地獄の闘士

キラーマシンの群れを突破し、飛び込んだ場所には、整えられた滑らかな床が広がっていた。まだ戦闘態勢から抜け出せない鋭い目つきで辺りをさっと見渡せば、そこがだだっ広い、整然とした空間だと言うことがすぐに分かった。大広間の景色も難なく見渡せるのは、リュカたちの入り込んだ場所から前方、二か所に巨大な火台があるからだ。ぼうぼうと燃える火は橙で、一見温かな火の光に照らされる広間の壁際にはびっしりと悪魔の像が並んでいる。二つの火台を見張るかのように、そこにも大きな悪魔の像が置かれ、その目ははっきりとリュカたちを見下ろしていた。橙の火の明かりを受けているにも関わらず、悪魔の像の目は見る者に恐怖を与えるかの如く、真っ赤に濡れている。
しかしこの場所に敵の姿はなかった。この広間の手前、一本道に配置されていた多数のキラーマシンらは、この空間への侵入者を阻む目的で置かれていただけで、それ以上の役割を与えられていないのだろう。一本道を通過できた者はその資格があるとみなされ、キラーマシンはその者たちを振り向き襲うことはない。侵入に成功したリュカたちは、キラーマシンの敵ではなくなった。
リュカたちの前方にあるのは、大きな二つの火台、そしてそれを見張る二つの大きな悪魔の像、その向こう側には恐らく、リュカの母マーサがそこに立つこともあったと感じられる、広い祭壇だ。祭壇の上にも同じような大きな火台が二つあり、祭壇の上を広く明るく照らしている。悪魔の像さえなければ、この場所はいかにも人間が神聖とするような場所だった。代わりに女神像などが置かれていれば、この場所がエビルマウンテンの奥地であることなど忘れてしまうだろう。
大きな火台の火が燃える音が静かに響いている。その静けさの中に、未だ落ち着かないリュカたちの呼吸の音が響く。目だけが忙しなく辺りを見渡すが、呼吸が整わず、おまけに祭壇の間を広く照らす火の熱に負けるように、少し咳き込んでしまう。このエビルマウンテンの中において、命の源である水を見たのは一か所だけだった。まるで魔界の町ジャハンナを彷彿とさせるような形で、一か所だけ水の流れる場所があった。その光景が頭の中にふと蘇れば、尚更リュカは水を欲した。
「リュカ」
言葉など一言も口にしていないというのに、ビアンカは服の上に羽織り着ていた水の羽衣をふわりと脱ぐと、それをリュカの頭から被せた。激しい戦いの中で汚れた顔を、水の羽衣でさらりと拭う。ひんやりとした水の心地に、リュカはそれだけでひりついていた喉の渇きさえも癒されたように感じた。ビアンカは次に子供たちにも同じように、水の羽衣で二人同時に包んで顔を拭ってやる。プックルにもピエールにも、アンクルにも頭を屈めるように言い、水の羽衣でそれぞれ包んでやり、顔だけでも綺麗に、さっぱりと整えてやった。そうして水の羽衣を再び身に纏うと、その袖で自身の顔を最後に拭った。
「祭壇に上がる前に、綺麗にしておかないとね」
まるで冷静にも感じられるビアンカの、半ば皮肉も込められた言葉だが、それが現実逃避の類なのかもしれないと、リュカは微かに震えていた彼女の手にそう感じた。しかしそれを言葉にする必要はない。ただ妻の目の前で小さく微笑み、「そうだね」と返すだけだ。そうしてリュカもまた、彼女の現実逃避の類に乗る。
冷たい水の感覚を顔に受け、心の中までも冷静さを取り戻したリュカは、改めてこの広い祭壇の間を見渡した。左右対称に造られたこの大広間には壁ばかりが周りを取り囲み、出入り口らしきものは見当たらない。祭壇の中に澱む空気がそれを多少なりとも証明している。しかし進むべき方向は決まっているのだと言うように、リュカたちは一様に祭壇の上を見上げた。
リュカは今も尚、大魔王の討伐を目的としていない。長らく魔界に囚われていた母マーサは、その間ずっと諦めずに、大魔王ミルドラースとの対話を続けてきたはずだ。その年月は、三十年ほど。元は人間であった、しかし今は人間ではなくなってしまったミルドラースにとって、この年月がどれほどのものかは分からないが、少なくともリュカたちにおいては一人の赤ん坊が大人になり、自らも子を持つ親になるほどの年月が費やされてしまったことには間違いない。幼い頃に父パパスを喪い、そしてまだ母マーサを喪ってからそれほど時間も経っていない。父と母を奪った者たちが憎くないとは決して言えない。しかし今や父の仇もこの世から消え、まだその姿を見たこともないミルドラースに関しては、母を死なせたことに対する憎しみを越えた、使命感がリュカの胸に迫り、その想いを胸にリュカは祭壇の上を見つめるだけだ。
真っ直ぐに祭壇を見つめるリュカのすぐ横で、ポピーが心許ない様子でリュカの濃紫色のマントの端を掴んだ。母ビアンカに顏を綺麗に拭われ、激しい戦闘の中で荒れていた髪も母の手によって軽く整えられていた。母ビアンカの存在に自身は支えられているのだと、ポピーは常に感じている。しかし娘の顔を拭う手も、髪を整える手も、女性の華奢なものであることもまた、ポピーは冷静に感じている。母に支えられているばかりではなく、今は自身もまた母を守らねばならないほどに成長したのだと思うと、その身体には緊張が漲る。
それ故に、ポピーは父の濃紫色のマントの端を掴んだのだ。父を頼る気持ちに、明確な理由などない。もし理由を上げるとすれば、それは父だからだ。あちこち擦り切れた濃紫色のマントに、父の広い背中が覆われている。マントの端から隆々とした腕が覗き、右手には祖父の形見である剣が今も力強く握られている。ポピーはかつて、父リュカの凄惨な奴隷の過去を知った。最愛の父パパスを喪っても、奴隷の身に落とされても、石の呪いを受けても、どんなことがあっても父リュカは決して諦めることはなかった。どれほどの苦難に見舞われようともこうして生き続けているのは、父が父自身のために生きているわけではなく、父が大事と思う者たちのために生きているからなのだろう。
「本当はすごく怖いんだけど……お父さんといると少しだけ怖くないの」
マントの端を掴むポピーを、リュカは横に優しく見つめた。右手に構えていた剣を一度左手に取ると、空いた右手で風の帽子を被るポピーの頭を撫でた。風の帽子の両脇につく羽根がくすぐったそうに揺れ、強張っていたポピーの表情もいくらか弛んだ。
「わたし……お父さんの子でよかった……と思う」
母であるビアンカのようなお喋りではないポピーだが、普段これほど拙い喋りをすることはないだろうと思いながら、リュカは静かに娘の言葉に耳を傾けた。その言葉が表す意味は、リュカが想像できないほどに感動的なものだ。我が子からこのような言葉を貰えるなど、親としてこれ以上の誇りはない。
「ごめんなさい、上手く言えなくて」
「……ううん、そんなことはないよ、ポピー」
どれだけ雄弁に語るよりも、いつもより数段拙いポピーの言葉の方がより彼女の気持ちはリュカに伝わった。他のために生きるリュカは、ポピーの言葉を受けて尚その精神を強くする。人の想いは、流れがあり、互いの流れで相乗効果を発揮するものだ。
「僕も、ポピーが僕の娘で良かったと思ってるよ。ありがとう、生まれてきてくれて」
そう言ってリュカはポピーの頭をポンポンと軽く叩く。まだ恐怖の緊張に強張る顔つきのポピーだが、リュカに優しく頭を叩かれれば、自然と微笑むこともできた。自身に残る力がまだ底から湧き上がるのを感じ、ポピーは父に縋るように握っていた濃紫色のマントの端から手を離した。決して足手まといになどはならないという彼女の気持ちの表れで、その目は先に見える祭壇の上を見据えた。
「昔の伝説の勇者だって、大魔王を倒す時はきっと怖くて仕方なかったはずだよ」
素直な気持ちを表した双子の妹ポピーの、その隣に立つティミーは、まるでいつも通りに勇敢な顔つきで既に祭壇の上を見つめていた。しかしその実、ポピーが先に父リュカと言葉を交わしたのを聞いていたから、彼は今、恐怖のその前に立つことが出来ていた。
ティミーにとって、大魔王ミルドラースは、父リュカが考えるものとは異なる存在だ。勇者として生まれた己には、大魔王と名乗る者を倒す使命が与えられていると彼は信じる。その役は他の誰でもない、自身にのみ為しえるものであり、他の者に代わることができないものなのだ。その使命を裏付ける天空の剣に鎧、盾に兜が、今も巨大な火台の明かりを受けて煌めき輝いている。
怖くて仕方がなかったと言ったティミーの言葉に、彼が今感じている恐怖が素直に表れていた。しかしかつての伝説の勇者も当然そのように感じていたと想像することで、ティミーは自身が感じる恐怖が特別なものでも何でもないのだと考えることができた。そして伝説となったかつての勇者は、きっと恐怖と戦いながらも、悪しき者を滅ぼし、伝説となり得たのだ。大魔王との戦いにもし負けてしまったらと言う底のない恐怖が、ティミーの手にする天空の剣の先端を震わせるが、彼は自身の中に巣食おうとする恐怖に打ち勝つためにも、気を吐くように強く言い放った。
「だからボクはどんなに怖くても絶対に負けない!」
声に出して自身を納得させれば、ティミーの手にある天空の剣の先端はぴたりと止まった。負けることを考えないことだ。ここまで来て後戻りすることもできない。敵との勝負となれば、勝つこと以外の道はない。それを、勇者である自分が認め、皆に示さなくてはならないのだと、ティミーのその意志を汲むように、天空の剣が一度、キラリと光った。
リュカが歩き出す。誰もが迷わずその後をついて行く。向かう祭壇は広い。エビルマウンテンの山頂にあった、リュカの母マーサが祈りを捧げ、今は仲間のゴレムスが残るあの祭壇と同じくらいに大きな祭壇だ。上に上るためには、両脇に二か所、階段がある。宙を飛ぶことのできるアンクルも、皆と同じように歩いて祭壇へと向かう。いつどこから敵が姿を現わすか分からない。すぐにでも仲間たちを守ることができるようにと、アンクルはリュカたちの歩くすぐ後ろをついて歩いていた。
リュカたちの真剣な雰囲気に釣られるように、はぐりんもまた様子を窺うような目をリュカたちに向けながら、リュカの足元を、歩調を合わせて進んでいた。いつもは先頭を歩きがちなプックルだが、今はリュカの斜め後ろを歩き進んでいく。その鼻は祭壇の床の匂いを嗅ぎ、プックルはこの場所にはそぐわない、植物の匂いをここに感じていた。生命を象徴するような緑のローブを身に纏っていたリュカの母マーサを、プックルはその匂いに思い出していた。この場所には間違いなく、マーサがいた。その過去を己の嗅覚に知ったプックルは、斜め前を歩くリュカを静かに見上げる。母マーサによく似たリュカがまるでかつてのマーサの姿に見え、今ここにマーサはいるのだと己の目に映ったリュカの姿にそうと知った。
常に抜き身で腕に装着しているドラゴンキラーを構えながら、ピエールも歩調を合わせリュカの後ろを歩いていた。宙に魔物を生み出すような歪みは生まれず、ただ祭壇の上で燃える巨大な火台の炎がぼうぼうと音を立て、その熱に空気が揺らめいているだけだ。ピエールに恐怖と言う感覚はなかった。一度、完全に死に絶えていたはずの身だと思えば、生かされたこの身をいかに世に役立てるかを考えるだけだった。いつ死んでも構わないと思うと同時に、決して死んではならないと思うその心境は、まるでリュカと同じものだった。相反する心情のようでもあるが、これらは決して相反するものではない。この二つの心境は、ただ表裏一体のものだった。その真理は一つに、何のために生き、死ぬのか、と言うことに尽きた。
祭壇の最上部にまで上がると、その中央に、四角い台座が置かれているのをリュカたちは目にした。高さはリュカの腰ほど、その台座の更に中央に、白銀の煌めきを放つものが安置されていた。広げられた真紅の敷布の上で、その白銀はティミーが身に着ける天空の武具を彷彿とさせる煌めきを放っている。しかしその形状からして、武器にも見えず、防具にも見えない。かと言って、装飾品にも見えず、そしてこの場所に置いて容易く手に触れて良いものとも思えず、しばらくの間ただ台座の上に安置されているその白銀のものを見つめるにとどまった。
他方で、祭壇の正面奥には思わず嫌悪が顔に出てしまうような、禍々しい壁画が描かれていた。壁画下方に描かれるのは巨大な竜。しかしそれは空に羽ばたくものではなく、地に伏せられる状態で、首から頭を持ち上げる顔に苦痛の表情が現れている。その一頭の竜を、上から押さえつけるように足で踏みつけ、その首に食らいついているものも、別の竜だ。食らいつくその顔つきには、邪悪が隠そうともせずに現れ切っている。リュカから見ればただの悪趣味な壁画と思えるものだが、大魔王を自称するミルドラースとしては自尊心を満たすためのものなのだろうとも想像できた。下に踏みつけにされ、虐げられている竜が恐らくマスタードラゴン、そして上から踏みつけにし、顔に禍々しさを溢れさせてしまっている竜が、ミルドラース自身という構図に違いない。
かつて神になりたがっている者がいたと、リュカはどこかでそんな話を聞いたことがある。リュカ自身、腰にドラゴンの杖をぶら下げているにも関わらず、息子が天空の勇者だという事実にも関わらず、神の存在自体を疑っている。神の存在自体というよりも、人々が思うような、縋るような神はいないのだと思っている。もしそれに近い存在があるとすれば、それは一つに集約されるものではなく、世の全てにおける人、物、事それぞれの内側に宿っているのではないかと感じている。
「……馬鹿馬鹿しいな、こんなの」
リュカにとって、この悪趣味な壁画は、それこそ“人間”の自尊心の塊であり、それが今は酷く醜く見えた。この祭壇にかつてリュカの母マーサも足を運んでいたに違いない。恐らくマーサもまた、この禍々しい壁画に意味と言うものを見い出していなかったと、リュカは信じたかった。意義も意味も見当たらないようなこの壁画のその奥に、大魔王ミルドラースが今も隠れているのかと思うと、尚更この壁画が陳腐なものに見えた。妙に湧き上がってくる怒りに、リュカはつい声を荒げる。
「隠れていないで出てこい、ミルドラース!」
広い祭壇の間にリュカの声が響き渡る。その声に、仲間たちの身体に同様の緊張が走る。各々武器を手に身構え、全方向からの襲撃に備えるように周囲を見渡す。ただ、その中ではぐりんだけは純粋に目の前の興味へと近づいて行った。
台座の脇から滑るように上っていたはぐりんが、己と同じ類の者と感じたのか、さほど迷いなくそれに近づきぶつかると、それははぐりん同様にカンッという硬質の音を響かせて真紅の敷布の上を転がった。台座から落ちそうになったのを見て慌てて大口を開けたはぐりんは、手足もないためにそれを口に咥えると、それがオリハルコンの牙ということも分からないままに、口の中に牙を装着してしまった。
その時、祭壇の前方、禍々しい壁画の表面が一瞬、大きく凹み歪んだように見えた。それもほんの一瞬で、次の瞬間には、邪悪な壁画の向こう側から起こされた大爆発に、リュカたちはたまらず祭壇の上から吹き飛ばされた。身構えていたのはあくまでも魔物の襲撃に備えてのことで、吹き飛んできた壁画の破片に対し、リュカたちの防御は手薄だった。右目を潰されたプックルは視界を半分失い、バランスを崩して吹き飛ばされた。後ろを振り向く間もなく後頭部に破片の直撃を食らったピエールは、祭壇の下へ吹き飛ばされそのまま気を失った。破片を運良く天空の盾に受けたティミーだが、爆発の勢い凄まじく、己の身体を支えきれずに吹き飛び、それにポピーもまた巻き込まれ、二人して祭壇の下へと転がり落ちた。アンクルに半身を庇われる形で立っていたビアンカも、庇われていない方の左足に破片の直撃を食らい、痛みに顏をしかめる暇もなく祭壇の上から吹き飛ばされた。爆発の瞬間はその自重のために耐えたものの、力を入れた瞬間に広げてしまった翼に爆風も破片も受け、アンクルもまた祭壇の下へと吹き飛ばされてしまった。オリハルコンの牙が安置されていた台の正面に立つリュカは、台に半ば守られる形だったが、それでも吹き飛んで来る壁の破片に右肩を損傷し、爆風の勢いに手にしていた父の剣を取り落としてしまった。
正面に描かれていた禍々しい壁画は壊れ、壁には大きく穴が開いていた。空いた穴の奥には、何もかもを吸い込み消し去ってしまいそうな闇が広がっている。何かを見ようとしても、そこには何も見えないのではないかと思える闇だけがある。酷い冷気が入り込んでくるように思えたが、実際に冷気が入り込んできているわけではない。ただ、その目には見えない無機な世界に冷たさを精神に感じているだけのことだ。
吹き飛んだ壁から現れたのは、二体の魔物だった。その外見にリュカはほんの一瞬、気を抜きそうになってしまった。仲間のアンクルにそっくりなのだ。しかしアンクルにはその凶悪な顔つきにも関わらず、どこか愛嬌漂う雰囲気が感じられるが、現れた二体の魔物にはそれが一切感じられない。爆発して吹き飛んだ壁画の禍々しさを体現したかのような、避けられない凶悪の雰囲気に、リュカは二体が対になるような位置で宙に浮かぶその者ヘルバトラーを、素早く己の傷を治しながら見上げる。
それぞれが祭壇の上から吹き飛ばされてしまい、仲間が今どこにどのようにいるのかがすぐには分からない。皆の無事を確かめることができない今は、とにかく仲間の無事を信じつつ、己のできることを為さなければならない。アンクルとは異なるまるで温かな生命を感じられない青い肌のヘルバトラーは、その冷徹な視線を宙からぐるりと巡らすと、二体揃って呪文の構えを見せる。その破壊への意思に、迷いがない。ここは祭壇の間であり、外の開けた景色が広がっているわけではない。ヘルバトラーらが両手に構える呪文の威力を考えれば、この祭壇の間ごと吹き飛ばしてしまうような惨状が脳裏に浮かんだ。それでも構わないという破壊の意思が、ヘルバトラーの行動にそのまま表れていた。
宙から放たれた二発のイオナズンの威力は凄まじいというばかりのものだ。敵が大爆発の標的にしたのは間違いなくリュカたちだが、それ以外のものも全て吹き飛んでしまって構わないという明確な意思がそこにはあった。己の傷を治したばかりというのに、続けて放たれたイオナズンの爆発に、その爆圧に身体が石の床に圧しつけられ、飛んで来る祭壇や床の破片に再び身体が酷く傷つけられる。敵を目にする余裕もない。リュカにおいても、気を失わないでいられるのがやっとという状況だ。
しかしリュカの頭部を守る者がおり、それが飛んで来る破片をカンッと跳ね返していた。はぐりんがリュカの頭を守る兜のごとく覆いかぶさっていた。はぐりんに、リュカの頭部を守るという意思はなかった。ただこの騒々しい状況で話をするのならばと、顔の近くに来ていただけだった。
「キュルッ、キュルッ!」
飛んで来る破片を受けようが、イオナズンの大爆発をその身に浴びようが、はぐりんの硬質の身体には損傷がないようだ。その状況に頭が追いつかないながらも、リュカは兎にも角にも己の身体の損傷を治すべく回復呪文を唱える。
手から離れてしまった剣を探している時でもない。リュカはベルトに挟んであったドラゴンの杖を手に取ると、その場に素早く立ち上がった。リュカの肩に乗るはぐりんがリュカと同じように、宙に留まる二体のヘルバトラーを見上げる。敵に呪文反射の膜を帯びた気配は見当たらない。二体揃ってのイオナズンの大爆発を三度起こされてはもう立ち上がることもできないかも知れないという可能性が脳裏に浮かび、リュカは少なくとも一体の動きを封じなくてはと呪文の構えを取る。
「はぐりん、行ってくれるか?」
「キュルッ?」
リュカの問いかけに分からないという意味合いで返事をするはぐりんだが、今のこの時に二度確かめてはいられない。リュカははぐりんの信じがたいほどの硬質な身体を信じ、自分の肩からむんずと掴むと、はぐりんをバギマの呪文の中へと放り込んだ。あらゆる呪文を受け付けない特殊なその身体自体が、もはや武器なのだ。バギマの呪文を調整し、矢のように敵に呪文を放つと、その中ではぐりんがメタルスライムのような形に変わり、弾丸のように身を丸めて敵に向かう。
リュカが狙ったのは敵の胸だ。咄嗟に身を躱すにしても、敵の身体のどこかには当たる確率が高い。案の定、敵は身を躱し、狙った胸には当たらなかった。しかし飛んだ弾丸はただの石礫などではない。生きたはぐれメタルで、はぐりんは身を躱そうとしたヘルバトラーの身体に自らへばりついた。そしてつい先ほどうっかり身に着けたオリハルコンの牙の威力を試すかのように、敵の肩に思い切り噛みついた。ヘルバトラーの地の底から響くような悲鳴が、祭壇の間の中に満ちた。
リュカははぐりんの攻撃を横目に確かめつつ、祭壇の下へと駆け下りて行った。仲間の姿を早く確かめなくてはならない。最も悪い状況を頭の片隅に想像しつつも、それを頭の片隅からも押しのけるようにして、リュカは祭壇の階段を飛び降りるように下へと向かった。
その姿に思わず一瞬身を引いた。しかしそれは当然、宙に留まるヘルバトラーではない。仲間のアンクルの後姿が、破壊された祭壇の瓦礫を背中に受けて、膝をついている。微動だにしないその姿に、仲間が膝をついたまま気を失っているのが分かった。アンクルの翼はボロボロだった。頭にも破片が命中し、背中にかけて夥しい血が流れている。リュカは迷わず回復呪文をと、手をかざそうとしたところで三度、宙から敵の呪文の気配を感じた。
「リュカ!」
膝をついたまま気を失っているアンクルに匿われるように、ビアンカがその向こう側から姿も見せないままにリュカを呼ぶ。アンクルは装備する力の盾で、自らの身体の損傷を後回しに、ビアンカの足の怪我を治そうとしていたのだ。力の盾が治癒の効力を発揮すると同時に、二度目の大爆発が放たれ、アンクルは後頭部に破片の直撃を食らった。そこで気を失ったにも関わらず、アンクルは己の自重でビアンカを押しつぶすわけには行かないと、無意識の中にも彼女を守ろうとしたに違いない。しかしアンクルに押しつぶされずには済んだものの、ビアンカは己を守るアンクルの身体から抜け出すことができないでいた。
「お願い! アンクルを!」
彼女がそう言うことは分かっていた。たとえ自身が酷い傷を受けていようとも、彼女なら先ずは仲間をと、言うに決まっていた。しかしそれは決して彼女だけではない。アンクルもまたそのような意識だったからこそ、こうしてビアンカが今声を発することが出来ているのだ。
背後に爆発呪文の気配を感じながらも、リュカはアンクルの背に手を当て、回復呪文ベホイミを唱えた。ベホマを唱えるほどの時間的余裕はなかった。直後、容赦なくイオナズンの大爆発が祭壇の間に起きる。リュカは自ら背中に、大爆発の圧を受け、耐えるつもりだった。しかしそれを許さずと、傷を回復した直後であるにも関わらず、アンクルが腕を伸ばしリュカを抱きかかえ、ほぼ反射と言っても良いほどに即座に己の身を盾にする。
大爆発の威力は半減している。二体いるヘルバトラーの内の一体が、はぐりんの攻撃を受けたために呪文の詠唱に入れなかったようだ。そのはぐりんはどこにも姿が見当たらない。彼の動きは誰の目に捉えることもできず、しかしその身は無事であることに疑いはない。
「他のヤツらは!?」
「分からない! だけど……!」
言葉も十分には交わすことができない。アンクルに匿われているリュカとビアンカは、自身らを庇うアンクルの頭上に大きな影が現れたのを感じた。宙に留まっていたヘルバトラーが一体、アンクルの背後から直接攻撃を仕掛けようと迫ってきたのだ。リュカはアンクルの守りから自ら飛び出した。広い仲間の肩を借り、向かってくるヘルバトラーに向かってドラゴンの杖を構え、機を見て飛びかかった。
向かってくるヘルバトラーは、敵となるアンクルの背後から迫るという状況に、少なからず油断があった。飛び出してきた濃紫色の衣に身を包む人間に対し、反応が遅れた。眼前に迫るヘルバトラーの迫力に圧されることなく、リュカは目を見開いてドラゴンの杖を渾身の力で振り切った。アンクルの首に鋭い爪を向けていたヘルバトラーの、その右腕に、リュカはドラゴンの杖を叩きつけ、そのまま振り下ろした。杖頭の竜が攻撃の意図を汲むかのように口を開き、ヘルバトラーの右腕の一部を激しく嚙み千切ってしまった。ヘルバトラーという種族は決して痛みを感じない者ではなく、痛みに悲鳴を上げてその場に身体を丸めた。
右腕の上がらなくなったヘルバトラーに、回復呪文を唱えるような兆候は見られない。その状況に、リュカたちは敵にその能力はないのだと悟る。それだけで敵の激しい攻撃の中にも希望は見える。
「リュカ! あっちに……!」
アンクルの陰から、ビアンカは祭壇の間を出来る限り広く見渡していた。その水色の目に、半ば崩れてしまった祭壇の脇、瓦礫に見舞われる騎士と緑スライムの姿が映る。微動だにしないピエールの姿に、ビアンカも、追って目にしたリュカも、思わず息を呑む。
仲間がどれだけ傷ついても、今その状態を救えるのは自分しかいないと、リュカは迷わずピエールの下へと駆け出した。まだ消えていない火台の炎が、宙からの風に煽られ激しく揺れた。大きな影が迫り、駆けるリュカへと宙から迫る。もう一体のヘルバトラーが、はぐりんに激しく噛みつかれた肩から出血しながらリュカへと襲い掛かる。
振り切ることはできない。リュカは目指すピエールに背を向ける形で振り返り、宙を見上げる。左手に馴染んているドラゴンの杖を両手で構え、襲い掛かって来るヘルバトラーの攻撃を受け止める。正面から受け止めるには、あまりにも不利な体格差だ。リュカは敵の攻撃を受け流すように斜めに捉え、そのまま自身は敵の下方へと潜り込むように滑り込んだ。敵が宙に逃げない内にと、敵の背後を取るようにすぐさま振り向き、ドラゴンの杖での攻撃を試みようとしたところで、既にリュカを見ていた敵と目が合った。
反射的に構えたドラゴンの杖での防御で、腕の切断にまでは至らなかった。しかし激しく爪で薙がれた腕の半ばまで斬り込まれ、力の入らなくなった腕では支えきれないドラゴンの杖が床に転がった。痛みはほとんどない。しかし激しく出血する左腕はただだらりと脇に下がるだけだ。敵は容赦なく、続けざまに蹴りを繰り出す。硬い蹄を持つのはアンクルと同じで、残る右腕で咄嗟に防御体勢を取るが、硬い蹄の力に負け、右腕はあっさりと折れ、蹴りの勢いにそのまま吹っ飛ばされた。
床に叩きつけられたリュカに向かって、尚もヘルバトラーは攻撃の手を緩めない。しかし床近くにまで下りているヘルバトラーに向かって怒りのこもった雄叫びが上がると同時に、リュカに向かうヘルバトラーの後ろから飛びかかるプックルの姿があった。片目が潰され、視界の半分を失いながらも、プックルはヘルバトラーの翼目がけて飛びかかる。宙へは逃がさないと言わんばかりに、プックルはヘルバトラーの飛行能力を奪おうと、翼に炎の爪を突き立てると、そのまま大きく薙ぎ払った。放すつもりはなかった。しかしプックルも手負いの状態で、ヘルバトラーの翼に爪を突き立て続けるほどの力はなかった。
ヘルバトラーの堪えるような悲鳴が上がったのを、リュカは床に蹲りながら聞いた。聞きながら、動かない左腕に、折れた右腕に、脂汗を垂らしながら回復呪文を唱える。時間はない。取り急ぎのベホイミの呪文を唱え、とにかく今動けるところにまで自身を浮上させる。
祭壇の間全体を激しく照らすような炎の光と熱が、一息に充満した。ビアンカがメラゾーマの呪文を放ったのだ。賢者の石を持つ彼女だが、今は敵の攻撃から身を守らねばならない時だと、敵を遠ざける意味で大火球を敵に向けていた。リュカのドラゴンの杖での攻撃に腕を損傷していたヘルバトラーの身体が、大火球の勢いに吹き飛ばされた。凄まじい攻撃力を持つメラゾーマの呪文を食らっても尚、倒れることはなく、遠くへ吹き飛ばされたヘルバトラーは爆発呪文を行使して大火球を消し去ってしまった。しかしその身体は大いに火傷を負い、無傷では済まされない。
ビアンカの放つメラゾーマの呪文は派手で、その派手さ故にリュカとプックルに向かうヘルバトラーもまた束の間警戒するように大火球へと視線を向けていた。その隙を、プックルもリュカも逃さない。リュカがドラゴンの杖を拾い、ピエールのところへ向かうのを見届けると同時に、プックルは敵の死角から飛びかかり、右足に激しく噛みついた。
ピエールのところに辿り着いたリュカは、彼が今も浅く息をしていることを確かめると、駆けながら既に唱え始めていた回復呪文を緑の仲間に施した。ベホマの呪文がピエールに行き渡ると、彼は気を失いながらも気を保っていたかのように即座に起き上がった。説明の言葉など不要で、ピエールは「かたじけない」とリュカに言うのみで、自ら辺りを見渡し状況を確かめた。
ピエールが冷静に見たのは、宙で歯ぎしりをしているヘルバトラーの姿だった。その目はふと、祭壇の向こう側、リュカやピエールには見えない場所を見下ろし、口元に僅かな笑みを浮かべたのを、ピエールは逃さずに見た。
「リュカ殿!」
ピエールはそう言ってリュカの名を呼んだだけだった。しかしその切羽詰まるような声だけで、リュカは事情を理解した。ピエールが先に駆け出した。リュカも迷わず後を追う。目指す先には確実に、最も守らねばならない者たちがいる。
宙から標的を見つめるヘルバトラーは、またしても呪文の詠唱に入る。大爆発の気配が祭壇の間に漂う。リュカとピエールが駆け、子供たちの下へとたどり着くよりも前に、ヘルバトラーは難なくイオナズンの呪文を放ち、その爆風に、凄まじい風圧に、リュカもピエールもその場に留まらざるを得なかった。
床に倒れるティミーは崩れた祭壇の瓦礫に見舞われながらも、左手に装備する天空の盾も、右手に持つ天空の剣も、手から離していない。それは彼の意思が働いているというよりも、武器と防具の意思が働いていると言った方が正しい。勇者の身を守り、勇者が戦うために必要だからと、剣も盾も勇者ティミーの手から離れなかった。勇者はこの世の希望であり、絶えてはならないのだという意思は、天空の剣や盾が共にその内に秘めていた。彼のすぐ近くには、妹のポピーもうつ伏せに倒れている。そして彼らを守ろうとしているのか、リュカの手から離れてしまっていたパパスの剣もまた、ティミーとポピーの傍に落ちていた。
天空の盾が勇者を護らんと、光を放つ。呪文の力で発生した大爆発の力に抗う力を、天空の盾が自ら生み出す。呪文反射マホカンタの効果が光に現れ、勇者ティミーと、勇者の半身でもあるポピーを守るためにと、大爆発の力をそっくりそのまま跳ね返す。まさか自身に跳ね返って来るとも思っていなかったヘルバトラーは、宙に浮かびながら返ってきた爆風を受け、祭壇の間の天井にまで飛ばされた。しかし天井に激突することなく、空中で爆発に耐えきった。爆発に耐え切れないのは、天井の方だ。祭壇の間の天井は洞窟の岩盤が剥き出しではなく、切り出された石によって整然とした形となっていたが、それが爆発の影響で穴が開いた。当然、天井の一部が崩落し、そこからはエビルマウンテンの山の岩盤が剝き出しとなった。
宙に留まったヘルバトラーに対して、仲間のもう一体が飛び上がって近づいたのかと、リュカもピエールも上を見上げてそう感じた。しかし飛び上がる者の手には、巨大な槍が握られている。アンクルが好機を逃すまいと、ヘルバトラーの背後から攻撃を仕掛けるべく一気に上へと飛び上がったのだ。狙うは、敵の翼。敵に治癒能力がないことは、一度も回復の気配を見せないことに現れている。宙に留まる敵も、プックルに翼を薙がれ、足を噛みつかれた敵も、双方一度も回復することなく戦いを続行している。
ただ、傷の痛みを余所に、ヘルバトラーは闘志を表情に露にし、アンクルが翼に槍を貫こうとも宙に留まり、寧ろ自身に釘付けにするような体勢でアンクルの頭を鷲掴みにする。そして顔を上げさせると、アンクルの顔面に向かって思い切り鋭い爪を薙いだ。視界を失ったアンクルだが、手にする槍は離さず、しかし一息に槍を敵の翼から引き抜いた。同時にヘルバトラーは中空で回転し、アンクルの後ろ首に廻し蹴りを食らわせた。固い蹄の攻撃力など、アンクル自身が最もよく知るところだ。首の骨が軋む音を耳の奥に聞きながら、アンクルは床へと叩きつけられた。
アンクルが攻撃に向かったのには理由があった。アンクルは直前まで、ビアンカと共にいた。アンクルは注意を引きつける囮を引き受けた。その間、ビアンカは手にした賢者の石を握りしめ、仲間たちの体力の回復をと祈りを捧げた。その回復の力は、ビアンカの視界にいるアンクル、プックル、ピエール、リュカには行き渡ったが、彼女の視界に認められない双子には届かない。
しかしその回復の力を以て、プックルの右目の視力が僅かに戻った。アンクルも気を失うことを免れた。リュカとピエールも体力の回復に、駆ける足も速まり、倒れるティミーとポピーのところへとたどり着く。
必死に祈り念じていたビアンカが目を開ける前に、彼女は前方から激しい熱を感じた。アンクルのデーモンスピアの攻撃を翼に受けたヘルバトラーはやはり宙に留まっていられず、床の上へと降りていた。そして妙な動きをする人間の女に目を留め、はっきりと標的に定め、ビアンカへと攻撃をしてきた。口から吐き出す激しい炎がビアンカの目の前に迫り、呪文で対抗しようにももう間に合わないと、彼女は身を守るべく水の羽衣を自身の前に広げた。炎に焼かれる水の羽衣がシュウシュウと音を立てて壊れていく中で、ビアンカは羽衣を抑える手に火傷を負いつつもひたすら耐える。
唐突に激しい炎が止んだ。炎を吐き散らすヘルバトラーを横ざまからプックルが飛びかかったのだ。
プックルは先ほどまで攻撃を仕掛けていたヘルバトラーとの戦いから離脱していた。と同時に、その戦いに代わりに飛び出してきたのが、リュカとピエールだ。その後ろから、ティミーとポピーもまたすぐさま動ける体勢で各々構えている。
二体のヘルバトラーは翼に大いに傷を負い、既に宙を飛び上がることはできない。しかしその戦闘力自体が凄まじく、プックルに足を噛みつかれ損傷を負っているにも関わらず、リュカとピエールの二人がかりの攻撃がまともに当たらない。傷を負った翼も全く使えないわけではなく、リュカとピエールの攻撃を回避するためにと、多少の羽ばたきと共に身を躱してしまうのだ。
リュカとピエールが敵と戦うすぐ傍から、ティミーは狙いを定めていた。天空の剣を今は、左手に持っていた。同じ左肩に天空の盾を掛けている。そして右手に構えているのが、祖父パパスの剣だった。父リュカが床に落としてしまっていたその剣を、今はティミーが手にして、大きく動く敵を見ていた。
リュカとピエールの目的は、ヘルバトラーを倒すことよりも、先ずは敵が呪文を使わないことに向けられている。呪文を使う隙を与えない。その状態を保ちつつ、その先に敵を倒すことを考えていた。その中で、後方からポピーが援護の呪文を唱える。父に、ピエールに、続けざまに攻撃補助呪文バイキルトを放つと、リュカとピエールの攻勢が強まる。ヘルバトラーの表情に険しさが滲み、防戦傾向へと追い込まれる。しかし敵は翼を使えず、宙に逃れることはできない。
地獄の闘士の顔つきで、一度迷わずリュカとピエールの攻撃を受けることを覚悟で、防御を解いた。好機を見たリュカとピエールは同時にヘルバトラーへと攻撃をと、武器を手に殴りつけ、斬りつけた。攻撃は間違いなく敵の身体を深く傷つけた。しかしヘルバトラーはその損傷にも痛みにも耐え、尚且つ笑みさえ浮かべるや否や、素早く大きく息を吸い込んだ。
ティミーはその隙を逃さず、祖父の剣を投げつけた。ティミーは祖父の剣の遺志を信じていた。父リュカが長らく手にしていたこの剣には、間違いなく祖父の魂が宿っている。今も尚、共に戦ってくれているに違いないのだと、ティミーが投げつけたパパスの剣は、一直線にヘルバトラーの喉を突いた。
口から激しい炎が零れる。痛みにというよりは、その衝撃に、ヘルバトラーは吐き散らすはずだった激しい炎を口の端から漏れ出させる。しかしその中でも敵は攻撃の意図を表情に戻し、喉に剣を突きさされながらも、リュカたちに向かって激しい炎を吐き出した。
間近に吐き出された激しい炎の威力に、形勢逆転と言うように、リュカたちは一斉に防御の形を取らざるを得なかった。ヘルバトラーの体力と言うのは無尽蔵なのかと思うほど、敵は自身の損傷に構わずに、次の行動へと移る。痛みを感じないわけではない。痛みを感じるよりも、敵と戦うことが先なのだと、ヘルバトラーの闘志には揺るがない芯があるようだった。
敵の吐き散らす激しい炎は中途で止んだ。喉に突き刺された剣の威力を無視することはできず、ヘルバトラーは苦痛の顔つきを表しながらも、己の手で喉の剣を引き抜いた。治癒能力はない。受けた損傷はそのままに、敵の喉からは夥しい血が溢れている。それでも床の上に力強く立ち続ける敵を、防御で酷く腕に火傷を負ったリュカがまじまじと見つめる。
「何のために、そんな……」
思わず言葉を発してしまったのは、リュカが心の底ではこの者と言葉を交わしたかったからなのかも知れない。しかし喉を深く損傷したヘルバトラーは、たとえ言葉の話せる者だったとしても、もはや話すことはできない。口からも血を吐き、引き抜いた剣は己には合わないと言うように床に落とし、代わりにその両手をリュカたちの方にではなく、祭壇の間の天井へ向けて挙げた。
ビアンカを庇いつつ、プックルとアンクルはもう一体のヘルバトラーと対峙していた。翼を大いに損傷し、飛行が不可能となった敵に対し、プックルが敵の足元で纏わりつくように暴れ回り、アンクルは宙を飛び回りながらデーモンスピアを振るう。しかし敵の動きも大柄の割に素早く、致命的なものは与えられない。寧ろ一瞬の隙に、再び激しい炎を吐き散らし、プックルとアンクルとの間に距離を取ったのはヘルバトラーの方だった。そしてそれは敵との距離を作るための行動だった。直後に両手を天井へと向ける。それは明らかに呪文の構えだ。
二体のヘルバトラーがほぼ同時に、イオナズンの大爆発を、祭壇の間の天井に向かって起こした。敵の目的は、明らかにこの祭壇の間ごと破壊してしまうものだと、誰もがそう感じざるを得なかった。だが二体のヘルバトラーもまた翼を大いに損傷し、飛んでこの場から逃げるようなこともできない。自滅を覚悟の上でそのような行動に出ているのだろうかという考えがリュカの脳裏に過るが、それ以上考えることもできないままに、天井が大きく崩落してきた。
この場で生き埋めになるという絶望的な状況にも抗うように、リュカは崩落の瓦礫の直撃を免れるため、バギクロスの呪文を放った。半壊にも等しいほどに崩れた祭壇の間の中で、崩落してきた瓦礫を竜巻の中に閉じ込め、操り、皆のいる場所から遠ざけるように広い部屋の片隅へと投げつけた。祭壇の間の床を激しく破壊しつつも、瓦礫はその場に積み上がり、仲間たちも敵らも瓦礫の下敷きになることは免れた。
だが天井が崩落しようが無事であろうが構わずに、先に次の行動へと移ったのはヘルバトラーらだ。間髪入れずに放とうとするのは、またしてもイオナズンの呪文だ。放つ方向は、祭壇の上、敵らが初めに姿を現わした場所だと、向けられる手の方向を見遣るリュカの目に、ふとあの小さな白い光が映り込んだ。
小さな白い光には当然、目も鼻も口もない。ただの小さな光に過ぎないのだが、それがまるでリュカを導くことを使命とするように、はたまたその光自身がその先に行くことを望むかのように、祭壇の上から先へふらふらと進み、リュカの視界から消えてしまった。直後、ヘルバトラーの放ったイオナズンの大爆発が祭壇の間の出口を塞ぐように、その上の天井を破壊した瓦礫で祭壇の上を埋め尽くしてしまった。
呪文を唱える瞬間は誰もが無防備になる。当然、無防備になっていたヘルバトラーに向かって、仲間たちは皆攻勢をかけていた。ヘルバトラーは二体とも、既に満身創痍の状態で、何故床の上にまだ立ち続けているのかが分からないほどだ。それほどまでしてヘルバトラーらはリュカたちをこの祭壇の間に閉じ込め、この場で葬り去ってやるのだという意思を全面に出している。凶暴な目つきも変わらず、今度は傷だらけの巨体で、痛みをどこかへ置き去りにしたかのように、格闘を仕掛けてきた。
ここで間合いを取るわけにはいかないのだと、リュカたちも退くことはない。一度退けば、その間合いでヘルバトラーは激しい炎を吐き散らし、それで更に間合いを取った後にイオナズンの呪文を放つことは間違いないと、リュカたちはこれまでの行動に知った。多勢に無勢の有利にあるはずだが、敵の強さは強烈で、一体などは喉から血を噴き出しながらも、まるで戦いの意志そのものに憑りつかれたかのように格闘を駆使してくる。
絶えず賢者の石を握るビアンカの回復では追いつかず、ピエールとティミーと共に攻勢に出ていたリュカのドラゴンの杖が、敵の蹴りによる固い蹄の攻撃に、彼の手を離れて床に転がった。身体を仰け反って蹴りの直撃を免れたリュカは、ほぼその体勢のまま足元近くに落ちていた父の剣をかっさらうように手に取った。息切れ激しく、このまま絶えることなく剣を振るい続けていては、体力が尽きるか呼吸困難で動けなくなりそうだと感じつつも、リュカもまたヘルバトラー同様に、何かに憑りつかれたかのように戦い続けていた。
宙に跳んだプックルが、油断など一つもなかったにも関わらず、後ろ足をヘルバトラーに掴まれた。そのまま身体をしなやかに曲げ、敵の顔面に炎の爪を浴びせようとしたプックルだが、掴まれた足をそのまま握り込まれ、砕けた後ろ足の痛みにたまらずその場から離脱する。着地も不安定によろけたプックルが戦いの場から抜け、アンクルが一人で対峙する。それに気づいたティミーがアンクルの下へ向かうべきかと一瞬躊躇した時、隙を見たヘルバトラーが口から炎を吐き出した。相変わらず喉から口から、出血は止まらない。凡そ、この場に立っているのが不思議極まりない状況だ。
激しい炎の勢いに押され、リュカもピエールも下がらざるを得ない。後方に立つポピーを守り、ティミーは天空の盾に身を守りながら、しまった、という顔をしながらも回復呪文の準備に入る。
二体のヘルバトラーにとってはこの隙間だけで十分だった。二体揃ってまたしても呪文の構えを取る。大爆発の予兆が空気に漂い、それはすぐさま、プックルの後ろ足を砕いたヘルバトラー一体から放たれた。
リュカたちと戦っていたもう一体のヘルバトラーの手から呪文が放たれることはない。それはピエールが防いでいた。ピエールは剣を振るいながらも、リュカとティミーが猛攻を仕掛ける中で、密かに敵の魔力を吸い取っていたのだ。マホトラの呪文が功を奏した。呪文を放ったはずのヘルバトラーは、己から発することのできなかったイオナズンの呪文に、唱えた後でそうと気づいたようだった。
リュカたちをこの祭壇の間と言う場所に生き埋めにするのだと、放った大爆発の威力で天井の岩盤が大きく崩れ落ちて来る。生き埋めになるよりも先に、瓦礫の落下に潰されてしまうと、アンクルは自らが守りになるべく、近くにいるビアンカと、プックルをも己の身体の下に入れた。ビアンカがその下から必死に手を伸ばす先には、同じように瓦礫に見舞われようとしているリュカたちがいる。リュカたちを守る者がいない。エビルマウンテンの山頂を後にするまでは、仲間のゴレムスが常に皆の護り手だった。
今、ゴレムスはいない。しかしここで瓦礫に潰されるわけにはいかない。床に落ちていたドラゴンの杖に伸びた手は、ポピーの手だった。ポピーは一縷の望みをかけるように、うつ伏せに滑り込むような状態でドラゴンの杖を手にすると、そこに己の魔力を通じさせた。竜神の力の一端が、杖を掴むポピーの手を通じて流れ込んでくる。ポピーの姿がみるみる黄金の竜へと変化していく。
天井の岩盤の崩落による地響きが続く。この祭壇の間そのものが潰れてしまいそうなほどに、頭上の岩盤が大きく落ちて来る。竜の咆哮が頭上に聞こえ、リュカとピエール、ティミーは黄金の竜の守りの中に収められていた。ドラゴラムの呪文で黄金竜の姿へと変わったポピーが、いつも仲間のゴレムスがそうしていたように、大事な家族を、仲間を守ろうと皆の頭上を己の竜の身体で覆う。
敵のヘルバトラー自身、翼を損傷しているために宙に飛ぶことはできない。飛行能力を失った敵らもまた、この場から助かるつもりもないようだと、その様子に感じられる。しかし敵の放ったイオナズンの威力はこの祭壇の間を完全に破壊するほどには足りず、黄金竜のポピーの翼をボロボロにし、アンクルの背中にも深い傷をつけつつも、途中で崩落は止まった。敵のヘルバトラーは二体とも、自らが招いた天井の崩落の瓦礫に押しつぶされるように、床に倒れていた。しかし床に倒れながらも、その手にはまだ命が残っていると、微かに動く敵の指先にリュカは敵の状態を冷静に見つめていた。
「キュルッ、キュルッ!?」
瓦礫のどこかで、はぐりんの声が響いた。ポピーの守りの中で、リュカたちが辺りを見渡していると、力尽きたようにポピーの呪文の効果が消え去って行く。人間の姿に戻ったポピーは辛うじて気を失わないながらも、背中を主に傷つけ、うつ伏せに床に倒れた。天井からの瓦礫を一身に引き受けたようなものだ。酷い損傷を負ったポピーの脇にリュカが跪き、回復呪文を唱えようと手をかざす傍らで、積み重なった瓦礫の上を跳ねるように移動するピエールが他に回復を必要としている仲間の元へと駆けつける。
アンクルの身体ごと、瓦礫に埋もれていた。そのほど近くにキラリと光るのが、はぐりんだった。天井から岩盤が崩落して、岩が身体に当たろうとも、やはりはぐりんは何事もなかったかのように無事だった。ただ瓦礫に埋もれかけてしまった者たちの様子が気になるのか、自らの硬質な身体で瓦礫の一部を弾いて退けようとしている。
「アンクル! 無事か!?」
返事はない。誰の返事もないことに、ピエールが瓦礫をどかす動きが早まる。直後、回復をしたリュカたちもまた駆けつけ、埋もれるアンクルたちを助けようと歯を食いしばって瓦礫を除け始める。激しい損傷を治したばかりのポピーは、祖母の形見でもあるストロスの杖と、父の武器であるドラゴンの杖を手にしたまま、その状況を震えながら見つめている。
アンクルは床の上にうつ伏せに倒れていた。その下敷きになるように、ビアンカの足と、プックルの腰から下が、アンクルの身体からはみ出るように床に倒れている。誰も動かない。ポピーが声にならない短い悲鳴を上げる。
「ティミー!」
「お、お父さん、あ、あの……これって……」
「回復だ。大丈夫だ、生きてる。アンクルが守ってくれた」
アンクルの大きな身体に押しつぶされるかのようなビアンカだったが、その下で彼女が手にする賢者の石がまだ仄かに光り続けていた。皆を絶対に死なせないのだという彼女の意思がまだ働いている。ピエールの呼びかけに返事がなかったのは、アンクルの背骨が折れていたために、返事をすることもできなかったのだ。
ティミーが落ち着く前に、先ずはとピエールがアンクルの背に手を当て、ベホマの呪文を唱えた。折れてしまっていた背骨もじわじわと繋がり、アンクルがゆっくりと身を起こす。その下でうつ伏せに倒れているビアンカとプックルは、ティミーの唱えるベホマラーの呪文を受けてようやく身体を動かすことができるようになった。実際のところ、二人とも瀕死の状況だった。ビアンカが倒れていたところには吐き出した血だまりが、プックルは胴体を押しつぶされ、内臓に損傷を負っていた。
まだパラパラと天井の岩盤から欠片が落ちて来る。見れば、天井には亀裂が走り、今は崩落が落ち着いたものの、いつ再びの崩落が始まるとも知れない状況だとその景色に知れる。ヘルバトラーが画策していたように、そのうちこの祭壇の間は完全に潰れてしまうのかも知れない。
「あの上に、出口の穴を開ける」
向かうべき場所は明らかで、二体のヘルバトラーが破壊して入ってきた場所の先を目指さなくてはならない。しかし今その場所は瓦礫に埋もれ、道は閉ざされている。破壊された祭壇の上にはまだ一つの大きな火台が残り、見渡す景色は暗くなったもののまだ視界は利くほどに辺りを照らしている。その明かりに照らされた先に、積もる瓦礫の山が見える。
「リュカ殿、今下手に揺れを起こせば、岩盤が完全に崩落しないとも限りません」
「がうっ、がうっ」
「プックルの言う通りだぜ。かと言ってのんびり一つ一つあの瓦礫をどかすなんて手間を取ってる場合でもねえだろ」
「キュルッ、キュルッ!」
はぐりんの言わんとしていることは誰にも分からなかったが、皆がその声にはぐりんを見た。はぐりんは何を思ったのか、彼にしか出せない凄まじい速さで移動を始めたかと思ったら、次の瞬間には瓦礫となった祭壇の上へと姿を移していた。階段も元の姿を留めていない祭壇の、瓦礫に手をかけ足をかけて上り、リュカたちもはぐりんの後を追う。
天井の岩盤に大きな亀裂が走っている。パラパラと頭上から石が落ちて来る。祭壇の間自体がミシミシと音を立てているような状況で、僅かな影響によって祭壇の間そのものが崩壊しかねない。この場に長く留まってはいられないと思いつつ、リュカたちははぐりんが瓦礫の隙間にするりと入り込んでいるのを見た。あれほど硬質な身体をしているというのに、はぐりんの身体は液状にもなる。瓦礫の隙間の先に道があるかどうかを確かめに行ったのだろうか、瓦礫の向こう側へと一度姿を消したはぐりんが、なかなか戻ってこない。
「がうっ!」
プックルの警戒するような声に、リュカとピエールが後ろを振り向き見た。瓦礫の下に倒れているヘルバトラーの腕が、天井に向けられていた。もう一体のヘルバトラーの姿は完全に瓦礫の下に埋もれており見えないが、辛うじて腕を伸ばす一体のヘルバトラーの為さんとすることを、それを目にした者に想像できないはずはなかった。
命が尽きる寸前までその身は闘士であるのだろう。今この場で呪文を返し、攻撃をするわけにはいかない。攻撃呪文を放てばそれだけで空気を揺るがし、亀裂の走る天井の岩盤を一気に崩してしまう力を加えてしまうに違いない。そうすれば敵と共に、リュカたちもまたこの場を墓とすることになる。
駆け出そうとするプックルの赤い尾を咄嗟にリュカは掴んだ。その行動に、同じように駆け出そうとしていたピエールもまたその場に留まる。プックルもピエールも、リュカもまた、敵の呪文を阻むために直接敵の息の根を止めなくてはと思った。しかしたとえプックルの速さを以てしても、今から倒れる敵のところへ向かい倒すのでは間に合わないと、リュカは本能的にそう感じ、仲間の行動も、自身の行動も止めた。
先に道を拓くしかないと、リュカが再び前を向いた時、瓦礫の中からキラリと光るものが現れたように彼には見えた。ようやくはぐりんが戻って来たのかと思ったが、それははぐりんではない。これまでにも何度も、リュカの前に現れていた小さな白い光が、瓦礫の中からふわりと浮かび上がり、リュカを見下ろすように弱々しく光っている。その光は以前までは、リュカを嘲笑う小さな赤い火だった。しかし赤い火は死に絶え、今は赤い火の殻を脱ぎ捨てたかのような白い小さな光となって、リュカをここまで導いてきた。
祭壇の間の内部に籠る空気の圧が一瞬、引いたように感じた。次の瞬間、引いた空気が一気に爆発を起こす。瓦礫の下から伸ばされていたヘルバトラーの腕はもう床に横たわっている。最期の力を振り絞ってまでも、この祭壇の間を破壊し、エビルマウンテンへの侵入者であるリュカたちをこの場所に埋めたかったのだろうか。天井の岩盤に走っていた亀裂がイオナズンの大爆発によって容赦なく打ち破られた。祭壇の間が、祭壇にある全てのものを飲み込むように、崩れていく。
道を塞ぐ瓦礫の前に、目も開けていられないほどの白く輝く空間が現れたのを目にしたのは、リュカだけだった。それは恐らく、かつての仇敵が何度も使用していた異空間への扉なのだろう。リュカたちが何度も目にしていたのは、目がおかしくなるほどの暗闇が中空に現れ、その中に仇敵が姿を消してしまう光景だ。しかし今リュカの目の前に現れたのは、目がおかしくなるほどに輝く白い空間だ。先に何があるのかは何も分からないのは、黒でも白でも同じことだった。
皆を守ろうと必死に己の身体の前にビアンカ、ティミー、ポピーを庇っているアンクルの、その背を、リュカは後ろから強く押した。アンクルたちに、リュカの見えている光の空間は見えていない。故に彼らにとってはただ目の前の瓦礫に押しつぶされるかのような状況だった。
はぐりんが独り、瓦礫の向こう側に広がる闇深い空間へとたどり着いていた。真っ白に輝く空間は決して大魔王の在る場所にではなく、はぐりんのいる場所を目指して、その扉を開いていた。仇敵の名残である白い光は既に、大魔王に通じる力を失くしていた。しかし代わりに得る力があったのだと言うように、リュカを白い空間へと導く。
プックルとピエールには、アンクルたちが瓦礫の中にふっと姿を消したように見えた。魂だけとなってしまった仇敵に残される力は僅かだ。白く輝く空間がみるみる閉じて行く。プックルにもピエールにも言葉を発する間を与えず、リュカは半ば力づくで仲間の身体を押しやり、白い転移空間へと飛び込ませた。そしてそのまま自らもまた飛び込んだ。
身も凍るような冷気が、白く輝く空間には満ちていた。しかしそれも一瞬のことで、閉じた空間の向こう側で激しく崩壊する祭壇の間の状況を否が応でも耳にしたが、その次の瞬間にはリュカたちは皆、全く目の利かない暗闇の中へと放り出されていた。
放り出された床は平らだった。身を起こし、辺りを見回しても暗く、何も目には映らない。しかし進む方向だけは、誰もがその身に分かった。エビルマウンテンの最奥部、外なのか内なのかも分からないこの真っ暗闇の中で、まるで隠れていない強烈な邪気が、上方から降って来るかのようだった。