旅に出る者と国に残る者

 

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リュカが天空の塔付近からルーラでグランバニアを目指し、到着したのは城の中でオジロンが公務を始めたまだ朝の時分だった。ルーラで空を移動しているのはほんのひと時だが、その間にリュカたちは時空を旅するかのように目まぐるしい空の動きを目にし、体感している。天空の塔を発つ時は夜空にくっきりと星と月が浮かぶ真夜中だったが、ルーラで移動している最中にみるみる夜が明け、東の空に上り始める太陽に向かって突き進んでいるような感覚のまま、リュカたちはグランバニアに到着した。
ルーラの目まぐるしい時の流れには慣れているつもりだが、天空の塔での探索を無事に終え、国に戻ってきたという安心感からか、リュカたちはグランバニアの城を前にしてしばらく草地の上に座り込んでしまった。まるで旅の途中で倒れてしまったかのような場面を、城外警備をしていたゴレムスに発見され、保護されるように城の中へ入れられたのだった。
今、リュカは少しの休息を取った後、天空の塔の探索における報告をするために玉座の間に姿を見せていた。リュカはオジロンへの報告は一人で大丈夫だと皆に言い、魔物の仲間たちはその言葉に従い、今は城の大広間でそれぞれ身体を休めている。しかしティミーとポピーは大人しく引き下がることなく、自分たちもこの国の王子王女としてオジロンに自分の口で報告しなければならないと強引に理由をつけて、リュカの後について玉座の間に来ていた。
公務に取りかかっていたオジロンは、本来の国王であるリュカに玉座を譲ろうと席を立ったが、リュカはそれを止めた。旅の報告をするのはリュカであり、報告を聞くのはオジロンであることから、自分が玉座に座ってしまってはまるで話を聞くような気持ちになってしまうと、リュカはオジロンを玉座に押しとどめたのだった。
「その不思議な杖を手に入れられたのは良かったが……よく無事に戻ってきてくれた。何とも危険な探索だったのだな」
オジロンの言葉に、リュカはどこか委縮するようにぎこちなく笑った。子供たちを危険な目に遭わせた自覚がある。オジロンから見れば孫にも近い存在のティミーとポピーを危険な目に遭わせたことは、オジロンや亡き父から責められても文句は言えないと、リュカは何も言えないままオジロンから目を逸らしていた。
「お父さんったら、ボクたちになーんにも言わずに勝手に飛び降りるんだもん。ボク、ホントに死ぬかと思ったよ」
「とても高い塔だったんです。雲を突き抜けるほどの……ああ、思い出しただけでも足がゾワゾワするわ……」
「ワシが想像するよりも遥かに高い塔なのだろうな。一度でいいから見てみたいものだ」
「せっかくキレイな塔なのに、魔物に壊されてボロボロになってたよ。あの塔、いつか直してピカピカにしてあげたいよね!」
「でもあんなに大きな塔を直すなんて……どれだけの時間がかかるのかしら」
「塔から飛び降りてる最中もさ、『ああ、ここもあそこもボロボロだなぁ』って思ってたんだ。よくあれで崩れないもんだなぁって」
「お兄ちゃん、そんなところを見ながら落ちてたの!? 信じられない……私なんて、その時のこと、ほとんど覚えてないのに……」
ティミーの言葉に目を丸くしたのはポピーだけではなく、リュカも同様だった。雲を突き抜けるほどの高い天空の塔から飛び降りたあの時に、塔のあちこちを観察していたティミーはやはり普通の子供ではないのかも知れないと、我が子が我が子ではないような奇妙な感覚を味わわされていた。
「リュカ王よ、一つだけワシから言っておきたいことがあるのだが……」
「はい……」
リュカはオジロンの雰囲気から、次に彼が口にする言葉を理解していた。先に謝ってしまおうかと思ったほどだった。
「もう二度と、子供らを危ない目に遭わせないよう、くれぐれも……」
「分かっています。僕もあんなに危ない目には遭わせたくなかったんです。でも、他にどうしようもなくて……」
「うむ。旅に危険はつきものだからな。まあ、なんとも言えんのだが、やはりワシとしても、可愛い孫のような二人に危険な目にはあって欲しくはないからのう」
「……でもオジロンさんは子供たちが旅に出るのを止めてはくれないんですよね?」
リュカがどこかすがるようにオジロンにそう問いかけると、困惑顔のオジロンを差し置いてティミーが叫ぶように言う。
「お父さん! ボクはオジロンさんに止められたって、一緒に行くからね! だって、ボクは勇者なんだから、行かなきゃいけないんだよ!」
「お父さん、もしお兄ちゃんと私を一緒に連れて行かなかったら、その方がよっぽど危ないと思うわ。だって、勝手について行こうと城を飛び出して、どこに行くか分からないもの!」
ティミーとポピーの言う通り、リュカがたとえ二人を国に置いて旅に出ようものなら、二人は結託して城を抜け出し、リュカの後を追いかけてくるだろう。それはリュカが幼い頃、ラインハットの城下町に父に置いて行かれた時と同じことだとリュカは感じていた。信頼していた父に置いて行かれれば、子どもは迷わず父の後を追いかける。あの時、リュカにはプックルがいた。今、ティミーにはポピーがいる。心強い仲間や兄妹がいれば、たとえ子供でも行動できてしまうことをリュカは知っている。
「ワシには止められんよ。子供の行動に責任を持つのは親だ。たとえ兄上が生きていても、注意することはあれど、止めることはできなかっただろう」
グランバニアを治める国王の立場にあるリュカに対しても、オジロンは普通の親であれと言葉をかける。それは兄であるパパスも願っていることだろうとオジロンは感じていた。パパスも一国の王であると同時に、一人息子の父であることを強く望んだ。そのために、幼子であったリュカを連れて旅に出るという、無茶にも思える行動に出てしまった。結果としてパパスは旅の途中で帰らぬ人となったが、あの時のパパスには他の手段は考えられなかったのだと、オジロンは成長したリュカを見て思う。
国王であるリュカ、王子王女であるティミーにポピー、誰一人として欠けてはならないのは事実だ。しかし万が一でも誰かを失うことがあっても、それを受け入れなければならないという覚悟がオジロンにはある。リュカたちが旅に出ている間は欠かさず早朝に教会に赴き、彼らのために祈りを捧げている。それと同時に、万が一のことを想定する冷静さもオジロンにはあった。兄であり国王であったパパスを現実に亡くしているオジロンには、覚悟を決めるという強みがあった。
「親の責任……そうですよね。僕が責任を持って、二人を必ず守り抜きます」
これからも何度となくこの言葉を口にすることになるのだろうと、リュカは自分の言葉に重みを感じながら、オジロンにそう宣言する。今となってはリュカ自身、子供たちをグランバニアに置いて旅をすることが考えられないほど、子供たちと共に過ごす時間が当たり前のものになっている。そして現実に、ティミーもポピーも旅に慣れ、魔物との戦いにも慣れ、その実力をみるみる上げて行っている。まだまだ危なっかしい面ももちろんあるが、天空の塔を探索する旅の中でも、二人の力はもはや必要と思えるほどに高まっているのだった。
「ところで、その杖を手に入れたはいいが、次に行く当ては決まっているのか?」
オジロンにそう問いかけられたリュカは、湖に沈む天空城を目指すことをオジロンに素直に話す。玉座の前の床に使い古した地図を広げると、オジロンもリュカたちと共に床にしゃがみこんで地図を覗き込む。到底、普段は玉座に座っている国王代理が取るような姿勢ではないが、この飾らない素朴な人柄が多くの国民からは慕われているのだ。
「おお、マーサ姉上の故郷に近い場所ではないか。……しかしエルヘブンに飛んでしまっては、むしろ遠回りになりそうだな」
オジロンは地図の上に指を走らせながら、エルヘブンと天空城の沈む湖の間にある地形を邪魔そうにトントンと指先で叩いた。
「距離としてはエルヘブンが一番近いんですが、こう……ぐるっと船で遠回りしないとたどり着けないんですよ」
「この場所を知っているのなら、リュカ王があの、ルーラとかいう呪文でひとっ飛び、というわけにはいかんのか?」
「僕もそれを考えたんですけど、あの場所を想像しようとしてもどうにも上手く行かないんですよね。途中で頭の中に霞のようなものがかかってしまって……」
リュカがそう言いながら目を閉じ、天空城の沈む湖のあった場所を思い出し、辺りの景色を頭の中に思い起こそうとする。しかしリュカの想像は途中でまるで何者かに邪魔されるかのように消え去り、ルーラを使用するには危険な状態のまま景色の記憶はどこかへ飛んで行ってしまう。想像が定まらないままルーラを使用すれば、どこへ飛ばされるかも分からない。
そんな父の姿を見て、同じようにルーラを使えるポピーも目を閉じて、一緒に見た湖の景色を思い起こそうとする。ポピーは実際に湖に沈む天空城を見たわけではないが、エルヘブンの旅の途中で立ち寄ったあの広大な湖の景色は覚えていた。父と同じように集中して広大な湖の景色を思い出そうとするが、あれほど印象に残っていた景色だというのに、何度挑戦しても景色の想像は完成しなかった。
代わりにポピーの想像に割り込んできたのは、天空の塔から落ちている時の信じられないような光景だった。気が動転していて記憶から消し去られていたと思っていたあの時の光景を、ポピーははっきりと覚えていた。ミニモンにつかまりながらも急速に落下していく先には、リュカが広げた魔法のじゅうたんがあった。目の前に魔法のじゅうたんの真紅が広がり、そこに突っ込む想像から逃れるために、ポピーは慌てて目を開けた。
「お父さん、天空の塔に行った時みたいに、魔法のじゅうたんで行ったらいいんじゃない?」
「……あっ、そうだよ! 湖の周りだったら、山も森もないところがあるから、魔法のじゅうたんで行けるよ!」
ポピーとティミーの言葉に、リュカは何故その方法にまず気づかなかったのか、自分でも不思議だった。あの天空の塔での厳しい探索から戻り、グランバニアに到着した安心感からか、この場から楽に行ける方法を無意識に探していたことに気づいた。
リュカは二人の言葉を聞いて、改めて世界地図を眺めてみる。リュカがルーラで行ける場所は今や広範囲に渡っている。ゆっくりと見渡した世界地図の中でリュカの目に留まったのは、海辺の修道院だった。海辺の修道院から魔法のじゅうたんに乗って東の大陸に向かえば、海を船で旅するよりも数倍早く目的地に着くことが可能だ。
リュカも何回か魔法のじゅうたんを使ったことで、この特別な道具の使い方が分かってきたところもある。リュカが強い意志を伝えれば、魔法のじゅうたんはその能力の限り応えてくれるのを、天空の塔から飛び降りた時に実感していた。恐らく、魔法のじゅうたんは今までよりももっと速度を上げることができるだろう。
「この海辺の修道院から向かおう。ここが一番、あの湖に近そうだ」
リュカが指し示す海辺の修道院の位置を見て、ティミーとポピーはさほど反応を示さなかった。二人はまだ行ったことのない場所のようだった。
「お父さんって、世界をほとんど旅したことがあるの? まだ行ってない場所ってないんじゃないの?」
「でも、さすがにお父さんもここだけは行ったことがないんじゃないかな? ほら、ココ。世界で一番高いところなんだよね、ここって。もしかしたら、この上に天空城があったんじゃないかな~なんてボク思ってたんだ」
ティミーが何の気なしに指し示す場所を見て、リュカは思わず顔を強張らせた。そこはかつて、リュカとヘンリーが奴隷として働かされていたセントベレス山の頂上だった。人間の足では到底たどり着くことができないとされている場所で、ある一定の人々からは神が住まう場所として崇められているような場所でもある。
「えっ? もしかして、ここにも行ったことがあるの?」
リュカの思わぬ反応に、ティミーは信じられないと言った様子でリュカを見上げる。ポピーも同じような表情でリュカを見つめ、オジロンも様子を窺うように視線だけをリュカに向けている。リュカは小さく息をつくと、「いつかは行けたらいいね」と言うだけで、海辺の修道院から湖の天空城を目指す旅の予定について話し始めた。
リュカは明日にでも旅の支度を整え、出発しても良いくらいに考えていたが、それはオジロンに止められた。ただでさえ一国の王が玉座を離れて旅を続け、国の情勢を全く把握していないのは問題があると、明日一日はオジロンと共にグランバニアの国の状況について話を聞くことになった。グランバニアの国民にも国王としての姿を見せ、安心させることが必要だとオジロンは説き、リュカも明日はオジロンや王子王女と共に城下町の様子を見て回る予定を立てた。
国での休息と旅の支度の時間を考え、国を再び出るのは四日後となった。湖に沈む天空城を目指す旅を共にする仲間たちを決めなくてはならない。魔物の仲間たちの誰もが旅に出たいと思っていることはリュカにも分かっている。しかしグランバニアの国を守る重要な役割も彼らにお願いしなくてはならない。今、玉座の間には魔物の仲間たちが来ていないのを良いことに、リュカは魔物の仲間の内誰を連れて行くべきかを考えながら、一人、深い溜め息をついていた。



「坊っちゃん……いや、リュカ王、少しお痩せになったのではないですか?」
オジロンとの話を終え、リュカは今、グランバニア城の二階にある大広間に来ていた。城に住む魔物たちの休息場として使用されている場所で、今も国の警備に出ていない魔物の仲間たちがおのおのの時間を過ごしていた。今、大広間にいるのはプックルにピエール、マーリン、サーラ、スラりんにスラぼう、そしてベホズンだった。魔物の仲間たちに加えて、リュカの今後の旅の予定を確認したかったサンチョもこの大広間へ姿を見せている。
「あ、ホント? 痩せちゃったかなぁ。じゃあ、後でしっかり食事を取っておかないとね」
「リュカ殿は旅の間はほとんど食事を口にされませんからね」
「旅に長く出ていると、体がそうなるのかも知れませんね。私もパパス王と旅をしていた頃は、さほど食事をしなくても……でも痩せはしなかったですね」
そう言いながら明るく笑うサンチョを見て、リュカは年齢を重ねてもサンチョは優しいままだと安心する。サンチョはティミーとポピーの祖父のようでもあり、リュカにとっては父や母のような人物だ。他の人には話せないような悩みや苦しみも、サンチョになら話せるような気がするのは、守って欲しい秘密は必ず守ってくれるという信頼があるからなのかも知れない。
「しかし次の旅に出る仲間を決めない限りは、休めそうもありませんぞ、リュカ王」
サーラの言葉にピエールも頷き、プックルも小さく「がうっ」と返事をしていた。魔物の仲間たちはいつでもリュカたちの旅に同行したいと思っている。おおよそ旅に同行しているプックルとピエールは他の魔物の仲間たちから羨ましがられているような状況だ。
「王子と王女は当然、連れて行くのじゃろうな?」
「うん、そうだね。そうしないわけには行かないよ」
「特に次の旅は天空城に向かうわけですから、勇者であるティミー王子には同行してもらわねばならないでしょう」
ピエールがそう言うと、サーラも頷き、マーリンも「また危険な旅になるじゃろうが、止むを得まいな」と反論することはなかった。当のティミーとポピーは今、この場にはおらず、自室で休ませている。オジロンへの報告が終わると、途端に疲れが出たようで、二人揃って欠伸が止まらない状態になってしまったため、リュカが部屋で休んでいるようにと言ったのだった。
「私も旅にお供したいところですが……オジロン様が許可してくださるとも思えず……」
「うん、サンチョはやっぱりここに残ってくれていた方がいいと思う。オジロンさんだって、サンチョが傍にいないと、色々とできないことが増えちゃうんじゃないかな」
「私はただ国内の調整役のようなものですから、誰かに委任すれば問題ないのでしょうがね」
「サンチョの仕事はそんなに単純なものじゃないでしょ。だって国内のことだけじゃなくて、今は国外のことにも手をつけてもらっているでしょ?」
グランバニアは今やラインハットとテルパドールとの結びつきを強めようと動き始めている。世界中で魔物が増え、不安定な世の中になっている今、人間同士の結びつきを強めなくてはならないと三国が協力することに誓いを立てている。地理上ははるか遠くの国同士だが、メッキーの移動呪文ルーラでその距離はほとんどないに等しい状況だ。手紙のやり取りも迅速に行うことができ、まるで互いの国同士が一つの国になってしまったかのように、三国の結びつきは日々強くなっている。
「サーラ殿にも多くの仕事をお手伝いいただいていますがね。字がとても上手なんですよ、サーラ殿は」
「あの字は私が書いているものではありませんよ。ペンにちょっと呪文を唱えれば、私の言ったことをサラサラと勝手に書いてくれるのです」
「なんと、そんな呪文が……ぜひ私も使えるようになりたいものです。私の書く字は汚くて……」
サーラの言葉にサンチョは恥じ入るように頭を掻いた。リュカはサンチョの書く字を知っているが、汚いというよりは癖のある字で、その字を見るとリュカは安心する。サンチョの心がこもっているのを感じることができるのだ。
「しかし私はそろそろまた旅に出たいものですな。国の仕事をお手伝いするのも大変光栄ですが、リュカ王と共に旅をして、その天空城とやらを実際に見てみたいものです」
サーラは決して厳しい性格をしているわけではないが、自分の思ったことを誰かに遠慮して伝えないということはしない。自分の意思があれば、誰に何を言われようがとにかく言葉にしてみて、相手に様子を窺うのがサーラだった。
「ピー、ピキキー!」
サーラと同じように自己主張をはっきりとするのはスラりんも同じだった。そしてスラりんの隣で同じように水色の身体を震わせているスラぼうがおずおずとリュカに話しかける。
「あのぅ……ボク、まだリュカ王と一緒に旅に出たことがないので、一緒に行けたらいいなぁなんて思ってるんだけど、いいかなぁ?」
元気で強気の性格のスラりんとは違い、スラぼうは元気なところは似ているが少々控えめの性格だ。自分なんかがこんなことを言ってもいいのかどうかわからないというように、自信は持てないながらも、王と共に旅に出てみたいと願っているのはリュカにもよく分かった。
「スラりんとスラぼうって、同じスライムだから同じ呪文とかが使えるのかな?」
「ピー、ピー」
「スラりんと一緒に覚えたよ。えーっとね、ニフラムっていう呪文にスクルト……」
リュカはスラぼうの話を聞きながら、スライムという魔物は本当は計り知れない可能性を秘めている魔物なのかも知れないと、改めて脅威を覚えるほどだった。両手の平の上に乗るほどの小さな魔物だが、好奇心旺盛な性格からか、様々な呪文を覚えることに挑戦してきたようだ。
「それとね、今はキングスにザオラルっていう呪文を教わってるんだ。もうちょっとでできそうなんだけど……やっぱり難しい呪文だから、もっと修行が必要みたい」
「十分だよ。旅は危険なものになるだろうけど、覚悟はできるかい?」
「えっ? 連れてってくれるの?」
「スラりんと仲良しなんだね。じゃあスラりんとスラぼう、二人とも一緒に行こう。サーラさん、二人とも連れて行って問題ないですか?」
「リュカ王の良いようになさってください。国の守護は残りのもので対応いたしますので、大丈夫ですよ」
「リュカ殿、今回の旅ですが、私は辞退させていただこうかと思います」
思いもよらぬピエールの言葉に、リュカはしばらく言葉を返せなかった。これまで必ずと言って良いほどリュカと旅を共にし、常に間近で適切に支えてくれるピエールがいなくなることを、リュカは微塵も想定していなかった。
「いつもサーラ殿に国のことをお願いしてしまっていては、サーラ殿だけに負担を強いることになってしまいます。今回の旅にはサーラ殿をお連れ頂き、その代わりに私がサンチョ殿やマーリン殿とこのグランバニアの状況や外国の状況においても把握しておこうかと思っておりますが、いかがでしょうか?」
特定の誰かに特定の仕事を任せるのではなく、皆で共有できることは共有するべきだとピエールは言っていた。特定の誰かに特定の仕事を任せていると、そのうちかつての大臣のように、国の中枢を一人で掌握してしまうこともあるかもしれない。もちろん、今グランバニアにいる者の誰かを疑っているというわけではない。しかし情報を共有することで、国の中を健全な状態に保つべきだというピエールの言葉に、リュカは納得せざるを得なかった。
「とは言いながらも、ピエールさんもたまには国で身体を休めたいのではないですか?」
サーラがそう言いながらにやりと微笑むと、ピエールも正直に「そういう理由もありますね……」と、兜の中で笑うように息を吐き出していた。思えばピエールは常にリュカの隣でリュカを支え続けていた。彼自身、本当は常にリュカの傍を離れず、支える立場にいないと不安な面もあるのだろう。
しかし今、リュカと旅を共にできる魔物の仲間は大勢いる。そしてグランバニアという国を守ることも、リュカという国王を支える大事な任務だ。ピエールは旅を共にし、常に国王を危険から守ることだけにこだわるのではなく、国を守ることに関しても進んで取り組まなくてはならないと思い始めていたのだった。
「そっか……うん、何となく寂しい気もするけど、ピエールが考えていることはきっと正しいと思うから、今回は国をよろしく頼むね」
「はい、お任せください」
「ピエールさんと一緒にお仕事するのは久しぶりですなぁ。恐らくピエールさんには主に兵士の訓練についていただくことになると思いますよ」
「兵士の訓練も久しぶりです。実践を積んでおりますのでいくらかお役に立てるかと思います」
サンチョが白髪交じりの茶色い髭を揺らして笑うと、ピエールもどこか緊張から解き放たれたような声で返事をした。普段、国にいる魔物の仲間たちの仕事を大まかに割り振っているのがサンチョであり、その中で魔物の仕事を更に割り振っているのがマーリンやサーラなのだろう。
そして今回、サーラを旅に連れて行く代わりにピエールを国に残して行くことになる。そう考えながら、リュカははたと足元にいるプックルを見つめ、何とはなしに聞いてみた。
「プックル、お前は国に残りたいとは思わない……」
「ガルルル……」
「ああ、一緒に来るんだね。分かってるよ。そう言うと思ったよ。お前は何が何でもついてくるんだろうなって」
「がうっ!」
聞かれるまでもないと言わんばかりに、プックルは有無を言わさずリュカの旅について行くと主張した。ピエールが常にリュカと旅を共にしていたのは、プックルも同じなのだ。それ故にプックルももしかしたら国に残り、国を守ることに注力してくれるのだろうかとリュカは試しに聞いてみたが、プックルに怒られただけだった。
「大丈夫ですよ。魔物の皆はプックルには文句を言いません。彼はリュカ王にとって特別な『友人』なのでしょうから」
「友達、っていうものあるけど、何となく兄弟みたいなものかなって思ってるよ」
リュカに兄弟はいないが、たとえば自分に兄や弟がいるとしたら、プックルのようなものなのだろうとは想像することができた。人間の言葉を話すことができない魔物だが、リュカはプックルと話が通じないと感じたことはない。人間同士、言葉で会話するよりも、プックルとは心が通じているためか、言葉を必要とせずに目で会話をする時もある。
「では坊っちゃ……いえ、リュカ王、今回の旅に同行する者は決まりましたか?」
「うん? えーっと、僕にプックル、サーラさん、スラりんにスラぼう……」
「ティミー王子とポピー王女もお連れすると……」
「ああ……二人は連れて行くよ。無暗に置いて行く方が危険なんだって、さっき二人に言われたし」
そう言いながら頭を抱えるリュカだが、今となっては子供たちと離れがたくなっているのはもしかしたらリュカの方なのかも知れなかった。また、もしリュカが二人を国に置いて旅に出て行ってしまった時、双子の子供たちがどのような行動に出るかを考えるだけで怖いと感じた。ポピーは移動呪文ルーラを使えるのだ。リュカたちを追いかけるように二人だけで国を飛び出し、リュカたちの知らないところで危険に巻き込まれることの方がよほど恐怖だった。
「リュカ殿、それでは回復呪文の使い手がリュカ殿とティミー王子しかおられません。もう一名、回復呪文を使える者を連れて行った方がよろしいかと……」
ピエールが旅の仲間から抜けるということは、そういうことだった。今まで、何度となくピエールの回復呪文の世話になり、窮地を逃れてきたのだ。リュカはピエールを見ようとして、すぐ隣で大きな緑色の身体を揺らしているベホズンと目が合った。ピエールと同じ色の緑スライムだが、ベホズンの身体はピエールの何倍もの大きさがある。その身体の中には、リュカが想像もできないような回復呪文の力がこもっている。
「ベホズン、一緒に旅に出られるかな?」
リュカの言葉を待ち受けていたかのように、ベホズンはその場で嬉しそうに大きく跳ねた。魔物の仲間の中には他にも回復呪文を得意とする魔物がいる。ガンドフもメッキーも回復呪文の使い手であると同時に、魔物との戦闘にも勇んで参加することができる。しかしリュカの中で、彼らと共に旅に出るのはピエールが共にいる時という印象が強すぎた。
天空の塔で仲間になったばかりのベホズンだが、ピエールが抜けたメンバーではベホズンほどの強力な回復呪文が必要になるかもしれないと考えた。まだ仲間になったばかりで、上手く連携が取れるかどうかという不安はあるが、魔物だらけだったあの天空の塔で長く生きていたということは、魔物たちの戦いというものを多く目にしてきているに違いない。旅の中では避けられない魔物との戦闘では、大いに活躍してくれるだろう。
「じゃあ、湖の城への旅はそんな感じで決まりかな」
「やったぁ! ボク、リュカ王のお役に立てるように頑張るね!」
そう言いながらベホズンの大きな体に乗って弾むスラぼうに、リュカは内心「ティミーがもっと小さかった頃は、こんな感じだったのかな」などと戻れない過去を想像してみたりしていた。



「ピキー! ピキー!」
「ボク、海ってすっごい久しぶりに見たよ! キラキラしててキレイだよね」
二匹のスライムが交互に地面に跳ねながら、静かな音を立てている海を見つめていた。白い砂浜はほどよく温かく、近くに魔物の気配はないようだった。この海辺にも修道院の聖なる力が及び、魔物を寄せ付けないことをリュカは覚えている。
水色のスライム二匹を見守るように、大きな緑色のベホズンが少し離れたところから様子を見ている。ベホズンは初めて海を目にしていた。目の前に広がる果てしない水の景色に、好奇心よりも恐怖心が勝っているのか、寄せては返す波に近づこうとはしない。
「お父さんって本当にいろんなところを旅してるんだね。ボクたちもたっくさん旅をしたと思ってたけど……やっぱりお父さんには敵わないのかなぁ」
「でもお父さんがこんな修道院に来たことがあるなんて、何だか不思議ね。港が近くにあるわけでもないし、町が近くにあるわけでもないし……どうしてこんな場所に来たことがあるの?」
ティミーとポピーの声を聞きながらこの場で海を見つめている状況を、リュカは今まで想像したこともなかった。この場所はリュカがヘンリーやマリアと一度、生き返ったような場所だ。
「旅をしていれば、様々な場所に立ち寄ることもあるのでしょう。それにこの海辺の修道院はかなり古くからあるようです。歴史のある場所には、多くの情報が眠っていてもおかしくはありません」
「そっかぁ、お婆ちゃんを探す旅をしてたんだもんね」
「それにお婆様ってあのエルヘブンのご出身だものね。この修道院と通じるところがあっても、おかしくない気がするわ」
サーラのもっともらしい言葉にティミーもポピーも納得したように頷きながら、静かな波の音を立てる海を見つめていた。リュカはサーラにこの海辺の修道院での話をしたことはない。この場所に来たことがある魔物の仲間はプックルにピエール、それにガンドフにスラりんだけだ。それでもこの場所でリュカが体験したことの全てを知っているのは、今はラインハットにいるヘンリーとマリアだけだった。妻のビアンカも連れてきたことのないこの場所は、リュカにとっては心の中に封じ込めておきたい秘密の場所のようなものだった。
リュカは海に背を向け、かつて世話になった海辺の修道院を目を細めて見つめた。海辺に立っているからか潮風の影響を受け、建物自体はかなり古びている。しかしそれはリュカたちがこの場所で世話になった時から変わらない気もした。世話になる代わりに、ヘンリーと共に修道院内の修繕をしてみたり、近くの川から水を汲んでくる手伝いをしたりしたことを思い出す。それはもう十年以上前のことだが、いつまで経っても変わらないこの景色を見れば、それがつい最近のことのようにも感じる。
修道院の辺りは非常に静かだった。今は院内で修道女たちが祈りを捧げる時間なのだろう。修道院の建物を囲う塀はところどころ崩れており、その塀の上を猫が呑気に散歩している。長閑なその景色はまるで時が止まってしまったかのようで、そしてこの場所は時を止めることを望む者たちが留まる場所なのだろうと、リュカは今になってその真実のような現実に気が付いた。
「ここからすぐに魔法のじゅうたんで湖に向かうのですか? 私はそれでも構わないと思いますが」
魔物であるサーラたちにとって、人間の住む場所と言うのは外の世界も同然だった。グランバニアでは居住権を得ている魔物の仲間たちだが、一歩外に出てしまえば、彼らは普通の魔物として扱われてしまう。グランバニアでは十分に旅の準備を整え、休息も取ってきている。このまま出発するには問題ない状態ではあった。
「えーっ、せっかく初めての場所に来たのに、寄らないなんてないよね、お父さん」
「修道院に来ているんだから、ここでお祈りをしていくべきなんじゃないかしら。素通りしたら、何となくバチが当たりそう……」
ティミーの好奇心とポピーの恐怖心に、リュカは素直に修道院に立ち寄ることにした。命の恩人と言ってもおかしくはないこの場所の人々に対して十年以上も音沙汰なしで、目の前まで来ているというのに素通りしてしまうことをもしビアンカが知れば、叱ってリュカを修道院へ連れて行くだろう。妻と母を捜す旅の途中で、気づけば心が急いてしまうリュカだが、そのような時こそ心を落ち着けることが必要なのだと、子供たちと共に海辺の修道院の中で祈りを捧げて行くことを決めた。
「父さんは昔、ここの人たちにとてもお世話になったんだよ」
リュカは自分の口から出る言葉に、かつて父パパスも同じようなことを言っていた時があったような気がしていた。子供たちが知り得ない親の過去を考えると、一体父パパスはどれほどの過去を背負っていたのだろうかと、リュカは想像するだけで永遠にそれを知ることはないのだと、少しの寂しさに小さくため息をついた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    さすがのオジロンもティミー・ポピーを止めることはできないんですね。
    ただでさえ娘ドリスに手を焼いていますからね。
    まあ…ティミーは勇者だから、旅に動向するのは致し方ないですが、ポピーの理由が…(笑み)。
    ルーラを覚えたのは遺伝なのかメッキーから教えて貰ったかは定かではないですが、ルーラでどこかへ行ってしまうなんて…!
    ポピーならほんとに遣りかねない!(笑み。)。

    bibi様、やはりパーティ編成になりましたか。
    今回は、どうするかと思ってワクワクしていました。
    プックルは、ぜったいにリュカの側から離れないみたいですね。
    もし、またパーティ編成が有り、プックルをパーティから外すもんならリュカと喧嘩しそうですな。

    ピエールを外したのは読者もビックリです。
    まあ…デモンズタワーの失態を本当はまだ気にしているのでしょうか?。

    ベホズンはbibi様の宣言どおりですね。
    これからの活躍が楽しみです!
    ベホマズンを使う頻度が高くなってbibi様の戦闘描写に支障がでなければいいですが…。
    ベホマズンって、執筆の時に緊張感が半減する描写にならないか…少しケアルは不安です。
    だからこそbibi様の描写力が試されますね。
    そう思うとすんごぉく楽しみであります。

    サーラをようやく連れて行くんですね。
    サーラを旅に連れて行ったことありましたか?
    王家の証の時でしょうか?
    サーラがどんな戦いをするか楽しみであります。

    スラリンとスラぼう、まさかスライム2匹とも連れて行くなんて思わなかったですね。
    とくに今回は喋れるスラぼうがいます。
    bibi様も初めてのスラぼうとの旅。
    どんな戦いになりスラぼうとの会話をどのように広げるのか楽しみにしてます。
    スラリン、じつはリュカとの旅が一番長いんですもんね。
    ゆいいつヘンリーとマリアを初めから知っている少ない仲間モンスター。
    スラリンにはいつもどおりパトリシアの手綱を引いて貰いましょう。

    スライムは本当に計り知れない能力ありますからね。
    レベル上がれば、瞑想と灼熱の炎を覚えてしまい回復と火炎をぶっぱなす恐ろしいモンスターになりますもんね(笑み)
    YouTubeにスライム3匹でミルドラースを討伐する動画がありました。
    おそらくモンスター中レベルがカンストすれば最強です!
    しかし…そこまで上げるのは骨が折れる(苦笑)。

    次回は修道院に久しぶりに行くんですね。
    修道院長との会話どうなるか…セントベレス山のことを話すと、誤魔化したリュカの立場が…。
    そのあたりの描写が楽しみです!。

    長々といつもごめんなさい…次回も楽しみにしていますbibi様!。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをありがとうございます。
      オジロンさん常に見守りタイプです。というのも、自分に自信がないから、人に強く意見できないのかも知れませんね。
      ポピーは本当に行動を起こしかねません。城に置いて行かれたと知れば、すぐさま城を抜け出すことを考えるでしょう。追い込まれたら恐らく、ティミーよりも行動力があります。そういう突飛な行動をするところも父に似たのかも知れませんね(笑)

      ピエールをメンバーから外すのは、リュカが一番不安に思っているところだと思います。
      何も指示しないでも勝手に戦い、回復を担ってくれる頼れるメンバーを外すわけですから・・・これからどうなるんだろう。私も不安です。でも、一度こうした展開をやってみたかったので。

      ベホズンにサーラにスラりん、スラぼうと、なかなか面白いメンバーですよね。私もこれからどんな話になるのか分かりませんが、ちょっと書くのが楽しみです。

      スライム三匹でミルドラースを討伐・・・なかなかシュールな展開ですね。やる人はやりますねぇ。
      しかしスライム三匹でミルドラースを討伐させようと考える主人公一家の考え方が黒いように感じるのは私だけでしょうか・・・?
      ゲームだから面白いですけどね。

  2. ピピン より:

    bibiさん

    これはまた面白い人選ですね…!
    スライム2匹とか、11みたいにれんけい技(特定の仲間がゾーン状態で使える強力な技)でも使いそうな(笑)

    ピエールがいないのも、プックルに次いで居て当たり前みたいな仲間なのでより新鮮な感じです

    • bibi より:

      ピピン 様

      いつもコメントをありがとうございます。
      今回は面白い人選にしてみました(笑)
      11はプレイしていないのですが、連携技みたいな戦いができると面白そうですね。
      私の中では勝手にスライムチームができています・・・スラりん、スラぼう、ベホズン、ピエール・・・あ、ピエールはいないんだった。
      ピエールがいない旅、私も新鮮な気持ちで書いてみようと思います。
      代わりにサーラさんがたくさんお話すると思いますが、リュカに仕える立場のピエールとは違い、あくまでも客観的な立場にいるサーラさんをどんな感じで書けるのか・・・今から楽しみです。

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