吊り橋での交戦

 

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巨大吊り橋の上を、三体のグレイトドラゴンが飛んで来る。逃げるリュカたちにやがて追いつく勢いだ。ゴレムスを主軸として、リュカたちは魔の山を上って行く。ギガンテスがうろつく平地を抜けた先の山道に入れば、巨人らはそれ以上追ってくることはなかった。あの巨体を動かして山道を登ることは、リュカたちの想像を超える困難なのだろう。ある意味で彼らはこの広い平地地帯に自然に隔離されているようなものなのかも知れない。
ゴレムスが懸命に山道を登っていく。前を行くプックルは、更に前を気にしつつも振り返り、ゴレムスを待つ。無機物ながらも生きているゴレムスにとって、走り疲れるという概念はない。ただ走らなければならないとなれば、どこまでも走ることはできる。しかし重々しい巨体故に、その速度は宙を飛んで追ってくるグレイトドラゴンに勝るものではない。
グレイトドラゴンは三体が揃って、リュカたちを追ってくる。リュカはゴレムスの肩に掴まりながら後ろを向き、黄金竜の口を見た。この暗い世界では少しの明るさもよく見える。竜の口の中には赤い炎が僅かに閃いている。駆けるゴレムスの揺れる肩にしがみつきながらも、リュカは再びいつでも呪文が放てるようにと身構えていた。
リュカの視界の端から、飛び込む仲間の姿があった。アンクルが敵との距離の縮まりに反応するように、デーモンスピアを片手に滑空した。あまりにも危険な行動にリュカは叫びかけたが、彼の左腕に光る力の盾を見て、仲間を信頼し、顔をしかめつつも状況を見守る。
アンクルはグレイトドラゴンに比べれば小さな身体をしている。それだけ、敵よりは機動性に優れている。グレイトドラゴンが大まかにしか動けないその傍で、アンクルは器用に悪魔の翼を動かし、敵にとっては鬱陶しいような不規則な飛び方を見せる。滑空していったと思ったら急に方向転換をし、敵の背後に回った。彼は常に、グレイトドラゴンの飛行能力を奪うためにと、その翼を狙っている。目や首を狙うよりも危険は少なく、そして狙う的も大きく、その上敵の攻撃力を大いに削ぐことができると、アンクルは大槍を右手に回転させ、ただ敵の翼を傷つけることだけを目的に振るう。
しかし敵も素直に攻撃を受けるだけではない。そして敵は三体が同時に動いている。ギガンテスのような個々に好き好きに動き回る魔物とは異なり、この三体のグレイトドラゴンらは明らかに仲間然とした様子が窺えた。先ほどまでリュカたちを追いかけてきていた二体のグレイトドラゴンもまた、二体は互いに仲間として連携を取っているのは明らかだった。リュカたちが魔界を旅した際に遭遇した四体のグレイトドラゴンなどは、シーザーを父とした家族だった。これほど大きな竜の魔物だというのに、彼らが仲間や家族と共に行動することが多いというのはどういうわけかと考えてしまうと、そこに愛情が存在するからなのではないかと思い至りそうになる。しかしそこでリュカは一瞬目を閉じ、そして目を開けば目の前に口の中に炎を溜め込んだ竜の姿があった。
アンクルの攻撃は敵に届かなかった。代わりに竜の尻尾の一撃を受けたアンクルが体勢を崩し、宙によろめく。直ちに力の盾で己の損傷を回復したアンクルだが、その隙に他の二体の黄金竜が攻撃を仕掛けてきたのは、的の大きなゴレムスだ。
ゴレムスの肩にはリュカが、反対側の肩にはティミーとポピーがしがみついている。それら全てを巻き込むほどの勢いで、グレイトドラゴンは二体揃って口から炎を吐き出してきた。それをリュカは予期しており、向かってくる炎を己の起こす暴風の中に巻き込んだ。竜の吐き出した炎は本気の攻撃ではなかったのか、さほどの威力ではなかった。それ故にリュカは自ら放ったバギクロスの中に炎を閉じ込め、勢いを強め、そのまま跳ね返すように二体のグレイトドラゴンに向かって弾き返した。グレイトドラゴンは自ら炎を体の中に生み出し、口から吐き出して攻撃するにも関わらず、炎をその身に食らうことに耐性はないらしい。己に返って来た炎の塊に、黄金竜二体は揃って叫び声を上げ、そのまま宙で押し返された。
ゴレムスは足を止めない。疲れを知らないこの巨人は、ただひたすらに目的地へ近づくべく両足を動かし続ける。彼の原動力は、誰にも負けないような強固な意志だ。彼の二つの青く光る目には、まだ遠くにある青く伸びる光の柱が見えている。ようやくいくらかはっきりと見えるところにまで来た。あの場所へたどり着き、肩に乗るこの少年を母に会わせてやるのだと、その強い思いだけで無機質の中にも生まれたゴレムスは進み続ける。
アンクルが攻撃し損ねた一体のグレイトドラゴンが遅れて、リュカたちと一体と化しているゴレムスの背中へと襲い掛かってくる。鋭い牙を見せて口を開けるが、そこに炎の気配はない。そのまま噛みつこうとしている竜の牙は、荒々しくもゴレムスの後頭部を狙っていた。
精度を上げるためだったのだろう。遠隔呪文を使えるポピーだが、彼女はぎりぎりまで敵が近づくのを待っていた。動き迫ってくる竜を相手に、その目を確実に狙うには遠隔呪文は不向きだと、ポピーはその目ではっきりと恐ろしい竜の目を見つめていた。手に用意するのは、彼女が得意とする氷の呪文。父リュカは敵を倒す意思を見せず、ポピー自身もまた無暗に魔物を倒したいなどとは思っていない。ただ向かってくる巨大黄金竜が足を止めてくれればそれでいいと、ヒャドの氷の刃に勢いをつけ、グレイトドラゴンの左目に投げつけた。
ポピーの放った氷の刃は狙い通り、竜の左目を傷つけた。竜は痛みにと言うよりは、唐突に悪くなった視界に戸惑いを見せ、その場に飛び留まった。今はそれだけで十分だと、ポピーはみるみる遠ざかっていく一体の巨大竜を見送る。彼女は冷静にも、既に次の呪文の用意を手の中に込めていた。そのような妹の様子を間近に見ていたティミーは、双子の妹の冷酷にも感じられるような冷静さに、思わず息を呑んでいた。
前を行くプックルがごつごつした岩肌の脇を通り過ぎるや否や、その場所を回り込むように方向を転換した。ゴレムスが仲間の赤い尾を目印に、同じように回り込む。エビルマウンテンという魔の山は全てにおいて作りが大きく、ゴレムスのような大きな魔物ですら山の岩肌にできた窪みに入り込んでしまうことができる。そのような場所をプックルが見つけ、誘導したのだ。
山の窪みに身を隠し、魔物との戦いを避けるべく息を潜めてその時をやり過ごす。駆け続け、息切れを起こしているのはプックルとピエールと、最後に窪みに入り込んできたアンクルだ。ゴレムスは彼らを最も窪みの奥へと促し、そして蓋を閉じるように己の身で仲間たち全てを覆い隠す。そして開いていた青い目もゆっくりと閉じ、そうすればゴレムスはまるで無機質な岩石と化し、そこに命が宿っているものとは簡単には感じられない。
誰も何も話さず、明かりもない中で、リュカたちは互いの様子をその雰囲気に感じていた。リュカは、近くにいる家族の体温が温かいだけで心から安心した。それは家族皆、同じだった。静かな暗闇の中でも、ティミーに元気がないのがリュカには分かったが、既に息子の頭を撫でているビアンカがおり、彼にはそれで十分だろうとリュカは感じる雰囲気を見守った。ティミーは勇者として自身の力をもっと示したかったところなのだろう。妹のポピーが敵の足止めに成功した状況を真横に見ていたティミーとしては、味方の誰もが一人一人力を出すことが望ましいと思いつつも、やはり己が勇者であるという矜持が存在してしまう。彼のそのような誇りは必要なものでありながらも、それが強過ぎれば返って邪魔にもなるものだ。
息子の心に寄り添うように肩を抱くビアンカは、ポピーの活躍とティミーの不満を実際に目にしていたわけではないだろう。彼女は常にゴレムスの腕に守られ、彼女自身もまた何もできないままにここで共に身体を休めているという状況だ。視界の効かないほどに暗いゴレムスの作り出す洞穴の中では尚の事、ティミーとポピーの様子を窺うことなどできないが、ビアンカの心は常に子供たちの傍にある。それが己の役目なのだと彼女が感じているのは、リュカのみならず誰もが理解しているところだ。
ビアンカのその想いは彼女自身だけにあるものではない。それは彼女の亡き母に影響されたものであり、彼女自身が実際に二人の子を持った現実であり、今このエビルマウンテンを進み続ける理由であるリュカの母マーサから託された賢者の石にも、ビアンカの想いが作り上げられているのだ。母はかくあるべしと、規則のように教えられたことはない。ただ彼女が見て、聞いて、感じてきた「母」というものが今は彼女自身の中で醸成され、内から外に現れているということなのだろう。
ビアンカ自身が早くに母を亡くしたからこそ、なるべく子供たちの傍にいてやりたい。可愛い双子をこの世に生み、すぐに離れ離れになり、十年の空白を埋めるためにもできる限り傍にいてやりたい。この世に勇者として生まれた息子の不安を、勇者の兄を持つ娘の苦悩を、何の隔てもなく受け止めることができるのは自分だと、ビアンカは右にティミーの肩を抱き、左にポピーの手を握っている。まだ成長途中の子供たちにとって最も大事なのは、親の支えなのだ。その支えは揺るぎないものなのだと伝えるためにも、ビアンカは二人の傍を離れないことを行動に示している。
彼女がそうするだけで、ティミーの不安はいくらか軽くなり、ポピーの苦悩はいくらか薄まる。そうして再び心を持ち直し、彼らの絆は一層強くなる。この繰り返しが人生の側面でもあり、中心ともなるものなのだろう。
どこか達観するような思いで母子の様子を暗がりの中に雰囲気に感じつつ、リュカは静かに長く、息を吐いた。すると、リュカの濃紫色のマントを下からぐいっと引っ張る者がいた。まだ息切れが完全には収まっていないプックルが、リュカのマントを口に咥えて「座れ」と言うように下へ引っ張った。なんにせよ、近くから魔物の気配がなくなるまでは身動きが取れないのだと、リュカはプックルの赤いたてがみを撫でながら、小さな音でも立てないように地面に座り、まだ息切れの収まらないプックルの頭に濃紫色のマントをばさりとかけてやった。



切り立つような岩山を進むリュカたちだが、行く道はさほど迷わないような一本道だ。道幅は非常に広く、ただ地面はどこも凸凹としているために足場は悪い。プックルのような獣としての動きができる者や、ピエールのようにどのような場所でもその柔らかさで対応できる者であれば器用に駆け進むこともできるが、リュカたちのような人間にとっては不規則な地面の隆起に用心しなくてはならない。それ故に、リュカたちは主にゴレムスの大きな身体を借り、彼を主体として進んでいた。
エビルマウンテンの黒い山々の景色の中に、目指す青白い光が空に向かって柱のように伸び、その下方の岩山に一部、明かりが見えていた。山を登り続けるリュカたちはその明かりの場所を目指しているが、そこへたどり着くまでの道には二つの巨大な吊り橋がかかっていることをその目に確認していた。他に道があるかどうかは分からない。しかし今はただ、一つ目の巨大吊り橋に向かって歩みを進め、ゴレムスを中心にまとまった一行は足早に進んでいた。
巨大吊り橋の上に敵となる魔物の気配はない。恐らく悪しき魔物としても、この宙に浮かぶような吊り橋の上を好き好んで渡ることもないのだろう。魔物としても、その種類によって棲息領域の分かれることは自然発生的にあることであり、この吊り橋のこちらと向こうでは魔物の種類が異なっているのかも知れないと、初めそのような考えも頭に浮かんでいたリュカたちだったが、今回に限ってはそうではないのだと吊り橋の途中で気づかされた。
橋を渡った先にはエビルマウンテンの頂上にも思えるような峻険な山の先が黒々と見えており、その山のそこかしこに蠢く魔物の影が見えていた。はるか遠く離れたところからも見えるその巨大な魔物の影は、明らかにギガンテスの群れと思われた。あの山もまた、多くの巨人が棲みつきうろつく山のようだ。
幸いにも巨大吊り橋に襤褸つきはなく、ゴレムスが歩いてもびくともしない。というのも、恐らくこの吊り橋を主に利用するのはギガンテスのようなゴレムスよりも巨大な魔物だからに違いない。それか若しくは、吊り橋さえも利用しないような飛行能力を持つ魔物らならば辺りを自由に飛び回ることもできる。しかし今は運良く、そのような羽を持ち飛び回るような魔物の姿は見られない。それがどういうことなのかを考えることはせず、ただこの好機を逃してはならないと、リュカたちはただ巨大吊り橋をとにかく先へと進んだ。
吊り橋の向こう側に聳え立つ岩山はまるごと、ギガンテスの山とも呼べるような場所だと、吊り橋を渡り切る前にリュカたちは嫌でも気づいた。吊り橋を渡り切る前に既に、二体のギガンテスが棍棒を手に侵入者であるリュカたちを待ち構えていた。もしかしたらこのエビルマウンテンの山の麓にいた、白い花を守り続けているあの巨大ギガンテスと同様、前に見えている二体のギガンテスもまた悪意なくあの場に立っているのかも知れないと、リュカは僅かにも期待を抱いた。
しかしそんな生易しい状況ではないのだと、二体のギガンテスが巨大な棍棒を手にしたまま肩を怒らせ、吊り橋の上を歩き始めたところを見て、そうと理解した。まるで隠していないその態度で、リュカたちが端から歓迎されていないのが分かる。しかしここで引き下がるわけにも行かないと、リュカはゴレムスの肩にしがみつきつつも、身を隠すところもない広い吊り橋の中央を堂々と進んでいった。
プックルが先に駆け出した。ギガンテスの巨体に比べればその巨大な足の周りをチョロチョロとすばしこく動き回る子猫のようなもので、目の前の二体に集中すればまずプックルはその攻撃を食らうことはない。ギガンテスの動きは鈍く、プックルは敵の巨大さに慄くこともなく、果敢にその足元を疾風のごとくすり抜けた。同時にアンクルは敵の手の届かないほどに上空に飛び上がり、プックルを追うように二体の巨人の向こう側へと回り込む。ギガンテス二体を挟み撃ちにした格好で、リュカたちは巨大吊り橋の上で巨人らと対峙する。周囲に目を向ける。この魔の山には悍ましい青の巨大鳥と、灼熱の炎を身に纏う赤の巨大鳥がいるはずだ。他にもグレイトドラゴンのような翼を持ち、空を飛ぶことのできる魔物がいる。それら飛行可能の魔物の姿は今のところ近くにはいない。しかし敵らはいつでもあの山の影から飛び出してくるのかも知れないと、リュカたちはまだ見えない敵にも対応できるようにと、周囲にも十分に注意する。
あくまでも魔物を倒すことを目的としていない。ただこの吊り橋を渡り切り、駆けても鈍いであろうギガンテス二体を振り切ってしまえばそれで良いのだと、リュカたちは敵の目を逸らしてその隙に脇をすり抜けてしまう方法を試みる。
二体の巨人は挟撃を受ける中におり、一体ずつが背中合わせに立っている。そこに二体の連携は見られない。彼らの間に仲間内で協力するという行動は存在しないようで、先を回り込んだプックルに向かって棍棒を振り下ろす一体と、ゴレムスに棍棒を振り上げる一体とで、完全にその行動は個別のものだ。
振り下ろされる棍棒の軌道は単純で、それをいともたやすく避けるプックルを宙から見下ろすアンクル。巨大な棍棒が吊り橋を叩きつけ、あまりにも激しい勢いに吊り橋の分厚い板にひびが入る。ギガンテスらがこぞってこの吊り橋の上で暴れれば、それだけで橋は壊れ、崩落してしまうに違いない。そうなる前に吊り橋を渡り切らねばならないと、リュカが前のめりになるのと同時に、ゴレムスも姿勢を低くする。
隙だらけの敵の動きを見切って、アンクルはこの暗がりの中ではまるで目立たないバギマの呪文で敵の大きな一つ目を狙う。視界を奪ってしまえば、大抵の生き物は戦意を失うものだと、真空の刃が鋭くギガンテスの一つ目を傷つけると、攻撃を受けた巨人は棍棒を手にしたまま両手で一つ目を覆って野太い叫び声を上げた。
ゴレムスに振り下ろされた棍棒に、その足元に構えていたピエールが呪文を唱え、イオの爆発を当てる。棍棒の振り下ろされる軌道がずれる。棍棒はリュカの乗るゴレムスの肩を掠め、やはり吊り橋を強く叩いた。ギガンテスの棍棒の攻撃は二発とも吊り橋に当たり、それだけで強固な作りをしているはずの吊り橋の大きな板が二枚ひび割れ、心許ない足場となった。
のんびりしている時間はないと、リュカがゴレムスに声をかける。同時に、リュカとは反対側のゴレムスの肩に掴まっているティミーとポピーが、振り落とされないようにとゴレムスの肩にへばりつくように身体を伏せた。ビアンカもゴレムスの腕に守られつつも、その手にしっかりと掴まった。
リュカがゴレムスの肩にいても尚見上げるような位置にあるギガンテスの一つ目をめがけ、アンクル同様バギの呪文を放ち、その視界を奪おうとした。中級呪文ではなく、初級呪文のバギを唱えたのは、リュカの敵に対する気持ちの表れだった。リュカにはどうしてもこのギガンテスという巨人が悪者だとは思えない。このエビルマウンテンといういつからあるかも分からない魔物の棲む山で、むしろ悪者とされるのは自分たち人間ではないかという思いと、ギガンテスという恐らく古くから存在しているこの巨人に対して戦う意思が込み上げないのとで、手から発動される呪文は弱いものになってしまった。
それでもギガンテスの視界を奪うには問題なく、バギの呪文を一つ目に受けたギガンテスもまた、視界を奪われた苦しみに手で目を覆う。動きの止まったギガンテスの脇を、既に前傾姿勢で構えていたゴレムスが駆け抜ける。ギガンテスもゴーレムも問題なく渡れるほどに巨大な吊り橋だが、流石に小さく波を打つように揺れた。ゴレムスが駆けるほどに、吊り橋の揺れは大きくなっていく。吊り橋の揺れに揺さぶられるように、まだ視界を奪われているギガンテス二体もその巨大な身体を支えきれず、両膝をつき、揺れる吊り橋の上に身を伏せた。駆けるゴレムス自身も、吊り橋が波を打つように揺れるその上でバランスを保つことに必死で、必然とその足は遅くなってしまう。
あまりにも揺れの激しくなったゴレムスの肩の上から、しがみついていられなくなったポピーが弾かれるように落ちてしまった。しかしそれは既に、ゴレムスが二体のギガンテスを抜き去り、渡る吊り橋の終わりが見えている状況の中でだった。宙を飛び、並走していたアンクルがすかさず滑空し、空中でポピーの身体を捉えるや、彼女を小脇に抱え助けた。
思わずポピーに手を伸ばしたティミーもまた、ゴレムスの肩から弾かれ、宙に放り出されたが、彼もまたアンクルの手によって救われた。双子はアンクルにそれぞれ両脇に抱えられながら、ゴレムスの横を息を詰めて飛んでいく。
吊り橋を渡りきったところでも、ギガンテスが待ち構えていた。しかし冷静に動きを見てみれば、彼らが各々で行動しているのは明らかであり、敵の連携を心配する必要はなかった。そして敵の身体が巨大であること、鈍重であることを利用し、巨人らの間をすり抜け駆け抜け、ひたすら更なる先の道を目指す。
さすがはギガンテスのような巨人の棲みつく山だけあり、行く道は道とは思えぬほどに広い。でこぼことした道をプックルが息を切らしながら器用に先を駆け続け、その後を腕にビアンカを、肩にリュカを乗せたゴレムスが地響きを慣らしながら走る。ゴレムスの足の甲にぴたりと張り付くピエールは、今はただ必死に仲間の足にしがみつき、この場を抜けきることだけを考える。
正面に立ちはだかろうとするギガンテスに対し、プックルはその足の間をすり抜けていく。続くのは宙を飛ぶアンクルで、敵の動きを止めるためにと、アンクルの腕に抱えられるポピーが静かにヒャドの呪文を唱え、敵の一つ目を束の間でも氷漬けにする。その隙にゴレムスはギガンテスよりは身軽な動きで敵の身体を避け、前に進んでいく。
「がうっ」
先を行くプックルの前に現れたのは、三度目に見る吊り橋だった。渡ってきた吊り橋と同様巨大で、仲間のゴレムスも、敵であるギガンテスでも渡ることができるほどに頑丈なものだ。その吊り橋の先、上を見上げれば、目指す青白い光の柱が黒い空に伸びている景色が見える。
プックルは迷わず吊り橋に駆けこんで行った。その瞬間、行く先の山の影から敵と思しき魔物が姿を現した。それらは仲間のアンクルのような翼を持ち、自在に宙を動き回る姿をリュカたちに見せる。その魔物が三体、それとその三体の動きと合わせるように、赤々と燃える蛇のような姿をした炎竜フレアドラゴンがまとめて十体、凄まじい勢いでリュカたちに向かって飛んで来るのが見えた。
「アンクル!」
そう叫んだのはポピーだ。すぐに己らがやるべきことを悟り、向かってくるフレアドラゴンの群れに向かって、己を小脇に抱えるアンクルと合わせ、ポピーはマヒャドの呪文を唱えた。敵との距離はまだある。しかしこの吊り橋をフレアドラゴンの炎で焼かれてしまっては道が閉ざされると、ポピーはアンクルの唱えたマヒャドごと、遠隔呪文で十体のフレアドラゴンの塊を包み込んでしまうように、魔力の消費を惜しんではいられないと懸命に強大呪文を調整した。
暗闇に赤々と燃えていたフレアドラゴンの群れが、マヒャドの呪文の中に閉じ込められ、そのまま宙に消え去った。再び暗くなった景色の中で、初めに姿を現した三体の翼を持つ魔物が既に吊り橋の中央付近にまで迫ってきているのが分かった。敵の姿をはっきりと確かめる前に、敵らは静かに攻撃を仕掛けてきた。
両脇にティミーとポピーを抱えるアンクルの宙に羽ばたく翼の動きが止まった。息を詰めたような呻き声を出すや否や、アンクルは力が抜けたように落ちて行く。その最中でも双子だけは守らねばと、アンクルは己の身体で二人を押しつぶさぬように落ちる中で双子を宙に放り出した。そこでティミーは上手く身を丸め、吊り橋の床の上にごろごろと転がって難を逃れたが、ポピーはまるで人形のように床の上に落ち、その身は床に叩きつけられた。
すかさずゴレムスの足元にいたピエールがポピーの状態を確認しに走る。ポピーは気を失っていた。落下の衝撃で腕を折っていたが、すぐさまピエールが彼女の傷を回復する。身体の傷を癒した上でポピーの目がうっすらと開いたが、その目は虚ろで、身体を動かすことができないように、床に身体を横たえたまま起き上がる仕草も見せない。双子を宙で放り出したアンクルもまた、床に伏せたまま動くこともできず、ただ小さな呻き声を上げて己の身体の動きを封じている見えない力に抗っているようだった。
二人の仲間を悠長に看ている余裕もなく、リュカたちに向かってきた三体の魔物ライオネックは余裕のある動きで宙から滑空し、攻撃をしかけてきた。敵の何かしらの力で身体の動きが封じられてしまったポピーとアンクルを放置しておくことなどできず、彼らの守りをピエールとティミーで引き受ける。
なるべく戦いを避ける意思はそのままに、しかしこの吊り橋の只中で逃げられない状況で、リュカはゴレムスの肩から腕を滑り降り、地に降りた。それを見て、ビアンカもまたゴレムスの腕から抜け出して下に降りる意思を示し、ゴレムスは彼女をリュカの隣にその手で下ろした。二人の意図するところは、ゴレムスの身体を自由にし、ビッグボウガンの攻撃力にも頼ることだ。ゴレムス自身もそれを理解している。
すぐさま矢を継ぎ、ボウガンを構えるゴレムスに、宙に浮かぶライオネックらはみすみす矢の攻撃を受けないよう飛び回ってゴレムスに狙いを定めさせない。撹乱するような敵の動きに囚われず、ゴレムスは静かに集中し、狙いが定まる時を待つ。
地に伏したまま動けないポピーとアンクルを庇うように立つティミーとピエールは、宙から襲い掛かってくるライオネックらに盾を構え剣を向け、最大の防御に努める。吊り橋の床の上に身体を伏せているアンクルは相変わらず小さな呻き声を上げるだけで動けず、意識を取り戻したポピーも目ははっきりとしてきたものの、身体の自由を奪われていることを表すようにその視線を動かすのみだ。今対峙しているライオネックによる見えない攻撃を受けたことは間違いない。あっという間にフレアドラゴンの群れを呪文の力で倒してしまった二人を危険視した敵らが、その力を先ず封じてしまおうと二人の動きを止めてしまったのだ。
三体がちょうど同時に宙に浮かんだところを見計らい、リュカは両手を広げバギクロスの呪文を放つ。同時に合わせ、ビアンカが夫の呪文に混ぜ込むように、ベギラゴンの呪文を放った。勢いを増す炎の大渦が、宙に浮かぶ三体の黒い影にも見えるライオネックに向かう。リュカとビアンカの視点からは、確実に敵の身体を炎の大渦の中に捉えたように見えた。
敵に向かって行ったはずの炎の大渦が、まるで跳ね返されるようにリュカたちに向かってくることに、リュカはすぐに気づいた。敵の身体に、呪文反射の作用が働いていたようには見えなかった。敵の身にマホカンタの呪文の効果があれば、ビアンカが呪文で攻撃するはずがない。彼女自身も使用できる呪文反射マホカンタの呪文が敵の身に帯びていれば、彼女が真っ先に気付き、リュカが呪文を唱えることも止めていただろう。
「お父さん!」
悍ましいほどに威力を増した炎の巨大な渦が向かってくる状況に、ティミーが叫び、咄嗟に呪文を放った。フバーハの呪文が辛うじて間に合うように父と母と、その後ろに立つゴレムスの身を包み、まるで跳ね返されてしまった炎の巨大渦の威力を半減する。加え、ビアンカが水の羽衣を広げ、己とリュカの身を包むようにして炎の熱からできうる限り炎の熱から逃れる。
その中でもゴレムスは体勢を変えず、フバーハの守りの中で炎の熱にも耐え、ビッグボウガンを構えていた。そして宙からリュカとビアンカの混合呪文を跳ね返すために、三体が揃ってバギクロスの呪文を放っているその時を、狙いすまして矢を放った。巨大な矢が唸りを上げて飛び、一体のライオネックの翼を貫いた。敵に回復の能力はなく、片方の翼の働きを失った一体が力なく地に落ちた。
ゴレムスの足元に潜むように身を隠していたプックルが飛び出し、吊り橋の上に落ちてきた一体にすかさず飛びかかる。しかし地に落ちるライオネックも、この魔界の山に生きる魔族の魔物としてただやられるわけには行かないと、飛び込んでくるプックルの動きを冷静に見ていた。プックルが一手で敵を仕留めようと首に噛みつこうとするのを蹴りを繰り出し防ぎ、身体ごと跳ね返されたプックルは宙返りをして体勢を整え、彼らは一体と一体で対峙する。
巨大吊り橋の上で足止めを食らっている最中に、プックルは進むべき前方から更なる敵の姿が向かって来るのに気づいた。同じ姿形をしたライオネックが更に三体、目的地であるエビルマウンテンの山頂に伸びる青白い光の柱を背負うようにして、リュカたちが交戦している場所へと飛んで来る。その状況に、プックルは全身の毛を逆立て、牙を剥き出しにして敵と向き合う意識を更に強める。
反射呪文マホカンタを使えずとも、大方の呪文を跳ね返すほどの勢いでバギクロスを連携して放ってくるライオネックに向かうには、直接攻撃を仕掛けるしかないと、リュカは吊り橋の上に立ちながら右手に父の剣、左手に竜の杖を構える。左手に掴む杖に、竜神の力を確かに感じるが、このような吊り橋の上で下手に竜神の力を借りるのは皆を危険に晒すだろうと、ドラゴンの杖はあくまでも盾代わりに左前に構え、ビアンカの半身前に立つ。
敵の直接攻撃を待つだけに留まれば、どうやら連携して攻撃をしてくる敵に対し、あまりにも弱い対応となる。吊り橋の向こう側から飛んで来るライオネック三体がみるみるこちらへと迫り、間もなく敵の数は六体としてまとまる。もし六体のこの敵が協力して同時にバギクロスを放って来れば、ゴレムスでさえも吊り橋の上から吹き飛ばされてしまうかもしれない。
リュカは迫ってくる敵を見上げながら、その更に上を覆う魔界の空に目を向けた。昼を迎えることのない魔界の空は常に暗く、しかしその空には地上の世界と同じような雲が立ち込めている。敵の放つバギクロスの豪風で弾き返すものは限定的なものだろうかという疑問が過った瞬間、リュカは叫んだ。
「ティミー! プックル!」
名を呼ばれたティミーは一瞬肩をびくつかせたが、続けて父が呼ぶプックルの名に、己のすべきことを理解した。父リュカと同じく、空を見上げる。既に黒い空の中には小さな閃きが見える。あの雲の中に既に力が溜まっているのが分かると、ティミーは天空の剣の先を天に向け、暗黒の空の力を引き出すべく呪文を唱える。
プックルが吠えた。全身の毛を逆立てて、赤い尾を尖った槍先のように立て、空のエネルギーを呼び込む。ティミーの放ったギガデインの雷と同時に放たれた、強烈な稲妻の威力で、六体全てのライオネックの身体に凄まじい損傷を与えた。まさか空から激しい光と轟音と共に、夥しい稲妻が降り注いでくるとは思わず、宙に浮かんでいた五体のライオネックは宙に留まる力を失い、下へと落ちた。一体はそのまま吊り橋からも外れ、エビルマウンテンの崖下へと姿を消してしまった。
地上に落ちてきた敵に対し、既にリュカとピエールは向かっていた。ゴレムスもぬかりなくボウガンを構え、一体に狙いを定める。目的は魔界の魔物を殲滅することではなく、ただ目的の場所へと向かう道を拓きたいだけだ。本心では敵の息の根を止めたくはないが、目の前の敵はたとえ宙を飛べなくなったとしても、攻撃呪文バギクロスの使い手だ。話が通じず、行く手を遮る敵となれば、リュカたちも全力で立ち向かわねばならない。
案の定、敵はすぐさま呪文を放とうとその構えを見せた。しかしそうはさせまいと先ずはピエールが吊り橋に跳躍して、敵の懐に飛び込んだ。ドラゴンキラーの切れ味凄まじく、呪文の構えを取るライオネックの脇をすり抜けるように剣を薙ぎ、その脇腹を斬りつけた。ライオネックから呪文の気配は消え去り、短く鈍い呻き声を上げ、その敵は吊り橋の床の上を転がった。
リュカもまた、別の一体に斬りつける。しかしリュカの剣が敵の足を切りつけるのと同時に、敵もまた手を振り上げ、その鋭い爪でリュカを攻撃しようとした。ドラゴンの杖で受け止めようとしたリュカだが、受け損ね、左腕を鋭く薙がれた。しかし戦いの状況を冷静に見ているビアンカが、彼女が得意とする呪文の手を今は引っ込め、その手に握る賢者の石に祈りを込め、リュカの傷を忽ち癒してしまった。
すかさず追撃をと、プックルは容赦せず飛びかかる。リュカの剣を食らいながらも反撃の手を出したライオネックに体当たりを食らわせると、そのまま上からのしかかり、喉にかぶりついた。敵もただ倒されるだけではない。反撃の手をプックルの脇腹に向かって振り上げ、切り裂こうとした。しかしその攻撃を受ける直前に、プックルはのしかかるライオネックに止めを刺し、振り上げられた敵の手はそのまま床に落ちた。
敵の群れの内の一体が、吊り橋の床の上に立つビアンカに向かってくる。ビアンカは正面から襲い掛かってくる敵の行動に怯むことなく、ただ味方の行動を信じている。翼を損傷し、宙に飛び上がることのできないライオネックの動きを見定め、ビアンカの背後に立つゴレムスがボウガンの矢を放った。唸りを上げて飛んで来る矢に対応できず、肩に受けた矢の勢いでそのまま後ろに倒れたライオネックは、恐らく今までに経験のない身体の痛みに恐れを為し、吊り橋の床に尻をつきながら後ずさりを始める。
戦える敵の数は残り二体。押し込まれている状況に敵が逃げてくれればそれで良いと、リュカは二体の目をそれぞれ見ながら様子を窺っていたが、敵に逃げるような気配はない。相変わらずポピーとアンクルは吊り橋の床に伏したまま動けない状態で、リュカたちも仲間を守りながら戦わねばならない状況だ。ここで敵に別の応援者が現れれば、リュカたちは再び苦境に立たされる。この吊り橋の上という危うい状況では、敵に情け容赦をしている場合ではないのだと強く思い、リュカはじりじりと敵に近づいて行く。
「我々を倒すなら、今がその時だろう」
敵が人間の言葉を話したことに、リュカたちは一様に動きを止めた。決して戦う気持ちを失うものではない。ただ話ができるのなら、戦う以前にすべきことがあるはずだと、リュカは構える剣を下ろさないままに敵の言葉に言葉を返す。
「君たちを倒したいだなんて思ってない。ただ僕たちはこの先に行きたいだけなんだ」
そう言ってリュカは敵であるライオネックらが道を塞ぐ吊り橋のその更に先に聳える、エビルマウンテンの山頂に見える青白い光を見上げる。リュカたちは誰一人、この魔界という場所において魔物を倒し、勝手な正義を掲げる気はない。人間と魔物において、明確に善いも悪いもないことを知っているから、人間であるリュカたちと、魔物であるプックルらが手を取り合って道を進んでいるのだ。
「山頂に何があるというのだ」
ライオネックのその口調から、リュカは彼が山頂に何があるのかを知っているのだと感じた。彼の両目はどこか諦念を感じさせるもので、それは彼が山頂にある景色に希望を見い出していないことを表している。それだけでリュカの心は乱れかけたが、己の目で確かめるまでは何一つ諦めるわけには行かないのだと、リュカは言葉で抵抗する。
「僕が……父がずっと探し続けてきた希望だよ。ここまで来て、諦めるわけには行かないんだ」
「お前のような人間の希望であるならば、我ら魔族にとっては絶望となるものか」
「違う。人間にとっても魔物にとってもきっと、希望になる」
「在り得ない。そのような理が通るわけが……」
「お前の理屈が通らなくても、現実に、人間と魔物が協力することはできるんだ」
人間にとって魔物が敵であるのと同時に、魔物にとって人間が敵であるという世界の常識に囚われるのが決して人間だけではないと言うことを、リュカは目の前のライオネックの言葉に改めて知る。今に生きる者たちは、今に生きる世界を当然の常識として捉え、生きている。人間と魔物は敵対し、それが世界の常識なのだと、誰に教わったわけでもなく厳然たる事実として目の前に存在しているために、今を生きる者たちはそれを信じざるを得ない。敵を敵と認めることで、その反対側で味方を味方と認めることができる。
しかしリュカは、魔物でも心通じ合う者がいることを、それこそ誰に教わるでもなく自らその体験を経て、今に至っている。ある意味で、人間と魔物が敵対するという理想の世界を越えたところに、リュカは知らず立つことになってしまったのだ。それがどのような理屈で出来上がった世界なのかは彼自身にも分からない。しかし理屈などを越えたところに、リュカたちの世界は現実に存在しているために、それを否定することもできない。むしろリュカ自身は、人間と魔物が理解し合える己の世界の方を信じたいと願っている。それ故に諦めず、母マーサを追い求めている。
マーサこそが、人間と魔物が分かり合うような世界を広げることのできる唯一の人物なのだと、リュカは自身の母という立場を越えたところに、そう希望を抱いている。
「もしかしたら理屈が通らないのは……人間と魔物が敵同士になっていることの方かも知れないよ」
リュカの言葉を素直に耳に入れている敵であるはずのライオネックの姿を見て、リュカは彼が思考する頭脳を持っていることに期待する。決して憎しみに駆られて攻撃をするような意図はないことを、リュカは右手に剣を持ちつつも、静かに相手の目を見つめ続けて示す。
その時、別のもう一体のライオネックが両手に呪文の構えを取るのが見えた。バギクロスの呪文の発動直前、リュカと話をしていたライオネックもまた呪文の構えを見せ、その手を味方であるはずの同族に向ける。容易に呪文を発動することはないが、真剣な牽制の意味が込められた味方から向けられた手に、リュカたちを攻撃しようと構えていたライオネックの動きはその場に封じられた。
吊り橋の幅は、仲間のゴレムスでも、この山に棲むギガンテスでさえも渡れるほどに広く、造りは異様なほどに頑丈だ。しかしこの吊り橋に敵である魔物が大挙して押し寄せてくるようなことはない。さほど状況を考えているようには見えないギガンテスでさえ、この吊り橋の上を大勢で移動することは本能的に危険だと分かっているのだろう。
その吊り橋の上で、リュカの話に耳を傾けていたライオネックはふと、ティミーの傍に倒れているポピーとアンクルを見遣った。未だ床に伏したまま動くことのできない少女と魔物の傍に立つ、神々しさをまるで隠していない勇者ティミーを見て、教える。
「そいつらには呪いがかかっている」
「えっ? ……あっ!」
まさか敵から助言をもらうことになるとは思っていなかったティミーは瞬間気づかなかったが、呪いならば解くことができると気づき、彼は身動きの取れないままだった二人に解呪の呪文を施した。状況は理解していたポピーとアンクルは、呪いが解かれた瞬間に敵に攻撃を仕掛けるでもなく、ただ立ち上がり、敵との対話を続けるリュカの様子を見守る。
「ここを通してくれるのかい?」
「……興味があるだけだ」
「大事なことだと思うよ」
リュカと話をしていたライオネックの興味がどのようなものなのか、リュカは敢えて問いかけることはしない。彼の中に沸いた興味は、彼自信が考え、求め、答えを導き出すものだろう。答えに辿り着けなくとも、それが答えということになる。リュカはあくまでもそのきっかけを与えたに過ぎない。
リュカたちに明らかに攻撃態勢を示しているもう一体のライオネックは怪訝な表情を隠しもしていないが、どうやらリュカと話をしていた者がこの群れのリーダーとなる者なのだろう。リュカたちを通すことを決めた一体に逆らうようなことはせず、不承不承ながらも攻撃の意思を下げるように、その両手を下に下ろした。
「ただ、私がここを通したからと言って、この先無事に進めるとは思わない」
「そんなの……初めから覚悟してるさ」
リュカは自分でそう言いながらも、一体その“初め”がいつなのかははっきりと分かっていなかった。自身の人生のいつを切り取っても、そこが初めになるような気がする。それは恐らく、その都度その都度覚悟をしてきたということなのだろう。
一体のライオネックが初めて抱いた興味が、敵であるはずのリュカたちをこの道に通すことに通じるものであるならば、それは希望にも通じるようなものであるに違いないと、リュカは意思を一つにしている仲間たちと共に巨大吊り橋を渡って行く。吊り橋の先に見えるのは、エビルマウンテンの山頂に通じるであろう洞窟の入口らしき光だ。内部に明かりが灯っているのが遠くからでも分かる。当然、明かりの灯る洞窟の内部にも魔物はいる。ライオネックの言う通り、この先無事に進めるとは限らないが、今更その言葉に怖気づくわけにも行かない。
吊り橋を渡り、対岸の山地へ着くリュカたちの背中を、ライオネックは腕組みしながら見ていた。もう一体、リュカたちに攻撃を仕掛けようとしていた同族の一体も、魔物としての多少のジレンマを抱えつつも同じように敵の背中を見送る。
興味を感じただけなのか、何かしらの期待を抱いているのか、はたまた諦念の感覚が蘇って来たのか、自身でも思いは定まらないまま、戦いを止めたライオネックは傷ついた仲間を助けるべく、動き始めた。

Comment

  1. ベホマン より:

    bibi様。
    お話更新されていたんですね。
    早速読ませていただきました。
    いやーそれにしても、bibi様の小説の戦闘回はいつもヒヤヒヤされますね(汗)
    いつも全滅してしまうのではないかと思ってしまいます。
    話は変わりますが、ドラクエ3のHD-2Dリメイクが、来月発売だそうで、
    bibi様に出来たら短編で3の小説を書いてほしいなー、なんて(。・・。)
    それでは、次回も楽しみにさせていただきますね。

    • bibi より:

      ベホマン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      戦闘回はそろそろどう描いて良いのか分からなくなってきたというのが正直なところです…。自分で自分のハードルをどんどん上げていって、困ったなあと思っています(汗)

      ドラクエ3リメイク発売なんですよね〜。グラフィックもとても綺麗で、新しい職業も…魔物使いですか? ビジュアルもかっこいいですよね。プレイしたいところですが、現実的には難しそうなので、情報だけで楽しませてもらおうかなと思っています。

      お話は…何か単発で書いてみたいですね、せっかくですし。短いものを一つ。少し考えてみます。

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