2017/11/28

果てしない空と海を見つめて

 

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これから長い長い旅が初まる。
私が小さい頃からずっと憧れていた楽しい冒険の旅。
しかも普通じゃ考えられないような魔物の仲間と、それと彼も一緒に。

出航の時には私たちの船出を歓迎するかのように穏やかな海と、雲一つない抜けるような青空が広がっていた。ずっと果てしなく空にも海にも、これからの冒険がどんなに楽しいものになるかを期待してしまう。
きっと何もかもがうまくいく。もう彼も私も辛い思いなんてしなくていい。たとえ辛いことがあっても、もう一人で悩んだりしなくていい。喜びは二人で倍に、悲しみは二人で半分にと誓った言葉を嘘なんかにはしない。

「まずはお義父さんに挨拶に行かないと」
そう言う彼の表情は心持ち強張っている。式を挙げる前に一度、彼は私の故郷の山奥の村に、挙式で必要だったヴェールを取りに行くのに寄った。その時に父と会って、私とのことを話しているはずなのに、今はとんでもなく緊張した顔をして揺れる水面に視線を落としている。
「そうね。村の人にも挨拶しておかないと。もう何年もお世話になった人たちばかりだから、こういうことはちゃんとしておきたいわ」
私が至って常識的なことを言うと、彼は溜め息をつかんばかりに肩を落として船べりに腕を乗せ、顎を乗せた。見たところ顔色もすぐれない。船酔いでもするのかしら。水のリングを探す時には全然気がつかなかったけど、もしかしたらそうなのかもしれない。

「どうしたのよ。気持ち悪いの? もしそうだったら無理しないで中で休んでなさいよ」
私はこれからの旅が楽しくて仕方ないけど、もし彼が気分が悪かったりするのなら、まあ 看病してあげるのも妻の務めかと、少し気分が落ち込みながらも彼の腕を叩く。
するとリュカは眉をひそめながら私の顔を覗き込んできた。まだ顔色が悪い。やっぱり船酔いする性質なのかしら。でも水のリングを見つけに行く旅では何ともなかったような。
「違うよ。気が重いんだよ」
「どうしてよ。何がよ」
「だって、僕は君をあの村から連れ去るようなものなんだよ。全然歓迎される気がしない」
こんな真っ青な空の下、彼は溜め息混じりにそんなことを言う。これからの楽しい冒険や結婚生活が始まる未来よりも、リュカは今直面している父への挨拶と村人への対応に気が滅入っているらしい。

確かにあの村に彼が突然現れた時、村の人たちが彼を煙たい目で見ていたのを知っている。村の人々は温かで、同じ村の人に対してはとても親切なのだけれど、山の奥のそのまた奥にある閉鎖的な村だから、よそ者を寄せ付けない因習が続いているのは否定できない。リュカはそんな村人たちにまたあの冷たい目を向けられるのが怖いのかもしれない。
私だって父さんを村に置いたまま長旅に出るのは、正直言って不安だ。体があまり丈夫じゃない父さんが、果たして私がいなくなってからもちゃんと食べていけるのか、それを思うと二の足を踏みそうになる。
だけど父さんのことを気遣って、これからの旅を諦めるなんてことをしたら、一番怒るのはきっと父さんだと思う。そして一番悲しむのもきっと父さんだろう。だから私は自分の新しい未来を見据えて、彼についていこうと決めた。私の行く末を心配していた父さんのためにできることはこういうことだと、自分なりに意志を固めた。
だからリュカにもこれからの生活の方が楽しいって思ってくれないと、私だって不安になるじゃない。リュカが率先して旅を楽しんでくれないと、この旅はもちろん、これからの結婚生活も怖くなる。

旅の目的は彼のお母さんを探し、そして助けること。あのパパスおじ様が彼に託した最期の言葉で、それはとても重い使命。だけどおじ様がその言葉をあなたに託したのは、あなたがその使命を背負っていけるほどに強いと信じたからでしょう。
あの勇猛果敢なパパスおじ様にそれほど信頼される人なんて多分、リュカ以外にはいない。おじ様は私の憧れの人だった。かっこよくて強くて、顔は厳しそうだけどとても優しくて、そしてどこか近寄りがたいオーラみたいなものがあった気がする。そんなおじ様に心から信頼されて使命を託されるくらいなんだから、もっと色々と自分に自信を持ってほしいんだけどな。

私は気落ちしているリュカにあえて意地悪く話しかける。
「まあ、歓迎はされないでしょ。なんたって村のアイドルを連れてっちゃうんだからね。村に入ったら石を投げられるくらいは覚悟しときなさいよ」
私が胸を張ってそう言うと、彼はますます気が滅入るような顔をする。ただからかっているだけなのに、私のそんな軽口を真面目に受け取ってしまうほど、今の彼には余裕がないらしい。
私と一緒になるっていうことがいまいち分かっていなかったようね。私はこうしてあなたをからかうのも好きなのに。
これから大変ね、リュカ。

「バカねー、本気で落ち込まないでよ。第一もうアイドルって年でもないんだから、あの村では。適齢期が早い田舎の村だから、私なんか行き遅れの類よ」
一応フォローの言葉をかけてやると、今度は考え込むように黙り込むリュカ。馬鹿正直で素直な人だ。私の言葉に対するフォローはなく、私の言葉を真剣に考える様が憎らしい。
私は腹立ち紛れに彼の頬を抓ってやった。
「なーに本気で考えてるのよ。私が若くないって言いたいのはこの口かしら?」
「いででで……。やめろよ、ビアンカ」
「素直なあんたが悪いのよ」
最後にピンと頬を弾いてやると、彼はしかめっ面を見せながら頬をさすった。弾いた頬が赤くなった。少しは気色ばんで良かったじゃない。
「子供みたいにすねた顔しないの。あんたももう立派な大人なんだから」
私が子供扱いすると、彼は決まって目を逸らして憮然とした表情を見せる。怒ってはいない。ただ面白くないだけなのだ。
「……そんなこと、言われなくたって分かってるよ」
低くなってしまった声は確かに大人になった証拠だ。だけどそれをすねた子供みたいな顔をして使っていたんじゃまるで子供のままだ。
「ホントに分かってるのかしらねー」

こんなささいなやり取りでさえ、この上なく楽しい。
彼と一緒になってから、まるで今までの封じ込められたような世界が一変して陽が射すように明るくなった。
今私たちが目の前にしてる景色とおんなじよ。
果てしない空と海を見つめて、この空と海の景色こそが今の私の気持ちなんだと、自分の気持ちが全て解放されたことを実感する。
……なんてことを彼にはまだ言っていないけど、今の私を見てればそれくらい気付くでしょう。

ずっと冒険に出たいと思ってた。小さい頃からの夢だった。
文字を読めるようになって、冒険記を読んで、いつか私もあんな冒険をしたいとずっと思ってた。
だからまだ幼い頃、リュカがパパスおじ様に連れられて戻ってきた時、冒険をしてきた二人に胸がわくわくした。色んな話を聞いて、あわよくば私も一緒に連れてって欲しいと思ってた。どうすれば冒険に連れて行ってもらえるのかって考えて、一生懸命に呪文の勉強をした。母は呆れていたけど、夢を追い求めるのが悪いことだなんて、誰にも教えられていない。

『火のじゅもんが使えるなんてすごいね』
二つ下の弟のような彼にそう褒められて、私は『当然でしょ』と胸を反らして自分が強いんだとアピールしたのは、実はおじ様に憧れていたから。
おじ様と一緒に冒険に出られたらどんなに楽しいだろうだなんて、そんなマセた考えで一人でニヤついていたこともあったかな。おじ様と肩を並べて戦う魔法使いだなんてカッコイイじゃない。物語に出てくる騎士とお姫様なんてのもいいかも、なんてそんな話を幼い彼に語り聞かせた覚えもある。
『でも外はあぶないんだよ。コドモが一人で出ちゃいけないんだよ』
彼がいっちょまえに心配そうな顔をしてそう言うのを、まだ外の冒険の旅を知らない私は悔しい思いで聞いた。そして外の危険なんて何も知らない私は、人差し指を突きつけて、即座に幼いリュカに言い返した。
『大丈夫よ。わたし、リュカよりも二つもおねえさんなんだから』

そしてそんな私の意地を証明するかのように、成り行きではあったけれども、彼と二人、幼い冒険の旅に出ることになった。今になって考えてみると、なんて無謀なことをしたんだろうと当時を振り返る。あのお化け城に行って、帰って来れた人がいないなんて言うのがただの噂話じゃなかったことは、行ってから気がついた。
あの誰もいないお城に入った時、泣き叫びたいほどに怖かったけど、彼の手前そんな素振りを見せるのは負けだと思った。だから絶対に泣くもんかと歯を食いしばりながら、彼の手を引っ張ってあのお化け城を冒険した。
家に帰ってから私たちの冒険が知れると、これでもかってくらいに母にお尻をぶたれた。娘の無事にひとまず安心した後、母は容赦なく私を叱り飛ばした。悪いことをしたらお仕置きされるのは分かっていたけど、それでも私はこの小さな冒険をしてから、ますます外の世界が知りたくなった。あのお化け城の恐怖はどこへやら、幼いリュカと一緒にちょっとした冒険に出て、無事に帰って来れたことで、私の探求心に火がついた。

「ねぇ、ビアンカ」
「なによ」
「どうして僕と結婚してくれたの?」
なんて馬鹿なことを聞いてくるんだろうと、私は呆れたように空を仰いだ。相変わらず真っ青。この空に、リュカの不安に染まった心をどうにか救って欲しいと頼みたくなる。
でも彼の顔はとても真剣で、そんな様子を見ていたらリュカをからかいたくなる気持ちは自然と沈んだ。

この人、何てことを本気で聞いてくるんだろう。
そんなことを聞かれて一番落ち込むのが誰だか分かっていない。
それに、その言葉を言いたいのはこっちの方よ。
——-どうして私を選んだの?
でも生憎、それを聞く勇気は私にはない。
「どうしてって、人が結婚するのに理由なんて一つでしょ」
少しだけ遠回しに言って、彼自身で自覚して欲しいと思う。なんせ、こんなこと、自分から言うのは照れくさいし、負かされた気分になる。
それでも彼はじっと待ち続ける。そんな彼の目を見ていると、魔物たちが彼に心惹かれて仲間になった経緯がおぼろげに分かってくる。
自分の心を見透かされるような不思議な漆黒の瞳。今、船のそこここではしゃいでいる魔物の仲間たちはきっとこんな彼の不思議な瞳の力に引き寄せられたのだろう。
でも心を見透かしているのなら、私にこんな馬鹿な質問はしてこないでしょう。

「言われないでも分かりなさいよ、そんなこと」
「だって考えても何だか納得行かなくてさ。だから……」
「あー、もう、うじうじ考えないの。私の旦那さんなんだから、もっとシャキッとしなさいよ、シャキッと」
そう言いながら広い背中をバンバン叩くと、リュカは大して苦しくもないのに咳き込んで見せる。わざとらしさが見える彼のその仕草に、私は心配する素振りなんか見せずに、代わりに彼の頭をコツンと軽く叩いた。

小さい頃から私が冒険に憧れていたことを知っているでしょう。
今、私は小さい頃からの夢を実現しようとしているのよ。
私が大好きなあなたと仲間のみんなと一緒に冒険ができる。
これ以上の幸せがある?
今、私たちの目の前に広がっている空も海も、今日と言う日ほど綺麗に見えたことはないんだから。

私の気持ちを全部彼に伝えたい。だけど言葉で全てを語るなんて到底できっこない。いくらおしゃべりな私でも、自分で抱えきれないほどの沢山の思いを全て語ることなんかできない。色々な感情がごちゃ混ぜになっている。
だからそんな気持ちを一緒くたにして、私はまだ隣で悩んだ様子のリュカに腕を回して、 思いっ切り抱きしめた。
今までの切なさも、これからの期待と不安も、そして今の溢れんばかりの幸せも、みんなまとめて彼に分かってもらいたいと思って、目一杯抱きしめる腕に力を込めた。
「今はこんな気持ちよ」
そう言ってから、彼からパッと離れた。頑張って普通の表情を取り戻した後、彼を見上げたら、予想通り彼はぽかんと口を開けて私を見下ろしていた。
「どう、分かった? 分かったらちゃんと返事をしなさい」
「……うん、分かった」
「うむ、よろしい」
私がリュカの頭を撫でてやるよりも先に、彼が私を抱きしめ返してきた。彼の優しい抱擁に、彼が私の幸せな気持ちだけを汲み取ってくれたんだと分かる。そんなリュカにもたれかかりながら、まあいいか、などと一人ごちていたのは彼には秘密だ。知らなければ知らないでいい。余計なことを彼に教えたくはない。今が幸せなんだから、他のことはどうだっていい。
彼から見る空も海も今まで感じたことのないくらいに輝いてくれれば、それで私も幸せだ。楽しいことは二人で倍にって誓った言葉を本当にしよう。

「それで、父さんへの挨拶の言葉はちゃんと考えたの?」
このままじゃ照れくさいから、やっぱりまた意地悪な言葉をかけてしまう。でも、これもれっきとした愛情表現の一つだと彼には気付いてもらわなきゃいけない。何気ないやり取りも楽しくて仕方がないのは、あなたを置いて他にはいない。だから私のこういう性格も分からないと苦労するのはあなただからね。
私から離れた彼は困ったように眉間に皺を寄せて、「うーん」と唸った。また真面目に考えるリュカに、私は一応救いの手を差し伸べる。
「大丈夫よ」
ここらでとりあえず助け舟を。困らせてばかりもさすがに可哀想だから。
「あなたが私を選んでくれたのと同じで、私もあなたを旦那さんに選んだんだから」
そしていつぞやの時のように、私はリュカに人差し指を突きつける。
「私にまっかせなさい。もし父さんが何か言っても、村の人たちが石を投げてきても、私がかばってあげるから」

「大丈夫よ。私、リュカよりも二つもお姉さんなんだから」
私があの時と同じポーズでそう言ってやると、彼はようやく頬を緩めて笑ってくれた。
そんな彼の笑顔を見ているだけで、私がどれだけ幸せな気持ちになるか、彼はまだ全然知らない。

ま、照れくさいから教えてあげる気はないけどね。

Comment

  1. ケアル より:

    ビビ様!
    すみません、ちゃんとありました(笑み)
    どうやら見間違えてたようですね(汗)
    読ませて頂きましたよ
    ビアンカ視点の小説の場合、セリフに入る前の…なんていうのかな…語りの部分…っていうのかな…。
    リュカとはまた違う感じになり、読者にもすぐに、ビアンカを中心に書いてるんだなって分かりましたよ(笑み)
    リュカは、ビアンカの愛情を全てまだ分かってないんだろうね…。
    でも、不安になる気持ち…分かるような気がするなぁあ…。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      リュカ君は愛情不足で育っているため、ビアンカの深い愛情に気づくのに時間がかかるという、そんな感じです。
      まあ、それとは別にして、村のアイドルを奪って旅に連れて行ってしまうんだから、それ相応の覚悟を持ってせねばいかんですがね(笑
      短編は気が向いたらまた何か出せればと思っています。DQ5に限らず^^

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