2017/12/03

港町でのひと騒動

 

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速度を落として寄港する大型船の甲板から、リュカは大きな港町を見下ろしていた。港町は東の空から照る朝日に輝いて見えた。東の大陸を出る時のビスタ港とは比べ物にならないほど、町全体が活気に満ちている。ビスタ港もラインハットによる封鎖が解け、これから活気を増していくことになるだろうが、このポートセルミという港町ほどの活気を得ることはできないだろう。
港町特有の朝の賑わいの時間からは、既に数時間は経っている。しかしリュカの乗る大型船に積み込まれた積み荷が下ろされれば、再び港は忙しなく動き出す。間もなく停泊する船の出口には、既に商人たちが集まり、すぐにでも下ろされた荷物に手をつけられるように準備をしている。その様子を見て、リュカは積み荷スペースの一角に置かれた馬車を迎えに行こうと、甲板を離れた。
港に停泊した大型船から積み荷が続々と下ろされる中、リュカは大きな白馬がひく馬車を船から下ろして行った。周囲の人々は物珍しそうにパトリシアを見ていたが、その余りにも堂々とした佇まいに、話しかけることもおこがましいとでも思うのか、リュカに気軽に近づく者はいなかった。リュカは荷台に積む大きな木箱の中にいる魔物の仲間のことがひたすら気に架かかっていたため、とにかく馬車を町の外に止めようと、ポートセルミの町の出口に急いだ。
港町の道は広く、パトリシアのひく馬車も難なく進むことができる。たった今下ろされたばかりの積み荷を運ぶべく、リュカの馬車以外にも多くの馬車が港町の広い石畳の道を行き交う。多頭引きの馬車も多くあり、それだけでもこの港町が西の大陸の玄関口であると分かる。ポートセルミという港町を介して、さらに西の地方へと荷が運ばれて行くのだ。
リュカもなるべく他の行商人に紛れ、何食わぬ顔で馬車を町の外まで引いて行った。大きな白馬パトリシアに人々の視線が集まるのを感じながらも、俯き加減でこそこそと町を一度離れた。
季節は秋も深まり、港から吹く潮風はかなり肌寒い。リュカはマントの前を合わせながら、木々の間に止めた馬車の荷台に乗りこんだ。
「みんな、元気?」
荷台に積まれた大きな木箱に話しかけると、しばらくしてから箱の中からコンコンと叩く音が聞こえた。その慎重な行動にリュカは思わず小さく笑った。
「大丈夫だよ、ピエール。ここは町の中じゃないから。周りには誰もいないよ」
「ダイジョウブ、ピエール」
リュカの言葉に返事をしたのはガンドフだった。木箱の中でピエールが慌ててガンドフの口を抑えたような音がゴトゴトと聞こえた。しかしピエールの言うことを大人しく聞いていられるほど、ガンドフは我慢ができない様子だった。狭いところが好きだと言っていたガンドフだが、さすがにひと月以上も狭い木箱の中に押し込められているのは飽きたようだ。
ピエールの制止があったかどうかは定かではないが、荷台に置かれた大きな木箱が突然、大きな音を立てて破られた。破られた穴からガンドフの鋭い爪が見え、リュカは声を立てて笑った。
「ガンドフの力には敵いませんでした……」
「剣を向けるわけにも行かないもんね。いいよ、どっちにしろもう外だし」
「しかしこの木箱、まだ使用するのではないですか」
「あれば便利かも知れないけど、もうこんな狭い所に入るのはイヤでしょ?」
「入らなければならないとなれば、入りますが」
「そう言いながらピエールも疲れた感じだよ。外の空気吸っておいで」
リュカがピエールにそう言う時には、既にガンドフとスラりんは馬車を降りてさっさと近くの茂みに向かっていた。ビスタ港を出る時は経験したことのない船や海に期待を馳せていたが、木箱に入れられそのまま船の上で揺られるだけでは、その期待もすぐにしぼんでしまったに違いない。港町の裏通りから抜け出た場所には人影もなく、ガンドフとスラりんは久しぶりに草地を堪能し始めていた。
「そうですね、では外に行って参ります」
ピエールの言葉こそしっかりしているが、木箱から出たピエールの身体は左右にふらつき、覚束ない。らしくないピエールを心配するようにリュカが手を添えると、ピエールは「かたじけない」とリュカの助けを借りた。
「船と言うのは大変揺れるものなのですね。まだ揺れているような感覚があります」
「それでふらついてるんだ」
「そのようです。面目ないことです」
「少ししたら治るよ、きっと。スラりんたちとしばらく休んでいて。僕は町を見て回ってくるから」
「リュカ殿も長い船旅でお疲れでしょう。町でゆっくり休んできて下さい」
ピエールはそう言うと、スラりんとガンドフのいる場所まで草地を跳ねて行った。船の上では、パトリシアは十分な飼葉を得ることができたが、木箱に入っていた魔物の仲間は十分な食事を摂っていない。彼らの食事はリュカがこっそりと持ってきた人間の食べ物だけだった。スラりんは水があれば飢えをしのげたが、ピエール、ガンドフに至っては決して十分な量の食事を取ることができなかった。だからこそ、ガンドフは木箱を破って外に出たかったのだ。ガンドフがまず目指したのは、秋の季節に実る木の実だったようで、必死になって地面に落ちている木の実を拾っては口に運んでいる。地面に落ちている木の実がなくなれば、今度は木に登って木の実を取りに行くに違いない。
「ピエールたちとちょっと留守番していてね」
リュカは地面の草を食むパトリシアに声をかけ、そのまま再び町へと戻って行った。



町の中心に教会の屋根が見えた。町のどこからでも見える教会の十字架を眺め、リュカはまず教会に行ってみることにした。
教会には船乗りと、先ほどリュカも乗っていた大型船から下りた商人が数人、静かに祈りを捧げていた。船乗りたちは祈りを済ませると、祈りの最中の静けさなど忘れて、威勢の良い声を上げてぞろぞろと教会を出て行った。「酒だ酒だ~」と機嫌良く出て行くところを見ると、まだ昼間だというのに酒場に行くらしい。
旅の商人である男性の祈りは長い。先ほど寄港した大型船から下りた商人は、これから西へと旅立つのだろう。その祈りの長さに、リュカは商人が旅の無事を真剣に願っているのだろうと、静かにその姿を見つめていた。
船乗りたちが出て行った後の教会は普段の静けさを取り戻し、教会周りの花壇に植えられている花の香りを感じることができるほど、中の空気も落ち着いた。
外で花壇の花に水やりをしていたシスターが、教会の中へと戻ってきた。決して神を信じているわけではないリュカだが、シスターの清楚な雰囲気にはどこか心が落ち着く。海辺の修道院の空気を思い出すのか、如雨露を持つシスターを見ながら、リュカは思わず微笑んでいた。
「どうされました、旅の方。私で良ければお話をうかがいますが」
リュカの視線を感じ、シスターは如雨露を手にしたままリュカのいるところへと歩み寄って来た。教会には毎日何人もの人が訪れる。神父だけではなく、シスターも多くの人から多くの話を聞いているはずだ。おまけにここは港町だ。世界中の人々がこの町を通過していると考えると、シスターは誰かから天空の武器防具についてや、はたまた魔界について何か知っているかも知れない。
「天空の防具について、何か知りませんか?」
我ながら唐突な質問だとは思ったが、港町でシスターをしていればそんなことは日常茶飯事だろうと、リュカは臆することなく彼女に問いかけた。
「天空の防具、ですか。天空と言うと、それは神様が関係するようなものなのでしょうか」
かえって問いかけられることになったが、リュカはその問いにすぐに頷いた。既に手に入れている天空の剣の、この世のものとは思えないほどの美しい装飾と輝きを思い出せば、あの剣が神の手によって作られたと考えるのが当然のように思えた。神の存在を信じていないリュカだが、その私的な考えとは別に天空の剣はこの世に存在するのだと、考えに矛盾が生じながらもそう考えるのが自然だと感じた。
「神様がどういう人なのか知らないし、どこにいるのかも知りませんが、多分関係しているんだと思います」
神に対するリュカの否定的な思いが伝わったのか、シスターは少し困ったような顔を見せた。
「古い書物によると、この世界は巨大な竜の神様が治めているそうです」
「竜の神様?」
「私たちはつい神様を人間の姿形をしたものと考えがちですが、それこそ人間のエゴなのかも知れませんね」
「神様が竜だったら、とても強そうですね。大きな竜なんだろうな」
「それが真実なら、なぜ竜の神様は魔物たちを放っておくのでしょうか……」
悲しんでいるような、はたまた怒りを含んでいるようなシスターの言葉に、リュカは反論することはできない。
リュカは魔物全てが悪いものだとは決して思えない。魔物の仲間を引き連れて旅をする人間など、リュカの他には一人としていないだろうが、人間はみな魔物の純粋さを知らないだけなのだと、仲間を見ていれば自ずとそう思う。多くの人間は「魔物は悪いもの」と決めつけて、その考えから抜け出そうとはしない。決まり切った考えの中にいる方が楽だからだ。
しかしその多くの考えの中にいる人々を、否定することはできない。恐らく魔物を悪者だと決めつける人間の中には、魔物のせいで悲しい思いをした人もいるのだ。もし自分の大事な人を傷つけ、殺められたら、その相手を許しはしないだろう。
目の前のシスターの悲しい雰囲気は恐らく、魔物によって何かしらを傷つけられたからなのだろう。それはこの教会を訪れる旅人の話によるものか、はたまた彼女自身の体験なのかは分からないが、彼女が魔物を嫌悪する理由が何かあるのだろうとリュカは静かに認めた。
神様が竜と聞いて、もしかしたらこの世は魔物が治めているんじゃないかと思ったことは、目の前のシスターには言わないことにした。
「先ほど教会にいらした方々も船乗りなのですが、毎回命がけで漁をしてくださっています。海の魔物がいなくなれば、あの方々も命がけで漁をすることもないでしょうに」
シスターの言葉に、リュカは先ほど「酒だ酒だ~」と教会を出て行った男たちを思い出した。リュカの二倍、三倍はありそうなガタイの男どもも、漁の最中に魔物に船を沈められてはどうしようもない。陽気な調子で酒場に向かったが、一日一日無事に漁を終える度に、また明日の漁も無事に行くようにと祈りを込めて酒を酌み交わしているのかも知れない。
「海が落ち着いてくれるといいですね」
自分の考えとシスターの考えが相容れることはないと、リュカは当たり障りのない言葉を口にした。その時、シスターに話しかけてきた他の旅人がいたため、リュカはそっとその場を離れて、教会内を見渡した。いつの間にか教会に訪れている人の数は減り、先ほどの大型船でポートセルミに着いた旅人たちの多くは既に町へと足を運んでいるようだ。
リュカはシスターに軽く頭を下げると、そのまま教会を後にした。



リュカの足は酒場に向かっていた。教会に行く途中、一度正面に見えた建物が酒場だろうと分かってはいたが、まだ昼の時間に酒場に人が集まっているとも思えず、初めは行く予定もなかった。しかし教会を出て行った船乗りたちが「酒だ酒だ~」と言っていたからには、少なくとも彼らは酒場にいるはずだ。旅人ではないが、船に乗って外に出ている男たちだ。色々なことを知っているかも知れないと、リュカは彼らに会って話をしてみようと思ったのだ。
町の酒場にしては造りが大きく頑丈だと思ったら、そこは酒場のみならず、宿屋と舞台を併設している建物だった。町の中で一番大きな建物が酒場なんておかしいと思っていたリュカだが、中に入ってみてその構造に納得した。
正面の大きな扉を開けて建物内に入ると、大きな舞台が目に入る。今そこに人は立っていないが、夜になればオラクルベリーのカジノを思い出すようなショーが始まるのだろう。どこか華やかな雰囲気を感じさせる舞台に、リュカはこの舞台に立つのは女性なんだろうと想像した。
今は静かな舞台の右手に酒場がある。バーカウンターにはほとんど人がおらず、まだ酒場の本番の時間ではないことを知らせる。舞台を囲むように椅子が置かれ、いくつかのテーブル席もある。
一つのテーブル席に先ほどの船乗りたちが座っていたが、教会を出た時のような威勢の良さはない。何やら様子を窺うような注意深い視線を、奥のテーブル席に向かって投げかけていた。
そこにはこの港町の人間ではない、明らかに田舎からやってきた男が椅子から立ち上がって後ずさりしていた。よれよれの麦わら帽を被り、服も泥がついたまま村から出てきたような格好で、テーブルには畑で使う古びた鍬が立てかけられていた。恐らく他所の村からこのポートセルミへ、鍬一本を担いで出てきたのだろう。
その男を取り囲むように、三人の男がじりじりと迫っている。見るからに柄の悪い男たちで、その雰囲気に、周りにいる者はただ状況を見守るばかりで近づこうとはしない。
「ひー、お助けを!」
柄の悪い三人から逃れるように、村から出てきた男が席を離れた。酒場を出ようとしたのか、男は出入り口に向かって走ろうとしたが、すぐに取り囲まれてしまった。
「お助けをはねえだろ! オレたちはおめえの頼みを聞いてやろうってんだぜ。だからさっさとその金を渡しな」
「んにゃ! あんたらは信用できねぇだ。この金は村のみんなが村のために……」
「強情なおとっつぁんだぜ!」
その会話だけで、リュカにも事の次第が凡そ理解できた。どこかの村人が悪者に金をたかられているに違いない。見るからに金など持っていなさそうな村人だが、大した旅装も整えずに町まで出てきたからにはそれなりの訳があるのだろう。村人は服の前を抱えるようにして、大きな袋を大事そうに持っている。
そんな村人と、リュカは目が合った。酒場の出入り口に向かっていた村人と、酒場に入って来たリュカとが視線を合わせるのはごく普通の流れだったが、村人のすがるような視線を見るや、リュカは思わずうんうんと頷いて見せた。
「何だよお前は? オレたちとやろうっていうのか?」
一見して旅人のリュカだが、一般の旅慣れている戦士などに比べれば身体の線も細く、表情も優しげであるため、腕っ節が強そうには見えない。そんなリュカを見て、チンピラたちは余裕の態度でいちゃもんをつけてきた。一人に対して三人でかかることにも、何ら抵抗はないのがこの手の人たちだと、リュカは困ったように顔をしかめた。
「そういうわけじゃないけど……」
「ほう、見て見ぬふりか」
何を言っても、上げ足を取るようなことしか言わないだろうと、リュカは三人の男の前で黙り込んだ。特に戦意もなく、至って普通の表情で男たちを見ていたら、それでも彼らはいちゃもんをつけてきた。
「だが気に食わねぇなぁ。おめえのその人を小バカにしたような涼しげな目がな!」
ただ見ているだけでもダメなのかと、リュカは相手のパンチを交わしながら落胆していた。三人のチンピラ風の男はケンカ慣れはしているものの、命を賭けた戦闘には慣れていない。幾多の戦いをくぐりぬけてきたリュカとは経験値が全く違うようだった。
ただリュカには今、武器がなかった。町を散策するだけだからと、普段使用する剣は馬車に置いて来てしまっていた。一方、三人の男はナイフやら短剣を腰に帯びている。一人のパンチが交わされたのを見て、他の二人がすかさず武器を手に取っていた。
「困ったな。さすがに素手で受けるわけにはいかないし」
「オラの鍬を使ってけれ!」
そう言いながら村人がテーブルに立てかけてある鍬を指差した。ただその場所は三人の男を飛び越えたところにある。鍬を取りに行くには、どちらにしろ三人の男たちと対峙しなければならない状況だ。
畑の土に汚れた鍬に近づく人物がいた。畑や泥などとは全く無縁のような、すらりとした華のある一人の女性。大人しめな黄色のワンピースを着ているが、夜になれば彼女があの大きな舞台に立つ人なのだろうということが、初対面のリュカにも想像できた。
「これね? はい、どうぞ」
彼女がその細腕を伸ばし、鍬の長い柄を掴むと、三人の男たちの背に向かって鍬を投げた。背後に迫る鍬を慌てて避けた三人の男たちの間に、鍬が大きな音を立てて転がった。リュカはすかさずその鍬を手に取ると、鍬の刃を自分の方に向けて、男たちに木の柄を向けて構えた。
「何だよ、本気じゃねぇってのか」
「こんなところで血を流すなんて、みんなに迷惑でしょう。僕は別にあなた達を傷つけたいわけじゃないから」
「そんな余裕かましてると、命取りになるぜ」
喧嘩慣れしているだけあって、三人の男たちはそれぞれ勝てる自信があるようだった。初めにリュカがナイフを交わしたのも、ただの偶然だと思っているらしい。
町で人を脅すだけの目的で持つナイフが研ぎ澄まされている訳がなく、リュカが構える鍬の柄部分にすら大した傷をつけられない。リュカは木の柄を盾のようにして相手の攻撃を受け止めているが、十分盾としての役割を果たしてくれそうだった。
リュカにとっては隙だらけの三人に、鍬の柄を突き出し、それぞれ武器を持つ手を打った。棒術など誰にも習ったことはないが、ピエールに教わった剣を応用すれば訳もない動作だった。
男たちの武器であるナイフやら短剣が床に転がり、三人とも手を抑えて呻いている。武器を持っていたのは利き手のはずで、その手が使えないとなると彼らはもう逃げるしか術がないだろうと、リュカは構えていた鍬をゆっくりと下に向けた。
「まだやるって言うなら、今度はコッチをあなた達に向けるけど、いい?」
そう言いながら鍬の大きな刃を指差すリュカを見て、男たちは揃って後ずさりした。乾いた泥のついた古びた鍬に殺傷能力があるとは思えないが、それでもその大きな刃で殴られでもしたら、即座に昏倒してしまうだろう。
三人の男たちは顔を見合わせた。そのぎこちない動作で、もうケンカを続ける意志がないことが分かる。
「けっ、覚えてやがれよ!」
捨て台詞を残し、三人の男はすごすごと酒場から去って行った。緊張していた酒場の雰囲気が一気に和み、店内にいる客は各々いつものように話を始めた。
「あぶねえところをありがとうごぜえました」
使い古した麦わら帽子を取って、村人が深々と頭を下げた。
「僕は特に……あの人たちが逃げただけ……」
「んだ! あんたなら信用できるだ! おねげえだ、オラの頼みを聞いてけれ!」
突然力のこもった目を向けてきた村人に、リュカは思わずたじろいだ。必死にすがるような目で見つめてくる村人の頼みを、リュカは断ることなどできなかった。聞くだけならと、リュカは村人の願いに応じた。
「僕で良ければ聞きますよ」
「やれ、ありがたや!」
ぱっと顔を輝かせたかと思うと、村人は訛りの強い口調で一気に話し出した。
「実はオラの村そばにすごい化け物が棲みついて畑を荒らすだよ! このままじゃオラたちは飢え死にするしかねぇ……。だもんで、村を代表してオラがこの町に強い戦士を探しに来たっちゅうわけだ。あんたに頼めて良かっただよ。なかなか強えみたいだしな」
ただ話しを聞くだけの軽い気持ちで村人の話を聞いていたリュカだが、いつの間にか彼の頼みを引き受けることになっていた。慌てて話を遮ろうとしたが、村人のあまりの期待に満ちた表情に、リュカはこの頼みを断ることができなかった。
「もちろんただとは言わねぇぞ! お礼は3000ゴールド!」
鼻を膨らませて言う村人の声は大きく、その金額に周りの人たちもざわついた。さきほどの男たちが村人に絡んでいたのはこういうことかと、リュカは一人納得した。
「今、半分渡すだよ。もう半分は化け物をやっつけてくれたあとでな」
既に半分に分けていた金の入った袋をリュカに差し出した。ずっしりと重い袋の中には、かき集めた小銭で1500ゴールドが入っているのだろう。村を代表して来ていると言うのだから、この金は村の人たちみなの願いが託されているに違いない。袋を受け取ったリュカの手は、その重み以上のものを感じていた。
「んじゃ、オラは先に村に帰ってるから、きっと来てくんろよ!」
そのまま立ち去ろうとする村人に、リュカは袋を手にしたまま慌てて呼びかける。
「えっと、僕はどこに行ったらいいんですか?」
「オラの村はここからずっと南に行ったカボチ村だかんな!」
「南って、どれくらい南に行けば……」
リュカの問いかけにはもう応えず、カボチ村から来た村民は鍬を肩に担いで意気揚々と酒場を出て行ってしまった。村を代表して来たという割には、村の窮地を救ってくれるように頼んだ旅人の名前も聞かず、相手の素性も確かめないまま直感だけで村人から集めた金を渡し、とっとと自分の村へ帰ってしまうという、一見無責任極まりない行動だったが、結果的にリュカを選んだのはやはり人を見る目があったと言うことなのだろう。そのような人を見る目と運を持った男として、村の代表に選ばれたのかも知れない。
西の大陸に初めて渡ってきて、ポートセルミより南にいったカボチ村と言っても、リュカにはさっぱり分からない。持っている世界地図にも見た記憶がリュカにはなかった。恐らく大きな世界地図には載らないような小さな村なのだろう。
「慌てて行っちゃったわね、あの人」
リュカに話しかけてきたのは、先ほど鍬を投げて寄越してくれた女性だった。大人しめの黄色のワンピースは酒場という場所にはそぐわないが、彼女自身の華やかな存在感は舞台の上でも通じるほどの堂々としたものだ。
周囲がざわついていることに気付かないリュカは、これ幸いと彼女に話しかけた。
「さっきの人、カボチ村って言ってたみたいだけど、どこにあるか知ってますか?」
「ええ、知ってるわよ。この町には時々カボチから遊びに来る人がいるから」
「助かった。僕、ついさっき船でここに来て、まだ何も分からないんだ。地図を持ってるから、どの辺りに村があるか教えてくれるかな」
そう言いながら、リュカは常に懐に持っている丸めた世界地図を取り出し、近くのテーブルの上に広げた。女性はきれいな足取りで歩いてくると、リュカの隣にぴたりとついて、大きな世界地図に目を落とした。
「あなた、立派な地図を持ってるのね。どこで手に入れたの?」
「友達にもらったんだ。……えーと、今僕がいるのがポートセルミで、ここだよね。ここから南って言うと……」
「この山間の道をずっと下って行くのよ。途中でカボチ村への案内が出てるはずよ」
「ここから行くと、どれくらいかかるかな」
「あなた、歩きで行くの?」
「馬車で行くよ。外に待たせてるんだ」
「馬車だと、そうねぇ、三日はかかるかしら」
「三日か。じゃあ一日休んで、それから行こうかな」
「それじゃ今日一日はこの町にいるってことね。だったらぜひ夜にもここに来てちょうだい」
急に目を輝かせて見つめてくる女性に、リュカは素直に首を傾げた。
「夜に何かあるの? ああ、ここは酒場だから夜の方が楽しいってことだね。でも僕はお酒があんまり飲めなくて……」
「違うわよ、私、ここで踊ってるの」
女性が指差す方向には大きな舞台がある。今は静かな舞台だが、夜になれば目の前の女性があの舞台で踊りを披露する。初めに思った通りだと、リュカは彼女をしげしげと見た。
「私、クラリス。一応、今のところは一番手の踊り子なのよ」
「今のところ?」
「そう、今のところはね」
どこか言葉に元気のないクラリスの表情は、舞台上では見られないような曇ったものだ。二人の会話が聞こえない周囲の人々の中には、そんなクラリスの表情を見るや、リュカを睨みつける者もいた。
「そろそろ準備に入らないと。舞台が終わったら、ぜひ後で楽屋にも来てね」
「うん、行ってみるよ」
舞台の奥に去って行くクラリスの背中を見ながら、リュカは慌てて「さっきはありがとう」と大きな声で呼びかけた。振り返ったクラリスはにっこり笑って、手を振りながら舞台の奥へと姿を消した。
広げた世界地図にカボチ村の場所を書きこもうとしたリュカだが、書くものを持っていなかった。馬車に鉛筆を置き忘れて来てしまったと、リュカは近くの人に書くものを借りようと顔を上げ、ぎょっとした。気付けば周りの人々が自分に注目しており、しかもその視線が鋭いもので、リュカは慌てて視線を逸らした。
果たして自分が何かしたのだろうかと、リュカは全く身に覚えのない罪に悩みながらも、人々の視線をかいくぐって酒場のカウンターに向かって行った。店ならば書くものも置いているに違いない、そう思い、リュカはぎこちない動作でカウンター席に腰を下ろした。
「あの、ちょっと書くものを貸してもらえますか?」
「書くもの? これでいいかい?」
「ありがとうございます」
酒場のマスターに手渡されたのは、かなり短くなった鉛筆だった。酒場の帳簿をつけるのに使っているのだろう。リュカは再び世界地図を広げ、鉛筆でカボチ村の場所を書きこむと、すぐにマスターに鉛筆を返した。
「あんた、見かけによらず強いんだね。東の国から来たのかい?」
「はい、さっき着いたばかりです」
「はるばる西まで来るってのは、よっぽどの理由があってのことなんだろう?」
船に乗る時は仲間の魔物のために商人に扮して乗る必要があったが、仲間を外で待たせている今は商人になりきる必要もない。リュカは旅の本当の目的をマスターに話した。
「へー、自分の母親を助けるために伝説の勇者を探してる? なるほどねぇ……」
「伝説の勇者について何か知りませんか?」
リュカは港町の酒場のマスターなら多くの人から色々な話を聞いているだろうと、答えを期待した。何も手がかりがない今、どんな小さな情報でも欲しかった。
「いやあ、私は良く知らないね、そう言う話は」
「そうですか……」
町に着いてから数時間と経たないうちに求めている情報が手に入るとは思っていなかったが、多くの旅人が訪れる酒場のマスターだけに様々なことを知っているのではないかと、無意識に大きな期待を抱いてしまっていた。見るからにがっかりしているリュカを見て、マスターは気を遣って言葉をかける。
「今はまだ人がいないけど、夜になればあんたみたいな旅人さんたちもたくさん来るよ。あんたみたいに今日港に着いた人も来るだろうさ。また夜においで」
「はい、そうします」
今も酒場には少ないながらも人がいるが、そのほとんどが先ほどの騒動でリュカのことをあまり良く思っていないような雰囲気だ。リュカが村人を助けたところで終っていれば印象は良いままだったが、その後クラリスと親しげに話をしてしまったのが、周りへの印象を悪くしてしまった。リュカにはその事実が分からなかったが、昼間に酒場にいる人々は夜になればいなくなるだろうと、一度酒場を出ることにした。
酒場を出たところで、町を巡回する警備の男に会った。目が合うと、リュカから近寄るまでもなく、警備の男から興味深そうな表情で近づいてきた。
「東の国から来たのか?」
唐突な質問だが、多くの旅人が行き交う港町では別段珍しいことでもないのだろうと、リュカは素直に頷いた。
「噂に聞いたのだが、ラインハットという国が世界を征服するつもりらしい」
思いがけずラインハットのことを聞いたリュカだが、その内容に眉をひそめた。
「君はラインハットという国を知っているかね?」
「ラインハットに友達がいます。世界を征服って、そんな噂が流れてるんですか?」
「かなり昔から流れている噂なんだがな。しかしいつまでも攻めてこないところを見ると、どうやらデマだったようだな」
「こんな遠くにまでそんな噂が流れるんですね」
リュカの沈んだ表情を見て、警備の男は怪訝な顔つきで問いかける。
「なんだ、全くのデマでもないと言うような感じだな」
「いいえ、全くのデマですよ」
「本当か?」
「僕の友達がいる限り、間違ってもそんなことにはなりません」
自信に満ちた様子でそう言うリュカに、警備の男は口髭を撫でながら首を傾げている。そして揶揄したような口調でリュカに言う。
「君の友達はなにかね、世界征服をしようとしている国を止めるくらい力のある人物なのか」
「本当に止めましたから、僕の友達は」
思いも寄らぬリュカの答えに、警備の男は唖然として口を開けていた。
男の話をきっかけに、リュカはラインハットに残ったヘンリーのことを思い出した。ラインハットを出て、もう一月半ほどが経つ。季節もそろそろ冬の足音が聞こえてきそうなほど、秋が深まっている。今頃ヘンリーはラインハットの国政を手助けするのに全力を尽くしているのだろう。口では文句を言いながらも、彼はきっと弟を助けるのに手を抜くことはない。
「そういえば、ここから東の大陸に手紙を出すのってどうすればいいんですか」
「手紙か。宿屋の女将さんに頼めば手配してくれるだろう。ただ、東の大陸となるといつ届くか分からないがな」
「そうですか、どうもありがとうございます。後でちょっとお願いしてみよう」
「あちらに君の家族が残っているのかね」
「そうですね、そんなようなものです」
そう答えながら、リュカはヘンリーに手紙を書こうと考えていた。旅をして常にひとつところに留まらないリュカは手紙を受け取ることはできないが、だからこそこちらの近況を伝えておこうと思った。ラインハットが魔物に脅かされていなければ、恐らくヘンリーもリュカと一緒に旅を続けたいという気持ちもあっただろう。一緒に旅に出られない代わりにと、ヘンリーはビスタ港からの船への乗船の手配や旅の資金、旅装まで整えてくれた。旅の経過を報告して、世界にあるものを色々と教えるのが彼へのお返しになると、リュカは早速便箋と封筒を買いに道具屋を目指して歩きだした。



道具屋で便箋と封筒を買い、宿屋へ向かう途中、港の端に立つ白い大きな塔を見上げた。港へ船を案内するための灯台だ。しかし見たところ普通の灯台ではないようだ。塔のてっぺんに何やら筒状のものが大きく飛び出している。そしてその傍に動く人影が見えた。
「灯台を管理してる人かな」
ポートセルミの町を見渡すこともできる灯台に、リュカは上ってみようと足先を港に向けた。
昼近くになり、港には既に本日の漁を終えた漁船が多く停泊していた。近くの漁場なら魔物に遭遇する心配もさほどないのだろう、漁師たちはほぼ毎日漁に出ているようだった。本日の漁が終わり、漁船を手入れしている船乗りたちもちらほらいる。
漁船の停泊する港をずっと歩いて行き、港の端にある灯台に着くと、リュカは白い小塔の中へ足を踏み入れた。中に人はおらず、塔の周りに沿って上に上る狭い螺旋階段が続いていた。行き違いができないほどの狭い階段を、リュカは壁に手を当てながらゆっくりと上って行った。
上り切ったところにいた人は、リュカに背中を向けていた。緑色のベストに帽子を身に付けるその姿は、やけに小さい。まさか子供がこの灯台を管理しているのかと、リュカは一瞬声をかけるのに逡巡した。
すると背後の気配に気づいた子供のような人が勢いよく後ろを振り向いた。その勢いにも驚いたが、リュカは振り向いた彼の顔面にぎょっとした。口髭、顎鬚どころではない、顔全体が毛むくじゃらの男だった。まるで小さなガンドフを見ているかのような、魔物のような男だ。おまけに目つきはつぶらな瞳のガンドフとは違い、敵意むき出しの鋭いものだった。
明らかに戸惑っているリュカを見て、その小柄な男はテーブルの上に広げていた冊子を荒々しく閉じ、ぶっきらぼうに言った。
「オレが怪物かだって?」
男は自分自身の風貌を自覚しているのか、リュカにそう問いかけた。しかしリュカは決して目の前の男が怪物などとは思わなかった。よく目を見てみると、強がりの中に本当はリュカ以上の戸惑いがあるのが分かった。もしかしたら単なる人見知りをする男で、初対面の者には無意識に強張った顔になってしまうのかも知れない。
「いいえ、そんなことは思わないですけど、でもちょっと怖いですね」
「けっ、おとといきやがれ!」
正直なリュカの感想に、男は頭に来たように暴言を吐くと、そのままリュカに背を向けてしまった。取りつく島もないような男の態度に、リュカはしばしその場でどうしようかと悩んだ。周りを見渡して見ると、まだここは灯台の内部のようで、外の景色を見ることはできない。男を通り越して行けば塔の窓があるが、さすがのリュカも怒った態度の男を無視してこの場で自由に動き回るのはやりづらいと思った。
入り口を入って右手に、更に上に上る階段があった。考えてみれば、ここは灯台だというのに、灯台の火がない。見える階段の上に、灯台が常に絶やさない火があるのだろう。リュカは背中を向けている男に無言で会釈をすると、静かにその階段を上った。
灯台の最上階は、ドーム型の天井と大きな窓が壁にいくつもある、ほとんど外のような部屋だった。部屋の真ん中に大きな火が燃え続けており、いつでも海を行き来する船の案内役となっている。煙は出ているものの、臭いはあまりなく、リュカはこの灯が魔法の力で燃えているのだと分かった。
下の階にいる男とは別に、ここにも一人の男性がいた。彼は金色の筒に顔を当てて、筒を動かしながら真剣に何かを見ている。階段を上って来たリュカには気が付いていないようだ。筒から顔を外したと思えば、今度は脇に置いてある紙に物差しを当てながら何やら書きこんでいる。あまりに真剣な様子に、リュカは話しかけるのをためらった。
男性の使用している金色の筒とは別に、逆側にもう一つ同じものが窓から突き出ていた。あれに顔を当てると何かが見えるのだろうかと、リュカは男性と同じように筒の中を覗いてみることにした。
外の景色でも見えるのだろうかと思っていたリュカに目に飛び込んできたのは、白い山の景色だった。リュカは筒から目を外して同じ方向を見てみたが、どこにも山はなく、目の前に広がるのは当然のごとく広大な海だった。もう一度筒の中を覗いてみると、やはり雪に覆われた高い高い山の景色が映る。
しばらくきれいに雪化粧をした山の景色を見ていると、リュカは身体中に悪寒を感じた。それは決して雪の降る冬の寒さを感じたわけではなく、目にしている景色が見た目の美しさとは違い、何か美しさとは正反対のものを含んでいる気がして、リュカは途端に息苦しさを感じた。
望遠鏡から目を逸らそうと思っても、何故かリュカは筒を通して見える景色から離れられなかった。それは景色の向こう側から誰かが必死に呼びかけているような、自分はその呼びかけに応えなければならないような得も言われぬ雰囲気に、リュカは無意識のうちに息を止めながら望遠鏡をじっと覗いていた。
後ろで灯台の火が爆ぜる音が聞こえた。それが呪いを解く合図だったかのように、リュカは素早く望遠鏡から離れた。ただ雪山を見ているだけなのに、何故か息が上がっていた。魔物と戦闘したわけでもないのに、身体中がぐったりと疲れていた。灯台には規則的な波の音が繰り返し聞こえているだけだと言うのに、リュカには人々の悲鳴のように聞こえていた。
早くこの場を離れようと、リュカは上って来た階段を急いで下りて行った。その慌てた足音に、先ほどの人相の悪い男が話しかけてきた。
「どうかしたのか」
男の問いかけに応えるでもなく、リュカはただうつろな目で男を見つめた。
「望遠鏡を覗いたのか?」
「……はい」
「だったら東南の方向に高い山が見えただろ。あれがセントベレ山だ。あの山にはとても人の足じゃ登れねぇ。けど選ばれた者ならカンタンにあの上まで行けるそうだぜ」
まるで自慢するかのような口調で話す男に、リュカは反論するような強い口調で言葉を返した。
「選ばれた者って、誰に選ばれるんですか」
「誰に選ばれるかって? そりゃ、おめえ、神様とかエライ人に決まってるだろ!」
冗談じゃない、リュカは心の中でそう吐き捨てた。もしあの場所に行く人が神様に選ばれているのだとしたら、何故望みのない苛酷な日々を送らねばならないのだろう。何故誰もが死んだような顔をしていたのだろう。
しかしセントベレスを遠目に見る人々の目には、あの山は神々しく映るのだろう。鋭く切り立った山頂に万年雪を被り、その白い世界には神様が住まうのだと、人々はあの景色に夢を見るに違いない。そしてその景色を利用した悪魔のような奴らが、あの山には神が住まい、そこに辿りつければ人は救われるのだと嘘の噂を流しているのだと、リュカは思い至った。
目の前の男に真実を告げようかと口を開いたリュカだが、恐らく彼はリュカの言うことを信じないだろう。それほどにセントベレス山の見た目の神々しさは何にも勝っているのだ。
「じゃあ僕は……選ばれなくていいです」
もし神によって自分が選ばれ、あの場所に連れて行かれたのだとしたら、恐らく自分は罰を受けるためにあの場所に連れて行かれたのだと、リュカは幼い頃の自信の無力さを悔やんだ。あの時、今ほどに成長していれば父を、ヘンリーを助けられたかもしれない。
そこまで考えて、リュカは意識的に頭の中を空っぽにした。考えたところでどうしようもないことは、ずっと前から分かっている。脳裏に浮かぶセントベレス山の景色を追い払うように頭を激しく振ると、逃げるように螺旋階段を下りて行った。

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