわ」
「えー、でも神様だよ? ボクたちが苦労してドラゴンオーブを持ってきたのに、オンジンを忘れるなんていくら神様でもヒドイよ」
「大丈夫だよ、二人とも。忘れてなんかいるもんか。ただふざけてるだけだよ」
人間の親子のやり取りを見ていたマスタードラゴンは、その会話を耳にしながら控えめに欠伸をしていた。そして大きな竜の口をもごもごとさせて再びリュカたちを見つめると、何事もなかったかのようにいかにも神の威厳を保った様子で話しかけてきた。
「リュカよ、お主、杖の力を一度解放したようだな」
マスタードラゴンの琥珀色の目は、リュカが手にしているドラゴンの杖に注がれている。
「知っているんですね」
「うむ。眠っている時に起こされたからな」
竜神曰く、リュカの手にあるドラゴンの杖と竜神自身は、どれだけ離れて存在していようともまるで一体であるかの如く結びついているらしい。リュカがこの天空城にルーラを発動できるのは、その力を頼っているからだ。ドラゴンの杖に意識を向かわせれば、それは忽ちこの天空城にいるマスタードラゴンに意識が向かうことになる。そしてそのマスタードラゴンの在る場所そのものにリュカの意識は引き寄せられ、ルーラを発動すれば竜神の下へとたどり着くことができるのだ。
「しかしまだ杖の力を上手く抑えられないようだな」
「抑えるも何も、僕は別にこの杖を使おうと思っていたわけじゃありません」
「なんだ、使おうとして使ったのではないのか」
「だって何も教えてくれなかったじゃないですか」
「……教えていなかっただろうか」
「ホント、いい加減にしてくださいよ。無責任にもほどがありますよ」
リュカは世界を統べるともされるこの竜神に対して端から尊敬や崇拝のような心など持ち合わせてはいない。人間の姿をしていたプサンがそのまま巨大な竜に変化したほどのもので、その性根はふざけたものなのではないかとはっきりと疑っている。
「その杖には私の力のほんの一部が込められている、と話をしなかっただろうか」
以前、マスタードラゴンの言葉に聞いたのは、竜神の操る力には創造と破壊があるということだ。神様という何物にも勝る存在と思しきマスタードラゴンだが、その能力はたった二つに限られているのだ。その内の一つ、破壊の力がドラゴンの杖には秘められているという。
「とても恐ろしい力だったの……」
ポピーが巨大な黒竜と化した父リュカの姿を思い出しながら、呟くようにそう言った。マスタードラゴンの言う破壊の力を持つに相応しいような父の姿に、彼女はもう二度と父にはドラゴンの杖など手にしてほしくはないと思ってしまう。
「神様の力が作ることと壊すことだったら、どうして作る方の力をくれなかったんですか?」
ティミーは素直に疑問に思ったことを口にした。神の力に創造と破壊とがあるのなら、何故創造の力をドラゴンの杖に込めてくれなかったのかと彼はただそう思った。何かを壊すような物騒極まりない力などではなく、物を生み出す力を与えた方がよほど世界は平和に近づくのではと思うのは普通のことだろう。
リュカはティミーの言葉を聞きながら、たとえばドラゴンの杖に何かを生み出す力が備わっているとしたらと考える。竜神の持つ創造の力と言うのは恐らく、この世に人間を誕生させたことではないだろうかと想像する。その他にしても、水に空気に火に土に、それらのものを生み出す力がたとえば杖に備わっているとして、そのような杖を人間が手にしたら一体どのように使うのだろうか。
まるで自身が神になったかのように錯覚し、その者は杖の力を振るうのではないだろうか。人間と言うのは好奇心の塊という面がある。どれほどの修行を積んだ僧侶でも、人間である限りはほんの僅かにも人間の欲と言うものが残っているのではないかとリュカはそれくらいには人間を信じていない。ものを生み出すというのは、無を有に変化させるということ。それはやはり、神にのみ許される業なのだろうと、リュカは竜神への尊敬や崇拝の心はないにしてもその力を認めざるを得なかった。
「……破壊の力の方がよほど慎重に扱うでしょうね、僕らは」
「そうだな。むざむざ自分たちの住む世界を壊したくはないだろうからな」
グランバニアの南の森で巨大な黒竜と化したことを、リュカは殆ど覚えていない。ただその時の感覚だけは朧げに身体に残っている。とにかく全身が燃えるように熱かった。身体中に燃え盛る火炎が沸き起こっているような感覚だった。その熱さから逃れるのに必死で、辺り一面に熱を放出していた感じを覚えている。
竜と化したリュカの身体の内部に燃え盛っていた炎の根源は、リュカ自身が感じた怒りや憎しみの心だ。グランバニアの誇れる兵士長を無残にも殺され、あまつさえ最も気の置けない間柄でもあるサンチョまで倒されそうになっていた。城の北面での戦闘時より、敵の非道な戦いぶりには腹を立てていたが、彼ら二人の状況を目の当たりにしてリュカの感じる負の感情は一気に深くなった。そして、自身でも分からない内にドラゴンの杖の力を解放してしまった。
「だけどこの杖は僕には荷が重すぎます。自分ではどうすることもできずに竜になって火を吐きまくるなんて、とんだ代物でしょう」
「しかしその杖はお主にしか使えんのだ」
「どうしてですか」
「勇者の父親だからだ」
マスタードラゴンの言葉は実に端的で、しかしそれが全てだった。世界に一人しか生まれない世界を救うとされる勇者、その父親もまた一人しか存在しない。マスタードラゴンは誰よりも勇者を護るとされるその存在に、竜神の力の宿るこの杖を持つことを許した。
マスタードラゴンはその身を人間に変えて数百年、のんびりと世界を見て回っていた。忙しなく移り行く人間の世界で唯一不変のもの、それが人と人の絆だった。しかもそれは、親子ともなれば更に固く結びつき、切って切れるようなものではなかった。その形は様々で、愛情で結びつくのは当然あるべき姿で、一方で憎悪で相反する間柄になる者もあった。しかしどんな間柄になろうとも、彼らは互いに無関心ではいられなかった。好きだろうが嫌いだろうが、互いに相手の存在をその身に感じてしまうのだ。
人間と言うのは唯一予測不可能な者たちだった。そうあって欲しいと思いつつ、竜神は人間を見つめた。初めは竜神によるゲームの始まりだった。このゲームの終わりに何が起こるかなど、竜神自身にも分からない。そして人間の世界を見て回った竜神にとって、この世界は既にゲームだけのものではなくなった。今の竜神には少なからず人間への情が生まれていた。人間同士が見せてくれた絆の力に影響されたのだろうと、竜神自身がそれを心の中で認めている。
創造と破壊の力しか持たぬ竜神が自ら力を行使することはできない。その代わりに、世の中に悪の力が蔓延ろうとした時にはそれに対抗する力を人間に与えることにした。ただしその力は正しき者が持たねばならない。世界を救うとされる勇者もまた正しければ、その者を守ろうとする親もまた正しいのだと、竜神は数百年の間に見た人間の世界に期待をかけた。
「で、でもまたお父さんがあんな怖い竜になったら、どうすればいいの……」
ポピーの脳裏に残るリュカの姿は、まさしく破壊の神とも呼べるような悍ましい黒竜の姿だ。再びドラゴンの杖の力が解き放たれ、リュカの身が竜に変わることがあれば、その時こそ世界はお終いになるのではないかと思うほど、ポピーは杖の力を恐れている。それはティミーも同様で、あの時に父が元の姿に戻れたのは奇跡や偶然の産物だと思っているため、再び父が竜にその身を変えれば世界の破滅に繋がるのではと、不安な視線をマスタードラゴンへと向ける。
「杖の力は使う者の心次第だ。リュカよ、そなたがその力を身に着ける必要がある」
マスタードラゴンはそう言うなり、玉座の上に丸くなっていた身体を起こした。頭を上げれば、高い天空城の天井にまで届くほどの高さになる。その大きさは、グランバニアの南の森で見た竜と化したリュカと同等だ。しかしその姿には神の畏怖だけが漂い、黒竜とその身を変えたリュカのような恐怖を感じさせるものではない。
「怒りや憎しみのままに杖の力を解き放てば、その思いのまま全てのものを破壊しかねない。この杖の力は破壊の力だ。しかし大事なものを守るための破壊の力なのだ」
マスタードラゴンの言わんとしていることに、双子の子供たちは理解が追いつかないと言うように首を捻っている。大事なものを守るためならば、何故守る力そのものではないのだろうかと二人で顔を見合わせた。
しかし竜神の言わんとしていることは単純なことだ。悪しき力から大事なものを守るために必要なのが単に守る力だけというのは、まだ優しい世界に生きる者たちの幻想だ。現実は幻想から抜け出したところにある。現実に考えれば、悪しき力から大事なものを守るに必要なのは、やはり力なのだ。敵が容赦なく力を行使しようとするならば、どうしても力で対抗するしかない。そのための力が、ドラゴンの杖には込められているのだという。
「杖の力は既に解き放たれた。リュカよ、杖を肌身離さず持ち歩き、杖との対話を欠かさぬことだ」
「……杖との対話って、要するに貴方との対話ってことですよね」
「ふーむ、そうなるかな」
肝心なところで気の抜けたような返事をするのだから、やはり調子が狂うとリュカは思わず遥か高くにある竜の顔を呆れたように見上げる。
「もう寝ないで起きてますよね」
「そうだな、もう大分寝ていたからな。そろそろ城を出て世界を回ってみようかとも思っておる」
「えっ!? このお城を出るって、それじゃあマスタードラゴンは飛んでお城を出て行くの?」
「そうなるな。久しぶりだから、まずは試しにと言ったところだが」
ティミーの期待に溢れた声に答えるマスタードラゴンだが、その言葉には明らかな不安が混じっている。リュカとしても、つい数か月前まで長らく人間のプサンの姿をしていたこの竜神が果たして自由に空を飛ぶことができるのかどうか、怪しむ気持ちを抑えられない。
「いきなりこの空の天空城から飛ぶのはちょっと危ない気がするので、地上から飛んでみた方がいいんじゃないですか?」
「リュカもそう思うか。私もこの高さから飛んでみて、飛べなかったでは済まないからその方が良いのではないかと考えていたのだ」
神様と崇められるはずの竜神が天空城から飛び立ち、真っ逆さまに地上まで落ちたとなれば、神としての威厳も何もあったものではない。のそのそと地上から空を飛ぶ練習をする竜神の姿も人間に見せられたものではないが、天空城から真っ逆さまに落ちてその身も威厳も失墜するようなことがあれば取り返しがつかない。
「そこでものは相談だが、リュカよ」
「分かりましたよ、付き合いますよ。でも……場所は選んだ方がいいですよ」
「オススメはどの辺りだろうか」
「僕に聞かないでください。貴方、神様なんだからそのくらい自分で判断したらどうですか」
リュカが思うままに突き放した回答をすれば、マスタードラゴンは玉座の上で姿勢を正しつつもティミーにその顔を向ける。
「……勇者よ」
「えっ? は、はいっ!」
「そなたの父は冷たいな。もう少し血の通った人間だと思っていたのだが」
「そ、そんなことありませんよ! ボクのお父さんは……その、ちょっと厳しいことを言う時もあるけど、冷たいとか、そういうことはありません!」
つい数刻前にリュカに叱られたばかりのティミーだが、父が冷徹な人間だとか、父を嫌うという感情は微塵も持ち合わせていない。彼は父が自分に愛情をかけてくれているからこそ厳しいことを言うのだということを聡く理解している。それ故に今も普段と変わらぬ様子で、父の隣に立っていられるのだ。
「うーん、マスタードラゴンにだけはちょっと……そうかも知れないですね」
「…………お父さん、マスタードラゴンのこと、きっと嫌いだもんね」
ポピーは極力声を抑えて呟いたが、その声がマスタードラゴンの耳に届かないはずはない。しかしマスタードラゴンは自身の心を守るべくその声には気づかないふりをして、頭の中に現代の世界地図を思い描き、適した場所を探り始めた。竜神ともあろうものが動揺するように視線を彷徨わせて思案する姿を見せている。そんな姿を見ながら、リュカは果たしてこの場所に来て正解だったのかどうかも不安になる気持ちに苛まれていた。
その後結局、マスタードラゴンは現在天空城が浮かんでいる海辺の修道院付近の平地に天空城を下ろすことを決めた。いずれにせよ、天空城は広い平地がなければ地上に降りることすらままならない。もし険しい山地や深い森林などに天空城を下ろそうとすれば、恐らくそこらの土地を破壊して均して平地としてしまい兼ねない強引さがこの神の城にはある。
しかしあまりに修道院の近くに寄せてしまえば、院に暮らす修道女らに竜神の飛行訓練を披露することになり、それは竜神の威厳を損ないかねないと天空人たちが気を遣い、院とは離れた浜辺に城を着陸させることと相成った。城からすぐ近くに見える美しい海の景色に、天空人たちが歓声を上げている。長年水の中に沈んだ城の中にいた彼らだが、地上から見るどこまでもきらきらと光る海の景色は純粋に美しいと思えるらしい。
「どうやって外に出るんですか」
「なあに、それは簡単なことだ。この玉座の後ろから直接外に出ればよい」
リュカの問いに応えるマスタードラゴンは何ということもないようにそう言い、玉座を静かに下りた。巨大な竜神が動く度に、天空人たちは神を畏れるようにその場で頭を垂れるが、リュカにとっては大した威厳も感じられない神様だ。その存在を畏れることもなく、ただ不思議そうに竜神の行動を見つめていた。
マスタードラゴンがのっしのっしと移動する間に、玉座の後方に並ぶ巨大な石柱が、目の錯覚かと思うような緩慢とした速度で外に見える景色に同化していくのが分かった。幾本も並ぶ石柱が、気が付けば目に見えないものとなっていた。そして閉じられていた窓が開いたかのように、途端に外からの空気が玉座の間へと流れ込んでくる。潮の香りが鼻を突けば、ここが間違いなく海辺の場所だとリュカも子供たちも外に見えていた景色がただの景色だけのものではないと実感した。
「とんでもなく大きな窓が開いたの!?」
「窓……じゃないのね。このお城はいつも、水をまとわせてるんだわ。今だけ、水をどかしているだけなのよ」
この玉座の間からは常に外の様子を窺うことができた。それと言うのも、玉座全体に張り巡らせてある大窓の外に景色が映るからだとリュカは思っていた。ティミーも、ポピーもそう感じていたに違いない。しかし実際にはそれは窓などではなく、ただ水と空気を幾重にもまとわせて窓のように見せていただけだった。マスタードラゴンも天空人も、どうやら水を自由に操る能力を有しているらしい。それ故にこの城は、常に厚く白い雲を纏うことができているのだ。
玉座の後方に並んでいた石柱もまた、水で作られた景色の一部だったのだろう。それは今、マスタードラゴンの力によって城に纏う雲と成っている。雲は地上に触れ、潮風に吹かれて霧散してもおかしくない状況だが、磁力でもあるかのように城の周りにぴたりと張りつき、決して離れることはない。
「……ここからでも結構、高いわ」
巨大な天空城の玉座の間から望む景色は、人間の目から見れば高い塔の上から望む景色と変わらない。その高さに足が竦みそうになるポピーの手を取りながら、リュカもまた外に広がる果てない海の景色を眺める。
「でもここからなら、マスタードラゴンだったら落ちても平気だよ」
「……神様が落ちるなんて、あんまり見たくないけどね」
ティミーがマスタードラゴンの無事を保証する言葉を口にする横で、リュカが悪い予感の拭えない思いと共に小声でその場面を想像してしまう。
「リュカよ、背中に乗ってみるか」
そう言いながらマスタードラゴンは伸ばしていた背を屈め、まるでプックルがそうする時のように姿勢を低くする。その言葉に真っ先に反応したのは、当然ティミーだった。
「えっ? いいんですか!?」
「……あの、私はここでお留守番しててもいい?」
「いや、僕も一緒に留守番してようかと思ってたんだけど」
「えー、お父さん、一緒に乗せてもらおうよ~。神様の背中に乗れるなんて、僕たちが初めてだよね! どれくらい高く飛べるんだろ~、楽しみだなぁ」
リュカとしては一体この神様のどこをどう信用してそれほどの期待を抱けるのか、自分の息子の無邪気が不思議だった。見た目の威厳と言うのは、もはやリュカの前ではないに等しいが、まだ少年のティミーは竜神のいかにも強そうで厳つい外見に多大な憧れを抱いてしまうものなのかも知れない。
そして竜神でさえも期待の眼差しでリュカを見ているものだから、リュカは逃げることも叶わずに結局息子と共に竜神の背に乗せてもらうこととなった。一振りされたらどこまででも吹っ飛ばされそうな大きな尻尾を伝って背に上り、思っていたよりも凸凹とした灰色の竜の背に両足を踏ん張る。ティミーと横並びに竜の背に乗っても、まだまだ何人もの人間も魔物もその背に乗れそうなほどに、竜神の身体は巨大だ。少々空を荒く飛ぼうが、簡単に落ちるようなことはなさそうだと、リュカはとりあえず胸を撫で下ろす。
「さて、では少しばかりその辺りを飛んでみよう」
マスタードラゴンはそう言うと、玉座の間にどうにか収まるほどの羽を広げ、数度羽ばたきを見せた。いかにも重々しい音を響かせ、その音にティミーの好奇心が一層高まり、それまで不安しか胸に生じていなかったリュカにも僅かな期待が膨れ始めた。長らくその身を人間に変え、神の力を手放していたとは言え、あくまでもこの竜は神様なのだ。
目の前には日に照らされた輝く海が広がっている。この地域の日差しはまだ中天を過ぎておらず、その光は強い。その海の上を軽やかに飛翔する竜神の姿が、リュカとティミーの想像の中にはっきりと映る。
竜神が天空城の玉座の間から飛び立った。壁のような大きな翼がはためき、空気を孕み、竜神の巨体を揚げたように思えたのは一瞬だ。
リュカもティミーも、竜神の背中に着けていた両足が瞬時離れたのを感じた。身体が不安定になり、咄嗟にリュカはティミーの身体を支えるべく、その身体を片腕に抱く。二人の両足はすぐに再び竜神の背中に乗ったが、直後彼らは海の水面を荒々しく削るように進む竜神の背の上で身を伏せる羽目になった。
しばらくして静かに凪ぎ始めた海の景色を見つめながら、リュカは竜神の背の上で胡坐をかいて溜め息を吐く。ティミーはリュカの横で仰向けに寝転がり、大笑いしている。二人とも思い切り海水を浴び、全身ずぶ濡れだ。
「……ふーむ、魔力の調整が上手く行かないようだ」
「竜の神様はいつから海を行く筏になったんですか」
「こんな大きなイカダがあったら、いくらでも荷物を運べて便利だね!」
父子がそれぞれの角度から竜神に失礼な言葉を向けているが、当の竜神は二人の言葉を気にしている様子はない。
「もう少し力を込めても良かったのか。よし、ではやってみるから、しっかり掴まっておるのだぞ」
「いや、もうやめて……」
リュカの制止の言葉は途中で遮られ、マスタードラゴンは再びその身に魔力を帯びて飛翔を試みる。リュカはまだ仰向けに寝転んでいるティミーの身体を押さえつけつつ、垂直に飛び上がる竜神の背中にしがみつくように手足を伸ばした。しかしリュカの努力も虚しく、竜神は宙がえりなどするものだから、リュカとティミーはあっさりと海へと落とされかけた。寸でのところで竜神が二人を拾うようにその背に乗せ、まだ力の調整が上手く行かないと言うように水面すれすれのところを飛んでみたりする。
海の上をハチャメチャに飛行するマスタードラゴンと二人の人間の親子の姿を天空人たちははらはらとした様子で見守っていた。その近くでポピーは一人、「やっぱり乗らなくて正解だったわ」と、再び海の上に落とされそうになっていた父と兄が咄嗟に広げられた魔法の絨毯に救われるのを見て、ほっと息を吐いていた。



「あー、面白かった! でもボクたちが帰る頃、ちょっと飛ぶのが上手くなってたよね、マスタードラゴン」
「そうよね、少し神様っぽくなってた気がするわ」
「だけどさ、あんな状態なのに、よく僕にベルをくれたと思わない?」
「ベルって……あっ! そうだよね。マスタードラゴンは呼びたいときにベルを鳴らせば飛んできてくれる、みたいなこと言ってたよね」
「今、鳴らしてみる、お父さん?」
「……部屋に置いてあるから、後で試してみようか」
ポピーの言葉にそう返しつつも、リュカは恐らく今天空のベルを鳴らしたところで竜神は来ないだろうと確信していた。たとえ天空のベルを鳴らしても、マスタードラゴンは海辺の修道院付近の海上で飛行訓練をしつつ、体よく『私を呼ぶにはもっと広い場所が必要だ』などと言い訳とは言い切れない言い訳をしてこの場には姿を現さないに違いないと思っている。
オジロンとの約束通り、小一時間ほどでグランバニアの城に戻って来たリュカたちは今、グランバニアの南に面する森に足を運んでいた。森の中にもまだ一昨日の雨が残っていたが、一部焼け焦げてしまった場所には広く水溜りができており、今は晴れ渡る青空と白い雲を映している。
「なんじゃ、王子も王女も連れて来ておったのか」
森で待っていたのはマーリンだった。他にも数名の兵士たちは既に森の中で巡回をしており、再びこのグランバニアが魔物の群れに襲われないようにと警戒している。
「王子も王女も他になすべきことがあるのではないのかえ?」
「まあ、マーリン、そんなこと言わないでよ。まだあれから二日しか経ってないんだから、まだ日常には戻れないよ」
「それもそうかの」
焼け焦げた森の景色を見ながら、ティミーもポピーも父の傍にぴたりと寄り添う。森を焦がしたのは他の誰でもない、リュカ自身だ。ドラゴンの杖でその身を竜に変え、我武者羅に炎を吐き散らしてグランバニアの森を焼いてしまった。リュカ自身もその時のことを朧げには覚えているが、ティミーとポピーほどに鮮明な記憶ではない。
「ここはこのまま、木も育たずに草も生えず、ただの死んだ土だけが残るのじゃろうな」
マーリンの言う通り、広い水溜りをあちこちに作るこの場所には、すぐ近くで育つ草木から感じられるような命の空気を全くと言って良いほど感じられない。竜神の炎に焼かれた場所にはそれこそ、竜神の持つ力である破滅がもたらされたのかも知れない。
怒りに狂い、その身を竜に変えたリュカの炎に焼かれたのは何も森の草木だけではない。我を忘れたリュカが吐き散らした炎には当然敵の魔物も巻き込まれ、そしてグランバニア兵までをも巻き込んでしまった。後に聞いた話によれば、その際に命を落としたものもいたという。しかし城壁近くに待機していたベホズンや、城の神父の力により彼らは幸いにも無事に息を吹き返している。
リュカはその話をマーリンから聞いていた。他の誰も、その事態をリュカに伝えなかったが、マーリンは国王たる者に隠し事をすればこの国には歪みが起き兼ねないのだとありのままをリュカに伝えた。リュカはすぐさま息を吹き返した兵たちに会って謝罪をと足を向けかけたが、マーリンがそれを止めた。息を吹き返した兵士たちも、森での戦闘に参加していた兵士たちもあの竜をリュカとは知らず、ただこの戦いを終わらせるべく神とも悪とも知れない何かが現れたのだと思い込んでいたのだ。
要らぬ不穏を生まぬためにと、マーリンは兵士たちには真実を伝えないのが良いと進言し、それらは守られた。ただでさえ、グランバニア国内には今、平和に対する人々の心の揺らぎが生まれている。その不安の上に、自国の王が竜と化し森を焼き払ったなどと知れば、人々の心は深い不安の奈落へと転がり落ちてしまうだろう。
マーリンは敵の狙いは成就したのだろうと推測していた。グランバニア国内には傷ついた国を立て直すのだという気概を見せる者たちも多くいるが、一方でこの国にはやはり不吉がまとわりついているのだと国を離れることを考える者たちも出て来ている。国を離れ、どこへ向かうのかと言えば、その行き先はただ一つ、光の国だ。
敵は見事にその流れを作り出した。人々の心に不安を植えつけ、その者たちを光の国へと誘導する。それこそが敵の目論見だったのだろう。その流れができつつあり、もう神父の説得にも耳を貸さないほどに不安に駆られた者たちも現れている。このまま放っておけば、グランバニアからの人々の流出が始まるのかもしれない。
「お主らが暗い顔をしてはならんぞ」
つい顔をしかめていたリュカにマーリンが呼びかける。暗く落ち込む民たちに向ける王族としての態度は明るいものでなくてはならない。しかしただ明るければ良いと言うものでもない。内情の伴わない明るさなど、人々を白けさせるだけだ。たとえ嘘の明るさでも、そこには確かな理由を伴わなければならない。
「ドリス嬢はいつも明るい顔を民に向けておるじゃろう。あの娘は心の底からこの国を大事に思うておる。それを見習うのじゃ」
グランバニアが魔物の襲撃を受けている間も、ドリスは城下町で神父と共に人々の誘導と説得に当たっていた。城が爆弾岩の攻撃を受けても音が激しいだけで大したことはないと言い、外で戦う者たちの声や音が響いてくればグランバニアの精鋭たちが負けるわけがないと言って、人々の心を落ち着かせる務めに懸命に当たった。本来ならば、彼女もまた一人の武闘家として国を守る力を発揮したかったのだろうとリュカは思う。腕試しの好きな姫だ。もし許されるのなら自らも魔物との戦いの中に躍り出て、その腕を存分に試したかったに違いない。
しかしそんな私的な感情など迷わず捨て置けるほど、彼女はこのグランバニアを大事に思っているのだ。国のことを考えれば、彼女自身は王族の一人としてこの場に残らねばならないと、彼女こそ落ち着かない心を無理に落ち着かせて、リュカたちの無事を祈っていた。
「ドリスは本当に、強いよね。綺麗で強くって優しくって……私もドリスみたいに強くなりたい」
ポピーの言葉に、リュカはふと思う。綺麗で強くて優しくてと、その言葉を口にしていたのはドリスも同じではなかっただろうか。ドリスが口にした賛辞の言葉は、今はまだいないビアンカに向けられたものだったと、リュカの記憶の片隅に残っている。
「ボクは、明るくするのは得意だけど、でもそれだけじゃダメなんだよね。子供のボクがいくら明るくしたってさ、それでこの国のみんなが心から明るくなれるかって、そういうことじゃないもんね」
「しかし子供の笑顔は皆を元気づけるのは間違いない。王子も王女も、なるべく人々に明るく接するよう努めるのじゃ」
リュカもマーリンの言う通りだと思った。子供が無邪気に笑う姿と言うのは、それだけで人々に希望を与えるのだ。逆に子供の表情から笑顔が消え失せれば、それは本物の絶望を予感させてしまう。大人に比べて嘘を吐くことなど苦手な子供が沈んだ面持ちを見せれば、それはそのまま人々の心にも暗い淀みを生み出してしまう。
「……マーリン、私だってそうしたいけど、でも、難しいよ」
あの日以来、ポピーの顔に無邪気な子供としての笑顔が現れたことはない。彼女にとって、ラインハットでの戦いは衝撃が強すぎた。魔物の仲間たちがいたことに心強さを感じていたのは間違いのない真実だったが、最も傍にいて欲しかった父があの場にいなかった。心の片隅で常に父の存在を求めていたのだと分かったのは、戦いの最中にヘンリーが倒れた時だ。一度、ボブルの塔で父の死を目にして壊れた心は、この時にもう一度壊れてしまった。
スラりんの蘇生呪文で彼が息を吹き返したところを目にしたと言うのに、今もポピーの眠りの中には父や父の友の倒れた時の姿が現れるのだ。夢は常に悪夢であり、夢独特の支離滅裂な内容だ。悪魔のような黒い竜となり果てた父が、怒りのままに全てを焼き払おうと炎を巻き散らす中、それを止めようと馬に乗るヘンリーが駆けて行く。一体の人馬が竜の炎に焼かれ黒い影となり、それが止んだかと思えば地面に倒れているのは焼け焦げた父の姿。夢は様々に形を変えて、ポピーの精神をすり減らしている。そのせいでポピーはまだまともに睡眠を取れておらず、本来ならば一日休息を取れば完全に回復する魔力もまだ回復しきれていない状態だった。
「子供たちには時間が必要だよ、マーリン。それと、もう二度と勝手に城を出ないようにみんなで見張ってて」
リュカの口調はいつも通り穏やかだが、その語気は些か強い。この度の三国での戦いで、ティミーもポピーも魔物の仲間たちと共に二つの国へ救いの手を伸べることができたのかも知れないが、リュカはもう二度と子供たちの勝手を許さないという意思をオジロンにもサンチョにも、グランバニアにいる誰にも露にしている。ティミーはその父の意思に反抗する態度を見せているが、ポピーに至っては父の言葉に抗う気持ちも持てずに、ただ俯いて黙り込むだけだった。
「わしとしてものう、生まれた時から見ておる可愛い子供たちじゃ。そうしたいのは山々じゃがのう」
マーリンがそう言いながら緑色のフードの奥から双子を見つめる姿はまるでどこぞの好々爺のようだ。魔物の中でも人間に味方する点で他の魔物とは異なるのだろうが、彼にはかつて人間であった頃の記憶や思いが残っているのではないかと感じられる時がある。
「勇者をこの場に留めておくことは、世界における大罪を犯しているのではないのか、リュカよ」
人間のような情を感じていると思った矢先に、マーリンはその同じ口で世界を見据えた冷徹な言葉を口にする。グランバニアの王子王女を大事に思う人間、オジロンやサンチョやドリスなどには口にすることができないようなことを、マーリンはこの国の王であるリュカに進言できる。他の誰もが言えないようなことを言うのが己の役目であると、マーリンはその立場を理解しているに違いない。
今ではグランバニアの大臣にも等しい存在のマーリンに、リュカは返す言葉を見失う。リュカ自身、分かっているのだ。
自分の息子は世界を救うべくして生まれた勇者だということ。それはもはや変えようもない運命であり、たとえ抗ったところで、ティミーはやがて訪れる未来に勇者として迎え入れられる。自身の息子が勇者として生まれたことを誇りに思える強い父でありたかったが、生憎とリュカは自分の息子を世界の生贄にすんなり差し出せるほど理解ある大人ではない。
「ティミーもポピーも、まだ、子供だよ」
「お主もまた、子供じゃ」
「僕はどう見たって大人でしょ」
「ふん、わしのような魔物から見れば、リュカも双子も、大した違いなどないわい。言うてみれば、人間なんぞ誰もかれもが皆、子供のままじゃ」
マーリンの言葉や視点に、リュカは彼の目線はマスタードラゴンの目線そのもののように感じられた。人間は虫や他の動物たちに比べれば長生きの種類に入るかもしれない。しかし天空人や魔物、ましてやこの世界を創ったともされるマスタードラゴンから見れば、非常に薄命で、生まれたかと思ったらすぐにその命を尽きさせているように見えているのだろうか。
「お主の子供を大事に思う心を手放せと言っておるわけではないぞ」
「うん……分かってるよ」
分かっているのだ。マーリンは決して今すぐどうしろと、急いたことを言っているわけではない。彼はリュカに心構えをしておけと暗に言い含めている。
いつまでも子供を勇者と認めないと意地を張っている時間はない。グランバニア、ラインハット、テルパドールと人間の築いた三国が魔物の群れに襲撃されたのは、魔物側もこの世界に対して能動的に働きかけてきたことを意味している。現にグランバニアでは不安に駆られた人々の中に国を離れて行こうとする動きが出てきている。人間の世界を内部から腐食していくような敵の見えない攻撃に、人間としては勇者を立てて対抗するべき時がやがて来るのだと、マーリンはリュカに忠告しているに過ぎない。
「だけど、だけどもう一つだけ、僕はやっておきたいことがあるんだ」
平和に対する不安に苛まれる人々の新たな希望として、じわりじわりとその存在を明らかにしつつある光の教団。その光の影にある闇を暴き、世界に知らしめることができれば或いはティミーを勇者の宿命から解き放ち、同時にポピーの勇者の妹としての思い肩書をも取り払うことができるのだと、リュカは希望を捨てられない。
敵である魔物が光の教団を隠れ蓑に大々的に行動しているのは、あの場所を知っているリュカにとっては明らかなことなのだ。時間はかけられない。グランバニアの復旧にも目を向けなくてはならない。テルパドールのその後の様子もリュカはグランバニアの王としてその目に確かめておかなくてはならない。ラインハットにいる友やその家族たちの様子も気になる。そして何よりも、リュカの長年の願いがある。父の遺した言葉の通りに母を魔界から救い出し、必ず妻ビアンカもこの手で救い出す。
リュカは本当に成さねばならぬことを心に留め置きながらも、グランバニアの国王として一つ一つの事案に目を向け、整理しなくてはならないと思わずきつく目を瞑りながら、深い溜め息を吐く。
「何をすべきかなど、行動の洗い出しなんぞわしも手伝ってやるぞい。お主は一人ではない。多くの者たちがお主を支えておるのじゃ。国王なんじゃから、もっと皆を使ったらええ」
「でもそんな、使うばっかりじゃ悪いよ」
「ではお主は、人に頼られて嫌な気持ちなると言うのか? 違うじゃろう」
国王だから人々を良いように使うのかと思えば、決して良い気はしない。しかし人々を信頼しているからこそ共に歩んでいきたいと思われれば、頼られた人間は頼まれごとに遣り甲斐や生き甲斐を感じて率先して行動に移るかも知れない。要は、頼みごとをする人の持つ心の誠実さにかかっているのだ。
「焼けた森については、わしから神父に相談しておこう。さすれば神父からまた適した人員に声がかかるだろう。人は繋がっておる。大丈夫じゃ、事はどうにでも運ぶんじゃ」
「いつもありがとう、マーリン」
「そうやって素直に礼の言える国王と言うものが、このグランバニアの誇れる王じゃ」
ぼろぼろに抜けている歯を見せながら笑うマーリンを見て、リュカはそれだけでぐちゃぐちゃになりかけていた頭の中がまとまって行くのを感じた。焦りは禁物だが、のんびりしてもいられない。恐らく限られた時間の中で、次に何をすべきかとリュカは両隣に立つ子供たちの肩を抱きながら考え始めていた。

Comment

  1. ラナリオン より:

    bibi様、おはようございます。竜の神様の飛行訓練とは遊び心満載のお話でしたね。忙しいのに付き合わされるこっちの身にもなってほしい…。なんてリュカは思ってそう。(笑)ティミーにとってはちょうどいい気分転換になりましたけど、ポピーはまだらしさが戻ってきてないですよね。これからの戦いにも影響が出てきそうな感じがしますが、大丈夫かな?子供の頃、ゲーム上で天空のベルを街や城の中で意味もなく使ってみたりして遊んでいました。結果はお決まりの台詞で「私を呼ぶにはもっと広い場所が必要だ。」が聞こえてくるのですが、bibi様の中では竜の神様の言い訳にしか聞こえないということですね。(笑)納得です。融通が利かないのがいかにもマスタードラゴンらしいです。魔法の絨毯と同様に平地でしか使えないのがちょっと不便なんですよね。マーリンは素っ気ない言い方もするんですけど、リュカ達と出会った最初の頃と比べると随分と性格が丸くなったというか…。あんなに人間嫌いだったのに逆に人間らしくなったといいますか、リュカにとっては頼れる仲間以上の存在ですね。そのうち本当にグランバニアの大臣になっちゃうんじゃないかと。リュカは運命にまだ抗い続けるんでしょうか?それとも今回で受け入れる覚悟を決めたのでしょうか?親としては実に辛い現実ですが…。あきらめないココロ=受け継がれる意志…。ドラクエ5の物語を象徴するタイトルだと私も思います。

    • bibi より:

      ラナリオン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      私的な設定ですが、こちらの神様はとても頼りないのでこんなことでしょうもなくもたついています。そうですね、ティミーには良い気分転換になり、ポピーには・・・少しは気分転換できたかな、と言ったところでしょうか。
      天空のベルを然るべきところで鳴らさない時のあのメッセージ、私は当時からちょっとイラッとしていました(笑) 1マス分で足りないってのはどんだけデカイのよあんた、と思ってました。ここでその台詞が使えて満足です(笑)
      マーリンは長い月日ですっかり丸くなりましたかね。人間世界に引っ張られて、グランバニアで過ごすうちに、人間社会で生きることの楽しさや遣り甲斐を見つけたのかも。・・・そう考えると本当に人間っぽいですね。誰だって、善良な人間と出会えばきっと人生楽しくなるんじゃないかな。出会う相手によりけりな部分はありますよね。
      リュカはあくまでも抗うかな~。分かっちゃいるけど止められない、そんなところかも知れません。自分が息子を勇者と完全に認めちゃえば、彼を世界の平和のために生贄に捧げるようなもの、と思う部分があるので親としてはあくまでも運命に抗い続けそうです。自分の息子が勇者であることを誇りに思うというような親も実際アリだと思うし、その方がカッコ良いかも知れないですが、私のお話の中ではあくまでもリュカはとても人間臭い人間として書いております(汗)

  2. ケアル より:

    bibi様。
    いつも執筆してくださり、ありがとうございます。

    マーリンに怒られたリュカ。
    リュカは本当に分かっているのか疑問ですね。理解したくないから理解しようとしていない=分かっていない、だから分かったふりをしている。
    そんな風に感じます。
    リュカの言うことを聞かなかったティミー・ポピーは悪い子たち、でもだからって今後外出禁止っていうのは、冷静さを失って頭ごなしに叱りつけているだけのような気がするんです。
    リュカの親心はよく分かります。だけど…ちょっと厳しすぎるかもしれないですね。
    ケアルはティミー・ポピーの立場になって考えてみました(笑み)

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      リュカは恵まれた国王です。自分を諫めてくれる人が何人もいますからね。ただ、今の彼はちょっと感情が強く出てしまっている状況でしょうか。人間ですので、そう言う時もあるという感じで。完璧な親はいません。頭ごなしに叱りつけてしまう時もあります、という私自身の言い訳(?)ですかね(笑)
      ただ、親の言うことを大人しく聞くばかりの双子ではありませんね、きっと。なんたって勇者とその妹ですから。もう十歳になろうとする彼らもまた、色々と考えているに違いありません。

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