2017/12/03

母との思い出

 

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砂漠の旅は非常に体力を消耗する。空から照り付ける灼熱の太陽に体力を奪われ、夜には一気に冷え込む空気に体力を奪われ、気の休まる時間がほとんどない。
そのような経験をしてきたリュカたちだったが、今は誰もが表情に覇気を取り戻していた。一度通ってきた道を戻る旅は、未知の世界に足を踏み出す旅と違い、先が見える。テルパドールから東にあるオアシスに首尾よくルーラが発動できたこともあり、リュカたちは大陸北東に留めてある船に向かって想定の倍近い速度で馬車を進めていた。
「あの男、これからどうするのかしら」
「心を改めるんじゃないかな。だってあそこにいたって悪さなんかできないし」
「心を改めるんじゃったらワシらの旅についてきても良かったがのう」
「しかし我々の姿を見て腰を抜かしてましたから、とても仲間にはなれないでしょう」
リュカたちが話すのは、テルパドールで人攫いをしようとしていた悪漢のことだ。その男をリュカが捕まえ、ルーラで東のオアシスに連れて来て、置き去りにしてきていた。東のオアシスには老人一人しかおらず、男の生業とする人攫いなど到底できる状況ではない。それどころか、東のオアシスから抜け出すには、長く険しい旅をしてテルパドールに行くか、海に出るかするしかないのだ。男が懐に持っていたキメラの翼はリュカが取り上げており、男は今、東のオアシスから出られない状況だった。
「あれはプックルが脅かすからよ。あの男に向かって酷い雄たけびを上げるんだもの」
「にゃう」
「プックルは試しただけかも知れないけど、あれは誰だってびっくりするよ。隣にいた僕もびっくりしたもん」
これからは人攫いなどせずに真っ当な人生を送ると男が誓えば、リュカは男をどこか他の地に連れて行って解放しても構わないと考えていた。しかしリュカのその優しい気配を感じたかどうかは不明だが、プックルが唸り声を発したかと思ったら、突然轟くような雄たけびを上げ、その場にいる者たち全員をすくみあがらせてしまったのだった。
「じゃがメッキーの羽根をこっそり狙っておったから、改心するまでにはいずれにせよまだまだ時間がかかるかも知れんのう」
「キッキ!」
「あそこに置いてきて正解だったのかな」
「そういうことね、きっと。大丈夫よ。あそこにいる限り、死ぬことはないだろうから」
東のオアシスはテルパドールには遠く及ばないが、それでも水も食べ物も困らないほどにはある。特に今は雨季とあって、多くの果物の実がなっていた。砂漠と言う過酷な環境に育つからか、果物の成長は著しく、あっという間に花を咲かせて実をつけるものが多く存在する。あと数カ月は食べ物にも困らないはずだ。
「サバクノクダモノ、オイシイ」
ガンドフがそう言いながら食べる実は、とてもリュカやビアンカが手を出そうとは思わないような見た目にも毒々しい派手な模様がついた果物だった。しかしガンドフはその果物を一目見た途端、大きな一つ目をキラキラと輝かせ、リュカたちが止める間もなくかじりついていた。リュカとピエールが解毒呪文の準備をしていたが、ガンドフは「オイシイ、オイシイ」と言ってあっという間に一つ食べてしまったのだった。あまりにも美味しそうに食べるので、リュカも一口かじってみたところ、途端に目眩がし、予想していた通り毒のある果物だとすぐに気がついた。ピエールがすぐに解毒呪文を施し、事なきを得たが、ガンドフの体には何の影響もないようで、その後もガンドフだけは毒が含まれているはずの果物をむしゃむしゃとひたすらおいしそうに食べている。馬車の荷台にもまだいくつも置かれており、それはガンドフの砂漠の旅の楽しみとなっているようだ。
「ピー、ピキー」
スラりんも興味津々に荷台に乗る毒々しい果物を見るが、やはり食べずにぐるっと見渡すだけだ。スラりんにもこの模様は危険だと分かるらしく、難しい顔をして果物とガンドフをじろじろと見ている。
「ガンドフの体には何か特殊なものがあるのね」
「毒さえなければなぁ、すごく甘くて美味しいんだけどなぁ」
唯一ガンドフ以外に果物を口にしたリュカがそう言うと、ビアンカやマーリンが興味を示すが、ピエールに冷静に止められていた。
東のオアシスを出て、五日で港に出られる予定だった。テルパドールからルーラで一瞬にして東のオアシスまで移動してきて、旅の疲れがない状態で一気に馬車を進められたためか、一日短縮でき、四日で港に着くことができた。砂漠の向こうに見える海の景色を目にすると、一行は感動し、ピエールなどはこっそり涙していた。
「ああ、良かった。みんな無事で。さあ、まずは船を確認しないとね。かなり長いこと放っておいたから、どこか傷んでるかも知れない」
「ルドマンさんから頂いた船だもの。そうやすやすと傷んだりしないわ。きっと平気よ」
楽観的なビアンカとは対照的にリュカは船のどこかに不具合があるという前提で、仲間たちと船の状態を手分けして点検していった。ルドマンより譲り受けた大型船は、船自体にも魔法がかけられているのか、船を離れた時の状態のままを保っており、幸いにもどこにも異常は見られなかった。船底に積んだままの残りの食料も少しが腐っていただけで、ほとんどそのまま使える状態だったことには驚いた。水もまだ使える状態のままで、オアシスで調達した大樽一つ分を追加すれば、東の大陸に着くまでの水も食料も余裕がある状況だと、リュカはこれからの旅の順調さが目に見えたようで、自然と笑顔になった。馬車の重い荷物がすべて下ろされ、荷台も馬具も外されたパトリシアは、ようやく自由になった喜びを広い甲板の上でスラりんと一緒に味わっていた。
「さあ、行くよ。東の大陸へは海流に乗れば二週間くらいで着くはずだ」
テルパドールからグランバニアへはちょうど東に向かう海流があり、リュカたちの乗る船はその海流に乗って東を目指す。潮気を含んだ風が何とも心地よく、リュカは久しぶりの海の景色に素直に気を高ぶらせながら、船を出港させた。



船旅にはいつも独特の緊張感が漂う。天候の確認は怠りなく、リュカたちは空模様や風向き、波の高さなどに常に留意している。船が座礁し、沈没となる可能性ももちろんある。魔物の襲撃により船が沈められる恐れもある。
緊急時対策として、リュカのルーラで一時的にどこか安全な場所に避難することはできるが、船を失ってしまえば旅はそこで詰んでしまう。再びルドマンに船をもらうわけにも行かず、もし同じような船を調達するとなれば莫大な資金が必要となり、それは現実的な話ではない。失敗は許されず、後戻りすることもできない船旅を、リュカは仲間たちとこれ以上ないほどに慎重に進めていた。
「リュカ、今、どんな気持ち?」
テルパドールの大陸を出てちょうど一週間が経ったころ、甲板で海を眺めていたリュカにビアンカが話しかけた。隣に並ぶ彼女に、リュカは複雑な笑みを見せる。
「どんな気持ちなんだろうね。良く分からないよ」
グランバニアの王パパスは攫われた王妃を救うべく、幼い子供を連れて旅をしているという旅人の噂を元に、リュカたちは今船を進めている。旅人の噂に過ぎない話だが、リュカたちにはどうしても見過ごすことのできない内容だった。もし噂が真実であれば、リュカの父パパスがグランバニアの国王だったということだ。パパスという人物がリュカの父以外にもいるかも知れないが、それにしてもリュカの体験してきた状況とあまりにも酷似しているため、グランバニアに向かわないわけには行かなかった。
「そうよね~、だってパパスおじさまが一国の主ってことはまだ想像できるけど、そうなるとリュカが王子様ってことでしょ? リュカが王子様よ? 想像できる?」
「……それを僕に聞かないでよ」
ビアンカが笑いをこらえるように聞いてくるので、リュカは思わず顰め面を見せて小声で言う。
「父さんが王様ってことは想像できるんだね」
「だってあれほどカッコよくて強くて頼りになって、サンタローズの村の人たちからも信頼されていたじゃない。パパスおじさまが王様でも何の違和感もないわ」
「僕、一応、父さんの息子なんだけどなぁ」
「リュカはね、きっと優し過ぎるのよ。……お母様に似ているんでしょうね」
ビアンカはもちろん、リュカの母親を知らない。しかし彼女にはたまに、リュカの中にリュカではない人物がいるような気がしていた。当然、大人になったリュカには父パパスの面影もある。旅の途中、魔物との戦闘の場面になると、リュカはすぐさま一人の戦士になる。かつての父の剣を構え、魔物に向かう姿に、ビアンカは幾度となくあの勇ましいパパスの姿を思い出した。
しかし戦闘を終え、振り返ると、彼にはいつもの優しい表情が戻っている。その柔らかな表情は恐らく、母譲りなのだろうとビアンカは自然とそう思うようになっていた。リュカの優しい目に彼の母を想像し、ビアンカは早く彼を母親に会わせてあげたいと心から願うようになった。
「昔、サンチョにも言われたことがあったな」
サンタローズの村に暮らしていた頃、同じ家に住んでいたサンチョに『坊ちゃんはお母様に似てらっしゃいます』と言われたことを思い出した。その時は、『おかあさまって誰だろう』と思い、『どうして父さんに似てるって言ってくれないんだよ』と少し落ち込んでしまったこともあった。リュカは強く勇ましく、そして優しい父に憧れ、父に似ていると言われたら飛び上がって喜んだだろうが、母に似ていると言われ、正直戸惑いしか残らなかった。
今もまだ、母親に似ていると言われても、喜びの感情は生まれない。全く記憶にない母親に似ていると言われても、どう反応したら良いのか分からない。
ビアンカと結婚して、愛する者と一緒にいる喜びを知ることはできたが、まだその先の感情をリュカは知らない。一般的な母親と言うものは旅する中でも何人も目にしてきて、ビアンカの母親のことも覚えている。母親とは恐らく、子供のことを想い、子供のために生きているようなところがあるのだろう。しかしリュカには、それは自分とはかけ離れた世界の話だと、そう感じていた。
「そっか、サンチョさんもリュカのお母様のことを知ってるんだものね。どういう人だったか教えてくれなかったの?」
「何も聞いてないよ。特に聞いた覚えがない」
リュカの声に特別な感情が見えず、ビアンカは彼に向けていた視線を遥か彼方の海に向けた。リュカ自身も恐らく、自分の感情に気づいていないのだろう。彼の母親に対する思いはまだ、何も特別なものが生まれていない状態なのだ。旅の最中で多くの母親と言う存在を見てきた彼も、自分の母親となると何も分からないのが現実だった。
「リュカは……お母様に会いたい?」
彼が最も聞かれたくないと思っていると分かっていても、ビアンカは思わずそう聞いてしまった。そこには恐らく、彼の答えはない。
「会いたい……って思わなきゃいけないんだろうけどね。会ってみたいとは思ってるよ」
「会ったら何を話そっか?」
「何を話せばいいんだろう。とりあえず初めは『はじめまして』なのかな。あ、でも初めましてじゃないのか、僕を産んでくれてるんだもんね。じゃあ『お久しぶりです』なのかな」
「話すって……それは挨拶でしょ。そうじゃなくって、リュカが生まれた時はどうだったのかとか、おじ様とはどうやって出会って結婚したのかとか、色々と聞くことはあると思うわよ」
「うーん、そうだね。……でも、やっぱり会ってみないと何を聞いたらいいのか分からないや。全く知らない人だからね」
彼の声音に特別な感情が籠らないのは、リュカが母親を全く知らないからだ。そう分かっていても、ビアンカにはそれが哀しいことに思えてしまう。ビアンカも幼い頃に母親を亡くしてしまったが、それでも母親の愛情は今も心に体に残り、これからもそれは色濃く残り続ける。しかしリュカにはそもそも母親の愛情と言うものが伝わっていないのだ。それは今の彼に、誰も補えるものではない。彼を愛し、結婚したビアンカとしても、リュカの母親になることはできない。
「……リュカは、おじさまのために旅をしているのね」
ビアンカにそう言われ、リュカは改めて自分の旅の目的に向き直った。旅の目的は母親を捜すこと。しかしそれは恐らく、自分の旅の目的ではない。自分の旅の目的は、父の遺言を果たすことだ。自分を庇って死んだ父に報いるために、父の本懐を遂げようと母を捜しているのだ。リュカの旅は償いの旅であり、もし旅の目的を果たしても、その時償うことができたと実感できるようなものでもないのは分かっている。
しかしそれが分かっていても、この旅を中断することは許されない。旅を続けることがリュカの人生であり、旅を止めることは人生を終えることなのだと、リュカは本能的にそう感じている。
「早く母さんが見つかるといいね」
まるで他人事のように言うリュカの背中を、ビアンカは何も考えないままさすった。リュカが自分の人生を生きていない気がして、ビアンカは彼にどう話しかけたらいいのか分からなくなってしまった。まるで自由に世界を旅しているように見えるリュカだが、実は見えない鎖にずっと繋がれ、自由に生きることも死ぬことも許されないような人生を歩まされている。ビアンカにはふと、隣に立つ夫がそう見えて、ただ背中に手を当てることしかできなかった。
「お母様はきっと、早くあなたに会いたいでしょうね。もうずっと……ずっと会いたいと思ってるでしょうね」
リュカには母親の記憶がない。記憶がないということは、まだ赤ん坊の頃に母は連れ去られてしまったのだろう。今までリュカは、父パパスの気持ちにばかり寄り添い、愛する妻を攫われた悲しみは想像を絶すると考えるに留まっていた。もしビアンカが誰かに連れ去られ、目の前からいなくなってしまったら、一体自分はどうなってしまうのか全く分からない。ビアンカはもう自分以上に大事な存在だ。その存在を失うということは、自分を失う以上のことだ。
しかしビアンカの言葉に、リュカは初めて母親の気持ちを考えようとした。自分を生んだということは、赤ん坊のリュカを両腕に抱えていたこともあるのだろう。いつ母親と離れ離れになったのか、リュカは知らない。しかし母はまだ赤ん坊のリュカと離れ離れになった記憶と共に今も生きているのだ。それは一体どのような気持ちになるのだろう。リュカには想像することしかできないが、恐らく子供と離れ離れになった瞬間で時は止まり、時はそこから後には進まないような気がした。母親の中でリュカはずっと赤ん坊のままなのだと、リュカはそう思った。
「僕はやっぱり、自分のことしか考えてないんだね」
自分よりも周りのことを第一に考えているようなリュカからそんな言葉が出てきたことに、ビアンカは驚きを隠せなかった。しかし同時に、彼の言葉に納得してしまうような気もした。誰よりも仲間のことを思い、友達のことを思い、妻の自分のことを思ってくれているが、その一方でリュカは自分自身のことを一番考えているのかも知れない。父パパスの遺志を継ぐため、母を捜す旅を続けるリュカだが、ただ父の遺志を継いでいるわけではない。彼は彼自身の意志でパパスの背中を追っているのだ。幼い頃からずっと憧れ続ける父パパスの背中を追い求めることは、もしかしたらリュカにとって生きたかった人生なのかも知れないと、ビアンカはふとそう思った。
「リュカの人生だもの。それでいいのよ。自分の人生を一番に考えるのなんて、ごく普通のことだわ。それにリュカがリュカの人生を生きることが、きっとお母様も望んでいることよ」
「何だか自信たっぷりに言うね」
「母親だったら子供の幸せを一番に考えるものでしょ。私の母さんだってきっと、そう思ってくれてると思う。だから今の私を見て、喜んでくれてるわ」
「ビアンカは……僕の旅についてきてくれてるじゃないか。それって自分のことを一番に考えてないんじゃないかな」
「あら、私は好きでリュカと旅をしてるのよ。大好きな人とずっと一緒にいられるのって、これ以上幸せなこともないわよ」
「でも何も危険な旅に出なくたって、普通に町や村で落ち着いて暮らす人生だってあるのに、君を危険に巻き込んで……」
「まだ分かってないのね、リュカ。私がどれだけ冒険が好きか、冒険に憧れてたか。夜中こっそり町を抜け出して、お化け退治に行くような子供だったのよ。そんじょそこらの冒険好きとはレベルが違うのよ。それが今は大好きな人と一緒にいろんなところに旅をして、毎日が冒険で、これ以上の幸せなんてないんだから」
ビアンカが嘘偽りなく話しているのは、彼女の表情ではっきりと分かる。船から見える海の景色に、今でも目をキラキラとさせ、飽きることなく未知の世界に憧れを抱き、常に好奇心を持って物事を見ている。ビアンカにとってリュカや仲間たちとの旅は、人生最大の楽しみと言っても過言ではないほど面白いものらしい。
「こうして夫婦で旅するのもずいぶん慣れて来たわね」
「そうだね。サラボナで式を挙げてから、もうどれくらい経ったんだろう」
サラボナでの挙式後、リュカのルーラですぐにアルカパに寄り、ポートセルミに飛び、そこから船でテルパドールに向かった。ルーラと言う特殊な移動呪文のおかげで旅がかなり短縮されたものの、それでももう結婚から数カ月が経っている。旅の最中は苦しい時も多々あるが、振り返ってみるとあっという間の時間だった。
「ずっとこうしていられたらいいのに」
まだ水平線しか見えない海の景色を見ながら、ビアンカがぽつりと呟く。彼女の声に不安を感じ、リュカは思わず聞き返す。
「どういうこと?」
ビアンカは呟いた言葉がまさか声に出ていたとは思わず、リュカに視線を合わせないまま表情を明るくする。
「そりゃあもちろん、お母様が早くに見つかって旅が終わるのが一番だけどね。それでもリュカとみんなとこうして旅をしているのも悪くないなぁって……不謹慎よね、ごめんなさい」
「じゃあ、もし母さんが見つかっても、みんなで旅を続ければいいよ。母さんが見つかって旅を止めるにしたって、一体どこに住めば……ああ、そうか、君の村に行けばいいんだ。山奥の村でお義父さんもみんなで一緒に暮らせば……」
「リュカ、あなた、もしグランバニアの王子だったら、きっとそんなことも言ってられないわ」
「どうして?」
「だって、王子様よ。王様の息子なのよ。そんな人が自由に世界を旅なんてできるわけないじゃない」
「まだ王子だって決まったわけじゃないよ。僕は僕だよ。僕の人生、僕のしたいように生きて何が悪いの?」
「でもそんなこと言ってられないわ。一国の王子様がそんな……」
「ねぇ、ビアンカ。今そんなことを考えても仕方がないよ。まだ何も分からないんだから、今の旅を楽しんだ方がいいんじゃないかなぁ。せっかく楽しい旅をしてるんだから、楽しく行こうよ。ね」
そう言って微笑むリュカを見て、ビアンカもようやく笑顔を見せることができた。リュカと仲間たちとの旅は楽しいのだが、時が経つに連れ、彼女の中の不安が膨らみ、それを彼女はどうすることもできないのだ。リュカがグランバニアの王子かも知れないという噂を耳にした時から、ビアンカの中ではそれはただの噂ではなく、ほぼ事実として捉えられていた。リュカがまるで現実味のない話だと笑う一方で、ビアンカは恐らくその噂は嘘ではないと確信していた。リュカが王子様だなんて笑っちゃうなどと反応しておきながら、リュカが王子であることを心の底では認めてしまっていた。リュカの父パパスが一国の主であることを素直に受け入れられると同時に、リュカが一国の王子であることを、ビアンカは既に受け入れていた。
しかしそれとは別の問題を、ビアンカは抱えている。もしパパスがグランバニアの王様で、リュカがその国の王子となると、自分は一体何になるのだろう。ビアンカはリュカが王子と知らずに結婚した、ただの村娘だ。それはグランバニアという国にとって、どういうことになるのだろう。
ビアンカは自分自身の体を両腕で抱きしめるようにして、身を縮こまらせた。東に向かう船の先には、リュカやパパスの故郷かも知れないグランバニアがある。パパスはその国の王であり、リュカは王子なのかも知れない。しかしそれは全て可能性の話で、それ以上のことは何も分からないままだ。グランバニアと言う国がどのような国なのかも、テルパドールの図書室から借りた本では調べられなかった。ただその国に行くには高い高い山を越えなくてはならない、分かっていることはそれだけだ。
いつもなら純粋に冒険を楽しめるビアンカだが、今は期待よりも不安の方が大きい。知らないことにも好奇心を持って突き進むいつものビアンカが、今は近づくグランバニアに恐れを抱いてしまう。それは、グランバニアの王子かも知れないリュカと村娘の自分とが果たしてこのまま一緒にいられるのだろうかという不安が徐々に増していくから、と言うのも理由の一つだった。
「でも、リュカの言う通りね。せっかくの旅なんだから楽しまないといけないわよね」
「そうだよ、いつもみたいに元気なビアンカでいて。そうじゃないと僕が不安になるよ」
「ごめんなさい。妻として夫を支えなきゃいけないのに、私が不安になってる場合じゃないわよね。グランバニア、いい国だといいね」
「父さんがいた国だったらきっといい国だよ。大丈夫、何も悪いことなんて起こらない」
リュカがそう言う姿を、ビアンカは彼が自分にそう言い聞かせているのだと感じた。いつものにこやかな表情を見せているリュカだが、実はビアンカよりももっと不安を感じ、グランバニアに恐れを抱いているのかも知れない。夫のその気持ちにすぐ気がつかなかった自分を責めつつ、ビアンカはリュカの腕をさすりながら、共に東に広がる水平線をじっと見つめた。



テルパドールの大陸を出てグランバニアがある東の大陸までは、およそ二週間程度の航海を予定していた。途中、魔物の襲撃にも遭ったが、幸いにも以前出くわしたことのある深海竜のような大きな魔物とは遭遇せずに済んだ。代わりにしびれくらげが船の縁にへばりついていたりしたことがあったくらいだ。その中の数匹が、船の甲板に躍り出てリュカたちに戦闘をしかけてきたこともあったが、海の魔物が船の甲板で元気に戦うことができるはずもなく、リュカたちはなるべくしびれくらげに触れないようにしつつ、魔物を海に投げ入れて帰してやることにした。航海は想像よりもずっと順調で、予定よりも早くに東の大陸を見つけることができた。
リュカたちの前に現れた東の大陸は緑に覆われ、遥か彼方に見える高く険しい山の頂は白い。山頂には雪が積もっていて、山が白い帽子を被っているようだった。リュカは雪を被る山の景色を眺めながら、思わず険しい顔つきになるのを止められなかった。リュカにとって雪山は、美しいものでも何でもない。ただただ恐ろしく冷たい場所なのだ。
「何だか蒸し暑そうなところじゃのう。緑が多いのは良いが、ここからでもムシムシするのを感じるぞい」
「砂漠の旅に比べれば雲泥の差です。私は喜んでムシムシしたところを歩きますよ」
マーリンが愚痴をこぼす横で、ピエールは砂漠の旅を思い出して、見える森の景色にほっと胸を撫で下ろしていた。ピエールにとって、水のない景色ほど恐ろしいものもないらしい。
「そうだね、水には困らないところかもしれないね。それはありがたいや」
「船を泊める港があるわ。あっちに向かって船を進めましょう」
予定よりも早く東の大陸に到着し、リュカたちの船にはまだかなり備蓄が余っている。テルパドールの時のように、長い間船を離れて旅をすることになるため、船に腐るようなものは置いておけない。ビアンカはガンドフと共に船底に積んである食材を調べに行き、今日中に消費できるものはしてしまおうと、手早く料理を作ることにした。グランバニアに旅立つ前のゲン担ぎよろしく、リュカたちはささやかな船上パーティーを開くことにした。
交代で操舵室に入り船を進めつつ、パーティーを皆で楽しんだ。その最中にも船の周りには魔物の姿が見えていたが、パーティーの合間に機嫌の良くなったマーリンが花火よろしくベギラマを放ち、マーリンに挑発されたピエールがイオラを放ち、調子に乗ったビアンカがメラミを放ち、次々と船上から放たれる呪文の威力を見て、海の魔物たちは大人しくしてくれていたようだった。好戦的なたまてがいという魔物が船の上にこっそりと上がり込んで攻撃をしかけるタイミングを見ていたが、スラりんが放ったニフラムの光にうっかり飛び込んでしまい、そのまま光の中に消し去られてしまったこともあった。
船が港に入る頃になると、リュカたちは船の中の片づけを始めた。しばらく船を離れ、再び陸の旅が始まる。馬車に積んで持っていけるものは荷台に積みこみ、他のものは船室にしまっておいた。万が一、リュカたちの留守中に船が荒らされる可能性もある。それを牽制するためにも、リュカは船の入口に大きく貼り紙をしておくことにした。
「テルパドールの時は運よく無事だったけど、どんな人がこの港に来るか分からないもんね」
「そうね。この貼り紙を見れば、この船の中を荒らそうって気持ちもなくなるわ、きっと」
貼り紙には『主の許可なく入るべからず。禁を犯す者、災い降りかからん』と不吉極まりない文句を書いておいたのだった。貼り紙を貼った柱にはプックルの爪痕をくっきりと残し、貼り紙も読める程度にプックルの鈎爪で引き裂いておいたのだった。
「子供だましと言えば子供だましですが、それでもこれで船に入るのを躊躇する者は多くなるでしょう」
「港には他にも船が泊まっておるようじゃの」
リュカたちの船以外にも、港には船が二隻泊まっていた。いずれもリュカたちの船よりも小さいが、どちらも停泊してからずいぶん日が経っているように見えた。人影はなく、リュカたちの船が起こす波に、静かにぷかぷかと揺れている。
「他にもグランバニアに来ている人がいるってことかな。ここってグランバニアへ行くための港だもんね」
「そうよね。もし旅人さんに会えたら、グランバニアについて話を聞いてみたいわね」
「しかし大分前に船が着いているようなので、既に山越えをして国に着いているかもしれませんよ」
「険しい山を越えて行くんじゃろう? よほどの事情があるのじゃろうな、この船に乗る旅人も。まあ、ワシらもそうじゃがの」
無事に船を着け、リュカたちはおおよそ二週間ぶりに陸に下りた。長い航海の後に陸に下りると、しばらくは足元が揺れているような感覚が抜けない。足元がふらつきながらも、一行は久しぶりに味わう陸地の感触に、無事に海を渡ってきた喜びを噛みしめた。
港に船は泊まっているものの、近くに人の気配はなく、あるのは動物と魔物の気配だった。港から少し奥に入ると、一本の広い道が続いている。港で船を下りた人々はこの道を通り、グランバニアに向かうのだと、リュカは地図で場所を確かめながら馬車も通れる道を進み始めた。
山越えをする前に休息を取る場所があることを、リュカはテルパドールの図書室で借りた本で調べていた。船に乗り、遠くから見えた景色は森林地帯だったが、実際に港に下りて馬車を進めると、平坦な開けた道が続き、旅をするのに進みやすいような場所が開けていた。小川が流れるところもあり、小さな実をつける木もちらほらあり、ここなら住むこともできるとリュカは周りの景色を見渡しながら穏やかな気持ちで歩いていた。
しかし人間にとって住み良い土地は、一部の魔物にとっても住み良い土地だ。近くの森から突然魔物が姿を現し、馬車を進める人間を見るや、難しい顔をして近づいてきた。
「なんじゃ、お主らは? 人間か? 魔物か?」
初め、話しかけてきたのが魔物だとは思わず、リュカは至って普通に話に応じた。
「ああ、僕たちはみんな仲間なんです。人間と魔物で一緒に旅をしています」
「……リュカ殿、あれは魔物ですよ」
「え? そうなの?」
「あんなにおかしな貝殻帽子を被っとる人間のジジイもそういないと思うぞ」
そう言いながら笑うマーリンに、話しかけてきた魔物はムッとした表情を隠しもせずに、更にリュカたちに歩み寄ってくる。
「お前さんこそ、薄汚れたフードなど被りおって、シャレとるつもりか?」
「シャレで被っとるわけじゃあないわい。日に当たりとうないからこうしておるんじゃ」
「じいさんは日差しに弱いからのう。わしなんぞ、この貝殻帽子と水色の羽衣のおかげで、日々涼しく暮らしとるわい。いいじゃろ~」
そう言いながら魔物の爺さんが両手に持ち上げる水色の羽衣を見て、マーリンが驚いたように目を見開く。
「それは、あの、水の羽衣か?」
「ん? 何を言っとるんじゃ。これは水色の羽衣じゃよ。色も分からなくなるほどモウロクしよったか、可哀想にのう」
「色ぐらい分かるわい、バカにしよって……。それよりも水の羽衣を知らん方がよほど無知と言うものじゃ。バカにバカ呼ばわりされとうないわ」
「バカじゃとっ? この生意気なジジイめ。これでも食らえぃ!」
そう言って魔物の爺さんが放ってきた呪文は、マーリンも使えるベギラマだった。不意に呪文を唱えてきたため、リュカたちは呪文をよけきれず、髪や服を焦がしたりしてしまった。
「何をするんじゃ! 不意打ちとは卑怯なことをしおって」
「不意打ちも何も、敵と遭って油断しとる方が悪いわい」
「油断もするじゃろ、同じ魔物同士なんじゃから」
「人間と行動を共にしている魔物など、魔物ではないわ!」
「……何だか、どっちがどっちだか、分からなくなってきたわ」
「話し方が似てるからね。声も何となく似てるかも」
「とにかく状況が酷くなってきていますよ。あちらから同じ魔物がぞろぞろと……」
ピエールが指差す先には、森の奥から湧いて出てくるように同じ魔物の姿が見られた。わいわいと話をしながら歩いてくる姿は、どう見ても人間の老人にしか見えない。しかし皆、揃いの水色の羽衣を身に着け、頭には大小こそあれ同じ貝殻帽子を被っている。仲間が戦う音を聞きつけ、何事かと皆もぞろぞろと出てきたのだろう。
「あれって、みんなベギラマが使えるってことだよね」
「同じ魔物ですから、きっとそうでしょうね」
「一斉に唱えられたら、ひとたまりもないわ」
「リュカよ、この生意気なジジイどもを成敗してくれようぞ」
マーリンが一人で息巻いて、既に呪文を連発しているが、リュカたちはこっそりと後ろで逃げる相談をしていた。敵である魔法爺のベギラマで焦げ付き、毛が剥げてしまったところを舐めるプックルなどはまるで戦闘態勢ではない。ガンドフも大きな目を瞬かせて、マーリンが戦う様子をじっと見つめているだけで、自ら戦闘に参加する気はまるでない。スラりんはパトリシアの首の辺りに乗りながら、ただマーリンと魔法爺の戦況を見守っている。メッキーなどは空高くを飛び、周りの景色をのんびりと見渡している。魔法爺の何とも温かみある表情を見て、皆の戦闘意欲が沸かないのかも知れない。
一つリュカが気になったことは、敵の魔法爺もマーリンの呪文を受けているはずなのに、さほどダメージを負っているように見えないことだ。マーリンのベギラマを食らっても、魔法爺同士が集まり、ひそひそと話した後、すぐに元気になって再び戦いを始めるのだ。
「マーリン、冷静になって。相手はみんなベギラマを唱えられるんだよ。もし一斉に呪文を唱えられたら、僕たちみんな丸焦げになっちゃうよ」
「何を言っておる。お主もピエールもビアンカ嬢も、呪文が使えるじゃろうが。ワシに加勢せんか」
「僕は喧嘩はしたくないんだよ。相手は言葉の分かる魔物じゃないか。それだったら話をして分かってもらえば……」
「手緩いことを言っとらんで、さっさと戦うぞい!」
すっかり頭に血が上ってしまったマーリンに、もうかける言葉が見当たらないリュカは、強硬手段に出ることにした。呪文を唱えかけているマーリンの身体をひょいと抱きかかえると、そのまま馬車の荷台に放り込むように乗せてしまった。そして皆に合図を送ると、合図を待っていた仲間たちはいっせいに馬車と共に広く見渡せる道を疾走し始めた。さすがにパトリシアの全力疾走に魔法爺が追いつけるわけもなく、みるみる小さくなっていく魔物たちの姿に、マーリンが唱えかけていたベギラマの呪文を投げつけたが、あっという間に距離が開き、呪文の炎は魔法爺たちには届かずに地面の草を焦がしただけだった。
魔物の姿が見えない所までパトリシアに走ってもらい、リュカは魔物の気配がなくなったところで馬車を止めた。砂漠の旅と違い、パトリシアはすぐに水や草にありつける好環境に十分に身体を休める。メッキーが空高くから状況を確認し、静かに下りて来てリュカに安全を告げると、一行はほんの少しの休息の後、すぐに馬車を進めた。
「マーリン、どうしてあんなに頭に血が上ったのさ。いつもの冷静なマーリンじゃなかったよ」
「ふん、別に羨ましかったわけじゃあないわい」
「……羨ましかったんだ」
マーリンの素直な反応に、リュカは納得するように呟いたが、一体何が羨ましかったのか全く分からなかった。そんなリュカの隣に、ピエールが来て静かに伝える。
「敵の魔法使いは、マーリン殿に受けた傷を自分で治していました。回復呪文も使えるようです」
「ピエール、うるさいぞい! 回復呪文がなんじゃ! ワシは攻撃呪文一筋で生きとるんじゃ」
ピエールに図星を指されて、マーリンは行き場のない怒りを言葉に出すのが精いっぱいだった。ふてくされるマーリンを見て、リュカは思わず笑いながら話しかける。
「マーリンは優しいね。回復呪文を使いたいって思ってるんだ」
「私、マーリンの気持ち、とっても良く分かるわ。回復呪文が使えないって、悔しいわよね」
「……嬢ちゃんは分かってくれるか。そうじゃ、悔しいんじゃ。ワシにも回復呪文が使えたら、仲間の怪我を癒すこともできように……。仲間が怪我をしても、それを見ていることしかできん。それが辛いんじゃ」
「私も一緒よ、マーリン。私も回復呪文を使いたいけど使えない。仲間の傷を治すことができない。旅の間、何が辛いかって、それが一番辛いくらいよね」
「そんなこと言ったら、みんながみんな、羨ましいんじゃないかな」
リュカの言葉に、マーリンとビアンカが同時に振り向く。リュカは二人にも、他の仲間たちにも目を合わせながら話をする。
「僕だってマーリンやビアンカみたいな強力な攻撃呪文が使えたらなぁって思うよ。回復が間に合わなかったらどうしようって、いつも思ってるからね。怪我をする前に、敵を倒すか、敵から逃げるかすればいいんだから」
「プックルの足があれば、大抵の魔物からは逃げられそうですね」
「メッキーみたいに空を飛べたらいいなぁとか、ガンドフみたいに力があったらいいなぁとか、スラりんみたいにどこにでも入れるくらい小さかったらいいなぁとか、仲間に憧れるのはキリがないよ」
自分にないものを仲間の誰かが補ってくれる。リュカはそのような信頼関係の中で進めるこの旅が好きなのだった。誰か一人が欠けても、旅は行き詰ってしまうだろう。もうヘンリーと二人で旅をしていたころを思い出せないくらい、リュカは仲間たちに頼り切っているのだ。
「マーリンもビアンカも、そんなことで悩まないでね。みんなそれぞれ得意なことも苦手なこともあるんだから、お互いに寄りかかって行こうよ。そうじゃないとみんな息苦しくなっちゃうよ」
「ガンドフモ、カイフク、デキル。マカセテ」
そう言いながら大きな胸をドンと拳で叩くガンドフを見て、マーリンとビアンカは互いに顔を見合わせて微笑んだ。これほど頼って寄りかかれる仲間がいるというのに、マーリンもビアンカも己のことだけを見つめ、勝手に苦しんでいた。マーリンはかっとなってしまった己を恥じ、リュカに素直に頭を下げて「すまなかった」と詫びた。
「考えてみたら、あの魔法爺どもだって呪文に長けているわけでもないかも知れんの。もしかしたら覚えている呪文がベギラマとベホイミだけなのかも知れんぞい」
「そうよそうよ。それだったら、よっぽど私たちの方が呪文を知ってるわよねー。だってマーリンが知ってる呪文は……」
途端に機嫌よく話し始めた二人を見ながら、リュカとピエールは「やっぱり二人は攻撃呪文が似合ってるね」などと話し合い、ガンドフは攻撃呪文についてペラペラと話す二人をにこにこと楽しそうに見つめていた。
遠くからでも見渡せていた山々の景色が徐々に迫ってくるにつれ、リュカは初めて見るはずの景色に既視感を覚えた。もし父とこの地を踏んでいたとしても、それはまだ赤ん坊の頃かも知れず、はっきりとこの景色を覚えているわけがない。リュカが首を傾げながら歩く横で、ビアンカが同じように山の景色を眺めながら呟く。
「きっとサンタローズの景色に似てるのよ」
リュカの考えていることが分かっていたかのように、ビアンカはその謎を一言で解き明かした。彼女の言葉に、リュカは頭の中でもやもやとしていたもう一つの景色がぱっとはっきりと浮かぶのを感じた。彼女の言う通り、目の前の景色はサンタローズの村を囲む山々の景色に似ていた。それはリュカの郷愁を誘うもので、胸にこみ上げる得も言われぬ感動がサンタローズを思い出したからだと、リュカは素直に郷愁に浸ることができた。
「もしかしたら、おじさまもこの景色が似ているからって、サンタローズに家を構えたのかも知れないわね」
「僕もそんな気がする。本当に……似てるや。この先に村がありそうな気がするよ」
リュカがそんなことを言っていると、空からメッキーの声が聞こえた。常に前方の様子を確認しているメッキーが知らせるのは、前方に町や村、あるいは魔物の群れなど、何か特別なものを発見した時だった。リュカが見上げてメッキーの声と様子を確認すると、どうやら進む方向に人々の集落か何かがあるらしい様子だった。
「サンタローズの村……じゃなくて、きっと山越えする前に少し休める場所だね。思ったよりも早く着いたみたい」
「この山を越えるのよね。……しっかり休んでから行きましょうね」
ビアンカの言葉に、リュカは思わず彼女を振り向いた。旅に疲れを感じるのは当然のことだが、今の彼女の声には疲れとは違う何かを、リュカは感じた。
「ビアンカ、大丈夫?」
「……なあに? 私なら大丈夫よ」
そう言ってにっこりと微笑むビアンカの隣では、プックルも心配そうに彼女を見上げている。まるでビアンカに話しかけるように、彼女の隣で鳴き声を出すプックルに、ビアンカは赤いたてがみを柔らかく撫でてプックルの心を落ち着けようとした。
「それよりも、グランバニア、楽しみね。早く着けるよう頑張りましょう」
「うん、そうだね。みんなもよろしくね」
いつもの元気なビアンカの顔を見て、リュカはすぐに安心を取り戻し、仲間たちに声をかけた。仲間の魔物たちも砂漠の旅の頃に比べたら見違えるほど元気で、このまま山越えもできそうな雰囲気だった。リュカは余計な心配などする必要もないと自身に言い聞かせ、山越え前の休息地に向かってゆっくりと馬車を進める。
ビアンカもリュカの後ろからゆっくりと歩いて行った。隣をプックルがずっとついて離れず、時折彼女に体を摺り寄せて甘えてくる。
「プックルはこんなに大きくなっても甘えん坊ね」
そう言いながら、ビアンカは魔物の鋭い感覚に内心舌を巻いていた。プックルは恐らくビアンカの変化に気づいているのだろう。しかしそのことにも気づかないふりをして、ビアンカは元気にプックルに話しかける。
「グランバニアまであともう少しよ。一緒に頑張ろうね、プックル」
「……にゃうにゃう」
「ちょっと、そんな猫ちゃんみたいな声を出してないで、もっと元気よく!」
「がうがうっ!」
「そうそう、その調子。砂漠の旅を経験してきた私たちだもの、こんな山越えなんて辛くも何ともないわ」
ビアンカの言葉に、魔物の仲間たちが一斉に同調した。砂漠の旅に比べれば、今は体力も気力も充実している。一行は揃って明るい表情で、グランバニアへの道を進んでいった。

Comment

  1. ケアル より:

    ビビ様!
    プックルはビアンカの体調の変化に敏感に気がついたのでしょうか。
    それとも、この山越えに恐れているのでしょうか。
    ビアンカも、いつか母になるのを分かっているからこそ、リュカにたいして色々と話をするのでしょうか。
    これからグランバニアでおこる史上最悪な出来事を思うと、リュカの心境が可哀想です…。
    次回はネッドの宿屋そして、いよいよ山登りですね。
    SFCをしていたころ…チゾットまで行くのに、すんごぉく苦労したのを覚えています。
    とくにあの…いかづちの杖を連発してくる魔物の爺には全滅させられましたよ(苦笑)
    PS2とは違ってパーティーが4人ではなく3人ですしね。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをどうもありがとうございます。
      プックルもビアンカも、気づいている、かな。
      ビアンカさんは無意識にも徐々に母に近づいて行ってるのかも知れませんね。
      リュカよ、今のうちに幸せを満喫しておいておくれ……。
      次回はネッドの宿屋……に留まる感じがします。山登りまで行けるかな。
      SFC版は3人パーティーで、戦闘はかなり苦労しましたよね。それだけに思い出も深いです。あのギリギリ感がいかにもドラクエって感じがします、今思い起こせば^^;

  2. ピピン より:

    ビビさん

    今回はだいぶ進みましたね。もうすぐグランバニアかと思うと感慨深いです。

    ビアンカの不安はもっともだと思います。
    ビアンカがグランバニアに受け入れられて馴染んでいく様も書いて戴けたら嬉しいです(笑)
    ゲームでは省かれるシーンですしね

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      そうですね、今回は大分先まで進めさせてもらいました。いつもならグランバニアに向かう航海の途中で終わりそうだったけど、あまりのんびり書いてると私の精神が持たない気がしたので(笑)
      ビアンカさんは表ではしっかり姉さんとして頑張りますが、いつでも内心はドキドキしているのが理想です。で、本当のここぞって時には、またしっかり姉さんになるという。
      グランバニアではきっとすぐに馴染んでくれて、リュカの従妹とも仲良くやってくれるでしょう。ぜひその辺りは書いてみたいですね。

      • ピピン より:

        ビビさん

        グランバニアは青年期前半のクライマックスですし、早く書き始めたい気持ちもありそうですね( ̄▽ ̄)

        ビアンカはついつい強がってしまうところが魅力ですよね。
        グランバニアは書き手次第でいくらでも話が広がる章なので凄く楽しみにしてます(о´∀`о)

        • bibi より:

          ピピン 様

          そうなんです、早く書き進めたいんですが、ここで一気に話を進めてしまうと、話に重みも出てこないような気がするので、やはりいつも通りじっくりゆっくりと進めようかと思っています。……あ、ゆっくりはいらないですね^^;
          ビアンカさんは強がっているなぁというのがチラチラ見えるのが良いですね。デボラさんぐらいになると、私の手には負えない……。当サイトには出てきませんが、あの方はあの方で魅力があると思います。私には書けませんが(-_-)
          グランバニア、このゲームのキーポイントなので頑張りたいと思います。

  3. クロネ より:

    ドラクエ5が大好きで、二次小説がないかなって探してみたらこのサイトを見つけました!昨日から徹夜で読み進めて今読み終わりました笑本当にすっごく感動しました(*´⚰︎`*) 語彙力無いですけど、登場人物の繊細な心理描写が印象的でもっと読みたいという気持ちが強くなりあっという間に読み終えてしまいました笑
    素敵な作品に出会わせて頂き、ありがとうございました。これからも応援しています。

    • bibi より:

      クロネ 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      徹夜で読み進め、もう読み終わってしまいましたか……。次の更新、まだまだ先ですので、気長にお待ちくださいm(_ _)m
      これからも感動できる話を作れるよう頑張ってまいります。これからがDQ5の山場でもあるので、力が入りそうです。
      恐らく自分でも泣きながら書くことになるかと思います。まだまだ先の話ですが……^^;

  4. ケアル より:

    ビビ様。
    改めて読み直しておりまして、ふと思いついたのですが…。
    ルーラですが、ビビワールドの中でのルーラで、オアシスまで行けたということは、ビビワールドの方程式にしたがって、船の上でルーラを使うと、船も一緒に移動しちゃいましょうよ(笑み)
    だって、馬車も一緒にルーラできるのなら船も問題がないかと思います(嬉)
    ルーラ発動の時、リュカを取り巻く全員がルーラのオーラに包まれる…てことですよね?
    船も、包んじゃいましょうよ!?

    • bibi より:

      ケアル 様

      そうですね、将来的にはそうするのがいいかも知れません。ルーラを育てていきますか^^
      でも、実際に初めにルーラで船を運ぶのは、数年経った後になるかも……。娘やメッキーと協力するとか。
      あ、何か色々と頭の中に沸いてきました。ご意見、どうもありがとうございます^^

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