サラボナの危機

 

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山奥の村を後にしたリュカたちは、針路を南へ向け天空城を進めて行った。初日は空も晴れ渡り、天空城は順調に航路を進んでいたが、二日目から空模様が大きく崩れた。何かの呪いでも受けてしまったのだろうかと思うほどに悪天候が続き、天空城の操縦が思うように捗らなくなった。二日に渡る嵐など異常極まりなく、天空人らは揃って不安な顔つきをしており、動力室へ足を運んできたプサンも珍しく真剣な顔つきで唸っていた。
「たまりませんねぇ、こんなに長いこと嵐に巻き込まれるなんて。普通の海を行く船ならばとっくに沈んでいますよ」
「その点、天空城は壊れる心配はないからいいですね」
「いやあ、そうとも限りませんよ」
リュカはプサンからそのような返答が来るとは思わず、思わず彼を振り向き見る。
「まあ、そんじょそこらの嵐じゃあ天空城はびくともしませんが、とんでもなく強い嵐が来たら、さて、どうなるでしょうね」
「とんでもなく強い嵐って、どの程度のことを言ってるんですか」
「そりゃあ、とんでもなく強い嵐ですよ。そうですねぇ、リュカさんたちが使える攻撃呪文を全てかけ合わせてそれを十倍にも百倍にもしたような嵐ですかねぇ。いや、それでも足りないかな?」
「それなら大丈夫そうですね」
プサンの言葉にはキリがなさそうだと、リュカはあっさりと話を打ち切ろうとした。今はリュカが天空城の操縦の任を負っている。それまではアンクルが嵐に巻き込まれる天空城の操縦を張り切ってしていたが、案の定張り切り過ぎて、嵐に巻き込まれるよりも酷い揺れが天空城を襲ったために、その任を解かれた形だった。
足元に広がる世界地図の中、現在地を示す白い羽がゆっくりと南に向かって移動する。ティミーが面白がってその白い羽を掴もうと手を伸ばしても、それはティミーの手の影響を受けることなく床の上をまるで地を歩く虫のようにゆっくりと動いて行く。
「これって不思議だよね~。どんな力なんだろう? 昔って今よりももっと色んな魔法や呪文があったのかな」
「そうですね、今では失われた呪文や、封印された魔法などもあるかも知れませんね。何でも、大昔はどんな鍵でも開けられる呪文も存在したとか」
「えー、何それ! そんなのがあったら、泥棒が色んな家に入り放題だよ!」
「そうでしょう? だから良識ある人々の手によって、そのような呪文は封印されたのかも知れませんよ」
「でもさぁ、封印しちゃうのももったいないよね。だってそんな呪文が使えたら面白そうだしさ」
「……人間の好奇心と言うのは良いようにも悪いようにも働きますからね。しかし封印してしまえばそれでおしまい、と言うのも考える余地を無くしてしまって、少しもったいない気もしますね」
「そうだよね! だったらちゃんとした人がそういう力を使えれば問題ないんだよ」
「ただ、そう言うわけにもいかないのかもね。なかなかそう上手くは行かないよ、ティミー」
「力と言うのは使いようですが、それを持つ者がどのような者なのか、善なる者か悪なる者か。時に悪なる者の力が上回る……そう言うこともありますから、なかなか難しい問題です」
リュカたちが生きる地上の世界は今のところ、人間たちが生活を営む環境が残されている。しかしかつて天空城は魔物の手によって地に落とされ、それ以来地上には魔物が徐々に増え続けている。天空城が復活し、再び空を行くようになっても、地上の魔物らがその数を減らすという状況には至っていないようだ。復活した天空城もかつての高度まで上がることなく、城が持つ力は恐らく以前よりも落ちている。地上の魔物らの力を押さえ込むにはやはり神の力が封印されているボブルの塔に向かい、その力を解き放たなくてはならないのだろう。
「あっ! お父さん、ほら、見えて来たよ。あそこに行くんでしょ?」
彼らの正面に浮かぶ景色は、海とぽつぽつと浮かぶ小島が映り込んでいる。嵐の名残を見せるように、海は白波を立てて荒れているようだ。その先、まだ島の端だけが映っているが、海にも近い花の香りで満たされるあの町に降り立とうと、リュカは山奥の村を出る前から決めていた。
「どこか降りられそうな場所はあるかな。ちょっと東に寄せて、天空城を下ろそうか」
「そこから歩いて行くの?」
「魔法のじゅうたんがあるから、すぐに行けるよ」
「あ、そっか」
「既にリュカさんたちは様々な封印を解いて、様々な力を手にしているようですよね」
そう言いながらいかにも愉快そうにプサンは笑う。リュカもそう言われて、今の自身の特別な環境を頭に巡らせてみる。いにしえの呪文であるルーラを復活させた。息子が勇者として生まれた。エルヘブンで魔法のじゅうたんを手に入れた。天空城を数百年ぶりに復活させた。そして今は、神の力の封印を解こうと旅を進めている。ざっと振り返っただけでも、この人生の軌跡の中でよくも生きてこられたものだと、リュカは思わずため息をつく。
「何だか僕って、神様に弄ばれてるんですかね」
「そんなことはないですよ。きっと神様はリュカさんのことを応援していますよ。フレー!フレー!リュカさん!って」
にこにこと笑顔を振りまきながらそんな応援の言葉を元気に言うプサンを見て、リュカは顔を引きつらせながら笑顔を返す。しかし続けて出てしまう溜め息は堪えられなかった。



「やっぱりこの町ってキレイよね。お花がたくさんあって、町の人たちもみんな明るい」
「町の入口からも教会が見えるなんて、やっぱりあの教会、大きいよね! 何となく、天空城にも似てる?」
「神聖な雰囲気があるから、そう言う意味では似てるのかも知れないね」
半年ほど前に訪れたサラボナの町は相変わらず色とりどりの花々とその香りに包まれていた。親子三人の旅人が訪れても、朗らかに挨拶をしてくれる町の人々は変わらず温かい。
リュカと双子の子供たちが町を入ったところでその景色を眺めていると、たった今リュカたちも通ってきた町の入口から二人の兵士が早足で町の中へと入りこんでいった。旅人であるリュカたちを見向きもせずに脇を通り過ぎ、一刻を争うような緊張感を持って半ば駆けるように進んでいく。
「どうしたのかしら」
「そう言えばこの町で兵士の格好をした人ってあんまり見ないよね。あの人たち、どこから来たんだろ?」
「多分、この町を守る兵士なんだとは思うけど……ちょっと様子がおかしいね」
サラボナの町に不穏な空気は似合わない。しかし急ぐ兵士の様子から、ただならぬ事態であることは窺えた。リュカは子供たちと顔を見合わせると、示し合わせたかのように兵士の後を追って町の中を進んでいく。
ほどなくして二人の兵士は、町の入口近くで待ち構えていたこの町の大富豪ルドマンと会い、揃って直立して礼をする。兵士らがルドマンに何事かを伝えているようだが、リュカたちの耳には届かない。
「たのみましたぞ! 今まで以上に厳重な見張りを!! 何かあったらすぐに私に知らせるのです!」
元来大きいルドマンの声だけはリュカたちにも届いた。何も隠し事などできそうもないルドマンは相変わらず恰幅の良い身体を揺らして、急いで町の中へと走り去って行ってしまった。旅人として町を訪れたリュカたちには微塵も気づかず、兵の報告を受けるや否や踵を返して姿を消してしまった。リュカはあれほど慌てて我を失っているルドマンを見るのは初めてだった。彼はいつ何時でも落ち着いた態度で、彼の前ではどんな大事も大したことのないものに変化してしまうほど、動じない人物と思っている。
「何かあったのかな? 何だか慌ててたみたいだよ」
「ルドマンさんのあんな真剣な顔、珍しいんじゃないかしら?」
子供たちにも伝わるほどはっきりとしたルドマンの慌てぶりを見て、リュカは彼の後を追うことを決める。そもそもこの町に立ち寄ったのはルドマンという町を治める実力者と会うためだった。彼に天空城の話をして、それを町の人々にも広めて安心を与えたいという思いで、リュカはサラボナの町を訪れたのだ。
空を仰げば天空城を乗せる分厚い雲がサラボナの町の上空を漂っている。その他にも町の近くにはぽつりぽつりと白い雲が浮かぶ。分厚い上空の雲を見て驚く町の人々もおらず、町全体としてはいつも通り、変わらぬ平穏に包まれているように見えた。
ルドマンは恐らく自分の屋敷へと戻って行ったのだろう。兵士からの情報を受けるのならば屋敷で待っていても良かったように思うが、彼の焦燥感に駆られた表情から察するに、屋敷でのんびり待っていることもできなかったに違いない。リュカは子供たちと共にルドマンの後を追うべく、町の中を早足で歩き始めた。
恰幅の良いルドマンにならばすぐにでも追いつくだろうと思っていたが、彼は途中で迎えの馬車にでも乗ったのか、すっかりその姿は見えなくなっていた。町の人々はルドマンの突拍子もない行動に慣れているのか、特別変わったことも感じずに日々の暮らしの中に身を置いている。
その中で一人、リュカは噴水広場近くで呆けたように突っ立っている男性を見かけた。旅装束に身を包み、身軽なその様子から旅の商人と見て取れた。彼は町の中心に位置する美しい噴水を見上げるでもなく、ただ町の奥へと視線を向け、リュカたちにはその背中を見せている。リュカが声をかけると、男性は驚いたように振り向いて、どこか恐れるような視線をリュカに向ける。
「旅の人ですよね? どうしかしたんですか、道に迷いましたか?」
「ああ、いや、道には迷ってないよ。ただ……ちょっとね……」
「何か困ったことでも?」
リュカが話を促せば、男性は目の前のリュカたちが自分と同じ旅人と言うことに安心したのか、それでもごく小さな声で話し始めた。
「山奥の村の西にあるほこらの中で赤く光るツボを見つけたんだよ。ルドマンさんに話したら、そ……そんなバカな!って真っ青な顔をしちゃってさ」
「赤く光るツボ、ですか」
「何か悪いこと言ったのかなあ……。気にしちゃうよなあ」
そわそわと小声で呟く旅の商人だが、敢えてルドマンにその事情を問うてみようとは思わないらしい。ただ彼の言葉に表されるルドマンの慌てぶりと、先ほどのルドマンの様子は不気味なほどに一致している。
「ねえ、お父さん、なんとかしてあげたいね……?」
「そうだね。とにかくルドマンさんに話を聞いてみないと分からないから、屋敷に行ってみよう」
「たしかに勝手に赤く光るツボって怖いよね……」
リュカたちは宝箱に罠が仕掛けられていないかを確かめるためのインパスという呪文を知っている。インパスは目的の宝箱に向けて発動し、もしその箱の中に危険を及ぼすものが入っていれば、箱は赤く光る。赤は人の血の色であり、その色は人間の危機を表すのに用いられることが多い。
旅の商人が言う赤く光るツボは、ティミーの言う通り自ずと赤く光っているものなのだろう。商人の男性自身も、赤く光るツボの危険性をその身に感じているようで、ルドマンの慌てぶりもさることながら、赤く光るツボを思い出して身を震わせているように見えた。これ以上の話を彼に聞くのも悪い気がして、リュカはあくまでも穏やかに彼に挨拶をすると、再び子供たちと共にサラボナの町の大通りをどんどん進んでいく。
ルドマンの屋敷は特別変わった様子もなく、静けさに包まれていた。屋敷の前では繋がれたリリアンが、大きな白い尻尾を振ってリュカたちを出迎えてくれた。近づいて手を差し出すと、リリアンは丁寧に梳かれた白い毛をなびかせてリュカに近づき、鼻先を寄せてベロベロとリュカの手を舐める。リリアンも大分年を取ったようで、動きは緩慢になっているが、まだ立派に番犬としての役目を果たしている。
リリアンへの挨拶もそこそこに、リュカは屋敷の大きな扉を叩く。間もなく中から使用人の女性が扉を開き、すんなりとリュカたちを屋敷の中へと招き入れてくれた。半年ほど前にこの屋敷を訪れた親子三人の旅人のことを、使用人の女性ははっきりと覚えていたようだ。それと合わせて、彼女はリュカの顔を見るなり、それまで固くしていた表情をどこか緩めたように見えた。屋敷の中へと案内する使用人の女性は、心なしか足を速めていた。
応接間に通されると、中で落ち着きのない様子で歩き回る貴婦人の姿があった。使用人の女性が応接間の奥へ案内するまでもなく、貴婦人はリュカの顔を認めるなり目を丸くして、扉へと駆け寄ってきた。
「まあ! リュカさん! 帰ってきてくれたのね!? ああ、神様は私たちを見守っていてくださったのだわ」
ルドマン夫人の悲鳴にも近い切羽詰まった声を、リュカは初めて耳にした。世界を股にかける大富豪であるルドマンの夫人である彼女もまた、ルドマンと同様に常に穏やかで冷静な雰囲気を纏っている印象が強かった。しかし今の彼女の表情には焦燥に駆られていくらかやつれた様子さえ窺える。まともな食事も睡眠も取れていないのか、貴婦人にはあるまじき血走るような目をリュカに向けてくる。
ルドマン夫人はリュカを応接間の奥へ案内するのも忘れて、扉の前で唐突に話し始める。その切羽詰まった様子に、ティミーもポピーも驚いたように彼女を見上げるだけで、口を挟むこともできない。
「リュカさん、どうか力を貸してちょうだい。数日前、この町にやって来た旅の商人の話を聞いてから、主人の様子が変わったの。でも私には何も話してくれないし……ああ、もう心配で……」
いつもは隙なく整えられている髪も、ところどころほつれてくる有様だが、彼女は自分の身を気にしている場合ではないのだと目に涙を滲ませる。レースのついたハンカチを手に握りしめ、それで目元を拭いながらも、尽きない心配に溜め息をつきながら頭を左右に振る。
「とにかく、落ち着いてくださいね。それと、しっかりと睡眠と食事を取ることです。大事なことですよ」
「ええ、ええ、そうよね。その通りだわ。でも、私よりも主人が……」
「ルドマンさんはどこですか? 屋敷に戻って来たんだと思ってたんですが」
「主人は二階の部屋にいます。どうか、どうか話を聞いてやってくださいまし! 私では何もできないようで、何も話してくれないのです……」
これまでも様々なことが夫婦の間にあったのだろうが、その一つ一つを夫婦で乗り越えてきたに違いない。大富豪の主人を支える妻として、彼女も様々な事務的作業に携わっていたのかもしれない。しかし今回は事情が違うと言わんばかりに、ルドマンは妻に何も告げていないという雰囲気が感じられた。常に情報を共有していた仲だというのに、いざという時には何も知らされないと言うのも辛い気持ちに追い込まれるのは容易に想像できる。
しかしリュカの顔を見て少しは気を落ち着けたのか、ルドマン夫人はもう一度ハンカチで目元を拭うと、一瞬にして表情を引き締めた。その辺りはさすが、大富豪の夫人と言った強い印象があった。そして二階にいるというルドマンのところへ案内するべく、リュカたちの前を長いドレスの裾を揺らしながら歩き始めた。
二階のルドマンの自室に案内されたリュカと子供たちは、開けっ放しになっている扉の外からルドマンの姿を認めた。彼は相変わらず豪奢なローブに身を包み、手の指にも色とりどりの宝石が光る指輪をつけ、後姿からも恰幅の良さが窺えた。豪胆ながらも周囲への配慮にもぬかりないルドマンが、開いたままの扉を入った旅人の気配にも気づかない。夫人の三回目の呼びかけで、ようやく我に返ったようにルドマンがゆっくりと振り返った。
「お久しぶりです、ルドマンさん」
「なんとっ、リュカか! いつ戻ったのだ!?」
夫人もルドマンも、揃ってリュカにこの町を再び訪れたというよりも、この町に戻って来たことを喜んでいるようだった。このサラボナの町にもリュカの居所があるのだと示しているようで、リュカはわずかな気恥しさを感じる。
「ちょうど旅の途中でこちらへ寄ろうと思っていたところだったんです」
「そうか、そうだったのか。それは喜ばしいことだ。私たちのことを気にかけてもらっているのは非常に嬉しいよ。い、いや……積もる話は後にしよう。今は私の頼みだけ聞いてもらえないか?」
相変わらずの唐突なルドマンの言葉だが、それよりも切羽詰まったような表情のルドマンが気がかりで、リュカは一も二もなく彼の前で頷いて見せる。どちらにせよ、豪胆な大富豪を地で行く彼の言うことには逆らえない雰囲気がある。
「町の北にある山奥の村の西の小島……いいかね? 町の北にある山奥の村の西の小島に小さなほこらがある。その中に古びたツボが一つ置いてあるはず……。そのツボの色を見て来て欲しいのだ」
「……お父さん、さっきの人が言ってた赤く光るツボのことだよね」
ティミーが小声でリュカに問う声に、ルドマンの顔は青ざめ、顔を引きつらせながらティミーを見つめる。まだ小さな子供に向ける表情ではないとルドマン自身理解しているだろうが、いつもの余裕を失った彼にとっては笑顔を取り繕うこともできないようだ。夫人も彼のその様子を見て言葉を失っている。ルドマンの屋敷に未だかつてない緊張感が漲り、それは放っておけばサラボナの町全体を包んでしまいかねないと感じる。
「おかしな頼みと思うだろうが、頼んだぞ! 北西の小島のほこらのツボの色がもし赤かったら、急いで戻るのだ! 間違いであってくれれば良いのだが……」
そう言って肩を震わせるルドマンは二階の自室の窓から外の景色を眺める。森の木々が視界を阻み、遠くを見通すことはできないが、彼がその先にあるはずの北西の祠の状況を案じているのはありありと感じられた。
「おお、そうだ! 小島へ行くのに船が必要だろう。使用人に言ってもらえば船の準備もすぐに整うはずだ。あの場所ならば行って帰って……十日はかからないと思うのだが」
「船は用意してもらわなくても大丈夫です。それほどかからずに戻ってこられると思います」
「魔法のじゅうたんで行っちゃえばあっという間だもんね!」
「ちゃんと装備を整えてから行った方がいいわね」
天空城で空の上を移動しているリュカたちは今、サラボナの町に入るだけと思って旅の装備を解いた状態だった。あまりに物々しい装備、その中でもティミーが装備する天空の剣と盾はどうしても人目を引く。それらの装備品は天空城の仲間たちに預けてあるため、リュカたちは旅人にしてはかなり軽装な状態だ。
「リュカさん、無理なお願いを聞いてくださってありがとうございます」
すっかり落ち着きを無くしてしまった大富豪の姿を見て、夫人も気が気ではなかったのだろう。リュカの両手を取ると、そのまま何度も目の前で頭を下げる。
「お二人とも、僕たちが戻るまでしっかりと休んでいてくださいね。きっと良い知らせを持ち帰りますからね」
何の根拠もない、もしかしたら嘘になるかもしれない言葉を口にして、リュカはルドマン夫妻の荒れる心を宥めた。今の彼らには嘘でも何でも良いから安心する言葉をかけて、身体も心も休めてもらう必要がある。サラボナを代表する大富豪には町の安寧のためにも落ち着きを取り戻してもらう必要があるのだとリュカは思う。
来客に茶も出さずにと詫びる夫人に、リュカは今は一刻を争う時だろうからすぐにここを発つと伝え、そのまま屋敷を後にしようとした。
子供たちを連れて屋敷の広い玄関まで戻ると、初めにリュカたちを案内してくれた使用人の女性がリュカたちを認めて足早に近づいてきた。そわそわとした様子で、近くに誰もいないことを確認するように視線を彷徨わせている。
「リュカ様。私……聞いてしまったのです。ご主人様の独り言を……」
「独り言?」
彼女の様子を窺うに、とても歓迎できないような独り言であったことは想像がつく。使用人の彼女は再び周囲の気配を確かめ、近くに人の通る音などがしないと確実に認めると、その上内緒話をするようにリュカにごく小さな声で告げる。
「ツボが赤く光る時、いにしえより奴が蘇る……って。広間の本棚にある古い日記のようなものを調べていらした時でしたわ」
「いにしえより奴が……蘇る?」
「ヤツって誰だろう? あんなにルドマンさんが困ってるんだもん。いいヤツのわけないよね」
ティミーの純粋な感想もさることながら、リュカは赤く光るツボから蘇るいにしえの奴を想像し、一回り大きなアンクルのような悪魔が脳裏に浮かぶのを止められなかった。アンクルのように仲間になってくれれば非常に心強い味方になるが、敵と回れば確実に討たなければならない相手だろう。
「その日記って、どこにあるんですか」
「日記なら、他にもいろんなことが書かれてるよね。ボクも見てみたい」
「人の日記を勝手に見るなんて、いいのかしら」
「でも古い日記なんでしょ? ルドマンさんの日記じゃないんだよね?」
「え、ええ、恐らくルドマン家に代々継がれている書物の一つなのではと思います」
「もういない人の日記を読んだって、恥ずかしがる人もいないから大丈夫だよ!」
「昔の人の日記なら、一つの文献と思っていいのかな」
使用人の女性は再びリュカたちを応接間に案内すると、やはり広間を見渡し、部屋の隅で掃除をしているもう一人の使用人に話しかける。客人であるリュカたちをもてなすために応接間を使うため、しばらく掃除の手を止めてこの場を離れるようにと伝え、応接間にいる人間はリュカたちを案内する使用人の女性とリュカたち親子だけとなった。形だけでもと女性が奥に入って茶の準備をしようとしたが、リュカが彼女の肩に手を置いてその手を止める。
「ルドマンさんたちがこの場に来ない間に、見ておいた方がいいですよね」
「あ、はい、そうですね」
「僕たちをもてなすのはまた今度で大丈夫なので、とにかくその日記を見せて下さい」
リュカの真剣な表情に彼女も頷き、広い応接間の隅に置かれる本棚の中から、一冊の擦り切れた冊子を取り出す。他にも古びた本がいくつかあるようだが、彼女が手にした冊子だけは特別古臭く、少し乱雑に扱えば冊子の綴りが取れてしまいそうなほどボロついている。
リュカは慎重に頁をめくってみた。両隣から子供たちが背伸びをして冊子の中を覗き込んでくる。冊子は薄く、少し時間が取れればあっという間に読み切ってしまいそうなほどだ。初めの頁をめくったところに、この日記を始めた理由となる内容が書かれていた。
“わが名はルドルフ。この日記を代々伝えよ。決してなくしてはならぬ!
今しがた私は巨大な魔物をツボの中に封印することに成功した。
奴の体は雲を突き抜け、天まで届くほどの巨大さだった。
放っておけばわがサラボナだけでなく、世界中が滅ぼされたことであろう。
しかし残念なことに封じ込めた聖なるツボのちからは百年……長くても百五十年だろう。
ツボがその力を失い、赤く光ったその時、奴は再びこの世に現れる!
まだ見ぬ我が子孫よ。
何もしてやれぬが、頑張るのだ。
私もこの事を後の世に伝えるためにとりあえず子供だけは作っておこう。
では運悪く百五十年目に当たった我が子孫よ、健闘を祈る。
ルドルフより“
リュカはこの日記を読み、少々頭の中が混乱するのを止められなかった。書いてある内容は信じがたいほどに危険なものだ。ツボの中には巨大な魔物が封印されているらしい。その姿は天まで届くほどと言うと、あの天空城にも届くような巨大な魔物なのだろうか。そしてツボの封印の力は期限付きで、その時が来ればツボが赤く光る。とりあえず子孫だけは残すと、全てのツケを子孫に丸投げするようなちゃっかりしたルドルフという人物が脳裏を過り、リュカは二階にいるルドマン夫妻に同情の念を抱いてしまっていた。
「天まで届くほどの魔物だって。そんなの、ホントにいるのかな?」
「そんなに大きな魔物が入ってるんだったら、きっとすごく大きいツボね?」
旅を続けているリュカたちだが、未だかつてそこまで巨大な魔物の姿を見たことがない。空にも届くような魔物となると、もはや一つの山のようなものだろう。そんなものが辺りの平地を歩くだけで、様々なものが破壊されていくのは必然だ。一体そんな巨大なものをどうやってツボの中に封印したと言うのか。
「もう一回封印する方法とか、書いておいて欲しかったなぁ……」
「それこそ、いにしえの呪文とかなのかしら? 調べてみれば、分かるかな?」
「そんなあるかどうかも分からないものを調べてる時間、ないんじゃないの? すぐにツボを確かめに行った方がいいよ、お父さん」
「そうだよね。とにかくツボの色を確かめて来よう。赤くなければいいんだし」
あくまでも子供たちの前では楽観的にそう言うリュカだが、改めてルドルフの日記に目を落とし、隅の方に書かれた掠れる文字を見て、嫌な確信をした。この日記が書かれてからちょうど百五十年ほどが経ったのが、今現在の時間だと分かってしまった。
手にするルドルフの日記を慎重にパラパラとめくってみたが、後に書かれた内容は他愛もないルドルフの日常が主だった。まるで封印した魔物のことなど忘れたように面白おかしく日々を過ごしているような内容に、リュカはかつての彼が魔物を封じたという現実から目を逸らしていたのではないかと訝しんだほどだった。
リュカは静かに冊子を閉じると、まるで双子と同じように首を伸ばして日記を覗き込んでいた使用人の女性にルドルフの日記を手渡した。魔物を封印したツボの秘密を知ってしまった彼女は、青ざめた顔をリュカに向ける。
「リュカ様。どうかご主人様を助けて差し上げてくださいまし」
リュカも使用人の女性に安心を与えなければならないと思いつつも、適当な言葉が思いつかず、「とりあえず、ツボの様子を見てきますね」と口調だけは軽く彼女に伝える。
「大丈夫! ボクたちがどうにかするよ!」
「そうよね。困っている人を放ってはおけないもの」
ティミーにもポピーにも、子供ながらも長旅をして、いくつもの死線を潜り抜けてきた自負があるのだろう。それに加え、彼らには生まれながらと思っても良いほどの絶大なる正義感が備わっている。子供たちの正しく強い言葉を聞いて、リュカも勇気づけられるように気を取り直し、笑顔でルドマンの屋敷を後にした。



「あっ! ルドマンさんのお屋敷に行ったのに、フローラさんとアンディさんに会わなかったね」
「急いで出て来ちゃったからね。また落ち着いたら挨拶しに行こうか」
「ツボの色を見るだけだもんね。すぐに行って戻ってこられるよ」
「……赤くないといいわね」
魔法のじゅうたんが洋上を滑るように進んでいく。リュカはじゅうたんに言い聞かせるように速度を上げ、三人はじゅうたんにしがみつくようにして乗っていた。小島にある祠に行くだけだからと、リュカたちは天空城で改めて装備品に身を包むと、親子三人だけでサラボナの町を出て、そのまま魔法のじゅうたんを広げて北西を目指していた。
空を見上げれば天空城が分厚い雲の上を優雅に浮かんでいる。天空城の進む速度は空に浮かぶ雲に乗せられるだけのため、急ぐ魔法のじゅうたんに追いつけない。みるみる遠ざかった天空城を隠す雲の塊を見つつも、リュカはとにかく北西へと急いだ。
急ぐ魔法のじゅうたんでも一日では着かない距離だった。ルドマンは当初、リュカたちのために船を出そうとしていたが、船で海の上を進み、祠との往復で十日かかると見積もっていた。速度を上げる魔法のじゅうたんでの移動で時間の短縮はできたが、それでも往復に三日はかかるだろうという距離だった。
「海の上は見晴らしが良くていいね。どんどんあの陸地が近づいてくるよ」
「でもあの陸地よりももっと向こうにも陸の影が見えるような気がするけど……どっちなのかな」
「船で往復十日はかかると言っていたから、手前の陸地じゃないだろうね」
リュカたちが進む海には小さな島が点々と浮かぶように存在している。世界地図には乗り切らない島々が海から顔を出す光景の中、当然のように洋上に顔を出す魔物の姿もある。海の魔物らは洋上を凄まじい速度で進む魔法のじゅうたんを目にして、一様に驚いている。人間と思い襲いかかろうと思っても、その時には既に魔法のじゅうたんは遥か遠くへ過ぎ去ってしまっている。魔法のじゅうたんが起こす風圧を受けて海に白い波しぶきが続く。
「一度どこかで休まないといけないね。さすがに僕も二日寝ないで魔法のじゅうたんを動かすことはできないから」
目指す北西の小島はまだうっすらと影が見えている程度だ。既に日は沈みかけ、海は西日を受けて橙色に染まっている。ここまで休みなくずっと魔法のじゅうたんを進ませているリュカも、さすがに疲労を感じて気を抜いたようにじゅうたんの上に寝転んだ。途端に速度が落ち、海の上をゆっくりと進む船と同じほどの速さに落ち着く。
「ねえ、お父さん、あのジャムを出してもいい?」
「あ! あれだよね。山奥の村でもらったヤツ! まだ残ってたの?」
「うん。大事に少しずつ食べてるもの。天空城から持ってきたのよ、パンと一緒に」
「お父さんも食べる?」
「うん、ちょっともらおうかな」
速度を落としてゆっくりと進む魔法のじゅうたんの上で、親子三人でオレンジジャムを付けたパンを食べる光景は、さながら平和な世界でのんびりとピクニックをしているような気分だった。ティミーが惜しげもなくたっぷりとジャムを塗るのを見て、ポピーが怒ったようにそこから一匙ジャムをもらって自分のパンにつけて食べている。北西の祠に着くまでに日を跨ぐと分かっていたため、最低限の食糧と水は用意していた。
リュカは寝転がりながらジャムのついたパンをかじっていたが、行儀が悪いとポピーに咎められることはなかった。半分寝ながらパンをかじる父を見て、ポピーもさすがに怒る気持ちを無くしたらしい。リュカが魔法のじゅうたんを進めている間に、二人の子供たちは十分に睡眠を取って休んでいたのだった。
「美味しいね、このジャム。……思い出すなぁ」
「思い出すって、何を?」
ポピーの問いかける声が聞こえているのかいないのか、リュカは目を半分閉じるようにしてぼんやりと言葉の続きを口にする。
「美味しかったけど、ちょっと辛かったかなぁ」
「つらかったの?」
「うん。ちょっとね。あの時はちょっと、生きた心地がしなかったかなぁ」
「えっ? どんな危険な目にあってたの、お父さん」
「……でも君たちが生まれてきてくれて、本当に良かったよ」
リュカは子供たちと会話をすることなく、手にしていたパンもじゅうたんの上に落としてしまい、寝息を立て始めた。父が落としてしまったパンをティミーが拾い上げ、どこか飛び飛びの会話をしていた父を見ながら、拾ったパンを食べ始めた。
「じゅうたんにジャムがついちゃった」
「このじゅうたんならちょっと汚れたって平気だよ。だって、一度小さくなって、また大きくなった時は、前に焼け焦げた跡も直ってたもん」
「そう言えばそうね。不思議なじゅうたん」
「お父さん、寝ちゃったね。じゅうたん、どこまで進むんだろ」
「ねえ、私たちでじゅうたんを動かしてみない?」
ゆっくりと洋上を進む魔法のじゅうたんの上で、ポピーが立ち上がる。大きく広げてある魔法のじゅうたんの上から落ちる心配はない。高度もほとんどないため、高いところが苦手なポピーでも恐怖を感じずに乗り続けることができる。
「でもボクたちじゃ動かせないんじゃなかったっけ?」
「でも私たちだってエルヘブンの血を引いてるのよ。お父さんの血を引いてるのよ。そろそろ動かせるようになってもいいと思わない?」
「ええ~? できるかなぁ」
「私ね、思ってたんだけど、お父さんみたいな大人だったら動かせるってことなんじゃないかしら」
「じゃあ、僕たちも大人になれば動かせるようになるのかな。あと何年待てばいいんだろ」
「私たちは双子よ? 子供一人じゃ無理でも、二人で力を合わせればこの魔法のじゅうたんだって動かせると思わない? ねえ、やってみましょうよ」
すっかりやる気になっているポピーを、ティミーは珍しいものを見るような目つきで見上げていた。ティミーは自身が世界で唯一の勇者であるのと同様に、この魔法のじゅうたんを動かせるのは父だけだと思い込んでいた。しかしポピーの言う通り、エルヘブンの宝として保管されていたこの魔法のじゅうたんを、あの村の人々は使いこなすことができるのかも知れないと思えば、自分たちのような子供でも協力すれば動かせると思えた。
ポピーの意気込みを見て釣られたように、ティミーもゆっくりと前に進むじゅうたんの上に立ち上がった。二人が立ち上がり、両足を踏ん張っても、大きな魔法のじゅうたんはびくともしない。優雅に洋上を飛び続けるだけだ。
「お父さんっていつもこうして、足を踏ん張ってるわよね」
「でも片足でトンッてやる時もあるよ」
「それは特別なことを伝える時だけなんじゃないかしら」
「ただ速くしたいだけなら、ただこうして足を踏ん張ってればいいのかな」
「こうしながら心の中で『速く~速く~』って念じてれば伝わるかしらね」
「うわ~、でもこれってずっと続けてたらトイレに行きたくなりそう」
「……………済ませるなら端っこに行ってよね」
二人は寝息を立てて静かに寝てしまっている父を挟むようにして、対になるようにじゅうたんの上に立つ。目を合わせ、息を合わせ、せーのっと言う掛け声と共に右足でトンとじゅうたんを叩く。魔法のじゅうたんは二人の意思を測りかねたように戸惑い、洋上で止まりかける。海を行く魔物らが奇怪な空飛ぶじゅうたんの上にいる人間を襲う機会を窺っている。
「あっ! あの大きい貝ってたまて貝って魔物じゃなかったっけ?」
「もうっ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 早くじゅうたんを動かして逃げなきゃ!」
ポピーの掛け声に合わせて再びじゅうたんに意志を伝える二人だが、魔法のじゅうたんは防衛本能があるのか魔物の襲撃から逃げることを優先するものの、北西の小島に向かって速度を上げることがない。魔物の攻撃を避けて波打つじゅうたんの上で、眠るリュカがごろりと転がる。
「マズイっ! お父さんが落ちる!」
「ちょっと! お兄ちゃん! ほら、もう一度やるわよ!」
辛うじてくるりと丸まったじゅうたんに包まれるように収まるリュカを見て、二人は思わずほっと息をつく。そしてもう一度、今までよりも真剣に、魔法のじゅうたんの速度を上げようと念じながらじゅうたんを踏みしめる。するとわずかだが、魔法のじゅうたんがぐんと力を得て、前に進み出したのを感じた。
「ほらっ、できた! この調子で行くわよ!」
「うわっ! 面白い! よーし、どんどん進めー!」
「お兄ちゃん、ゆっくり速くしないと、お父さんが落っこちちゃう!」
「ゆっくり速くって何だよ! どっちなんだよ! 分かりづらい!」
「それくらい、何となく分かるでしょ!」
「人に教える時は分かりやすい言葉で言わないと分からないんだぞ!」
「よし、じゃあ段々と、僕が転がって落ちないように、速度を上げてみようか」
唐突に聞こえた父の声に、二人がじゅうたんに寝転がっている父を見遣る。リュカはさも楽しそうににこにこと笑いながら、既に星が見え始めた空を見上げていた。
「お父さん、起きちゃったの?」
「うん。だってとても賑やかだったから」
「……ごめんなさい、起こしちゃって」
「構わないよ。むしろ起こしてくれて良かったよ」
リュカはそう言うと、一つ欠伸をしてからじゅうたんの上に胡坐をかいて座った。そして脇に転がっていた包みを開いて、パンを千切ってジャムを塗って一気に頬張ると、胡坐をかいたまま二人を交互に見上げる。
「二人の力を合わせれば魔法のじゅうたんを動かせるかもって、よく思いついたね」
「だっていつもお父さんに任せっきりになっちゃって、魔法のじゅうたんを使ってる時ってお父さんはほとんど休めないでしょ?」
「ボク、一度このじゅうたんを動かしてみたいと思ってたんだよね~」
「二人でならきっとできるよ。さっき、じゅうたんが一気に速くなったの、分かったしさ。北西の小島に着くまで、ちょっと練習してみようか」
「でも急いでツボを確かめに行かないと行けないのよね?」
「まあ、そうなんだけどさ、そもそもルドマンさんはほこらのツボを確認するのに十日は見てたから、少しくらいゆっくり行っても大丈夫だと思うよ。急ぐ時は僕がメチャクチャに急ぐから平気だよ」
「……それって平気なの?」
ポピーの一抹の不安を余所に、リュカは再びじゅうたんの上に寝転んで両手をじゅうたんに当てると、途端に速度が上がり、ティミーとポピーはバランスを崩してじゅうたんの上を転がってしまった。
「慣れるとそんなお気楽な感じでスピードを出せるんだ! うわ~、やってみたいな~!」
「前を見てないから危ないけどね」
「要はどんな形でもしっかりと意思が伝わればいいのよね。形にこだわることはないんだわ。よーし、お兄ちゃん、頑張ろう!」
「ボクもお父さんみたいに寝転がってやってみよっと!」
「ちょっと! お兄ちゃんはお父さんみたいに慣れてるわけじゃないんだから、ちゃんとやってよ!」
「何だよ! 形にこだわらなくていいんなら、これでもいいってことだろ!」
「形だけじゃなくて気持ちもだらけてるって言ってるのよ!」
「なんでそんなことが分かるんだよ!」
「見てれば分かるわよ!」
「分からない!」
「分かる!」
「分かるわけないだろ!」
「……二人が喧嘩しちゃうようだったら僕が進めちゃうけど、いいかな?」
リュカが困ったように笑いながらそう言うと、二人は言い争いを辞めて大人しくなった。そしてティミーが折れる形で、二人で魔法のじゅうたんの上に対になるように立ち、その動かし方に徐々に慣れて行った。



「ルドマンさんが言ってたほこらってここのことだよね?」
サラボナより北西にある小島に着いてからもしばらくは魔法のじゅうたんで移動していたリュカたちだったが、山と森を背景に見えた遺跡のような景色を目にすると、そのすぐ近くまでじゅうたんで寄ってから地上に降りた。長い間魔法のじゅうたんの上にいたため、少しの間足元が覚束ない状況だったが、想像以上の巨大な建造物の姿を見ている内に、足元の不安も無くなった。
「祠って言ってたけど、ここまで大きなところとは想像してなかったなぁ」
「とても立派な建物ね。大きな石の柱が四つ建ってるから、あの中に行けばいいのかしら」
「天空城ほどじゃないけど、でもどことなく似た雰囲気があるよね」
リュカは手の平サイズになった魔法のじゅうたんをしっかりと懐にしまうと、子供たちと一緒に祠へ向かって歩き出した。太陽は灰色の雲の中に隠れており、まだ昼の早い時間だが辺りは薄暗い。まるで古い神殿のようにも見える祠の周りは緑の木々に囲まれているが、どういうわけか木々にすみつく鳥や小動物たちの気配を感じない。自然に包まれているこの場所に、自然の音が感じられない不気味は、リュカの頬を撫でる風にも不穏を運ぶ。
「なんだか空気が張りつめてるみたい。ピリピリしてるの感じるの……」
ルドマンの先祖であるルドルフの日記に寄れば、この祠にはかつて世界を荒しかねなかった巨大な魔物が封じ込められているという。天を突くほどの巨大な魔物と記されていたが、それが嘘か真かリュカたちには知る由もない。ただそれほどの恐ろしい魔物を封じ込めるための力もまた、相応の巨大な力が必要とされているのだろう。リュカもポピーと同様、祠に入る前から息苦しいような圧される空気を全身に感じていた。
天空城と言う特殊な建造物を見慣れてしまった三人にとっては、この祠の石柱はただの巨大な石柱に過ぎないが、普通の旅人がこの祠を目にすれば、ここが世界でも珍しい場所だと言うことがすぐに分かる。そしてそんな場所には世界でも類まれな宝が隠されているのではないかと、あるかどうかも分からない宝を求めて祠の中を探索する者がいてもおかしくはない。もしかしたらサラボナにいた旅の商人も、この場所に珍しい宝でもあれば儲けものと思いつつ、祠の中に足を踏み入れたのかも知れないとリュカは一人思っていた。
四つの石柱に囲まれた内側に足を踏み入れると、それまで一面の広い床だと思っていた場所に、まるで大きな落とし穴のように円形の穴が中心から広がった。今更驚くまでもないが、この場所には強い魔力が漂い続けている。ぽっかりと口を開けた円形の穴を見て、リュカはあっさりと封印が解けてしまったのかと内心焦ったが、依然として祠には強い魔力が周りの空気を圧縮するように押し込めている。魔物の封印が解ければ顕著な変化が訪れるはずだと、リュカは口を開けた祠へと一歩踏み出す。
穴の中を覗く前から嫌な予感はしていた。大きな円形の穴の周りに沿うように螺旋階段が続き、それは遥か地中深くまで続いているようだった。ポピーは下を覗き込むことができずに、ただ穴の底からまるで魔物の低い咆哮のように響く風の音を耳にしていた。ティミーの瞳に、地下奥深くに光る赤が映り込む。
「……赤いね」
「何だかボク、むねがドキドキしてきたよ」
「僕もドキドキしてるけど、いいドキドキじゃないよね」
遠目に見てもはっきりと赤い色を目に捉えることができるが、それがツボなのか何なのかはリュカたちには分からない。ルドマンにはツボの色を確かめて来て欲しいと言われているため、リュカは念の為階段を降りてそれがツボなのか魔物なのか、はたまた他の何かなのかを確認しておかなくてはならない。
「二人はここで待ってて。僕が行って確かめて来るよ」
ティミーが自分も行くと言い出すのをリュカは制止し、完全に怯えてしまっているポピーの傍にいてやってと言うと、ゆっくりと一人螺旋階段を下り始めた。大人しくリュカの言うことを聞いたティミーは、本当のところリュカに止めて欲しかったのかも知れないと思うほど、色を失った顔をしていた。階段を降りて行くにつれ、地中深くから聞こえる魔物の咆哮のような気味の悪い音が徐々に強まって行く。
目にも明らかな赤色が近づいてくる。明るいその光のおかげで、火もなく螺旋階段を降りることができた。下に降りきる前に、赤い光を放つ物がツボだと言うことは分かったが、リュカはここまで来たついでだと、最下層の床にまで降りて、脈打つような拍動で赤く光るツボを間近に観察した。
辺りに目をやれば、どういうわけか骨が散らばっていた。子供たちを連れてこなくて良かったと小さく息をつく。何故この場に骨が残されているのかは分からないが、少なくともこの場に長居していい理由はないのだろうと、リュカは手早くツボの様子を確かめた。
リュカがツボに触れると、それに反応するようにツボは赤の光を強めた。真上に向けられるツボの入口からふわふわと不気味な赤の光が浮かんでいる。ツボが力を溜めるかのように震えるのを触れる手を通じて感じる。一定の律を刻む拍動と共に、凶悪な魔物の目が光るのを、リュカは瞼の裏に見た気がした。
「……サラボナが危ない」
はっきりとした危機をその身に感じたリュカは、降りてきた螺旋階段を一気に駆け上って行った。上で待っていた子供たちへの説明もそこそこに、三人で祠を飛び出し、広げた魔法のじゅうたんで南東の町を目指して突き進み始めた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様

    今回で「ヤツ」と死闘を繰り出すと思ってたんですが…その前段階のゲームイベント忘れてました(汗汗)
    赤い壺を見に行くためにはゲーム本編で魔法のカギが必須なんですよね、ストーリー進めてエルヘブン後にはいつでも行けるんですが…うまくできていますよねシナリオ!
    子供たち双子ができて8年、結婚がビアンカにしろフローラにしろ、どっちにしてもルドマンには紹介または、孫を見せに行くのがプレーヤーの心理……、そんなエルヘブン後のパーティレベルでは「ヤツ」と闘うと、所見ゲームプレーヤーは「ヤツ」のものすごい強さで瞬殺されること間違いなし!
    「いや…不通闘うっしょ!だってルドマンが助けて欲しいと頼んで来るんだもん、中ボスだって分かっていても、まさかあんなにも恐ろしいヤツだなんて…何も知らない所見はさ」
    何人…いや、何万人の所見プレーヤーが涙を飲むことになってしまったのか…そんなゲームプレーヤーの一人がケアルであります(笑み)
    ちなみに「ヤツ」と闘う前にフローラたちに会いに行かないとイベントが一つ見れなくなりますので注意してくださいね。

    ポピーの物の言い方、(笑み)
    ビアンカ復帰後、ポピーとビアンカの台詞描写、bibi様たいへんですね区別するの(汗)

    これからは3人、ん~実際には魔法の絨毯の操縦は2組になりますね、たしかにリュカ一人だけだと描写もたいへんになりそうですもんね、ほんっとポピーの発想力と行動力は賢いです!よく思いつきましたね二人一組(笑み)

    次回は、今度こそ「ヤツ」との死闘になりますね!
    はたして何人で闘う描写にするのか!
    スラリンの世界樹の滴は使うのか!
    ザオラル、ザオリクを使う場面が来るのか!
    ゲーム本編では闘わないルドマン、bibiワールドでは闘うのか⁉(冗談)
    次話、今度こそ決戦をお待ちしています。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ここはじっくりお話を進めようかと思っています。ドラクエ5で一番苦労したんじゃないか、というところなんで思い入れも強いので(笑)本当にここで一度ゲームが詰んだ人はどれくらいいるんでしょうね。
      ポピーとビアンカの口調は今から私も心配しています。でも母娘がそっくりな口調も、それもまた面白いかなーなんて。文章で書くのは苦労しそうですけどね。
      魔法のじゅうたんはいずれは子供たちにも使えるようにしたいと思っていました。これからは二人にもじゅうたんを頑張って使って欲しいと思います。役割分担は大事です。
      ヤツとの戦いはまた気合いが入りそうです。本当はルドマンにも参戦して欲しいですよね。もし使える呪文があれば、トリッキーな呪文が使えそうですね。

  2. ピピン より:

    bibiさん

    ついに封印が解かれるんですね。
    ある意味ラスボス級の奴との、かつてない規模の戦いをどう描写されるのかとても楽しみです。

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ついに、ですね。
      もう、気持ち的には最終話の感じで書いてみたいと思います。ここに全力を尽くし、そして燃え尽きる所存です(笑)

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