2017/12/03

かつての兵たちと王

 

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山の天気は変わりやすく、先ほどまで青空が見えていた空に、さーっと雲が流れて来たかと思ったら、もう今は霧雨がしとしとと降っていた。雨が降れば当然、山道は濡れて滑りやすくなる。リュカは仲間たちと確認しながら、なるべく傾斜の緩い山道を登っていたが、それでも馬車を進めるには困難な山道に幾度も遭遇した。その度にリュカとガンドフが後ろから馬車の荷台を支え、スラりんのかけ声と共にパトリシアが力を込めて馬車を引く。ネッドの宿屋ではこの山道を馬車で超えることは可能だと聞いていたが、想像以上に辛い道となった。
急坂を登り切って、平らな道に出ると、一行は束の間の休息を取った。しかしそこに魔物がいれば、当然戦闘を余儀なくされる。まるでリュカたちが懸命に山道を登ってくるのを待ち構えていたかのように、ニタニタと笑みを浮かべて宙を飛ぶダックカイトにリントブルム、それにただただ好戦的なマッドドラゴンとの戦闘に、リュカたちはせっかく一晩洞穴で休んだ体力を容赦なく削られていった。
その間にもリュカたちの進む後ろから、一匹のドラゴンマッドがずっと後をついてきていた。一定の距離を保ちつつ、つかず離れず、リュカたちが後ろを振り向けば歩みを止め、再び進みだすと同じように歩いてついてくる。一度リュカが話しかけようと近づいてみようとしたが、尻尾をぶんぶん振り回してとても近づけない状態だった。少し離れた場所から話しかけてみても、「ぐおんぐおーん」と鳴き声を上げるだけで、話を理解してるのかどうかも確認できない。リュカはスラりんやメッキーにドラゴンマッドとの話をお願いしてみたが、二人とも体や首を横に振って拒み、プックルに至ってはリュカと視線を合わせようともしなかった。面倒かつ危険で、そもそも興味のないことに、プックルは頑として動こうとしないのだ。
「我々のことを敵だとは思っていないのでしょうね」
「僕たちの仲間になりたいんだったらそれでもいいんだけどね。一緒に来てくれたら心強そうだしさ」
「そもそも仲間という感覚がないのかも知れんぞい。群れを成して現れることもあるが、いわゆる仲間のような連携は見られんからのう」
「今のところ攻撃されるわけでもないし、このまま様子を見ていたらいいんじゃない?」
「そうだね。そのうちどうにかなるかな」
そんな話をしている最中にも、ドラゴンマッドは鋭い牙だらけの大きな口を開けて、まるで笑うようにリュカたちを見ている。霧雨の降る空を見上げて大口を開けているところを見ると、もしかしたら雨水を飲んでいるのかも知れない。ただただ気ままにしているドラゴンマッドの様子を見つつも、リュカたちは特に構うことなく、山道を登り続けた。
雨が止み、再び日差しが出てきた頃、リュカたちは馬車ごと入れるような大きな洞窟を見つけた。山道は洞窟の中に続いているようだが、中を覗いてみても真っ暗でまるで明かりは見当たらない。しかし確実に何かの気配がするのは誰でも分かった。
「魔物の気配がぷんぷんするぞい」
「しかし道は間違っていないようですし、入らないわけには行かないでしょうね」
ピエールがそう言うには訳があった。洞窟の脇にはかなり昔のものと思われる朽ちた燭台が倒れて転がっているのだ。洞窟の中に目を凝らしても、燭台の名残らしきものが壁に見える。今でこそ洞窟の中は魔物の巣窟となっているが、かつては人々がグランバニアへ向かうために使っていたれっきとした山道に違いはなかった。魔物がいない時代には、恐らく山道を管理する者がこの洞窟の中にも明かりを灯し、旅人たちを導いていたのだろう。そして今でもグランバニアへ旅する者や、グランバニアから旅をしてくる者がいるということは、この洞窟の山道は旅人にとって生きているに違いない。
「ネッドさんのところにいた旅の尼さんもここを越えて来たんでしょ? 大丈夫、どうにかなるわよ」
「考えてたって仕方がない。先に進もう」
そう言いながら先頭を歩くリュカが洞窟の中に入った途端、リュカの目の前を何かがゆっくりと通り過ぎた。まるで幽霊のようにゆらゆらと動くその影は、人間の兵士のような姿をしている。鎧に身を包み、兜を被り、手には槍を携えている。カシャンカシャンと鎧の音を響かせて歩く姿は、兵士が辺りを警戒して見回りをしているように見える。グランバニアの兵士たちがこの辺りを見回り、魔物を遠ざけているのだろうかと、リュカは思わず顔を明るくした。
しかし兵士と一たび目が遭うと、リュカはすぐさま剣を構えた。鎧はところどころ錆びつき、鎧につけられているマントは長い年月を経て破れている。兜を被る顔を見れば、目が飛び出し、肉は削げ落ち、歯もあちこち抜け落ちている。一度死んだ者が、邪悪な力を得て蘇り、魔物と化してしまった姿ということはすぐに分かった。魔物と化しても尚、生前の働きのまま兵士として辺りの見回りをし、魔物と化してしまったが故に敵となる人間の姿を見つけるために歩き続けている。そしてリュカと目が遭うと、死神兵は声も立てずに静かに槍を構えて、リュカに向かって槍を突き出してきた。リュカが剣で槍を払うと、死神兵は払われた槍をすかさず再びリュカに突き出す。生前の兵士の動きそのもので、戦い慣れている。そして邪悪なものに染まってしまったためか、恐れを知らずにひたすら攻め続けてくる。気がつけば、洞窟の入口付近に死神兵が三体姿を現していた。
「リュカよ、ここには魔物しかおらん。人間がおると期待せんことじゃ」
マーリンはそう言うや否や、死神兵に向かってベギラマの呪文を放った。暗闇の中に生きる死神兵は火の眩しさや熱にうめくような声を上げて洞窟の中に退く。邪悪に染まり、自ら光を求めなくなった彼らにとって、火の生み出す光は目がくらむようだった。しかしそれも初めの内だけで、元来兵士として生きていた彼らにとっては敵が放つ呪文に慣れるのも早かった。暗い洞窟の中にベギラマやメラミの眩しい閃光を見ても、少しすると特別な反応を示さなくなった。マーリンとビアンカの呪文で二体の死神兵は倒したものの、その間に新たに四体が加わり、戦闘の状況はむしろ悪化していた。
「これって後から後から湧いて出てくるってヤツなんじゃないでしょうね」
「でも他の旅人も使ってるような道だから、そこまで魔物だらけではないと思うけど」
「どうやら要所要所に兵士を配備しているように見えます。私もそう遠くまでは見通せませんが」
ピエールの言う通り、洞窟の中には確実に何者かがうごめく気配がある。規則正しくカシャンカシャンと鎧の音を響かせているのは恐らく死神兵が見回りをして歩いている音だろう。
魔物は洞窟からは出てこないようだが、このまま洞窟の外で待っていてもどうにもならないと、リュカたちは一斉に攻撃の手を強めた。プックルが先陣を切って洞窟の中に飛び込んでいく。暗闇だが、魔物のプックルには関係ない。そもそもプックル自身も、リュカと再会するまでは洞窟の奥深くで暮らしていたのだ。洞窟の中でガシャッと激しい金属音が聞こえ、その直後、ビアンカのメラミで洞窟内全体が明るく照らされた。
プックルは一体の死神兵と対峙している。槍を巧みに避けつつも素早い動きで敵を撹乱し、一気に体当たりで勝負を決めるというプックルらしい戦い方をしている。洞窟内が火の明かりに照らされている内に、リュカも洞窟内に入りプックルに続いた。プックルが死神兵を引きつけている後ろから、リュカが魔物に切りつける。死神兵の鎧は長年の風化によりもろくなっており、リュカの剣の攻撃を受けたところがぼろぼろと崩れてしまった。肩当を壊し、その中から死神兵の肩の骨が見える。鎧を砕かれた死神兵はすぐさま後ろを振り返り、リュカに槍を突き出してくる。あまりにも素早い槍の動きに、リュカは腕に槍の攻撃を掠める。しかしその痛みに顔を歪めつつも、リュカは再び剣を振り下ろし、死神兵の肩の骨を砕いてしまった。魔物の叫び声が上がり、その場に倒れ、もがいているところをプックルが上からのしかかって死神兵一体を倒した。
その間にも、マーリンとピエールで他の死神兵一体を倒していたが、それでもまだ残りは三体。そしてその他にも魔物の気配が洞窟内にうごめいているのが分かる。再びビアンカがメラミの呪文を唱え、洞窟全体を明るく照らす。馬車で進むのに問題ないほどの広さがあるが、ところどころ洞窟の岩盤にくぼんだような箇所もある。リュカは一か所に目標を定めると、皆を誘導し始めた。
「あっちのくぼみの所で戦おう。広い所にいる方が危険だ。狭い所に集めて一気に片付けよう」
「確かに、ちょうど馬車が入れそうな場所ですね」
「一気に走るぞい」
普段は走ることなどごめんだと、極力体力を温存しているマーリンだが、こと戦闘となると惜しげなく走る。しかも意外に早いのだ。先に走り始める仲間たちを確認し、リュカも後を追って走り出そうとした。
しかし足に力が入らない。まるで感覚のなくなってしまった足で走ることなど無理で、リュカはその場に派手に転んでしまった。その音を聞きつけたビアンカが慌てて立ち止まるが、ガンドフに「ビアンカ、ハシル」と急かされ、やむなく目的の所まで走った。その代わりにガンドフがリュカの所へと逆走する。
「ガンドフ、先に行け!」
「リュカ、オンブシテイク」
ガンドフに掴まれている手にも、リュカは感覚がないことを感じていた。全身が麻痺しているのだ。ガンドフに自ら負ぶさることもできず、結局ガンドフはリュカを小脇に抱えたまま仲間たちの所へと走り始めた。すぐ後ろを死神兵がカシャンカシャンと鎧の音を響かせて追いかけてくる。ガンドフは体が大きく鈍重に見えるが、体が大きいだけあって一歩が大きく、走るのは意外にも早い。鎧の重さを身にまとう死神兵との差をどんどん開き、仲間の後を追った。
「リュカ、どうしたの? 傷を受けたの?」
「いや、大した傷じゃないと思うんだけど、どうも体が動かなくて……」
「あの魔物の持つ槍に何か仕込まれているようですね。一種の毒かも知れません」
そう言いながら、ピエールはリュカの状態を見ると、すぐにキアリクの呪文をかけて体の麻痺を解いた。すぐに手足が動かせるようになり、リュカは礼を言ってガンドフに下ろしてもらった。
間もなくリュカたちを追いかけて来た死神兵が六体、目の前まで迫って来た。しかしリュカたちは馬車ごと入れるようなくぼみに入り、背後を取られる心配はない。パトリシアと馬車を前面から守るようにリュカとプックル、ピエール、ガンドフが立ち並び、その後ろからマーリン、ビアンカが呪文の構えを取る。隙をついて宙からメッキーが攻撃をしかけ、スラりんはパトリシアの周りに魔物が来ないように見張っている。
そしてリュカたちを襲う死神兵の群れの後ろから、例のドラゴンマッドが羽根をバサバサと動かしながら、地面を飛ぶように走ってくる。身体の割に小さな羽根だが、少しは宙を飛べるようだ。死神兵は後ろから来るのが同じ魔物であると認め、ドラゴンマッドには攻撃態勢を見せない。しかし当のドラゴンマッドはどこか楽しそうに死神兵の群れに突っ込んでいった。誰もが予想できない動きに、死神兵たちはドラゴンマッドの巨体に吹き飛ばされ、突然二体の魔物の姿が洞窟の闇に消えた。リュカたちが唖然としている中、ドラゴンマッドは「ぐおんぐおん」と吠えながら、大きな口を開けてリュカを見ている。そんなドラゴンマッドの態度を見て、リュカは思わず「ありがとう」と大声で礼を述べた。するとドラゴンマッドは嬉しそうに身体を震わせ、更に一体の死神兵を大きな尻尾を振り回してどこかへ飛ばしてしまった。
残りの死神兵もマーリンとビアンカの呪文で弱らせ、プックルが一体を、ピエールとメッキーがもう一体を倒し、最後の一体をリュカとガンドフで倒した。パトリシアも馬車も無事に戦闘を終えたことに、一行はほっと胸を撫で下ろした。
「他の魔物が来ない内に、ここを移動しましょう」
「先に進むのはいいんだけど、この子、どうしたらいいかなぁ」
リュカが言うのは、先ほど三体の死神兵を倒してくれたドラゴンマッドのことだ。ドラゴンマッドは決してリュカたちには攻撃を仕掛けてこない。しかしリュカが近づこうとすれば、どういうわけか大きな尻尾を振り回して大きな身体をドシンドシンと揺するので、うかつに近づけない状態なのは相変わらずだ。
「ついてくるだけなら問題ないんじゃない? むしろ助けてもらってるんだし、このままついてきてもらいたいくらいだわ」
「じゃあ、まあ、いいか。ええと、一応挨拶しておいた方がいいかな。マッドだっけ? よろしくね」
「リュカよ、ドラゴンマッドじゃ」
「ああ、そうか。本当はドラゴンマッドって言うんだ。でも長いし、マッドでいいんじゃないかな」
「ぐおんぐおん!」
リュカが話している言葉が分かっているのかどうか定かではないが、明らかにリュカの言葉に反応し、身体を揺らして尻尾を大きく振っている。その姿がリュカにはまるで、嬉しそうに尻尾を振る犬のように見え、恐らくマッドは喜んでいるのだろうと分かった気がした。
「これからはマッドって呼ぶね。でも僕たちの旅はこの山だけじゃなくて、いつ終わるか分からないから、抜け出したくなったらいつでも抜けていいからね。君はこの山に住んでいるみたい……」
「ぐおーん!」
大きな声で一声鳴くと、マッドは青い大きな尻尾を振り回し、リュカの身体に当てて来た。図らずも竜の攻撃を食らったリュカの身体は吹っ飛び、土の地面を滑っていった。プックルとピエールがマッドに対して身構えたが、当のマッドは変わらず大口を開けて笑ったような顔のまま、リュカを見つめて首を傾げている。何が起こったのか、自分でもあまりよく分かっていないようだ。
「恐らく、マッドの挨拶だったのでしょう」
「もっとお手柔らかに頼むよ、マッド」
顰め面をしながら立ち上がるリュカは、自分の手で傷を癒すと、思わずぎこちない笑顔でマッドを見上げた。マッドがまた近づいて尻尾を振り回そうとするので、リュカが真剣な顔で「それは僕たちの挨拶じゃないよ」と言って首を振ると、マッドは状況を察したらしく、少々残念そうに尻尾を地面に下ろした。
しかしリュカが右手を前に差し出すのを見ると、マッドは首を傾げながらも前足を同じように前に差し出した。同じことをすれば怒られることはないと、マッドは経験からそう考えたようだ。
「リュカ、ちょっと危ないわよ」
マッドと握手を交わそうとするリュカのマントを、ビアンカは後ろからくいくいっと引っ張る。再びリュカがマッドに吹っ飛ばされるのではないかと、ビアンカとしては気が気ではない。マッドが悪い魔物ではないことは分かるが、それとこれとは別の問題が彼との間にある。
「大丈夫だよ。たとえまた吹っ飛ばされても死ぬことはないから」
「死ななきゃいいってもんでもないと思うんだけど……」
ビアンカが不安そうに呟くのを聞きつつも、リュカはマッドと握手をしようと更に手を前に伸ばす。マッドも同じように前足を前に差し出し、リュカの手に触れた。リュカが握手の手に少し力を込めると、マッドもやはり同じように加減しながらリュカの手を握った。マッドの経験上、握手という行為は初めてだったが、その行為に何かの感動を覚えたようだった。
「ぐ……ぐおん」
「泣いてるの? どうかしたのかな」
「ぐおーーーーん!」
リュカが顔を覗き込んだ直後、マッドは雄たけびを上げながらどこかへ走って行ってしまった。暗闇の中に消えたマッドが行った先で、何やらガシャンガシャンと激しい金属音が聞こえ、魔物の悲鳴も上がっていた。リュカとビアンカはマッドの突進を受けた死神兵が何体かがたまらず倒されているところを想像し、魔物の仲間たちのほとんどはその光景を実際に暗闇の中に目にしていた。しかし途端に静かになり、ピエールが慌ててマッドの所へ向かうのを見て、リュカたちも急いで後を追って洞窟の中を進んだ。



「マッド、無茶はしないでね。戦う時はみんなで戦うのが僕たちのやり方なんだ。一人で突っ走っちゃダメだよ」
「……ぐおん」
リュカの言うことが分かっているのかいないのか定かではないが、マッドは少しだけ元気を失っていた。それもそのはず、先ほど突っ走っていった先で死神兵の槍の攻撃を受け、全身が麻痺してしまい、一時動けない状態にあったのだ。ピエールにキアリクの呪文を施され、今は全身の麻痺は治ったものの、まだ体が上手く動かない様子だ。
「まだまだ先は長そうですね。用心して行きましょう」
「幸いにも、壁に燭台の後が残っておるから、これを目印に進めば迷うこともなさそうじゃの」
「分かれ道があるけど、燭台が見当たらない方には行かなければいいってことね」
ビアンカがそう言いながら指差す先には、早速洞窟の分かれ道がある。しかし彼女の言う通り、片方には燭台の後が残っているが、もう一方にはそれらしき名残は見えない。リュカたちは素直に燭台の名残のある道を選んで、先を進んでいった。
時折、死神兵と出くわすこともあったが、彼らは見回りという目的で洞窟内を歩いているためか、集団で行動することはあまりなく、遭遇したその場で少数の死神兵を倒してしまえば、戦いはそれきりだった。次々と応援を呼ばれることもなく、ひっきりなしに戦闘が行われるということもなかった。
しかし洞窟の道のりが想像よりも長かった。道に迷うことはそれほどなかったが、ずっと続く一本道を延々と歩いている気分だった。暗くて周りが見えないため、終わりが見えないという意識が尚更強く働く。
それだけに前方に広い坂道が見えた時は、リュカは新しい場所に出られるのだと心を弾ませた。しかし坂道を上った先にも容赦なく洞窟は続き、もう半日は探索を続けているのではないかと身体よりも心が疲れていた。
洞窟内を進むときにはビアンカの放つ調節した小さなメラの明かりで進む。敵の気配がすればすぐに火を消し、辺りを窺う。洞窟内にひそむ魔物たちは人間に飢えているというわけではなく、ただ自分の敵となる人間には本能的に攻撃を仕掛けてくるという状況だった。馬車で進むリュカたちはただでさえ目立つ存在だが、それでもリュカとビアンカが魔物の仲間の群れの中に紛れ込んだり、馬車の荷台の中に入ってしまえば、戦いを回避することも何度かできた。
広い坂道を上った先には予想もしていなかった大きな空洞が広がっていた。大きな空洞の中には冷たい空気が流れ、リュカたちの吐く息が白くなっていることが想像できる。リュカもビアンカもマントで身を包み、洞窟内に立ち込める冷気に身を震わせた。冷気はどこからか流れ込んできており、空気の動きに強弱がある。リュカは馬車を止めて、暗い洞窟内の景色にじっと目を凝らした。
「リュカ、アッチニ、ヒカリ」
ガンドフの声を聞き、教えてもらった先には微かに白い光が見えた。それは火の明かりのような暖色のものではなく、外の日の光のように白いものだ。しかし少しでも今の場所から立つ位置がずれると、その光はたちまち消えてしまう。白い小さな光はまだまだ先にあるようで、洞窟内のごつごつした岩場の陰にすぐに隠れてしまうほど小さなものだ。
「きっとあそこが出口だね。あの光を目指して行こう」
恐らく外に通じている小さな光のおかげで、目を慣らせばぼんやりと洞窟内の景色を見ることができた。ここは先ほどまで探索していた曲がりくねった道が続くような洞窟ではなく、まるで洞窟内で大爆発でも起きたのか、だだっ広い空洞があった。その中に、ある程度人間が整備した道が続いているようだ。洞窟内には馬車で通れるほどの大きな橋もあり、それこそかつては人々が頻繁にこの洞窟の山道を使っていたことが窺えた。
洞窟の中にいるとつい山を登っていることを忘れてしまうが、まだまだ上り坂が続く。道が広いため危なげなく登れるのは良いが、坂道の上から魔物の攻撃を受けてしまうと、圧倒的に不利な戦闘状況となる。リュカはメッキーに上の状況を確認してもらいつつ、ゆっくりと山登りを続けた。
ここにも当然のように、死神兵が要所要所で見回りをしていた。魔物でなければ、ただ律儀に見回りをし続ける一国の兵士のようだ。
リュカはふと死神兵の生前の姿を想像した。果たして彼らは人間として生きていた時、どのような目的でこの場所の見回りをしていたのだろうか。この死神兵たちはもしかしたら、かつてのグランバニア兵だったのだろうか。それともかつてグランバニアを襲おうとした他国の兵士たちなのだろうか。そのような考えがリュカの頭の中に巡ると、リュカの剣は途端に鈍る。その度にピエールやマーリンに叱咤されていた。
「それにしてもこれだけの兵士がいるって、何か理由があるはずだよね」
「お主のその『考える』というのはとても大事なことじゃから、悪いことだとは思わんが……それにしても戦闘中にぼーっとするのはやめんか」
「戦いの時は集中してください、リュカ殿。あなたが命を落としてしまったら、元も子もありません」
「うん、ごめん。僕の悪い癖だね」
リュカが反省の弁を述べる足元には、プックルがリュカの足に擦り寄っている。静かにリュカの身を案じているのだ。危なっかしいリュカの行動のせいで、プックルの心労も絶えないようだ。
リュカもいつもいつもぼーっとして考え事をしているわけではない。この山はグランバニアに向かうために登っている。そしてグランバニアと言う国は、かつて父と母が住んでいたかも知れないところなのだ。しかも父はグランバニアの国王であったという噂があり、リュカはそれが噂ではないことを心のどこかで確信している。
もしこの死神兵たちがグランバニアの兵士だったとしたら、自分はかつての国王の息子としてできることはないだろうか。もしくは死神兵たちがグランバニアを襲おうとしていた他国の兵士だったとしたら、自分はかつてのグランバニア国王の息子として何をすべきなのだろうか。そんなことが頭をよぎってしまうのだった。
坂道の途中で死神兵を二体退けた直後、洞窟内に閃光が走った。目もくらむような光は、稲妻の形をしていた。冷たい洞窟内が急に湿り気を帯び、前方に小さく見えるようになった出口の光から次々と冷気が流れ込んできているのが分かる。洞窟の中であるにも関わらず、リュカたちの上方には雲が発生し、ゴロゴロと雷の音を鳴らしている。魔物の仕業であることは明らかで、リュカたちは登り切ったところの広い場所で辺りの様子を窺った。
プックルの目の前に雷が落ち、プックルは猫のような悲鳴を上げて飛び退いた。リュカは背後にぞっとするような気配を感じ、振り向く。そこには頭に王冠を被った人型の魔物の姿があった。魔物と化した、かつての王だった。
王冠の金色の輝きは暗い洞窟の中で鈍く光る。重厚感すらあるマントを地面に引きずるのは、死霊と化した王の腰が曲がっているからだ。王の権威として手にしていた宝玉の埋め込まれた杖も、今は半ば自分の身体を支えるために使っている。しかしそれでもなお、王としての威厳は失っておらず、骸骨となった顔の目の部分には青緑色に光る目がリュカたちを見据えている。その冷たい目に、リュカは自分の身よりも仲間たちを守らなくてはならないと、かつての王と対話をしなくてはならないと、仲間たちよりも前に進み出る。
「あなたは……誰なんですか?」
リュカが問いかけても死霊の皇帝デッドエンペラーはただ静かにリュカたちを見据えているだけだ。気がつけば、王の周りには死神兵がずらりと並び、まるで生前そうしていたかのように王の周りで一斉に跪く。死霊と化した魔物は生への執着が強い。生あるリュカたちを見て、ただ生きているというだけで憎悪が込み上げてくる。リュカと言う人物が誰であるかはもはや関係のないことだった。
デッドエンペラーが杖を振り上げると、死神兵たちが息を揃えて立ち上がり、一斉にリュカたちに向かって攻撃を仕掛けてきた。その数を正確に見ることはできないが、とてもまともに戦って勝ち目のある数ではないことは分かった。リュカはこの状況での対話を試みることは諦めた。とにかく目の前の敵を倒さなくてはならない。そして仲間を守り切らなくてはならない。
「みんな、呪文で一気に行くよ!」
リュカはそう言うなり、自らバギマの呪文を放った。一斉に攻めかかってくる死神兵の群れが少しだけ退くのが分かる。しかしそれもほんの一瞬で、すぐに敵の攻撃が間近に迫る。死神兵の槍に毒が仕込まれていることを思いだし、うかつに近づいて攻撃することができない。リュカは敵の群れに飛び込んでいこうとするプックルを抑え、後ろに下がらせた。自ら盾になろうとするガンドフも馬車の後ろに行けと命じる。そして攻撃呪文を使えるリュカ、ピエール、マーリン、ビアンカが魔力の温存など考えもせずに呪文を放ち続ける。洞窟内には絶えず爆発音が響き渡る。洞窟内の岩盤がところどころ崩れ落ちたりもしたが、そんなことにも構っていられない。デッドエンペラーに統率された死神兵の猛攻は、後先考えて攻撃して戦うことができるほど余裕のあるものではなかった。
槍が腕や足を掠めれば、すぐにピエールがキアリクの呪文を施す。唯一麻痺を直すことのできるピエールが死神兵の攻撃を受けないようにと、リュカはピエールを守りながら戦う。マーリンもビアンカも、魔力が底をつくことなど考えずにひたすら呪文を放つ。スラりんも馬車を守るようにパトリシアの背に乗りながらも、集中してニフラムの呪文を放ち、数体の死神兵を倒した。死霊と化した魔物はニフラムの光に弱いはずだが、死神兵たちにはただの死霊となってしまった意識はないようだった。未だに王に仕える誇り高き戦士の気持ちを持っているのだ。死霊となりながらも、無駄死にすることは許されないのだと執拗に攻撃を仕掛けてくる。
後方支援に回っていたマーリンとビアンカも、数の多い死神兵の群れに距離を縮められ、呪文を唱えることが困難となっていた。彼女たちに死神兵の毒槍が迫る状況を目にしつつも、リュカは目の前の敵と対峙するのがやっとの状況だ。
「マーリン、ビアンカ、あっちに逃げろ!」
リュカが辛うじてできるのは、彼らに逃げ道を示すことぐらいだった。それも確実に逃げられる保証はない。逃げながら呪文を唱え、放つ必要があるほど、マーリンもビアンカも追い詰められていた。逃げるビアンカの背中に死神兵の槍が迫るのを目にし、リュカは自分の身を顧みず、彼女のところに向かうべく駆け出そうとした。
その時、ドシンドシンと重々しい音がしたかと思うと、死神兵の槍がマッドの背に刺さった。明らかにビアンカを庇って受けた槍だった。しかしマッドの表情は痛みに歪むわけではなく、どことなく笑顔に見える。ピエールがキアリクの呪文を唱えようとしたが、マッドに麻痺の兆候は見られない。竜の皮は厚い。特に皮の厚い竜の背を、死神兵の錆びついた槍は深く突くことができなかったのだ。
マッドは後ろを振り向き、目の前の死神兵を前足でむんずと掴むと、軽々とどこか遠くへ放り投げてしまった。暗闇の中に消えていく死神兵が地面に落ちてガシャンと鎧の音を響かせると、それきり音はしなくなった。
仲間の兵が投げられたのを見て、死神兵は目の前のドラゴンマッドも敵とみなした。次々とマッドの身体に槍を向け、容赦なくその巨体を突く。しかしマッドは近づいてくる死神兵を片端から掴んでは投げ、時折槍の攻撃に痛みを感じると、尻尾を振り回して痛みを現し、巨大な尻尾に薙ぎ払われた死神兵たちが吹っ飛び散らばった。
「マッド、イタイ、イタイ」
戦うマッドの傍にガンドフが寄り添い、マッドの受けた傷を癒す。幸いにも毒の影響は受けておらず、傷が回復したマッドは再び元気に暴れ始めた。今は好きなだけ暴れていいのだと理解したマッドは、向かってくる死神兵をまるでおもちゃのように掴んで放り投げたり、踏みつけたり、尻尾で吹っ飛ばしたりした。マッドの傍で、ガンドフも死神兵を殴りつけたり、体当たりをしたりして、力の限り戦いを続ける。
「マッド、ガンドフ、あとちょっとよ、頑張って!」
そう言って、ビアンカは二人の仲間にバイキルトをかけた。力を増したガンドフとマッドはこれまでより楽に死神兵を倒し始めた。
体力の底が見えそうになった時、死神兵の数はもう十体以下にまで減っていた。リュカは最後の力を振り絞るように、仲間に声をかけると一気に畳みかけるように攻撃を仕掛けた。魔力も底をつきかけている。洞窟の出口の光が見えているとは言え、この先にも魔物は潜んでいるかも知れない。しかしここで体力を温存することを考えるほど余裕がないのも事実だった。
死神兵との戦いに終わりが見えそうになると、リュカはようやくデッドエンペラーの様子を確かめることができた。かつての王は自分の兵士たちが次々と倒れていく姿を、一体どんな気持ちで見ているのだろうか。リュカのそんな思いとは裏腹に、デッドエンペラーはまるで心の感じられない青緑色の目を光らせ、宝玉のついた杖を振り上げた。洞窟内にゴロゴロと雷の音が響く。そして辺りが一瞬にして閃光に包まれたかと思うと、洞窟内を揺るがす轟音と共に稲妻が落ちた。デッドエンペラーの最も近くにいたプックルと、宙から戦闘に加わっていたメッキーが悲鳴も上げずに雷を受けたのが見えた。リュカは防ぎようのないデッドエンペラーの稲妻に、しばし棒立ちになってしまった。
「リュカ殿! 私はメッキーを、リュカ殿はプックルを! 早く!」
ピエールはそう言うや否や、地面に落ちてしまったメッキーのもとに向かった。リュカもすぐにプックルのもとに向かう。雷を受けた瞬間からまるで動かなくなったプックルに、リュカは急いで回復呪文ベホマを施す。体力は全回復できるはずの呪文が、今のプックルにはまるで効かない。リュカはプックルの胴体に耳を押し当て、その鼓動を探るが、何も聞こえなかった。
「プックル! しっかりしろ、プックル! 死ぬな!」
リュカの呼びかけにも、プックルはぐったりとしたまま何の反応も示さない。どこにも力の入っていないプックルの身体を、リュカは思い切り揺さぶる。プックルの身体に触れる両手が震える。自分の身体は燃えるように熱いのに、プックルの身体は徐々に冷えて行ってしまう。プックルとの思い出が走馬灯のように蘇りかけるのを、リュカは震える深呼吸をしながら止めた。
リュカは落ち着いてプックルの身体に両手を当て、目を瞑る。プックルは今、確実に死にかけている。しかしまだ死んではいないはずだ。まだその魂を呼び戻せる。リュカはそう信じながら、唱えたことのない呪文を初めて使った。
リュカの唱えたザオラルの呪文が、プックルの冷たくなりかけた体を温かく包んでいく。しかしその温度は、すぐに山の洞窟の冷気に溶け込み、消えてしまった。
リュカがザオラルの呪文を目にしたのは、テルパドールで借りた呪文書だった。初めその本を見た時、リュカは本を手に取るのを躊躇った。蘇生呪文が載る呪文書を手に取れば、自ずと仲間の死を認めることになってしまう、縁起でもないとリュカはテルパドールの図書館の本棚の前でしばし呪文書の背表紙を睨んでいた。
しかしリュカは父の壮絶な死を思い出した。危険な旅に出ていれば、いつ訪れてもおかしくはない死に、今後も直面する時があるかもしれない。父は恐らく、その時をいつでも覚悟していた。同じように旅を続ける自分もその時を覚悟しなくてはならないのだと、リュカは蘇生呪文の載る呪文書に手を伸ばし、絶対にその呪文を覚えるのだと意を決してページを開いた。
蘇生呪文には二種類あり、死にかけている者の生への執着にほとんどを委ねるザオラルの呪文、もう一つは生きている者の強い力で死者の魂を呼び戻すザオリクの呪文。当然のごとく、リュカはザオリクの呪文を使えるようにするつもりだった。それには術者が生への執着を持っている必要があると呪文書には書いてあった。何度もザオリクの呪文を練習してみたが、その効果を得られそうな気配はまるでなかった。自分の手からは何も発動せず、静かなままだった。それと言うのも、リュカ自身、生への執着がないからなのだと気がついた。
今、リュカはプックル自身が持つ生への執着に賭けて、ザオラルの呪文を唱えていた。プックルには恐らく、「生きたい」という強い想いがあるはずだ。プックルのその想いがどこにあるのか探りながら、リュカは三度目となるザオラルの呪文を唱えた。
プックルの身体の内に、命の灯が戻ってきたのが分かった。リュカはプックルの胴体を叩き、大声で呼びかける。するとプックルはうっすらと目を開け、強い青い瞳を覗かせた。
「プックル!」
涙声で駆けてきたのはビアンカだった。プックルが死にかけていたのを目にしつつも、ビアンカはマーリンと共に死神兵と対峙していた。ようやく敵を退け、魔力も底を尽きそうになってへとへとになりながらも、彼女はプックルのもとに駆けて来た。そしてその大きな胴体にしがみついた。
「良かった! あなた、死んでしまったのかと……」
「ぐるるる……」
弱いながらも声を出すプックルに、ピエールがベホマの呪文を施した。するとプックルは地面の上に立ち、赤い尾をいつも通り元気に振った。同じように雷を浴びたメッキーは、幸いにも直撃を免れたようで、ピエールの回復呪文でしっかりと体力を回復していた。
「まだあいつがおる! 気を抜くでないぞ!」
マーリンの声に、リュカたちが一斉に顔を上げる。洞窟内には相変わらず雷がゴロゴロと鳴り、いつでも餌食を求めてリュカたちの上を楽し気に彷徨っている。デッドエンペラーが杖を振り上げると、再び洞窟内に閃光が走る。耳をつんざく音がしたかと思ったら、リュカたちの目の前の地面に大きな穴が開き、煙がしゅうしゅうと上がっていた。
リュカはデッドエンペラーのうすら笑うような表情を見た。かつての王は王としての威厳を持ちつつも、その威厳をただ力を誇示するためだけに使っている。魔の強大な力を得て、それを見せびらかしたいだけの存在になってしまった王に、リュカは同情の念を持つことを止めた。
リュカが走り出すと同時に、プックルも走り出していた。デッドエンペラーが操る雷に、距離は関係ない。近くにいても遠くにいても、雷はどこにでも落とされてしまう。それならばと、二人は接近戦でデッドエンペラーを倒しに行く。
洞窟の中の暗雲に、雷は常に待機している。デッドエンペラーが再び杖を振り上げる。閃光が走る。轟音が鳴り響く。しかしリュカもプックルも雷を寄せ付けない覇気を伴なっていた。先に迫るプックルが吠えながらデッドエンペラーに飛びかかる。プックルの巨体に体当たりを食らった敵はたまらず地面に倒れ込む。王としての意地なのか、手にする杖は離さず、それをプックルに向ける。プックルに雷が迫るのを見ながら、リュカはすんでのところで敵の杖を剣で叩き落した。
かつての王がうめき声を上げる。彼は一体何者なのか、一体どうしてこのような魔物の姿になってしまったのか。通常のリュカならばそれを考える心があるが、今はその心も失っていた。リュカは再び剣を振り上げると、デッドエンペラーに容赦なく振り下ろした。一瞬にしてこと切れたデッドエンペラーを見て、リュカはただ息を切らしながらその亡骸を見下ろすだけだった。
主を失った死神兵たちが辺りでざわめき出す。守るべき存在がなくなり、どうしてよいか分からなくなったようだ。力を失った敵たちを見て、リュカは仲間たちに呼びかける。
「一気に出口に向かおう。あの外の光に向かって……」
そう言いながら、ふっと意識が遠のくのを感じた。ふらつくリュカの身体を、ガンドフが支える。そしてひょいとリュカを持ち上げると、馬車の中へ放り込んでしまった。
「リュカ、バシャデヤスム。バシャ、ガンドフタチ、ススメル」
「リュカ殿は必要以上に魔力を使っています。しばし馬車で休んでいてください」
「でも僕だけが休むわけには……」
「何を言うとるんじゃ。ワシも一緒に休ませてもらうぞ。さすがにこれほどの魔力を使うと、具合も悪くなりそうじゃわい」
リュカのすぐ傍にマーリンが腰を下ろし、フードの奥からいつものニヤリとした笑みを浮かべている。しかしその笑顔もさすがに疲れが見え、すぐに真顔に戻ると深いため息をついた。
「リュカ」
馬車の中に顔を覗かせたビアンカが、心配そうにリュカに呼びかける。ビアンカの声を耳にしながらも、リュカは徐々に体に異常な寒気を感じ始めていた。
「中の毛布でしっかり体を包むのよ。しばらくは寒気が止まらないでしょうけど、休んでいれば直によくなるだろうから」
「寒いのは山の上だからだろ?」
「ううん、あなた、魔力を使い過ぎたわ。いいから、大人しく休んでいて。きっともう、この先はそれほど強い敵は出ないわ」
「そんなの分からないよ。魔物はまだこの洞窟にいるだろ。僕も一緒に戦わないと……」
リュカがふらふらと立ち上がろうとするのを見て、ビアンカは怒るような真剣な顔をして呪文を唱えた。マーリンがふっと笑うのが分かった。しかしリュカに分かったのはそこまでだった。
「世話の焼ける旦那じゃのう」
「まったくよ。休めって言ってるのに休もうとしないんだから。一番疲れてる自覚がないのも困ったもんだわ」
ビアンカのラリホーの呪文で、リュカは馬車の荷台の上に倒れたまま眠り込んでしまった。ビアンカも荷台の上に上がり、ありったけの毛布でリュカの全身を包んだ。間もなく、リュカの身体が震え始め、一気に熱が上がるのが分かった。魔力の使い過ぎで、体調の管理ができない状態に陥ってしまったのだ。
「マーリン、リュカをよろしくね」
「ビアンカ嬢よ、あんたも休んだ方がよかろうに」
マーリンが案じるように声をかけてきたが、ビアンカは笑いながら首を横に振る。
「私はまだまだ平気よ。リュカの方がよっぽど疲れてるわ」
そう言いながら馬車から下りて行ったビアンカを見送りながら、マーリンは小さく溜め息をつく。
「似た者夫婦じゃの。しかし頑固さでは……嬢ちゃんの方が上かも知れんのう」
マーリンはパトリシアの背から荷台に乗り込んできたスラりんをリュカの額の上に乗せながら、心配そうに外を見つめた。

Comment

  1. ピピン より:

    マッドドラゴンが可愛く思えてきましたよ( ̄▽ ̄)
    原作で仲間になるイメージ無いですが頼もしいですね。

    ザオラルとザオリクの解釈の違い、斬新で面白い…!

    ビアンカそれブーメラン…と思った矢先にマーリンが触れてくれて安心しました(笑)

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      マッドドラゴン、暴れん坊だけど根はいいヤツ、という感じで。オツムが足りないのはこれから色々と学んでもらうことで補ってもらうことにします。
      ザオラルとザオリクは私の勝手な解釈で話に入れさせてもらいました。リュカくん、ザオラルは使えるのにザオリクが使えないのはどうしてだろうと考えたら、そんな感じになりました。で、ゆくゆくはあの呪文も覚えることだし。自分の身にはあまり頓着していない困ったヤツです。
      ビアンカさんにはかなり無理な旅をさせています。この夫婦は魔物の仲間たちに大いに支えられています^^;

  2. ケアル より:

    ビビ様、今回もドキドキさせてくれますね。
    まあ、今回の話で、ぜったいに取り上げたいのはプックル、流石は雷ジジイですね!
    まさか、ビビ様、ここでプックルをまじめに棺桶行きにしてしまうんでないかと思っちゃいましたよ。
    棺桶のまま、例の旅の神父に生き返して貰うのか、まさかのここでプックル離脱になるのか…思わず涙がでちゃいそうになっちゃいますよぉ。
    ザオラルここで使うとは思いませんでした。
    これからはザオラル使う場面ありそうですね…もしかしたら、メガザルを使わざるをえない日が来るかもと思うと、今からハラハラします。
    息子のザオリクが聞かないなんて言わないでくださいねビビ様(笑み)
    マッドは仲間になりたいっていうか…仲間になっているつもりなんでしょうね。
    ゲーム本編では、あんまり使いがってよくないドラゴンマット…(汗)
    ビビ様ワールドならば心強い仲間になりそうですね!
    マッドは、たぶん…友達が居なく、リュカを友達だと思ったんでしょうね。
    ビビ様!
    次回はチゾット到着ですか?
    ビアンカ倒れて妊娠発覚イベントでしょうか…。
    その前にまだ戦火を交えて…が、続いてしまうのでしょうか…。
    次回も楽しみにしておりますよビビ様!

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをどうもありがとうございます。
      プックルにはまだまだ現役で頑張ってもらいたいと思っています。一番の戦友ですからね。彼らの子供たちも見てもらいたいですしね。
      旅の神父さんも登場してもらおうかなと思ったんですが、一人旅でこの山を越えているなんて超人過ぎたので、ちょっと話のバランスを考えて控えてもらいました。だって、出会ったら仲間にしたいですよね、超人的な旅の神父さんなんて。リュカ君が必死にスカウトしちゃう場面とかがよぎったので……(笑)
      息子のザオリクを書く場面はあとどれくらい先になるのやら^^; 早く子供たちにも登場してもらいたいものです。
      マッドは可愛いヤツです。おバカな暴れん坊なので、ちょっとタチが悪いですが(笑) 
      次はチゾット到着を目指します。嫁さん大事にしろと責められるリュカ君が見られるかと……^^

  3. ケアル より:

    ビビ様!
    妊娠発覚イベントはチゾットでなくグランバニアでしたね訂正します…
    m(_ _)m
    チゾットでは倒れるだけでした。

    • bibi より:

      ケアル 様

      反応が遅くなってしまい、申し訳ございません。
      妊娠発覚イベント、そうですね、グランバニアでそんな予定です^^
      しかし無茶しますね、この妊婦さんは。書いていてハラハラします。

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