合同訓練?

 

この記事を書いている人 - WRITER -

ひと月半もの間城を空けていたリュカだったが、グランバニアに特別な混乱などはなく、国民は各々の生活を変わらず営んでいた。年末に差し迫り、皆は毎年恒例となる新年祭に向けて着々と準備を進めている。リュカにとっては二度目の経験となる国の新年祭だが、国の行事として行われているこの祭自体は一体いつから始まっているのかなど、オジロンもサンチョも知らないらしい。
新年祭の準備の中で、国王であるリュカとしてするべきことで最も頭を悩ませるのは国王としての新年の挨拶の言葉で、玉座に座る間も、城の中を移動する間も常にそのことがリュカの頭の中に治らない傷のように存在していた。
今年の年初めに、リュカは必ず今年中に王妃であるビアンカと母マーサを救い出すと宣言していた。しかしあと半月ほどで年が明けようとしているこの時分に、二人の救出は絶望的だ。母マーサが連れ去られたという魔界へ踏み込むことも不可能で、ビアンカに至っては未だその所在が何処なのか全く分からないままだ。
リュカが手にした情報の中で唯一、気がかりなことと言えばオラクルベリーでの占いババの言葉だ。三つのリングが合わさる時に別の道が示されるのだと、彼女は確かに言った。その内の二つを、リュカは奇跡的にも知っている。自分の左手薬指に着けている炎のリング、そして石の呪いを受けたビアンカの左手薬指には水のリングが嵌められている。
しかし三つ目のリングである命のリングと呼ばれるものを、リュカは占いババの口から初めて耳にした。それはとても高い所にあると彼女は占った。その言葉を基に、実はリュカは天空城に乗り込んでいる時に天空人らにその話をしていた。しかし天空人らは一様に首を横に振るだけで、命のリングと呼ばれる世界の宝物についての知識を持ち合わせていなかった。天空城にある巨大な図書室でも本を開いて見てみたりもしたが、その文字は凡そ天空人の使用する特別なもののため、リュカ一人で読める本は少ない。嫌な顔をする天空人を捕まえて読んでもらったが三つのリングについての細かな記述を見つけることはできなかった。そもそも、図書室に揃えられている膨大な図書すべてに目を通すこと自体、不可能だった。もしそれをやろうとすれば、リュカの人生をかけても終わることはないだろう。
グランバニアに戻った国王が、日がな一日図書室に籠るわけにも行かない。リュカは国の政務に就かねばならず、そしてセントベレスの山に囚われているであろう奴隷たちを解放するために動き出さねばならなかった。
先ずはテルパドールに飛んだ。女王アイシスに事の次第を説明し、協力を仰いだ。女王は快く協力を申し出たが、できることは少ないだろうという牽制も忘れなかった。乾いた砂漠の土地に興った国ができることは少ないという彼女の言葉は非常に現実的なものだ。彼女が最も守らねばならないテルパドールの民をないがしろにして、他所から人を入れることはできないと、むしろリュカにあまり期待を抱かせない回答を返したのだった。第一義的に自国の民を守るのは女王としての当然の意識だ。今の時点では話ができただけで良いと、リュカはアイシスに礼を述べ、砂漠の地を去った。
次にリュカはサラボナの地に飛んだ。ルドマンは相変わらず人の好い笑みを浮かべながらリュカの訪問を喜んでくれた。もしこの町に大量の移民が来るとしたら受け入れられるかと問えば、ルドマンはできうる限りは迎えようとやはり少しの牽制をリュカに見せた。今、セントベレスの山には囚われている奴隷がいることを話し、その人々を救い、地上に彼らの住む場所を設けなくてはならないことを素直に話せば、ルドマンの娘フローラが横から口を出した。
予てより建設を進めていたサラボナの学校が既に完成しているという。彼女と夫アンディが夢見て作り出した子供たちのための学校は、そもそもこの魔物の多くなった世の中で不幸にも親を亡くした子供のために建てられたものだ。彼女自身、ルドマンの実の娘ではなく、しかし自分を本当の娘のように大事に育ててくれた育ての父と母に感謝する思いで、未来を繋ぐ子供たちのためにと世界にも稀な巨大規模の学校を作ったのだ。その学校を、ぜひ使って欲しいとリュカへの協力を惜しまない姿勢を見せてくれた。寄宿設備も調えているルドマン家の財力に、リュカは頭が下がるばかりだった。
リュカ自身、一体どれほどの人々がセントベレスの地に囚われているのかを知らない。しかしリュカやヘンリー、マリアがあの場所にいた頃よりも確実にその数は増えているに違いないという思いから、グランバニアとラインハットだけでは受け入れが困難だろうという見通しの下、予めテルパドールとサラボナの地を巡ったのだった。それはリュカの希望でもあった。まだ奴隷にされた人々に生きていて欲しいと、死にたくなるような場所だが、それでもまだ生きて、そんな彼らを救い出したいと、リュカは行動を起こすことでその気持ちを膨れさせて行った。
グランバニアにいる間は、常にリュカの傍をティミーとポピーがついて回るような状態だった。さすがにひと月半以上の留守は堪えたらしく、リュカがグランバニアに戻った際には双子の目には涙が滲んでいた。ラインハットやテルパドールにいてくれればポピーのルーラで飛んで行けたのに、常に移動する天空城へは行くことができないんだからと、ポピーなどは半ば怒り出すほどだった。
リュカ自身、天空城でセントベレスを目指す際にドラゴンの杖を持ち出したのは、万が一にでもポピーがこの杖を通じて天空城へ来ないようにするためだった。竜神と通じているドラゴンの杖の魔力は半端なものではない。またポピーの魔法使いとしての素質も半端なものではないため、彼女なら空を移動する天空城へのルーラもやってしまい兼ねないと、リュカはそれを防ぐ目的でドラゴンの杖をグランバニアに残してはおかなかったのだった。
「お父さん、今日はこれからどうするの?」
「この時間は兵士さんの訓練所で身体慣らし?」
「ポピーの方が僕よりも僕の予定を分かってそうだよね。そうそう、ほら、また新年祭で武闘大会に出なきゃいけないでしょ。だから少し訓練しておかないとね」
グランバニアの新年祭でのメインイベントとも言える武闘大会に、リュカは国王として、一人の戦士として、出場を余儀なくされている。リュカの従妹でもあるドリスの発案で始まった武闘大会だが、今やこのイベントを楽しみにする国民が殆どで、リュカはこの国の主としてもイベントを盛り上げるための努力をしなくてはならない。
「お父さん、オジロン様も訓練してるって知ってる?」
「そうなんだよね! ドリスに大会に出ろ~って言われてるから、オジロン様もよく訓練所に行ってるんだよ」
その話をリュカは兵士から聞いていた。少しでも国王代理としての執務から解放される時間があれば、オジロンは隙間の時間に訓練所で鍛錬を積んでいるという。大らかでありながらも、元来真面目な気質のオジロンは、いざ鍛錬の日々に身体を浸らせてしまえば、それを苦とも思わずに、むしろ気分転換にちょうど良いと言わんばかりの調子で訓練所から出てくると言う。リュカは直接オジロンの鍛錬の場を目にしたわけではないが、確実に一流の武闘家の身体のように引き締まってきているのを、傍にいると感じることがある。その雰囲気が、どことなく父パパスにも似ているようで、リュカは父といるような疑似体験をこっそり楽しんでいることもあった。
「そうだ! お父さんとオジロン様が手合わせしてみたらいいんじゃないかな?」
「手合わせしてみて、もし僕がこてんぱんにやられたらどうする?」
「ええ~、そんなのヤダよ」
「でも、その逆も見たくないかも……」
「でしょ? だからそう言うのは本番に取っておいた方がいいと思うよ」
双子との日々の会話は凡そ他愛もないものだったが、その中で一つだけ彼らが表情を曇らせる出来事があった。リュカたちが天空城でひと月半ほど空の旅に出ていた際、海辺の修道院から戻ったコリンズが風邪をこじらせ、しばらくの間寝込んでいたという。ティミーとポピーのように暑さ寒さに関係なく外で遊び回るわけでもないコリンズは、元来それほど身体が強いわけでもないらしく、海辺の修道院で元気に遊んだ後に体調を崩し、しばらくベッドから起き上がれずにいたのだった。
「氷があっという間に溶けちゃうんだもの……すごい熱だったのよ、コリンズ君」
「今はもう元気になったんだけどさ。それでもポピーはラインハットに行ってたよな、オジロンさんにもドリスにも止められてたのにさ」
「だ、だって、また熱が上がってたら氷が必要でしょ? 私ならすぐに氷が出せるもの」
「ま、おかげで最近はボクの方があんまり怒られないんだけどね~、ちゃんとお城にいるから」
「コリンズ君には悪いことをしたね。マリアも気が気じゃなかっただろうな……。僕からも後でマリアとヘンリーに謝っておくよ」
二人の話を聞き、そう応えていたリュカだが、天空城からヘンリーをラインハットへ送り届けて以来、彼とは会っていない。年の瀬にかかり互いに忙しくなっているというのもあるが、リュカはもう二度と彼を天空城へは連れて行かないことを密かに決めていた。毎日マリアと共に過ごす彼にとって、セントベレスの地への思いはあまりにも強すぎる。
そして彼は元来、気性の激しいところがある。一時の感情に流され、捨て身になることも厭わないようなヘンリーと、リュカは行動を共にしたいとは思えなかった。王位は弟が継ぎ、自分はいないほうがいいのだと、子供の頃から自身の存在を否定するところがあった彼の弱気は今も治らず心の底に残っているのだろう。リュカはマリアやコリンズ、そしてラインハットの人々の平和を守るためにも、二度とヘンリーを旅に誘わないことを決めていた。顔も合わせない方が良いだろうと、リュカはラインハットの友のところへ足を運ぶのではなく、ただコリンズに風邪を引かせてしまったことへの詫びの手紙を送ったが、友からの返事はなかった。多忙で返事を書く時間も取れないのかどうなのか、今もリュカには分からないままだ。
「あっ! 来た来た。遅いよ、リュカ」
「……なんでドリスがいるのさ」
「何でって、決まってるじゃない、あたしの訓練相手になって欲しいからでしょ」
グランバニアの兵士らが訓練する場は城内にも城外にも設けられている。城下町を丸ごと中に入れてしまっているグランバニア城の訓練所は二階にあり、そこで兵士たちは武器を扱う訓練を行う。城の中で激しい呪文を使えば、一階で生活をする城下町の人々にも危険が及ぶため、城内での訓練で攻撃呪文を使用することは禁じられている。訓練所のところどころに、明らかに武器ではない力で崩れた部分があるが、それらは主にティミーがうっかり呪文を発動させて壊してしまったところらしい。
「今日はピエールを相手に訓練する予定だったはずだけど」
「ピエールなら今日はラインハットに行ってるみたいだよ。何だか急に呼ばれたんだってさ」
「え、僕、そんなの聞いてないよ」
「じゃあラインハットから直接ピエールに連絡が行ったんじゃないの?」
「ラインハットから直接ピエールに連絡って、それって絶対にヘンリー様だよね」
「お父さん、ヘンリー様から何も聞いてないの?」
「……何だよそれ、僕には返事をくれないのに、勝手にピエールに連絡するなんてさ」
「男の嫉妬はみっともないよ、リュカ。しかも相手も男って……え? 何? 気持ち悪いんだけど」
ドリスは悪寒を感じるように両腕で自身の身体を抱くと、いかにも気持ち悪そうにリュカを横目で睨む。
「早いとこ、ビアンカ様を見つけないと、あんたたちのお父さんが妙な趣味を持つようになっちゃうね。おーこわ」
「妙な趣味って、何?」
「ティミーとポピーはそろそろ教会に行かなきゃいけないんじゃないのかな。ほら、もうこんな時間だよ」
「ううん、今日はもうお勉強は終わったのよ、お父さん。だからずっとお父さんと一緒にいられるの!」
湧き上がる嬉しさを抑えきれない笑顔を見せながらそんなことを言うポピーに、リュカは知らず破顔してしまう。ますます妻のビアンカに似てきたポピーだが、まだまだ子供の愛らしい表情を見せてくれる娘にリュカは瞬間的にも永続的にも生きていて良かったと感じる。親の愛の単純さをこういう時に知ることができるのだ。小難しい理屈など一つもない。
「お父さんが訓練する時はボクも稽古をつけてもらっていいって、オジロン様にもサンチョにも許してもらってるよ!」
「ただ大人を相手に訓練する時は、いつも防御呪文をかけておきなさいって言われてるけどね、お兄ちゃんは」
「あ、じゃあ僕がスカラをかけた方が効果が高いだろうから、今日はそうしておこうか」
訓練場には常に兵士たちの姿がある。リュカたちが姿を見せると、その予定を知っていた兵士らは皆揃って敬礼をしてリュカたちを迎えた。兵士らの訓練に当たっていた兵士長の一人、ジェイミーの姿を見つけるとリュカはひと際身長の高い彼に近づいて話しかける。
「訓練は続けていてください。僕たちはちょっとだけ場所を借りるだけなので」
「いや、しかし皆も国王と姫様の戦いぶりを楽しみにしておりまして、しばし見学の時間を設けております故……」
「いや、わざわざそんな時間を設けなくっても……」
「なかなか得られない機会ですし、国王の戦いぶりには色々と勉強させられるものがありますので、小一時間ほどは見学時間に充当しております」
「相変わらずきっちりしてますね、ジェイミーさん。参ったなぁ」
リュカが困惑した様子を見せても、真面目なジェイミーは表情一つ変えずに自分よりも頭一つほど低いリュカの見下ろすだけだ。既に予定に組み込まれているのなら仕方がないと、リュカは溜め息をつきながら羽織っていたマントを外し始めた。それだけで兵士たちから歓声が上がるような自分の立場に、リュカは未だに慣れないままだ。



「じゃあ、初めはあたしとリュカ。その次はティミーとリュカ。そんで最後はジェイミーとリュカ。ということで、決まりね」
「はっ!? 私も稽古をつけていただけるのですか?」
「いや、僕も初めて聞いたんだけど」
「他にもお父さんと手合わせしたい~って人がいたら、手を上げてくれればお父さんと戦えるってのはどうかな?」
「あ、それいいね、ティミー。採用しまーす」
「……お父さん、大丈夫?」
「ホント、僕の従妹は僕を苛めるのが好きだよね……」
ポピーの心配する声とリュカの呆れる声は、兵士たちの興奮する声によってかき消されていた。長旅で様々な戦いの経験を積んでいるリュカと手合わせ出来る機会など滅多にあるものではないと、若い兵士たちがこぞって稽古をつけてもらう者として志願している。その状況を見ながら、リュカは念の為「時間があればだからね!」と大声で牽制するのを忘れなかった。
ドリスは稽古着に身を包み、リュカと同じような黒髪は相変わらず短く切り揃えられ、彼女の武闘の邪魔にならない。どうせ汗をかいたり汚れたりするのだからと化粧っ気もなく、着古された稽古着は遠目から見てもあちこち傷んでいるのが分かる。今の彼女に一国の姫君の可憐さや清楚な雰囲気は微塵もない。しかしその分、彼女の身体を包む一流の武闘家としての気迫だけが外に現れ、いかにも好戦的な彼女のその目を見て、リュカは思わず目を細めて彼女から視線を逸らした。
「よーし、この一戦で勝った方にご褒美ってのはどう、リュカ?」
「ご褒美って、どんなの?」
「あたしが勝ったら、今度あんたがどこかに行く時に一緒に連れて行くのはどう?」
グランバニアの姫君として生まれたのはポピーと同じ立場のドリスだが、彼女は未だこの国を出て他の土地を見たことがない。通常であれば、守られる立場である姫が魔物が跋扈する外の世界をふらふらと歩き回ることは許されないことなので、それも当然の話だ。しかし勇者の妹として生まれ、類まれな呪文の使い手であるポピーは、父や兄や魔物の仲間たちと共に外の世界を存分に味わっている。同じ姫と言う立場にあってこの違い、ドリスは内心納得いかない思いを日々抱いている。
「たとえばそれを受け入れたとして、僕へのご褒美って何になるのさ」
「あんたが欲しいものを言えばいいじゃない」
「僕が欲しいもの、ねぇ」
改めて考えてみれば、リュカは自身の欲しいものについて真面目に考えたことがなかったような気がした。たとえば子供の頃に何か欲しいものがあるかと聞かれていれば、ただ純粋に美味しいお菓子なんかを答えていたかもしれない。しかしそれが本当に欲しいものかどうかと聞かれれば、別段なくても困らないものだ。
本当に欲しいものは恐らく、いつでも手の届かない場所にあったり、既に傍にあったりするものなのかも知れない。今となっては父と共に過ごす時間を手に入れることはできない。しかしサンチョの作る温かいシチューは望めば口にすることができる。もう長年母を捜し続け、今は妻もまたその所在も分からないまま捜し続けている。彼女たちの身の安全を願い、今すぐにでも救い出してこの場に連れて来たいが、今すぐ叶えられる願いではない。しかし妻との間に生まれた二人の子供たちは今もリュカの傍におり、元気な姿を見せてくれている。この状況で一体自分は何を望めばいいのだろうと、リュカには自身の欲しいものが思い当たらない。
「二人は何か欲しいものはある?」
自分のことを考えても思い当たらないリュカは、傍にいるティミーとポピーに身を屈めながら話しかけた。聞かれた二人は目を見合わせて、同時に首を傾げながら考え込み始めた。
「ボクもお父さんのドラゴンの杖みたいなカッコイイ武器が欲しいけど、あれってもう一つあったりしないよね?」
「お兄ちゃんは天空の剣があるじゃない。あれも伝説の武器なのよ、お兄ちゃんにしか装備できないんだから」
「ティミーは盾も兜もあるでしょうが。あんた、結構ゼイタクなこと言うんだね」
ティミーがドラゴンの杖の見た目に惹かれているのはリュカにもよく分かった。もしリュカが幼い頃にあのドラゴンの杖を目にしていたら、今のティミーと同じように目を輝かせて杖を持つことに憧れただろう。天空の剣には強者に立ち向かう勇敢さがあるが、ドラゴンの杖には世界の覇者となるような絶大な力を得たような気にさせる雰囲気がある。竜を象る杖を振り回すだけで、勝手に強大な呪文が飛び出してきそうな予感さえする。
「でも天空の装備って、まだ鎧が見つかってないのよね」
ぽつりと言うポピーの言葉に、リュカはふと現実に引き戻されたような気になった。決して忘れていたわけではないが、父パパスの遺した手紙には天空の勇者が装備するものに、剣、鎧、盾、兜が一揃いあるのだと書かれていた。その内の鎧だけがまだ見つからず、果たしてこの世に存在しているのかどうかも分からない。
「じゃあボクが欲しいものは天空の鎧だよ、お父さん! そうすれば勇者の装備が全部そろうんだもんね!」
「お兄ちゃん、そんな無茶言ったら、お父さんが困っちゃうでしょ。どこにあるかも分からないんだから」
世界のどこにあるのかも分からない、あるかどうかも不確かな天空の鎧という伝説の装備をティミーは欲しいのだと言う。息子が無邪気に明るくそんなことを言う状況に、リュカは思わず一瞬表情を失くした。あと一つ、天空の装備を揃えれば、ティミーはいよいよ勇者と言う使命から逃れることはできなくなるのだろうかと、リュカは無意識の内にも首を横に振る。
「……ポピーの言う通りだよ。まだどこにあるかも分からないんだから、ティミーにあげることはできないよ」
「あっ! じゃああたしの新しい武闘着はどう? そろそろこの稽古着も古くなったからさあ、新しいのが欲しいと思ってたんだよね~」
「僕がドリスに勝ったとして、どうしてドリスに新しい武闘着を買ってやらなきゃなんないの。……ポピーは何かないかな?」
「……私は、お父さんと一緒にいられればそれでいいです」
そう控えめに呟くポピーに、リュカもドリスも、周りに立つ兵士たちもその可愛らしさに皆息が詰まる思いがした。ジェイミーを筆頭に、数名の兵の目には涙すら浮かんでいる。
「そっ、それではこうしましょう。リュカ王が勝負に勝った際には、リュカ王と王子王女で一日のんびりされる時間を設けるのはいかがでしょうか」
「あ! それ、いいね! ジェイミーさん、良いこと言う~」
「でもお父さん、しばらく時間は取れないんじゃ……だって、お仕事忙しいでしょ?」
「年が明けてからになるかも知れないけど、一日ぐらいはどうにでもなると思うよ」
「ええ~、ちょっと待ってよ。そんな約束されたら、あたしが勝ちづらいじゃない」
この場で不平を述べるのはドリスだけだったが、彼女もまた自身の賭けた褒美に対して貪欲さを忘れなかった。このようなきっかけがなければいつまで経ってもリュカはどこへも連れて行ってくれないのだと、ドリスは周囲の国王一家への同情心など見ないふりをしてリュカとの手合わせに臨んだ。
兵士長直々に見学時間を設けられた兵士たちは、まるで闘技場の観客よろしく訓練場の周りに並び立った。しばらくざわついていた彼らの話し声も、ジェイミーを審判にリュカとドリスが互いに正面に立つと、一瞬にして静まり返った。
ジェイミーの始めの合図と共に、リュカはすぐさまドリスの蹴りの一撃を食らった。父オジロンとの特訓の成果が出ているに違いないその素早い動きに、リュカはぎりぎり目に見えるドリスの疾風のような動きからどうにか防御を続ける。初めの一撃の強さに思わず回復呪文を唱えかけるが、ジェイミーに「呪文は禁止!」とすかさず叫ばれ、その大声に反応した隙に再びドリスに腹を蹴り込まれた。地味な痛みに思わず顔が引きつる。
武闘に長けているとは言え、ドリスは一人の女性に過ぎない。男の手に掴まり、押さえ込まれれば適う術はないのが現実だ。それ故に、ドリスの戦法はつかず離れずを繰り返すことだ。一定の距離以上は踏み込んで来ない。少しでもリュカの懐に入りそうになったら、すぐさまそこから脱してしまう。戦いの経験を多く積んでいるリュカだが、ドリスのような素早く細かく動くような敵と対面したことは殆どない。魔物の動きは凡そ荒っぽく、あまり洗練されていないことが殆どだ。それに比べ、ドリスの一人の武闘家としての動きは丁寧に研いだ刃物のようにきめ細やかなものだ。
その一手一手が美しいもので、その姿には思わず兵士らから溜息のような歓声が上がる。リュカの頭上さえ軽々と飛び越えて行く身軽さは、もはや外の魔物にも通用するのではないかと感じつつ、それを彼女に伝える気には決してならない。言えば確実に調子に乗るのが分かっている。
一瞬、引くのを遅れたドリスの手首を掴もうと、リュカが手を伸ばす。掴んでしまえばこちらのものだと、散々に蹴られ殴られ痛みに体中が悲鳴を上げている身体を捩じり、リュカはドリスの手首を捉えた。しかしドリスもまた、リュカの手首を掴み返してきた。想定外の行動に、リュカに一瞬の隙が生じる。
体勢を崩したリュカが前につんのめる。その勢いを利用してドリスがリュカの腕を思い切り引く。地面に倒れるリュカだが、まだドリスの手首を離さない。ここからでも女性一人くらいなら引き倒すことができると、リュカはその手を強く引き、ドリスはあっさりとリュカの上にのしかかるように倒れた。
間近に顔を見合ったのは一瞬、先に笑みを浮かべたのはドリスだ。リュカの左腕を素早く捉えると、そのまま両足で腕を挟み、仰向けに倒れ込む。腕を十字に拉ぐ形で、リュカの左腕を完全に拘束してしまった。リュカが腕を解こうと力を入れても、完全に伸ばされた腕に力が入らない。身体を捩ろうにも首にドリスの足が絡みつき身動きが取れない。これが外での魔物との戦闘ならば、リュカは腕を折ってでもこの場から抜け出してしまうだろう。しかし今のこの場で、リュカはそうしようとは思わない。あくまでもこれは、グランバニアの城の中で行われている平和な手合わせのひと時だ。
「痛い痛い! ドリス、僕の負けでいいよ。だから離して!」
左腕を容赦なくぎりぎりと拉ぐドリスの女性とは思えない力の強さに、リュカは思わず本音で痛がった。リュカの敗北宣言を聞いても尚、ドリスはまだ腕を離さないまま「あたしの勝ちでいいんだよね?」と審判役を務めるジェイミーに確認している。ジェイミーは顔を真っ赤にして苦しんでいるリュカを見ながら、果たして国王は姫の技に苦しんでいるのか、はたまたただ女性の太腿や臀部が顔に迫っていることに顏を真っ赤にしているのかを束の間判断し損ね、そのお陰でリュカは瞬間意識を失いかけた。
ドリスの勝利宣言が告げられると、ドリスは飛び上がって喜んだ。リュカは顔をしかめつつ、自ら腕に回復呪文をかけながら状態を起こす。そしてまだ地面に座ったまま疲れたように溜め息を吐くリュカにドリスは満面の笑みで「今度、どこかに連れて行ってね、リュカ!」とまるで子供のようにはしゃいだ。そんな彼女の嬉しそうな様子を見て、リュカは勝負には負けたとは言え、今回はこれで良かったのかも知れないと今度は安堵の溜息を吐いた。
「お父さんがドリスに負けちゃうなんて……ちょっとショックだなぁ」
「違うわよ、お兄ちゃん。お父さんは優しいからきっとドリスに勝たせてあげたのよ。ね、お父さん」
「ん? う、うん、そうだね、まあそんなところだよ」
子供たちの信頼を裏切らないためにも、リュカは何とも曖昧に返事をした。ドリスに負けることはないだろうという驕りが自分の中にあったのは確かだった。しかし彼女は彼女でグランバニアの城にいる間に激しい鍛錬を積んだのだろう。前回の新年祭での武闘大会で対戦した時に比べれば明らかに成長していた。技の精度が上がっているのは恐らく彼女の父オジロンの影響に違いない。
「よーし、じゃあ今度はボクとだよ、お父さん! ボクが勝ったら、さっきのボクたちのお願い聞いてもらうんだ!」
「あはは、僕が勝ってもそのお願いになっちゃうから、どっちが勝っても同じだね」
天空城でひと月半ほども空を移動していたせいで、リュカの国王としての執務は年末にかけて休みなく予定を入れられている。凡そオジロンが国王代理としてグランバニアを治めているが、オジロンだけでは決めかねるような案件についてはリュカの判断を必要としているため保留となっているものが多かれ少なかれ存在している。それらを裁かねばならないリュカは今、オジロンや学者たちと相談しながら進めている。ただ彼らとの話になると一つ一つが長くなり、話が終わってみれば結局何一つ決められずに振出しに戻るというようなことが当たり前のように起こっているのだった。
何事も遅々として進まない状況と言うのは要らぬ苛立ちを生む。その苛立ちを解消するためにも、リュカにとって身体を動かすことは望ましい状況だ。ただでさえ玉座に座り続けるのはリュカにとって多大な苦痛を伴う。そして母を救い出す手立ても、妻の所在も分からないこの状況で、リュカが心を落ち着けるためにはこうして何も難しいことは考えない時間が必要だった。ただ逃げていると言われればそれまでだが、他にどうしたらよいのか誰か知っていれば教えて欲しいと、リュカは半ば投げやりな思いすら抱いていた。
リュカが天空城で移動していたひと月半ほどの間で、ティミーもまた身体の動きに成長が見られた。人間同士の素手での武闘となると、やはり体格差がものを言うためにまだ子供であるティミーに勝ち目はない。リュカがティミーの身体を捕まえてしまえば、それで勝負はついてしまう。しかし素早い動きを繰り返し、体力も子供の域を徐々に超えて来たティミーは、リュカの手になかなか捕まらない。確実に身体も成長し、一たびティミーの手を掴んでも、思っていたよりも重いティミーの力に引っ張られてしまうこともあった。
「お父さん、天空城でなまけてたんでしょ~」
ティミーに揶揄い半分にそう言われ、リュカはその通りだと返す言葉もなかった。セントベレスに向かう天空城でリュカは主に城の図書室にこもっていた。自ら身体を動かすということをしていなかったため、肩が凝り、首が凝るだけで、動きが鈍っているのは自分でも分かっていた。
リュカがティミーの手を掴みに行くと、ティミーは巧みに身体を捻ってその手から逃れてしまう。まるで鬼ごっこをしているようで、いつまで経っても終わらない遊びのようだった。見る者たちも親子の遊びを見ているような和やかさで、その雰囲気にリュカはこの勝負は果たして武闘だったか遊びだったか分からなくなってしまう。
雰囲気に飲まれたのはティミーも同じで、なかなか自分を捉えられない父リュカにいかにも楽し気に笑いかけるだけだ。ひたすら逃げまくるティミーには、楽しさ故の隙が生まれ、その一瞬にリュカが飛びかかって捕まえると、ティミーを抱きかかえたまま地面をゴロゴロと転がり、訳の分からない内に勝負が決した。
「あ~あ、つかまっちゃったよ~」
「これって武闘の手合わせじゃなかったかしら……?」
「ま、いいんじゃないかな。みんなが望むことをしたいだけだからさ」
ジェイミー兵士長初め、多くの兵士たちが訓練の合間にこうして楽しむ時間を作ることも必要だろうと、リュカは顔を綻ばせている兵士たちの様子を見てそう思う。精神が下手にたるんでしまうのは避けるべきだが、この時間が終われば再び彼らは訓練に励むのだ。
それにリュカの対戦はこれで終わりではない。最後に兵士長ジェイミーとの手合わせが待っている。
「はいはーい、じゃあ次はリュカとジェイミーね。あたしが審判するから、はい、位置についてください」
「え? ちょっとくらい休ませてよ、ドリス」
「何言ってんの、ただ可愛い子供と鬼ごっこしてただけでしょ。兵士たちだってヒマじゃないんだから、早くしてくださーい」
「ポピー、ドリスってあそこまで冷たかったっけ?」
「う~ん……多分、お父さんにだけだと思う」
ポピーの言葉もなかなか容赦ないものを感じたリュカだが、皆を待たせるわけにも行かないと立ち上がり、これ以上ドリスに不満を言われないようにといそいそと準備をする。リュカの目の前には既にジェイミーが直立しており、誰の目にも明らかな緊張した面持ちを見せている。
「ジェイミーさん、顔色が悪いよ。もし調子が悪ければ今回は止めにしておいた方が……」
「な、何を仰いますか! 折角リュカ王と手合わせできるこの機会を逃してしまえば、このジェイミー、悔やんでも悔やみきれません。今ならばリュカ王もお疲れで、もしかしたらこの私にも勝ち目が……ゴホン! というのは冗談で、新年祭では再び対戦できるとも限らない状況で、少々緊張が過ぎるからと言ってこの機会を逃すつもりは毛頭ございません!」
「うん、何かちょっと、聞き捨てならないことも言ってた気がするけど、ジェイミーさんが相変わらず真面目なんだなってことは分かったよ」
リュカがジェイミーの正面に立つと、やはりこの兵士長から伝わる戦士の気は尋常ならざるものがあると感じる。リュカよりも頭一つ分より大きな彼の身長もさることながら、鍛え抜かれた兵士長としての身体から放つ闘気はやはりパピンに次ぐものがあるとリュカは思わず感心してしまう。
実際のところ、リュカは全く疲れてはいなかった。初戦でドリスに敗北を喫したとは言え、外の世界で魔物らを相手にする戦いとは全く別物の、禁じ手も存在する人間同士の闘技の中でリュカの精神が疲弊することは殆どない。当然殴られたり蹴られたりすれば痛いが、命の危険を感じることはないため、戦っている時ですらリュカの心はどこか穏やかなままだった。
ドリスの合図で、リュカとジェイミーは改めて互いに視線をかち合わせる。ドリスのように先手必勝とばかりに飛び込んでくるジェイミーではない。ただプックルにも似た獣のような隙のないリュカの目を見て、無意識に固唾を呑んで時を窺っている。周囲で観客となっている兵士らもまた、固唾を呑んで国王と兵士長の戦いを見守っている。その雰囲気にリュカは、この戦いも自分は負けてジェイミーに華を持たせた方が良いのだろうかという考えが脳裏を過るが、それでは双子の子供たちの手前、あまりにも情けないと気を持ち直す。
リュカは先ず、長身のジェイミーの足を狙う。ジェイミーもまた、足を狙われることに慣れている。長身である彼はこうした武闘の試合の中では常に相手から足を狙われる。パピンと手合わせする時にもやはり、足を集中的に狙われるらしい。それ故に彼は足への攻撃の防御にも長けている。
相手の大きな拳が迫るのをリュカは見切る。ドリスの繰り出す拳のような速さはない。当たれば身体ごと吹っ飛ばされそうな威力があるが、リュカは集中力を切らさずジェイミーの拳を巧みに避けて行く。
互いに互いの攻撃を避けることに重きを置く戦いは、意外にも周りの熱を高めることになった。この戦いはただリュカとジェイミーの戦いという意味合いに留まらず、グランバニアを守る兵士たちに見せるための戦いだ。国を守る彼らの士気を高めるために、リュカはジェイミーと手合わせをしているのだとこの時はっきりとその身に感じた。国王だからと言ってリュカだけを応援するのではない。尊敬する兵士長としてジェイミーを応援する者も多くいる。兵士たちの間に確かにある深い絆を感じ、リュカは戦いの最中にも関わらず顔に喜色を表していた。
しばらく打ち合いが続き、ジェイミーが向けて来た大きな拳を、受け流しつつその腕を掴んだ。自身の方へ引き倒すように腕を引き、ジェイミーの体勢が僅か崩れたところで、脇腹を膝で打つ。そこで呻いて再び隙が生まれると思ったら、違った。ジェイミーはすかさず反撃に転じ、リュカの首の後ろから腕を回してきた。そして首を完全に固める。
「あ、それって前にあたしがリュカにやられた技だ!」
完全にジェイミーの腕に掴まったリュカは、首を絞められる圧迫に遭い、息ができない。こっそりジェイミーの脇腹を擽ってみたが、感覚が鈍いのか長身の兵士長には効かないようだった。以前ドリスにやられたように足を蹴ってみたが、こちらも効かない。たとえじわじわと効いていたとしても、ジェイミーがリュカの首を離す前にリュカの意識が飛んでしまうだろう。
「ま、参った……ジェイミーさん、離して……」
リュカのくぐもったような声がジェイミーには届かない。リュカとの戦いで極度の緊張状態に陥っているジェイミーは力加減も乱れ、更にリュカの首を圧迫してしまう。気絶する寸前のところでドリスが止めに入り、ジェイミー兵士長の勝利が高らかに宣言された。
青くなりかけていたリュカの顔に徐々に血の気が戻るのを、ティミーとポピーは心配そうに見つめていた。そんな二人と目が合うと、リュカは申し訳なさそうに力なく笑う。
「ごめんごめん、負けちゃったよ」
「ううん、いいの、お父さんが大丈夫ならそれでいいの」
「ジェイミーさん、強いね~。でも、ほら、お父さんは最近あんまり身体を動かしてなかったでしょ? きっとさ、運動不足ってやつだよ」
子供たちの気遣いの言葉が心に沁み、リュカは再び二人に頭を下げて謝った。父として子供たちの前で良い所を見せるべきだった場面で不甲斐なく勝負に負けた自分が、今更ながらに情けなかった。外での魔物との戦闘のような必死さがないとは言え、双子の父として、この国の王として負けてはいけない試合だったのではと、後になって悔やむ気持ちが沸いてくる。
「リュカ王、私なぞに華を持たせていただけるとは何たる光栄。貴方が本気を出せば、私など赤子の手を捻るほどのものでしょうが、それをこうして……このジェイミー、この一戦のこと決して忘れません!」
彼が言うには、もしリュカが剣を持ち、呪文の使用も許可されていれば、自分になど勝ち目はないと冷静に捉えているということだ。しかしリュカはそう単純なものではないと理解している。ジェイミーこそ兵士長として、普段は剣や槍を手にして戦う術を身に着けている。もし同じように武器を手にして、たとえ呪文を使える状況だったとしても、旅から離れて鈍ってしまったリュカでは今のジェイミーと戦っても五分五分の勝敗となるだろう。
「こちらこそありがとう。何だか……色々と反省しなきゃいけないことが分かったよ。このままじゃちょっとマズイから、僕もこれから本気で訓練していかないと」
「おっ? じゃああたしが付き合ってあげる! いつでも言ってよ、予定合わせるからさ」
「いや、僕はピエールやサーラさんに稽古をつけてもらうよ。あの二人ならちゃんと加減してくれそうだし」
リュカが今後必要としている力はあくまでも外の世界の魔物と渡り合う力だ。ドリスやジェイミーに武闘の力で負けているようでは、生死を賭けるような戦いに身を投じる危険が非常に高くなる。
ティミーの指摘の通り、リュカは天空城にいる間にさほど身体を動かすこともなく過ごしたために、明らかに戦闘能力が落ちていた。天空城で敵の奇襲を受けた時にはどうにか敵を退けたものの、今後再び旅に出ることになればこのままの状態では非常に危うい。
しかし今度旅に出るのがいつになるのか、まだ分からない。今のところ、リュカが掴んでいる有力な情報と言えば、オラクルベリーの占いババから聞いた三つのリングについての話だ。向かいたいと思っていたセントベレスの頂上には天空城でも届かないと分かり、リュカは目的を失ったような気でいたが、突き詰めるべき情報は既に持っている。
「命のリング……どこにあるんだろうな」
リュカに新たな道を示す三つのリングの話を、リュカは別段隠す必要もないだろうとグランバニアの近しい人間に話している。当然ティミーもポピーも、ドリスにも世間話のように話していた。兵士たちには国を守る職務があるため、特別話してはいなかったが、ジェイミーやパピンなどの兵士長クラスの人間は噂話程度にその話を耳にしている。
「高い所にあるって言うから、天空城も探してみたんでしょ?」
「うん、長いこと天空城にいたからさ、色々と聞いてみたんだよ、天空人の人たちに。何でも知っていそうなのに、リングについては何も知らないんだってさ」
ポピーの言葉にリュカはいかにもがっかりと肩を落とすように応える。既に何度か交わしている会話だ。高い所という曖昧過ぎる占い師の言葉を聞いて、ドリスなどはそんな占いなど当てにできないと一蹴している。
「やっぱりさ、もう一度天空の塔とか、あの神様の力が封じられてた塔とか、今まで行った高い所を見て来た方がいいんじゃないのかなぁ」
「あっ! エルヘブンにも高い塔があるわ。おばあ様が住んでいたって言う……魔物も出ないし、そこへ先ず確かめに行ってもいいのかも」
リュカも今まで世界を巡ってきた中で高い場所と想像すれば、ティミーのように天空の塔やボブルの塔を思い出していた。しかしあの場所には多くの魔物も蔓延り、予定の詰まった今の時期に向かうことはできない。第一、リュカの戦う力が落ちている今の状況で向かうには、危険度が増してしまう。しかしポピーが言うエルヘブンには行って確かめてみても良いのかもしれないと、リュカは短い息を吐いて考える。
「まあ、この世界で最も高い場所と言えばセントベレス山なのでしょうが、たとえあの山にその伝説のリングがあったとして、一体どのように行けばいいのか……天空城でも届かない場所なのですよね?」
「それならさ、神様にお願いすればいいじゃない。寝てる神様起こしてさ、『セントベレスまでよろしく!』って言えば連れてってくれるんじゃないの?」
「マスタードラゴンに乗ってセントベレスに行くの? うわ~、楽しそう! ねぇ、ボクも連れてってよ、お父さん!」
「私も、連れてって欲しいけど……マスタードラゴンはどれくらい高い所を飛ぶのかしら……?」
マスタードラゴンに乗ってセントベレスへひとっ飛びという提案は、天空城で空を移動していた時にサンチョが口にしたことがあった話だ。しかしその話を目の前で聞いていたはずのマスタードラゴンは、巨大な玉座に寝そべり寝息を立てているだけだった。特別な反応も示さないマスタードラゴンを見て、リュカは竜神がまだ体力の回復に努める必要があるのだろうと勝手に思っていた。
リュカは以前、竜神自ら彼に渡したものがあった。天空のベルと呼ばれる竜神を呼び寄せる世界に二つとない呼び鈴だ。寝ている竜神に使っても効果はないだろうと今もリュカの自室の引き出しにしまわれているそれだが、一度使ってみても良いのかもしれないと頭の端で考え始めた。
しかしたとえ竜神を呼び、空を自由に移動できるとしても、二人の子供をセントベレスに連れて行くことはできない。彼らはセントベレスに何があるのかを詳しくは知らない。光の教団の総本山という人々の噂に流れる事実に近い事柄は耳にしているものの、そこがいかに危険な場所なのかを想像してはいないだろう。二人にあるのは、ただセントベレスという土地への興味に過ぎない。
「きっと息も苦しいようなとんでもない高さだよ。だからあんまり楽しいものでもないし、ポピーは怖くて目を開けていられないと思うよ」
子供たちの説得にはセントベレスの実情を知ったサンチョにも協力してもらわねばならないと、リュカは新たに見え始めた道について、この時より考え始めた。勢いだけで行ける場所ではない。細かなことを確かめ、調整しなくてはならない。
とりあえず今は、グランバニアで行われる新年祭に向けて意識を傾けるだけだと、リュカはティミーとポピーに微笑んで見せた。ただでさえ勇者という肩書を背負っているティミーに、その重責を少しでも自ら背負おうとしているポピーに、リュカは出来る限り楽しい時間を過ごして欲しい。リュカの思いはそれだけなのだ。
そんなリュカの周りには、国王と手合わせをと望む兵士の列ができていた。これも国王の仕事だと、リュカは時間の許す限り、手合わせを望む兵士らの訓練に付き合おうと彼らに向き合い始めた。竜神のことについては夜にでもゆっくり考えることにしようと、先ずは最前に並んでいた兵士との手合わせのため、再び訓練場に足を向けた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様
    メリークリスマス♪
    bibi様今夜は家族でクリスマスですね、羨ましいです(笑み)
    ケアルは一人ぼっちですから、とくにクリスマスに何かするってのもなく…クリスマスは寂しいです(泣)
    フローラの学校、とうとう完成したんですね、でもまだ孤児の子供たち居ないんですね。
    宿泊場を移民たちに提供してしまうと、子供たちが近い将来、困ることになると思うんですが大丈夫でしょうか…?
    アイシス、ようするに移民を受け入れることは不可能ということですよね?
    テルパドールの民を守るのにせいいっぱいってことですよね?
    連れ去られた孤島のお屋敷のジージョは実家へ帰れるけど…この移民問題はまだ解決しなさそうですね。

    ドリスにどこかへ連れて行くだなんて、あんな約束しちゃってだいじょうぶでしょうか?
    ドリスもしかして初の爪装備で外の魔物と戦闘になりますか?
    それはそれで楽しみな話です!(笑み)
    bibi様がどこへ連れて行くのか楽しみです。

    ティミー・ポピー、bibiワールドでほんとにセントベレス山の大神殿に連れて行かせないつもりですか?
    あまりネタバレをしないように説明させて欲しいんですが…PS2とDSのリメイクには、ラマダ戦、胃ブール戦の他に、新たなイベントが追加されています、そのイベントにティミーとポピーがいるとbibi様が執筆するさい、描写する時にやくにたつかもしれません、御参考までに検討してみてくださいね(笑み)

    次回は新年祭!
    前回モンスター爺さんが驚きの活躍を見せましたよね、そしてピピンも15歳になり少しは強くなったんではないでしょうか?
    次話は来年になりますね、良いお年をお迎えください。

    • bibi より:

      ケアル 様

      いつもコメントをどうもありがとうございます。メリークリスマスですね。しかし主人の帰りがいつも遅いので、昨日は普通に息子と和食メニューを食べていました(笑)里芋の煮っころがしとか味噌汁とか・・・クリスマスって?

      私自身が色々と話を広げてしまったために、回収するのに手間取っているという・・・でも、やはり日々生活していると色々と細々あると思うんですよね~。テルパドールとサラボナにはちょっとだけ話しておきます、みたいな感じなので、特別ここで具体的に何か行動するとかではありません。まだセントベレスで何が起こるか誰も分かっていないですからね。
      ドリスはいずれ、どこかへ連れて行ってあげようと思います。彼女が喜びそうなのは・・・闘技場? まあ、あまり寄り道をしているとまた話が進まなくなってしまうので、ほどほどに。
      大神殿へのメンバーは凡そ決めています。さて双子は・・・どうなるでしょう。新たなイベントが追加されていると。ちょっとまだゲームをプレイして確認していないので、追い追い確認してみようと思います。
      新年祭もまた細々書いていると蛇足蛇足になってしまいそうなので、こちらもほどほどにしていきたいと思います。

      この一年もどうもありがとうございました。ケアル様も良いお年をお迎えくださいね。

  2. tomo より:

    bibi様
    初めましてこんばんは、メリークリスマス!
    tomoです。

    次回はいよいよ新年会ですか?国王一家も早くビアンカを助けたい一心ですよね。
    今年はビアンカの救出は難しいと思いますが来年は必ずビアンカを救出致しましょうね。
    もうここらへんで早めにケリをつけた方がいいと思います。
    マスタードラゴンに目覚めていただきセントベレス山に行き
    ラマダとイブールを倒してビアンカの救出が優先です。

    2021年度はまだあと3ヶ月はあります。
    2021年度中には必ずビアンカを助けましょう。
    3月末には一家全員感動のご対面で4月からは家族4人で行動している場面を作って下さい。

    善は急げです。仕事に納期があるのと同じように助けを求めている側にも限度があります。
    2022年3月末日でグランバニア国王一家感動のご対面を必ず実現させて欲しいです。
    2022年度開幕の4月からは一家全員勢揃いの冒険を期待しています。
    勝手なことばかり言って申し訳ございませんが事実を話しています。
    自分の馬鹿正直な気持ちは伝えたいと思いました。

    感動の再会は2021年度末でお願い致します。
    宜しくお願いいたします。

    それでは良いお年をお迎え下さい。

    • bibi より:

      tomo 様

      初めまして。コメントをどうもありがとうございます。
      次回は二度目の新年祭になるかと思います。なかなか話が進まずイライラしてしまいますよね・・・申し訳ないです。
      ビアンカ救出最優先なのですが、現実問題としてビアンカがまだどこにいるかも分からない状況なので、今は足踏み状態の時となっています。ゲームではすんなり行けるんですけどね。
      今年度中に彼女を救出に行けるかどうかもちょっとお約束はできないです、すみません。これが完全に仕事で執筆ということでしたら割り切って書き進めることもできるんですが、あくまでも趣味の範囲内で書いておりますもので(汗) 私自身の最優先事項は私の家族のことなので、大変申し訳ないのですがこちらを優先させていただく所存です。頑張ってはみますが、ご期待に沿えるかどうかお約束はできない状況です。本当に申し訳ございません。
      しかし貴重なご意見をどうもありがとうございます。叱咤激励と捉えまして今後も書き進めて参りたいと思います。

      tomo様も良いお年をお迎えください。

  3. ケアル より:

    bibi様。

    今からケアルが思うことを書かせてください。
    できるだけ直接的な表現をしないようにしますね。

    ビアンカ救出して欲しい、早くティミー・ポピーに会わせたい、リュカに幸せになって欲しい、家族4人のストーリーが読みたい。伝えたい気持ちはよく分かります…分かりますがしかし。
    bibi様にお子様がいて優先順位は家族だと、今までずっとダイヤリーを通して伝えて来たと思います。
    コメント投稿する時の文章を作成する時は、よく考えるべきなんです、こういうSNSにコメント投稿する時はなおさら注意すべきなことだと感じています、文章で相手に気持ちを伝えることは難しいことです、お願いと強要は違います。
    ですから我々読者がコメントする時は、執筆してくださるbibi様に対して、敬意と感謝の気持ちが大事。
    さっきも言いましたが、お願いと強要は違います、強要は執筆者に対してすべきではないと自分は思っています。
    トップページのaboutを読者は忘れずにbibiワールドを楽しんで、bibi様と交流しましょう。

    bibi様、すみません。
    ちょっと思ったことだったので書かせて頂きました。
    もし不都合でしたら削除お願いします。

  4. tomo より:

    bibi様、ケアル様。

    返事が遅くなりました。
    自分が送信したメールの件を謝罪致します。

    この度は誠に申し訳ございませんでした。
    全てはケアル様のおっしゃる通りです。
    作者のbibi様の事をよく理解した上で文章を作成するべきでした。
    bibi様の置かれた環境をよく理解するべきでした。

    今後はメールを作成する時はよく考えてから行動をするように心掛けてまいります。

    最後にこの度は本当に大変申し訳ございませんでした。
    本当に心より深くお詫び申し上げます。

    • bibi より:

      ケアル 様、 tomo 様

      お二方のお心遣いに感謝いたします。
      ネット上での発言って、本当に難しい所ですよね。私も色々と学ばなければならない部分が多々あります。いつでも何かが不足しているような気がしますし・・・恐らく伝え切れていない部分が多かれ少なかれあると思いますので。
      続きもののお話ってどんどん先が読みたくなりますもんね。本当にその気持ち、よく分かります。私の頭がもっと整然としていて、書くべき話が決まっていればじゃんじゃん書くのですが、いかんせん一つ一つをじっくり考えるので仕事が遅く、自分でもジレンマに陥っている時が多々あります(汗) 毎度毎度、本気で自分の分身が何人かいて欲しいと思っています。分業したい・・・。
      私自身も早くこの長いお話を終わらせられればと思っておりますので(じゃないとどんどん年を取ってしまう)、今後もどうにかしてペースアップできればと思います。
      お二人とも、本当に貴重なご意見やお心遣い、ありがとうございました。心より御礼申し上げます。

  5. tomo より:

    bibi様

    こんばんは、毎回返事が夜になってしまいすみません。
    昨日から本当に寒くなってきましたね、自分は東京に住んでいますが
    この冬一番の冷え込みでした。冬は服を脱いだり着たりするのに時間がかかりますよね。

    自分は夏と冬とどっちが好きかと聞かれたら夏の方が好きですね。
    早朝の5時前でも既に空は明るくなっている様子とスムーズに起きられるのがいいです。
    冬は日の出が遅く起きるのにも苦労しますよね。

    空気も乾燥しますし乾燥肌とか手荒れは大丈夫ですか?家事育児やパソコン入力している時でも
    カサつく手荒れにも注意して下さいね。
    bibi様、手荒れの時期によく見るCMではアトリックスが印象に残っています。
    アトリックスのCMはよく手を叩いているシーンが見えられましたね。
    手を叩く音の響きは「パンパン」もしくは「チャッチャッ」とどちらの響きを捉えますか?
    女性の方が手を叩くと綺麗な響きが出ますよね。自分は「パンパン」でも「チャッチャッ」
    でもどちらでも両方でも綺麗な音に聞こえますし、アトリックスのCMの手を叩くところは癒されていました。長々と別の話題を書いてしまいましてすみません。

    • bibi より:

      tomo 様

      お返事遅れまして申し訳ございません。
      本当に一気に寒さが増して、朝がとても辛くなってきました。かと言って、暑がりの私は冬の方が良いのですが、年と共に寒さに弱くなってきています。そのうち、どっちの季節も苦手に・・・どうしたらよいのでしょう(笑)
      手荒れには悩まされますね~。ハンドクリームを塗ることは塗るんですが、クリームを塗ったと思ったら洗う食器を出されたりするので、なかなかタイミングが難しい所です。基本、冬は手に生傷が絶えない状態です。ま、そんなんはきっとどこの親御さんも同じようなものかな。仕事で荒れてしまう方も辛いでしょうね、この季節。
      CMのイメージというのはリズムや歌や音で決まりますよね。15秒そこそこの広告でその商品が売れるかどうかが決まるって、とても気合いの入る仕事をしているんだろうなぁと毎度思います。
      男性と女性で手の打つ響きが違うということに気が行きませんでした・・・ははあ、なるほど、確かに女性が手を叩く方が軽快な音がしますね。手の大きさの違いなのかな? そのような視点を持ってCMを見てみるのも面白いですね。

  6. tomo より:

    bibi様

    こんにちは、好きな季節は人それぞれ十人十色、百人百色です。どっちの季節も苦手になる事は自分も覚悟しています。夏が好きな自分も40度を越えるような暑さだと身体に応えます。若い頃は全く意識してませんでしたが年齢と共に暑さにも寒さにも弱くなっていくのは自分も同感です。

    夏は涼を求めるために関東の水族館巡り、冬は寒い身体を温めるために温泉に行ったりしていました。
    それも今は新型コロナウイルスの影響で自粛しています。一日でも早く外での活動が再開出来る日が来る事を祈願しています。

    生傷防止にはキッチン用の手袋をつけて食器を洗うのが良いのかと思います。薬局に行ってみると消毒も出来るハンドクリームがアトリックスから出てますよ。ハンドクリームを塗る前の手を叩いた音と塗った後の塗った後の手を叩いた音と聞き比べられたりも出来ます。

    bibi様は手を叩いてリズムをとったりするのは得意な方ですか?リズム感も人それぞれ違いますからね。アトリックスのCMの手叩きは交差して「パンパン」と叩いてますが、難しいくてやりにくいという方も中にはいらっしゃいます。そういった方は普通に手を叩いてもいい音が出ると仰っていました。bibi様はbibi様のやりやすい手の叩き方が一番のベストです。自分の仕事は主にデスクワークの仕事ですがアトリックスのCMを見るのは趣味範囲です。手の違いの大きさで音が違います。

    アトリックスのCMで最後に手を叩くところが一番女性の魅力を感じましたし何回見ても飽きません
    女性の方に笑顔で軽快に手を叩く場面を見ていると本当に癒されてしまいます。
    「パン」「パパン」「パンパンパン」「パパン、パパン、パンパンパン」「パパンパンパンパン、パンパンパン」「パンパンパパンパン」「パンパンパパンパン×2、パンパンパン」と聞くだけでも最高の癒しですね。長々とすみません。手を叩くリズムは楽しいですよ。

    • bibi より:

      tomo 様

      ハンドクリームは一応、日々つけるようにしています。じゃないと本当に手がとてもガサガサになってしまうので。
      当方、大変めんどくさがりで、キッチン用手袋とかそういうものの着け外しさえ面倒と思ってしまうダメ人間です(笑)
      リズムを取るのは・・・ちょっと苦手な方でしょうか。あまりそう言う動きをしたことがないもので。ダンスが得意な方とか、憧れますね。見ていて溜め息が出る時もあります。
      それと・・・すみません、こちらは当方の拙作に対するコメント欄となっておりますので、なるべくお話に対するコメントを主としていただけると大変ありがたいです。他の皆様の目にも触れる場所ですので、あまり個人的な内容になってしまうと、他の皆様のお気持ちを置いてけぼりにしてしまい兼ねないかなぁと。
      私も知らずそのようなことをしているかも知れませんので今後、気をつけたいと思います。今後ともとうぞよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
      (こちらのコメントに対するお返事はなさらなくて大丈夫ですよ。いつもお気遣いありがとうございます^^)

bibi へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

 




 
この記事を書いている人 - WRITER -

amazon

Copyright© LIKE A WIND , 2021 All Rights Reserved.