妖精たちと神の化身
無事にテルパドール東のオアシスにルーラで到着した後、リュカは魔法のじゅうたんをどれほど広げられるのかを試してみた。するとじゅうたんは際限なく広がり、まるでテルパドールの砂漠全体を覆ってしまうのではないかと思うほどの勢いで大きくなったため、リュカは慌ててじゅうたんに手を当て、元に戻るように言葉で伝えた。魔法のじゅうたんはリュカの指示に従順に、速やかに元の大きさに戻り、リュカの手の中に収まった。
オアシスに住んでいる老人は今も健在で、リュカが魔法のじゅうたんを広げる光景を目の当たりにすると、ひっくり返って驚いていた。老人も立派な織物を作る職人だが、さすがに伸び縮みするようなじゅうたんは見たことがないと、魔法のじゅうたんを恐る恐る触れ、その感触を確かめたりしていた。
オアシスの老人はリュカの魔物の仲間のことも覚えていた。マーリンがいないことに少々寂しそうだったが、ピエールと話をし、プックルの背中の赤毛を撫で、初めて見るミニモンやマッドを物珍しそうに見て、この砂漠にも生息するキングスライムの姿を見ると思わず警戒した。キングスが穏やかに揺れているだけなので、老人は納得したようにキングスに近づき、「一度触ってみたかったんじゃ」と言って、キングスの大きな水色の体をつついたりしていた。
リュカは二人の子供たちも紹介し、これから中央の大陸を目指すことを伝えると、不安そうに二人の子供たちを見つめた。しかしティミーの装備品を見ると、みるみる顔色を変えた。
「その兜は……テルパドールに伝わる伝説の兜では……?」
テルパドールから離れたオアシスに住む老人だが、テルパドールに代々伝わる勇者の伝説については知っていた。そしてテルパドールで遥か昔から守られ続けてきた天空の兜についても知っていた。その兜を被るまだ幼い少年を見て、老人はまるで拝むように両手を合わせる。
「とうとう勇者様がこの世に……こんなまだ小さな子が……」
「大丈夫ですよ、おじいさん。かつての勇者も仲間がいたように、この子にも僕たちがいます。テルパドールの先祖も、勇者の仲間だったと聞いています」
「魔物である我々が仲間なのです。これほど心強いことがありましょうか」
「がうがうっ」
「ティミーは小さいけどなかなか強いんだぞー。まあ、リュカには敵わないけどなー」
「おじいさん、ボク、みんなと一緒に世界を救うからね! ボクは勇者なんだから!」
元気な子供の勇者ティミーを見ると、老人は子供を見る目で優しそうに微笑んだ。そして再び両手を合わせてティミーを拝むように目を閉じた。
リュカたちが魔法のじゅうたんに乗ってオアシスを去る時も、老人はテントの外に出て恭しく頭を下げていた。テルパドールの民にとって、勇者という存在は神にも等しいものなのだろうと、リュカは老人の行動を見ながら改めてその心を感じていた。
オアシスを出て、リュカは魔法のじゅうたんの速度を上げた。じゅうたんをまるで庭のように大きく広げているため、パトリシアも馬車も悠に乗ることができ、ティミーやミニモンがじゅうたんの上を走り回っても何の問題もなかった。ポピーも大きなじゅうたんの中ほどに乗っているため、落ちそうになるという不安もなく、魔法のじゅうたんで洋上を移動するのは快適だった。
ただ、じゅうたんの上でマッドが暴れたり、キングスが跳ねたりすると、じゅうたんが大きく波打ってしまい、上に乗る者たちが一斉に宙に放り出される心配があった。実際にオアシスから砂漠を移動している際、マッドが楽し気にじゅうたんの上を跳ねると、じゅうたんの端の方で去り行く砂漠の景色を眺めていたキングスがごろんっと砂漠に放り出されてしまったのだ。それからはリュカが皆にじゅうたんの上で飛んだり跳ねたりするのを禁じ、乗っている時はなるべく真ん中の方に乗ることを勧めた。
洋上を飛ぶ鳥も、魔法のじゅうたんの速さには到底追いつけない。魔法のじゅうたんはそれほど高度を上げられないのが欠点だが、海の魔物がリュカたち人間がじゅうたんの上にいることに気づいても、じゅうたんが速すぎて追いつくことができなかった。リュカはそれを利用して、海の魔物に気づかれた時にはすぐにじゅうたんの速度を上げ、魔物との不要な戦いから逃げ続けた。
テルパドールの東のオアシスを出て二日経った頃、海が一面夕日に照らされる中、じゅうたんの前方を静かに眺めていたキングスが遥か前方に陸地の影を見たとリュカに知らせに来た。ティミーはピエールと剣の稽古をしており、ポピーは一人で真剣に呪文書を読みこんでいたため、キングスの静かな動きに気づかなかった。しかしめざとくキングスの行動に気づいたミニモンがじゅうたんの端につかまりながら前方をみやるなり、大声で叫んだ。
「おっきな塔が見えるー」
ミニモンの声にティミーもポピーもすかさず反応し、前方の景色に目を凝らした。しかし二人の目にミニモンの言うような塔の影は全く映らない。それどころか陸地の影もまだ見えていない。
「何も見えないよ。まだ海が続いてるだけ……」
ティミーがそう言いかけた時、ポピーが夕日を避けるように両手を額にかざし、目を細めて遠くを見つめ、「ううん、お兄ちゃん、陸地が見えるわ!」とはしゃぐ声を上げた。
「でも塔は見えない……かな」
「あっ! ホントだ! 陸地が見えてきた!」
二人がそう言う間に、見えた陸地がみるみる近づき、あっという間に中央大陸の端に到達した。しかしその景色を見て、リュカは思わずじゅうたんを止め、顔をしかめた。
陸地の端から一面、禍々しい雰囲気漂う毒に侵された土地が広がっていた。この辺りを船で航行したことはなかったが、たとえ船で通りかかっても上陸など考えられないような場所だった。遠い昔、この地で激しい戦いがあり、犠牲者が多く出たことで発生した不浄の地なのか、それとも何か強大な者に呪いをかけられ、この地一面が呪われたような毒の地になってしまったのか。何か特別な理由がない限り、これほどの広い地一面が毒に侵されることなどないはずだ。
「ひどいニオイ……うえっ、気持ち悪い」
「一体なんなの、これって……何があったの……?」
ティミーが鼻をつまみながら顔をしかめ、ポピーは眉をひそめながら毒の景色を眺めている。
「リュカ殿、前方は高い山々があるため、たとえこの沼地を超えられたとしても、魔法のじゅうたんで山を越えることはできないでしょう」
「だからー前に塔が見えるんだってー」
ミニモンが駄々をこねる子供のような声で、前方を指差してリュカに訴える。ミニモンが指差す方向には険しい山々の景色が広がるだけだと思っていたリュカだが、良く見ればミニモンは前方の遥か高い位置を指差している。リュカは山々の上に広がる夕日に染まりかけた空を見上げ、口をあんぐりと開けた。
「本当だ……塔だ」
山々の景色の向こう側に、自然ではない人工的な建造物の影をリュカは見た。それも、果てしもなく巨大で、夕日に煌めく塔と思しき建造物からは遠くからでも神々しさを感じられた。決して山の上に建てられているわけではなく、山々では隠し切れない巨大な細長い建造物がリュカたちの目に映っていた。
「お父さん! すぐに見つかったね!」
「でもあそこまでどういったらいいのかな。まさか……山を超えなきゃいけないとか?」
「その前に……とにかくこの広い毒の地をじゅうたんで超えないといけないね。みんな、なるべく息を止めていてね」
非常に広い範囲の毒地が続いていたが、リュカは速度を最大限に上げるよう魔法のじゅうたんによびかけた。幸い、魔法のじゅうたんは毒地の毒気に晒されても勢いを失うことなく、リュカの呼びかけに応じるように速度を上げて毒地を通過していった。通過している最中、パトリシアが首を項垂れ辛そうにしているのを見て、リュカは自分のマントをパトリシアの鼻に当てて彼女の息苦しさを紛らせていた。
毒地を超えた先には広い川があり、その先には先ほど見えていた山地が間近に迫っていた。リュカは西日の明かりを目指すように西に向かってじゅうたんを進ませたが、景色は山や森が続き、リュカたちが乗る魔法のじゅうたんで下りられるような広い平地が見当たらない。夕日が沈みかけた頃、川に沿って北に進んでいたところでようやく広い平地を見つけ、リュカたちは約二日ぶりに魔法のじゅうたんから地面に下りた。
「うわー、何だか変な感じ。身体がぐらぐらするよ」
「船を下りた時のようですね。しかし少ししたらぐらつきもなくなるでしょう」
ティミーが面白そうに辺りをふらふらと歩いていたが、ピエールの言う通り魔法のじゅうたんを下りた時に感じた身体の不安定感は間もなく消えて行った。パトリシアは久々に新鮮な地面の草を食み始めた。プックルは地面の上で伸びをした後、思い切り駆け出したりと、じゅうたんの上では存分に動かせなかった身体を動かし始めた。皆が十分に動けるほどの広さがあった魔法のじゅうたんだったが、激しい運動は禁じられていたため、プックルを初めマッドもキングスも思い切って辺りを踏み鳴らしたり飛び跳ねたりしている。
リュカは辺りの景色を見て、魔法のじゅうたんを元のように小さくたたんだ。魔法のじゅうたんを広げて飛べるような場所はこの辺りしかないようで、陸地には主に森が広がっているようだった。そしてその森の遥か遠くに、どこからでも目にすることができる巨大な塔の姿があった。沈みかける夕日に赤く染まるが、塔そのものが光っているような煌めきも放っている。
「お父さん、すぐに行くのよね?」
ポピーもリュカの隣に立ちながら、同じように南に見える塔の姿を眺めている。
「間もなく日が暮れるけど、少しだけでも進んでおきたいね。休むにしても森の中に入ってしまった方が良いかも」
眼前に広がる広大な森がどのような場所なのかは分からないが、平地で休んで魔物の集団に襲いかかられるよりは、森の中で隠れるように休むのが良いだろうと、リュカはとりあえず森の中に入ることを決めた。ピエールもそれが良いでしょうと賛同し、他の仲間たちにも異論はなかった。
「既に魔物の気配は感じられます。十分用心して進みましょう」
「大丈夫だよ。みんなでかかれば悪い魔物なんてすぐにやっつけちゃうって!」
「ティミー、一人で突っ走るなよ。それに森に入ってもすぐに日が暮れるだろうから、あまり進まないうちに休むことになるよ」
「じゃあ明日に備えてしっかり休んでおくってことだね! 近くにきれいな小川でもあるといいんだけどな~」
リュカに注意を受けながらも、ティミーは再び外の世界を歩けることが嬉しくてたまらない様子だった。ポピーも周囲に感じる魔物の気配を感じながらも、やはり同じように外の世界を楽しんで歩いているのが分かる。二人はグランバニアの王子王女として育てられたにも関わらず、これほど冒険が好きなのは一体なぜなのかと考えると、リュカは思わず妻ビアンカのことを思い出してしまう。
「こういうのにも遺伝ってあるのかなぁ」
一人そう呟くと、リュカは二人の子供を見ながら思わず小さく笑った。
森の朝は静かだった。霧が深く、ひんやりとした空気が漂っていたが、森の中に朝日が届くと、みるみる霧が晴れた。リュカはあまりにもきれいに霧が晴れていく様子に、何か自然とは異なる力を感じていた。
魔法のじゅうたんで素早く通過してきた毒地とは正反対の、清浄な雰囲気が漂う森だった。神様が住まう城に通じる天空の塔が建つ地だからか、この場所には他にはない独特の洗練された空気が感じられた。
森の中には小川が走っており、リュカたちは小川の近くで一晩過ごした。パトリシアが引く馬車の荷台にも水の準備はあったが、魔法のじゅうたんで移動した際に三分の一ほどを費やしていたため、新たに補充した。ピエールとキングスは冷たい小川の水に飛び込み、気持ちよさそうに水浴びをして、主に水でできている身体を潤していた。
「お父さん、どれくらいで着くかなぁ、あの場所」
ティミーが指差す天空の塔は今、朝陽を受けて眩しいくらいに光り輝いている。まともに見ると目が眩むほどの光に、リュカは思わず塔から視線を外し、森の中の落ち着いた景色を見る。
「数日はかかるだろうね。じゅうたんで進めばあっという間だけど。その前に……問題はこの辺りにいる魔物だよね」
「昨日は運よく遭遇しませんでしたが、今日は移動するので魔物との戦闘は必然でしょう」
「あんまり戦いたくないんだよなぁ。向こうもそう思ってくれればいいのになぁ」
「我々の他にこの辺りを探索するような人間もいないでしょうし……覚悟はしておいた方が良さそうです」
ピエールの真面目な意見にリュカは頷かざるを得なかった。リュカ自身、この辺りの魔物は決して油断してはいけない相手だということを雰囲気で感じている。そして何よりもリュカを不安にさせているのは、中央大陸の北側に位置する、ヘンリーとともに十余年の時を過ごした大神殿の地の存在だ。
リュカは北の方角を振り返って眺めた。森の中からでも北に広がる山々の景色を目にすることができる。峻険な山々の景色を見ると、到底人間が自力で登れるような山ではないのは明らかで、恐らく力のない魔物もこの険しい山を登ることは不可能だろう。しかし人も魔物も寄せ付けないような高い高い山の頂上では、多くの人間の奴隷が大神殿建造のために働かされている。
リュカが働かされている頃は「教祖イブール様のため」という目的で、建造が進められていた。しかしリュカ自身、教祖イブールという人物に会ったこともなければ、どのような人なのかという噂すら聞いたことがなかった。今になって考えれば、イブールは当然人間ではなく、魔物なのだろうが、リュカたち奴隷の前には一度も姿を現したことがなかった。
「お父さん、どうしたの? 顔が怖いよ?」
ポピーに話しかけられ、リュカははっと我に返った。ティミーも不思議そうにリュカを見つめ、仲間の魔物たちも不安そうにリュカを見ている。リュカが大神殿の地にいたことを知っているのは、ヘンリーにマリア、そして妻ビアンカだけだった。魔物の仲間たちに話したこともなければ、当然子供たちは知らない。リュカはポピーに笑いかけ、「何でもないよ。さあ、そろそろ行こうか」と力を抜いたような声で言葉をかけた。
森の緑は深く、天空の塔の輝きもしばしば森の木々に隠された。しかし魔物の仕業なのだろうか、ところどころ森の一部が焼かれてなくなっている場所もあった。そこは広場のようになり、丈の低い草だけが生え、景色を眺めて位置を確認するのには適していた。
森の中を歩き続けること半日、リュカたちは近くに魔物の気配を感じるわけではなく、突然人間の言葉で呼びかけられた。
「やいっ! この世の平和を乱すワルモノめ! 我らと勝負だ!」
まさか自分たちが悪者呼ばわりされるとも思わず、リュカは面食らったように木の陰から姿を現した小さな者たちを見つめた。
体はティミーやポピーよりも小さく、人間だったらまだ歩くのがやっとなぐらいの小ささだ。魔物と思われる彼らは四体おり、それぞれ異なる格好をしていた。リュカは彼らを見つめながら、幼い頃の記憶が引っ張り出されるのを感じた。
「確か君たちは……妖精の村の近くにいた……」
「なんと! 我らが妖精と知っているとは……お前、何者だ?」
「あ、でも何か色が違うような気がする。僕が小さい頃に見たのは青い色の妖精だったよ」
「ほほう、そいつらはコロボックル族のヤツらだな。まあ、コロファイターはいつになってもオレには敵わないけどな!」
頭に兜のような黒いものを被る小さな戦士が、そう言いながら高笑いしている。小さな戦士プチファイターが笑う後ろで、小さな僧侶と魔法使いがくすくすと顔を見合わせて小さく笑っている。
「しかしお前ら、妙な取り合わせだな。人間に魔物に、しかも子供まで。一体こんなところで何をしてるんだ?」
四体の仲間のリーダーであるプチヒーローが小さな剣先をリュカに向けながら問いかける。リュカはすっかり打ち解けたように、相手が敵かも知れないということを忘れて答える。
「南にある天空の塔を目指してるんだ。あそこから神様が住む城に行けるって聞いてね」
「……ああ、かつてはそうだったようだ。しかし今、あの塔は……いや、何も言うまい! 行って己の目で確かめるのが一番だ」
「ねぇ、キミたちはどうしてこんなところにいるの? 妖精ってこの辺りに住んでるの?」
リュカが普段通りに話しているのを見て、ティミーも興味をそそられたようにプチット族と呼ばれる妖精たちに話しかけてみた。しかしティミーが前に進み出ると、プチヒーローは素早く身構えて、仲間たちにも一歩下がるように合図を送った。
「お前が身につけているもの……それはかつての勇者が身につけていたと言われる伝説の剣に防具ではないか!」
「そうだよ。だって、ボク、勇者なんだもん。だから装備できるんだ」
ティミーがあっけらかんとそう言うと、プチヒーローは一瞬呆気に取られた後、次の瞬間には悔しそうに歯ぎしりし出した。
「なんだと! 真の勇者は我なり! それでは本当の勇者がどちらか、ここで決めようではないか!」
「あっ! それ、面白そう! いいよ、ここなら少し広いし、勝負できるね。やってみよう!」
「ちょっと、ティミー、そんなこと勝手に決めないでよ。この子たちが危ないじゃない」
ポピーには自分よりも小さな妖精族に向かって攻撃をするなど、考えられないことだった。しかしティミーの意気込みに反応したプチット族の他の面々も既に戦闘態勢に入っており、プチプリーストは状況を見守りつつ、コロマージは呪文の詠唱に入ろうとしている。プチファイターは手にしている斧を振り上げ、ティミーの隣に立つピエールを見据えている。
「さて、リュカ殿、どうしましょうか」
「うーん、まあ、危なくない程度にやってみようか」
「がうっ?」
「あっ、プックルはここで見ていて。こっちの方が数が多いんだから、みんなでかかったら卑怯だよ」
「がう~……」
「え~と、ミニモンにキングスにマッドもとりあえず前には出ないでね。もしあの子たちが危ない状況になったら声をかけるから、それまでは控えていて」
リュカの言葉を聞いて、ミニモンもプックルと同じように「つまらないー」と不平を言ったが、言うことを聞かないで飛び出すようなことはしなかった。地面にドシンドシンと飛び跳ねているマッドには、キングスが寄り添い、宥めている。キングスからマッドへ、リュカの言葉は伝えられたようだった。
プチマージが全神経を集中させ、その小さな身体にとてつもない魔力を帯びるのを感じた。ポピーがその魔力の大きさに思わずその場から動けなくなってしまったが、彼女の前にリュカが立ち、プチマージが発動しようとしている呪文を見極めようとした。しかしその呪文はリュカの知らない、古の呪文だった。
「ザラキーマ!」
可愛らしい声で、恐ろしい呪文が唱えられたことに、リュカだけではなく、仲間たちの皆が感じた。一瞬、リュカたちの視界が真っ暗闇に襲われたが、まるでただの錯覚だったかのように、暗闇は消え去ってしまった。プチマージががっかりした様子で、振った杖を下に下ろした。
「また失敗した~」
「プチマージ! その呪文は最後の最後に取っておけといつも言ってるだろう! うっかり成功したらどうするつもりだ!」
「ごめんなさい~」
プチヒーローに叱られ、しゅんとしていたプチマージだが、すぐに立ち直り、今度は違う呪文の詠唱に入った。
プチヒーローはティミーに向かって攻撃をしかけ、ティミーは天空の剣でその攻撃をかわす。剣と剣がぶつかり合う音が響くが、明らかにティミーの剣がプチヒーローの剣を傷つけ、みるみるプチヒーローが劣勢に追い込まれる。
「なかなかやるじゃないか、お前! 子供のくせに!」
「そっちの方がボクよりも小さいじゃないか。だから悪いなと思って、手加減してるんだよ」
「なんだと~! ふんっ、バカにできるのも今のうちだからな!」
プチヒーローは鼻息を荒くしながら、少々ボロついた剣を自分の前に突き出して身構えた。ティミーはその姿を見て、相手が剣を槍のようにして突き出してくるのだろうかと、左腕に装着している天空の盾を前に出したが、プチヒーローはその体勢のままぶつぶつと呪文の詠唱のような文句を呟き始めた。先ほどのプチマージのように、今度はプチヒーローの小さな身体が魔力を帯び始める。耳鳴りがするような強い魔力に、ティミーは思わずごくりと唾をのみ込んだ。
「アルテマソード!」
プチヒーローの剣から強大な魔力が放出……されなかった。剣にも帯びていた強い魔力は、ただ強いだけでコントロールできるものではなく、持て余した魔力はプチヒーローの剣の真上で放出されてしまった。プチヒーローが電撃を受けたかのように光り、次の瞬間、彼はぷすぷすと全身から煙を出して草地に倒れていた。
「……プチマージにはやるなと言うクセに、プチヒーローはじゃんじゃんやるんですよね、あれ」
プチプリーストがやれやれと言った調子でプチヒーローに近づくと、その身体に手を当てて回復呪文を唱えた。プチプリーストが発動する呪文を見て、ティミーは興奮したようにその場で飛び上がった。
「うわあ、すごい! キミってベホイミが使えるんだね! ボクも使いたいんだけど、まだ使えないんだよ~」
「えっ? そ、そうなのですか? そうすると、ワタシはあなたよりも呪文ができるということ?」
「そうかもね! よーし、ボクも絶対に覚えてみせるぞ!」
プチプリーストが気を良くし、プチヒーローが再び立ち上がってティミーに勝負を挑み、プチマージがまるで花火のようなイオを唱えていた頃、プチファイターはピエールに斧を取り上げられ、なすすべもなくピエールの隣で皆の戦いを見ていた。
「あの人間たちは一体何者なんだ? お前たちはどうして旅をしてるんだ?」
「人捜しですよ」
「人捜し? 一体誰を捜してるってんだ?」
すっかり戦闘意欲を失ったプチファイターに、ピエールは旅の目的を素直に話し始めた。人間の子供たちの母が魔物に連れ去られ、行方知れずの彼女を捜す旅を続けていると聞いたプチファイターは、ピエールの前でおいおいと大粒の涙を流して泣き始めてしまった。
「なんて悲しい話なんだ! そんな健気な子たちにオレらは戦いを挑んじまったってことかよ!」
「……どうしたの、ピエール?」
「いえ、彼に我々の旅の目的を話したところ、このような状況になりました」
リュカが不思議そうに傍に来て問いかけると、ピエールは淡々とそう答えた。プチファイターは涙を力強く拭って、正座をしていたその場から立ち上がると、近くに来たリュカに深々と頭を下げた。
「すまなかった! オレたちは世界平和を目指して旅をしているんだ。ただ今のオレたちでは力が足りないから、この辺りで修行中なんだ」
「どうしてこの辺りなの? この辺りに何かあるのかな?」
「何かあるって、そりゃあここから北の山々に囲まれた深き森にオレらが……」
「あっ! コロファイター! それは言ってはならぬ掟だぞ!」
「はっ! そ、そうだったな。とにかく、オレたちはまだまだ修行を積まなければならないんだ。お前たちみたいな強いヤツらにも負けないような力をつけるためにな」
「ここから北の森に何かあるんだね」
「なっ、何もない!」
「何もないぞっ!」
「何もないのです!」
「なんにもないってば!」
四体のプチット族が声を揃えて否定するので、リュカはそれ以上詳しい話は聞かないことにした。ただ彼らが必死に隠したがっている場所は恐らく、彼らの種族に関係のある場所なのだろうとリュカは想像していた。この大陸には様々な不思議が詰まっているのかも知れない。天空の塔は神様の住む城に通じる塔、プチット族が必死に隠す場所には彼らに関係する場所、遥か北には悪の居城にも見える大神殿。この不思議な大陸に、人間が住む場所は与えられていないのかも知れないと、リュカは自然とそう思った。
「お前たちは南の塔を目指すのだな。くれぐれもその辺りの魔物にやられないように気をつけるんだぞ!」
これ以上リュカたちと戦っても勝ち目はないと悟ったプチヒーローは、仲間の三体を引き連れて森の中の旅を再開した。人間でもない魔物でもない彼らにも、彼らにしかない強味があるのだろう。その強みをリュカは彼らがすぐに森の中に気配を消したことにも感じていた。プチット族には周りの自然と同化する力があるに違いなかった。
「お父さん、またあの子たちに会えるかな?」
「もしかしたら会えるかもね。僕は前にも似たような種族に会ったことがあるし……」
「わたし、もっと色んなお話がしたかったな……。でもあの子たちも頑張って旅をしているんだものね、邪魔しちゃいけないよね」
リュカたちが再び南に向かって森を歩き始めると、その後ろをパトリシアが続き、馬車の横を大欠伸をするプックルがのそのそと歩いている。馬車の幌の上に座るミニモンが「オレもたたかってみたかったなー」とリュカの頭上から不満をぶつぶつと言っていた。
森の中をひたすら歩き続けるが、目指す天空の塔は一向に近づかない気がした。馬車を進めるため、木々が密集している場所を避け、なるべく広い場所を通るようにしているリュカたちは、常に天空の塔の場所を確認しながら歩いている。木々が生い茂り、塔の姿が見えない時には、ミニモンが森の上まで飛んで塔の位置を確認し、リュカに知らせて道を進めていた。
プチット族に会ってから、リュカは常に周りに魔物の気配を感じていたが、魔物らが無暗に襲ってくることはなかった。恐らく敵も、リュカたち人間と魔物が連れ立って歩いている所を見て、襲うべきなのかどうか様子をうかがっているのかも知れなかった。
しかし森の中の開けた場所で、魔物らはリュカたちの前に姿を現した。予想していたよりも大きな魔物だった。木の太い枝を長い鼻でつかみ、力強くへし折って遠くへ放り投げたその魔物は、象のような外見をしていた。しかし身体の色がまるで体中の血管が浮かび上がっているかのような赤みを帯びた色で、顔には両側と額に合計三つの目があり、リュカたちを高みから見下ろしている。巨大な象の姿をした魔物が三体、リュカたちを取り囲んだ。
『我らは神の化身、ガネーシャ』
象の額の目を見ていたリュカは、耳に聞こえる音ではなく、脳に直接響くその声を感じた。自身のことをガネーシャと名乗る象の魔物は、一方的に攻撃を仕掛けるのではなく、リュカたちの心に直接話しかけてきた。リュカだけではなく、ティミーもポピーも、魔物の仲間たちも一様にガネーシャの声が聞こえているようだ。
『我らはあらゆる障害を取り除く』
リュカたちの脳内にそう語りかけながら、ガネーシャの三つ目は鋭くリュカたちを見つめている。人に畏れを感じさせるその目つきに、リュカはガネーシャが神の化身と名乗ることに嘘偽りを感じなかった。
「障害を取り除くのなら、この世界から悪者を取り除くことはできるんですか?」
リュカは畏れを感じながらも、ガネーシャの目を見ながらそう問いかけた。するとガネーシャは苛立ったように長い鼻を振り上げて交信してくる。
『何をもって悪者とするのか』
「僕の妻と母をさらった魔物たち……」
『悪者とは人間……そなたらのことではないのか』
その言葉が耳の中に響いた瞬間、リュカは神の化身を名乗るこのガネーシャという象は、既に魔物と化してしまっていることを悟った。本来は神の化身であり、人々が崇めるような神という存在であったのかも知れない。しかし強大な魔物の力によってその身も魔物と化してしまったのだろう。
「同じ姿をした神様が三体もいるなんて……何だかおかしいと思ったわ」
「お父さん! この象はきっと神様じゃないよ! 魔物になっちゃったんだ!」
リュカと同様、子供たちもその危険に気が付いた。子供たちは神の化身に戦いを挑むのではなく、悪い魔物の力に屈してしまった悪の化身に向かって堂々と身構えた。
「リュカー、こっちからも来るぞー」
ミニモンが小川の流れのある森の奥の方を見ながらリュカに伝える。ボコボコと奇妙な音を立てる地面からは、まるで地面の中に何人もの人が埋まっているかのように、無数の手が伸びていた。身震いするようなその光景に、リュカは挟み撃ちされている今の状況を冷静に考えた。
「ティミー、プックル、それにマッドはこっちで一緒に戦ってくれ。ポピーはピエールとミニモン、キングスとあっちの手の魔物を頼む」
リュカは無数に広がるように見える手の魔物マドハンドたちとの戦いをポピーたちに任せることにした。ポピーはリュカを見ながら戸惑う表情を見せたが、父の意図を組むと、今度は表情に自信を見せてピエールと共に森の中の魔物と対峙した。
「お父さん、ポピーをあっちに行かせていいの!?」
ティミーもいつも隣にいる双子の妹が別行動を取ることに、不安を隠しきれなかった。戸惑う心が天空の剣にも伝わったのか、いつもより鈍く光っているように見える。
「ポピーは呪文が得意だ。あれほどの数の魔物を倒すには、呪文で一気に攻めた方がいい」
リュカがティミーに短く説明している間にも、プックルがリュカの横から飛び出し、ガネーシャに飛びかかって行った。プックルも巨大な虎のような魔物だが、相手は巨大な象の魔物だ。身体の大きさを比べれば、圧倒的にプックルの方が不利だった。
しかし象の魔物は俊敏さに欠けている。プックルは鋭い爪で象の体をひっかいては飛び退くという、相手に攻撃をさせない状況に持ち込んでいた。リュカもプックルの攻撃の合間を縫って攻撃を仕掛けられるよう、剣を構えて飛び込んでいく。
ティミーはポピーを気にしながらも、猛進してくる巨象に天空の剣を向け、巨象の突進攻撃をかわしながら剣で鋭く切りつける。天空の剣の威力は他に類を見ないもので、分厚い巨象の皮にも深い切り傷をつけた。
痛みに怒り狂う巨象は、子供のティミーにも容赦はしない。逃げきれなかったティミーの体に長い鼻を巻きつけ、振り上げると、そのままティミーを遠くへ放り投げてしまった。あわや木に叩きつけられるところで、マッドがティミーの体を抱きとめて事なきを得た。
リュカもプックルも巨象ガネーシャに攻撃を仕掛けるも、ひとたび反撃を受けると、そのダメージは計り知れない。危うく巨大な足で踏みつぶされかけた時、リュカはこのまま死んでしまいかねないと、とっさにバギマの呪文を巨象の見つめに向かって放って難を逃れた。リュカのバギマでは巨象に致命的なダメージを与えることはできず、どうしても直接攻撃が必要だった。
その時、リュカは唐突に自分の体がまるで見えない鎧を着こんだような厚みを感じた。プックルも不思議そうな顔をして自分の体を見廻している。マッドも「ぐおん? ぐおん?」と戸惑ったように自分の腹を見つめた。
「お父さん! これで大丈夫だよ! 本当の『神のご加護』だから!」
ティミーが防御呪文スクルトを唱えたのだとすぐに分かった。ガネーシャという神の化身であった魔物が今までに呪文を一度も使っていないところを見ると、魔物らは呪文を一切使うことができないのだろう。ただその巨体に任せて力を振るい、敵をなぎ倒すのがガネーシャの戦い方だ。
リュカはティミーの唱えたスクルトの加護を受けながら、再び巨象に向かって行った。長い鼻の攻撃を受けても、少し押し返される程度でダメージを受けることはなくなった。剣を斜めに切り上げ、巨象の長い鼻を切り落とすと、魔物は耳が壊れそうなほどの叫び声を上げた。
マッドが青い竜の羽ではばたき宙に浮くと、羽の動きを止めて滑空してきた。重力に任せて落ちてきた下には、ティミーの剣の一撃を受けて苦しんでいる巨象がいる。マッドは「ぐおーん!」とどこか楽し気に叫ぶと、上空から飛び蹴りを食らわすように両足で巨象の体を蹴り飛ばした。勢いをつけたマッドの巨体から繰り出される両足蹴りの威力は凄まじく、蹴り飛ばされたガネーシャは空中を吹っ飛んで木を数本倒した後、そのまま気絶してしまった。
リュカたちが優勢に立った頃、マドハンド集団と対峙しているポピーたちは苦境に立たされていた。ピエールがイオラの呪文を唱え、ポピーが覚えたばかりのヒャダルコの呪文を唱える。ミニモンがメラミの呪文を唱え、キングスはその巨体でマドハンドの上に飛び乗り、片っ端から潰そうとしていた。
しかしマドハンドの群れは次々と泥の中から出現し、魔物の姿が途切れることはない。マドハンドの上から押しつぶしていたキングスが、逆にマドハンドの手につかまり、泥の中に引きずり込まれそうになった時もあった。しかしポピーが咄嗟にヒャダルコの呪文でキングスを捕まえるマドハンドを氷漬けにして、難を逃れた。
「ポピー王女! お下がりください!」
ピエールがそう言ってポピーをかばい、剣ではなく盾を構える。盾が壊れるほどの衝撃を受けたピエールは、ポピーもろとも地面に吹っ飛ばされた。ポピーがピエールの向こう側に見たのは、マドハンドではなくゴーレムの姿だった。
「どうしてゴーレムがいるの?」
「あいつらが呼んだー。このままじゃもっと呼ぶぞー。どうするー?」
ミニモンがいつもの呑気な調子で宙に浮かびながら忠告する。マドハンドの集団が何やら妙な動きで泥の中を蠢いている。実際に声を上げて助けを呼ぶわけではなく、あの動き自体がゴーレムを呼ぶ呪文のようなものなのだろう。
「ポピー王女、もうひと踏ん張りです。呪文でまずは泥の手の魔物を殲滅しましょう」
「わかったわ!」
ポピーはピエールと共に再び呪文の詠唱に入る。ゴーレムが再び二人に襲いかかろうとする。しかしゴーレムは突然、狂ったように辺りかまわず巨大な石の拳を振り回し始めた。まるで何かに怯えるように、必死に自分の周囲に拳を振り回し続けている。
「あいつ、オレの呪文で混乱してるー。今のうちにそっちをやっつけろー」
ミニモンがゴーレムにメダパニの呪文を唱えていた。ゴーレムは今、頭が混乱した状態で、戦闘には参加していないも同然だった。
「ピエール、同時に放つのよ!」
「はい!」
ポピーのヒャダルコとピエールのイオラが同時に放たれ、マドハンドの群れに襲いかかる。マドハンドの群れは一瞬にして氷の刃に氷漬けにされ、その直後イオラの爆発で砕け散ってしまった。しかしマドハンドの群れ全てに呪文が届いているわけではなく、まだ次々と魔物の群れは泥の中から生まれている。一体何が原因でこの現象が起きているのか、ポピーもピエールも気になったが、今はそれを考えているほどの余裕はない。とにかく目の前の魔物らを全て倒さなくては、戦いは終わりそうもない。
ポピーとピエールの呪文で倒しきれなかったマドハンドの上から、キングスが泥の中を弾むようにして押しつぶしていく。マドハンドの群れは大分減っていたが、代わりにゴーレムが五体、ポピーたちを取り囲んでいた。
「……厄介ですね。いつの間にこんなにゴーレムを呼んだのか」
「でもここで泥の手を放っておいたら、また数を増やしてしまうわ。とにかく泥の手を倒さないと……」
再びポピーとピエールは呪文の詠唱に入る。無防備な二人に向かって、五体のゴーレムがゆっくりと近づく。キングスが呪文を唱える二人をかばうように立ちはだかり、二人とは異なる呪文を唱え始める。キングスの唱えた呪文は、皆に見えない鎧を着せることに成功し、スクルトの加護を受けたキングス自身は表情を変えず、ゴーレムたちの前に立ちはだかったままだ。
ポピーとピエールの呪文が再び放たれる。マドハンドの群れが一斉に倒されていく。取りこぼしの無いようにと、まだ泥の中で動いているマドハンドがいれば、ミニモンが空からメラミの呪文を投げつけて焼いてしまった。
五体のゴーレムと対峙していたキングスだが、さすがに一度の五体を相手にするのは無理があった。スクルトの加護を受けているとは言え、五体から次々と攻撃を受けてしまえば、キングスもポピーとピエールをかばい続けられなくなってしまう。しかしキングスの周りに集まったゴーレムの群れに向かって、ミニモンが宙から飛びかかり、敵の頭の上でゆっくりと息を吐きながら三度ほど回転しながら飛び回った。
一体のゴーレムがその場に膝をついたかと思うと、そのまま地面に大きな音を立てて倒れてしまった。そのすぐ隣でも、もう一体のゴーレムが同じように地響きを立てて倒れた。二体のゴーレムが積み重なるように倒れたのを見て、キングスは残りの三体のゴーレムに向き直った。
キングスが反撃を試みようとした時、一体のゴーレムが突然、強い衝撃と共にどこかへ吹き飛ばされた。キングスが目をぱちくりしていると、近くに着地したマッドが「ぐおん!」と言って、大きな口を開けて笑っていた。
「大丈夫か、みんな!」
「お父さん!」
巨象三体を無事に倒したリュカたちが、苦戦しているポピーたちのところへ駆けつけた。プックルは早速ゴーレムにとびかかり、一体のゴーレムをキングスから引き離した。そこへティミーが天空の剣を振り上げて、ゴーレムの目の部分めがけて飛び込んでいく。プックルとティミーの奇襲により一体のゴーレムが倒されると、キングスも勢いづいて、目の前に残るもう一体のゴーレムに体当たりを食らわせた。ゴーレムはキングスの重々しい一撃を食らって、後ろにあるマドハンドの群れに後ろから倒れ込んだ。おかげで残っていたマドハンド数体を倒すことができた。
「お父さん、まだあっちにいるの!」
「うん、分かってる。あと一回、呪文を唱えられるかい?」
「……うん! 大丈夫!」
ポピーはリュカの目を見て、これが最後の攻撃になるのだと察した。
「ピエール」
「わかっております、リュカ殿」
リュカはポピーとピエールの息の合った呪文の詠唱を見て、自身も呪文を唱え始めた。ポピーのヒャダルコにピエールのイオラで倒し損ねたマドハンドに、リュカのバギマが襲いかかる。氷と爆発の呪文を辛うじて耐えた残りのマドハンドも、その身を真空の刃で切り裂かれ、ようやく全てのマドハンドを倒したようだった。
「リュカー、こっちの寝てるゴーレムはどうするー?」
先ほど、ミニモンの吐いた甘い息で眠ってしまった二体のゴーレムは、折り重なるようにして安らかな寝息を立てている。襲いかかってくる魔物なら倒すのも仕方がないと考えるリュカは、眠っている魔物、しかもゴレムスというゴーレムの仲間がいるという情も湧いて、「いいよ、放っておこう」と言うだけにとどまった。
「いいなぁ、やっぱりボクも攻撃呪文が使えるようになりたい!」
「お兄ちゃんは『勇者』なんだから、それで十分でしょ。なんでもかんでも欲しいなんて、欲張りだわ」
「だってお父さんと一緒に呪文で攻撃できるなんて、カッコイイじゃん」
「お兄ちゃんはお父さんと剣で一緒に戦えるじゃない」
「でもさ~、やっぱりこう、強い攻撃呪文が使えるって、カッコイイよね。ボクも頑張って強い呪文を使えるようになろうっと!」
「マーリンに教えてもらってる呪文はまだできないの?」
「ぐっ……うるさいなぁ! あともうちょっとなんだよ」
「ふうん、そうなんだ」
「あっ! 今、ボクのこと、バカにしただろ! なんだよ、ちょっと呪文が得意だからって、そういうの、『感じ悪い』って言うんだぞ」
「バカになんてしてないわよ! 普通に『ふうん』って言っただけじゃない!」
本当に今の今まで魔物と戦闘を繰り広げていたのだろうかと思えるほど、双子の喧嘩は子供らしく日常を感じさせるものだった。その雰囲気に、リュカは思わず力を抜いたように小さく笑ってしまった。
「ティミーにポピー、そんなに騒ぐとゴーレムが起きちゃうだろ。目を覚まさない内に、この場から離れないと、またいらない戦いをすることになるよ」
「二人とも、コドモだなー」
「あっ! ミニモンまでバカにするなんてひどいじゃないか!」
「……ティミー王子、とりあえずはこの場を離れることにしますよ。ゴーレムが今にも目を覚ましそうです」
ピエールが少し脅しをかけると、ティミーは慌てて両手で口を塞ぎ、反省するように首をすくめた。
「あの泥の手の魔物は水の近くにいるみたいだね。でもなるべく小川の近くを歩いて行きたいから、これからは今まで以上に用心して歩いて行こう」
リュカが静かな声で皆にそう呼びかけると、皆も頷き合って同意した。そしてリュカたちは再び、南に見える天空の塔を目指して馬車を進め始めた。既に夕日に照らされている塔はまだまだ遠く、到着までにはまだ数日かかることしかリュカには分からない。しかし見えている限りはいつしか着く場所なのだと、リュカたちはゴーレムたちが眠る場所を静かに去って行った。
Comment
bibi様。
妖精といっても、まさかbibiワールドの妖精さんたちでしたか(笑み)。
プチ軍団、可愛らしいですねぇしかも、5には無いザラキーマとアルテマソードをぶちかましてくるあたり、やばいんじゃないかと思いきや、なんとまあ笑える落ちですこと(笑み)。
bibiワールドではプチたちは、ポアンやベラと同じ妖精なんでしょうか?。
じっさいにプチたちが出て来るのは封印の洞窟(王者のマント)になりました…でしたっけ?(忘れた)。
久々の戦闘ですね。
あいかわらずドキドキさせてくれる描写です!
ガネーシャにマドハンド、マドハンドと言えばゴーレムとの戦闘。
ミニモン大活躍ですね!
メラミ、メダパニ、甘い息。
ミニモンが居なければ戦闘が危ない方向に行きそうでしたね。
そして、小説だからこそできるバギマ、イオラ、ヒャダルコの呪文の重ね崖は、スカっとする瞬間ですな!。
ちなみに、全てのプレーヤーが経験しているであろうマドハンドのレベル上げ…あれこんきが必要なんですよねぇ…疲れます(笑み。
同じ場所に、はぐれメタルいますが、効率悪くて…。
ティミー、スクルト覚えてもまだ、ベホイミもベギラマも覚えていない設定なんですね。
やはりマーリンから教わるのはベギラマでしょうか…。
しかし、ギガデインを覚えたティミーを今から想像するとニヤニヤしちゃいます。
それにしても兄妹ゲンカ…微笑ましいですねぇ。
ポピーの口調なんかはビアンカそっくり!
ティミー負けないで!
リュカ、まだバギクロス覚えれてないみたいですね。
bibiワールドで早く見たいです。
セントベレス山の大神殿…リュカは、やはり気がつきましたか…。
皆に奴隷時代の話をすること…あるんでしょうか…。
子供たちには刺激が強すぎるように思いますが、話をいつかはしないといけない日が、いつかは来るんでしょうね…。
bibi様、次回は、いよいよ天空の塔になりますか?
塔の中にも凶悪なモンスターいますね。
スライムベホマズン、ソルジャーブルなど…。
次回も楽しみにしています!
ちなみに、スライムベホマズン仲間にしちゃいましょう(笑み)。
最後にbibi様にミニモンのステータスなどを見て貰いたいので、あの有名なドラクエ大辞典から一部を抜粋して、ここにリンク貼りますね。
使おうと思えば最後まで仲間にして連れて行けますね。
とくに呪文の強さがそそられますよ(笑み)。
ケアル 様
いつもコメントをどうもありがとうございます。
プチット族の子たちは可愛いので、再登場いただくかも知れません。
妖精の世界の住人らしいですが、ベラやポワンとは違った妖精族なんでしょうね。しかし自然と寄り添っているところは同じです。
マドハンドは実際のゲームでも、一斉に叩かないとどんどん仲間を呼ばれるので、話の中でも呪文で一斉にカタをつけてみました。
レベル上げには良い相手なんですけどね。
ミニモンの成長はこれから楽しみです。
ティミーとポピーも、どんどん成長するので、リュカが自信をなくさないように気をつけながらお話を書いて行きたいと思います(笑)
奴隷の話・・・子供達にはしないでしょうね。リュカとしてはビアンカに知ってもらっているだけで充分と考えていそうです。
ただ大神殿に行く時、どうなるか・・・まだ私にも分かりません。
天空の塔にも色々な魔物がいるんですよね~。スライムベホマズンを仲間にできたら心強いですね。キングスと仲良くなれるかな(笑)
ミニモンのステータスの情報、ありがとうございます。こやつは本当に強くなりますよね。ポピーと一緒にイオナズンをぶっ放して欲しいものです。爽快だろうなぁ。
bibiさん
そう言えばここでプチット族出るんですよね。
ザラキーマ使うのとか忘れてて一瞬ヤバいと思ってしまいました(笑)
一連のやり取りを想像するだけで微笑ましくて和みました( ´∀` )
そう言えばティミーはまだデインも使えないんですね。
これは一番盛り上がるタイミングで使えるようになるパターンでしょうか…?
リュカとの合体魔法もいつか見れそうで楽しみです…!
ピピン 様
コメントをどうもありがとうございます。
DSでゲームを進めながら話を書いているんですが、プチット族が出てきたときに、思わず仲間にしようと数時間を費やすところでした・・・そんな時間はない(笑)
背伸びした子供そのもの。可愛い。
ティミーのライデインはまだまだ先ですね。しかし子供の成長は早いので、これから一気に伸びるかな。
一番盛り上がるタイミング・・・ふーむ、どこがいいのかしら。考えどころですね。
親子の共闘は燃えますよね。私も書く時にはBGMを戦闘曲にして、のめり込んで書いていそうです。
いつも楽しく見させてもらっています。
いよいよ天空への塔ですね。どのような展開になるのか楽しみです。
凄く今更ですが、DQ5をプレイしていたら、名産品にモンスターチェスがありますね。いろいろ話を聞くと兵士がのめり込んで正気を失ってしまうという。元は大臣が宝物庫から見つけたらしいですが、大臣もチェスの影響でおかしくなったのかもしれませんね。
ところで、名産品等は出さないのでしょうか?話が広がりすぎますかね・・・
ご自分のペースでお体に気を付けて執筆してくださいね。
ナギ さま
コメントをどうもありがとうございます。
そうです、いよいよ天空の塔です。いよいよとも、ようやくとも言えるかも知れませんが・・・(汗)
名産品・・・出してみたら楽しそうなんですが、ご懸念の通り、話が広がって私には手に負えない状態になりそうなので、見送らせてもらっています。力量不足ですみませんm(_ _)m
本編ではなく、短編で扱えたら良いですね。いつか、きっと・・・。
今は幼稚園生の子どもががっつり休みのため、日中の時間は全く使えない状況です^^;
日中は常に何かを話しかけられる状況で、たとえ放っておいても罪悪感しか生まれないので、休み中は色々と諦めて(笑)子供に付き合っています。
とにかく安全に、健康にをモットーに。
ナギさんも今は大変な世の中になってしまいましたが、健康には気をつけてお過ごしくださいませ。
いつも見させてもらっています。
頑張ってください。