仇の片腕

 

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神の力が封印されているというボブルの塔周辺には緑豊かな景色があり、そこには人間だけではなく全ての生き物にお誂え向きの木の実やら果実やらが実っている。決して作物を育てるような生き物の営みがあるわけではないのに、小さな森に自生する茸も食べられるものが多くあり、近くを流れる小川の傍でリュカたちは大いに身体を休めることができた。
封印の塔から解放されたシルバーデビルの群れはこの小さな森を新たな住処として、いかにも猿らしく木々の上をひょいひょいと飛び回っている。先にこの辺りを住処としていた一角兎や大木槌などの非力な魔物との衝突が見られれば、アンクルやサーラが半ば脅すように言い聞かせ、共存するようにと都度言い聞かせた。人間と魔物の一行の強さを目にして、逆らうことに勝機を見い出せない上に、ただでさえ辺りの豊かな自然に感動していた白毛の猿たちはそのうち静まった。異なる種族との共存に対する可能性に気付いてくれたのだろうと、リュカは冷えて行く草地に寝転がりながら、木々の上を飛ぶ猿たちをぼんやりと見上げていた。
一休みと思い、寝転んでいたリュカたちだったが、激しい疲労を感じていた身体を休めるには時間が必要だった。プックルの横腹に頭を乗せ、親子三人で休んでいた。スラりんもプックルの背中の赤毛にうずもれるように休んでいた。ピエールは見張りをと、近くの木に背を持たれかけていたが、そのうちに疲れに身を任せて眠り込んだ。塔の中を探索してきた仲間たちの疲れ切った様子を見ながら、サーラとアンクルは近くで静かに見張りを務めた。
リュカが目を覚ました頃、小さな森には冷たく細かな雨が降り出していた。雲に覆われた夜空には当然星も月もない。黒く塗りつぶされた夜の空から、見えない雨が降る。離れた場所でゴロゴロと雷鳴も響いている。塔を出る時には西の空に美しい夕焼けが覗いていたというのに、それから空は雨雲に覆われ、美しい夜空の景色を全て隠してしまっている。
「お父さんが一番寝坊してたよ」
既に目を覚ましていたティミーの元気な声が聞こえた。月明かりも星明りもない夜の中では、その姿をすぐには認められない。しかし少し離れた場所にある塔を照らす魔法の火の明かりで、すぐにその癖の強い金髪が揺れるのを目にした。
「お父さんが一番疲れていたんだもの、仕方ないじゃない」
仲間たちは既に皆、目を覚ましていた。子供たちは寝起きの様子もなく、既に準備体操も終わっていますと言わんばかりに声にも張りがある。プックルの温かな横腹から身を起こすと、暗がりの中で左頬をべろりとプックルに舐めれらた。ざらりとした猫の舌に頬を濡らしていた雨を拭われたのかと思った。しかし緑豊かな木々の下で休んでいたリュカの服も肌も雨には濡れていなかった。目を覚ました瞬間に忘れてしまった嫌な夢を拭ってくれたのかも知れないと、リュカはもう片方の頬を自分の手で拭った。
塔の扉は開いたまま、リュカたちを誘うように中で燭台の明かりを灯し続けている。燭台の明かりに照らされる塔の中には、太い石柱のような竜の首が見える。神の力が封印されているこの塔にはおおよそ聖なる気が満ちて、その力により塔の中にいる魔物ごと封印してしまっている。しかしその中に確かに、リュカとプックルは身に覚えのある邪悪な気配を感じていた。
仲間たちで持ち物などを確かめる。リュカは自身の腰に巻き付けていたフック付きロープをサーラに渡し、サーラはそれをアンクルの太い腰に巻き付けてしまった。リュカがベルトの上にぐるぐると何重にも巻いていたロープは、今ではアンクルのベルトのような形で収まっている。アンクルほどの巨体になれば重々しい鉄製のフックもただのベルトの飾りに見えるほどだ。
小雨の降る中、リュカたちは静かに塔に向かった。雨が降ろうと風が吹こうと、嵐になろうとこの塔を照らす火は消えない。断崖絶壁と険しい山々に囲まれた前人未到の地とも思えるこの地で、一体いつからこの火は燃え続けているのだろうかと、リュカは人間の世界では想像し切れないその遥かなる時の流れを思う。天空人たちの感じる時の流れ、魔物たちが感じる時の流れ、人間の感じる時の流れの違いは顕著で、その中でも人間の生きる時間は比べ物にならないほど儚い。最も短い時を生きるからこそ、懸命に生きなければならないのだと、子供たちの未来に夢を描く。早く彼らに、母の姿を、祖母の姿を見せてやりたい。
「魔の気配が床に溢れてきていますね」
開け放たれた塔の扉をくぐり、サーラが燭台の明かりに明るく照らされた空間を見渡し、床に目を落とした。竜神の像の太い首が広間の中央にどっかりと建っている。その周囲には聖なる気が満ち、邪悪な者を寄せ付けない。しかしその奥、敷き詰められている床石の一部に、暗い穴が見えた。穴の横に、巨大な一枚の石の板が、まるで開けられた蓋のように置かれていた。
「神様の力が封印されてるって……あの下?」
「それにしてはあまりにも禍々しい気に満ちています」
興味本位で近づこうとするティミーを制するように、ピエールがその隣で警戒しながら言う。
「でもこの竜の神様の像の真下につながっているんだったら、もしかしたらそうなのかも知れないわ」
「何だかとんでもねえ気配がするぜ。手遅れだったんじゃねえの? 神様ってヤツのチカラなんて感じねえし」
あっさりと結論付けようとするアンクルに、双子が揃って「そんなことないっ!」とすかさず反論した。アンクルはお道化るように両手を上げて冗談だと引きつった笑みを見せた。
「みんな、覚悟はできてる?」
リュカは暗い穴から視線を逸らさないままそう問いかけた。仲間の意志がどうであれ、リュカ自身はあの先に進まなければならないと感じている。暗い穴自体がまるで獣のような低い咆哮を上げている。それに合わせて巨大な燭台の聖なる火が揺れる。決して消えることのない火が、その悪魔のような咆哮に負けて消されてしまうのではないかと、一瞬でもそんな不安が頭を過る。
プックルが赤い尾を揺らして前を歩き始めた。尾の中ほどに、旅と戦いの中ですっかり擦り切れボロボロになった黄色いリボンが揺れている。それはグランバニア王妃となったビアンカが、既に古びてボロついていたプックルの尾に結び付けられていたリボンの代わりにと、新しくつけてやったものだった。同じものはなかったが、似た色合いのリボンを城下町で王妃自ら買い、プックルの尾にしっかりと結び付けてやったのだ。それから何度となく、リュカやティミーやポピーが、そのリボンが解けそうになるたびにつけ直してやっていた。
彼女を助け出したら、きっと彼女はまた黄色いリボンを買って、新しくプックルの尾に結び付けてやるのだろう。その時が来るまでプックルは意地でも擦り切れたリボンを尾から外すことはない。命の恩人にも等しい彼女の手によって新しいリボンが尾に結び付けられるのを待ち続けているのだ。
プックルの雄々しい後姿に勇気づけられる。本心では怯えているのかもしれないが、彼もまたこの場で逃げ出す選択肢を見ていない。地下の穴の奥からの呼び声に気付き、それがたとえ罠であっても構わないと言わんばかりに、立ち向かうことしか頭にないのだと、リュカは子供の頃からの戦友の後を追う。リュカが進めば、ティミーとポピーが絶対的信頼を置く父の後を追いかけるように進み出す。小さな子供たちを守るべく、スラりんはポピーの肩に乗り、ピエールが成長していく子供たちの後を追う。最後尾から疲れを癒しきっていない仲間たちを見守るように、アンクルとサーラが続く。誰もがこの場から逃げ出そうとは微塵も考えていない。地上の塔の神々しい空気とは別の、邪悪な空気の満ちる地の下へ、皆が揃って足を踏み入れた。



「塔なのに地面より下まで続いてるなんて驚いたな……」
ティミーの声が地下の暗い空洞に響く。しかし地下にもまた、明かりが灯っていた。暗い洞窟の中を照らす明かりに、塔の中で感じていたような聖なる力は感じない。揺らめく燭台の炎は異様に赤々と燃え、洞窟内の景色を見せてくれるには役立つが、決して近づきたいとは思えない不穏で不気味な雰囲気がありありと感じられる。
「自然にできた洞窟でないことは明らかですね。かと言って、こんな場所に神の力を封印するとは思えませんね」
サーラが注意深く視線を向ける先に、既に敵の姿を捉えていた。洞窟内は広く、サーラもアンクルも悠々と移動することができる。そんな広い洞窟内で、彼らよりも大きな身体を揺らして移動してくる魔物がいる。腐臭が強まる。見たことのある魔物だと気づいた時には、リュカたちの前に冷たい空気が漂い始めた。
「おい、来るぞ!」
そう言ってアンクルはリュカたちの前に躍り出る。直後、アンクルを凍える吹雪が襲う。燭台の赤い炎が激しく揺れるが、悪魔のような顔つきで楽し気にそこに残る。魔の力により灯された炎もまた、消えることはない。
リュカたちの行く手を遮るように現れたのは、地下の洞窟で眠っていたはずのドラゴンゾンビが三体。遥か昔に強者に倒され、その身から生れ出た毒と共に沼地の一部と化していた死んだドラゴンが悪の手により再びの生を受けた。操り人形のようにぎこちない動きで、冷たく凍るような青い目を黒い眼窩の中に光らせ、リュカたちを見据える。
「リュカ殿、進むべき道はこやつらの向こうに続いています」
「できれば……間をすり抜けて行こう」
そう言いながらもリュカはティミーの肩を叩いて、すべきことを伝える。ドラゴンゾンビの口の中では既に冷たい空気が渦巻いている。ティミーは仲間たちを守るための防御呪文フバーハを念じ、敵の吹雪に備える。
プックルが駆け出した瞬間に、ポピーのバイキルトの呪文がその身体に宿る。矢のように飛び走るプックルが、三体並ぶうちの中央の一体、その足元に突っ込んでいく。ぐらりと骨ばかりのドラゴンゾンビの巨体がよろめく。すぐさまサーラが宙から追撃しようとするが、三体のドラゴンゾンビが息を合わせたように一斉に凍える吹雪を吐き出した。洞窟内を照らす赤の炎もさすがにその明かりを弱める。洞窟内の視界が悪くなる。
吹雪を耐えたサーラが、対抗するように宙からメラミの火球を中央の敵に飛ばした。冷え切った洞窟内の空気が一気に上昇する。更に体温を上げるように、アンクルが勢いよくベギラゴンの呪文を容赦なく放つ。敵との対峙の中で、一瞬の隙でも作れればそれでよいと、リュカは仲間たちが放った火炎の明るい景色の中に、三体の敵の様子を冷静に窺う。
骨しかないような竜は火の力に弱く、熱に身体を焼かれ叫び声を上げている。黒い眼窩の中に光る青の瞳が、その光を失っているのを見たリュカは、「行け!」とティミーとポピーの背を強く押した。父の手を信じ、双子は息を合わせて走り出す。三体のドラゴンゾンビの脇を駆け抜ける。既にプックルが先を駆けている。双子を後ろに見遣るプックルの澄んだ青の瞳と目が合えば、ティミーもポピーも笑顔すら見せて頼りになる魔獣の後を追った。
リュカとピエールも続いてその後を駆け抜けようとしたところ、中央のドラゴンゾンビの巨大な足が飛んでくるように踏みつけてきた。咄嗟に剣を構えたが、剣で応戦できるような大きさではない。ピエールがその足の下を滑り込むようにすり抜けるのと同時に、リュカはその場で踏みとどまる。結果、一人取り残される形で、リュカはドラゴンゾンビ三体の前に立つことになる。
「おらぁっ! お前たちの敵はこっちにもいるんだぜ!」
宙に飛ぶサーラとアンクルが、まるで獰猛な魔物であるかのように目をぎらつかせながらドラゴンゾンビを見下ろしている。かつては空を飛ぶこともできた竜だが、ゾンビと化した後となっては、その骨ばかりの翼で宙を舞うことはできない。ただの飾りとなり、むしろ背中に大きな骨が出ているだけで邪魔な存在の骨の翼を、ドラゴンゾンビは忌々しくはためかせている。
その様子に気付いたサーラが、一人取り残された状態のリュカの元へと急降下する。アンクルは宙に留まり、敵の目を惹きつけるように両手の中に火炎を生み出して見せる。二体の敵はアンクルに、しかし一体のドラゴンゾンビは人間の元へ急降下してきた魔物の動向を冷たい目でじとりと見つめている。
「一気に逃げますよ」
サーラはそう言うなり、リュカの身体を片腕に抱きかかえた。骨の翼をもつドラゴンゾンビは宙を飛ぶことはできないと、サーラはリュカを抱えたまま今度は一気に急上昇する。にやりと笑みを浮かべるアンクルと目が合う。下から強烈な吹雪が吹き上げて来るが、それを躱しながら敵を飛び越え、再び急降下を試みる。
暗闇の中、プックルが疾走する。その赤い尾を追うように、サーラがリュカを抱えたまま飛んで追いかける。アンクルが床で待ち受けていた双子を両手に掴み、ピエールがアンクルの大きな翼の間に入り込むように上に乗る。スラりんはポピーの肩に噛り付くようにへばりついている。背後からは三体のドラゴンゾンビが吐き出す吹雪が迫るが、敵は飛ぶこともできず、ぎこちない骨だけの動きで走ることも叶わない。アンクルの蹄の足に吹雪が一瞬追いついたが、その冷たさに小さな悲鳴を上げたアンクルが速度を上げ、逃げ切ることができた。
燭台の火が届かない場所は真っ暗で、視界が効かない。しかし進む先にも同じように洞窟内を照らす明かりが灯されているようだった。幸いにもこの世に再びの生を受けたばかりのドラゴンゾンビらの動きは鈍く、リュカたちが逃げる速度には追いつけない。ある程度の距離を開け、洞窟の角を曲がって姿を消してしまえば、もう敵は追ってはこなかった。
進んだ先にも洞窟は広がっていた。敵から逃げ切ったリュカたちは風の音だけが静かに響く洞窟の中を歩いて行く。道は分かれず一本で、迷いようのない構造だが、ただ想像よりも広い穴がずっと続いている。
開けた場所にたどり着いた時に見えたのは、更に下に続くと思われる大きく暗い穴の存在だった。人が造ったのか、はたまた魔物の手に依るものなのか、床も壁も天井も石で作られたこの洞窟は明らかに何者かの手に依って造られたものだと分かる。そもそも自然にできた洞窟内に、火を灯す燭台が置かれているわけがない。ただ新たにたどり着いた空間に灯される燭台の炎もまた赤々と不気味に燃えており、決して地下の洞窟内に地上の塔の聖なる光は届いていないのだと感じられる。
「ぐるるる……」
プックルが闇にも見える下に続く穴に目を向け、低い唸り声を上げる。背後からは距離を開けて逃げたドラゴンゾンビが機械的にリュカたちを追いかけてくる気配がする。前に進むしかないのだと、リュカはプックルの背中の赤毛を一度撫で、下に広がる冷たい空間へと足を踏み入れる。
水に湿った階段を降りた先に感じた冷気に、リュカは思わず後ろを振り向いた。プックルは既に同じ方向へと目を向けていた。ドラゴンゾンビが吐き出す凍える吹雪のような直接的な冷気ではない。身体を包み込む恐怖のような、身体の内側から凍りつかせる冷やりとした空気だ。
振り向いた場所には暗闇が広がっているだけだった。リュカたちが降りた場所は真四角の広間の形をしており、その広い空間は四本の巨大な燭台の明かりによって照らされていた。人間のリュカも視界に困らないほどの明るさの中に身を置けば本能的に安心するはずだが、燭台の上に揺らめく赤い魔物のような炎を見れば途端に緊張に身体が包まれる。四角い広間の本来の色など分からず、ただ赤く不気味に揺れる炎の明かりに照らされ、空間全体が危険を知らせるような赤に染まっている。
広間からは道が四つに伸びていた。四角の広間のそれぞれの辺から大きな暗闇がぽっかりと口を開け、道を伸ばしている。どの道を行こうかと選ぶ余裕はなかった。四つの内、三つの通路から魔物の気配が迫ってきていた。リュカとプックルが目を向けていた先からも、危険な魔物の気配が近づいてきている。
「ここで戦えば確実に数でも強さでも敵いません。通路に身を潜めた方が良いかと」
暗闇にも目が利く魔物の仲間たちは既に迫る敵の数をその目に見ている。ピエールの言う通り、リュカは唯一魔物の気配が感じられない通路へと仲間たちを誘導する。するとその動きをまるで楽しむように、リュカたちとの距離を徐々に詰めながら魔物たちが迫ってくるのが分かった。
通路の中であれば、大勢の魔物との戦闘は避けられると、リュカはすぐ後ろまで迫ってきていた魔物と対峙しようとした。しかし途端に通路の幅が広くなり、先ほどとは異なる広間に出たのが分かった。燭台の明かりはない。ただ耳に聞こえる自分たちの足音が、唐突に遠くに感じられたのだ。音を反響させる壁も天井も遠くなり、背後には水の気配もあった。地下水が湧き出ているのか、微かに水が流れる音も聞こえる。
しかしそのささやかな音は魔物の荒々しい足音によってかき消された。サーラがリュカと子供たちのために火を灯し、視界を明るくする。目の前に見覚えのあるような魔物の顔があった。ティミーの全身ほどありそうな巨大な剣が振り下ろされる。リュカが態勢を崩しながらも後ろに飛び退り、水に濡れる床に足を滑らすが、どうにか耐えた。
牛のようなサイのような顔をした魔獣が、リュカたちを鋭い目で見据えていた。その数四体。敵を敵と定める余裕もないまま、サーラが灯していた炎に魔力を込め、メラミを放つと同時に、戦いが始まった。
魔獣グレンデルの剣を一太刀でも食らえば、それだけで昏倒してしまうだろうと、ティミーとスラりんが息を合わせるようにスクルトの呪文を唱える。すぐさま対抗する呪文を唱えてこないところを見れば、敵はあの竜人シュプリンガーのようにルカナンの呪文を使うことはできないようだ。
それでもポピーなどは一度でも敵の攻撃を食らうことはできない。彼女もそれを承知しており、皆に守られる場所に自身の立ち位置を確保する。邪魔にならないように、邪魔をしないように、後方支援に努めるのが彼女の役目だと彼女自身が心得ている。
プックルの素早さに、敵はついてこられない。矢のように飛んで行くプックルの一歩後を、グレンデルの剣が空気を切り裂くように振り下ろされる。しかしプックルもまた、敵に一撃を食らわせることができない。グレンデルの身体は固い鎧に覆われており、尚且つ手には剣だけではなく盾も持ち、身の護りを固めている。プックルが敵の首に牙を剥けようとしても、盾に弾かれてしまえばその牙が届かない。
ポピーはプックルに向けて放とうとしていた呪文を切り替える。味方の攻撃を高めるよりも、敵の守りの力を削がなくてはならない。ポピーの肩に乗るスラりんもすぐさま彼女の気配に気づき、同時に呪文を唱える。グレンデルの防御力がみるみる落ちて行き、その状態に敵の表情から余裕の笑みが消えた。
プックルが敵の足元を狙うのを見て、リュカは敵の首を素早く狙う。庇い損ねた首にリュカの剣を浴び、敵が叫び声を上げる。いくら防御力を削いだからと言っても、敵の太い首が一太刀で落とされることはない。先ずは一体を倒さなくてはと、ピエールが追撃しようとした時、敵の首に癒しの光が飛んでくるのが見えた。
「回復呪文を使うのか!」
仲間のグレンデルが唱えたベホイミの呪文に傷を癒した敵が、すぐさま反撃に出る。飛びかかろうとしていたピエールに巨大な剣を振り下ろす。ピエールはすかさず盾を構え、敵の剣を受け流そうとしたが、あまりにも強いその力に床の上を吹っ飛ばされた。
「おい! あっちからもなんか来るぜ!」
今まさにベギラゴンを唱えようとしていたアンクルが、ふと気づいたように広間の先に伸びる未知の通路を宙から睨んでいる。その気配は目の前のグレンデルとは異なる。洞窟内に響き聞こえる咆哮はまるで竜の様だ。リュカたちの戦う音が洞窟内に響き渡り、その音を聞きつけたまだ見ぬ魔物が、魔物の性を刺激されたようにリュカたちのいる場所へと近づいてくるのが分かる。
「リュカ王、これ以上の敵と同時に戦うのは難しいです。一先ず、あちらの通路に向かいましょう」
サーラが手に灯す炎でその方向を指し示す。リュカたちのいる空間から伸びる通路は三つあり、その内の二つを魔物により塞がれている。そしてその唯一残された通路に向かって、敵グレンデルがリュカたちを追い込もうとする。その様子に何かを感じたリュカだが、考えたところで道は一つしかない。
リュカたちが通路に向かえば、当然のように四体のグレンデルも追いかけて来る。しかし無暗に襲いかかってくることはない。アンクルに等しいほどの巨体で、四体が揃って剣を振るうには少々狭い通路だ。呪文で攻撃を試みても良いが、下手に攻撃をして敵の戦闘意欲に火を点けても上手くない。幸いにも背後に敵の気配はない。リュカたちは敵との距離を一定に保ちつつ限界まで後ろに下がれば、そこには更に下へ向かう暗い階段がサーラの灯す明かりに見えた。
四体のグレンデルは相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、リュカたちを奥へ奥へと追い詰める。進むべき道は下り階段しかない。敵が逃げ道を与えてくれているわけがないと思いつつも、できるだけ戦闘は避けたいのだとリュカは仲間たちと共に下り階段を降り始めた。
もはや敵に追い詰められているというよりも、誘導されているという感覚に陥っていた。下りて行った先、敵が追い詰めようとする先に明かりが見えた。洞窟の開けた場所だとその明かりの中の景色を後ろにちらと見て、リュカはティミーとポピーを背後に庇いながら下がり続け、プックルは双子を背後に庇いながら前に進み続ける。明かりの灯る場所は開けているとその空気に感じる。あの場所に出た瞬間に、呪文で一気に勝負をつけようと考えていた。通路の中で、仲間たちが一斉に呪文を放つのは危険すぎる。確実に自分たちの放った呪文の巻き添えを食らうに違いない。
しかし火の灯る開けた空間に飛び出した瞬間、前を進んでいたプックルの足が急停止した。突っかかるようにティミーとポピーがプックルの身体にぶつかる。リュカは後ろに見える開けた空間の景色に、用心深く目を向けた。
そこには同じ魔物グレンデルが四体、リュカたちの到着を待ちわびるかのようにそこに立っていた。そしてその魔物の奥に一体、似た姿をしているがグレンデルよりも一回り身体の大きな魔物が、狂気の孕む目をプックルに向けている。
「なんだお前は?」
がらがらと喉を低く鳴らすような声が響く。粗野な魔物はその皮膚を赤紫色に染め、赤の目を怪しげに揺らしている。既視感のある魔物の姿に、手にしていた剣を握る力が自ずと強まる。
「お前は……」
その狂気に満ちる赤の目を、リュカは同じような暗い洞窟の中で目にしたことがあった。強いことが全てと言わんばかりの無数の鋭い棘が飛び出る巨大な盾、手にする武器はどれほどの人間を殺めて来たか分からない、まるで巨大な鈍器のような斧だ。刃の手入れをする必要などない、大きければそれで事足りると、かつて父パパスを痛めつけた宿敵ゴンズは軽々と斧と盾を両手に持っている。
リュカたちを追い詰めていたグレンデルらは、このゴンズを主として崇めているのだろう。ゴンズの立つその場所へとリュカたちをまるで生贄を捧げるように、八体のグレンデルが通路を塞ぐようにして並び立つ。
「お前は覚えていないんだな」
そう言葉にすれば、リュカの中で怒りが確かなものになる。リュカ自身も記憶は朧気だ。しかし父パパスが大きな二体の魔物を相手に戦い、あの古代遺跡の冷たい床に倒れていたのを思い出せば、その奥にこの牛ともサイとも分からない魔物の狂気に満ちた赤の目を思い出すことができる。倒れた父を見下ろすその目は今と違わず、狂気に満ちている。戦うことではなく、痛めつけることに喜びを見い出す目をしている。
リュカの暗い声を聞き、ゴンズは狂気の醒めない赤の目を揺らす。赤紫色の牛の魔物に、幼い頃のリュカの記憶など一欠けらも残っていないようだ。この魔物はただ戦うことに執心し、相手を痛めつけることさえできれば、その他のことは一切がどうでも良いのだと、無駄な記憶を持ち合わせることをしない。ゴンズと言う魔物の心はただ一つ、狂気しか残されていないのだろう。
「そうか、ゲマさまが言ってたリュカとはお前たちのことだな!」
唯一ゴンズが敬う、更に狂気を重ねたようなゲマの残す言葉だけはそのさほど大きくはない脳みそに刻まれていた。ゴンズの口からリュカの名が出たことに、ティミーとポピーがその身を恐怖に固める。名を呼ばれると言うことは、知られていると言うこと。父がこの恐ろしく悍ましい魔物に知られているのだと思うと、双子の背には自ずと冷たい汗が流れた。
「リュカ殿、容赦は要りませんね?」
ピエールの静かな確認に、リュカは躊躇いなく静かに頷いた。父の仇の魔物だ。容赦などいるものかと、リュカは冷たい視線をゴンズに向けながら剣を構える。
「ゲマ様の手を煩わすこともあるまい。ここで死ねっ!」
ゴンズの声を合図に、八体のグレンデルが一斉に襲いかかってくる。宙を飛ぶアンクルが牽制をかけるように、しかし確実に倒すことを念頭に思い切りベギラゴンの呪文を放った。スラりんが重ね掛けするようにスクルトの呪文を唱えると、その声を肩に聴いたポピーがすぐさまルカナンの呪文を唱えた。
八体のグレンデルが暴れる姿をまともに見てしまえば、恐怖に身が竦んでしまいそうになる。しかし自身は守護呪文が守ってくれているのだと信じ、ティミーは小さな身体を生かしてグレンデルの足元に狙いを定める。アンクルが宙から火炎の嵐を浴びせまくり、グレンデルの注意は主に宙へ向けられている。その隙を狙い、ティミーが滑り込むようにグレンデルの足を鋭く斬りつけた。ルカナンの呪文の効果が、敵の足に斬りこむ深さに現れる。
しかし敵は八体いる。内の一体がティミーの身体を掴み上げた。振り下ろされる巨大な剣を、ティミーが盾で受け止め、同時にスクルトを唱える。盾の威力が増し、敵の剣を跳ねのける。一瞬の隙を見て、宙から滑空してきたサーラがティミーの身体を攫う。ティミーはサーラに礼を言ったが、サーラが彼に構わず呪文を唱えていた。彼の手から火球が飛び出すことはない。ティミーははっと気づいたように、自らも同じ呪文を宙から唱えた。
ゴンズの巨大な斧がリュカに迫る。巨体の割に、動作が速い。迂闊に剣で受け止めれば、一度で破壊されてしまうだろう。縦に横に斜めにと、リュカの体重よりも重量のある斧が空を切り裂く度に、耳障りな轟音がリュカの耳の近くを過ぎて行く。
足元が疎かになっていると言わんばかりに、その両足にプックルとピエールが突っ込んでいく。しかしそれにもゴンズは素早く反応した。鋭い棘の飛び出す盾を足元に構え、敵の動きを封じ込める。ピエールは寸でのところで棘を食らうことはなかったが、プックルはそのまま棘に突っ込んでしまった。獣の悲鳴が上がり、ピエールがすぐさま回復呪文を唱えようと手を伸ばすが、その身体もまた棘の盾で弾かれてしまった。守護呪文の効果で致命傷は避けたが、痛みと衝撃で回復に手間取る。
リュカが仲間を回復する暇は与えられない。ゴンズの斧は常にリュカを標的としている。その目は血走り、目の前のちっぽけな人間をどう料理してやろうかと、それだけを楽しみに考えている。その目からリュカは目を離さず、一瞬の隙も与えないよう、一瞬の隙も見過ごさぬよう、唸りを上げて自身を狙う斧を際どく避け続ける。
ゴンズの斧がリュカの左腕を掠める。守護呪文の効果があるにも関わらず、血飛沫が飛び散った。まともに受けてしまえば、守護呪文の効果など跳ねのけた威力を見せるに違いない。腕でも足でも首でも、敵の思うように吹っ飛ばされるのだと、リュカは左腕の痛みなど感じないままひたすら敵の攻撃を避け続ける。
「いつまで避けられるかなぁ! じきに体力が尽きるだろうよ。お前は非力な人間だからな!」
グレンデルよりも更に大きな身体のゴンズは、その体力も化け物なのだろう。斧を振り続けていると言うのに息を乱すこともない。怪我を回復したプックルが飛び上がって敵の顔を狙う。同時にピエールが敵の足を狙う。ゴンズはプックルを棘の盾で弾きつつ、足元のピエールを蹴飛ばしてしまう。戦うことに長けたゴンズは、その目で敵を見なくとも、感じる闘気に反応するように攻撃を受け付けない。
しかしゴンズを頭と思い、半ば崇拝しているグレンデルらはそこまでの強さを身に着けているわけではない。アンクルのベギラゴンの火炎に身を焼かれ、ポピーのイオラの呪文に激しく身体を傷つけられれば、それだけ体力も命も削られていく。サーラに抱えられ、宙から飛びかかったティミーの天空の剣がグレンデルの脳天に突き刺されば、敵の回復呪文も追いつかずに一体がそのまま絶命した。ティミーを離すと同時に、サーラが宙から敵の首に廻し蹴りを食らわせれば、既に火炎に爆発にと傷つけられていた敵は床に倒された。
慌てるように仲間のグレンデルが回復呪文を唱えようとする。しかしその呪文は発動されない。グレンデルが苦し気に喉元を押さえる。サーラとティミーが密かに唱えていたマホトーンの呪文が、四体のグレンデルの回復呪文を封じ込めていた。
宙からアンクルが悪魔の形相でグレンデルの群れに突っ込んでくる。アンクルに向かって一斉に敵の剣が突き出される。その単純を見透かすように、サーラが地を這うように飛び、足払いをかける。三体のグレンデルが床に倒れ、内一体にティミーが斬りかかる。容赦は要らないと父はピエールの言葉に頷いていた。狙うは首。まだ敵の中には回復呪文を使えるものがいる。一気に仕留めなくてはならない。ティミーの顔つきが子供らしさを置き去りにして、雄々しさ凛々しさに染まる。
敵が回復呪文を唱えようとした矢先、ポピーの手から無数の氷の刃が飛び出す。防御力の落ちた皮膚を切り裂くような氷の刃の攻撃に、敵が悲鳴を上げるや否や、ポピーは間髪入れずに呪文を唱える。まるで魔女のように呪文に長けた少女にとっては、非常に簡素な呪文だ。
敵の目が宙を彷徨う。目の前に現れた幻に向かって剣を振り上げる。マヌーサの呪文にかかった敵は三体。既に倒した敵は三体。残る二体に集中して皆が襲いかかって行くと、どちらが悪魔か魔物か分からないと言うように、正気を保ったままの二体のグレンデルは恐れをなして逃げて行ってしまった。
「その小さいのが厄介なことをしてくれてんだな」
リュカに斧を振るい続けながらも、ゴンズは確かにグレンデルらの戦いを感じ取っていた。敵の言葉を聞き、リュカは剣を握る拳に力を込める。ゴンズの赤い目が愉し気にリュカの向こうを見遣る。一瞬の敵の溜める瞬間に、リュカは素早く剣を突き出した。ゴンズの棘の盾をすり抜け、敵の左腕に確かに剣が突き刺さった。
「お父さん!」
ポピーの悲鳴のような声と共に、彼女はまたしても呪文を発動した。剣を持つリュカの力が一気に強まる。バイキルトの力を得たリュカは、剣を掴む拳に力を込め、ゴンズの左腕を中ほどまで斬り込んだ。棘の盾が床に落ちる。ゴンズの左腕はまだ繋がっているが、力を失い、だらりと脇に垂れ下がった。
「面白いことをするもんだぜ」
痛覚を失っているのか、左腕から血をだらだらと流しながらも、変わらず笑みを浮かべている。そして今度はリュカたちの隙を突くかのように、ゴンズが宙に飛び上がった。翼もないのに、リュカの頭上遥か上まで跳躍したゴンズの姿に、皆が唖然とした。
ゴンズがポピーの前に地響きを立てて降り立つ。突然目の前に降り立つ怪物に、ポピーは身が竦みあがって動けない。巨体に似合わず素早く斧が振り下ろされる。その影を突き破るように、サーラがポピーを突き飛ばす。ポピーは巨大斧を免れたが、サーラの背中に振り下ろされた斧は、その翼を破壊した。
近くにいたティミーが回復呪文を唱えようとしたが、ゴンズの振り回す斧が頭上を掠め、思うように行動できない。ピエールとリュカが離れた場所から回復呪文を飛ばそうとするが、ゴンズの巨体が邪魔をしてサーラに届かない。
「チビ二匹が厄介だ」
そう言うなり、ゴンズは右腕に力を込めて、床を叩き割るかのように斧を振り下ろす。空気が押され、沈む。直線状に双子がいる。見えない打撃が飛んできて、ティミーは頭に衝撃を、ポピーは背中に衝撃を受け、押しつぶされるように床に倒れた。守護呪文のおかげで命拾いした形だ。もしその効果がなければ、二人の小さな身体は無残に潰されていただろう。
プックルの雄たけびが響き渡った。怒り狂ったプックルが駆け出す瞬間、リュカがその背に乗った。アンクルがゴンズの斧に向かって急降下している。固い蹄で斧を蹴飛ばすが、弾き返された。その直後、プックルが敵の足元を狙う。ゴンズが宙に跳躍する。その時を逃さず、リュカは溜めていた魔力を右手から放出した。
バギクロスの竜巻がゴンズの巨体を巻き上げる。痛みに鈍感な敵は悲鳴を上げることもない。アンクルがベギラゴンを唱えれば、竜巻の中に激しい火炎を巻き込み、巨大な火柱の中でゴンズの巨体が宙を舞う。
「リュカ殿!」
ピエールの声にリュカは冷静さを取り戻した。ピエールがティミーの身を起こしながら、すぐにポピーの回復にかかっていた。その姿を認め、胸を撫でおろしたのも束の間、リュカを激しい打撃が襲う。マヌーサの呪文の効果から解き放たれたグレンデルがリュカの背中に斬りつけたのだ。
リュカが床に倒され、追撃を食らう直前、ピエールが敵の巨大な剣を弾き飛ばした。力が漲るピエールもまた、リュカ同様バイキルトの呪文の効果を得ている。ピエールに傷を癒された瞬間から、双子は戦線に復帰していた。
「ちょこまかと、小賢しいヤツらめ」
ゴンズが再び斧を振り上げる。サーラの回復にかかっていたティミーごと、アンクルが上から覆いかぶさり守る。プックルがポピーと彼女の肩に乗るスラりんを護るように床に伏せる。空気が揺れる。ゴンズの巨大斧の威力が、床に一直線に伸び、床石を破壊する。その線上を脱したリュカとピエールが、補助呪文バイキルトの効果を得た剣に力をこめ、ゴンズの右腕に同時に飛びかかる。
ゴンズの赤の目が、信じられないと言うように床に落ちた自身の右腕を見つめた。巨大斧が握られたままの右腕が切り離された痛みも、完全に魔に落ちた敵は感じていないようだ。痛みを感じないことは果たして幸せなことなのだろうかと、リュカは間もなく死を迎える敵を僅かな憐れみを感じた。
「父の仇を討たせてもらう」
「な、何の話だ。誰なんだよ、お前。おい! お前ら! 俺様の怪我を回復しろ!」
左腕も半ばで斬られ、棘の盾は既に床に転がっている。右腕は完全に切り取られ、斬り落とされた腕ごと巨大斧が床に転がっている。ゴンズの攻撃の手は完全に潰えている。頭と崇めていたゴンズのその姿に、場に残されていたグレンデルは夢から醒めたように、恐怖に顔を歪め、じりじりと後退ったかと思うと、一目散に洞窟の奥へと逃げ出した。手下と勝手に思っていた元同族の仲間たちに見放されたゴンズは、哀れな魔物だとリュカは思ったが、それも一瞬のことだ。力だけで掌握した関係など、力を失えば、崩れる時は一瞬だ。
「な、なあ、お前も回復呪文が使えるんだろ? 俺様の怪我を回復してくれたら、お前の仲間になってやっても……」
「一つ聞きたいことがある」
リュカの声は静かだった。見守る仲間たちも静かにリュカの後ろに控えている。先ほどまでの戦いの激しさが床に壁に残っていたが、今は広間に灯る燭台の魔の火が不気味に笑みを浮かべているだけだ。
「ビアンカはどこだ」
「はあ? 誰だよ、それは。知らねえよ、そんなヤツ」
「思い出せ。お前はあの外道の側近なんだろう。知っているはずだ」
「知らねぇって言ってんだろ! 何なんだよ、そいつは。人間なのか? 俺様たちが知ってる人間なんて、とっくにこの手で……」
そこまででゴンズの言葉は途切れた。リュカが容赦なくその太い首に剣を突き立てていた。続けようとしていた声を奪われ、声が出ないことに赤の目を驚き見開き、リュカを見ている。ゴンズの目を見返すリュカの目は完全なる闇だ。濁りも混ざり気もない、完全なる漆黒のリュカの目に、ゴンズが初めて怯えを見せた。命乞いをすることさえ許されないと、ゴンズの声を奪ったまま、その太い首からリュカは剣を引き抜く。そして両手に剣を持ち、前のめりに倒れて来るゴンズの首の後ろから一気に斬り込んだ。大きな首がごろりと床に転がる。父の仇を討った。しかしまだ完遂したわけではない。
「リュカ王、この魔物が持っていたようです」
サーラが手にしているのは、明るい琥珀色をした宝石だった。大きさはリュカの頭ほどで、その中央に深みのある赤の線が一本通っている。その線は中ほどでやや膨らみ、まるで開きかけている瞳を思わせた。ゴンズが倒れるのと同時に、その身体から解き放たれるようにこの宝玉が飛び出したらしいが、リュカはまるで気がつかなかった。
「二匹の魔物が竜の目を……これがその一つではないでしょうか」
ピエールもまたサーラの手に乗る明るい琥珀色の宝玉を兜の奥から覗き込んでいる。リュカたちはかつて、天空城を浮上させるためのゴールドオーブを目にしたことがある。それと同じ、若しくはそれよりも強い輝きを、この宝玉から感じた。ゴンズのような魔物の手にあり、乱雑に扱われていたであろう宝玉だが、どこを見廻してみても傷一つついていない。
「じゃあさ、もう一つあるんだよね、竜の目」
「二匹の魔物……もう一人いるのね、敵が」
「取り返さなくちゃいけないね」
ゴンズを倒したこの広間はただ静かな空間と化した。リュカは部屋を照らし続ける真っ赤な血のような炎を見た。リュカに向かって愉しげに笑いかけてくるように、炎は揺れる。敵は炎を自在に扱うのだろう。その揺れる炎の中に敵の姿を見た気がした。仇は楽しみは後に取っておくのだと言わんばかりに、舌なめずりしてリュカを待っているに違いない。
「アンクル、これを持っていてくれるかな」
「オレが? まあ、そうだよな。こんなにデカイ玉、オレかサーラぐらいしか持てないもんな」
「荷物持ちにさせちゃって悪いね」
「いいんだよ、んなことは。早く行かなきゃなんねえんだろ。急ごうぜ」
アンクルはサーラから竜の左目を受け取ると、腰回りに巻きつけてあるフック付きロープの内側に潜り込ませて固定した。ロープに宿る魔力と、宝玉の持つ神の力が反応し、互いに引力で結びつくように絡み合い、まるでアンクルの身体の一部になったかのようにしっかりとその巨体に固定された。
「うげっ、気持ちわりいな。この玉がオレにまとわりつく感じがするぜ」
「ピー、ピキー!」
「ああ、そうか。お前みたいだと思えばいいんだな」
魔物の仲間たちの会話に、リュカの荒みかけた心がいくらか解けていく。両手を子供たちにそれぞれ取られれば、生きている二人の温かな体温に、冷えていた心も体も温まる。前を行くプックルとピエールが振り向いてリュカを促す。後ろにはサーラが控え、その存在だけで、荒れそうになる心を鎮めてくれる。頼れる仲間たちと共に立ち向かえば必ず成し遂げることができると、リュカは嗤う赤い炎が灯る広間に背を向けた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様

    ゲームでもゴンズの攻撃力はとてつもなく高いですよね、今回はゴンズの馬鹿力をうまく描写されましたね。
    ゴンズの床にたたきつける攻撃は地面が割れる…地割れ攻撃みたいな感じでしょうか?
    ゲームでもそうなんですが、ゴンズより、ジャミの方が強さも賢さも実力は上、上司ゲマは部下の実力を把握しきれていなかった…なんとまあ情けない!
    デモンズタワーのジャミ、そのジャミのレベルを上げステータスをあれより1・5倍ぐらい底上げして、特技をバギクロスの他にマヒャドやメラゾーマあたりを使い、凍える吹雪あたりのブレス技を使わせて龍の右目を守らせていたら、ゴンズよりかは右目を守れたかもしれませんな(笑み)
    ゴンズもあの攻撃力にベホイミかベホマ、そして、バイキルトと攻撃上級呪文の一つでも使えたら、ジャミと同じぐらいの手強い後半の中ボスになれたのに…。
    しかし、bibiワールドのゴンズは手強い……くはなかったでしたね(笑み)

    bibiワールドのゴンズはリュカのことを本当に覚えていなかったんですね、あんなにむごいことをしておいて、リュカの名前を上司ゲマから聴いても分からなかった…リュカの怒りの心の炎をより大きくしてしまいましたよね。

    周りの仲間達、とくにティミーとポピーは、おじいちゃんパパスを殺した憎きヤツだと認識しているんでしょうか?

    次回はいよいよ、いよいよなんですね!
    とうとう最終ボスだとプレーヤー誰しもが思っていたヤツ、ゲマと闘うんですね。
    bibi様DSをここまでプレイされたから、感づいているかとは思いますが……SFCはここで終わるのに…リメイクはまだ終わらない…!。
    リュカの武器、パパスの剣改がプックル丸焼きにされた憎しみと怒りが。そしてティミーの天空の剣がピエールの破邪の剣がポピーのマグマの杖が!!
    次回すんごくすんごくワクワクです!

    そういえばbibi様、小説内現在、パトリシアはどこにいるんでしょうか?
    ボブルの塔はゲームでは馬車入れなかったでしょうか?入れましたでしょうか?
    たしか馬車無かったように記憶してますが…どうだったでしょうか?
    だとするとパーティ4人(SFCは3人)
    ちょっと気になっちゃいまして…すみません。
    あ!でも誤解しないでくださいね(笑み)
    小説内描写を考えるとパーティ半分は…とてつもなくしんどいです。
    次話心から楽しみにお待ちしております~。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントありがとうございます。
      ゴンズはどうしても前座になってしまうので、イマイチ力が入らなかったと言うか・・・そんなところです(おいおい)
      一体のボスとしての登場でも良かったんですが、ちょうどこの洞窟には同種族のグレンデルがいたので、一緒に登場してもらいました。回復役として入ってもらったんですが、大して役に立ちませんでしたね。強敵が回復手段を持っていると、たちまち厄介になるはずなんですが、そうならなかったなぁ。
      ゴンズは見た目の通り、頭はあまりよろしくないので、当然のようにリュカのことを覚えていません(笑) ゲーム中の会話でもそんな感じだったので、そのままの感じを出してみました。周りのみんなは憎き仇とはまだ気づいていません。ただリュカが何か不穏な空気を出していることには嫌でも気づいています。それが何なのかは、次回気づかされるかな。
      あ、そうそう、パトリシアさんはただいまグランバニアでのんびり放牧中と言うことにしてます。天空城でグランバニアに立ち寄った時より、彼女にはお留守番してもらっています。ゲーム中ではあり得ないことですね(笑)
      ゲーム内では塔には馬車も入れないんですよね。だから3人か4人で行かないと行けないという、結構シビアな状況です。だからこそ面白いんですけどね。ギリギリ感がたまらない。
      もしこのお話の中でその状況を設定してたら、リュカと双子、プックルで挑むことになるのかな。実際、最近プレイしたゲームではそのメンバーで挑みました。

  2. ケアル より:

    bibi様、自分もうまた…すみません間違えてますよね。
    さっきのコメントに龍の右目と書いてしまいました……
    龍の左目です。
    最近書き間違いが多くて申し訳ないです…
    m(__)m

    • bibi より:

      ケアル 様

      竜の両目、ややこしいですよね。私もお話を書いている際に、いろんなところで自分で設定した部分を間違えて書いてそうで怖いです・・・(汗)

  3. ピピン より:

    bibiさん

    ゴンズって直接攻撃しか無いんでしたね。忘れてました。
    ゴンズの攻撃に双子がやられた時はヒヤヒヤもんです。

    ブチキレるリュカ…当然の事ではありますが、bibiさんの書くリュカは特に温和なイメージがあるので、より際立ちますね。
    でもかっこよかったです。

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ゴンズ、そうなんです、直接攻撃しかない敵でした。私の中では力だけでのし上がったお山の大将のイメージで、そんな感じで書かせてもらいました。
      戦いの要を務める双子を狙うのは良い作戦でしたが、父親の逆鱗に触れましたね。リュカは普段は激しい感情を押さえているに過ぎない部分があるので、解放された時に一気に手の付けられない人になります。怖い怖い。

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