悲劇だけではなく

 

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サーラの灯す火の明かりが少し弱まる。見える景色が狭まり、この場が本来は暗闇に閉ざされた空間だったことを思い出す。サーラはどうにか火の力を弱めないように気を保っているが、彼も魔力をほとんど使い果たしており、残る魔力をどうにか火に変えているような状況だった。
「リュカ王、一度上に戻りましょう。このままでは私も火を灯し続けられないようです」
「そうだね。それに今、この場でできることはないから……プサンさん、いいですか?」
「ええ、もちろん。では私も上までご一緒しましょう」
リュカたちが再び梯子から上に向かう際、誰も口を利かなかった。サーラの魔力が底を尽き、辺りは暗闇に包まれる。リュカは高いところが苦手なポピーはまたサーラに上まで連れて行ってもらった方が良いだろうと考えていたが、彼女は半ば放心した様子で梯子に手をかけ足をかけ、自分の力で上まで上って行った。高いところが苦手だなどという弱気な発言をすること自体を恥ずかしく感じているようだった。しっかりとした手足の力で梯子を上るポピーの下から、ティミーもいつもの賑やかさを忘れて、どこか視線を彷徨わせるように梯子を上る。
玉座の間まで上りきった一行は、天空城内の至る所から照らされる青白い光に、ほっと安堵するやら、本当は互いの表情を見たくないやら、複雑な気持ちで玉座の間を見渡している。
「申し訳ありません、リュカ王。もう少し魔力を温存しておくべきでした」
「ううん、大丈夫だよ。サーラさんもあの洞窟で最後に呪文を使い続けていたから……しかもあの呪文ってかなり魔力を使うんでしょ?」
「ですが呪文を使い続けていたのは、リュカ王も同じではないですか」
「うん。だから僕も、実はもう魔力が底をついててさ。参ったね、どうしよっか」
あっけらかんというリュカに、サーラは思わず国王の顔をまじまじと見つめた。
「……本当ですか? ではここからどうやってグランバニアまで……」
「そもそもさ、ここからどうやって地上に出ればいいんだろうね。だってここ、湖の底だよね。泳いで湖の上に出るって言ったって、そこまで息が続くとは思えないんだよなぁ」
リュカはそう言いながら、酷く高い玉座の間の天井を見上げた。湖の底に沈む天空城の遥か上方に、湖面がある。この天空城に来るまでは地下遺跡の洞窟を抜け、最後は飛び出すトロッコの勢いと、不思議なプサンの力によりどうにかこの場にたどり着くことができた。それが逆に、地上に出るとなると一体どのような方法があるのだろうかと、リュカは首をひねった後、意識的にプサンを見る。
「プサンさん、あの時みたいに力を貸してくれますか?」
「はい? あの時とは……?」
しらばっくれるプサンにリュカは真剣で、どこか威圧的な視線を向ける。ゴールドオーブを探し出すという大役をリュカたちに与えたのであれば、その手助けをするのがプサンの役目だろうと、リュカははっきりとした期待をプサンに向けた。リュカ以外の者は、あの時突然湖の中で身体が前に押し出されたのが、プサンの力によるものだということに気づいていない。
リュカが無言で見つめ続けている中で、プサンは「あっ、ああ! あの時の!」とまたとぼけたようにぼかした言葉で同調すると、少し考えるように斜め上に視線を向け、良いことを思いついたと言わんばかりに首元の赤い蝶ネクタイを外す。
「じゃあ、これでどうにかしましょう」
プサンは親指と人差し指でつまむ赤の蝶ネクタイをリュカの前でひらひらと手に持った。何が何やら分からず、リュカはプサンに思わず疑念の目を向ける。プサンは蝶ネクタイを自らの両手の上に乗せると、目を閉じて念を送る。赤い蝶ネクタイが一瞬ぼんやりと光り、それはすぐに止んだ。
「ここに戻ってくるときは、上の湖の畔でこのお気に入りの蝶ネクタイを湖に投げ入れて下さい。そうしたら私がお出迎えしますよ」
「えっ? プサンさんは一緒に行かないの!?」
ティミーが驚いたような声でプサンに問いかける。他の皆も同じ反応だ。皆はプサンも一緒に妖精の村を探しに行く旅に出るものと思っていたのだ。
「私はこの城の中をもっと隅々まで調べてみようと思います。城の中には生き残りの天空人がいるかも知れません。それに私が一緒に行ったところで、お強い皆さんのお役に立てるとは思えませんからね」
プサンの言葉に嘘偽りはないように思えた。彼は天空人を自称しており、故郷とも呼べるこの城の中をまだまだ調べて回りたいと言うのは本音で、いざ地上に出てリュカたちと共に戦いの場に出られるかと言うとそれは非現実的だろう。地下遺跡の洞窟内でも、プサンが戦闘に参加したことはない。外の世界を旅するのに、武器の一つも持ち合わせていないのだ。彼はたとえ外の世界に出たとしても、戦わずに逃げることだけに専念するだろう。
「ここに戻ってくるのも大事なんですけど、まずはここから地上に出ないと……。泳いで出るには地上が遠すぎて息が続かないと思うんです」
「それはもちろんお力添えしますよ。それでは皆さん、こちらにいらして下さい」
そう言うと、プサンは玉座の間を出て、天空城を覆うような水が触れられる場所へと移動する。ティミーとポピーは改めてこの場所の不思議を見て、まるで壁のように垂直にある湖の水に手で触れ、その冷たさにすかさず手を引っ込める。手はしっかりと水に濡れるものの、手を触れた場所から水があふれ出ることはない。手を引っ込めた衝撃で水の面が揺れたが、それもすぐに収まってしまう。
「本当は天空人が何人もいないとできない技なんですがね……私一人では上手く行くかどうか……」
プサンはそう言うと、垂直の水面に両手を当てて、斜め上方に向かって念を送り始める。天空人というのは呪文を使わない代わりに、様々な現象を起こすことができる存在のようだ。プサンの両手が触れたところから、細かな気泡が水の中に生まれ始める。湖の中を帯状に、気泡の道が続く。
「ほら、天空城って雲の上に浮かんでいるじゃないですか。あれは空気中の水を集めて雲を作るんですけど、今はね、その逆をやっているんですよ」
「水を散らせているということですか」
サーラの言葉に「その通りです」と返事をしながらも、プサンはしばらくの間水面に手を当てて、気泡の道を湖の中に作り続ける。湖自体は非常に暗く、先を見通せないが、天空城から発せられる明かりでリュカたちにもその気泡の道がおぼろげに見えていた。
「これくらい空気があれば大丈夫でしょうかね。じゃあ、この中を進んでいって地上を目指してください」
いかにも気軽な調子で言うプサンだが、気泡の道を進めと言われてもどう進んだらいいのかも分からない。見た目には濃い霧が詰まったような帯状の道ができているようだが、果たしてその中で人間が呼吸できるのかどうかは疑わしい。
リュカが訝しんでいる横から、好奇心の塊のようなティミーがプサンが作り出した霧の道の入口に思い切り顔を突っ込んだ。手が水をかいても、その水は霧の道の邪魔をしない。ティミーの顔は濃い霧の水分量に一気に湿り気を帯びたが、顔を突っ込んだ霧の道の中でも息が出来ることに感動を覚えたようだった。
「お父さん! これ、すごいよ! 息ができる! ちょっと苦しいけど、でも息ができるよ!」
「リュカ王、ここはプサン殿を信じましょう。とにかくこの場を出なくてはなりません」
サーラの言う通り、湖に沈む天空城から脱出するためにはプサンの作った道を進む以外の方法はなさそうだ。リュカもポピーも魔力が底を尽き、移動呪文ルーラを唱えることができない。たとえ魔力が残っていたとしても、この不思議な力に包まれる天空城で果たしてルーラという呪文を発動することができるのかどうかも分からない。
「プサンさん、じゃあいつになるか分かりませんけど、とにかく妖精の村を探しに出てみます。ここに戻ってきたら、これを湖に投げ入れればいいんですね?」
「はい。そうしたらまた私がこの道を作りますので、そこを通ってきてください」
「その時はちゃんと気づいてくださいね」
「私の大事な蝶ネクタイですから、絶対に気づきますよ。安心してください」
このだだっ広い湖のどこかで落とされるであろう小さな蝶ネクタイに絶対に気づく自信を見せるプサンに、リュカは少なからず不安の目を向ける。しかしリュカの不安など意に介さずにプサンは黒縁眼鏡の奥でただ笑っている。何を言っても響かないようなプサンには、不安の目を向けても意味がないのだろうと、リュカは仲間たちと共に霧の道の中へと飛び込んでいった。



湖の上にたどり着いたリュカたちは、泳いで湖から出るなり、すぐに戦闘態勢に入った。湖の周りには魔物たちが徘徊していた。湖の中での異変に気づいていた魔物らが泳ぎ渡ってくるリュカたちを待ち構え、すぐに攻撃を仕掛けてきたのだ。
しかしリュカたちは魔力も底を尽き、少しでも怪我をすれば一気に劣勢になる状況だった。ベホズンがまだ魔力を温存していたため、リザードマンに斬りつけられた傷は癒すことができたが、火喰い鳥にまとまって火を吐かれてはひとたまりもなかった。襲いかかってくる火に対抗する手段が、今のリュカたちにはない。リュカがバギマで火を散らすこともなく、ポピーのヒャダルコで火の威力を弱めることもできない。皆の魔力が底を尽きかけているのだ。
「お父さん! これじゃあここでみんな……!」
言いかけたところで、ティミーはリザードマンの激しい剣を盾に受ける。会話もままならない。スラりんとスラぼうが最後の魔力でスクルトを唱える。しばらくの間、敵の攻撃をしのぐことはできるものの、時間の問題だ。敵はリュカたちの魔力が底をついていることに気づいている。ベホズンが大きな体で身を挺して、火喰い鳥の炎から皆を守る。サーラが火の中を突き進んで、火喰い鳥に体当たりの攻撃をしかける。プックルが素早さに賭け、地の上を滑るように走りリザードマンに攻撃する。皆が必死に攻撃態勢を続けるが、敵の数はむしろ増え続けている。
ポピーがマグマの杖を両手で構え、強く念じる。ポピーの思いに応えるように杖頭から大量のマグマが噴き出し、一時的に敵の攻撃を中断させた。しかし杖がマグマを噴き出した反動で、ポピーの身体は大きくぐらつき、たまらず地面に尻餅をついた。その時、ポピーは尻の下敷きになった道具袋の感触に、はっと息を呑んだ。
「みんな! 私のところに集まって!」
魔物との戦闘ではおおよそ補助の役割を自ら果たすポピーにしては、珍しい主張の声だった。彼女の声は仲間たちの注目を集めるのに十分だった。皆が理由を問わずに、すぐさまポピーのところへ駆けつける。リュカもティミーも、ポピーが危険な目に遭っているのかと思い、反射的に彼女のところへ向かう。敵対する魔物らの包囲網が縮まる。
ポピーは道具袋の中から一つの帽子を取り出した。鮮やかな青の布地で作られた帽子の両側に白い羽がついており、額の辺りには魔力の込められた宝玉が埋め込まれている。皆が一塊になったところで、ポピーはその風の帽子を勢いよく空に投げ放った。帽子の宝玉から光が溢れ、リュカたちを包み込む。その光は優しくも強く、ポピーが行き先を考え伝えるまでもなく、勝手にリュカたちを空中に浮かび上がらせた。そして強引に空の彼方へと運び去ってしまった。
みるみる地上の魔物らの姿が遠ざかる。リュカは果たして自分でルーラを唱えたのだろうかと、魔力の残っていない自分の両手を見つめた。空中を途轍もない速さで移動するこの感覚は、リュカやポピーが使えるルーラとまるで変わらない。
仲間たちが一人残らず一塊になって飛びすさぶ中、リュカはポピーの両手に固く握りしめられている青い帽子を見た。それはラインハットを訪れた時に、ヘンリーの息子コリンズがポピーに渡していたものだったことを思い出す。強い魔力の込められたこの帽子を、コリンズが独断でポピーに渡すとは考えられない。恐らくヘンリーがリュカの旅の助けになればと、国宝にも類するようなこの風の帽子を渡してくれたに違いなかった。
風の帽子の運ぶ先に見えたのは、地下遺跡の洞窟へ向かう前に立ち寄った海辺の修道院だった。ルーラの呪文のように行き先を自由に選んで思い描いて移動するのではなく、問答無用で風の帽子の言いなりに移動させられる様に、リュカは『まるで親分だな』と思わず苦笑していた。
「てっきりラインハットに飛ばされるのかと思ったけど、そうじゃないんだね」
無事に修道院近くの草地に着地したリュカが、ポピーが固く握りしめ続けている風の帽子を指差しながらそう言った。ポピーは地面に座り込み、両手に握りしめていた風の帽子をぼんやりと見つめた。
「すごいんだね、その帽子! 今度ラインハットに行ったらコリンズ君にお礼言わなきゃ」
「そうだね。本当に助かったよ。あのままだと……本当に危なかった」
ティミーとリュカが言う言葉に、ポピーも素直に頷いていた。海辺の修道院近くに飛ばされた一行は皆、疲労困憊の状態だった。プックルは草地に腹ばいになり、荒い呼吸を繰り返している。スラりんとスラぼうは互いに寄り添い、ぐったりとその場を動かない。ベホズンは近くに見える海の波に体を向けながら、静かに目を閉じて身も心も休めている。
「リュカ王、私から一つだけ申し上げておきたいことが……」
サーラも疲れ切っているようで、珍しく草地の上に座り込み、肩で息をしている。つい先ほどまで、敵の火炎の中を飛びすさび、自らの怪我など顧みず戦っていたため、体力の限界を迎えていたのだろう。
「これからはキメラの翼を持っていた方が良いかも知れませんね」
「そ、そうだね。あはは、ついついルーラに頼っちゃって……」
「リュカ王とポピー王女の魔力が切れたら、今回のようなことが起こります。私もそのところ、失念しておりまして、誠に申し訳ない……」
今となってはリュカのそのようなどこか甘い考えを見透かしたように、ヘンリーはこの風の帽子を渡してくれたのではないかと思ってしまう。グランバニアに戻ったら、ヘンリーとコリンズにお礼の手紙でも出そうかと本気で考えた。
今はとにかく体を休ませなければならないと、リュカは子供たちを連れて修道院の扉を叩く。魔物の仲間たちは修道院近くの森に入り、それぞれ身体を休めることとなった。
半日ほど修道院で身体を休めると、リュカたちは揃ってグランバニアへと飛び立つ。完全に体力を回復したわけではないが、リュカかポピーの魔力が少しでも戻ればそれで十分だった。修道院は困っている人々には無償で寝食を提供してくれるが、リュカは修道院への寄付と言う形でいくらか金銭を修道院長に渡し、礼を言って修道院を立ち去って行った。



「天空城を見つけ、今度は妖精の村に行くとな……ははあ、いよいよわしにはよく分からない世界になってきたぞ」
グランバニアの玉座の間で、オジロンはリュカの報告を受けながら低く唸る。玉座の間には夕日が入り込み、広い部屋のあちこちに橙色の光が差し込んでいる。それはとても穏やかな光景に見えるが、玉座の間の外では城の兵士たちが常よりも慌ただしく動いている気配がする。
「その妖精の村と言うのは一体どこにあるのだ」
「まだ詳しいことは分かっていません。ですがサラボナの東の森にその入り口があるという話を聞いています」
そう言いながらリュカは例のごとく床に世界地図を広げる。リュカが床にしゃがみこんで説明する正面で、オジロンも国王代理としての立派な正装のまま同じようにしゃがみこみ、長いマントの裾を床に広げるのも厭わず世界地図に視線を落とす。
リュカが指し示すサラボナの遥か東に目をやると、そこには深い深い森が広がっている。その森の規模はグランバニアの国を囲む広大な森よりも更に広い。これほどの深い森の中へ無暗に足を踏み入れれば、それだけで命を落としかねない。しかもサラボナの南東には死の火山と呼ばれる天を突くような険しい山がある。常に溶岩を噴き出すような活火山近くの森とあれば、磁場が狂っている可能性もあるとオジロンはその危険性をリュカに説く。
「リュカ王よ、よくよく調べてから向かわねばなるまい。次の旅にも子供たちを連れて行くのであろう?」
「本当は国に残って欲しいですが……そうも行かないでしょう」
天空城を発見したという報告はリュカ一人で行っていた。魔物の仲間たちは既に城の中で身体を休めており、ティミーとポピーもグランバニアに到着するなり、安心したように目を擦り始めたり、止まらない欠伸をし出したりしたので、リュカが言い聞かせて上の部屋で休んでもらっている。
「もし僕が子供たちを騙すようにして国に置いて旅立ったら、多分あの子たちは勝手に国を飛び出して、旅についてくるに違いありません」
「ポピー王女がリュカ王と同じ移動呪文が使えるからのう。あちこち飛び回るのが目に見える」
「初めから一緒に旅立った方がよほど安全ですよ」
「それもそうだ。しかし二人を確実に守るためにも、旅の準備は念入りにしておかなくては。妖精の森か……城の文献にも当たる必要があるだろうな。何かしらの情報が載っていれば良いが……」
「僕自身、これから調べてみます」
「マーリンにも頼るといい。あの魔法使いの爺は知識欲に富んでいる。城の文献をかなり読み漁っておるから、何かしら手がかりを持っているやも知れん」
玉座の間の扉が静かに開く。国王と国王代理が話している最中に扉が開くことなどないはずだが、大きな扉を開けて入って来たのは一人の上級兵だ。
「国王並びに国王代理に申し上げます。北の塔より魔物の動きがあるとのこと」
北の塔と耳にし、リュカの身体は一瞬震えた。かつてその塔で、リュカとビアンカは身体に石の呪いを受け、引き離されたのだ。
「そうか。引き続き北の動向を注視するため、倍の兵士を北に配置するように」
特に驚いた様子もないオジロンは冷静に兵に指示を出す。オジロンと兵との落ち着いたやり取りに、リュカは一人動揺する。兵が素早く立ち去ると、リュカは我に返ったようにオジロンに問いかける。
「北の塔って、あの……」
「ああ、そうじゃ。かつてリュカ王が向かわれたあの塔のこと。最近になってまた不穏な動向があるようでな。目を離さぬよう兵には伝えておるのじゃ」
北の塔で不穏な動向があるという現状に、リュカは国王としての責務を感じた。本来であればリュカが国王として兵士に指示し、また自ら塔の様子を確認するべく動くべきなのではと考える。忌まわしき北の塔が今も魔物の巣窟として残っていることに、リュカは国として動かなければならない時ではないかと感じた。
「オジロンさん、今の状況を詳しく教えてください」
リュカの意志の強い口調に、オジロンはさほど大きくはない目を見開く。オジロンは順を追ってリュカに説明する。
リュカとビアンカが行方不明になったあの時から、北の塔に棲みつく魔物らは一時、その存在をほとんど消していた。塔は多くの魔物らが棲みつく魔物の居城のような場所だ。魔物の塔が一体いつから存在するのか、初めから魔物が棲みつく塔だったのか。魔物以外の者たちが暮らしていた場所を魔物らが奪ったことから、魔物の塔としての歴史が始まったという学者の考察もある。グランバニアの国と北の塔との歴史がどこまで絡んでいるのかは不明だが、リュカが想像するよりも遥か昔から北の塔には不穏が漂っていたという。
リュカとビアンカが行方不明になり数年に渡り魔物の塔は鳴りを潜めていたが、リュカが八年ぶりの帰還を果たし、再び旅に出るようになってから、北の塔は徐々に不穏な空気を漂わせるようになっていた。唐突にグランバニアに総攻撃をかけてくるような荒々しさは見られない。しかし確実にグランバニアと言う国を監視し、人間の国の動向を窺っていることははっきりと感じて取れるという。
「恐らくは、王子のことだと思われる」
リュカが不在の八年の間、グランバニアは国力、兵力だけではなく、未知の力に守られていた。ティミーがまだ赤ん坊の頃から、リュカやパパスが手に入れた天空の武器と防具は、未来の勇者を守るための力を放っていたのではないかとオジロンは言う。ティミーとポピーが激しく泣き続けたあの日、天空の剣が目も眩むような強烈な光を放ったのをサンチョが目にしている。その日から、グランバニアにはまるで国全体に強力な魔除けの呪文がかけられたかのように、魔物を寄せ付けなくなった。
「魔物らの脅威である天空の勇者……その存在を、北の塔はおぼろげに感じているようなのだ」
世界を救う勇者として生を受けたティミーだが、彼はまだ八歳の子供だ。敵の魔物らに一体どこまで天空の勇者の存在が知られているのかは分からないが、もし相手がまだ年端もゆかぬ少年だと知れば、勇者が城にいる今、敵が急襲をかけてきてもおかしくはない。
「今となっては王子をこの国に留めておく方が危険な状況と言える」
「そんな……じゃあティミーは一体どこで心を休めればいいんですか」
旅の最中でも皆で順番に体を休めることは可能だ。しかし心を休めるためには、やはり魔物がいつ出てくるかも分からない外の世界では十分ではない。心も体も休めるためには人間が生活する場所が、最も心が休まるのはこの玉座の間の上にある国王私室に他ならない。あの大きなベッドの上でなら、ティミーも静かに深く体も心も休めることができるのだ。
「わしも、これを運命と呼ぶにはあまりにも王子が不憫と思っているよ。あんな小さな子供が心から休まる場所を得られないなど、考えたくもない」
「僕が向かいます。北の塔の魔物らを倒します」
妻が攫われ、石の呪いで引き裂かれ、その上今もティミーの安寧を妨げようとする魔物の居城に、リュカは心の中に激しく黒い炎を燃え上がらせる。今すぐにでも魔物の仲間たちを引き連れ、北の塔に向かいたいと踵を返そうとする。
「リュカ王、そなたは穏やかそうに見えて、存外剛毅なところがある。グランバニア王は一時の感情で行動してはならぬ。その先の危険を考えるべきだ」
オジロンの言葉にリュカは歩き出そうとする足を止めた。このまま思う様に行動してしまっては、八年前と全く変わらない。危険を顧みない行動を、一国の王が執るべきではないと、リュカは自身に言い聞かせる。
「敵も徐々に動き出しているという状況だ。今日、明日、グランバニアが攻め込まれるような状況にはない。魔物らとしても考えなしにこれほど大きな人間の国を攻めるということもない」
リュカは心の中にあり続ける憎悪の炎を抑え込みながら、八年前に向かった北の塔の様子を思い出す。魔物の巣窟と化していた北の塔だが、そこには下位の魔物らを恐怖で取りまとめる上位の魔物がおり、その更に上にジャミという赤鬣の白馬の魔物がいた。信頼の上に組織を作る人間とは違い、恐怖で強制的に上下関係を築く魔物らの組織がそこにはあった。巨大な猪の化け物と、巨大なキメラの化け物はそれぞれに玉座を与えられ、塔の中の魔物の中では力を持つ者として君臨していた。
しかし塔に棲みつく魔物らを、リュカたちは倒した。玉座を与えられていたあの猪の化け物も、キメラの化け物も、リュカたちが確実に息の根を止めたのだ。魔物の居城の中で高い地位を与えられていた魔物らが倒され、あの塔の主でもあったジャミの行方も知れないままだ。統率の取れなくなった北の塔の中で残された魔物らは散り散りになったが、その残党が今集まり、このグランバニアを北から見据えている。
「ただ、一度は状況を把握しておいた方が良いだろうな。城の上の見張り台から北の塔を常に見張らせている。そこから見える景色を確かめておいた方が良いだろう」
「分かりました。この後、確かめておきます」
「まあ、とにかく今回も無事に戻ってきてくれて何よりじゃ。リュカ王も疲れておるだろう。少し王子王女と共に休まれよ」
オジロンの言葉はいつも心からの優しさに溢れている。国王としては気弱なところがあると、自身が国王の器ではないと常々言うオジロンだが、物事に熱くならずおおよそ冷静でいられるその素質は国王に向いているのではないかと、リュカは密かに思っていた。
玉座の間の奥から上へ上る階段を進む途中、リュカは忘れていた疲労に身体全体を包まれたような気になった。両足が重い。海辺の修道院でしばしの休息を取ったとは言え、地下遺跡の洞窟を下り、湖に沈む天空城にたどり着いた旅の中、リュカは今までに感じたことのない疲労感を味わっていた。今リュカが感じている疲労は、戦いで消耗した疲労ばかりではない。
階段の一番上の段につまづき、前のめりになったところで、リュカの身体を支える手があった。分厚く丸っこい手は、リュカよりは小さい。しかしその手はリュカを子供の頃からずっと支えて来てくれたものだ。
「坊っちゃ……いえ、リュカ王、お疲れのようですね。お部屋では王子と王女が既にお休みになっておられます。ご一緒にお休みください」
そう言いながらサンチョはリュカに肩を貸す。珍しくサンチョはリュカの玉座の間での報告の場に同席しなかった。リュカはサンチョの肩を借りながら、みるみる足取りが重くなる状態を異様に感じた。リュカに肩を貸すサンチョはいつものように心が軽くなるような会話をしないで、ただ無言でリュカの身体を支えて歩いている。
「何かあったのでしょうか」
サンチョの声はいつになく小さい。聞いてはいけないことを聞いているような、罪の意識を感じさせるような小さく震えた声だ。
「ティミー王子にポピー王女……いつもと様子が違うのです。どこか、怯えているような……そんな気がいたします。お二人とも必死になって笑顔を作っていらっしゃる、そんな感じをお見受けしました」
「え……?」
「私にお力になれることがあればと、どんなお話でもお聞かせくださいと申し上げたのですが、ただ辛そうに笑いながら『なんでもないよ』と言うだけなのです。何か怖い目に遭われたのでしょうか」
サンチョの言葉を聞いてリュカは全身が総毛立つのを感じた。すぐに二人の恐怖に思い至った。ゴールドオーブの軌跡を辿ると同時に見せられた、幼い頃のリュカの記憶。ティミーとポピーの記憶の中に、リュカが体験した悲劇の映像が強引に割り込んだ。その中でも最も鮮烈に刻み込まれたのは、間違いなく映像全体が真っ赤に染まったあの瞬間だろう。
「サンチョ、教えてくれてありがとう。僕、二人にちゃんと説明しないと……」
果たして自分がどこまで子供たちに説明できるのかは分からない。自信もない。正解も分からない。一体どこまで説明すれば、子供たちの恐怖を和らげることができるのか。
一方、リュカ自身も自分の過去と真正面から向き合う自信はない。しかし半ば強引に暴かれてしまった過去を今更隠すわけにも行かず、とにかく子供たちには丁寧な説明が必要なのだと考え、国王私室の扉の前でサンチョと別れた。
私室に入ると、ティミーとポピーが緊張した面持ちでソファに座っていた。テーブルには二人のための焼き菓子が皿に盛られた状態で置かれ、グラスには水も注がれていた。しかしそのどれも手つかずの状態で、グラスには細かな水滴が無数に浮かび上がっている。リュカが部屋に入ってきても、二人は顔を上げることもなく、ただ焦点の合わない視線をテーブルの上に向けているだけだ。
「ティミー、ポピー」
リュカが低く穏やかな声で呼びかけると、二人はゆっくりと顔を上げ、部屋に入って来た父を見上げた。表情を失っている二人を見て、リュカは柔らかく微笑む。するとティミーもポピーも緊張の糸を解かれたように、ぼろぼろと涙を零し始めた。
「二人には怖い思いをさせたね。ごめんね」
リュカはそう言って二人が並んで座るソファの前まで来ると、その場に両膝をついて二人の頭を両腕に抱き寄せた。ティミーもポピーも声を上げることなく、静かに嗚咽を漏らしている。
天空城でゴールドオーブの軌跡を瞼の裏に見ていた二人は、直後には少々混乱していたようだった。ティミーは今見たリュカの過去を信じられないと当然のことを言ったり、ポピーは知らず涙を流していたリュカのことを心配するような余裕を見せるほどに、混乱していた。脳裏に刻まれるように映し出された映像を否定するかのように、ティミーが明るく振るまっていることにもリュカは気づいていた。現実から目を背けようとしている二人を、リュカは否定しない。二人があのゴールドオーブの軌跡は嘘なのだと言えば、リュカは二人の言う通りだとその嘘を後押しすることも厭わないつもりだった。
しかし否定するにはあまりにも現実的な映像で、あのゴールドオーブの軌跡の中に常に存在していたリュカが自ら否定しなければ、否定の意味がないことを二人は理解していた。
「小さい頃のお母さんがいたでしょ。ほら、二つの三つ編みを元気に飛び跳ねさせてたあの子。覚えてる?」
リュカはゴールドオーブの軌跡の映像の中でも、穏やかで優しい思い出を二人の前に差し出した。あの残酷な過去の記憶を否定しても、聡い二人には意味がないのだとリュカは思う。ティミーとポピーの呼吸が徐々に落ち着いてきているのを感じながら、リュカは二人の金色の頭を両手に抱き、話す。
「僕とビアンカは幼馴染でね。小さい頃、二人で外の冒険に出たことがあったんだ。今考えたら、とんでもなく危ないことだった。僕が二人の親だったら、血相を変えて怒ってたと思うよ」
「……そんなことしたの、お父さん?」
今では子供であるティミーとポピーを守り、出来ることならグランバニアと言う国から出さずに済む方法を考えているような保守的な父が、子供の頃にそれほどの無茶をしていたということがポピーには信じられない。彼女の気持ちが見て取れるリュカは、ふっと息をついて小さく笑う。
「一応言っておくけど、冒険に出ようと言い出したのはお母さんなんだよ。まだ小さな猫だったプックルを助けるんだって言って。本当は怖かったはずなのにね。とても勇敢な女の子だったよ、小さい時から」
「お母さん……私たちのことも守ってくれたって、聞いてる」
ポピーの言う話はリュカも聞いていた。八年前、グランバニアに伸びた魔の手は、まだ双子を生んだばかりのビアンカを連れ去った。その時ビアンカは咄嗟に世話係の女性に子供たちと共にベッドの下に隠れるようにと言いつけたらしい。彼女はいち早く邪悪な魔物の気配に気づき、機転を利かせて子供たちだけを隠したのだ。もし部屋がもぬけの殻なっていれば、邪悪な者は部屋中を荒し回ってしまいかねない。そうはさせないと言わんばかりに、彼女は敢えて自らを囮に差し出した。そして敵の目的も、グランバニア王妃となったビアンカだった。
「そう……本当に勇敢なんだ、ビアンカは。僕なんか足元にも及ばないくらいに」
「お父さんよりも年上だって聞いてるわ」
「うん、そう。二つ上だよ。小さい頃からとてもしっかりしていて、僕は後ろからついていくだけだったな」
「……ふふっ、お父さんったら、小さい頃からお母さんの尻に敷かれていたの?」
「うーん、そうかもね。否定できないや」
妻を探す旅をする中で、リュカはこれほど静かな気持ちで彼女のことを話せるとは思わなかった。幼い頃も大人になってからも、彼女にはいつも心を支えてもらっていた。魔物に攫われ、今もどこにいるかもわからない妻のことを思うと、胸の中心から激しい熱が沸き起こり、あらゆる感情の中で自分は今にも死んでしまうのではないかと感じる。しかしそうならずに済むのは、全て子供たちのおかげだ。二人が元気な姿でいてくれるから、リュカは心を静かに妻のことを話すことができる。いつでも自分は誰かに支えられて生きているのだと感じる。
「お母さんとはずっと一緒にいたの? 小さい頃からずっと?」
リュカが二人の間に座ると、ソファがずしりと沈み込んだ。ティミーがリュカの隣に座り、腕に寄りかかりながら聞いてくる。目を瞑り、あの時ゴールドオーブに映し出された三つ編みの女の子を思い出しているのかも知れない。リュカはティミーの癖のある金色の髪を撫でながらゆっくりと話す。
「ううん、僕はね、君たちのおじいさんと一緒に旅をしていた。その途中で立ち寄った町にビアンカがいたんだよ。サンチョもよく知ってるんだ、ビアンカのこと。その頃はある村で僕と父さんとサンチョと一緒に暮らしていたから」
ゴールドオーブに映し出されたリュカの過去に何の説明も加えなければ、双子は怯えるだけだった。断片的に映された過去は、ティミーとポピーにあらゆる想像の余地を残す。幼い父が倒れ、巨大な炎が人を焼き、絶望に飲まれた父の姿を見るだけでは、ティミーとポピーの心に大きな傷を作るだけだった。しかしリュカを作り上げているのは絶望の記憶だけではない。彼の中には確かに楽しい思い出もたくさんあるのだ。
「どうしてあの村で過ごしていたのかは分からないけど、でもそのおかげで僕は君たちのお母さんと会うことができたんだ」
そう言いながらリュカは密かに、子供の頃にサンタローズに家を構えていたのは、もしかしたらラインハットの近くに村があったからなのかも知れないと考えていた。リュカはあまりにも生前の父のことを知らない。しかし父がグランバニアの国王であった事実から、ラインハットとも交流があったことは確実で、実際にあの後父パパスはラインハットからの呼び出しを直々に受けている。
「お父さん、あの時のって、お父さんが順番に経験したことなんだよね?」
ゴールドオーブに映し出された景色はゴールドオーブが経験したことを順番に映していた。それは当然、リュカが順番に経験したことだ。リュカはティミーの問いに素直に頷くと、ティミーは言い辛そうに俯きながら小声で言う。
「お父さんはお母さんだけじゃなくて、小さい頃にヘンリー様とも会っていたんだね」
ティミーもポピーも、あの映像の中の緑色の髪をした少年を見て、「コリンズくんだ」と言っていた。しかし今は二人とも、あの少年が小さい頃のヘンリーだと分かっている。ヘンリーとコリンズはよく似ているが、瞳の色が違う。ヘンリーはまるで青空を映したような清々しい青の目をしているが、あの時の彼の目はラインハットでの生活の中で濁ってしまっていた。
「初めはね、嫌いだったよ、ヘンリーのこと。絶対に友達になんかなれないって思ってた」
「そんな……ヘンリー様はとってもお優しいわ」
「うん、そうだね。今ではそう思ってるよ。でもあの時は、もの凄く……イヤだった」
子供の頃はヘンリーの孤独など知る由もなかった。ただ我儘でひねくれていて偉そうで、まともに話ができない子なんだと嫌悪感を抱いた。それでもリュカがヘンリーの傍に寄ったのは、偏に父パパスの頼み事だったからだ。ヘンリー王子の友達になって欲しいと、パパスだけではなくヘンリーの父である当時のラインハット王からも直々に頼まれた。大好きで尊敬する父の頼み事に応えられれば、父は自分を褒めてくれるだろうかと期待し、リュカは嫌な気持ちを押さえつけてヘンリーに話しかけたのだ。
「人生ってさ、何が起こるか分からないよね。あんなにイヤな奴だと思ってたのに、今じゃ一番の友達だもんなぁ」
彼とは人生の中で最も辛い時期を共にした。二人ともよく生き残ったものだと思う。いつ死んでもおかしくはない環境の中で、彼らは互いのために死ねないのだと血を吐きながらも生き永らえた。
何が何でも死ぬわけには行かない想いは、先に死んでしまった大事な人がいたから生まれたものだ。
「父さんのことは……君たちのおじいさんのことはね、今でも悔しいと思うよ。思い出すと、本当に辛いし苦しい。どうして僕はあの時子供だったんだろうって、どうしようもないことを思う」
リュカ自らが、双子の記憶に残る恐怖に触れる。この話に触れないままでは、いつまで経っても二人は映し出された映像だけに苦しめられる。巨大な火球が人を焼く光景など、おぞましい以外の何者でもない。リュカはあの恐怖の映像に、意味を与えたかった。
「僕は父さんのことを誇りに思ってる。父さんは最期まで誇り高く生きたんだと思ってるよ。僕を連れて母さんを捜す旅を続けるのってさ、いつでも危険と隣り合わせで、父さんはいつでもその時を覚悟してたんだ」
リュカは父の覚悟を、サンタローズの洞窟奥深くで、共に成長したヘンリーと知った。父はリュカがまだ幼い頃から、遺書をしたためていたのだ。妻マーサを救うための旅は、この世界を飛び出した魔界にまで及ぶ。それは当時の父から見ても途方もない目的地であり、旅の途中でいつ命を奪われるかも知れないと常にその危険を身に感じていた。
「最期にね、父さんは僕に『母さんは生きている』って教えてくれた。その一言があったから、僕はどうにか生きようとした。父さんのためにも、母さんを捜さなくちゃいけない。そのためには生きなきゃって、ね」
全てリュカの本心からの言葉だ。嘘偽りのないリュカの言葉に、ティミーもポピーも静かに耳を傾けている。二人は今、リュカを挟んでソファに座り、両側から父の腕にしがみついている。リュカは両側に感じる温かい子供の体温に、今を生きているのだと感じられる。
「頑張って生きてみたらさ、ビアンカにも会えたし、ティミーやポピーにも会えたよ。僕の人生でこんなに嬉しいことはないよ。本当に生きてて良かったなぁって、諦めないで良かったなぁって思う」
リュカがそう言いながら二人の肩を抱き寄せると、ティミーもポピーも肩を震わせ静かに泣き声を漏らした。今はまだ、母や妻を探す旅を続け、まだ二人を見つける手がかりも得られていない状況だ。二人の無事を信じているが、時折、その気持ちが揺らぐ時もある。しかし二人の子供がいてくれるおかげで、リュカは不安のどん底に叩き落されることはない。
子供たちが元気に隣で過ごしてくれていることがこれほど親の力になることを、リュカは親になって初めて知った。愛する妻との間に生まれた子供たち、その存在と言うのはリュカの想像を遥かに超えていた。二人のためなら身を投げ出すことも厭わない。二人のためなら不可能も可能に変えることができる。リュカは本気でそう思っている。
「お父さん」
ティミーの小さな声が聞こえた。リュカは促すように小さく返事をする。
「なあに?」
「死なないで。絶対に、死んじゃダメだよ」
「うん、僕は死なないよ」
「本当に? 約束できる?」
ポピーが不安な心そのままにリュカの腕にしがみつく。生きていると言うのは本当に温かい。温度を感じると、自分も生きていると実感できる。
「約束する。僕は絶対に、おじいさんになるまで生きるよ。君たちのお母さんもおばあちゃんも捜し出して、グランバニアに戻ってきて、みんなで仲良く暮らすんだ」
明るい未来は遠慮なく口にした方が良い。言葉に出せば、それは現実味を帯び、聞いた者の心の中に映し出され、皆が希望を持ち幸せな気持ちに浸ることができる。そしてそのまま活力となり、純粋な生きる力を生み出してくれる。
「……本当は子供を危険な旅に連れまわすのって、親失格なのかなと思うんだけど」
「えっ!? ボクたちをお城に置いて行くの?」
「私たち、頑張って足手まといにならないようにするから……!」
「もう僕自身が君たちを置いて行けなくなっちゃったんだ。困ったものだよね」
オジロンからは先ほど、グランバニアは北の塔からの魔物の攻撃に備えている話を聞いた。魔物の狙いは恐らく天空の勇者として生まれたティミー。彼をこのグランバニアに置いておくことは、むしろ彼を危険に晒し続けることかも知れない。
それよりもリュカはただティミーとポピーと離れるのが最早不可能であることを、自身の気持ちの中で自覚していた。子供だから足手まといになるということもなく、彼らは確実に実力を上げており、今では魔物の仲間たちと共に一端に戦えるまでに成長している。そして二人が傍にいることで、リュカは彼らを守らなければならないという強い気持ちを持つことができる。
「大丈夫。これからも一緒に旅をしよう。危険な旅だけど、一緒にお母さんとおばあちゃんを捜してくれるかい?」
「そんなの……当たり前だよ! 今までと同じだよ、お父さん」
「そうだ、今までと同じ。魔物の仲間たちと君たちと僕とで、頑張って二人を見つけ出そう」
「良かった……お父さん、元気そう……」
「二人のおかげだよ。ありがとう」
リュカはそう言うと、二人の頭を抱き抱えるように両腕で引き寄せた。癖のある金色の髪とさらさらと滑り落ちるような金色の髪。その色の中にビアンカが見える。二人の子供の体温を感じながら、二人のためにも彼女のためにも、自分のためにも、必ず妻を救い出し、父との約束を果たすために母をも救い出すことを改めて心の中で強く思う。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    湖天空城を行き来するためには、息を止めないといけない、ルーラを使えば、そのたんびに呼吸困難に陥るんですね(笑)
    そこはプサンの能力を使わないといけませんな。

    bibi様は、ほんとにぎりぎりの所まで戦闘描写するから、ハラハラドキドキさせてくれますね。
    まさか、MP切れしているのに戦闘させるなんて思わなかったです。
    風の帽子の描写をまだしていなかったでしたね忘れていました。
    たしかに、こんなぎりぎりにならないと風の帽子を使うことないですよねナイス描写でありました!

    デモンズタワーに不穏な気配…これなんかのフラグになったりするかもしれませんか?
    ゲームに無いbibiワールドでデモンズタワーの残党VSグランバニア…見てみたいですbibi様!(お願い)

    ティミーポピーにリュカ、ちゃんと説明できましたね。
    これで、ゲマとの戦闘描写がしやすくなりましたね。
    今から楽しみであります!
    だけど…bibi様、ドレイのことは、まだ内緒にするんですか?
    まだ子供たちに話するには早いとか?

    次回は、パーティ編成ですね。
    まだ連れて行ってないゴレムスをそろそろどうですか?
    そしてグランバニアの生活に馴染んだマーリンに、そろそろ同行して貰いたいです。
    そして、bibi様…サンチョをパーティに加えるのは、やっぱり難しいですか?
    次回も楽しみにしています(礼)

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをありがとうございます。
      湖に沈む天空城はかなり深いところにあるので、地上に戻るのに一苦労です。
      で、地上に戻ったら戻ったで、容赦なく魔物がいるので、ギリギリまで戦って、スタコラと逃げてもらいました(笑)
      デモンズタワーは、ずっと前から人間の城を監視する魔物の塔として存在していると考えています。間に大きな湖があるので、互いにおいそれと攻撃することはできないですが、ここらで一思いに魔物らを大人しくさせるのもアリかも知れませんね。
      子供たちにはなるべく楽しい思い出を。辛い過去はわざわざ話さないかなぁと思います。ただでさえ怖い思いをさせてしまったと責任を感じているので、・・・。
      妖精の森には誰を連れて行こうか問題・・・しばし考えてみます。誰がいいかなぁ、毎度本気で悩むんですよね、コレ(笑)

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