様々なしかけ

 

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飛び出したプックルが、手早く一体の魔物を仕留めた。しかしそこには他にも六体の同じ魔物がいた。飛び出してきたプックルを素早く取り囲み、強烈な平手で攻撃を加える。プックルが即座に防戦一方になるのを目にし、リュカとピエールはプックルの周りに群がる魔物たちを追い払った。魔物たちは笑い声を立てながら、この状況を楽しんでいるようにその場から離れる。
小部屋の外でリュカたちを待ち構えていたのは、先ほど小部屋に入る前に目にした人間の女性の姿をした魔物だった。マーリンと同じように人間が魔物と化したもので、魔物になる前は踊りを生業としていたのか、まるで取りつかれたように今も踊り続けている。踊りに魅せられ、踊りに囚われ、踊りのために魂を売ってしまい、こうして魔物の姿に変わってしまったのだろう。彼女たちは踊りよりも大事なものがあることを忘れてしまったのだ。
踊りと共に繰り出される攻撃は素早く、勢いがあるために強烈なものだった。赤紫色に染まる手足を見れば、彼女らが明らかに魔物の姿をしているのは分かるのだが、踊りだけを見ているとまるで舞台に立って観客から拍手を浴びている人間の踊り子に見えてしまう。その楽し気な踊りにも魔の力込められているのか、思わずじっと魅入ってしまう引力のようなものがある。そして魅入ったところで、不意に近寄られ、強烈な平手打ちを食らってしまうのだ。
リュカも二度、平手打ちを食らったところで、さすがに目の覚める思いがした。頭の中まで痺れるような平手打ちを食らわせる踊り子が人間でないことは分かっていたが、それでも彼女らの踊りには魔の力が備わり、相手の視線を奪ってしまう力があった。それに対抗するには、強い意思を持つことが必要だった。
踊り子の魔物デビルダンサーは人間の姿をしているものの、言葉を話すことはなかった。魔物になる前は人間だったはずだが、魔物に魂を売ってしまってからは人間の言葉を忘れてしまい、ただ笑い声だけは人間の頃のもので、それがかえって不気味さを増していた。リュカたちが攻撃を加えようとも笑い続け、倒れる寸前まで笑い声を上げているのだ。リュカはデビルダンサーを倒す意識よりは、彼女らを魔の手から救う気持ちで剣を振るい続けた。
さほど強敵ではなかったが、戦闘の間に何度か体の力が抜ける感触を味わっていた。ピエールも同じ感触を味わっていたようで、その感触の後には必ず呪文の効果が鈍っていた。デビルダンサーの踊りには人を惹きつける魔力だけではなく、相手の魔力を吸い取る特別な力があるようだった。リュカもピエールもデビルダンサーの踊りを見ないようにしつつも、魔物に攻撃を加えるという方法を取らなければならなかった。幸い、魔力のないプックルと、何故かデビルダンサーの惹きつける踊りの魔力の影響を受けないキングスには不思議な踊りは無効で、プックルが前足や牙で強烈な攻撃を加え、キングスが容赦なく上から飛び込んでのしかかる攻撃を加えることで、確実に魔物の数を減らしていった。
戦闘が終ると、十三体のデビルダンサーが床に倒れていた。次々と扉から現れる魔物の姿に、リュカたちはこの戦闘が終らないのではないかと冷や汗をかいたが、十三体を倒したところで戦闘は終った。しかし最後、キングスにのしかかられて動けなくなったデビルダンサーは、更に仲間を呼ぼうとしていた。まだデビルダンサーの仲間がこの洞窟にはいるのだと、リュカたちは戦闘が終わっても周囲への警戒を緩めず、静かに耳を澄まし、気配を察しようと努めた。
「この魔物らは皆、あの扉から出てきましたね」
ピエールが指さすのは、四つ並ぶ扉のうちの左から二つ目の扉だ。彼が言う通り、デビルダンサーは次から次へと左から二番目の扉から姿を現した。仲間を呼ぶ気味の悪い笑い声に応えて、その扉から姿を現し、あっという間に数を増やしてしまったのだ。
「あの扉からどこかに繋がってるかも知れない、ってこと?」
「もしかしたらそうかも知れません。私たちが洞窟に入ってきた時にも、あの魔物はあそこの扉に入って行きましたよね」
「そういえば、そうだったね……。ちょっと気が進まないけど、調べてみようか」
「十分警戒して参りましょう」
リュカたちは再び扉の前で待ち伏せされていても対応できるよう、音を立てずにじりじりと扉の前まで近づいていく。キングスも床を跳ねて移動するのではなく、まるで人間がすり足で歩くような雰囲気で、床をずりずりと移動していく。プックルの耳は特に前に向いて警戒している様子はなく、扉の向こう側には何もいないのかもしれないとリュカは戦友の状態を見ながら冷静にそう思った。
リュカはゆっくりと扉を開け、中を覗いてみた。中に魔物の気配はない。一気に扉を開けると、中には先ほどの小部屋と全く同じような小部屋があるだけだった。この小部屋に先ほどのデビルダンサーがうじゃうじゃといたのかと思うと、初めにこの扉を開けないで良かったと今更になってリュカはほっと息をついた。
「また鷲の像だ……」
先ほど入った小部屋とまるで同じ部屋で、並ぶ鷲の像も二体で、二体ともリュカたちの方に向かって顔を向けている。部屋に入るなり二体の大きな鷲の像に睨まれる格好になり、リュカは相手が魔物ではないと分かりつつも思わず身構えてしまった。グランバニアの紋章である鷲は鋭い目をリュカたちに向け、部屋に来る者をじっくりと観察しているようだ。
「先ほどの部屋と全く同じようですね。床のスイッチも同じものがあるようです」
先に奥に入って行ったピエールがキングスと並んで一部異なる色をした床を見つけた。少しだけ出っ張っている床は、他の青白く光る床や壁に比べてその光が暗い。全く同じ造りをした小部屋に本能的に安心感を得たリュカは、ピエールとキングスが見つめる床の所まで歩いて行くと、特に危険を感じることもなくすぐにその床に飛び乗った。ピエールもキングスも、少し遠くで見ていたプックルも飛び上がるほど驚く傍らで、先ほどと同じように鷲の像が鈍い音を立てながらゆっくりと回り始める。リュカが床から下りると、鷲の像はぴたりと止まる。リュカの考えた通り、先ほどの仕掛けと全く同じものがここにもあるようだ。
「どうしてみんなそんなにびっくりしてるの?」
「いや……突然リュカ殿が飛び乗ったものですから……」
「がうがう」
「さっきと同じだとは限らないって? あはは、難しく考えすぎだよ。だってこれは王様が国の人達の喧嘩をやめさせるための仕掛けだよ。あの台座に書いてあった通り、ちゃんとお互いに向き合って話をすればいいんだって、そういうことなんだと思うよ」
「確かにリュカ殿の言う通り、難しく考えすぎてはいけないのかも知れませんな……」
「そうだよ。王様がすることってきっととても単純なことなんだと思う。単純なことをするために、いろいろと面倒なことをしなくちゃならないんだろうけど、王様がすることってたった一つ、国を治めることだもん。国を治めるのは、みんなに仲良くしてもらうこと。それだけなんだよ、きっと」
リュカはそう言うと、再び床の上に乗る。二体の鷲の像が互いに反対側を向き、ぐるぐると方向を変えて徐々に向き合う格好になる。鷲の像の顔が互いにしっかりと向き合ったところで、リュカは床から飛び降りた。
その瞬間、洞窟全体の様子が何か変わったような気がした。しかしリュカたちのいる小部屋を見渡してみても、特に変化はないようだ。それでも確実に何かが変わったと、リュカのみならず魔物の仲間たちもこの試練の洞窟に何かを感じていた。
「何だろう、この感じ。今、不思議な感じがしたよね」
「がうがうっ」
プックルが急き立てるように呼びかけると、小部屋の扉をがりがりと爪で引っ掻く。プックルの鋭い爪をもってしても、鷲の紋章の刻まれた扉は少しも傷がつかない。それだけでもこの洞窟全体がただの石材でできていないことが分かる。
「プックル、また外に魔物がいるの?」
リュカの言葉に、プックルは大きく首を横に振る。リュカと共にいるためか、プックルは時々人間のような動作をする。首を横に振るプックルは、外に魔物がいないことを知らせていた。
「とにかくこの部屋には他に何もないようですから、外に出てみましょうか」
「そうだね、外に魔物がいないんだったら、特に身構える必要もなさそうだし」
リュカがそう言いながら小部屋の扉へ向かって歩き、念のため扉の外を警戒しながらゆっくりと開ける。プックルが知らせた通り、外に魔物の姿はなかった。しかし先ほど倒したデビルダンサーの姿も消えていた。そして広間の中央に設置されていた台座もなくなっていた。広間の形が変わっているわけではないが、明らかに先ほどいた広間と違う場所に出たのだとリュカは気づいた。
後を振り返ると、先ほどまで四つ並んでいた扉が、今リュカたちが出てきた一つの扉しか目にすることができなかった。他の三つの扉は消えてなくなり、全て壁となっていた。狐につままれたような気持ちで、リュカは一つだけ残された扉を眉をひそめて眺めた。
「あの扉の部屋、他の出口から出たわけじゃないよね」
「小部屋の扉は一つしかなかったはずです。私たちは入った扉から出てきただけです」
「でもここは絶対に初めにいた場所じゃないよね……どういうことなんだろう」
リュカはこの試練の洞窟全体が魔法仕掛けになっているのは、鷲の像が動く仕掛けから理解していた。しかしそれが一体どれほどのものなのか、想像することができなかった。こうして部屋全体に魔法を仕掛けるなど、一体誰にできるのだろうか。もしかしたらこの部屋の仕掛けを作ったのは人間じゃなく、魔物だったのではないかなどという想像が頭の中をめぐる。
台座のなくなっただだっぴろい広間の中を、キングスが悠々と進んでいく。キングスが進む先には通路が続いている。その通路も、先ほどリュカたちが入ってきた通路とは違っているようだ。通路の先はもし変化がなければ、外に通じているはずだ。しかし通路の先に外の明かりは見えず、ただ青白い弱弱しい光が奥まで続いているようだ。
「新しい道が繋がってるってことでいいのかな」
「先ほどの場所とは違いますからね。そういうことになるのでしょうか」
「じゃあ先に進んでみようか。きっと大丈夫だよ」
「しかし一体これはどういうことなのでしょうね……」
リュカが先頭に立って進む先にはずっと青白く光る道が続き、幸いにも魔物の気配はない。先ほど台座の置かれていた場所には、台座に代わって鷲の紋章が大きく床に彫られていた。その紋章の上をリュカたちが通ると、鷲の紋章が一段と明るく青白い輝きを放つ。リュカはその冷たい光の中で、一人だけ温かさを感じた。かつてはここを父パパスも訪れ、試練を乗り越え、グランバニアの国王となった。同じ道を進むリュカにとって、冷たく輝く青白い光も、自分を包み込んでくれる温かな光に感じられるのは、父と同じ道を歩んでいるという現実があるからだ。常に父の背を追い続け、そして今も父の背を追って試練を乗り越えようとしている。リュカは先に続く通路の奥に、試練に進む父の背を思いながら、気を引き締めて前に進み続けた。



森の中に魔物の姿が見えたと思ったら、その魔物たちははっきりとした意思を持って試練の洞窟に近づいてきていた。魔物の気配にいち早く気づいたメッキーが馬車を囲む仲間たちに警戒の声を上げる。パトリシアの鞍の上に乗っていたスラりんが下に飛び降り、素早く戦闘態勢に入る。
試練の洞窟入口には鷲の紋章近くに二つの燭台が備え付けられている。以前まではこの燭台にも火が灯され、夜の闇の中でもはっきりとその場所が分かるようにされていたのだろうが、今はただの飾りと化している。その燭台二つにミニモンが火を灯した。既にグランバニアの森は夕闇に包まれ、辺りに潜む魔物たちが目覚める時間だ。
「やはり私の勘は間違っていなかったようですな……」
サンチョがそう呟きながら、よっこらしょとその場に立ち上がると、大金槌を両手で持ち、森の中から現れる魔物たちを見据えた。ストーンマンが二体と、オークキングが三体。グランバニア周辺の魔物事情にも詳しいサンチョはオークキングの特技も心得ている。まずはオークキングを仕留めなくてはならないと、大金槌を構えたままリュカの仲間たちに呼びかける。
「皆さん、まずはあの猪の魔物をやっつけましょう。やつは蘇生呪文が使えます」
オークキングの特技はザオラルという蘇生呪文だ。決して仲間思いというわけではないが、魔の力によってなのか、ザオラルの呪文を習得しているのだ。オークキングは何やら仲間と話をしながらサンチョたちの方へと近づいてくる。何かを確認しているような気配に、サンチョは眉をひそめる。単に敵を見つけたから戦おうというのではなく、相手はあれらで間違いないかといったような確認をしているようだ。しかし一体誰と確認をしているのかは分からない。その者は森の中に身を潜めており、姿を現さなかった。
空を飛べるメッキーが敵の様子を確かめようと空から近づくが、オークキングの槍が鋭く飛んできたため、身をひるがえして慌てて避けた。既に森から出てきて、試練の洞窟へと近づいてきている魔物たちを見て、メッキーは森の奥に潜む何者かを深追いするのを諦め、馬車の近くへと引き返した。
「よーし、たたかうぞー」
既に呪文の構えを取っていたミニモンが、小さな手から大きな火球を生み出し、勢いよくオークキングに向かって投げつけた。小さな悪魔が投げた火球を真正面から食らい、オークキングの体の一部が燃える。慌てて火を消そうとしているところに、サンチョが大金槌を持って飛び込む。普段は鈍重に見えるサンチョだが、こと戦闘となると動きがまるで違った。戦い慣れているサンチョに無駄な動きはない。大金槌を思い切り振るい、オークキング一体をあっさりと倒してしまった。
その状況を見て、敵の魔物たちは途端に本気の意気込みを見せる。ストーンマンの大きな石の拳が唸りを上げて宙を飛ぶ。近くにいたサンチョは大金槌を盾にしてそれを受け、砂地の上を吹っ飛んでいく。ストーンマンの強烈な一撃は完全に防げるものではない。どうにか傷を最小限に留めることができるだけだ。
スラりんが青い雫型の体を光らせて呪文を唱える。見えない鎧を作り出し、仲間たちの体を包む。スクルトの呪文を施されたサンチョらは体が見えない何かで守られているのを感じ、それに安心を得て、再び敵に立ち向かう。
オークキングの大きな槍がミニモンに襲いかかる。ミニモンはいつも通り長い舌を出して相手を馬鹿にした様子で、槍の先をひょいひょいと避けていく。体が小さく、すばしっこいミニモンは背中の羽も使って自由に宙を飛び回りながら、オークキングの槍をことごとく避けていく。
調子よく槍を避けていたミニモンだが、後ろから襲いかかってきたストーンマンに気づくのが遅れ、その小さな体に思い切り石の拳の一撃を食らった。森の奥にまで吹っ飛びそうだったミニモンを、メッキーが受け止めて共に砂地に転がった。スラりんのスクルトのおかげで致命傷にはならなかったが、左腕が動かなくなったミニモンに、メッキーが素早くベホイミの呪文をかける。
大金槌を構えたまま、サンチョは精神を集中し、呪文を発動した。その様子にスラりんとメッキーが驚いたように目を瞬く。サンチョがまさか呪文を唱えられるとは思っていなかったのだ。サンチョの発動した呪文はオークキング二体を包み込み、怪しげな紫色の靄に包まれた二体の魔物はそのまま崩れ落ち、砂地に倒れ、大きないびきをかき始めた。
「少しの間、寝ておいてもらいましょう。計画変更です。ストーンマンを倒しますよ」
そう言うや否や、サンチョは重々しい大金槌を両手で持って、ストーンマンの足を狙い始めた。先ほどの戦闘と同様に足を動かないようにさせ、戦えないようにしてしまおうと考えたのだ。ミニモンのメラミが景気よく宙を飛んでいく。ストーンマンにぶつかる火球は、そのままストーンマンの体の一部を破壊する。石は決して燃えない素材だが、メラミの呪文はただの火というわけではない。爆発に近い威力を備えている。
スラりんが再び呪文を発動する。それらはストーンマン二体を取り囲み、石の鎧の外側を剥がすようにストーンマンの守備力を下げた。ルカナンの呪文を食らったストーンマンは体に違和感を感じたのか、不思議そうに自分の体を見回している。ストーンマンの隙をついて、サンチョがすかさずその足元に忍び寄り、大金槌を思い切り振り回す。ルカナンの呪文を受けていたストーンマンの足はたまらずその場で割れ、一体のストーンマンがその場から動けなくなってしまった。
ラリホーの呪文で眠っていたオークキング二体の内の一体が目を覚まし、慌ててその場で飛び起きた。ザオラルという上級呪文が使えるだけあって、ただの獣とは違い、冷静にその場の状況を判断する。倒れた同族の姿を見て、すかさず得意技のザオラルを唱え始めた。しかしザオラルの呪文は成功率がさほど高くない。一度目が失敗したところで、二度目は発動させまいと、ミニモンがメラミの呪文を飛ばす。丸焼きにされてはたまらないとオークキングはメラミの火球を避け、ザオラルの呪文は二度とも不発に終わった。
地からサンチョが、空からメッキーがオークキングに攻撃をしかけ、戦い慣れた魔物と人間の戦士に攻め込まれ、オークキングはたまらずその場に倒れた。もはやザオラルの呪文を唱える魔力も残されておらず、オークキングは死にたくないとばかりに森の中へと逃げ去ってしまった。
いまだ眠っているオークキング一体に、空からメッキーが呪文を唱える。ラリホーの呪文がオークキングの周りを取り囲み、魔物はより深い眠りに落ちてしまった。その隙に、残る一体のストーンマンにサンチョらは対峙した。既にスラりんのルカナンの呪文を受けているストーンマンの守備力は見た目ほどの頑丈さを備えていない。メッキーが空から突撃して鋭い嘴でストーンマンの頭を突くと、それだけでストーンマンの一部がぼろっと落ちてしまう。残り一体のストーンマンを倒すのにはそれほどの時間はかからなかった。
「さて、こいつはどうしましょうかね」
サンチョはそう言いながら安らかな表情をして眠っているオークキングを見下ろす。ミニモンが容赦なく、楽し気にメラミの呪文を発動しようとするが、サンチョはそれを止めた。
「こいつが起きたらどうするかに任せましょうかね。恐らく森に逃げ帰るでしょう」
辺りには動けなくなったストーンマンが二体と、初めに倒れたオークキングが一体。もう一体のオークキングは森に逃げ帰ってしまった。目の前ですやすやと眠るオークキングが目を覚ました時に、果たして戦闘意欲が残されているか、サンチョはこの魔物も森に逃げて行ってしまうだろうと情けをかけることにした。
「きっと坊ちゃんもそうすることでしょう」
『サンチョはやさしいのね』
「ミニモンのマーサ様のお声は本当にそっくりだな。隣にマーサ様がおられるのかと思ってしまうよ」
「おれ、マーサさま、だいすきだからなー」
戦闘を終えたサンチョたちは周囲への警戒を緩め、一息ついていた。サンチョは一人、考えていた。恐らくグランバニア大臣の策略で、今の魔物たちは試練の洞窟へとやってきたに違いない。戦った魔物たちは明らかに試練の洞窟の場所を知り、初めからそこへ向かってきていた。もしサンチョたちがこの場で見張りをしていなかったら、洞窟の入口をストーンマンに破壊させ、リュカたちを洞窟の中に閉じ込めてしまうつもりだったのだろう。
「まあ、これは私の思い過ごしかもしれませんけどね……」
サンチョはよっこらしょと言いながら、馬車の近くに座って休み始めた。魔物たちとの戦闘に夢中になっていたため、彼らは他の異状に気づかなかった。サンチョたちが魔物たちと戦っている間に、夕闇に紛れて試練の洞窟へ忍び込む侵入者がいた。それこそがサンチョの考える黒幕の、本当の思惑だったことに、サンチョたちが気づくことはなかった。



リュカたちの前に新たに開かれた道は、地下への道だった。階段を下りた先には更に広い洞窟が広がり、ここにも壁や天井、床から青白い仄かな光が浮かび上がっているため、人間であるリュカの視界を遮ることもない。しかし魔物の気配は確実にあり、戦いを余儀なくされることもあった。
その中でも苦戦したのが、ジェリーマンという魔物だった。その魔物は敵の姿そっくりに自分の姿を変えてしまう特技を持つ。しかもそれは外見だけを似せるというわけではなく、中身もそっくりそのまま変身してしまうのだ。
二体のジェリーマンがプックルとピエールに変身した時には、リュカはどちらが味方のプックルとピエールなのか、見分けがつかない瞬間があった。そしてプックルが自分に向かって飛びかかってきた時、心情的に直ぐには避けられず、真正面からキラーパンサーの痛恨の一撃を食らい、その場に倒れてしまった。大怪我を負ったリュカにすぐさまピエールが回復呪文をかけたが、その直後、もう一人のピエールがピエールに切りかかる光景を目にし、リュカは自分が幻惑の呪文にでもかかっているのだろうかと不安に思った。
スライムナイト同士の戦いが終わりを見せない中、もう一体のジェリーマンが現れ、今度はキングスに変身してしまった。訳が分からなくなってしまい、リュカは一度落ち着いて戦況を見ることにした。すると細かな違いに気づくことができた。
仲間のプックルの赤い尾にはしっかりとビアンカの古びたリボンが結ばれている。しかしもう一体のプックルにはそれがなく、変身の呪文は決して完全なものではないのだと気づいた。仲間のピエールは緑スライムの表情がころころと変わるが、敵のピエールの緑スライムは常に不気味な笑顔を見せているだけだ。しかしまだ仲間になって間もないキングスの違いは分からなかった。ただ仲間のキングスは常にリュカの前に立ちはだかり、敵の攻撃を受けないようにとリュカを守り続けている。それだけでリュカは目の前で背を向けているのがキングスなのだと十分に分かった。
リュカはしっかりと敵の特徴を見極め、容赦なくジェリーマンに切りかかった。外見こそプックルにピエール、キングスだが、中身は敵の姿に変身して戦うずる賢さを持つジェリーマンだ。倒れる寸前に情けをかけてくれと言わんばかりに甘えた声を出すプックルの姿をしたジェリーマンにはさすがに心揺さぶられたが、リュカの心境を察したプックルがすかさずとどめを刺した。プックルから見れば、倒したキラーパンサーはまるで自分とは違う魔物だったのだろう。
ずっとリュカを守り続けていたキングスが深手を負っていたが、戦闘が終わるとすぐにリュカがその傷を癒した。ベホマの呪文で回復したキングスはリュカに礼を言うようにその体を包み込む。ひんやりとしたキングスの体が心地よく、リュカはゆったりと笑った。
洞窟を奥に進んでいくと、突然大きく開けた場所に出た。下に下りる階段があるが、その階段がまるで川の両岸に沿ってずっと続いているように見える。階段の下には川が干上がった跡のようなだだっ広い場所があり、地面が水に濡れている。干上がった川の中ほどに大きな岩があり、何故か岩全体も水に濡れているようだった。
「怪しいよね……」
「そうですね。きっと何かがあるに違いありません」
リュカたちは既にこの洞窟の試練を一つ乗り越えてきた。鷲の像を動かし、新たな道を見出し、洞窟を進んできた。この洞窟が何か魔法仕掛けであることは既に分かっていることだ。水の気配のないこの場所で、大岩が上の方まで水に濡れていることは、ここにも何か特別な仕掛けがあるのだと考えて間違いないとリュカは慎重に調べてみることにした。
広い通路でもあるこの場所を改めて見渡す。通路のずっと奥に、先ほど上で見たような青白い光を放つ扉があるのを見つけた。鷲の紋章が象られている扉だと思ったが、まだリュカたちのいる場所からその様相を細かく見ることは出来ない。とにかく扉に近づいてその状況を確かめてみようとリュカは仲間たちと階段の上の、土手のような場所をずっと歩いていく。
階段を下り、近くまで来てみると、扉は先ほど目にした扉よりもずっと大きく、キングスが二匹横並びに進んでも悠々通れるほどの幅があった。巨大な壁のような扉にリュカはそっと手を当ててみる。鍵でもかかっているのか、扉が開く気配はない。押しても引いても、扉はびくともしなかった。プックルやキングスが体当たりをしても傷一つつかない頑丈な扉だ。やはりこの扉も魔法がかかっているようで、扉自体が青白く光を放っている。
「リュカ殿、あそこの地面だけ一部、少し変わっているように見えるのですが……」
ピエールが指さすところは広い通路の中ほどで、水に濡れている地面とは別に、四角い床が水に濡れていた。四角い床にはグランバニアの紋章の鷲が象られている。リュカがそれを目にすると、四角い床が少しだけ光ったような気がした。
「あれって、さっき見たスイッチに似てるね。また踏んだら何か起こるのかな」
そう言いながら、リュカは頭にひらめくのを感じた。あの床を踏むか何かすれば、この大きな扉が開くに違いない。そう考え始めたら、もうそれ以外には考えられなくなった。リュカは自信を持って鷲の紋章の浮かび上がる床に向かって歩いていく。リュカの自信につられて、仲間のプックルも赤い尾をふりふりと揺らしながらついて行き、ピエールも「そうに違いありません」と意気揚々とリュカについていく。キングスは後ろから魔物の襲撃がないか、警戒しながら仲間の後を進んでいく。
「じゃあさっきと同じように、乗ってみるね」
リュカは大きな扉の方を向きながら、軽い気持ちで床の上に飛び乗った。先ほどの仕掛けと同様、小さなカチッという音が鳴り、この床が何かの仕掛けのスイッチだったのだと分かる。リュカは期待の眼差しで巨大な扉を見つめる。プックルはリュカの隣で座ってその時を待ち、ピエールも扉が開くのを信じて疑わない様子でその場に立つ。
洞窟全体が揺れるような振動が起こった。巨大扉の中心から光が溢れ出す。それは扉が開く時の魔法の力によるものだと、リュカは目を細めてじっと扉を見つめていたが、開いた扉から溢れてきたのは、水だった。リュカたちが身構える間もなく、巨大扉は一瞬にして横に開き、まるで洞窟全体を埋め尽くす勢いの大量の水がリュカたちを襲った。
仲間に声をかける余裕もなかった。リュカもプックルもピエールもキングスも、すべてが水に飲みこまれた。川の流れというような悠長なものではない。まるで滝を落とされたかのような勢いで流される。リュカは為す術もなく押し流される中、水の中で何かに触れるのを感じた。プックルが泣きそうな顔でリュカにしがみつこうとしていた。息もつけないため、互いの状況を確認することもできないが、リュカはプックルと離れないようにしっかりとその太い首に腕を巻き付けた。
流された時間は一瞬だったのだろうが、リュカには終わりの見えない時間だった。激流に飲まれる中、リュカは唐突に水の中で何かにぶつかった。途轍もない勢いでぶつかった割には、さほど衝撃もなく、まるでクッションの中に飛び込んだような感触だった。目で確認することは出来ないが、その感触がキングスの体なのだと分かった。キングスの体は水よりは温かかった。今までに何度か、キングスにまるで子供の様に抱きしめられたことがある。今もその時と同じようにキングスの冷たくも命のある温かさに包み込まれながら、リュカはひたすら息を止めて激流の中を留まった。
リュカたちを襲った大量の水は唐突になくなった。全身ずぶ濡れのリュカは呆然としたままキングスの前に座り込んだ。砂地の床にはまだ少量の水が流れていたが、先ほどまでの危険を感じる水量はなくなっていた。巨大な扉の反対側を見ると、大量の水は床に大きく開いた穴へと流れて行ったようだ。
リュカの近くにはキングスはもちろん、プックルもピエールも無事にそこにいた。あの激流に流されず、どうしてこの場に留まれたのか、リュカは自分を包み込んで守ってくれたキングスを見上げる。キングスはにこやかな笑みを見せながら、自分の後ろにあった大きな岩をリュカに見せる。キングスはその大きな体が大岩に引っかかるのと同時に、リュカとプックル、ピエールを器用に捕まえて包み込み、じっとその場で耐えていたのだ。キングスほどの大きな体がなければ、この大岩に引っかかることはなかっただろう。
「キングス、ありがとう。本当に助かったよ」
「とんでもない仕掛けがあったものですね……」
「がうがう……」
水が得意ではないプックルは思い切り体を震わせて全身の水気を切っていた。凄まじい流れに飲まれ息の出来ない間、プックルは生きた心地もしなかっただろう。リュカも同様で、この水がいつまでも流れるようなら溺れ死んでしまうかもしれない、溺れ死ぬくらいだったら一度この洞窟を脱出しようと考えていた。水の中で呪文を唱えたことはないが、魔物たちが呪文の言葉を口にしなくとも唱えているのを見ているリュカは、自分にもできるに違いないとリレミトの呪文を唱えるべく頭の中に呪文のイメージを思い浮かべていたのだ。
水で体が重くなったまま、リュカは立ち上がり、改めて前を見据えた。大分流されて遠くなってしまったが、先ほど近くまでいた巨大な扉が両側に大きく開き、その先には上に上がる階段が見える。リュカたちのいる場所が少々坂になっているため、階段の先の景色を見ることは出来ないが、階段を上った先に何かがあるのは確かだった。洞窟全体の壁や天井が青白く仄かに光るのとは別に、階段の上には明らかに違った光が浮かび上がっているのだ。
「せっかく道が開いたから、行って確かめてみよう。あそこに王家の紋章があるのかも知れない」
リュカは王家の紋章がどのようなものなのか、誰にも聞いていない。どれほどの大きさで、どのような形をしていて、どのような色合いのものなのか、何も分かっていない。しかしわざわざこのような試練の洞窟の奥深くに安置し、グランバニア国王になるための試練として手に入れさせるという紋章は、国宝と呼べるものだ。そのもの自体が光り輝くものであってもおかしくはないと、遠くに見える光に紋章があるのだと期待しながら巨大な扉に向かって歩き始めた。
巨大扉を通り、階段を上がると、その先にはまた鷲の紋章が彫られている扉が青白く光ってリュカたちを待っていた。遠くから見えた光はこの扉の光だったようだ。しかしこの扉があるということは、この先に王家の証があるに違いないとリュカはプックルと共に耳を澄ませて扉の向こう側の様子を確認しながら、静かに扉を開いた。
そこにもリュカの期待とは異なるものがあった。リュカは王家の証が台座の上に安置されている場面を朧気に想像していたが、目の前にあったのは下へ下りる階段だ。王家の証はそれほど簡単には手に入れられないらしい。
「……とにかく、行くしかないよね。キングス、通れるかな」
下り階段は狭く、人間一人なら問題ないが、大型の魔物が入るには難しい空間だ。しかしリュカの不安を打ち消すように、キングスはにっこりと微笑みながら、柔らかい青色の体を自在に伸ばして細くしたり平べったくしたりと、形を変えて見せた。細い通路も問題ないのだと証明し、キングスはリュカの不安を取り除く。
「そこまで形を変えられるんだ、キングスって。いいなぁ、便利そうだな、それ。僕もできたらいいのに」
「進むのには問題なさそうですね。ではリュカ殿、参りましょうか」
「うん、きっともう少しだから頑張ろう」
何の根拠もない励ましだが、リュカのその言葉で仲間の魔物たちの心も元気づけられる。長旅をしてきたリュカにとって、この試練の洞窟の探索はそれほど労苦を感じていなかった。この洞窟に入るまではどれほどの魔物が潜んでいるのだろうかと身構えていたが、想像していたよりもこの場所は魔物の巣窟とはなっていなかった。恐らくこの洞窟の仕掛けが魔物を遠ざけているのだろう。一たび試練の洞窟に足を踏み入れたら、洞窟の仕掛けを解かなくては外に出ることも出来ないのだ。うっかりこの洞窟に入り込み、出られなくなった魔物もいるに違いない。
おまけに洞窟の中は常に明かりが灯っているような状況だ。魔法仕掛けと思える洞窟全体を仄かに照らす青白い光は、どことなく聖なる空気をまとわせている。それも魔物を遠ざけている理由の一つだろう。グランバニア王家の証を安置するような場所のため、清浄な空気を洞窟全体に作り出したのかも知れない。
それにしてもリュカにはグランバニアという国がとてつもなく強大な魔力を持っている国なのだと実感せざるを得なかった。グランバニアの城下町には常に町を明るく照らす魔法仕掛けの火を灯し、この試練の洞窟では洞窟全体を青白く照らす壁やら天井やらを作り出し、洞窟全体に変化を及ぼすような仕掛けを作ることもできる。父やオジロンにそれほどの魔力を感じたことはないが、グランバニアには確実に想像を絶するような魔力を持つ大魔法使いのような人物がいたのかもしれないと、リュカはビアンカが喜びそうな想像をしながら、先に続く下り階段を仲間と共に下りて行った。



今、リュカたちの前には、巨大な空間が広がっていた。やたらと横に広い空間で、目の前には壁のように石柱が立ち並ぶ。圧迫感のある石柱は隙間なく並び、その中心には今までにも何度か目に下鷲の像が堂々と立っている。まるで壁のように並ぶ柱にも圧倒されるが、それ以上に中央にある鷲の像は生きているかのようにリュカのことを見下ろしている。鷲の鋭い目がリュカを射抜き、国王になる覚悟があるのかどうかを問いかけているようだ。
「ここには魔物の気配を感じませんね」
ピエールにそう言われて初めて、リュカはそのことに気づいた。試練の洞窟に入ってから何度か魔物と遭遇し、戦闘を重ねてきたが、この場所にはまるで魔物の気配がない。試練の洞窟にはその名の通り、国王になるための試練となるしかけがいくつか施されている。初めの四つ並ぶ扉にしても、水の流れる試練にしても、それらをあえて越えてまでここまで深く潜ってくる魔物もいないのだろう。この場までたどり着く者は、グランバニアの国王になる意志を持つ者か、はたまた国宝となる王家の証を狙う盗賊かと言ったところだ。
「それにしても、ここでどうしたらいいのか分からないね。魔物がいないんじゃちょうどいいや。歩き回って確かめてみよう」
びっしりと並ぶ石柱の隙間はネズミぐらいにしか通れないほど狭い。しかしその隙間から揺れる明かりがある。オレンジ色に揺れる明かりは炎を思い起こさせる。リュカは石柱の間から向こう側を覗いてみた。すると柱の向こう側にも大きな空間が広がっていることが分かった。
「絶対どうにかしてあっちに行けるはずだな」
そう言いながら、リュカは最も怪しいと思っていた鷲の像に近づいて見上げてみる。鷲の像は巨大だが、どうにかして乗り越えられないこともない。プックルならば鮮やかに像に上って、石柱の向こう側に広がる空間に行くことができそうだ。
しかしここはグランバニア王となる者を試す試練の洞窟だ。あくまでも人間に対して作られているこの洞窟で、目の前の巨大な鷲の像をよじ登るような試練は用意されていないだろうとリュカは思った。上階で既に目にしたことのある鷲の像には、恐らく上階と同じような仕掛けがあるはずだとリュカは辺りの床をじっと見渡す。
リュカの思い通り、床には色の異なる場所が二か所あった。リュカはその二か所をまじまじと見比べる。この場所は魔物に荒らされることもなく、風化もせずに残されている場所のため、かなり長い時を経ているにも関わらず、つい先ほど造られたばかりかのように真新しい。二か所の床に特に違いはなく、床は仄かに光を放っている。
リュカは特に考えもないまま、右側の床に乗ってみた。二か所の床は離れているため、同時に乗ることはできない。そしてここは試練の洞窟であり、本来ならばグランバニア王となる者がたった一人で訪れる場所だ。それならばどちらかに乗るしかないと、リュカは特に危険を感じることなくカチッと音の鳴る床に乗った。
目の前の巨大な鷲の像がまるで地響きを立てるように低く凄まじい音を響かせて動き始めた。上階で見たような回転の動きではなく、リュカたちの方を向いたまま、まるで道を開けるかのように横にずれていく。像がずれていくと、リュカたちに風が吹きつけた。鷲の像の先に広がるのはただの空間ではなかった。
鷲の像の後ろには一本の通路が伸びていた。通路の両側からはびゅうびゅうと風が流れている。リュカが一歩踏み込んで通路を覗き込むと、通路の両側には床がなく、大きな穴があいており、底が見えない状態だった。まるでこの穴から地獄にでも繋がっていそうなほどに、深い深い穴だった。そしてその穴を囲むように、隙間なく並ぶ石柱が四角く穴を取り囲んでいる。
その通路の先には、たった今床の仕掛けで動かした鷲の像と同じ像が建っている。鷲の像の両脇にはびっしりと石柱が並び、その隙間からゆらゆらとしたオレンジ色の明かりが見える。通路の先にある鷲の像のその先にも、何か別の空間が広がっているに違いないとリュカはその状況を見て思った。
リュカはふと思いついたように、床にうつ伏せになって伸びる通路を眺めた。その行動にピエールが首を傾げてリュカに問う。
「どうかされたのですか? どこか怪我をされていましたか?」
心配して声をかけるピエールに同調するように、プックルも床に寝そべるリュカの隣に来て「にゃあ」と不安な声を出す。キングスもリュカに近づき、大きな青い体を乗り出してリュカを見つめる。
「大丈夫だよ。ただあの像も床のスイッチで動くんだったら、あの像の前くらいにその床があるのかなぁって。こうしたら床が出っ張ってるのが見えるかなぁって思ってさ」
「……なるほど。突然寝そべったので面食らいましたよ」
「ごめんごめん、びっくりさせちゃって」
リュカは笑ってピエールに謝りながら、じっと通路の先に目を凝らしていたが、それらしき床を見ることはできなかった。通路の脇から吹く風による風化もなく、まるで出来上がったばかりのような真新しい通路の床は、無風の湖面のようにまっ平だ。ピエールも同じように床に寝そべり、プックルもリュカの隣で伏せの姿勢で通路を見つめたが、誰も何も異状を発見することはできなかった。
その場に立ち上がると、リュカは先ほどの水の仕掛けで濡れている体を震わせながら、改めて周りを見渡した。隙間なく並ぶ石柱はたった今道を開けた鷲の像の両側にずっと並んでいるが、途中でその並びは途切れている。その先に道が続いているようで、リュカは右側から調べてみようと歩き出した。仲間たちもリュカの後ろを、彼の意図を得たように黙って歩いていく。
隙間なく並んだ石柱は途中で途切れ、左に折れ曲がって道が続いていた。広い通路で、やはり魔物はいない。奥に見える石柱からオレンジ色の明かりが漏れているように見える。リュカはその場所を調べる価値があると、濡れたマントに身を包みながらずっと歩いていく。リュカの靴音とキングスの床を擦る音だけが響く。
端までたどり着いた先に続く通路はなかった。壁と石柱で囲まれた場所は完全な行き止まりだった。しかし隙間なく並ぶ石柱からはオレンジ色の揺れる明かりが見える。リュカはそのオレンジ色の明かりが何なのかを見るために、石柱の隙間から片目で覗きこんだ。
石柱の隙間からは、大きな炎が見えた。それは大きな火台の上で音もなく燃え続けている。石柱の僅かな隙間から覗き込んでいるため、見える景色はそれだけだったが、リュカの所にまで炎の熱が届き、顔が熱くなる。火台に燃える炎はかなり大きなものだが、リュカが石柱の向こう側に感じる熱はその一つだけで生み出されるものではない気がした。覗く景色はこれまでの洞窟の青白い景色とは違い、その空間だけがオレンジ色に染まっている。
「明らかに何かがありますね。あそこに行くにはどうしたら良いのでしょう……」
気付けばピエールも柱の隙間から向こう側の景色を覗き、プックルも前足で石柱の隙間を引っ掻きながら必死に同じ景色を覗いていた。キングスは三人の後ろで悠然と体を揺らして見守っている。
「あの鷲の像を動かせば進めるんだけどな。また床のどこかにスイッチがあると思うんだけど……」
リュカはそう言いながら後ろを振り返って、周囲に変わった場所がないかどうかを調べてみることにした。先ほどこの場所まで歩いてくる時には、何も変わった様子がなかったように見えていたが、今改めて辺りを見回すと、異なる色の床が二か所目に飛び込んできた。何故先ほど気づかなかったのかと思うほど、その色の違いははっきりしていた。
「二つあるんだ。どっちかに乗ればいいのかな」
「何があるのですか、リュカ殿」
ピエールがリュカの視線に合わせて床を見ているが、キョロキョロと視線を彷徨わせるだけで何も見つけられないようだ。プックルもキングスも同じように、リュカが一体何を見つけたのかと不思議そうにリュカを見つめている。
「え? そこにあるよ、おかしな床が」
「……我々には普通の床に見えますが……リュカ殿にだけ見えているようですね」
ここは王家の証を安置する試練の洞窟だということが、一向にはっきりと分かった瞬間だった。グランバニア王家の人間でなければ、床の仕掛けであるスイッチが目に見えないようになっているのだ。
「みんなには見えないんだ。何だか、この洞窟はおかしなことばかりだね。どうやって造ったんだろう、こんな洞窟」
試練の洞窟にはリュカの想像をはるかに超える魔力で様々な仕掛けが作られている。当然リュカもその事実に驚きはするものの、リュカは幼い頃に妖精の国に冒険に出た経験を持っている。妖精の国を冒険したのは夢ではなく、現実だった。そこではプックルも一緒で、夢では味わえない寒さも感じ、怪我も負った。決して有り得ないことではないと思えるのは、リュカの経験に基づくものだった。
リュカはリュカにしか見えない二か所の色の違う床を眺め、考えていても何もならないととにかく一方の床の上に乗ってみた。洞窟全体はしんと静まり返ったままで、特に何も起こった気配はない。試しにもう一つの床に乗ってみようとリュカは移動した。そしてもう一つの色の違う床に乗ると、小さなカチッという音がして、ほど近いところで重々しい地鳴りのような音が響いた。プックルが石柱の隙間からの景色を覗きながら、「がうがうっ」と異状をリュカに知らせる。リュカもすぐに石柱の間から向こう側の景色を覗き見る。すると鷲の像が音を立てながら不気味に移動しているところが見えた。それは先ほど一本道の通路の行く先を阻んでいた鷲の像だと分かった。
「もしかしたらあの道が通れるようになったのかも。ちょっと戻ってみよう」
魔物のいない道を急ぎ足で戻り、リュカは仲間たちと共に初めに動かした鷲の像の場所から伸びる一本道の様子を確認する。風がびゅうびゅうと吹く一本道の通路の先に、変わらず巨大な鷲の像が立ちはだかっていた。しかし先ほどまでは鷲の像が完全に像の向こう側の景色を塞いでいたが、今は鷲の像の後ろに見える景色が幾分広がっているような気がした。
「あの像が動いたということでしょうか?」
「多分、そうだと思う。けど、まだあれじゃ通れないよね、きっと」
鷲の像が立つ台座と両隣に並ぶ石柱の隙間はぴたりと閉じられ、その間に人が通れるような隙間はない。リュカは腕組をしながら小さく唸って、通路の先の鷲の像を眺める。鷲の像は物言わずただじっとリュカを見つめている。その時、リュカは鷲の像の右目がきらりと光ったのを見た。実際に光ったのかどうかは分からない。ただそう見えただけなのかも知れないが、リュカにはそれが何かを伝えようとしている像の意思のように感じられた。
リュカは自分の左側に広がる空間にふと目をやる。まだ行ったことのない左側にも、右側と同じように通路が伸びており、その先にも通路が続いているように見えた。魔物がいないこの空間で歩き回るのは大して苦ではない。リュカは左右対称に広がっている通路の先を調べようと、今度は左側の空間に向かって歩き出した。歩き出すリュカの行動を見て、魔物の仲間たちはまた大人しく後に続く。
リュカの予想通り、左側にも同じような通路が続いていた。進んでいった先には右側に折れた通路が続き、ずっと奥まで石柱と壁に挟まれた通路が一直線に伸びている。通路は奥に行ったところで突き当たっているようだが、造りが同じであれば、突き当りに何かしらの仕掛けがあるに違いないとリュカは更に奥へと進む。
突き当たった場所には、先ほどの場所と同じように二か所の異なる床があった。魔物の仲間たちは辺りを見渡すばかりで、何も見えていないようだが、リュカにははっきりとその床が見えていた。仄かに光を放つ床は横に二つ、離れて並んでいる。石柱の隙間から覗く景色は、先ほど反対側から眺めた景色とまるで同じで、火台の上に炎が燃え盛っていたり、鷲の像が静かに右側を向いて立っている。リュカは仲間たちには見えていない床に乗ってみる。床の仕掛けはどれも同じようで、カチッという小さな音がすると、石柱の向こう側で低く重々しい音が響き、何かが動いている気配がする。リュカはずっとスイッチの床の上に乗っていたが、その音はしばらくしたら自ずと止まってしまった。
「またきっとあの鷲の像が動いたのでしょうか?」
「多分、そうだと思う」
リュカは仲間たちと石柱の隙間から、その中に見える空間を見つめる。彼らの思った通り、鷲の像は先ほどよりも明らかに大きく見え、リュカたちのいる方へとその場所を移動したようだった。中の一本道の通路を阻むあの鷲の像が道を開けた格好になったはずだと、リュカは一度先ほどの場所へと戻ってみることにした。
一本道の通路が見える場所まで戻ると、先ほどまで道を阻んでいた鷲の像が道を開け、その先にはオレンジ色に染まる温かな空間が広がっていた。リュカたちは一本道の通路の両脇から吹く風を受けながら、真っ直ぐに続く通路を静かに歩いていく。通路の先に広がる景色には、聖なる空気が充満しているようだった。
大きな広間のような空間に、大きな火台が両側にいくつも並び、その全てから炎が上に上がっている。明らかに魔法の力によるもので、火台の火は魔力を燃料として燃え続けているようだ。いくつもの火台の炎のおかげで、この広間は暑いほどの熱がこもっている。魔力による炎だが、炎に近づけば静かに音を立てているのが聞こえる。
リュカたちは赤い絨毯の上を歩いていた。この絨毯の上をかつて、父のパパスも現王のオジロンも歩いて行ったのだろう。ずっと奥まで敷かれる赤い絨毯の先に、一か所奥まった場所があり、そこには一つの祭壇が置かれていた。祭壇の上に何かが置かれているのが見える。一瞬きらりと光を放ったように見えたそれが、王家の証なのだとリュカは遠くからでも確信できた。
火台の炎の音だけが静かに響く。リュカたちの足音は絨毯に消される。祭壇に続く階段を上がる。祭壇の上には予想に違わず、王家の証という国宝が安置されていた。それはリュカの手の平ほどの大きさで、大きなメダルのような形をしていた。手にするとずっしりと重く、金色の証がまるで体全体にのしかかってくるかのように重く感じる。証の中央に深い緑色をした宝玉が埋め込まれており、その宝玉にリュカの顔が映りこむと、まるでその宝玉が手にする者の国王としての資質を調べるかのようにじわりと光った。リュカが不思議そうにその光を見ている内に、宝玉の光は静かに止んだ。
「これを持って帰ればいいんだね。良かった、無事に手に入れられて」
「これでリュカ殿がグランバニアの国王に……何だかまだ良く分からない話ですな」
「僕が一番そう思ってるよ。僕が王様なんかでいいのかなって」
グランバニアの国王になるのだと覚悟を決めてこの場所に臨んだリュカだが、いざ王家の証を手にとっても、まだ国王になるという実感は沸かない。しかし自分がグランバニアの国王になることを望んでいる人達がいる。そして亡き父のためにも、グランバニアの国王になるべきだとリュカ自身がそう考えている。幼い頃から父と旅を続け、何も知らないまま幼少期を過ごし、様々な旅を経てたどり着いたグランバニアでリュカが国王という地位を継承することを、父パパスならば喜んでくれるに違いないと、リュカは手の上に乗る王家の証を見つめながらそう思った。
「でも僕がやるしかないんだ。それが僕のやるべきことなんだよ」
思ったことを言葉にすることで、自分にそう言い聞かせる。その効果はかなりのもので、言葉にして音にすることで、リュカに自信が沸き上がる。自分は決して一人ではない。グランバニアではサンチョもオジロンも自分を支えてくれるだろう。そしてビアンカも、魔物の仲間たちもいる。多くの味方がいる状況からの出発なのだ。何も怖いことはない。
王家の証を手にしたまま、リュカは唐突にくしゃみをした。国宝を手にした興奮で今の自分の状況を忘れていた。上階での試練でずぶ濡れになった体はまだ乾いておらず、気がつけば体は冷え切っていた。グランバニアに帰る時に、風邪を引いてしまっては情けないと、リュカは広間に燃え続ける火台の炎に歩み寄った。
「ちょっとだけ服を乾かしてから出ようかな」
「確かに、顔色があまりよろしくないですな」
「ここの火ってそのために燃え続けてるのかな」
「そのためとは?」
「濡れた服を乾かすため。だってあの試練って絶対にずぶ濡れになるよね。だからこうしてここにたくさん火があってさ、服を乾かすのに使うのかなって」
「うーむ、そのようなものでしょうか……」
いかにも高級な火台に燃える炎を見ながら、ピエールは首を傾げていた。気がつけばプックルは既に炎の近くに行き、体を乾かし始めている。ピエールとキングスはその身体の性質からして、さほど先ほどの水の影響を受けていない。リュカはプックルと並んでしばらくこの静かな祭壇の間で呑気に服を乾かすことにした。

Comment

  1. ケアル より:

    ビビ様。

    今回も、盛りだくさんの内容で、どこから話をしようか迷ってしまいます~。

    デビルダンサーとストーンマンの戦闘、読み応えありますな!。
    まず、スラリン大活躍ですね!。
    スクルト、そしてスラリンがルカナンを覚えることを忘れていましたよ。
    岩にルカナン、流石はビビ様、お見事な描写であります。

    メッキーが空から戦況を見ている理由を今さらですが、理解しましたよ。
    なるほど、空からの奇襲と呪文の補助と攻撃は、仲間にとって最強のサポートですな。
    ラリホーを空から使う描写は、今後も使える戦略ですね。

    サンチョのラリホーは、たしかに周りを驚かせますな。
    まさか、サンチョが呪文を使うなんて見た目からは想像つきませんよね。
    しかしまあ、サンチョの戦闘能力は、リュカにも劣らない集中力と才能を感じます。
    さすがは、パパスの付き人!
    パパスが認めただけのことはありますね。
    しかし…カンダタとシールドヒッポが…あ~~サンチョ~気がついて~!
    思わず叫びそうになりましたぁ。

    あいかわらず、戦闘の描写は読み手を引き尽かせてくれますが、洞窟内部の描写も、鮮明で分かりやすいですよ。
    今までも、死の火山、滝の洞窟、古代遺跡、奴隷場、レヌール、グランバニア洞窟前半と後半など。
    ビビ様は、分かりやすい描写とゲームプレイなら、思い出させてくれる状況説明は、本当に感無量であります!

    長くなりそうなので、続きは次へ(笑み)

    • bibi より:

      ケアル 様

      この度もコメントをどうもありがとうございます。
      戦闘シーンは私も毎度楽しみながら書かせてもらっています。スラりんは結構良いサポート呪文を覚えてるんですよね。最終的には炎を吐くし。頼りになる小さな味方です。
      空を飛べる仲間のメッキーはとても重宝します。メッキーが全体の戦況などを見てくれるので、私も戦闘シーンが書きやすいです(笑)
      サンチョはあのパパスが認める付き人ですから、ゲーム以上の働きをすること間違いなしと思っています。年を取って力が落ちても、技は熟練していくに違いない。なので、今後も活躍して欲しいところです。
      戦闘の描写に対してお褒めの言葉、大変ありがたいです。私自身、こういう場面は書いていると一気に書き上げてしまうので、ちょっと先走ったりしてないかなと不安な部分もあります。これからも分かりやすい描写を心掛けて書いていきたいと思います。

  2. ケアル より:

    びび様。

    ジェリーマンのモシャスのリクエストを描写してくれて、ありがとうございます。
    なるほど考えましたね
    プックルのビアンカのリボンとピエールスライムの表情、そしてキングスのオーラで、見極めるとは流石はビビ様、よく考えた素晴らしい描写であります。
    ゲームでは、天空の剣で凍てつく波動を使うか、ラーの鏡を使うかしないとモシャスの効果が消えない中、仲間モンスターの動向を見逃さないリュカ。
    現実的で良い描写でありますよ。

    キングスに仕掛の水流。ビビ様の宣言どおり活躍してくださいましたね。
    キングスが居なかったらリュカたちは水死していたかもしれませんね。

    ミニモンの声まねは、やはり今後の描写に大きく活躍してくれそうですね。
    リュカがメダパニ状態になっている時にミニモンの物まねで危機を脱出してくれそう。

    ビビさま、キングスに不思議な踊りは聞かなかったでしょうか?
    ゲーム内で無効になることは、知らなかったです。
    今後のキングスの活躍には注目です。
    特技を使えば、なおさら最強になりそうですね。

    ビビ様今回も、読み応えあって楽しかったです!
    次回は、いよいよ、あの二人組と戦うのですね。
    王家の証を手に入れたらリレミトが不思議な力で掻き消されてしまうゲーム設定…
    どのように描写なさるのか楽しみでありますよ!。

    ビビ様、コメント欄の下に、ウェブサイトURLを入力する場所がありますが、あの場所にどのようなURLを貼り付けたら良いのでしょうか?
    以前から、ずっと気になっておりまして…。
    お答えくださいますと嬉しいです。

    • bibi より:

      ケアル 様

      ジェリーマンは私も気になっていたモンスターなので話に出してみました。ゲーム内では人間に変身できないんですよね。今回、どうしようかと思いましたが、魔物の仲間たちだけに変身してもらいました。リュカに変身しちゃうと、リュカ本人が倒すのに燃えちゃいそうだったんで……。
      そうそう、天空の剣やラーの鏡でしかモシャスの変身呪文って解けないんですよね。でも実際にモシャスの呪文ってその精度によって完璧には変身できなかったりするかなぁと思いまして、そのように描かせてもらいました。
      キングスには予言通り(?)水の仕掛けで活躍してもらいました。あの大きな体だったら十分あの岩にひっかかると(笑)
      ミニモンの声まねでメダパニ状態を脱出……それは面白いですね。メモメモ……。
      キングスに不思議な踊りが効かないかと言うと、多分効きます(苦笑) すみません、設定を少し変えさせてもらいました。キングス個人の感じからすると、効かない感じがするなぁという私個人の感覚です。
      次回は世界を股に架ける大盗賊とバトルです。リレミトの設定は……なんとなーく描写していきたいと思います^^;

      コメント欄のウェブサイトURLを入力する場所は、もし私に何か紹介したいサイトがあったり、ご自身のサイトをお持ちでしたらそちらでお知らせいただけるといいのかなぁと思います。
      ケアル様ご自身のサイトなどありましたら是非お知らせくださいませ。お伺いしたいと存じますので^^

  3. ピピン より:

    ビビさん

    サンチョ達は普通に同行すると思っていたので、パーティーを分けるのは予想外でした。
    大臣の謀略にも薄々勘付いてるようでしたし、ゲーム以上に頼もしく感じますね。

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      サンチョには待機組に入ってもらい、活躍してもらうことにしました。サンチョが試練の洞窟の内部を良く知っていれば同行してもらったんですが、あくまでも王族しか知らない場所なので、自ら控えてもらいました。サンチョの中ではちょっと恐れ多い場所、と言うことで。
      サンチョはゲームの上ではちょっと影が薄いので、私の話の中では大いに活躍してもらいたいところです^^

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