2017/12/03
伝えきれない愛情
「良かった、呪文が上手くいって」
リュカはほっと胸を撫で下ろしながら、草地に胡坐をかいて座っていた。彼の旅装は草にまみれ、頭に被る濃紫色のターバンまで草がついていた。そんなリュカの前に、心配そうな顔を向けるパトリシアとスラりんがいる。
「リュカだけ着地が上手く行かなかったってことね……。大丈夫?」
「うん、ちょっと目が回ってるけど、そのうち治ると思うよ」
そう言いながら、リュカはまだまともに目の前にいるビアンカを見ることができずにいた。天を仰げば、青い空に浮かぶ白い雲がぐるぐると異様な回転を見せる。
山奥の村を出て、外で待機していた魔物の仲間と合流し、リュカはルーラの呪文でアルカパまでの移動を試みた。パトリシアや馬車も連れての移動は初めてで、果たして上手くいくのかどうか不安だったが、移動自体は問題なくアルカパまで皆を運ぶことができた。しかしどういうわけか着地は必ず何かしらの失敗をするようで、仲間の皆は無事に着地できたが、リュカが呪文の効果から地面に投げ出され、これでもかと言うほど草地を転がったのだった。
「無事だったから良かったけど……きっと、今のリュカを見たらヘンリーさんが『ざまあ見ろ』なんて言いそうね」
そう言いながらビアンカは仰向けに寝転ぶリュカを笑って見ている。
「ヘンリーなら言いそう……。うう、まだ目が回って気持ち悪い」
「それにしてもずいぶん町から離れたところに着いたわね。ここって……」
「ちょっとサンタローズ寄りになっちゃったみたいだね」
ルーラを発動する時、リュカはアルカパの町に集中していたはずだった。しかしリュカとしてはどうしてもアルカパの町よりもサンタローズの村への思いが強く、呪文を発動する瞬間に村の景色が脳裏にちらつくのを止められなかった。その時から呪文の調子が悪かったのかも知れない。リュカはようやく収まってきた青空の回転を眺めながら、ルーラの呪文はまだまだ修行が必要だなどと考えていた。
「このあたりの魔物の気配はそれほど強くないようですね」
「そうじゃのう。魔物がおることはおるが、さほど問題にならんように思える」
ピエールとマーリンがそう話す傍で、プックルが辺りを見回すようにキョロキョロしている。その目は敵の気配に敏感になっているというわけではなく、ただ昔を思い懐かしんでいるかのような雰囲気だった。プックルもこの辺りの景色を何となく覚えているのかもしれない。
「サンタローズという村が近いのでしたらそちらに寄りますか?」
ピエールの言葉に、リュカは首を横に振る。
「ううん、アルカパの町もそれほど遠いわけじゃないから、町に行くよ」
リュカがそう返事をするのを見て、ビアンカは何も言葉を挟めなかった。ビアンカの知るサンタローズの村はラインハットに攻め込まれ、滅ぼされてしまった場所で、リュカの故郷とは言えとても行きたい場所ではない。それにリュカが村に行くことを拒むのなら、無理に村に寄ることもないと、ビアンカはリュカの言うことを黙って聞いていた。
リュカが動けるようになると、一行はすぐにアルカパの町を目指して進み始めた。山奥の村を出た頃はまだ早朝だったが、アルカパ近くまでルーラの呪文で移動してきた今は昼を過ぎていた。これほど長い距離を皆で移動したのは初めてで、ルーラの呪文の最中、空を飛んでいる時にみるみる太陽が近づいてくる景色を、ビアンカは目を輝かせて見つめ、魔物の仲間たちは何かを恐れるように目を細めてみていた。メッキーなどは自分で空を飛べるだけあって、自らルーラの呪文の効果内から飛び出そうともがいていた。それほど眼前に迫る太陽の光は脅威だったようだ。
今は空の中点過ぎから太陽が地表を照らし、本来であればそろそろ腹が減るころだった。しかしリュカもビアンカも先ほどダンカン宅で朝食を済ませたばかりで、とても空腹を感じる気配はない。
「町に着くころにはきっと夕食の時間かもね」
「もう食事のことを考えてるの? リュカは見かけによらず食いしん坊なのね」
「食事はなければないで平気だけど、あったらたくさん食べたいよね」
それはリュカがずっと旅を続けているため仕上がってしまった習性のようなものだった。ある時に食べなければ死にかねないという状況は、旅の途中では常に隣り合わせだ。
そしてその始まりは、あの奴隷の身にやつされた時だった。毎日生きるか死ぬかの量しか与えられない食事を残すことはありえなかった。出されたものでは絶対に足りていなかった。リュカもヘンリーも育ち盛りの少年で、もっともっと食事が必要だった。その時の思いが今のリュカの性質を作り上げている。食事はなければないで体がそれをどうにかし、ある時にはまるで冬眠前の熊のように一気に食べてしまう。そんなリュカの性質にビアンカは気づいているが、まさかその下地に彼のそんな過去があることなど知る由もない。
リュカ自身、そんな自分の性質が忌まわしき過去が土台になっていることを、今は気づかずにいた。目の前で楽しそうにしているビアンカを見ていると、そんな過去は頭の隅に追いやり、忘れ去ることができた。彼女が隣にいてくれるだけで、今まで特に何も感じなかった太陽の光も温かく感じられる。まるで太陽のように照らしてくれる彼女のお陰で、今後の旅も順調に進む予感しかしなかった。
「せっかく町に行くんだもの。久しぶりに町を歩いてみたいわ。夕方前には着いて、ちょっと一緒に歩いてみましょうよ」
「がうがうっ」
ビアンカの言葉に同調するように吠えるプックルに、リュカは眉をハの字にして困り果てる。
「プックルは……ごめん、お前は連れていけないよ。あの時は少し大きな猫で済んだけど、今はもう誤魔化せないよ」
「一緒に行きたいのは山々なんだけどね……。プックルを小さくする呪文でもあればいいんだけど、生憎そういう呪文って聞いたことがないし……ごめんね、プックル。後で沢山話をするから、それでもいいかしら」
「がう……がうがう……」
「プックルが……みんなが堂々と入れる町や村があればいいんだけど。オラクルベリーも闘技場のおじいさんは魔物たちと仲が良いけど、町の人達みんなが魔物と仲が良いわけじゃないもんなぁ。旅の途中、もしみんなが堂々と入れるような町や村があったら、みんなでゆっくりしてみたいね」
「それ、とても楽しそうね。リュカ、旅の目的の一つにそれも加えましょうよ。『魔物と人間が一緒に暮らす町を探すこと』。それって素敵な目的だわ」
「がうがうっ」
「それは楽しそうじゃのう。ワシもゆっくり町に入って体を休めてみたいわい」
マーリンがいかにも楽し気に言う姿に、リュカはマーリンが町の宿で体を休めているところを想像してみた。実際、彼はルラフェンの町にリュカと共に入り、一人で町歩きをしたこともあるのだ。マーリンに関して簡単に人間の町に入ってのんびりとしている姿が想像できるのは、彼が人間と同じ形をしているから、と言うだけだ。
「もしそう言う町や村が見つからなくとも、リュカ殿なら作ってしまうかも知れませんね」
「ピーピキー」
「ミンナ、オナジ、マチ、スム。キット、タノシイ」
ガンドフが大きな一つ目をぱちくりとさせ、上を向いてその様子を想像しているようだ。スラりんもパトリシアの背に乗りながら、滴のような体を弾ませて楽し気にしている。リュカもピエールの言うような、人間と魔物が共に暮らす町や村を想像してみた。想像してみると、それはリュカが望むものの一つだと分かった。今までの旅でそのような町や村を見たことはないが、世界は広い。まだまだリュカの知らないことは山ほどある。もしかしたら人間と魔物が共に暮らす町や村があってもおかしくはない。リュカと同じような考えの人間が世界のどこかにいるかも知れない。
もし世界のどこにもなければ、ピエールの言う通り自分で作ってしまえばいいのだ。村の始まり、町の始まりは互いに身を寄せ合って作った集落だ。ここから南東にあるオラクルベリーの町も、リュカやビアンカが幼い頃にはまだ小さな集落だったはずだが、今ではあれほど大きな町に育っている。それはオラクルベリーと言う町に夢を見た人々が集まり、あれほど大きな町になったということだ。だとすれば、リュカのように魔物と人間が暮らす村や町を夢見る者が、世界のどこかにいても決しておかしな話ではない。
「それってとても楽しそうだね。そういうところがあったら行ってみたいし、もしなければどこかに僕たちの町をつくるのも良いかも。僕の旅が落ち着いてからになっちゃうと思うけど」
「町を作るなんて、ステキね。でも町を作るくらいだったら、もっともっと魔物の仲間を増やさないと」
「メッキメッキー」
ビアンカの言葉を聞いて、宙に浮かんで話を聞いていたメッキーが意気揚々と空高くに舞い上がり、森の方へと飛んで行った。一体何事かとリュカたちが見守っていると、森の方でメッキーの大きな鳴き声が聞こえ、ただ事ではないと思ったリュカは走って森へと向かった。
森を目前にして、リュカは目を疑った。森に棲む多くの魔物がぞろぞろと姿を見せ、敵意剥き出しの様子でリュカたちの方へと向かってくる。その遥か上で、メッキーが得意そうに「ッキッキー」と高らかに声を上げている。どうやらメッキーはリュカに魔物の仲間を増やせるよう、多くの魔物を呼び寄せてしまったようだった。大群とも呼べる魔物の数に、リュカは思わず冷や汗を垂らした。
「メッキー……どうしたらいいのかな、これは」
「ッキ?」
「良かれと思ってやってくれたんだろうけど、ちょっと気が早かったわね」
「とりあえずプックルに追い返してもらいましょうか。無駄な戦いは避けましょう」
「がう」
任せとけと言わんばかりのプックルが前に進み出て、大きく息を吸い込むと、辺り一帯に轟くような猛獣の吠え声を響かせた。森から現れた魔物の多くはその声だけで身をすくませ、慌てて森の中へと逃げ帰ってしまった。宙で羽ばたいていたメッキーも一瞬身をすくませていたが、リュカが呼び寄せると安心した表情で戻ってきた。
「メッキー、気持ちはありがたいけど、今ここで一気に魔物の仲間を増やせたとしても、僕たちはまだまだ旅を続けるから町や村を作ることができないんだよ。ごめんね」
「ッキー……」
「でももしそんなところがあったら、そこに住まいを持つのも良いかも知れないわ。いずれはどこかに落ち着くことになるでしょうから」
ビアンカはリュカとの旅を無事に終えたその後を想像して楽しんでいるようだ。彼女の中で、リュカが勇者を探し出し、母親と出会うことは当然の未来のようだ。そんな彼女の前向きな姿勢に、リュカは重くなりがちな心を持ち上げられ、常に助けられている。そんな彼女の背中ばかり見ていないで、たまには自分が先に歩いてみようと、リュカはパトリシアの綱を引いて、アルカパの町へと進み始めた。
「さあ、とにかく今はアルカパの町へ行こう。プックルとガンドフは外に出て、まだこっちを警戒してる森の魔物たちが近づかないようにしてくれるかな」
「がうがう」
「ワカッタ、ガンドフ、ガンバル」
サンタローズからアルカパ周辺に生息する魔物に巨大なものはいない。虎と熊のような大きな魔物が馬車を囲うように歩くだけで、森から出て来ようとしている魔物たちはその場に縛り付けられたように動けずにいるようだ。たまに勇気を出して襲いかかってこようとする魔物も、プックルの低い唸り声や、普段は見られないガンドフの鋭い眼光に出遭うと、途端に勇気が萎えてしまうようでその場に立ち止まる。リュカたちは油断せず警戒をしつつ、アルカパの町への歩みを速めた。
「懐かしいな。この町を離れて何年も絶つけど、色々と覚えているものね」
アルカパの町に入ったビアンカが、町の目抜き通りに立って景色を眺めながらそう呟いた。通りを歩きながらビアンカが弾んだ声で色々と思い出話を語るのを、隣で歩くリュカは嬉しさを感じながら聞いていた。再びビアンカと一緒にアルカパの町を歩くことができたと、リュカは心の中で自分の幸運を感じていた。
以前ヘンリーと共にこの町を訪れた時、ビアンカの姿がなく、彼女がこの町を出て行ってしまったことを知り、リュカは目眩を覚えるほどの絶望に包まれたのだ。自分でもそれほどの絶望を感じるとは予想だにせず、知らず彼女への気持ちが育っていたのかなと、今になってリュカはそう思う。
「池のところで子ネコみたいだったプックルちゃんがいじめられていたのよね」
リュカたちが歩く左前方には、町の憩いの場所である広場がある。子供たちの遊び場でもあるその場所で、まだ幼かったプックルが少年二人にいじめられていたことは、リュカも覚えている。
「でも今考えると、あれっていじめられていたのかな」
当時のことをはっきりと覚えているわけではないが、リュカは当時の感情がおぼろげに蘇ってくるのを感じる。
「どういうこと?」
「プックルと仲良くなりたかっただけなのかも知れないよ」
リュカの言葉に、ビアンカはますます眉をひそめる。
「仲良くなりたいんだったら、どうしていじめたりするのよ。そんなの、仲良くなれっこないじゃない」
「どうやって仲良くなったらいいのか分からなかったんじゃないかな。プックルは魔物で、本来だったら人間に懐かないはずだよね。だから彼らに敵意むき出しで、そんな猫に近づきたいって思ったら力づくでって、そう思っちゃったのかも知れないよ」
「それにしても力づくだなんて、そんな考え方だったらいつまで経っても仲良くなれっこないわ」
「でも知らなかったんだよ、きっと、何も」
そう言いながら、リュカは違う過去を思い出していた。幼い頃に父と訪れたラインハット城、そこでリュカはわがまま王子と噂されるヘンリーと出会う。幼い頃の彼は噂に違わずわがままで、初対面のリュカにも隣の宝箱を見に行かせている間に姿をくらませるなどして困らせた。その言動も強くとげとげしたもので、寄りつく者は皆敵だと言わんばかりの態度だった。
しかし彼は恐らく、誰かと友達になりたかったのだ。それをラインハットの環境が邪魔をした。彼が一国の王子であること、継母に疎まれていたこと、父の愛情が届かなかったこと、それらがすべてヘンリーの孤独を深めた。彼が友達を望んでも、それを素直に言い出せないような盾を作ってしまった。素直になることの怖さを知り、彼はひねくれ者と呼ばれるようになってしまった。
誰しも、素直になりさえすれば物事は何の問題もなく運ぶ。それを嘘をついたり黙っていたり暴力的になることで、物事はそこで停滞したり、むしろ後戻りしてしまったりする。一度その状態になると、そこから脱するには何かのきっかけが必要だ。ヘンリーにとってのそのきっかけは恐らく、パパスの死だった。
「きっと彼らもあの頃とは変わってるよ。僕たちが成長しているように、彼らもきっと」
「彼らも? 誰か他の人の話をしてるの、リュカ?」
「ううん、何でもない。こっちの話。さあ、行こう行こう、早いところ宿を取らないとね」
リュカはビアンカの手を取ると、町の目抜き通りを歩く足を速めた。早足になっても、ビアンカの思い出話は尽きない。絶えず話し続ける彼女に、リュカはやはり嬉しい気持ちを抑えられなかった。そんな恋人たちのような夫婦を、町の人々はにこやかに眺めていた。
宿の前に着くと、ビアンカが一度扉の前で足を止めた。町の中でも一際大きな建物である宿屋は、今も変わらず宿屋として営業している。宿から出て来てこれから町に遊びに行く旅人の姿を見て、ビアンカは胸に響くものを感じる。
「大丈夫みたい。行きましょうか」
「大丈夫って、どういうこと?」
「ここに来るまで正直、ちょっと不安だったのよ。もしかして泣いちゃうかもなぁって。でも大丈夫そう。さあ、行きましょう」
明るくそう言うビアンカだが、内心不安でたまらなかった様子にリュカは今になって気づいた気がした。町の通りを歩いている時、彼女はいつにも増して饒舌で、まるで話を止めたらいけないという雰囲気さえ感じられた。それと言うのも、ビアンカが自身の不安を払拭するためのものだったのだと、リュカはこの時になって合点がいった。
宿に入ると、愛想のよい店主が「いらっしゃいませ」と穏やかに声をかけてきた。以前、一度ヘンリーと共に宿泊したリュカのことを男性は覚えていないのか、他の客に向けるものと変わらぬ笑顔を二人に向けている。リュカとしてはその方が都合が良かった。以前訪れた時に、この町にビアンカがいないことを知って目眩がして倒れそうになったことを話されてはたまらない。リュカもそ知らぬふりをして宿泊手続きを進める。
「えーと、二人部屋を一つお願いします」
「はい、二階と三階と部屋がございますが、どちらがよろしいでしょうか」
「うーん、どっちがいいかな、ビアンカ」
「……三階が空いていればお願いしたいかな」
「じゃあ三階でお願いします」
「はい、では……こちらのお部屋でご案内します」
店主がそう言うと、リュカは部屋の鍵を受け取りビアンカに見せる。後ろで俯いていたビアンカは鍵の番号を見ると、途端に顔を輝かせ、リュカに告げた。
「これ、リュカとパパスおじさまが泊まった部屋よ。この部屋、空いていたのね」
「おや、お嬢さん、こちらにお泊りになったことがあるんですか?」
「え? ええ、まあ……もう数年前になりますけど」
「そうですか。俺もこんな別嬪さんを忘れるようじゃ、商売柄いけませんねぇ。ではごゆっくりお休みください」
「そう言えばリュカは前にヘンリーさんとここに泊まったことが……」
「さあ、部屋に行こうか。荷物を置いて、町を見に行くんだろ?」
「そうね、もうこんな時間だし、急ぎましょうか」
リュカに急かされ、ビアンカは彼の後について階段を上っていった。階段もきちんと掃除され、窓の掃除も行きわたり、はっきりと町の景色を眺めることができる。廊下の端には鉢植えが置かれ、花の世話もきちんと行われているようだ。清潔感漂う宿の状態に、ビアンカは思わず笑みを零して呟く。
「うれしいな……どこもピカピカ。きれいにしてくれているのね……」
その目は今の宿の状態を見ているのと同時に、家族で住んでいた頃のことを思い出し、当時の思い出にふける様子が窺えた。約八年前までこの宿に住んでいた彼女にとっては、宿のどこもかしこも思い出だらけで、過去と向き合わざるを得ない環境であることは間違いなかった。それが分かっていただけに、ビアンカとしてはこの宿に泊まることにかなりの勇気が必要だった。向き合わなければならない思い出には、亡くした母との思い出が沢山詰まっているのだ。
「ここにいるとお母さんを思い出しちゃうな……。あんなに元気だったのに、風邪をこじらせたくらいで死んでしまうなんて……」
思わず口に出るビアンカの言葉を聞き、リュカは彼女の内包する悲しみに触れ、ただそっと彼女の肩を抱いた。一瞬体を硬くしたビアンカだが、ふっと笑ってリュカを見上げる。
「ありがとう、リュカ。この町に連れて来てくれて」
「僕が君と来てみたかっただけだよ」
三階に上がり部屋に入ると、清潔に整えられた広めのツインルームがあった。華美な装飾は一切ないが、さりげなくかけられた果物の絵などに宿の小洒落た雰囲気が出ている。リュカは部屋に入って中を見渡すと、過去の記憶がほんのり蘇ってくるのを感じた。
「本当だ、ここは父さんと泊まった部屋だ」
「そうよ。こっちのベッドにパパスおじさまが寝ていたのよね。父さんの風邪が移っちゃって寝込んでしまって……。あの時は悪いことをしたわ」
「でもおじさんがすぐにサンタローズから薬をもらってきてくれたし、それに……」
「おかげでレヌール城に行けたけどね。今思い出しても、子供の頃の最大の冒険だったわ。あんなに楽しかったことってないわ」
「楽しかっただなんて、今生きているから言えることだよ。僕たち、もしかしたらあの時死んでたかも知れないんだよ」
「そりゃあちゃんと反省もしたわよ。でもやっぱり楽しかったものは楽しかったの。お化けは怖かったけどね」
ビアンカはそう言いながら持っていた荷物を下ろし、部屋の窓を開けた。南に面した大きな窓を開けると、アルカパの町を一望できる素晴らしい景色が広がる。宿からまっすぐに大通りが延び、町を賑わせる店や町の広場、右手には教会が見渡せる。西日の当たるその景色をしばらく見つめた後、ビアンカは後ろを振り向いてリュカに微笑んだ。
「さあて、日が沈む前に町を見て回らないと。行きましょう、リュカ」
「うん、まずは何か食べに行こうよ」
「そうね、じゃああの時みたいにサンドイッチでも買ってきましょうか」
「いいね、そうしよう」
話しているうちに過去の楽しい記憶が蘇り、リュカもビアンカも自然と笑顔になりながら、町の商店街へと向かっていった。
「広場にプックルを連れて行ってみたかったわね。あの人たちに会わせたらどんな顔をしたかしら」
「今のプックルを見てあの頃の猫だとは思わないだろうね。まるで別人だもん、プックル」
「中身は大して変わっていないようだけどね。甘えん坊のままよ」
「それはビアンカの前だからだよ。君にはつい甘えちゃうんだよ、プックルも」
「も?」
そう聞きながら顔を覗き込んでくるビアンカに、リュカは合わせていた目を逸らし、話を逸らす。
「そう言えばまだ町の教会に行ってないね。旅の途中は必ず教会には寄るものだよね、父さんもそうしていたし」
「あら~? リュカってそんなに信心深いイメージないけど?」
「僕はそうかも知れないけど、でも教会によるとそれなりに気が引き締まるよ。独特だよね、あの雰囲気は」
「そりゃあそうよ、だって神様が祀られている場所なんだもの。気が引き締まるのも当然だわ」
ビアンカの一般的な教会への人間の思いに、リュカは返事をせずにただ視線を落とす。セントベレスの山頂で神を祀るための神殿造りに奴隷として働かされていた経験から、リュカは神を一切頼まなくなった。正義の塊であるような父が殺される理不尽に、リュカは世の中に超越的なものはないものと思っている。
広場で軽食を済ませ、二人は再び商店街を歩いていた。食料品を扱う店の周りは夕食の買い物をする主婦たちで賑わい、子連れで来ている人も少なくない。落ち着きのない子供を叱る母親や、大人しく手を引かれて母の後ろをついていく幼い子供、ようやく歩けるようになったような小さな子供の面倒を見る兄。様々な家族の形が垣間見え、ビアンカはそんな家族の形に思わず微笑んでいた。
「子供って、かわいいね」
呟くように言うビアンカの横顔を見て、リュカはどことなく彼女の本心と遠慮を感じた。ビアンカはそう言ったきり、その後は黙り込んでいる。リュカに返事を求めないその態度に、リュカは何も応えることができなかった。
いつもの元気なビアンカであればその後も言葉が続くはずだった。『私たちにも可愛い子供が授かるといいね』とか、『リュカに似たら大人しい子かな、私に似たらきっとわんぱくかお転婆か、ってところよね』とか、笑いながら話している彼女の姿が想像できる。しかし今の彼女にそんな雰囲気は感じられない。ただ黙ってそれぞれの家族の様子を眩しそうに眺めているだけだ。
リュカはビアンカとずっと一緒にいたくて、彼女と離れることなど考えられなくて、彼女に結婚を申し込んだ。そして一緒になることができ、今は幸せな思いでこうしてアルカパの町を新婚旅行がてらに歩いている。リュカはふと結婚と言うものを改めて考える。その形は千差万別で、決まった形などない。子供をたくさん授かり賑やかな家族になることもあれば、ダンカン夫妻のように実の子には恵まれなかったものの、ビアンカと言う娘を得て大事に育て上げることもある。もちろん、夫婦だけで楽しく一生を送ることも可能だ。互いにその人生を望めば、それは十分に実現できる。
これからも旅を続けるリュカにとって、子供を授かることは避けるべきだと端から思っていた。しかし自分は果たして子供が欲しくないのだろうかと自問すると、当然のように反対の答えが頭に浮かぶ。
彼女との間に子供が生まれたらどんなに可愛いだろう。自分に子供ができると想像するだけで、リュカは泣きそうなほどの幸福に包まれる。ビアンカが呟いた『子供って、かわいいね』という言葉に、リュカは本心では『かわいいに決まってるよ』とでも返事をしたかったのだと気づいた。もしかしたら彼女以上に自分が子供を欲しがっているのかも知れないとさえ思った。
こんな気持ちを亡き父に知られたらと思うと、複雑だった。恐らく父は、自分の人生を優先しろとリュカに言うに違いない。しかし父がそう言うに違いないと思うだけに、リュカはやはり父の遺志を叶えたい思いが強まる。一体自身の中で何を優先させれば良いのか、リュカには分からなくなっていた。
結局、そのまま子供の話はせず、二人は他愛もない話をしながら町を歩き続け、教会に向かった。教会に着くころには東の空に一番星が煌き始めていた。町には明かりが灯り始め、闇に覆われそうになる町を温かく照らす。教会の扉の脇にも既に明かりが灯され、町にいる人々の心の拠り所としてその存在を示している。
扉を開けて中に入ると、教会内部にも点々と明かりが灯され、その明かりに長椅子や祭壇の影が揺れている。静かな教会には何人かの人々が祈りを捧げ、神父と話をしている人もいる。リュカとビアンカも祭壇の前で儀式的な祈りを済ませると、ちょうど同じように祈りを済ませた男性と視線が合い、互いに会釈をした。軽装ではあるが旅装に身を包む華奢な男性の姿に、リュカはどこか浮世離れしたものを感じた。
「こんばんは。あなたも旅をしている方ですか?」
「ええ、まあ。気ままな放浪の旅です。行く当てもなく、行く先で歌を歌い、その土地でのことを知り、世界を知ろうと歩き続けています」
リュカよりも少し背の高い青年で、その細身の体ではとても魔物と戦うことなどできないと思える。しかし彼にはどことなく魔物を寄せ付けない雰囲気が感じられた。それは彼の歌う歌に秘密があるのかもしれない。彼の話し声はまるで女性のように高らかで、聞いているだけで心が澄むような美しい響きを持っている。
「あなた方は恋人同士で旅をされているのですか?」
「あ……えーと……」
「一応夫婦なんです。結婚したばかりなんですが」
言い淀むリュカに代わり、ビアンカが照れながらも青年に答える。初々しい二人の様子に、吟遊詩人の青年は微笑んで「そうですか、それはおめでとうございます」と祝福の言葉をかけた。
「ご夫婦で旅をするなんてどのようなご事情で……いや、お答えになりたくなければそれで良いのですが」
話したくないわけではなかったが、リュカは青年にどこから説明をしたら良いのか少し思い悩んだ。伝説の勇者を捜していること、勇者にしか装備できない伝説の武器と防具を探していること、魔界に連れ去られた母を捜していること。何を説明するにも、まずは父を亡くしたところから話を始めなくてはならないだろうかと思案していると、青年から静かに問いかけてきた。
「誰かをお捜しの旅ですか?」
「えっ?」
「あなたの顔にそう描いてあったものですから。間違っていたらすみません」
「いや、そうなんです。人を捜しています。伝説の勇者を捜しているんです。旅の途中で何か聞いたことはありませんか?」
「伝説の勇者……。話に聞いたことはありますが、私が聞いた話ではいずれもおとぎ話の域を出ないものばかり。とてもお役に立てそうにありません」
「いえ、いいんです。ありがとうございます」
「人捜しの旅と言えば……そう言えば昔、攫われた王妃を捜して旅に出た王様がいたとか」
青年の言葉に、リュカの隣に立って話を聞いていたビアンカが思わず息を呑んだ。吟遊詩人の青年の声に乗る話は、それこそ歌に表れるおとぎ話のようで、どこか現実味がない。しかしその話の内容に、ビアンカは瞬時にして思い浮かぶ一人の男性がいた。
「その後見つけたとは聞きませんから、今も捜しているのでしょう。ロマンティックな話ですね」
「王妃が連れ去られるなんて……何か、あまり考えたくないな」
リュカにとって青年の話は、不安なものでしかなかった。王国を巻き込んだ人攫いは実際にヘンリーで経験している。当時のことなど好き好んで思い出すものでは決してない。思い出そうとすると、悲しみや怒りと言う負の感情が抑えきれなくなってしまいそうなのだ。
そして王様にとっての王妃は、リュカにとってのビアンカと同じで、彼女が連れ去られるなど考えるだけで身震いが起こる。訳も分からず起こる不安を払拭するべく、リュカは咄嗟にビアンカの手を取って強く握った。
「ちょっと、痛いわよ、リュカ」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「大丈夫よ、私はそう簡単に連れ去られるような女じゃないわよ。むしろ呪文の一発でもお見舞いしてやるわ」
相変わらず勇ましい彼女の言葉に、リュカは胸の内に沸きあがった不安をどこかに追いやれた。ビアンカだったら本当に呪文を浴びせかけ、連れ去ろうとした敵を撃退してしまいそうだ。そんな強さが彼女にはある。
「頼もしい奥さんで良かったですね。しかし不安にさせてしまったこと、お詫びします」
素直に頭を下げる青年に、リュカも同じように頭を下げた。青年はまだしばらく教会で祈りを捧げるらしく、リュカたちは彼に別れを告げた。教会にいる他の人々にも話を聞いた後、外が大分暗くなってから教会を後にした。
夜になっても空は晴れ渡り、惜しみない星空が頭上に広がる。月も明るく、町の大通りを歩くには十分な明るさだった。大通り沿いの商店はほとんどが店じまいをし、既に夜の静けさに包まれている。静かな夜のアルカパの町を、ビアンカはリュカと手を繋いで歩いていることに思わず小さな笑い声を漏らした。
「こうして歩いてると、お化け退治のことを思い出すわね」
「本当だね。こんな暗い中、よく子供二人で外に出ようなんて思ったよね」
「子供だったからできたのよ。大して怖いものがなかったんだわ」
「そうかもね。今の方がよっぽど怖いものを知ってる」
リュカは父を失い、ビアンカは母を失い、互いに大事な人を失う怖さを知っている。まだ子供の頃に親を失う恐怖は、まるで自分の半分以上がなくなってしまうようだった。身体が震えるような今その時の恐怖と言うよりも、心に開いた穴から次々に悲しみが溢れ出し、それには終わりがないと言う、先の見えない恐怖に覆われるような状態だった。もしその悲しみに一人で向き合っていたら、恐らく今頃気がおかしくなっていたかも知れない。
しかしそうならなかったのは、リュカもビアンカも一人ではなかったからだった。ビアンカには父がいて村の人々がいて、リュカには共に生きていかねばならないヘンリーがいた。自分を支えてくれる人がいて、そして自分が誰かを支えて生きることは、悲しみに取り込まれることのない日々に自分の身を置くことができる。
大人になるにつれ、怖いことばかりが増えるわけではない。色々なことを知り、怖いことが増えるのと同時に、大事なことに気づかされることも増える。様々な経験を経て、様々な感情を知り、そしてリュカもビアンカも互いに出会い、新たに大切な人を得ることができた。大切な人が隣にいることで心強くなり、もしこの人がいなくなったらと考えると身が張り裂けそうな思いに囚われる。喜びと悲しみは表裏一体のものなのだと、リュカもビアンカも互いの手を握りながら感じていた。
「あの時はドキドキしてたっけ」
「今も十分ドキドキしてるけどね」
「それは違う意味で、でしょ?」
「うん、まあ……そうかな。そうだね」
そう言いながらリュカはふと立ち止まり、ビアンカに向き直る。月明かりは明るく、大通りの人通りは落ち着いていて、辺りはまだそれほど遅い時間でもないにも関わらず静寂と言っても良いほどの静けさに包まれている。驚いたように目を大きくして見上げるビアンカの瞳に月が映り込み、揺れているのをリュカはじっと見つめた。
「ビアンカ……」
リュカの声に、ビアンカは一瞬にして全身が硬直するのを感じた。彼が次に何を言おうとしているのかビアンカには分からない。恐らく彼自身にも分かっていない。何も分からない状況だが、リュカの声が少しかすれていることだけは確かだった。夜の月は静かだというのに、二人は互いに、まるで体の中に太陽があるかのような異常な熱を感じ、出会った目が離せなくなった。
ほんの一瞬の出来事だったのだろうが、二人は耳鳴りがするほどの静寂の時間が延々と続いているように感じていた。伝えるべき言葉は一つだったが、まだそれを素直に伝えるほど、二人の機は熟していなかった。
ビアンカは詰めていた息を無理に吐き、無理に笑顔を作って、この場を脱した。
「そう言えばさっきの教会での話……」
ビアンカのいつも通りの声を聞いて、リュカも安心したように息を吐いていつもの調子を取り戻す。
「あの旅人の? 攫われた王妃を捜してっていう話のこと?」
「そう。あの話を聞いていたら、まるでおじさまのことを聞いたような気になっちゃったの」
ビアンカの言う「おじさま」はリュカの父パパスのことだ。教会で話をしていた旅の吟遊詩人の青年は『ロマンティックな話』と、まるでその話を歌にでもしてしまいそうな雰囲気で話していた。
「まさか、そんなわけないよ」
「でもおじさまがリュカを連れて旅をしていたのは、あなたのお母様を捜すためなんでしょ?」
「だってあの人が話していたのはどこかの国の王様の話だよ。父さんがどこかの国の王様の訳がない」
「そんなこと分からないわよ。だっておじさまは元々、サンタローズに暮らしていたわけではないんだもの。旅をしていて、たまたま立ち寄ったサンタローズに家を構えたって、父さんに聞いたことがあるわ」
「それにしたって、父さんが王様なんて……あり得ないよ」
「そんな風に言い切れる? おじさまってどこか威風堂々としていて、もしどこかの国の王様であっても誰もそれを疑わないと思うわ。サンタローズの村の人たちからも好かれていて、誰からも信頼されていたのって、おじさまのそういうところ……」
「君は……」
遮るように言いかけたリュカの声が強く、ビアンカは思わず口を噤んでしまった。聞いたことのないリュカの暗い声に、ビアンカは恐れを抱くような顔で彼の顔を見上げる。
「君は、僕じゃなくて、父さんが好きなんだろ?」
それは明らかなリュカの嫉妬の感情だった。彼の根底に常にある父への敵対心だった。父に抱く尊敬の念と同じく存在する、暗くじめじめとした、自分でも捨ててしまいたいような嫌な感情だ。いつもは心の奥深くに眠っていて自分でも気づかない感情は、ビアンカだけが引き出すことのできるものだった。
「小さい頃もそうだったよ。君は父さんに憧れてた。僕にも父さんの話をしてって言ってきたのを覚えてるよ。だから君が好きなのはきっと僕じゃなくて、父さんなんだよ」
笑ってしまえばいいような焼きもちだと、ビアンカは思った。しかしリュカの揺れる黒い瞳を見ていると、彼が不安を感じているのだと分かり、笑えることではないと彼女は真面目な調子で語りかける。
「おじさまのことが好きだなんて、当たり前じゃない。だって、あなたのお父さんなのよ。あなたをこの世に生み出してくれた人なのよ。好きじゃないわけないでしょ」
そう言うと、ビアンカはリュカの暗い感情に光を照らすため、彼をきつく抱きしめた。広い背中に回した手で、彼の背中をさすり、宥める。
「だけどね、リュカのことは本当に、どうしようもないくらい、大好き……。おじさまとリュカと、全然違うものなんだよ」
言いながら全身を打ち鳴らすような激しい鼓動をビアンカは感じ、それはリュカにも通じているだろうと思った。しかしこの激しい鼓動で彼の不安が少しでも和らぐのであれば、ビアンカはもっとこの思いを伝えたいと再び強くリュカを抱きしめる。
「……まだ伝わってなかった?」
おどけた雰囲気を見せるビアンカに、リュカは同じ雰囲気を出すことはできなかった。少し体を離して笑顔を見せるビアンカの両肩に手を置くと、そのまま顔を寄せ、口づけた。結婚式の誓いの口づけのような形式的で神聖なものではない、息も詰まるような長い口づけに、ビアンカは目をきつく閉じて彼の強い思いを感じていた。
「そんなに簡単に……伝わるものじゃないよ」
互いの吐息を感じる距離で、リュカはビアンカの水に濡れたような瞳を覗き込みながらそう言う。何度同じような口づけを交わしたところで、自分の想いのすべてが彼女に伝わるとは思えない。それほどに深い感情を伝えきることなど恐らく不可能だと、リュカは困ったように彼女を見つめる。
「私たち、夫婦になったばかりだもの。まだまだ伝わっていないことがあるのも当然よ。でも先は長いわ。ゆっくり進みましょう」
「先は長い、か。……それもそうだね。まだ夫婦って言うのも良く分からないもんなぁ。そのうち分かるようになるのかな」
「きっと誰だって初めはそうなのよ。初めから『夫婦とはこういうものだ』なんて分かってる人、一人もいないわ。それが段々、形になっていくんじゃないかしら」
「いろんな形があるだろうけど、良い形にできるように頑張るよ」
「私も。一緒に頑張りましょうね、リュカ」
「うん。ありがとう、ビアンカ」
いつもの穏やかでにこやかなリュカに戻ったのを見て、ビアンカは内心ほっと胸を撫で下ろしていた。繋ぐ手の力は心なしか先ほどよりも強い気がしたが、それは握り返すことで応じられる。
「……だけど、まさかリュカがあんな……」
「ん? 何?」
「あ、いや、な、何でもないわ。あはは……」
再びあれほど近くで顔を覗き込まれたら体が固まって何もできなくなると、ビアンカはリュカと繋いだ手をぶんぶんと大げさに振りながら、アルカパの宿への道を歩いて行った。リュカは訳が分からないというような顔をしていたが、彼女が楽しそうに手を振って歩いているので、楽しんでいるならいいかと、彼女と同じように手を振って歩いて行った。そんなまだ大人と子供の狭間にいるような夫婦を、星々はまるで笑うように瞬いて見つめていた。
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[…] 「伝えきれない愛情」 […]
ビビ様!
リュカにとって、愛情というものが、まだ分からないんでしょうね。
ほとんどの青春時代をドレイ生活で…。
生きるか死ぬかの瀬戸際の毎日で、恋愛なんていうのが、まったくなかったわけで…。
だから、マリアとビビ様の小説の中で、何かリュカと起きないかなって思ってたのは、ここだけの話で(笑み)
それにしても、ルーラ毎回うまく行きませんなぁリュカ君!
次回は、レヌール城になりますか?サンタローズになりますか?それとも…ラインハットかな(笑み)
次も楽しみにしていますよビビ先生(礼)
ケアル 様
早速のコメントをどうもありがとうございます。
リュカ君にはこれからじっくりと愛情を学んでいってもらいます。
マリアと……と言うのはちょっと考えたこともありましたが、あの時はまだまだリュカは未熟という設定にしておきたかったので、あくまでもリュカとマリアは兄妹のような関係でいてもらいました。マリアとも何か起きてしまったら、もうリュカはモッテモテですよ。ヘンリーが可哀想なので、彼に配慮しました(笑
あ、ちなみに次回のお話もアルカパを予定してます。まだ肝心なところを書いていないので……。