母の故郷

 

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川は幅が広くゆったりとした流れだった。月夜に照らされる川岸は人の手により整えられているのか、両岸とも石垣が積まれて作られた大きな水路のようにも見えた。周囲には自然豊かな景色が広がるばかりで、人間の気配はまるでない。積まれている石垣も非常に古いもののようだが、年月を経ても壊れることなく、水路としての役割を今も問題なく務めている。
水路の途中で船を下りることはしなかった。ゴレムスに確認すれば、水路の行きつく先にエルヘブンの村があるはずだと記憶していた。月に照らされる水面は船の周りに小さな波を立てている。リュカは船首から見える月の浮かぶ夜の景色に、空が遠く感じる不思議な感覚に陥っていた。
「月がいつもより遠い気がする……」
ティミーとポピーは船室で休んでいる時間だった。二人は今頃深い眠りに就いているはずだ。この旅を楽しんでいる二人だが、食事も風呂もままならない旅に疲れているのは間違いない。リュカの制止も聞かずに二人とも魔物との戦闘に加わってくるため、毎日の疲れを溜めないためにもリュカは二人に早く休むようにと言い聞かせている。初めの頃はティミーもポピーも眠い目をこすりながら夜も起きて、リュカと共に歩いていたりもした。しかしポピーが不調を訴えた矢先にティミーも不調を訴え、それからは二人とも無理をしないようになった。
リュカを捜す旅にも出ていた二人は、長旅での無理は禁物だということを理解していたはずだった。しかし父であるリュカの傍に少しでも長くいたいという素直な思いが、二人を無理させていた。そのことをサーラに知らされた時、リュカは改めて自分は二人の親なのだという実感を得た。
自分がいない間に八歳になり、王子王女として育てられ、年齢よりもしっかりとした印象のある二人だが、彼らがいくつになろうともリュカとビアンカの子供であることは永遠に変わらない。リュカの中では、ティミーもポピーもずっと赤ん坊のまま変わらないようなものだった。二人を見ながら、ふと赤ん坊の頃の二人を思い出す時もある。二人の成長を嬉しく思うと同時に、やるせない思いがこみ上げてくるのは止められなかった。父親でさえこの気持ちを抱くのだから、母親であるビアンカの心情を思うと、リュカは更にやるせない思いを抱いた。
「恐らくこの場所は、海よりも下にあるのでしょう」
同じく船首で前方を眺めていたピエールが周囲の地形を見ながらそう話す。広い水路を船は特に動力となる魔力を必要とせずとも進んでいた。この水路は進行方向に向けて緩やかに下っているのだということを、リュカはピエールの言葉でようやく気付いた。
「あの海の洞窟からの流れなのかな? でもここの水は塩辛くないよね」
「むしろとても飲みやすい水かと……」
この広い水路に入ってから、ピエールは何度となく水路の水を船に汲み上げていた。初めてこの場所の水を口にした時、ピエールはあまりの美味しさに桶に汲んだ水をがぶ飲みしてしまったほどだった。清く澄んだ水はそれだけで体力を回復してくれそうな力がありそうにも思えた。
「あの海の洞窟での水の流れって……たしか……」
「海に向かっての流れと、リュカ殿たちが探索に行ったあの祭壇……」
「祭壇の所って、水の流れが止まっていなかったような気がする」
「私もそう思いました。祭壇の下に見えない水路があるのではないかと……」
リュカはピエールと話しながら、やはりあの祭壇の扉の奥には何か特別なものが隠されているのだと確信した。そしてそれは、恐らくエルヘブンの人ならば知っていることなのだろう。海の洞窟の方から流れる水が清く澄んでいることは、洞窟内の祭壇の奥深くから流れる水があるということだ。
「早くエルヘブンに着きたいね。村の人達にたくさん聞きたいことがある」
「そうですね。リュカ殿の母上のことも然り、海の洞窟のことも然り……しかし私ども魔物は入れないでしょうが……」
「えっ? そんなことないと思うよ」
「え? いや、普通の人間が住む村に魔物が入れることはないでしょう」
「だって、母さんはゴレムスと仲良しだったんでしょ? ゴレムスがエルヘブンに入れるなら、みんなも問題ないでしょ」
リュカの言葉に、ピエールは思い出したように船尾から動かず見張りを続けているゴレムスを振り返った。ゴレムスは今も、遥か後方に過ぎ見えなくなった海の洞窟を眺めるように、遠くへ目を向けている。
「ゴレムスが入れれば……それはそうかも知れませんね」
「それにゴレムスがエルヘブンに近づいたら、村の誰かが気づきそうだよね。あれだけ大きいんだもん」
「もしかしたら、かつてはエルヘブンの村を守る魔物だったのかも知れませんね、ゴレムスは」
「僕もそんな気がする。きっとエルヘブンの人はみんなを村の中に入れてくれるよ」
かつてリュカの母マーサは、ゴレムスを筆頭にスラぼうにキングス、サーラにミニモンをグランバニアに連れて行き、そして共に暮らすことを始めてしまった。魔物と暮らす文化など持ち合わせるはずのないグランバニアに魔物の仲間を住まわせてしまった母は、恐らくエルヘブンでは当然のように魔物と暮らしていたに違いないとリュカは思っていた。魔物の仲間を連れて外の世界を旅しているリュカよりも、魔物の友達と共に人間の村で暮らしていたマーサの方がよほど魔物たちとの距離が近いようにも思えた。
水路の終わりが見えたのは、夜が白々と明ける頃だった。幅の広い水路が更に開けて、大きな湖になったところで水路は終わっていた。大きな湖が清らかな水を湛え、溢れることもない様子を見ると、この先にもまだ水の流れがどこかに続いているのかも知れないとリュカは一人ぼんやりと考えていた。
湖には船を着ける場所が二か所整えられていた。かつてはこの船着き場が使われていたのだろうと、すっかり風化してしまったその場所をリュカは朝もやの中に眺めた。果たして以前この場所が使われたのはいつだったのだろうかと、それほどに湖の船着き場はさびれてしまっていた。
湖には霧が立ち込め、視界が悪いが、湖の周りに潜む気配はとても静かだった。リュカはピエールと共に落ち着いた様子で船着き場に船を着け、さびれた船着き場の状態を確かめようと船を下りた。
「あっ! ずるいよ、お父さん! 先に船を下りるなんて」
元気なティミーの声が聞こえた。リュカが船を見ると、甲板の上から身を乗り出すようにして、まだ寝間着姿のティミーが怒ったような顔をリュカに向けている。
「おはよう、ティミー。早起きだね」
「船が止まった時に目が覚めたんだよ。船ががくんって揺れたから」
「ごめんごめん、僕の船の止め方がまだ上手くないんだね」
「そんなことより、ここってエルヘブン? もう着いたの?」
ティミーが目をこすりながら朝もやで視界の悪い景色を見渡す。たとえ近くにエルヘブンの村があったとしても、深い霧の影響でその景色を見ることはできないだろう。
「船で進む水路が終わったんだ。久しぶりに馬車での旅だよ。ここからは歩いて行くからね」
「ホント!? ボク、船が嫌いなわけじゃないんだけど、ちょっと飽きてきてたんだよね~。じゃあ支度してきまーす!」
「あっ、待って。少し休んでから行くから、ゆっくりでいいよ」
「はーい! って、そうか、お父さん、休んでないんだもんね。ボクのベッド使っていいよ」
「うん、ありがとう。じゃあ少し使わせてもらうね」
「ポピーはまだ寝てるよ。昨日、遅くまで呪文書を読んでたみたいだよ。ポピーのベッドの近くに呪文書が落ちてた」
「そっか。じゃあゆっくり寝かせてあげよう。二人とも本当によく頑張ってるね」
リュカが素直な言葉で褒めると、ティミーは照れたように笑って、甲板の向こう側に姿を消してしまった。ティミーが身を乗り出していた甲板にしばらく目をやっていたリュカに、ピエールが声をかける。
「お二人とも、本当に頑張っておられます」
「本当にね。僕の子供達とは思えないくらい」
「何を仰いますか。あなたは私どもの想像を超えるほどのご苦労をされているのでしょう。そんなリュカ殿を見ているから、王子も王女も頑張れるのです」
ピエールはそう言うと、今度は船に戻ってパトリシアの状態を確認しに行ってしまった。船で航行中もパトリシアは甲板の上を歩き回ったりして身体を動かしてはいたが、久しぶりに馬車を引くとなると万全の状態を調えておく必要がある。船を下りたらまずは湖の周りに生える瑞々しい草を食むのだろうと、リュカは馬であるパトリシアの気持ちに寄り添った。
「……僕はただ、今を生きようとしているだけだからなぁ」
過去を考えてもただ父の死が脳裏にかすめるだけで、未来を考えても何一つ確かなことはない。それならばと、リュカはなるべく今だけを考えるようにしている。今が続けば未来がある。未来だけを考えても、ただ徒に期待と不安が入り混じるだけだ。期待を抱く未来は唐突に断ち切られるかも知れない経験がリュカには根深く残っている。
背後に、獣の気配がした。船を軽やかに下りてきたプックルが、鋭い牙を全部見せるような大欠伸をして歩いてきた。ティミーが起きた時に、既にプックルは起きていたのだろう。しかしまだ眠っているポピーの傍を離れず、また自身も眠かったためか、ティミーが船室に戻ったのと入れ替わるように起き出してきたようだ。
「おはよう、プックル。近くなら自由に歩いてきていいよ」
「がう」
言われなくても分かってると言わんばかりの様子で、プックルは古びれて朽ちかけている船着き場を軽やかな足取りで歩いて行くと、近くの草むらに入り込んでいった。旅の間は木の実などの植物を食べて過ごしているプックルだが、早速近くに獲物の気配を感じたのか、身を縮めて用心深く草をかき分けていく。肉食であるプックルは、本能に呼び覚まされるように本来の餌を求めて狩りを始めたようだった。
「海もいいけど、やっぱり自分の足で地面を歩きたいよねぇ」
リュカはそう言いながら、大欠伸をして一人船に戻って行った。夜通し起きて番をしていたため、少々寝なくてはならないと、船の揺れにふらつく足取りのまま船室に向かった。



「お父さん」
子供のビアンカの声が聞こえ、リュカは近くにダンカンがいるのだろうかと不思議に思いながら目を覚ました。夢うつつの状態で、ぼんやりと見える視界には肩口で髪を切りそろえた幼いビアンカがいる。八年前に石の呪いを受けた彼女だが、今度は子供に戻ってしまう呪いでも受けてしまったのだろうかと、リュカは慌てて飛び起きると少女の両肩を掴んでその顔をまじまじと見つめた。
「ちょっと、お父さん、どうしたの? 寝ぼけているのね?」
「……ああ、ポピーだ。おはよう」
「誰だと思ったの……?」
「ん? いや、ポピーだと思ったよ。どうかしたのかい?」
ポピーとわずかな会話をするだけで、今見ていた夢が遠のくのを感じた。ポピーをビアンカと見間違えたのは確かだが、直前に見ていた夢はもう記憶の彼方に消え去ってしまった。
「外にね、とても大きな山が見えるの。ティミーが外で騒いでる」
「お父さん! 起きて! あれはエルヘブンだよ、間違いないよ。もうここから見えるんだよ!」
船室のドアを勢いよく開けて入ってきたティミーは、リュカがベッドの上に体を起こしているかどうかを確認もせずに、興奮した様子で声を上げる。ティミーの言葉にリュカも表情を変え、ベッドから飛び起きて船室の窓から外を覗いた。
「そこからじゃ見えないよ! 一緒に来て! ゴレムスも早く出発したいって言ってるよ!」
「お兄ちゃん、ゴレムスの声を聞いたの?」
「違うよ、そんな風に見えただけだよ。でも絶対早く行きたいんだと思うよ。だってゴレムス、ずっとあっちを見たまま動かないんだもん」
ティミーに手を引かれ、リュカはまだぼんやりとする頭のまま船室を出た。ポピーも後に続き、船室のドアを丁寧に閉めた。
朝もやのかかっていた辺りの景色は一変していた。霧はすっかり晴れ、湖は太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。湖を囲む森では鳥たちが会話を楽しんでいる。霧が空中に漂う埃などを取り去ってくれたのか、見える景色は澄み切っており、遥か遠くまで見渡すことができた。
森の木々よりも遥か高くに、二人の言う山があった。山というよりも、切り立った巨大な岩のようだった。何にも邪魔されることなく陽光を浴びるその巨大な岩山の頂上に、天に向かって伸びる建物の屋根が見える。きらりと光るその場所に一瞬目をくらませたリュカだが、堂々と姿を現した人々が住む村の存在に、胸の高鳴りを覚える。良く見れば、切り立つ岩山のあちこちに人々の住む建物が見え、エルヘブンの村は今も息づいているのだとリュカは一気に眠気が覚めた。
森の上に聳えるように見える岩山の景色を、ゴレムスが静かに見つめていた。リュカはその後ろから近づき、ゴレムスの足に手を添えた。リュカの手に気づいているはずのゴレムスだが、振り向き見ることはなく、ただ感慨深げにエルヘブンの村を見つめるだけだ。
「村までの道は覚えてるかな、ゴレムス」
リュカの問いかけにゴレムスは無言で答える。ゴレムスが静かに見つめる方向に、森の中を通るエルヘブンへの道が続いているのだろう。朝の内から出発すれは、夕方前までには着きそうな距離だとリュカはゴレムスに並んで聳えるエルヘブンを見上げる。
「船の中の積み荷を馬車に移動しておきました。パトリシアにはこれから少々頑張ってもらいましょう」
リュカが寝ている間に、ピエールとサーラが主だって出発の準備を整えており、すぐにでもエルヘブンに向かえる態勢ができていた。船の積み荷とは言え、エルヘブンに着くまでの食糧や衣類など、僅かなものだった。既に船を下りて近くの草を美味しそうに食んでいるパトリシアにとっては、苦も無く運べる量だろう。
「あそこがマーサ様の故郷なのですね……。あれほど目立つ場所にありながら魔物に襲われずにすんでいるのは、やはり特別な理由があるのでしょうね」
サーラがリュカの隣に並んで眩し気に岩山の上に目を向ける。澄んだ空気の中で陽を受ける岩山は、白く輝いているようにも見えた。
「もしかしたらエルヘブンは魔物に守られている村なのかもしれないね」
「それなら納得できますな。何せ既に我々は魔物に取り囲まれているようですから」
リュカたちの乗る大きな船は、人里離れたエルヘブンへの地の中で非常に目立つ存在だった。水路を進んでいく途中でも、リュカは周囲に魔物の気配を感じていた。しかし水路を進む船を無暗に襲ってくることはなく、周囲に潜む魔物たちは船の行方を興味深く、注意深く静かに見守っているだけだった。
進もうとしている森の中の道に、魔物の群れはいた。広い森の中でも隠し切れない大きな体で、船を下りたリュカたちを不思議そうに眺めている。船を操り、馬車を用意するのは人間だが、その周りを多くの魔物たちが囲み、いかにも和気あいあいとしている様子を見て首を傾げているのかも知れない。
「ゴレムス、お前の仲間じゃないのかな?」
リュカの言葉に、ゴレムスはゆっくりを首を横に振る。しかしゴレムスもまた、森の中にたたずむ魔物の姿を、まるで鏡のようにじっと見つめ返している。
森の中にいるのはゴーレムが三体。リュカは三体のゴーレムに明確な敵意を感じなかったが、それでもエルヘブンへの道を素直に譲ってはくれないだろうと思った。かつてエルヘブンの村でマーサと共に暮らしていたゴレムスの役目を、恐らく今目の前にいる三体のゴーレムが負っているのだろうと、リュカはゴレムスを見上げた。ゴレムスは相変わらず森の中のゴーレムを見つめ続けている。
「戦わないで済む方法はあるかな」
「でも通してくれそうもないよ、あのゴーレム」
「ゴレムスのお友達ではないの? お友達ならお話が通じるかも知れないわ」
リュカたちが話している間に、森の中のゴーレムは三体揃ってリュカたちの方へと歩み寄ってきた。ゴレムスがリュカたちの前に進み出る。プックルが低いうなり声を上げている。メッキーがいつでも飛びかかれるように宙で翼をはためかせている。ピエールも既に剣を抜き、戦闘態勢に入っていた。サーラも大きな翼で宙に飛び上がり、奇襲攻撃の態勢を整えた。
「魔物としての会話ってことだね。仕方ない、戦って勝つしかない」
仲間の魔物たちの行動に、リュカは今の状況を悟った。三体のゴーレムに勝てる力があれば、この道を通っても良いという暗黙の了解だった。リュカも破邪の剣を構え、三体のゴーレム相手に戦うことを覚悟した。
「ゴレムスが三人……勝てるかな」
「ゴレムスじゃない、ゴーレムだよ。大丈夫、勝つんだ」
ゴーレムが三体揃って近づいてくる迫力に、さすがのティミーも珍しく弱音を吐く。しかし負けることなど考えてはならないと、リュカが自信を持って破邪の剣を右手に構えた。
三体が同時に地響きを立てるような足音を響かせて、リュカたちに迫る。ゴレムスが正面のゴーレムに突っ込んでいく。プックルは右側のゴーレムに飛びかかる。左側のゴーレムにはメッキーとサーラが滑空していく。ピエールのイオラの呪文が炸裂し、リュカはプックルに続いて右側のゴーレムに駆けて行った。
同時に三体のゴーレムと戦うには戦力を分散させる必要があった。それと同時に、全体の状況を瞬時に見極めなくてはならなかった。ゴーレムの一撃を食らえば、それは直接死に繋がる重い攻撃にもなり得るのだ。リュカは一体のゴーレムと対峙しながらも、仲間の状態に目を向け、すぐに回復に切り替えられるよう備えた。
ゴレムスとゴーレムが拳の打ち合いをする。轟音が鳴り響き、周囲の空気が激しく揺れる。プックルはゴーレムの足に体当たりをし、地面に倒そうとしたが、耐えたゴーレムがプックルの身体を思い切り殴り、プックルは鈍い悲鳴を上げて草むらに転がった。ピエールがすぐに回復に向かうのを横目で確認し、リュカはプックルに気を取られたゴーレムの左手に剣で切りかかる。破邪の剣から炎が飛び出し、ゴーレムの左手を焼く。痛みを感じないゴーレムは左手が動かなくなったことを不思議に眺めるだけだ。
メッキーとサーラは互いに飛び交い、ゴーレムの目をひたすら狙っていた。ゴーレムの動きは鈍いが、一度つかまってしまうと致命的な攻撃を食らう。一度サーラがその手につかまり、地面に叩きつけられて動けなくなったが、すぐにメッキーが回復して事なきを得た。
ゴレムスは一体のゴーレムと激しい打ち合いをする。互いに体のあちこちが剥がれ落ち、それでも動ける限りは相手を打ち続けるのだと言わんばかりに、拳を止めない。リュカがゴレムスに回復呪文をかけようとしたところで、ふと自分の身体に見えない固い膜のようなものが覆ったことに気づいた。
「やったぁ! 成功した!」
ティミーが天空の剣を背に収めたまま、一人喜んでいた。三体のゴーレムとの戦いに入り込む余地を見いだせなかったティミーは、自分にできることをと必死になって呪文を唱えていたのだ。リュカたちが激しい戦闘を繰り広げる後ろで、ティミーはポピーと二人で後方支援とばかりに、今まで唱えたことのない呪文を唱えた。
リュカたち一人一人の身体を守る、見えない鎧が現れた。ティミーが唱えた防御呪文スクルトの効果で、リュカたちは強いゴーレムの打撃にも耐えうる身体になった。ティミーは初めての呪文が成功した喜びで舞い上がり、もう一度同じ呪文を唱えた。もう失敗はせずに、リュカたちの身体を更に頑丈に覆う見えない鎧を作り出す。装備出来ない鎧を装備したような気になったプックルは、怖いものなしの状態でゴーレムに飛びかかる。ゴーレムの大きな拳をまともに受けても、プックルは動じなかった。そのままの勢いでゴーレムに飛びかかると、激しく頭部に突っ込み、ゴーレムを地面に倒した。
反撃しようとするゴーレムの拳は、プックルではなく空を切った。リュカはそれを見て、ゴーレムにポピーのマヌーサが効いているのだと分かった。ティミーもポピーも、この戦闘にでしゃばりもせず、後方でしっかりと自分の役目を果たしていた。
二人の呪文の効果で一気に優勢になったリュカたちは、この機を逃してはならないと猛攻をかけた。回復する手段を持たないゴーレムは防戦一方となり、ただただリュカたちの攻撃を受け続ける。時間はかかったが、やがて一体のゴーレムが地面に倒れ、次にもう一体、最後の一体も力なく膝をつき、プックルがとどめを刺そうと飛びかかる前にリュカが止め、戦闘は終わった。
リュカは膝をついて辛うじて生きているゴーレムの横をすり抜けて、地面に倒れてしまったゴーレムに近づく。大きなその身体に手を当て、真剣な顔つきで呪文を唱える。ゴーレムに魂があるのかどうかは分からないが、リュカはエルヘブンを守る彼らの魂を呼び戻すためにザオラルの呪文を唱えていた。リュカが素早く蘇生を試みるのを目にしたピエールも、傷つき膝をついたゴーレムにベホマの呪文を唱えた。
倒れた二体のゴーレムをこの世に呼び戻すために、リュカは魔力を使い切ってしまった。呼び戻すことが難しかったゴーレムはもしかしたらこの世での役目を終えたのだと、命の終わりを悟っていたのかも知れない。しかしリュカは彼らに役目を与えるかのように、これからもエルヘブンを守り続けて欲しい、母マーサの故郷を見守っていて欲しい、そして村を守り続けているゴーレムたちに生きていて欲しいと願いを込め、必死にザオラルの呪文を唱えた。
二体のゴーレムが息を吹き返すと、空からメッキーがベホマラーの呪文を浴びせた。それは仲間たちのみならず、敵であったゴーレムにもおよび、全ての者たちが癒された。ティミーとポピーはゴレムスの大きな足の後ろに隠れるようにして、リュカたちが施す癒しの場面をまじまじと見つめていた。
「僕たちがこれから代わりに村を守ると思ったんだね」
リュカの言葉に頷いたのは、後ろにいるゴレムスだった。敵であった三体のゴーレムは、同類であるゴレムスの真似をするように、揃って首を縦に振った。
「僕たちはこれからも旅を続けなくちゃならないんだ。エルヘブンにずっといることはできない。だからこれからも君たちにこの村を守って欲しい。大事な場所なんだろう?」
リュカが言うと先ずはゴレムスがゆっくりと頷く。そしてやはりそれを真似するかのように、三体のゴーレムが同時に頷く。頷くという行為がどのようなものなのか、ゴーレムたちは理解しているようだった。
「僕たちはエルヘブンに入ることはできるかな? 周りの仲間たちも納得してくれたら嬉しいんだけど」
そう言いながら、リュカは森の中をきょろきょろと見渡した。リュカと魔物の仲間たちは三体のゴーレムを目にした時から、森の中には数多の魔物が棲息していることに気づいていた。三体のゴーレムがリュカたちと戦っている時も、森に棲む魔物らはその戦いの行方を見守り、決して手出しをしてこなかった。もし戦いの途中で、敵のゴーレムが少しでも森の魔物らに呼びかければ、リュカたちは到底勝てる戦いではなかった。森中に潜む魔物が、エルヘブンに入ろうとするリュカたちの敵なのだ。森からぞろぞろと姿を現す多くの魔物の姿に、ティミーとポピーだけが口をあんぐりと開けて驚いていた。
「こんなに……いたの?」
「お父さん、分かってたの?」
「うーん、なんとなくね。森中から強い魔物の気配を感じてたから」
今ではグランバニアも魔物と人間が共同で行う警備により国を守備している。しかしこのエルヘブンでは遥か昔から人間と魔物が共存し、支え合っていたのだろうと想像できた。目の前にいる三体のゴーレムにしても、森の中から現れた多くの魔物にしても、エルヘブンに無暗に近づくものを遠ざける使命を帯びているかのように見えるのだ。
三体のゴーレムがゆっくりと道を開ける。周りの魔物もそれを見守る。エルヘブンを守護する魔物の指揮者はこの三体のゴーレムなのは明らかだった。そしてゴーレムの為すことに異を唱える者はいない。
「ありがとう、通してくれるんだね」
リュカが礼を述べると、三体のゴーレムはその場に跪き、まるで王が通る道を開けるかのごとく礼儀正しく頭を垂れた。魔物らしからぬ丁重な行動に、リュカは戸惑いつつも再び礼を言いながらエルヘブンの魔物たちが開けた森の中の道に馬車を進め始める。
『マーサノコ、ヨクキタ』
聞こえた声にリュカはどこともなく振り向く。しかしその声が誰から発せられたのか分からず、ただ森の中に静かにたたずむ魔物たちを眺めるだけだ。足元では不思議そうにプックルがリュカを見上げている。
「お父さん、どうかしたの?」
「え? いや、何でもないよ……」
言葉を持たぬゴーレムが心の中に語りかけてきたことを、リュカははっきりと感じ取った。魔物の仲間であるプックルもピエールも、他の誰一人としてその声を聞いた者はいないようだった。リュカにだけ響いたその声は、エルヘブンがマーサの子供を受け入れたということなのだと、リュカは自分に流れる母の血を感じずにはいられなかった。



エルヘブンの村は急な岩肌に民家やその他の建物が建っているような、独特の景観を持つ村だった。村全体を支える巨大な岩山は、唐突に地面から隆起しているように見え、この地でかつて天変地異でもあったのかと思うような特別な地形をしている。馬車で旅するリュカたちがエルヘブンの村の間近にまで行って見上げれば、村の頂上は岩肌に隠れてしまいまるで見えない。岩肌を沿うように急な階段があちこちに見られ、村人たちは皆あの急な階段を行き来しているのかと思うと、リュカはそれだけでこの村の人々に尊敬の念を抱いた。
「ここって山なの? 村なの? なんだかすごいところだね!」
ティミーの言う通りだとリュカも思った。人が住んでいなければただの切り立った岩山だ。このような危険な場所に住もうと考えた人々は一体普通の人間なんだろうかと、リュカはエルヘブンを守護している魔物たちを思い出しながらそんなことを考えた。
「でも君たちのおばあちゃんはここに住んでいたんだから、ちゃんとした村なんだよ」
「おばあちゃんってとってもケンキャクだったんだね。ここで階段を上ったり下りたりするだけで、すごくきたえられそう!」
「でもあんなにむき出しの階段なんて、ちょっとコワイ……」
ポピーが見上げるところには、岩肌から独立して、宙に浮いているような石の階段があった。一体どのようにして作られたのかは不明だが、魔物と共に生きているような人々にとってはあまり難しいことでもないのかもしれない。もしかしたらゴーレムがこの村の成り立ちに関わっていてもおかしくはない。
リュカはエルヘブンへの期待を表すように、エルヘブンの村へ入るのに魔物の仲間を連れて来ていた。リュカのすぐ後ろにはプックル、ピエールにメッキー、村を眺めて懐かしむゴレムス、そして感慨深そうにマーサの故郷を見上げるサーラと、誰一人外に残すことなくエルヘブンの村に近づいていた。高くそびえるエルヘブンの村からは、外からの侵入者の姿などすぐに認めるはずだ。そして異常を感じれば、すぐさま対応してくるだろう。リュカたちがエルヘブンの村に近づいても、村から人々が出て来て警戒の眼差しを向けることもない。
村には入口というものもなく、どこからが外と村の境界線なのか分からないまま、リュカたちはエルヘブンの村に足を踏み入れていた。かつてのサンタローズのように、村の出入りを確認するための門もなく、当然門番もいない。既にはっきりとエルヘブンの村にいる人の姿を見ることができるが、リュカの周りを固めるような魔物たちの姿を見ても、エルヘブンの村人は特に変わった様子も見せずに、ただ穏やかにリュカたちが近づいてくるのを眺めていた。
リュカは村の入口辺りに馬車を止めた。旅の途中、町や村に入る時は外に馬車を止めておき、仲間の魔物たちに見ていてもらうのが常だが、エルヘブンへの期待と共に、リュカは旅の全てを村の中に持ち込んでいた。その様子を見ていた村の娘が一人、リュカたちに近づいてくると、村の中まで馬車が入れることを伝え、ティミーとポピーに笑顔で挨拶し、そして仲間の魔物たちを恐れることなくにこやかに頭を下げた。
「ここはエルヘブン。忘れられた民族の住む村でございます」
落ち着いた娘の様子に、リュカはどのような言葉を返せばよいのか分からなくなった。娘はリュカよりも年上に見えるが、八年の時を止めていたリュカの実際の年齢よりは若い女性なのかも知れない。
「この村はだれに忘れられてるの?」
リュカの隣からティミーが首を傾げながら若い娘に問いかけた。あまりにも純粋な問いに、娘は小さく笑い、「さて、誰なんでしょうね」と曖昧に答えていた。
「一度行った場所のことは、ボク忘れないよ! それにここはおばあちゃんの故郷だもん。忘れるわけがないよ」
ティミーが元気な声でそう言うと、娘は嬉しそうな笑顔を見せてティミーを見つめた。娘は決してこの村で生きていることを嫌がっているわけではないが、外界から完全に隔たれた村で生まれ育っていることに、一抹の寂しさを感じているのだろう。子供であるティミーの言葉で、自分たちは世界と繋がっているのだと実感でき、娘は嬉しさを感じたようにも見えた。
人間たちの話に入り込めないプックルが、不機嫌そうに低く喉を鳴らした。猛獣系の魔物がうなり声を上げているにも関わらず、村の娘は動じず、相変わらずにこやかな表情のままプックルを見つめる。
「あ、あの、悪気はないんです。ただ早くこの村に入ってみたいだけなんだと思います」
リュカがプックルの真っ赤な鬣を撫でつけながら慌てて言うと、娘はリュカの心に同調するようにゆっくりと頷いた。
「まずは長老にお会いになると良いでしょう。はるばるこの村を訪れた貴方に、大事なことをお話されることと思います」
「長老さん……ですね。どちらにいらっしゃるんですか?」
「長老はこの村の頂上近く、祈りの塔にいらっしゃいます。しかし先ずは旅の疲れを癒すため、宿で休まれるのがよろしいかと」
「それで、魔物の仲間たちも村に入ることはできますか?」
リュカの隣にはプックルとピエール、後ろにはメッキーにサーラ、そしてゴレムスがまるで壁のように立っている。娘がまるで敵意なく魔物たちを見つめている姿に、リュカは想像通りエルヘブンは人間も魔物も分け隔てなく受け入れる場所なのだと、一人感動を覚えていた。
「人間でも魔物でも、良い者は良く、悪い者は悪い。あなたのお仲間に悪い心を持つ魔物はいないようですから、どうぞお通りください」
リュカは初め、この村には入口のような門もなければ門番もいないと思っていたが、もしかしたらこの村娘が門番の役割を負っているのかも知れないと感じた。一見、非力な一人の女性にも見えるが、女性がまとう美しい刺繍が施されたローブには強い魔力が感じられ、腰には宝玉があしらわれた杖を装備している。いざとなれば彼女がこの村を守るために敵と戦うことになるのだろうと、リュカは外見からは想像もできない女性の強さを想像した。
「でも宿ではゴーレムをお泊めすることはできないかも知れません。村の中を歩くのは問題ないですがその点はご容赦くださいね」
魔物の仲間たちが村に入るのは構わないが、ゴレムスはその大きさ故に宿屋の中に入ることができないということだろう。ゴレムスはどこかがっかりしたようにも見えたが、ポピーが慰め、女性に礼を言って村の中へと入って行った。
村の中に入ると、改めて何故このような奇怪な地形に村を作ったのかと、謎が深まるばかりだった。人が住むにしても、魔物が住むにしても、あまりにも高低差が激しく、生き物が住むには到底向いていない地形だ。ただ水は豊かで、手入れされていないはずの自然も洗練されて美しい。村の入口近くを流れる水路の水を、ピエールとパトリシアが並んで美味しそうに飲んでいるのを見て、リュカも途端に喉の渇きを覚え、掬って飲んだ水は旅の疲れを吹き飛ばしてくれるほどの癒しを持っているように感じた。
急な崖を登るような階段が遥か上まで続くエルヘブンの村で、宿屋も少し山を登ったところにあるらしく、リュカは馬車とパトリシアを村の入口近くに止めようと適当な場所を探した。
「マーリン殿が羨ましがるでしょうな」
「そうだね、みんなが人間の村に入ったなんて聞いたら、悔しがって『ワシも連れて行け!』って絶対に言いそう」
「しかしマーリンさんは以前、リュカ王との旅で人間の町に入ったことがあると聞いていますよ」
「ああ、ルラフェンの町にね、一度一緒に入ったことがあるんだ。でももちろん、人間としてだよ。ほら、マーリンってフードさえ深く被っちゃえばあんまり人間と変わらないでしょ? 僕も初めてマーリンを見た時、おじいさんが森で道に迷ってるのかなって思ったくらいだし」
リュカは魔物の仲間たちと人間の村の中で会話をしていることに、少なからず心が浮き立っていた。グランバニアでは慣れた状況だが、旅して訪れた村の中に魔物の仲間を連れて行くことができ、普段通り会話ができることは、ここが母の故郷だからだろうと、エルヘブンという村に特別な感情を抱き始めていた。
「おや、旅の方とは珍しい」
村の中をのんびり歩いていると、リュカたちを見て声をかけてきた人物がいた。長い裾が草地に着くほどのローブを身にまとい、背中に伸びる長い髪は後ろで緩く編まれている。背丈はリュカと同じほどの男性だが、どこか女性らしい柔らかい雰囲気をまとい、その手に小さな笛を持っていることに、リュカはふとサラボナのアンディを思い出していた。
「あなたも旅をしているんですか?」
「ええ。しかしこのエルヘブンに着いてからは全くその気がなくなってしまいました。ここの景観は何にも代えがたいほど美しく、尊い。それに今や、外の世界は魔物だらけ。私一人で旅をするにはあまりにも危険な世界になってしまいました……」
彼の言う通り、リュカも到底一人で世界を旅することなどは考えられない。仲間たちがいるから、母と妻を捜す旅に出られるのだ。
「その点、あなたには頼りがいのあるお仲間がたくさんおられるようですね。魔物の仲間がいるとは……。そちらは弟さんと妹さんですか?」
「え? ……いえ、僕の子供たちです」
「なんと……お若いお父さんなのですね」
かつて世界を旅していた吟遊詩人の男性は小さくため息をついて率直な感想を言った。リュカと双子の年齢は二十ほど離れているのだが、八年の時を止めてしまったリュカはその若さを失っていないため、世間的には兄弟に見られるのもおかしくなかった。
「僕の仲間たちを見ても驚かないんですね」
「ええ、ここエルヘブンでは人間も魔物も共に暮らすことができます。私も村近くに住むゴーレムとよく歩いたりします。彼らはとても穏やかで優しい。あなたの後ろにいるゴーレムもそうではないですか?」
「ゴレムスはいつだってボクたちを助けてくれるんだ! とっても優しいんだよ」
「ゴレムスだけじゃないわ。プックルもピエールも、メッキーもサーラさんも、お城にいる魔物さんたちだって、みーんな優しいの」
「お子さんたちを見れば、あなたの仲間の魔物たちがいかに強く優しいかが分かりますね」
彼の言葉に、リュカは誇らしい気持ちが込み上げるのを感じた。魔物と言って退けることなく、魔物の仲間たちを自然に受け入れてくれる人がいる。それがこのエルヘブンだけではなく、世界全体に広まったら良いのにと、リュカはかつての母マーサの思いと同じ思いを抱いていることに、当然気づいていなかった。
「あなたはこれからも旅を続けるのですか?」
吟遊詩人の男に聞かれ、リュカは即座に頷いて答えた。当面の目的はこのエルヘブンの地だったが、リュカの旅はこの場所で終わるものではない。父の遺言を受け、母マーサを助け出し、そして愛する妻をいち早く救い出さなくてはならない。二人を助けるまで、リュカの旅は終わらない。
「ここまでは船と馬車で来られたのですね?」
リュカの後ろにはピエールが手綱を持つ巨馬パトリシアがおり、彼女は大きな馬車を引いている。目の前の男性も船でこの地にたどり着き、エルヘブンに住むようになったのだろう。
「船は海の上を、馬車は地の上を進むことができる旅の重要な移動手段です。しかし魔法のじゅうたんがあれば草原や湖、海の上ですら自由に旅ができるでしょう」
「魔法のじゅうたん、ですか?」
「魔法のじゅうたんはここエルヘブンの地に収められていると聞きます」
「おとぎ話で聞いたことがあるよ」
「魔法のじゅうたんなんて絵本の中の話だと思ってた」
ティミーとポピーの言葉にも、リュカは反応できなかった。魔法のじゅうたんと聞いても、子供たちのように多くのおとぎ話など聞いたことがないリュカは、一体それがどのようなものなのか、想像することもできない。グランバニアの城には赤いじゅうたんが広く敷かれている場所があるが、そのようなじゅうたんに魔法がかけられているのだろうかと、漠然とそう考えるだけだ。
「あなたのように魔物の仲間を連れて旅するような特別な方でしたら、貸していただけるかも知れません。長老様にお話してみてはいかがでしょうか」
とにかくこの村に来た者としては、村の長老に会う必要があるらしい。リュカは男性に馬車を止めるのに良い場所を訪ね、村を支える巨大な岩山のふもとに風雨をしのげる洞穴があるのを聞くと、礼を言って子供たちと魔物の仲間たちと共にその場を後にした。
教えてもらった洞穴は想像していたよりも大きな場所だった。ゴレムスも入ることができるほど広く、入ってみると中には風が通っており、どこかに通じる道なのだろうかと思えた。
「ねえ、お父さん」
広い洞穴でパトリシアを馬車の荷台から解放させていると、ティミーが話しかけてきた。小さな声で話しかけてきたのだが、洞穴に響き渡り、誰もが聞こえる声となる。
「ボク、今までずーっと誕生日のプレゼントとかもらってないよね?」
ティミーの言葉にリュカは胸が詰まる思いがした。双子が生まれてすぐに生き別れてしまったため、リュカはティミーとポピーの誕生日を一度も祝ったことがない。二人の誕生日がいつなのかをすぐに思い出すことができない自分は、父親失格と言われても仕方がないと内心落ち込んだ。
「そうだね。ごめんね、今まであげることができなくて……。今度の誕生日には絶対に何か特別なものを用意するよ」
「そうそう、特別なもの! だからさ、魔法のじゅうたんとかもらえたらすっごーく嬉しいんだけどなあ……?」
「お兄ちゃん、お父さんを困らせちゃダメでしょ!」
「困らせてなんかないよ。でもさっきの人が言ったみたいにさ、魔法のじゅうたんがあれば空を飛べるんだよ! ボクたちの旅に絶対必要なものだよ。お母さんやおばあちゃんをもっともっと早く見つけ出せるかも知れないよ」
ティミーがただの我儘で魔法のじゅうたんが欲しいと言っているのではないことは、その言葉に表れていた。おとぎ話に出てくるような魔法のじゅうたんに乗ってみたいという純粋な好奇心はあるが、それだけではなくこれからの旅に有益なものなのだと彼はうわべだけではなくしっかりと考えている。
「確かにそうよね……。それにそんなに便利なものがこの村にただ置かれているなんて、もったいない気もするな。お父さん、早く長老様にお会いして、魔法のじゅうたんをゆずってもらえるようにお話してみましょうよ」
結局はポピーも魔法のじゅうたんという未知の品物を見てみたい好奇心を強く持っているようだった。リュカを見上げるティミーとポピーの瞳が同じように輝いている。そんな子供たちの様子を見ながら、後ろでピエールとサーラがこっそりと笑っていた。
「譲ってもらえるかどうかは分からないけど、長老様に会う時にその話もしてみよう。その前にまずはおばあちゃんのことを聞かないとね」
「長老様ってこの岩山のてっぺんにいるんだよね」
「祈りの塔にいるって……とっても高いところだったわよね」
「うーん、そこまで魔法のじゅうたんで行けたらいいのにね」
「リュカ殿、この洞穴は一体どこまで続いているのでしょう」
「もしかしたらこの洞穴の中にその魔法のじゅうたんとやらがあるのかも知れませんよ」
ピエールとサーラが壁にろうそくの灯る明るい洞穴の先を指差す。パトリシアを休ませるのに適した雨風がしのげる場所として考えていたが、風が通り抜ける先に一体何があるのか、リュカも気になり始めた。
「ちょっと探検してみようか。まさか魔物に襲いかかられることもないだろうし」
「あるのかなぁ、魔法のじゅうたん」
「あったらそれで祈りの塔までひとっ飛びね」
二人が声を弾ませる様子を見て、リュカも自分なりにひらひらと空を飛ぶ巨大なじゅうたんを想像しながら、奥に続く洞穴を進んでいった。

Comment

  1. ピピン より:

    bibiさん

    ティミーのおねだり可愛いですねぇ…(笑)
    ポートセルミのボトルシップとか、ゲームの仲間会話でこういう台詞があると意味は無くても買ってあげたのを思い出します。

    • bibi より:

      ピピン 様

      ティミー君、ゲーム上で本当にこんなことを言うので、可愛さでこのセリフを採用しました(笑)
      意味はなくても買ってあげる……分かります。意味なんてどうでもいい、これは私の気持ちなんだと。ましてや八年もほったらかしにしてしまった罪悪感は、まほうのじゅうたんなんかでは補い切れないものが……^^;

  2. ケアル より:

    bibi様。

    コメント遅くなり、すみませんでした。
    時間できましたので読ませて頂きました。

    リュカと双子の年齢が分かる描写、ありがとうございました。
    リュカは20歳なんですね。
    そりゃあ兄弟に見えちゃいますねぇ。

    ティミーのスクルトが炸裂しましたね。
    見えない鎧…想像しやすい描写です。
    ワンピースの武装色の覇気みたいです。
    それにしても今のパーティー8人、バランス良いですね、
    回復役が一人と2匹でティミーも覚えたら4人になりますね。
    戦闘の描写で、回復するタイミングを描く時、メッキーやピエールがいたら助かりますね。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをどうもありがとうございました。お時間のないところ恐縮です。
      リュカの時間はがっつり止められちゃいましたからね、年の離れたお兄ちゃんみたいな見た目です。
      最近、めっきり漫画を読まないので、ワンピースが全く分からないのですが、きっとそのような感じなんだと思います^^
      パーティーはやっぱりバランスを考えたいところですよね。結果的に良いバランスになった感じです。
      ティミーは父親以上に攻守のバランスが良くなるので、これからが楽しみです。

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