前へ、前へ

アンクルが両脇にリュカとプックルを抱え、十字の穴を飛び出した時、爆風に危うく再び十字の穴へと戻されるところだった。しかしアンクルが向かってくる爆風の上方へと飛び出す形で、辛うじて十字の穴へ戻されることは回避した。しかし他方で、十字の穴に落ちて行く者たちがいる。
仲間たちは皆、床に這いつくばった状態で伏せていた。その中でポピーとピエールが、敵の群れの向こう側へと回り込むように滑り込んだのか、二人もまた床に這いつくばったような状態のまま呪文を放っていた。その位置を上から見たリュカたちは、彼らが状況を見てイオラの呪文を放ったのだと、十字の穴に落ちて行ったダークシャーマンの群れにそう思った。まともに戦い続けていても消耗するばかりだと、彼らは協力して敵の群れを遠ざけ、正面から戦うことを避けようとしたのだろう。
「お父さん!」
爆風が止み、見上げたところに見えた父の姿に、思わずティミーが叫ぶ。彼は無意識の内にも、父がこのまま十字の穴の底から出てこないのではないかという不安に駆られていた。
抱え続けることなどできないと言うように、アンクルがプックルを床に向かってぶん投げた。アンクルが脇に抱えるにはあまりにも重いプックルは、放り出されたまま宙に翻り、しなやかな猫の如く床に着地する。そして鋭い青の目でじっと先を見据えるプックルは、その場からすぐさま移動しようと早足に進み始めた。今ならばここまで追いやられた通路の向こう側にも、敵となる者の気配は感じられない。ただその先、暗い口を開けてリュカたちを待つ先には、明らかにこのエビルマウンテンに棲みつく魔物らが数多待ち受けている。
その気配が感じられようとも、誰もがこの場で逡巡する気にもなれなかった。十字の穴の上方にまたしても空間の歪みが現れる。この場所で少しものんびりしている猶予はないのだと、プックルを先頭にリュカたちは揃って隣の真四角の広間へと移動する。が、そこにも既に宙の歪みが現れていた。ティミーが天空の剣を向け、空間の歪みを消し去ろうとするが、それはただティミーの気力を消耗するだけだとリュカが止める。
ポピーが自身の身体が恐怖に震えるのを堪えるように、ストロスの杖を手にして小さな声で言葉をかける。祖母マーサがジャハンナの町に残していたこの杖には、確かに祖母の想いが残されているのだと、ポピーはそう信じることで自身を強く保った。その横で、ビアンカもまた、手にする賢者の石に亡きマーサの力をその身に感じていた。彼女はただ、大事な家族、大事な仲間たちを守る力が自身にあるのだと信じる強さを今、必要としていた。目の前から迫る闇の気配は濃く、ただ立っているだけではその気配に飲まれそうになると、亡きマーサの決して揺るがなかった精神に依るように、その精神を自ら引き継ぐように、賢者の石を片手に強く握りしめていた。
先程、この闇の通路の向こう側から五体のダークシャーマンが姿を現わし、リュカたちを追いやろうとした。今はその気配を感じないと分かりつつも、先を歩いていたプックルはあまりに深い闇の気配に、思わず総毛立つ状態で足を止めた。その赤い鬣をゆっくりと撫でるリュカと、プックルを挟んで反対側に立つティミーが、互いに目を見合わせる。このエビルマウンテンそのものに魔の気配がありありと漂っていることには違いないが、この先に漂う魔の気配に向かうには、ただの人間であっては不可能だと父と息子はその身に感じた。
悪しき力に抗うために自身がいるのだと言うように、ティミーは手にする天空の剣の先を、闇の深い入口の向こう側へと向ける。リュカもまた、自らを大魔王と名乗るミルドラースとの対話を望む者として、ドラゴンの杖を正面に掲げる。剣と杖が互いに呼応するように、光を放ち始め、その光は互いに強まりながら、リュカたちの行く手を阻むような闇を貫くように一直線に伸びていく。通路の向こう側に満ちている闇の気配が僅かながらに薄まり、その隙を突破するようにプックルが先に飛び出した。続いてリュカ、ティミー。すぐ後をアンクルがビアンカとポピーを庇いながら進む。そして殿にはピエール。一度振り返ったピエールの目に映ったのは、真四角の広間の中央に生まれた歪みから、三体のエビルスピリッツが飛び出してきたところだった。ピエールは冷静に、飛びかかって来る敵に向けて風神の盾を構えた。悪魔の魂を捉えた風神が、その者の存在は決して許してはならないものだと言うように、激しい風と共に神の力を発揮する。神々しい光を放つニフラムの呪文と類似する力が、三体のエビルスピリッツを同時に捉え、光の中に飲み込む。叫び声も上げずに光の中に消えた敵の姿を横目に認め、ピエールもまた闇の通路へと駆けて行った。
そこに光はなかった。視界の利かない中を進むことはできないと、ビアンカがマグマの杖を掲げ、辺りに明かりを照らす。悠長にその場には立ち止まっていることもできないほどの敵の群れが、辺りに漂っていた。
そしてリュカたちが踏み込んだ場所は、外だった。これまで長らく人工的な建造物の中を進んできたリュカたちだが、闇の通路を抜けて足を踏み入れた場所には、壁も天井もない開けた闇の空間が広がっていた。エビルマウンテンの山々の合間にある一本道、道そのものは広いが、その両側は崖となり、底が見えないほど下にまで続いているようだ。崖の底からは、不気味な声のような音が、絶えず低く響いている。
一本道の続くその先に、再び山の内部へと入る黒い口がリュカたちを待ち受ける。人間であるリュカに、その黒い入口を今はまだその目に認めることはできなかったが、否応なしに流れ込んでくる邪気を身に感じれば、大魔王を名乗る者がその先に在ることは疑いようもなかった。
宙に漂う群れは、暗闇にもその身を紛らせるホークブリザード。一本道の地の上に在る群れは、ダークシャーマンらが前衛に、その後、黒い山の入口を塞ぐように多数のキラーマシンが配置されている。そしてのんびりしている暇はないのだとリュカたちに気付かせるように、辺りに宙の歪みが現れ始めている。この場でエビルスピリッツらが出現すれば、リュカたちの戦いは一気に困難に陥ってしまう。
「鳥の動きを封じるのが先だ」
リュカが低い声でそう口にした。ホークブリザードの脅威は、死の呪文を操ると言うことに尽きる。呪文を受けた途端にその場に倒れるようなことがあれば、リュカたちは必然的にその場に足止めを食らうことになる。決して倒れた仲間をその場に放っておくようなことはできないのが、彼らに共通の、曲げられない信念だ。
「ポピー!」
「うん!」
ティミーが呼びかけると、ポピーはそれだけで理解したと言うように、二人は手を繋ぐ。ホークブリザードらが向かってくる。ポピーはただでさえ強い邪気の中に身を晒し、恐怖に足が竦みそうになっていた。しかし兄ティミーと手を繋ぐだけで、自身はこの勇者である兄の半身なのだと感じることができた。それだけで自身の中に、邪気になど負けない熱い血潮が流れていることを感じることができた。
暗い中に、ホークブリザードが何体いるのか、明確には分からない。しかしポピーは敢えて目を閉じて集中することで、その気配を確かに捉え、遠隔呪文のための魔力を兄に預ける。妹の強い魔力に支えられ、ティミーは迷わず呪文を発動した。ポピーはこの場にいる全てのホークブリザードを、彼女の意識の中に捉えていた。ティミーはそれを疑うことなく、敵の脅威を取り除いてしまおうと魔封じの呪文マホトーンを唱えた。
向かってくるホークブリザードから発せられるはずの死の呪文が、鳥の声だけに終わる。呪文の威力を伴わないただの鳥のけたたましい鳴き声が響く中、プックルが先頭を切る。目の前にはダークシャーマンの群れが立ちはだかり、向かってくるプックルに向かってベギラゴンの呪文を発動したが、プックルは極端に低い姿勢で、背中の赤毛を炎に焼かれながらも駆け抜け、一体のダークシャーマンにそのまま体当たりを食らわせた。
火の中に飛び込んでくるような怖れを知らぬ獣の存在に、寧ろ怖れを為したのはダークシャーマンらで、敵らの放つベギラゴンの呪文にも一瞬の戸惑いが感じられた。その機を逃さないと言うように、リュカが敵の群れが放つ火炎を全て包むほどの威力で、バギクロスを放った。竜巻を起こし、それを操るリュカの両手の先には、宙から吹雪を吐いてくるホークブリザードの群れ。
ダークシャーマンらが放ったベギラゴンの火炎の渦に、味方であるはずのホークブリザードの群れが巻き込まれ、騒がしい鳥の声がぎゃあぎゃあと上がる。しかしリュカも魔力を放出し続け、バギクロスの呪文を保ち続けていられるわけではない。宙にある敵の姿が半数にまで減ったところで、ピエールがイオラの呪文を唱え、一度リュカの魔力放出を止めた。
そこに一瞬の間が生じた。ピエールの放ったイオラの爆発に一瞬でも身をすくませたのは、敵の方だった。予期していなかった爆発の音に思わず身体の動きが止まったのだろう。そこで飛び出したのは、ビアンカを背中に乗せたアンクルだ。既に彼らは準備をし、待機していた。隙を見て、先ずは宙の脅威を取り去ってしまおうと、その一瞬を突くようにアンクルとビアンカは協力体勢で宙へと飛び出した。
同時にベギラゴンの呪文を放つ。リュカの、敵の呪文を流用するような攻撃で既に敵の数は半数にまで減っている。そこに追撃をと放たれた彼らのベギラゴンの呪文の威力に、ホークブリザードの群れはたまらず四散した。アンクルもビアンカも今や鬼の形相で、ホークブリザードらを殲滅せんばかりに火炎呪文を放ち続ける。死の呪文を操るこの敵を生かしておいてはならない。こちらに向かってくる限りには戦い、確実に倒さねばならない敵なのだと、一気に火力を強めてベギラゴンの火炎の中に氷の鳥の群れを閉じ込めようとした。
激しく燃える火炎の明かりに、辺りが広く照らされる。宙に生まれていた歪みから、エビルスピリッツが五体、飛び出していた。その時、ダークシャーマンらの群れの中を突き抜け、向こう側の道へと出ていたプックルがくるりと後ろを振り向く。挟撃の形を取るのだと、その青い目には宙から飛んで来るアンクルとビアンカの姿が映っている。少なくなったホークブリザードらは己が身を守るのを優先するように、逃げ出していた。ティミーの魔封じの効果からまだ抜け出せないであろう青い巨大鳥は今、大いなる脅威にはならないと、アンクルはとにかく道を拓くことを優先する。
新たに出現したエビルスピリッツらに見えているのは、道の手前側に残っているリュカたちだけだった。呪文を無効化してしまうような黒い霧を吐かれては厄介だと思ったが、その行動は取らなかった。黒い霧の中に閉じ込められた者の呪文を全て無効化してしまうことは、味方であるダークシャーマンの放つベギラゴンの呪文をも封じてしまうことになると理解しているのだと、リュカもピエールもその状況を把握した。
代わりにと、飛び回るエビルスピリッツが口から吐き出すのは、甘い息だ。眠りを誘引するその息がリュカたちの周りに広く漂う。ピエールは息を止めると同時に、近くにまで飛んできたエビルスピリッツらに風神の盾を構える。風神の放つ光の中へと葬られたのは、たった一体だった。他四体は盾に象られる風神のその顔に恐れを為し、素早く遠ざかってしまったのだ。
だがそれで良いと、距離を取ったエビルスピリッツらを相手にはせず、リュカたちは目の前に立ちはだかるダークシャーマンの群れを相手に剣を振るう。それを援けるように、ポピーは遠隔呪文の応用でほぼ同時に、リュカとピエールへとバイキルトの呪文を放った。そしてティミーは仲間たちの身を守ることを優先し、スクルトの呪文を唱えた。
執拗に辺りにはエビルスピリッツの吐き出した甘い息が漂っている。気を抜けば強烈な眠気に引きずられそうになると、リュカもピエールも必死に頭をぶんぶんと振る。一方で双子を守るのはエルフのお守り。かつてこの世に存在していたとされるエルフ。エルヘブンの大巫女であったマーサも身に着けていたその装飾品が、双子の勇者を守るべく、あらゆる身体の負の変化を退ける。
長期戦になれば、数の上で圧倒的に不利になると、リュカとピエールは互いに背中合わせになるような格好で懸命に剣を振るう。そこにティミーが加わる。一人残されたポピーは目を閉じ、呪文を放とうと集中している。まるで無防備な状態のポピーに向かって、リュカたちが敵の群れと混戦している脇を抜け、ダークシャーマンらが大蛇の腕でポピーに襲いかかろうとする。リュカもピエールもその状況に気が付いたものの、絶えず戦う激しい眠気に邪魔され、行動が遅れた。
自身に襲い掛かって来る大蛇の腕から初め、襲い掛かって来る敵の群れ全てを、ポピーはマヒャドの猛吹雪の中に包んだ。遠隔呪文の多用で、彼女は魔力を大いに減らしていることには違いなかったが、一行の中で最も優れた魔法使いとなった彼女の魔力は、父であるリュカにも、母であるビアンカにさえも、想像の及ばぬところにまで成長し、高められていた。
両腕の大蛇が凍り付き、両足もまた地面に固められ、多くのダークシャーマンが身動きの取れない状況に陥った。敵の猛攻が束の間止んだ隙に、リュカたちは一斉に後方に残るポピーを見遣る。彼女は決して手を緩めず、今も両手を前に広げ、次の呪文を放とうとしていた。その気配が容赦なくリュカたちの立つ場所近くに現れるのを感じ、リュカもピエールもティミーも慌てて地面に伏せた。
イオナズンの大爆発が、ダークシャーマンの群れの只中に起こり、それを予期できなかった敵の群れは構えることもできずに吹き飛ばされた。ここは建物の中でもなく、洞窟の中でもない。壁や天井を壊すと言うような心配はない。一本道の両脇は、底の知れない暗い穴が広がるばかりだ。敵であるダークシャーマンが蘇生の力を持つ世界樹の葉を持っていることがあることは、これまでに戦った中で見てきた。そしてリュカたちはただ、この一本道の先へと進みたいだけだった。
イオナズンの大爆発が、ダークシャーマンらの身体を一本道の外へと吹き飛ばした。ポピーはそれを考え、イオナズンの大爆発を起こす場所を計算し、父たちが気づくようにとその近くに爆発の中心を定めた。しかし自分自身を計算に入れておらず、ポピーは自身が放った大爆発の影響をもろに受けて、たまらず後ろへと転がるように吹き飛んでしまった。
多くのダークシャーマンらが、声もなく一本道の外へと放り出され、その姿は半数にまで減った。しかし大爆発を受け、一本道の上に残ったダークシャーマンらの身体に、これと言った損傷を見ることができなかった。あれほどの大爆発の威力を正面から受けたにも関わらず、ダークシャーマンの呪われた身体は爆発の損傷を受けていなかった。
しかし数が多く減ったことは事実だ。それを好機に、今度は道の反対側に構えるアンクルが、ポピーに習うようにマヒャドの呪文を放った。猛吹雪の中に敵の群れを閉じ込めるのと同時に、狙うのはその足元を固めてしまうことだった。止まった敵の動きの真っ只中に、プックルが突っ込んでいく。ビアンカは一先ず後方支援をと、駆けるプックルの後姿にバイキルトの呪文を放つ。
力を増したプックルが狙うのは敵の首だ。獣の身体で軽々と飛びかかり、固められた足元の自由が利かない内にと、ダークシャーマンの首を目がけて炎の爪を向ける。一体一体喉元に噛みついているような時間はない。大きな身体ながらも軽やかな動きが可能なプックルは、ダークシャーマンの群れの中にあっても宙に翻りながら、次々と敵を倒していく。同時に敵からも大蛇の腕を向けられ、その獣の胴には敵の牙が食い込むが、プックルが痛みを感じる間など与えないと言うように、ビアンカが絶えず賢者の石に仲間たちの身を守るよう祈りを捧げ続ける。
プックルの攻撃を受け、完全に身動きのできなくなったダークシャーマンの大蛇の腕を、アンクルは宙から掴み上げる。アンクルの行動を予期し、ビアンカは自ら彼の背中から飛び降り、地に立った。アンクルは力任せにその腕を振り回すと、やはりポピーの動きに習うように、敵の身体を一本道の脇にある底なしの谷へと放り投げた。この場で一体一体を地に倒すことは、この敵に関しては復活の機会を与えてしまうことに他ならない。そして自身らもまた、無限に魔力を保持しているわけではない。戦う敵をこの場から無くしてしまえばそれでいいと、アンクルは宙に浮かびながら一体、一体と、敵の身体を谷底へと落としていく。
先を急ぐ気持ちが強まり、リュカたちの精神は攻撃一辺倒に集約されかけていた。そこがそのまま隙となり、敵に攻撃の余地を与えた。リュカたちによる挟撃の形となっている場において、逃げることもできないダークシャーマンの群れは、半ば自棄を起こすようにベギラゴンの呪文を放ってきた。敵の群れの中に入り込んで戦っていたリュカにピエール、ティミーにプックルが途端に凄まじい火炎の中に飲まれ、呼吸もままならない熱風の中に堪らず地に倒れてしまう。ビアンカが震える両手で賢者の石を握り、必死に祈りを捧げることで、倒れる彼らが息絶えてしまうことは辛うじて避けられたような状況だ。
宙に留まり敵のベギラゴンの呪文を回避していたアンクルが、倒れる味方の身体の周りに燃え続ける火炎を収めようと、マヒャドの呪文を放とうとする。しかし彼の目に、火炎の中に生まれる呪文の気配が映る。その呪文には激しい怒りのような感情さえも、入り込んでいる気がした。
再び、敵の群れの只中に、大爆発が起こった。宙に浮いていたアンクルをも吹き飛ばし、ポピーの唱えた遠隔呪文でのイオナズンが、ダークシャーマンの群れを残らず殲滅するのだと言わんばかりに辺りに爆風を撒き散らす。あまりの爆風に、反対側に立っていたビアンカも、呪文を唱えたポピー自身もまた、その場に立っていることができずに各々後方へと飛ばされた。敵の群れが放ったベギラゴンの火炎を一気に吹き消し、火炎の中に倒れたリュカたちの姿が、宙高くに飛ばされたアンクルの目に映った。動きがないようにも見えたが、微かにリュカの手が地面を強く掴んだのをアンクルは見逃さなかった。その手に籠る回復の魔力は、間違いなく息子ティミーを癒すに違いない。それは戦況云々の話を越えた、父親としての本能的なものが強い。そして現実的にも、ティミーの身体が癒されれば、今度は彼が―――。
あれほどの大爆発を二度も食らって、尚身体に損傷を受けないダークシャーマンの呪われた身体を今のアンクルたちに理解することはできない。しかしそれは現実で、この一本道に残る三体のダークシャーマンらはただ爆風に倒れた身を何事もなかったかのように起こすと、みるみる仲間を減らしてくれた一人の少女へと飛びかかって行く。激しい呪文を連発し、息切れを起こしているポピーは今、その場に立っているのもやっとの状態だ。
ポピーを守るため、疾風のごとく駆けるプックルが敵の横腹を突くように体当たりを食らわせた。地を強く跳躍して、ピエールは敵の後ろから激しく斬りつけた。リュカは手にしていた父の剣を、駆けながら敵の背に向かって投げつけた。宙で回転することもなく、剣自身が意思を持つことを証明するかのようにただ真っ直ぐに、父パパスの剣は敵の背中に突き刺さった。
爆風で共に吹き飛んでいたはずのエビルスピリッツが五体、そろって一本道の脇の底なしの谷の影から飛び上がり姿を現わした。悪魔の魂の集合体は各々の目で状況を確かめるや否や、その口から黒い霧を吐き出そうと大きく息を吸い込んだ。この場に残る三体のダークシャーマンには、もはや呪文による戦う力はないと判断したのだろう。
吐き出された黒い霧が、リュカたちを包み込もうとする。しかしリュカはそれを許すまじと咄嗟にバギマの呪文を唱え、黒い霧を取り込み、遠ざけようとする。それも長くは持たない。ピエールが風神の盾を構え、その光に焼かれるように一体のエビルスピリッツが宙に姿を消した。しかし四体同時に吐き出した黒い霧は、バギマの起こす真空の風をも覆うように、辺りにじわじわと広がっていく。また同時に、近くには新たな宙の歪みが現れ、また別のエビルスピリッツがそこに出現しようとしている。
魔界の暗雲に閃く稲光を、ティミーはその目に捉えるのではなく、その身に感じた。天空の剣を高々と掲げ、勇者の味方であるはずの稲妻を呼び起こす。天空の剣が、暗雲の中に閃く稲光を受けると、それは忽ち勇者の力をこの場に発現させた。
ギガデインの稲妻が三体のエビルスピリッツの身体を悉く貫き、新たにこの場に姿を現わそうとしていた空間の歪みさえも消し去ってしまった。悪魔の魂の集合体は、勇者の発した神の力に堪らずその場に倒れるが、一方のダークシャーマンは神の裁きとも言える稲妻にその身体を貫かれても、まるでその身に損傷はない。邪教に身を染めているにも関わらず、ダークシャーマンにおける信仰心と言うものがただ純粋である限りには、真の神の裁きなど受けないという凄みがあるのかも知れない。
「ビアンカ! 伏せろ!」
残る三体のダークシャーマンは既に戦うことのできない状況にまで陥っている。どうやら魔力も底を尽いたようで、ベギラゴンの火炎を生み出す気配も見せない。
リュカが叫んだのは、ビアンカの後方に迫っていた新たな敵の姿だった。ビアンカは後ろを振り返ることもなく、リュカに言われた通りにその場に素早く伏せた。しかし間に合わず、ビアンカの左肩を激しく抉り、一本の矢がそのまま地面に突き刺さった。
遥か向こう側に見えていたキラーマシンの群れが、近くにまで迫ってきていた。
矢の攻撃を受けたビアンカはその衝撃と共に、手にしていた賢者の石を地面の上に取り落とした。が、リュカがそれをすぐさま拾い、自身の服の懐へと突っ込んだ。そして膝をついたまま立ち上がれないビアンカの肩の傷をベホマの呪文で癒す。彼女が身に纏う水の羽衣はそのものに修復の力があるが、激しく抉られたために修復にも時間がかかるようだ。
矢の届くところにまで静かに迫ってきていたキラーマシンが、横に十体ずつ縦に三列、計三十体が矢を構えている。一本道の上に障害物などなく、矢を放たれればそれを避ける術はない。考えている場合ではないと、ティミーは即座に皆を守るために防御呪文スクルトを唱えた。
同時に放たれた矢は十本。唸りを上げて宙を飛んで来る。そして同時に、矢を放ったキラーマシンは四本の足で地面を飛ぶように移動を始め、リュカたちに接近戦を仕掛けて来る。だがその後方、まだ二列構えるキラーマシンの群れが、リュカたちに攻撃も防御もその隙を与えないと言わんばかりに、続けて矢を放ってくる。ティミーが続けてスクルトを唱えようとするも、彼は間近に迫ってきたキラーマシンの剣を、宙から飛んで来る矢を避けるのに天空の盾を己の前に構えるだけで精いっぱいだ。
地上で混戦となる中、勢いよくアンクルが宙に飛び上がった。その背にはビアンカがしがみついている。肩の傷はリュカの呪文にすぐさま癒され、違和感も残っていない。身に着ける水の羽衣も修復が終わりかけている。地面の上で戦うキラーマシンの剣から逃れた二人だが、宙に飛び上がったことで、離れたところに列を成しているキラーマシンのボウガンは揃ってアンクルへと向けられている。
古代文明に生まれた機械兵が熱に弱いことを知っているアンクルとビアンカは、威力を高めるためにも、同時にベギラゴンの呪文を放った。敵味方が入り乱れる中に放つわけには行かず、彼らが呪文を向けたのは、彼らに矢を放とうとしている後方のキラーマシンの群れだ。アンクルの目に映るのは、自身らが放ったベギラゴンの火炎が敵の群れに襲い掛かる様と、敵が放った矢がアンクルを目がけて飛んで来る様だ。
宙を飛びながら、アンクルは敵の放った矢を避ける。しかしアンクルに向けて矢を放ってきたのは、離れたところに列を作るキラーマシンだけではなかった。一本道の上でリュカたちと戦うキラーマシンの一体が、宙に浮かぶアンクルを標的に矢を放ってきたのだ。それが、アンクルの足に命中し、思わず彼は宙でバランスを崩した。続けて左腕にも矢を掠めたが、背中に乗るビアンカを必死に庇いながらも、どうにか宙に留まる。
今、賢者の石を手にしていないビアンカはアンクルを気遣うのは後だと、その手には既に次の呪文を準備していた。キラーマシンの群れがベギラゴンの火炎に損傷を受けていることは目に見えたが、一体として戦闘から離脱していない。飛んで来る矢の数は変わらず、攻撃力が衰えない。魔力の消耗は激しいが、確実に敵の数を減らさなくてはと、ビアンカは頭上に作り上げた大火球メラゾーマを横並びのキラーマシンの群れの中央へと投げつけた。
凄まじい熱の中に閉じ込められた一体のキラーマシンは、堪らずその場で熱に溶け、一本道の地面の上に溶けた金属が、水溜りの如く広がった。すぐさま続けて放てるほど、メラゾーマの呪文は簡単ではない。ビアンカが再びメラゾーマの呪文の詠唱に入ってすぐ、アンクルが入れ替わりにとベギラゴンの呪文を唱えようとした。しかし呪文を放つ手前には、どうしようもない隙が生まれる。そこにキラーマシンの放った矢が襲い掛かり、今度はアンクルの翼を貫き、穴を開けてしまった。ティミーの施したスクルトの防御呪文の加護を得ていても尚、キラーマシンの放つ矢の威力は強い。
穴の開いた翼では宙に飛び続けることができず、アンクルはビアンカを背に乗せたまま下降していく。その間にもビアンカは尚、諦めずに呪文を完成させ、離れて列を成すキラーマシンに向かってまたしてもメラゾーマの呪文を投げつけていた。
一本道の上に落ちてしまったアンクルに向かって、リュカたちと交戦中だったキラーマシンが二体、襲い掛かる。アンクルは己が身よりも弱い者を守るべく、ビアンカを守りの中へと放り込んだ。敵の剣での攻撃をひたすら受け、リュカたちは満身創痍の状態だった。回復の瞬間が得られず、スクルトの加護を受けていても尚、プックルに至っては全身に切り傷をこさえ、黄色と黒の身体は広く赤い血に覆われてしまっている。
リュカにティミー、ピエールは互いに背中合わせになるように立ち、プックルはその周りで単独で敵の群れの中をかき乱していた。リュカたち三人の背中に守られるようにしゃがんでいるのは、ポピーだ。アンクルがビアンカを放り込んだのは、ポピーのいる場所だった。
ポピーは交戦の音を耳にして、その身体は恐怖に震えそうになりつつも、目を閉じてひたすら集中していた。彼女が繰り返し唱えていたのは防御力破壊呪文ルカナンだ。キラーマシンが熱に弱いことは彼女も知っているが、彼女にその力はない。しかし金属製の硬い装甲ならば、使用できる呪文で対抗できると、ポピーは何度も繰り返しルカナンの呪文を唱えていた。娘のその状態にすぐに気づいたビアンカもまた、彼女の肩に手を当て、自身も呪文の使い手として同じ呪文の力を娘に託す。
リュカたちが狙うのは、キラーマシンの手足だ。本心では、左胸にある起動ボタンを押して、機械兵の動きを停止させるだけで良いと考えるが、敵が多数の中では狙うにあまりにも難しい場所だ。この機械兵には、宙を行く能力はない。移動する足と、遠距離攻撃できるボウガンを無効化してしまえば、完全に倒すことを目指さなくともこの場に敵らを足止めできる。ポピーが弱体化してくれた近接攻撃を仕掛けてきているキラーマシンの、ボウガンを狙い剣を振るう。ボウガンそのものを破壊することすら求めていない。矢を弾き出す弦さえ切ってしまえば、それだけで敵の攻撃力は半減する。
しかし戦闘の理由だけで作られたキラーマシンは、巧みにリュカたちの動きを読む。リュカたちが振るう剣に、己の剣を盾のように向けて来る。そして同時に、極近接の距離でボウガンを向け、容赦なくリュカたちに向けて矢を放とうとするのだ。両腕に備える武器を余すことなく使う様に、戦闘用機械兵の意義を見せつけて来る。
ルカナンの呪文が敵の身体に顕著に効果を現わしてきた。リュカの振るう父の剣が、キラーマシンの硬い装甲にも深い傷をつける。ピエールのドラゴンキラーが向けられたキラーマシンの剣を半ばから切り折った。そしてティミーが天空の剣で機械兵の膝に斬り込んだところで、彼は上から体を持ち上げられ、すぐさま守りの中へと放り込まれた。
アンクルがティミーを、ビアンカとポピーのいる守りの中へと放り込み、代わりにデーモンスピアを振るい始める。それだけでティミーは理解し、一度、二度と深く息をして呼吸を整えた後に、今にも倒れそうになっている父たちの傷を癒すために回復呪文ベホマラーを唱えた。その途端に、リュカたちの、気づかない内に鈍くなっていた動きもまた回復した。
リュカたちが猛攻を仕掛ける。その流れの中でリュカは、左手で懐から賢者の石を取り出すや否や、後方へ向かって投げ落とした。地面を滑るように転がってきた賢者の石は、まるで新たな持ち主を自ら認識するように、ビアンカの足元へとたどり着く。
既に第二段のキラーマシンの群れがすぐ近くにまで迫ってきていた。狙いを的確に定め、放ってきた敵の矢が、リュカの右足に突き刺さった。その勢いに先ず、リュカは右足を後方へと持っていかれ体勢を崩し、すぐに追ってやってきた鈍痛に表情を歪める。しかし賢者の石を手にしたビアンカが強く念じ、祈り、皆の身体の傷を穏やかに癒していく。大事には至らない。すぐに動けると、リュカは決して塞がり切らない膝の傷にはもはや痛みを感じないまま、剣を振るい続ける。
目の前で動ける敵の数は減り、今リュカたちの前に立つキラーマシンは五体。しかしその後ろから第二段のキラーマシンの群れ八体が加わって来る。
「ティミー!」
「はい!」
リュカの声に呼応し、ティミーはすぐさま呪文の詠唱を始める。突破を試みるつもりなのだと、ティミーは迷わず味方の者たちへ守りの衣を授ける。スクルトの呪文が彼らの身を守り、それによりキラーマシンの群れと対峙していたリュカたちが前進を始めた。代わりに、ビアンカとポピーを守っていた彼らの守りが解けるが、その二人を素早く拾ったアンクルが再び宙へと飛び上がる。
「気合いでつかまってろよ!」
宙に飛び上がるアンクルに、キラーマシンのボウガンが向けられる。しかし同時に、地面を駆けて行くプックルもまた、ボウガンの標的となる。等距離で迫るプックルとアンクルに、狙いを定めきれないキラーマシンもいるのが分かる。それだけで敵の攻撃の数は減り、タイミングは遅れる。
プックルは目の際を、アンクルは左腕を、矢が掠めた。プックルもアンクルも、自ら急停止するようにその場に止まる。それもまた、彼らは敵との距離を等しく取った。まだ接近戦には持ち込まない。プックルを巻き込まない位置に確認し、アンクルとビアンカが再び揃ってベギラゴンの呪文を放った。魔界を旅した中でもこうして機械兵の群れに対抗したことを彼らは当然覚えている。既に大火炎の攻撃を食らっているキラーマシンの装甲は一度溶けかけている。ここで追い打ちを掛ければ、キラーマシンの金属製の身体は熱の中で動かなくなるだろうと、二人が揃って放ったベギラゴンの火炎の中に、予想通りキラーマシンの群れは動きを止めた。
プックルは更に先へと走る。まだ炎の止まぬ中をも駆け、熱に溶け動けなくなったキラーマシンの群れの脇を駆け抜け、まだ先に立ちはだかるキラーマシンの群れの中を目指す。残り十体。
駆けるプックルの青の瞳の中に、宙に生まれる歪みが映り込んだ。目指す残り十体のキラーマシンとは離れた、一本道の外側に生まれた二つの空間の歪みから、それぞれエビルスピリッツが姿を現わす。その数、六体ずつ、計十二体。プックルが飛び上がれば届くような高さに浮かぶエビルスピリッツだが、飛び上がり攻撃を加えたところで、着地点に道はない。故に、プックルが目指す敵は変わらず目の前に立ちはだかるキラーマシンの群れだ。
アンクルもまた、攻撃対象となるキラーマシンの群れを目がけて飛んでいく。当然彼も、新たに出現したエビルスピリッツ十二体をその目に捉えている。悪魔の魂の合成体が大きく息を吸い込んでいる状態を見ながらも、やはり彼も同様、攻撃対象を変えることはない。やや先を行くプックルに追いつくべく、アンクルは飛行速度を上げる。目を瞑り、一心に呪文を唱え続けるポピーの身体を、ビアンカが必死に支えてやりながら、自らもアンクルにしがみつく。
エビルスピリッツが口から黒い息を吐き出した。しかしその黒い霧の威力を封じるように、出現した十二体のエビルスピリッツそれぞれを捉える光の帯が、まだ離れた場所から放たれた。ティミーが駆けながら天空の剣をエビルスピリッツへと向け、ピエールが風神の盾を左腕に掲げながら地を跳ねて進んでいく。その中央でリュカが、空気を操る風を生み出す。最も信頼する父に、主に託すように、ティミーもピエールも己が手にしていた武器も盾も宙へと放り投げた。
リュカもまた、ティミーとピエールと並び駆けていた。目の前で対峙していたキラーマシンの群れは、全て攻撃力を削いだ上で、地に切り伏せた。駆けながら呪文を操り、宙に放り投げられた天空の剣と風神の盾を操る。神が宿るそれらは光を放ちながら、リュカが両手に放つバギマの呪文の中で、歪みの中に生まれた悪魔の魂の集合体の存在を許すべきではないと光の帯を強くする。
駆けるプックルが残る十体のキラーマシンからまだ離れたところで一度、地面に土ぼこりを上げながら止まった。直後、大きく息を吸い込んだかと思えば、エビルマウンテンに轟くような雄叫びを上げた。山の頂上から魔界の空へと伸びる青白い光が、プックルの声に呼応するように一瞬強まるのを、誰もが感じた。頂上の祭壇に在る大事な仲間の想いを、リュカたちは皆その光に感じた。その光そのものが癒しの効果を持っていたわけではない。しかしこの場において、リュカたちの背中を強く押してくれる力を与えてくれたのは間違いなかった。仲間のゴレムスも静かに、強く、魔界の悪しき力に抗うように戦っている。
魔界の暗雲に閃光が走ると同時に、激しい稲妻が、道を阻む敵を目がけて落ちてきた。辺りに漂い始めていた黒い霧の放出が止まり、稲妻に悉く打たれたエビルスピリッツらはその場にショック状態のまま留まる。そこに機を得たように、リュカが風の中に操る天空の剣、風神の盾が目も眩むような光を放った。瞬く間だった。光が止んだ時には、十二体のエビルスピリッツの影も形もなく、風も止んだ後には、天空の剣も風神の盾もそれぞれ対となるように道の端に落ちていた。
手を止めてはいられないと、アンクルとビアンカが見下ろす形にいるキラーマシンの群れに同時にベギラゴンの大火炎を放つ。集中して呪文を唱える際に宙に留まったアンクル目がけて、キラーマシンらは矢を放つ。止まる標的に矢を当てることは、キラーマシンにとっては容易いことなのかも知れない。一本はデーモンスピアに弾いたが、アンクルの大きな身体の前面、左胸近くに二本の矢が突き立った。キラーマシン自身、その場所を弱点としているが故に、標的となる者の弱点もまたそこにあると捉えるのだろう。しかしティミーの施した防御呪文スクルトの効き目はまだ十分だった。アンクルは全身に力を入れると、浅く突き立っていた矢を身体から弾くように下へと落とした。だらだらと流れる血が、アンクルの腰から下に生える体毛を染めるが、宙に浮く彼の高度に差し障りはない。
高熱に晒され、動きを束の間止めるキラーマシンの群れに、プックルが突っ込もうとする。その後ろから、リュカが叫んだ。
「待て! プックル!」
駆け続け、追いついたプックルの後ろから声をかけたリュカは、咳き込みそうになりながらもまだ駆け、プックルの横にまでたどり着くと、息も整えぬままに呪文を放つ。放つバギクロスの呪文は、今もキラーマシンを広く包んでいる火炎の勢いを増幅させ、その炎の海の中に機械兵らが沈んでいく。
攻撃にのみ集中しているリュカに向けても、敵の矢は容赦なく放たれる。今のリュカには矢を避ける術はない。バギクロスの暴風を放っているにも関わらず、キラーマシンの放つ矢はその隙間を縫う力でもあるのか、真っすぐにリュカへと向かってくる。リュカ自身、矢が当たろうが、敵をこの場で倒しきるまで決して呪文を止めることはないと自身を信じた。
リュカの前に立つティミーが、天空の盾の加護を信じるように、盾を前に構え父を守る。盾がなければリュカの腹に刺さっていたであろうキラーマシンの矢を、ティミーが天空の盾で弾き返す。重々しい金属音が響き、矢は地面に跳ね、転がった。リュカはティミーの頭越しで、守りをティミーに任せ、バギクロスを放ち続ける。残り十体のキラーマシンが火炎の海の中に沈み切るのを見て、リュカは放つ呪文を止め、ようやく苦しい表情ながらも呼吸を整えた。
「お父さん!」
目の前の脅威が去ったことに安堵したティミーが、後ろに守っていた父リュカを振り返る。横にいたプックルもまたリュカに顔を向ける。
「ダメよ! お兄ちゃん!」
ポピーの声が上から降って来た。アンクルの背にしがみついたまま呪文を唱え続けていたポピーは、決して今目の前で倒れたばかりのキラーマシンを相手に呪文を唱えていたわけではなかった。更にその後ろ、既に新たなキラーマシン十体が、無傷の状態でリュカたちの前に立ちはだかっていた。この一本道を守る機械兵には限りがないのかも知れないと、誰もが気づいた時には、新たに姿を現わしたキラーマシンは規定通りと言うように矢を放ってきた。
キラーマシンに背を向ける格好となっていたティミーの腰に、一本の矢が突き刺さった。ドッという鈍い音にその衝撃は伝わり、その勢いのままティミーは前へと、リュカの方へと倒れた。天空の鎧の守りをその身に纏いながらも、キラーマシンの放った矢はその隙間、天空の鎧では守り切れていないティミーの腰部分へと鋭く突き刺さった。
「ティミー!!」
アンクルの背中にしがみついていたビアンカが悲痛な叫びを上げる。一瞬の強い動揺に、ビアンカはアンクルに掴まっていた腕の力を弱めてしまった。支えきれずに落ちそうになるビアンカを支えようとするアンクルもまた、体勢を崩す。その瞬間をも、キラーマシンは抜け目なく着実に狙いを定め続けていた。
アンクルの右腕に一本の矢が突き刺さる。その衝撃に、追ってくる鈍痛に、堪らずアンクルは手にしていたデーモンスピアを落としてしまった。その現状に、ビアンカの意識は一気に現実へと引き戻された。後悔や反省は後だと言うように、ビアンカはアンクルの背に乗りながら、早さを重視するようにメラミの呪文を唱え、キラーマシンに向かって投げつけた。その隣では、涙を流し、全身を恐怖と焦りに震わせながらも、ポピーが一本道の真ん中で低く体勢を構えているプックルに攻撃補助呪文バイキルトを唱えた。
ティミーを回復するリュカ、その二人を守るために、ピエールが前に構えている。彼は右腕に装着しているドラゴンキラーを以て、襲い掛かって来る敵の矢の軌道を見極め、弾いた。そしてリュカもまた、ティミーを庇うように己の身で息子を守りつつ、ベホマの呪文を施す。傷の内部からじわじわと回復していくに従い、ティミーの腰に突き刺さっていた矢も身体から追い出されるように地面にぽろりと落ちた。ティミーが目覚めるまでには、実際には束の間の時間だったのかも知れないが、その間にピエールもリュカも、腕に肩にと矢傷を負った。
一本道の終わり、その向こう側にはエビルマウンテンの大きな洞穴が黒い口を開けてリュカたちを待っている。新たに姿を現わしたキラーマシンはこの一本道を守るために、際限なくこの場に生み出される機械兵に違いなかった。これまでに遭遇したこの機械兵らも、凡そこのような一本道を塞ぐために配置された者たちばかりだった。故に、既に見えている洞穴の向こう側へと飛び込んでしまえば、現状の機械兵地獄からは逃れられるだろうという望みに賭けるように、プックルは前足で地面を掻く。
プックルが駆け出したその時、すぐ隣から光の速さで何者かが先へと、飛ぶように移動していくのをプックルは見た。キラリと光を放ちながら、地面の上を滑るように走り去っていく姿に、プックルは思わず唖然としてその場に足を止めてしまった。
「なっ!? あいつじゃねぇか!」
地面に降り、デーモンスピアを拾い上げたアンクルが、一本道のど真ん中を疾走していく銀色の疾風の景色を見て声を上げる。そしてその者は、急激に途中で止まると振り返り、後に続いてこない者たちに一丁前に怪訝な視線を投げかける。振り向いたはぐれメタルの身体に、偶然にもキラーマシンの放った矢が一本当たったが、はぐりんはカンッと小気味よい音を響かせて矢を弾いてしまった。
はぐりんの挑発的とも見える視線に乗るように、プックルが再び駆け出した。凄まじい速さを誇るプックルでも、はぐりんの光の速さのような勢いには到底追いつかない。次元の異なる速さをその身に有しているはぐりんは一足も二足もお先にと言うように、先陣を切ってキラーマシンの群れの中へとその身を投じた。的確に狙いを定め、的確に敵となる者を攻撃するキラーマシンにおいても、はぐれメタルという素早さの極致にあるような敵を想定してはいないのだろう。振るう剣も、番える矢も、はぐりんの身体に当たらない。たとえ剣も矢も当たったところで、はぐりんの身体が剣よりも鏃よりも硬く、全ての硬いものを弾いてしまう。
キラーマシンの群れの攻撃を、結果的に引きつける格好となったはぐりんに乗じて、プックルがその後から敵の群れへと突っ込む。はぐりん自身、防御力には他の追随を許さない現状があるが、特別攻撃力があるわけではない。そもそも、はぐれメタルという種族は臆病な性格で、敵との交戦を好まないどころか、姿を現わすこと自体が珍しい。その者がこうしてリュカたちの前に再び姿を現わしたのは、偏にはぐりんの性格が好奇心旺盛ということに依るものだったというだけだ。
プックルの体当たりに、一体のキラーマシンが後方へと吹っ飛んだ。プックル自身にポピーのバイキルトの呪文が施されていたのと同時に、ポピーはそれ以前にキラーマシンの群れにルカナンの呪文を放っていた。アンクルもビアンカも激しい呪文を使い過ぎており、既に彼らの魔力は大きく消耗している。止むを得ないという状況ではあったが、それでもこの後もまだどれだけの道が続いているのか分からない。あの硬い装甲をいくらか剥がしておけば、父や兄や強い仲間たちが道を切り拓いてくれるに違いないと、キラーマシンと言う機械兵に対しては有効な攻撃呪文を持たないポピーはそう自身に言い聞かせるように呪文を唱えていた。
キラーマシンの群れの中に入り込んだはぐりんは、キラーマシンではなく、プックルを翻弄するかのように機械兵の群れの中をひゅんひゅんと移動する。はぐりんのその動きが、キラーマシンの機械兵としての動きを阻害する。そこに隙が生じ、プックルはその隙にキラーマシンを一体、一体と体当たりを食らわせていく。当然のように、プックル自身も敵の剣をその身に受け、無傷では済まされないが、それにも耐えつつプックルはただ一心に攻撃を加えて行く。
キラーマシンの矢の雨が止んでいる今を逃してはならないと、回復したティミーと、父子を守っていたピエールはそれぞれ道の両端に落ちている天空の剣、風神の盾を拾いに走る。その二人の身に、リュカはそれぞれ防御呪文スカラを施した。
動く者に対して、キラーマシンの矢は狙いを定める。ティミーに向けられた矢は、その直前に宙から放たれたビアンカのメラミの呪文によって阻まれた。ピエールに向けられた矢は、飛び込んだプックルがボウガンに炎の爪を引っ掛け、無効化してしまった。気づけば、リュカたちの前に立ちはだかる、新たに現れていたキラーマシンの群れは半数の五体にまで減っていた。
またしても新たな機械兵が現れる兆しが、一本道の向こう側、黒い洞穴の口にあった。まだその姿を目にしないでも分かる、恐らく十体。その気配が感じられるだけで、リュカたちの間にはこの窮地から抜け出すことができるのだろうかという不安が、一瞬でもそれぞれの身に取り巻くようだった。
しかしそれも一瞬のこと。それ以上にリュカたちには前に進まなければならない現実がある。現実を置き去りに、不安ばかりを感じていても、目の前にもう見えているくらい近くにある洞穴の向こう側には辿り着けない。不安を感じている余裕もないのが、現実だ。
正面から、脇腹に矢を受けた。しかしそのまま、リュカは猛然とキラーマシンの群れの中へと飛び込んだ。残り五体の内、一気に二体を切り伏せた。ポピーが地道に敵の装甲を弱体化させていたお陰だ。間もなくピエールもティミーも混戦の中に加わる。敵に振るわれる剣を受ける盾を持つ二人は、盾を半ば武器にするかのようにそのまま盾で敵の身体を押しのけ、身体を反転させキラーマシンの装甲を剣で薙いだ。残り一体はプックルが宙に飛び上がり、上から炎の爪の攻撃を浴びせた。動かなくなり、その場に停止。
新たに十体の気配。中央に一体が先に姿を現わす。正面に現れたそのものに、リュカが剣を構えながら、すぐ後ろに見えている洞穴の黒い穴目がけて、敵もろとも突っ込むのだという勢いで剣を振り下ろした。敵も剣を掲げ、リュカの攻撃を受け止める。その足元、はぐりんがふと止まり、リュカを見上げている。そのつぶらな瞳に映るのは、リュカの指で命の灯を絶やさないリングの小さな宝玉。プックルがリュカを援けるように正面からキラーマシンに体当たりを食らわせると、三者が一体となるように、黒い洞穴の中へとそのまま突っ込む体勢となる。
リュカが身に着ける命のリングが放つ光が、僅かに強まったのを、誰も知らなかった。そこには大魔王の張り巡らした結界があったはずだが、それが命のリングを持つリュカの存在によって、柔らかく解かれて行ったことなど、誰も知らないままだった。