仲間との信頼

 

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「ねぇ、何だかずっと登り続けてるわよね?」
ビアンカの言葉に、リュカも魔物の仲間も皆揃って力ない返事をする。彼女が言葉を発する前に、すでに皆気付いていたことだったが、他に道も見当たらないし、続いている道は進むしかないため、黙々と歩き続けていたのだ。
チゾットの村からグランバニアへ向かう下山中、リュカたちはほとんど麓近くまで下りていたはずだったが、麓にまで下りる道が見つからず、今もこうして山を歩き続けている。しかも続く道はずっと登りで、リュカたちは再び山の寒さに身を震わせていた。洞窟内とは言え、山を登れば登るほど気温が下がり、それに合わせて体力も奪われる。
「またどこかで道を間違えたのかな……」
「そうとも思えません。道はひたすら一本道のようでしたよ」
「しかし、まあ、紛らわしい場所もあったがのう。あのジジイはあの場所に百年も暮らしておると言っておったが、一体何者じゃったんじゃろう」
マーリンが言う“ジジイ”とは、下山途中で出会った一人の老人だ。山に暮らしているという割には近くに山小屋があるわけでもなく、雨風を凌ぐような洞穴があるわけでもない。ただグランバニアの国を包み込む深い森の景色を眺めながら、一人で崖っぷちに立っていたのだ。リュカがそんなところに立っているのは危ないと忠告すると、ゆっくりと振り向きリュカのことをじっと見つめた。馬車に隠れていなかった魔物の仲間たちを目にしても特に慌てる様子もなく、リュカのことを見るのと同じようにじっと見つめるだけだった。
そしてその老人は色々と拾い物をしたと言って、リュカに話しかけてきた。見たこともない券を落としたかと聞かれ、リュカは正直に落としていませんと答える。硬貨ではない何かメダルのようなものを落としたかと聞かれ、リュカは再び正直に落としていませんと答える。マーリンが目の色を変えて見た水の羽衣を落としたかと聞かれ、ここでも落としていませんと答えると、老人は満足そうに微笑んだ。
『お前さんは大変正直者のようじゃな。よかろう! 褒美にすべて持っていくがええ』
そう言って老人は何も落とし物をしていないリュカにすべての品物を授けてくれたのだった。そのやり取りの間、老人は確実にリュカの魔物の仲間たちを目にしているのだが、特別な反応は何もなかった。ただ魔物と目が合っても、同じように微笑むだけなのだ。すべての品物を渡されたリュカはぽかんとしながらも老人に礼を言い、握手をしようとした。差し出された老人の手を握ったリュカの体が一瞬、びくっと震えた。
驚くほど冷たい手を握った瞬間、老人の姿は空気に溶け込むように消えてしまったのだ。しかし老人から受け取った品物は残らずリュカの手元にある。その状況に、リュカたちは皆同じように考えざるを得なかった。ビアンカだけが現実逃避するかのように、引き攣る笑顔で言う。
『わ~、こんなにたくさん貰っちゃったわね。正直に答えて良かった!』
水の羽衣などをリュカに渡した老人は、誰がどう見ても確実に幽霊だった。しかし老人を幽霊と認めたくないビアンカは必死にその現実から目を逸らし、ただ善い老人がいたのだと思い込もうとしていた。彼女の反応が面白かったため、リュカが少しふざけてビアンカの後ろに老人がいるよと嘘をつくと、彼女は再び面白いように飛び上がって驚いた。リュカがふざけたのだと分かると、ビアンカは本気で怒りだし、リュカに火炎呪文を浴びせようとした。魔物の仲間たちが夫婦の痴話喧嘩を収め、リュカたちは再び洞窟探索に戻ったのだった。
「あの老人のところで一度外に出られたので、そのまま山を下りられると思ったんですがね」
「あのジジイ、あれだけの宝を持ったままあの場所で……山を下りられずにそのまま……と言うことじゃったのかも知れんのう」
「ちょっと、マーリン、縁起でもないこと言わないでよ。と言うか、とっても優しいお爺さんだったじゃない。きっとあのお爺さんもじきに山を下りるわよ」
どうしてもビアンカはあの老人が幽霊だったとは認めたくないらしく、あくまでも現実逃避をして皆と違うことを言う。リュカはもう彼女に攻撃されたくはないため、あえて彼女の現実逃避には触れずに話を続ける。
「まあ、もう少し進んでみよう。チゾットから下ってきた道とは違う道だし、どこか新しい場所に出られるかも知れないよ」
「そうですね、これだけ道が続いているわけですし、どこかには繋がっているでしょう」
「明らかに人間の手が入った洞窟じゃしのう。これで山の上の村に戻ったら、それはそれでまた休めるしの」
「下山は登りよりも楽に行けると思ったのに、甘く見ていたわ」
マーリンの言う通り、リュカたちの進む洞窟は完全に自然にできた洞窟ではなく、ところどころ人間の手が加わり、地面は馴らされて歩きやすくなっていたり、シンボルのような大きな柱が立っていたりする。馬車も進めるような大きな洞窟と言うだけで、それは自然にできた洞窟とは言い難い。広い洞窟が続く限り、リュカは引き返すこともないだろうと更に続く登り道を進んでいく。
かなり山を登ったところで、広い空洞に出た。やたらと風が吹き抜ける空洞に、リュカはどこかに出口があるのかと期待する。しかしそれは出口と言うわけではなく、リュカたちが出た洞窟の地面に大きな穴がいくつか開いているという理由だった。どのような影響で地面が崩れてしまったのかは分からないが、うっかり踏み外すと下に落下してしまう状況だ。
そして悪い状況は重なるもので、地面に穴が開く洞窟内には魔物たちも待ち受けていた。リュカたちの姿を目にすると、洞窟内に潜んでいた魔物たちは楽しみを見つけたかのように近づいてくる。もしかしたらところどころ崩れている地面も、目の前の魔物が楽しんで壊してしまったのかも知れない。
ガンドフと同じほどの大きさの魔物が三体、それと洞窟内を体全体の炎で照らしている炎の戦士が五体。洞窟内の魔物の姿がすぐに確認できたのは、炎の戦士が体全体から生み出す炎の影響だった。まるで大きな焚火が五つも焚かれているような光景で、リュカは戦うには好都合だとしっかりと敵の姿を見据えた。
ガンドフほどの大きさの魔物はガンドフのように体に毛が生えているわけではなく、まるで今水の中から出てきたようなカバのごとくつるりと濡れた大きな体を揺らしている。大きな口からはだらりと大きな舌を出し、舌先からは常に水が垂れている。どうやら絶え間なく出続ける涎のようだ。その涎が地面に落ちると、ジュッと言う音を立てて一瞬地面を焼く。ただの涎ではないことは明らかで、リュカは近づいて攻撃することは難しいと呪文の構えを取る。
「あの火の魔物は見たことがあるね。確か砂漠で……」
「炎の戦士じゃ。一気に炎を吐かれたらなかなかたまらんぞ」
「しかしあの大きな魔物も倒すのに時間がかかりそうです」
「絶対にあのベロで攻撃してくるわよね……近づけないわ」
ビアンカはそう言うと、すぐさまリュカと同じように呪文の構えを取った。ビアンカの手からも炎の戦士と同じような炎が上がる。それを見て炎の戦士が楽しそうに小躍りしている。
「嬢ちゃん、くれぐれもその呪文を炎の戦士に浴びせてはならんぞい。奴らの炎の威力が増してしまう」
「分かってるわ、マーリン。ちゃんとあの大きい方に当てるから」
ビアンカも旅の最中で幾度も戦闘経験を積み、魔物と戦うことには慣れている。舌を出す大きな魔物ベロゴンロードは気味の悪い青い体を揺らして、リュカたちに近づいてくる。パトリシアと同じほど重量のありそうな魔物が三体同時に動いてくるため、まるで洞窟内で地震が起きているかのようだ。
近づいてくる前に、ビアンカがメラミの呪文を投げつけた。しかしベロゴンロードとの距離がまだかなりあったため、小躍りしていた炎の戦士が待っていましたとばかりに飛び込んで、メラミの呪文を浴びて吸収してしまった。炎の戦士一体の体が一回り大きくなり、その状況を五体全員で喜び、やはり踊っている。
「先に炎の戦士をやっつけたほうが良いかな」
「そうかも知れません。あちらの方が悪さをしそうです」
ピエールはそう言うなり、馬車に近づこうとしていた炎の戦士一体に切りかかった。炎の戦士は体から噴き出す炎ですべてを燃やすことができる。魔物が近づいただけで炎をもらい、服でも馬車でも燃えてしまう。ピエールが追い払い、炎の戦士はつまらなさそうに後ろに下がった。
「あの魔物がいると明るくていいなぁと思ったんだけど、そうも言ってられないね」
リュカもピエールと同じように剣を持ち、炎の戦士に切りかかっていった。それを見てプックルもリュカを追い抜くスピードで洞窟内を駆け、炎の戦士に飛びかかる。
炎の戦士も体全体から炎を噴き出しているわけではない。炎が出ていない胴体を狙って、リュカもプックルも攻撃をしかける。しかし少しでも近づけば、必ずどこかしらに炎の影響を受ける。炎の影響を最小限にするためにも、炎の戦士に近づける時間は一瞬だった。リュカとプックルの攻撃を見つつ、メッキーも上から攻撃に加わる。
相手の数が少なければ、この攻撃で倒せる相手だったが、五体の炎の戦士に対してリュカとプックル、メッキーだけでは攻撃要員が足りない。必然的にピエールもガンドフも加わり、マッドが加わってきたところで一気に優勢になった。マッドの身体は炎に強く、少々炎を吐かれたくらいではさほど影響を受けず、本人も何が起こったのかよく分かっていない様子だった。その特性を生かし、マッドは炎の戦士を前足で引っ掻いたり、大きな足で蹴飛ばしたりと、好きに暴れていた。
ようやく炎の戦士との戦いに決着がつくという時、パトリシアの悲鳴が上がった。続いてスラリンの悲鳴も上がる。リュカが振り向き見ると、パトリシアがベロゴンロードの大きな舌で舐められており、その涎から出る物を溶かす性質でパトリシアの首の一部が火傷を負っていた。初め、痛みに声を上げたパトリシアだったが、彼女もこの旅を続けて長い旅人の一人だ。攻撃されて大人しく黙っていることもなく、怒りを感じたパトリシアは鋭い嘶きを響かせると、後ろ足で立ち上がり、思い切り前足でベロゴンロードを蹴飛ばしてしまった。パトリシアの巨体に蹴飛ばされたベロゴンロードは勢いよく地面を滑り、そのまま地面の穴から下の洞窟に落ちて行ってしまったようだ。
「パトリシア、凄いわっ」
彼女の勇姿をビアンカが思わず称賛する。いつもは大人しく従順なパトリシアだが、彼女ほどの大きな馬がひと暴れすればそれはとてつもない威力になる。パトリシアの強さを見て、ビアンカも再び奮い立ち、残り二体のベロゴンロードにメラミの呪文を浴びせる。マーリンもベギラマの呪文を唱え、ベロゴンロードの分厚い皮膚にダメージを与える。続けざまに浴びる炎の呪文に、ベロゴンロードもさすがに足を止め、防戦となる。
炎の戦士をあと二体残したところで、リュカがパトリシアの元に駆け付ける。酸性の唾で火傷を負ってしまった彼女の傷を癒し、ビアンカたちと共にベロゴンロードに向き直る。そしてリュカたちは固まってしまった。
魔物との戦闘の状況を見てみると、炎の戦士もベロゴンロードも数を減らしているはずなのに、洞窟内は依然として明るく、むしろ初めよりも明るくなっている。それと言うのもいつの間に仲間を呼んだのか炎の戦士の数が増えており、洞窟内の景色は今までになくはっきりと見渡せるような状況だ。まるで燃え盛る炎に取り囲まれているようで、リュカたちはじりじりと後退りせざるを得なかった。
炎の戦士の明かりのおかげで、洞窟内の景色ははっきりと見渡せる。リュカたちのいる洞窟内にはいくつか地面に穴が開いており、そこから風が流れ込んできている。先ほどベロゴンロードが一体落ちた穴からもびゅうびゅうと風が吹き込んでいる。炎の戦士の炎が風に煽られ、ぼうぼうと音を立てている。その穴へといつの間にかリュカたちは追いやられていた。
炎の戦士もベロゴンロードも、リュカたちを穴に落とそうとしているのだ。特にベロゴンロードは戦うのがあまり好きではないらしく、積極的に攻撃を仕掛けてくるわけではない。近くにいる敵に向かって舌を振り回したり、威嚇のために地面をドシンドシンと揺らして驚かしてくる程度だ。炎の戦士はいかにも戦い好きの雰囲気を持っているが、すでに数体が倒されているためか、これ以上戦いを長引かせて仲間を減らしたくはないと、リュカたちを厄介払いしようとしていた。
リュカは背後に迫る穴の下の景色をちらりと覗いてみた。大きな穴の下に、四本の大きな柱が見えた。明らかに人の手で作られた大きな柱は、そこが人間の通る道だということを示している。炎の戦士の火の明かりで見えていた柱だが、良く見ると柱自体が仄かに光を放っているように見えた。淡い緑色に光る柱には、明らかに魔法の力が宿っているようだ。リュカはその柱が秘める特殊な力に、賭けてみることにした。
「みんな、穴から飛び降りて!」
穴から飛び降りて下に行ってしまえば、魔物たちは深追いしてこないに違いないと、リュカは仲間たちに呼びかける。かなりの高さがあるが、下に見える四本の柱が何か特別な力を貸してくれるはずだと、リュカは得体の知れない核心を得ていた。
「リュカ殿、馬車はどうするつもりですか?」
「大丈夫、僕がどうにかする」
「どうにかって、リュカだけじゃどうにもならないわよ!」
「いいから、とにかく下に!」
敵はもう目の前まで迫ってきている。時は一刻を争う。仲間たちと悠長に話している時間はない。
その時、炎の戦士の火を浴びてしまったガンドフが、体の毛についた火を手で払って消そうとしている最中、足を滑らせた。ガンドフが大きな一つ目を見開いて穴から落ちていく。
しかしすぐにガンドフの巨体は淡い緑色の光に包まれ、まるで緑色のシャボン玉の中に閉じ込められたような格好で、ふわふわと穴の下へと下りていく。そして四本の柱の真ん中に降り立つと、緑色のシャボン玉はぱちんと弾け、消えてしまった。ガンドフはぽかんとしたまま、傷一つ負わずに穴の下に降りてしまった。
「ほら、みんなも大丈夫だから、穴に飛び込んで」
「あの光は一体何なのでしょう」
「間違いなく聖なるものを感じるのう。果たして聖なる光がワシなんぞを助けてくれるかのう……」
「ガンドフだから大丈夫だったってこと? それじゃあ……私もちょっと自信ないな」
二の足を踏む仲間たちに、リュカは焦りを感じた。大勢の炎の戦士たちの炎が、まるで洞窟全体を焦がすようにわんわんと燃えている。ガンドフと同じように体毛に覆われているプックルが炎の勢いに根を上げ、ガンドフに続いて穴に飛び込んだ。プックルはそのまま下に落ちても問題ない身体能力を備えているが、ガンドフと同じように緑色の淡い光に包まれ、地面まで安全に下りることができた。プックル自身も不思議な体験に目を丸くしている。
その光景を見て、残りの仲間たちも勇気が湧いたらしく、次にピエールが、そしてマーリンが穴に飛び込んだ。皆、同じように緑色のシャボン玉のような光に包まれ、無傷で下の洞窟に降りることができた。メッキーとマッドは自力で下りられるため、まだリュカたちと上の階に残り、多くの敵と対峙している。
「ビアンカ、君も早く!」
真っ先にこの状況を楽しみそうなビアンカがまだ残っていることに、リュカは不思議に思いながらも彼女を急かす。彼女ならすぐに穴に飛び込み、あのシャボン玉の光に包まれることを楽しむに違いないと思っていた。しかしビアンカはなかなか穴に飛び込もうとせず、その足は震えているようだ。
「私、馬車が心配だわ」
何が彼女をそれほど逡巡させているのか分からず、リュカは彼女の躊躇いに苛立ちを覚えるよりも、心配になった。宙で「キッキー!」と呼びかけるメッキーに救われ、リュカは再びメッキーにビアンカを頼むことにした。メッキーが下に降りてくるとビアンカはメッキーの首にしがみつき、魔物の仲間たちが待つ下の洞窟へと下りて行った。空を飛べる者には光の加護はないらしく、メッキーとビアンカは下に広がる暗い洞窟にゆっくりと姿を消した。
残ったリュカもパトリシアと馬車を連れて下に下りなければならない。しかしパトリシアが先ほどのビアンカと同じように下に下りることを躊躇している。リュカとて下の洞窟に飛び込むことがまるで平気なわけではない。他の仲間たちは無事下りることができたが、リュカとパトリシアが同じように無事に下に飛び降りられる保証はない。
目の前には炎の戦士が楽し気にリュカたちを燃やそうと近づいてくる。仲間が増えて炎の勢いも増し、魔物たちは本当に楽しんでいるのかも知れない。示し合わせたように四体の炎の戦士が一斉に火炎の息を吐いてきたため、リュカは意を決して下の洞窟へと飛び込もうとした。
パトリシアの手綱を強く引く。リュカに引かれ、パトリシアも決意して下に広がる洞窟へと飛び込んだ。落下の勢いそのままに地面が近づく。あと少しで地面に落ちるというところで、リュカとパトリシアは上に持ち上げられる浮遊感に包まれた。緑色の光がリュカたちの周りを包む。そして地面にたどり着くと、緑色の光はシャボン玉が割れるようにぱちんと弾けて消えた。
「ぐおんっ、ぐおんっ」
弾んだマッドの声が聞こえた。どうやらマッドも同じ緑色の光に包まれ、下まで落ちてきたようだ。背中に羽が生え、空を飛べるにも関わらず、マッドはリュカたちと同じように穴に飛び込んで落下してきたらしい。マッドは空を飛ぶことはできるが、普段はあまり飛ぶことはない。それと言うのも、マッドの背に生える羽は体の割に小さく、飛ぶのにはかなりの労力を強いられるからだろう。
しかし、それにしても今のマッドはただ楽しそうだから穴に一緒に飛び込んだように見えた。陽気に笑い、楽し気な声を上げている。
リュカの予想通り、上にいる炎の戦士やベロゴンロードは下の洞窟まで深追いすることはなかった。下に落ちて行った敵の姿を見て、安心したように姿を消していった。炎の戦士が遠ざかると、リュカたちのいる洞窟も暗くなる。ビアンカがメラの炎を指先に灯し、洞窟内を照らす。
リュカたちの周りには明らかに人間が作った大きな柱が四本、リュカたちを取り囲むように建てられている。先ほどまで淡い緑色の光を放っていたようにも見えたが、今は静かに洞窟内に建っているだけだ。
そして柱のずっと先に、小さな白い光が見えた。小さな白い光から、風がびゅうびゅうと流れ込んできている。外に繋がっているのは明らかだった。
「ちょっと行って見て来よう。せっかく外が見られるわけだし」
「かなり山を登ったからのう。また良い景色が見られそうじゃ」
「今、山のどの辺りにいるかを確認するには良いでしょうね。皆で行って確認しましょう」
「流れ込んでくる風がかなり冷たいから、もしかして山頂付近まで戻ってたりして……」
そう言いながらビアンカは身を縮こまらせて、マントを身体に巻き付けている。彼女に言われるまで気づかなかったが、小さな白い光から流れてくる風は体を刺すように冷たい。リュカもマントを身体に巻き付け、寒さから身を守りながら馬車を進めていく。
洞窟の中はひっそりとしていた。魔物の気配を感じられない。四本の柱に不思議な力が宿っているのは確かで、リュカたちを助けた淡い緑色の光は明らかに聖なるものだった。その聖なる空気が洞窟全体に行き届いているのか、この洞窟に魔物はいないように思えた。
魔物に遭遇することなく、リュカたちは小さな光に見えていた洞窟の出口にたどり着いた。冷たい風が勢いよく流れ込んでくる。雪景色こそ見られないが、リュカたちの予想通り、まだ山をかなり登ったところで、下には断崖絶壁が見える。空を飛べるメッキーや、断崖絶壁を下りることをものともしないプックルならば、ここから一気に山を下ってふもとまでたどり着けるかもしれない。スラリンも体の柔らかさと軽さとで、少しの傷で済むだろう。マッドも自分ひとりで下に下りるだけならば、羽をつかって空を飛び、下りることができそうだ。
「……そこまでの無茶はできないなぁ」
ガンドフやピエール、マーリンも、うっかり断崖絶壁に足を踏み入れたら、ふもとまで転がり落ち、無事では済まされない。リュカもビアンカも同様だ。パトリシアと馬車などはふもとまで真っ逆さまに落ち、木っ端微塵になってしまいかねない。
「無茶してもらうことにしよう」
聞いたことのない声を後ろに聞き、リュカたちは振り返る。先ほどまで魔物の気配すら感じていなかった場所に、魔物の群れが見える。外からの明かりを受け、その姿がはっきりと見えた。ずらずらと並ぶ小さな魔物の群れは、この山を下りる途中で戦ったことのある魔物ミニデーモンだ。大きなフォークを地面に立て、いつでも呪文が唱えられる態勢を取っている。そしてミニデーモンたちを従えるようにして、大きな魔物の姿が一体。頭に大きな角を生やし、背には蝙蝠のような竜のような羽を生やしている。顔は鹿のようで、尻尾も生えているが、手は人間と同じようで、体格は全体的に筋骨隆々としている。体全体が血のように赤く、それが禍々しい悪魔の雰囲気を醸している。
「お前たちだな、人間と魔物が共に旅をしている者たちというのは」
筋骨隆々とした魔物メッサーラが低い声で言うと、後ろで付き従うようにしているミニデーモンたちがこくこくと頷く。どうやらこの洞窟で既に戦闘を交えたミニデーモンたちのようで、リュカたちのことを睨むように見つめ、相変わらず舌を出していたずら好きの様相を呈している。
「魔物を唆し、仲間にしてしまうなど、我々としては危険因子以外の何物でもない。ここでくたばってもらおうか」
「唆したわけじゃないよ。彼らは自分の意志で僕の旅についてきてくれて……」
リュカはそこまで言いながら、唐突に自信がなくなってしまった。今、共に旅をしている仲間の中で、自分が唆してしまった仲間がいるだろうか。自分でも知らない内に無理に旅に同行させている仲間がいるのかも知れない。そんな思いに囚われたら、リュカは続きの言葉が話せなくなってしまった。
「がうっ!」
プックルの声にリュカは心臓が飛び出るほど驚いた。プックルは獣の声で吠えたに過ぎないが、リュカには「自信を持て!」と言ったように聞こえたのだ。
「私たちはリュカ殿の意思に賛同し、好きでこの旅に同行しているのです。魔物の魔物としての生活をするよりも、リュカ殿の旅についていくことが正しいと思ったのです」
「お主の旅についていく方がよっぽど楽しいと思ったから、こうして一緒にここまで来ておるんじゃ」
「リュカ、イッショ、シアワセ」
「ピキー、ピキー!」
今となっては言葉を持たない魔物の言葉も、リュカにはすっかり分かるようになっている。スラりんが荒々しく「唆したなんて、勝手なことを言うな!」と怒っているのが分かる。宙に浮かぶメッキーも、言葉こそ発しないものの、魔物の群れを睨む目つきでいつでも攻撃にかかれる態勢を取っている。
リュカの仲間の魔物たちは、リュカの旅から抜け出そうと思えばいつでも抜け出すことができた。リュカは魔物の仲間たちに、無理にこの旅についてこいと言ったことはないはずだ。これまでにも何度も仲間たちの意思を確認した。これほど危険な旅についてくることはない、自分たちの好きなように生きればいいと、魔物の仲間たちに話したことがあった。しかしそれでも、魔物の仲間たちはリュカの旅についてきた。彼らは彼ら自身で、旅に同行したいと考え、ついてきているのだ。
「すっかり唆され、騙されてしまっているようだな。これではもはや修正は効かないようだ」
メッサーラはそう言いながらも決して深刻な表情ではなく、薄ら笑いを浮かべている。まるで愚かな魔物たちを馬鹿にしているような表情だった。その雰囲気がありありと分かり、リュカたちは対抗するように敵を睨みつける。
真っ先に敵の群れに突っ込んだのは、プックルだ。地面を蹴ってメッサーラに飛び掛かる。しかしメッサーラは薄ら笑いを浮かべたままプックルの攻撃を避け、大きな翼をはためかせて宙に浮いてしまった。
「ミニデーモンたちよ、思う存分攻撃しなさい」
メッサーラはそう言うと、赤く血に濡れたような体から黒い霧を生み出す。霧に包まれたミニデーモンたちは静かにその霧を浴び、霧の中から姿を現した時にはまるで別人のような顔つきをしていた。いたずら好きの子供のような顔ではなく、禍々しい雰囲気を備えた小さな悪魔となって、一斉に呪文の詠唱を始めた。
洞窟全体を揺るがすようなミニデーモンの呪文の空気に、リュカもビアンカも魔物の仲間たちも、敵に立ち向かえないほどの危機を感じた。ミニデーモンが唱える呪文はメラミと言う火炎呪文だ。しかしただのメラミとは思えないほど、火の勢いが強い。メッサーラ生み出した黒い霧の影響なのか、ミニデーモンたちの魔力が強まっているようだ。
一斉にメラミを唱えられたら全員丸焦げになってしまうと、リュカは思わず後ずさる。しかし背後に迫るのは断崖絶壁だ。メッサーラはその状況を宙からニタニタと笑いながら見ている。呪文を逃れたくば、崖に飛び込むしかないと、リュカたちの焦る様子を楽しんでいる。
「リュカ、逃げるしかないわ!」
「逃げるって言っても、崖を落ちるしか……」
「それしかないわよ。賭けましょう。きっと私たちなら助かる!」
少しの会話の最中にも、ミニデーモンたちのメラミは詠唱が終了し、今にも放たれそうだ。会話をしている余裕もない。リュカはビアンカの言葉を信じて、自分たちの人生を賭けることにした。
ミニデーモンの群れから一斉にメラミが放たれた。それは火炎呪文の最大級の呪文メラゾーマを超えるような勢いでリュカたちに迫る。これほど大きな火炎に対抗する術を、今のリュカたちは持たない。
「みんな、馬車に乗れ!」
リュカはそう言うと、自分はパトリシアの背に乗った。素早く馬車に乗り込んだ仲間たちを確認し、リュカはパトリシアに「走れ!」と叫ぶ。パトリシアもリュカの意思を信じ、崖に向かって勢いよく走りだした。後ろには火炎が迫る。馬車の荷台を少し焼いたところで、馬車の車輪は地面を失った。
長い長い落下が始まった。先ほどまでいた洞窟の崖の出口から、まるで噴き出すような炎が飛び出しているのが見えた。あの炎に焼かれていたら、今頃みんな揃って焼け死んでいたに違いない。
落下する馬車を、メッキーとマッドがどうにかして止めようと、馬車の周りを同じように落下している。しかし落下する馬車は速度を速めるばかりで、このままでは地面に激突してしまう。
リュカは迫る地面を、顔にたたきつける風と戦いながらしっかりと見つめる。そして目を閉じ、一か八か、呪文を唱える。
あと二、三秒すれば地面に叩きつけられるというところで、馬車は空中でふわりと止まった。そして少々荒っぽく、馬車もパトリシアも地面に降り立った。ゴトンと大きな音を響かせて地面に降りたが、荷台も車輪も傷んではいないようだ。パトリシアも無事で、背に乗るリュカを即座に気遣う様子を見せている。
リュカはパトリシアの背に乗りながら、ぐったりと彼女の首に沿って寝そべった。馬車の荷台からビアンカが恐る恐る顔を覗かせ、リュカに呼びかける。
「リュカ……一体何が起こったの?」
「……ルーラの応用……」
全身から汗が噴き出すほどの緊張感でリュカは呪文を唱えていた。リュカが使用できるルーラの呪文は、遠く離れた町や村に一瞬にして移動できる便利な呪文だ。脳裏に町や村の景色を思い浮かべ、はっきりと見える景色に向かって意識を飛ばしながら呪文を唱える。しかし目の前に迫る地面に向かってルーラが効くのかどうかは全く分からなかった。分からないが、他に賭ける手段が思い浮かばず、リュカはルーラの呪文の効力を信じて皆を崖から飛び出させ、ルーラの呪文に包んだのだ。
「良かった、上手く行って」
「よくそんなことを咄嗟に考えたのう」
「正直、『ああ、これで旅が終わる』と思ってしまいました……」
馬車に乗っていた仲間たちも、長く続く落下の浮遊感と戦っていた。馬車の中から疲れた様子のマーリンやピエールが出てくると、続いてどこか楽し気なガンドフがのっそりと馬車から出てきた。スラりんはビアンカに抱っこされながら馬車から出てくると、地面に飛び出し、久々に味わう草地の感触を楽しみ始めた。
「どうやら山をほとんど下りたようじゃのう」
辺りは草や木々が生い茂り、山の上で感じていたような寒さもなくなり、むしろ蒸し暑い空気が辺りに漂っている。リュカの全身から噴き出した汗は、一気に蒸し暑くなった気候のせいもあったのかも知れない。
周囲には森が広がっている。道と言う道は見当たらない。チゾットの村から眺めたグランバニアの国は森に囲まれており、恐らくこの森をずっと抜けていけばグランバニアに着くのだろう。しかし道もない森の中に馬車を進めるのは無謀に思える。
「リュカ、あっちにまた洞窟があるわよ。洞窟ってことはきっと道が続いてるんじゃないかしら」
ビアンカに呼びかけられ、リュカは後ろを振り返った。ずっと上まで切り立った岩盤の壁に、ぽっかりと大きな穴が開いている。馬車も問題なく通れそうな大きな穴に、リュカは進む道を決める。
「行ってみよう。もうほとんど山は下りてるはずだから、グランバニアに続く道がどこかにあるはずだよ」
「これだけ大きな洞窟だもの。他の旅人さんも使っているはずだわ。あともう一息、頑張って進みましょう」
リュカとビアンカの声掛けに、魔物の仲間たちも気丈に応える。そして洞窟の中に入っていくリュカたち一行の姿を、空から一体の魔物が翼をはためかせながらじっと見つめていた。



「ほら、あそこ、あれってグランバニアの紋章じゃない?」
ビアンカが指さす先には、彼女の灯す明かりに仄かに浮かび上がる地面の凸凹が見える。チゾットの村から洞窟を進んできた際に、何度か見かけた紋章と同じものが地面に彫られていた。その場所に辿り着くと、リュカたちは広々とした洞窟内を改めて見渡した。そして皆、同じところで視線が止まる。
暗い洞窟内に、外からの光が漏れている。それはリュカたちがこの洞窟に入ってきた場所ではなく、別の出口があるということだった。ちょうどグランバニアの紋章から真っすぐに伸びた道の先に、外からの光が見えている。その光景に、皆の期待が一気に膨らむ。
「これはもう、間違いないでしょう」
「今度こそ、正真正銘の出口じゃ。ようやくこの山から下りられるわい」
「いや、でも、またあの出口から崖に落とされるんじゃ……」
「悪い方向に考えないでよ、リュカ。もし落とされたとしても、またあなたのルーラでどうにかなるわ。さあ、行きましょう!」
ビアンカが軽い調子でそう言うのを、リュカは恨めし気に見つめた。先ほど、魔物に崖から落とされた時は、遥か高い崖から落とされたため、ルーラの呪文が間に合ったという感覚がリュカにはあった。しかしそれほど高い崖でなければ、恐らくルーラの呪文は間に合わない。リュカは万全を期して馬車を進めようと、メッキーに前方を確認してもらいつつ、後方をピエールに確認を頼み、何か異常があればすぐに知らせるようにと伝えた。
洞窟内をゴトゴトと馬車が進む。洞窟内の地面はかなりならされており、馬車の車輪も今までの洞窟探索と比べてスムーズに運んでいる。リュカたちが向かう洞窟の出口からは、赤々とした光が差し込んでいる。まもなく太陽は西に沈み、夜を迎えるのだろう。今は夕焼けが外に広がっているのかも知れない。
洞窟の外に見える赤の光を背に、何かの影が入り込んだ。明らかに魔物のシルエットと分かるその姿に、メッキーが警戒の声を上げ、リュカたちは即座に戦闘態勢に入る。
現れた魔物は、先ほどリュカたちを崖から落としたメッサーラだった。洞窟内にはほかにも同じ種族の魔物がいるはずだが、リュカたちの目の前に現れたのは、間違いなく先ほどリュカたちの前に現れたメッサーラと同じ者だった。
「お前たちはこの先に何の用があるのだ」
敵が攻撃してくるとばかり思っていたリュカは、メッサーラが話しかけてきたことに少し表情を変える。
「僕たちはグランバニアに行く途中だ。僕の故郷かも知れないところなんだ」
リュカの言葉を聞いて、メッサーラは黙り込んでいる。攻撃してくる気配はない。ただ目を閉じて脳裏にじっと何かを思い浮かべているようにも見える。
「魔物の仲間を連れて、人間の国に行こうと言うのか?」
「魔物すべてが悪者じゃないって、グランバニアの人たちはきっと分かってくれるはずだよ。話して、僕の仲間たちと触れ合えば、みんな分かってくれると思う」
リュカの言葉に魔物の仲間たちが喜び、頷いたり微笑んだりする。いつもであれば人間の町や村に着いた時、魔物の仲間たちは外で待機するのが常だった。そしてそれは暗黙の了解で、魔物の仲間たちもそれが最も善い方法だと受け入れている。
しかしリュカは他の町や村と同じように、魔物の仲間たちを外で待機させることを考えていなかった。グランバニアがもし自分の故郷で、父や母がいた場所であれば、リュカはグランバニアと言う国に落ち着くことになるのかも知れない。それには魔物の仲間たちもグランバニアと言う国に受け入れてもらう必要があると、リュカは当然のように考えていた。
「僕は、魔物だって本当は幸せに暮らして欲しいんだ。人間と魔物ってだけで、戦うのはおかしいよ。そんなの、戦いの理由にならない」
リュカの言葉は純粋で本心からの思いを口にしたに過ぎない。敵意も何もない、ただ自身の素直な思いを口にするリュカを、メッサーラはじっと見つめる。そして魔物は、リュカたちのために道を空けた。
「通っていいの?」
「ああ」
「どうして?」
「あの高さから落ちて無事でいる人間が、こんなところで死ぬのも馬鹿げている。進むがいい」
メッサーラからは相変わらず攻撃の気配は感じられない。本心でリュカたちを通そうとしているのだ。
「ありがとう」
リュカが一言礼を言うが、メッサーラはもう応えることなく、ただ静かにリュカたち一行を通した。もう話す言葉はないのだとリュカも悟り、後ろから見送るメッサーラを振り返ることなく、外に見える夕焼けの光に向かって馬車を進めた。
洞窟を抜けると、沈もうとする陽に照らされる一本の長い道が前に伸びていた。しっかりと舗装された道は、グランバニアとチゾットの村の間を旅する者たちが使うものだ。道の脇には獅子を象ったような大きな彫像が建てられ、旅人の行く末を案じている。その光景を目にして、リュカたちは山を完全に下りたことが分かり、皆で笑顔を交わす。
「やった~。やっと外に出られたよ……」
喜んでいるビアンカの言葉にも、さすがに疲れが出ており、いつもの元気が感じられなかった。山を無事に下りられたことで、どっと疲れが出たのだろう。
「この森を抜ければグランバニアですね」
「幸い、道は森の中にも続いておるようじゃのう」
マーリンの言う通り、前方には鬱蒼とした森の景色があるが、旅人のために舗装された道はずっと森の奥深くまで続いているようだ。道の両脇に建てられている彫像と言い、しっかりと舗装された道と言い、もうグランバニアまでの道で迷うことはなさそうだ。
しかしリュカは彫像の脇に何かの影があるのを見つけ、反射的に眉を顰め、身構えた。見えた影が人間の形をしているのを確認すると、リュカは構えを解いて、馬車をガラガラと進めながらゆっくりと近づいてみる。
一人の男性が、彫像に寄りかかりながら遠くを見つめている。男性が見つめているのは鬱蒼とした森の先にあるグランバニアだろう。彼は物悲し気に森を見つめながら、独り言をつぶやいている。
「あの人は無事に着いたかなぁ……」
「あの、すみません。旅の方ですか?」
リュカが話しかけると、男性は飛び上がって驚き、目を見開いてリュカを見る。どうやら物思いに耽っていて、リュカたちが進んでくる馬車の音も全く耳に入っていなかったようだ。
「あ、ああ、私は旅の吟遊詩人です。歌を作りながら世界を旅しています」
「これからグランバニアに向かうんですか?」
「今はこの場所が気に入り、ここに留まって歌を作っています。幸い、近くには小川も流れ、森に少し入れば木の実や果物もたくさんあるので、特に困らないんですよ。魔物にさえ気を付ければね」
吟遊詩人の肝の太さに、今度はリュカが目を見開いて驚く番だった。近くには魔物も棲みつき、いつでも魔物に襲われる危険があるのだ。しかしこの吟遊詩人はあえてこの危険な場所で、命がけで歌を作っているらしい。リュカには理解できない行動だった。
「さっき、あの人は無事に着いたかなって言ってたみたいだけど、他の旅人さんに会ったんですか?」
リュカの後ろから続いて歩いてきていたビアンカが、吟遊詩人の男性に問いかける。ビアンカの指示なのか、魔物の仲間たちはすでに馬車の中に入って身を隠している。
「もうずいぶん前の話ですが、サンチョと言う人がここを通ってグランバニアに向かったんです。何やら寂しそうで、妙に気にかかりました」
男性の言葉を聞いた瞬間、リュカもビアンカも同時に息をのんだ。
「サンチョさんって、サンチョさん?」
「サンチョがここを……? どれくらい前にここを通ったんですか?」
「私が以前、グランバニアを訪れた時なので、もう数年前になりますかね。かなり旅慣れた方のようだったので、恐らくグランバニアには着いていると思いますが……」
「リュカ、こうしちゃいられないわ。すぐグランバニアに向かいましょう」
ビアンカの明るい表情を見て、リュカも心が浮つくのを感じた。サンチョが生きている。生きて、今はグランバニアにいる。そう考えるだけで、リュカはグランバニアと言う国が一気に自分に近づいてきたのを感じた。
「すぐに行こう。みんな、少し急ぐけど、頑張れるかな?」
「ピキー!」
「がうがうっ」
「ぐおん、ぐおん」
「メッキッキー!」
「これ、お前たちは返事をするでない」
「……リュカ殿、馬車を進めてください」
「パトリシア、イソグ。ガンドフ、オリル」
馬車の荷台に隠れていた魔物たちが揃って返事をし、パトリシアの負担を減らそうとガンドフが荷台の後ろからのっそりと姿を現し、馬車を下りた。その光景に、旅の吟遊詩人は何か夢を見ているのかと目を瞬いている。
「そ、それじゃ私たち急ぐんで。さよならー」
「あなたも気を付けてくださいね。ここらも魔物がいるみたいですから」
「え? あ、はい。今もこんなにたくさんの魔物が……って。え?」
ガンドフが馬車を下りた後、マッドが下り、プックルが下り、メッキーが飛び出し、馬車の周りはすっかり魔物の仲間たちが囲んでしまった。リュカにはいつもの旅の状態だが、吟遊詩人の男性はただただ口をぽかんと開けて、信じられないという表情でリュカたちが遠ざかるのをずっと見つめていた。

Comment

  1. ケアル より:

    ビビ様!ビビ様はゲームストーリーを本当に崩さずに作ってくれるから楽しいです。
    老人の話は、小説を読むまで忘れていましたよ。
    あの宝は水の羽衣と小さなメダルと、もう一つは何でしたか?
    穴に落ちる時ビアンカは、たぶん赤ちゃんのことがあるから躊躇したんでしょうね。
    しかし、よく考えましたね、不思議な力のシャボンとか崖から落ちる時のルーラ。
    流石ビビ様!
    パトリシアは今思えば戦力の仲間になれますよね!スラリンと協力したら強いパーティーになりそう(笑み)
    リュカたち、そろそろ上級呪文を覚えても良いかなって思いますがビビ様どうですか?
    メラミを重ねる技は、将来こちらも使えそうですね
    娘とビアンカのメラゾーマとか娘のマヒャドとメッキーの凍える吹雪とか。
    しかし、サンチョは、どうやってあの崖を降りたんでしょうね?しかもミニデーモンやメッサーラとかいる洞窟を…。
    ビビ様サンチョに聞いて貰えますか?(むちゃぶり)
    次は、いよいよ感動の場面ですね!
    力が入りますねビビ様
    楽しみにしております

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもお早いコメントをどうもありがとうございます。
      老人の話は……もう一つは福引券です。金の斧、銀の斧のあの話のヤツですよね。リュカが来るまでは、みんな水の羽衣に目が眩んで素直に答えられなかったんでしょうかね……。
      この洞窟は馬車ごと落ちてしまう設定なので、ちょっと力技が必要でした。シャボンはかなりの力技……。他にも良い方法があったんでしょうが、私にはこれくらいしか思いつきませんで……^^;
      パトリシアは実は誰よりも強いかもしれない仲間です。いざという時にはとんでもない馬力を見せてくれます。
      呪文の重ね技は今後も必要に応じて使わせてもらおうかと思います。
      サンチョはきっととんでもない強い運の持ち主、ということで、逃げて逃げて逃げまくったということで。ちなみに、私個人の設定では、グランバニアに向かう道は他に正当な道があると言うことになっています。リュカたちはかなり序盤で道を間違えてしまったということで……。
      次は気合が入ります。いよいよ再会です。私が泣きそうです。

  2. ゲンゴツ大王 より:

    bibiさん、初めまして
    友人のケアルさんより当サイトを
    紹介頂き昨年より密かに
    拝読させて頂いております
    ゲンゴツ大王と申します

    私もケアルさん同様
    DQファンで
    少年時代の記憶は
    DQ5ナシには語れない程です(笑)

    bibiさんのおかげで、
    読ませて頂きながら
    昔を思い出しては懐かしみ…
    時には薄くなってしまった記憶が
    蘇りの繰り返しです(笑)

    とても楽しく読ませて頂いております

    こうしてまた懐かしのDQ5と
    関わる機会を与えて下さった
    bibiさんに深く感謝申し上げます。

    記事の更新、とても大変なことと
    ご推察申し上げます
    私のような文才の欠片もない者から
    すると芸術の域で御座います(笑)

    それでは、
    寒い日がまだもう暫し続くかと
    思いますが、
    健康第一に体調崩されませんよう
    くれぐれもお身体ご自愛くださいませ。

    • bibi より:

      ゲンゴツ大王 様

      この度はコメントをどうもありがとうございます。
      昨年からお読みいただいているとのこと、大変ありがたく思っております。
      私も子供の頃の記憶を呼び覚ましつつ、実際にDSでゲームを進めつつ、本編を作っております。
      何度プレイしても、楽しいゲームはずっと楽しいですね。子供の頃にやったゲームを改めて大人になってプレイすると、違った感動があったりします。トトロ的な。
      記事の更新は、書き始めてしまえばだだーっと書けたりするのですが、いかんせん他の誘惑に弱く……あ、いや、子育てに忙しく……ってことにしておいてください^^;
      文才はないのです。ただ書きたいことを書いているだけで。書いていて自分の文を見直すと、とんでもなく嫌になるときもよくあります。それでも書いていることが楽しいので、止められないという一種の中毒症状なのであります(笑)
      まだまだ冬で寒い時期が続きますね。ゲンゴツ大王様もどうぞお体ご自愛くださいませ。健康第一、年を取ると心に響く言葉ですね~。

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