思い出話と詩人の噂

 

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ルドマンの屋敷の一部屋で、リュカたちは招待客として通され、広いテーブルを囲んで皆で和やかに食事をしていた。テーブルクロスは白で、シミ一つない清潔なものが敷かれ、その上には客人をもてなすためにといくつもの料理の器が並べられていた。ティミーもポピーもグランバニアの城で似たような食事を取るため、テーブルマナーはしっかりと身に着いている。リュカも今は城で国王として振舞う時のような緊張感を身体にまとわせ、恥ずかしくないようにと慎重にフォークやナイフを扱う。
「感心なものだな。まだ子供だというのに、それほどきれいに食事をするとは」
ルドマンは双子の食事風景に、小さな目を大きく見張るようにして驚いていた。リュカはまだ、自分たちがグランバニアと言うここから遠く離れた国の国王であり、王子王女であることを話していない。そしてこれからも話す必要はないと考えている。
もしかしたらグランバニアの国としてはここでルドマンと新しい関係性を築くのが正解なのかも知れないが、リュカは彼との間に面倒な関係性を持ち出したくないと思った。ラインハットは国の復興のため、積極的にサラボナの富豪との関係性を築いたが、グランバニアは国が困窮しているわけでもなく、グランバニアとサラボナとの間に損得が関わる関係を生み出す必要もない。特別隠すわけでもないが、自ずと知れる時が来ればその時に話せばよいと、リュカは敢えて自らグランバニアのことに言及することはなかった。
「アンディさん、少し足を悪くしてしまったんですね」
リュカはフォークとナイフを置いてグラスの水を一口飲むと、斜め向かいの席に座るアンディに話しかけた。フローラの夫となったアンディは、今も腰まで長く伸びる金色の髪を背中で緩く束ね、男性にしては華奢な身体を隠すように覆うローブに身を包んでいる。吟遊詩人として笛の腕前が随一な彼は、今もサラボナの町で定期的に笛の音を町の人々に聞かせているらしい。それと共に、フローラの夫となり、ルドマンと共に商人の勉強にも精を出しているようだった。
「ええ、少しですけどね。自分で歩ける程度ですし、妻も助けてくれるので、それほど困ってはいないんですよ」
そう言いながら隣のフローラを見つめるアンディは、十年近く経った今も彼女のことをあの時と変わらず好いているのが目にも明らかだった。夫の視線を受けて微笑むフローラも、同じような心持ちに見える。
「あの時、あなたに助けていただかなければ、命ごと失くしていたでしょう。そしてフローラと結ばれることもなかった……いつかお礼をしなくてはと思っていたんです」
本当にありがとうございましたと、もう既に何度も頭を下げて礼を述べているアンディがまたしても首を垂れる姿に、リュカは困ったように「顔を上げて下さい」と慌てて言う。
アンディの座る椅子の横に、彼が普段使いしている杖が立てかけられている。それは既に何年も使用されているようで、よく見れば杖のあちこちに傷がついている。彼は死の火山で負った大火傷からは辛くも回復を遂げたが、後遺症として左足を悪くしてしまったのだという。今も体中に火傷の跡が痛々しく残っているのだろうが、彼は恐らくその傷跡を誇りに思っているに違いない。大好きな幼馴染の女の子が誰か他の男の花嫁になるかもしれないと思えば、彼は必然的に死の火山への旅を始めなければならなかった。そして行動に起こした自分は決して間違いではなかったと、今でもそう思っているのだろう。
たった一人の好きな娘のために、命も惜しまず行動を起こす心情は、リュカにも確かに理解できるものだ。
「お父さん、あの、私たちにも分かるように説明して欲しいです」
皆での食事の席で、ポピーは控えめながらも、置いてきぼりにされるのは嫌だと言わんばかりに隣のリュカに小さく伝える。その声を耳聡く聞きつけたフローラが、敢えてポピーを驚かせるような言葉で伝える。
「リュカさんと私は、もしかしたら結婚していたかも知れない間柄だったのよ」
「フローラさん、あんまり誤解を招くような言い方は……」
「あら、本当のことを言ったまでですわ。事実、そうなる可能性はありましたもの」
およそ十年前にリュカがサラボナを訪れ、成り行きとは言えフローラの結婚相手としての条件を満たす炎のリングを手に入れた時、少なくともフローラはリュカを将来の夫となるかも知れない人だと意識していた。優しく穏やかな見た目にも関わらず、勇ましくも危険な旅に出て炎のリングを手に入れたリュカに、淡い恋心を抱いたことを彼女は覚えている。
リュカもフローラを結婚相手として確かに意識した時があった。それは水のリングを手に入れるための旅の最中、船上でビアンカが『早く水のリングを見つけて、あなたの愛するフローラさんと結婚できるように、お姉ちゃんも協力するからね』と言われた時、リュカは初めてフローラとの結婚を真剣に考えた。まだまともに会話もしたことのないフローラだが、彼女との間にそんな未来があっても良いのかもしれないと、ビアンカの自信を持った言葉に背を押された気がしたのだ。
人生と言うのは本当に分からない。その時誰に出会うか、その時どう判断するか、その時どう行動するか、その一つ一つの積み重ねで人生が成り立つかと思えば、咄嗟の気持ちの変化で全てが覆ることもある。あの時、もし自分がフローラを選んでいたら今頃どのような人生だったんだろうかと考えたところで、隣に座るポピーに「お父さん!」と少々強い口調で呼びかけられた。
「どういうことなんでしょうか?」
ポピーの詰問するような丁寧語が怖いと感じる。ティミーは我関せずの調子で、デザートの果物に手を伸ばしている。しかしそれは単に、妹の放つ不穏な空気に触れないための逃避行動のようなものだったのかも知れない。
「え? ああ、そうだよね。えーとね、うーん、どこから説明しようか」
「リュカさんがこの町を訪れた時のことから説明しないと、ポピーちゃんには理解してもらえないかしら」
くすくすと笑うフローラをリュカは恨めし気にじとりと睨む。勝手に爆弾のようなものを放っておいて、後は任せましたわと言わんばかりのフローラの様子に、ルドマン家の一人娘として育てられた彼女の強かさを感じる。
だからと言って楽し気に笑う彼女を責める気にはならない。リュカとフローラの出会いの物語はもう十年ほど前のことなのだ。それほどの年月が経った今は、当時の自分たちをまるでとある物語の登場人物の様に見て客観的に話すこともできる。リュカは未だ厳しい目を向けるポピーに対し、初めてサラボナの町を訪れた時のことから順を追って話し始めた。
サラボナに向かったのは天空の盾がその町にあると、ラインハットで情報を得たからだった。ただたとえその情報がなくともリュカは西に向かう中でサラボナには立寄ろうと考えていた。
立ち寄るサラボナの町で、大富豪ルドマンの一人娘の結婚相手を募っているところにリュカが飛び込んだような状況となった。彼の一人娘フローラの結婚相手となった者には家宝の盾も授けるという条件がついているのを知り、リュカはルドマンが示す炎のリングを手に入れる旅に出ることを決めた。
「まあ。では初めは私との結婚というよりも、盾が目当てだったのですか。今、初めて知りましたわ」
「……ごめんなさい。あの時、ちゃんと説明しようと思ったんだけど、何だかバタバタと物事が進んじゃって、説明する機会がなかったんです」
その時の状況を思い出せば、リュカは心からフローラに謝罪しなければならないと感じた。フローラの結婚相手として名乗りを上げる男性は数多くいたが、そのうちのどれほどの者が不純な動機であの場に集まっていたか知れない。
しかしリュカもまた、フローラとの結婚というよりは天空の盾を手に入れるためにと言う動機であの場にいたのだから、それもまた不純な動機と言えるのだろうと、思わず気まずい顔つきでフローラとルドマンを見る。フローラは驚いた顔をしていたが、ルドマンは優雅にグラスのワインを飲みながら、にこやかにリュカの話を聞いている。娘が結婚して落ち着いた今となっては、過去の出来事に目くじらを立てることもないと泰然とした様子だ。
「でもリュカさんがあの時火山に向かってくれたおかげで、僕は命を助けられたんです。リュカさんが来てくれなければ僕はあの場で……」
「アンディさんが一人で旅立ってしまったと聞いた時、なんて無謀なことをって思いました。僕にはあの時から旅の仲間がいたけど、あなたは一人であの火山に向かったんですよね?」
「本当にお恥ずかしい限りです。でも、それだけ余裕がなかったんです。誰にもフローラを渡したくなかったから」
彼のその気持ちを、リュカは当時も痛いほど感じていた。大火傷を負って意識がない中でも、彼はうわごとのようにフローラの名を呼び続けていた。彼の強い想いに対し、何故自分が炎のリングを手にしたのだろうかと、ちぐはぐな現実に戸惑う心もあった。
「その後、リュカさんはもう一つのリングを見つける旅に出られましたね」
フローラが少し頬を染めながら話を続ける。当時の夫の強い想いを今改めて感じ、頬を染めているのが分かる。そんな彼女の姿を微笑ましく思いながら、リュカは続きを話す。
水のリングを探す旅に出るのに、ルドマンから船を借り受けた。そして北の内海に出るための水門を開けるのに、山奥の村へ立ち寄った際に、双子の母であるビアンカと十余年ぶりの再会を果たした。そこではまだ互いに、かつての幼馴染に会えた喜び、姉と弟という家族のような者同士の再会を純粋に喜んだのを覚えている。
「えぇ? その時はお父さん、お母さんのこと、スキじゃなかったの?」
「あの時はね、思い返してみても『久しぶりにお姉ちゃんに会えた』としか思えなかったんだよね。きっとビアンカもそうだと思うよ。僕のこと、完全に弟だと思ってた」
世話焼きの姉との再会に、リュカの心が弾んでいたのは、恋に落ちたからというわけではない。アルカパで空振りしたビアンカとの再会が、予想外にこんな山奥で果たされたことに、リュカはただ彼女と再び会えたことが嬉しかった。サンタローズと言う故郷とも呼べる場所を失い、心の拠り所となる場所も人も失ったリュカにとって、自分の幼い頃を知るビアンカの存在は大きかった。幼い頃に楽しい思い出を共有している二つ上の姉のような彼女に、リュカは久々の再会にも関わらず、すぐにすっかり心を許した。
「久しぶりに会えて、元気そうで嬉しくて、だからビアンカが旅についてくるって強引に言っても、上手く断れなかったんだろうな」
「お母さん、お父さんの旅についていったの?」
「冒険好きなんだよ、お母さんは。昔っからね」
「すごいなぁ、お母さん。だってその頃も外には魔物がいたんだよね?」
「今よりは少なかったかも知れないけど、何度も魔物とは遭遇した。その度にビアンカも一緒に戦ってくれたよ」
「でもやっぱりお父さんがしっかりとお母さんを守ったのよね?」
「うーん……僕はそのつもりだけど、逆に守られた時もあったかな」
「お母さんに守られるお父さんって、ちょっとなんか、情けない気もするなぁ」
ティミーの率直な感想に、リュカは苦笑いする。しかしあの旅では彼女に何度も助けられた。それは魔物との戦闘に限らず、旅全般においてだ。魔物の仲間たちに気軽に話しかけて調子を窺う彼女は魔物らの支えにもなり、食事の準備についてはほとんど彼女任せだった。
「でもビアンカさんらしいわ。お世話を焼くのが好きなんでしょうね。困った人を放っておけないと言うか」
「でもやっぱり女性なんだから、少しは女性らしく守られてて欲しいなって思ったこともありますよ。旅の途中、何度も危険な目に遭って、本当に心臓が持たないと思ったこともあったし」
「お母さんは大人になってもお転婆さんだったの?」
「そうだね。小さい頃からお転婆だって言われてたけど、大人になってもあんまり変わってなかった」
リュカは笑いながらポピーに言う。今、ビアンカがこの場にいれば言えないようなことも、リュカは子供たちに素直に伝えることができる。二人の知らない母のことを、リュカはこれからも多く語らなければと思う。
「水のリングを手に入れて戻ってきた時には、お二人ともすっかりお互いを想ってらっしゃいましたわ。私、すぐに分かりましたもの」
フローラの言う通り、リュカは水のリングを手に入れた帰りの船の上で、すでにビアンカと別れることが考えられないほど彼女に恋をしていた。このまま彼女を山奥の村に返してしまいたくない、どうすれば少しでも長く一緒にいられるだろうかとリュカが考える一方で、ビアンカは殊更リュカとフローラの結婚を祝うような言葉を投げかけてきた。今思い出しても、あの時の自分の思いが受け入れられない状況は胸が抉られるような辛さがある。
「フローラさんがあの時、ビアンカを呼び止めなければ僕は」
「結婚していたでしょうね、私と」
リュカもフローラもそう言いながら、この屋敷の応接間であった出来事を思い出す。水のリングを手に入れ、リュカはビアンカを連れてルドマンの屋敷を訪れた。ビアンカは『ちゃんと姉として、弟をよろしくってお願いしないと』と張り切っている様子さえあったが、実のところそれは嘘だったのだろう。リュカが求婚する直前まで、ビアンカはリュカに嘘をつき続けていたと、今では全てを知っている。
一人、応接室を後にしようとするビアンカを、あろうことかフローラが呼び止めた。二人は互いに想い合っているのではないかと、そんな現実は見て見ぬふりをすれば良いのに彼女はその正義に満ちた性格から黙ってはいられなかった。フローラの言葉に、リュカは素直に期待に胸を膨らませてビアンカを見たのを覚えている。ビアンカが頷いて、自分の手を取ってくれることを一瞬脳裏に描き、彼女の水色の瞳を見つめたが、その目はすぐに逸らされた。
「ビアンカは徹底して、僕を避けてましたよね、あの時……」
「それもこれも、あなたを想ってのことですよ。私と一緒になるのが、リュカさんの幸せだと思い込んでいたんでしょうね」
「それって、お母さんはお父さんのことがスキだったのに、スキじゃないって言ってたってこと?」
「そうよ。二人のお母さんにはとても辛い思いをさせてしまったわね。ごめんなさいね」
そういうフローラは一体どのような心情だったのだろうかとリュカはふと気になったが、それをここで聞くのは野暮と言うものだろう。今フローラはアンディと夫婦になり、その様子から十年ほど経った今でも仲睦まじく暮らしている。子供たちに母のことを語りたいとは思うが、それに合わせて他人の過去も根掘り葉掘り確認することもない。
「元はと言えば、初めからリュカさんの話をきちんとお聞きしなかった父が悪いのですわ。父は昔から人の話をちゃんと聞かないまま事を進めてしまうので、今までにも色々と巻き込まれた方がいらっしゃるのだと思います」
「なんだなんだ、私が悪者と言うことかね?」
娘に責められ、眉を上げて驚いた表情をするルドマンだが、その癖表情にはどこか笑みが浮かぶ。ルドマンと言う世界に名を馳せる大富豪が慌てふためいたところを、リュカは見たことがない。恐らくルドマンと対面した全ての者が、彼が余裕を失った場面を目にしたことがないのだろう。ルドマンにとっては全ての事象が大したことではなく、むしろ人生の遊びの中の一つのような雰囲気さえ感じられる。
「でもその後、無事にお父さんとお母さんが結婚したんだね。お父さんがお母さんにちゃんとスキって言ったってこと?」
「次の日にね」
ルドマンに翌日再びこの屋敷に来て、二人の内の一人に求婚せよと、これもまた半ば強制的に決められ、リュカはその指示に従わざるを得ない状況だった。ただそう言い渡された当日、リュカはルドマンの別荘で過ごすビアンカに会いに行っている。そしてまた、その後にアンディの下に向かおうとするフローラにも会っていた。求婚の前夜のことを思い出しながら、フローラの方を見れば、彼女は静かに人差し指を口に当てて小さく首を横に振っていた。あの時のことは誰にも秘密にしておこうと、彼女が言っていることにリュカも心の中で同意する。子供たちに秘密にしておきたい部分があっても良いだろうと、リュカは翌日のことをさらりと口にする。
「ちゃんとお母さんに言って、それで結婚できたってわけ」
「あの時、リュカさんがちゃんとビアンカさんにプロポーズしてくださって、心底ほっとしたんですの。だって、もし私のところへ来たら、頬の一つでも張って差し上げようと思っていたんですのよ」
「ええっ!? そんなことを考えていたんですか?」
「そうですよ。だってもう、ビアンカさんがお辛そうにしているのがひしひしと伝わってきて、やりきれなかったんですもの」
「そんなに、辛そうでした?」
「ええ、私が泣いてしまいそうなほどに」
「お父さん、お母さんにそんな思いをさせるなんて、ヒドイわ……」
「……うん、そうだね、きっと僕が全部悪かったんだ。ビアンカに会ったら謝らないと。色々と謝らないと……」
「お母さん……どこにいるんだろうね」
デザートの果物も食べ終わり、グラスに注がれていたオレンジジュースも飲み干したティミーが、ふっと小さな溜め息をつきながらそう言った。テーブルの上にしばし沈黙が流れる。この場に彼女がいないことが今も信じられない。きっとこのような会食の席にいれば、彼女は最もよく喋り、フローラとの話にも華を咲かせ、テーブルを囲む人々すべてに明るく笑顔を振りまいているのだろう。
早く子供たちを照らす太陽のような彼女に、戻ってきて欲しい。子供たちは容赦なくみるみる成長してしまう。この一瞬一瞬を一番間近に見るべきなのは彼女だというのに、何故二人の傍にいるのが自分なのかと、リュカは大人げなくも僅かに目を潤ませる。
「リュカ君、君は東の森に向かうと言っていたね。実はね、迷いの森についての話は以前、アンディから聞いたことがあったのだよ」
ルドマンの言葉は全く予想していなかったものだった。グランバニアではほとんど情報のなかった迷いの森について、まさかサラボナの町でフローラと幸せに暮らしているアンディが知るところはないと感じていた。
「迷いの森と言われているくらいですから、吟遊詩人の中にはそこに夢やロマンと求めて行く者もいるんですよ。僕はあいにく、東の森に入ったことはないんですが、同じ生業の人から聞いた話があるんです」
諸国を気ままに旅する吟遊詩人にはリュカもこれまでに出会ったことがある。魔物が出現するような世界を、決して戦いには向かない彼らがどうやって世界を歩き回っているのか、リュカには不思議でならない部分がある。アンディにしても、あの死の火山へ無謀にも一人で向かい、命を落とさずに町に戻れたのは幸運の中の幸運に恵まれている。もしかしたら彼らが手にする楽器には、魔物を遠ざける力が秘められているのかもしれない。
「広い森の中を歩いていたら、突然目の前が霧に覆われたそうです。詩人としては心惹かれる景色で、彼はそのまま霧の森の中を進んでいきました。すると、森が動いたと」
「森が動く?」
「そう感じたそうです。霧が深いと言うのもあるのでしょうが、どこを歩いても同じ景色ばかりで、今度は違う道をと進んでも、まるで森全体が動くように行く手を阻んだと、そう話していました」
「やっぱり妖精だよ! 妖精が魔法をかけてるんだ!」
「妖精って森を動かせたりもするのかしら」
双子の子供たちがそう言う姿に、アンディは納得するように目を細めて言葉にする。
「妖精の仕業、あり得る話ですね。それが一番信じられるくらいに、不思議な現象ですよね」
「アンディさん、それって森のどの辺りだか分かりますか?」
「かなり奥深くに入ったところだと聞いています。火山の気配を微かに感じていたというくらいですから、南の死の火山にほど近いところなのかも知れません」
アンディの話を聞くまでは、リュカは初め東の森を北から歩いて探索しようと考えていた。この町から魔法のじゅうたんを使って降り立つ東の森は、位置的には北の方が近い。しかしここではっきりとした森の情報を得たリュカは、妖精の世界に途端に近づいたような気がして、後でマーリンたちに南からの探索をする話をしようと、少し心を弾ませた。予定よりも早くに妖精の世界への入口が見つかるかも知れない。
その後も会席での会話は和やかに途切れず、皆が各々の思い出話に華を咲かせた。結婚式の話になり、ヘンリーとマリアが参列したことを知ったティミーとポピーは一様に驚いた。コリンズが一つ年下と言うこともあり、彼らの方が後に結婚したと思っていたのだ。何故コリンズの方が後に生まれたのだろうかと純粋に首を傾げる双子に、リュカが戸惑う傍らで、フローラが穏やかに「私たちは結婚して十年近くになるけど、子供がいないわよ」と、子供を授からない夫婦の在り方もあるのだと二人に教えてくれた。結婚したから自然と子供を授かるわけではない。
思い出してみれば、ビアンカの父と母も実の親ではない。どのような経緯で赤子のビアンカを拾い育てたかは聞いていないが、子供が授からなかった二人には大事な大事な一人娘だ。ビアンカの父ダンカンの笑顔が脳裏に蘇る。同時にこの八年間、ずっと音沙汰なしの状態で過ごしていることに途轍もない罪悪感がリュカの胸を抉る。しかしビアンカが魔物に攫われ、まだ戻らない今、どのような顔をして会えばいいのか分からない。ダンカンに孫の顔を見せなくてはならないと思いつつ、それはビアンカが共にいなければならないだろうと、リュカは卑怯だと思いつつも、頭の中でダンカンに詫びつつも今はビアンカを探す旅を優先させると自身に言い聞かせる。
「私、夢があるんですよ」
そう言うフローラは、このサラボナの町にいずれ子供たちが通う学校を作るのだとリュカに語る。学校とは言っても、彼女がかつて世話になった海辺の修道院のような寝泊まりのできる場所を子供たちに提供したいという。
このサラボナの町に限らず、世界を見渡せば、小さくして親を失ってしまう子供たちがいるという現実がある。そのような子供たちに救いの手を伸ばしたいと、彼女は自分に子どもが授からない事実を見据えたうえでそのような夢を持ったのだと言う。それを聞いて、やはり彼女は強い人だとリュカは思う。彼女はルドマンという大富豪の令嬢という立場に甘んじる人間ではない。その力をもってして何かできることはあるだろうかと、常に先を見る目を持っている。
「リュカさんももし旅をする中でそのような境遇の子供を見かけたら、ぜひ私のところへ連れてきてくださいませね。責任を持って面倒を見ますので」
「このお屋敷で面倒を見るんですか」
「いいえ。実は既に屋敷の近くに、子供たちを迎える建物を作ろうと計画しているんです。幸いにも土地は余っていますから、お父様にもお話して既に建物の図案もできているんですよ」
そう言いながら顔を綻ばせるフローラは、まだ見ぬ子供たちに思いを馳せて、未来に明るい希望を持っている。未来を閉ざされようとしている子供たちを見かけたら、迷わずフローラのところへ案内しようと思わせられる安心感が彼女にはあった。大富豪の娘としての豪胆な性格は、困る子供たちすべてに手を広げてくれるだろう。
長く話し込み、屋敷を包む陽の光はすっかり西に傾いていた。窓から差し込む西日が、彼らが着くテーブルの上の全てを橙色に染める。頃合いを見て、奥でこまごまと動いていたルドマン夫人が皆に声をかけると、会食はお開きとなった。
「東の森への探索はくれぐれも無理をするんじゃないぞ、リュカ君。行き詰ったらいつでもここに寄りなさい。旅は無理の一歩手前が引き際だからな」
「うぐっ……はい、無理しないように気をつけます」
常に無理をしがちであるという自覚のあるリュカにとって、ルドマンの言葉は胸に響いた。東の森の探索も、アンディから得た新しい情報を基に、たとえ一度引き返すことになったとしてもじっくり進めようと、隣に座る子供たちと共に一礼をすると、案内された部屋へと向かった。



ルドマンの屋敷で一晩過ごした後、翌日の朝早くにリュカたちはサラボナの町を出た。
町は相も変わらず晴れ渡った空が清々しく広がっていたが、魔法のじゅうたんで東に進むうちに雲行きは怪しくなった。途中、何故こんなところにと思うような場所に毒の沼が広がり、魔法のじゅうたんで通り過ぎる際にはリュカも子供たちも顔をしかめ、思わず鼻をつまんでいた。土地の形状や状態には、リュカたちが生まれるよりもはるか昔からの歴史が刻まれている。過去、この場所にも不穏な歴史があったのだろうかと窺える一面で、そこを通り過ぎ、大きな川を遡上するように進むと、目的の広大な森が広がっている景色にたどり着いた。
リュカはマーリンと地図を確認しながら、川を更に上って行く。川の源流が見えることはないが、恐らく源流をたどろうとすればそれは前方に見えている死の火山に繋がっているようにも感じられた。あの岩がごろごろするばかりの山から果たして川の水が湧き出ているのだろうかと不思議にも思うが、地図と見比べてみてもその位置は間違いないと思われた。
「リュカ殿、このままでは魔法のじゅうたんが下りる場所がなくなりそうです。手近な広い場所で、じゅうたんを下りるのが良いでしょう」
「うん、そうだね。じゃあこの辺りから歩いてみようか」
広大な森の手前に広がる草原地帯に入ると、リュカは静かに魔法のじゅうたんを草原の上に下ろした。じゅうたんを扱うのにも大分慣れ、その動きを止める際にも皆を転ばせるようなこともない。じゅうたんの上で転がりそうになる馬車の車輪に引きずられ、パトリシアがバランスを崩すが、ガンドフが荷台を抑えてその動きを止めた。
じゅうたんから皆が下りたのを確認して、リュカは手慣れたようにじゅうたんを小さくまとめる。魔法の力がかかるこのじゅうたんは自らの意思で折りたたまれ、リュカの懐にすっぽりと収まる。普段はその軽さから、懐に魔法のじゅうたんが入っていることすらも忘れてしまうほどだ。
「その森は霧がかった景色と言っておったな」
「うん、アンディの知り合いの吟遊詩人の人がそんな不思議な景色を見たんだって」
「とりあえずこの辺りは普通の森のようですね。特別霧がかってもいなければ、見通しが悪いわけでもないようです」
森の木々はグランバニアの国を囲む森の木々に比べて背が低い。一本一本が真っすぐに立つ木ではなく、まるで生き物のように曲がりくねり、伸びる枝は節くれだった大きな手の様にも見える。良く目を凝らせば、木の幹に顔でもあるのではないかと思えるほど、木々一つ一つに妙な命を感じる。
「まあ、それほど簡単には見つからんじゃろうて。気長に探すことにするぞい」
森に入ってすぐに、プックルの低いうなり声が響いた。予想通り、妖精の世界に通じる森と噂される場所でも容赦なく魔物は存在していた。プックルは木々の上を睨んでいる。リュカもその辺りを見上げると、木々の間を器用に飛び交う白い猿のような姿が見えた。ただの猿の割には優雅に飛ぶと思ったら、その背には蝙蝠のような羽を生やしている。
曇る空からは日差しが望めず、ただでさえ暗い森の中は尚のこと暗さを増している。ただその暗さのお陰でか、白っぽい猿の魔物の姿は捉えやすかった。
特別飛びかかってくることもなければそのままやり過ごそうと思っていたリュカだが、突然木々の上から激しい火炎が放たれた。まさか呪文を使うとは思っていなかったリュカは、一瞬避けるのが遅れ、マントの裾を黒く焦がした。
「がうがうっ」
「分かってるよ、怒るなよ、プックル。僕だって避けたつもりなんだけど……しばらく旅を中断してたから身体がなまってるのかも」
事実、リュカは旅を一月半ほど中断していたため、魔物とまともに戦うのもそれ以来のことだ。城にいる間は主にオジロンと共に公務についていたため、戦う感覚が鈍っていることに嫌でも気がついた。
木の上から二体の白い猿の魔物シルバーデビルが飛び降りてくると、間髪入れずにリュカたちに飛びかかる。攻撃呪文ベギラマを使用することもできるが、さほど得意なわけではないのかも知れない。地を蹴ってリュカに飛びかかってくるシルバーデビルに、待ってましたと言わんばかりにプックルが猛烈な速さで横から襲いかかった。しかし敵は青黒い蝙蝠のような羽をばさりと広げると、宙に逃げてしまう。そしてそのまま宙から飛びかかると、プックルを強烈な勢いで蹴飛ばした。地面の上を軽く転がったプックルだが、すぐに起き上がり、苛ついたように雄たけびを上げた。宙に浮かんでいるシルバーデビルはそんなプックルに馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「お父さん、戦っていいんだよね?」
「呪文が良さそうかな」
リュカのその言葉にティミーはすぐさま呪文の構えを取る。そして敵が放ったのと同じベギラマの呪文で応戦する。火炎の帯が敵に向かうが、身軽な猿は直線に伸びる火炎の帯から逃れる。長い尻尾の先に火がついたようだが、木の幹に尻尾を打ち、すぐに火を消してしまった。
戦闘が始まると、森の中がざわつき始めた。木々の上を見上げれば、同じ魔物が群れを成しているのが見えた。ざっと数えて十体以上。一度に呪文を唱えられれば、仲間たちは皆丸焦げになってしまう。
リュカは危険を承知で、戦いやすい状況にするためにと、木々の上に向かってバギマの呪文を放った。木々の枝が威勢よく折れ、猿の鳴き声を上げる魔物の群れが捕まるところを失い、雨の様に上から降ってくる。禍々しい翼で宙に留まる魔物もいるが、半数以上はそのまま地面の上に下りてきた。手近なところに下りてきた敵に、プックルがすかさず体当たりする。そして吹き飛ばされた敵を追いかけてその首に噛みつく。久しぶりの外での戦いに、プックルはどこか生き生きしているようにも見えた。
ピエールは近くに立つ木の幹を利用し、木の幹に身を隠したり、幹に緑スライムで弾みをつけて敵に飛びかかったりと、剣を振るう戦いをする。彼は旅の大事な回復要員でもある。なるべく呪文を使わない戦法をと考えているようだ。
初めにベギラマの呪文を放ったティミーだったが、ピエールのその戦い方を見て、攻撃呪文を自ら封じ、煌めく剣を大いに振るい始めた。敵の白い猿が鋭い牙を剥けば、同じく煌めく盾を突き出して攻撃を防ぐ。ティミーはピエールとの剣術の稽古で、剣と同時に盾の使い方についても教えてもらっている。グランバニアに留まった一月半の間に、更にその使い方が上達しているように見えた。
宙に浮くシルバーデビルの群れの中を、撹乱するような動きでミニモンが飛び回る。五月蠅い蠅を追い払うように、シルバーデビルは身体に似合わぬ大きな手でミニモンを叩き落そうとする。ベギラマの呪文が使えるはずなのに、好んで呪文を使おうとしない。そうリュカが考えていたら、近くにいたマーリンも同じことを考えていたようだった。
「あやつら、恐らくあまり魔力がないのであろうな。そう何度も呪文が使えないのじゃろ」
飛び回るミニモンが敵の長い尻尾に巻かれ、捕まった。しかしミニモンはそれを好機にと、人をおちょくるような長い舌をだらりと出したまま、敵の顔面に直接触れながらメラミの呪文を放つ。頭ごと丸焦げにされた魔物は悲鳴を上げて、そのまま地面に落ちて行った。
ポピーはガンドフに守られるように、その大きな背中に隠れながら後方支援に回っていた。手にしているのはマグマの杖だ。戦況を見ながら、敵が群れたところを見つければその場所に向かってマグマの杖を向ける。彼女が強く念じれば、杖先から大量のマグマが飛び出し、まるで彼女が放つ呪文のごとく敵に襲いかかる。
彼女を危険因子と捉えた数体の敵が向かってくると、ガンドフが一つ目を一度きつく閉じる。そしてかっと見開いた大きな一つ目からは眩しい光が放たれ、目の眩んだ敵は溜まらずその場に蹲る。足を止めた敵に向かってガンドフが襲いかかり、それに気づいたプックルがいかにも楽し気に参戦する。戦っている時のプックルは実に生き生きとしていると、リュカは頼もしく古くからの友を見る。
十体以上いた魔物の群れは今、五体にまで減っていた。しかし森の中には既に他の魔物の気配が近くまで寄ってきている。思っているよりも、森の中に潜む魔物は多いのかも知れない。リュカは気を抜くことなく、辺りの気配に集中する。
森の中から現れたのは同じ種類の魔物ではなく、大きな顔の魔物だった。黄色い三つ目に大きな口には鋭い牙、顔から直接手と足を生やしたような形状で、頭からは二本の角が飛び出している。一見して動きが鈍そうな印象を受けるが、果たしてどのような攻撃をしてくるのかは全く予想できない雰囲気がある。
オーガヘッドと呼ばれるその魔物らはあちこちから合計七体、姿を現した。まるで眠りを妨げられて怒っているかのような、煩わしそうな空気を醸している。その雰囲気に流され、リュカは思わず魔物に話しかける。
「ごめんね、こんなに騒ぎたいわけじゃないんだけど、僕たちもここを通りたいからさ」
話が通じる通じないの問題ではなく、リュカはただ魔物を魔物と思わない節があることを仲間たちは理解している。相手に顔があり、目や口がついていれば、とりあえず話しかけてしまう傾向がある。しかしリュカの言葉に応えることなく、魔物は言葉ではない耳障りな音を発するだけだ。それだけで言葉は通じないのだと、リュカには分かる。
「なんとなく話ができそうだなと思ったんだけどなぁ」
「相変わらず考えが甘いのう、お主は」
マーリンはそう言いながら既に戦闘態勢に入っている。呪文を唱えると、新しく姿を現したオーガヘッドの群れにベギラマの呪文を放つ。その火炎の威力に、オーガヘッドらはきゃあきゃあ騒ぎながら逃げ惑う。その内の二体が、近くにいたポピーとガンドフに向かって行く。しかし攻撃を仕掛けるわけでもなく、三つ目をてんでばらばらに動かしたかと思うと、次の瞬間に三つ目の焦点を彼らに合わせた。空気が揺れ、揺れた空気を通じて放たれた呪文が、ガンドフとポピーの守備力を奪った。ルカニの呪文を食らった二人に、今度は木の上からシルバーデビルが飛びかかる。
ガンドフがポピーを守りながら、シルバーデビル二体の攻撃を受ける。守備力を剥ぎ取られたガンドフは、攻撃を受けた途端に地に膝をつく。背にポピーをかばうが、ポピーの正面から他のオーガヘッドが向かっていることには気づかない。猛進してきたオーガヘッドの攻撃を、割り込んだリュカが剣で受け止める。一瞬、敵が剣から離れた隙に、リュカは目の前の敵を思い切り蹴り飛ばした。その衝撃に、オーガヘッドの巨大な顔が崩れ、三つ目と口がバラバラに動いたように見えた。
「あれって、一体の魔物じゃないのかも」
そう言って、リュカは再び襲いかかってきたオーガヘッドの三つ目に狙いを定め、その内の一つを剣で斬りつけた。きゃあっと高い叫び声を上げて、一つ目だけの小さな魔物がオーガヘッドから飛び出し、あたふたとどこかへ走り去ってしまった。残された二つ目のオーガヘッドがしばし呆然としている内に、近くに走り込んできたティミーに同じように斬りつけられ、また一つ目の小さな魔物が悲鳴を上げながら森の奥へと逃げて行ってしまう。
「何コレ!? おかしな魔物だなぁ」
「ティミー殿、リュカ殿、油断しないことです」
今もシルバーデビルと対峙するピエールが、イオラの呪文を唱えた直後に二人にそう告げる。なるべく剣で戦おうとしているピエールだが、残る三体のシルバーデビルは再び木の上に逃げてしまったため、呪文で応戦しているようだ。
「ティミー、とにかく守護呪文を」
「そうだった! 遅れてごめんね!」
リュカの声に反応し、ティミーはすかさずスクルトの呪文を唱える。ポピーとガンドフの守備力も戻り、皆の守備力も底上げされる。見えない守りの鎧に包まれ、プックルなどはもう怖いものなしと言う雰囲気で、好き勝手にオーガヘッドに飛びかかっている。
その時、先ほどリュカとティミーが斬りつけた一体のオーガヘッドから不穏な空気が漂い始めた。一つ目の魔物となったオーガヘッドはその場で身体をブルブルと震わせ、視点の定まらない目を中空に投げ出している。黄色みがかっていた目が徐々に赤く燃えるようになる様に、リュカは本能的に回避しなければならないと感じた。
「伏せろ!」
そう言って、リュカはすぐ近くにいたティミーの頭を押さえつけ、二人で地面に伏せた。ガンドフもポピーを守るように地面に低く伏せ、マーリンも緑色のフードの上から頭を押さえつけて地面に這いつくばるように寝そべる。リュカの声が届かなかったピエールにプックル、ミニモンは休むことなく残りのシルバーデビル二体と、オーガヘッドらと対峙していた。
森の中に、耳をつんざくような爆発音が響いた。実際に、しばらくの間、耳の中で轟音が鳴り響いているようだった。轟音の直後、リュカたちの頭上を無数の石礫のようなものが弾け飛んで行った。その内の一つがリュカの頭に当たり、途端に意識を失った。ガンドフの背中に当たり、傷口から大量の血があふれ出す。全く避けていなかったピエールとプックルにも石礫が襲いかかり、その激しい威力にたまらず地面に転がる。幸い、ミニモンは宙に逃げおおせていた。攻撃を仕掛けたオーガヘッドの姿は、跡形もなく消えていた。それを見て、マーリンは魔物が自爆したのだと分かった。
「お父さん!」
自分の上でぐったりとする父に、ティミーはすぐさま回復呪文を施す。頭から夥しい出血をしていたリュカの傷口を塞ぎ、気絶から目覚める父に呼びかける。
「お父さん、しっかりして!」
「……あ、ごめん。うわ、ひどいね、これ」
リュカは顔にまで垂れていた自分の血を手で拭うと、力なく笑う。そしてすぐさま右手の剣を握り直して、味方と敵の状況を確認する。
背中に傷を受けたガンドフは、自ら手当てをしている。同じように攻撃を食らったピエールも、距離が離れていただけにそれほど酷い怪我はなく、自ら手当てをした後、すぐにプックルの回復に回っていた。マーリンは悪運が強いのか、それとも地面と同化するほどに這いつくばっていたためか、傷一つ負うこともなかった。
敵の様子を見れば、シルバーデビルの姿はなくなっていた。残っていた彼らも先ほどの爆発を見て、身の危険を感じたのか、森の中へと逃げてしまったようだ。
しかしオーガヘッドはまだ五体おり、それら全てがリュカたちを取り囲んで不穏な空気を醸している。森に棲む鳥や小動物らは既にこの不穏から逃れるために、近くにその気配を感じることはなかった。
「……これは、マズイよね」
五体全てが、同じような自爆をしてきたら、ひとたまりもない。まだ妖精の世界へ通じる入口を探索する旅を始めたばかりだというのに、森の入口でこれほどの窮地に立たされるとは思っていなかった。
「とりあえず最大限備えよう。ティミー、もう一度守護呪文」
「うん、分かった! みんな、行くよー!」
そう言ってティミーは再びスクルトの呪文を仲間たちに施す。しかしティミーの呪文の触発されたかのように、オーガヘッドもそれぞれが呪文を唱えだす。それも守護呪文で、彼らは各々の身体にスカラの呪文をかけたようだった。
「ええ~、それはないよね。あっちも固くなっちゃったよ!」
『よし! みんな、ガンガン攻撃だ!』
ティミーの言葉を拾うこともなくリュカの声で発せられたその言葉に、一同は一瞬戸惑いの顔を浮かべつつも、指示通り魔物の群れに総攻撃をしかけた。
プックルとピエールが守備力を増した敵に突進するように牙を向け、剣を振るうが、守備力を増した敵の体には思うようなダメージを与えられない。しかし宙から火球を飛ばすミニモンと、両手から無数の氷の刃を飛ばすポピーの攻撃は容赦なく敵を焼き、冷たく切り裂く。魔物の群れはぎゃあぎゃあと、一つの大きな顔だった魔物が四体の小鬼に分かれて地面を走り回り騒ぎ立てている。
ピエールもイオラの呪文を放ち、ティミーとマーリンがベギラマの呪文を同時に放つと、その威力は倍増した。森の中に火炎の帯が渦巻き、それがイオラの爆発に巻き込まれて、まるで森全体を焼いてしまいそうな勢いだ。目の前で熱風をまき散らす呪文の嵐に、リュカも留めと言わんばかりにバギマの呪文を唱えると、辺りの木々の枝を真空の刃が巻き込み、焚き付けを増やしたような状況で火炎の嵐は空高くにまで上る。思わずリュカは皆に安全な場所に避難するように叫んだ。
呪文の勢いが落ち着き、ごうごうと燃えていた火の勢いが収まってくると、その場の景色も再び見えてくる。森の一部が黒焦げになり、そこにいた魔物らも氷やら炎やら爆発やら真空の刃やらに巻き込まれ、散々な目に遭った状態であちこちに小鬼の状態で倒れていた。ぴくぴくと微かに動くオーガヘッドの姿もあったが、到底戦えるような状態ではない。
「まさかあの場でリュカ殿があのような指示を出すとは思いもよりませんでした」
「……僕、何も言ってないんだけどね」
リュカの言葉に、一同は「えっ!?」と信じられないような顔をしてリュカを見る。
「ミニモンが言ったの?」
「オレは何も言ってないぞー」
「じゃあ、まさか……あの敵がお父さんの声を真似して……」
ポピーが推測する通り、後先構わず攻撃しろと命令したのは、今目の前で黒焦げになっているオーガヘッドだったのだろう。魔物はリュカたちのほとんどが直接攻撃をしてくると見込んで、そんな指示を出したのかも知れない。しかし魔物の予想に反して、リュカたちはこれでもかと呪文での総攻撃をしかけた。結果、魔物らはまるで自爆するように自らの身を追い込んでしまった。
「森を一部、焼いてしもうたの。妖精とやらが怒って道を閉ざさなければ良いがの」
「そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。森を元に戻す呪文とか知らないの、マーリン?」
「呪文は自然の力を借りるものじゃが、自然そのものを作るような呪文なぞ、ワシは知らんよ」
「でもさ、おかげで敵は倒せたんだし、良かったんだよ、きっと!」
「それにしても、お父さんの声真似をしてガンガン攻撃をなんて言って、それでやられちゃうなんて……ちょっと可哀そう」
ティミーはいつでも前向きで、ポピーはいつでも心優しい。しかし二人の言う通りなのかも知れないと、リュカは焦げた森の一部で倒れている魔物の姿を見て「ごめんね」と詫びると、森の中に隠すように離していたパトリシアのところへと向かった。
皆がリュカの後をついて歩いて行く中、最も後ろからついてくるプックルが焼け焦げて倒れている魔物の姿を見て思わず総毛だっていた。リュカの避難しろと言う言葉がなければ、プックルはあの中に巻き込まれていたかも知れなかったのだ。そして不満そうに鼻を鳴らすと、リュカに追いついてその背中を強く赤い尾で叩いた。プックルの不満に、リュカは申し訳なさそうに笑うと、彼にも「ごめんごめん」と謝った。

Comment

  1. 犬藤 より:

    こんにちは!
    最近更新頻度が多くて嬉しいです。お忙しいのにありがとうございます!
    初めてこのサイトに入って早3年が経とうとしています。月日の流れは速いですねぇ。
    今後の展開も楽しみにしています!
    どうぞお体の方もご自愛くださいませ。

    • bibi より:

      犬藤 様

      こんばんは! 更新頻度、多いですよね。私なりに頑張っています(笑)
      子供が小学生になり、以前よりもまとまった時間が取れるようになったというのがその理由です。
      ここから一気に最後まで・・・と思っていますが、多分息切れするので、ほどほどに頑張って更新していければと思います。
      めっきり涼しくなってきましたね。犬藤さんもお風邪など召されぬよう、身体に気をつけてお過ごしくださいませ。

  2. ケアル より:

    bibi様。

    フローラに子供できるの難しいんですね…たしかにゲームでもフローラとアンディには子供がいませんもんね。
    いやぁでもなんとかbibiワールドでは、なんとかならないでしょうか?
    フローラの子供たちを保護する施設、良い話ですね、フローラならぜったいに良いママになりますな。

    アンディのやけどの後遺症、リュカのベホマで全回復しませんか?
    さすがに後遺症は難しいでしょうか?

    ポピーもこれでリュカへの不信感が消えてくれましたかね、女の子だから敏感でしょうね。

    ルドマンにグランバニア一族を今言わないで、後で知った時、ルドマン気分を害さなければいいんだけど…(汗)

    あいかわらずの激しい戦闘ですな!
    ティミー、この1ヶ月半でかなりの剣術アップしましたね。
    ピエールからかなり特訓を受けているんでしょうね。

    ミニモンの空中戦は、この旅には必須になりますね、近距離顔面にメラミは流石にまともに喰らいますな!

    ポピー、ヒャダルコとマグマダブルの郡炎攻撃ができるんですね!
    bibiワールド特権のマグマの杖の効果、最高にこれからの旅の武器になりそうですな。

    オーガヘットは、ばくだんベびーのように自爆できる特技を持っていたんですね忘れてました(汗)
    自爆でリュカに致命傷をおわすとは…次のオーガヘット戦はかなりの注意が必須ですな。

    リュカの装備している、破邪の剣(はじゃのつるぎ)、戦闘中に使うとギラが使えますが…bibi様の描写に使えそうですか?…でも…ギラだし(苦笑)

    さて次回の作品に急ぐぞい(笑み)

    • bibi より:

      ケアル 様

      こちらにもコメントをありがとうございます。
      フローラとアンディは、実子のいない夫婦の在り方を描けたらなぁと思っています。
      彼女自身、ルドマン夫妻の実子ではないという設定で、それでも大事に育ててくれた両親に感謝という、ビアンカに似た境遇の女性です。その恩を、自分なりに返していければと、何事も前向きに進む彼女らしさを出して行ければと思っています。
      アンディの後遺症も、このままにしておくつもりです。フローラもアンディも、この状況だからこその愛情を育んできた、ということで。
      ルドマンは大海のごとく心の広い大富豪なので、滅多な事では怒りません(笑) きっと後で、驚きながらも笑い飛ばしてくれます。
      戦闘がどんどん激しくなってきて、私が困っています。次はどう書けばいいんだよ!と、投げ出しそうでう(笑)
      でもどうにか書いていきたいと思います。私自身、戦闘シーンを書いている時は燃えてるんですよね。心の中で「うおおおぉぉぉ!」と叫びながら書いています。完全にヤバイ奴です(笑)

  3. ピピン より:

    bibiさん

    フローラも逞しくなりましたね。
    ルドマンに小言を言えるようになるとは…(笑)
    学校を作る夢も素敵です。後々の展開を色々予想しちゃいます。

    それにしてもリュカはフローラに弄られて、息子や娘に情けない、ヒドイと言われ散々でしたね(笑)
    ビアンカがいればフォローしてくれるんでしょうけど

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをありがとうございます。
      フローラさんもあれから八年以上も経って、逞しくなりました。元々、その要素はあった女性です。世界的な大富豪の娘なので、肝っ玉は据わっています。
      ゲーム中でもこちらの二人には子供がいなかったようなので、その中で彼らの歩む夫婦の在り方を描ければと思っています。
      ビアンカのフォローがないと、リュカも形無しですね(笑) でも、それもまた楽しい(笑)

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