祖父と孫たち

 

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「おい、オレにも操縦させろよ」
「間違っても前のように思い切り床を踏みしめてはいけませんよ」
「分かってるよ! 同じ過ちを四度も五度も繰り返すかってんだ」
「二度三度と繰り返したから、こうして言ってるんですよ」
天空城の動力室には魔物の姿がある。天空人の白く美しい翼とは対照的に、魔物の背からは悪魔のような蝙蝠のような禍々しい羽が生えている。床や壁に一面に浮かび上がる光の文字の羅列が彼らの姿を照らしている。リュカはふと客観的に仲間たちの姿を見て、未だかつて天空城ではあり得なかった光景なのだろうと、天空城を操縦するサーラとアンクルの姿を不思議に感じていた。
「なあ、本当にこっちでいいのかよ。竜の神様ってやつの封印を解きに行くんじゃなかったのか」
サーラを押しのけるようにして操縦し始めたアンクルの足は、慎重に北東を指し示す方角を目指している。彼らの足元に広がる世界地図の一点に、白い羽の印が非常にゆっくりと移動しているのが分かる。リュカたちが次に目指す目的地は遥か南東にある島だが、天空城は今北東を目指して航行中である。
「少し寄り道しても良いかなと思ってね。オジロンさんにもサンチョにも、この天空城で世界を巡って、人々の不安を取り除くのも一つの役目だって言われてるしさ」
「まあ、まだこの城に神の姿はないようですがね」
「いいんだよ、それで。たとえ神様がいなくたって、このお城を見るだけでいろんな人たちが安心できるはずだもん。天から降りてくるお城なんて、もうそれだけで十分でしょ」
「じゃあ別に竜の神様ってやつの封印を解きに行くこともないんじゃねぇの?」
「……そういうわけにも行かないよ。もうすっかり期待されてるみたいだし」
「そんなの、知ったことかよ。封印を解きたきゃ、テメエらでやれってんだよ。自分らは楽してここで待ってて、どうしてオレたちが危険を冒してそんな魔物だらけの塔になんか入らなきゃならねぇんだよ」
「そう言いながら楽しそうですよね、アンクルは」
「そりゃあそうだろ! だってよ、久々にこうして旅に出てバカスカ戦えるんだからよぅ! 早くそのバブルの塔ってところに行きたいもんだぜ」
「アンクルはめちゃくちゃだなぁ」
「泡となって消えないといいですね、その塔」
興奮したアンクルが足を踏み鳴らし、おかげで天空城が大いに揺れた。方角も北東から南にがくんと変更され、どこからかポピーの叫び声が聞こえそうだとリュカは感じた。
「あ、わりぃわりぃ」
「やはり私が操縦しましょう。アンクル、代わりますよ」
「うるせぇ、オレがやるって言ってんだろ。サーラはそこで指咥えて見てろよ」
「生憎人間の赤ん坊ではないので、指など咥えなくとも見ることはできますよ」
リュカは今回の旅にサーラとアンクルを連れて来ていた。彼らは背にある大きな翼で宙を飛ぶことができる。ボブルの塔は天を突くような高さと聞いているため、彼らのように空を飛ぶことのできる仲間が必要と考えていた。
既にグランバニアを発って二週間ほどが経つが、旅に出る前での仲間の魔物らとの話し合いで大いに揉めた経緯がある。初め、双子の子供たちを国に置いていこうかと考えたが、当然のように二人に反対され、尚且つ天空の血を引く二人を天空城に乗せて連れて行くべきだというマーリンの助言もあり、いつも通り連れて行くこととなった。向かう塔の形状からして、プックルとピエールは移動に困難が生じるだろうと国に残ることをリュカが勧めれば、プックルは『連れて行かないのなら、今すぐにお前の喉に噛みついてやる』と言わんばかりに牙を剝き出しにして反論した。ピエールに至ってはまるで動かぬ石像になったかのように無言を貫いた。
ここでもマーリンが『わしは国に残るから、ピエールは連れて行け』と助け船を出したのだ。天空城を操縦できる者はリュカとピエール、そしてマーリンだ。他にも天空人の者が一人、城の操縦に携わっているが、彼は城の警備と言う義務があるため、かかりっきりで動力室にいられるわけではない。グランバニアを出る時点で、天空城を安全に操縦できるのは、マーリンを除けばリュカとピエールだけだった。
結局、これまでの旅に連れていたマーリンとゴレムスを城に残し、代わりにサーラとアンクルをボブルの塔を目指す旅に連れて行くこととなった。空を飛ぶことのできる魔物は他にもいるが、リュカはなるべく大きな身体の仲間を選んだ。それと言うのも、いざという時に、彼らにはリュカたちを運んでもらわなければならない局面があるかも知れないと思ったからだ。メッキーやミニモンは旅に出られないと落ち込みながらもその理由に納得した。マッドも飛ぶことができるが、身体の大きさに比べてそれほど大きくはない羽では長い時間空を飛ぶことはできない。そしてリュカの言うことをしっかりと聞くことができるかどうか、というのも一つの大きな問題だった。
「おっ、陸地が見えて来たぜ」
アンクルの目が正面に浮かび上がる地上の景色を捉えている。正面には大きく丸く、地上の景色がまるで世界地図の一部を切り取ったかのように広がっている。天空人の水を操る能力を結集させ、何もないはずの空間に外の景色を映し出しているのだと、以前ここで同じように天空城を操縦する天空人に話を聞いた。東の端に、アンクルの言う通り陸地の切れ端が映っている。
「サラボナと言う場所よりも北に位置していますが、本当にこの方角でよろしいのですか」
「うん。一度ね……来ておかなきゃいけないと思ってたんだ」
リュカは実際の景色が映る正面ではなく、足元に広がる世界地図を見つめている。現在位置を示す白の羽根はゆっくりとゆっくりと東を目指す。その先には、山々が広がる景色がある。まだその景色を見ることはできないが、今もあの村では温泉の硫黄の匂いが満ちているのだろうかと、リュカは全身が緊張で震えるのを感じていた。会いたいけれど、会うのが怖い。しかし会って話をしなければならないと思う。
山奥の村を目指す天空城の中で、リュカは一人、震える溜め息をついていた。



険しい山道も、旅慣れた二人の子供にとっては広い遊び場に過ぎないようだった。天空城を極力山々の近くにまで降下させたが、凸凹とした場所への着地を可能としない空の城は完全に地に下りることはなかった。地上への着陸を拒否する天空城から、リュカはティミーとポピーと共に、アンクルとサーラの力を借りて山奥の村近くに降り立ったのだった。
山奥の村は春を過ぎた頃。冬は厳しい寒さに見舞われる山奥の村だが、春を過ぎた今ではあちらこちらに山の花を咲かせている。しかし花の香りを感じることはできない。それよりも強い香りが村に入る前から漂っているからだ。
「あ……! 今、木の枝をリスさんがぴょーんって行ったのよ」
リュカたちは旅人として、あっさりと山奥の村に立ち寄ることができた。元来、湯治場として有名なこの村には、傷や痛みを癒すために立ち寄る旅人が少なくない。それ故に、村人たちは余所者を受け入れるのにも躊躇はない。むしろ自慢の温泉に浸かって身体を休めて欲しいと、旅人の身体を労わる優しい心に満ちている。
「サンチョやマーリンも連れて来てあげればよかったかな。だってこの村って温泉が有名なんでしょ? やっぱりボクたちも温泉に入るんだよね?」
「グランバニアには温泉なんてないものね。本で読んで知ってはいるけど、どういうものなのかな」
「それにしてもすごいニオイだよね。これが温泉のニオイ? ちょっと、キツイなあ」
「でもこんなニオイがするんだもん、きっと体の疲れも取ってくれるのよ。ほら、良薬口に苦しってことわざもあるくらいなんだから、温泉もきっとニガイ・・・のかな?」
「ははっ、温泉は飲み物じゃないよ。お風呂みたいに浸かって身体の疲れを取るんだよ」
リュカの緊張を感じているのかいないのか、子供たちは初めて訪れる村の景色や雰囲気を存分に楽しんでいるようだった。子供たちがこの場を楽しんでくれることが、リュカにはありがたい。
とても一人では来られない場所だと思っていた。八年以上の無沙汰の上、今はまだ妻ビアンカを捜している旅の途中だ。一体どのような顔をして会えると言うのか。喜怒哀楽のどの表情でも、義理の父に会う資格はないと村に足を踏み入れた今もそう感じている。
まだビアンカの行方は知れない。もしかしたら次に向かう場所、神様の力が封印されているというボブルの塔で運良く守られてはいないかと考えたりもする。勝手な想像でそう考えれば、今すぐにでもボブルの塔へと向かいたいと思うが、それは何の根拠もない想像に過ぎない。二人の子供たちを連れて焦るような行動は慎まなければならないと、リュカは子供たちとの旅を一年ほど続けてようやく父としての自覚を胸の中に刻み始めていた。
「グランバニアはあんまり季節の移り変わりって言うのがないのよね。一年中、暖かいもんね」
「そうそう、南のチゾットの山にはたくさん雪が降るけどさ、グランバニアはあったかいから雪なんて降らないし。だからこうやって旅してると、いろんな季節が見られていいなって思うよ」
「この村は今、春なのね。森さんがお話してくるの。こんにちはって……。みんな、優しいね」
ポピーはこうしてよく自然と静かに会話をしていた。彼女はリュカのように魔物たちと言葉を交わすこともあるが、それよりも自然と触れ合うのを好ましく感じている部分がある。触れ合う自然は森の木々の葉のこすれる音や何気ない鳥たちの日常の会話、小動物が交わす親子の触れ合い、それこそ木々が土から水や養分を吸い上げている音さえも聞き分けているのではないかと思えるほど、彼女は自然に溶け込むことを自ら望んでいるようだった。その姿はどこか妖精に通じるようにも思えた。
有名な湯治場を目指して旅をする人々も減っているのか、山奥の村は以前来た時よりもずいぶん静かな場所に感じられた。村全体が年を経た落ち着きに包まれている。村の畑を耕す男性に子供たちが元気に挨拶をすれば、農夫はいかにも嬉しそうに顔を綻ばせて挨拶を返してくれる。子供を見る目がとても優しい。そう言えば村の中に入ってからまだ子供の姿を見かけていないと、リュカは村の景色を見渡すが、活気ある子供の姿はどこにも見当たらなかった。
「お父さん、宿に泊まって行くの? ほら、あそこに宿屋があるよ」
「宿に泊まれば温泉に入れるの? それなら先に宿に行って泊まるって言っておいた方がいいのかもね」
旅慣れた子供たちがリュカの手を引いて宿屋へ向かおうとする。リュカがいなくとも二人だけで宿の宿泊手続きさえもやってしまいそうなほど、子供たちがしっかりしている。
「うん、宿に泊まるかどうかはちょっとまだ分からないんだ。先に寄りたいところがあってね」
リュカはまだ二人にこの村に立ち寄った事情を話せていない。素直に話せば、二人とも素直に受け止めてくれるに違いないと思ってはいるものの、説明しようと思っても喉の奥に言葉がつかえて出て来てはくれなかった。それ故に、言葉少なに子供たちとただ歩き、山奥の村の奥へと向かって行く。父を信じ切っている双子は何も疑うことなく、春が訪れて少し経った村の景色を飽きることなく眺めながら父の後をついていく。
村の奥の高地に、山奥の村には珍しい高床式の大きな家が建っている。村の景色を一望できるような特別な場所で、この場所を選んで家を建てたかつての彼女の家族の暖かさと快活さを感じ、リュカは眉を下げつつも笑むことができた。
「とても立派なお家ね。このお家に寄るの、お父さん?」
「すごーい! 家に入るのにこんな高い梯子をのぼるなんて、面白い家だね~」
ティミーが駆け寄って近づき触れる梯子は、古びてはいるものの人が使うのには問題ない頑強さがある。ティミーが軽々と梯子を上って行く後姿を見て、リュカは幼い頃のビアンカも同じように軽々とこの梯子を上り下りしていたのだろうと感じた。木登りが得意だった彼女のことだ。今のティミーのようにまるで駆け上るように梯子を上がっていたに違いない。
「ポピー、上れるかい?」
「うん、これくらいなら大丈夫。だってこれからとんでもなく高い塔に行こうとしてるんだもの。これくらいの梯子で弱音なんて吐けないわ」
「強くなったね」
リュカが嬉しそうにそう呟くと、ポピーは照れるように顔を逸らして梯子を上って行った。娘の後に続いて、リュカも梯子に手をかけ上る。ぎしぎしと音を立てるが、親子が一緒に梯子を使っても揺れなどに不安はない。
梯子を上りきり、正面には家の扉がある。リュカは扉の前で一度、山の新鮮な空気を胸に取り込むように深呼吸をした。子供達も父を真似て、両手を広げて深呼吸をした。吸い込みすぎたティミーがゲホゲホとむせ、ポピーが呆れたように兄の背を擦っている。
ここまで来て引き返すなどとは考えない。扉の向こうに会わなければならない人がいると、リュカは無心になって扉を叩いた。中から聞こえた返事は、リュカが想像していたよりもずっと若々しい男のものだった。
「はいよ、どちらさん?」
扉を開けた男を、リュカは知らなかった。村人であることは間違いないが、リュカよりも若い一人の青年だ。
「おっ、今どき珍しいなぁ。旅人さんかい?」
「え、ええ、そうです」
「この村にも最近じゃああんまり旅人が立ち寄ることもなくなっちまってなぁ。宿業もこれから難しいんじゃないかって思ってるんだけどさ」
「は、はあ、宿ですか。そうですね、旅人が来ないんじゃちょっと、考えちゃいますよね」
「でもこの村で宿やってんのは俺たちのところしかないから、宿をたたむわけにもいかないしよ。あーあ、宿屋の修行は辛いなあ……。宿屋の息子になんて生まれたくなかったよ。ぶつぶつ……」
そう言いながら青年は頭をがりがりと手でかきながら扉の外に出て行ってしまった。懐から何か細長い物を取り出すと、指先に火を灯して、その細長い物の先に火をつけた。山の澄み切った空気の中に、一筋の煙がたなびく。どうやら気分転換に一服したかったようで、煙草を口の端に咥えたままリュカに「中、入って平気だよ」と手で合図をした。リュカは彼が与えてくれたきっかけに内心感謝しつつ、開けられたままの扉を手で押さえて家の中へと足を踏み入れた。
扉を閉じれば、家の中は非常に静かだった。もしかしたら今の青年の他には誰もいないのかも知れないと、リュカは無言のまま家の中に入り込んで中を見廻した。
部屋の中に風が通る。山の澄み切った空気が家の中を綺麗に保っている。窓の縁にまでリスが遊びに来ている。リュカたちの姿を見ると、窓の縁に姿を見せていたリスは驚いてどこかへ逃げて行ってしまった。
テーブルについている男性が、窓から入る春の風を受けて心地よく舟を漕いでいた。テーブルに肘をつき、手の甲に頭を乗せて、ゆらりゆらりと舟を漕ぐ。白髪が増えたのは、サンチョと同じだと思った。彼の姿を見るだけで、リュカは胸に込み上げる思いを止められなかった。
椅子の背に掛けてあったひざ掛けを手に取ると、リュカは居眠りをするダンカンの肩に静かにかけた。春の暖かな風とは言え、浴び続ければ身体を冷やしてしまうだろう。ただ、それを感じたダンカンは気づいたように薄目を開けて、漕ぐ舟をぴたりと止めた。
「……ああ、いかん! うっかり眠ってしまった」
ほんの少しの間眠っていたからなのか、それとも年齢を重ねたからなのか、声が掠れていた。一度目をきつく閉じて、再び開けたダンカンの目の端に、風になびく金色が映り込む。それがまるで夢の続きのように、鮮やかに彼の視界を広げた。
「…………ビアンカ?」
まだ眠気の取れないダンカンの目の前に、娘によく似た女の子が不安な面持ちで立っていた。幼い頃の娘にそっくりなその子を見ながら、ダンカンは自分が夢を見ているのだと思い、ふっと笑った。娘はとっくに成人し、旅をする幼馴染の青年と一緒になり、この家を出て既に何年も経つ。便りがないのは元気でいるからだろうと思い、日々を過ごしているつもりだが、時折こうして幼い頃の娘の夢を見たりもする。
「ダンカンさん……お久しぶりです」
目を擦る義父の前で、リュカは意を決して声をかけた。まだ夢から醒めきらないダンカンはその声にただ素直に反応し、視線を上に向ける。滲む視界の中に、あの時娘と共にこの村を去って行った青年が、固い表情を見せていた。
「……ん? おおっ! リュカ! リュカじゃないか!」
驚きのあまり目を見開くダンカンが椅子から立ち上がろうとした時、悪くしている足に力が入らず転びかけ、リュカは義父の身体を支える。うたた寝とは言え寝起きで上手く力が入らなかっただけのようで、リュカに支えられればダンカンはそれほど苦も無く一人で立つことができた。義父に両腕を掴まれたリュカは、途端に身体を強張らせる。殴られるのかも知れないと思った。しかし決して抵抗はしまいと思った。
「何年も顔を見せずに一体どうしてたんだね?」
義父の目はまるでリュカを本当の息子のように思うほどの優しさに包まれていた。八年以上も姿を見せず、便りも出さず、これ以上の親不孝があるだろうかと思うことをしてきたというのに、ダンカンの表情に怒りや悲しみと言った感情は一切感じられなかった。その底のない優しさが今のリュカには辛かった。
「すみません……ごめんなさい。ずっと、何も連絡していなくて。本当に、いくら謝っても足りないと思ってます」
「いや、リュカが連絡できなかったのはそう言った事情があったんだろう? ただでさえ旅をしているんだ、こんな山奥の村に連絡を入れるのはなかなか難しいことだよ」
お世辞でも何でもなく、一つも疑うことなく信じてくれる義父の強い心がリュカの胸に刺さる。あの時、自分は彼女を幸せにすると誓ったはずなのに、それを現実にできていないことを素直に告げるのが難しい。
「旅の中で僕と……ビアンカは、魔物の呪いで石にされて、それで八年が過ぎてしまって……」
「……な、何だって? 石にされて?! そんな危ない目に遭っとったのか!! うーむ……何てこった」
リュカは自分でも事実を少し捻じ曲げていることを自覚していた。細かい話をすれば、彼女が石の呪いを受けてしまったのは自分のせいなのだと知られる。彼女をグランバニアに連れて行き、王妃と言う立場故に危険に晒してしまい、向こう見ずなリュカの行動のせいで彼女までが石の呪いを食らってしまった。彼女の身に起こった不幸は全て、リュカが引き起こしたことなのだ。それを義父に知られるのが、正直怖かった。
リュカが言葉を継げずにその場で固まっていると、ダンカンは彼の隣にいるはずの娘がいない事実を突きつけられる。石の呪いを受けた二人の内、リュカはダンカンの前に姿を現し、娘のビアンカはここにいない。ダンカンの胸の内に一瞬、何か冷たい塊が降りていったが、彼はそれを両手で握りつぶすように包み込み、温めた。
「……ああ、しかしビアンカのことは言わんでもいい」
何かを押し込めたようなダンカンの声に、リュカは義父の足元を見ていた視線を上げる。義父は自身の内に沸き上がりそうになる不安と戦っていた。その茶色の目はリュカの胸辺りを彷徨い、胸の中に渦巻きそうになる不安を打ち消す。
「ビアンカはリュカを人生の伴侶に選んだんだ。あの子はきっと、あらゆる覚悟を決めていたはずだよ」
アルカパの町を離れ、遠く山奥の村に生活の拠点を移したダンカン一家。その娘のビアンカは村の暮らしの中で一生を終えるという人生もあっただろう。しかしそんな彼女のもとに、リュカが旅人として再び会う運命があった。そして彼女は親元を巣立ち、愛する夫と共に新しい世界へと羽ばたいて行った。
その時に覚悟を決めたのは娘だけではない。父親であるダンカンもまた、娘の人生を夫となるリュカに託すことを覚悟したのだ。子供の人生が親の庇護下にある時期は終わり、彼女は彼女の人生を自分で選び、進んでいくのだと、娘の人生を信じてダンカンは成長したその背中を見送った。
「必ずやリュカが助けてくれると言うのだろう? わしは信じとるよ」
「ダンカンさん……」
「大丈夫だ。君なら、大丈夫だ」
そう言ってリュカの両肩に乗せるダンカンの両手は、年相応に節くれだち、底なしの温かさを伝えてくれた。リュカが鼻をすする。目頭を熱くし、涙が零れそうになるが、堪える。
「はい、絶対に助けます」
「ああ、あの子も待ちくたびれてるだろうから、なるべく早めにな」
「はい」
「男なら泣くな」
「……はい」
ダンカンの言葉はまるで父パパスの言葉の様で、リュカはその言葉に応えようと顔を上げ、震える喉で大きく息を吸い、一気に吐き出した。滲んでいた視界がはっきりとして、ダンカンが真剣な眼差しを向けている表情を正面に見る。ダンカンの顔を少し見下ろすようにして、リュカは幾度か小さく頷き、ようやく口元に笑みを浮かべることができた。
「……ところでその子どもは? もしや……」
リュカとダンカンのやり取りを、双子の子供たちはただ静かに見守っていた。二人の大人が話す雰囲気に入り込めなかったのだ。リュカは両隣に立つ子供たちの頭に手を置き、一転して穏やかな様子を取り戻して義父の言葉に応える。
「僕とビアンカの子供です。双子なんです」
「ど、どひゃー!! やっぱりリュカとビアンカの子か!」
「は、初めまして。えっと、お母さんのお父さんだから、おじいさま、だよね?」
「お、おじいさま? なんだ、わしゃ途端にエラくなった気分になるなあ」
「初めまして。こっちが兄のティミー、私は妹のポピーです」
「ほうほう、何とも礼儀正しい子だなぁ」
そう言いながらダンカンは嬉しそうに目を細めて二人の孫をまじまじと見つめる。リュカは少し屈んで二人の孫を幸せそうに見つめる義父を見て、新しい感情に出会った気がした。もしリュカの父パパスが生きていたら、今のダンカンと同じように目元を緩ませて孫を見つめてくれたのだろうかと、存在したかも知れない現在に心が自ずと温かくなる。
「うん、うん。二人の小さい頃にそっくりだよ」
「本当ですか?」
「ティミー君は小さい頃のリュカに、ポピーちゃんは……驚くほど小さい頃のビアンカに似とるよ。わしゃてっきり、ビアンカが子供になって戻ってきてくれたのかと思ってしまった」
「私が……お母さんに?」
「瓜二つ、と言いたいところだが、子供の頃のビアンカはとんでもなくお転婆でな。ポピーちゃんのような落ち着いた感じではなかったかな」
「お父さんもよくそんな話をしてくれるよね。お母さんは小さい頃、とっても元気な女の子だったんだって」
そう言うティミーにリュカは笑みを浮かべながら頷く。彼女の元気さが受け継がれたのは間違いなくティミーの方だと、危険なことに構わず首を突っ込みがちな息子に幼い頃の妻を見る。
「それにどことなくわしにも似とるぞ」
ダンカンのその一言を、祖父の孫に対する欲目なのだろうとリュカは思った。現実的には、ダンカンとビアンカに血の繋がりはない。彼女はまだ赤ん坊の頃にだろうか、ダンカン夫妻に拾われ、大事に育てられてきた。血の繋がりを経た類似点は、ダンカンと孫であるティミーとポピーの間にはない。
しかしダンカン夫妻はビアンカを実の娘の如く、これ以上ない愛情を持って育てていたのは間違いない。両親の愛情をたくさん注いでもらったビアンカは、心根も美しく真っすぐに成長した。彼ら親子の間には、確実に血の繋がりを越えるほどの絆があるのだとリュカは思っている。親子が似ている、祖父と孫に似ているところがある、そういうものは血の繋がりだけで生まれるものではない。それまで共に過ごしてきた大事な年月の中で育まれた時間が生み出すこともあるのだと、リュカは義父と子供たちを見つめながら自然とそう思えた。
「ずいぶん危ない目に遭っただろうに、ここまで元気に育って……。思えばリュカとビアンカが行方知れずになって八年も経ったのだなあ。わしも年を取るわけだよ」
そう言って笑うダンカンの目尻には堪え切れない涙が浮かぶ。目尻に寄る皺に涙が滲み、流れることはなかった。
「こんなじいちゃんに何ができるか分からんが……チカラになれることがあればいつでも言っておくれ」
義父の優しさはリュカにとってありがたい以上の何物でもなかった。彼の優しさはいつでも一歩引いた優しさだった。しかし必ずリュカやビアンカの背を静かにさりげなく支えてくれる。そして彼女の父であるダンカンがいてくれるだけで、ビアンカを近くに感じることができるような気がした。義父には幼い頃からのビアンカの人生がその胸に詰まっているのだ。
「今日はおじいさまのお家にお泊りするってことだったのね、お父さん」
「だから宿に行かなかったのか~。それにしてもさ、おじいさまに会えるのに、黙ってるなんてズルイよ、お父さん」
「うん、そうだよね。ごめんね、言えなくて」
「はっはっはっ、まあまあ、こうして会うことができたんだから、それだけでいいじゃないか。それにしても良い季節に来てくれたもんだな。今なら山の木々から美味い果物もたくさん採れる」
そう言いながらダンカンは部屋の窓近くまで歩いて行くと、そこから見える村の景色を遠い目をして眺める。山々の緑は濃く、春を過ぎて温かい気候から徐々に暑さを増し、日差しも強くなってくる頃合いに収穫できる村の作物は多い。村の代表的な作物としてオレンジがあるが、早いものは既に収穫されているものもあるようだ。
「おじいさま、今日っていつだか分かりますか?」
「さて、いつだったかな……町だったら暦の一つでも手に入れられるんだろうが、こうした村では細かい暦は必要なくてな。季節と共に暮らしておるから」
「あっ! もしかして、今日って……」
ポピーがダンカンに尋ねたその一言で、ティミーも何か閃くものを感じたようだ。子供たちの嬉しそうな顔を見ても、リュカは二人の考えに思い至らない。天空城で移動している時に、夜になって月を見ながら暦を読むことは何度かあった。しかし一日一日と数えていたわけではないから、今日がいつだったかと言うことをリュカは理解していなかった。
「僕たちが生まれた日だよ、お父さん!」
「そうよ、ちょうど今日で、九歳になったの!」
「えっ……?」
「なんだと!? そんなめでたい日じゃったのか!」
二人の孫が喜ぶ姿を見て、祖父も同じように顔を綻ばせている。その中でリュカは一人、置き去りにされたように呆けて立ち尽くしていた。
「すごーい! 初めてお父さんと一緒にいられる誕生日に、おじいさまも一緒にいられるなんて!」
「これってさあ、やっぱりウンメイってヤツなのかな!? ほら、今回は天空城も順調に進んで遅れなかったもんね。お父さんとおじいさまと一緒にいられるようにって、きっと神様が上手いことやってくれたんだよ!」
喜ぶ二人を見ながら、リュカは二人の誕生した日をまるで忘れていたことにどうしようもない罪悪感を抱いていた。本来ならば、グランバニアで二人の王子王女の生誕を祝う行事でも行われていたのかも知れない。リュカが捜し出される前の八年の間は、二人はオジロンやサンチョを初めとする国の人々から、誕生日を迎えるごとにその成長を大いに祝われていたに違いない。
「あれからもう、九年も経つんだ……信じられないよ」
九年前の今日、ビアンカがお産の時を迎え、リュカはグランバニアの玉座の間を落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。女性のお産はいつでも命懸けだ。命を賭けて命を生み出す。男では何もできないこの時を、リュカはただ不安が増すばかりの胸を抱えたまま、彼女と赤子の無事をただ一心に祈っていた。
ぐったりとしながらも顔色の良いビアンカを見て、リュカは女性の強さを改めて知り、妻をますます愛おしく思った。そして彼女の隣に寝かされる生まれたばかりの双子を見て、生まれて初めての感動を全身で味わった。この世にこれほどの奇跡があるのだろうかと、触れれば壊れそうな小さな命を目に焼き付けた。まだ名前も与えていなかった赤ん坊に伸ばすリュカの手は震え、その指先をまだ目も開かないティミーが力強く握ったのを覚えている。
「本当にこんな奇跡があるんだね。よく今まで、元気で、無事に、育ってくれたね」
リュカはそう言うと、背を屈めてティミーとポピーを両腕に抱き寄せた。片手に収まるほどだった小さな命が、九年と言う歳月を経てここまで元気で逞しく育ってくれた。命の奇跡ほど尊いものはないと思う。命が続き、繋がっていくことは、何物にも代えがたいと、子供の成長に感じる。
「子供の成長ほど嬉しいことはないだろう?」
「はい、そうですね。本当に、そう思います」
リュカが二人を強く腕に抱くと、ティミーもポピーも身を捩らせてあからさまに苦しがる。
「お父さん、苦しい……」
「あ、ごめん」
「そんなめでたい日にこのじいさんのところを訪ねて来てくれたんだ。精一杯、可愛い孫の誕生日を祝おうじゃないか……と言っても、わしにできることは少しばかりだがな」
「そんなことないよ! ボク、お母さんの話が聞きたいな。おじいさましか知らないお母さんの話、たくさんあるんだよね?」
「おお、そういうことならいくらでも話せるぞ。なんせお転婆な子だからな、そういう話には事欠かん」
「……後でビアンカに怒られない程度にしておいた方がいいですよ、お義父さん」
「なんのなんの、怒られたって構うものか。可愛い孫にお願いされて断るじいさんがどこにいるというんだ」
顔中に皺を走らせ、口髭を揺らして笑うダンカンの姿に、リュカは覚悟を決めてこの村を訪れて良かったと心底安堵した。亡くした父パパスが成し得なかった祖父と孫の特別な関係をこれから築いていけるのだと、リュカ自身も嬉しくなる思いで彼らを穏やかに見つめた。
「ようし、そうと分かれば早速二人の誕生日を祝う準備をしよう! さてな、宿の女将さんにちょいと手伝ってもらうことにしようか」
「あっ、ボクたちも手伝うよ! さっきの宿のところに行けばいいんだね?」
「何をお願いすればいいのかしら? お食事の準備とか?」
「それにさあ、ボクたちもあの温泉に入ってみたいんだよね! 後で一緒に行こうよ、おじいさまも一緒にさあ!」
「おお、そりゃあいいな。わしも今日は温泉に行こうと思っとったからちょうどいい」
「一緒に行きましょう、お義父さん。あの梯子を下りるの、大変でしょう」
「はっはっ、ああ言うのは慣れでなぁ、上手いこと上り下りできるもんなんだよ」
「おじいさま、身体が少し悪いのね? お薬とかはあるの? ちゃんと飲んでる?」
心配そうに見つめてくるポピーを見れば、ダンカンの表情も涙腺も緩む。孫の表情は娘の小さい頃に瓜二つだ。しかし寂しさや悲しみを隠すことに関しては年季が入っているダンカンは、すぐに笑顔を見せると「まだボケとりゃせんからな、ちゃんと飲んどるよ」と軽口を叩いた。そしてちょうど玄関から入って来た宿屋の息子に声をかけると、皆で足並み揃えて家を出て、村の宿屋へと向かって行った。

Comment

  1. ピピン より:

    bibiさん

    ここで山奥の村に来るとは予想外でした…!
    でも双子を連れて来るのは初めてでしたっけ?
    前にも来たような気がするのですが…、まぁ番外編も含めて何度か山奥の村の話を読んでるのでそんな気がするだけかもしれませんね(笑)

    しかしダンカンさんに王族になった事を話さないのは、これ以上余計な心配をかけさせない為なんですかね?
    リュカにも色々思う所があるんだろうな…

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      折角、天空城を操作できるので、ふらふらと立ち寄ってみました。
      次回もお義父さんとの会話を楽しみたいと思いますので、そこで色々とお話して行ければと思います。色々と詰め込みたい気もしますが、ここで足止めを食うわけにもいかないので、端折りながらもお話を書いてみたいと思います。

  2. ケアル より:

    bibi様

    アンクルに翼があったの忘れてました(汗)
    妖精の村に行くのに空を飛んでましたよね。

    やはりパーティ編成は揉めに揉めましたか! プックル何がなんでもリュカに付いて行くんですね、ロープどうするのか…いっそのこと飛び降りてもらいましょうか(苦笑)

    バブルの塔↔泡、この二人いいですねぇ、もうサーラなんか突っ込むどころか呆れて話し合わせてるし~、アンクルの暴走はサーラにも止められないかもしれないですね。

    bibi様、とうとうダンカンの所へ行く覚悟ができたんですか。
    リュカとダンカンの心情を考えると、ほんとになんていうか…(泣)
    リュカをぜったいてき信頼をしているからこそ、「何も言わなくてもいいビアンカは君が助けてくれる」
    そんな言葉が出るんだろうなあ…なんせリュカにビアンカと結婚してくれと懇願したぐらいですもんね(笑み)
    このあたりの台詞はゲームでしょうか?bibiワールどオリジナルでしょうか?

    ティミーポピー9歳、またタイミングばっちりな描写してきましたね(笑み)
    ティミーポピーもダンカンも初めての交流、しっかりと楽しんで貰いたいものです!
    まずはいっしょに温泉そして名物オレンジを食べて…ビアンカの子供話をして…次回が楽しみです、あ!ポピー9歳、さすがに混浴は恥ずかしいかな…(赤面)。

    ダンカンの「わしにも似てる」は…う~ん切ないですね…、bibi様、ゲームではビアンカの素性をティミーポピーは最後まで知らないで終わりますが、bibiワールド内でのこのあたりの関係はどうしますか?ティミーポピーに本当のことを教えますか?

    次話なんですがbibi様、どうか、お義母さんの…ビアンカの母のお墓参りの描写、どうかお願いします(礼)

    次回は楽しい話になりそうですね! グランバニア一族だった話…たぶんダンカンに話するんですよね?
    ダンカンの家の下にいるカンダタ古文と宝箱の描写はどうしますか?
    次話もすんごく楽しみにしています!

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      そうです、アンクルも空を飛べました。あの重量で飛べるんだから凄いヤツです(笑)
      アンクルとサーラはまた良いコンビになりそうですかね。今回のパーティーではここに更にピエールがいるので、面白い掛け合いが見られるかも知れませんね。
      ダンカンのセリフはゲーム中のものを使わせてもらっています。ゲーム中ではやはりさらっと聞いてしまうんですが、ここはそうじゃないだろと、私なりに引き延ばしてみました。本当はもっとクローズアップできるんですけどね。次回もおじいちゃんと孫とで楽しいひと時を過ごせればと思います。
      お義母さんのこともどこかでお話に入れられればと思います。大事ですよね。

  3. nagi より:

    今回も見させていただきました。とても心暖まりました。

    パーティーメンバー的にもう一人物理攻撃が得意な仲間が欲しいところと考えていましたが、そういえば塔の地下にはシュプリンガーがいましたねぇ・・・戦士タイプでサーラやピエールと話しが合いそうですね。どうなるか楽しみです。

    • bibi より:

      nagi 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      物理攻撃系の仲間ですか・・・ほほう、実は私、バランスとかほとんど考えずにその場で出会った魔物をひょいっと仲間にしてしまっているので(汗)、戦闘バランスとかを考えて魔物を仲間にしたことがなかったです・・・すみません、こんな何も考えていないヤツで。
      シュプリンガーを仲間にしたら、またパーティーが楽しいことになりそうですね。さて、どうしましょ。ちょっと悩んでみようと思います。

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