「祖国に還える」(中野五郎 著)を読んで

 

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我が家に様々本がある中、今回はこちらの本を読んでみました。

こちらの本はハードカバーで500ページ超という大作で、本の帯にはこう書かれています。『「実録」アメリカで見た太平洋戦争 開戦前から帰国まで…日本人新聞記者による9カ月の記録』

当時、アメリカに特派員として任務に就いていた新聞記者である中野五郎氏による、日記を含めた実録に基づく記録が収められている本です。流石は新聞記者というだけあって、観察も鋭く、表現にも富み、非常に読み応えのある実録です。このような本を読む際、私が思うのは、当時のことを知るためにはやはり当時のことを知る方が当時の感覚、感情で書くものが最も参考になるものだなということ。その点で、以前に読んだ「肉弾」という日露戦争の一端が描かれた本も、先人の方の想いを知るものとしてはとても良い本だと思っています。

著者である中野氏は、当時の朝日新聞社ニューヨーク特派員。真珠湾攻撃の翌日、著者の泊まる現地のアパートにFBIが踏み込んできて、その場で逮捕されるという不遇に遭います。当然、真珠湾攻撃が起こることなど知らず、しかしそれが起こったことはすぐに知り、何とも潔いようにこれから自身に降りかかる災難を予期して、逮捕の前日にも普通にレストランで知人と夕食を取っていたりします。ある種の、現実逃避にも感じられますが、この真珠湾攻撃よりも以前からかなり不穏な雰囲気はあったようで、中野氏ご自身も本来ならば間もなくアメリカを離れて日本へ帰国予定だったということです。戦争機運が高まり、開戦日時(ゼロアワー)をいかに引き延ばせるか、という現状だったと。それが、その直前に捕まることに……。

逮捕されたのは現地時間で12月8日の午前10時半。真珠湾攻撃があって、その直後ともいえるタイミングです。取り調べ後、その夜にはもうフィラデルフィアへ護送。デラウェア河の対岸の小さな町グロスターシティの荒れ果てた敵国人収容所に拘禁となってしまいます。……これが、戦争という非常事態時の出来事なんだと、驚くよりも、ただただ受け入れるしかないのだなと淡々とした気持ちにもなってしまいます。

そして中野氏は新聞記者としての本領を発揮するように、当時の敵国キャンプでの抑留記を細かく残しています。日記形式でつけられた当時の様子は、中野氏の当時の感情と合わせて、本当に細かく記されています。

敵国キャンプでの抑留生活を中野氏は「陰鬱・単調・不潔」という言葉に表しています。精神的にも肉体的にも堪え難いものだったと。人間として、この3つが揃った時の地獄ったらないだろうなと、読んでいても辛くなりました。南京虫に悩まされ、便所の汚物の臭気が辛かったとのこと…。それだけでもう、“人間”としては扱われていないのかなと思ってしまいます。実際、その面もあったのだろうな…。

このグロスターシティでの抑留生活を約3週間ほど過ごします。ここでの日記が残せたのは、日記帳があったから。ただ、事前の取り調べ時に、所持品の押収などもあり、日記帳などは持ち合わせていませんでした。ではどうやって日記帳を手に入れたのかというと……

このキャンプには酒保という、兵士を相手にする売店があり、そこに働くおばさんに「日記帳を買ってきてほしい」とお願いすると、あっさりと買ってきてくれたようです。後の厳重な所持品検査を恐れ、中野氏は全文英語で日記をしたためるという用心深さを持ちつつ、記者という職種柄の積極性で酒保のおばさんに買い物を頼んでしまうという、その強かさは素晴らしいなと感じました。日記を書くことで、この陰鬱などからも幾分救われた面もあったようです。何かしないとやってられないという感じでしょうか。人間、ただぼうっとは過ごせないですもんね。

食事は囚人に出されるようなものだったけれど、やはりそこでも酒保に頼る場面があり、酒保で牛乳やアップルパイ、オレンジを食べることもあったとのこと。なので、食事の面で滅茶苦茶な空腹に苛まれたことはなかったようでした。ただそれでも、日記に書かれる食事内容を読んでいると、到底普通には耐えられそうもない内容が並んでいました…。囚人と同等のもの、という意味がよく分かります。

約3週間が経ち、今度はフィラデルフィアへ移送されることが決定しました。これが場所としてはかなりのグレードアップ。バージニア州ホットスプリングスのホテルへ。と言うのも、やはり新聞記者という身分が影響しており、日本を代表する外交官の立場が一応重んじられたということでした。ということは一方で、相変わらずの厳しいキャンプ生活を強いられている日本人が多数いるということ。その現実は当然中野氏も分かっており、胸を痛めていました。そして今回移送されたホテルの代金は、日本の資金から払われるから、1ドルも疎かにはできないという思いで過ごしていたようです。

この間もずっと、日本の大使による交換船手配の交渉が進められていました。交換船というのは、戦争が始まり、互いに敵地にて捕らえられてしまった者同士を交換、引き渡すために、互いに船を出して、言わば人質となってしまった者同士を交換しようというものです。その交渉が一度は直前まで決まっていたものの、現地人が敵国の人間は受け入れられないという反対を示して、決まりかけていた手配もキャンセルになったりと、難航していました。いろいろの決定事項というのは、このような細かな調整が必要になってくるのだなと、その景色がよく分かる状況です。

住みよいホテルへと移送された中野氏ですが、むしろキャンプ生活で呻吟していた方が敵愾心が高められると、新たなホテル暮らしに意気地がなくなる恐れを感じていました。他の日本人がまだキャンプで苦しめられているという現実もあり、その胸中は複雑だっただろうと思います。その思いが、こうした細かな日記をつけるという行為にも表れていたのかなと思われます。新聞記者としての誇りもあり、この1分1秒を無駄にはしないと、しっかりとした記録を残そうとしたのではないでしょうか。

ホテルで生活している時には、映画を見ることもしばしばあり、観る映画にもいろいろな感想を書いています。ただ楽しんで映画を見ているなどということはなく、その映画一つ一つにも、敵を知るための情報があるのだと、映画に込められているメッセージにも注意を払うのは流石だなと思いました。

4月4日にまたまた移動となり、西バージニア州温泉保養地ホワイト・サルファー・スプリングスへ。4月半ば頃、新聞が遅配となり、情報はラジオ・ニュースが頼りとなります。いつでも聞けるものではないので、決まった時間に少し聞くだけ。新聞ほどの情報はないということなのでしょう。特に新聞記者にとって情報が得られないというのは、一般人に比べてもとても辛い状況にも思えます。

4月29日、天長節。戦後にこの呼び名はなくなっていますが、これは戦前に用いられた天皇の誕生日の呼称です。天長節。また、皇后の誕生日は地久節と呼んでいたそうです。この一つをとっても、戦前と戦後の違いがはっきりと見えてきますね。天長節であったこの日、午前10時40分からホテルの映画小劇場に婦女子とも全員350名が参集、国歌及び天長節歌を力強く斉唱、と記録されています。野村大使からの式辞もあり、しっかりとした式が行われたのだなとその様子を感じることができます。同日、ニューヨークタイムスが報じるには、米国内の統制経済を強化。実際の日常生活の物価は50%~300%に達するものも出てきていたようです。物価上昇……今の私たちは決して他人事ではありませんね。

大使らの交渉により、交換船の日取りが決定。それに向けて6月10日、ホテルを出てニュージャージー州ホーボーケンへ移動。船の手配もでき、6月18日、ニューヨーク沖合から出港します。米国内で捕まってから半年以上が経っています。途中、アフリカ・モザンビークの港に寄港し、そこで日本からの交換船「浅間丸」へ乗り換え。この時にようやく「日本に帰ってきた」と思えたそうです。しかしまだここはアフリカの港。ここからインド洋を渡っての長い航海が待っています。それでも、浅間丸に乗船し、日本食を口にすれば、日本に帰ってきたと思うのも当然のことだと思います。

ただ、著者である中野氏は当然のように、未だ現地に囚われている日本人への思いを強く持っていました。その思いは、この本の中でも様々な場面に現れています。同胞の苦しみを一つもないがしろにすることなく、その思いは本の最後に書かれている「在米邦人の嘆き」として知ることができます。中野氏が護送されたキャンプは、広くアメリカに点在するキャンプ地の一つであって、他にもいくつものキャンプ地があり、そこでの環境、状況が示されています。緩い所もあれば、厳しいところもある、けれど、総じて日本人に対する当たりは強いように感じられました。当時、日独伊の三国が枢軸国として位置づけられ、米国ら連合国側の敵でしたが、その中でも日本人への敵視は強かったのは間違いないと思われるのは、収容人数にもそれが表れていたためです。現地に暮らすそれぞれの国の人々の人数に反比例する形で、各国の人々が捕まっていたようです。

戦争とはそういうもの、なんて簡単に片づけられるものでは決してないですし、間違ってもそんな言葉一つで収められるものであって良いはずはありません。一般に暮らす人々の中で、戦争が良いものだと考える人など一人もいないと思いますが、実際の戦争での出来事を知る本がこうしてこの世にいくらもあるのですから、目を背けないためにもこのような本を読んでみることをお勧めします。何事も、知らないと言えないですもんね。先ずは、知ること。現代に生きる私たちは、あまりにもいろいろなことを知らずに過ごしていると痛感させられるんです、このような本を読むたびに。

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