動き出さない時間

 

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グランバニアの新年祭で開催される武闘大会は今回で五回目だという。
国王及び王妃が失踪し、グランバニアには誰にも拭い去ることのできない不安が渦巻いていた。二代続けて起こってしまった王妃失踪事件に、続いて現国王までもが失踪し、国民の多くは不安を抱き、不吉を感じ、国の行く末を信じられなくなった者の中にはこの国を離れて行ってしまった者もいる。国民の流出が続けば、自ずとグランバニアという国は国の体裁を保っていられず、自然と滅んでしまうとオジロン国王代理が頭を悩ませていたところで、娘でありグランバニアの姫であるドリスが父を叱咤するように言い放ったのだ。
『暗いことをウジウジと考えたって仕方ないよ! 暗くならないように明るいことをすればいいんだよ!』
彼女の一言がきっかけで、彼女が主催する形でこの武闘大会は始まった。それまでの国の新年祭は国王王妃のまだ戻らぬ時とあってはあまりに楽しく騒ぎすぎるのも不謹慎だろうと、国全体が沈んだ雰囲気の中で行われていたが、武闘大会の開催で祭りには活気が戻った。国が主催する明るい祭りを楽しんでも良いのだと、国民には元気が戻った。
当然ドリスも人一倍、国王である従兄のリュカと、美しく優しく男気も兼ね備えた王妃ビアンカの帰りを心待ちにしていた。先王パパスは喪ってしまったが、前王妃であるマーサの無事も願っていた。しかしグランバニアの兵士たちを遠くの地にまで派遣しているというのに、彼らの消息は全く掴めないままだった。
グランバニアに不吉がまとわりついているなどと言う噂を断じて許さないと彼女が意志強く思い続けていたのは、偏に彼らが残した可愛い従甥と従姪がいるからだ。
両親である国王と王妃が戻らない中でも、双子の従甥と従姪はすくすくと育って行った。赤ん坊の頃から幾度となく両腕に抱き上げ、その度にこの赤ん坊を抱き上げるのはあの美しい王妃の役目なのにと目の奥を熱くした。一丁前に武闘の真似事をしようと挑みかかってくる従甥の相手をすれば、どうしてあんたが相手をしてやらないのさと、居所も分からない従兄に心の中で叱りつけた。こんな可愛い孫たちがいるってのにどうしてまだ戻ってこないんですかと、二十年以上も行方不明の前王妃の、記憶にはないその美しい姿を想像して心の中で呼びかけた。
ドリスは何よりも、自分の心が弱くなることに耐えられなかった。ただでさえ父であるオジロンが優しいを越えて、頼りない国王代理などと揶揄されることもあるのだ。ここで自分まで弱くなってしまえば、一体誰がこの国を強くしていけるのだと、自分だけは絶対に泣き言など漏らしてたまるかという思いで、ひたすら武闘の訓練に打ち込み、心身ともに強くあることを望んだ。
自分が姫の立場にあることも重々理解していた。姫という賞品の値打ちはそれなりにあるだろうと、自分を大会の賞品として扱い、この新年祭の武闘大会を開くことを決意したのだった。
「あたしは決勝で勝った相手としか戦わないんだ」
既に始まっている武闘大会の予選の様子を見ながら、ドリスがリュカの隣でそう教える。武闘大会の会場として開かれているのはグランバニア城外の、兵士たちの訓練場の一部だった。足元を掬うような草などは生えておらず、訓練用に地ならしもされているため、闘技場としてもちょうど適していた。周りに杭をいくつか立て、綱を張って仕切れば、それだけで闘技場が出来上がる。造りは非常に簡素なものだが、それだけで観客らは十分盛り上がれる。まだ予選が始まったばかりだというのに、闘いが始まれば野太い歓声が上がり、歓声が上がればそれに応えようと闘技場の中にいる戦士らの拳に力が入る。
「意外だね。ドリスなら全部戦って勝ってやる、くらいのことをやるのかと思ってたよ」
「そうだよねぇ。あたしも自分ならそうするだろうなって思うよ」
「じゃあどうして最後にしか戦わないのさ」
「オヤジがうるさいんだよ。『お前は一国の姫君なんだぞ! ますます強さに磨きをかけてどうするんだ!』って。いいじゃんねぇ、一国の姫が強くたってさ」
「ドリスってそんな風にドレスを着て歩いているだけだったら、どこからどうみてもお姫様なのにね」
ポピーが外の風にそよぐドリスの爽やかな水色のドレスの端を指でつまむ。さらさらと肌にまとわりつかない生地はグランバニアのような湿気の多い場所で身に着けるのにちょうど良い素材だ。ポピーも式典用の薄桃色のドレスを身に着けているが、同じような素材でできている。
ドリスは黒く艶のある髪を肩につかないほどに短く切り揃えている。切り揃えた髪の内側には彼女が動くたびに揺れるイヤリングが小さく煌めく。顔には当然のように化粧を施し、口調は少々粗雑でも、その唇には彼女の元気を表すような明るい紅が乗っている。瞳は父であるオジロンに似て薄茶色だが、きりりとした目つきは恐らく亡くした母に似ているのだろう。目元にもうっすらと化粧を施し、年相応の艶めく雰囲気を醸しているため、男たちは自然と自国の美しい姫を目で追ってしまうのだが、当のドリスはそのような色のある物事にまるで頓着しない。
「女の子はそんなに涼しい格好をしていられるのに、どうして男はこんな首の詰まったような服を着ないといけないんだろ」
ティミーとリュカは男性用の式典服を身に着けており、襟首の詰まった礼服の下には同じように襟付きのシャツを着こんでいる。そして服の上からは大層なマントを羽織らされるのだから、暑くて仕方がないとティミーは怒られるのを承知で襟首のホックを外していた。
「じゃあティミーも一度ドレスを着てみたらいいよ。足元にまとわりついて動きづらいったらなんだからね」
「まさか大会の決勝はその格好で戦ったりしないよね」
「こんな格好で戦えるわけないよ。大丈夫。あたしは武闘用の衣装を何着も持ってるからさ」
聞けばドリスはこれまでに城のお針子たちに頼み込み、数着の武闘着を作らせていた。動きやすさ重視で、どれもが膝上丈のスカートというおおよそ妙齢の王女らしからぬ衣装で、その姿を見るたびにオジロンは溜め息をつくらしい。はしたないと父に嘆かれるドリスの武闘着だが、こと武闘大会ではその衣装が一つの目玉となっている。今年もあの元気な姫君が見られると、グランバニアの人々が楽しみにしていることをドリス自身が心得ている。
予選会場から歓声が上がる。勝負がついたようで、審判を務める男が勝者の腕を掴んで上に挙げている。今日のところは予選のみ行われるが、新年祭三日目の目玉の行事とあって多くの人々が簡易闘技場の周りをひしめき合って取り囲んでいた。リュカたちは当然のようにその最前列となる場所で、護衛の兵士たちと共に観戦している。
審判を務める男は新年祭初日で話をしたピピンの父、パピンだ。彼はグランバニアの兵士長の一人で、その強さは兵士たちの中では一番だと言われている。リュカよりも上背があり、体格にも恵まれている。普段は剣を振るい、時には重く長い槍を扱うこともある彼の腕は、今対戦していた二人の大会出場者よりもずっと太く逞しい。
「パピンは準々決勝から出場だよ。あいつ、なかなか強いから、予選から出場すると他の者たちのやる気を削いじゃうんだよ」
「ピエールもよくパピンさんと手合わせしているわよね。一番良い練習相手だって言ってたわ」
「お父さんは準決勝からだったよね?」
「あれ? リュカもパピンと同じ、準々決勝からのはずだよ。準々決勝まで六人が勝ち上がって、そこで初めてパピンとリュカが加わるって聞いてたけど」
「あ、そうなんだっけ? 僕もよく分かってないんだよね」
「お父さん……何だか余裕ね」
ポピーの言うような余裕を持っている訳ではなかったが、リュカはただ目の前で行われている武闘大会予選の光景に図らずも胸を熱くしていたのだった。リュカが常に目にしているのは、旅の途中、魔物との壮絶な戦いばかりだ。自分たちが生き残るために、容赦なく剣を振るい、容赦なく呪文を放つ。その結果、運よく魔物を仲間にできることもあるが、大抵は魔物らを倒して終わる。旅の途中の戦いの決着は、どちらかが命を落とすまで続くという覚悟がいる。
それが今目にしている武闘大会は、互いの強さを尊重し、認め合い、勝負をつけることを目的としているが、相手の命を奪うことを目的としていない。自分の身を守る必要はあるが、自分の命を守るほどの覚悟は要らない。人間同士の武闘大会には規則があり、規則を破ればそこで失格となる。あくまでも人々の娯楽と発散の場を設け、グランバニアの人々の求める心に根差した大会を始めたドリスに、リュカは彼女もただ漫然とこの大会を楽しんでいるわけではないのだと感じた。
「これでリュカがあっさり一戦目で負けたら笑っちゃうよね」
「……笑えるかな。笑えないんじゃないかな」
「笑いものになる?」
「うわぁ……それはマズイよ。そのためにもとりあえず、パピンさんとは当たりたくないかな」
今はただ審判を務めているパピンだが、その屈強な身体から繰り出される武闘の技とは一体どのようなものなのかを想像するだけで、リュカは本能的に戦いたくないと感じていた。しかしまた、戦ってみたいともリュカは思っていた。パピンはいわゆる屈強な戦士という風格で、普段は城の兵士長として剣や槍を手にして戦うのが専門だ。鍛錬を積んでいるその体格は非常に頑強なもので、ピピンのような子供を持つ父としての風格も備わっている。その姿に、リュカは自然と父パパスの姿を重ねた。パピンはあの頃の父とどこか似ていると思った。彼と戦うことで、父パパスと手合わせする夢の一部が叶えられるのではないかと期待する心を抑えられなかった。
審判を務めるパピンはリュカと視線が合うと、その場で深々とお辞儀をした。その姿を見ると、途端に現実に引き戻される。自分はこの国の国王であり、彼は国の兵士長の一人に過ぎない。しかし彼の堂々たる佇まいを見れば、武闘大会での戦いの最中で相手に手を抜くような、礼儀を欠くことはしないだろうと思われた。まさか自分が戦うことに楽しみを見出すことがあるとは思わなかった。それほどに戦うことに慣れてしまったのかと思うと、複雑な気持ちにもなった。
審判を務めるパピンの前に次の参加者として現れたのは、彼の息子のピピンだ。まだ十四歳になったばかりらしいピピンは他の参加者と比べても一回り身体が小さい。対戦相手として現れたのは、グランバニア城内で武器屋を営むパピンと勝るとも劣らずの体格をした男性だ。年齢はパピンよりも上の様で、顔には幾つかの深い皺が刻まれている。鍛冶を生業としている彼の手はそこらの兵士よりも分厚く固い。頭二つ分も大きく見える対戦相手に歯を見せて笑顔を見せられると、ピピンは思わず引きつった笑いで応えていた。
「ピピン頑張れーって応援してあげたいんだけどさ、ボクが応援しちゃうと戦い辛いよね」
「そりゃそうよ。お兄ちゃんはこの国の王子なんだもの。誰かをヒイキにしちゃうのは良くないわ」
「この戦いは……応援してあげてもいいかもよ。だって、これはさすがに……」
「あの武器屋のオヤジには勝てないだろうねぇ」
予選の対戦相手は公平性を保つためにもくじ引きで決められていた。今回のピピンは運が悪かったと言うことだ。審判を務めるパピンも、既に息子の勝ち目はないと見て、武器屋の男に一言二言何かを言い添えているほどだ。稽古をつけて欲しいくらいのことを言っているのだろうと、リュカもドリスも彼らの言葉を交わす様子を見ながらそう想像していた。
圧倒的な体格差がある戦いだったが、その中でもピピンは善戦した。まだ成長過程の小さな身体を生かして、相手を翻弄する戦い方を徹底した。若いために持久力にも優れている。一瞬近づいては仕掛け、すぐに離れる。それを繰り返しできるのは、普段の鍛錬の賜物だろう。
しかし彼には素早さが足りなかった。彼が普段、鍛錬を積んでいるのは兵士になるためのもので、彼が戦うにはやはり剣や槍がその手に必要だった。武闘家としての鍛錬を積んでいるわけではない彼が武闘家の真似事のような動きをしても、その動きはどうしてもちぐはぐになってしまった。
武器屋の男も決して武闘家としての腕を磨いているわけではなかったが、武器を扱う者の癖をよく見ていた。ピピンの踏み込みの一瞬の遅さに気づき、しばらくは稽古をつけるつもりでその癖をやり過ごしていたが、頃合いを見てピピンの懐に入り込むと、重い一撃をピピンの腹に打ち、それで勝負が決まった。パピンが武器屋の男の手を高々と挙げ、観客たちからは一斉に拍手が打ち鳴らされ歓声が鳴り響いた。
その場で蹲り、痛い痛いと騒ぐピピンに救護として教会のシスター見習いの女の子が歩み寄る。回復呪文を心得ている少女がピピンの腹の痛みを呪文で取り除くと、ピピンは感激したように少女の手を取って何事かを話しかけていたが、父パピンに後ろに一つに結んだ髪を無造作に掴まれて闘技場の外へとつまみ出されていた。
「ピピンって女の子が好きだよね」
「……いつからあんな風になっちゃったのかしら……」
ティミーが見た通りの感想を言うのに対し、ポピーは呆れたようにピピンを訝し気な目で見ている。リュカは二人の言葉に乾いた笑いをしつつも、今の戦いで目にした状況に内心冷や汗を垂らしていた。これでは本当に、一回戦で負けてしまうかもしれないという切迫感を覚えた。
「えーっと、ちょっと僕は一度席を外してもいいかな」
「えっ、どうしたの、お父さん」
「いやぁ、このままだと本当に一回戦で負けるなんて洒落にもならないことが起こりそうだなって。だからちょっと、誰かを相手に練習してこようかなって思ってさ」
「あっ、ズルイよ、リュカ王。そんなことならあたしも一緒に……」
「ドリスは大会の主催者なんだから、ここにいた方がいいだろ」
「だって組み手にしたってなんだって、一体誰を相手に練習するのさ」
「大丈夫。僕の仲間はたくさんいるから。誰かきっと相手をしてくれるよ」
リュカがそう言いながらぎこちない笑いを浮かべて立ち去る姿を、ドリスと双子の子供たちは止むなくその場で見送った。当然のようにリュカにも護衛の兵士がつき、その一団は観客の波の中を悠々と進んで城内へ通じる門へと向かって行く。リュカが向かうのは城の二階に設けられているあの大広間だろうと、ドリスはふふんと鼻で笑いながら二階の小さな窓に目を向けた。ガンドフの大きな一つ目に出くわすと、まるでお化けでも目にしたかのようにドリスは小さな悲鳴を上げた。



「どうされたのですか、リュカ王。今は武闘大会の予選が行われている時でしょう」
「あ、でもここからでも予選の様子が見えるんだね。ガンドフはここから見てたんだ」
「ココ、トッテモ、ヨクミエルヨ」
グランバニアの城内には魔物たちが居住する大広間が二階に設けられている。魔物たち全てがこの大広間で身体を休めるとは限らないが、この場所で寛ぐ魔物の仲間は多い。今はガンドフにサーラ、アンクルが大広間でひと時の休息を取っていた。他にも城の警備担当を外れて休息時間を過ごす仲間がいるはずだが、各々祭りを楽しんでいたり、近くの森に入って気ままに過ごしている者もいるようだった。彼らは魔物であるため、森に潜む魔物にも必要以上に警戒する必要がないのだ。
「予選、見てたんだけどさ、ちょっと不安になっちゃってね」
「何だよ、情けねぇなぁ。あんたがそこらの奴らに負けるわけねぇだろうがよ」
「しかし普段は剣を持って戦っていますからね」
「スデ、タタカウ、ムズカシイ?」
そう言いながらガンドフが慣れた様子で大きな腕を交互に突き出すのを見て、リュカも真似て両腕を交互に突き出すが、やはり思うように素早くは動かない。堅苦しい正装のせいもあるだろうと、リュカは旅装よりも重い正装用のマントを外し、上に着こんでいる服も釦を外して一枚脱いでしまうと、大分身軽になって腕も動かせるようになった。
「ああ、この靴も固くて動きづらいんだよね。もう何もかも戦うには不便だよ、この格好は」
「リュカ王の武闘着は別に用意されているのでしたよね」
「僕はいつもの旅の服で構わないって言ったんだけど、ありがたくも用意してくれてるみたいだよ」
「そりゃあなぁ。一国の王様があんなボロボロのナリして出てきたら、見る方もがっかりするんだろうぜ」
「ボロボロ……うん、まあ、確かにね。大分傷んでるよね」
一国の王であるリュカだが、彼としては今の正装よりもボロボロの旅装の方がよほど身体にも馴染み落ち着くのは確かだ。しかしアンクルの言う通り、人間が生活する国の中で過ごすには、使い古した旅装はあまりにもみすぼらしい。一国の王が身に着けるとなれば言語道断と言われてもおかしくはない。
「オレはさ、初めにあんたを見た時、目を疑ったぜ。だってよ、旅をする戦士にしては軽装過ぎるだろ。鎧兜なんて一つも身に着けてねぇんだもんな」
「ティミー王子は盾と兜を身に着けておいでです」
「そりゃあティミーにしか身に着けられないものだし、ティミー自身にはあの盾も兜も全然重く感じないって言うんだから、大丈夫なんだよ」
「しかしこれからの旅は更に過酷になって行くのではありませんか。リュカ王もご自分の身をしっかりと守らねばなりませんぞ」
「僕も鎧兜を身に着けた方がいいってこと? うーん、いかにも重くて動きづらそうだよね、ああいうのって」
「しかし死んでしまってはどうしようもありません」
サーラの言葉はいつでも飾り気がなく、避けようもないほどに真っすぐだ。的確なサーラの言葉を聞けばいつもリュカは言葉に詰まる。
「まあ、でもよ、今までなーんにも鎧兜なんて着たことも被ったこともねぇんだから、いきなり装備しろなんて言っても上手く動けるようになるまでに時間がかかっちまうよなぁ」
「カルイ、ヨロイ、ナイノ?」
「リュカ王ほどの力があれば重い鎧も兜も問題なく身に着けられるでしょうが、確かに動けなくなってしまっては本末転倒ですね」
サーラは顎に手を当て一声唸ると、次の旅に出る前までにリュカに合った鎧を新調することを約束した。その言葉にリュカは渋い返事をするが、同時に一つの不安ごとが頭に浮かぶ。
「僕よりもさ、城の兵士たちは大丈夫なのかな。北の塔はまだ、様子がおかしいんだよね。兵士たちの装備品を調えるのを先にした方がいいんじゃないのかな」
今もグランバニアの北に聳える塔からの不穏が続いている。毎日欠かさず見張りを立て、警戒態勢を緩めないようにしているが、いざ魔物らの攻撃を受けた時にはグランバニアの兵士たちでその攻撃を抑え込まなければならない。
魔物らは鎧兜など装備せずとも、持っている力そのものが強い。人間がそれに対抗するには、戦士であれば鎧兜に身を固めて、剣や槍を手に立ち向かわなければならない。魔法使いであればより強力な呪文を覚え、使いこなせるようになる必要がある。敵の魔物は生身の人間がそのまま立ち向かえるような生易しい相手ではない。
「兵士たちの装備品に関しては、上の位の者から順に新調していっているようです。我が国だけで新調させるにはあまりにも膨大な量のため、余所にも依頼しています」
サーラの話によれば、グランバニアの軍備増強のため、リュカの母マーサの生まれ故郷であるエルヘブンに力を借りているという。初めは軍備増強などと言う物騒ごとに巻き込まれたくはないとエルヘブンの長老たちは首を横に振ったが、サンチョとマーリンが何度も足を運んで説得し、今は少しずつではあるが兵士たちの剣と鎧の制作を依頼し、国に納められている。エルヘブンは見返りに何かを求めることもなく、ただこの村の存在は余所に知られることのないよう内密にしてほしいと、それだけを言い渡されている。武器防具の材料となるミスリル銀はエルヘブン近くの鉱山で産出されるもので、その発掘にもグランバニア兵たちが当たっている。
「僕の知らないところで色々とやってくれてるんだね……ありがとう」
「この件に関してはサンチョ殿とマーリン殿が中心に動いています。お礼ならばお二人に申し上げて下さい」
「この件だけじゃなくて、何だかほとんどサンチョとマーリンが中心に動いてる気がするよ」
「そうかも知れませんな。あの二人がいなくては、今となってはグランバニアという国は機能しないかも知れませんぞ」
「そんなこと言いながら、あんただってしっかり国のことを考えてるじゃねぇか。今はお祭り騒ぎで国中楽しんでるってのに、自国の軍備の心配をするなんてよ」
「リュカ、オウサマ、シテルヨ?」
アンクルとガンドフにそう言われても、リュカはまだ自分が一国の王である自覚を強く持てないでいる。国の人々が求める国王としての立場をどう演じたら良いのかなど全く分からない。兎にも角にも、幼い頃から旅をして、今も終わらない旅を続ける身とあっては、玉座にどっしりと腰を下ろした国王を演じることには無理が生じてしまうのだ。
「ところで、ここへは何をしにいらしたのでしたっけ?」
「ああっ、そうだった。サーラさんにお願いしたいんだけどさ、僕とちょっと組手をしてもらえるかな」
「武闘大会に不安を感じたと。いいでしょう、お相手いたしますよ」
「何だよ、オレが相手してやってもいいんだぜ」
「ガンドフ、ダメ?」
リュカの武闘の練習に付き合いたいアンクルとガンドフがそう申し出るが、リュカはまずアンクルの巨体と容赦ない攻撃を予想して心の中で首を振り、ガンドフの手足の鋭い爪を目にしてやはり心の中で首を横に振った。今この場にいる魔物の中では、サーラが最も適した組手相手であることは間違いない。
「やっぱりサーラさんがいいと思う」
「人間が素手で向かうには、アンクルとガンドフではちと分が悪いでしょうね」
「サーラもあんまり良い相手には思えねぇけどなぁ」
「……まあね」
アンクルの言う通り、サーラの体格を見れば怖気づくのが普通の人間だ。筋骨隆々とした全身に、背中には大きな蝙蝠のような翼を生やしている。頭から突き出る二本の角は太く、先は鋭く尖り、固め技に持ち込むのは難しい。リュカが思わず喉を鳴らして唾を飲み込むのを見ると、サーラは表情を和らげて言う。
「大丈夫ですよ。私も人間らしく戦いますから」
「う、うん、お手柔らかにね」
魔物たちの過ごす大広間は特別に広く作られている。ここには普段、ゴレムスやキングス、ベホズン、マッドなどの大型の魔物らも過ごしている。祭りが行われており、警備に出ている魔物や祭りを楽しんでいる魔物もいるため、今はこの場にサーラにアンクル、ガンドフだけが休息のためにこの場に残り、空間は広々と空いている。
武闘の心得などないに等しいリュカに対し、サーラは普段から素手での攻撃を得意としている。サーラも決して武闘の心得を持っているわけではないが、身体の使い方に関してはリュカよりも数段上の技術を持っていた。戦い慣れており、目や反射神経は普通の人間に比べても非常に良いリュカだが、普段は剣を使って躱している攻撃も、武闘大会となれば素手で躱さなければならないことを身をもって知ることになった。
サーラに宙を飛ぶことを禁止して始まった対戦だが、初めから最後まで、サーラが圧倒的な強さでリュカを打ち負かしてしまった。人間と魔物で、いざ武器も呪文もない戦いをすればこれほどに打ちのめされるのかと、リュカは悔しいと感じるよりも、驚いて言葉もなかった。改めてグランバニアの軍備増強を真剣に考えた方が良いと感じた。
「ありがとう、ガンドフ」
「マダ、タタカウノ、リュカ?」
「うん、もう少し体の使い方が分かっておかないと、本気のドリスに負けるかも知れないしさ」
サーラに打ちのめされれば、ガンドフがすかさずリュカの傷を癒した。サーラも初めは手加減をして、リュカに向ける蹴りなどは固い蹄が当たらないようにと、膝蹴りだけに留めていた。しかしリュカの動きがみるみる良くなってくると、サーラもうっかり手加減を忘れて固い蹄でリュカの背中を蹴りつけることもあった。一時、呼吸ができなくなったリュカにガンドフが慌てて回復呪文をかけ、リュカは背中の痛みが和らぐとともに深い息を吐いた。
少し組手ができればいいと軽い気持ちで来たリュカだったが、結局そのまま夕刻になるまでサーラとの習練が続いた。武闘大会の予選も終わり、外に観客として集まっていた人々も散り散りになり、城下町へと戻って行っているようだった。
「そろそろリュカ王ご自身の魔力も尽きますぞ。止め時でしょう」
「そ、そうだね。ありがとう、付き合ってくれて」
「何だよ、次はオレが相手してやろうと思ってたのに。もう終わりか?」
「ははっ……アンクル、冗談きついよ」
リュカがサーラと組手をしている最中で、ガンドフは魔力が尽き、疲れた様子で広間の端で背中を丸めて寝てしまっていた。アンクルはずっと興味深そうにリュカとサーラの組手をじっと見つめていたが、自分だったら一度にリュカの頭を殴りつけて昏倒させかねないと思い、最後まで自分がリュカの相手を申し出ることをしなかったのだった。
「足の傷も治しておいた方がよろしいですよ。裸足でいらしたので、大分擦り傷を作られているようです」
サーラに言われるまで気づかなかったが、片足を上げて足の裏を見れば、今にも皮がべろりと剥がれてしまいそうなほどに赤く擦り切れていた。必死になると痛みに鈍感になる自分が怖いと、リュカはおぞましい足の裏を見ながらそんなことを思う。目にした途端に痛みを感じた足に、リュカはその場で胡坐をかいて座り込んで傷を癒した。
「明日も少し、お願いできるかな」
「明日は私は城の警備に出ますので、誰か違う者と組手をなさってください。一番の親友であるプックルなどはいかがですか?」
「武器もなしにプックルと戦う気にはなれないよ……怖すぎる」
サーラがふざけて言っているのが分かり、リュカは思わず身震いしながらも笑う。回復呪文で身体の傷は癒せるものの、使い果たした体力は休息を取らなければ回復できないと、リュカは無造作に置いてあった儀礼用のブーツや服やマントを腕に抱えると、大広間を後にしようとした。
「あんたが出るのは明後日だっけか?」
「その予定だよ。僕が逃げ出さなければね」
「その時はオレたちが周りで盛り上げてやるから、楽しみにしておけよ」
「会場を丸焼きとかにしないように気をつけてね」
アンクルやミニモンは興奮が高まった時にやりかねないと、リュカは少し釘を刺す意味でそう言ったが、アンクルは不敵な笑みを浮かべるだけだった。リュカはその笑みを横目に見ながら、危ない時にはゴレムスに止めてもらうようお願いしておこうと、自室に戻りながらそんなことを考えていた。



グランバニアの屋上庭園から眺める夜空には薄い雲がかかり、煌めく星の姿はちらほらとしか目にできない。月も雲がかかったり取れたりと、明かりの強弱が忙しない。この国は年中通して温暖な気候に恵まれ、温かな気候が影響しているのか人々の性格も概ね穏やかだ。
新年祭の三日目を終え、明後日には武闘大会の上位六名と兵士長パピン、そしてリュカが出場する予定だ。
祭りが開かれている最中、国の人々は明るい笑顔を見せ、頭や胸の中に潜む不安事から解放されているのがドリスにもよく分かる。いくら穏やかな国民性とは言え、不平不満が一つもないということもない。むしろ内心では、この国の行く末を案じている人は多い。
「ドリスは本当にここが好きだね」
「お城の中にずっといるなんて窮屈で仕方がないよ。ここはさ、空も眺められるし風も気持ちがいいし、壁ってものがないじゃない。どこまでも森だけど、お城の中をずっと見ているよりは森をずっと眺めていた方が飽きないよ」
「分かるなぁ。ボクもお城の中にずっといるよりも、お父さん達と旅に出ている方がのびのびできるもん」
「私もお部屋で本を読むよりも、外で読んでいる方が気持ちが良いかも。お日様に当たるのってきっと、大事なことよね」
「そっか、そうかもね」
リュカは記憶も定かではない頃から父に連れられて旅をし、グランバニアという故郷にたどり着いた今でも、気持ちの上では安住の地にたどり着けていない。ポピーの言うような日に当たることが重要だなどというある種の常識がすぐには飲み込めないほどに、リュカは外の世界を旅することに慣れきってしまっている。
一方でドリスは生まれながらのグランバニアの姫で、武闘好きという姫君らしからぬ特技を持ちながらも、旅に出たことなどは一度もない。武闘好きが興じてかなりの腕前になってしまった彼女だが、その腕を外で試したことはただの一度もないのだ。あくまでも彼女は、グランバニアの姫としての立場を守る中で、せいぜい武闘を通じて城の中で暴れているに過ぎない。
屋上庭園には今も色とりどりの花が咲いており、昼間はその華やかな色を楽しむことができる。今は薄ぼやけた月明かりにただ青白い濃淡で照らされているだけの花々を、ドリスは静かに一つ一つ見つめる。ドリスが屋上庭園を好む理由の一つに、庭園に咲く花を観賞することもあるが、そのことをドリス自身が誰かに話したことはない。武闘が好きで、強くありたいと思う彼女は、自身のいかにも乙女な趣味など覗かれたくはないと思っていた。彼女が華を愛でる姿を知っているのは、常に行動を共にしている一人の年配の侍女と、もう一人この場にはいない女性だけだった。
「ここにはお母さんもよく来てたんだっけ」
まだ双子の子供を身籠っていた頃、ビアンカは重いお腹を大事そうに両手で抱えながらこの庭園を歩いていたという。ゆったりとした薄水色のワンピースを風に揺らしながら、強い太陽の光に照らされるビアンカの姿を、ドリスははっきりと覚えている。大きなお腹の中でぽこぽこと腹を蹴る赤子の足の感触を、ビアンカはドリスに腹に触れて感じさせてくれた。今思えば、あの元気な蹴り方はきっとティミーだったのだろうと笑みが零れる。
「王妃様はさ、本当に、本当に綺麗な方なんだよ。もう、女神様か何かってくらいにさ」
記憶の中だから綺麗に感じるのではない。彼女は本当に見た目も心も、全てが美しい人なのだとドリスは自信を持って双子の子供たちに伝えられる。もう八年以上も前の記憶で、その頃まだほんの子供だったドリスは庭園を嬉しそうに幸せそうに歩くビアンカを見て、一体この女神様はどこから来たんだろうかと不思議に思ったりしたものだ。ドリスが一人で過ごす屋上庭園が、美しい王妃がいるとまるでこの世に二つとない天上の庭園に見えたのだ。
「あんなに綺麗なのに、リュカと旅してきたせいですっごい庶民的なんだよね」
「何それ、僕のせいなの?」
「だってはるばる海を越えて長い旅をしてきたんでしょ。その間は王妃様がリュカや魔物たちのお世話をしてたって聞いたよ。何それ、信じられない。王妃様に身の回りのお世話をさせるなんてさ。大人なら自分のことは自分でやれっての」
「ビアンカはきっと喜んでみんなの世話を焼いてくれたんだと思うよ。彼女は元々宿屋の娘だし、人の世話を焼くのが好きな人なんだよ」
「世話を焼かれてる人がそんなこと言ったって真実味に欠けるってもんだよ」
「お腹が大きくなっても構わず動き回ってただろ。あれだって僕は止めたんだよ、そんなに動いたら赤ちゃんが危ないんじゃないかってさ。でもビアンカは僕の言うことなんかちっとも聞いてくれなくて……」
「それはあんたが頼りないからじゃないの? ビシッと言えば王妃様だって言うこと聞いてくれるよ」
「僕がビアンカにビシッと言えると思う?」
「思わないに決まってんじゃん」
リュカが真剣な表情で問うたことにドリスが同じように真剣に応える。あまりの即答ぶりに、一拍置いてから二人は同時に噴き出した。母の記憶のない双子の子供たちは、二人の大人が話す会話に入れない疎外感を覚えながらも、さぞかし美しいのであろう母の姿を雲に隠れる星空の中に思い描く。
「ドリスはお母さんとたくさんお話したんだよね。いいなぁ」
「お母さんってとってもキレイだってみんなが言ってくれるけど、そんなにキレイな人が庶民的だなんて、何だかうまく想像できないのよね」
「そういうものをぜーんぶ持ってるのがあんたたちのお母様なんだよ。それでいてさ、こっちが褒めても全然偉ぶらないんだから、もうカンペキだよね。あんな人、この世に二人といないよ」
ビアンカのことを本心から褒め称えるドリスの言葉に、リュカも八年ほど前にこの庭園を歩いていたという妻の姿を想像する。リュカが慣れない国王としての仕事を覚えている最中や、王家の証を取りに行くための旅に出ていた時にも、彼女はこの屋上庭園で過ごす時があったのだろう。恐らく彼女のことだから、本当は城の女給らとともにいそいそと仕事でもしていたかったに違いない。近い将来に王妃という身分になることがほぼ確約されているとは言え、のんびりと部屋で一日過ごすような退屈な時間など過ごせなかっただろう。
しかし彼女は旅の途中で、グランバニアに到着した時にも、腹に大事な命を抱えた身で倒れてしまった。普段は無茶をしがちな彼女も、自分ではない大事な小さな命を危険に晒したことを心から反省し、決して無茶をしなくなった。自分で出来そうもないことは素直に人に頼った。あと少し頑張れば一人でも大丈夫だろうということにも、助けの人を呼んだ。ビアンカは何よりも、生まれ来る子供たちの命を一番に考えるようになった。
「あたしは本当に、心底、あんたたちに会って欲しいよ、王妃様に」
そう言いながらドリスはあっという間に成長して大きくなった双子の頭を同時に撫でる。生まれた時は片手に収まるほど小さかった命は、父も母もいない内にみるみる大きくなった。男の子であるティミーはその内にもドリスの背丈を追い越してしまうのだろう。人の成長が待ってくれないのがもどかしい。王妃様が戻るその時まで赤ちゃんのままで良かったのにと、ドリスは二人の頭を撫でる手に思わず力がこもる。
「ボクたちは絶対にお母さんに会うよ。会えるんだよ」
ティミーはどことなくドリスに似たところがあるとリュカは感じた。言葉に強さを乗せるのが上手だと思う。強く、前向きに、後ろをなるべく振り向かないのは、自分がそうしたくないからだ。後ろを振り向いてしまえば、自分の足を引っ張ろうとする何かに簡単に足を掬われるのを恐れるからだ。彼らは強く見える反面に、非常に怖がりな面も持ち合わせている。
「お母さんが一番、私たちに会いたがってるに決まってるって、いつもドリスが言うものね」
ポピーはリュカたちに背を向けたまま一人歩き、庭園に咲く花に顔を近づける。花のにおいを嗅ぐふりをして小さく鼻をすする。庭園を吹き抜ける心地よい夜風に湿る目を乾かす。
「そんなの、当たり前なんだよ。だって本当に大事にしてたんだよ、あんたたちのことをさ。お腹にいるのは世界一の宝物なんだって、すっごいキレイな顔して笑うんだよ。それなのにさ……なんで、いないのかなぁ」
「……ごめん、ドリス」
ビアンカとの時間を大事に持っていてくれるドリスに、リュカは思わず小さく謝る。大事な人の大事な時間を奪ってしまったのは紛れもなく自分なのだと、リュカは国王としての威厳など忘れて身を縮める。あの時油断をしなければ、あの時勝手に追いかけなければ、あの時すぐに彼女だけでも逃がしてしまえばと、どんなに悔やもうが引き返せない過去を何度も悔やむ。もっと最善のことができたのではないかと、考えてもどうしようもないことが脳裏に駆け巡り始めれば、それは自分の意思で止めることができない。
「謝って欲しいんじゃないよ。あんただってこんな可愛い子たちと八年も引き離されてたんだから、よっぽど辛かっただろうさ」
グランバニアの者、とりわけ中枢にいる者たちの後悔は計り知れない。国の者は誰もがあの時あの瞬間に戻れたらと思っている。時は常に流れ、全てのものは成長したり廃れたりと形を変えていく。しかし後悔を抱える人の心は、時を止めてしまったようにその場から動けずにいるのだ。
「時間を取り戻せるなんて思わないよ。だけどさ、王妃様たちが戻らないと、時間が動き出さないんだよ」
ドリスの中にある幸せなビアンカの過去の姿は、時間が経っても薄れることなく、むしろより鮮やかに美しく残り続けている。それが悪いこととは思えないが、何故そのきらきらとした記憶を持っているのが双子の子供たちではなく自分なのかと悔しくなるのだ。
「ドリス、お母さんはこの庭園のお花の、どのお花が好きだったのかな」
ポピーが肩口で切り揃えた髪を風に揺らしながらドリスを振り向く。ぼやけた月明かりが照らすだけで細かい表情は窺えない。新年祭に備えてポピーは旅で伸びてしまった髪を改めて短く切り揃えていた。その髪型はドリスに似ていると、リュカは今になってそのことに気づいた。
「王妃様が特に好きなお花はね、白い花なんだ。真っ白な、花嫁さんが手に持つような綺麗な花」
「そうなんだ。ねぇ、お母さんとどのお花をよく見ていたの?」
ポピーがドリスの手を取る動作はごく自然なものだ。リュカがグランバニアを離れている八年もの間、ドリスは双子の姉として気を張って接していたのが分かる。子供たちに寂しい思いをさせてはならない、国王と王妃の安否を疑ってはいけない、この国の行く末が暗い闇に包まれてはならないと、グランバニアに残された姫として肩肘張って生きてきたに違いない。
ポピーと庭園を歩いて花を見て回るドリスは、一見自分勝手に振舞う困った姫のように見えて、その心根は父オジロンと同じほどに優しい。ポピーに花を説明する時にはしっかりとポピーに合わせて身をかがめて視線を合わせる。リュカはその姿を見ながら、彼女がどれほどの思いを抱え続けているかを思い知らされる。
「ドリスってさ、強くて優しくって、カッコイイお姫様だよね」
花には大して興味のないティミーはリュカの隣に残りながら、はっきりとした口調でそう呟く。庭園を吹く風は夜でも温かく滑らかだ。庭園に満ちる花の香りがその度に鼻をくすぐる。大きなお腹で庭園を歩いていたビアンカは花の香りを吸い込んで幸せを噛み締めていたのかも知れない。同じ花の香りでも今は、抗いようのない寂しさが込み上げる。この庭園が好きだというドリスだが、ビアンカとの美しい思い出が残るこの場所を歩く度に過去に戻り、過去に縛られているのだろうかとリュカは思う。
リュカよりも小さく幼かったドリスは今や二十歳を過ぎた美しい女性へと成長した。彼女の大事な八年間を奪ってしまったことを申し訳なく思う。そしてまだ動き出さない彼女の時間をどうにか進めてやりたいと、リュカは短い黒髪に隠れた彼女の横顔を見ながらそう願わずにはいられない。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様

    ドリスは14歳のころからティミーポピーをずっと見てきたんですもんね。ティミーポピーがお喋りできるようになったころはドリスも16歳17歳ぐらいでしょうか…考えさせ羅れちゃいます…。ティミーポピーの成長を間近で見ていたのはもしかしたらドリスが1番見てたのかもしれませんね…。
    bibi様、今回も心情をみごとに描写されていたと思いますよおみごとです。
    とくに、ドリスがポピーの目線で話しをする、ポピーの手を優しく取る…そしてドリスは、たぶんポピーが庭園の花の前で涙を零したことを知っているんだと思うんです…お互い女の子だから。

    ドリスそうなんですよねえ1回も魔物と戦闘したことないんですもんね。仲間モンスターと手合わせしたことはあると思うんです…が、野生モンスターとはないんですもんね。
    bibi様、どうにかして、ドリスを野生魔物と1度でいいから戦闘させてあげれることできませんか?…(オジロンが許さないか…)
    bibi様御検討ください(笑み)

    ピピン君、やっぱり1回戦敗退になっちゃいましたね、さすがに無理か…。
    もう少し運の良さがあればくじ引きも1回戦突破できたかもですね。ピピン君ラックの種たべておけばもしかしたら?(爆笑)

    リュカだいじょうぶでしょうか…。本気でいっこくの王様があっけなく負けちゃうかもですよ(汗)
    ヘンリーあたりが、もしかしたらなんとかしてくれません…か?(笑み)
    やはり死に物狂いで心友プックルに手合わせして貰うとか?(恐怖)

    次回は、武闘大会の続きになりますね
    リュカの運命は⁉
    パピン隊長の実力は⁉
    武器屋のおっちゃんの強さは⁉
    次回も楽しみにしています。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをありがとうございます。
      ドリスにもドラマがありますよね。せっかく仲良くお話しできるようになった王妃様が攫われて、気兼ねなく話せる従兄が後を追って失踪して、残された双子の子供たちだけが目の前ですくすくと育って行って、とても複雑な思いを持っていたと思います。彼女だけでもお話ができますね。と言うか、もうDQ5はそんな人たちばっかし。どれだけスピンオフが作れるんじゃい。無限に作れそうですね。
      ドリス対野生魔物・・・うん、オジロンが許しませんね(笑) 彼女は万が一の時のグランバニアを背負う立場の人なので、どうしても守られた場所にいることになるかと思います。彼女もなんだかんだとそれを受け入れてるかな。アリーナみたいにガンガン戦って欲しいですけどね~。
      ピピン君はこれからが楽しみな男の子です。これから二年の間に一気に成長してもらいましょうか。身体の成長も著しいので、重い槍もぶんぶん振り回すようになります。楽しみ。
      リュカ・・・本気でマズイと思っているので、恐らく手加減なしに挑むと思います。ヘンリーは自国の新年行事で忙しいかな。プックルとの手合わせは爪を引っ込めた猫パンチくらいにしてもらわないと、確実に血を見ます・・・。プックルの爪は完全に引っ込む仕様でもないので、やっぱり無理かも。他の誰かに手合わせしてもらいましょうか。
      次回で一応、グランバニア滞在編は区切りを付けようと思っています。話を考えればキリがないので・・・(汗)

  2. ともこ より:

    bibiサマ

    今回もステキなお話ありがとうございました。
    ドリス、強くて優しくてカッコイイお姫様。そしてグランバニアの愛国心に満ちてるんですね。

    ドリスの強さ、気になるところです。
    ピピンには、もう少し頑張ってもらわないと一緒に旅なんて行けませんね。強くなって近衛兵とか…目指して欲しいです。

    モンスター達にも役割がそれぞれあって、グランバニアで過ごしているんですね。マーリンは大臣クラスみたい。みんな、リュカやマーサを慕ってついてきて居場所を見つけたんでしょうね。すごい国だな、グランバニア。

    • bibi より:

      ともこ 様

      コメントをありがとうございます。
      ドリスは生まれた時からグランバニアで育ち、グランバニアしか知らないお姫様で、穏やかな国民性も目にしているので自分の国が大好きです。外の世界にも憧れますが、第一に自分の国のことを考えられる人です。父オジロンのことも心の中では尊敬しています。
      ドリスの強さ・・・その辺りは次回で書いて行ければと思います。ピピンはこれから一気に成長してくるので、近衛兵・・・そうですね、強さも必要ですが、双子と近しい関係でもあるので、そういう点でも近づけるチャンスはありそうですね。
      仲間モンスターの役割は考えると楽しいのですが、振り分けが難しいなぁと思っています(苦笑) 当然、人間の兵士も多くいるので、人間と魔物のコンビネーションをどうしようかと実は悩んでいたりして。互いに背中を預けられる関係が最も好ましいですが、書くのがなかなか難しいです(汗)

  3. ピピン より:

    bibiさん

    パピンにここまで焦点を当てた作品は他に無いんじゃないでしょうか…(笑)
    数少ない名有りキャラなので嬉しいですね…。
    パパスと並べられるなんて大出世だと思います。

    ゲームの攻撃力では表せられない部分ですが、リュカの強さはパワーと実戦で磨いた野生の勘といった所でしょうか。
    そこから見える弱点…まだまだ成長の余地がありそうですね。

    ビアンカの魅力、お転婆で勝ち気なドリスに手放しで褒められると何か説得力が違いますよね。
    リュカも嬉しいんじゃないでしょうか。
    双子もより期待に胸を膨らませてる事でしょう…

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