竜の宝玉
憎き仇との戦いの中で、体力魔力ともに底を尽きかけていたリュカたちだが、彼らのいる場所は洞窟の地下奥深くだ。静まる地下の邪悪な空間の中では、堀沿いに建てられた石柱の上部に灯る火の音が、上階には相変わらず竜の咆哮が依然として響いている。
ゲマが落として行った竜の目もまた、明るい琥珀色の宝玉だった。既に一つの竜の目がアンクルの腰にロープで括りつけられているが、リュカたちが手に持つにはあまりにも大きいために、やはりもう一つの竜の目もアンクルが持つことになった。二つの琥珀色の竜の目という宝玉を腰からぶら下げたアンクルは、思わず下品な軽口を叩きかけたが、疲弊した仲間たちの前ではその軽口も鳴りを潜めてしまった。
洞窟などから脱出できる呪文をリュカは習得している。しかし最後に放ったバギクロスに残りの魔力を込めてしまい、リレミトの呪文を唱えるには全身から残りの魔力を絞り出しても足りなかった。同様の呪文を使えるポピーはまだアンクルに抱きかかえられたまま目を覚まさない。たとえ目を覚ましたとしても、彼女の魔力も底をついている。スラりんもまた同様の呪文を会得しているが、リュカへの蘇生呪文に全てを注ぎ込み、やはり魔力は尽きている。
「行くしかないよ、お父さん」
ティミーの言葉以外の行動は選択できない。とにかくこの洞窟を抜けて地上へ戻らねばならないと、リュカはサーラとアンクルの状態を確認する。
「行けそう?」
「飛ぶだけならば問題ありませんよ」
「オレも大丈夫だけどよ、あのデカイ竜が襲ってきたら……ちょっとなぁ」
「しかし我々にはもう戦う力はほとんど残っていません。とにかく地上まで逃げ切るしかないでしょう」
そう言うピエールもまた、ゲマとの戦いの最中で幾度となく回復呪文を使い、既に魔力は底をついている。ゲマとの接近戦の中で、ピエールのみならずティミーもまた回復呪文を乱発していた。その上父リュカを救うための蘇生呪文ザオリクに全ての魔力を費やしたために、もうホイミすらも唱えられないほどに魔力はすっからかんの状態だ。
アンクルが抱きかかえていたポピーをサーラに静かに渡す。サーラの片腕に抱え込まれ、手足は宙ぶらりんの不安定な状態であるにも関わらず、ポピーが目を覚ますことはなかった。しかし宙高くを飛ぶ可能性も考えれば、地上階へ抜けるまではこのまま目を覚まさないでいる方が彼女のためかと、サーラは構わずもう片方の腕にティミーを抱える。そして首辺りにスラりんが残りの力を振り絞るようにしてへばりつく。
「しっかりつかまっとけよ」
アンクルの言葉に応えたいところだが、リュカもプックルもピエールも、自らアンクルに掴まれるほどの力が残されていない。またアンクルも三人を同時に掴んで離さないでいられるほどの力はもう出ない。その様子を認めたサーラが一度双子を床に下ろすと、アンクルの巨体にリュカ、プックル、ピエールをそれぞれフック付きロープでぐるぐる巻きにして皆が離れないように固定した。
「このロープには掴む者を助ける作用があるようですから、手でロープをつかんでさえいれば落ちそうになってもきっと助けてくれるでしょう」
「はは……見た目が酷いね」
「……何の罰でしょうか、これは」
「ぐるるる……」
「お前らが文句言うなよ。一番迷惑被ってんのはオレだぜ」
「さて、なるべく目立たぬように参りましょうか」
サーラとアンクルが皆を連れて上階の洞窟の様子を窺えば、離れた場所から竜の咆哮が聞こえた。時折洞窟内が明るく照らされるのは、竜の口から吐き出される炎だ。そのおかげで洞窟内の景色が明滅するように見え、黒い竜の姿が遠くからでも確認できた。
なるべく敵に見つからないようにと、極力静かに、逐一状況を確かめながら進んでいたサーラとアンクルだが、彼らもまた疲れていない訳ではない。ゲマとの戦いの中で体力を削り、翼を広げて宙を飛ぶことに全ての残りの体力を注ぎ込んでいるような状況だ。仲間たちを運ぶ中で、アンクルは特にプックルの重さに辟易していた。宙を飛んで運ぶ仲間の中では特別重いプックルに、思わず愚痴が飛び出す。
「お前さあ、もうちょっと痩せろよ。お前んとこだけロープがたるんじまう」
「がうがうっ」
「プックルが痩せれば、恐らく攻撃力が下がります。あまり痩せない方がよろしいかと」
「それに何となく、見た目も可哀そうなことになりそうだよ。痩せたプックルはあんまり想像したくないなぁ」
揃ってプックルを庇うような発言をするピエールとリュカに、アンクルはこの三人の深い絆を思わず感じてしまった。実際のところ、それらの発言は絆から発するものでも何でもなく、ただ現実的で冗談交じりの感傷があるだけだったが、アンクルは一人勝手に彼らの言葉に熱く涙しそうになっていた。
「あっ! ドラゴンがこっち向いたよ!」
「そりゃあ気づくでしょうね。何せ普通の声量で会話をしているんですから」
そう言いながらサーラはアンクルとその巨体にぐるぐる巻きにされている仲間をじとりと睨む。リュカたちはまだ洞窟の通路を抜けておらず、ティミーと目の合ったドラゴンが通路を進みリュカたちに戦いを挑んでくれば、逃げ場はない。サーラが冷や汗を垂らしながら、口から炎を垂れ流しているブラックドラゴンの様子を窺っている。
通路を進んで向かってくるだろうと思っていたブラックドラゴンはふっとその姿を消した。その目に戦意も認められなかったと、サーラはアンクルと目を見合わせながら慎重に通路を進んでいく。
先ほど、六体の竜たちと戦闘を繰り広げた大きな空洞にまでたどり着いた。そこにはリュカたちを追い詰めるでもなく、むしろ空洞の壁にぴたりと張り付くようにしてリュカたちとは大きく距離を取り、戦う意思はないのだと示すように大人しく直立しているブラックドラゴン二体がいた。メタルドラゴンの姿はなく、どこからか金属がぶつかり合うような耳障りな音が洞窟の中に響いているだけだ。
「僕たちを通してくれるんじゃないのかな」
アンクルの身体にぐるぐる巻きに結び付けられた状態で、リュカがブラックドラゴン二体を交互に見れば、魔物らは更に壁に張り付くようにしてその大きな身体を仰け反らせた。強烈な一撃を食らわせかねない固い尾も床を擦るように下に下ろしている。完全に体力魔力ともに使い果たしたリュカたちを仕留めようと思えば一息に仕留められる状況だが、ブラックドラゴン二体の目にはどこかリュカたちに対する尊敬の念を見て取ることができた。
「そう言えば先ほど、この竜たちは通路の奥へと進みたがりませんでしたね」
「通路の奥に感じていた途轍もない敵の気配が消えたことにも、確かに気づいているでしょう」
ピエールとサーラがそう言うのを聞き、リュカも今の状況を推察する。二体のブラックドラゴンはゲマを退けたリュカたちを、まるで勇敢な戦士を讃えるかのような心持ちでこの場で出迎えたのかも知れないと、そう考えて改めて黒竜の様子を見れば、まさしくその心持ちが当てはまるような魔物の態度が見て取れた。ブラックドラゴンが常に口の中に炎を溜め込み、その明かりを洞窟内に照らしているのも、人間であるリュカのために視界を明るくしようとしているのかも知れない。
「もしできたらでいいんだけどさ」
リュカは静かな洞窟内でぽつりと話し出す。ブラックドラゴンが人語を解するかどうかなど分からないが、自分の目を見ている敵の黒竜は自分の声に耳を傾けていると信じて、リュカは期待を込めて一つのお願いをする。
「僕たちが外に出るまで、前を歩いて行ってもらえると助かるんだけどなぁ」
リュカの言葉を予想していたプックルもピエールも、スラりんもまた、驚くこともなくただ静かにブラックドラゴンの返事を待っている。父の提案にティミーは好奇心を隠せない様子でブラックドラゴンを見つめている。あまりにも相手が手強すぎやしないかと、サーラは固唾を呑んでその場を見守り、アンクルは唖然とした表情で自分に括りつけられているグランバニアの王の頭を見下ろす。
リュカの意を汲むように、ブラックドラゴン二体が歩き出した。大きな太い尾を揺らしている姿は、機嫌のよい時のプックルにもどこか似ている。しかしリュカはその大きな背中に漂う仄かな悲しみに静かに気づいた。
この広い洞窟内、彼らの仲間のブラックドラゴンは他にも存在していた。しかし唐突に洞窟内に姿を現したゲマとゴンズにより、仲間たちはあっさりと打ちのめされた。ゲマの死神の鎌を受けた仲間たちがその姿を忽然と消してしまったという出来事があったのを、リュカたちは知らない。
古くからこの洞窟に棲みつくブラックドラゴンとしては、ゲマとゴンズは余所者であり、縄張りを荒らされる可能性があると分かるや否や、黒竜らは竜としてのその強さを誇りに新参者を排除しようと戦いを挑んだ。しかしあっという間に倒された仲間たちの姿を見て、ブラックドラゴンたちは新参者に洞窟の最深部を明け渡すことになった。彼らにとってもまた、ゲマとゴンズは仇のような存在だったのだ。
その仇を討ってくれたのだと、ブラックドラゴン二体はリュカたちを半ば崇めるかのように適度な距離を開け、どこか恭しく道案内を務めてくれた。メタルドラゴンが襲いかかって来そうになれば、その金属の身体を押さえつけてリュカたちに道を開けた。彼らのおかげでリュカたちは残りの体力を消耗することもなく、難なく地上階にまで出ることができた。
ブラックドラゴン二体はそのまま地下の住処へと戻って行った。今やボブルの塔の正面扉は広々と開いており、扉から覗く景色には朝の気配が感じられた。ほとんど暗闇の洞窟内に棲む黒竜にとって、外の光の威力は凄まじいようで、慌てた様子で洞窟の奥へと戻って行ってしまい、リュカはちゃんと礼を言えなかったと思わず肩を落としていた。
開け放たれた扉近くに、忙しなく動き回る猿の姿が見えた。地下から姿を現したリュカたちを見て束の間時を止めたように動けなかったようだが、それは単にアンクルに人間と魔物がぐるぐる巻きに括りつけられている状態に怯えただけだった。見たこともない特大の合体型の魔物が現れたのかと、塔から解放されて外の世界を楽しんでいたシルバーデビル三体が身体を縮こまらせているのを見て、リュカはサーラに頼んでアンクルと自身とを結びつけているフック付きロープを解いてもらった。
「塔に戻ってきたのかな」
ティミーが青い竜神像に背を凭れるようにしてそう言うと、隣で寝かされていたポピーが僅かに身動ぎを見せたが、ぼんやりと扉付近に固まっている三体の白い猿たちを見ているティミーは妹の意識の回復に気付かない。
「あの猿たちが何か食べ物を持ってきてくれたら助かるのになぁ」
ぼんやりとそんなことを呟く兄のまるで緊張感の無い声に、ポピーは突然怒りが込み上げた。しかし疲れ切った身体を動かすことはできず、ただ小さな声を振り絞る。
「お父さん! お父さんは……!?」
「あ、ポピー、目が覚めたんだね」
近くで聞こえた父の声に、ポピーはまだぼやけている視線を巡らそうとするが、首さえも動かせない。そんな彼女の身体が重力を失ったようにふわりと浮かび上がると、その直後にポピーの身体はリュカの膝の上に乗せられていた。
「ごめんね。まだ回復呪文が使えなくてさ。ちょっと休めばすぐにポピーの傷も癒してあげあるからね」
胡坐をかく父の膝の上に横抱きにされ、背を支える父の手が温かいことに、ポピーの目からは反射的に涙が出る。リュカの服もマントも焼け焦げた痕を残し、後ろに束ねた黒髪も毛先を激しく縮れさせ、父があの巨大な火球の中にいたことが嫌でも思い出される。
「あ! ほら、お父さん! 猿が果物を持ってきてくれたみたいだよ」
ティミーもまた疲れたように青の竜神像の太い首に背を凭れ、いつものような張りのある声ではなくどこかぼんやりとした声でリュカにそう知らせる。リュカもまたティミーと同じように、青い竜神像に凭れて座って、その膝にポピーを乗せていた。そんな彼らの元に、すっかりリュカたちに心を許したシルバーデビルが近くの森で採ってきた果物をいくつか投げて寄越した。シルバーデビルたちはその魔の性ゆえに、神の力を強く秘めているこの青の竜神像には近づくことができず、離れた場所からリュカたちに差し入れの果物を投げて寄越したのだった。
「どうしてここにある果物ってこんなに美味しいんだろうね。これも神様の力ってヤツなのかな?」
「神様ってすごいんだね。自然に生る果物も美味しくしてくれるんだ」
「でもさ、神様の力って封印されてるのに、こういう、果物を美味しくする!みたいな力は発揮できるものなのかな」
「封印されてる力は悪いヤツを倒す強い力だけで、こういう、果物を美味しくする!みたいな力はいつでもどこでも出せるのかも知れないよ!」
「いつでもどこでも出せるなら、お願いすればグランバニアの森にもそう言う場所を作れるかなあ。みんなも美味しい果物を食べたいよね」
「それ、いいなぁ! あ、でもどうやってお願いすればいいのかな。この塔の中でお願いすれば聞いてくれるかな」
「一緒にやってみる? ほら、ティミーは勇者なんだしさ、神様も勇者のお願いは聞いてくれそうだよね。やってみる価値はあるかも」
「…………なんなの、もう」
果たして先ほどまでの死闘は夢か幻だったのだろうかと、ポピーは父と兄が交わす砕け切った会話を耳にしながら呆れたようにそう呟いた。本当にこの二人はさきほどまであれほどの恐ろしい形相で、途轍もない悪魔のような敵と対峙していたのだろうかと、自分は恐らく酷く悪い夢を見ていたのだろうと彼女は心を落ち着けようとした。
「あの猿たちはリュカ殿のためにより美味しい果物を持ってきたのかも知れません」
「ありがたいね。ちょうど喉もカラカラだったしさ。どう? ポピーも食べる? 瑞々しくて甘いよ、これ」
「……いただきます」
しばらくの間、青の竜神像の首の前でリュカたちは休息の時間を過ごした。この階に棲みついていたシルバーデビルらは残らず外の世界に解放され、ボブルの塔周りに群生する木々の間に新しい住処を作り、伸び伸びと暮らし始めている。その中の何体かがリュカたちの様子を見に来て、果物や木の実を気ままに置いていくのだ。塔から解放してくれたリュカたちに恩義を感じているのは間違いなく、疲れ切っていたリュカたちも白毛の猿たちの厚意に存分に甘えた。そして魔物に襲われる心配のない青い竜神像の下で、リュカたちは少しの間眠った。魔物の仲間たちも竜神像の周りで思い思いに身体を休め、リュカたちを目覚めさせたのは扉から入り込む強い朝日の眩しい光だった。
宙を飛ぶことのできるサーラとアンクルがいるのだからと、青の竜神像が立つ傍から飛び立ち、上階の床でもある天井と竜神像との間の隙間を抜けて行こうと思ったリュカたちだったが、その手段は見えない壁に阻まれる形で断念することになった。先を飛んで上に向かっていたアンクルが、いつものようにリュカとプックル、ピエールを力強く連れたまま天井の脇を抜けようとしたところで、見えない天井に強く頭をぶつけたのだ。人にも魔物にも見えないその空間に、階層を自由に行き来することを許さない透明の壁があることを、アンクルは身をもって知ることになった。不意打ちに近い一撃を天井から食らい、アンクルは抱えていた仲間たちを残らず落としかけたが、リュカもプックルもピエールも必死にその巨体にしがみつき、どうにか下の床に叩きつけられるのを免れた。
神の力が封印されるというこの塔は、封印を解く者を人間と定めているのだとリュカたちは塔の構造に感じている。人間は特殊な呪文でも使わない限り、空を飛ぶことなどできない。それ故に宙を自由に飛んで階層を移動するなと言わんばかりに、破れない掟のように階層ごとの区切りが見えない空間に存在していた。
リュカたちは仕方なく、再びサーラとアンクルに留守を頼み、他の者たちだけで地道に螺旋状の階段を上がって行った。いくらか体力も魔力も回復しているが、短い時間の休息で回復した体力魔力はさほどではない。そして上階には確実に敵である魔物らが存在しているのをリュカたちは嫌でも覚えている。
階段を上った先には、金色の半人半馬の魔物が待ち構えていた。しかし敵は一体だ。竜神像を護るように規則正しく立ち並ぶ金色の像がある中、その中でリュカが手を触れてその封印を解いたのはまだたったの一体。全快していない体力でも、仲間たち皆でかかれば十分勝算の見込みある相手だ。
「ここから直接、あっちの竜の像のところに飛び込めないかなぁ」
「サーラ殿かアンクルがいれば、できたかも知れませんが、やはり我々だけでは難しいでしょう」
「スラりんを投げてさ、スラりんに竜の目をはめてもらうのはどうかな?」
「ピッ!?」
「そうよね、スラりん。こんな大きな竜の目を二つもなんて持てないわよね」
「がうがうっ!」
敵が一体だという状況に油断も隙もあったリュカたちに、容赦なく竜巻が襲いかかってきた。ゴールデンゴーレムが放ったバギクロスの呪文が塔の中の広い空間の中を暴れ始めるのを見て、リュカが慌てて同じバギクロスの呪文で応戦する。重なり合った竜巻が異常な威力を放ち、それは空間全体に及ぶほどの威力となった。
皆は塔の隅に身を寄せて荒れ狂う竜巻からどうにか逃れたが、それは一体のゴールデンゴーレムも同様で、反対側の隅に身を寄せて辛うじて竜巻には巻き込まれていない。しかしその代わりに竜神像を囲む金色の半人半馬像が竜巻の中に飲まれると、その中で次々とゴールデンゴーレムの魔物としての封印が解かれて行った。封印が解かれた瞬間から竜巻の中に身を置くために、魔物らは初めから悲鳴を上げていたが、激しい竜巻の中にあってもその身を散らすほど敵も弱くはない。リュカと一体のゴールデンゴーレムが同時に呪文を放つのを止めれば、敵の魔物の数は六体に増えていた。
「どうして呪文をぶつけても孵っちゃうかなぁ」
「……卵から生まれるみたいに言わないでください、リュカ殿」
「卵から生まれたなら、あれって赤ちゃん?」
「どう見ても違うでしょ。あんなイカツイ赤ちゃんがいるもんですか」
「がうがうっ?」
「うーん、ロッキーは卵からは生まれないんじゃないかなぁ。でも確かに生まれた時からちょっとコワイ顔をしてそう……」
リュカの言葉が途切れたところで、広いこの空間内に再び激しい竜巻が起こった。向かってくる巨大な竜巻から逃げるように、リュカたちは一目散に既に見えていた上り螺旋階段に向かって駆け出した。リュカがバギクロスを放っている間に、実は徐々に上り階段に向けて移動していたのだった。トンネル状の螺旋階段の中に入り込んでしまえば、とりあえず敵から避難することができると、どうにか階段の中へと身を滑り込ませた。
螺旋階段の中はプックルが辛うじて通れるほどの狭さで、ゴールデンゴーレムほどの巨体となるとトンネルの中に入ることができない。しかし予想していたように、敵は螺旋階段の中にまで呪文を放ってきたために、やはりリュカたちは階段の中も全力で駆ける羽目になる。
「ううっ、上りは辛い」
「思っていたよりも、長いですね、この階段」
「下りはあんなにダダダーッと下りられたのに!」
「わたし、もう、ちょっと、ムリかも」
「ピーッ! ピーッ!」
「がうーっ!」
へばりそうになるポピーをスラりんが励まし、そしてプックルが後ろから迫る激しい竜巻の勢いに飲まれる自身の尾に危機を感じ、無理やりにでも進むのだとポピーの身体を鼻先で押し上げながら突き進んだ。
まるでポンっと飛び出すように抜けたトンネルの先には、既に魔物が待ち構えていた。目の前に居並ぶシュプリンガーの群れに、リュカは驚いて声も出せず、剣を抜くこともなくただぽかんと口を開けてその姿を見つめた。
リュカたちの前で待っていたのは十体のシュプリンガーらだった。屈強な体つきをした竜族の戦士で、その手には剣と盾が構えられている。しかしそれらはリュカたちに向けられることはなく、ただその姿がシュプリンガーと言う魔物の生きる姿なのだと、彼らもまたリュカたちの前で整然と立っているだけだ。
その内の一体がゆっくりとリュカの前に進み出てきた。言葉を持たないようだが、その身振り手振りでリュカに何かを伝えている。足を手で指し示し、何かを口に入れてもぐもぐと咀嚼する真似をして、最後にリュカに両手を合わせて頭を下げた。他の九体のシュプリンガーらはそのやり取りを後ろで大人しく見守っている。どうやらリュカと無言の会話をしているのが、彼らのリーダーのようだった。
「そう言えばリュカ殿、この者に薬草を渡していませんでしたか?」
ピエールにそう言われ、リュカは必死になって逃げていた時に、敵を油断させるために道具袋から咄嗟に薬草を取り出して敵に投げつけたのを思い出した。あの行動はリュカにとってはただのはったりだったのだが、薬草で傷を癒したシュプリンガーにとっては恩義を感じる行動だったようだ。回復呪文を使うことのできない彼らにとって、一度傷をこさえればそれを治す術はない。時間をかけて自然に治るのを待つしかないところを、リュカの投げた薬草で傷を治せたことに、竜族の戦士は確かな恩を感じたらしい。
「あんな必死な時にそんなことしてたの? やっぱりすごいなあ、お父さんは!」
「お父さんって本当に魔物さんにも優しいわよね。私もそうなりたいなぁ」
「……がう?」
「プックルは余計なこと言わないでいいから。……でもさ、何にせよ助かったよ。もう戦うのは懲り懲りって言うか、お互いにさ、こんなところで戦っても何にも良いことないもんね」
リュカが笑いながらそう言うのを、シュプリンガーたちもどこか穏やかな雰囲気で見守っている。魔物を前に腰の剣すら抜いていない人間を見て、竜族の戦士たちはこの人間は敵に値しないのだと改めて一風変わった人間のその個性を認めていた。
「ピー。ピキキー」
スラりんが皆のところを離れ、中央に大きく開いた穴近くまで移動していた。リュカはスラりんのところまで進むと、その穴から下を覗き込む。
「見えてるんだよね、竜の頭が。でもここから飛び降りるのはちょっと勇気が要るって言うか、無理って言うか……」
「私はこのままどうにか行けるかも知れませんが、両目を持って行かないとダメですよね、きっと」
アンクルがずっと持っていた明るい琥珀色をした宝玉は今、一つをリュカが、一つをピエールが持っている。リュカの頭ほどに大きな宝玉を、アンクルがそうしていたように、リュカは同時にアンクルから受け取ったフック付きロープにぐるぐる巻きにして腰に下げているような状況だ。ピエールは緑スライムが大口を開けて宝玉を飲み込むようにその緑に透き通る身体の中に取り込んでいる。宝玉の重さのせいで、ピエールの動きも少々鈍ってしまっている。階段を上る途中でも、ちょっとした拍子にえずいてしまうようで、何度も口から宝玉を出しかけていた。ピエールが一口に飲み込むには宝玉があまりにも大きいのが原因だった。
「ピ、ピエール! そ、そんな高いところから飛び降りちゃダメよ……」
「それにここから飛び降りたらここには戻ってこられないよ。失敗したら、サーラさんたちがいるところまで落ちちゃうし。いいことなさそう」
「もしかしたらここにも見えない壁のようなものがあるのかも知れませんね」
下を覗き込めないポピーが悲鳴を上げてピエールを止める傍ら、ティミーは下の竜神像の頭頂部を上から見ながら、至って現実的な悲劇を想定して口にする。階層ごとに区切りがあるのならば、この場所にも見えない壁がある可能性をピエールが指摘する。
リュカたちが床に開く大穴を前に唸っていると、リュカが助けたことになっているシュプリンガーが身振りでリュカたちに合図を送る。彼が指し示す場所に目をやれば、大穴が空く床の一部が出っ張っており、そこに何か光るものがあるのが見える。十体のシュプリンガーに案内される妙な状況に少々困惑しつつも、リュカたちは大人しく彼らが隊列を組むようにして並び歩く後ろをついて行った。
突出した床には見覚えのある輪状の金具が床から飛び出ている。その輪がまるでリュカが腰に巻きつけているフック付きロープに呼応するように仄かに光り、応じるようにリュカの腰から下がっているフックも同じように仄かに光っている。
「ここをロープを使って行けってこと?」
リュカたちを案内したシュプリンガーとしては、そこまで具体的な意図があったわけではなかったようだ。ただこの階層に棲みつく竜族の戦士は規則正しい四角の大穴の一部に、一つの妙な金具が飛び出ていることを知っていただけだった。彼らもまた幾度となくその金具を使って下の階層への移動を試みた過去があった。しかし魔物である彼らはあくまでも青の竜神像に近づくこともできず、大きく開いた穴から発せられる神々しい波動を身体に受ければ、身を引き裂かれそうな痛みに襲われてしまうのだ。それ故に、彼らは背に大きな翼をもつにも関わらず、この大穴の上を飛び越えて移動することができない。
シュプリンガーたちが見守る中、リュカは腰に巻き付けていたフック付きロープを外して、フックを輪状の金具に引っ掛けた。琥珀色の宝玉は濃紫色のマントを袋状にして、その中に包み込むように入れ、首の後ろに引っ掛けるようにして背負う。既に呼応していた二つの金具は互いに触れあった瞬間に光を強くし、明確にリュカたちを下の竜神像へと誘った。
「これはもう、ここから行けってことだよね」
「うわー、面白そう! ここから真下に行ったら、ちょうど竜の顔に下りられそうだよ」
「……私、ここで待っててもいいですか?」
「がうがう」
「王女、我々が支えますから頑張って一緒に参りましょう」
「ピッピッ!」
この場所を教えてくれたことに対してリュカが礼を述べると、シュプリンガーは生まれて初めて礼など言われたと感激した様子で目を潤ませ、ロープを使って下へ降りて行くリュカたちを応援するように見送った。ポピーは半泣きになりながらも、下を行くピエールに支えられる状態で下り進むことができた。
巨大な竜の顔部分に降り立ったリュカたちを追いかけるように、ロープは自ら輪状の金具からフックを外し、勢いよく下りてきた。このボブルの塔に入り込む際、塔の頂上から同じようにフック付きロープを使い下へと下りたが、その時も同じようにこのロープは独りでに輪状の金具からフックを外して下に落ちてきたことをリュカたちは一様に思い出す。その時はサーラかアンクルが金具を外したのだろうかという考えも頭を過ったが、どうやらこのロープは自らの意思を持って持ち主のところへやってくるのだと今の状況を見てリュカは理解した。まだこのロープを手放す時ではないのだろうと、リュカは竜の顔の凸凹とした足場の悪い場所で、慎重にロープを再び腰回りに巻きつけた。
竜神像の顔へと下りてきたリュカたちを見ていたのは、六体のゴールデンゴーレムたちだ。しかし彼らもまた悪しき魔物ゆえに、竜神像の近くには近寄ることができない。そして神の力が宿る竜神像の顔を踏みつけるようにして立っているリュカたちを見て、罰当たりな人間を見るような蔑んだ視線を送ってきている。そんな魔物の視線を心外と感じつつも、近寄ってこない魔物に安心してリュカは竜の目を首の後ろに背負いながら、竜の顔をよじ登る。そんなリュカの姿を見上げながら、ピエールが内心『まるでコソ泥……』と思っていたことは、国王の面目を保つためにもその後において誰にも話さず、一人心の中に留めておいた。
足場を安定させ、リュカは首の後ろの包みを前にぐるりと回して中から宝玉を取り出す。真っ暗な空洞となっている竜神像の目の部分は、竜の目と呼ばれる宝玉を受け入れるのに十分な広さがあった。しかしリュカがいくら宝玉をその穴に入れ込もうとしても、見えない力の反発を受け、宝玉は所定の場所に収まろうとはしない。
「お父さん、もしかして右と左で違うんじゃないのかしら」
ポピーの一言を元に、リュカは竜神像の顔の上に身体をへばりつかせながら横へと移動する。その姿にピエールだけではなくティミーとポピーの脳裏にもコソ泥の姿が過ったが、やはりその感想を口にすることはなかった。真面目に仕事をこなしている父を茶化してはいけないという優しい常識が、二人の王子王女には備わっている。
リュカは竜神像の左目の場所へとたどり着くと、先ほどと同じように竜の目を受け入れるべき暗い穴に宝玉を差し出す。すると今度はすんなりと明るい琥珀色の宝玉を受け入れた。一度穴の奥へと落ちたように見えた宝玉だが、竜神像が宿す神力に反応するように、暗い穴の只中に竜の左目は浮かび上がり、その竜の瞳をリュカにぎょろりと向けた。予想していなかった竜神の瞳の迫力に一瞬気圧されたリュカだが、間近に見るその琥珀色に微かな既視感を覚えた。
一度仲間たちのところへ下りて戻り、ピエールからもう一つの宝玉を受け取ると再びリュカは竜神の顔を上る。残りの竜の右目を定められた場所に収めた時、竜神像が小刻みに揺れ始め、リュカは振り落とされないように竜神の顔にしがみついた。
揺れはみるみる酷くなり、下でリュカを待っている仲間たちも身体を伏せて揺れに耐えている状態だった。まるでボブルの塔自体が揺れるほどの激しい揺れが起こり、それと共に像の近くで何か大きなものが動く重々しい音が響いた。リュカは竜神の顔にしがみつきながら周りを見渡すと、同じように塔の揺れに慄いているゴールデンゴーレム六体が一点の場所に視線を集めているのが分かった。それは竜神像の顔の正面だが、リュカたちには一体何が起こっているのかは分からなかった。
しばらくして揺れが収まり、リュカは力を込めてしがみついていた竜神の顔から片手を離した。強い力でしがみついていたために手が痺れており、指先まで血がしっかりと通うまで宙で手をぶらぶらと振った。
「お父さん! すごいよ! 見てみて!」
ティミーの興奮したような声が聞こえたが、そのティミーの姿がリュカのところからは確認できない。彼の声は竜神の顔の正面辺りから聞こえている。リュカはそのまま竜の右目の場所から下に下りると、息子の声が聞こえた方へと早足で向かった。
竜神像の鼻先に立ち、ティミーが下を覗き込んでいる。その後ろでポピーは座り込み、下の景色など見ないのだとそっぽを向いている。その傍らに王女に寄り添うようにスラりんがおり、プックルとピエールはティミーと共に下に広がる何かを見て固まっている。
竜神の鼻先の下には当然、竜の口がある。下の階層を移動している際に竜神像の顔を正面から見ており、はっきりと記憶しているわけではないが、その口は確か閉じられていたはずだった。しかし今、その口はまるで炎を吐き出す寸前のように大きく開けられている。そして口と同階層の床を結ぶのは、どう見ても竜の長い舌だ。
「竜の顔にあんなしかけがあったなんて驚いたね」
傍まで来たリュカにティミーがまだ興奮した様子でそう伝える。何か確かめておかねばならない事態があるのだと、ポピーも意を決めて下を覗き込み、長く伸びている竜の舌を見て目を丸くした。
「この竜の舌を通って、像の中に入れると言うことでしょうか」
「そう、みたいだね。でもちょっとここからだと遠いかな。一度上に戻ってから、また階段で……」
リュカがそう言いかけた時に、彼の言葉を遮るようにプックルが思い切りよく宙を飛んだ。そんな面倒なことは御免だと、プックルはすぐ下に見えている竜の舌を目指して飛び降りてしまった。プックルには飛び降りられる高さだったらしく、その着地は軽く、見事なものだった。美しい着地を決めて、プックルは余裕の表情を見せて前足を舐めている。
「ピッキ!」
プックルが受け止めてくれるだろうという深い信頼の下、スラりんも鮮やかに宙に飛び上がり、落ちて行く。風を受けてゆらゆらと揺れるスラリンの位置を確認しながら、プックルが豊かに生える背中の赤毛でスラりんを受け止め、弾んだスラりんもまた竜の舌に着地した。
リュカがティミーを見ると、息子は両腕をぶんぶんと元気に振り回し、当然のようにこの場から飛び降りようとしている。片やポピーを見れば、娘はこの場から決して一歩たりとも動かないと言わんばかりに竜神の鼻先に座り込み、リュカとは視線すら合わせない。リュカは二人の相容れない意見を無言のうちに見て、そして自身の胴に巻きつけてあるフック付きロープに無意識にも手をかける。
「ピエール、一つ相談があるんだけど」
「分かりました。やりましょう」
リュカが相談事として持ちかけるよりも早く、ピエールは全てを悟り、理解した。理解の早過ぎる旧知の仲間に束の間開いた口の塞がらないリュカだったが、ピエールがその手を伸ばせばリュカはすぐにフック付きロープのフック部分をピエールに渡す。ここにフックを留めて置ける輪状の金具はないが、ピエールとリュカがその役割を務めるという方法で下りるのだと、ロープの端を下に現れ出た竜の舌に向かって垂らした。
「ティミーとポピー、どっちから下に……」
「はーい! ボクが先!」
予想に違わず、ティミーが元気よく手を上げると、すぐさま垂らされたロープを掴んで下に下り始めた。竜神像に近づけない魔物のゴールデンゴーレムらはただ人間と魔物の一行の行動を静かに見守るだけだ。魔物に襲われる不安もない中、ティミーはするすると身軽にプックルたちの待つ竜の舌へと降り立つ。
「……お父さん、絶対にロープを離さないでね」
「離すわけないだろ。大丈夫だよ、このロープを掴んでればポピーのことを助けてくれるから、落ちる心配もないよ」
「うう、イヤだなぁ……」
ポピーは震える手でロープを確かに掴み、恐る恐る下へと下りて行く。以前までの彼女ならこれほどの高さからロープ一本で下まで降りるような危険は冒せなかったかもしれないと思うと、リュカはポピーも旅の中でみるみる成長しているのだなと感慨深い。それと共に、本来ならばグランバニアの王女として慎ましやかな生活があるだろうに危険な冒険に巻き込んでいることへの後悔もある。
時間をかけて無事に下へ下りたポピーを確かめ、リュカはピエールを先に行かせようとしたが、拒まれた。
「リュカ殿、一人残ると言うことはここから一人で飛び降りると言うことです」
そう言われてリュカは改めて下の景色を覗き込む。ピエールはその緑スライムの弾力を利用して飛び降りることができると言う。その高さを現実に感じれば、飛び降りた後に起きるであろう骨折の痛みを想像し、ピエールの勧める通り先にロープを伝って下へ下りると決めた。
無事に竜の舌に降り立った一行は、自分たちのことを遠巻きに見ているゴールデンゴーレムの群れに挨拶がてら手を振る。無表情の中にも、どこかリュカたちを崇めるような態度を示す魔物の群れは、背中の大きな翼をはためかせながらリュカたちを見送る。竜の舌の奥へと続く、青の竜神像の内部へ入り込める入口に向かい、リュカたちはゆっくりと歩き進んでいった。
竜神像の内部に足を踏み入れた途端、リュカたちの周りに強力な聖なる空気がまとわりつくのを誰もが感じた。その感覚をどこかで得たことがあると思い出せば、それは天空城を浮上させる力を持つゴールドオーブやシルバーオーブがごく自然と放つ清浄な空気に似たものだった。しかしそれらのオーブよりも更に強力で、悪しき者は一切寄せ付けないこの空気の中でリュカたちはしばし立ち止まらざるを得なかった。強烈な聖なる力に身体を慣らす必要があった。
それほどの聖なる空気に満ちる建物内だというのに、リュカたちが渡ってきたのは竜神像の口から長く伸びる舌なのだ。今のこの竜神像の顔を正面から見れば、厳つい竜が口を開けて長く舌を出している姿に滑稽を感じて笑ってしまい兼ねない。
「ベロの上を通るなんて、あれを造った人はきっとプサンさんみたいにゆかいな人だよ!」
リュカは小さく笑いながらティミーの言葉は的を得ていると感じた。これだけ立派な竜神像を造り建て、竜の二つの目を仕掛けとしているのに、仕掛けを解けば竜がまるで茶目っ気を演じるように長い舌を出すのだ。どうせ造る仕掛けならばそれらしく威厳あるものを作ることもできただろうに、敢えて苦労した人間に肩透かしを食わせるような仕掛けを施していることに、リュカも思わず黒縁眼鏡をかけたあのプサンの飄々とした態度や顔つきを思い出した。
ただ黒縁眼鏡の奥にあるプサンの琥珀色の目にはいつでも隙が感じられないのも事実だった。いかにもふざけた雰囲気を醸す彼にはどこか抜け目のなさを感じる。まるで全身に仮面をつけているかのように、彼自身は本当はどこか他の場所にいるのではないかと思う時もまたある。
竜神像の内部にもまた大きな火台が置かれ、限りの無い魔力による炎が灯され、内部を明るく照らしている。外観も青色を基調とした竜神像だが、内部もまた同じように青色に染まっている。竜神像を造り上げている石は特別なものではないが、恐らく像を建てた後に強い魔力を帯び、この像を硬く強く保っている。外側からの衝撃も受けず、内部からの衝撃にも耐えうる頑丈さを持っているのが、微塵も綻びの無い竜神像を見れば自ずと分かる。
火台の明かりに照らされる開けた空間までは大層な赤絨毯が敷かれ、封印を解いた者を恭しく受け入れる環境が整えられていた。その赤絨毯の先には下へと下る階段があった。
「ここから下に下りられるようですね」
階段の下を覗き込むプックルの隣で、ピエールが同じように階段の下を覗き込みながらそう言う。階段の下もまた明るい火の明かりが灯されているようで、この先視界に困ることはなさそうだ。しかし階段の造りが人間を受け入れるほどのもので、リュカでさえも頭を屈めて入るほどの狭さだ。プックルは意地でも進むのだと言わんばかりに、大きな身体を捩じ込ませて先に進み始めている。
下へ下りる階段を少し進めば、すぐに開けた空間に出た。階段の狭い空間はほんのわずかの距離で、それはやはり巨大な魔物の侵入を防ぐ目的があるのだろうとリュカは思っていた。ただでさえこの神聖な空気に満ちる竜神像の内部に入れる魔物などいないと思われるが、現にリュカの仲間である魔物たちは像の中に入り込むことができている。万が一この像の中に入り込んだ魔物がいても、強い力を持つ大型の魔物をここで回避しておくのだと、神の力を封印するこの竜神像の存在意義をそこに少しだけ見た気がした。
階段を降りた先にも大きな火台が置かれており、そこに灯る火は時折強く揺らめく。初め魔物の咆哮のようにも聞こえた音は、床に開けられた三つの穴を通り抜ける風の音だとすぐに気がついた。ちょうど竜神像の喉辺りに下りてきているリュカには、まるで竜が喉で唸り声を上げているかのようにも感じられた。
「この像の口が開いているから、そこから空気が入り込んでこうして風が通り抜けているのでしょう」
「じゃあボクたちが竜のベロを出すまでは、ここって何の音もしなかったのかな」
「ここって竜の口の奥……この三つの穴から炎が噴き出したりしないわよね?」
ポピーが恐る恐る三つの内の一つの穴を覗き込むと、彼女の顔を噴き上げるような強い風が起こった。同時に他の二つの穴には風が入り込んでいく。バサバサになった髪をまとめながら、ポピーは下が見えない真っ暗な穴に目を向けながら、まるで竜が呼吸をしているようだと感じた。
「がうっ」
プックルもポピーに並んで四角く開いた穴に顔を突っ込んで覗き込む。下にも非常に大きな空洞があることが発した声の響きから感じられたが、暗いところに目の利くプックルでも遥か下まで広がる穴の奥底までは見通すことができなかった。しかし身を乗り出して穴の中を覗き込んだ時に、プックルの前足に触れるものがあった。そこに足をかけたまま、プックルはリュカを振り向く。
「こんなところにも金具があるんだ。またこれで降りろってことだね」
「竜の喉を通っていく感じだよね。ボクたちが降りてる最中に、オエッてなって吐き出されたりしないよね」
「……またロープで下りて行くの? ここでお留守番……はダメよね。頑張ります」
「他の二か所には壁伝いに梯子が架けられているようですが、かなり長いですね。先が見えません」
ピエールがスラりんと共に他の二つの穴の様子を確かめていたが、二つとも壁に沿って金属製の梯子が架けられており、梯子の先は暗闇に包まれている。梯子の棒を手で掴んでみても、梯子自体に特別魔力が込められている様子はない。手や足を踏み外せばそのまま見えない底にまで果てしなく落ちて行ってしまうだろう。
幸いにもリュカが手にしているフック付きロープには魔力が込められ、ロープを掴む者の手を離さないというありがたい安全装置が備わっている。三つの穴の下には同じ巨大空洞が広がっているだけで、行きつく先は同じ場所なのではないかと思うリュカたちは、最も安全に下りられると思えるロープを使って下降を試みることにした。
魔物の仲間たちにも見えていなかった真っ暗な穴の下の景色だったが、ロープを伝っており始めて間もなく、リュカの肩の上に乗るスラりんが「ピキーッ」と元気な声を上げた。その声を聞いてポピーが安心したように息を吐いた。穴の底が見えたと伝えたスラりんに、ポピーはこのロープを伝って行く場所が地獄に繋がっていなくて良かったと心底安堵した。
慎重に下りて行ったリュカたちだったが、時折強く唸るように吹きつける風にロープが煽られ、その度にポピーの悲鳴が上がった。そんな妹に檄を飛ばすように「これも竜の神様の試練だぞ!」とティミーが少々ふざけて言えば、今度はポピーから怒号が飛んだ。
プックルが地面すれすれにまでロープを伝って行った理由を、リュカも床に足を着けてから理解した。その場所は建物の一部から石が飛び出したような箇所で、石を踏み外せば更に下に広がる真っ暗な穴へと落ちてしまうのだ。軽い気持ちで飛び降りられるようなだだっ広い床が広がっているわけではなかった。
いつもは暗闇を照らしてくれるサーラが今はいないため、代わりにとティミーがベギラマの呪文を唱え辺りを明るく照らす。しかしサーラのように炎の調節を心得ていないティミーが放つ呪文の明かりは一時的に眩しいほどの光を発した後、すぐに消えてしまった。束の間照らした景色の中に、リュカたちは床に続く場所に垂直に立ちはだかる壁を目にしただけだった。
「ここで行き止まり? 何にもないよね、ここ」
「もしかして、ここから更に下りなきゃ行けないの……?」
再びの暗闇となった中で、ティミーとポピーの声が響く。二人の声の反響する音を聞いても、ここから下へ下りるには到底飛び降りられるような高さではないことが分かる。
「がう」
プックルが声を発している方向が壁だと言うことがリュカには分かる。プックルの言葉に応じるように、リュカは何も見えないような暗闇の中を慎重に這うように、壁に向かって進んでいく。彼は壁に何かの模様があることをリュカに知らせていた。
ただの壁だと思っていた場所に両手を当てて擦って行くと、何やら凹凸のある場所にリュカの手が触れた。その途端、壁に青白い光の文字が浮かび上がり、何かの呪文を書き綴るかのように流れて行く。それが終いまで綴られると、石の壁が重々しい音を立てて動き始めた。
上に滑るように動いた壁の中から現れたのは、隠された封印の間だった。壁の扉が開き始めると同時に、封印の間からは明かりが漏れていた。四角の広い空間には竜を象る大きな火台に温かな橙の炎が四つ灯っている。暗闇にいたリュカたちには眩しいほどの明かりだったが、強くも優し気なその明かりにリュカたちの目はすぐに慣れた。
広い部屋のちょうど中央の床に、一目には分からないほどの巨大な絵が彫られていた。絵は真円の中に収まっている。真円の中に描かれている彫刻は、腕に宝玉を抱く竜の姿だった。
「大きなドラゴンさん、きれいね……」
四方に灯る明かりに照らされた巨大な竜の彫刻を床に見て、ポピーが感動したようにぽつりと言う。誰かが時間をかけて彫ったようなものではない。この塔の中にはこれまでに人間が立ち入ったこともないはずだ。そうかと言って天空人がこの彫刻を作り上げたわけでもないのだろう。この床の彫刻は、竜の神がこの場所に自らの力を封印すると同時に、その姿がこの場所に焼き付き、象られたのではないかと思えるほどに息吹を感じるものだった。
リュカたちが真円の中に足を踏み入れると、周りに置かれた火台の炎が強く揺らめいた。呼応するように床の竜が動いたような気がして、リュカたちは一様に息を呑んだ。
床の竜の彫刻から生み出されるように、床の上に青の光を放つ宝玉が姿を現した。橙の明かりに照らされる広い部屋の中で、リュカの両手の中に収まるほどの宝玉が、火台の明かりを凌駕するほどの眩しい光を放っている。直視できないほどの眩しさに目を瞑り背けてもおかしくはないが、何故かその光をリュカたちは難なく目にすることができた。青い光の中に真っ白な光があり、その中に動く竜の姿を見ることができた。あのオーブの中に間違いなくマスタードラゴンの魂が封じ込められているのだと、誰もがその姿に感じていた。
真円の中央へと歩いて行き、リュカは床に生み出されたドラゴンオーブを手にした。竜の爪を象る緑の装飾に握られ守られるように、オーブは竜の手の中に収まっている。神の力が封印されているオーブを手にしている不思議を、リュカはその手に感じていた。目が潰れるような眩しい光を放っているというのに、間近に見ても宝玉の中を覗き込むことができる。
「お父さん、これで竜の神様が復活するんだね!」
ティミーの言葉だけを聞けば、それはまるで御伽噺の中の話で、寝言を聞いているのかと思ってしまうほどに現実味の無い話だ。しかしひとたびドラゴンオーブを目にすれば、全ての御伽噺が現実にあったことなのだと言われても信じてしまうほどに、全てを覆してしまうほどの力を嫌でも感じた。心の底では今も神の存在など信じていないリュカだが、それでもこのオーブには人間にも魔物にも計り知れない力が存在しているのだから、神の存在をも信じてしまいそうになる。
「このオーブの中にドラゴンの能力が入っているのかな? う~ん……不思議だね」
リュカが手にするドラゴンオーブをティミーは間近にまじまじと覗き込んでいる。恐れることもなく、ただ純粋にまじまじとドラゴンオーブを覗き込むティミーの姿に、リュカはやはり彼は根っからの勇者なのだと感じざるを得ない。双子として生まれたポピーがオーブの力を畏れ、少し距離を置いているというのに、ティミーにはまるで神との距離が必要ないと言わんばかりに鼻をくっつけるようにしてオーブを覗き込んでいるのだ。我が息子であることに間違いないと思いつつも、ただの息子ではないことをどうしても感じてしまう。
「リュカ殿、目的は果たせましたね。サーラ殿とアンクルが待っています。早く報せに戻りましょう」
そう伝えるピエールは宝玉の光を直視できないようで、兜を被る顔を背けていた。リュカと出会ってから長い時を経てもまだ、魔物の彼にとっては神の力が宿るこのオーブの光は強すぎるものなのかも知れない。プックルもスラりんも同じように、ドラゴンオーブを直視するようなことはしていないことに気付いたリュカは、彼らからオーブを隠すように道具袋の口を広げてその中へオーブを滑り込ませた。
リュカたちが床の真円の輪から出ると、床に象られた竜の彫刻がゆっくりと動く。永き時を経て竜の神の力を求めに来た者へその力を託し、しばしの休みをと言わんばかりに床の竜は身体を丸めて安らかに眠り始めてしまった。それまでの尊厳ばかり感じる竜の神の姿とは異なり、穏やかな顔つきで眠り始めた竜の彫刻を見て、リュカは気を抜いたようにふっと小さく笑った。
再び部屋の外に出たリュカたちは、そこが広い空洞であることを目にすることができた。壁は四角く、風雨に晒されることもないために作られたばかりのように新しく見える。リュカたちが歩く床は三方向に突き出て宙に浮き出ており、床を踏み外せば遥か下に見える仄かな桜色の明かりの場所まで落ちてしまう。
「下に何かある……」
神の力が封印されたこの竜神像の内部に魔物の気配はない。リュカたちがドラゴンオーブを手に入れる前、この空間は墨で塗られたような暗闇に包まれていたため、リュカや双子が景色を目にすることはできなかった。魔物の仲間たちにも、床が途切れていることが分かるだけで、下に広がる暗闇がどこまで続くのかは分からなかった。しかし今は、遥か下方からリュカたちを呼ぶように桜色の淡い光が輝き、竜神像内部全体に明かりを届けている。
「このままロープで下に下りることはできないようですね」
上から垂れ下がっているフック付きロープは伸ばしてみても、リュカたちが立つ床を少し通り過ぎるところまでしか届かない。
「ピキッ」
スラりんが床に跳ねて知らせるのは、壁に張り付くように作られている梯子だ。それはリュカたちがいる場所から両脇に二本あり、上を見上げれば上部の階にまで伸びており、下を見下ろせばそれは先が見えずに、桜色の光と溶けてぼんやりと見えるだけだ。もし下の状況を確認するとなれば、あの梯子を伝って下りるしかない。
「ここから梯子に飛び移れるわけでもないし、一度上に戻ろう」
「サーラさんかアンクルがいればひとっ飛びなのにな」
「あの、今度こそ私、上でお留守番してます……」
フック付きロープを伝い下りる時にはロープ自体が持つ補助機能で各々どうにか下りることができたが、遥か上方に見える出口まで上り切る体力を考えるとリュカでさえ危ういものだった。しかしこのままこの場で留まり続けるわけにも行かない。最も体力のないポピーを下からピエールが支えるようにして、途中途中で休みながらリュカはティミーを支えつつ、時間をかけて上までロープを上り切った。その身体の重さ故にロープを振ってしまうプックルは最後尾から、なるべくロープを揺らさないようにと慎重に上り詰めて行った。
「お父さん、早く下に行ってみようよ。さっきの、確かめに行くんでしょ?」
リュカにそう告げるティミーは、ロープを上り切ったばかりだというのに、既に果てしなく続く下への梯子を穴の中に覗き込んでいる。
「お父さん。私、ここで待っててもいいですか?」
フック付きロープでの移動にはどうにか耐えられたポピーだが、自らの力だけで底の見えない遥か下方まで続く梯子を降りることは、高所恐怖症の彼女にはさすがに耐えられないようだ。幸いにも梯子の下からは魔物の気配は感じない。
「ちょうど良かった。ポピーはこれを持っていてくれるかい? もし落としちゃったら大変だから」
魔物の仲間の誰もが持つことを拒むドラゴンオーブを、ポピーは父の手から受け取ると自分の道具袋にしまい込み、口の紐をきつく結んだ。リュカは信頼する仲間たちに娘を頼み、梯子に手をかけた。
「ティミーも一緒に待ってても構わないよ」
「ボクは行くよ。だって、何となくワクワクするんだもん!」
梯子の下を覗き込んでいるティミーの目には、遥か下で仄かに光る桜色の光が小さく映り込んでいる。はっきりと何かが見えているわけではないが、彼は底にある何かに好奇心を掻き立てられているらしい。
先にリュカが梯子を降り、その後に続くようにしてティミーが降りる。ポピーと他の仲間たちは上で待機することとなった。プックルはそもそも梯子の上り下りに向いていない。ピエールもまた垂直に移動する梯子を上り下りするには緑スライムを一回一回へばりつかせなければならない。下に魔物の気配や何かしらの危険を感じればどうにか梯子を伝い下りたが、仲間たちの誰もが梯子の下には魔物の気配を感じていないため、無理をせずに上で待機することを決めた。スラりんは初め、リュカの肩に乗って下まで行こうと途中まで共に下りたが、時折竜の喉を通る激しい呼吸のような風に煽られ落ちそうになると、慌てたリュカに空中でむんずと掴まれた。リュカに手間をかけてはならないと、スラりんは大人しく上で待つ仲間たちのところへとズリズリと戻って行ったのだった。
リュカは上から続いて下りて来るティミーの様子を逐一確かめながら、ゆっくりと梯子を降りて行く。初めの内は細かく下の様子も確認していたが、何度確かめても下へ続く梯子は終わりを見せない。本当に梯子の終わりがあるのだろうかと思いながら、もう下は見ずにただティミーの無事と目の前の梯子に集中することにした。
時折激しい風が上から下から吹きつけば、その度にリュカもティミーも梯子にしがみついてその場を凌いだ。それだけで体力を奪われるため、二人ともその内両手の感覚が鈍くなっていた。そして大人と子供の体力差もある。ティミーがリュカの体力に追いつくにはまだ数年の時が必要だ。
何度目になるか分からない突風が吹きつけた。痺れたようなティミーの手が梯子から外れた。風に少年の身体が乗り、飛ばされる。上から降って来たティミーに手を伸ばし、リュカは息子の腕を力任せに掴んだ。みしりと腕が軋む音を出すのにも構わず、リュカは歯を食いしばってティミーを引き上げた。しかしそこに、もう一度突風が吹き荒れると、リュカの手もまた梯子を外れた。
完全に宙に放り出されたリュカは、ティミーの身体を守るように抱きかかえて、せめて子供だけは助けねばと身を硬くした。しかしリュカやティミーが思うような最悪の事態は訪れなかった。梯子の下には唐突に、リュカたちを迎える床があった。
尻餅をついた痛みはあったものの、その痛みも回復呪文を唱えればすぐに治るようなものだった。そしてその場に立ち上がれば、桜色の光に照らされた霧のようなものがリュカの腰辺りにまで一面に及んでいた。梯子を隠すようなこの霧のせいで、その下の床を見通すことができなかったのだ。
上を見上げると、仲間たちが待つ場所は遥か上、豆粒よりも小さく見えた。自分たちの力で下りてきたのが信じられないほどの高さに、リュカもティミーも瞬時、戻る時のことを考えて思わず脱力したようにその場に座り込んだ。
霧の中からはみ出るティミーの癖毛を目にしつつ、リュカはその先から自分を見つめる小さな竜がいるのを目にした。魔物の気配はない。生きて動いているわけではないが、その緑色の竜には息吹が吹き込まれているのを感じる。リュカを正面から見つめるように、小さな竜はどこか穏やかな顔つきで霧の上に佇んでいる。
リュカはその場に立ち上がると、ティミーの後ろに見えている小さな緑竜の元へと歩いて行く。父が歩いて行くのに気づいたティミーもまた立ち上がり、その様子を窺う。緑竜の大きさはリュカの両手に乗るほどの大きさで、その瞳はドラゴンオーブと同じ透き通る青の中に強い光を溜め込んでいる。
リュカが無言のままその竜の頭を撫でるように触れると、その途端に辺りの霧が上から吹きつける強い風に吹かれて消え去った。リュカもティミーも確かに床の上に両足で立っていた。床にはいくつもの彫刻が施されており、それは全て竜を象ったものだ。その彫刻が四角く取り囲む中に、緑竜がその胸に桃色の宝玉を腕に抱えて浮かぶように立っている。
リュカに続いてティミーもまた小さな緑竜に歩き近づく。勇者が背に負う天空の剣の、緑の竜を象る柄が、まるで目の前の緑竜に反応するように鋭く光る。子供のような天空の剣が、親である目の前の緑竜に出会えて喜んでいるようにも感じられ、リュカは自然と目の前のドラゴンの杖に手を伸ばし、掴んだ。
手にしたと同時に手にまとわりつく強烈な魔力に、リュカは思わず杖を取り落としそうになるが、ティミーの親としてこの杖を離してはならないと感じる。一見温かな桃色の光を放つ宝玉には、竜の神の力が一部、そのまま閉じ込められている。まだ小さな勇者を守るための力がこの杖には宿っているのだと、リュカは杖の強力な魔力に耐え、全身にその力が馴染むまで目を閉じて待った。
宝玉の放つ光が止み、桃色の宝玉はぼんやりとした柔らかな光を灯すだけとなる。その明かりだけで父子は互いの表情を確かに見ることができた。二人に笑みはない。しかし今まで以上の親子の絆が結ばれたことを、二人共にその身に感じていた。
「お父さん」
「ん?」
「すごい、カッコイイね、その……杖?」
「杖なんだろうね。杖っぽくはないけど」
「持って行くの?」
「うん」
「いいのかな、勝手に持って行っちゃって」
「いいんだよ。ティミーだってポピーだってまだ小さな子供なのにこんなに頑張ってるんだからさ、この杖にもこれからは頑張ってもらわないと」
「神様に怒られない?」
「怒られたら僕が怒り返すよ。こんな小さな子供に世界の命運を託して、神様が何も手伝わない道理はないって」
リュカの言葉は本心から出たもので、その言葉にティミーは心から安堵を覚えた。彼らにとってはまだ見知らぬ神様の存在よりも、目の前の父であり、息子なのだ。リュカはドラゴンの杖を手にしながら、ティミーは天空の剣を背に負いながら、二人で揃って上を見上げる。
「わ~天井が高いよ! ボクたちよくこんなところおりてこられたね」
「本当だね。これからこの梯子をまたのぼるなんて、何かの冗談かな」
「お父さん、その杖に『上までひとっ飛びに連れて行ってください』ってお願いしてもダメかな」
「神様ってきっと融通利かないから、そういうお願いは聞いてくれなさそうだよね」
「でも万が一ってこともあるからお願いしてみようよ。もしかしたら聞いてくれるかも知れないよ」
そう言ってティミーはリュカが手にするドラゴンの杖に向かって拝み始めた。しかし当然のように杖頭の緑竜は何の反応も示さない。見当違いのお願い事をする小さな勇者を、その青く透き通る目で不思議そうに見つめるだけだ。
「ダメかぁ」
「ダメみたいだね」
ティミーとリュカでそう言うと、二人同時に笑い出した。そして霧も無くなった床の上に身を投げ出すように仰向けに寝転がると、父と子は眩暈がするほど遠くに見える出口をぼんやりと見上げる。上に続く梯子が霞んで見える。今はまだ梯子を上る気力も体力も湧き出ないと、リュカもティミーも穏やかな呼吸を繰り返しながらただ果てなく続くような上方の空間に目を向けている内に、二人揃って呑気にも寝息を立て始めたのだった。
Comment
bibi様。
いつも更新お疲れ様です。
なるほど、さすがはリュカ!
シルバーデビルとブラックドラゴンとシュプリンガーを友達にしちゃいましたか、いっそのことシュプリンガー「リンガー」を仲間にしちゃえば良かったのでは?
フック付きロープの描写、bibiワールドの魔法のロープとしていなかったら、bibi様今ごろ、描写に困っていたかもしれませんね。
とうとうドラゴンの杖とオーブ手に入れましたね、ドラゴンの杖、いよいよパパスの剣改と交換になってしまうのかと思うと、愛着あるから少し寂しいです…(泣)
ゲームでも戦闘中に随時、持ち帰ることできますからbibi様、考えてみて頂けませんか?(懇願)
次はリュカとティミーがあの長いはしごを上るんですね、あまり眠っていると上にいるポピーたちが心配しますよ(笑み)
マスタードラゴン復活後、すぐに大神殿に突入するんですか?
それとも寄り道しますか?
残りの寄り道箇所の描写は考えていますか?
次話も楽しみにしていますね!
ケアル 様
コメントをどうもありがとうございます。
リュカの特権ということで、魔物たちと仲良しになってもらいました。もう戦うのは辛いなぁということで(笑)
フック付きロープは恐らく普通のロープなんでしょうが、普通のロープを伝って上り下りするのに、ポピーは難しいし、ましてやプックルなんてどうやってロープを掴むんだろ、と思っていたので、ちょっと魔力を込めさせてもらいました。結果的に、正解だったでしょうか?
リュカの武器はどちらも手放せないですよね。なのでどちらも手放さない方向で行こうかなと思っています。二次創作の醍醐味。
神様復活後は・・・これもまた、二次創作の醍醐味を味わわせてもらおうかなと思っています。軽く年表を作ってますが、その通りに進められるか不安です。まだ色々と予定が変わるかも。お話を進めながら合わせて考えて行こうと思います。