二つの光

 

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早朝、まだ城下町の人々が目覚める前、一つの小さな影が城壁を越えて中に入ろうとしていた。草地を跳ねながら城の見回りをしていたスラりんが、共に見回りをしていたスラぼうと同時に空を見上げる。空に一つの黒い点があり、それはみるみる大きな影となり、すぐに一つのものではないことが分かった。大きな荷台に車輪が四つ、大きな白馬が天を駆けるようにそれを引く。その周りには数人の人影と、魔物の影。その光景をスラりんもスラぼうもこれまでに何度も見たことがあった。無事に彼らが戻ってきたのだと、着地点に入らないように落ち着いて草地を移動した。
パトリシアが引く馬車がゆっくりと草地に降り立つ。そよ風が草地を撫で、馬車の周りにいた一行もポピーを中心に静かにグランバニアに到着した。ポピーが唱えるルーラの呪文はまだ少し不安定で、その時によってグランバニアのどこに着地するのか分からない。その時の王女の心の在りどころで、グランバニア周辺のどこかに到着するという具合だった。
「スラりん、スラぼう。久しぶりだね」
サンチョに肩を貸してもらいつつ、リュカは草地にいる二匹のスライムに声をかけた。スラりんもスラぼうも、大きな口をあんぐりと開けたまま、八年ぶりに見るその姿を凝視した。八年前とまるで変わらない姿のリュカに、二匹とも夢でも見ているのかと互いに目を見合わせ、再びリュカを見上げた。
「覚えてる?」
「…………ピィーーー!」
スラりんがリュカの懐に飛び込んだ。まだ体に力が戻らないリュカは、小さなスラりんが飛び込んできただけで倒れそうになった。しかしサンチョにしっかりと支えられ、無事スラりんを腕に抱くことができた。
「ありがとう、僕のこと待っててくれたんだね」
「ピィ……ピキィ……」
「リュカ王だ! リュカ王が戻ってきた!」
スラぼうがはしゃいだ声を出し、草地を何度も高く跳ね上がった。子供のような声に言葉に仕草に、スラぼうもあの時とまるで変わっていないようだった。魔物たちにとってのこの八年間は、人間が感じる八年間とはまた違う感覚なのだろうとリュカは思った。
「スラりんもスラぼうも、まだ朝早い時間ですからあまり大きな声を出さないようにしてくださいね。町の人々を徒に起こしてはなりません」
サンチョの静かな声に咎められても尚、スラりんはリュカの懐から離れず、泣き声を上げ、目から溢れる涙をそのままリュカの服に擦り付けていた。泣き続けるスラりんをリュカは優しくぽんぽんと軽く叩いてやった。
「いいなぁ、スラりん……」
小さな声で呟くティミーの声を聞いて、リュカは容赦なく過ぎてしまった八年を悔やんだ。生まれたばかりのティミーを腕に抱いた時、スラりんと変わらないほど軽かったのを覚えている。小さく軽く、とてつもなく頼りない赤ん坊だった子供たちが、今では立派に旅をしているのだ。時を遡ることができる方法があるのなら、リュカは迷わずその方法を選ぶだろう。過去に戻り、その時をやり直せるのなら、リュカは何を代償にしてもそうするべきだと、ティミーの小さな一言にそう思った。
「まだ早い時間ですので、一先ず私の家で休まれてから入城しましょう。坊ちゃんも久々に温かい物が飲みたくありませんか?」
「坊ちゃんって、ボクのこと?」
ティミーが首を傾げながらサンチョを見上げると、サンチョは目を瞬いて王子を見つめる。
「え? ああ、つい昔のクセが……」
ティミーとポピーの二人を連れて旅を続けていたサンチョは、旅の最中は二人の子供の叔父と称していた。しかし一国の王子と王女である二人に対して叔父になりきることもできず、結局二人を『坊ちゃん』や『お嬢様』と呼んでいた。ずっとリュカのことを『坊ちゃん』と呼んでいたサンチョにとって王子を同じように呼ぶことは、特に抵抗もなかったようだ。
「サンチョさんにとっては、お父さんが『坊ちゃん』なのね」
そう言って小さく笑うポピーを見て、リュカは恥ずかしそうにサンチョに言う。
「サンチョ、もう僕も一応父親なんだから、坊ちゃんはやめてよね」
「そ、そうですよね。でも、やはり昔からのクセが抜けなくて……さあさあ、とにかく中にお入りください」
馬車を引くパトリシアはサンチョの家の裏手にある木々の中に留め置かれ、パトリシアは辺りに多く茂る草をゆっくりと食み始めた。ガンドフが城の裏手にある井戸から水を運んでくると、パトリシアの飲み水として桶に少し入れ、残りをサンチョの家の中に運び入れた。プックルがリュカの足にすり寄りながらも、暖炉の前に体を伏せてのんびりし始めた。グランバニア周辺では春を迎えたばかりでまだ少しひんやりとしていたが、薪の節約のため暖炉に火は点けないとピエールが伝えると、プックルは拗ねたようにピエールから顔を背けていた。ティミーはいかにも重そうな天空の盾を肩から下ろし、床に静かに置いた。その音は想像していたよりも軽く、リュカは自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「その盾……確かものすごく重かったと思うんだけど……」
リュカはまだふらつきながらも一人で歩き、ティミーの置いた天空の盾に近づいた。薄暗い部屋の中でも、まるで自ら光を放つように輝く天空の盾だが、リュカが触れた瞬間に盾の輝きは静かに失われた。そしてリュカが盾を持ち上げて構えようとすると、途端に盾はまるで巨大な岩になったかのように重くなり、リュカはたまらず盾を床に落としてしまった。想像していなかった大きな音に、床に寝そべっていたプックルが小さな悲鳴を上げて飛び起きた。
「ごめん、プックル。でも、これをティミーが持てるなんて……」
「お父さん、それ、ボクにしか使えないみたいだよ」
サラボナの町でこの盾を譲り受けた時、今目の前にしている盾よりも二回りは大きかったとリュカは記憶していた。しかし今の天空の盾はまるでティミーという子供に合わせたかのように大きさを変えている。その神々しさに変わりはなく、そしてやはりリュカには装備できないものだった。
「お兄ちゃんが装備できるからって、私も持ってみたんだけど、やっぱり重くって持てなかったの」
ポピーがテーブルの上を拭きながら、少し寂しそうにそう言った。双子の兄が持てる物ならば双子の妹である自分にも持てるはずだと、ポピーには自信があったのだろう。それが兄を受け入れ、自分は拒まれたことに、ポピーは初めて兄と自分は違うのだということを否応なしに突き付けられてしまったのだ。
「坊っちゃ……いえ、リュカ王、受け入れ難い現実だと思います。私も未だに受け入れ切れておりません」
炊事場に立つサンチョがリュカに背を向けながら言葉をかけた。リュカもその現実を受け入れなければならないと思いつつも、決して自分だけは受け入れてはならないという気持ちもわき起こる。
リュカが落としてしまった天空の盾を、ティミーがひょいっと手にして再び壁に立てかけた。とても同じものを持ったような感覚ではなく、リュカはもう一度盾を持ってみようと足を踏み出したが、よろけたところをガンドフに支えられた。
「リュカ、スワル。モウスグ、ココア、デキルヨ」
半ばガンドフに連れ戻されるようにリュカはテーブルの方へ戻り、ガンドフの引いた椅子に座らされた。ティミーもリュカの左隣の椅子に座り、まだ床に届かない足をぶらぶらさせている。リュカは改めて自分の息子であるティミーを見つめた。金色の輝く髪に深紫色のような不思議な瞳をしている。元気そのもののティミーの髪は、その性格を表すようにあちこちに跳ね、非常に癖が強いのだと分かる。リュカは今のティミーの姿に、忘れかけているかつての人をはっきりと思い出すことができた。
「父さんだ……ティミーは父さんに似てる……」
リュカの呟きに、プックルが床に伏せながらも耳だけを動かして反応した。炊事場で湯が沸くのを待つサンチョも、リュカのその言葉に反応せずにはいられなかった。
「お気づきになりましたか? 私もそう思うんです。オジロン様などは『あのやんちゃは小さい頃の兄上そっくり』とまで仰っていますよ」
「でもオジロン様はボクよりも小さい頃のおじいちゃんの方がやんちゃだったって言ってたよ」
「おじいさまってとても……元気な方だったのね。お父さんもそう思ったの?」
ポピーが木の実が入れられた小さな木の器をテーブルの上に置くと、リュカの右隣の席に座り、ティミーと同じように両足をぶらぶらと揺らす。非常に落ち着きのある女の子だと思っていたが、落ち着きないように足をぶらつかせる姿を見て、リュカは心の内で安心していた。ティミーよりは大人びたところがあるとは言え、それでもまだ八歳の女の子なのだ。ティミーが早速木の実に手を伸ばし、口の中で小気味よい音を立てて食べ始める。この八年間、まるで食べ物など口にしていなかったリュカだが、美味しそうに木の実を食べるティミーを見てその味を思い出したように木の実を手に取り口に放り込んだ。口の中で食べ物の味が広がることに初め違和感を感じたが、すぐにその味を思い出した。かつてリュカが好んで食べていた木の実をサンチョは家に常備し、いつでも出せるようにしておいたのだとリュカはすぐに気が付いた。
「僕の知ってる父さんは……君たちのおじいちゃんは、ちょっと違うかな」
石の呪いを受ける前の、生きていた頃の感覚が戻るのを感じる。ティミーとポピーという自分の子供たちを前にして、リュカ自身が子供の頃だった時の感覚が蘇る。あの頃の自分は、父に対してこれほど純粋な目を向けて話をしていたのだろうかと、二人の子供らしい穢れのない瞳にリュカは自然と父を思い出すことができた。
「僕はずっと、父さんの背中を追いかけてた。父さんは僕とは違って、とても強くてかっこいい人なんだよ」
リュカにとって父パパスは今でも憧れの存在であり、決してその背中に追いつくことができない人だ。常に近くにいて、いつでも自分を守ってくれた父だが、どうあがいても父に追いつくことはできないと分かっていた。自分が父に憧れ続ける限り、そしてもはや思い出すことしかできない父の姿に、リュカは一生かけても追いつくことはできない。
「あら、私たち、お父さんもとってもかっこよくて優しい人なんだって、知ってるわよ」
「そうだよ。サンチョだってオジロン様だって、お城の人達だってみんなそう教えてくれたもん」
リュカとビアンカが行方不明となり、その後も双子はグランバニアの城に守られながらすくすくと成長した。その間、サンチョたちは絶えず彼らの父と母の話をした。親を知り、親を敬う気持ちは全ての土台となるのだと、グランバニアの城の者たちは未来の希望である王子と王女のためにと、行方不明となってしまった双子の両親のことを丁寧に話し伝えたようだった。
「ピエールなんか、お父さんの話になると止まらなくなるんだから」
「ガンドフだって、お父さんの話をしてる時はいっつも楽しそうに笑ってたよ」
リュカと共に旅をしてきた魔物たちの話が最も二人には印象に残っているらしい。それも当然で、大人になってからのリュカを最もよく知っているのは魔物の仲間たちだった。ポピーの発言にピエールは照れ臭そうに部屋の隅で俯いたり、ガンドフはティミーの言葉に嬉しそうに一つ目を細めている。
「リュカ王、王子と王女にとっては他の誰でもない、あなたが父親なのですよ」
リュカにとって父がパパスであるように、ティミーとポピーにとっての父はリュカなのだと、サンチョは当然のことを特別のことのように言った。リュカは物心つく前からずっと父と共に過ごし、そして六歳の時にその時間は終わってしまった。それとは反対で、ティミーとポピーにとってはこれまで離れ離れだった父と、これから共に生きていくことになる。リュカはまだ八年前の赤ん坊を腕に抱いた時のままで、あれから何一つ成長していないに等しい。これからティミーとポピーと語り合い、距離を縮め、徐々に親子としての関係を取り戻していくのが自身のやるべきことなのだと思いつつも、実際に何をすればいいのかはまだ分からない。
サンチョが入れたホットココアを、ガンドフが小さな盆に乗せて運んできた。何度も使っているような小さなカップが二つ、それに大きなカップが二つ乗せられている。プックルには別に平皿にココアが入れられ、床に置かれた湯気の立つココアをプックルはじっと見つめている。冷めるのを待っているのだろう。ピエールは同じ席に着くのも憚られると部屋の隅で待機していたが、ガンドフに渡されたカップを恐縮しながら受け取ると、プックルと同じようにいくらか冷めるのを待つように湯気を静かに見つめていた。
リュカは熱いココアをゆっくりとすする。石の呪いが解けてから初めて温かい飲み物を口にし、体中にその熱が行きわたるような気がした。手の指の先や足の指先まで、その温かさが染みていく。石の呪いが解けた父の一挙手一投足をまじまじと見つめていたティミーとポピーだったが、リュカがココアの温かさにふっと温かい息を吐いたのを見て、二人は笑顔を見合わせて同じようにココアをすすった。
「あっちぃ!」
ティミーが叫び、ココアが机の上に少し零れた。ポピーがしかめっ面をして「もぉ~」と不満げに布巾でテーブルを拭く。
「お兄ちゃん、もうちょっと落ち着いてよね」
「だってこんなに熱いと思わなかったんだよ」
「ああ、すみません。ティミー様にはもう少し冷ましてからお出しするべきでした」
サンチョが謝りながらポピーから布巾を受け取ると、炊事場へと姿を消した。そして水の入ったポットを持ってくると、ティミーのカップに少しの水を注ぎ入れた。温くなったココアを飲んで、ティミーは満足そうに頷いた。
「そうそう、これこれ。ボク、これくらいうすい方がいいんだ」
「お兄ちゃん、うすいんじゃなくって、ぬるい方がいいんでしょ」
「違うよ、ボクは味にうるさいんだよ。まっ、お子ちゃまのポピーには分からないだろうなぁ~」
「何よ、偉そうに。食事の時、お肉にソースをべちゃべちゃつけて食べるくせに……」
ティミーとポピーが小競り合いをしていても、その光景はリュカの目には微笑ましいものにしか映らなかった。両親が行方不明になって八年の間、二人はグランバニアという国に育てられ、しっかりと子供らしく成長していた。やがてはグランバニアを背負って立つ者としての堅苦しい教育ばかりではなく、町や村の子供とも気兼ねなく遊べる感覚を身に着けていることに、リュカはグランバニアの人々に感謝の念を抱いた。
リュカもビアンカも、生まれて来た双子を自分の手で育てることを夢見ていた。親の手で存分に可愛がり、悪いことをすれば叱り、悲しくて泣いていれば抱きしめて慰める。読み書きを教えるのも大事だが、人との関りを大事にしたいと思っていた。将来は国を治めるものとして学問を修めるのも大事だが、人々の心が分かる優しい人間になれるよう育てたかった。リュカもビアンカも行方不明となって八年の間に、ティミーもポピーもリュカの理想とする子供に育ってくれていた。人間らしい人間に育ち、兄妹の間でつまらない言い争いをする二人に、リュカは改めて申し訳ない気持ちを抱く。
「ティミー、一つ確認したいんだけど、いいかな」
リュカが静かな声で話しかけると、ティミーは温いココアを一気に飲み干し、口の周りを黒くしたまま笑顔で「なになに?」と身を乗り出すようにテーブルの上に両肘をついた。
「ティミーは……勇者なんだね?」
リュカはそのことを深く考えないまま口にした。考えたら二度とティミーに聞けない気がした。リュカの言葉を聞いたティミーは口の周りにココアをつけた笑顔のまま、あっさりと答える。
「うん、そうだよ。みんなもそう言ってる」
ティミーが言うみんなというのはこの場にいるポピーやサンチョや魔物の仲間のみならず、グランバニアの国民全員に知れ渡っているということなのだろう。グランバニアに生まれた王子が世界を救う勇者だったという事実は、一体国民にどのように響いているのだろうかと、リュカはまるで他人事のように考えた。
「天空の剣も天空の盾も、ボクにしか装備できないんだ」
「お兄ちゃんにしか装備できないなんて、ズルイよね。私も装備してみたかったなぁ」
少々悔しそうに呟くポピーの気持ちを、リュカはよく知っている。リュカ自身も伝説の剣や盾を装備できたらと誰よりも強く願っていた。いつかその時が来るのかも知れないと、心のどこかで期待したりもした。勇者を捜す旅を続けながら、いつか自分があの剣も盾も装備できる時が来るに違いないと、誰にもその使命を負わせたくないと思っていた。母を救うために必要な勇者という存在を追い求め続けていた父パパスの念願を、息子である自分が果たしたいと密かに思い続けていた。
ティミーが椅子を下りて軽い足音を立てながら部屋を歩いて行く。部屋の隅に立てかけていた天空の盾を手にすると、それはティミーの身体を守るように光り輝いた。そしてその光は徐々に落ち着いた。
「ボクが『落ち着け!』って思わないと、ずっと光っちゃうんだ。だから変に目立っちゃうんだよね。戦ってる時はいいんだけどさ」
「お兄ちゃんの心に反応してるみたいよね。まるで生きているみたい」
天空の盾を装備するティミーは紛れもなく勇者そのものだった。まだ小さな子供ではあるが、その身体がまとう独特の雰囲気は、世界に二人といないものなのだとリュカは否応なしに感じた。ずっと捜していた勇者が自分の息子だったなど、リュカには全く喜べない現実だった。父パパスの遺志を継ぎ、必ず自分の手で勇者を探し出すと心に誓っていたリュカだが、それが自分の息子であり亡き父の孫であることを、リュカは到底受け止めることが出来なかった。
「坊ちゃん……ではなく、リュカ王。心中お察し申し上げます。私も初めは信じられませんでした。しかしティミー様は実際にこうして……」
「勇者は世界に一人しかいないの?」
サンチョの言葉を遮るように、リュカは思いの外鋭い口調でそう言った。その声の低さに、ティミーもポピーも驚き、目を見開いた。
「まだ世界中の人たちみんなに会ったわけじゃないよね。まだどこかに勇者はいるかも知れないよ」
リュカが勇者に願いたかったことは、母を救うために魔界の扉を開いて欲しいということだった。勇者という存在はどのような困難にも立ち向かい、あらゆる危険を突破していく強さを持っている屈強な人物だと勝手に想像していた。自分のわがままのために、危険に飛び込んで欲しいと願い出るつもりだった。
「でも、お父さん、ボクが……」
「違うよ、違うんだ、ティミー。君はね、僕の息子なんだ。勇者なんかじゃない。そんなことあっちゃいけないんだよ」
「でも、お父さん、お兄ちゃんにしか天空の盾は……」
「まだ他にも装備できる人はいるかも知れないよ、ポピー。世界中の人達全てに会ったわけじゃないんだから、他にも勇者はきっと……」
「ボク、お父さんの力になりたいんだ!」
椅子に座りながら早口で話すリュカに、ティミーが力強く言葉をかける。ティミーの心に反応するように天空の盾が輝きだす。サンチョの家の中にまばゆい光が散るが、その光に目を細める者はいない。神々しい盾の光は視覚よりも、その者の内部に働きかけるようだった。
「お父さんの力になりたいんだよ」
同じことを繰り返し言うティミーの姿に、かつての自分の姿が重なった。リュカも幼い頃、父パパスの力になれればと思っていた。いつでも守られる存在の自分が不甲斐なかった。早く大人になりたいと願った。父と肩を並べて戦い、旅することが出来ればいいのにと悔しい思いを抱いた。しかしその力が自分にはないのだと、子供のリュカはどこかで子供としての諦めがあった。
しかしティミーは違った。生まれながらの勇者は自信を持って父の力になりたいと言葉にすることができる。まだ子供ながらに勇者としての使命を負っていることを自覚し、その使命を全うしようと固い意志を見せている。グランバニアの王子として生まれたことも、彼の自信を後押ししている。僅か八歳という年齢だが、ティミーの中には列記とした誇りがあるようだった。
「オウジ、オウジョ、フタリハヒカリ」
ガンドフが歌うように口ずさむ。リュカにとって二人の子供たちは当然、光そのものだ。しかし二人は世界にとっての光そのものなのだとガンドフは言っているようだった。勇者として生まれたティミーには双子の妹ポピーがいる。ティミーという小さな勇者一人では不十分で、ポピーという勇者の半身であるポピーがいて初めて世界を救う勇者となる。その意味を、リュカは苦々しく思い、耳を塞ぎたい気持ちになった。
「リュカ殿」
両手でココアのカップを持ったまま、ピエールが部屋の隅から話しかける。リュカは鋭いような困ったような視線をピエールに向ける。
「お二人は子供とは思えぬ強さです。さすがはリュカ殿とビアンカ殿の子供。共に旅をしていても、子供と旅をしているとは思えぬこともしばしばありました」
ピエールは常に真実のみを語る。リュカと共に旅をしてきた彼が言うのだから、ティミーもポピーも相当の実力を持っているのだろう。実際に戦ったところを見てはいないが、リュカは子供たちを見ているだけでその雰囲気を既に感じていた。
「がう……」
皿のココアを平らげ、床に寝そべって休んでいたプックルが一言、リュカに伝える。プックルたちは既にその役目を果たしてきているのだと、リュカはプックルの言葉にはっと息を呑んだ。
自分が最後に父を見たのは、その背中だった。広く逞しい背中は、リュカを命懸けで守り通した。父にはいつでもその覚悟があったに違いない。いつでも息子のために命をなげうつ覚悟があった。
『守ればいい』プックルはそう言った。ティミーを勇者として、ポピーを勇者の妹として旅に連れて行かなければならないのなら、守り通せばいいと彼はリュカに教えた。今度はリュカが子供を守る番なのだと、プックルは自らもその役目を負いながらリュカに覚悟を求めた。
「そんな簡単に言うなよ、プックル……」
「えっ? お父さん、プックルの言葉が分かるの?」
「ねぇ、何て言ったの? わたし、プックルの言葉って何となくならわかるんだけど、今のは分からなかった……」
「ずるいよ、プックル。今のはお父さんにだけ分かるようにしゃべったんだろ」
「そうなの、プックル? そういうのって良くないと思う。仲間外れはいけないってシスターが仰ってたわ」
「がうがうっ」
「あっ、今のは分かった。お父さんに話しかけただけ、ですって? 内緒話ってことよね。ずるいじゃない、私にも教えてよ」
「ポピーはまだいいだろ、なんとなくプックルの言葉が分かるんだからさ。ボクなんて、がうがうしか聞けないから、何にもわかんないよ」
子供たちが真剣に子供らしくプックルを責めると、プックルは子供達から顔を背けて目を瞑ってしまった。耳はやや伏せ気味に、子供たちの言葉から逃れるような格好だ。その仕草を見てリュカはプックルと子供達との間には既に固い絆が生まれているのだと感じた。プックルだけではなく、ここにいるピエールもガンドフも、もちろんサンチョも、そしてグランバニアの全ての人々も、リュカが石の呪いを受けグランバニアを離れている間ずっと双子を守り続けて来てくれた。
今度は自分が父親として、子供たちを最も近くで守る番だなのだとリュカは思った。本来であれば、赤ん坊のころからずっと父も母も離れず子供たちを守り育てるべきだったが、それは叶わなかった。八年ぶりに再会を果たし、これから子供たちの傍にいることができるのであれば、親は子供達から離れることなく守り通すべきなのだと思う反面、無暗に二人を危険に晒したくない親心を抑えることもできなかった。
「リュカ王、じきに日が昇ります。朝を迎え次第、国への帰還をオジロン様に報告に参りますが、よろしいでしょうか?」
サンチョがいつもの柔らかい口調ながらも臣下としての言葉でリュカに問いかける。その言葉に、部屋の中の空気に少しの緊張が走った。
「うん、行こう。早く行って、オジロンさんを安心させないといけないよね」
「そうです、オジロン様もリュカ王のご無事を信じて疑っておりませんでした。早いところリュカ王のご無事をお知らせして、そして国民にも伝えなければなりません」
リュカはカップに残っていたココアを一気に飲み干した。つい先ほどまで石の呪いを受けた体で、髪の毛一本すら風になびくこともなかった状態だったが、皆と話をし、飲み物を身体に取り込めば、自然と身体は生き返ったような気がした。身体を通るココアも温かく、テーブルにカップを置いた手も温まっている。両手をすり合わせるようにして手の感触を確かめている時に、左手の薬指だけに違和感を感じた。
赤く丸い宝石の中で、小さな炎がメラメラと燃えているのが見えた。リュカと同時に石の呪いが解けた炎のリングが、まるでもう一つのリングを求めるように小さな宝石の中で暴れているようだとリュカは思った。
自身の石の呪いが解かれ、全てが終ったわけではない。八年の時を経てようやく動けるようになり、今が始まりの時なのだ。ここで留まっているわけにはいかないと、リュカは本来この場にいなければならない妻のことを思い、ゆっくりと席を立った。



サンチョに続き、リュカはグランバニア城に約八年ぶりに足を踏み入れた。相変わらず魔法の力で照らされた城下町は暗いが、それ以上に城下町の人々の表情が八年前に比べて沈んだものになっているのをリュカは感じた。門番を務める兵士も八年の歳月を経て、どこか夢を失ったような暗い表情をしていた。しかしサンチョの姿を見ると顔を上げ、次に王子と王女の姿を目にすると安心したように微笑みかけた。そして双子の間に立つリュカの姿を見ると、目を瞬かせ、言葉を失った。兵士が言葉を探している間に、サンチョは急ぎ足で王室へと向かい、兵士の横を通り過ぎて階段を上っていく。リュカも兵士に「この国を守ってくれてありがとう」と声をかけるにとどまり、そのままサンチョの後に続いて階段を上った。
「リュカ王、大丈夫ですか?」
そう言いながら後ろを振り返るサンチョを見て、リュカは自分が普通に歩けていることに気づいた。サンチョの家で温かいココアを飲み、少しの木の実を口にしただけで、身体は元通り回復したようだった。サンチョが早足で歩く後ろを、何の苦も無くリュカはついて行った。
「サンチョ、早いよ~」
「私たちもいるのよ。もう少しゆっくり歩いてよぉ」
長い回廊をサンチョの早足についていくために、双子たちが小走りで追いかけているような状況だった。魔物の仲間たちは城の中にある彼らの広間で待機中だ。いち早く魔物の仲間たちにはリュカの帰還が知れ渡っていることだろう。不満を言う二人に、サンチョは笑いながら謝り、少し歩を緩めた。
王室前の二人の門番はサンチョの姿にすんなりと門を開くが、後ろに続くリュカの姿を目にして思わず二人とも固まっていた。王室の門番も変わりない二人が担当しており、彼らも八年の歳月を経ていることに、リュカは再び感謝するようにゆっくりと頭を下げた。
広い王室の中ほどに据え置かれた玉座には、以前見た時よりも一回り小さくなったようなオジロンが座っていた。八年の間オジロンは国王代理としてその座に就き、グランバニアの国を守り続けてきた。兄であるパパスを失い、甥であるリュカが行方不明となりながらも、オジロンは甥の無事を願いながら必死にこの国を存続させてきた。その苦労を小さくなったオジロンに見た気がして、リュカは思わず表情を引き締めた。
王室に入った直後から、オジロンの視線はリュカに向いていた。サンチョと双子の子供たちという組み合わせで国に帰還することはこれまでにも数回あったことなのだろう。しかしサンチョの後ろに頭一つ飛びぬけたリュカの姿があることに、オジロンは目を見開き、口も開いたまま思わず玉座から立ち上がっていた。
「オジロン様、ただいま戻りました」
サンチョが極めて落ち着いた声で国王代理に告げると、オジロンは今度は腰が抜けたようにすとんと玉座に座ってしまった。
「オジロン様、お父さんも一緒に帰ってきたんだよ!」
「石の呪いも無事に解くことができました!」
ティミーとポピーの明るい声が王室内に響く。それだけで王室の中には活気が溢れ、オジロンもサンチョも兵士たちも、誰もが心が明るく照らされたような気分になる。当然リュカも、子供たちの心底明るい声と言葉に、自分の心まで明るく照らされるのを感じた。
「よくぞ戻られた、リュカ王!」
今度はオジロンの大きな声が王室に響いた。リュカの帰還が国王代理によって証明された瞬間だった。オジロンは再び玉座をゆっくりと立つと、リュカへと歩み寄る。リュカはオジロンの前に跪こうかとしゃがみかけたが、それをサンチョに止められた。あくまでも国王はリュカであり、オジロンは国王代理なのだ。立場の上ではむしろオジロンがリュカの前に跪くのが適当と言えた。
「オジロン様、長い間戻れずに申し訳ありませんでした」
「いや、いや、よいのだ。わしはただ国王代理としてここに座っておっただけじゃ。それよりも、もっと近くで顔をよく見せるのじゃ」
オジロンは自らリュカに歩み寄り、両腕を掴んで見上げるようにリュカの顔を覗き込んだ。間近で見るオジロンの顔は、やはり亡き父によく似ているとリュカは思った。思い出の中に生きる父パパスの顔をリュカは時の流れの中で忘れてしまいそうになるが、オジロンの顔を見ればすぐに父の顔を思い出すことができる。オジロンもまたあの時より八年の歳月を経て年を取り、髪にも髭にもかなり白い部分が混じってきているが、父パパスに重なるその面影に、リュカは亡き父にも自身の無事を知らせることができたような気がした。
「リュカ王はあの時から時が止まってしまったかのようじゃ。まるで年を取っておらんように見えるぞ。王子と王女と並べば、二人の兄と言っても良いくらいじゃ」
オジロンが目尻に涙を浮かべながら、リュカの両腕を力強く擦ってそう言った。石の呪いを受けたリュカはあの時より年を重ねず、今では双子の父親でありながら、彼らとの年齢差は一回りほどという奇妙な状態になっていた。石の呪いはリュカの心の時を止めることはなかったが、身体の時を完全に止めてしまっていた。石の呪いが解け、再び動けるようになってから大分身体もその状況になれ、リュカは自身の体力がまるで衰えていないことを俄かに感じていた。
「王妃は……ビアンカ王妃は一緒ではないのか?」
オジロンはリュカの目を真っすぐに見ながらそう問いかけた。オジロンの言葉が胸に突き刺さるようだった。妻である王妃ビアンカを救うべく城を飛び出し、怪物の塔に向かったにも関わらず、リュカもビアンカも魔物の手により石の呪いを受けた。そして為すすべなく離れ離れとなり、今ではリュカも妻の行方を知らない。もう八年も前になるあの競売場で、布に包まれたビアンカと別れてしまった。リュカは競売にかけられ、屋敷の主人に引き取られたが、ビアンカは特別にどこかへ連れて行かれてしまったのだと、競売場で被せられた布の隙間から見えた青白い大きな手を思い出した。彼女は恐らく、再び魔の手に渡ってしまったのだと、リュカは唐突に当時のことが脳裏に蘇るのを感じた。
「オジロン様、今はリュカ王のご無事をいち早く国民に知らせるべきです。再び奇跡の帰還を果たされたリュカ王を国民に……」
「おお、そうじゃな! このグランバニアを再び活気ある国に戻すためにも、リュカ王の帰還を大々的に祝うこととしよう。早速準備じゃ!」
オジロンの心からの笑顔を、王室内にいる兵士も侍女も久しぶりに目にしていた。それだけで王室内の雰囲気ががらりと変わり、その場にいる全ての者がグランバニアという国のために動き出した。王室内が慌ただしくなってきたことに、リュカはようやくグランバニアに戻れたのだと実感できた。
「お父さん」
リュカの後ろに立っていたティミーが小声で呼びかける。リュカが後ろを振り向いて小首をかしげると、ティミーは力強い眼差しを見せながら歯を見せて笑う。
「お母さんは大丈夫だよ」
まるで心の中を読み取るかのようにリュカの不安を察したティミーが、自信に溢れる笑みでリュカにそう告げた。リュカの認めたくない、息子の勇者としての特別な力を感じ、その力に心を委ねて良いのだろうかと迷いが生じる。
「お母さんって、とっても強い人なんでしょう?」
ポピーがリュカと同じように小首を傾げてそう問いかける。ビアンカが強いというイメージがわかず、リュカは返答に困るように黙り込んだ。
「私たちをベッドの下に隠して守ってくれたのよね、お母さん」
「怖い魔物に一人で立ち向かったんだって! さすがボクたちのお母さんだよね」
「そんなに強い人なんだもの。絶対に大丈夫よ、決まってるわ」
リュカのいない間に、子供たちが城の人々からどのような話を聞いているのかリュカは知らない。しかし城の人々は皆で国の王子と王女を守り、大事に育ててくれていたのは二人を見れば自ずと分かることだった。子供達には、行方不明になった王も王妃も、この上なく立派な人間なのだと教えているのだろう。そうだとすれば、リュカは子供たちの思うような立派な父親としてあるべきなのだと思った。ようやく再会できた二人に、リュカは父親として振るまうべき姿を考え、慎重に言葉を選ぼうとしたが、元来素直に生きているリュカが格好つけようとしても上手く行くはずがなかった。
「そうだよ、君たちのお母さんはとても強いんだ。喧嘩なんかしたら、絶対に叶わないんだよ。僕が何を言ったって、絶対に言い負かされるんだから」
「え~、そうなの、お父さん」
「僕が一つ喋る内に、お母さんは十以上のことを喋っちゃうんだから、とても追いつかないよ。僕はビアンカが何を言ってるのか理解するので精一杯」
「なにそれ~、お父さん、弱い~」
「えっ、違うよ、お母さんが強いって話だろ。決してお父さんが弱いわけじゃ……」
「……坊ちゃん……」
サンチョに横から笑われ、リュカは思わず口を噤んだ。話せば話すほど自分が追い込まれていくような気がして、リュカは決まり悪そうに一度咳払いをした。
「ティミー王子、ポピー王女、お父上と再会できて何よりじゃ。旅から戻り疲れていることじゃろう。宴の準備が整うまで、上で休んでいなさい」
「はーい、ありがとうございます、オジロン様」
「少し休んだら、私たちも準備を始めます」
「リュカ王も、王子王女と共に体を休め……」
「オジロン様、一つだけお願いしたいことがあります」
リュカはこの時を逃してはならないと、オジロンの言葉を遮るようにして言う。オジロンは玉座に座りながら、リュカの目を見つめ、その目に揺るがない決意を見て取るなり深い溜め息をついた。内容を聞かずとも、リュカの目が雄弁にそのことを語っていた。
「まったくもって、兄上と同じ目をする……困ったものだ」
「え?」
「かつての兄上も、その目でわしに『国を頼む』と国王代理をさせたのじゃ」
オジロンは玉座に深く座りながら、再び溜め息をついた。リュカの父パパスも、攫われた妻マーサを救うべく国を出る際、弟であるオジロンに国王の代理を頼んだ。その時と同じ表情、同じ目で、リュカはオジロンに話しかけたのだった。
「父子揃って、落ち着きのない国王じゃ。国に留まっておれんのだからな」
「でも、僕はビアンカを……」
「分かっておる。……それに、わしからもお願いしなければならないことがあるのじゃ」
オジロンは口元に蓄えた髭を指先で整えながら、難しい表情でリュカを見つめる。リュカは嫌な予感がした。最も避けたい状況を押し付けられそうな雰囲気に、この場から逃げ出したい気にすらなった。
「勇者の護りを、頼む」
世界が危機に瀕した時、勇者が生まれるというのは、世界中の多くの人が耳にするおとぎ話の一つだ。そしておよそ八年前、このグランバニアで勇者は産声を上げた。世界の希望を背負う勇者は、決して敵に倒されてはならない。しかし今この場所にいる勇者は、まだ八歳の少年に過ぎない。子供の最大の護りとなるのは、当然、親だ。オジロンがリュカにその役目を頼むのは、その関係性としては当然のことと言えた。
「リュカ王よ、八年前よりも確実に魔物が増えておる。世界は勇者を必要としておるのだ。しかし勇者はまだ幼い。誰かが護りを与えてやらねばならん」
「ティミーを勇者として旅立たせるというのですか!? 冗談じゃない、ティミーはまだこんな小さな子供なんですよ」
リュカ自身、ティミーの勇者としての絶対的な力を感じることはできた。彼はまだ小さいながらも特別な存在なのだと分かる。親として、息子がそんな運命を背負わされたことなど信じたくはないが、ティミーの内側からはリュカには太刀打ちできないような光が溢れ出ている。
「お父さん、ボクだって戦えるよ!」
「私だって、まだ勉強中だけど……呪文をいっぱい覚えるように頑張るわ。お兄ちゃんが行くなら、私も行くんだからね」
背後から聞こえる二人の声に、リュカは思わず振り返り二人を睨んでしまった。サンチョと共に成長した子供たちが現れた時には気が動転しており、その危険な状況を把握する時間がなかった。冷静に考えてみれば、まだ小さな子供たちをこの危険な世界で旅をさせるなどと言うことはあってはならない。ましてや二人はグランバニア国の王子と王女だ。いずれは国王継承者となる大事な世継ぎを、あえて危険な世界に放り出し旅をさせるなど、リュカには考えられないことだった。
「オジロン様、まだリュカ王はお目覚めになられたばかりです。この話は後程ゆっくりとされてはいかがですか」
「ふむ……そうだな。とにかくはリュカ王が帰還したことを祝おう。話はそれからだ」
オジロンは難しい顔つきをしながら、口元の髭を指先でつまむ。オジロン自身、決してティミーという可愛い孫のような存在を危険な外の世界に晒したいなどとは思っていないのだろう。しかし彼は勇者という使命を持って生まれてしまった。この八年の間にオジロンは様々な葛藤を抱え、悩み、その上でサンチョや魔物の仲間と旅立つことを王子と王女に許したに違いない。しかしその八年を経験していないリュカにとっては、ティミーもポピーもただ守りたいだけの可愛い子供という存在に過ぎない。子供たちの実力など知らないリュカは、二人はこのグランバニアの国に守られ育つべきだということしか考えられなかった。
「お父さん、上で休もうよ。ボクも疲れちゃったよ」
そう言って無邪気に手を握ってくるティミーの手は、赤ん坊の時に比べれば格段に大きく育っている。しかしまだまだ小さな子供の手だ。
「私たちも早起きだったのよね。少し一緒に休みましょう、お父さん」
欠伸をしながらもう片方の手を握るポピーの手もまた小さい。手袋の上からでもその小ささを感じることができる。リュカは両手を握られ、その小さな手を感じながら、やはり二人を危険に晒すわけにはいかないと、大事な宝物を包むように二人の手を握り返した。

Comment

  1. 通りすがり より:

    ここ3日間で最初から今回までの話を一気によませて頂きました。
    懐かしいドラクエⅤの世界観がハッキリと思い出せました。

    勝手ながら続きが非常に気になります。
    とても面白かったです。

    • bibi より:

      通りすがり 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      3日間で最初から今までを……貴重なお時間を割いていただいて恐縮です。
      これからもゲームの内容に則って書いて参ります。
      今後ともゆっくりと更新して行きますが、よろしくお願いしますm(_ _)m

  2. ケアル より:

    bibi様。

    う~ん、やっぱりリュカは、そうなるんですねぇ…。
    ビアンカが旅に出る時も、連れて行けないと頑固になってしまいましたよね。
    やっぱり、子供たちティミーとポピーも、そうなりますかぁ…。
    いくら勇者とはいえ、リュカは親心としては、やむをえないのでしょうね。
    しかし、リュカも同じ!
    パパスが子供リュカを置いて行こうとした時、大泣きをしてパパスを困らしたと、昔サンチョがリュカに話をしたという、bibi様の描写がありましたよね。
    子供のころのリュカの行動を思い出すと、リュカは何も反論できなくなるのではないでしょうか?。

    それにしてもプックル、かっこい~!
    「今度は、お前が守るんだ!」
    プックルは、いつもリュカの心を読む力があるんですな。

    リュカ…どうするのか…。
    ゲーム的には旅に連れて行かない選択もありますが…。
    しかし、小説の中では…bibi様の小説では、ティミーとポピーを連れて行ってくれたら嬉しいです。

    リュカに納得して貰えるように、ティミー・ポピーのチームVSマーリン・ピエールのチームで親善試合みたいな…承諾試合みたいな試験をしてみたらいかがでしょうか?。
    もちろん、ルールを決めて!。
    まともに、遣り合いをしたら、経験値が高いピエール・マーリンの方が強いに決まっていますが、例えば…

    剣は峰打ち、呪文は初級、相手に3回ヒットさせたら勝ちとか…。
    チーム戦でも良いんですが、個人戦でも良いと思うんです。

    ティミーVSピエールの剣対決。
    ポピーVSマーリンの呪文対決。

    どちらにしても、試合をするなら、子供たちが不利にならないようにルールを決めて、子供たちのかっこいい所をリュカに見せるというのは如何でしょうか?。
    何かしらのハンデを決めて試合をしたら、どうでしょうか?bibi様?。

    それにしても、ティミーとポピーの仕草が可愛いやらけなげやら…ニヤニヤしちゃいます(笑み)。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      親としてはやはり素直に子供を旅に連れて行くことはできないですよね。グランバニアという国で安全に暮らせるのに、わざわざ外の世界に連れて行くことはないと。
      しかしその理由だけで子供たちを国に残して行くのは、ドラクエとしてはあまりにも軽い理由ですよね(笑) 基本、やはり旅に出る方向に行かなくては。危険を冒してこそのRPGです。
      試合をして決めるというのは面白いですね。子供たちの実力を見ると……。一考してみます。
      子供、特にティミーはとんでもない使命を負わされていますが、それでも子供らしさを出してもらって、新しいムードメーカーになってもらいたいと思っています。

  3. ピピン より:

    bibiさん

    やはり自分の幼い子供を戦わせると言うのは、原作では見過ごされる要素ですが親としてとても許せる事では無いですよね。
    いくら才能があるから勇者だからと言っても、実際に傷を受ける姿を見たら心臓を鷲掴みされるような心持ちでしょうし…。

    戦国時代ですら、成人年齢が低いとはいえある程度大きくなってから出陣させますし、改めて5のストーリーは異常ですね(笑)
    だからこそ、双子が本格参戦した時にbibiさんがどう描写するのかとても楽しみです!

    • bibi より:

      ピピン 様

      本当に、とんでもない話です。自分の子供を勇者として旅立たせろなんて言われたら、何をふざけたことを抜かしとるんじゃと全力で抗うでしょう。でも、そこはドラクエの世界なので、どうにか子供たちを旅立たせる方向に持って行かなくてはなりません。無茶言う……。
      あくまでも、夢のあるドラクエ世界、子供たちが楽しめるような旅ができればと思います。戦闘もシリアス一辺倒ではなく、ドラクエらしく楽し気に^^

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