周辺情勢調査

 

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グランバニアの会議室は城の中ほどに位置するため窓もなく、扉を閉め切れば非常に息苦しい。明かりは魔力を使用したものがいくつか壁に取り付けられており、部屋の隅まで行きわたるほどの明るさを発しているが、外の明かりではない限りそれはやはり暗いものに感じられた。息苦しく感じるのは部屋の環境だけではなく、慣れない正装のせいだと、彼は旅装の時とは異なる足元まで包むような長い真紅のマントを鬱陶しそうに手で払った。
会議室には国王であるリュカ、国王代理のオジロン、今では宰相の位置にいるサンチョ、それに兵士長二名、教会の神父が席に着く中、サンチョの隣にマーリンが座り、その席の後方でピエールとサーラが席に着かずに会議に参加していた。
神父は城下町の人々の声代表として会議に参加している。近頃城下町の噴水の水の出が悪くなっていることや、城外で管理している畑の農作物の取れ高は天候にも恵まれ例年以上になるということ、子供の数がわずかではあるものの増えてきていること、城の階段や壁が傷んで来ており補修が必要なことなど、町の人々の声を基に城下町の現状をこの大会議室で定期的に報告していた。その声を基に、リュカはオジロンやサンチョと相談しながら、問題があれば解決の方法を、現状維持で良ければ維持できる方法をと、一つ一つの声に対応する。噴水の水の出が悪いのは原因を探らなければならないため、水路を確認するための人員を配置し、想定以上に取れた農作物の貯蔵に備えたり、階段や壁の補修には損壊状況を確認した上でどれだけの材料が必要か、近くの砕石場で石を切り出す必要があるのかなど、一つ一つの問題に丁寧に当たった。
兵士長からは、北に位置する魔物らが棲む塔に不穏な動きがあるというのが近頃の主な報告内容だった。リュカはかつて、北の塔にプックルやピエール、ガンドフと共に向かったことがある。常にグランバニアという人間の国を睨んでいる魔物の塔を放置してはおけないと、リュカは自らその塔に向かうことを望んだが、あっさりとオジロンとサンチョに否定されていた。
「リュカ王、あなたは一国の王なのですぞ。もう少しそのことを自覚なされよ」
「でも僕ならあの塔のことを知ってる。だから僕が行った方がいいよ。その方が早くに解決できる」
「本当に覚えておられますか? あの時リュカ王は……こう言うのもどうかとは思いますが、正気でいられたのでしょうか」
サンチョの鋭い一言に、リュカは思わず彼を睨んだ。しかしサンチョも一歩も引かず、リュカの鋭い目を受けても尚、言葉を続ける。
「正気でいられるわけがないでしょう。王妃様を攫われ、すぐに追いかけた貴方は到底王としては正気を保っておられませんでした」
サンチョなら必ず優しい言葉をかけてくれるはずだと、リュカは心の奥深くで信じていた。しかし彼は今、リュカのことを子供として見ているのではなく、しっかりと一国の王としての責務を取るよう、厳しい言葉をかける。
「北の塔を牽制するための兵を配置してください。幸い、塔と我が国の間には巨大な湖があります。敵の魔物もおいそれと我が国に近づくことはできないはずです。こちらから無暗に仕掛けるのは得策ではありません」
「様子を見るってこと?」
「そうです。北の塔がいつからあるのかは分からないのです。歴史上でも追えないほど古くからあることは、学者の調べで分かっています。あそこにそれこそ古くから魔物が棲みついていて、我が国を標的に捉えていたとしたら、我が国はとっくに滅ぼされていたかも知れません。しかし今も我が国は存続し、北の塔には相変わらず魔物が棲みついている」
サンチョの言葉にリュカは考え込むように押し黙る。リュカたちが八年前に向かったあの塔には、魔物による様々な仕掛けがあったのを覚えている。しかし今改めて考えてみれば、果たしてあれは魔物らによる仕掛けだったのかは分からない。竜の石像の口から炎が吐き出されたり、怪しげに浮かび上がる魔法陣に乗ると一瞬にして異なる場所へ転移させられたりと、塔の中に棲みつく魔物らも困惑するような仕掛けが多数あった。
「北の魔物の塔は、このグランバニアの注目を引きつけておくことが目的だということでしょう」
話を聞いていたピエールが、サンチョの後ろに直立しながらはっきりとした声でそう言う。
「今、あの塔には魔物らを取りまとめる役目の者はいない。その役目の者らはかつて、我々で倒しました。塔で不穏な動きがあるというのも、恐らくそう見せているだけなのではないでしょうか」
「そんなことをして何の意味があるの」
「グランバニアと言う国を疲弊させるのが目的でしょうな。これほどの国に攻め入って滅ぼしてしまうほどの力はないが、緊張を与えて国を不安に包む。人間の国を弱体化させ、勝手に滅びてしまうのを待つ……そんなところでしょうか」
サーラが隆々とした両腕を前に組みながら、冷静な顔つきでそう述べる。世界中で魔物の数が増えているという報告が上がっている。グランバニアだけではなく、ラインハットでもテルパドールでも同様のことが起こっているのだ。そのため各国は国の防備に力を入れ、国民を守ろうとしている。
「リュカ王、魔物は人間に比べて長命じゃ。長いこと時間をかけて、人間を弱らせ、滅ぼしてしまうこともあるかも知れん。人間の寿命の中で考えて短気を起こさん方が良い。どっしりと構えることじゃ」
落ち着いた口調で話すマーリンはそう言うと、まるで人間の老人のようにテーブルの上に置かれたグラスを手に取り水を一口飲む。そのゆったりとした動作一つを見て、リュカはあの北の塔に対する荒れた感情を少し鎮めることができた。
「ただ敵の状況を近くで確認することは必要かもしれません。湖の対岸に、いつもは見ないような魔物の群れを見たという報告が上がっています」
年嵩の兵士長が背筋を伸ばし、両手を膝についたままそう告げる。グランバニアの城の最上階に、監視用の見晴らし台がある。国の兵士はそこから周囲の状況を確認し、日に一度は兵士長に報告している。ここ最近、湖の対岸に見える景色に異状が認められるという。森の中で蠢く魔物らを見たと思ったら、湖の対岸に突如大量の岩がごろごろと転がっている状況を目にしたらしい。
「塔にまで攻め込む必要はなくても、その辺りの状況を一度確認した方が良さそうだね」
「我が国の望遠鏡では湖の対岸の景色を細かに見るのは不可能ですので、国王の仰る通り、念の為現状を見ておく必要はあるでしょう」
「じゃあ明日行ってくるよ」
軽い口調でそう言うリュカに、会議室にいる者が皆揃って首を傾げる。その中でひときわ早く反応したのがサンチョだった。
「なりません! どうして坊っちゃ……いや、リュカ王はそうやって自ら向かおうとするのですか。兵を配置してくだされば良いのです」
「でもさ、兵の人たちを配置するにしても、時間がかかるよね。ちょっと状況を確認しに行くだけなんだから、僕がちょちょっと見てくれば済むことだと思うけど」
「リュカ王よ、船を出すにしても少々準備があるだろう」
「船じゃなくて魔法のじゅうたんを使って行きます。その方が早いし、その日中に確認して戻ってこられます。いざとなったら魔法のじゅうたんに乗って敵襲から逃げることもできます。問題ないでしょう」
リュカが旅の中で使用することのある魔法のじゅうたんは、リュカにしか乗りこなすことができない。リュカの母マーサの故郷であるエルヘブンの宝とされている魔法のじゅうたんは、マーサの血を受け継ぐリュカにしか使いこなせないのだ。ティミーとポピーがこっそりと魔法のじゅうたんを持ち出して使おうとしたことがあったが、じゅうたんに上手く意思を伝えることができずに、じゅうたんを広げることすらも叶わなかったという。
「いくら何でも一人で向かうことは許されませんぞ。誰かを供につけてください」
「分かってるよ、サンチョ。じゃあ前に塔に一緒に行ってくれたプックルにピエール、それにガンドフ。様子を見に行くだけだから、これで十分だと思う」
「王子と王女にこの話はされるのですか」
供に選ばれたピエールが発言権を得たかのようにリュカに問いかける。リュカは少し考えるように唸ると、一つ頷く。
「話はするよ。でも、連れては行かない。ちょっと見に行くだけだからね」
「ご納得いただけるといいのですが」
ピエールの言葉にリュカは苦笑いを返す。今では常に共に旅に出ている双子の子供たちは、少しでもリュカが単独行動を起こそうとすると不安と悲しみの目を向けてくるのだ。八年もの間行方不明となり、無事に帰還を果たしたと思ったらすぐに旅に出てしまうリュカを父に持つのは、双子にとって不幸なことだとリュカは感じている。
「あまり大人数で言っても目立つからね。こっそり行って様子を見て、こっそり帰ってくるよ。大丈夫、心配しないで。今回は……誰かが攫われたってわけじゃないから、そんな無茶なこともしないよ」
不安な表情を隠そうともしないオジロンとサンチョに、リュカは自然と笑いながらそう応じる。張り詰めた空気を和ませるように、マーリンが小さな笑い声を漏らす。
「まあ、それほど心配することもなかろう。リュカ王は本来、魔物とは戦いたくない性分じゃからの。危ないと思ったらとっとと逃げてくるじゃろ」
「その言い方はちょっと気になるけど……でも、まあ、そういうことだよ。僕、できれば魔物と戦いたくないからさ。もし話ができる魔物で、仲間になってくれそうなら、それこそ儲けものってヤツだけどね。あ、それ、いいかもなぁ」
「相変わらず魔物を魔物と思っていませんな、我が主は。そういう所が怖いところでもあり、信頼できるところでもありますが」
ピエールがどこか呆れたように言うのを、リュカは笑って見ていた。会議はその後間もなく散会となり、リュカは会議に参加した者たちに礼を述べると、息苦しい正装用のマントの襟首を広げながら会議室を後にした。



翌日、リュカたちはグランバニアを囲む広い森の中を歩いていた。国を囲む森は深く、高い木々の上に広がるはずの青空はわずかにしか目にできない。鬱蒼とした森の中をリュカは北に向かって進んでいる。
「いやぁ、忘れてたよ。魔法のじゅうたんって低いところしか飛べないんだったよね」
「ここらの森は背の高い木ばかりですからね。森を抜けて平地に出ないと、じゅうたんが広げられません」
「城の屋上庭園から行けるかなって、じゅうたんを広げようとしたのに、うんともすんとも言わないんだもんね。高いところが嫌いなのかな、このじゅうたん」
リュカはそう言いながら、今も懐にしまい込んである折りたたまれた魔法のじゅうたんをマントの上から叩く。空中を飛んで移動できる世界でも一つしかないであろう貴重なものだが、その欠点を目の当たりにするとつい欲が出て高いところも飛んで欲しいと願ってしまう。
「ガンドフ、ミズウミ、ミエルヨ」
リュカの後ろから大きな熊の様に歩いてくるガンドフが、大きな一つ目をパチパチと瞬きながらそう言った。ピンク色の耳も澄ませて、湖の水が揺蕩う音も聴き分けているのかも知れない。
「ガンドフはやっぱり目がいいなぁ。もう見えるの? 僕はまだまだ森を抜けられる気がしないよ」
人間の視力しか持たないリュカに対抗するように、隣を歩くプックルが自慢するように鼻を鳴らし、赤い尾でリュカの背中をバシンと叩く。どうやらプックルにも前方に近づいてきた湖が既に見えているらしい。
グランバニアの国を取り囲む森は深い。その上、北に広がる森はまず人間が通ることもなく、全く開けていない森が広がるだけだ。自然に乱立した木々の間を進むのには骨が折れ、たとえ魔物でもこの中を歩き回るのは気が進まないのではないかと人間のリュカは思う。
「僕さ、思ったんだけど、今度は妖精の村を見つけるために西の大陸の広い森を散策するわけだよね」
リュカは今、グランバニアでオジロン国王代理と共に国の政治に当たる時間を過ごしているが、その時間もひと段落すれば再び旅に出る予定だ。湖に沈む天空城では天空人と自称するプサンが待っている。天空城を再び浮かび上がらせるためには、かつて妖精が作ったと言われるゴールドオーブが必要で、妖精が住むという村を見つけることをプサンはリュカに依頼している。
非現実的な依頼だが、リュカにはそれを引き受ける理由があった。リュカは幼い頃、ゴールドオーブを持っていた張本人であり、尚且つ彼は幼い頃に妖精の村を訪れたことがあった。二つの事象に関わった自分にしか、この非現実的な願いを受け入れられないだろうと、リュカはサラボナの東に広がる森にあると言われる妖精の世界への入口を目指そうとしている。
「そこでもさ、ガンドフやプックルの目に頼って、妖精の村を見つけてもらうってのはどうかな。いいと思うんだけどなぁ」
「確かに、我々魔物の五感を使うと言うのは良いでしょう。しかし地図で見る限り、サラボナの東の森は広すぎます。ある程度の場所の目星をつけてからでないと、闇雲にその場所を探すと言うのは無謀です」
「空から見たら、何か見えるのかな。サーラさんやミニモンに協力してもらう必要があるかも」
「そうですね。彼らも喜んで協力してくれるでしょう。ミニモンは特に、また旅に出たがっていますからね。妖精と言う種族に興味津々でしたよ」
「妖精か。小さいんだよね、子供の頃の僕と変わらないくらいだったんじゃないかな。もしかしたらミニモンと仲良くなれるかもね」
そんな話をしながら、リュカは幼い頃に訪れた妖精の村を思い出そうとした。霞がかった思い出と思うのは、妖精の村全体が白い雪に覆われていたからかも知れない。本来は春を迎えているはずだった妖精の村は、春を告げるフルートが盗まれたせいで、まだ冬に閉ざされていた。妖精の村の状況に呼応するように、あの頃のサンタローズも長い冬がなかなか明けずに、村人たちは季節外れの焚火に当たったりしていた。
村人たちの誰もが、妖精であるベラという少女に気づいていなかった。リュカの目にも、ベラの身体は透き通っているように見えていた。ただ子供のリュカだけが、ベラという妖精の存在に気づいたただ一人の人間だった。ベラは人間に気づいてもらえるように、宿帳に落書きをしたり、サンチョが家で使っているまな板を隠したりと、様々な悪戯をしていた。恐らく目の前で起こっていたかも知れないその悪戯にも、大人は誰一人気づくことはなかった。大人には妖精の姿が全く見えていなかった。
ただ子供の頃に妖精を見たことがあり、妖精の村を訪れ、尚且つ妖精と共に冒険までしたリュカは、大人になった今でも妖精の姿を見ることができる自信があった。人間の世界で妖精と話し、妖精の世界に足を踏み入れ、春風のフルートを取り戻すような冒険をした自分は、恐らく普通の大人とは違う。しかもその時一緒に妖精の世界に足を踏み入れたプックルもいる。広い広い森の中にあると言われる妖精の世界への入口も、時間はかかるかも知れないが絶対に見つけることができると、リュカは信じて疑わない。
グランバニアの森にも魔物は棲息する。しかしリュカたちは森の中を乱立する木々を利用しながら、魔物らとの遭遇を避けながら北に進む。朝早くに城を出て、森の中から覗く太陽が中天を差すころ、ようやく森を抜けた景色を前方に見た。その先にはガンドフもプックルもずっと前から見えていた湖のきらきらと光る湖面が見えた。
森を抜けたところにも魔物はいた。湖の畔に大きな石像が立っていると思ったら、それらはリュカたちを認めるとゆっくりと動き出す。ストーンマンが三体、地面を踏み鳴らしながらリュカたちに向かってくる。しかし敵の動きは遅い。リュカは落ち着いた様子で懐から魔法のじゅうたんを取り出すと、一気にばさりと広げた。
プックルとガンドフが乗ってもびくともしない魔法のじゅうたんは、ストーンマンがリュカたちのところへ来る前に湖の上に滑り出すように飛び出した。湖の中に入ることはできない敵は、みるみる遠ざかる。湖面は太陽の光を受けて、美しくきらきらと輝いている。湖の中に魔物の気配はしないと、ピエールが教えてくれる。魔物の襲撃を受けないためにも、リュカは広大な湖の真ん中を突き進むように北へ向かった。
「ところでどうやって王子と王女を今回の調査に同行させないように話したのですか」
魔法のじゅうたんの上で涼やかな風を浴びながら、ピエールがリュカに問いかける。彼が思っていたように、初めティミーとポピーは今回の調査にも当然のように同行することを主張した。しかしリュカはここで、彼らに一つの選択肢を与えた。
「この調査の後、ラインハットに行くって言ったんだ。それで今回の調査についてくるなら、ラインハットには僕一人で行くって。どうせラインハットではヘンリーとデール君と少し話をするだけなんだけどね。今回の調査とラインハットへ行くのとどっちがいいかって聞いたらさ、大人しく『じゃあ待ってるから、早く帰ってきてよね』って言ってくれたよ。よっぽどラインハットに行きたいんだね」
「王子としては初めてのご友人ができたようで、会うのが楽しみなのではないでしょうか」
「そうだよね。一国の王子だから、そうそう友達ってできないし、対等な立場での友達って嬉しいだろうね」
「王女は少々苦手とされているようですが、よく頷いてくれましたね」
「うーん、ポピーはどっちかって言うとヘンリーに会いたいのかも。……なんかさぁ、複雑だよね、そういうのって」
「はあ、複雑ですか」
「うん、複雑。それに僕は全然嬉しくないし」
「人間の嫉妬と言うヤツでしょうか」
「僕、成長してないなぁ。父さんにもヘンリーにも嫉妬してるのかな」
幼い頃のビアンカが父パパスに憧れの目を向けていたのを思い出す。その時の目と同じ目を、ポピーはヘンリーに向けているようにリュカには見えるのだ。一度、リュカは大人げなくもポピーに「ヘンリーにはマリアって言う最愛の奥さんがいるんだよ」と説き伏せようとしたことがあるが、彼女はそんなことは構わないと言わんばかりに「奥様のことをとても愛してらっしゃるなんて、ステキよね」と独り言のように言って、やはり夢見心地の表情をするのだ。
「何年たっても、女の子ってよく分からないよ」
「そういう生き物なのでしょう、きっと。王女もこれからどんどん成長され、どんどん変わって行かれるのでしょう」
「ピエールと話してると、とても魔物とは思えなくなるよ。いつからそんなに人間臭くなったの?」
「一応これでも、貴方に人間の世界に導かれ、十年ほどが経ちますからね。それなりに人間臭くなってきたのかも知れません」
「そっかぁ、十年かぁ……長いね」
「長いやら短いやら、よくは分かりません」
魔法のじゅうたんの上で時折緑スライムがじゅうたんの上を弾んでいる。魔物は徐々に年を取ることもないのか、その姿は出会った時とまるで変わらない。しかしその実、ピエールは人間の世界に入り込んでから既に十年の時を過ごしている。
「プックルはもっと前から人間の貴方に助けられたのでしょう。そろそろ人語を話し始めるかも知れませんよ」
「あ、そうしてくれると助かるなぁ。プックル、人間の言葉を話す練習をしてみようよ」
「がうがうっ」
「そんなこと言わないでさ。ほら、まずは挨拶から。こんにちはって、言ってみてよ」
「がうっ!」
「そんなに嫌がることないだろ。初めから諦めちゃダメだって。試しに言ってみようよ」
「にゃうぅぅ~」
「あっ、もう少しで言えそうだよ。『にゃ』じゃなくて『こ』からだよ」
「がるるる~」
「『こ』が言えないって? うーん、かきくけこって難しいのかな」
「……リュカ殿、プックルが話せなくても全く問題ないではないですか。すっかり会話ができているんですから」
ピエールが兜の奥で笑い声を立てながらそう言う隣で、ガンドフが大きな一つ目を細めてリュカを見つめている。リュカは今やプックルの言葉を完全に理解している。彼が何を言おうが、それは人間の言葉に置き換えるものではなく、そのまま心としてリュカに伝わる。それがエルヘブンの母の血を受け継いでいるということだ。この特別な能力は一体人間が生み出したものなのかと考えると、思わず首を傾げてしまう。もしかしたらエルヘブンの血は人間ではなく、違う種族に起源があるのではないかと感じることがある。
「ねぇ、僕って人間?」
「何を仰っているのですか」
「……うん、何でもない。ごめん、おかしなこと聞いて」
「お聞きになる気持ちも分からないではないですが、貴方は列記とした人間ですよ。ご自分を見失われぬよう」
「リュカ、ニンゲン、マモノ、ドッチデモ、イイヨ」
ピエールの言うことが現実で、ガンドフの言うことが真実なのかもしれないと、リュカは自分の人間らしい両手を見つめた。未だに人間と魔物との境目が良く分かっていないのだと、リュカは長年仲間として隣にいてくれる彼らを見ながら、思わず自分自身に溜め息をついた。憎むべき魔物がいるのも事実だが、魔物が全て悪いとはどうしても思えない。現にこうして仲間として行動してくれる魔物がいるのだ。
魔法のじゅうたんで湖面の上をすいすいと進んでいくと、じきに湖の対岸の景色が見えてきた。グランバニア北に位置するこの湖は広大で、一見すると海と見間違うほどの大きさだ。しかし海の様に波も立たなければ、湖で泳いでいても塩辛さを感じることもない。グランバニアで使用する水の一部は、この湖から地下に染み出た地下水を引いている。湖に異常があれば、グランバニアの民にも異常が伝わっているはずだが、今のところそのような報告は受けていない。湖は至って穏やかで、水質も保証されたものだった。
対岸の景色が見えてきた頃、リュカはじゅうたんの進む速度を落とした。対岸には薄く草原地帯が広がり、その向こう側には森が始まる。リュカよりも先に、じゅうたんの上で姿勢を低くしながら唸るプックルが森の中の魔物の気配を感じ取っている。草原地帯にゆっくりとじゅうたんを下ろし、リュカたちは巨大な湖の畔に降り立った。
「何だか……うじゃうじゃいる気がするけど、何だろう」
森を入ったすぐのところに、明らかに魔物の気配がする。しかし景色の中でその姿を見ることはできない。ただ森の中にしてはやたらとごつごつとした岩が目立つ。
「リュカ、タタカウ、ダメ。ニゲル」
ガンドフの大きな一つ目が怯えの色を見せる。プックルもいつもの好戦的な態度を見せるのではなく、赤い尾を地面に這わせてただこわごわと様子を窺っているだけだ。仲間たちの様子に、リュカもようやく森の中に潜む魔物の正体に気づく。
「あれは、爆弾岩の集団ですね……」
森の中に見えている異様な岩の景色は、無数にも見える爆弾岩の群れだった。一歩でも森の中に足を踏み入れようものなら、あの爆弾岩の群れに囲まれ、あっという間に命を落としかねない。
「あの辺りに爆弾岩の巣でもあるのかな」
「いえ、恐らく魔物の塔を守るための防御壁のようなものではないでしょうか。意図的に森の中に配置しているように見られます」
「グランバニアの見張り台から見えていたのも、あの爆弾岩の群れかな」
「そうかも知れませんが……見張りの者が言っていたのは明らかに魔物の群れだったようなので、他にも動きがあるかも知れませんね」
「じゅうたんに乗ったまま、少し西の方へ行ってみよう」
リュカはそう言って再び魔法のじゅうたんを広げると、皆を乗せて西に進み始めた。空には白い雲が所々に浮かび、概ね晴れている。風も穏やかで、魔法のじゅうたんで進む上でも強風に晒されることはない。穏やかなこの状況で、魔物の数が増えていることを実感することは難しい。
しかし魔法のじゅうたんで進む中でも、草原を徘徊する魔物の姿を何体か目にすることができる。日差しのある時間帯に魔物が明るい草原地帯を闊歩する姿が珍しい訳ではないが、その数が多いことに嫌でも気がつく。魔物らの中には大きな布切れがふわふわと草原の上を走って行くのを目にし、その上に人間と魔物が乗っていることに気づくと、追いかけてくるものもいたが、リュカがじゅうたんの速度を上げて魔物に追いつかれないようにして逃げ切った。あくまでも今回は魔物の塔の周辺を調べて回るだけの目的で、魔物と戦い勝つことが目的ではない。
西に向かっていた場所から北に開ける草原地帯を進んでいくと、途中で草原地帯を横一直線に並ぶ魔物の群れを見た。それも一見、岩がごろごろと並ぶだけの景色に見えたが、先ほどの森の中に見たような爆弾岩の群れがここにも存在していた。明らかに北の魔物の塔への侵入を拒むように爆弾岩の群れをこの場所に配置しているとしか考えられなかった。
「これほど北の位置に爆弾岩の群れがいるということは、ただ北の塔を守りたいと、それだけのように思えますね」
「そうだね。さっき湖の畔の森にも魔物の群れがあったけど、やっぱり湖を越えることができないから、今のところ国が攻められることはなさそう」
「このことをオジロン国王代理やサンチョ殿にもお知らせし、しばらくはやはり様子を見る形になるかと」
「状況はその都度確認した方が良さそうだね。ただ魔法のじゅうたんを使えるのは僕だけだから、またひと月後くらいに僕が同じように様子を見に来ることにするよ」
「ではひと月は城に留まるということですか」
「そういうことになるかな。どうせ妖精の世界に行く道がまだよく分からないからそれを調べなきゃ行けないし、今すぐには旅に出られないからね」
マーリンが、魔物の寿命は長く、人間の短い寿命の中で短気を起こさない方が良いと言っていたのを思い出す。人間が戦うための準備をするよりも、魔物らが戦う準備を整える方がよほど時間がかかるのかも知れない。森の中や草原地帯の一部に爆弾岩を配置しているのは意図的だろうが、当面その爆弾岩の守護を置いているだけで満足しているようにも感じられた。グランバニアに攻め入るような魔物の群れは広く見渡せる場所から眺めたところでも認められない。巨大な湖を挟んだ北側での動きはあるが、グランバニア周辺での魔物の動きに特別なものはないと聞いている。
「リュカ、チョット、チカヅキスギ、ダヨ」
ガンドフの声にリュカは考え事をしていた意識からはっと目覚めた。気づけば、魔法のじゅうたんは進行方向にいる爆弾岩の群れに突っ込みそうな勢いで進んでいる。そして魔法のじゅうたんに乗る者らを敵とみなした爆弾岩の群れが、一斉に押し寄せるようにリュカたちに向かって転がり始めてきた。プックルが全身の毛を逆立てて、恐怖そのものの唸り声を上げる。
「しまった! こ、こっちに行こう。行くよ!」
リュカは慌てて魔法のじゅうたんに手を当てて意思を伝えるが、少々遅かった。魔法のじゅうたんは勢いを止めることなく、爆弾岩の群れに向かう。爆弾岩は連携の取れた状態で、互いの身体を土台にするように積み重なり、魔法のじゅうたんの前に立ちはだかる。直前で急旋回をした魔法のじゅうたんは、辛うじて爆弾岩の群れに突進していくことを避けたが、一番上に乗り上げていた一体の爆弾岩が凶悪な笑顔のまま宙を飛び、魔法のじゅうたんの上に着地した。重々しい爆弾岩の着地に、じゅうたんが大きく波打つ。
「リュカ、イワ、シタニオトス?」
「ガンドフ、近づいたら危ない。私が呪文でどうにか追い払おう」
「いや、ピエール、呪文で刺激するのも危ないかも知れない」
「ですがここままでは、この岩、爆発しますよ」
あまりにも近くにいる爆弾岩の圧倒的存在感に、普段は冷静なピエールも焦りの声を出す。爆弾岩と言う魔物は最も戦うのに適していない魔物だ。こちらが何もしていなくても突然爆発したり、少しでも刺激を与えれば容赦なく爆発したり、いずれにせよこの大岩の攻撃性には破滅的なものがある。ただ、その攻撃は自らを犠牲にするもので、爆発した後は、爆弾岩自身も命を失い、そこらに転がる石ころの一つになってしまう。そう考えると、リュカは途端に爆弾岩に対する恐怖よりも、彼らがただの道具として森に草原に配置される状況に同情し始めた。
「命を粗末にしてほしくないなぁ……」
ぽつりと呟くリュカの言葉に、プックルもピエールもガンドフも、そして爆弾岩もリュカを見る。
「簡単に命を投げ出すのは、良くないと思う。君だって魔物とは言え、命があるんだからさ、やっぱりその命は大事にしないといけないよ」
「……正気ですか、リュカ殿」
「だってさ、いくら爆発して相手を倒せるからって、爆発したらこの子も死んじゃうんだよ。それって虚しいよね。どーしても戦って勝たなきゃいけないとか、絶対にここでは負けられないって戦いならまだ分かるけど、今、この状況で、戦う必要ってある? ないよね。だったらさ、戦わないで命を大事にしてほしいって思うよ」
爆弾岩と言う魔物を目の前にしてこれほど語る人間も珍しいのだろう、爆弾岩は奇妙なものを見るような目つきで人間のリュカを見つめている。敵意を見せるのでもなく、恐怖に怯えるのでもなく、全く新しい感情を向けてくる人間を倒すことに爆弾岩は逡巡する。爆弾岩の凶悪な目の中に迷いを感じたリュカは、その目をじっと覗き込むようにして語りかける。
「僕の言いたいこと、伝わってるかな? 君には君自身の命を生きるのがいいと思う。君は本当はどうしたいの? 本当にあの場所で、向かってくる人間に簡単に爆発して命を散らせたかったの?」
リュカの穏やかな声を聞きながら、爆弾岩は人間の言葉を理解するのに時間をかける。魔物として生きる爆弾岩にとって、これほど大量の人間の言葉を向けられるのは初めてで、その意味を理解するのに時間がかかった。しかもこれまでに向けられたことのない人間の慈愛の感情に、意識せずとも岩の中に眠る感情が揺さぶられる。
「せっかく生きてるならさ、自分のために生きようよ。大事な人のために生きようよ。何となく生きて、何となく死んじゃうなんて、悲しいよ、そんなの」
リュカの言うことの半分も理解していない爆弾岩だが、いつもであれば岩の中で常に臨戦態勢となっている爆発の火種が何故かすっかり落ち着いてしまった。赤く光っていた目の色も、今では岩の一部の様に黒く静かに収まっている。
爆弾岩の変化に、プックルの逆立つ全身の毛が元の通り柔らかくなる。横に寝ていたガンドフのピンクの耳がいつものようにぴんと立つ。ピエールの緑スライムも、強張っていた固さを緩めていた。
「何となく分かってくれたのかな。じゃあ僕たち、もう戦わなくて大丈夫だね。その辺りに下ろしてあげるから、これからは簡単に死のうとしちゃダメだよ」
リュカはそう言うと、南に戻りかけていた魔法のじゅうたんを広い草原地帯の上に下ろす。爆弾岩がじゅうたんの上から転がり下りるのを待つが、一向にその気配がない。爆弾岩はリュカをじっと見つめたまま、じゅうたんの上にずっと居座っている。
「あれ? 自分じゃ下りられないのかな。僕が押してあげようか」
「リュカ殿、さすがに直に触れるのは危険かと思いますが……」
「大丈夫だよ。もう目が戦おうって言ってないもん」
ピエールの牽制の言葉にも、リュカは笑いながら応じ、じゅうたんの上から動かない爆弾岩に歩み寄る。岩を押す動作に、リュカは少し嫌な思い出が蘇るのを感じたが、両手で大きな爆弾岩を力いっぱい押してみた。しかし大岩はあの奴隷時代で押した岩よりもよほど重かった。びくともしない。
「思ってたよりも重いんだね。プックル、手伝ってよ」
「ふにゃあ……」
「怖がるなって、大丈夫だよ。あ、じゃあガンドフ、手伝って」
「リュカ、イワ、モウ、ナカマ?」
「へ? 仲間?」
「ガンドフの言う通りですよ。もうその爆弾岩はリュカ殿について行く気ですよ。だからじゅうたんの上から降りたがらないのでしょう」
ピエールの至って冷静な言葉に、リュカは改めて爆弾岩の正面に回り込み、一見すると凶悪に見える目を間近に覗き込む。危険極まりない魔物の目をこれほど間近に覗き込む機会は今までになかったが、その目はまるで黒い宝石があらゆる角度から光を取り込み、きらきらと輝いているように見えた。岩と言う無機質な物体にも、命を吹き込まれればこれほど輝ける命があるのだということに、リュカは図らずも感動を覚える。
「そっか。じゃあ僕たちと一緒に来てくれるのかな」
リュカがそう問いかけても、爆弾岩は返事をする術を持たない。ただリュカの漆黒にも見える瞳を興味深く覗き込んでいるだけだ。
「じゅうたんを下りないのなら、連れて行ってみてはどうでしょう。グランバニアの者たちは一時的に混乱を起こすかも知れませんが、リュカ殿が連れてきたとなれば納得してもらえるでしょう」
「ナカマ、フエル、ウレシイ。チョット、コワイケド……」
「がうぅ~……」
リュカ以外のピエール、プックル、ガンドフは相変わらず爆弾岩から距離を取って、無暗に近づこうとはしない。それほどにこの魔物はあらゆる種族から恐れられているのだ。恐れられている故に、生き物の情などに触れたことのない爆弾岩にとって、初めて向けられるリュカの慈愛に岩の心が動かされたのかも知れない。
「君、名前は……って、多分、名前はないよね。うーーーん、どんな名前にしようか」
「まさか岩に名前を付けることになるとは思いませんでしたね」
リュカが頭を悩ませる後ろで、ピエールも同じように考え込むように頭をひねる。魔法のじゅうたんは心地よい速度で元来た道を戻って行く。周囲の景色をプックルとガンドフが確認する。進行方向には一面の草原が広がり、遠くに魔物が徘徊する姿は見えるものの、走ってもこちらに追いつける距離にはいない。
「あっ、そうだ! この子の名前はティミーとポピーにつけてもらおうかな。今まで、魔物に名前をつけてもらったこと、ないもんね」
「それは良いお考えです。お二人、きっと喜んで名前をつけてくださいますよ」
「よーし、そうしよう。二人とも、喜んでくれるかな。君の名付け親は僕の子供たちになるよ。楽しみにしててね」
そう言いながらリュカは爆弾岩の身体に寄りかかり、ごつごつとした岩肌をバシバシと叩くと、爆弾岩は凶悪な目つきを和ませ、生れて初めて目を細めて微笑んだ。



「あー、やっぱりボクも一緒に行けば良かったぁ。新しい魔物を仲間にするなんて、聞いてないよ」
「お、お父さん、本当にこの子が、仲間なの? だって、この魔物ってとっても危ないって聞いてます……」
グランバニア城の中にある大広間の窓からは東の空を望むことができる。広い森の彼方に広がる空には既に一番星が輝いており、じきに夜の帳が下りてくる。魔物ばかりが住まうこの場所には普段明かりを必要としないが、今は特別に二つの明かりを灯している。その明かりの中に浮かび上がる爆弾岩の姿に、ティミーとポピーはそれぞれの反応を示していた。
「大丈夫だよ。ほら、近くに来てご挨拶。それとさ、まだこの子には名前がないんだ。だから君たちに名前を付けて欲しいなぁって思ってさ。どんな名前がいいかな」
リュカがそう言いながら爆弾岩の岩肌を手でぽんぽんと叩いていると、ティミーが目を輝かせてリュカを見上げる。
「えっ? ボクたちで名前をつけていいの? やるやる! ボクが名前をつけるよ!」
「あっ、ずるい! 名前をつけるんだったら、私も一緒に考えるわ!」
魔物の名付け親になったことのない二人は、その権利を与えられたことに興奮した様子で新しく仲間になった爆弾岩の名前を考え始めた。ポピーも今は、爆弾岩の危険極まりない特性を忘れて、ティミーと共に頭を悩ませる。二人がもっと小さな頃に読んだ童話に出てきた登場人物であったり、過去の偉人の名であったり、何となく語呂の良さそうな名前を考えてみたりと、生き物に名前を付ける喜びを初めて楽しんでいる。
しばらく兄妹の間で名付けの論争が繰り広げられたが、東の空に夜の帳が下りる前には決着した。
「君の名前はロッキーだよ!」
「小さい頃に読んだ童話に出てきた、とっても強い戦士の名前なの。良い名前でしょ」
「とても良い名前だね。僕には考えつかないよ。これからもし新しい仲間ができたら、二人に名付け親になってもらおうかな」
リュカはそう言いながら、ロッキーの岩肌に手を当てながら「今から君はロッキーだよ。これからは君のことをロッキーって呼ぶからね」と伝えると、爆弾岩のロッキーは器用に岩の目を細めてこの事態に喜びを示した。ティミーもポピーも、他の大広間にいる魔物の仲間も皆がロッキーとその名を呼んで仲間入りを祝福すると、ロッキーの身体が興奮したように熱を発し始めたので、リュカが慌てて皆に静かにするようにと口に人差し指を当てた。爆弾岩の性質として、熱くなりやすいところがあるのかもしれない。
「ロッキー、これからこのグランバニアを守ってもらったり、一緒に旅に出ることもあるかもしれないから、その時はよろしくね」
「お父さん、今度はラインハットへ行くんだよね。ロッキーは連れて行くの?」
「……うーん、さすがに人間の住むところへロッキーを連れて行くのは相手を驚かせちゃうから、今回は留守番してもらうかな。ラインハットへは僕と二人だけで行こうと思ってたんだ」
そもそもリュカがラインハットへ行こうとしていたのは、定期的に彼らと顔を会わせて話をする必要があると思っているからだ。国同士の交流は復活した。その上で互いの国の状況を定期的に知る必要があり、それは書面でのやり取りでも可能な事だが、リュカはルーラという移動呪文の使い手である。わざわざ時間をかけて書面でやり取りするよりも、直接会って話をして状況を確認し合うのが最適なのだ。
ただデール王に会うにしても、ヘンリーに会うにしても、二人ともそれほど時間が取れるわけではない。少し話をして、互いに近況を伝え合えればそれで良い。ただの友人同士の語らいではなく、国と国との話であり、そこに無駄な時間を割くべきではないとリュカは思っている。
「良かった、ボクたちまで行っちゃダメって言われたらどうしようかと思ったよ」
「約束しただろ、ラインハットへは一緒に行くって」
「風の帽子のお礼もお伝えしなくちゃいけないしね」
「ただ、明日はオジロンさんと城下町を回る予定なんだ。だからラインハットへは明後日行くことになるよ。だからそれまでに準備しておいてね」
「ボクも明日は一日、部屋で勉強してなきゃいけないんだってさ~。でも明後日にはラインハットに行けるんだよね。それなら頑張れそう!」
「私はせっかく時間があるなら、新しい呪文を覚えられるようにお勉強してます。また旅に出るようになるんだものね。役に立てるように頑張らないと」
子供たちの前向きな様子に、リュカ自身が励まされる思いがした。子供たちの頑張りは非常に真っすぐで、ちょっとやそっとでは挫けることがない。それは彼らが一つの目的を心から信じているからだ。
必ずいつか、母と会う。魔界に連れ去られた祖母と会う。二人はその未来を信じて疑わない。その強さは、子供だから持ち得るものだとリュカは感じている。リュカだけがその目的を持つ者であれば、もしかしたらその心は今、挫けかけていたかも知れないと思う。父を目の前で失い、十余年の奴隷生活を過ごし、最愛の妻を目の前で石に変えられ連れ去られ、リュカは絶望に感じる思いを一人で経験し過ぎた。この経験は一人きりでは乗り越えられなかっただろう。
しかしリュカは絶望の底に置き去りにされたことがない。絶望を感じる時、必ず傍にはその心を掬い上げてくれる者がいた。今はそれが、彼の子供たちだ。子供たちが信じることは、自分も無条件に信じることができる。その思いに乗せて、リュカはこれからも歩みを止めることはない。
そしてもう一人、絶望から掬い上げてくれた友のところにいつでも行ける今の状況を、リュカは誰にともなく感謝する。明後日は楽しい気持ちで、子供たちをラインハットへ連れて行こうと、二人の頭を同時に撫でた。

Comment

  1. がっちゃん より:

    新作をとても楽しみにしていました!
    本当にありがとうございます

    正装を鬱陶しがる、リュカにキュンとしますね。
    あー嫌がるだろうなあっていう。

    ロッキーが思いの外、可愛いですね、絨毯から降りようとしないのとか、喋れなくて、目でコミュニケーションを取るとことかめっちゃキュートです。

    魔法のじゅうたんがリュカのいうことしか聞かないっていうのは、また素敵な話だなと思いました。リュカは、魔族の血を引いている?リュカの先祖とは?想像が広がってわくわくしますね!

    季節の変わり目ですが、お身体気をつけて!
    夜エアコンなしで寝るかエアコン有りで寝るのか、迷うほどになってきましたので。

    • bibi より:

      がっちゃん 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      普段、あのボロついた(笑)旅装をしているリュカにとって、正装なんてのは窮屈でどうしようもないものでしょうね。
      何となくの流れでロッキーを仲間にしてしまいました。こんなつもりではなかった・・・(汗) でも面白いキャラだと思うので、どこかで活躍してもらおうと思っています。あ、でも活躍って、爆発・・・うーん、ちょっと考えます。
      魔法のじゅうたんはエルヘブンの宝なので、それなりの意味を持たせようとリュカにしか使えない設定にしています。
      それと、エルヘブンは個人的に、その村の名前からエルフと関係しているかなと思っています。で、DQ4からの流れを考えると、エルフと魔族・・・その辺が主人公と関係しているのかなぁと。魔界の門番を任されているのも、その辺りに関係していたりと、想像し始めるとどこまでも世界が広がります。楽しいです(笑)
      秋の訪れを思わせる雨が降っています。これから気温が落ち着いてくると、うっかり風邪を引きやすくなりますね。
      がっちゃんさんもお身体にはお気をつけてお過ごしくださいませ。

  2. やゆよ より:

    更新お疲れ様です!
    本編にない物語ということですが、とても良かったです!
    我々も本編では描かれてないことを妄想で補ったりするわけですが、bibi様の世界観で活字にしてもらえるのが1番嬉しいですね!今回も大変楽しく読ませてもらいました

    ロッキーを活躍させるのは難しそうですね笑
    ドラクエ5 の小説でも、ロッキーは活躍と共に壮絶な死を遂げていましたから、、
    bibi様の描くロッキーは愛くるしいですね!今後の展開にも期待しておりますっ

    • bibi より:

      やゆよ 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      本編に沿って細かにお話を書いて行きたいのと同時に、こうして隙間のお話も書いて行きたいので、書きたいことに際限がないのが一番困るところです(笑)
      拙いお話を楽しんでいただけて幸いです。

      ロッキーを仲間にしたのは良いけれど、やはり活躍してもらうのは難しいですよね~。でも相手を脅すのにはもってこいの仲間な気がするので、その面で頑張ってもらおうかな。
      私自身はロッキーを仲間にしたことはないので想像だけで書きますが、これからどこかで頑張ってもらおうかなと思います。

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