頼るは神様

 

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「おお! それが天空の兜か! 剣や盾と同じように、なんとも神々しいものだな」
グランバニアに戻ったリュカたちは、テルパドールへの訪問についてオジロンに報告していた。玉座の間には珍しくドリスも同席し、砂漠の国テルパドールの話に興味深そうに耳を傾けている。
「もともとティミーに合うような子供サイズだったの? 昔の勇者様も子供だったってこと?」
「違うよ、ドリスお姉ちゃん。ボクがこの兜を被ったら、ボクのサイズに変わっちゃったんだよ! 天空の剣も盾も、初めはそんな感じだったから、そこまで驚かなかったけどね~」
「お兄ちゃんが大きくなれば、この兜も大きくなっていくってことなのかしら」
「ティミー王子はこれからどんどん成長されますからな。伝説の武器と防具も、同じように成長していくのかも知れません」
テルパドールから戻ったティミーは天空の兜を頭に装備したまま、玉座の間での報告の場に臨んでいた。玉座の間にいる衛兵らは伝説の兜を目にして、感動したようにため息をついたりしている。
「ですが、父が言っていた伝説の防具のうち、鎧はまだ見つかっていません。どこにあるのかも、何も情報はないんですよね」
「そうだな……。剣は兄上が見つけ出し、盾はサラボナ、兜はテルパドールでそれぞれ人間の手で守られていた。ただ一つ見つからないとなると、もしかしたら鎧は魔物の手に渡っている可能性もある」
オジロンの言う通り、天空の防具が魔物の手に渡っている可能性は十分に考えられた。父パパスが天空の剣をどのように入手したのかは誰も知らない。もしかしたら天空の剣も魔物の手に渡っており、それをパパスが奪還したということも十分考えられた。そうだとすれば、天空の鎧が魔物の手中にあっても何もおかしいことはない。
「父が残した手紙によれば、魔界の門を開くためには天空の武器と防具が必要です。引き続き、鎧の在処を調べなくてはなりません」
「うちだけじゃなくってさ、他の国にも手伝ってもらえばいいじゃん。せっかくラインハットとテルパドールとの外交が始まるんでしょ? リュカ王の頼みなら、みんな協力してくれるって」
ドリスの言葉に、リュカははっと気づかされた。ラインハットはリュカが頼みごとをすれば快く引き受けてくれるだろう。テルパドールもティミーという勇者の存在を守るため、協力を惜しまないはずだ。自国だけで解決しようとはせず、国同士の結びつきの中で、世界が一体となって動くべき時なのかもしれないと、リュカは自分の肩の荷を半分くらい下ろしたような楽な気分になった。
「ドリス様の仰る通りですな。分からないことは他の方に頼りましょう。きっと我が国にはないお知恵をいただけることでしょう」
リュカたちの報告の場に同席していたサンチョが、もっともらしく頷きながら同意する。
「ドリスもたまには良いことを言うじゃないか」
「頭のカタイ親父とはココが違うのよ、ココが」
にやつきながら自分の頭を指差すドリスだが、本当のところは彼女自身が外の世界に出たくて仕方がないだけなのかも知れないと、リュカは彼女の不敵な笑みの中に本心を見たような気がした。これから始まろうとしている外交は、ドリスが外に出るためのうってつけの理由になる。この機に乗じて、ドリスは外の世界に羽ばたいていくのだろう。
「そうだ、メッキーはルーラを習得できそうですか?」
外交にもっとも必要とされるのは、グランバニアだけが持つ移動力だ。リュカとポピーに加え、メッキーもルーラの呪文が使えるようになれば、非常に頼もしいグランバニアの力になる。
「それがのう、マーリンが言うには『ルーラの経験値が足りない』ということらしいぞ。もっとルーラという呪文を経験すれば、身につけることも可能だと踏んでおるようだが」
「それなら、僕がメッキーに教える必要がありますね」
「あっ、じゃあ私もお手伝いします」
オジロンの言葉にリュカが応じると、すかさずポピーも手伝うと声を上げた。ポピーは勇者である兄ティミーが、みるみる伝説の勇者の姿になるのに焦りを感じていた。双子の兄が世界に必要とされている現実に追いつくように、自分も「必要とされる存在」になれるよう、無意識にも前に進みたがっているのだ。
「メッキーがルーラを使えるようになれば、晴れてリュカ王もこの玉座に腰を落ち着けて政務に励めるというものだな」
オジロンが満足そうに微笑み、口髭を指先で整える。リュカは驚いたように叔父のその姿を見つめ、そして困惑した表情を見せながらもおずおずと話し始める。
「オジロンさん……あの、非常に言いにくいことなんですが、僕はこれからも……」
「分かっておるわい! また旅に出るというんじゃろうが。以前にも言いかけておったからな、天空の城という神様が住む城を目指すと」
エルヘブンから帰還した時のリュカの言葉を、オジロンは正確に覚えていた。その場では次に目指すのはラインハットという流れになり、リュカの旅の続きについてはうやむやになっていたが、オジロンはリュカがラインハットやテルパドールを訪問している最中に、リュカの今後についてサンチョや城の者たちとも話し合っていたのだ。
「リュカ王が行方不明の間、わしらはリュカ王と王妃をお探しするのに必死じゃった。ティミー王子が天空の剣と盾を装備できる勇者だということが分かっていても、他に何もすることができなかった」
オジロンはリュカが不在だったグランバニアの状況を、どこか恥じ入るように話し始めた。
「八年かけてようやくリュカ王を探し出したが、未だ王妃は見つからん。そして姉上も……。しかしリュカ王が帰還されてからは、エルヘブンとの和解にも成功し、ラインハットとテルパドールとの国同士の交流にも始まりの目途が立ち、テルパドールでは天空の兜を手に入れることもできた。情けないことじゃが……リュカ王が動けば、確実に物事は進展しておる」
「オジロン様、じゃあ……」
「今は非常に世界が不安定な時じゃ。その不安定を安定させるために、勇者の父であるリュカ王の力が必要なのじゃろう。危険は伴うが、リュカ王の意思を曲げることはできようもない」
「旅立つことをお許しいただけますか?」
リュカが遠慮がちに玉座の前に立つオジロンを見上げると、オジロンは溜め息をつきながらも、リュカに優しい笑みを見せた。
「許すも何も、国王であるリュカ王が『旅立つ』と言ってしまえば、わしには逆らうことはできんのだ! そしてわしにはそれを止める気持ちももはやない。リュカ王に全てを託すのみじゃ」
オジロンは諦めの表情ではなく、期待に満ちた明るい表情でリュカを見つめた。オジロンにとってリュカはたった一人の可愛い甥だ。尊敬する兄パパスの一人息子であるリュカを、オジロンは兄に代わってどうにか守りたかった。しかしリュカという甥はすでにオジロンの手を必要としないほど、立派な人間になってしまっていた。
「グランバニアのことはわしに任せなさい。ただわしはあくまでも国王代理だ。リュカ王の代理として、これからも真っ当に政務に当たることにしようぞ」
「オジロン様……本当にありがとうございます。必ず妻と母を見つけ出して、このグランバニアに戻ってきます」
「その言葉、信じて待つことにしよう」
「リュカ王ならば必ずや成し遂げてくださいます。我ら国民は王のご帰還を信じております!」
「奇跡の生還を二度も成し遂げる王様もそうそういないよ。だから絶対に大丈夫だって!」
叔父に従者に従妹にと、皆が心強い言葉をかけてくれることに、リュカは胸が熱くなった。その思いに応えるためにも、必ず妻と母を無事このグランバニアに連れて帰ることを改めて心の中で固く誓った。



グランバニアの城壁の外で、女の子の悲鳴が上がった。魔物に襲われているわけではなく、空中に投げ出され、落下している最中の悲鳴だった。しかし落下途中で、素早く空を飛ぶ魔物に助けられ、事なきを得た。
「うーん、もう少しなんだけどなぁ」
リュカはサーラに両手を掴まれ、宙ぶらりんになりながら地面を見下ろす。飛び降りるには高すぎる位置だ。もしサーラに両手を掴まれなかったら、空中の高い場所から勢いよく投げ出され、着地にも失敗して大怪我をするところだった。
冷や汗をかいてミニモンの背に乗るポピーは、声も出せずにミニモンの背中にしがみついている。メッキーが発動したルーラの呪文でグランバニアの城壁内から城壁外へ移動を試みた際、見事に空から放り出されたのだ。高い場所が得意ではないポピーはミニモンが飛行を楽しんでいる最中も、薄目を開けた状態で外の景色を見るだけだ。
「ッキー……」
メッキーは申し訳なさそうに宙で翼をはためかせながらリュカを見た。サーラに抱えられるようにしてリュカは地面に着地し、おずおずと傍に来たメッキーに「大丈夫だよ、僕もポピーも」とメッキーの頭をポンポンと軽く叩いた。
「メッキーって回復呪文なんかはとても上手だから、ルーラもきっと上手にできると思うんだけどな」
ポピーもミニモンに地面に下ろしてもらい、大きく息をついてからメッキーに話しかける。メッキーはリュカたちがラインハットやテルパドールへ言っている間もルーラの練習をしていたようだが、どうしても空中高くに留まったところでルーラの呪文の効果が切れてしまうのだった。
「移動はできているわけだから、もうほとんどルーラの呪文は成功してるんだよね。でもどうしてあんなに高い場所で呪文の効果が切れちゃうんだろう」
「メッキーは高いトコロでもヘイキだからなー」
ポピーの隣でミニモンが腕くみしながら偉ぶってそう言った。リュカは自分の目の高さで飛び続けるメッキーを見ながら、納得するように頷く。
「そっか、そうだよね。メッキーは飛べるから、別に地面に下りる必要はないんだもんね」
「でもそれだと、空を飛べない私たちや魔物さんたちはメッキーのルーラでは移動できないことになっちゃうわ」
ポピーが困ったようにそう呟くと、メッキーも同じように「キー……」と困ったような声を絞り出した。
「しかしきちんと移動したい場所に移動できるようになったのう。メッキーの呪文の才能も大したものじゃ」
マーリンたちがメッキーのルーラ練習に付き合っていた時には、まだ目的の場所に正確に着くことが困難だったようだ。今と同じようにグランバニアの城壁をまたいでルーラの練習をしていても、うっかりサラボナ周辺まで飛んで行ってしまったこともあったらしい。
「私たちが空を飛べたら、問題ないのにね」
「メッキーには翼がありますが、足がないので、地面を歩くことはできません。それがネックなのでしょう」
サーラの言葉にリュカは隣で羽ばたくメッキーの体を見る。大型の鳥よりも立派な羽根を大きく動かし宙に漂うことができても、まるで竜の腹のような胴体だけで地面を移動する場面を今までに一度も見たことがない。恐らくメッキー自身もそのような移動をしたことがないのだろう。
「あ、でもさ、スラりんやスラ坊なんかは地面を跳ねて移動できるよ。ピエールもキングスもそうか」
「そう考えてみたら、スライム族は特殊じゃのう。あやつらは体全体がクッションみたいなもので、地面を跳ねても痛みなど感じておらんのじゃろう」
「……もしかして、メッキー、着地が怖い?」
リュカにそう問いかけられなければ、メッキー自身も何故ルーラが上手く完成しないのか分からないままだった。メッキー自身、自主的には気づかなかったが、地面に下りることが怖いのだとリュカの言葉で初めて気づいた。
「そっかー、いやー、うん、分かるよ。僕も初め、ルーラの着地って怖かったんだ。だってあんな高いところから一気に下に下りるんだもん。しかもそれって呪文の効果であって、自分の意思とは関係ないしさ。地面に放り出されそうなんだよね。実際、何度も放り出されたけど」
「そう言えば、わたしも怖かった。初めてルーラを唱えて移動した時なんて、『もう、このまま死んじゃうんだ……』って本気で思ったのを、思い出したわ。ましてや地面を歩かないメッキーにとっては、地面に下りること自体が怖かったのね」
「ッキッキ!」
リュカとポピーが同意していることに、メッキーは明るい声で呼びかけた。メッキーのルーラが完成しない原因にたどり着き、リュカはすかさずメッキーにある提案をする。
「メッキー、じゃあ地面を一緒に歩いてみようよ。スラりんたちが移動するみたいに、こう……ぴょんぴょんって跳ねるようにさ。地面に慣れたらきっと、地面の近くまでルーラの効果が続くようになると思うんだ」
「キッキキー!」
リュカが導く解決策に、メッキーは何の疑いもなく乗っかり、地面に下りようとした。しかし地面のどこにどう下りたらいいのかも分からないようで、困った顔つきで地面を見下ろしながら翼を休めずにいる。
「大丈夫。やったことがないことは初めは誰もできないんだから。スラりんみたいに地面に跳ねるのを思い描いてみよう。ほら、こんな感じ。ぴょんぴょんって」
リュカが両足を揃えて地面を跳ねて移動する。それを見てメッキーは空中に漂ったまま、同じような跳ねた動きをしてみる。空中でその動きができるメッキーを見て、リュカは思わず感心したように「飛んで跳ねるなんて、メッキーは器用だね」と感想を述べた。
それから数時間に渡り、メッキーのルーラの特訓が続いた。移動自体は問題なく習得し、着地についても徐々にその高度を下げることに成功し、夕方前にはれっきとしたルーラの使い手としてのメッキーが誕生した。時折、目的の場所の景色が頭の中でぐらついてしまうのか、メッキーが元々住んでいたサラボナ周辺や、炎のリングを手に入れた死の火山付近に行ってしまうこともあったが、リュカが必ず付き添っていたため、その度に問題なくグランバニアに戻ることができた。
「これでメッキーもルーラがちゃんと使えるようになったね」
「キッキー!」
「これから色々と頼みごとをすると思うけど、よろしくね」
リュカがそう言いながらメッキーの頭を優しく撫でると、メッキーは嬉しそうに一声鳴いた。
「リュカ王、次に向かう場所は天空の塔と聞いておりますが、旅に同行するものは誰をお考えですかな?」
既にオジロンやサンチョとも話しているのだろう。サーラはいつもの冷静さそのままにリュカにそう問いかけてきた。リュカもまるっきり考えていなかったわけではないが、今度の旅に誰を連れて行けばいいのかという問題に、まだ答えは出ていなかった。
「わたしは連れて行ってくれるのよね、お父さん?」
「本当はここに残って欲しいけどさ……ティミーを連れて行くんだったら、当然一緒に来るつもりだよね、ポピーは」
「当然です。お兄ちゃんだけ連れて行くなんて言ったら、泣くからね」
神が住まうという天空の城、その城に通じると言われる天空の塔へ行くのに、リュカは天空の武器防具を身につけたティミーを連れて行くことを考えていた。息子にはあの場所へ行く意義があると思ったのだ。もしかしたらティミーの力が必要になることがあるかもしれないと、リュカ自身、天空の塔に対する畏れを感じていた。
そしてティミーの双子の妹であるポピーにも、重要な役割があるのだとリュカは思っている。ティミーは恐らく、ポピーがいなくては本領を発揮することができない。生まれた時から一緒で、グランバニアの城の中で同じ時を過ごし、何をするにも二人はいつも一緒だったのだ。そしてその状況を、ティミーもポピーも望んでいる。喧嘩をすることもあるが、それも含めて互いに必要な存在だと、言葉にせずとも認めている。
「王子王女をお守りするのはリュカ王だけではありません。私たちのことをお忘れなきよう」
そう言いながらグランバニア城壁内に姿を現したのは、城の警備から戻ったピエールだった。その横にはプックルもいる。
「当然、私たちも共に参ります」
リュカに有無を言わせぬ雰囲気で、ピエールは今度の旅に同行する意思を見せる。プックルに至っては、まるで恫喝するような大きな吠え声でリュカに呼びかけた。
「リュカ王、天空の塔には人間しか入れないのでしょうか?」
「いや、全く知らないんだ。ただあの辺りに天空の塔があるんだろうな、っていうことが分かるだけで」
リュカはそう言いながら頭の中で世界地図を広げて確認する。地図の中央に位置する大陸の南に、母マーサが印を示していた。ただそれが天空の塔の場所とはっきり書いてあったわけではない。リュカが勝手にエルヘブンで耳にした老人の話と合わせて、その場所に天空の塔があるに違いないと考えているだけなのだ。
「リュカ殿、大丈夫です。我々の旅はいつもそのような感じでしたよ。それでもどうにかなったじゃありませんか」
「がうがうっ」
「もしかつて人間しか入れない場所だったとしても、今は魔物の巣窟になっている可能性もありますね。やはり魔物の仲間は連れて行くべきでしょう」
「今度こそオレを連れてけー! オレもリュカと一緒に旅に出るー!」
メッキーのルーラ特訓に付き合っていたミニモンが悪魔の羽をばたつかせながら地面を跳ねている。ミニモンは今までにリュカと旅した魔物の仲間たちが羨ましくて仕方がなかったのだ。いつかは自分もという思いが強くあり、今回は絶対に譲らないと言わんばかりにリュカの前に進み出た。
「旅には誰を連れて行っても大丈夫でしょう。それならばグランバニアに残しておきたい者たちを優先させても良いかも知れません」
サーラの言う通りかも知れないとリュカは思った。今回の旅がどのようなものになるかは分からない。もし危険極まりない旅になり、引き返さなくてはならない状況になっても、リュカやポピーのルーラがある。いつでもグランバニアに引き返すことは可能だ。
「国に残って欲しい……もちろんサーラさんには残ってもらうけど、いいかな?」
「……リュカ王のご命令とあらば従わざるを得ません」
サーラは一瞬言葉に詰まったようだったが、堪えるようにそう答えた。サーラの本心はミニモンと変わりなく、リュカと共に旅に出たいのだ。
「あとマーリンにも残ってもらって、今後の他国との交流についてオジロンさんやサンチョと話していてもらいたいんだ。城の防備については、ゴレムスは外せないかな。それに……」
リュカはサーラとピエールと話しながら、天空の塔を目指す仲間たちを決定していった。天空に浮かぶと言われる神様の城に通じる天空の塔は、リュカたちの想像ではとてつもなく高い塔で、空中を飛べるものがいた方が良いというのが一致した意見だった。しかしメッキーは早速グランバニアで外交の手伝いを頼む予定で、サーラにも国に残ってもらう必要がある。空を飛べる魔物の仲間としてミニモンは連れて行くことが決定し、他に空を飛べる仲間としてマッドが挙げられた。
「マッドも旅に出たがっていたわ。でもそれだったらきっとキングスも一緒に連れて行ってあげた方がいいと思う」
ポピーの言葉にリュカは思わず首を傾げる。リュカの記憶ではマッドとキングスにさほど接点がない。しかしポピーの意見にピエールとサーラが深く頷いている。
「そうですね。マッドを抑えられるのはキングスしかいないでしょう」
「キングスが一番、マッドを理解していると思われます。ポピー王女の仰る通りですな」
「マッドってキングスと仲が良かったんだ……」
リュカは八年の間、グランバニアを離れていたことを今更ながらに実感した。八年を経てグランバニアに戻っても、すぐに空白の帰還を埋められたわけではない。リュカのいない間に起こった出来事については、どうあがいても自分で体験することは不可能なのだ。
「それならこのメンバーで決まりかな。あまり大勢で行くと、行動しづらくなるからね」
経験できなかったことを嘆いていても仕方がない。そんなことを嘆くほどリュカは暇を持て余しているわけではない。今は兎にも角にも前に進まなければならない。
「マッドは喜ぶでしょう。いつも外に出たがっていましたからね」
「オレも嬉しいぞー! やっとリュカと一緒に旅ができるんだー」
ミニモンは小さな悪魔の羽を広げて、宙をすいすい泳ぐように飛びながら喜んでいる。無邪気に喜ぶミニモンを見て、リュカも思わず顔をほころばせていた。
「リュカ王、それでは早速マッドやキングスにもこのことを伝えて参ります。彼らもきっと喜ぶでしょう」
サーラはそう言うと、心なしか肩を落とした様子で城の中へと姿を消した。サーラも本心では旅に出たいと思っている。ただ、エルヘブンへの旅には同行でき、そしてこれからは外交の仕事にかからなくてはならなくなったため、旅に出たいという思いを封じ込めているだけに過ぎない。
「わたしはお兄ちゃんを呼んできます! これから旅のことについて話すこともあるんでしょう? だって天空の塔に行くことだけが決まっていて、どうやって行くのかなんて何も決まっていないものね」
「そうだね、そのことについては城の会議室を使わせてもらおう。そこにみんなに集まってもらって、みんなで決めよう」
リュカがそう言うと、ポピーは「はーい!」と元気に返事をして、城の中にいるティミーを呼びに行った。ティミーは今、次の旅に備えて苦手な呪文の勉強に手をつけているのだった。メッキーのルーラの習得に付き合うかとリュカが聞いた時、ティミーは首を横に振って断ったのだ。
ラインハットでティミーはヘンリーからトヘロスの呪文を教えてもらっていた。そして自分だけでは苦労していたトヘロスの呪文を、意外にあっさりと習得してしまったことに、ティミーは自信をつけていた。更に多くの呪文を身につけたいと意欲に燃えるティミーは、自ら呪文を専門に扱う学者を呼びつけ、部屋で熱心に勉強をしている。
リュカは城の中に入って行ったポピーの後姿を見て、彼女はまだまだ小さな子供なのだと感じた。勇者として生まれた兄の運命を半分背負う覚悟で、彼女は今度の旅に出ようとしているが、実際はまだ八歳の一人の女の子だ。リュカは背中をばしっと叩いてくるプックルの赤い尾に励まされるように、皆と共に小さな二人の子供を守ってやることを強く思った。



城の大会議室で、大きなテーブルの上にはリュカの使い古した世界地図が広げられている。端がボロボロになり、少し雑に扱えば簡単に破れてしまいそうにも見えたが、紙自体が非常に丈夫なもので、地図自体が破れることはなさそうだった。
リュカは地図の中央に描かれている大陸の南に位置する場所に、赤い点の印をつけていた。エルヘブンに住んでいた母マーサが、ある本に同じように赤い丸を記していたものを、リュカは自分の地図にも書き込んでいた。その場所に天空の塔があるのだと、リュカは信じて疑わなかった。
「まずはルーラで近い場所まで行くことは必須でしょう」
「この場所から近い場所となるとテルパドールだけど、テルパドールの砂漠を歩く旅は避けたいところだね」
リュカの言葉にプックルとピエールが力強く反応する。砂漠の旅は決して慣れてどうにかなるものではない。体力の消耗も激しく、その上砂漠に潜む魔物と遭遇することもあり、回避できるものならした方が良いというのが一致した意見だった。
「ところでお父さん、旅には馬車で行くんだよね? パトリシアも一緒?」
「どこを移動するにも馬車が必要になるだろうからね。パトリシアにも一緒に行ってもらうつもりだよ」
「エルヘブンからもらってきた魔法のじゅうたんって、お父さんが『大きくなあれ』って思えば、いくらでも大きくなるんだよね、きっと」
ティミーの言葉にリュカはラインハット周辺で乗ってみた魔法のじゅうたんのことを思い出した。魔法のじゅうたんはリュカが思い描く方向へ飛び、リュカが魔物からの攻撃を避けようと腕を前に出せば、じゅうたんが同じような状態で魔物からの攻撃を防いでくれた。リュカの意思に反応して飛ぶ速さも自由に変えられ、移動手段としてとても有効な乗り物であることは間違いない。
「馬車ごと乗せるってこと?」
「ピンポーン! そうすればさ、グランバニアからだってあっという間にこの場所まで着くんじゃないかな」
「ティミー王子、それはさすがに距離があり過ぎるじゃろう。それならばテルパドール近くから魔法のじゅうたんに乗る方が得策じゃ」
会議に参加していたマーリンがティミーの意見を聞きながらも、落ち着いた様子で地図を指先で指し示していく。グランバニアからテルパドール、そして海を渡り天空の塔を目指すルートを見て、リュカはあっと思い出したように声を上げた。
「そうだ、テルパドールまで行かなくても、砂漠のオアシスがあったんだ。ここからなら砂漠の上を長い時間移動しなくて済むよ」
リュカが指し示すのは、テルパドールの大陸の東に位置する、リュカたちが立ち寄ったことのあるオアシスだった。その場所にはかつてテルパドールにいた老人が一人、住んでいる。何もない砂漠のどこかを思い浮かべてルーラを発動することはできないが、あの場所の老人の姿や住まいの環境などを思い出せれば、リュカのルーラでオアシスまで移動することが可能だ。
「魔法のじゅうたんってどれくらいの速さが出るのかしら」
「あまり速くても、海の上で振り落とされかねません」
ピエールもラインハット周辺で魔法のじゅうたんに試乗している。その際、リュカがスピードを上げる意思をじゅうたんに伝えた瞬間、ピエールたちは皆、じゅうたんから転げ落ちてしまった経験がある。
「それは大丈夫だよ。じゅうたんをこれでもかってくらいに広げればいい。パトリシアも馬車も乗ってもらうつもりだから、大きなじゅうたんにしなきゃいけないし」
そう言いながら、リュカはテルパドールの砂漠のオアシスから天空の塔を目指すルートが最も現実的であると考えた。魔法のじゅうたんの速さがどれほど出るかは分からないが、リュカが意思を伝える限界の速さを出せば、船で海を進むよりもよほど早くに海の上を移動できるだろう。そうすれば砂漠のオアシスから中央の大陸までは二日を見ておけば問題ないように思えた。
魔法のじゅうたんに乗ってテルパドールの大陸から中央の大陸へ移動するのに、それほど問題はないだろう。しかしリュカたちが知っているのはあくまでも天空の塔があると思しき場所、というだけだ。
その位置そのものが分かっているわけではなく、しかもその未開の地に本当に天空の塔があるのかどうかも分からない。現地についてからの探索は数日かかることを想定して行かなくてはならない。そしてある程度探索をして、天空の塔が見つからなければ、一度グランバニアに引き返すことを念頭に置いておく必要がある。
その後も会議ではテルパドール東のオアシスからの道のりやかかる予定日数、それに伴う食糧の調達、旅に出る仲間たちの装備品や所持品の管理などについて話し合われた。会議に参加していたマーリンとサーラが城内で必要品の調達にかかることになった。
リュカはテルパドール東のオアシスに向かってルーラを使うことに自信がなかったため、一度自分だけでルーラの呪文を試してみようと話すと、ポピーが同行することを願い出た。もしルーラで他の場所に着いてしまったとしても、グランバニアには確実に戻れるため、危険はないと判断しリュカはポピーを連れて行くことにした。一緒に連れて行けば、ポピーも同じ場所にルーラを使って行くことができるようになる。
「ティミーはどうする?」
「うーん、ボクはいいよ。それよりも覚えたい呪文があってさ、そっちを頑張るよ!」
好奇心旺盛なティミーとは思えない発言に、リュカは一体ティミーが習得しようとしている呪文が何なのかを知りたくなった。しかしティミー自身が具体的に話さないということは、リュカに秘密にしておきたいに違いないと思い、あえて聞き出すことはしなかった。
明日を準備日とし、明後日にはグランバニアを発つことを決定した。サーラがあまりにも早いのではないかと意見を述べたが、グランバニアの城に長くとどまる必要もないだろうと、リュカは客観的な判断として自らの意志を伝えた。内心、妻と母を救い出すのに立ち止まってはいられないという思いもあり、周りの皆にもその心は知れていることを感じていたが、それでも明後日にグランバニアを発つことが最善と信じ、そう決めた。
「じゃあ明後日の朝、旅に同行する者は城の中庭に集合。中庭からルーラでテルパドール東のオアシスに向かうね」
「マッド、それにミニモンとキングスには私からそう伝えておきます」
ピエールが名を挙げた魔物の仲間たちは会議に出席していなかった。サーラが彼らに会議が開かれる旨を伝えたが、彼らの反応からサーラが特別会議に出席することもないと判断し、後に決定事項を伝えると言い渡していた。プックルは会議室におり、一応会議に参加していたが、ただ皆が重要な話をしている雰囲気を味わうだけで、特別自分の意見というものを持っていなかった。ただ「再び砂漠の長旅をする」などという内容になれば、確実に異を唱えていただろう。
「お父さん」
隣に座っていたポピーに呼ばれ、リュカは「何?」とゆっくり娘を見た。
「早くお母さんとおばあちゃんを助けようね」
「きっと空の神様ならお母さんもおばあちゃんも助けてくれるよ! だってお母さんもおばあちゃんも、何も悪いことなんてしてないんだからさ!」
子供達の言葉はリュカの想像を遥かに超える強さがある。そしてまるで自分の心の弱さを指摘するかのような鋭さがある。リュカは二人の子供たちに支えられることを恥じ入ることなく、自らも子供たちを守り抜くことを思いながら、にこやかに頷いた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    ポピーは悔しいんでしょうね…ティミーが皆に必要とされているのに、双子の自分は必要とされていないのではないかと猜疑心があるんでしょうなぁ…。
    まあでも、ポピーは将来、すごぉい呪文を覚えて皆をびっくりさせちゃうからだいじょうぶですよね。

    メッキーのルーラ。
    なるほど!着地問題がありましたか…だからなかなかルーラ習得できなかったんですね。
    サラボナ付近に飛んじゃう描写は面白いでしたよ。
    ルーラは思いが強い場所へ行きますからね。

    サラボナと言えば、現在はフローラがアンディと結婚していますね。
    それと、ブオーンがいますね。

    旅のパーティー編成が決まりましたか!今回は…
    リュカ、ティミー、ポピー、ピエール、プックル、ミニモン、キングス、マッドの8名。
    会話ができるのが5名いますね。
    今後は、あまり登場してなかったミニモンが、どのような会話をし戦闘を見せてくれるのか楽しみな所ですね!。
    マッドとキングス…仲良しだったんですね(笑み)
    マットは相変わらず暴れるだけになりそうですが、キングスがどのように暴れドラゴンを制御し、キングスとマットがどのように戦闘を見せてくれるか…ここも楽しみな所です。
    サンチョは旅に連れて行けませんか?bibi様?
    サンチョとの旅の中での会話が見てみたいです。

    ティミーが覚えたい呪文。
    bibi様、もしかして…
    ライデイン?
    ベギラマ?
    そのあたりでしょうか?

    オアシスと言えば、あそこには、リュカを怒らしてルーラでおいてきぼりにしたセクハラおやじがいますな(笑み)。
    もしかして再登場?

    天空の塔は千とベレスが近いですね…リュカの心の動きが気になります。

    bibi様、次回も楽しみにしていますね!
    次回は、まずはリュカとポピーでオアシスに行きますか?
    次回も楽しみにしています!。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをどうもありがとうございます。
      ポピーは複雑な立ち位置ですよね。勇者の兄ばかり目立って、自分はいつも影・・・だけど、勇者として生まれてしまった兄のことを心配にも思っている・・・それでも聡い女の子なので、困難に当たりながらも自分の心と向き合って解決してくれることでしょう。
      メッキーは自然にルーラを覚えるでも良かったんですが、ちょっとひとネタ入れようかなと思いまして、遊びました(笑)
      旅の編成は今まであまり登場していなかった魔物たちを入れようと思い、こんなメンバーにしてみました。
      ミニモン、いじり甲斐がありそうですよね。子供たちと無邪気に遊んでもらいたいという願望もあります。
      好きに暴れるマッドを力づくで制するのがゴレムス、静かに雰囲気で抑えるのがキングス、のような感じです。
      青い者同士、気が合うのかも知れません(笑)
      ゲームの中では王子王女ともめきめきレベルが上がって、呪文も覚え放題の状態なんですよね。なので、どんどん覚えてもらわないと、ということで何か新しい呪文を使えるようにしていきたいと思います。
      天空の塔は・・・そうですね、セントベレスと同じ大陸にありますね。そう考えると、濃い大陸ですよね~。リュカも何を思うやら。
      次回のお話も鋭意制作中です。頑張ります!

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