地下遺跡の洞窟

 

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海辺に立つこの修道院には、潮の匂いがいたるところに沁み込んでいる。修道院の外観は石造りのものだが、ひとたび中に足を踏み入れると古びた木の匂いが漂っている。内部の階段や手すり、講堂内にある長机や長椅子などには木材が使用されており、潮の匂いと混ざり合ったこの修道院独特の匂いを漂わせている。その匂いを感じるだけで、リュカは十年ほど前にヘンリーやマリアと過ごした修道院での日々をありありと思い出すことができた。
「勝手に入っちゃったけど、大丈夫なのかしら」
「でも外には誰もいなかったしさ。それにお父さんがここに来たことがあるんなら、知ってる人もいるんじゃないのかな?」
修道院の入口を入ると、左右に伸びる廊下があり、そこを横切るように抜けてまっすぐ進むと広い講堂がある。今はそこで修道女たちが修道院長の話を聞いているのだろうと、リュカはかつて世話になった修道院長の顔を思い出していた。
あの時、修道院長は生まれながらの修道院長なのだと、彼女の人生について考えることはなかった。しかし今になって考えてみれば、修道院長にもそれまでの人生があり、一体どのようないきさつでこの海辺の修道院の院長になったのか、謎に包まれた人なのだと思った。
そして修道院長にはリュカとヘンリーが奴隷として働かされていた十年の話を伝えている。命からがらあのセントベレスの頂から逃げおおせたリュカとヘンリーにとって、この海辺の修道院と言う場所は、途切れかけていた命が繋がった場所だった。奴隷の時の話を素直に伝えることができたのは、修道院に暮らす人々がリュカにもヘンリーにも何の所縁もない修道女ばかりだったからかも知れない。もし彼らのことを知る人物が一人でもいれば、リュカもヘンリーも奴隷だったことなど話さなかっただろう。
この海辺の修道院は地理的に、非常に辺鄙な場所に建てられている。今では北に歩けば大きな町となったオラクルベリーがあるが、リュカが幼い頃などにはまだオラクルベリーの町はなかったはずだ。それよりもはるか前から海辺の修道院が存在していることは、建物の古さから自ずと分かることだった。ここは昔から、俗世と離れて暮らすことを望んだ女性たちが身を寄せ合って生活している場所で、あえてこの海辺の修道院に娘を預けて、花嫁修業をさせる富豪もいる。サラボナの町に住むルドマンもかつて、この修道院に娘フローラを預けていたことがあった。
リュカは講堂の入口にある扉を静かに開いた。講堂の中には長椅子が並び、扉の正面遠くにはそれほど立派とは言えない祭壇がある。どこか温かみを感じられる祭壇を見ると、リュカは身の引き締まる思いではなく、今も傍にヘンリーやマリアがいるのではないかと思ってしまう。この海辺の修道院で過ごした時間は、生き返るための時間だったのだと、リュカは扉をゆっくりと開いた。
講堂の中には二人の修道女が長椅子周りの掃除をしていた。祈りの時間は終わっていたようで、既に修道院でのお務めの時間が始まっていたようだ。リュカはその姿にかつてのマリアの姿を見ていた。
「旅の方ですか?」
一人の修道女が慎ましやかな雰囲気でリュカたちに歩き近づいてきた。手には箒を持っており、長い修道服の袖はきれいにまくられている。
「以前、ここでお世話になった者です。修道院長様はいらっしゃいますか?」
リュカがそう尋ねると、修道女はちらりとリュカの横にいるポピーを見やった。辺鄙な土地にあるこの海辺の修道院に娘を預ける者もいる中、修道女は幼い娘であるポピーを預けに来たのだろうかと、「少々お待ちくださいませ」と言って奥へ入って行った。
「何だか、お城の教会とは違って、のんびりできる感じがするね」
「とても温かい場所ね。教会独特の厳しい感じがあまりない気がするわ」
「そうかも知れないね。規律正しい修道院って言うよりは、困っている人は誰でも助けてくれる場所ってところなのかもね」
女性ばかりが暮らす修道院だが、リュカとヘンリーを男だからと言って見捨てることはなく、傷ついた彼らを手厚く看てくれた。そのお陰で彼らは今も生きていると言っても過言ではない。
間もなく奥から先ほどの修道女が修道院長を連れてゆっくりと戻ってきた。修道院の薄暗い中でも、リュカはその人がかつての修道院長その人だとすぐに分かった。あれから十年の時を経て、少し腰が曲がりかけているが、この海辺の修道院の長であるという責任と誇りを彼女から感じられる。修道院長はリュカの顔を見るなり、それまで穏やかな笑みを浮かべていた表情を驚きに変えた。
「お久しぶりですね、リュカさん」
当時、ひと月ばかりこの修道院で世話になったリュカだが、その後もここより南の神の塔へ向かうために立ち寄ったことがある。海辺の修道院では男性の訪問は非常に珍しいもので、そのせいもあり修道院長はリュカのことをはっきりと覚えていたようだった。
「あの時は本当にお世話になりました。ちょうど近くに来たので、立ち寄って改めてお礼をしたいと……」
「久しぶりに会った気がしないのは、ヘンリー殿下からお手紙をいただいているからかしらね」
「ヘンリーから?」
「この間も殿下のお手紙にはあなたのことが書かれていましたよ。グランバニア王は元気に旅を続けていると……まさかあなた方が二人とも王族の方だったとは、あの時は夢にも思いませんでした」
そう言いながら小さな声を立てて笑う修道院長は、相手がグランバニア王と知った上でも尻込みすることなく、あの時と変わらぬ上品ながらも気さくな態度をリュカに見せていた。小さな修道院の長である彼女が持つ責任と誇りは、リュカがグランバニア王として感じる責任と誇りにも似たものなのだろう。むしろ国を守る兵士などを抱えていないこの場所においては、魔物からの自衛も修道女が自ら行わなければならず、危険と隣り合わせである覚悟は大きな国の中に守られている人々よりも大きいのかもしれない。
「マリアからも同じように便りが来ますよ。コリンズ王子には手を焼かされているようですね。同じ年頃の友人でもできれば、また変わってくるのでしょうけどね」
修道院長の話を聞いて、ティミーが以前に訪問したことがあるラインハットのコリンズを思い出し、リュカに勢い込んで話しかける。
「今度、旅が少し落ち着いたら、コリンズ君のところへ行ってみようよ! 友達がいないなんて、さみしいもんね」
「……でも、友達になれるかしら? わたし、自信ないです」
ティミーが楽し気にラインハットへの訪問を口にする横で、ポピーはいかにも敬遠しているといった様子で表情を曇らせている。リュカはコリンズに対して特にわがままを感じたことはないが、もしマリアが手を焼いているとしたらコリンズは母に甘えているだけなのだろうと思った。
「この子たちがリュカさんのお子さんですね」
「そうです。息子がティミー、娘がポピーです。ほら、ご挨拶」
「こんにちは!」
「お会いできてうれしいです」
「こんにちは。私もお二人にお会いできて嬉しく思います。元気で礼儀正しい王子様に王女様ですね」
「国の人たちがしっかりと育ててくれたおかげです。僕じゃあ……こうはいかなかっただろうな」
リュカはそう言いながら恥じ入るようにこめかみを指でかいた。もし自分の手でティミーとポピーを育てていたら、少なくとも礼儀正しい子供にはならなかっただろうと感じた。
「旅の途中で寄られたのでしたら、お休みになるお部屋を用意いたしましょうか? とは言え、あの狭い部屋しかございませんが」
「いや、すぐに旅に出るので大丈夫です。お祈りだけさせてもらっても良いでしょうか」
「もちろんです。旅に出る前の祈りは高ぶる心を鎮め、冷静な心を取り戻させてくれます。心行くまで祈りを捧げて行くと良いでしょう」
それだけを言うと、修道院長はリュカたちの邪魔をしないようにと、ゆっくり修道院の二階へと上がって行った。修道院長も他の修道女と同じようにこの院内で務めを果たしている。修道院長と言う上の立場に甘んじることなく、自らも掃除をしたり衣服の修繕を行ったり、外の花壇の水やりをしたりと、労働する大事さを自らの背で修道女たちに見せているのだ。修道院長のその姿に、この院に暮らす修道女たちは心清らかに時を過ごすことができるのだろう。
リュカは二人の子供たちと長椅子に横並びに座った。この海辺の修道院に旅人が訪れること自体が少ない。院内で務めに励む修道女らがリュカたちを物珍しそうにちらちらと見ているのが分かる。
リュカたちは長椅子に座ったまま、両手を合わせ、目を閉じ、しばし祈りの時間に浸った。
リュカの場合、神に祈るという意味合いではなく、ただ自分の心と向き合い、落ち着かない心を整理する時間だった。修道院長もリュカの神に祈らないその心を見透かした上で、その心を咎めることは決してない。神に祈るのが全てではないと、恐らく修道院長自身も気づいている。神に祈ることで心を落ち着けられる人もいれば、自分と向き合うことで心を落ち着ける人もいる。何が大事なのかは人によって違うのだと、修道院長は昔から認めてくれていると、リュカは感じていた。
「お父さん、ここにはヘンリー様と来たことがあるのね?」
祈りの時間が終わると、長椅子に座ったままのポピーがそう問いかけてきた。リュカは合わせた両手を解くように膝の上に乗せると、軽い口調で「うん、そうだね」と答えた。
祈りの時間の中で、リュカは外に聞こえる潮騒に、当時ヘンリーやマリアと過ごした時間を思い出していた。生きてこの場所に流れ着いたのは奇跡で、彼らと共にラインハットを救ったのも奇跡で、西の大陸に船で向かえたことも奇跡、彼ら二人が結ばれたのも奇跡だった。そしてサラボナでビアンカと結婚式を挙げ、生まれ故郷であるグランバニアにたどり着き、子供たちが生まれたのも奇跡の一部だ。今、こうして両隣に成長したティミーとポピーが座っていることが、どれだけの奇跡の先にあったことなのかを考えれば、この奇跡はまだまだ続くのだと強く思うことができた。
必ず妻と母を救い出す。それが奇跡だとしても、その奇跡は今の延長線上に必ずあるのだと、リュカは過去の情景を脳裏に映し出すことではっきりと感じることができた。
「お父さんとヘンリー様たちのお話、いつか聞いてみたいな」
「お父さんって色んな所に行ってるもんね。ボクも聞いてみたい」
「うん、いつかゆっくり話せる時がきたらね。……さあ、行こうか。外でみんなが待ってる」
リュカがそう言って立ち上がると、ティミーとポピーも跳ねるように長椅子から立ち上がった。ちょうど近くを掃除していた修道女が、いかにもリュカたちに話しかけたそうに様子を窺っているのが分かった。リュカはこの修道院で会ったことのある人だろうかと彼女を見たが、リュカの知っている修道女ではなかった。リュカたちが去ってから十年の間に、修道院で暮らすようになったまだ若い娘のようだった。
「あの……そちらのお嬢さんをこの修道院に預けられるのではないのでしょうか?」
海辺の修道院では時折、花嫁修業を目的にまだ幼い女の子を預ける者もいる。かつてサラボナで会ったフローラも、幼い頃からこの修道院に預けられ、品性や教養を身につけたとリュカは聞いたことがある。リュカの隣に並ぶポピーがそのような女の子に見えたのだろうと、リュカは納得したように笑みを見せながら彼女に応える。
「いいえ、この子はこれから僕たちと一緒に旅に出ます。旅立ちの前のお祈りをしていたところです」
「旅に出ると言うのは、どちらに行かれるのでしょうか?」
目の前の修道女はこの修道院での暮らしにまだ不安を抱えているのかもしれない。どのようないきさつでこの場所で暮らすようになったのかは分からないが、外の世界への憧れがあるのは確かだった。純粋に旅に憧れる修道女に、リュカは行き先を素直に答える。
「ここから東の大陸に向かいます。でもこれからもまだ旅を続ける予定で、その後はどこに向かうかはまだ分かりません」
「以前、旅の方がこの修道院に見えた時に聞いた話なのですが……ウワサではサラボナという町の東には妖精の村に通じる森があるそうです。もしそれが本当なら私もぜひ行ってみたいものですわ……」
「妖精の村、ですか」
「ええ。とてもメルヘンなウワサですよね。私、そのお話を聞いた時、ああ、行ってみたいなぁって思ってしまって……でもこんな話、修道院で大っぴらに話すと馬鹿にされてしまうかなって、誰にも言っていないんです」
「どうしてボクたちには話してくれたの?」
「旅人さんにならお話ししてもいいかなって……それに世界を旅されている方なら、もしかしたら、そんな妖精の村に行きつくこともあるかも知れないでしょ?」
ティミーに話しかける修道女はまるで幼い少女で、妖精の村の話をすっかり信じ込んでいる様子だった。この海辺の修道院のようにある種閉ざされた世界に暮らしていると、時折妖精の村と言う空想の世界に逃げ込みたくなることもあるのかも知れない。修道院での暮らしは心穏やかな時間にはなるだろうが、一人一人の孤独を埋めるには少し物足りないのだろうとリュカは思った。
「サラボナの町の東に妖精の村に通じる森だなんて、とっても具体的なお話ね。ただのウワサなのかしら?」
「もしかしたらあるのかもね、妖精の村が」
「じゃあさ、湖のお城に行った後は、その森に行ってみようよ! うわー、楽しみだな~!」
「お兄ちゃん、私たちの旅は楽しむためのものじゃないのよ! お母さんとおばあちゃんを捜す旅なんだからね!」
「そんなのわかってるよ! ポピーは頭がカタくってダメだなぁ。ツライだけの旅なんてつまらないだろ~」
「とりあえずは湖の城に行って、無事に戻ってくることを考えよう。次のことはその後に考えればいいよ」
双子が言い合いになる前に、リュカは二人の頭を軽く叩きながら修道女に挨拶をして、海辺の修道院を後にした。リュカたちが修道院を出る際、修道院長も院の外に出て来てリュカたちを見送ってくれた。
「ここからどうやって東の大陸へ向かうのですか? この辺りからだと船はビスタ港からしか出ていないと思いますが……」
「修道院長様、ボクたちには魔法のじゅうたんっていう便利なものがあるんです!」
「魔法のじゅうたん? それは……じゅうたんなのですか?」
「空を飛べるじゅうたんなんです。それで海を越えて、東に行くんです」
ティミーとポピーが説明するが、修道院長は今一つ理解できない様子で、穏やかに微笑んで子供たちを見つめながらも小首を傾げている。リュカが懐から出した小さく折りたたまれた布を見ても、それがじゅうたんだとは気づかない。
「ピキー、ピキー!」
いつの間にかリュカの足元にスラりんが寄り添い、何か抗議するかのように草地を飛び跳ねている。リュカに『戻ってくるのが遅い!』と、待ち兼ねた思いを伝えているのだろう。草地を飛び跳ねている一匹のスライムを見て、修道院長は一瞬顔を強張らせたが、すぐに元の表情に戻った。
「リュカさんのお仲間なのですね。そう言えばマリアの手紙に書かれていたことがありました。リュカさんには魔物のお仲間がいると」
「マリアが話してくれていたんですね。じゃあ良かった。この子はスラりん。他にも馬車で仲間たちが待っています」
「安心しました。リュカさんとお子さんたちだけで旅に出られるのはとても危険だと思っていましたので、他にもお仲間がいるのであれば安心して送り出せそうです」
「みんなとても頼りになる仲間です。大丈夫です。必ず無事にグランバニアに戻ります」
「これまでも様々な苦難を乗り越えてきたあなたなら、きっと大丈夫です。神のご加護があらんことを……」
「ありがとうございます。また、いつか」
「ええ。また近くにいらした際にはぜひお立ち寄りください」
リュカは少し背が曲がった修道院長と握手を交わし、修道院からは少し離れたところで待機している魔物の仲間らが待つ場所へ、子供たちと歩き去って行った。



魔法のじゅうたんでの旅は順調すぎるほど順調に進んだ。
ただ海辺の修道院を出てすぐ東に向かうと、広い海を越えなければならず、その間地上に降りて休むこともできないため、リュカたちはなるべく陸地の上を通るルートを進んでいた。海辺の修道院を陸地の上を進むように南に向かい、砂漠の上を通り過ぎる時は魔法のじゅうたんを大きく広げて、端を丸く曲げて大きなひさしを作って進んだ。東の大陸へは三日で着く予定だったが、陸地の上を通り、遠回りをすることで、予定よりも一日余分にかかることになった。
リュカたちはじゅうたんの上で地図を広げながら、大きな川を遡上するように湖を目指した。川の上をじゅうたんで滑るように移動しながら、二度ほど近くの川辺で休息を取った。スラりんとスラぼうはベホズンと共に川で水浴びをしながら、身体の水分を補っていた。リュカはサーラと共に川の中に入り、川魚を取って皆の食事にした。サーラがメラミの呪文を調節して仕上げた焼き魚を、プックルがかぶりつき、ティミーとポピーも普段城では行儀が悪いと許されていないが、今は特別にと手づかみで思い切りかぶりついて食べた。
魔法のじゅうたんで移動している時間は魔物との戦闘を避けることができ、体力を温存することは可能だ。しかしほとんど動かない状態のまま過ごすため、いざ地上に降りて身体を動かす時に、思ったように動かなくなってしまう欠点があった。リュカは水や食料が調達できそうな場所を見つけたら、なるべく魔法のじゅうたんから降りて身体を動かすようにと、仲間たちにそう言い伝えていた。
ところどころで休息を取り、身体を動かすことも積極的に行っていたため、目的地である湖に着いた時にもリュカたちは体がなまるというようなこともなかった。海のような巨大な湖を前に、リュカは魔法のじゅうたんを元の通り小さくすると、大事に懐にしまった。
「さて、えーと……ここでどうするんだっけ?」
リュカの気の抜けたような言葉に、サーラが冷静に応える。
「マグマの杖で封印を……というお話ではなかったですかな?」
「ちょっと、お父さん、しっかりしてよね!」
呆れたように言うポピーの両手には、既にマグマの杖が握られていた。そして以前この地に来た時には特別気づかなかった大岩が、湖の中に入り込むような地形の先にどっかりと存在していた。切り立つ岩山のような大岩は、静かな湖には似つかわしくない荒れた景色を醸している。
「あんな大きな岩のフウインがとけるの? 王女様の杖で?」
スラぼうが体を揺らしながら不思議そうにそう言う傍で、リュカも思わず頷いていた。大岩と言うよりは、まるで切り立った岩山だ。ポピーの手にするマグマの杖の威力は強いものとは知っているが、果たして杖の先から出るマグマの力でこの岩山を溶かすことができるのかと、リュカは思わず小さく唸った。
「がうがう」
「うん、そうだね、とにかくやってみようか。ポピー、できそう?」
「はい、きっと強く念じればこたえてくれるはずよね。やってみる」
魔力に関しては自信のあるポピーが、既に手になじんでいるマグマの杖を両手で構える。頭上に掲げ、目を閉じて強く念じた。特別な呪文を唱えるわけではない。岩山に施されているであろう封印の力に語りかけるように、両手に握りしめるマグマの杖の力を解放するように、ポピーは杖の底知れぬ魔力を信じて念じ続けた。
マグマの杖の頭から突然、真っ赤なマグマが噴き出した。まるでマグマの杖自体が一つの火山であるかのように、杖の頭から一直線に岩山に向かって噴き出す。マグマを浴びた岩山はあっという間に全面がマグマの赤に染まる。
永い眠りから目覚めたかのように、岩山の上部から噴火が起き、耳をつんざくようなその音にポピーはたまらずマグマの杖を取り落としそうになったが、リュカがそれを支えた。
しばらくの間、マグマの杖からマグマが噴き出し続け、それに応じるように岩山からの噴火も続いた。噴火したマグマは次々と湖に落ち、湖のそこかしこで水が蒸発し、湖の一部が煙るような景色に覆われた。間違いなく身の危険を感じるような噴火だったにも関わらず、それらはリュカたちに襲いかかることはなく、空高くに噴き出た後は全て湖の中へと収まって行った。
噴火が止んだ後も、リュカたちはしばらく耳鳴りが収まらないような状況だった。噴火が嘘だったかのように静まり返った湖を見ても、リュカはまだ耳に噴火の音が残るのを感じていた。
あれほど大きな岩山がほとんど姿を消してしまっていた。すべてマグマの杖の威力で吹き飛んでしまったようだ。そして現れたのは、岩山に隠されていた小さな祠のようなものだった。初めからそれだけが存在していたかのように、周りはきれいさっぱり何もなくなり、祠のように見える洞窟の入口は、封印を解いた者の探索を待ち兼ねているようだ。
「あんな爆発があったのに、この入口は傷一つついてない……」
「この場所って、本当に封印されてたってことなんだね」
リュカが洞窟の入口の岩山を触って確認する横で、ティミーも同じように岩山をペタペタと触って感心するようにそう呟いた。しかし感動する余韻もなく、リュカの横を通り過ぎたプックルが洞窟の暗闇を見つめながら、低く唸り始めた。
「……封印されてたのに、魔物がいるの?」
「封印される前から棲みついている魔物かも知れません。湖の城へはそう簡単にはたどり着けないということでしょうか」
「でも封印されていた中で、どうやって生きていたんだろう。魔物って、たくましいよね」
「まあ、我々は人間のように食べなければ生きていけない種族ばかりではないですから。スライム族などは、ほとんど食べずにも生きていけますし」
「ホント、便利だよねぇ。僕も魔物になりたいなぁ」
「何を馬鹿なことを仰っているのですか。さあ、用心して参りましょう」
リュカの言葉をサーラはさらりと受け流してしまった。サーラにまともに捉えてもらえなかったことで、かえってリュカは自分が内心本気でそう言ったことに気づいた。
「中はとっても広そうね。それになんだか、少し明るいような……」
「えっ? もしかして人もいるのかも知れないよ。早く中に入ってみようよ!」
洞窟の中を覗き込むポピーの横でティミーがはしゃぐ声を出す。現実的に考えて、長年封印されていた洞窟の中に人間がいるということは考えられない。魔物は長命であることが多いが、人間の寿命はそれに比べてたかが知れている。それほど長い時間、封印されていた洞窟の中に過ごせる人間などいるわけがないと思いつつも、洞窟内が仄かに明るいことには何か意味があるのだろうと、リュカは仲間たちと共に用心深く洞窟の中に足を踏み入れた。



この洞窟がいつから封印されていたのかは知る由もないが、封印される前には明らかに人の手が入った場所であることがすぐに分かった。
「洞窟って言うより、誰かが作ったところみたいだね。ほら、石の切り口がまっすぐだよ」
そう言いながらティミーが触れる石は、自然にはできないような規則正しい形に整っている。そのような石があちこちにごろごろと放置され、風雨に晒されることもなく、その時の形のまま残されている。
「洞窟の中に明かりがあるわけじゃなくって、この洞窟自体が明るいのね……何だか、不思議」
ポピーがそう言って洞窟の広い天井をぐるりと見渡す姿を、リュカは特に明かりもなくはっきりと目にすることができる。ポピーの言う通り、洞窟の岩盤自体が仄かに明かりを放ち、特別に火の明かりを必要としない状況だった。はるか遠くまで見通せるほどの明かりではないが、少し離れた仲間の顔を認めるくらいは問題ないほどの明るさだ。
「洞窟全体に魔法がかかっているわけでもなさそうだし、この洞窟の岩がそういう性質を持っているのかもね」
「そのような特別な岩だから、この岩を切り出して何かを作ろうとしていたのかも知れませんな。しかし洞窟の外で、近くにこの岩を運んだような形跡もないですし……地底の城でも作ろうとしていたのでしょうか」
サーラが考え込むようにそう呟くのを耳にし、リュカはその考えがまんざら間違いでもなさそうだと感じた。人間が地上に城を築くのと同じように、魔物が地底に城を築いても何らおかしいことではない。
「がうっ」
プックルがリュカの背中を赤い尾で一度叩く。プックルの知らせにリュカは目を細めて遠くを見やると、道が下り坂になった先に、更に下へ降りる道が続いているようだった。
天空の塔で出会った翼の老人は、マグマの杖で洞窟の封印が解けると言っていた。彼は一人の天空人として、湖の底に沈んでしまった天空の城の番人の役割を果たしていたはずだ。洞窟の封印を解くマグマの杖をリュカたちに託したということは、湖の底に眠る天空の城を目指せと言っていたも同然だった。
「この洞窟がどういう場所なのかよく分からないけど、どんどん下に行って湖の底のあの城に続いているかどうか、確かめてみないとね。先に進んでみよう」
リュカがそう言うと、ティミーは待ってましたと言わんばかりに先を行こうとする。その隣を護衛のようにプックルが静かに歩き、スラりんとスラぼうが交互に地面を跳ねながらついていく。魔物の仲間たちが皆でティミーの性格をよく理解し、守ろうとしてくれていることが、リュカにはありがたかった。
坂道を下りた先には、さらに広い空洞が広がっていた。そしてやはり、岩盤からの仄かな明かりが洞窟全体を照らしている。優しい白い光に照らされる中、リュカたちは洞窟の中に想像もしていなかったものを発見した。
「お父さん、コレ、何だろう?」
洞窟のただ中にぽつんと、大きな木の箱のようなものが置かれていた。宝箱にしてはあまりにも大きいもので、蓋があるわけでもなく、上部は大きく開いている状態だ。非常に古いものなのだろうが、風雨に晒されていなかったため、その当時のままの姿を留めているようだった。
「箱の下に車がついているから、乗り物なのかしら?」
「ふむ。レールの上を走る車のようですな。レールは……二つの方向に分かれているようです」
リュカの目には見えないが、魔物であるサーラは暗闇の中でも目が効くため、暗がりの先に続くレールの形が見えているようだった。
「面白そう! ちょっと乗ってみようよ!」
そう言ってティミーは車輪の上をよじ登り、箱の上縁に両手をかけると、ひょいっと大きな木箱の中に入ってしまった。続いてプックルも軽やかに箱の中に入り込む。スラりんとスラぼうもベホズンの大きな体を借りて、弾むように中に入り込んだ。
「ティミー、勝手なことをするんじゃない。危険なものかも知れないだろ」
「じゃあお父さんも一緒に乗ってみればいいよ。ほら、この箱、すごく大きいから、サーラさんもベホズンも一緒に乗れるんじゃないかな?」
ティミーに下りる気配がないので、リュカは試しにと自分も箱の中に乗り込むことにした。あくまでもレールの上を進むだけのものであれば、それほど危険なものではないのかも知れないという考えもあった。サーラがポピーを箱の中に乗せ、彼自身は翼を広げて宙を飛んでから、身軽に乗り込む。そして最後に、ベホズンが地面に思い切り弾みをつけて、上から落ちてくるように箱の中に収まった。
「車がついてるってことは、動くのよね?」
「馬車ならパトリシアが引っ張ってくれるけど、これってどうやって動くんだろう? サーラさんが引っ張ってくれれば動くかも」
「ふむ……さすがにベホズンが乗った状態の箱を動かす自信はありませんよ、ティミー王子」
「あれ? これって何だろう……」
リュカが箱の下の方にある鉄の棒のようなものを見つけ、足先でつついてみた。ガチャガチャと何やら動きそうな気配を感じ、リュカは試しに右足で鉄の棒を踏み込んでみた。すると皆を乗せた木の箱はレールの上をゆっくりと動き出し、またすぐに止まってしまった。
「すごーい! 今、動いたよ! お父さん、どうやってやったの?」
「ここの下に何か鉄の棒みたいなのがあってさ、それを踏んだら動いたみたいだよ」
「えーっ、そうなんだ! じゃあボクもやる!」
ティミーが箱の暗がりの中を覗き込みながら、リュカと同じように水平に出ている鉄の棒を思い切り踏み込んだ。しかしティミーでは足の力が足りないらしく、皆を乗せた木の箱は少し揺れただけだった。
「あれ? 動かないよ」
「乗せているものが重すぎるのかも知れません。私は飛んですぐに追いつけそうなので、降りてみましょうか?」
「でも重さって考えたら、多分、ベホズンが一番重いよね」
「いいよ、みんな乗ってて。ボク、もう一度頑張ってみる!」
ティミーが顔を真っ赤にして懸命に鉄の棒を踏み込む隣で、リュカはもう片方の鉄の棒を逆側から思い切り踏み込んでみた。すると再び木の箱は進み、今度はティミーが鉄の棒を踏み込んだ動力で更に前に進んだ。
「二つの鉄の棒を交互に踏めば、どんどん進むんじゃないかしら?」
「そうみたいだね」
「うっわー、なにこれ、面白い! お父さん、どんどん進めてみようよ!」
車を走らせる仕組みが分かり、リュカとティミーが動力の仕組みの一部である足元の鉄の棒を、息を合わせて交互に踏み続ける。あまりにも息が合ったために、木の箱トロッコはレールの上を加速し、みるみるレールの終わりが近づいてくる。
「リュカ王、これはどのように止めるのですかな?」
「え? 止め方は知らないよ。どうするんだろう」
「ちょっと! お父さん! このままじゃぶつかる……!」
ポピーが悲鳴のような声を上げ、トロッコの中に隠れるように素早く身を潜めた。ティミーも一向に速度が緩まないトロッコの上で、口をあんぐり開けたまま為す術もなく、眼前に迫る終点を見つめている。
その時、一緒に楽しんでいたベホズンがトロッコから弾みをつけて飛び降り、トロッコの前方に立ちはだかった。リュカが「ベホズン、避けろ!」と叫んだが、ベホズンはそのまま全身で加速したトロッコを受け止め、まるで全身をクッションのようにしてトロッコの速度を徐々に落として行った。レールの上で煙を上げるベホズンが、身体を張ってどうにかトロッコを止めることに成功した。
「危なかったですね」
言葉の割に落ち着いているサーラの状態を見て、リュカもすぐに心を落ち着けることができた。しかしトロッコの前で地面に転がっているベホズンを見ると、リュカはすぐにトロッコから飛び降り、様子を見に行った。ベホズンの体にはレールの跡が二本くっきりと残り、激しい摩擦で焦げてしまっていた。リュカはベホズンを労わるように回復呪文を唱えると、涙目になっているベホズンに心から感謝の言葉を伝えた。
「リュカ王、あっちにもレールが続いてるんだよね」
スラりんと共にトロッコを下りていたスラぼうが、リュカの足元に近づいてそう知らせる。トロッコに乗っている間は真っすぐしか見ていなかったリュカだが、スラりんとスラぼうはトロッコの縁に乗りながらも周りの景色を確認していたようだった。トロッコに乗る前にはサーラも『レールが二つに分かれている』と言っていたことを思い出す。
「この木箱は石を運ぶためのものだったのでしょう。こういうものを使うのは人間ですな」
「石を運ぶ……」
「ここは採石場で、何かを作るための石を削り出していたのでしょう。わざわざレールを敷いて、石を運ぶための車を走らせ……何か本格的な建造物を作ろうとしていたのでしょうが、一体何を作ろうとしていたのかは謎ですな」
サーラが考え込む傍で、リュカはぽつりと独り言を呟く。
「そうだよ、石を運ぶなら、こういうもので運べば少しは楽だったのに……」
「お父さん、どうしたの?」
「ん? ううん、何でもないよ」
ポピーに顔を覗き込まれ、リュカは自分が独り言を呟いたことに気づいた。
リュカやヘンリーが幼い頃から奴隷として働かされていた場所も、何の神を奉るためのものだか知らないが、大きな神殿を作るのだと聞いていた。リュカはあの場所が人間にとって最も地獄のような場所だと思っていたが、もしかしたらこの場所も同じような地獄の場所だったのかも知れないと感じた。
過去に遡って、この場所で何があったのかを確かめることはできない。しかしこの場所で生きた人間は確実にいたのだということを思いながら、リュカは仲間たちと洞窟内の探索を進めていった。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    マリアが修道院長に手紙で全てお話していたんですね。
    修道院長はリュカの今の現状を把握していた…なるほど!。
    懸念していた奴隷の話も回避ですな。

    そっか~妖精の森の情報は修道院から聞けたんですね忘れてました。
    ベラとポワンに会いに行く時サラボナによりますか?
    そうするとルドマンが青ざめている顔が見れますが…どうしますか?。

    封印されていた洞窟とはいえ、中に入ると人工的な状態なのは中にいた人がここの地下移籍をなんらかの理由で立ち入り禁止にしたという考えでいいのかな…。

    bibi様、そういえば、封印と言えば、ラインハットの西の封印の洞窟はどうしますか?
    王者のマント、手に入れに行きますよね?。

    トロッコの走らせ方をどうするのかと思ったら足下にレバーがある仕組みにしたんですね。
    ナイスアイディアだと思いますよ~でも…止まる方法を次回どうしましょうか?
    ベホズンに毎回止めてもらうわけには行きませんよね(汗)。

    奴隷の神殿建設の時、ほんとなぜ、あのようなトロッコみたいなのをイブールたち思いつかなかったんでしょうねぇ。
    今も奴隷たちが岩を運んでいるんでしょうね。
    もう少し早く神殿ができていたろうにまったくひこうりつなイブールですよ。

    bibi様、ここの地下移籍の洞窟は、ゲームでパトリシアたち馬車もいっしょに入ることできたんでしたっけ?

    次回は、トロッコ迷路と戦闘ですな。
    サーラの戦闘が楽しみ!
    スラぼうはどのように戦闘をし会話をしてくれるのかbibi様の腕の見せ所ですね。
    次回も楽しみにしています。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをありがとうございます。
      修道院長へはラインハットから時折連絡が行っているということにしました。
      ヘンリーもマリアも命を救ってもらった場所なので、今後もずっと海辺の修道院との関係は続けていくでしょう。
      そうなんです。妖精の村の話はこの修道院で聞くことができます。ゲーム上ではここでしか妖精の村のことを聞くことができないのかな?
      相変わらずのノーヒントゲーム・・・でもDQ2の太陽の紋章よりは遥かにマシですかね。

      地下遺跡を封印していたのは天空人・・・どのような理由で封印していたのかは、それぞれの想像の域を出ないですよね。私も色々と想像してみましたが、これと言った正解が見当たらず(汗)
      でもDQ4からの繋がりを考えたりすると、色々と面白いです。地形から推察してみるとか、DQ4のアッテムトを思い出してみたり。DQは奥が深い。この想像の余地が残されている所が楽しいところです。

      妖精の村の近くにサラボナ・・・寄るかどうか、まだ決めていません。でも寄ったらアイツと戦うんですよね。勇気が出ないですなぁ、あの巨大生物と戦うなんて(笑)

      トロッコの乗り方はみんなで調べてもらって解決してもらおうと思います。きっとブレーキもあるはず。じゃないと、当時の石運びも大変だったでしょうし。
      この洞窟にパトリシアは・・・入れなかったかも。でも、そこは話の都合上(笑)、みんなで探索して行きたいと思います。
      あ、ちなみにパトリシアにはグランバニアでお留守番してもらっています。

      トロッコ洞窟、楽しんで書いて行きたいと思います^^

  2. ケアル より:

    bibi様。

    SFCと比べて、PS2DSの地下遺跡の洞窟のギミックが難しくなっています。
    現実bibi様がプレイして大変だと思いますが頑張ってくださいね。

    それで、封印の洞窟の王者のマントはどうしますか?
    できたらbibi様の描写を読んでみたい(お願い)。

    • bibi より:

      ケアル 様

      トロッコ洞窟の仕掛け、ああいうのが楽しいところなんですが・・・時間がない時にはなかなかツライものがあります(苦笑)
      王者のマントは、もし取りに行くとしてもかなり後になってからかも知れません。忘れた頃にそんな話が出てくるかも(汗)

  3. ピピン より:

    bibiさん

    何となく覗いたら…今回の更新早かったですね!
    10年も経ったらリュカやヘンリーを知らないシスターも増えてるでしょうね…
    そういった所を想像してしまうのも5の面白さでしょうか

    トロッコの洞窟と言えばいよいよあの人の登場ですが…5では珍しいユーモラスな人なんでbibiさんの小説でどう書かれるのか楽しみです(笑)

    • bibi より:

      ピピン 様

      いつもコメントをありがとうございます。
      10年って、今の私からすればあっという間の出来事なんですが(年寄発言・・・)、若い頃の10年って時間が濃密ですよね。それだけ人の移動も多くあったように思います。若い人たちの人生は濃くて速い。
      時間の経過で人の発言も変わってくるので、そういう所もDQ5の楽しいところで、ちょっと物悲しくなったりもするところです。

      トロッコ洞窟のあの人は存分に楽しんで書いて行きたいと思います。ティミーとは馬が合うかも知れませんが、ポピーからはお叱りを受けるかも(笑)

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