村の二つの宝

 

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「お父さーん! こっちこっち!」
リュカはピエールやサーラと共に、子供たちを探すためにエルヘブンの村の中を歩いていた。魔法のじゅうたんと魔法の鍵を自由に使っても良いという村の許可を得て、それらがこの村のどこかにあると聞かされたティミーは妹のポピーと一緒に村の中を歩き回るつもりでいた。しかしポピーが岩肌に沿う危なげな階段を見て、途端に足が進まなくなり、そこでティミーとメッキーと共に立ち往生していたのだった。
「ポピーが動けなくなっちゃってさ。ま、気持ちは分かるんだけどね、ボクも」
そう言いながらティミーが見下ろす先は、階段と呼べるのかどうかも怪しいほどの急な下り坂が続いており、道は狭く、人が一人ようやく通れるほどのものだった。階段の先が見えないほどの急な下り道で、手すりもなく、進むとなれば岩肌に体をぴたりと寄せてゆっくりと進むほか手段がないように見えた。果たしてこの道をエルヘブンの村人たちは普段使っているのだろうかと、リュカは非常に風化の進んだ階段を見下ろした。耳には風の音が響き、一瞬でも風に煽られたら遥か下まで真っ逆さまに落ちてしまいそうだった。
「お、お父さん、ほ、他の道を探してみない? きっと他にも道があると思うの……。何もこんな場所を進まなくたって……」
ポピーが震える声でリュカに懇願する。リュカもポピーの言うことを聞いてやりたい気はあるが、明らかにこの道は先に続いている。村の宝である魔法のじゅうたんと魔法の鍵は大事にどこかに保管されているに違いなかった。そしてそれら二つの品物は恐らく、簡単には見つからないような場所にあるのだろう。
もしマーサの子であるリュカに素直に二つの品物を授ける目的であれば、村の長老なりがリュカに直接渡せば良いのだ。それをあえてリュカたちを試すように二つを見つけなさいと言うのには、理由があるのだとリュカは思った。
エルヘブンの村はマーサの子リュカを認めるが、リュカが果たしてマーサを救えるほどの実力のあるものなのかどうかを、試しているのだ。魔法のじゅうたんも魔法の鍵も、見つけられなければそれまで、ということなのだろう。村の宝を授けようとしているのだから、それくらいの試練を課されることにリュカは何も問題はないと思っている。そしてその試練を超えられなければ、この村の人々も考えるように自分に母を救うことはできないのだと、リュカは風の音を聞きながら急な下り階段をじっと見つめた。
「ポピー、ここで待っているかい?」
リュカの心は既に決まっていた。この下り階段の先には恐らく何かがあるに違いないと直感を得ていた。ティミーがこの道にこだわっているように、リュカも二つの宝を見つけるためにはこの下り階段を下りなければならないと感じていた。
「お父さん……ここを下りるの?」
「先を見てみないことには分からないからね。大丈夫、いざとなったらメッキーかサーラさんが助けてくれるよ」
「いざって、いざって……落ちるってことよね? そんなの、考えるだけでイヤよぉ……」
「ポピー! そんな弱いこと言ってたら、お母さんもお婆ちゃんも助けられないんだぞ! しっかりしろよ!」
ティミーは励ましのつもりで声をかけたが、その言葉にポピーはついに泣き始めてしまった。ポピーは自分でもその事実を理解しているのだ。ただ高い所から下りるだけで、こんなワガママを言っている場合じゃない、母も祖母ももっともっと辛い目に遭っているかも知れない。しかし目の前の吸い込まれそうなほどの急な下り坂の景色に、本能的に足がすくんでしまうのだ。祈りの塔までの、岩肌から離れて宙に浮くような階段を上る時は周りの景色を目に入れないようにしてどうにか進むことができたが、下る時にはどうしても眼下に広がる景色を目にして、村の下に広がる森の中に両足が吸い込まれそうになってしまう。
「王女、私が下までお連れしましょうか」
リュカの後ろにいたサーラが、大きな蝙蝠のような羽根を一度大きく動かし、しゃがんで泣いているポピーに進言した。困りきっているポピーを見て、サーラも思わず助け舟を出したくなったようだ。サーラの広い背に乗れば、ポピーもどうにか下まで降りることができるかも知れない。
「でも、私だけそんなズル、できないです……」
「はて、それでしたら私やメッキーはいつもズルをしていることになりますな」
「えっ? どうして?」
「我々のように空を飛べるものは、王女たちが進めない場所でもひとっ飛びで行けます。それはあなた方飛べない方々にとってはズルということになるのでしょう?」
「ち、違います。だって、サーラさんもメッキーも、元から飛べるんだもの……」
「ポピー、サーラは仲間だよ。仲間の力を頼ることって、そんなにズルいことなのかな?」
「王の仰る通りです。恐れ多くも、今は私も旅の仲間として行動しています。何のために仲間がいるとお思いですか? 一人ではできないことでも、仲間と共に進めばできることがあります」
リュカにはポピーの本心が分かっていた。ポピーはティミーの双子の妹として生まれて来た。ティミーは生まれながらに勇者などと言う肩書を持って生まれ、双子と言えどポピーとははっきりとした違いがあるが、ポピーにとってティミーは双子の兄以上のものではないのだ。頭では兄との違いを理解しつつも、双子であるが故に小さな頃から常に兄と共にいることを周囲に求められ、それをポピー自身も受け入れていた。兄に負けたくないという思いもあった。しかし何よりも、兄と共に行動することが最も居心地が良かった。
「せっかく仲間がいるんだから、苦手な事を補い合うのは大事なことだと思うな。自分じゃできないことを誰かに頼るのは、別に旅に出ていなくても、当たり前のことだよ」
「私たちも以前……と言ってもかなり前のことですが、メッキーに溶岩の上を連れて行ってもらったことがありましたな」
ピエールがそう言うと、リュカも当時のことを思い出した。サラボナで炎のリングの探索に出ていた時、溶岩の流れる洞窟で仲間になったばかりのメッキーに溶岩の上を飛んで運んでもらったことがあった。あの時、偶然にもメッキーが仲間にならなければ、旅を続けることができなかった。求めていた炎のリングは溶岩に阻まれた奥深くに眠っていたのだ。
「お父さんも、そんなことがあったの?」
「ええ、そうですよ。あの時、空を飛べる仲間はメッキーしかおらず、リュカ殿とマーリン殿と私を運び、先に進みました」
「そうそう。懐かしいなぁ。あの時も死ぬ思いをしたなぁ」
リュカは当時の灼熱地獄のような暑さを身体に思い出し、自然と全身に汗をかきそうになった。しかしエルヘブンの村を吹き抜ける涼しい風を浴びて、サラボナの死の火山の暑さは周囲から勢いよく去って行ったようだった。
「そうだ! 空から見た方が色んな所を見られるよ! じゃあ、ボクもメッキーに乗って空から魔法のじゅうたんを見つけてみる!」
ティミーはそう言うや否や、すぐさまメッキーを呼んでその背に飛び乗った。メッキーも楽し気に勢いよく岩肌の階段から飛び出すように出て行くと、ティミーを背に乗せたままあっという間に見えないところまで行ってしまった。エルヘブンの村の中であるため危険はないが、あまりにも突っ走りがちなティミーの行動に、リュカは思わず顔をしかめていた。
「ポピー王女、ティミー王子はもう先に行ってしまわれましたよ」
「う、うん。じゃあ、サーラさん、お願いできる?」
「もちろんでございます。さあ、私の肩にお乗りください」
リュカが手伝い、ポピーをサーラの肩に乗せた。ポピーはサーラの二本の角を掴み、まるでクッションのようなサーラの首周りの白い毛に思わず頬を緩ませた。サーラが大きな翼を動かし、飛び立つ時には小さな悲鳴こそ上げたポピーだが、サーラの落ち着いた飛び方に徐々に慣れていき、まるで自分が高所恐怖症だということも忘れて、自由に空を飛び回り始めていた。
「気持ちよさそうだなぁ、ポピー。次は僕もサーラさんに乗せてもらおうかな」
「リュカ殿、まるで子供のようですな」
「あんまり成長してないのかもね、僕」
「それでこそリュカ殿です」
「がうがう」
ピエールとプックルに少々馬鹿にされたような気分になったリュカだが、それでも空を気持ちよさそうに飛び回るティミーとポピーを見て、純粋にその状況に憧れてしまった。しかしそれも、このエルヘブンの村に隠されている魔法のじゅうたんを手に入れれば、皆で空を飛ぶことができるのかも知れないと、リュカは引き続きプックルとピエールと共に地道にエルヘブンの村の探索を続けることにした。



岩肌の階段を探索し続けるだけではなかなか目的の場所を見つけることはできなかっただろう。しかし空を飛ぶティミーとポピーがエルヘブンの複雑な造りの村を外から眺めることができたおかげで、一日かけても見つからないような場所をすぐに見つけることができ、リュカはまずティミーの呼ぶ声に向かって足を進めた。
「お父さん! ここに何か埋まってるよ!」
メッキーの首にしがみつくように乗っているティミーが、危なっかしく片手で岩肌の一部を指差してリュカに知らせる。バランスを崩して今にも落ちそうなティミーを見てハラハラしつつ、リュカは息子の示す場所まで岩肌の細い道を辿って進んでいった。
リュカ、プックル、ピエールが進んだ先には少し開けた場所があり、道はそこで終わっていた。途中、エルヘブンの村を吹き抜ける風が強く吹き、リュカはバランスを崩しそうになったが、プックルがその身体を支えて岩肌にリュカを押し付けた。もしプックルの助けがなければ、リュカはこの崖から落ちていたかも知れなかった。
開けた場所には一見、何もないように見えた。しかしティミーが言う通り、上から見れば地面に何かが刻まれているのが見え、それは古い石板が地面に埋まっているようにも見えた。
ティミーがメッキーとともに開けたところに下り、地面に埋まる石板をリュカと共にまじまじと見つめる。石板に描かれている文字は誰にも読めなかった。非常に古いもので、長年誰にも触れられていないように見えた。
「近くに魔法のじゅうたんがあるのかな?」
ティミーは生き生きとした表情で、石板を見つめる。全く読めない古代文字が並んでいるが、どうにか読める部分はないかと石板をくまなく見始めた。リュカも同じように石板を見つめたが、見たこともない文字が羅列するばかりで、そこからヒントを得ることはできなかった。
「ポピーなら読めるかな? あいつ、色々と勉強してるから……って、ポピーはどこに行ったんだろ?」
「サーラ殿とどこか他の場所を見に行っているみたいですね」
高所恐怖症のはずのポピーだが、サーラの安定した乗り心地をすっかり楽しんでいるのか、どこか他の場所に飛んで行ってしまったようだ。サーラと共にいるのであれば安心だと、リュカは特にポピーの心配をせずに石板に目を落とし続ける。
「ポピーにもちょっと難しいんじゃないかな。……そうだ、エルヘブンの長老さんだったら読めるかな? ちょっとここまで来てもらおうか」
そう言ってリュカがしゃがんだまま石板の上をぽんぽんと手の平で二度叩くと、途端に石板から強い光が飛び出した。まるでガンドフの眩しい光を浴びているかのような閃光で、リュカたちは思わず皆、目を瞑って光から目を背けた。
次に石板に目を落とした時、そこに石板はなかった。代わりに地面から一つの古く小さな宝箱が現れていた。地面の中に隠されていたようで、宝箱は全体に土埃を被っており、箱と蓋の間にも土が埋まって固まっている。
「リュカ殿、これは一体、どうやって……」
「いや、僕にもよくわからないけど、勝手に出てきたね……」
「すごい! どんな仕掛けだったんだろ。出てくる瞬間、見たかったな~」
ティミーが突然現れた宝箱に目をキラキラとさせながら、悔しそうにそう呟いた。誰も石板と宝箱が入れ替わった瞬間を目にしていないが、明らかに石板には魔法か何かが仕掛けられ、仕掛けが発動して宝箱が現れたのは誰にも分かることだった。
特に鍵がかけられているようには見えないが、蓋と宝箱の間に隙間なく土が入り込み、簡単には開けられないのではないかと思える状態だった。現にティミーが宝箱を開けようとしても蓋はびくともせず、思わずティミーが背にある天空の剣で宝箱を叩き割ろうと考えてしまうほどに、宝箱は固く口を閉ざしていた。
「リュカ殿、宝箱に触れてみて下さい」
ピエールは考え込むようにそう言うと、自らも宝箱に触れてみた。ピエールの手は宝箱全体にまぶされている土ぼこりを少し取り払うだけで、やはり蓋を開けることはできなかった。リュカも同じように宝箱の蓋に手を伸ばし、静かに触れてみた。すると、まるで宝箱が生き物のように飛び上がり、思わず宝箱の魔物が現れたのかと身構えるリュカの前に、自ら口を開けて元の通り地面に落ち着いた。プックルなどは思わずその小さな宝箱に飛びかかって、破壊してしまいそうな勢いで前足を振り上げた。ピエールも本能的に剣を構え、襲いかかってくるかも知れない小さな宝箱に呪文を発動しようとした。メッキーも空高く舞い上がり、急降下で宝箱を攻撃しようとした。
「ちょ、ちょっと待って! これは魔物じゃないよ!」
最も宝箱の近くにいたティミーが慌てて皆に呼びかけた。ティミーの言葉に攻撃しようとしていた手を止め、プックルたちは恐る恐る小さな宝箱に近づく。
ティミーの頭の上から、リュカも宝箱の中を覗いてみた。片手に乗るような小さな宝箱の底に、なんとも飾り気のない銀色の小さな鍵がぽつんと置かれていた。しかしリュカが手を伸ばし、鍵に触れると、銀色の鍵は仄かに魔法がかった光を放った。鍵の先はさほど複雑なものではないが、鍵自体に埋め込まれている宝玉に魔力が宿っているようだった。
「これが魔法の鍵ってことなの?」
「魔法の力は感じるけど、でも何か特別なことができるのかな」
ティミーとリュカが同じように首を傾げながら、リュカの手の平に乗る魔法の鍵を見つめる。一体魔法の鍵が持つ力がどのようなものなのかもわからず、リュカはただ魔法の鍵を普通の鍵のように手の平の上でコロコロと転がした。
「お父さーん!」
ポピーの声が聞こえたかと思ったら、サーラが颯爽と飛んできて肩に乗せていたポピーをリュカの傍に静かに下ろした。しかしポピーは下りたところから見える景色に途端に足を震わせ、リュカのマントの中に入るようにして景色から目を逸らした。
「まだ高い所が怖いの?」
「だ、だって、こんなに高いのよ?」
「サーラさんと飛んでいる時は平気なのにね。どうしてだろう」
「わ、私にも分からない。どうしてなんだろう……」
あやふやな場所とは言えしっかりと両足で立てるような場所にいるのと、サーラの肩に乗って高い所を飛び回るのとでは、明らかに飛び回る方が怖いのはポピーにも理解できていた。しかしサーラに対する信頼感が強いからか、ポピーは空を飛び回っている時は怖い所をまるで怖がらないようになっていた。
「でもさ、その調子なら、魔法のじゅうたんに乗って高い所を飛んでも平気そうだよな、ポピー」
「あ、そっか。そうだね、ホントだ! 私、魔法のじゅうたんにもきっと怖がらずに乗れる!」
ティミーの言葉に、ポピーは初めてそのことに気が付き、思わずはしゃいだ声を出した。リュカのマントに隠れていたポピーだが、はしゃいでマントから頭を出した瞬間、再び目に飛び込んできた絶景に小さな悲鳴を上げ、またリュカのマントを被って視界を塞いでしまった。
「ところでどちらへ行っていたんですか、サーラ殿」
ピエールがリュカの後ろに降り立ったサーラに話しかけると、サーラは首周りの白い毛を整えながら明るい声で答えた。
「王女が小さな洞窟の入口を見つけたのです。それをお知らせに来ました」
「えっ、洞窟? どこ? どこにあるの?」
ティミーがいち早くはしゃぎ始め、リュカのマントを掴んで上げて、ポピーを問い詰めようとする。しかしポピーは見える絶景から目を背けるために、リュカのマントを必死に下ろそうとする。
「あの、二人とも、僕のマントで遊ばないで」
「遊んでないよ、お父さん。ポピーが早く教えてくれないから悪いんだよ」
「教えるわよ! 教えるけど……サーラさん、早くまた肩に乗せて!」
「はい、かしこまりました。しかし王女、地に足が着いているよりも空を飛んでいる方が平気とは、変わった高所恐怖症ですね」
サーラがポピーの傍に寄り、再びポピーを肩に乗せて空に浮く。サーラの飛び方は翼だけではなく、微かに魔力も使うような安定した飛行で、しかもしっかりと両手でつかむ大きな角もあるため、ポピーはむしろ楽しむことができるのかも知れなかった。ティミーもすぐにメッキーを呼びよせ、サーラについて行くようにと言ってメッキーの背に飛び乗った。
「王子、焦らずとも皆で一緒に参りましょう。リュカ王、ご案内します」
「うん、ありがとう。ゆっくりで頼むね。じゃないと、僕たち、簡単に落ちちゃいそうだから」
サーラが案内しようとしている道は非常に細く、人一人が歩くのがやっとというところだ。ふとした瞬間に吹く強い風に体を持って行かれて、一瞬で崖の下まで落っこちてしまいそうだった。
「順番にお運びした方がよろしいでしょうか?」
サーラがポピーを肩に乗せて宙に羽ばたきながらリュカに問いかけたが、リュカはすぐに首を横に振った。
「いや、大丈夫。これくらいの道だったらどうにか行けるよ」
「そ、そうですね。しかし十分気をつけて参りましょう……」
ピエールもいつものように弾む進み方ではなく、地面を擦るように、なるべく壁にぴたりと緑スライムを寄せて慎重に進み始めた。プックルは鋭い爪を地面にめり込ませるようにして、重い体を壁に擦り付けるようにして進む。リュカは二人の安定した進み方を見て安心したように、先頭をゆっくりと歩き始めた。
途中、細い道すら途切れている箇所があり、そこだけはメッキーが順番にリュカたちを橋渡しした。メッキーがティミーを道に下ろしている間に、ティミーが勝手に危なっかしい道を進みそうになったが、サーラが宙から低い声を出してその行動を止めた。サーラが止めなければ、ティミーはもう一歩先の崩れかけた道から足を踏み外し、真っ逆さまに下に落ちていただろう。
半時間ほどかけて進んだ先に、ポピーたちが見つけたという洞窟の入口が突然現れた。岩肌に沿う細い道の先は一見行き止まりだったが、その半ばに壁が小さくくぼんだ場所があり、そこにぽっかりと子供が入れるくらいの小さな穴が開いていた。その穴の小ささを見て、プックルが不満そうに唸っている。
「あ、そうか。プックルはちょっと入れないかも……」
ポピーはプックルの唸り声に、初めてその穴が小さいことに気が付いた。ただ洞窟の入口のような場所を発見し、それに興奮していたため誰が通れて誰が通れないかなどということは完全に頭から抜けていた。
「僕も入れるかな……どうにか行けそうかな」
リュカは中に続いていると思われる洞窟の入口を、腹這いになってくぐってみた。恐らく普通に入ろうとすれば到底入れない穴だった。しかし身体をねじって、どうにか肩が抜けたところで、リュカは一気に洞窟の中に身を入り込ませてしまった。
「あれ? 中は意外と広いよ」
リュカの声が洞窟の中に響いているのか、くぐもった声が外にも響いてきた。リュカの言葉を聞いて、すぐ後ろにいたティミーが待ってましたとばかりにリュカの後に続いて中に入る。ポピーもサーラから下りるなり、外の景色には目を向けないままティミーの後に続いて洞窟の中に体を滑り込ませてしまった。
「ふーむ、私もちょっと入れませんね。ピエールさんはどうにか行けそうですか?」
「そうですね。この中では……私だけ進めそうですね」
「ッキッキ!」
「ぐるるる……」
「いや、そんなに牙をむくな、プックル。仕方がないだろう。後で中でのことを説明するから、ここで待っていてください」
「まさか中に魔物がいるようでもなさそうですし、ここはピエールさんにお任せしましょう」
サーラが穏やかにそう言うと、プックルも不満そうに見せていた牙をしまい、今度は不貞腐れたようにその場で寝そべってしまった。メッキーは楽し気に返事をすると、岩肌に張り付くようにして翼を休めた。ピエールは鎧兜を小さな穴に潜り込ませるのに苦戦しつつも、リュカたちを追ってどうにか洞窟の中に入り込むことができた。
「中はこんなに広いのに、入口だけあんなに狭いのは、やっぱり何か大事なものが隠されてるってことだよね」
「ぜったいに魔法のじゅうたんがあるよ! 早く奥に行ってみよう、お父さん!」
「プックルたちは来られなかったの? 残念ね、一緒に行きたかったなぁ」
「後で一緒にプックルたちにも説明してください、ポピー王女。あなたからお話していただければ、プックルも落ち着いてくれるでしょう」
明らかに人の手で造られた洞窟が中に広がっていた。壁も四角く成形され、リュカが普通に立って歩けるほどに天井も高い。そして最も不思議なものは、洞窟内を仄かに照らしてくれるエルヘブンの岩肌の明かりだった。洞窟内に火の明かりが灯っているわけではなく、壁や天井の岩盤から自然の温かな光がリュカたちを照らしていた。そのお陰でリュカもティミーもポピーも、互いの姿を見ることができた。
洞窟は一方向にずっと奥まで続いていた。たとえこの場所に魔物がいても、リュカたちは驚きもしなかっただろう。ここは魔物も共に暮らせる村なのだ。もしかしたら魔法のじゅうたんを守り続けている魔物の存在があったとしても不思議ではない。
しばらく歩き続けると、行く先が行き止まりであることにリュカたちは気づいた。しかし他に道はなく、行き止まりに向かって行くしかない状況だ。
「あれは、扉のようですね」
ピエールがまだ遠くに見える行き止まりの場所を見て、そう言った。ティミーがリュカの脇をすり抜けて走って行ってしまった。エルヘブンの村の中だからと安心しているリュカだが、この状況でティミーが一人で突っ走ってしまうことを放ってはおけなかった。ポピーをピエールに任せ、リュカはティミーの後を追って走り出した。
「ティミー! 止まれ! 何か仕掛けがあるのかも知れない」
「大丈夫だよ、お父さん! ただの扉だって!」
ティミーが背負う天空の剣の柄が、洞窟内の仄かな光を反射してきらきらと輝いて見えた。その小さな後姿を見るだけで、リュカは息子が勇者なんだと思い知らされる。しかし少々無鉄砲な勇者を捕まえておくのが自分の役目なのだと、リュカはようやく追いついたティミーの手を掴んだ。
その時にはもうリュカとティミーは扉の前に立っていた。扉も洞窟内の壁や天井と同じように、温かな光を柔らかく放っている。触れればその温かさを感じられるのではないかと、リュカは扉に手を触れてみたが、決して温かいわけではなく、冷え切った普通の石の扉がそこにあるだけだった。
「開けられないのですか、扉は」
リュカたちに追いついたピエールが、リュカの隣で同じように扉に手を当てる。扉というよりも壁のようにも見える目の前の石の塊は、力いっぱい押しても何も反応しなかった。
「近づいて見てみると、これって扉に見えないね。遠くから見た時は扉だと思ったんだけど」
「ただのカベみたいだよね。行き止まりだったのかな」
ティミーも目の前の壁のような扉をどんどんと力強く叩いたが、やはり何も反応を見せない。
「鍵がかかってるだけかも知れないわ」
ポピーはそう言うと、壁のようにも見える扉に顔を近づけて、どこかに鍵穴がないかを調べ始めた。娘のその姿を見て、リュカはふとエルヘブンに来る途中の海の洞窟にあった、開かない扉のことを思い出した。あの扉の鍵穴は、ゴレムスにしか見えないほどの高い場所にあった。扉の上部に鍵穴がついていることは珍しく、リュカはその時の事を思い出しながら、目の前の壁の上部に目を凝らした。
「お父さん、魔法の鍵だよ! きっとその鍵で扉が開けられるんだよ!」
ティミーがいいことを思いついたというように、声を上げた。それと同時にリュカは扉の上部に小さく開いている穴を見つけた。それは何の変哲もないごく小さな穴で、長い年月の間に虫か何かが開けてしまった穴のようにも見えた。しかし他に鍵穴らしい穴もなく、リュカは腰に下げている道具袋から先ほど見つけたばかりの魔法の鍵を取り出すと、その穴に差し込んでみた。
リュカが鍵を回すこともなく、小さな穴の奥で「カチッ」という小さな音が聞こえたかと思うと、突然目の前の扉が忽然と消えてしまった。扉に半ば寄りかかるようにしていたリュカは、思わず扉の向こう側へよろめいてしまった。
よろめいた先には、こじんまりとした部屋があり、部屋中に立派な赤い絨毯が敷かれていた。足音が突然消えたことに違和感を覚えたリュカは、足元に広がる美しい模様の赤い絨毯を見て、当然のようにそれが魔法のじゅうたんなのだと思った。
「これが魔法のじゅうたん?」
「多分それは違うよ、お父さん。ほら、真ん中に大きな箱が置いてある」
ティミーに言われ、部屋の中央に目を向けると、そこには真っ赤なじゅうたんの上に置かれた大きな木箱があった。特に鍵がついているわけでもなく、木の箱に木の蓋が被せられているだけのものだった。しかしその大きさ故にリュカ一人で蓋を外すことはできず、四方を四人で掴んで持ち上げ、ようやく木の蓋を取り外すことができた。
リュカは木の箱の中に頭を突っ込むようにして中を覗き込んだ。箱の底に、筒状に何かを丸めたようなものが置かれていた。両手で大事に抱えたリュカだが、見た目よりも非常に軽く、まるでそれ自体がふわふわと浮かんでいるかのように感じられた。
リュカが箱から取り出したものを見て、ティミーもポピーも想像していたものと違うと、思わず眉をひそめた。
「それが魔法のじゅうたん? なんだかとても小さいのね」
「それじゃあ一人か二人くらいしか乗れないよ。これからは僕とお父さんしか旅に出られなくなるね」
「ちょっと、どうしてそうなるの? 私も一緒に行くんだから!」
「でもボクとお父さんが乗ったら、もう他には誰も乗れないよ。こんなに小さいんだもん」
「じゃあ私とお父さんで行くわ。それとメッキーとサーラさんはついてこられるわよね」
「私はこれからグランバニアで留守を預かるというわけですか……少し寂しいですね。それにプックルが納得しないでしょうね……」
「ちょっと待って。これって何度も折って丸められてるみたいだよ。ここで広げてみようか」
リュカはそう言うと、自分のマントを洗って干す時のように、丸まっている魔法のじゅうたんと思われるものをばさりと広げようとした。魔法のじゅうたんはいわゆる普通のじゅうたんのようではなく、まるで薄い紙のようにペラペラで、少し衝撃を加えただけでも破れてしまいそうなほど脆く感じた。リュカは慎重にじゅうたんを広げていったが、リュカたちのいる小部屋の中で全てを広げ切ることはできなかった。
「こんなに大きかったんだ……まだまだ大きくなりそうだね」
「でもこんなに薄っぺらじゃ、ボクたちが乗ったら破れて落ちちゃいそうだよ」
「とにかくここで広げることもできないし、外に出てからまた確かめてみようか」
リュカは魔法のじゅうたんと思われる大きな紙のような品物を再びたたんでからくるくると丸めると、それを小脇に抱え、洞窟の出口へと戻って行く。ティミーもポピーも今すぐにでも魔法のじゅうたんを広げて乗ってみたかったが、ここではそれが叶わないのだと認めると、リュカの後をついて大人しく消えた扉の場所を通り抜けて道を戻って行った。ピエールはこの不思議な洞窟のことをプックルたちに後で知らせるべく、大きな箱の置かれた部屋の中をくまなく観察してから、双子の後を追いかけるように歩いて行った。



「そうですか、魔法の鍵も魔法のじゅうたんも無事見つけられたのですね。それらはあなた方の旅にお役立てください」
「本当に持ち出していいんでしょうか? この村の宝なんですよね?」
「村の宝には違いありませんが、それらは今、あなたたちに使われる時が来たのでしょう。ただ、見たところじゅうたんの魔力が落ちているようですね……」
リュカたちはエルヘブンの祈りの塔に戻り、長老たちと話をしていた。外は既に夜を迎え、祈りの塔の中にはいくつかの明かりが灯されている。いつもであれば月明かりだけで過ごすこともあるという長老たちだが、今はリュカたちが戻ってきたために明かりを点けてくれたようだった。
「少しじゅうたんをお貸しいただけますか?」
リュカは言われた通り、魔法のじゅうたんとおもわれる大きな紙のようなものを長老の一人に渡した。丸められたごわつく品物を受け取ると、四人の長老は東西南北それぞれの位置に立ち、魔法のじゅうたんを取り囲む。そしてリュカたちには分からない長い呪文のような言葉を、まるで歌うように述べていく。
長老たちの言葉に反応するように、床に置かれたじゅうたんが僅かに床から浮き上がった。それを見てティミーとポピーが小さく声を上げる。明かりに照らされたじゅうたんの色が徐々に変わっていく。色褪せた茶色だったじゅうたんが徐々に赤みを帯び、最後には深紅の色を取り戻した。ペラペラの紙のようだったものが厚みを帯び、ごわつきを無くし柔らかい素材に生まれ変わった。
長老たちの歌のような言葉が終わると、魔法のじゅうたんは本来の姿を取り戻したかのように、厚みのある質の良い、魔法の力をありありと感じられる宝物になった。
「すごい……これこそ、魔法のじゅうたんだわ」
「やったぁ! じゃあここで乗ってみようよ!」
「魔法のじゅうたんはとても大きなものです。そして命を吹き込まれている絨毯には意思があります」
「じゅうたん自ら、広げる場所を選ぶでしょう。恐らく村の中で広げることはできません。外の世界を旅する時にお使いください」
北と東の長老にそう言われると、ティミーはいかにもがっかりした様子で項垂れてしまった。
「今日はもう遅いですから、どうぞ上のマーサ様の部屋をお使いになってお休みください。あなたたちのために既に部屋を調えておりますよ」
南の長老が穏やかにリュカにそう話すと、上に上る階段を手で指し示した。今、祈りの塔にはリュカと子供たち、プックルにピエール、それにメッキーとサーラもいる。魔物の仲間に向かっても四人の長老は頷いて見せたことに、リュカは彼女らに礼を述べると安心してかつての母の部屋へと向かって行った。
長老たちの言っていた通り、マーサの部屋はまるで客人を迎える時のようにきれいに調えられていた。マーサの部屋は恐らく常にきれいに保たれているのだろうが、今はテーブルの上には水差しがあり、浴室前の棚にはタオルが何枚も重ねて置かれ、浴槽には水も張られ、湯気が立っていた。部屋の簡素な作りの台所には種火が用意され、いつでも自分で湯を沸かすことができる。
この高い場所にどうやって水を運んできているのだろうかとリュカは不思議に思い台所を覗いてみると、台所の流しに鉄のレバーを見つけた。それを動かすと、勢いよく流しに水が流れた。この部屋に特別水が引かれているわけではなく、恐らくエルヘブンの村にある建物にはそれぞれこのような仕掛けがあるのだろうと、リュカは感心するように何度かレバーを動かした。
「すごいね、こんな高い場所でお風呂に入れるなんて、夢みたいだ!」
「でもやっぱり、ここで一人で過ごすなんて、寂しいな……。おばあちゃん、寂しくなかったのかな」
「便利ではありますがここで一人と言うのは、そうですね……やはりお寂しかったかも知れませんね」
ポピーの言葉に同調するように、サーラが部屋の窓からの景色を眺めながらそう言った。外は夜になり、薄い雲の合間にぼんやりとした月が見える。空には全体的に雲がかかっているようで、星は見えない。エルヘブンを囲む森は静かで、時折ざわざわと風の音を立てるだけだ。昼間もそれほど騒がしい場所ではないが、夜になれば静けさが一層と増し、精神を集中するには良い環境かも知れないが、毎日毎日この部屋で一人で過ごすのはあまりにも孤独を感じそうだとリュカも感じた。
「リュカ殿、この村はいつ出られますか? お母上の故郷なので、あまり急かしたくはないのですが……」
ピエールの言葉に、リュカは迷いなく答える。
「明日には村を出るよ。のんびりしていられないからね」
リュカは穏やかにそう言ったが、その言葉の意味にティミーもポピーもはしゃいでいた心が一気に落ち着くのを感じていた。リュカは行方知れずの妻と母を捜す旅をしているのだ。旅の最中、こうして楽しい瞬間や嬉しい時があるのは事実だが、その間にも捜す彼女たちがどのような状況にいるのかを考えると、途端に胸が塞いでしまうのはリュカだけではない。しかしそれでも、最も深い苦しみの中にいるのは、父に違いないのだと、双子たちは意を決したように目を見合わせた。
「お父さん、一緒にお風呂に入ろうよ!」
「私がお背中流してあげる!」
「えっ?」
「それは良いことですな。親子で風呂に入ることなど、今までなかったのではないですか?」
二人の提案に、サーラがにこやかに同調する。言われるまで、リュカはその異常に気が付かなかった。グランバニアにいる時は国王と王子、王女という身分にあるためか、共に風呂に入ることはなかった。そして共に旅に出るようになったのはこのエルヘブンに向かう旅が初めてで、旅の途中は船の中の小さな浴室で汗を流すくらいで、親子で風呂に入ることなどはなかった。
「さあさあ、お背中流しますよ~」
「おばあちゃんが使ってたお風呂って広いよね! プックルも入れるかな?」
「ふにゃぁ~……がうがうっ!」
ティミーに呼びかけられたプックルが欠伸の途中で元気に返事をして、寝そべっていた体勢からすっくと立ち上がった。ピエールが親子三人という状況に気を利かせてプックルを止めようとしたが、プックルは既にティミーと共に浴室に向かっていた。
「ピエール、大丈夫だよ。言ってみればプックルは僕の兄弟みたいなものだからね」
「そうですか。リュカ殿がそう仰るのでしたら……」
ピエールはそれまででもリュカとプックルの関係性を理解していたつもりだが、今でも彼らのことを本質的には理解できていないのだと感じていた。リュカとプックルには切っても切れない絆があるのは誰から見ても分かることだが、それよりも更に深い関係が彼らにはあるのだとピエールは心のどこかで羨望を抱いていた。
リュカたちの風呂の時間は非常に賑やかなものになった。階下の祈りの塔にいる四人の長老にもその賑やかさが届いていた。二十数年もの間、ずっと静けさに包まれていたマーサの部屋に明るい火が灯り、部屋から聞こえてくる賑やかな大人と子供の声に、長老たちは一日の務めを終えると同時に、互いに目を見合わせて、忘れていた心からの喜びと共に笑顔を見せ合った。



「風呂にも入って、たくさん食べたら、そりゃすぐに眠くなるよね」
かつてマーサが使っていた広いベッドの上で、ティミーとポピーがまるで同じタイミングで寝息を立てながら眠っている。その光景を見て、リュカは彼らが生まれたばかりの時の事を自然と思い出していた。あの時の赤ん坊がこれほど大きく元気に育ったことが、未だに信じられないでいる。
リュカたちが風呂に入っている間に、マーサの部屋の管理を行っている女性と、村の宿屋の女将が協力して、リュカたちに食事を用意していた。リュカたちが村の中を歩き回っている間に、既に食事に準備が進められていたようだ。主に山で取れる山菜や豆類を使った食事だったが、川で捕れた魚も出汁で煮たものとしてメインで提供された。それと村人が焼いたパンに、村のすぐ近くで取れるという木苺を使ったデザートも出され、ティミーもポピーも喜びの声を上げて食べていた。
食事を提供してくれた村人たちに感謝の意を述べ、あっという間に終わってしまった食事の片付けも終わると、子供たちはすぐに目を擦り、欠伸をし始めた。リュカがベッドで休みなさいと言うと、二人はすぐにベッドに横になり、まるで一心同体のように同時に寝息を立て始めた。二人の様子を見ながら、リュカは彼らは生まれる前は一人の人間だったのではないかと思ったほどだった。
「王子も王女も、本当によく頑張っておられます」
サーラがベッドの端に置かれていた上掛けを手に取ると、それを双子の身体にそっと掛けた。部屋の窓から入り込む夜風は、意外に冷たい。リュカは寝ている二人が風を引かないように窓を細く開ける程度に閉めた。厳しい旅に出ているような二人なので、そうそう風邪などは引かないはずだが、それでもリュカにとってはすぐに赤ん坊の頃を思い出してしまうような小さくか弱い存在だ。
「ッキッキ~?」
メッキーも眠そうな声でリュカに話しかける。大きな嘴をこれでもかというほど開けて、欠伸をしている。
「どうしてだろうね。全然眠くならないんだ。むしろ目が冴えちゃってさ」
「キ~~~……」
リュカの言葉を聞くか聞かないかのタイミングで、メッキーも部屋の隅に疲れ切った様子で眠り込んでしまった。プックルも既に部屋の床の上で寝そべってぐうぐうと眠り込んでいる。魔物の仲間たちがエルヘブンという人間の村の中ですっかり落ち着いて休んでいる状況に、リュカは思わず小さく笑った。
「ゴレムスは今、どうしているでしょうか」
ピエールが欠伸をかみ殺すようにして、部屋の窓から外を眺めた。エルヘブンに二十数年ぶりに戻ったゴレムスは、今も村を守る他のゴーレムと共に時を過ごしているのかも知れない。マーサを捜す旅の話を他のゴーレムたちに話しているのだろうかと、リュカは彼の静かで熱い思いに触れたような気がした。
「ゴレムスは明日、僕たちと一緒に村を出てくれるかな」
「何を仰いますやら。それは当然のことですよ、リュカ王。ゴレムスはいち早くマーサ様を救い出したいのです。この村に留まる理由はありませんよ」
リュカの言葉にサーラが驚いた様子でそう応える。ゴレムスはエルヘブンでの思い出を持つ唯一の仲間だが、その思い出に縛られることはなく、彼は常に前を向いている。マーサを助け出すことに尽力するのが彼なのだと、サーラは当然のようにゴレムスをそう考えていた。
「そっか……みんな、強いね」
「リュカ王、そろそろお休みになられた方が良いでしょう。あなたが最もお疲れのはずですよ」
「うん、そうするよ」
「明日は一度、グランバニアに戻られるのですね? オジロン殿にエルヘブンのことを……」
「どう伝えたらいいのかな。こういうのってピエールとかサーラさんの方が上手く伝えられそうだよね。お任せできないかな?」
リュカはピエールとサーラに話しかけたつもりだったが、返事はなかった。部屋の中に仄かに灯る明かりの中で、リュカは皆がそれぞれに寝息を立てていることに気づいた。ピエールもサーラも、リュカが起きている時に眠るのは珍しい。いつもはリュカが起きている時は臣下として自身も眠るわけにはいかないと起きていることがほとんどだが、こうしてリュカとの話の途中でうっかり眠ってしまうことなど、リュカの記憶にはなかった。
「みんな、ご苦労様。ゆっくり休んでね」
リュカはプックルのすぐ隣でごろりと横になって眠ってしまったピエールや、壁に背中を持たれかけたまま座って眠り込んでしまったサーラを見て、思わず微笑みながら部屋の明かりを消した。一瞬、真っ暗になってしまった部屋の中に、月明かりが忍び込んできた。雲がかかっていた夜空が、いつの間にか晴れていたようだ。窓辺に立ち、夜空を見上げると、眩しいほどの月と数多の星々が夜空に輝いていた。途端に、船の上でビアンカと一緒に見上げた夜空を思い出し、リュカは目の奥が熱くなるのを感じた。
エルヘブンの母の部屋で、自分は元気な二人の子供と、頼れる魔物の仲間に囲まれ、これ以上ない幸せを感じている。この場に妻と母がいたら、彼女たちはどれほど幸せだろうかと考えると、リュカは眩しく光る月を見上げながらやるせない気持ちが込み上げてきてしまう。
「早く……早く見つけ出さないと……」
リュカは口を引き結びながら、次に向かう天空の塔への旅を一人、静かに思い描いていた。

Comment

  1. ぷち より:

    bibiさん!お久しぶりです。
    更新を楽しみにしていました。

    サーラさんの背中、私も乗りたいなあ~。安心感ありそうですよね!
    今回の最後のシーンの描写がとても切なくて、涙しました。
    幸せを分かち合えるはずのビアンカが…愛するビアンカが…早く会いたいよ~ってゲームの中でもやきもきする時期ですよね。
    咲はまだ長い。bibiさんもリュカもがんばれ!!!

    ドラクエ映画、公開されましたね!
    Ⅴ愛が強すぎるのですが、映画は映画(←自分に言い聞かせてる)なので楽しみです。
    bibiさんの感想も密かに楽しみにしています。

    酷暑が続くので、息子さん共々ご自愛くださいね!

    • bibi より:

      ぷち 様

      お久しぶりでございます。コメントをどうもありがとうございます。
      サーラさんには肩車してもらっているような感じです^^ 白いフワフワクッションに座って、二本の角を掴んで操縦……じゃないですが、そんなイメージ。爽快感が味わえそうですよね~。
      リュカ自身、ビアンカに会いたいという気持ちもあり、母であるビアンカが双子たちと共にいないことを一番悲しんでいます。早く母と子を会わせてあげたいと……それもきっとかつてのパパスと同じ思いだと思います。

      ドラクエ映画、大変楽しみです。ゲームはゲームとして大好きですが、映画は映画として楽しめるものだと思っています。近々、息子を主人にちょっとお願いして、一人で映画館に足を運ぼうと思っています。ちょっと一人で集中して見たいので……^^;

      あっつい日が続きますね。外に出るのが嫌になる、と言うか危険を感じるレベルです。ぷちさんもこの暑さには気をつけてお過ごしくださいね。

  2. ピピン より:

    bibiさん

    ゲームをプレイしてても思いましたが、エルヘヴンは絶対行きたくないですね(笑)
    高いだけならともかく足場の悪さが最悪です( ´∀` 😉
    でもあの世界なら魔法の安全装置くらい作れても不思議じゃないかな…

    サーラに乗るので思い出しましたが、DQ11ではモンスターの乗り物システムがあり、倒した一部のモンスターは騎乗して特殊な地形を進めたりします。
    そしてもうすぐ出るDQ11Sでは、乗れるモンスターの種類が増えておりキラーパンサーやスライムナイトのスライムにも乗れます。
    まさに5にピッタリのシステムですよね。
    いつかリュカがプックルに乗って冒険出来る日も来るかもしれません( *´∀` )

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      エルヘブンは絶対に歩きたくないですよね。普段の外の冒険よりもよっぽど命がけです。仰る通り、あの村には魔法の安全装置があっても良かったかも・・・。村人たちが普段どうしてるんだ、という謎がありますもんね。
      DQ11は色々と楽しそうですよね~、9月にはSwitch版が発売されるし・・・。あー、でも家でゲームはできないし・・・キラーパンサーやスライムナイトにも乗れるですと? しかしスライムナイトのスライムに乗るとは、ナイトが不憫ですね(笑)
      リュカがプックルに乗る映像をぜひゲーム上で見てみたいものですが、DQ5は既に何度もリメイクされているから、さすがにもうリメイクはないのかな^^; でも、そういう新しいシステムを聞くと、夢が膨らみますね~^^

  3. ケアル より:

    bibi様。
    お宝探しの描写、分かりやすくて楽しかったですよ。
    ゲーム本編でも、絨毯とカギは、あのような感じの場所にあったんでしょうか?
    どちらにしても、にやにやしちゃう話でしたね。
    ポピーの高所恐怖症の描写、サーラの上なら問題ないのは、七不思議です。

    たしかに、絨毯が大きくなければ、全員が乗れませんよね…盲点でした。
    10畳はないと馬車とパトリシアは乗れませんね(笑み)。

    次回は天空の塔になりますか?
    グランバニアに戻りますか?
    次回も楽しみにしています。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをどうもありがとうございます。
      宝探しは子供たちに楽しんで欲しかったので、役割分担してもらいました。
      ゲーム本編では、SFCとDSとで違う場所に隠されています。今回はDSを進めながら話を書いておりますので、DSの方で話を書かせていただきました。
      ポピーの高所恐怖症は、自分に対する自信のなさの表れということで……ご了承くださいませ^^; 七不思議ですよね~、すみませんm(_ _)m
      魔法のじゅうたんはゲームの中でも森の中では広げられないので、今回の話の中でもそれなりの広さがないとダメということにしました。実際に考えても、馬車やゴレムスが乗るとなると、とてつもない大きさのものが必要だなと思いまして。使う時、目立つだろうなぁ……。
      次回はちょっと寄り道します。懐かしの場所へ……。

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