2017/12/03

死の火山

 

この記事を書いている人 - WRITER -

サラボナの町から南の死の火山へむかう道のりは、二つのルートがあった。町の南東から東に険しい山々を臨みながらのルートと、南西から森の中を抜けていくルート。リュカはサラボナの町で道具屋に立ち寄った時、道具屋の主人にどちらのルートが進むのに適しているかを聞いたところ、南東のルートは不毛な砂漠の道が続き、一見近道に見えても結局は辛い旅になるだろうと忠告をもらっていた。道具屋の主人もルドマン邸でフローラとの結婚の条件を聞いてきた一人で、リュカが死の火山に向かって指輪を探しに行こうとするのを、どこか止めるような雰囲気で話していた。しかしリュカの意思が強いところを見るや、今度は応援に周り、いくらか道具を安く売ってくれた。リュカは安値で手に入った薬草などを袋に詰め込み、一度宿に戻ると、宿泊予定をキャンセルして、すぐにサラボナの町を出発した。
今はサラボナの町から南西に広がる森の中を、仲間の魔物たちと進んでいる。この暑い気候の中、日差しに照りつけられることもなく、涼しげな森の中を歩けるだけで体力を温存できると、リュカはこの道を選んで正解だったと思っていた。しかし先にサラボナの町を出てしまったアンディが、果たしてこちらの道を選んだかは定かではない。旅慣れない彼は、もしかしたら近道だからと言って安易に砂漠の道を進んでいるかも知れない。今、リュカにはアンディの無事を祈ることしかできなかった。
人の手の入っていない自然の森だが、ところどころに果実が実り、リュカはこれからの食料としてプックルの協力の下、実る果実をもいでは馬車に蓄えていた。瑞々しいオレンジや葡萄にさくらんぼ、パパイヤなどもあり、リュカは今のうちにと、旅の食事を楽しむことにした。魔物の仲間、特にスラりんが喜んで果物にかぶりついていた。
しかしそんな果実の実る平和な雰囲気漂う森の中でも、魔物は存在していた。リュカがちょうど気に登ってさくらんぼを摘んでいた時、耳元でヒュっと言う音を聞いたかと思ったら、顔のすぐ脇に矢が一本、木の幹に突き刺さっていた。慌てて木から飛び降り、辺りを見渡すと、木の影に隠れるようにして矢を構える鉄製の魔物の姿を発見した。
「メタルハンターじゃな。矢と剣も持っておる。長距離戦も接近戦も得意としておるヤツじゃ」
マーリンの声が馬車から飛ぶ。
「呪文は使うのかな」
「さて、確か使わんかったと思うがのう」
マーリンのその言葉を聞いて、リュカはすぐさま呪文を唱え始めた。その間にプックルがすかさず先制攻撃に入り、メタルハンターに飛びかかって行った。ピエールは攻撃を繰り出すタイミングを計って、じりじりと間合いを詰めている。ガンドフは攻撃する気があるのかないのか、大きな一つ目でじーっと戦況を見つめている。
プックルの前足の鋭い爪が、メタルハンターの金属製の鎧に傷をつける。どのような金属かは分からないが、プックルの爪で傷をつけられる程度のものだと分かった。間近で矢を放たれ、瞬時にそれを避けたプックルを見るや、リュカはバギマの呪文を放った。真空の風に巻かれたメタルハンターの装甲にかなり深い傷が残る。
リュカ達が一体のメタルハンターに集中していると、突然プックルの短い悲鳴が上がり、リュカ達は一斉にプックルを振り向き見た。すると後ろ足を掠めた矢に血を流すプックルが、草地の上で転げている。メタルハンターは一体ではなく、他にもどこかからリュカ達を狙っている。
木の陰に隠れる他のメタルハンターをいち早く見つけたピエールが、最も近くにいたガンドフに敵の存在を知らせる。するとガンドフは大きな一つ目を細め、睨みつけるような目をその方へ向ける。のっしのっしと無防備に近づいてくるガンドフの姿に、メタルハンターはしばし何もせずにその場で静止している。本来であれば仲間であるはずの魔物が向かってきていることに対し、メタルハンターに組み込まれている機械が、ガンドフが敵かどうか判断するのに時間がかかっているようだ。
その隙にガンドフは熊のような大きな腕を振り上げて、メタルハンターの上に振り下ろした。鈍い音と共にメタルハンターの金属製の頭が潰れた。身体に信号を送っていたと思われる顔の光りがすっと消え、メタルハンターは前かがみになってそのまま動かなくなった。
「プックル、キズ、ヘイキ?」
一瞬前まで普段は見ることのできない凶暴な顔つきだったガンドフが、プックルを気遣う時には元の大きな一つ目をパチパチとさせていた。プックルの傷は既にピエールが癒しており、早くも戦線に復活している。プックルはガンドフに赤い尾を振って返事をすると、そのまま別のメタルハンター目がけて飛びかかって行った。
メタルハンターの矢による攻撃は、実際それほど命中率が良いと言うわけでもなかった。プックルに当たった矢も、後ろ足を掠めたに過ぎず、大けがには至らない。間合いさえ取っていればそれほど恐れることはないと、リュカとピエールは呪文による攻撃を主に、メタルハンターたちを駆逐していった。
馬車を進める森の中は棲み処だったのではないかと思えるほど、多くのメタルハンターがあちこちに潜んでいた。森を抜けると、彼らはそれ以上追って来ることはなかった。森を出てしまうと、彼らが得意とする木の陰に潜んで敵を矢で打つという攻撃ができなくなるからだろう。リュカ達は森を抜け、草原地帯に出ると、いくらか息をついて馬車をゆっくりと進め始めた。
しかし間もなく他の魔物の群れに遭遇した。人型の姿をした魔物で、カラフルな服を身に着け、手には茨の鞭を持ち、得意な表情でビシビシと鞭を地面に打ちつける。人を馬鹿にしたような顔で鞭うを振るうその姿を見て、リュカは思わず背筋に悪寒が走るのを感じた。その姿、その雰囲気をどこかで見たことがあるような感じがしていた。
「僕たち南に向かってるんだ。ただここを通りたいだけだから、通してくれるかな」
人型の魔物にはとりあえず声を掛けてみるのがリュカの常だ。魔物だって話をすれば分かるということを、仲間の魔物が証明してくれている。たとえ言葉が話せなくても、お互い無闇に攻撃を仕掛けるのは、初めから余地なく敵として見做すようでリュカはあまり好きではない。
「お前は我らと同じか?」
「え? どういうこと?」
「魔物使いなのか?」
魔物使いなのかと問われ、リュカはその言葉にカボチ村で出会った少年の言葉を思い出した。カボチ村から東の洞窟でプックルと再会し、村に話をしに戻った時、少年はリュカのことをモンスター使いなのかと尋ねたことがあった。あの時は少年にも分かりやすいようにそうだと答えたが、リュカが今目の前にしている魔物が魔物使いだとしたら、少年に告げたあの時の言葉を否定しなければならない。魔物使いと呼ばれる魔物の手には、扱う魔物に言うことを聞かせるための鞭があり、恐らくそれは魔物使いの一方的な意思により容赦なく振られるものに違いなかった。恐怖で言うことを聞かせるなどと言うことを、リュカは一度も考えたことがない。互いに信頼を得ているからこそ、外での戦いでも背中を預けられるのだ。
「一緒にいる魔物のみんなは仲間だよ。決して僕の奴隷じゃない」
その言葉を言って初めて、リュカは目の前の魔物を初めて見た時の背筋に走った悪寒の正体に気付いた。セントベレス山でヘンリーと共に十余年を過ごした時の、奴隷たちを監視する看守の心ない眼差しに似ていたのだ。常に己は上位に存在し、鞭を振られる魔物らは皆、自身よりも下位に存在すると思い込んでいる。そこに信頼関係は存在せず、ただ互いに疑心を抱き、いつ裏切られるかも分からないという不安に常に襲われている。だから力でしか互いのつながりを保てないのだ。
「仲間だと? ふん、大方何か呪いでも使って魔物をたぶらかしているんだろう。そんな呪いはすぐに効果がなくなるだろう」
そう吐き捨てると、魔物使いは奇声のような叫び声を上げた。思わず耳を塞ぎたくなるようなその声に、リュカたちは身の回りに何が起こるのかを警戒した。すると魔物使いの呼び声に反応した魔物たちが、どこからともなく姿を現した。赤いホイミスライムと、ガンドフよりも一回りも二回りも大きな象の姿をした魔物がやってくると、二体の魔物は魔物使いの前に出て、リュカ達と対峙する。リュカはその二体の目を見て、二体ともあまり戦闘意欲がないのではないかと感じていた。
「さあ、しもべども、あの人間を倒すのだ」
魔物使いはそう言いながら手にしている鞭を振るう。地面を打ち鳴らすその鞭の音に、ベホマスライムとダークマンモスは身体をびくつかせた。そして身体に植え付けられた反射のように、ダークマンモスがリュカに向かって突進してきた。巨体に似合わず素早い動きのダークマンモスの突進を、リュカはすんでのところで横にかわした。走るのは早いが、巨体だけに急には止まれないようで、ダークマンモスはそのまましばらく走って行ってしまう。
「リュカ殿、戦うということで良いのでしょうか」
「仕方ないよね。でもあの象と赤いホイミスライムは攻撃しないで」
「分かりました」
リュカの指示のもと、ピエール、プックル、ガンドフの目が一斉に魔物使いに集まる。その視線に、魔物使いは見るからに焦り、すぐ傍にいるホイミスライムに「私を守れ」と指示を出し、再び鞭を振るう。ベホマスライムは鞭の音に身体をびくつかせながらも、魔物使いの前にふよふよと移動し、リュカ達に向かって青い触手をぐねぐねと向けた。だが明らかに戦う意思は見られない。
「……僕、そういうのって本当に許せないんだよね……」
魔物使いの自分本位の指示に、リュカは剣を握る手に力をこめる。横からプックルが飛び出すのと同時に、リュカも魔物使いに向かって駆け出して行った。戦うのに不向きなベホマスライムは、一斉に二人の攻撃が迫ってくるのを見て、思わず目を瞑って青い触手で頭を覆ってしまった。その上からプックルが魔物使いに向かって飛び込み、前足を鋭く振るう。しかし魔物使い自身、戦闘には慣れているようで、咄嗟に鞭でプックルの前足を絡め取り、そのままプックルの身体を地面に叩きつけた。その背後からリュカが剣を振り、鞭を持つ魔物使いの右腕に斬りつけた。悲鳴とともに、プックルの身体は鞭から解放された。
リュカがすぐに次の攻撃を繰り出そうとした時、後ろから大きな音が迫って来た。ダークマンモスが背中を向けているリュカに突っ込んできて、リュカは背骨が折れるかと思うほどの勢いで遠くへ吹っ飛ばされた。戦線離脱を余儀なくされたリュカは、とにかく身体の痛みを和らげようと回復呪文を施し、遠く離れてしまった仲間の戦況を見守る。
魔物使いの盾となっているベホマスライムに向かって、ガンドフが歩いて行くのが見えた。かと思うと、ガンドフは戦闘意欲のないベホマスライムをむんずと捕まえ、青い触手が腕に絡みつくのも気にせず、そのまま魔物使いから遠ざけてしまった。盾がなくなった魔物使いは慌てて他の魔物を呼ぼうと、また耳を塞ぎたくなるような奇声を上げるが、その声に反応する魔物はいないようだった。その隙にピエールとプックルが揃って攻撃を仕掛ける。魔物使いも使い慣れた鞭で応戦するが、ピエールもプックルも戦闘にはこと長けている。素早いプックルの動きに合わせて、ピエールが合間に攻撃をし、二人の攻撃にたまらず魔物使いはその場から逃げ出してしまった。
魔物使いという主を失い、ダークマンモスとベホマスライムは互いに目を見合わせて、無言の話をする。自ら戦う意思のない魔物二体を前に、ピエールは剣先を下ろし、プックルは前足をべろべろと舐めている。ガンドフは捕まえていたベホマスライムを頭に乗せて青い触手を二本掴んで、そのままリュカにゆっくりと近づいてきた。
「ニガス?」
「そうだね、だって戦う気はないんでしょ。あっちの象さんにも、逃げていいよって伝えられるかな」
リュカがベホマスライムの目を見ながらそう言うと、スラりんと同じような「ピー」という鳴き声を上げて、ベホマスライムはガンドフから離れて、ふよふよと宙を飛んで行った。ダークマンモスに近づいて、声のない会話をすると、二体の魔物は仲良く森の方へと姿を消して行った。
「リュカ殿、大丈夫ですか?」
ダークマンモスに突き飛ばされた衝撃でまだ頭がくらくらしているリュカに、ピエールは気遣わしげに声をかける。地面に座り込んだままのリュカは、腕や身体をぐねぐねと動かしてみて、「大丈夫みたい」と返事をした。
「一瞬、何が起こったのか分からなかったけどね」
「そうでしょうね、あの勢いで吹っ飛ばされては」
「ゴロゴロゴロ」
リュカの横にぴたりとついて、身を屈めるプックルに、リュカはしばし寄りかかった。軽い脳震とうのようなものは大分良くなり、空を見上げれば一面に広がる青空をしっかりと見ることができた。
「全く、お主は甘いのう」
パトリシアの鞍に乗るスラりんが馬車を進めて来て、その荷台からマーリンが声をかける。
「でも戦う意思もないのに、そんな魔物に攻撃できないよ」
「お主が人間なら、魔物に攻撃するのは至極普通のことじゃと思うが」
「しかしそんな普通の人間なら、我々もリュカ殿と行動を共にしていませんよ、マーリン殿」
「まあ、そうじゃがの」
「世の中悪い魔物ばかりじゃないって僕は知ってるから、やたらと攻撃する気にはならないんだよね。ガンドフなんて見てると、どうして魔物になっちゃったのかなって思うしさ。お互いに一番良い方法で、いいんじゃないかな」
リュカはそう言うと、近くに来た魔物の仲間を見渡す。スラりん、ピエール、ガンドフ、マーリン、プックル、誰一人として今となっては欠かせない旅の仲間だ。そこに魔物だ人間だという境目はない。ベホマスライムとダークマンモスを逃がしたことを間違ったことだとも思えず、リュカは立ち上がって土埃を払うと、先を急ごうとスラりんに言って馬車を動かし始めた。



リュカ達が目指す死の火山と、セントベレス山との違いは、山頂付近から吹き出る噴煙の景色だ。火山としての活動を停止して久しいセントベレス山とは違い、死の火山は常に噴煙を上げ、今まさに噴火すると言っても不思議ではない光景がリュカ達の前に見えている。時折、ごうごうと山から響く音は、ここまで来た探検者たちの足をいくつも止めたに違いなかった。神々しいと思われているセントベレス山の景色とは反対で、死の火山の景色は地獄に向かうような気持ちにさせられる。
途中までは山間の道を進み、比較的なだらかで進みやすかったが、山間の道を抜けると急に道が険しくなり、パトリシアの引く馬車で進むのはかなりの困難を極めた。普通の馬車ではこの山道を登るのは不可能だろう。しかし並みの馬ではないパトリシアは自らの意思を持って、馬車を懸命に引き続ける。無理ならばこの辺りで待っていても良いと声を掛けても、パトリシアはリュカのそんな気遣いには構いなく、ずんずんと進んで行った。死の火山の中腹で待っていろと言われても、パトリシアにとってはその方がよほど恐怖だったのかもしれない。
予定通り、サラボナからはひと月ほどの旅程だった。通常、山を登り始め、山頂に近付くにつれて気温は下がり、野宿をするにも毛布が必要になるとリュカは経験上知っている。しかし死の火山は、山頂に近づけば近づくほど徐々に気温が上がって行った。火山を包むひんやりとした空気よりも、火山そのものの熱が高く、リュカは地熱を足元から感じながら額に浮かぶ汗を拭っていた。リュカはまだブーツを履いているため地熱を直に感じることはないが、プックルなどは一歩一歩跳ねるように山道を歩いていた。それほど地熱が高いのだろう。
山道を進む中、リュカ達の目の前にいくつもの岩が積み重なるようにして道を塞いでいた。唯一、馬車が通れそうなところを進んできたつもりだったが、他に行ける道があっただろうかとリュカは来た道を思い返す。
「ここまで来て引き返すのも嫌だけど、他に行けそうな道ってあったっけ」
「いいえ、恐らくこの道で合ってるかと思います」
ピエールは目の前に積み重なる岩の景色を見据えながらそう答える。プックルは身をかがめて、まるで目の前に敵がいるかのような戦闘態勢に入っている。二人の仲間の様子が妙だと、リュカは首を傾げながら再び道を塞ぐ岩を振り向き見た。すると、先ほどまではなかったはずの目や口が岩の表面に浮かびあがっており、リュカは思わず短い悲鳴を上げた。積み重なる沢山の岩全てに、不敵な笑みを浮かべるような顔がついていた。
「爆弾岩……リュカよ、あやつらと戦ってはいかん」
馬車の荷台からマーリンの声が飛ぶ。その声はいつもの落ちついた様子とは違い、少々慌てているようだった。
「戦いたくはないけど、でもどうして?」
「危険じゃ。とにかく危険なんじゃ。できることなら避けて通るんじゃ」
「避けて通るって言っても、道を塞がれてるからそれはちょっと無理かも……。目と口があるから話はできるかな。ちょっと話してみるよ」
リュカはそう言うと、一人で爆弾岩のところへと近づいて行った。ピエールとプックルが慌ててリュカの後を追いかけ、ガンドフは爆弾岩の不敵な笑みの前に、その場から動けずにじっとしていた。
「君たち、自分で動けるんだよね。僕たちそこを通りたいんだ、どいてくれるかな」
リュカの声に、爆弾岩は何も反応せずに、ただただ不敵な笑みを浮かべている。しかしリュカの声は聞こえているようで、岩同士がごつごつとぶつかり合う音が聞こえる。動いて道を開けてくれるのだろうかと期待したリュカだったが、爆弾岩は互いの配置を変えただけで、道を譲る気はないらしい。
「ここでわざわざ道を塞いでるってことはさ……」
「何か塞ぐ理由でもあるのでしょうね」
リュカの言葉をピエールが引き継ぐ。死の火山への道を進むにあたり、今まで爆弾岩に遭遇したことはなかった。しかしここにきて、これほど多くの爆弾岩と突然遭遇し、そしてその誰もが道を譲ろうとはせずにじっとリュカ達の行く手を阻んでいるのは、恐らくその先に火山の洞窟が存在しているのだろう。リュカはピエールと顔を見合わせると、共に呪文の構えを取った。突然戦闘態勢に入った二人の後ろ姿を見て、馬車からマーリンがまるで叫ぶような声を上げる。
「お主ら、戦うつもりか?」
「きっとこの先に洞窟があるんだよ。どいてくれないから、戦うしかない」
「呪文で一気にカタをつけるつもりじゃな。それならばわしも参戦しようぞ」
マーリンが自ら戦いに参加しようと言い出したのは初めてで、リュカはそんなマーリンの焦りぶりに、目の前にいる爆弾岩という魔物は普通の魔物ではないのだと認めた。爆弾岩を見て本能的に怯えているガンドフを馬車に下げ、リュカはピエール、マーリンと併せて呪文攻撃を仕掛ける。リュカが放ったバギマの呪文は爆弾岩の表面に深く切り傷をつけ、爆弾岩も何体かはたまらず退散していった。しかしピエールが放った爆発呪文イオラには、身体こそ飛ばされるものの、思ったよりもダメージを負っておらず、すぐに体勢を立て直して再びニヤニヤと笑みを浮かべ始める。マーリンが放つ火炎呪文ベギラマにも、爆弾岩たちは炎に熱されてもさほど表情を変えずに、炎が消えるのをじっと待っているほどに余裕がある。考えてみれば、この爆弾岩たちは火山の噴火から生まれたもので、元々爆発や炎から生まれたのと同じことだった。爆発呪文や火炎呪文に耐性があるのは至極もっともなことだった。
「ピエール、呪文じゃなくて直接攻撃でお願いできるかな。マーリンは他に呪文は?」
「あやつらの魔力を吸い取ってみるぞ。成功すれば、あやつらの呪文を防げるはずじゃ」
「呪文? この岩の魔物が呪文を使うの?」
「そうじゃ、自爆呪文メガンテを使いよる。食らったら一巻の終わりじゃぞ」
マーリンはそう言うや否や、すぐに魔力を吸い取る呪文マホトラを唱え始めた。しかしマホトラの呪文は一体の魔物に対してのみ有効なため、目の前で道を塞ぐ爆弾岩たち全員にかけるとなると、気の長い作業となる。リュカ達がやり取りをしている間にも、勇猛果敢なプックルが爆弾岩の群れに飛び込んで攻撃を続けている。ピエールは自分を奮い立たせるように大きな声を上げて気合いを入れると、プックルに続いて爆弾岩の群れに飛び込んで行った。
「自爆呪文って……自分の命と引き換えに敵を倒すってこと? そんなことができるの?」
呪文とは、自身の中にある魔力を使って引きだす力だとばかりリュカは思っていた。ほとんどの呪文がリュカの考える通りのものだが、中には魔力ではなく、己の生命力を残らず使って生み出す呪文があるということを、リュカはこの時初めて知った。自爆呪文メガンテ、そんな呪文を身につけている爆弾岩は一体どんな時に自らの命を賭してその呪文を放つのか。死の間際、そんな時ならば自爆呪文を使うかも知れないと、リュカは己の身に置き換えて考えてみた。強大な敵の前に手も足も出ない、しかしこのまま倒れるわけにはいかない、そんな時メガンテが使えたら、恐らく自分は迷わず使うだろうとリュカは過去の自分に置き換えて考えていた。
目の前の爆弾岩ももちろんそうだろう。瀕死の状態に陥れば、自爆呪文を唱えて最後の応戦をしてくるに違いない。
「一体ずつ集中して倒そう。そうじゃないと、危ない」
「一体ずつですね、分かりました」
「がうがう」
マーリンがマホトラの呪文を唱え、見事成功した爆弾岩には、リュカは攻撃を仕掛けなかった。自己犠牲の呪文と言えども、生命力だけで呪文を唱えることはできず、わずかばかりの魔力は必要になる。その魔力をマーリンが吸い取ってしまえば、爆弾岩はメガンテを唱えることはできないと、呪文を唱えられなくなった爆弾岩はそのまま放っておくことにした。
爆弾岩を一体ずつ駆逐して行くのは骨の折れる戦いだった。じっと動かずにただ笑みを浮かべる爆弾岩に、戦闘意欲があるのかどうかも分からない。しかしプックルとリュカとで攻撃を仕掛け、瀕死になった爆弾岩が徐々に熱を帯びて赤くなっていくのを見た時、それは怒りの表現ではなく、まさにメガンテを唱えようとしていたのだと背筋が凍るような思いがした。ピエールがすぐさまとどめを刺したため、自爆呪文発動とはいかなかったが、死に際となれば躊躇なくメガンテを唱えてくるのだと、リュカは爆弾岩の機械的な思考が分かった気がした。
戦闘に終わりは見えなかった。目の前にいる爆弾岩全てを倒すことは不可能だと、リュカは初めから思っていた。とにかく爆弾岩たちが塞いでいる道を進むことが目的で、馬車が通れるほどの道幅が開けばそれで良かった。爆弾岩たちも敵に攻撃されることはさすがに好まないようで、リュカ達に道を開けるように端に端にと寄って行った。
「今だ、行くよ」
ちょうど馬車が通れるほどの幅が開いたと見たリュカが、パトリシアに声をかける。スラりんが手綱をくっと引くと、パトリシアは爆弾岩の間の道を猛然と駆け抜けて行った。馬車が通った後にリュカ達も全速力で道を通り抜け、爆弾岩との戦闘をどうにか終わらせることができた。と思った矢先、後ろで次々と爆発が起こり始めた。死の火山の入り口を守る魔物として、爆弾岩はあの場所にいたに違いない。それが人間に突破されたため、役目を果たすことができなかったと爆発し出してしまったのかも知れない。戻って爆弾岩の爆発を止めたかったリュカだったが、あまりの爆風に馬車ごと吹っ飛ばされ、道を戻ることは叶わなかった。



火山の洞窟の入り口は決して見つけ辛いものではなく、近くまで来れば誰にでも分かるようなものだった。岩山に大きな口を開け、その中は夜でも明かりが要らないほど、明かりに満ちている。と言うのも、洞窟内を流れる溶岩が洞窟内部だけではなく、入り口から外に向かって明かりを放ち、夜ともなれば洞窟自体がここだと知らせるかのように常に明かりが漏れ出ているのだ。そして洞窟内部の熱気は入り口から噴き出すように放出されていた。死の火山を登って来たリュカは、高山の冷気にマントを身に巻きつけていたが、この火山洞窟内ではその必要もなさそうだとマントをばさりと後ろに払った。むしろマントが邪魔になるほど、洞窟内は熱気に満ちている。
「パトリシア、さすがにここは進めないんじゃないかな」
リュカはそう言いながら、パトリシアのたてがみを撫でる。パトリシアは一度顔をリュカに近づけると、リュカのターバンを上から少し噛んだ。そしてスラりんの指示を待たないで、さっさと洞窟の入り口に向かって歩き出してしまった。
「進めそうもない道があったら、その時に考えましょうか」
「そうだね、止めても行っちゃいそうだし」
「それほどリュカ殿の傍にいたいのでしょうな」
「それは嬉しいけど、あまり無理はしないでほしいよ」
リュカが心配するような無理は、今のパトリシアには見られない。リュカ達が思うよりも、パトリシアという巨大な白馬はとてつもない力を持っている。
洞窟内の道は溶岩が流れたものが固まってできたようなごつごつとした道で、非常に足場が悪かった。馬車の車輪がガタガタと、いつもよりも大きな音を立てて進む。しかし洞窟内のあちこちに流れる溶岩のごうごうという音が響いているため、馬車の音はあまり気にならないほどだった。
溶岩の熱に、洞窟内の景色がゆらゆらと揺れて見える。間近から火にあぶられるような熱さに、リュカは既に全身からじとりと汗が出るのを感じていた。横を歩くプックルは舌を出して荒い呼吸をするなど、見るからに辛そうだ。パトリシアの背に乗るスラりんも、熱で柔らかくなってしまったのか、いつもより平べったく見える。
「明かりが要らないのはいいけど、この熱さは辛いね。みんな、無理しないで。特にスラりんとピエールは水が必要になったらすぐに飲んでね」
身体のほとんどが水でできているスラりんとピエールは特に消耗が激しいだろうと、リュカは仲間に声をかける。死の火山を登る途中、見つけた川で汲み上げた水はまだほとんど手をつけていない。パトリシアの背に乗っていたスラりんはリュカの言葉を受けて、早速馬車の荷台へとぴょんぴょん移動して行った。ピエールも一度馬車に戻り、水を補給してくると、再び外へ出て来て熱した岩場をなるべく避けて馬車と一緒に進み始める。馬車に乗っているマーリンはこれほどの熱気を帯びた洞窟の中でもどこか涼しい顔をしている。死の火山を登る途中も、マーリンは高山の寒さにほとんど影響を受けていないようだった。熱さにも寒さにも、実はマーリンは強いのかもしれない。
流れ出た溶岩でできた洞窟だが、馬車で進むにも困らないほど道は広い。熱気で景色はゆらゆら見えるが、溶岩の明るさで見通しも良く、進むのに困ることはなさそうだった。魔物の気配は感じるものの、まだリュカ達の前に洞窟の魔物たちは姿を現していない。しかしその気配に、リュカ達は一様に緊張感を持って馬車を進めていた。恐らく出遭ったことのない魔物が多くいるのだと、洞窟内に漂うただならぬ雰囲気に馬車を慎重に進めた。
溶岩の明るさは洞窟の天井までも照らし、かなり遠くの景色も見通せる。長時間歩くだけで肌を火傷しそうだと、リュカはできるだけマントで身体を覆って歩いていた。そうして身を守りながら進んで行くと、ふと前方に何者かの影を見つけ、リュカは警戒しながら馬車を進める速度を落とした。溶岩の流れる音に紛れ、馬車の車輪の音はかき消され、前方に見える影にはまだリュカ達のことは気付かれていないようだった。しかしその影が魔物の影ではなく人影だと分かると、リュカは警戒を解き、馬車を進める速度をぐんと速めて人影に近づいて行った。ガラガラと馬車の車輪の音が近づいてくるのに気付いた人影が振りむき、リュカと目が合うと、額の汗を拭いながら力ない微笑みを返して来た。
「やあ、あなたもここまで来たんですか!」
リュカよりも先にサラボナの町を出発していたアンディだった。先に町を出たとは言え、無事にこの死の火山に辿りつき、こうして洞窟内に進んでいることに、リュカは驚きを禁じ得なかった。彼の周りに他に人影はない。一人でこの場所まで来ることができたのだろうかと、リュカはアンディの身を案じるよりも先に、彼がどうやってこの場所まで辿りついたのかが不思議でならなかった。
「アンディさん、良かった、無事だったんですね。一体どうやってここまで……」
「町でこの死の火山を目指す人を見つけて、頼みこんで一緒に連れて来てもらったんです。一緒に来た人たちは、洞窟の手前で引き返してしまいましたが」
アンディの言う洞窟の手前には、あの爆弾岩たちが待ち構えていたはずだ。そこまで来られただけでもかなりのものだが、あの爆弾岩たち相手とあっては、ほとんどの冒険者たちは引き返すしか手はないだろう。リュカは仲間の魔物との協力でどうにか突破することができたが、そうでなければ諦めるしかなかったかも知れない。
「洞窟の手前に岩の魔物がいませんでしたか?」
「そうなんですよ、それで他のみなさんは引き返してしまったんです」
「アンディさん、あなたはどうやって……」
「ボクは隙を見て、岩の間をすり抜けたんです。他の皆さんが岩の魔物と向かい合っている時に、奥に洞窟の入り口が見えたので、一人でこっそり向かったら運良くここに辿りついたんですよ」
のんびりと答えるアンディに、リュカは開いた口が塞がらなかった。運良くと言っても、彼の行動は一歩間違えればその場で命を落とすような危険極まりないものだ。アンディの突飛な行動で、もし爆弾岩が爆発を起こしてしまっていたら、恐らくアンディのみならず、共に洞窟手前まで来た冒険者たちも木っ端微塵になっていただろう。しかし目の前で話すアンディに、それほどの緊張感は感じられない。むしろこの死の火山の洞窟に辿りついたことで、気持ちが高揚しているように見える。魔物に対する恐怖よりも、炎のリングがある火山洞窟に無事に辿り着いた達成感が勝っているようだ。
「あなたは立派な馬車をお持ちなんですね。見たこともない大きな白馬に……、あれ、お仲間はいないんですか?」
アンディにそう言われ、リュカは後ろを振り返った。魔物の仲間たちは皆、状況を見て馬車の中に隠れてくれていたようだ。馬車を引くパトリシアの表情がいつも以上に必死で、それはガンドフとプックルの重みのせいだと一目で分かる。ピエールかマーリンの指示で、外に出ていた魔物の仲間は素早く馬車の中へと入って行ったのだろう。
「アンディさんこそ、この先どうやって行くつもりですか。一人じゃとても無理だと思いますよ」
リュカは目に入る汗を腕で拭いながら、アンディに話しかける。溶岩が流れる洞窟内の熱気もそうだが、洞窟には当然のように魔物が存在する。この洞窟まで来られたことが奇跡のようなものだが、この先一人で洞窟を探検し、炎のリングを見つけ出すことなど、奇跡が起こったとしても及ばないことだろう。
「僕たちと一緒に行きませんか? 一緒に探す方が早くに見つかるかも知れない」
リュカは真剣にアンディの身を案じ、提案する。運良くこの場で出会ったのだから、一緒に行動しない手はないと、リュカはアンディに手を差し伸べる。アンディも一瞬顔を明るくしたが、その顔はすぐに落ちつき、ゆっくりと首を横に振った。
「ボクたちはフローラとの結婚を認めてもらうためにここまで来たんですよ。一緒に行動して、一緒に見つけてしまったら、どちらが結婚相手の候補になるんでしょうか。もしそうなったら、ボクに権利を譲ってくれるんですか?」
表情は柔和なものだが、アンディの言葉は強いものだった。フローラとの結婚を真剣に考え、誰にもその権利を譲りたくないという頑強な意思の下、彼は危険を顧みずにこの死の火山の洞窟にまで来てしまったのだ。
しかしリュカにも譲れない理由はある。それはフローラとの結婚、と言うよりも、ルドマン家で保有している天空の盾を手に入れることだ。その理由を考えた時、リュカはアンディの前で決してその理由を公言できないと、どれほど身勝手な理由なのだろうかと、恥じ入るような気持ちになった。
「権利を譲ることはできません」
それでもリュカはアンディに譲り渡すことはできないと、はっきりと言い切った。フローラが世界に二人といないのと同じで、天空の盾もこの世に二つとないものだ。それを譲ってしまうことは、父の遺言を、母を助けるということを諦めてしまうということだ。それは己の人生において許されることではないと、リュカは真剣な面持ちでアンディに向かう。
「それでは一緒に行動することは止した方が良さそうですね。この洞窟の奥には炎のリングが眠っているはず。お互い頑張りましょう」
アンディはその華奢の身体から伸びる細腕に力を込め、リュカに拳を作って見せた。どこまでも晴れやかで、純粋な思いを持つアンディに、リュカも同じように拳を作って見せる。
「アンディさん、もし身の危険を感じたら、真っ先に逃げて下さい。命を落としてしまっては終わりですから」
そう言って、リュカは辺りを見渡し、身を隠せそうな岩場の陰をいくつか教えた。溶岩が固まってできたこの洞窟は地面も壁も天井もでこぼこと隆起していて、身を隠せるような岩場はところどころにあるようだった。旅慣れた青年の助言に、アンディは真面目に耳を傾けた。
「あなたはそんなに大きな馬車を引いているから、身を隠せそうにありませんね。大丈夫なんですか?」
「僕は大丈夫です。頼りになる仲間がいるので」
「仲間?」
今、リュカの周りには誰もいない。あるのは巨大な白馬と、馬車だけだ。アンディは自然と馬車へと目を向ける。
「アンディさんならきっと大丈夫そうですね。みんな、出ておいで」
リュカは馬車の荷台に向かって呼びかけた。幌の中からスラりんが飛び出してくると、アンディは目を丸くして息を呑んだ。スラりんはいつも通りパトリシアの背に乗り、挨拶と言わんばかりに「ピー」と一声鳴いた。
「どうして魔物が? あなたの仲間って……」
「みんな魔物です。魔物の仲間に助けてもらいながら旅をしています」
「魔物の仲間……」
アンディは荷台の後ろから出てきたピエールにまた目を丸くし、プックルが出てくると思わず後ずさり、ガンドフが出てきた時にはぽかんと口を開けてその大きな熊のような魔物を見上げていた。
「あなたは……不思議な人ですね」
馬車から魔物が出て来ても、アンディは決して逃げ出すことはなかった。それはリュカという人物を疑っていないということだった。馬車の荷台から姿を覗かせる魔法使いの老人を見つけると、アンディは少しほっと息をついて、リュカに話しかけた。
「一人、人間のお仲間がいるようですね」
「いや、マーリンも魔物です。元は人間だったみたいですけど、もう人間の頃の記憶はないようです」
「恐らく良い記憶はなかったじゃろうから、記憶などなくなってせいせいしとるわい」
そう言いながら骸骨のような顔をフードの奥に見せたマーリンを見て、アンディはまた目を丸くして息を呑む。
「僕には頼れる仲間が沢山いるので大丈夫ですが、アンディさんは一人なんですよね。もう一度聞きますが、一緒に行きませんか? 一人ではやっぱり危険過ぎます。炎のリングを見つけることも大事ですけど、それ以前に命が大事ですよ」
リュカはもう一度、アンディに一緒に行こうと声をかける。この場で別れ、アンディが一人で洞窟探検を首尾よくできるとは到底思えないのだ。一人でこの場に残してしまったら、それこそ後で悔やんでも悔やみきれない結果が待ち受けていそうで、リュカは強引にでもアンディを馬車に乗せようかと考えていた。
「ボクは正直、ここまで来れると思っていませんでした。死の火山の洞窟なんて、町で聞いた時はまるで想像もつかなくて、そんな場所、本当にあるのかって思っていたし、あったとしても到底ボクには辿りつけないだろうなんて思っていました」
アンディはこの場所まで辿りつけたのは、偏に運が良かったのだと話し始めた。ルドマン邸で話を聞いていた者の中に、果敢にも死の火山を目指す冒険者がいると聞いて必死に探しまわり、一緒に連れて行ってくれと頼み込み、旅の最中も何度となく窮地に追い込まれたが、それも運良く切り抜けることができた。フローラとの結婚を真剣に望み、炎のリングを求めてきた自分に、きっと神様は腕力でも知能でもなく運を授けてくれたのだろうと、アンディは本気で信じていた。
「あなたには強い魔物の仲間や旅の経験があるでしょうが、ボクはこの運でどうにか頑張ってみます。絶対に死にはしません」
体つきも華奢で、この魔物が棲みつくこの洞窟にいること自体、不自然にも感じるアンディだが、彼が強運に恵まれていることはリュカにも自然と感じられた。決して目に見えるわけではないが、今のアンディにはとてつもない運がついて回っているに違いない。彼の言う「絶対に死なない」という言葉も、何故だか素直に受け入れられる気がした。
「分かりました。でも本当に危険を感じたら真っ先に逃げて下さい。あと、もし炎のリングを見つけたら、洞窟の入り口で待ってて下さいね。帰りは一人で帰るなんてできないでしょうから、僕たちの馬車で一緒に帰りましょう」
「あ、そうか。帰りはあの人たちがいないんだった。じゃあきっとボクが炎のリングを見つけ出して、あなたと再会できるよう頑張ります」
「僕も負けません。アンディさんも頑張ってください」
リュカはそう言って右手を差し出した。アンディも右手を差し出し、握手を交わすと、馬車で先を行くリュカを手を振って見送った。アンディはまだその場で立ち止まり、洞窟内を見渡し、この先どうやって進むべきかを考えているようだった。
「リュカ殿、良かったのですか?」
パトリシアを挟んで向かいを歩くピエールが問いかけると、リュカは「きっと彼は大丈夫」と返事をした。
「いざって時には逃げるんだって分かってれば、きっと大丈夫だよ」
「逃げ切れれば良いのですが」
「だってアンディはあの爆弾岩の群れをすり抜けて来たんでしょ。そんな強運の持ち主、他にそんなにいないと思う」
「言われてみれば、あの群れをすり抜けるのは上手い下手ではなく、運に恵まれていないと為し得ません」
絶対に死なないと思っていた人が死んでしまうことは、リュカ自身経験している。幼い頃に絶対的存在だった父パパスは、魔物の前に倒れてしまった。強く勇ましい父が魔物に倒されるなど、リュカには想像できないことだった。しかしそんな父でも、魔物に倒され、あっけなくこの世を去ってしまった。
それは父が逃げることのできない状況にいたからだ。息子のリュカを人質に取られ、パパスはその場から逃げることも戦うこともできずに、ただひたすらじっと魔物の攻撃を受け続けることしかできなかった。もしあの場で父が逃げることができれば、今でも生き続け、母を探す旅を続け、もしかしたらもう母を助け出していたかも知れない。
「自分の身一つを守るだけなら、きっと彼は大丈夫」
リュカは幼い頃の自分の罪を噛みしめるように、小さくそう呟いた。その声は他の誰にも悟られることはなく、ただ隆起した地面に落ちただけだった。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

 




 
この記事を書いている人 - WRITER -

Copyright© LIKE A WIND , 2014 All Rights Reserved.