2019/09/16

かつての友好国

 

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「よくぞ戻られました、リュカ王! 王子も王女もよくぞご無事で!」
エルヘブンから帰還したリュカたちは、グランバニアの王室でオジロンに旅の次第を報告していた。オジロンはリュカたちが王室に姿を現すと、それまで座していた玉座から立ち上がり、リュカのためにと玉座を勧めたが、リュカがそれを断り、まるで二人で立ち話をするかのように玉座の前で立って話をしていた。
魔物に守られた村の四人の長老の話、人間が住む世界は三つに分けられた世界の一つに過ぎないこと、魔界の門を封じるためにはマーサの力が必要であること、天空界には神様が住み、その世界へは昔、天空の塔を通じて行くことができたということなど、リュカはエルヘブンで耳にした話をかいつまんでオジロンとサンチョに報告した。オジロンもサンチョも驚いた表情を隠さず、目を見開いたり唸ったりしながら真剣にリュカの話を聞いていた。リュカはエルヘブンの話を聞けば二人はもっと驚くだろうと想像していた。しかし二人の比較的落ち着いた様子を見ながら、リュカはオジロンもサンチョも母マーサに会い、話し、その姿を間近で見たことがあるから思ったよりも驚きを見せないのかも知れないと思い、少々寂しい気持ちを抱いた。
「良い旅から無事戻られて何より、何より。しかしエルヘブンの民の話によれば、魔物の力が強くなり、魔界の門が徐々に開いてきていると……」
「はい、それを防ぐためにも僕はこれから天空の塔と呼ばれる場所を目指したいと思っています。そこはかつて天空の城という神様が住む城に通じていたと……」
「リュカ王、それはならん。グランバニアから兵を出し、そこに向かわせるようにするべきじゃ。いい加減玉座に落ち着いて座ったらどうじゃ。……あっ、まさかリュカ王、この機を逃さず、わしに王座を戻すつもりでは……」
「大丈夫です、オジロンさん、それはありません。ですがやはり、僕が行くべきです。僕は父から母を捜すようにと遺言を受け取っています。父はグランバニアの国としてではなく、息子の僕にそれを託したんです。僕は父の思いに応えるべきだと思っています」
「うーむ、しかしなぁ、国王自ら旅に出ること自体、本来は国として許容できることではないしなぁ」
「オジロン様、もう、坊ちゃん……いえ、リュカ王のなさることを見届けましょう。もう歴史は繰り返していないのです。きっとリュカ王は成し遂げてくださいますとも」
サンチョが穏やかにリュカとオジロンの間をとりなそうとしていることに、リュカは意外そうにサンチョを見つめた。今までならサンチョこそがリュカの旅を止め、このグランバニアに引き留める役を買って出る立場であったのに、その彼がリュカを旅に送り出そうとしている。
「リュカ王は王子王女とともにこの国にご帰還遊ばされました。八年の時を経ても尚、ご無事でこの国に戻られた方なのです。国民らもリュカ王の奇跡を目の当たりにし、そして今回も無事ご帰還されたことに沸き立っています。リュカ王は必ずグランバニアを、世界を導いてくれるのだと」
「サンチョ、それは言い過ぎ……」
「いえいえ、そんなことはありませんぞ、リュカ王! あなたはお父上の遺志を継ぎ、今までどれほどの苦難に遭おうともこうして今も生きておられる! それがどれほど民を勇気づけているのか、ご存じないだけなのです」
世界は数年前よりも住みにくい環境になってきている。魔物が増えているのは魔界からの影響が大きくなり、魔界の門が徐々に開いていることが原因であることをリュカはこの旅で知った。リュカが子供の頃よりも魔物は増え、そして凶暴さも増している。当然、世界を旅する者も徐々に減ってきており、グランバニアを訪れる旅人も年に数人ほどと、極端に少なくなっている。その状況の中、リュカたちは危険な旅に出て、今回無事にグランバニアに戻ることができたことで、グランバニアの国民はサンチョの言う通り沸きに沸いていたのだ。
リュカたちはエルヘブンに一日滞在しただけで、すぐにこのグランバニアに戻ってきていた。村を出る前に四人の長老と会い、別れの挨拶を交わした際、リュカは改めて長老たちから『マーサ様をお救い下さい』と真剣な願いを聞いていた。リュカ自身ももちろん、長老たちの願いを聞き入れるつもりだった。
母マーサを救うことは、父への罪の償いという気持ちもある。力のなかった幼い自分のせいで、父を死なせてしまったという思いがリュカの胸の中には常にわだかまっている。時と共に風化することもなく、むしろその澱は年々色濃くなっているように感じていた。
そして母を救うことは、ティミーを救うことでもあるのだとリュカは考えていた。母を魔界から救い出し、魔界の扉を封じることができれば、勇者として生まれたティミーを勇者の運命から逃れさせることができるのだと、リュカは新たな目的ができたことを胸に秘めていた。
「帰りは楽ちんだったけどね」
「ルーラって本当に便利よね。覚えて良かったわ」
「それにこれからはさ、魔法のじゅうたんに乗ってどこへだって行けるんだよ! お父さん、早くアレに乗ってみようよ!」
「あっ! その前にお父さん、ラインハットに連れて行ってくれるんじゃなかった?」
ポピーの言葉を聞くと、途端にサンチョの表情が曇った。かつてサンタローズの村がラインハットに攻め込まれ、村ごと滅ぼされてしまったことをサンチョが今も恨みに思っているのは、表情に如実に表れていた。あの出来事から既に二十年ほどが経っているが、サンチョにとってあのラインハットによる侵攻は今も記憶の大部分を占めているのかも知れない。
「坊っちゃん……じゃなく、リュカ王、ラインハットへ行かれるのですか?」
「サンチョ……」
リュカはサンチョに何か言葉をかけようと呼びかけたが、続く言葉が出なかった。リュカの本当の思いをサンチョが理解できないように、リュカもまたサンチョの本当の思いを理解できないのだ。かつて突然、主を失い、我が子のように可愛がっていた子供を失い、リュカよりも思い出の詰まったサンタローズを滅ぼされる思いは、サンチョにしか分からないものだ。
「……ヘンリー殿下にはリュカ王をお救いする時に、ご協力いただいております」
「そ、そうだわ。ヘンリー様からお手紙を頂けなければ、お父さんの石の呪いを解くことができなかったのよ」
サンチョが絞り出すような声で言った後、ポピーがその気持ちに寄り添うように、慰めるように明るい声でリュカに告げる。
「お礼に行くのがスジだよね? これっていわゆる外交ってヤツ?」
ティミーもサンチョのラインハット嫌いは十分に理解している。しかしただ嫌いというだけでリュカをラインハットに行かせないサンチョではないという信頼もあった。その上ティミー自身、まだ行ったことのないラインハットに行ってみたいというただの好奇心が後押しし、サンチョを見上げてそう言葉をかけた。
「ヘンリー殿下に……よろしくお伝えください。その節は大変お世話になりましたと」
「……ありがとう、サンチョ。ティミーとポピーも連れて行って平気かな?」
「必ずグランバニアに戻ると約束してくださいましたら……」
ラインハットがかつての悪政から復興を遂げているのはサンチョも知っているはずだが、彼にとっては主であるパパスを失った仇なのだ。リュカが王子と王女を連れてラインハットに行くということがサンチョにとってどれほどの苦痛なのかを想像すると、リュカはどのように答えるのが正解なのか分からなくなってしまった。
「リュカ王、我々もお供させていただけるのでしょうか?」
王室に響いたのは聞き慣れたピエールの声だった。リュカたちがエルヘブンから帰還報告を行う傍らで、共にエルヘブンまでの旅をした魔物の仲間たちもまた王室に赴いていた。
「ラインハットを懐かしむ魔物たちもいるのでしょう? 王子王女の護衛としても共に連れて行くのがよろしいかと私も思います」
サーラが客観的に一歩下がった位置から意見を述べる。サーラは魔物の仲間たちからかつてのラインハットへの旅の話を聞いていた。そしてサンチョが嫌うラインハットが決して悪い国ではないことをその話の中に見ている。
「おお、そうじゃな。リュカ王よ、ラインハットへ行くのなら王子王女だけではなく、護衛の者もつけるがよいぞ。戦い慣れた魔物の護衛がおれば、ラインハットもうかつにもこちらに手を出してくることはあるまい」
「オジロン様、ラインハットはもうそのような国では……」
リュカはそう言いかけたが、オジロンが穏やかにほほ笑むのを見て、彼が本心でラインハットを危険な国だと思っていないことが伝わった。オジロンはただ、サンチョの心を落ち着かせたいだけなのだ。
「分かりました。では僕が仲間たちと話をして、ラインハットに一緒に行ってもらいます」
「やったぁ! ラインハットって初めてなんだよね! 楽しみ~!」
「お父さんならルーラで行けるの? 私は無理だわ、ラインハットには行ったことがないから」
「大丈夫だよ。もう十年くらい行ってないけど、あの場所は……しっかりと覚えてる」
リュカは目を閉じるとすぐに、ラインハットの城下町の大通りを思い浮かべた。非常に大きな通りだと感じたのは、その記憶が子供の頃のものだったからだ。大人になってからも何度かラインハットを目にしているというのに、すぐに蘇る記憶はかつて父とはぐれてしまったあの城下町の大通りの景色だった。
「今日のところはとにかく休みなさい。いくらルーラという呪文でエルヘブンから一瞬で戻ってきたとは言え、これからすぐにラインハットへ旅立たれたのでは国民もわしらも落ち着かん。明日の昼頃にでもゆっくり出るがよかろう」
「そうですね。では上で少し休ませてもらいます。それと……サンチョ、ラインハットから戻ったらまたゆっくり話をしようね。なかなか時間が取れなくてごめん」
「そんな……恐れ多いことでございます。リュカ王もラインハットへ行かれるのでしたらぜひ、楽しい時をお過ごしください」
「うん、ありがとう、サンチョ」
リュカがそう言ってサンチョに頭を下げると、サンチョは慌てて腰を折るような礼をした。ティミーとポピーも同じようにサンチョに礼を述べる姿を見て、リュカは二人が本当にサンチョの心に寄り添っているのだと感じ、その優しさを嬉しく思った。



「ラインハットへ行くとなれば、自ずと行く者は決まっておるのう」
「ガンドフ、イク。ゼッタイニ、イクカラネ」
「もちろん。マーリンもガンドフも一緒に行ってもらうつもりだったよ」
「ぐるるるる……」
「プックル、お前はヘンリーを脅かさないことが条件だぞ」
「……にゃ~う?」
「とぼけるなよ。今のお前がヘンリーを脅かすと、ラインハットに新たな問題を起こすだろ」
「ピィ、ピィ~!」
「ダメだって、そんなことしちゃ。スラりんも悪乗りしないでよ」
「なんだかみんな、楽しそうだね! そんなに楽しいところなの?」
「はてさて、楽しいところではなかったように記憶していますが」
「そう言いながら、ピエールだって嬉しそうよ。みんな、ヘンリー様に会いたいのね」
「会いたいか会いたくないかと言われれば……会ってみたい、というところでしょう」
リュカたちはエルヘブンから帰還し、王室での報告を済ませた後、少しの間王室上階の国王私室でつかの間の休息を取っていたが、今は城門近くの階段を上ったところにある魔物たちの大広間で仲間たちと話をしていた。ラインハットに向かう旨の話をすると、ヘンリーを知る仲間たちがこぞってリュカに声をかけてきたのだった。
「オレも行きたいー。オレも連れてけー」
「ボクは? ボクも一緒に行ってもいいのかな?」
「ミニモン、スラぼう、ここはリュカ王と昔から共に旅をしている仲間たちにお譲りするのが良いでしょう。今は私と共に控えていてください」
「ぐおん?」
「マッドもまだグランバニア国の護りに徹してください。今回のリュカ王の外交が上手く終われば、これを機にグランバニアとラインハットの正式な国交が始まるでしょう。そうすれば都度、誰かが使者としてラインハットに赴くことになります」
サーラの説明を広間の片隅にいる大きなキングスとゴレムスが静かに聞いている。ラインハットという国に興味がないわけではないが、リュカが決めることに強く口出すことでもないと穏やかに状況を見守っているようだった。
「元々、グランバニアとラインハットの国交はあったはずなんだ」
リュカが呟く言葉に頷ける者はここにいない。その過去を知っているのはオジロンやサンチョなど、古くからグランバニアの国政に携わってきた者たちだ。しかしその過去に最も通じていたのは他でもない、リュカの父パパスだった。
リュカは幼い頃、父に連れられラインハットを訪れた。パパスはあの時、ラインハットの国王に呼ばれていた。決して一人の旅人としてラインハットに呼ばれたのではない。グランバニアの国王としてラインハットに招かれ、数年ぶりにラインハットという国を訪れたのだろうと、リュカは今となればそう振り返ることができた。
グランバニア王とラインハット王がどのような関係だったのかをリュカは知らない。しかしラインハットはパパスを「第一王子の教育係」などと言うふざけた名目でヘンリーと会わせたりしていた。その内容を考えてみれば、恐らくグランバニアとラインハットはかつて友好な関係を築いていたのではないかと思えた。
しかしラインハットは王妃一人の激しい思いによって、狂わされてしまった。そしてその王妃につけ込む魔物により国が乗っ取られ、ラインハットは人間の国としての形を失ってしまった。その頃からは完全に、ラインハットとの外交は途絶えてしまったに違いなかった。
「世界が不安定な今だからこそ、ラインハットとの国交を復活させるのは良い方向だと思う。人間同士がいがみ合ってる場合じゃない。この世界が脅かされているんだから、世界が手を取り合って協力して行かないと」
リュカが真剣な顔でそう呟く姿に、魔物の仲間たちは息をひそめ、ティミーとポピーは口をぽかんと開けて同じ顔をして父を見上げた。
「えっ? どうしたの、みんな」
「いえ、いえ、リュカ殿、なんとも立派なグランバニア王だと皆が思っただけです」
「立派な? 僕が? どういうこと?」
「そういうことじゃ。お主もしっかり成長しておるようじゃの」
マーリンが楽し気に笑う。サーラも表情穏やかに深く頷いている。ミニモンが野次のような賞賛の言葉をリュカに浴びせる。スラりんとスラぼうが嬉しそうに揃って床を跳ねる。
「お父さんって、王様なんだね!」
「なんだか、お父さん……かっこいいわ」
子供達にも素直に褒められ、リュカは照れたように笑うことしかできなかった。皆が何故、自分を褒めているのか分からず、ただ首を傾げながら居心地悪そうにこめかみを指先でかいていた。
「ッキッキー!」
開け放っている窓から飛び込むように入って来たメッキーが、城の警備の様子をリュカに知らせる。グランバニアより南に不穏な魔物の集団がおり、その場所へ偵察の兵士を向かわせたという。リュカが旅で不在の間、グランバニアでは人間と魔物が手を取り合い、この国を悪い魔物から守っている。メッキーの見張りの時間が終わり、今度は交代でミニモンとマッドが城の外へと向かって行った。
「この国のことはみんなに任せておけば安心だね。僕が色々と言うよりも、みんなの方がよっぽどこの国を知ってる」
「しかし皆が安心して暮らすためには、尊敬できる王がいなくてはなりません。王という存在がいてこそ、国の者は安心して過ごせるのですよ」
「僕がこの国の王様って……そう言われてもまだ慣れないんだよね。だって実際に玉座に座ってるのはオジロンさんだし、僕としてはオジロンさんがそのまま王に戻ってくれても構わないって思ってるしさ」
「確かにのう、リュカ王は旅する王じゃからのう。しかしそんな王の姿もまた、民を惹きつけておるんじゃぞ」
「そうです。かつてのパパス王のようだと」
マーリンとサーラの言葉に、リュカはかつての父と今の自分を重ねて考えようとしてみたが、それはできないことだった。リュカにとって父は父であり、自分ではない。そして双子の父になった今も尚、父パパスの大きな背中を遥か前方に見るだけだ。到底追いつけない父の背中を見る自分が、グランバニアの人々にそのように受け入れられていることに、歯がゆい思いを抱くだけだった。
「……がう」
小さなプックルの一声に、リュカは頭を強く殴られたような気がした。『リュカとパパスは違う』と歯に衣着せぬ言葉で教えてくれるのは、今はプックルしかいなかった。その言葉を更にはっきり伝えてくれる存在がいるとしたら、それは恐らく妻のビアンカなのだろうと思うと、リュカはふと悲し気に目を伏せた。
「リュカ殿、ラインハットへはいつ行かれる予定ですか?」
場の空気を変えようとするかのように、ピエールがいつもの冷静な調子でリュカに問いかける。リュカもここは一人思い悩むようなところではないと、今しなければならないことに目を向けた。
「旅から戻ったばかりだけど、エルヘブンでゆっくり休ませてもらって特に疲れてないから、もうこのまま行こうかなと思ってたんだけど……」
「ですがオジロン殿に今日中は休み、明日立つようにと言い渡されておりましたね。グランバニアの人々のことを思えばそれが正しいことかと思いますが、やはり私もすぐに旅立ちたい気持ちではあります」
「やっぱりピエールも楽しみなんだね! いつもより何となく楽しい感じがするよ」
「はっ!? いえ、別に私は楽しみになどしておりません。ただ奥方のマリア殿にはお会いしてみたいという気持ちはありますが……」
「あっ、ピエール、そういうのって良くないのよ。だって、ヘンリー様の奥様でしょう? 人の奥様にお会いしたいだなんて、そういうのを『フケツ』っていうのよ」
「な、なんということを仰るのですか、ポピー様! 私は決してそのような気持ちでマリア殿にお会いしたいわけではありませんぞ!」
「……素直にヘンリーに会いたいって言えばいいのに。ねぇ、プックル」
「がうがう」
ポピーにからかわれ、ティミーに笑われているピエールを見ながら、リュカは楽し気にプックルに耳打ちした。その雰囲気の中で、リュカはサラボナでの結婚式で会った彼らとまた会える喜びに、素直に心を弾ませていた。しかも今回は双子の子供たちを伴い、親友に見せることができる喜びは、どこかくすぐったいような独特の感覚があった。ピエールよりも誰よりも、ラインハットへ行くのを楽しみにしているのが自分だということに、改めて気づかされた思いがした。



リュカは旅の疲れを感じていないつもりだった。しかしエルヘブンの旅から戻り、グランバニアで一日過ごす中、オジロンからグランバニアの状況について簡単に説明を受けていた昼過ぎにたまらない睡魔に襲われた瞬間があった。まるで敵にラリホーの呪文を受けたのではないかと思うほど、頭がぐらぐらと揺さぶられるような睡魔に、リュカは思わずこの場に敵がいるのではないかと途端に身構えたほどだった。
リュカが旅の疲労を感じていたように、双子の子供たちも久々の長旅に疲れていたようだった。エルヘブンで十分に休息を取ったはずだったが、リュカが夕方ごろに国王私室に戻ると二人はそろって大きなベッドの上で眠ってしまっていた。サーラに聞けば、いつもならこの時間は二人ともそれぞれに活動しているらしい。ティミーはピエールと剣の稽古をしたり、ポピーはマーリンに呪文について教えてもらっていたりする日常を聞き、彼らはこの国の王子王女としてと言うよりも、まだ見ぬ母や祖母を救うための力をつける努力を惜しまないという気持ちをリュカは感じた。リュカは深い眠りに就いている二人を、切ない気持ちを抱きつつその寝顔を見つめた。
グランバニアでの一日の休息はあっという間に過ぎ去り、リュカたちは翌朝早くから、ラインハットへ向かう支度を整えていた。ティミーもポピーもまるでピクニックにでも行くように楽し気で、リュカはそんな二人を見ているだけで嬉しかった。
ラインハットへ行く直前、リュカはサンチョにも一緒に行くことを勧めたが、サンチョは丁重にその誘いを断った。ラインハットでの出来事をきっかけに主を失ったサンチョにとって、あの出来事はまだ過去のものと割り切れているわけではない。リュカとしてはサンチョがヘンリーと直接会うことで過去の呪縛から解き放たれるのではないかと期待したが、リュカが思うほど簡単なものではないのだと、その時のサンチョの目を見てリュカはそう悟った。ラインハットに対してそれほどの憎悪を抱えているにも関わらず、リュカや子供たちをラインハットへ送り出してくれるサンチョに対し、リュカは改めて彼の懐の深さに感謝した。
すっかりグランバニアの国政に慣れているオジロンに国を任せ、リュカたちは城の屋上庭園に出た。国王を筆頭に王子、王女、そして魔物の仲間たちがぞろぞろと王室から出てくると、王室の警備についていた兵士が揃って敬礼をする。リュカたちが再び城を開けることを知っているのは、王室周りにいる兵士や国王、王子、王女の世話係と言った者たちに限られていた。ラインハット滞在は一日だけを予定しており、要らぬ不安を抱かせないよう敢えて城下町に住む民たちには知らせていない。
「もう行くの、リュカ?」
屋上庭園にいたのは、オジロンの娘のドリスだった。リュカの従妹にあたる彼女も、リュカが石の呪いを受けていた間に八年の成長を遂げ、外見には子供らしさを失っていた。王族の娘らしくそよ風にもなびくさらりとした質感のドレスを着こなし、黒髪もきれいに結い上げ、ぴたりと高い所で留めている。しかしドレスの下に履く靴は華奢な女性ものの靴ではなく、武骨な使い古したようなブーツだ。それを見るだけで、彼女が今まで庭園で何をしていたかを想像でき、リュカは彼女の本質はまるで変わっていないのだと安心した笑みを漏らす。
「あっ、なんで笑うんだよ! 相変わらず失礼なヤツだな、リュカって」
「だって大人になってもドリスはドリスだなって思ってさ。まるで変わらないよ」
「仕方ないじゃん。あたしは武闘が好きなんだもん。もうオヤジも諦めたみたいでさ、最近は何も言われなくなったんだ」
「そうだね。好きな事をするのが一番だよ」
「それにさ、強くたって、きれいで優しくて、素敵な女の人を知ってるもんね、あたし」
ドリスが真剣な表情でそう言うのを、リュカも思わず真剣な表情で聞いた。いつもきっぱりはっきりしているドリスが何故その名を言わないのかは、リュカにも良く分かっていた。
「リュカ、絶対に助けるんだよ。絶対だからね」
「分かってるよ」
「リュカのためじゃないよ。この子たちのためにだよ」
「それも、分かってる」
「ドリスお姉ちゃん、お父さんと何のお話してるの?」
ドリスと特に仲の良いポピーが彼女を見上げながらそう問いかけると、ドリスはポピーの頭に爪を短く切りそろえた武闘家の手を乗せて優しく撫でた。
「大人のお話だよ。まだポピーには分からないかな~」
「あっ、そういうのズルイ! 私にも教えてよ」
「そのうち分かるよ。……分かるように、あんたのお父さんが頑張るってさ。そうだよね、リュカ」
「うん、頑張るよ。会えばすぐに分かるよ、二人とも」
「そうだね。あたしもまた会いたいんだからさ、頑張ってよね、リュカ」
ドリスはそう言うと、今度はリュカの背中を強く平手で叩いた。とても女性とは思えない力強さに、リュカは思わず軽く咳き込んでしまった。
「ドリスはもう少し力の加減を覚えた方がいいと思う」
「何を弱っちいこと言ってるのさ。さあ、ラインハットに行くんでしょ? すぐに戻らないとオヤジもサンチョも心配するからね。早めに戻ってきてよね」
「うん。ありがとう。じゃあちょっと行ってくるね」
ドリスはあくまでもにこやかに、紅を引いた口に笑みを見せていた。外見は女性になったものの、ドリス自身は幼い頃に会った時とさほど変わっていない。ただ彼女は恐らくリュカよりもティミーとポピーの悲しみを知っているのだろうと、リュカは双子と一時の別れの挨拶を交わす彼女を静かに見つめた。
「お父さん、行こう行こう! ラインハットへ!」
「じゃあみんな、僕につかまって」
「お父さん、ラインハットに行くのはいいけど、いきなり町の中に降りちゃダメよ。魔物さんたちもいるんだから、町の外の景色を思い出してね」
「あっ、そうか。危うく城下町に降りるところだった」
ポピーの冷静な指摘に、リュカはすぐ隣にいるプックルを横目に見た。プックルも『しっかりしろ』と言わんばかりに、リュカの背中を赤い尾で強く叩いた。
リュカは目を閉じ、集中してラインハットの周辺の景色を思い出す。サンタローズを出て父と向かった時もあった。大人になり、ラインハット国の第一王子と共に向かったこともあった。ルラフェンで古の呪文ルーラを覚え、初めての移動呪文で向かったのはラインハットだった。
ラインハットへ向かう途中、大きな川に関所が構えられていた。関所を越え、北に進路を変えると、やがてラインハットの大きな城が見える。城の北側には山々が聳え、ラインハットの国に入るには南側の開けた場所から進み、そこからラインハットの立派な城の姿を眺めることができた。もう十年は訪ねていないラインハットという場所をここまで詳しく思い出せたことにリュカは安心して、ルーラの呪文を唱えて皆を呪文の輪に包んだ。



「まだ朝早い時間だね」
リュカはそう言いながらまだ朝もやのかかるラインハット周辺の景色を見渡した。ルーラは成功し、着地点はラインハット城下町入口のすぐ近くだった。北から東に向かって山々が聳え、朝陽はまだ山々の向こう側に隠れている。空は白々と明けてきているものの、恐らくラインハットの人々はまだ目覚めていない時間帯だろう。
「ルーラで西に移動したから、グランバニアよりも早い時間になっちゃったんだわ」
「この時間に城を訪ねても、果たして城に入れてくれるでしょうか」
ピエールの言葉にリュカはかつてヘンリーと共にラインハットの城下町を歩いた時のことを思い出した。大人になり、故郷へ戻る気になったヘンリーとラインハットの城を目指していた時、目の前で城にかかる大きな橋が機械仕掛けで上に上げられ、外されてしまったことがあった。ラインハット城は周りを堀で囲まれ、唯一橋を渡らないと入城ができない。まだ薄暗いこの時間帯では橋は架からず、誰もラインハット城に入ることはできないだろう。
「じゃあ、仕方がない。ちょっとここで待とうか」
「お父さん、お父さん! それじゃあここで魔法のじゅうたんを使ってみようよ! ここならきっと使えるよ」
リュカが皆とのんびり時間が過ぎるのを待とうかと考えていたら、ティミーが目を輝かせながらリュカを見上げてそう言った。ティミーの言葉にポピーも目を輝かせ、ラインハット周辺に広がる広い草原地帯を見渡した。
「そうだわ! エルヘブンでいただいてからまだ使ってないんだもの。ここならじゅうたんを広げて使えるんじゃないかしら」
「おお、そうじゃそうじゃ。一度使ってみんことには使い方がよう分からんからのう。しかしここで広げられんかったら、一体どこで使えるんじゃろうなぁ」
「……サバク、トカ?」
ガンドフが控えめに言う言葉に、リュカやプックル、スラリンにピエール、マーリンもあのテルパドールへの死ぬ思いをした砂漠の旅を思い出した。この先どのような旅路があるかは分からない。ガンドフの言う通り、広大な砂漠がこれからもないとは限らない。リュカも先の旅路を想像して、期待する思いで魔法のじゅうたんを大きな道具袋から取り出した。
何度も折りたたまれている魔法のじゅうたんは、相変わらず頼りない紙ぺらのようで、到底人が乗れるようなものには見えない。しかしリュカがじゅうたんを一折広げると、その瞬間に魔法がかかったかのように、じゅうたんは空中に浮かび上がった。そして自らじゅうたんを開き、見る見るうちに一枚の大きく立派なじゅうたんに変身してしまった。紙ぺらだったじゅうたんが、深紅で重厚なものに変わり、金色の刺繍が規則正しく施され、じゅうたんの端には金色のフリンジがついていた。空中に漂う大きなじゅうたんに、リュカたちはしばらく誰も声を出せずにそれを見つめていた。
「これ、乗っていいんだよね!」
真っ先に我に返ったティミーが勢いよく魔法のじゅうたんの上に飛び乗った。ぼんっと重々しい音がして、一瞬じゅうたんが沈み込んだが、地に着くことはなかった。ティミーを乗せたじゅうたんは空中の低い所を漂っている。それを見て、ポピーも同じようにじゅうたんの上に飛び乗る。二人を乗せたじゅうたんは重みを感じていないかのように草原よりも少し高い所に浮いている。
「でもこれってさ、プックルやガンドフは乗れるのかな。ゴレムスなんかは絶対に乗れないよね。そこまで大きくないもん」
「ガンドフ、ノレナイ? ノリタイナァ……」
「乗ってごらんよ、ガンドフ。僕が抑えててあげるから」
リュカがフリンジのついたじゅうたんの端を両手でつかみ、魔法のじゅうたんが動かないように支える。ガンドフはリュカが支えている側から恐る恐る乗ろうとしていたが、その反対側で待てなかったプックルが勢いよくじゅうたんの上に飛び乗った。どすんとじゅうたんが沈み込み、一瞬地面に着いたが、すぐに浮かび上がりプックルを乗せたまま再び空中に漂い始める。
「がうがうっ!」
「プックル、狭いよ。ほら、もうボクたちとプックルだけでいっぱいだよ。後はお父さんがどうにか乗れるかなってくらいじゃないかな」
「それは困りましたね。もし魔法のじゅうたんを使って旅をすることがあっても、限られた人数で行かなくてはなりませんね」
「もっと大きいものだと思ったんだけどなぁ。魔法のちからでもっと大きくなったりしないのかなぁ」
リュカがじゅうたんの金色のフリンジを両手でつかんだままそう言うと、じゅうたん全体が仄かに光を放った。まるでリュカの言葉を聞いていたかのように、魔法のじゅうたんはその大きさを変え、リュカはじゅうたんの端を掴んだまま、まるで掬い上げられるようにじゅうたんの上に乗せられていた。じゅうたんの周りにいたガンドフも同じように、いつの間にやらじゅうたんの上に乗っていた。プックルとガンドフを乗せてもまるで重さを感じていないように、じゅうたんは軽々と空中を漂っている。まるで魔法のじゅうたんには重さという概念がないようだった。
「すごーい! じゅうたんが大きくなったよ!」
「これならみんなで乗れるわね!」
「よしきた! ワシも乗るぞい」
言葉だけが年寄じみているマーリンが、ティミーやポピーと同じように元気に飛び乗る。スラりんもいつものように地面を跳ねて、じゅうたんの上に飛び乗った。ピエールは遠慮がちにじゅうたんに手をかけ、静かにその上に乗る。
「これは……何とも不思議なものですね」
「ピー!」
「面白いね。でもこれ、どうやったら動くんだろう。船みたいに操縦するものもないし」
リュカがじゅうたんの上に座りながら美しい金色の刺繍を眺めたりしていたが、じゅうたんそのものに何か仕掛けがあるようには見えなかった。
「誰かの号令が必要なのでしょうか?」
「それならボクが言ってみるよ! さあ、魔法のじゅうたんよ、進め!」
ティミーが威勢よく魔法のじゅうたんに声をかけたが、その言葉に戸惑うかのように魔法のじゅうたんはその場でじっと止まっている。
「お兄ちゃん、ただ進めって言ってもきっとじゅうたんには分からないのよ。どこに向かってどれくらい進め、っていうように具体的に指示を出さないと」
「そんなのできないよ。どこに向かってだけなら言えるだろうけど、どれくらいなんて分からないだろ」
「リュカ王よ、じゅうたんに指示を伝えてみるのじゃ」
「僕が?」
「これはエルヘブンの宝なのじゃろう? お主はエルヘブンの血を最も強く継いでおる。恐らくお主の思いに反応してこのじゅうたんは動くのではなかろうかの」
マーリンの言葉をリュカは素直に理解することができた。先ほどじゅうたんが突然大きく変化したのも、リュカがじゅうたんの端を掴みながら「もっと大きくなって欲しい」と思った時のことだった。
「うん、じゃあやってみるね」
リュカはそう言うと、じゅうたんの上に手を当てて、行く方向をじっと目で見据えた。はっきりとした指示を伝えるわけではないが、ラインハット周辺の開けた草原地帯を眺め、その辺りに進もうと、普段道を歩いているような感覚でそう思っただけだった。
すると、魔法のじゅうたんはリュカの意思を感じ、まるで突風が吹き起ったかのように突然前に進み始めた。じゅうたんに乗っていた皆はその勢いに耐えられず、各々悲鳴を上げながらじゅうたんから転げ落ちてしまった。幸い、じゅうたんが進むのは低い場所で、地面に落ちてしまった者たちは柔らかい草原の上に投げ出されただけだった。じゅうたんの上に残っていたのは、リュカだけだった。
「お父さん! ひどいよ!」
遥か後方でティミーが怒っているが、リュカはすぐにじゅうたんを戻すこともできず、暫く右往左往しながらようやく皆のところへ戻って行った。
「ごめん、そんな、急に進むとは思わなかったから……みんな、怪我はなかった?」
「我々は平気ですが……この魔法のじゅうたんとやらは少し乗りこなすのに時間がかかりそうですね」
「せっかく今は時間があるんだから、みんなで練習しましょうよ」
「コレ……タノシイ」
「ガンドフやプックルを乗せるのじゃからもう少し大きい方がええのう。リュカ王、じゅうたんをもっと広げられんかの?」
「うん、やってみるよ」
この魔法のじゅうたんを使いこなすには自分の力が必要なのだと、リュカは飛ぶじゅうたんの上に乗りながらその感覚を得ていた。自分が思ったことに応えてくれるじゅうたんは、マーリンの言う通りもっともっとその大きさを変えることができるだろう。
リュカはじゅうたんの上に胡坐をかきながら、両手をじゅうたんに当てて仲間たちを悠に乗せられるくらいの大きさになれと念じた。リュカの思いを受け、魔法のじゅうたんは再びその大きさを変え、プックルやガンドフだけではなく、ゴレムスさえも乗れるほどの大きさにまで広がった。
「さすがに大き過ぎたかな」
「これくらいがいいよ。これなら真ん中にみんなで乗ってれば誰も落ちないよ」
そう言うや否や、ティミーは再び魔法のじゅうたんに飛び乗った。ティミーくらいの子供が乗ったところで、宙に浮くじゅうたんはびくともしない。続いてポピーが乗っても、じゅうたんは表面を波打ちながらも、安定した浮遊を見せている。魔物の仲間たちも続々と乗り込み、広さを増した魔法のじゅうたんの中ほどに身を寄せるように集まった。
「みんな、しっかりつかまっててね」
プックルはじゅうたんの上に寝そべり、スラりんも転がらないよういつもよりもいくらか平べったくなっている。ガンドフがうずくまるように身を丸くしている両隣で、ピエールとマーリンが大きな熊の身に寄りかかるようにその身を安定させた。ティミーとポピーはリュカのマントを掴んで身を低くしている。リュカは皆の状況を確認してから、再びじゅたんを進めるよう、前方の開けた景色を見つめた。
魔法のじゅうたんは突然、前方に飛び出した。しかし今度は皆も身構えていたため、じゅうたんから振り落とされることはなかった。勢いよく進むじゅうたんの上で風を感じ、ティミーがリュカのマントを掴みながら身を起こし、後ろに飛んでいくような景色を見ながら感動の声を上げた。
「うわあ、すごい! 僕たち、じゅうたんに乗って飛んでるよ!」
「低い所を飛ぶのね……これなら、怖くないわ」
「ルーラで移動してきたばかりなので、この低い所を飛ぶのはある意味新鮮……リュカ殿! 前! 前を!」
ピエールが慌てて指摘する前方には、ラインハット周辺を住処とする魔物の群れが見えた。森の中から現れたスライムナイト四体が、巨大な魔法のじゅうたんが飛んでいる光景に目を丸くしている。リュカは思わず両腕を前に出して身構えた。するとまるでその動きを真似るかのように、じゅうたんの前方が内側にくるりと丸まって、魔物の群れを弾き飛ばしてしまった。あまりの勢いにぶつかられたスライムナイトたちは一体何が起こったのか分からないまま、草原の上を転げて辺りを見回している。
「ジュウタン、ツヨイネ」
「がうがうっ」
「やはりリュカ王の心に反応して動いておるようじゃの」
「僕の心に反応してるのか……うん、そうかも」
「ピー、ピー、ピィ?」
スラりんの言葉に、リュカははっと気づかされた。旅の最中は常にパトリシアが馬車を引き、彼女はいつでもリュカの意思をくみ取るかのように動いてくれる。今回のラインハットへの滞在には連れてきていないが、もしここに彼女がいればやはりリュカの心を読み取るかのようなスムーズな行動をしてくれるに違いなかった。
「そうか、パトリシアだと思えばいいんだね」
「ピッ」
「ものだと思うからいけないんだ。この魔法のじゅうたんは、僕たちの仲間なんだね」
そう考えれば、簡単だった。リュカは魔法のじゅうたんを優しく叩いて話しかけた。
「ここから北に向かってみよう。僕、ラインハットの北の方には行ったことがないんだ。お願いできるかな」
リュカはそう言いながら朝日が昇る位置を見ながら北の方向を指差した。魔法のじゅうたんはリュカの意を得て、まるで返事をするように一度じゅうたんを波立たせると、素早く向きを変え北に向かって颯爽と飛び始めた。リュカの優しい口調に呼応するように、魔法のじゅうたんの飛び方も優しく、じゅうたんの上に乗る皆も落ち着いて周りの景色を楽しむことができた。
朝日が徐々に山の合間から強さを増してくる。リュカがそろそろラインハットに戻った方が良いだろうと思った時、魔法のじゅうたんは広い海上に飛び出していた。馬車よりも船よりもよほど早い魔法のじゅうたんは、リュカが予想していなかった場所にまで進んでしまったようだった。
「そろそろラインハットに戻ろう。戻る頃にはラインハットの城にも入れるはずだよ」
リュカがそう言いながらじゅうたんを二度軽く叩くと、魔法のじゅうたんは心得たと言わんばかりに、再び向きを変えて今度は南下し始めた。あっという間に海の景色は後ろに流れていき、森や山を器用に避けて草原地帯を低く飛び続け、そしてラインハット城に朝日が当たるようになった頃、リュカたちは魔法のじゅうたんに乗ったままラインハットの城下町前に戻っていた。
「ここで練習出来て良かった。便利な乗り物だねぇ」
「でも低い所しか飛べないみたいだね。ボク、もっと高い所を飛んでみたかったなぁ」
「私は低い所で良かったです……」
「また旅の中で使う機会もあるでしょうから、大事にしまっておいた方が良いでしょうね」
「リュカ、タタメル?」
「こんな大きなものをたたむとは、難儀な仕事じゃのう」
「大丈夫だよ、みんなでたためばすぐに終わる……」
リュカが言い終わらない内に魔法のじゅうたんは仲間たちの話を聞いていたかのように、自ら動き始めた。じゅうたんを斜めに傾けて乗る者たちを滑り下ろすと、自らくるくると丸まり、そして大きさを小さくしてリュカの片手に収まるほどの大きさになってしまった。エルヘブンの村から譲り受けた時よりもずっと小さくなってしまった魔法のじゅうたんを見て、リュカのみならず、子供たちも魔物の仲間たちもぽかんと口を開けて、リュカの手に収まる小さな巻物のようなじゅうたんを見つめた。
「こんなに小さくなるんだ……これも魔法の力なんだろうね」
「とても強い魔法じゃろうな。こりゃあ人間には作れん代物じゃろう。遥か昔、人間ではない何者かがこのじゅうたんを作り出したに違いないぞい」
マーリンが興味深そうにリュカの手に乗る魔法のじゅうたんを見つめながらそう呟く。リュカもこの魔法のじゅうたんを作った者が誰なのかは全く想像できないが、今こうしてリュカの手元に渡ってきたことに改めて感謝する思いだった。
「お父さん、ヘンリー様にも魔法のじゅうたんに乗ってもらおうよ! きっとびっくりするよ~」
「でもヘンリー様だってお忙しくしてらっしゃるんじゃない? 遊びに付き合ってもらうだなんて、ご迷惑になると思うんだけど……」
「うーん、忙しいかも知れないけど、きっと乗りたがるだろうね。会ったら話してみようか」
リュカは魔法のじゅうたんを大きな道具袋にしまい込むと、少し離れたところに見えるラインハットの城下町を見つめた。城下町の様子は遠めに見ても不穏な様子は感じられなかった。
ヘンリーとマリアに会うのはおよそ十年ぶりだ。嬉しいと思うのと同時に、非常に気恥しい気もした。しかし今回は行方不明だったグランバニア王の捜索に協力してくれた御礼を述べるために来たのだという大義名分を身にまとって恥ずかしさを余所へやり、リュカは子供たちを連れて堂々とラインハット城下町へと向かって行った。

Comment

  1. ゆうぼん より:

    ビビ様
    1か月ぶりの更新お疲れ様です!
    次回はついに8年ぶりのヘンリーとの再会ですね!
    今回でも分かるように、サンチョはラインハットに対して複雑な気持ちを抱いてますが、ヘンリーはその事に対してどう思ってるんでしょうかね?
    その辺りをどう描いてくのか楽しみです。
    そして、魔物たちもラインハット城に付いて行きますが、それを見たヘンリーはまたどう思うのか。
    流石に魔物に支配されてた国なので、人と魔物の共存はすぐには難しいかもですね。
    今後も更新頑張ってください!

    • bibi より:

      ゆうぼん 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      1カ月経ってしまいすみません。色々と忙しく……というよりは夏休みで子供と毎日一緒だったので…てへっ。
      ヘンリーと会うのも楽しみですが、やはりサンチョとの確執をどうにかしたいものですね。もう少し時間がかかるかな。
      魔物とヘンリーの再会も書くのが楽しみです。しかし城には連れて行けないので、どこか外で……。
      ラインハットが魔物との共存をするのは、そうですね、ちょっと難しそうです。魔物に乗っ取られそうになる過去があるのでね(汗
      次回、私も書くのが楽しみです! 頑張ります!

  2. ケアル より:

    bibi様。
    今回は、原作に無いbibiワールドですね。
    その中でも、ドリスと魔法の絨毯の描写、とても良いですねぇ!。
    ドリスの思いが本当に、ひしひしと伝わります。
    きっと、ドリスはビアンカから旅の話を聴いていたんでしょうね。
    そして、魔法の絨毯の描写は、さすがはbibi様ですね。
    ゲームでは、普通に広げて普通に座り普通に十字キーで動かすだけですからね(笑み)ー。
    どのように描写なさるのか楽しみにしていたんです。

    なるほど、たしかにエルヘブンの血を通わせているリュカならば、思いを込めれば。
    仲間たちとの、その時の遣り取りが楽しかったですよ。
    とくに、スライムナイト3匹を跳ね飛ばす所は笑っちゃいましたよ(笑み)。
    そして、ルーラの時のポピーのつっこみ!
    良いこと言いますねぇ!
    読み手ケアルもリュカ同様、思わず忘れておりました…。

    次回は、いよいよですね。
    まずは、ヘンリーとの遣り取り、そして、初登場コリンズ王子ですね。、
    あれ…宝箱のメッセージは前回のラインハットのパートでしたよね?
    次回を楽しみにしています!
    注目ポイントは、ヘンリー、マリア、コリンズをどのようにして、外に出して仲間モンスターに会わせるのか…。
    bibi様、期待しております~。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをどうもありがとうございます。
      原作にない場面を書くのが、このお話を書き進めるうえでの楽しみだったりします。
      本当はドリスとビアンカの会話なども入れられれば良かったんですが、その時を逃してしまいました……。
      魔法のじゅうたんはゲーム上ではすぐに違う乗り物にとって代わられてしまうので出番が少ないイメージですが、お話の中ではちょこちょこ出していければいいなぁと思っています。楽しいですよね、この乗り物。
      次回は私も楽しみにしているところです。ヘンリーとマリアと会えるのも楽しみですが、やはり子供たちですね。三人にどんな会話をしてもらうか、今から楽しみです。
      そうそう、仲間モンスターにも会わせるのでその設定も忘れずに入れたいと思います。魔物の仲間みんなでヘンリーをからかってもらいたい(笑)

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