2019/07/15

エルヘブンの使命

 

この記事を書いている人 - WRITER -

エルヘブンの村のふもとにある洞穴は、馬車を引くパトリシアが悠々と通れるほどに大きな場所だった。どこまで行っても行き止まりのない洞穴の中を、リュカたちは風が吹いてくる方向へと進み続けた。村の中にいるというのに、どこか外の世界の洞窟を探索しているような緊張感が漂う。危険な魔物の気配などはしないが、リュカは無意識に子供たちをかばうように二人の前に立って先を歩いていた。
しばらく進むと、洞穴に外からの明かりが差し込んできた。それまで洞穴内にはむき出しの岩盤に取り付けられた明かりに照らされており、視界に困ることはなかったが、外からの光が入り込むと途端に息苦しさから解放されたような気がした。
洞穴の中はパトリシアを休ませるのに良い環境だった。風雨をしのぐことができ、場所も広く、中には湧き水も流れていた。パトリシアもこの場所を気に入ったようだが、洞穴の先に見えた緑の景色に鼻をブルルルッと鳴らすと、リュカたちと共に楽し気に洞穴の外へと歩き続けて行った。
外には緑豊かな景色が広がっていた。広い草地が続き、その周りには青々とした森が広がる。ただの自然豊かな景色であれば誰もその場で足を止めることはなかったが、森の中に見えるゴーレムの姿に、リュカたちは思わず洞穴を出たところで立ち尽くしてしまった。
「……私たちが戦った、ゴーレムさん?」
ポピーと同じことを、リュカも思った。森の中に姿を見せるのは、エルヘブンの村に来る途中でリュカたちが遭遇したゴーレムに違いなかった。リュカたちが戦ったゴーレムは三体いたが、今森の中に見えているのは一体だけだった。他の二体のゴーレムは違う場所でエルヘブンの村を見守っているのかも知れない。
「なんじゃなんじゃ、魔物がうじゃうじゃと入って来たのう」
森の中のゴーレムに気を取られていたリュカたちは、洞穴の近くで焚火をしていた老人の存在に気が付かなかった。突然、近くから聞こえた声に、ティミーとポピーが声を出して驚く。リュカも老人の姿に目をやり、その足元にいるスライムを見て口をぽかんと開ける。
「驚くのはこっちの方じゃ。キラーパンサーにスライムナイト、キメラ、メッサーラ、それにゴーレムまで。一体何なんじゃ、お主らは」
エルヘブン周辺には生息しない魔物の名前をすらすらと言える老人に、リュカは素直に驚いた。そして改めて老人を見れば、年の割には姿勢が良く背筋も伸びており、ゆったりとしたローブを身にまとってはいるものの、その上からでも体つきが頑強であることが窺える。柔和な笑みを浮かべる老人だが、焚火近くに置いてある重々しい斧を軽く振り上げるくらいの力はありそうだった。かつては世界を旅する戦士だったのかも知れない。
「今日この村に着いた旅の者です。驚かせてしまってすみません」
「本来ならば旅でこの村を訪れた者の方が、こやつらに驚くのじゃが、ワシの方が驚かされたわい」
老人がそう言うと、彼の足元でスライムが草地の上に興奮するように何度も跳ねた。その姿を見て、リュカはグランバニアで留守を預かっているスラりんとスラぼうを懐かしんだ。
「お主の連れているゴーレムはもしや……」
「母の友人です。今は僕の旅の仲間ですが、いずれは母とも再会を果たす予定です」
「母と……そうか」
老人はそれだけ言うと、リュカを一度じっと見つめてから焚火の火をかき回した。火の粉が爆ぜ、天に上るように舞い上がった。老人が色々と聞いてこないことに、リュカは彼が何か事情を知っているのだろうかと話しかける。
「あの、僕の母はこの村の出身で……」
「ワシはなぁ、一度でいいから神のおられる城に行ってみたかったんじゃ」
話しかけたリュカの言葉を耳にしながらも、それを遮るように老人は語り始めた。リュカを初め、ティミーもポピーも、魔物の仲間たちも老人の口にした『神のおられる城』という言葉に興味を引き付けられた。
「お城に、神様がいるの?」
「おじいさんは行ったことがあるんですか?」
ティミーとポピーがそれぞれに目を輝かせながらそう問うが、老人は二人に笑みを浮かべたまま静かに首を横に振る。
「残念ながら、ワシには見つけられなかった。かなり広く旅をしたのじゃがのう」
「どうやって行くのかなぁ。どこか特別な場所なんだろうなぁ」
「この村もとっても特別な場所だと思うけど、ここではないのね」
ポピーの言う通り、このエルヘブンも非常に特殊な村だ。切り立った岩山の山肌に建物が点在し、高い高い岩山の頂上にはどのように建てられたのか想像もできないような祈りの塔と呼ばれる建造物がある。それこそ天にいると言われる神の場所を目指して作られたようなその建物には、特別な力があるのではないかと想像してしまう。
「古い言い伝えでは世界のどこかに不思議な塔があるそうじゃ。その塔は空高くまでそびえ、最上階までのぼった者は天空の神のいる城へ導かれるという」
「天空の……塔……」
リュカはそう言いながら、このエルヘブンよりも更に高くそびえる途轍もない塔を想像しようとした。しかしリュカの脳裏に蘇ったのは、かつて生死の境をさまよい続けたあのセントベレス山の頂上の景色だった。神というものが空の上にいるというのなら、その場所に最も近いのはあの場所だったのではないかと、リュカは知らずに拳を固める。
「その塔って、天空のお城に入るために建てられたのかな? ふしぎね……」
「ボク高い所大好き! その塔を見つけたらのぼっててっぺんから世界中を見渡すんだ!」
子供たちの無邪気な発言を聞いて、リュカは心を落ち着けることができた。二人も年齢の割には様々な経験をしているはずだが、それでも彼らは希望を持ち続ける強い心を持っているのだと、リュカは子供たちの純粋な心に尊敬の念を抱く。すぐに物事に疑念を抱く自分とは違い、子供たちは老人の話す不思議の中に夢を描く。
「そなたたちも何か大事なものを探す旅をしているのであろう? もし天空の神の城に行くことが出来れば、神にその探し物を尋ねることができるかも知れんぞい」
「そっかぁ! それじゃあその神様にお母さんやおばあちゃんのことを聞けばいいんだよ、お父さん」
「でもどうやって神様を探すの? 何も手がかりがないのよ」
「それでもボクたちはお父さんを見つけたよ。きっと神様のことだって、そのうち何か手がかりがつかめるって」
「でも……ううん、そうよね。今はまだ何も分からないけど、きっと、そのうち……」
ポピーはティミーに向かって更に疑問を投げかけようとしたが、それを止めた。ティミーの語る希望を打ち砕くことが目的ではない。ポピーもティミーと同様に、母と祖母を見つけ出す希望を持ち続けている。神様がこの世界におり、この世界のどこかにあるという天空に続く塔を登ることが出来れば神様に会うことすら叶うという新しい希望を、ポピーも持つことができた。
「おじいさん、この洞穴に馬車を止めても大丈夫ですか?」
リュカは天空に続く塔や神様と言った話題から逸れ、老人に現実的な話をする。リュカの中では、魔物の王こそ信じるに値する存在だが、やはり神という存在は心から信じることはできなかった。世の中に魔物が増え、人間が自由に旅することができなくなってきたのは、魔物の王の強大な力が関係していると言われても理解できる。しかしそれに対して神の力というのは一体どのように示されているのだろうかと、リュカは老人の話を到底鵜呑みにはできなかった。
「かまわんよ。また立派な白馬じゃ。お主はまったくもって、旅の仲間に恵まれておるのう。そのうち天空に伸びる塔をも見つけ、神に会うことも夢ではなかろうて」
「夢なんかじゃないよ。絶対に見つけようね、お父さん!」
「神様にお会いして、お母さんやおばあちゃんのことを聞いたら、教えてくれるかな」
「一先ずはこの村の頂上を目指し、長老殿にお会いしましょう。きっと、リュカ殿の素性を知れば、話しておきたいことも多くあるでしょう」
ピエールがそう言うと、馬車の後ろから森を見つめていたゴレムスが、エルヘブンの村の頂上の辺りを仰ぎ見た。途中、出っ張る岩肌に阻まれ、頂上を目にすることはできないが、それでもゴレムスには祈りの塔と呼ばれる頂上の建物の姿がありありと映し出されているかのようだった。
「パトリシア、ここで待っていてくれるかな。少し村の中を見て回ったら、また戻ってくるからね」
リュカがそう言ってパトリシアの首をトントンと軽く叩くと、パトリシアも理解したように静かに頭を下げた。パトリシアから馬車の荷台を外し、自由にしてやると、彼女は早速老人の傍に生える青々とした草を食み始めた。そんな巨大な白馬の姿を見ながら、老人は感嘆の溜め息を漏らした。
「あの、長老さんはこの山の一番上にいるんですよね?」
「そうじゃ。まあ、のんびり景色を楽しみながら登って行きなされ。途中、宿があるから、そこで一休みしていくのも良いじゃろう」
「ありがとうございます。じゃあ、みんな、行こうか」
リュカが仲間たちに声をかけると、その中でゴレムスだけがパトリシアの隣から離れずに、今度は森の中を静かに見つめている。ゴレムスの視線の先には、森の中でエルヘブンの村を守るゴーレムの姿がある。森の中のゴーレムもまた、ゴレムスの方をじっと見つめているようだ。
「友達なのかい?」
リュカがそう問いかけても、ゴレムスは何も反応しないまま、ただ森の中のゴーレムを見続けている。もしかしたら既にゴレムスと森のゴーレムは会話を始めているのかも知れないと、リュカはゴレムスの大きな足に手を当てて話しかける。
「ゆっくり話していていいよ。僕たちも長老さんと話をしたら、またここに戻ってくるから」
今度はゴレムスも返事をするように、ゆっくりと一度頷いた。そして青々とした草地をドシンドシンと踏みしめ、森の方へと歩いて行ってしまった。
「良いのですか、リュカ殿」
「もしゴレムスがここにいたいって言うのなら、それでいいよ。だってゴレムスの故郷はここなんだもんね」
母マーサの友人であるゴレムスは、グランバニアにいながらもずっとこのエルヘブンに戻ることを夢見ていたのかも知れない。マーサが魔物に連れ去られて既に二十年以上の月日が経ち、友人がいなくなったグランバニアに残ることを、ゴレムスが望んでいたかどうかは分からない。リュカはゴレムスがこのエルヘブンに残ることを望んだら、二十数年グランバニアで過ごしてくれたことに感謝をしつつ、このエルヘブンに残ることを認めようと考えていた。
「ところでサーラさん、一つお願いがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか、リュカ王」
「僕たちを順番で上まで運ぶことってできるかな。とりあえず宿まででも……」
そう言うと、リュカはその場にへたり込んでしまった。長旅の疲れと、直前の睡眠不足がたたり、突然体力を失ったかのように足に力が入らなくなってしまったのだ。その上、エルヘブンの頂上の見えない険しい岩山を見たら、今から山登りをする気力など当然のように失せてしまった。
「お父さん、しっかりしてよー」
「でもお父さんが一番疲れてるわよね。サーラさん、私からもお願い」
「ふーむ……しかしリュカ王やお二人を運ぶことは可能でしょうが、問題は……」
サーラの視線の先には草地に寝そべって寛いでいるプックルだ。プックルが皆の視線を感じて顔を上げると、まるで子猫のような可愛らしい鳴き声を出した。
「そんな声出しても、身体は小さくならないよ、プックル……」
「ふにゃあああ……」
「お前だけ後で自分で登ってくるって言うのは、どうかな」
「……がうっ!」
「ごめん、冗談だよ。分かった分かった、僕が怠けたことを言ったのがいけなかったね。行くよ、頑張るよ。ここは村の中で敵が出るわけじゃないし、山登りするだけだもんね。さあ、行こう行こう!」
リュカは自分に気を入れるために大きな声を出すと、その場で素早く立ち上がり、老人に礼を言って再び洞穴へと向かった。プックルが怒ったように鼻を鳴らしながらついて行く。ポピーがプックルを宥め、ティミーはリュカを追い抜かして先に行ってしまった。空を飛べるサーラとメッキーが並んで進む後ろから、ピエールが一人静かに、残念そうに肩を落としていた。リュカの怠けた発言に密かに最も期待していたのは、ピエールだったようだ。



岩肌にまるで崖のような急な階段が続き、リュカたちは一段一段に苦労しつつも階段を上って行った。この長く続く急な階段を人間が作ったようには思えなかった。やはりこの村は昔、人間が住んでいたのではなく、違う種族の者たちが住んでいたのではないだろうかと思いながら、リュカは息を切らして長く続く階段を上って行った。その横をプックルが涼しい顔をしてひょいひょいと通り抜けていく。険しい山の崖を上ることも可能なプックルは、いくらか上りやすく段をつけている道で何故それほど苦労するのかと、リュカに余裕の表情を見せながら先に行ってしまった。リュカは機嫌よく振られているプックルの赤い尾を上に見ながら、思わず顔をしかめて小さく悪態をつきそうになっていた。
「お父さん、すごいね! ほら、もうこんなに高い所まで上ったんだよ!」
リュカの後ろでティミーが元気な声を出す。リュカよりもよほどこの階段を苦労して上っているはずのティミーだが、軽く息を切らしているだけで疲れた様子は見せない。階段の下の景色を見て、すがすがしい感想を言えるほどの余裕があった。
「どうしてこんなに高い所に住んでいるのかしら……下に住めばいいのに……」
ティミーの明るい声とは対称的に、ティミーの隣でぶつぶつと文句を言っているポピーの表情は少々青ざめているようにも見えた。ひたすら目の前の階段だけを見つめ、ティミーのように外の景色を楽しむ余裕はない。岩肌を撫でるような優しい風にさえ、身を縮めてその場でぴたりと止まる。
「ポピー、大丈夫?」
リュカが話しかけると、ポピーは身体を固くしたまま「大丈夫です」とまるで何かのマニュアルを読んでいるかのように返事をした。
「なんだよ、ポピー、それじゃあ宿屋までも行けないよ。がんばれって!」
ティミーが隣を歩くポピーの背中を励ますように叩くと、ポピーは「ひっ!」と声にならない叫び声を出す。
「おっ、押さないでよ、お兄ちゃん!」
「押してないよ。なんだよ、がんばれって言っただけだろ」
「が、がんばってるんだから。なによ、ほっといてよ」
「そんな言い方しなくてもいいだろ! せっかくはげましてるのにさ」
「ティミーもポピーも頑張ってるね。ほら、メッキーがあそこに宿屋があるって教えてくれてる。もう少しだから、あそこまで上っちゃおうね」
リュカが指し示す先で、メッキーが「ッキッキー!」と高らかな声を上げている。それを見てティミーはいち早く階段を駆け上り、ポピーも青ざめていた表情にいくらか明るさを取り戻し、ひたすら上だけを見続けて急な階段を上って行った。
ようやく宿にたどり着いたリュカたちは、揃って宿で休息を取ることにした。魔物の仲間が宿の中に入って行っても、宿の女将は驚いた様子も見せずに快く彼らを受け入れてくれた。エルヘブンの村に魔物が住み着いている気配はないが、この村はグランバニア同様、魔物によっても守られていることをリュカたちは身をもって知っている。村の守りを固めるゴーレムだけではなく、その他の魔物らもこの村の周辺に生き、この人間の村を守り続けている。村を守る魔物との交流が、エルヘブンの村人たちにはあるに違いなかった。
ピエールはリュカに睡眠を取って休むことを勧めたが、既に陽は中天近くに差し掛かり、間もなく昼を迎えようとしている時刻だった。のんびり休んでいては日が暮れてしまうと、リュカたちは宿で少しの休息を取ると、すぐに長老のいる村の頂上を目指すことにした。エルヘブンの宿屋は旅人が宿泊することよりも、長老の所へ向かおうとする村人たちのための休息所という意味合いが強かった。久しぶりに訪れた旅人に宿の女将は喜び、長旅をする双子の子供たちを労わり、二人に焼き菓子を持たせてくれた。ティミーもポピーもその場でいくつかの焼き菓子を頬張り、子供らしい笑顔を見せ、長旅の疲れを束の間癒すことができた。
宿の女将に礼を述べ、リュカたちは再び外に出て更に上に伸びる階段を見上げた。宿の女将の話によれば、この階段を上り続ければ長老のいる祈りの塔にたどり着くことができるという。リュカは上に続く階段が途中、岩肌から離れて宙を彷徨っているのを目にした時、本当にこの階段を上って行くのだろうかと思わず疑いの眼差しを向けていた。
「……お父さん、他に道はないのかな?」
ポピーが震える声でリュカのマントをつかみながら話しかける。リュカのマントを掴むその小さな手も震えていた。
「うーん、宿の人が言っていたのはこの階段のことだと思うから、多分、ここを上るのが一番いいんだと思うよ」
「すっごい階段だね! 面白そう! ボク、先に行ってるね」
階段を恐る恐る見るポピーになど気づかないように、ティミーは足取り軽く、階段を上り始めてしまった。続いてプックルが足音も立てずに静かに上っていく。
「ポピー、怖いんだったらピエールかサーラと宿で留守番してろよ! ボクが長老様に会って話を聞いてきてやるからさ!」
ティミーがただ純粋にポピーを心配してそう言ったのを、ポピーは素直に受け止めなかった。双子であるティミーが行けて自分に行けないはずがないと、ポピーは拗ねたように口を尖らせてリュカの前に進み出ると、黙々と階段を上り始めてしまった。
「私もさらさら宿で留守番などする気はないんですがね」
サーラが困ったようにそういう隣で、ピエールが小さく笑う。
「せっかく人間の村に入れたわけですからね。私たちも存分に人間の村の中を楽しみたいものです。そしてグランバニアに戻ったら、マーリン殿に自慢してみようと思います」
常に冷静で控えめな態度を崩さないピエールの声が少し弾んでいるようで、リュカは彼もこの状況を楽しんでいるのだと分かった。サーラにしてもピエールにしても、他の魔物たちにしても人間の生活する場所へ入ることはグランバニア以外ではなかった。ましてやサーラとしては、かつてマーサが住んでいた村に入ることができ、マーサが生まれ育った場所を自分の目で見て回ることができる感動がある。大きな翼を持ち、空を飛ぶこともできるサーラだが、かつてのマーサと同じように自らの足で歩き、マーサが見たものと同じ景色を目に焼き付けておきたいと思いながら皆と揃って歩いていた。
「でもゴレムスは来なくて正解だったかもね。きっとこの階段、ゴレムスは上れない……」
リュカたちが上りかけている階段は急なだけではなく、横幅もそれほど広いものではなく、ゴレムスが来ていたとしても片足を乗せるのがやっとという狭さだった。しかも途中、中空に浮かんでいる階段などにゴレムスが足を乗せたら、そこから崩れ落ちてしまいかねないような頼りない形をしていた。
天に伸びるような階段を、リュカたちはひたすら上り続ける。エルヘブンの村の老人が言っていた天空に伸びる塔とはこの場所のことなのではないかと思えるほど、上に伸びる階段は果てしなかった。中空に浮かぶ階段を上っている時に風が吹くと、そのまま風に乗ってどこかへ飛ばされそうになってしまう。リュカはポピーの身体を支えながら、もう片方の手でしっかりと階段に手をついて、まるでプックルが歩くように手足を使って長く伸びる階段を上って行った。
「お父さん! あそこに人がいるよ!」
太陽が中天を過ぎ、日差しが最も強くなってきた頃、ティミーが全く疲れを感じさせない元気な声でリュカに呼びかけた。ティミーを見上げると、同時に眩しい太陽が視界に入り込み、上の景色をまともに見ることができない。隣で歩くポピーは上を見上げる余裕もなく、ただただ目の前の階段に集中している状態だ。リュカはティミーに「ちょっとそこで待ってて」と声をかけると、無心に歩いているポピーを励ましながらゆっくりと階段を上り詰めていった。
目の前の階段がなくなり、視界が一気に開けた。階段が終わったところで、その両側に立派な石柱が二本立っていた。神殿を思い起こさせるような白く美しい石柱だが、神殿らしき建物は見当たらない。目の前に広がるのは豊かな緑の草地で、青々とした草は風にそよぎ、心地よさそうに一斉に揺れている。あちこちに白や黄色の小さな花が咲き、蝶が花の蜜を吸いながら辺りをふわふわと飛び回っている。崖のような急な階段の後に現れた楽園のような景色に、リュカたちは思わず深呼吸をするようにため息をついた。
「ようこそわが村へお越しくださいました」
二本の石柱の脇に立つ者がリュカに話しかけてきた。兵士の身なりをしているが、身に着けている鎧には不思議な魔力を感じ、頭に被る兜も兜とは言えないような軽装な造りで、冠と言った方が近い形状をしていた。ただの冠ではなく、やはり魔力を帯びているようで、冠にあしらわれている宝玉が神秘的な光を放っている。
「この上は長老たちの部屋でございます」
リュカたちが話しかけるまでもなく、兵士は泰然とした態度で旅人のリュカたちに話しかけた。兵士に言われた通り、更に上に登ったところには少々奇妙な建物が建っていた。海を照らす灯台のように円形の建物で、その屋根はまるで槍の先のように尖り、天を突きさすような形をしている。エルヘブンを目指し、外から見えていた尖った山の頂上はこの場所だったのだと、リュカはようやくたどり着いた祈りの塔の尖った屋根を眩しく見つめた。
「長老さんには今、お会いできますか?」
「もちろんです。長老たちはいつでも人々の声を聞き入れてくださいます」
「長老様ってお休みしないの? そんなんじゃ疲れちゃうわ」
広い場所でようやく一息つけたポピーが、まるで自分のことのように長老たちを労わる言葉を口にする。
「うわ~! すごいよ! すっごく遠くまで見えるよ~! ほら、ポピーも見てみろよ!」
ティミーは全身に風を受けるように両手を広げて、気持ちよさそうに身体を動かしながらポピーにそう言った。しかしポピーはティミーの言葉に再び思い出したように身体を硬直させ、目の前の楽園の景色から目を離さなかった。
「下見ると怖いから見ないの!」
いくら広い場所に出たからと言っても、この場所がとてつもなく高い場所であることは変わりない。草を撫でるような風にも怯え、ポピーは相変わらずリュカのマントを掴んだまま、父の足に寄り添うようにして立っていた。
「エルヘブンの人達は一体いつからこの場所に住んでるんだろう……」
リュカが独り言のように言うと、石柱の脇に立つもう一人の兵士が静かに話し始める。
「エルヘブンの民は神に選ばれし民族。かつては魔界に通じる大きな能力を持っていたと言われています」
長老たちのいる祈りの塔を守護する兵士も、この村の成り立ちについては伝承を耳にしているだけのようだった。リュカの父パパスが王を務めていたグランバニアにも長い歴史があることをリュカはオジロンやサンチョ、城の学者からも聞いているが、このエルヘブンの村はそれよりも長い歴史を築いているのかもしれないと思えた。エルヘブンの特殊な村の形にしろ、魔物を自然に受け入れることにしろ、この村には他の人間の集落とは違う特別なものが多く存在している。そのような慣習はそれ相応の長い歴史の上で成り立っていると考えても何もおかしなことはない。
「しかしその能力も今では長老たちがわずかに有するのみ! ただかつてこの村にいたマーサさまは偉大な能力の持ち主だったとか……」
母マーサの故郷に来たことを理解しているリュカだが、改めて見ず知らずの人間から母の名を語られると、不意に何者かの手で身体を押さえつけられるような窮屈さを感じた。自分の母であるにも関わらず、この村の人々に比べて母のことをまるで知らない自分を恥ずかしくも感じた。
「神様とか魔界とか、急にそんなこと言われても、うーん……」
「おばあちゃんってそんなにすごい人だったの? じゃあこの村を出る時、大変だったよね?」
ティミーとポピーが無邪気に話す会話を耳にし、二人の兵士は顔を見合わせた。
「マーサ様もリュカ王も、魔物と人間の懸け橋になり得る方です。お二人が力を合わせれば、この世界に彷徨う魔物たちも目を覚まし、魔物に本能的に敵意を抱く人間たちも新たな世界を見ることができると……」
「あ、あ、あの、あなたはもしかして、マーサ様の……」
サーラが話している途中から、祈りの塔の門番を務める二人の兵士の顔つきが変わっていた。それまでは久々に村に訪れた旅人に真面目な表情ながらも人の好い笑みを浮かべて話をしていたが、リュカたちの会話を聞くにつれ、徐々にその表情が固くなっていった。
「祈りの塔で長老たちがあなたをお待ちしています!」
「あわわ……本当にいらしたのか……」
慌てた様子で二人の兵士はリュカに深々と頭を下げ、更に上に登ったところにある祈りの塔へ上るよう勧めた。
「えっと、仲間たちも一緒に行って平気ですか?」
「もちろんです! あなたの連れている魔物から邪気は感じません。長老たちもそのことに気づいているはずです」
「えっ? 上からボクたちのことが見えてるの?」
そう言いながらティミーは更に上に登ったところにあるはずの祈りの塔を見上げるが、辺りは静まり返っていて、誰も表に出ている気配はない。長老たちがいると言われる場所だが、人の気配すら感じられなかった。
「とにかくお邪魔してみよう。そもそも長老さんと話がしたくてここまで頑張って上って来たんだからね」
「もうあのコワイ階段はないのね? ああ、でもここって小さな島が空に浮いてるみたいで……やっぱりコワイ」
「ポピーは僕と一緒に行こう。もうすぐだからね」
リュカはずっと深々と頭を下げている二人の兵士に礼を言うと、立派な石柱の間を通って更に上へと上って行った。階段ではなく、今度は急斜面が続き、斜面は草で覆われ、滑りやすくなっている。ティミーが勢いをつけて一気に駆け上がるのを見ながら、リュカはポピーと一緒に草をロープのようにつかみながらゆっくりと上へ進んでいった。
祈りの塔と呼ばれる建物の周りには庭のような草地が広がり、小さな花が点在し、蝶が花々の間を飛び、近くに植わる木からは鳥のさえずりが聞こえた。庭の周りには装飾が施された柵が立てられ、うっかり下に落ちないように配慮されているようだ。ただかなり古い柵のようで、年月による風化で朽ちてしまっている箇所もある。手をかけて下を覗き込もうとしたティミーは、掴んだところがぼろぼろと崩れてしまった瞬間にバランスを崩してよろめいたが、サーラに腕を掴まれ事なきを得た。さすがのティミーもこの高さから落ちることを想像したら、顔を引きつらせて冷や汗をかいていた。
「王子、好奇心旺盛なのは結構ですが、くれぐれもお気を付けください」
「うん、ごめん、サーラさん……。あっ、ここが入口だね。お父さん、早く中に入ろうよ!」
祈りの塔の入口は大きな木の扉で閉じられていた。丸い尖塔のような建物で、それに合わせて作られた扉も丸みを帯びている。扉には何かの植物の葉を象った彫刻が施されていたが、長い年月での風化により、その形はおぼろげにしか分からなかった。リュカが扉に手を当てると、木の扉は特に力を入れる必要もなく軽く内側に開き、リュカは思わずその軽さに転びそうになってしまった。
祈りの塔の天井は高いが、外から見た尖塔の形とは違い、天井は平面だった。部屋の奥に壁に沿うようにして階段があり、上に別の空間があることが窺える。リュカたちが入った広い部屋の中には、四人の人間が部屋の中心に向かって円を描くように立っていた。四人とも同じ濃紫色のローブに身を包み、頭には特徴のある三角帽子を被っている。各々手には魔力の込められた杖を持ち、杖に埋め込まれている宝玉は仄かに青白く輝いている。
リュカたちが言葉もなくただ夢を見ているかのようにその場に立ち尽くしていると、リュカに背を向けていた人物が後ろを振り向き、固い表情のまま「こちらにおいでなさい」と呼びかけた。リュカは紛れもなく自分が呼ばれたのだと理解し、静かにローブを身にまとう四人の元へと歩み寄った。
「よくぞ来ました。大いなるマーサの子リュカとその仲間たちよ。そなたの来ることは分かっていました」
四人の人物は皆、女性だった。リュカは一瞬、そこに母がいるのかと思ってしまった。恐らくリュカの母マーサと同じ年頃の女性が一人、正面からリュカの顔を真っすぐに見つめていた。しかしこの時、リュカが感じた得体の知れない感動よりも、エルヘブンの巫女である女性が覚えた感動の方がより勝っていた。
彼女はリュカの母、マーサをよく知っていた。若いマーサが、村に迷い込んできた旅人に連れられ、村を出て行ってしまったことももちろん知っている。村を代表する巫女であったマーサは、自らの運命はこの村と共にあるのではなく、外の世界に出ることなのだと見定め、立派な若者と共に広い世界へと飛び出してしまった。
高い三角帽子を被るその女性はリュカの顔をまじまじと見つめた後、そっと顔を伏せ、目元を拭った。それがどのような感情の涙なのか、リュカには想像できなかった。
「かつてはマーサを連れ出したパパスどのをとても恨みに思ったものです」
エルヘブンの巫女の言葉に、リュカの身体に緊張が走る。オジロンからも聞いていたことだが、父パパスはこのエルヘブンの人々から非常に嫌われていたらしい。リュカの記憶の中のパパスは偉大な父であり、誰からも尊敬され、慕われるような人物だ。しかしそれを覆すような父の過去を、リュカはこの場で聞かなければならないのだと、改めて気を引き締めた。
「しかし二人の子リュカにはなんの罪もありませんものね」
そう言って巫女の女性は緩やかにほほ笑んだ。マーサがこの村を去り、既に二十年以上の月日が流れている。その間にこの村の中でも様々な変化があったのだろう。マーサがグランバニアの国に王妃として迎えられ、そのうち一人の王子を産んだことも、この村の人々は知っている。リュカがこの村に来ることも半ば予言していた巫女たちの特別な力により、当時のグランバニアの状況も、その後マーサが魔物に連れ去られたことも、全てを理解しているのだろう。それらを知り、理解し、時が為す心の落ち着きにより、エルヘブンの人々は全ては運命の下に起きた出来事なのだと、事実を受け入れる深い心を持つようになった。時が流れるということは、その時のままではいられないのだと、彼女たちは賢明に生きてきたのだ。
「今こそ全てを教えましょう」
リュカの目の前に立っていた母マーサを思わせる巫女が、再び他の三人の巫女と向き合い、部屋の中心に置かれる大きな水晶玉に杖をかざした。水晶玉の中に煙のようなものが浮かび、やがてそれは不思議な絵として浮かび上がる。その絵は動き、まるで今起こっている出来事のように、映像としてリュカの前に現れた。
「太古の昔、神はこの世界を三つに分けたのです。神自身が住む天空界、人間たちが住むこの世界、魔物らを封じた暗黒世界。そしてその三つの世界が互いに交わることのないよう門番をもうけました。その門番を命じられたのが我らエルヘブンの民なのです」
水晶玉の中には空の雲の中に見える大きな城が見え、その城の中には人間のようで人間ではない、背中に大きな白い翼を持った人が住まわっていた。人間の形をしているものの、その大きな白い翼をはためかせ、自由に大空を飛び回っている。普通の城のようにも見えるが、全体が青白く輝く不思議な城で、俯瞰した城の姿を、リュカはどこかで見たことがあるような気がした。
次には見慣れた人間の住む町が映し出される。それはここエルヘブンであり、グランバニアであり、またリュカたちが見たことのない町や村も映し出された。もしかしたら今の時代ではないどこかの景色が映し出されているのかも知れない。
水晶玉の中が途端に暗くなった。全てが闇に包まれており、一体中に何が映し出されているのか分からない。ただ水晶玉には黒い煙が渦巻き、その中に暗黒世界の景色が隠されているに違いなかった。エルヘブンの民にもその世界をうかがい知ることはできなかった。
「我々エルヘブンの民は門を閉めることも開くこともできたと言われています。しかし時が経つにつれてその能力は次第に失われていったのです。今ではこの北の水路に浮かぶ海の神殿の門も我々には開くことができません」
水晶玉を囲む四人の内、西側に位置する巫女が言葉を続け、水晶玉に両手をかざす。水晶玉の中に、新たな景色が浮かび上がる。その景色を見て、リュカたちは一斉に息を呑んだ。
エルヘブンへの旅の途中、船で進んできた広い洞窟があった。洞窟の中に、不思議な場所があったことをリュカたちははっきりと覚えていた。二本の大きな石柱が建ち、その奥には大きな火台に守られるように巨大な青白い扉があった。鍵がかかっていたのか、リュカたちには開くことはできず、その場でできることもないために立ち去ったが、まさしくその不思議な扉が水晶玉の中に映し出されていた。
リュカたちは固唾を呑んで水晶玉の景色に見入る。扉をすり抜けて入った先には、滝のように大量の水が流れ落ちる景色があった。しかしその景色はすぐにぼやけてしまい、水晶玉の中には白い煙が流れるように見え、中の景色は消え去ってしまった。気が付いた時には水晶玉はただの水晶玉としてそこにあるだけになってしまった。
「お父さん、あれって……あの場所だよね?」
ティミーがいつになく静かな声でリュカに話す。この祈りの塔の中では自然と心が落ち着き、常に元気なティミーも無意識に静かな声を出していた。リュカもその空気を破ることなく、ティミーの問いかけに一つ静かに頷いただけだった。
「リュカの母上マーサ様は我が民の太古の能力を特に強く宿しておられました。魔物らがマーサ様をさらったのは暗黒世界の門を開かせるためでしょう」
水晶玉の北側に位置する少々年若い巫女が、ゆっくりと水晶玉に向かって両手を差し出す。水晶玉の中に新たな景色が浮かび上がる。海の洞窟の巨大な扉の前に、祈りを捧げる一人の女性の後姿があった。背中を見せているためその顔を窺い知ることはできないが、背中に真っすぐに伸びる黒髪は艶めき、全身をゆったりと覆うローブ姿に、リュカは息が止まりそうになった。それが誰なのかと聞かなくても、水晶玉の中に移る一人の女性の後姿からリュカには十分に伝わった。
「私は感じることができます。開かれた門は年ごとにその開け口を大きくしています。このままではやがて巨大な魔界の王ですらこちらにやってくるでしょう。そうなる前にマーサ様を助け出し、開かれた門を再び封印するのです。大いなるマーサの子リュカ、あなたにはその力があるはずです」
水晶玉を囲む、東側に位置する巫女がそう告げると、水晶玉の中の景色は大きな滝のような大量の水が流れる景色を映し出す。滝の中央に、吸い込まれそうな暗闇が見えた。東の巫女が集中して暗闇に近づく景色を映し出そうとするが、突然水晶玉が真っ黒なもので充満し、景色は何も見えなくなってしまった。あまりにも不気味な黒の物体に、ポピーは小さな悲鳴を上げてリュカの後ろに隠れてしまった。リュカは尚も黒い水晶玉の中を覗き込もうとしたが、息を切らして額に汗をかいている東の巫女の様子を見て、もう水晶玉の中に何かを見るのは不可能なのだと分かった。
エルヘブンの長老と呼ばれる四人の巫女たちは、リュカたちに向き直ると、何かの儀式のように三角帽子の頭を下げ、両手を合わせて祈りを捧げる。その祈りの力はリュカたちの旅の疲れを癒し、今にも旅立てそうなほど気力も充実させる不思議な力を放っていた。
「……長老さん、色々と聞きたいことがあるんですが」
「どうぞ。なんでもお聞きください」
「今見せてもらったものですが、神様が住むお城というのは本当に空に浮かんでいるのでしょうか」
リュカがそう聞くのには理由があった。先ほど、水晶玉の中に見えた空に浮かぶ城を、リュカはどこで見たのかを思い出していた。
エルヘブンに向かう旅の途中、少し寄り道をしたことがあった。海のように広い湖を探索していた時、リュカとティミーは湖に沈む巨大な城を発見した。その姿が今水晶玉の中に見た城と非常によく似ていたのだ。もちろん、湖に沈む城には翼の生えた人など住んでいるはずもなく、ただ巨大な城が水の中に沈んでいるだけだった。
「かつては空に浮かんでいた、そう申し上げるのが正しいのでしょう。今では伝承の一つとなっており、私たちにもその在りどころは分かりません」
「この村である人に、天空に上る塔があると聞きました。それがどこにあるか、知っていますか?」
「ああ、村の東の番をしている者の話ですね。我々が聞いている伝承は、天空の塔は世界の中心にある、それだけです。果たして世界の中心がどこなのかは、分かりかねますが……」
巫女の言葉に、リュカはどうしてもあのセントベレスの天にも届きそうな高い山を思い出す。旅の最中、度々世界地図を開いて世界の地形をまじまじと見つめることもあるが、リュカの持っている世界地図の中央に位置するのも、あのセントベレス山のある大陸だった。かつては逃げてきたあの大陸を、改めて探索する必要があるのかも知れないと、リュカは口を固く引き結んだ。
「海の神殿のあの大きな扉は、どうやったら開くんでしょうか」
「あの扉を開くことができるのも、マーサ様だけ。マーサ様は特別なまじないであの扉を開き、そして閉めることもできました」
「母はそのまじないを誰かに引き継がなかったのでしょうか。あなた方の誰かに……」
「いえ、もし引き継げる者がいたとすれば、それはきっとリュカ、あなたしかいなかったでしょう。我々の中にはマーサ様ほどの力を持つ者がおりません」
母マーサは世界でたった一人、魔界との門を封じる力を持ちながら、魔物の連れ去られてしまった。その能力を継ぐ可能性を持っていたのはリュカ一人だったが、リュカは母を知らずに今まで生きてきた。今や魔界の扉を操れる者はこの世にいないということだった。
「このままだと魔界の王がこっちに来ちゃうの……?」
「魔界の王が来たらこの世界はメチャメチャになっちゃうよ。こっちに来る前にやっつけないと!」
ティミーの言葉には強い響きがあった。祈りの塔の中に響くその声は、エルヘブンの長老たちに今までにない輝きを与える。
「お父さん、どうにかして魔界の扉を開こうよ! ボクたちで魔界にいって、魔界の王ってヤツを倒すんだ!」
「ティミー、落ち着いて。僕たちが見たあの扉、今の僕たちでは絶対に開けられないよ。特別な力が必要なんだ」
「でもお父さんなら何とかなるかも知れないんでしょ? あっ! それともこの天空の剣で壊せるのかも! ねぇ、今すぐに行って扉をこの剣で切ってみるよ。天空の剣は特別だもん。きっと扉の封印だって解けるくらいの力があるはずだよ!」
ティミーの焦りの言葉に、彼の様々な気持ちをリュカは感じた。勇者としての使命を果たすため、祖母であるマーサを救うため、魔界という未知の世界への好奇心、勇者の自分は何か強い力に守られているという自信、そのような様々な思いが溢れ、ティミーは今すぐにでも魔界の扉を開いてその世界に飛び込みたいという思いをリュカにぶつける。
「ティミー、君は勇者だからって何でもかんでもやっていいって考えているところがある」
「そっ、そんなことないよ……!」
「自分が勇者だと思うのなら、世界を救うためにできることをちゃんと考えるんだ。もしあの扉を天空の剣の力で壊してしまったら、魔界との門を壊してしまうことになるかも知れない。そうすると、どうなると思う?」
「……きっと、魔物さんたちがたくさん、こっちに来るわ……」
ポピーが震える小さな声でそう言った。全ての魔物と仲良くなりたいと願う心優しいポピーだが、旅をしている中で魔物の恐ろしさも身をもって体験している。しかも魔界に棲む魔物という出遭ったことのない魔物の姿を想像するだけで、ポピーの表情は恐れに険しくなっていた。
「世界のみんなのことを考えたら、魔物がこちらの世界に来ないのが一番良いことだと思わないかい? 多分、君たちのおばあちゃんもそう思っているに違いないよ。年ごとに門が開きつつあるってさっき話を聞いたけど、おばあちゃんが魔物に屈していたらとっくに門は開かれているんだと思う」
リュカはそう言いながら、記憶にない母マーサが魔物に攫われて以来二十数年にも渡り、魔界という異世界で懸命に魔物に抗っているのだろうと想像した。彼女がそれほどに踏ん張れる理由は一体何なのだろうかと考えたら、それはエルヘブンの巫女としての立場であり、それ以上に我が子を守りたいという強い思いなのではないだろうかと、親となった立場で自然とそう思い至った。
「この世界を守ることが、勇者の使命だよね、ティミー」
「うん、そうだよ、そんなの、当たり前だよ」
「僕たちがしなければならないことは、魔界に通じる門を閉じることだ。魔界の魔物をこちらの世界に来させちゃいけない。長老さんが言った通り、おばあちゃんを助けて、再び門を封印するんだ」
リュカの説明に少々の反抗心を抱きながらも、ティミーは納得したように口を尖らせたまま静かに頷いた。自分の主観的な勢いのある意見よりも、父の客観的な落ち着いた意見の方が誰もが従うことは明らかで、その内容を理解できないほどティミーも馬鹿ではなかった。
「でも、それでも、おばあちゃんを助けないと! でも、何をどうしたらいいんだろう……」
「神様に助けてもらおう」
リュカの唐突な言葉に、ティミーもポピーも、魔物の仲間たちも一斉にリュカを見つめた。最も神の存在を信じていないようなリュカからその言葉が出たことに、仲間の誰もが眉を顰める。
「僕は湖に沈む城を見た。あの城があったということは、きっと神様もどこかにいるはずだ」
「お父さん、本気で神様がいるって言ってるの?」
「ああ、本気だよ。きっとこの世界のどこかに『神様』っていう何かがいるんだ。きっとその人に聞けば、何かを教えてくれるよ」
リュカは人々から崇め奉られるような神様を想像しているわけではなく、ただ『神様』と呼ばれる何者かが存在しているのだろうと、あの湖に沈む巨大な城を思い出してそう考えていた。決して全知全能の神がいるとは思っていない。しかし『神様』と呼ばれる存在の何者かが、人々を越えた力を持っていることに期待した。天空界に住んでいるはずの神様を目指すため、リュカは次の目的地を一人、頭の中で決めていた。
「長老殿、この祈りの塔には上に部屋があるのですか?」
サーラが高い天井を眺めながら、長老たちに問いかける。長老たちも魔物からの問いかけにひるむこともなく、落ち着いた様子でサーラを見上げる。
「上の階はかつてマーサ様が暮らしていたお部屋です。子供であるあなたがお部屋に入るのなら、マーサ様もお喜びになるでしょう。どうぞお部屋でゆっくりお過ごしください」
「母さんの部屋……」
「お部屋はマーサ様がこの村を出られる前のままです。あなたが生まれる前の頃なので、直接関係のあるものはないでしょうが、あなたなら何かを見つけるかも知れません」
長老たちもマーサの部屋を自由に調べたりすることなないため、一体上の部屋に何があるのか知らないようだった。唯一、マーサの所縁の者であるリュカにはその権利があるのだと、長老はリュカたちをマーサの部屋に行くことを勧めた。リュカはその言葉に甘えて、上に続く螺旋階段を逸る気持ちで上って行った。



通された部屋はとても一人の部屋とは思えないほど広く、そして尖塔の内部である部屋の天井は遥か上で、天井の中心を見つめていると吸い込まれそうな錯覚を覚えた。壁に埋め込まれた窓は小さく、部屋の中を照らす外の明かりは貴重なものに思えた。薄く窓が開けられ、白いカーテンが緩く風に揺れている。部屋には暖炉もあり、小さな台所もあり、書き物ができる机と椅子があり、ベッドも調えられていて、まるで今ここに人が住んでいてもおかしくない雰囲気があった。しかしそれらはリュカたちを部屋に通した女性が毎日この部屋の状態を保っているためだった。元々、女性はマーサのお付きの者としてこの村に暮らしており、二十数年もの間ずっとマーサを待ち続け、この部屋を変わらず世話し続けていた。年齢は母マーサよりは下なのかも知れないが、マーサを待ち続ける心労で本当の年齢よりも少し上にも見えるようだった。
「ここはマーサ様のお部屋。マーサ様はいつも仰っていました。心に光を灯していれば、決して闇に飲まれることはないと」
お付きの女性は窓の縁の掃除をしながら、リュカに優しく語りかけた。時折、窓の外を強い風が吹き抜ける。窓がガタガタと揺れ、白いカーテンが内側にばさりと浮かぶ。その風は恐らくエルヘブンの村を守る自然の力を超えた風なのだろうとリュカは思った。
「ここがマーサおばあちゃんのお部屋。広いけど、なんだかさみしい所ね……」
ポピーの言葉にサーラが小さく「ふむ……」と反応した。これほどの広さがあれば一人ではなく、何人かで生活ができそうなものだが、部屋にはマーサのものと思われるものしか置かれていないようだった。特に華美なものも好みではなかったようで、部屋の中は非常にこざっぱりとしている。
書き物をするための机の横には本棚が置かれ、そこには多くの書物がきれいに並べられている。机の上には小さなランプが埃も被らず、時を感じさせない状態で置かれている。床に敷かれた植物の模様が描かれた美しい絨毯や、壁に飾られた花や景色の絵が、唯一マーサ自身が好んで部屋に置いているものなのかも知れないと、リュカはぼんやりと壁に架けられた絵を眺めた。
机のすぐ横に架けられている絵は、海の絵だった。ここエルヘブンは外界と閉ざされた村と言っても過言ではなく、恐らくマーサもこの部屋に住んでいた時には海を目にしたことがなかったのだろう。それだけに海への憧れが強く、いつでも目にできるようにとこの海の絵を机のすぐ横にかけて眺めていたのかも知れない。そしてこの海の絵を目にする度、外への憧れが強まって行くのは自然なことだろうと、リュカは自らも椅子に腰かけてその海の絵を見上げた。
プックルは部屋に敷かれている絨毯の上ではなく、冷たい床の上に寝そべってリュカを窺うように見つめていた。プックルなりに絨毯を傷つけてはいけないと気を遣い、敢えて床に寝そべっているのだとリュカは気づいた。祈りの塔の上に位置するマーサの部屋に、何か神聖なものを感じているのかも知れない。プックルは至って静かに、リュカが座る椅子の脇で、赤い尾をたまにゆらりと動かすだけで落ち着いてその時を過ごしていた。
「ねぇ、気づいた? このお部屋ってこの村で一番高い場所にあるよ。塔の上にとらわれたお姫様のお部屋っていう感じだね」
ティミーの言うことがあまりにも的を得ていて、リュカは何も返事ができなかった。エルヘブンの村人たちは、マーサの特別な力を大事にするあまり、彼女をこの小塔に閉じ込めてしまっていた。もちろん村人たちに悪気はなく、マーサ自身もこの環境を受け入れていたに違いない。魔界に通じる門を唯一開けることも閉めることもできる自身の力を、マーサは周りが大事にする以上に大事なものなのだと認めていたのではないかと、リュカは机の端に置かれている小さな花瓶の花を見つめた。
「ボクだったらこんなところに一日中いたら、頭も体もおかしくなっちゃいそう。やっぱり外に出たいよね」
「私たちは旅をして毎日外にいるようなものだものね。特別な力を毎日守って守って……おばあちゃん、息苦しくなかったのかな」
ティミーとポピーの言葉に、部屋の世話をしている女性が困ったように小さく笑った。この女性に限らず、下の階にいる四人の長老も、エルヘブンの村人たちも、マーサの特別な立場を尊ぶのと同時に憐れんでいたことは容易に想像できた。それ故に、いざマーサが村を出ることを決意し、パパスと共にグランバニアに向かうことになった時、村の人々はマーサを村に縛り付けておくことができなかった。マーサの生まれながらに持つ特別な力の呪縛を村人たちは理解し、そして彼女を解き放つ時が来たのだと、その時を悟ったのだろう。
「マーサ様は今も別の場所で、囚われ生きていらっしゃる……早くお助けしたいものです」
サーラが沈痛な面持ちでそう言うと、リュカは母マーサの人生を振り返るように想像した。
生まれた時から特別な力を有し、たとえ外の世界に出たいと思ってもそれは認められなかった。外の世界から現れたパパスという若者に出会い、特別な力を持つ運命の中にありながらも、村を出てグランバニアに行くことを決意する。恐らくパパスといる時、人生の中ではほんのひと時がマーサの幸せの時だったに違いない。しかし彼女はリュカを産んですぐに魔物に連れ去られ、今度は魔界という異世界で囚われの身となってしまった。人生の大半を、彼女は自由のない中で生きているのだ。このエルヘブンに来て母の過去や運命に触れ、リュカはずっと知りたいと思っていた母のことをようやく知ることができたが、同時に一つ、胸の中に重い何かが収まったような気がした。
「リュカ殿、少し気になる本を見つけたのですが……」
ピエールがリュカの座る机の脇の本棚の中の、分厚い一冊を指差して伝えた。本の背表紙には『空のお城』というまるで子供向けの本のような柔らかいタイトルがあったが、厚みがあり非常に重そうな本に、ピエールは疑問を抱いたようだった。リュカは椅子を引き、本を取り出すと机の上に置いて表紙を開いてみた。
表紙の裏側には地図が描かれていた。その世界地図はリュカも持ち歩いている地図とそう変わりないものに見えたが、地図のちょうど中央に、恐らくマーサ自身が書き込んだものだろうか、赤色の丸が書かれていた。その脇にはペンで書かれた『塔』の文字。マーサの書いた印と文字に、リュカは思わず全身に鳥肌が立つ思いがした。
「……ここだ。母さんが教えてくれた」
「どういうことですか?」
「天の城に通じる塔。多分ここに、それがある。母さんは知ってたんだ」
「……なんと、そんなことが……」
ピエールが驚きの余り声を失う横で、リュカはその事実を素直に受け入れることができた。エルヘブンを代表する巫女であった母マーサが、伝承の中にだけ残る天空の塔について知っていることは別段不思議な事ではないと思えた。リュカが驚いたのは、まるで今のリュカに教えるように、ピエールにこの本を見つけさせ、リュカが表紙をめくって世界地図を目にした途端、目に飛び込んでくる赤色の丸印をつけていたことだ。もしこの地図に他にも様々な書き込みがしてあったら、リュカはこの事実に気づいていなかったかも知れない。しかし地図への書き込みは『塔』だけであり、他の土地への書き込みは一切ないのだ。
「何か気になるものがございましたか?」
部屋の世話をする女性がリュカに語りかけてきた。リュカは机の上に本を広げたまま、懐から旅の地図を出して並べていた。同じ場所に印を書き込みながら、女性に返事をする。
「少しここでゆっくりさせてもらってもいいですか」
「もちろんですわ。ここはマーサ様のお部屋。それはマーサ様のお子であるあなたのお部屋でもあるのです。ゆっくりお過ごしください……ああ、そうそう。旅のお役に立てるか分かりませんが……」
そう言いながら女性が差し出したのは、片手に収まるほどの小さな本だった。しかし本の表紙にも裏表紙にも美しい装飾が施されており、まるで汚れていないその小冊子のようなものは大事にここで保管されていたものだと分かる。
「あなた方のお役に立つか分かりませんが、この本をお持ちください」
受け取ったリュカはその小冊子をパラパラとめくってみた。いくつもの詩が収められており、詩に添えられる絵もいくつか描かれている。
「エルヘブンの民が子供の頃から読んでいる神の言葉の書ですわ。どうかご加護がありますよう……」
「これをいただいても良いんですか?」
「ええ。こちらの詩集は村にいくつかあるものです。村の子供らは皆、この詩編集を読み、神の言葉を受けて育ちます。伝承にまつわる内容もございますので、もしかしたらあなた方の旅のお役に立てるものかも知れません」
女性の説明を受け、リュカは改めて初めからゆっくりとページをめくる。神の言葉自体に興味は沸かなかったが、リュカが次に目指している場所は神の住まう城へと通じる天空の塔なのだ。伝承についても書かれているこの詩編集に、何か重要なことが書かれていても不思議ではないと、リュカはありがたく女性から詩編集を受け取ることにした。
女性が水を取り替えるために一度部屋を出ようとしたところ、階段を駆け上ってくる大きな足音が聞こえた。慌ただしい様子にリュカは思わず身構えて扉に向かったが、部屋を出ていく女性が落ち着いて扉を開け、階段をドタドタと上ってきた人物を部屋へと入れた。息を切らし、両膝に手をついているのは、全身を長いローブで覆う一人の男性だった。ずり落ちた眼鏡をかけ直し、部屋にいる魔物の仲間らには目もくれず、リュカに目を向ける。そして感動したように「おお……」とため息を漏らすと、少々高い声でリュカに言い放つ。
「なんと! そなたはマーサ殿の所縁の者と申すか?」
長老たちに話を聞いたのだろうか、男性は興奮を全く隠そうともせずにリュカに向かって叫ぶようにそう言った。リュカは面食らいながらも、部屋の世話をしていた女性が少し笑っているのを見て、少し落ち着いてから「はい、そうです」と端的に答えた。
「そうか、そうか……おお、マーサ殿の子がこれほどに大きくなって……そっちの小さい二人はお主の子供か?」
「そうです。男の子がティミー、女の子がポピーと言います」
「ボクたち、お母さんとおばあちゃんを助ける旅をしてるんだ!」
「なんと、なんと! これまた光り輝くお子じゃ! マーサ殿とは違った輝きがあるのう」
「お父さんも助けられたから、きっとお母さんもおばあちゃんも助けられるって、信じてるの」
「……なんだなんだ、どういう話なのだ? お父さんも、お母さんもおばあちゃんもとは?」
リュカはエルヘブンの人々に自らの生い立ちなどは一切話していない。この村の人々が知っていることは、マーサが偉大なる力を持っていることと、彼女が魔界に連れ去られてしまったということだ。部屋の世話をする女性も水の入った桶を手にしながら興味を持つ目を持っていたので、隠す必要もないことだと、リュカは簡単に過去の出来事を二人に話した。
話し終えると、女性は水の桶を下に置いて、前掛けの裾で涙を拭いていた。いわゆる学者のような癖の強そうな男性も涙こそ流さないものの、リュカがまだ一人の頃から旅をして、結婚をして、父の故郷であるグランバニアに着いて双子が生まれ、すぐに妻が魔物に連れ去られてしまったこと、自身も石の呪いを受け八年を過ごしたことなどに、沈痛な面持ちを見せていた。
「なんと苦労をされたことか……。よくぞ今まで生きていてくれた」
「僕は、幸せ者です。だって子供達も生きていて、仲間もいる。妻だって絶対にどこかで生きてる。母も必ず……」
「これからも旅を続けられるのだな?」
「はい、止める理由がありません。僕は必ず、妻と母を救い出します」
リュカの決意揺るがぬ瞳を正面から見た男性は、一瞬息を呑んだ。その瞳はあまりにもマーサに似ており、そしてマーサがこの村を出ると決意した時の瞳そのものだったからだ。誰が何を言おうが、リュカの覚悟はこれからも続いて行くのだろうと認めた男性は、意を決したように大きな声を上げる。
「ならばそなたに魔法のじゅうたんと鍵を授けよう! ふたつともこの村にあるので探して持って行くが良い」
「魔法のじゅうたん!?」
「……と、鍵?」
ティミーがはしゃぐ後ろで、リュカが首を傾げた。魔法のじゅうたんの話は既にこの村で耳にしているが、魔法の鍵というものについては今初めて聞いたものだ。
「お父さん! 魔法のじゅうたんだって! くれるんだ……って、探すの?」
「探すって、この村の中をですか?」
ポピーもティミーに同調するように、男性に問いかける。学者風の男性は髭の生えかけた顎を撫でながら、「うむ」と短く返事をする。
「あれらは村の宝だ。大切に保管されておる。とても見つけづらい所に置いてあるのでな、きっと探すのにも手間がかかるじゃろう」
「ポピー、宝探しだ! それもこの村中を! 楽しそう!」
「それもとんでもない宝物よ! 魔法のじゅうたんに、魔法の鍵ですって」
「お父さん、ボクたちが探してくるよ! 見つけたら教えるから、ここで待っててね!」
「えっ!? ちょっと、ティミー、待って……」
リュカの止めようと声をかけるのも聞かず、ティミーはポピーと手を繋いで、素早く部屋を出て行ってしまった。いつもは冷静にティミーの無謀を止める役割のポピーも、村の中での宝探しという心躍る本気の遊びに、つい兄のティミーと共に部屋を飛び出して行ってしまった。
「……まあ、村の中ですからな。何も危ないことはないでしょう」
「メッキーについて行かせれば問題ないのではないですか、リュカ殿」
「ッキ!」
ピエールの言葉を聞きつけたメッキーが、即座に返事をして、リュカの言葉を待たずに部屋を出て双子を追いかけて行った。その様子に、実はメッキーも村の中での宝探しに心躍らせているのではないだろうかと、リュカは密かにそう感じた。
「なんとも元気なお子たちだ。未来は明るいのう!」
男性は愉快そうに笑い、そしてリュカに歩み寄ると、肩に強く手を置いて力のある声をかける。
「そなたがマーサ殿を助け出すことを期待しているぞよ!」
「きっとあなた方なら成し遂げてくださいますわ」
学者の男性と、部屋の世話をする女性の言葉に、リュカは勇気をもらうことができた。リュカの根源ともいえるマーサをよく知る人物に期待されることは、薄っぺらいものではなく身の入った期待なのだと実感できた。その期待に応えようと言う思いは確実なものになり、リュカは再び母が記した地図の赤い丸印に静かに目を落としていた。

Comment

  1. 犬藤 より:

    読み初めてからもう3年が立ちました...
    時間の流れは早いですねぇ

    • bibi より:

      犬藤 様

      本当に時が経つのは早いもので……そしてまだまだ終わらず、恐縮です(汗
      この調子で行くと、息子が小学校を卒業してしまいそうで怖いです。ペースアップ、したいものです。

  2. ケアル より:

    bibi様。

    ポピーって高所恐怖症なんですね。
    同じ双子でも、やっぱり違うもんなんですね。

    bibi様の街村の描写…いつも読んでて思いますが、ほんとに和みます。
    一つ一つの事柄が丁寧に描写されていて想像できますし、子供たちの心の動きの描き方が上手なんですよね。
    リュカが子供のころ、アルカパでビアンカと遊びに行った時の木登の描写…読んでいてにやけていたのを思い出しましたよ。
    子供だけではなく、人間の心理を描かせたら、bibi様は本当に上手でございます。
    ポートセルミのクラリスの心模様、結婚前夜のビアンカの気持ち、サンタローズでのヘンリーの心の葛藤…色々とありますよ!
    すみません話がそれました…。

    宝探しのティミーとポピー、そして、メッキーの無邪気な描写…笑顔になりました。

    次回は、魔法の絨毯と魔法のカギですね。
    初見プレイしたころ、見つけ出すのにほんっとに苦労した子供のころを覚えてます。

    • bibi より:

      ケアル 様

      こちらもコメントをありがとうございます。
      ポピーの高所恐怖症はゲーム中のセリフから引用しました。公式ってことでいいのかな。
      町や村の描写はその場所をできるだけ想像しながら描いているつもりです。攻略本の絵を見ながらとか、その場所から見下ろしたらどんな景色が広がってるかなとか。
      人の心情はその人になるべくなりきって……って限界がありますが、それでもどうにかこうにか想像して描いているつもりです。でも、その人になりきるなんて難しいですよね。何だか、書き方が一辺倒になってるなと反省するところも多々あります……。
      魔法のじゅうたんと魔法の鍵は、子供たちに存分に楽しんでもらいたいと思ったので、こんな感じで話を作ってみました。でも、すぐにポピーが悲鳴を上げるかも知れません……。たっかい所にいるので^^;

  3. ケアル より:

    bibi様。

    自分ケアルは、bibi様の人間の心理描写に心を打たれています。
    今まで、色々な二次創作を読んで来ましたが、bibi様のように、分かりやすく心理描写をしてくれる小説はありませんでしたよ。

    そして、状況描写もです。
    戦闘は、もちろんですが周りの風景や景色を文字で表すのは本当に難しいと思います。
    しかし、先生は、読者が想像しやすい描写と表現をしてくれているんです。

    自分は、bibi様の小説を初めて拝見させて頂いた時…

    この人は、すんごぉい!
    一発でファンになるんだと、心を打ち抜かれましたことを覚えています。

    bibi様、そのせつは、改めて失礼しました…。
    bibi様のことが大好きで個人的にサイン欲しいぐらいです…すみません出過ぎたことをいいました野暮でありますね…。

    自分は、じつは、目を不自由しており、画面は見えません。
    ですから、いつもbibi先生の小説は、携帯の音声サポート機能で音で聴いています。
    ドラクエ5は、子供のころSFCでプレイしました。
    目が見えなくなり、母がPS2のドラクエ5をプレイしていたのを横で、見ていた?聴いていた?…んです。
    ですので、PS2のストーリーは知っています。
    DSのストーリーと内容は、携帯の音声機能でググりました。

    すみません突然にこんな話を…。
    bibi先生に、これからは、隠さないで行こうと決めたんです。
    そうしないと色々と不都合なこともあるように思え、bibi先生に失礼なように思えて…迷惑でしたら言ってくださいね…ごめんなさい。

    長くなりごめんなさい。
    次回を心より楽しみにしています。

    • bibi より:

      ケアル 様

      改めてこちらからも御礼申し上げます。いつもいつもご丁寧なコメントをいただいて大変ありがたく思っております。
      ケアル様ご自身にそのようなご事情があるとは知らず、こちらも失礼なお返事をしたこともあったかも知れません。その節は大変失礼しました。
      目を不自由されている方にも私のお話を読んでいただき、喜んでいただけること、本当にうれしく思います。
      当初は私がやりたいだけでこのサイトを立ち上げ、好き勝手に書いているだけでしたが、読んで下さる方から様々な反応をいただけるのは書く原動力にもなっています。そのお陰でこうして書き続けることができていると言っても過言ではありません。
      ケアル様は耳で当方の話を聞いているのですね。お聞き苦しいこともあるかと思います。なるべく言葉を選んで話を書くようにはしていますが、プライベートで余裕がない時などは、ちょっととっちらかっている時もあるかと思います……。その点はここでお詫び申し上げます。
      この度はお話しくださって本当にありがとうございます。お話しくださったことで、私ももっともっと広い視野と広い心を持つことを覚えられたように思います。感謝申し上げます。
      その人の人となりを知るということは、大切なことですよね。特にこのネットで繋がっている場合は相手が見えないだけに、そういうことは必要な事だと思います。
      色々と教えて下さってありがとうございました。今後とものんびり更新ですが(すみません)、よろしくお願いいたします~m(_ _)m

  4. ピピン より:

    bibiさん

    焚き火の老人の台詞で、キラーパンサーがキラータイガーに、学者の男性の最後の方の台詞で「未来“な”明るいのう」になっていますよ。

    あの学者さん、魔法のじゅうたんをくれると言いつつ探せと言うのは、厳重に隠し過ぎて場所を忘れてしまってたりして…(笑)

    • bibi より:

      ピピン 様

      いつもコメントをどうもありがとうございます。
      ご指摘いただきまして、誠に感謝いたします。早速直しておきましたm(_ _)m
      あ、なるほど、隠し場所を忘れたと……。ドラクエワールドではそういううっかりもアリですよね~。困難そうに複雑そうに見えることに限って、原因は簡単なことだったりって、ありそうなことですね^^

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

 




 
この記事を書いている人 - WRITER -

amazon

Copyright© LIKE A WIND , 2019 All Rights Reserved.