かつての場所
深い森の中の景色が既に三日間続いていた。リュカは何度も手に地図を広げながら、オジロンに確認してきたエルヘブンのおおよその位置を都度確かめ、森の中を迷わないよう木々の間に見える太陽や星の位置を見て慎重に馬車を進めていた。地図上ではおおよその場所が分かっているだけで、今目の前にエルヘブンの村が現れてもおかしくない状況だった。しかし周囲には人間の気配はまるでなく、代わりに野生の鳥たちの大きな声や、木々を飛び移る動物たちの姿、そして辺りを住処としている魔物たちの気配があるだけだった。
森の中に馬車を通すのにも一苦労だった。決して人々が旅するような場所ではないため、地面はでこぼこと隆起し、木々が乱立して立っているため馬車が通れるような広い道を選ばなければならなかった。そのため進みたい道から逸れることもあり、その度にリュカは慎重に軌道修正をしていかなくてはならなかった。
グランバニアの周りを囲む森林地帯も広大なものだが、エルヘブンに向かうためのこの深い森もはっきりとした地図がないこともあり、終わりの見えない森のように感じられた。果たしてこれで探索が進んでいるのだろうかと、リュカは森の中を吹き抜ける涼しい風を浴びながらも、こめかみに冷や汗が流れるのを感じた。
「お父さーん、これでいいの?」
馬車からティミーが呼びかける。リュカは馬車の後方に回り、荷台に首を突っ込む。車輪が大きな石の上を通ったらしく、上下に大きく揺れた。しかしそんな揺れにティミーもポピーも慣れており、特別な反応などせずにリュカに地図を見せていた。
「うん、ありがとう、これでいいよ」
リュカは地図の上を指でなぞりながら、そう返事をした。ティミーが見せた地図には深い緑色の点々が書き込まれている。草の汁を地図に垂らして、この辺り一帯の森林地帯を記すよう、リュカがティミーとポピーに頼んでいたのだ。
「この調子じゃ、北の大陸全部がこの緑色で埋まっちゃいそう……」
「本当にこの辺りにエルヘブンがあるのかなぁ。やっぱりあの水のお城がエルヘブンだったんじゃないかな?」
「でもオジロンさんに聞いた位置とは大分違うようだから、あのお城はまた別の場所なんだと思うよ」
一向に森の中を抜け出せない状況に、ティミーもポピーも少なからず不安を感じているようだった。リュカも景色が変われば気持ちもいくらか晴れるだろうと森を出ることを考えたこともあり、少々東に進路を変えたりもしたが、森の景色は変わらなかった。まるで広い森の中で迷子になってしまったような感覚に、リュカ自身も内心不安を抱いていた。とにかくできることは、慎重に方角を確認し、進んだ距離を確認し、地図を作っていくことだと、それだけを考えて馬車を進めていた。
グランバニアの森とは違い、この辺りの森の中には涼しい風が吹いていた。蒸し暑いわけでもなく、寒さを感じるわけでもない。無駄に体力を奪われることのない森の環境に、少なくとも魔物の仲間たちは大いに喜んでいた。三日間森の中を歩き続けているにも関わらず、プックルの足取りは軽い。テルパドールに向かう時、広大な砂漠を歩いていた時のプックルは常に死にそうなほど息切れしており、行軍では馬車の影の中を歩くようにしていた。その時に比べれば、この涼しい森の中の旅は、彼にとっては軽い散歩のようなものなのかも知れない。
リュカは砂漠の景色を思い出しながら、あっと声を上げた。アイシス女王が治める砂漠の国テルパドールには、かつて世界を救った勇者に関する伝説が色濃く残されていた。そして代々、テルパドールは勇者が身に着けていたと言われる伝説の兜を守り続けている。
「ティミー、テルパドールって行ったことがある?」
突然のリュカの大きな声に、馬車の中のティミーもポピーも驚いて父を見た。馬車の後ろから歩いているゴレムスも、不思議そうにリュカの後姿を見つめる。
「テルパドールって……砂漠の国だって聞いたことがあるわ」
「そうそう、前にピエールが教えてくれたんだよね。ボク、行ってみたかったんだけどさ、だ~れも行きたがらないんだよ。どうしてなんだろ?」
「あれ? テルパドールに天空の兜があるって話は聞いてない?」
リュカの何気ない一言に、ティミーもポピーも口をあんぐりと開けたまま、しばし言葉もなく父を見つめた。
「なにそれ! 聞いてないよ! そんな大事なこと、どうして誰も教えてくれなかったんだよ~!」
「ピエールもそんなこと、教えてくれなかった……。秘密にしたいことでもあったのかしら」
テルパドールと聞いて、かつて共に砂漠の国へと旅に出た魔物の仲間たちは一様に、あの過酷な砂漠の旅を思い出すのだろう。一度経験すれば十分で、もう二度とあのような辛い旅などしたくはないと、誰もがそう思うに違いなかった。現に今も、プックルが両耳を伏せて、まるでリュカの話を聞きたくないと言わんばかりの様子で馬車の前の方へと行ってしまった。メッキーも少々気まずい様子を見せながらも、今自分がなすべきは周囲の状況の確認なのだと、宙高くに舞い上がって行ってしまった。共に砂漠の旅をしていないゴレムスは静かながらも、ティミーとポピー同様に興味津々にリュカの話に耳を傾けている。
「……みんなが話さなかった理由が分かったよ、色々と」
テルパドールに天空の兜が伝えられていたことを話せば、勇者として生まれてしまったティミーがいる以上、再びテルパドールに行く必要があることは誰もが理解していたはずだ。リュカが八年間、石の呪いを受け身動きができない状況にある中でも、ティミーを連れてテルパドールを訪れることは可能だっただろう。しかしティミーはまだ子供で、リュカがいないためにルーラでテルパドールを再訪することもできず、砂漠の国に行くためには再びあの広大な砂漠を越えなくてはならないことを考えると、誰もがその旅に躊躇するのは当然だった。
その他にも様々な思いがあったに違いない。テルパドールの民は勇者の再来を信じており、女王アイシスを筆頭として伝説の兜は砂漠の国により代々大切に守られてきた。彼らが伝説の兜を守り続けることに誇りを感じているのは間違いない。かつてテルパドールを訪れた時、この場所ほど安全に兜を守れる場所はないとリュカは思い、魔物の仲間たちも同じように考えていた。
まずはリュカとビアンカを救い出し、幼いティミーやポピーに過酷な砂漠の旅を経験させることなくテルパドールを再訪し、そしてティミーと天空の兜を引き合わせれば良いと、恐らくピエールとマーリン辺りでそのような話がついていたに違いない。
八年の時を経てリュカを救い出し、グランバニアに帰還した際、マーリンやピエールから天空の兜の話が出ていてもおかしくはなかったが、エルヘブンに向かうという話の流れの中で、テルパドールのことをうっかり忘れてしまっていたのだろう。リュカ自身、今の今まで天空の兜のことをすっかり忘れていた。
「無事にエルヘブンを見つけて、オジロンさんたちにも報告ができたら、次はテルパドールに行ってみようか」
「今は? 今すぐ行けるんじゃないの? だって、お父さんならルーラでひとっ飛びに行けるんでしょ?」
「ティミー、ここからルーラでテルパドールに行ったら、もうこの場所には戻ってこられないのよ」
リュカと同じくルーラを使えるポピーは、ルーラの特性をよく理解している。ルーラの呪文はその場所に対する強いイメージがないことには発動できない。人々が暮らす国や町、村などは特徴的な建物や出会った人など具体的なイメージを起こしやすいのに対し、今リュカたちが旅をしているこの森林地帯の一か所にイメージを起こすのは難しい。そのような説明を聞いたことがあるティミーも、ルーラの呪文が使えないながらも呪文の性質を理解しているようだった。
「え? あ、そっか。ちぇーっ、なんだよ、ルーラって不便だな~」
「ルーラを不便だなんて言ったのはティミーが初めてだと思うよ」
リュカはティミーの言葉に思わず笑ってしまった。ルラフェンにいるベネット爺が今頃くしゃみをしているのではないかと、マーリンと歩いたルラフェンの町を思い出す。
「とにかく、この旅がひと段落したら、今度はテルパドールに行こう」
「約束だよ、お父さん!」
「もちろんだよ」
リュカとしては内心複雑な思いもあった。テルパドールを訪れ、天空の兜を手に入れてしまえば、ティミーは更に勇者としての存在を増してしまうのだ。ティミーはその状況を大いに喜ぶだろう。自分が世界を救う勇者だということに、子供ながらも誇りを持っているティミーにとっては、あの変わった形をしている兜を被れることは更なる勇者としての自信を身に着けるに違いない。しかしリュカにとっては、息子を更に危険に一歩近づけることになるのだ。言動も行動も好奇心旺盛で、どこか危なっかしいティミーを徐々に勇者として認めざるを得ない状況に追い込んでいくようで、リュカはまるで気が進まなかった。
馬車の前方を進んでいたプックルが、急ぎ足で馬車へと戻ってきた。敵である魔物がいたというわけではない。しかし何か異状があったのだと、プックルはリュカに知らせに戻ってきたようだ。
「地面に大きな穴が? どういうことだ、プックル」
「いいなぁ、お父さん、プックルの言葉が分かって……」
ポピーが羨ましそうに口を尖らせる横で、ティミーは妹を慰めるように「お父さんとプックルは特別だもん。気にするなよ!」と声をかけていた。
リュカは前方の景色に目を凝らした。森の景色は相変わらず続いており、先に続く道なき道は徐々に下り坂になっていた。馬車が勢いづいて走り出さないよう、リュカはパトリシアの手綱をしっかりと握り、慎重に馬車を進めていく。プックルに続いて前方を確認しに行ったメッキーも興奮した状態で戻ってくると、「キッキー!」とリュカに警告するような鳴き声を上げた。リュカは仲間の声に魔物の存在を感じ、前方のみならず辺り一帯にも気を配りながら前へと進んでいく。
下り坂が続く森の先に、明るい外の光が満ちているのをリュカたちは見た。馬車の中でティミーとポピーがはしゃぐような声を上げる。数日もの間広い森林地帯を進んでいた彼らは、自分たちでも思っていた以上に外の光の世界に焦がれていたようだ。ティミーが喜んで馬車から飛び出し、前に向かって走り出そうとした時、プックルが激しく吠えて彼を止めた。猛獣の声に驚いたティミーは、はしゃぐ気持ちを抑えて妹のポピーと共に馬車の横を歩いて進み始めた。
森を抜けると、リュカたちに強い風が吹きつけた。草原の草はまるで常に強い風にあおられているように地面に寝てしまっている。風には強弱こそあるものの、常に森の方へ向かって吹きつけていた。
そして、目の前の大地が切り取られたかのようになくなっていた。プックルが言っていた大地に大きな穴が開いているという意味が、リュカたちにも分かった。今、リュカたちは断崖絶壁の上におり、下から吹き上げてくる風は誰もその場に近寄らせない力を持っているようだった。強い風の中、リュカは細目を開けてどうにか目の前の景色を見やろうとするが、先には進むべき場所がまるでない。
「お父さん! 何、この風! まるで『ここに近づくな!』って言われてるみたいだよ!」
「メッキーも下には行けないみたいよ! この下から強い風が吹いてるんだわ!」
ティミーの言う通り、強く吹きつける風は『これ以上進むな』と言っているようにリュカにも聞こえた。パトリシアは馬車ごと風に煽られればどこかへ飛ばされかねないため、森の中へ避難している。プックルも地面に寝そべってどうにか風の力を受け流している。メッキーは果敢にも風の中を進もうと上空から滑空しようとしていたが、何かの力に弾き返されるように空中で吹き飛ばされていた。リュカもティミーとポピーをかばいながら前方の景色を確認しようとするが、一瞬きらりと光る何かを目の端に捉えただけで、それが何かは分からないままだ。
唯一、ゴレムスだけが大きな体に風を受けながらも、遠くを見やるように断崖絶壁の淵に立っていた。あまりにも崖の近くにいるゴレムスに、リュカは「ゴレムス! 危ないからもっと下がって!」と呼びかけたが、風の音に消されてしまった。
ゴレムスはまるでその場に留まる石像のごとく、じっと遠くの景色を見つめていた。両足を踏ん張っている辺り、強い風の影響は受けているようだが、目にゴミが入っても目を閉じる必要もないゴレムスは、断崖絶壁の下に広がる景色をしっかりと眺めることができていた。
ゴレムスの目には、かつての記憶と重なる美しい村が映し出されていた。深く深く落ちくぼんだ大地には清らかな川が流れ、その川の上流に、かつてマーサが暮らす村があった。二十数年経った今も、その村の景色はまるで変わらず、ゴレムスの記憶の中の村とぴたりと合致する。
強い風を受けるリュカたちの前に、ゴレムスが立ちはだかり、彼らを阻む風を一身に受けた。風の力が唐突に和らぎ、リュカたちは思わずその場に膝をついて倒れかけた。片膝をつくリュカの前で、ゴレムスが大きな右手を差し出す。リュカはよろけるようにその手に自分の手を乗せると、思わぬゴレムスの思いに触れる。
清らかな流れの川を船で行く。巨大な洞窟の中を船で行く。柔らかでありながらも厳かな笑みを湛える女神像が立っている。洞窟全体がまるで町や村にある教会のような雰囲気に包まれ、辺りを流れる水からも聖なる力を感じることができる。広い洞窟を抜けると、そこには広大な海の景色が広がる。洞窟の入口両側には、誰の手によるものなのかは分からない美しい女神の彫刻が施されている。
「ゴレムス!」
リュカはゴレムスがエルヘブンのことを伝えているのだとはっきりと理解した。そして彼は村への行き方を完全に思い出していた。
エルヘブンは間違いなく、この風に守られた下の地にある。そこがどのようなところなのか、風によって目もまともに開けられないリュカたちには確認の仕様もない。しかしリュカは、一瞬だけこの断崖絶壁の下にある光を目にした。恐らくそこがエルヘブンなのだと、リュカはゴレムスの手から流れてくる過去の記憶に確信した。
メッキーが警告の声を上げる。急いで森に戻れと伝えるメッキーは、同じく上空を飛んでいる魔物の姿をリュカに知らせた。空高く飛ぶ魔物は全身を炎のように真っ赤に染め、リュカたちを警戒心の塊のような目で見下ろしていた。真っ赤な羽根からは時折炎の欠片を散らしており、大きな嘴からも抑えきれない炎が漏れ出ている。森から出ているリュカたちは格好の的となり、火喰い鳥は三体揃って下に向かって滑空してきた。
リュカはティミーとポピーの手を引いて急いで森へと駆けだした。プックルが背に乗れと合図を送るが、三人同時にプックルに乗ることはできない。リュカが子供たちをプックルに乗せて先に逃がせようとしても、プックルに乗るために一瞬でもこの場に立ち止まるリスクの方が大きい。
リュカたちの後ろを、ゴレムスが地響きを鳴らすように駆けていく。それはまるでリュカたちを火喰い鳥らの攻撃から庇う壁のようだった。近くまで飛んできた火喰い鳥が口から炎をまき散らすが、その炎をゴレムスは背中に受け止め、リュカたちを炎から守った。ゴレムスの背中が一部広く焼け焦げ、後ろにぼろぼろと剥がれ落ちていたが、痛みを感じないゴレムスはそのことにも気づいていなかった。
どうにか森の中に逃げ込んだリュカたちは、森の端で待っていたパトリシアと合流した。メッキーの予想通り、火喰い鳥たちは森の中まで追ってくることはなく、森に逃げ込んだリュカたちを険しい顔つきで見つめるだけだった。森の中で炎をまき散らせば、この広大な森林が炎に包まれる可能性もあり、そこまでの破壊的な行動は火喰い鳥たちも望んではいないようだった。この森の中にも多くの魔物が棲息し、彼らの仲間である魔物たちの多くを危機に陥れるようなことはしなかった。
「お父さんはいっつも逃げちゃうんだね」
ティミーが少々悔しそうに森の外に見える火喰い鳥を見つめていた。背中に天空の剣と盾を背負っているティミーにとっては、目の前に現れた敵とは常に戦うものと思っている節がある。相手がどれだけ危険な魔物であろうが、自分は勇者として悪い魔物を倒さなくてはならないという思いが、その小さな身に根づいているのだろう。
リュカはティミーの言葉に図らずも心を抉られた。リュカとしては敵から逃げているつもりはなかった。ただ子供たちを守らなくてはならないと、それだけを考えて行動していた。子供たちを守るための最善の策が、戦わないことだった。戦わなくて済むのなら、戦う必要はない。敵と戦わなければならない場面でも、常に戦わなくて済む方法を頭の端で考えている。
リュカはかつて幼い自分を連れて旅をしていた父パパスのことを思い出してみた。父は常に勇ましく、どれほどの敵が父の前に立ちはだかろうとも、父が負ける気など全くしなかった。リュカは常に父の強さを目にしており、父の強さを信じていた。自分も父のようになりたいと願う気持ちは、今も変わらない。
しかしそんな父でも敵わない敵がいたのだ。幼いリュカが人質になってしまったことがきっかけとは言え、父パパスを死に追いやった憎き敵がいる。父の強さは唯一無二だと信じながらも、その父が敗れてしまった現実を見せつけられたリュカは、この世に絶対ということなどないことを身をもって知っている。いくらティミーが天空の勇者という唯一無二の存在だとしても、その力が脆くも敵の前に敗れてしまうこともないとは言えない。
「逃げて命が助かるのなら、いくらでも逃げるよ、僕は」
火喰い鳥は再び森から遠ざかり、風の影響を受けないほどの高さまで飛んで行ってしまった。
果たして父として、勇者である息子に「敵からはなるべく逃げる」ことを教えることが正しいのかどうかは分からない。リュカは父パパスの背中に憧れ続けながらも、父と同じような背中をティミーとポピーに見せることはないだろうと思っていた。リュカはこの魔物の多くなった世界で、子供たちにいかに逃げるのが大事なのかを見て欲しかった。敵と戦い、命が尽きてしまえば、何もかもが終ってしまうのだ。特に、リュカは世界の平和を導くことを期待される勇者を守るために、自らの命を賭けなくてはならないと悟っている。自分がもし敵に倒されることがあったら、ティミーとポピーに幼い頃の自分と同じ思いを抱かせてしまうことになる。リュカとしては、それだけはどうしても避けたい運命だった。子供たちを守るために命を賭しているとしても、決して自身も死んではならないと強く思っていた。
「お父さんは強いのに……弱いんだ」
「ティミー! なんてこと言うのよ! ティミーには魔物さんたちの声が分からないからそんなことが言えるんだわ!」
「なんだよ、その言い方! ああ、どうせボクには魔物の声なんてわかんないよ! ポピーにだってわかんないときあるだろ! 偉そうに言うな!」
「でも分かろうとすることはできるわ。魔物さんたちだってみんながみんな、悪いわけじゃないのよ!」
「ボクは勇者だ! 悪い魔物をやっつけて、世界を平和にするのがボクのやることなんだよ! 魔物の声がわかんないんだから、とにかくやっつけるしかないじゃないか!」
「そんなの横暴だわ! まずは魔物さんたちの言うことに耳を傾けて……」
「いっくら傾けたってわかんないものはわかんないんだよ! ボクだって、わかりたいのに……わかりたいのにわかんないんだ! どうすりゃいいんだよ!」
ティミーが頭を掻きむしる。ポピーが悲しそうな顔をする。互いに本心が分かっているだけに、互いに救えない心を持っている二人が見ていてもどかしかった。プックルは困ったように少し離れたところからティミーとポピーを見守っている。メッキーも近くの木の枝に体を休めながら「キー……」と力のない声を落としている。
したくもない喧嘩をするティミーとポピーの頭を、リュカは同時に撫でた。赤ん坊の頃に比べれば非常に大きくなった双子だが、二人の身長はまだリュカの腰を越えた辺りだ。彼らはこれからもどんどん大きくなり、その内男の子であるティミーはリュカの身長を越えてしまうかも知れない。
「勇者ってさ、なんなんだろうね。僕はずっと勇者を捜して旅をしてたはずなのに、勇者について何にも考えてなかった」
柔らかいリュカの口調に反発するように、ティミーがすぐさま声を荒げる。
「勇者は悪い魔物をやっつけて、世界を救うんだよ! そんなの、わかりきったことだよ、お父さん!」
「うん、でも、それって誰が決めたの? 神様? あ、でもね、僕は神様って信じてないんだよね」
「お父さん、神様がいないと思ってるの?」
「いるのかいないのか分からないけど、少なくともなんでもかんでも神様が決めてはいないかなぁって思うよ」
「じゃあ誰が決めてるんだろう」
「決まってなんかいないよ、これから決めていくんだよ、みんなで」
当然のように言うリュカの言葉に、ティミーもポピーもその言葉の意味を頭の中で反芻した。勇者として生まれたティミーも、その兄を見てきたポピーも、世界の平和を約束すると言われる勇者のすべきことをこれから決めるなど、考えたこともなかった。勇者のすべきことが決まってはいないのだと言い切る父に、二人は何も言葉が返せず、ただその場に立ちつくした。
「いきなり『世界に平和を』なんて言ったってさ、片っ端からその辺りの魔物を倒していたら、それこそポピーの言う通り、横暴じゃないかな。それにきっと、身体が持たないよ」
「でも戦わなきゃいけないときだってあるよ。そりゃあ、悪い魔物ばっかりじゃないことは分かってるよ。グランバニアにいるみんなを見れば、そんなこと、ボクだってわかってるよ」
「それだけ分かってれば十分だと思うよ。プックルだってメッキーだって、きっとゴレムスだって、初めから『悪い魔物だ』って決めつけて戦ってたら、きっと仲間にはなれなかったと思う。でも、『もしかしたら……』って考えたから、仲間になってくれたんじゃないかな。考えずに敵を片っ端から倒していくのは、僕は勇者のすることじゃないと思う」
「私も……そう思う。お兄ちゃん、世界の平和って人間だけが暮らす世界なのかな。もし魔物さんたちも仲良く暮らせたら、それも世界の平和なんじゃない?」
父と妹の言葉が正しい響きを持っていることは、ティミーにも理解できた。しかし二人が一緒になって同じような事を言っているこの状況に、ティミーは素直に頷くことができなかった。魔物の心に寄り添える特別な力を持った父と、その血を色濃く受け継いだ妹に、ティミーは自分でもはっきりと嫉妬しているのだと気づいていた。
「おとぎ話によるとさ、かつての勇者にも仲間がいたそうだよね」
声も話し方も柔らかいリュカの言葉に、ティミーは視線を合わせないながらも耳を傾ける。
「勇者だからって、一人で抱え込む必要はないってことだよ。きっと昔の勇者だって、仲間たちに支えられながら生きていたんじゃないかな。それってさ、普通の生き方と同じだよ。誰だって、そうやって生きてるんだもん」
「でも、でも、ボクがいなくなったら、世界は平和にならないんだよ! ボクはいなくなれないんだ!」
「じゃあ、僕ならいなくなっても平気?」
「……えっ?」
「ポピーは? プックルは? メッキーだってゴレムスだって、パトリシアだって、誰かならいなくなってもいいのかな?」
「お父さん、やめて! なんてこと言うの!? そんなこと、言わないで!」
リュカの言葉を遮るようにポピーが叫び、両耳を塞いでその場にしゃがみこんでしまった。ポピーは現実的に誰かが敵の前に倒されることを想像したようだった。震えるポピーの隣にリュカは同じようにしゃがみこんで、背中をさすりながら「ごめんね、こんなことを言って」と小さな声で謝った。
「仲間のうち、誰か一人でもいなくなったら嫌だよね。ティミー、お互いにとって、命の重さは同じだよ。世界にとっては勇者が必要でも、勇者には仲間が必要だろ? 誰が一番、なんてことはないんじゃないかな」
勇者としての大義を常に見ていたティミーは父の言葉に、一人で勝手に背負っていた運命が唐突に軽く感じられるようになったような気がした。勇者として自分がどうにかしなければならない、自分は死んではならない、早く世界を平和にしなくてはならないと、勇者としてのあるべき姿だけを追っていたことに気づいた。
「ボクは勇者だけど……お父さんもポピーも、プックルもメッキーもゴレムスも、パトリシアも……みんな大事だよ。誰もいなくなっちゃダメだよ」
「君は勇者かもしれないけど、その前に僕の大事な子供だ。僕は君が勇者だから守るんじゃない。大事な子供だから守るんだよ。そういう……一番大事なことを忘れないでね」
世界は勇者を必要としている。それ故にティミーが生まれた。勇者は唯一、悪を滅ぼせる力を持っているため、勇者をみすみす死なせてはならない。悪を打ち滅ぼすまで勇者は生き続けなければならない。
しかしリュカはそのような大義名分でティミーを守っているのではないと彼自身に伝えたかった。ティミーが勇者だから一緒に旅をしているわけでも、その身を守ろうとしているのでもない。ティミーもポピーもリュカの子供だから、絶対に守り通すのだという強い意志を持っているのだ。ティミーとポピーを必死に守っているのは、妻のビアンカに彼らの成長した姿を目にしてもらいたいからという個人的な思いも当然のように持ち合わせている。いずれにせよ、リュカにとって勇者ティミーは自分とビアンカの子供以上でも以下でもないのだ。
「あ、あとね、大事なことを言ってなかったけど……これから船まで戻るね」
唐突なリュカの決定に、ティミーもポピーも、プックルもメッキーも声も出せずにその場で固まってしまった。船を離れてかなりの日数が経過しているため、突然船に戻ると言われて誰もが思わず戸惑ってしまった。
「ゴレムス、思い出したんだよね? エルヘブンへの帰り方」
ゴレムスの記憶の中に、エルヘブンの景色ははっきりと残っていた。しかしエルヘブンからグランバニアまで移動してきたときのことはおぼろげで、ただ海を長く旅してきた記憶が残っているだけだった。
今、ゴレムスは森の外に広がる断崖絶壁の下の景色を脳裏に思い描いていた。断崖絶壁の下には美しい湖が広がり、その近くにマーサが暮らしていたエルヘブンがあった。エルヘブンは外界と隔絶された特別な場所であり、唯一村の外に出ることができるのは湖から下って行く広い川だった。マーサが閉ざされた世界にあるエルヘブンを出て、外界に飛び出したのは、パパスという若者に手を引かれて行ったのが最初で最後だった。ゴレムスはマーサから『一生に一度のお願い』と請われ、彼女を村の外に連れて行く手助けをし、そしてそのままマーサと共にグランバニアに渡ったのだった。
ゴレムスはリュカに向かってゆっくりと首を縦に振った。何故、今まではっきりと思い出せなかったのかが不思議なほど、ゴレムスの脳裏には海の中の洞窟の、神秘的な景色が広がっていた。その場所があるところも鮮明に思い出していた。船に乗りさえすれば、エルヘブンにたどり着けると、ゴレムスは確信を得ていた。
「じゃあ、船に戻ってエルヘブンに向かおう。多分、今いる場所からの方が近いんだろうけど、ここから先は進めそうにもないもんね」
「がうっ」
「そりゃあ、プックルだけだったらあの断崖絶壁も行けるかも知れないけど、お前だけで行っても意味がないだろ? メッキーもあの風じゃ下に降りられないし……きっとエルヘブンは自然の力に守られているような場所なんだよ。テルパドールとはまた違った形で」
リュカがテルパドールの話をすると、プックルはその時の過酷さを思い出したのか、首をすくめて何も言葉を発せずに俯くだけだった。メッキーも真顔でただ宙を飛んでいる。後ろでパトリシアも嫌な思い出を振り払うように鼻を鳴らした。
「ティミー、地図を見せてくれるかな」
「ルーラで船まで戻れないの? 船ならピエールもサーラさんもいるよ」
「うーん、でも船って移動するからさ。もし船を思い浮かべても、それがグランバニアの近くになるか、テルパドールの大陸になるか、ちょっと自信がないよ。今回止めた場所の景色もあんまり特徴的じゃなかったし、あの場所まで戻れる自信がないなぁ」
「お兄ちゃん、ルーラを簡単だと思わないで」
「なんだぁ、やっぱりルーラって不便だなー」
「言われてみると、ちょっと不便な呪文なのかもね。どこにでも行けるわけじゃないもんね」
元々は古の呪文として封印されていたような特別な呪文なのだが、いざ封印が解かれ、日常的に使えるようになると、それさえも不便に感じてしまうのも分かるような気がした。ティミーにとってはルーラの呪文があまり特別なものには感じていないのだろう。せっかく便利な呪文なのだから、更に便利だったら良かったのにと思う彼の気持ちも大いに理解できた。
「まあ、帰り道も景色を確認しながらゆっくり行こう。地図にも少し書き足せたし、オジロンさんも喜んでくれるよ」
「早く行ってみたいなぁ、エルヘブン。どんなところなんだろう」
「あんなに強い風に守られているおばあさまの村だもの、きっと神秘的なところなんだわ」
すんなり行けない場所だからこそ、ティミーとポピーは好奇心を煽られたようだった。激しい口喧嘩をしてもすぐに元の通り会話ができる二人を見て、リュカは兄妹の間にある不思議な絆を見たような気がした。引き返す馬車の中でも、二人が楽し気に話をしている声を聞きながら、リュカは少し寄り道をして良かったのかも知れないと一人静かに思っていた。
「ありがとう、水も入れ替えてくれてたんだね」
「船が動かない間は腐ってしまうと思いましたので。ちょうど近くに川も流れていて、水の調達にはさほど困りませんでした」
「船に積んでいた食料も腐りそうなものは処分するか、私たちでいただいてしまいましたよ」
「うん、それでいいよ。やっぱりピエールとサーラさんに任せておいて良かったかも」
「そうかも知れませんね。他の者に任せていたら今頃は……いや、考えるのは止めておきます」
リュカたちが大陸を探索中、船での留守を預かったピエールとサーラは日々船の周りや中の備蓄の点検を怠らず、不備があればすぐに対処するようにしていた。海の魔物が侵入しようとしたこともあったが、ピエールとサーラで追い払い事なきを得た、と言うよりも既に他の魔物に船を乗っ取られていたと思ったようで大人しく引き下がったというのが正しかった。
リュカたちも船に戻る途中で木の実を拾ったり、すぐに食べられそうな果物や野草を取ったりしながら、再び始まる船旅に備えながら進んでいた。ゴレムスに確認した海路を見れば、再びひと月以上の船旅が予想でき、それなりの準備が必要だということが分かっていた。馬車で船に戻る途中で魔物に襲われることもあり、集めた食料を取られそうになったこともあったが、怒り狂ったように雄たけびを上げるプックルが食料を奪おうとする魔物を撃退してしまった。本来は肉食であるプックルだが、リュカたちと旅をする中ではまるで草食動物のように草や木の実を食べ、それで特に問題はないようだった。むしろ野生のキラーパンサーとして肉を食している時よりも、身体の調子が良いのではないかと思えるほど、プックルの気力も体力も充実していた。
リュカたちが船に戻ると、それから数時間の内に再び船は海の上を進み始めていた。ゴレムスと海図の上で針路を確認すると、ゴレムスは今度ははっきりと北の大陸の北東地点を指し、そこにエルヘブンに通じる海の洞窟があることをリュカに知らせた。ゴレムスが細い木の棒の先で指し示す場所には当然のように何も記されてはおらず、一体そこに何があるのかはまだ何も分からない。しかしその場所を地図に見たティミーとポピーが「あっ!」と声を上げると、興奮したように二人で話し始めた。
「この辺りってボクたちも旅をしたことがあるよ!」
「そうそう! 確かこの辺りにとても物知りなおじいさんがいるのよ。一人で住んでいて……あっ、猫ちゃんも一匹いたわ」
「こんなところまで旅をしたことがあるんだね。本当に二人が無事でいてくれて良かったよ」
リュカは海に潜む魔物の気配を感じながら、心底そう思った。いかにも力の強そうな半魚人や雷の気配をまとった貝殻帽子を頭に乗せた老人のような魔物、リュカたちが操舵する船ごとひっくり返してしまいそうな巨大な海竜など、海では極力戦いたくない魔物の気配を嫌でも多く感じていた。ピエールたちと相談し、そのような魔物の気配を感じたら極力避けるようにして船を進めていた。幸い、海に潜む魔物もさほど好戦的な魔物ではないらしく、遠ざかる船を追いかけて攻撃を仕掛けるということはなかった。
「お父さんもこの辺りは旅したことあるんでしょ?」
「ううん、ないよ。初めて来た」
リュカがあっさりとそう言うと、ティミーもポピーも驚きながらもどこか嬉しそうな表情を見せた。
「そうなんだ! じゃあこの辺りはボクたちの方が知ってるんだね!」
「前に来たときはね、石化をとく方法を探してた時で、ここのおじいさんがストロスの杖のことを教えてくれたのよ」
「その前にもポピーがヘンリーさんに手紙を書いて、石化をとく杖があるってことを聞いてたらしいんだけどね」
「ヘンリーに手紙!? なにそれ、聞いてないよ」
まさかティミーとポピーからヘンリーのことを聞かされるとは思っておらず、リュカは素っ頓狂な声を上げて驚いた。二人がヘンリーのことを知っているだけでも驚きだったが、手紙のやり取りをしていたなど、想像すらできないことだった。
「お父さんのお友達なんでしょ?」
「どうして知ってるの?」
リュカとヘンリーが知り合いだということは、グランバニアではビアンカ以外知らないはずだった。リュカはサンチョにもオジロンにもそのことを話していない。ヘンリーはラインハットの王子であり、かつての誘拐事件の当事者だ。その誘拐事件をきっかけにラインハットはサンタローズの村に侵攻し、パパスに王子誘拐の罪を着せた一方で、パパスは王子を救出しに行った東の遺跡で魔物に倒されてしまった。一連の出来事のおおよその内容を知っているサンチョにとって、ラインハットは主を奪った憎き敵のような国であり、彼の憎しみに触れないためにもリュカはヘンリーとのことをサンチョに話していない。当然、リュカとヘンリーが親友のような間柄であることを、サンチョは今も知らないままだ。
「……ごめんなさい。お父さんの机の引き出しにあった手紙を、見ちゃったの」
八年前、リュカはグランバニアに到着したことなどを、ラインハットのヘンリーに知らせようと手紙を書きかけていた。グランバニアに着いてからは全てのことが目まぐるしく過ぎ去り、友に出そうとしていた手紙はとうとう出せないまま机の引き出しにしまわれたままだった。それをポピーは見つけ、まだ見知らぬ父には外国に友がいるということを知ったのだった。
「ああ、そういうことか」
「ごめんなさい。悪気はなかったんだけど、見つけたら気になって……」
「そりゃそうだよね。それでもし中を見なかったら、かえって寂しいかも。お父さんって気にされてないんだなぁって」
笑いながら言葉を返すリュカだが、果たして手紙に何を書いていたのかを思い出せず、娘が読んでも良い内容だったのかを考えると気恥しいような気もした。
「何だかヘンリーがティミーとポピーを知ってるなんて、不思議な感じだなぁ」
「ヘンリー様にも色々と調べてもらったりしたの。そのおかげでお父さんを助けられたみたいなものなのよ」
「そうなんだ。そのうちラインハットにも行ってお礼を言っておかないといけないね」
決して素直に礼を受け取るような人物ではないことは分かっていたが、再び命を助けてもらったに等しい友人に礼を述べるのは必要だと思った。幼少の頃も奴隷の生活を強いられる中、ヘンリーがいなければ、到底一人で生き延びることは不可能だっただろう。彼が隣にいてくれたから、今もこうして命が繋がっているのだとリュカはヘンリーのことを思い出す度に心の中で頭を下げるような気持ちになる。
「でもラインハットって行っていいのかな? サンチョってラインハットのことが嫌いなんだよね?」
ティミーはリュカの顔をそっと覗き込むように見上げてそう言った。ティミーとポピーがサンチョの前でラインハットのことを口にしたことがあるのだろう。その時のサンチョの苦々し気な顔が思い浮かぶようで、リュカは思わず小さく唸り声を上げた。
「この旅が終ってグランバニアに戻ったら、僕からサンチョに説明するよ。僕から言えばサンチョもきっと分かってくれると思う」
「お父さんならルーラで行けるのよね。こっそり行って戻ってくるのはダメかしら?」
ポピーの考え方が決してずる賢い考え方ではなく、サンチョの心情を慮ってのことだというのは彼女の声音で分かった。気づかれなければ良いということではなく、サンチョの心に波風を立てたくないという思いやりが感じられて、リュカは娘の優しさに思わず微笑む。
「うん、でも僕はやっぱりはっきりと伝えておいた方がいいと思う。もし僕たちがこっそりラインハットに行ったことを後からサンチョが知ったら、きっと悲しむよ。だから、ちゃんと僕から話すね」
「じゃあ、じゃあ、その時はボクたちも一緒にラインハットに連れて行ってくれるんだよね? テルパドールにも行けるし、ラインハットにも行けるんだ~。行ったことがないから楽しみだな~」
ティミーの弾んだ声に、リュカはふと気づいた。テルパドールへは勇者であるティミーを連れて行く必要があるが、ラインハットへはリュカ一人で行っても特に問題はないはずだ。
「お手紙のやり取りをしていたのは私よ、お父さん。私もラインハットに行ってご挨拶するのが“スジ”ってものだと思うわ。それに私が行ってお兄ちゃんが行かないっていうのもおかしいと思う。私たちはいつでも二人で一緒にいるから、別々に行動するのはおかしいわよね。お兄ちゃんだって納得しないだろうし。グランバニアの王として王子と王女を紹介するのにもいい機会だと思うな」
ポピーは時折、リュカの頭の中を覗いているかのような鋭い発言をすることがある。今も考えていたことが言葉に出てしまったのかと思うほど、ポピーはリュカの気持ちに反論するような言葉を畳みかけるように返してきて、リュカは思わず息を呑んだ。
「あ、うん、そうだよね。エルヘブンへの旅が無事に終わったら一緒に行こうね」
「はいっ! わーい、楽しみっ!」
ポピーも弾んだ声を出すと、隣にいたティミーと両手を合わせて二人で喜びを表していた。リュカの近くをうろつくプックルも、パトリシアに水を飲ませてきたピエールも三人の会話を耳にしながら落ち着かない雰囲気を醸していることにリュカは嫌でも気づいた。プックルもピエールもこの十年近く、ヘンリーとマリアに会っていないのはリュカと同じだった。特にピエールと、今はグランバニアで国の防衛についているスラりんとガンドフは、ラインハットに行くことを聞けば一緒に行きたいと思うのは当然のことだ。
「大丈夫。プックルもピエールもその時は一緒に行こう」
「がうがうっ」
「リュカ殿がそう仰るのでしたら、仕方がありません。お供いたします」
プックルは再びヘンリーをからかえると喜び、ピエールは素直ではないながらも決して拒むことなく、ラインハットへの同行を受け入れた。
「ただ、この旅が無事に終わってからのことですから、まずはエルヘブンへの旅を無事に終わらせなくてはなりませんね」
「もちろん。でもみんながいてくれれば、この旅も絶対に大丈夫……」
リュカがそう言いかけた時、船が大きく波に揺られた。近くで鯨か魔物かが暴れたのだろうと、リュカたちは一斉にそれぞれの配置につく。ずっと変わらず船尾から様子を見ていたゴレムスが、右舷側を手で指し示した。それを確認したリュカは、先に走り出したティミーとポピーを全速力で追いかけながら、今はまだテルパドールのこともラインハットのことも考える余地はないのかも知れないと思っていた。
Comment
bibi様。
まさか、こんな気になる所で小説を切っちゃうなんて…読者の心を揺さぶって来ますねぇ!
まさに次回は戦闘から始まるフラグたっぷりですな(笑み)。
エルヘブンの場所をあのような描写で表すなんて面白いですね。
風で守られている!…なるほどねぇ!
あの民たちなら、可能にできなくもないバリアになりますね。
今回のことで、ティミーの中のわだかまりが排除されていればいいですね。
勇者の使命を持って戦う…。
親の気持ちと勇者の使命のギャップ。
魔物は全て悪くない。
でも…bibi様、ひくいどりは明らかに殺しに行きましたよね。
あれは、悪い魔物にはならないのでしょうか?
う~ん…なかなか難しい問題ですな。
bibiワールド小説無いで、ポピーはサンチョにストロスの杖のことを話していないんでしたでしょうか?
サンチョと双子の旅が始まったきっかけは、ストロスの杖ではなかったでしょうか?
ポピーがヘンリーから聴いた話だということをサンチョに話をしたから、双子とサンチョ旅が始まったように記憶していますが…間違って認識していたでしょうか?
確認のためにも、お聞きしておきたかったので…。
めんどくさい質問ごめんなさい。
次回は、戦闘と海の洞窟ですね。
でも、あの女神像には、最後の鍵がなければ行けない場所になっています。
ゴレムスの記憶どおりには行かない可能性もありますが、このあたりの描写がきになりますな。
次回も楽しみにしています!。
ケアル 様
いつもコメントをどうもありがとうございます。
お話をぶった切るのは、続きが上手く思いつかないから……なんて^^; ひどい作者ですみませんm(_ _)m
火喰い鳥は悪い魔物でしょうねぇ。悪い魔物も世界には多くいる……というか、多分ほとんどがそうかも。
悪い魔物ばかりとは限らない、ということでご解釈くださいませ~(汗)
サンチョには双子からヘンリーのことを伝えていますが、リュカから直接は聞いていないため、まだサンチョはあまりヘンリーのことを知りません。
ストロスの杖について協力してもらっていることには感謝しているにしても、サンチョは依然としてラインハットが嫌いです。ということにしておいてください^^;
あ、海の洞窟の女神像って最後の鍵がないと行けないんでしたね。訂正訂正……。
子供との生活もあり、なかなか書く時間の捻出が難しいですが、頑張って続きを書いて参ります^^ しばしお待ちを~。
bibiさん
ラインハットに行く事が決まって喜ぶ双子が可愛い( ´∀` )
行方不明の親友の娘からの手紙…、ヘンリーは心底驚いたでしょうね…(笑)
リュカの書きかけの手紙は一緒に送ったりはしてないのでしょうか?
何にせよヘンリーとの再会と初対面が楽しみですね…!
ピピン 様
いつもコメントをどうもありがとうございます。
ヘンリーはそろそろグランバニア王が八年ぶりの帰還をしたことを知らされるころかも知れません。
書きかけの手紙はまだ引き出しの中に……見知らぬ父であるリュカの手紙を勝手に送るのはマズイかな、とポピー辺りが考えたように思います^^
またラインハット編には力が入りそうです。私も今から楽しみです^^