母の背中
洞穴を出ると、魔界の空を覆う暗雲の景色が嫌に近いように感じられた。その暗い空へと大きく一筋伸びる青白い光の柱がもう、間近と言っても良いほどの場所に見えている。
ふと顔に感じた雨のような水の感覚に、リュカはその青白い光の柱が水で出来ていることを知った。霧のように顔に当たる水の気配は清かなもので、それは先ほどまで潜っていた洞穴の中にあった魔像を囲む水場と同じであり、ジャハンナの町を囲んで流れる水と同じだった。
「ここが山のてっぺんかな? 思ったより広いなあ」
ティミーの声は思いの外はっきりと聞こえた。彼の言う通りこの場所は広く平らで、魔界の山の頂とは思えないほどに足場が均されていた。まるで人間にも配慮したような歩きやすい平らな地面に、ティミーの足取りもいくらか軽くなる。
エビルマウンテンの山の内部の洞窟は床も壁も平らな石が敷き詰められ、大魔王の城に相応しいような魔像もところどころに置かれていたが、山の外部に当たる今リュカたちが立つような場所にそのような人工的な建造物らしきものをこれまで見てこなかった。山の途中に渡った巨大吊り橋などはあったが、青白い柱を支えるような石造りの大きな土台があることなど、想像もしていなかった。
大きく二段造りとなっているその土台を、リュカはどこかで見たような気がしていた。そしてそれを思い出すや否や、リュカは思わず顔をしかめた。巨大な祭壇。それは地上世界に存在していたセントベレス山の頂上に建つ大神殿にもあった。見た目には美しく造られていた大神殿だが、その実あの大神殿建造には多くの奴隷の人間の命が犠牲となっている。セントベレスの大神殿が建造された理由は、ただ人間たちに威光を示したかったからだ。光の教団というまやかしの組織を作り、真実と嘘を織り交ぜたような嘘で人々を勧誘したり、一方で高貴な血筋に生まれるであろう勇者という怪しげな予言の元に、強制的に富豪の子供らを連れ去ったりと、地上世界を静かに残酷に破壊してきた。その教団の総本山であるセントベレスの大神殿を思い出せば、リュカのみならず家族も仲間も、今目の前に見えている景色に嫌悪を感じずにはいられない。
しかしこの場所に大神殿のような数多の信者がいるわけではない。この魔界の山にあっても静謐で、大きな祭壇の上に伸びる青白い光を放つ水の柱があることで、セントベレスの大神殿のような嘘に塗れた雰囲気は感じられない。魔の山の中心にあるからこそ、この光の神聖性は際立っているとも言える。
細かな水が辺りに漂うのは霧や靄のようではなく、目にすることはできないがそれでもはっきりと水の気配を顔に肌に感じることができるようなものだ。時折、気まぐれにやや大きめの水滴が飛んで来るのは、祭壇の上に伸びる水の柱が絶えず流れを作っているからだろう。
祭壇の上にまで行かねばならない。行って確かめねばならないと、リュカが一歩を踏み出した時、隣でビアンカが声を上げた。
「ねえ、リュカ! 聞こえない?」
彼女は今、彼女本来の性質から離れて、今は皆を守る立場を優先している。攻撃呪文を得意とし、性格的には先手必勝とばかりに攻撃をするプックルにも似た彼女だが、今彼女の手に握られているのは賢者の石だ。
「ほら……どこからか祈るような声……」
賢者の石を両手に握りながら目を瞑り、聞こえた声に耳を傾けようとするビアンカを見て、リュカは彼女の手にある賢者の石が仄かに光るのを見た。それは癒しの効果を発揮する兆しではない。ただ、彼女が耳にした祈るような声に反応しているのだと感じると、リュカは己の指にはめている命のリングもまた同じように淡い光を放つのを目にした。賢者の石も、命のリングも、当然のように本来の持ち主の心に反応を示しているのだ。
リュカも同じように目を閉じ、耳を澄ませた。目を閉じ、五感の一つが閉ざされることで、耳の感覚が鋭くなる。リュカにもすぐにその声は聞こえた。辺りに漂う水の気配にも乗り、水を震わせ空気を震わせ、リュカの耳にも届くその声は、紛れもなく母のものだと思えた。
再び静かに目を開け、目の前に聳え立つような巨大な祭壇を見上げる。祭壇の麓には当然のように、番兵のような悪しき魔物の姿が見える。そもそもこの祭壇近くをうろつくような魔物はいないのだろうが、対して見える魔物らは祭壇の上にある者を守らねばならないという義務を課せられているに違いない。ただ与えられた物事にあたることだけが頭にあるのか、明らかにリュカたちの存在に気付いているはずだが、その場を動こうとはしない。場所を守ろうとする目的としてはごく当然の行動で、リュカは敵のその姿を見て尚、あの祭壇の上に母がいることに確信を得た。
敢えて攻撃の姿勢など取らないまま、リュカは皆と共に祭壇の上へと続く階段に向かった。その階段の道を阻むように、既に何度か遭遇したことのあるダークシャーマン四体が並び立っている。遠くから侵入者であるリュカたちを認めていたにも関わらず、微動だにせず侵入者から近づいてくるのを待っていた。覆面に隠された表情はまるで分からないが、両腕の大蛇は常にちろちろと舌を出して、リュカたちを獲物として見つめ捉えている。
「なんだ、お前たちは」
敵が話のできる者だと思っていなかったリュカは思わず虚を突かれたが、少しの間の後、落ち着いて応じる。
「母を……マーサを救いに来た」
話のできる相手であればと、リュカは心のどこかでいつでも僅かな期待を抱いている。好き好んで戦うなど、ごく少数の種族に限るのだろう。誰だって傷つきたくはないし、無暗に相手を傷つけたくはない。
しかし冷静に考えて、この場所に立つ者がリュカたちに道を譲る確率など無いに等しい。現実に、リュカの言葉に応えるダークシャーマンの声は既に己の意思などないようで、ただ盲目的に信じる何かに向かって、半ば機械的に言葉を発しているだけだった。
「今マーサ様は我らが魔王ミルドラース様のために祈りを捧げているのだ」
目の前の敵は本当にそうだと信じているのだろう。それが良いことだとも悪いことだとも思っていない。マーサがミルドラースのために祈りを捧げていることを守る、その事だけが魔物らに与えられている。それは人間の兵士とも異なり、キラーマシンのような機械兵とも異なるものだろうと、リュカはどうにもならない思いを抱えながら、右手を剣の柄にかけた。リュカのこの行動一つで、仲間たちの間にも戦闘態勢に入る緊張感が一気に漲る。当然、その雰囲気を察知した敵もまた体勢を低くし、攻撃の意思を見せてくる。
「ジャマするやつはこうしてくれるわっ!」
四体のダークシャーマンが揃って両腕の大蛇を前に構え、放とうとした呪文の効果をまるで封じてしまうかのように、凄まじい吹雪が唐突に宙に現れ、敵の群れに襲い掛かった。ポピーがこの近距離においても、遠隔呪文でマヒャドの呪文を放ったのだ。
突如身の回りに現れた猛吹雪に、ダークシャーマンらが放ったはずのベギラゴンの呪文は威力を格段に落とした。ここで足止めされている場合ではないのだと、リュカが先陣を切って駆け出すと、その隣をプックルが追い抜き、後ろをティミーも駆けて来る。ピエールもリュカたちの影に隠れるように駆けてきたが、途中、方向を変えた。アンクルは宙に飛び上がり、一瞬状況を見ると、すぐさまティミーの傍へと飛び込んだ。
威力を落としたとはいえ、四体が一度に放ったベギラゴンの呪文の渦中へと飛び込む形となり、リュカたちは炎の中で息を詰めた。炎の中に見える大蛇に剣を振るい、切り落とす。切り落とし損ねた大蛇は、反撃に転じ、リュカたちに食らいつく。しかし代わりに、敵の腕は呪文を放つことを止め、直接攻撃へと行動を転じている。リュカたちの周囲に渦巻いていた炎は消え去るように止み、互いの姿がはっきりと見える状況となった。
プックルが敵の喉元に飛びかかり、地面に敵の身体を倒していた。プックルもまた敵の攻撃を食らい、脇腹を大蛇に食いつかれている。しかしその傷は負った傍から癒されて行く。ビアンカがゴレムスの守りに入りながら、戦いに飛び出した仲間たちに向かい、賢者の石を持って祈り続けている。間もなく、プックルの下に倒れていたダークシャーマンは息絶えた。
敵が蘇生の葉を手にするかも知れないと、リュカたちは皆が予想していた。それ故に、その隙を与えなかった。リュカは己も大蛇に肩を噛みつかれていたが、それを以てしても反撃の剣で敵の首を斬りつけた。ティミーは天空の剣で敵の胴を斬りつけ、頭上から大蛇の攻撃を受けそうになったところを、アンクルが宙から槍で応戦した。味方のダークシャーマンがあっという間に倒されて行く景色に、慌てた様子で世界樹の葉を出そうとしたであろう一体に、ピエールが斜め後ろから飛びかかり、ドラゴンキラーで背中を大きく斬りつけた。敵であるダークシャーマンらに、世界樹の葉以外の回復の術はない。
「お願いだ。通してくれ」
この言葉を聞いてくれるようにと、リュカは依然として剣を右手に構えている。このまま通してくれればこれ以上攻撃を加えることはしないと、無暗に剣を振るわないことでその意を示す。リュカの意を汲むようにプックルもピエールもアンクルも、各々敵のすぐ近くに立ち、敵の行動を無言の中に留めている。このままダークシャーマンらが大人しくリュカたちを祭壇の上にまで通せば、それだけで良いのだ。
しかし敵には敵の意図があり、感情がある。敵らにとっては、この場所を誰も通さないということが与えられた使命とも言えるものなのだ。それを簡単に放り出すような者が今この場所に立っていることもないだろうと、決して退くことなどしないと言うようなダークシャーマンの戦う姿勢に、リュカは表情を苦し気に歪めながらも剣を振るった。
深手を負いつつもベギラゴンの呪文を放とうとしたダークシャーマンを、リュカたちは一斉に仕留めた。倒れた敵の姿に、決して憎しみなどは沸いて来ず、ただ後味の悪い気持ちが胸の中に広がるだけだ。エビルマウンテンの山頂に位置する大祭壇の階段の下で、ダークシャーマンらはただこの場所を守っていただけだった。敵対する限りには剣を交えることが当然とは言え、リュカの中にそれが当然のこととして未だ心の中に根付いてはいない。話ができるのならば、意思の疎通が図れるのならば、先ずは互いに歩み寄らねばならないのにと、自身の期待や希望とは裏腹に、現実は何とも上手くは行かない。
「リュカ……行きましょう」
ビアンカの声にも悲痛な音が混じる。誰しもが好き好んで敵を殺めたいなどと思っていない。できることならそんな悲惨など一つもない世界が望ましいと思っているのに、今のリュカたちだけではどうにもならない敵対する世界が既に長らく構築されてきてしまった。
しかしそんな世界を諦めているわけではない。諦めていれば、リュカたちがこの場所にまでたどり着くことはなかっただろう。人間と魔物が敵対するこの世界をもし変えることができるとしたら、その鍵を握るのはマーサであり、その子であるリュカなのだ。
この大祭壇の上に、マーサがいる。その祈りの声が、まるで細く伸びる美しい笛の音色のように、リュカたちの耳に届いている。青白い光の柱が祭壇の上から暗い空へと伸び、その光に向かうように、リュカの後ろで大きな仲間が動き出す。ゴレムスの大きな足が一歩を踏み出したのを感じながら、リュカもまた皆と共に、大祭壇へ続く階段を上り始めた。
大祭壇の上は、普通の広場ほどに広さがあった。遥か遠くからも見えていた青白い光の柱は、ここに来てしまえばその光を青白い色と感じることもできないほどに、辺りに溢れている。この大祭壇の階段の中腹辺りから既に、光は辺りを取り巻いている。邪気を寄せ付けない聖なる光は広く祭壇を包み込み、それらの光は辺りに漂う水の粒に反応し、それが光を青白く見せていたようだった。リュカたちは祭壇の階段を上る途中で、青い霧のカーテンを通ってきたように感じていた。水の気配は祭壇の上にまで漂い、その中心に、目指す人の背中が見えた。
大祭壇の上に更に、祈りを捧げるための場所として、壇があった。その壇は、ただ彼女のために作られたものなのだろう。魔物に祭壇が必要だとも考えられないが、その壇は一人の人間のためにあるもので、その壇上に足を踏み入れることのできる者は恐らく彼女しかいないに違いない。
その壇上で、リュカの母マーサは両膝を固い石の壇の上に着き、一心に祈りを捧げていた。彼女の祈りの言葉は古のもののようで、リュカたちにはその言葉の意味は分からない。しかし彼女が一体何に対して祈りを捧げていたのかを考えれば、それは恐らく、リュカたちの無事を祈るものだった。
この魔界に足を踏み入れたリュカたちに気付いたマーサは、リュカたちの身を案じて、一つの贈り物を寄越した。それを今はビアンカが大事に手にしている。賢者の石の青い色に、この場所の辺りに溢れている青白い光を見る。ただの癒しの色ではない。そこには、大事な者を想う祈りの力が込められているのだと、祭壇で祈りを捧げ続けている母の背中に、当然のようにそう感じた。
辺りに漂う細かな水の粒一つ一つに伝わっていた祈りの音が、静かに止んだ。たった今その必要がなくなったのだと、今は祈りを捧げる対象がすぐ後ろにいるのだと、リュカの母マーサはゆっくりと振り返った。この場面を、リュカはあのセントベレスの大神殿でも目にしたことがあった。地上の忌まわしき大神殿において、母の姿に化けていた大神官を名乗るラマダと遭遇した。化けた姿とは言え、マーサの外見をそのまま装ったラマダに、リュカは当然のように予期した通りの感動を覚えた。ようやく母と会うことができた、父パパスが諦めず追いかけていた、死に瀕しリュカにその希望を託した父の願いを果たすことができたと、感動に思わず身体は震えた。
しかしその時の感動の思いは、今とはまるで異なる。目だ。目がまるで違う。
不思議としか形容できないような漆黒の瞳に、リュカの目もまた否応なく惹きつけられた。サンチョはリュカを見て母マーサに似ていると度々口にしていたが、リュカはそんなことはないと感じた。魔物とも分かり合うことのできる力を母から譲り受けたのは間違いない。しかし母マーサの瞳の全てに奥に宿る慈愛や博愛の精神は、リュカの比ではない。彼女は息子であるリュカは当然のこと、生きとし生けるもの全てにも留まらず、在るもの全てに対して心を寄せているほどの雰囲気を、その身から溢れさせている。言葉に表して言うとすれば、彼女はとても人間離れをした雰囲気を持つ女性だった。
「リュカ」
小さな声が、祈りの祭壇の上から降って来た。リュカと同じ漆黒の瞳に長い黒髪、纏うローブは辺りの青白い光に仄かに照らされても分かるような、優しくも力強い印象の緑色だ。今リュカが指にはめている命のリング、その中に宿るものと同じ色だ。長いローブの裾を下り階段に擦っているにも関わらず、足音もまるで聞こえない軽い足運びに、ローブの裾も浮いているようにすら見える。
「リュカ……」
マーサは自分で今、息子の名を口にしていることにすら気づいていないようにも見えた。思いが溢れるが故につい声に出てしまっている。彼女はその名を今までに何度も口にしていた。それは忘れないようにという消極的なものでは決してない。我が子を想うことを諦められないという、ただの親心からのものだ。
リュカもまた、引き寄せられるように祭壇の階段へと向かう。自分が歩いていないような感覚だった。ようやく母マーサに会うことができた。魔界へと足を踏み入れ、危険な旅を続けてきたのも、父の思いを受け継ぎ、母を救い出すためだった。それをすぐに為さねばならないと、一方では冷静に考える頭もあった。しかしあと一歩で母に触れることができるとなれば、その足を止めることもできない。
祭壇の階段から降り切らないところでマーサが両手を伸ばし、階段の下でリュカがその手を両手に取った。どちらも温かな手だった。リュカの方が一回りも二回りも大きな手をしていると言うのに、マーサの両手はリュカの両手を下で支えるように受けていた。
母の両手は緊張に感動に、自ずと震えていた。マーサの記憶にあるのは、まだ話すこともできない赤ん坊のリュカの姿だけだ。あれから三十年ほどが経ち、生きている息子がたくましく成長したことを想像しようとしても、マーサの脳裏に映るのはいつでも腕に抱く赤ん坊のリュカの姿だった。常に自身の腕よりも高い体温で、腕に抱けば必ず腕も胸も心まで温めてくれた。小さくも力強い命を腕に抱くだけで、この世のものとも思えぬ幸せを感じることができた。我が子が生きているというだけで、改めてこの世にあるもの全ては奇跡の上にあるものなのだと思えた。
マーサの右手が、リュカの左頬に添えられる。戦いの傷こそないが、この場に来るまでの戦いやらで汚れ、埃っぽく、がさついている。マーサの記憶がこの瞬間に上積みされる。赤ん坊のリュカは立派に成長し、愛する妻とも巡り合い、可愛い子供たちにも恵まれ、しかし険しい人生を送らざるを得ない状況で、この魔界の奥地にまで進んできた。
「ああ……リュカ……」
もう片方の手もリュカの右頬に添えられた。両頬に母の手を受けるリュカもまた、その上から己の両手を添える。そうしたら、マーサの手の震えは止まった。代わりに彼女の両目から堪え切れない涙が零れた。
「リュカですね……」
そう言いながらにこりと微笑むと、その目尻からまた涙が零れ、両頬を伝う。まるで隠しもしない母の涙を見ながら、リュカもまた目頭を熱くした。泣きそうに歪むリュカの顔つきは、まるで赤ん坊の頃と変わらなかった。妻子を持つようになった立派な大人の男だというのに、母マーサから見ればいつまでもリュカは子供であり、長らく彼女の記憶を占めていた赤ん坊のリュカなのだ。
泣く我が子を抱きしめるのは、親としての義務でもあり当然の感情なのだと、マーサは一段上の階段に立ちながらリュカの頭を両腕に抱きしめた。自身の方が余程涙を流しているにも関わらず、そんなことはどうでも良いと言うように、マーサの右手はリュカの背中をさすり、とんとんと優しく叩き、宥めようとする。その行為に裏づく想いは、深い懺悔の気持ちだった。ごめんなさい、ごめんなさいと、リュカのこれまでの人生全てに対し、マーサは謝りたかった。エルヘブンの大巫女であった自身の、縛られ翻弄されるばかりの人生に巻き込んでしまってごめんなさいと、リュカのこれまでの人生を全て幸せなものに塗り替えてあげたいと思うほどに、母の懺悔の想いは深かった。
しかし母に初めて抱きしめられたリュカは、そのような母の想いになど気づくはずもなかった。母に抱きしめられる温もりの中で、リュカは父パパスとのかつての旅路を思い出した。強い父が傍にいるだけで、リュカは危険な外の世界でも常に安心感を覚えていた。その安心感はあの絶望の時に奪い去られてしまったが、父といた時は自分の存在がまるで地に根を生やしたかのような安定したものであり、決して何に対しても揺るがない、説明のできない自信が己の中に存在していた。
母の腕に抱かれたリュカは今、父を失った後に生まれた不安定感が一息に消え去って行くのを感じていた。与えられた感覚は、許しや守りのようなものだった。父パパスを失ったことを、リュカは己の無力故のことだと自身を無意識の内にも責め続け、この想いは一生をもって償うものだと感じている。その想いは決して消えることはない。しかしリュカのその想いは我が子の思いとして、全て引き受けると言うように、母マーサはリュカの頭を両腕に抱きしめている。リュカよりも父パパスを深く知っているマーサが、そうしてリュカを温かく抱きしめることで、リュカが自身に思う罪の意識が自ずと浄化されて行くのを感じる。
リュカは両手を母の背中へと回し、抱きしめ返した。信じられないほどに細い身体だった。リュカの頭を抱きしめる腕も、到底力強いものではない。同じ女性であるビアンカと比べても、線が細く、少しでも力を入れれば折れてしまいそうだと感じる。しかし母マーサは三十年ほどの長い間、たった一人でこの魔界に囚われ、それでも世界に絶望することなく、己のやるべきことから逃げずにここで戦い続けていた。たった一人でだ。それはどれほど苦痛な日々だったのだろう。どれほど強い精神力を持ち続けていたのだろう。母の身体を抱きしめ返すリュカには、母のこれまでの言葉には表し切れない労苦が流れ込んでくるようで、思わず言葉が口を突いて出た。
「……ありがとう、母さん」
息子である自分だけではない。マーサは広い世界を常に見ていた。世界を見て、世界を諦めなかったからこそ、こうして粘り強く生き続け、地上の世界も、そしてこの魔界も、平和であることを祈り続けてきた。祈りの心と言うのは、その祈りの心を受け取る者たち全てに響くものだ。己のために祈りを捧げてくれる人がいると知るだけで、人は生きる力を持つことができる。目に見える力と言うものも大事であることは確かだが、それを支えるのは目に見えない力であることが真実なのだ。
リュカの両手が背中に回っていることに温かみを覚え、マーサの思いもまた、溢れる。
「母はどんなにかあなたに会いたかったことでしょう……」
今のこの時に、ようやく会えた息子に、伝えるべき想いを伝えておかねばならないと、マーサは言葉を続ける。
「私が攫われたあの日以来、あなたのことを考えぬ日はありませんでした」
これは紛れもない本当のことだと、マーサの震える声がリュカの耳元に響く。大袈裟でも何でもなく、マーサがリュカの事を思わない日が一日もなかったことは真実だ。思う思わざるに関わらず、地上の世界に残してきたたった一人の我が子は、産まれる前から既にマーサの一部だった。自身の一部になってしまっている想いがあるが故に、マーサはたった一人でもこの魔界で耐えることができた。元来、エルヘブンの大巫女として育った彼女には、何物にも静かに耐える力に優れていた。その上彼女は我が子をこの世に授かり、更にその力を高めたと言っても過言ではない。我が子の人生の幸せを願い、子供の生きる世の中が良いものであることを願い、大魔王ミルドラースの悪しき望みを受け入れることなく、マーサは四六時中とも言えるほどに祈り続けていた。
リュカの頭を抱きしめていた両腕をゆっくりと離し、マーサは今一度成長したリュカの顔を真正面からまじまじと見つめた。両手をリュカの両頬に添え、そして両肩に柔らかく置く。その逞しさにマーサはかつてのパパスを見たような気になった。リュカの容姿は誰が見てもマーサに似たものだが、リュカに備わる戦士としての風貌はかつてのパパスを彷彿とさせた。幾多の戦いを経た戦士としての人生はそれ自体、パパスと似た歴史を辿ってきたのだろう。そしてリュカが腰に帯びる剣は、パパスが長らく愛用していたものだ。父から継いだものはその遺志と、恐らく遺志を帯びる愛用の剣。マーサの見る景色には、成長した息子リュカが目の前に立っているものと重なって、悲願を果たそうとするパパスの姿が見えていた。
「リュカ……。なんとたくましく成長したことでしょう……」
すっかり大人の男に成長したこの息子の姿を、夫パパスも目にしたかっただろうと思うと、リュカの両肩に乗るマーサの両手にも僅かに力が入った。リュカを庇った父は無残な死を遂げたのだという言葉を聞いているマーサだが、彼女はそれを決して言葉通りには受け取っていない。あの勇猛ながらも心優しい夫が無残な死を遂げるわけがないと、事実がどうあれ、己はそう信じるのみだと今もそうと信じ切っている。そう信じることが、無念の死を遂げた者に対する正当な情というものだろう。
「今こうしてあなたに会っていることがまるで夢のようです……」
そう言ってマーサは再び涙を頬に流した。にこりと微笑む目尻から流れる涙は、一瞬ルビーの宝石のように煌めき、顎から落ちて行った。そしてマーサの視線はそのまま、リュカの後方へと向けられる。そこにはリュカに幸せをもたらしてくれた妻ビアンカ、リュカの幸せそのものである双子のティミーとポピー、リュカと共に意を同じにして戦ってくれたプックル、冷静に時には異を唱えてリュカを正そうとするピエール、飛ぶ力を有しているが故に俯瞰的に仲間たちを見るアンクル、そして、仲間たちを全て守るのが役目だと言うように後ろに立つ、幼馴染のゴレムス。
「皆さん、本当にありがとうございます。ここまで、こんなところにまで一緒に、本当に……」
それ以上感動のひと時は許されないのだと言うように、彼らのいる大祭壇の周りに漂う水の気配が不穏に風をはらむのを感じた。揺れる空気に現実に戻されるように、リュカは母の両腕に手を添えると、真剣な表情でここまで来た目的を告げる。
「母さん、今からすぐにここを出よう。一緒に逃げるんだ」
リュカの言葉に反応するかのように、辺りに漂う不穏な気配は一層その気配を増していく。一刻を争う事態なのだと察知するリュカは、すぐにでも呪文を唱えられるようにと、脳裏に魔界の町ジャハンナの景色を思い浮かべる。本来ならば一息に地上世界へと逃れたいところだが、この暗黒の世界において、地上の日に晒された明るい景色がはっきりと思い浮かべることができない。思考を邪魔されているのを感じる。リュカの脳裏にどうにか思い描けるのは、この暗黒の中に在っても活気を失わずにいられる元魔物の人間たちが住む町だけだ。
「リュカ、ありがとう。でもね、それはできないのよ」
マーサに言われるまでもなく、本当は分かっていた。大魔王の居するこのエビルマウンテンにおいて、そうやすやすとルーラの呪文が使えるはずはないのだと、外の景色が広々と見える山頂においても、その山ごと閉ざされた空間が広がっているのを改めて感じた。聖なる水が覆うこの大祭壇においては唯一、その束縛から逃れる聖域としての気配を覚えるが、エビルマウンテン全体から見ればささやかな限られた地だ。もしそれほど容易にこのエビルマウンテンから抜け出すことができるのなら、マーサ自身がその試みをしていたかも知れない。しかし彼女はこの場から逃げることを試みることもしなかった。
「もうこの母は何も思い残すことはありません」
そう言いながらマーサはリュカの両腕を優しく擦る。そしてその手は敢えて名残惜しさを伴わないよう、すっと潔く離れた。マーサの言葉は本心から出たものだ。彼女は心の底から、一目だけでも我が子リュカに会えたならと、そう願っていた。切なる願いはそれだけで、それ以上のことなど何も望んではいなかった。彼女の望みは今、果たされた。思い残す事はないという彼女の言葉には一切の偽りがない。
「母さん……」
「リュカ……」
リュカが歩み寄ろうとするのを、マーサは目だけで制する。この大祭壇の上に上ることのできるのは、この世でただ一人、エルヘブンの大巫女マーサのみであり、その他の者たちはたとえ血縁のものであろうと許されない。その大祭壇にマーサは再び上ろうと、リュカたちに静かに背を向けた。
「大魔王ミルドラースの魔力はあまりに強力です」
我が子リュカと、リュカを大事に思う家族と魔物の仲間たちと出会えたことで、マーサの心は強さを増した。この子たちを皆、守らねばならない。エルヘブンの大巫女として生まれ育ち、常に地上世界と魔界との扉の守り人として彼女の人生はあった。エルヘブンの村を出て、パパスと共にグランバニアへ移った後も、マーサは地上世界を守るための祈りを欠かすことはなかった。
元は人間だったと言われるミルドラースという大魔王の存在すら、マーサは諦めていなかった。決して話ができない相手ではない。現に彼女はこれまでに幾度もミルドラースとの対話を試みていた。三十年という月日、人間にとっては赤ん坊が立派な大人になるまでの長い期間だが、その姿を魔物に変え、果ては大魔王となってしまったミルドラースにとってはそれほど長い時間ではなかったのかも知れない。その間ミルドラース自身も捕らえたマーサに強引に魔界の扉を開かせることなく、彼女が一人の人間として大魔王の言葉に耳を傾ける姿勢を目にしていた。それだけで、大魔王となってしまったミルドラースと言えど、地上世界の人間に完全な絶望を感じていたわけでもないことが知れた。まだ可能性はあるのだとマーサは歩み寄り、ミルドラースはまだその身に残る人間としての理性の中で、マーサの言葉に耳を傾けていた。
しかしその間にもミルドラースは確実にその身に宿らせた悪しき力を増して行った。一度、魔の道に落ちてしまった者が再び正しき道に戻るには、あらゆる面での大転換が必要になる。その大転換を起こすのが母マーサの存在なのだとリュカは考えるが、エルヘブンの大巫女である彼女でもそれは達成されなかった。
祭壇の上に立つマーサはリュカたちに背を向けたまま、暗雲に覆われる魔界の空に向かって両手を伸ばした。その遥か向こうに、地上世界を照らす陽光があり、光に晒された水があり、生き生きと草木が育ち、生命に満ちた世界に様々な生き物が生まれ育っている。その欠片を魔界へと導くように、マーサは挙げた両手を広げると、彼女とリュカたちの周りを囲むように漂っていた水の気配が濃くなった。暗雲の向こう側から、一筋の水が流れているのがリュカにも見えた。マーサの魔力は、リュカたちの持つものとはどこか異なるようで、彼女の放つ魔力が及ぼす影響は目に見えないながらも確実に辺り一帯に広がっているのを、肌に感じる。それは暗雲から流れている水が細かな霧となり、粒となり、その粒一つ一つが力を持ち、辺りに静かに善き影響を広げている。
「せめて、せめてこの私がこの命に代えてもその魔力を封じてみせましょう」
祭壇の上で呟く母の言葉が、リュカには聞こえなかった。しかし明らかに母が命を削り、魔力を放出しているのが目に見えて分かった。リュカには、己の魔力では足りないものを補うために、己の命を削るという行為が、彼自身が持つ性質から理解できるのだ。大事な者を守るためならば、己の命は惜しくないという思いは、大事な者が増えるほどに自然な思いとなっていった。しかしそれを初めて知り、意識したのは、幼い頃に見た父の背中だった。
「母さん! ダメだ!」
幼い頃に見た父の背中と、今祭壇の上に見る母の背中が重なって見える。しかしマーサはもう振り向かない。既に三十年もの月日をこの魔界で過ごし、その間に彼女の心はとうに決まっていた。ただ、最後の最後に己の背中を押してくれる者を待っていた。もう思い残す事はないと言った彼女の言葉は真実で、両手を高く挙げ、広げている彼女の胸には今、全てに対する感謝の念しかない。
「全知全能の神よ」
マーサの口にする全知全能の神と言うものは、地上世界に在るマスタードラゴンを指しているわけではない。全知全能の神という単体のものが存在するはずはないと、マーサは感じている。もし全知全能の存在があるとすれば、それはあらゆる自然物に相当するものに違いない。たとえ人工的なものでも、それは元は自然物だった。それら一つ一つの、目には見えないほどに小さな一つ一つの粒が互いに作用し合い、影響を及ぼし合い、世界は成り立っている。その一つ一つに、マーサは呼びかけている。
マーサのただでさえ華奢な身体が、みるみる消耗していくのが、リュカだけではなく他の者たちにも嫌でも伝わる。リュカは母の元へと向かうべく、祭壇の階段に足を踏み入れようとした。しかし階段を一段も上らない内に、リュカの身体は見えない障壁に弾かれた。この大祭壇は紛れもない聖域で、ここに立つことはマーサのみ許されている。リュカが弾かれたのを見ても、その後ろから大きく動き出す仲間がいた。ゴレムスもまたマーサを救うべく、見えない障壁に大きな手を伸ばす。リュカと同じように弾かれても尚、痛みを感じないゴレムスは更に手を前に突き出す。痛みを感じない故に、ゴレムスは己の指先が障壁の強さに負け、ポロポロと崩れていくことに気付かない。
「我が願いを……」
マーサの願いは、地上世界を広く守ること。我が子が生きる世界を穏やかなまま保つこと。その代わりにこの魔界を見捨てると言うことではない。魔界にも、彼女の救いの手は差し伸べられている。ジャハンナの町。エビルマウンテンの麓に咲く白い花。どんな小さなことでも彼女は丁寧に心を寄せ、心を寄せられた者たちは大なり小なり影響を受け、その身に穏やかさを孕む。その影響力を信じ、マーサは最後に、ミルドラースの持つ悪しき魔力を封じる決意を示したのだ。
暗雲から流れ落ちて来る大水は、空中高くに霧となり、マーサの放出する魔力に伴いこの魔界広くに伸びて行こうとしている。水の一粒一粒に聖なる気が宿り、それらが巨大な一つのベールとなり、この魔界全体を覆おうとしているのが感じられる。代わりにマーサの命は確実に削られて行く。マーサの持つ魔力の凄まじさに、リュカたちはただ固唾をのむばかりだ。到底手出しできないような雰囲気に、暗雲広がる空を覆おうとする聖水のベールの景色を見上げている。
その時、マーサの頭上、彼女が両手を広げるその上に、一つの赤い光が現れた。リュカは反射的に呪文の構えを取った。母は気づいていない。ただ聖なる気でこの魔界に蔓延し、魔界から地上の世界へと向かおうとしているミルドラースの魔力を封じようと必死だ。
直感に危険を察知したリュカは、素早く呪文を放った。リュカの両手から放たれたバギクロスの呪文が、マーサの生み出す聖なる気を含む霧に阻まれる。激しい竜巻ほどの威力があるバギクロスの呪文は、マーサの起こす霧のベールに優しく飲み込まれてしまった。しかし、マーサの頭上に現れた赤い光は一つの小さな火となり、霧のベールの内側に入り込んでいる。
小さな火は、まるで霧のベールを焼き払うようにみるみる大きくなった。この暗黒の世界に地上の太陽が現れたかのような明るさだが、その血のような色に地上の神々しい太陽の光を見ることはできない。周囲の霧を血のような赤の光に照らし、一見すれば美しい虹色を生み出しているが、それさえも不気味そのものだと、誰もが身震いをした。
気付いたマーサは、巨大な火球に抗うのではなく、それさえも聖なる気の満ちる霧で包み込もうとした。彼女に戦うという意思はないのだ。ただただ対話を交わし、敵ではなく、相手と分かり合うことをひたすら目指す。エルヘブンの大巫女として生まれたマーサの意思は、ただそれだけだった。
マーサの頭上に現れた大火球は、それ自身が嘲笑っているようにリュカには見えた。マーサと交わす言葉などないのだと言うように、まとわりつく霧のベールを引きちぎるように、弾き散らしてしまった。マーサの表情が悲し気に歪む。リュカの表情は憎々し気に歪んだ。
空から落ちて来る隕石のごとく、大火球は祭壇の上に立つマーサへと落ちてきた。マーサの姿が大火球に飲まれ、その影が赤の炎の中で黒く映る。リュカの脳裏に父の最期の姿が蘇る。父の最期の叫びが耳の中に響く。今のリュカの身体を支配しているものは、憎悪よりも恐怖だった。何もできない幼い自分に戻ったかのような、無力をひしひしと感じるばかりの恐怖だった。
赤い巨大な炎は、辺りに散る霧に混じり、徐々に威力を弱め、消えた。マーサの華奢な身体が、大祭壇の上で倒れるのが見える。母が作り上げていた大いなる聖なる気のベールは、何事もなかったかのように消え去っていた。一瞬の間も置かず母の手当てをしなくてはならない。障壁も無くなった今ならば、大祭壇の上にまで駆け上ることができると、リュカは祭壇の上に通じる階段に足を踏み入れた。
倒れたマーサの身を隠すように、母と子の間に立ち入る者の姿が、祭壇の上に突如として現れる。それは当然のように宙に浮かんでいる。魔界の暗闇を裂いて現れたその者自体が、まるで闇そのものだと、リュカは上下の歯が割れんばかりの勢いで歯ぎしりをする。
「ほっほっほ。いけませんね」
憎き仇が玩具を弄ぶように、残酷な死神の鎌をくるりと回した。その鎌の刃先が、大祭壇の上に倒れるマーサの身体に当てられる。あの死神の鎌を受け、この世を去る者は、あの世にも行けずに永遠の闇の中を彷徨い苦しみ続けることになる。そうしながらも仇はいかにも愉し気とでも言うように、口元には歪んだ笑みを浮かべ、マーサを見下ろしている。
「貴方の役目は大魔王様のためにトビラを開くこと……」
この場を完全に支配しているその姿に、リュカたちは今いる場所から身動きできない状態だ。マーサを人質にして、リュカたちの動きを封じる憎き仇の姿を、リュカたちはただ目を離すまいとじっと見つめる。
「でも、まあ良いでしょう。親が我が子を想う気持ちと言うのはいつ見ても良いものですからね」
その声を聞くだけで、リュカの身体は抗えない本能に圧され、右手にいつの間にか構えていた剣で仇を討とうと足が動きそうになる。しかし一歩でも動けば、生き物としての情など完全に欠いたような奴は迷いなくマーサに死神の鎌を振るうだろう。そうしてマーサに鎌を向けている限りは、彼女はまだ生きているに違いない。現に、辺りに満ちていた聖なる気が消え去った様子はない。まだ母の祈りの声も心も、この場所にしっかりと残っているために、大祭壇を囲む青白い光の柱も消えていない。
「……ゲマ」
その名を口にするだけで、体中に憎しみが充満する。右手に持つ父の剣にも、その想いが乗るようで、リュカは本来の自分以上の力が身体に漲るのを感じる。父の仇。全ての人間の敵。この者を倒さなくてはならない。宿敵ゲマの生きる道はリュカの頭には無い。この者に与えるべきものは、死だと、リュカのその意思に迷いはない。
祭壇の上に倒れるマーサをそのままに、ゲマは宙から階段へと降り立ち、祭壇を下りて来る。敵はたった一人だというのに、リュカたちはまだ身動きができない。非情な敵はリュカたちに不穏な動きを見て取れば、即座にマーサの命を奪うに違いない。そう考えているから、ゲマは今も不敵な笑みを浮かべているのだ。
父の剣を握る己の右手に、まるで共に剣の柄を握り込む力強い感覚がある。リュカは不敵な笑みに歪むゲマの顔を見上げながら、父パパスが共に戦おうとしているのだと、自信と誇りと使命感を胸に宿敵の前に構えている。
Comment
bibiさま。
やっぱり戦闘は次回なのね(ブーイング)
いやでも次回はボブルの塔を超える死闘描写ですね楽しみであります!
水の柱の描写、ゲームでも同じような水柱があるんですか?
それともbibiワールド?
どちらにしても、小説的に結界を張っている方が面白いですね。
ラマダマーサとマーサの違いを目で判断する描写はお見事であります、リュカの目はマーサの目という公式設定に順次てますよね。
ダークシャーマン戦は、あっというまでしたね、ゲームでも1ターンから3ターンで終わりますしね、ここはゲームと同じって感じですか?
しかしベギラゴン5匹いっしょにってのはドラクエ5の中では、しゃくねつのほのおに匹敵しそうですね、それをポピーのマヒャド1発である程度押さえられるなんて、ポピーの魔力は、とてつもないでありますよ(笑み)
ゲームでもbibiワールドでもそうですが、ここのシーンは…むごいです…。
ゲームプレーヤーは、マーサに出会えて助け出すことができると誰しもが思ったと思うんです、それなのに感動の再会を一瞬にして地獄行きにする、今は亡き鳥山明先生…やってくれますよね(笑み)
そして、最大のリメイクの変更点がマーサの死。
スーファミはミルドラースが雷をマーサの頭上に落として息の根を奪います。
しかし、リメイクは、ゲマのメラゾーマと思われる炎で丸焼きに…、パパスと同じように殺す描写はプレーヤーを激怒させますよねこれ(怒)
次回はbibi様、次回で最終回でもいいんではないかというぐらいの描写になりますね楽しみであります!
この日が来るのをず~と待ちわびておりました。
ビアンカのメラゾーマ取得はあるのか?
リュカのメガザル取得はあるのか?
ポピーが新たに覚醒してダイの大冒険ポップの技メドローアみたいな呪文を使うのか?(bibiワールドではポピーが遠隔呪文まで覚えちゃったから有りかなって)
次話、すんごぉくお待ちしています。
ケアル 様
コメントをどうもありがとうございます。戦闘は次回より・・・すみません(謝) 長々となりそうだったもんで。
ゲームでは水柱のようなものはないと思います。私の勝手な妄想により作ったものであります。リュカが風、ビアンカは火、ティミーは雷、ポピーは氷、で、マーサは水。そんな簡単なイメージで。マーサには命の源である水を象徴にしたいなと思っていたもので。
ポピーちゃんはむしろティミーよりも出番を作ってしまっている気がして、これでいいのかと悩みながら彼女の登場場面を描いています(汗) 健気で強くて好きなんですよね。でもティミーにも勇者たるところで頑張ってもらおうと考えています。ドラクエという世界だったら本当は彼が主人公のはずですもんね。ダークシャーマン戦はもうここで引き延ばすのはちょっとなぁと思い、こんな感じになりました。ここまで進んできたリュカたちなので、ちゃんと協力できれば敵ではないはずなので、苦戦せずに進んでもらいました。
リメイク版はここでマーサがゲマに攻撃されると言った演出で……まあ、やってくれますよね、本当に。ドラクエ史上、ここまで人の恨みを買った敵がいただろうかと。だからラスボスの存在が霞んじゃったんだぞと。でもある意味、現実っぽい気もしますね、こういうナンバー2が最も忌み嫌われるというのも。
お、では次回のお話を最終回と言うことに……(笑) そうなると全部を詰め込まないといけないなぁと、私のキャパが軽くオーバーしてしまいます。ラスボスはラスボスで、そこそこお話を考えているので、まあ一応、最後まで書ければと思います。呪文習得もまだ全部は出していないですもんね。その辺りも……お楽しみに!