グランバニア防衛戦

 

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オジロンやトレットと共にグランバニア北面に向かうリュカが目にしたのは、曇り空の中を一直線に飛んでいく光の塊だ。魔物によるグランバニア襲撃に合わせ、恐らく他の二国ラインハットとテルパドールも同様に魔物の襲撃を受けるのではという予想が恐らく当たったのだろう。もしラインハットに向かうような魔物の姿を見つけたら、すぐにその後を追うようにとリュカは事前にピエールたちに頼んでいる。そしてその通りに、彼らは行動したに違いない。
メッキーのルーラでラインハットへ向かうはずだったその光の塊の中に、リュカはメッキーの姿を捉えなかった。見間違いかもしれない。しかしその中には確かに、先ほどまで王族観覧席で武闘大会の観客となっていた娘の姿があったような気がした。気に入りの桃色のドレスを身に着けた彼女が、ルーラを使って遥か北のラインハットへ飛んで行った軌跡が、空を覆う灰色の雲の中に残る。
「どうしたのじゃ、リュカ王よ」
炎の爪を身に着け、共に城の北へと向かうオジロンが、唐突に止まり立ち尽くすリュカに声をかけた。今では共に戦う意思を見せているトレットもまた、何事かと立ち止まりリュカを見つめている。
「いや……多分、気のせいです」
そう言って悪い予感など全て取り払いたいリュカだったが、その予感を確かなものにするもう一人の子供が、いないはずのメッキーの背に乗って宙に浮かんでいる。そんな息子の姿は一度、城の上部に消えたかと思えば、再び現れた時には彼の身体は完全に武装されていた。天空の剣に盾に兜にと、彼自身がこれから戦いに出るかのような姿に、リュカは今グランバニアに迫っている敵に共に戦うと決めたのだろうかと思わず「ティミー!」と呼びかける。
「あ、お父さん! ボク、ちょっとこれからテルパドールに行ってくるけど、いいよね?」
「…………ん?」
「だってさ、放っておけないじゃん。でもボクとメッキーだけだとちょっとココロモトナイ、って言うんだっけ? だから他にも誰か連れて行きたいんだけど、いいよね?」
ティミーの突飛な行動や言動にはいくらか慣れているはずのリュカだが、この状況で彼の言動と意思を即座に理解するのは難しかった。
「グランバニアはお父さん達がいるから平気なんでしょ? だからボクたちには何も教えてくれなかったんでしょ?」
ティミーは時折鋭い言葉を吐くことがある。魔物らが群れを成してグランバニアを襲う可能性をリュカたちは知り得ていた。しかしリュカの最も身近にいたはずのティミーにもポピーにもその可能性は知らされていなかった。彼らは子供なのだからと、グランバニアと言う国を守るのは大人のやるべきことだと、リュカたちは一切のことを彼ら子供たちには教えなかった。
「何にもなかったらすぐに戻ってくるよ。ちょっと見に行くだけだから……あっ、おーい、ゴレムス! ボクと一緒にテルパドールに行こうよ!」
そして思い込んだらティミーの勢いは止まらない。メッキーの首にしがみつきながらゴレムスのいるところを指差せば、彼の勢いに乗じるメッキーもまたその方向へと飛んで行ってしまった。敵の爆弾岩の攻撃はまだ続いているが、その数は明らかに減っている。敵の魔物にとって、爆弾岩はあくまでも一回きりの爆弾というだけのもので、そこに宿る命に関しては完全に無視されてしまっている。爆発を起こし、粉々に砕ければ、敵の爆弾岩の命はそこで完全に潰える。
爆弾岩の爆発を受けて再び身体を大きく損傷していたゴレムスの傷を、ティミーが何の問題もないよと言わんばかりにベホマの呪文で治してしまう。小さな勇者の操る呪文は、常に自信に満ち溢れていて、リュカはそれが我が子ながらに羨ましいと思う。
リュカはテルパドールにはラインハットほどの脅威は訪れないことを願い、止む無くティミーをそのまま送り出した。止めようとしたところで、彼はこれも勇者の使命だと言うように強引にグランバニアを飛び出してしまうのは目に見えている。彼の連れて行く魔物の仲間たちの冷静さを頼りにして、メッキーのルーラで遥か南西へ飛んで行ったもう一つの光の塊を苦々し気に眺めた。
「リュカ王、本当によろしかったのですか」
事の次第にしばし絶句していたトレットだが、再び城の北に向かって駆け始めたリュカに思わずそう問いかけた。一国の王子王女が勝手に城を飛び出していく様など、本来なら容認できるはずがない。
「いいわけないじゃないですか」
リュカは思わず本心で返した。常識で考えても、親心に考えても、良いわけがない。今すぐにでも二人のところへ行って、首根っこを捕まえてこの国に戻したい気持ちしか沸かない。
しかし今のグランバニアで、王子王女が姿を消し、その上国王であるリュカまでも不在となっては、一体このグランバニアの行く先はどうなるのかと、この国を守ろうとする兵士や城下町に入って不安におびえる民たちの心を蔑ろにしてしまうことになる。
それに万が一、グランバニアの国が窮地に立たされた時、ティミーとポピーを事実上他国へ避難させているのだと考えることもできる。リュカは今はとにかく物事を前向きに明るく捉えるべきだと、子供たちの無事を魔物の仲間の手に委ね、グランバニア以外の二国が大きな災難に見舞われていないと思い込むことにした。
城下町を全て城の中に収めた上で、更に周りを城壁で囲うグランバニアはそう簡単には魔物の侵入を許さない。この国は古くから、魔物の脅威に脅かされて来た。それ故に父パパスの代でグランバニアは城下町ごと城の中に収めてしまうという大業を成した。その大業には母マーサの力も加わっているのだと、リュカはオジロンなど城の人々に聞いている。
城を囲う城壁の北側、城壁の内側からは射手が並び、森の中に潜む魔物に向かい弓矢を射っている。できうる限り敵を城に近づけない内にその数を減らし、極力まで減らした魔物を相手に歩兵隊らが出て戦う。そして空から襲ってくる魔物には、射手や魔法使いでなければ応じられない。
彼らの横に、臨時に開けられる門がある。その門は今、リュカたちのために開けられている。外に出れば既にパピンやジェイミーら兵士長の率いる隊が揃い並び、森の中から現れようとしている魔物の襲撃に備えていた。
「リュカ王、初めよりも魔物の数は増えているようです」
状況は些か悪くなっているようだが、パピンの声には落ち着きだけがあった。魔物の数は増えていようとも、揃うグランバニア兵の力だけで十分退けることができると確信している雰囲気がありありと分かる。
「多分、初めはこの戦いに加わっていない魔物も、なんとなく参加してきちゃったんだろうね」
「魔物のお祭り、というところかの」
「冗談じゃないよね。僕らがお祭りしてたところなのにさ」
リュカがそう言って思わずため息を吐くすぐ近くで、トレットが肩身を狭くして黙り込んでいる。そして罪悪感からか、グランバニア兵たちの動きとは別に真っ先に飛び出しそうになるトレットの腕を、リュカが強く掴んで止めた。
「まだです、トレットさん。森の中じゃどうしても僕たちは不利になる」
人々がグランバニアの城を生活の場としているのと同様、森の中は魔物らが棲みかとしている広大な場所だ。そして魔物の方が断然、生き物の気配を察知する能力に優れている。生憎と人間は動物や魔物並みの五感はないのだ。
「がうっ」
その役目を果たしてくれるのが、魔物の仲間だ。リュカの横には、まるで彼の隣にいるのが当然のような顔をしたプックルがいる。リュカが父の剣とドラゴンの杖を二つとも腰に提げた状態でプックルの燃えるような赤のたてがみを撫でると、プックルは静かに身を伏せた。馬に乗るよりもずっと低く、そしてしなやかだ。本気の走りのプックルの背に乗れるのはリュカしかいない。
「僕がちょっとだけ、引っ掻き回してくるよ」
「王自らですか?」
驚くパピンに、リュカは「ほら、僕はルーラが使えるし」と、深追いせずに戦いからの離脱を念頭に置いていることを頼れる兵士長に伝える。
リュカはプックルの背に跨ると、森の中を鋭く見渡した。リュカとプックルが揃って森の中に目を向ける姿を見て、オジロンもトレットも、揃い並ぶ兵たちも、まるでグランバニアの王自身が魔物のようだと思わずその場で身震いする。武闘大会で見せていた姿とは全く別人の、野生に返ったかのようなリュカの姿を、グランバニアの人々は普段目にすることはない。
プックルが地を蹴り、リュカと共に森の中へと突っ込んでいく。森の中に散る敵をまとめようと、リュカはプックルと共に林立する木々の中を疾風のように駆けていく。たった一人の人間が森の中へ突っ込んできたと見るや、魔物らはその標的に向かって動き始める。リュカとプックルは囮の動きを続ける。武器を持っているとは言え、今は魔物とは戦わない。ただ魔物らを集めるために駆け回り、凡そまとまったところで一斉に呪文と弓矢とで攻撃を加えて敵に多大な損傷を与えるのが目的だ。
リュカも目を凝らし、プックルも目を凝らす。途轍もない速度で駆けるプックルだが、リュカの目は既に慣れている。赤いたてがみに掴まり姿勢を低くし、瞬きも忘れて周囲の状況を目で見て、森林の湿った空気の流れに魔物の気配を肌で感じる。
前方に木の幹の影から魔物が飛び出してくる。オークキングの槍先が突き出されるが、プックルが地を横に蹴って避ける。リュカもプックルの背にぴたりと身体をつけ、同じように槍先を避ける。ストーンマンの足の下を潜り抜け、伸びて来るアームライオンの大木のような腕をプックルの足が蹴りつけて逃れる。一つとなった人間と豹を追う敵の軍勢が徐々にまとまる。
頃合いを見て、プックルはリュカを背に乗せたまま、森の中の一本の木に勢いよく上った。後ろを追ってくるオークキングの突き出す槍を、リュカが剣で払う。弾き飛ばされる槍が魔物の手を離れ、近くにいた仲間の肩に突き刺さった。
太い枝の上に上ったプックルの背で、リュカは木の下に集まる魔物の群れをその眼中に収める。そして呪文の構えを取る。退避呪文ではなく、攻撃呪文の力がリュカの両手に漲り、放たれた真空の大嵐に飲み込まれた魔物の群れから次々と叫び声が上がった。
バギクロスの呪文を一度放たれたくらいで倒される魔物らではない。傷を負いつつも、木の上にいるリュカたちに攻撃を仕掛けようと、ストーンマンがリュカたちのいる木の枝を掴み、へし折った。その瞬間に、リュカはルーラの呪文を唱え、空を飛び、オジロンたちの待つ城壁の傍に一瞬にして戻る。
「今ならまとめて呪文で攻撃できると思います」
リュカが兵士長パピンにそう伝えると、パピンが呪文部隊に指示を出す。森の中でまとまる魔物の群れに、幻影呪文マヌーサや睡眠呪文ラリホーが一斉に放たれた。幻影に包まれる魔物は明後日の方向へ攻撃を始め、睡眠に誘われた魔物はあっさりと森の中に倒れ、眠り始めた。戦える魔物の数が半数ほどに減る。
しかしグランバニア側でも異常が起きていた。味方同士での戦いがあちこちで起こっている。敵の中に混乱呪文メダパニを扱うものがいると、リュカは森の中に目を凝らすが、そのような敵は見当たらない。
森の中、常に青々と茂る葉の中に、潜む魔物の姿があった。重なる葉の中に二つの大きな目が見え、その目は怪しげな光を今にも放とうとしている。バルーンと呼ばれる空を飛ぶ魔物がメダパニの呪文を唱えれば、グランバニア兵は混乱に陥り、味方を敵と思い攻撃する。その不気味な目が、気づけば森のあちこちで光っていた。
「リュカ王、我々は下の敵を」
「お願いします」
止まってはいられない。リュカがまとめた敵の群れも、放っておけば再び散ってしまい兼ねない。パピンの判断に任せ、兵たちは動き始めた。森の中へ進軍し、一つの大きな塊となった魔物の群れを包囲するように、兵たちで大きく囲む。ジェイミーは反対側から兵を率い、完全に魔物の群れを包囲してしまった。そして森の中での戦闘が始まる。
一方で森の葉の影に潜むバルーンを放置しておくわけにはいかない。兵たちが次々と混乱呪文の餌食になれば、徐々にグランバニアの戦力削がれていく。
リュカたちの頭上からぽつりぽつりと雨が降り始めていた。しかしまだ森全体を濡らすほどの雨ではない。そんな雨雲広がる空の下に、仲間の姿が飛んでくるのをリュカは見た。
「マッド! マーリン!」
「リュカよ、どちらが良いかの」
「火よりも封じてしまった方がいい」
「うむ、わかった」
マッドの背に乗り、空を移動してきたマーリンが広範囲に効果を及ぼすようにと集中して呪文を唱える。その更に上からは、ホークマンが飛び込んできて、マーリンとマッドを倒そうと剣を振り上げて来る。その攻撃をマッドが受け、お返しと言わんばかりに腹の底から吐き出すような息を吹きかけた。焼けつく息を食らったホークマンが森の中へと落ちて行く。
マーリンが魔封じの呪文を放てば、敵の唱えるメダパニの効果が見る間に弱くなった。同士討ちを始めたグランバニア兵たちも、徐々に意識を戻し、森の中への戦いへと駆けて行く。
メダパニの効果を抑えられたバルーンは、その身を戦いの場に晒してきた。城壁近くに構えていたリュカたちのすぐ目の前だ。リュカの両隣には二人の武闘家がいる。そして彼らの動きは人間技とは思えぬ速さだった。
向かってくるバルーンを次々と倒していく。オジロンの炎の爪が火炎を噴き上げながら、バルーンの身を切り裂く。後ろから迫る敵にも、振り向きざまに炎の爪で薙ぐ。武闘家の武器は全身だ。たとえ素手でも、彼らは戦うことができるほどに全身を武器のようにして戦う。炎の爪を突き出す一方で、反対側では敵に蹴りを食らわせている。
トレットの動きも熟練した武闘家のものだった。しなやかな彼の動きは、敵の攻撃を避けることに長けている。バルーンが飛び込んでくるのをひらりひらりと避け、同時にドリスの炎の爪で敵の身体を薙いでいく。彼女から借りた武器ではあるが、特に問題はないように、彼はすぐにその武器を使いこなしている。そしてやはり、動きの一つ一つが目にもとまらぬ速さだ。二人の武闘家の動きは、到底リュカには真似のできない域だった。
森の中の戦闘はまだまだ続く。しかしグランバニア側には余裕があった。森の中にいる魔物らの群れは、以前よりこの森に棲みつく魔物らであり、その生態は凡そ把握している。リュカはグランバニアの戦闘は早急に片をつけ、すぐにでもティミーとポピーの状況を確かめに行きたい思いを徐々に強くしていた。



グランバニア城内では、爆弾岩の城への攻撃による不安が人々の心を占めようとしていた。しかしそんな人々の不安を抑えようと、ドリスや教会の神父が人々の中心に立ち、絶えず声をかける。グランバニアが負けることはない、城はいくらか傷つくかもしれないがそれはまた直せばいい、とにかく一人一人を失うわけにはいかないために今は大人しくこの場に避難していて欲しいと、ドリスは出来る限り元気な声で民衆に語りかけた。自分に今できることは、民の心に寄り添い、この状況に心で負けてはならないということだ。自身が戦いに出られない口惜しさなど忘れ、ドリスは今国王の従妹としてできることをと目の前の人々の前に立ち続けていた。
それでも城が爆弾岩の爆発を受け、大きな音が響けば、その瞬間に人々の心は弱まってしまう。武闘大会を観戦していた者も多くおり、その中にはあのトレットという武闘家の言う通りに光の教団に導かれるのが正解なのではなかったかと、救いを求めるためにあらぬ方向へ思考を飛ばす者も現れた。
「ちょっと、ダメだよ。みんな、国王を信じて、グランバニアを信じて待つのよ!」
ドリスが最もこの場で待っていられない性格なのだ。本当ならば自ら戦闘の場に出て、魔物らを相手に武闘の腕を存分に発揮したい。しかし彼女は今、外に出るべきではないと冷静に自覚している。
考えたくもないことだ。リュカが倒れ、父オジロンが倒れ、他国に飛び立った双子も戻らぬ未来があれば、ドリスがこの国を残していく唯一の存在となる。他に王族の血を引く者はいない。グランバニアの血筋を今後も残していくには、ドリスは何が何でも生き残らねばならないのだ。
国民から不安の声が上がる。国王はかつてこの国を八年も不在にしていた。今も王妃は国に戻らない。それよりも以前、先王パパスは先王妃マーサを捜す旅に出たまま帰らぬ人となった。そして先王妃ももう二十年以上に渡り、魔物に拐かされたままだ。グランバニアと言う国には常に不安要素が付きまとっているのが現実だ。普段、平穏な時はその不安を余所に生活している民衆も、いざ魔物の脅威に晒され、その身に直に不安を感じた時には、この国につきまとう不安要素を嫌でも思い出してしまうのも無理はなかった。
ドリスが悔し気に顔を歪め、唇を震わせている横で、城下町の神父は平静を保ち人々に穏やかに語りかける。これが彼の職務であり責任であると言わんばかりに、彼は荒みそうになる人心を丁寧に包み込み、あくまでも客観的にこれまでのグランバニアの平和を説いていく。
神父の落ち着きを見て、ドリスも深い息を吐いて心を落ち着ける。そうすると今まで見えていなかった景色が目に映る。
今、彼女らはグランバニア城下町の噴水広場を中心に集まっている。城下町の中心とも呼べる場所で、普段の人々の憩いの場所でもある。本来ならば人々を集めるのに適しているのは、城下町最奥にある教会だが、今グランバニアの戦いはその教会近くの北面にて行われている。人々の恐怖を煽らぬためにも、今はこの憩いの場に人々を集めている事情があった。
そんな人々の中に、一人、人々の集まりから離れていく者がいた。ピピンだ。武闘大会の準々決勝を勝ち抜いた彼は、今年ようやく成人を迎える年でまだ少年の域を出ない。
その彼と、ドリスは一瞬目が合った気がした。しかしそれも一瞬で、彼の姿は人々の中に紛れ、見えなくなってしまった。父であるパピン兵士長の息子であり、彼もまた兵士を志願している一人だが、彼はまだ正式に兵士となっているわけではないために人々と一緒になってこの場に避難していた。
その彼の姿が人々の中から消えてしまった。ドリスは先ほど一瞬合った彼の目に、強い意思が宿っているような気がした。そしてそれは、的を得ていた。
ドリスが見失ったピピンの姿は、その直後グランバニアの上階へ急いでいた。まだ正式な兵士にはなっていない彼だが、兵士長の息子としての特権で普段から上階の兵士訓練場への行き来を許されている。彼は今、その訓練場へと走り向かっていた。
訓練場には様々な武器が用意されている。しかし今はグランバニアの兵たちが挙って城の防衛に出ているために、残されている武器防具は少ない。その中からピピンは一着の鎖帷子を手早く身に着け、一本の槍を手に取った。兵士にはそれぞれの特性から、剣や槍や弓矢など各々に合った武器が与えられる。まだ兵士ではないピピンには与えられる武器などはないが、以前父パピンに槍の特徴を教えられて以来、自分には槍での戦いが向いているのだと思っていた。敵との距離を取ることができ、その威力も剣に劣らない。しかし重量があるために、相応の力がないと使いこなすことができない。
ピピンは手にした槍をくるくると回してみた。それだけで自分は恐らく剛腕の性質なのだと気づく。父もそう感じていたために、息子ピピンに槍の説明を細かくしていたに違いない。
「戦える人は一人でも多い方がいいに決まってるもんな」
ピピンは噴水広場で人々の中心に立つドリスの姿を思い出す。国王も父オジロンも戦いに出てしまい、残された闘い好きの姫は内心悔しい思いで人々の前に立っているに違いない。
そう思うのは、ピピン自身も同じような思いを抱えていたからだ。まだ兵士と言う身分になっていないだけで、自分にも戦う力はあるのだと、ピピンは装備に身を固め、まるで一兵卒のように城を出て戦地へ向かった。



しとしとと降る雨が森を濡らしていく。雨の中の戦いは、魔物よりも断然人間の方に不利になる。グランバニアの地域は南に聳えるチゾットの山が海からの風を阻み、雲が発生しやすい一面がある。今日は朝から曇り空が広がっていた。そして先ほどから降り出した雨は徐々に強まりつつある。
長丁場になれば人間の体力が雨に奪われる。雨に打たれた身体は、気化熱により体温を下げてしまう。低体温ともなれば、普段は勇ましく動ける戦士でも途端に動けなくなってしまうのが人間の弱いところだ。
森の中での戦闘はさほど激しいものではない。確実に敵の魔物の数は減ってきている。リュカはオジロンとトレットと共に空から向かってくるバルーンやホークマンと対峙していたが、森の中での戦況が芳しくないと見るや、再びプックルの背に飛び乗った。
「ちょっと行ってきます!」
オジロンの返事を聞く前に、リュカはプックルと共に森の中へと駆け出した。敵の数が思ったよりも減らないのは、オークキングと言うオーク族の魔物が仲間の魔物らを蘇生させてしまっているからだ。マーリンの魔封じの呪文でいくらかの呪文使いの行動を封じているが、全てを封じることはできない。
それならば呪文を唱えられる前に敵を倒さなくてはならないと、リュカはプックルの背に乗りながら、両手に武器を構えた。ストーンマンにザオラルの呪文を唱えるオークキングに向かう。プックルが吠え、飛びかかり、その強烈な前足の攻撃を避けたと思えば、リュカが剣で魔物の肩を斬りつける。敵の群れの中、蘇生呪文を扱う魔物はいるが、回復呪文を扱うものは見当たらない。敵を完全に倒すのではなく、戦闘に出られないほどの傷を与えてしまえば、それだけで魔物の数は減少する。
味方のパピンとジェイミー率いる兵士らが戦う中を、リュカとプックルは縦横無尽に駆け回る。森の中にはまだ幸いにも、雨の影響は少ない。プックルの足はしっかりと地面を蹴り、右へ左へ忙しく動き回る。リュカは両足だけでプックルの身体に留まり、右手の剣で敵を薙ぎ払い、左のドラゴンの杖で敵の攻撃を受け流す。勇ましく戦う国王の姿に、兵士らの士気も当然のように上がる。
中でも強敵は、四本の腕と四本の足を持つアームライオンだ。普段はこのグランバニアの森にはいない魔物で、恐らく北のデモンズタワーに棲む魔物がこの地域にまで攻め込んできたのだろう。予てよりその兆しはあった。北にある魔物の塔はずっと昔からこのグランバニアを標的としており、今回の襲撃に伴いこの魔物らはグランバニアにまで遣わされてきたに違いない。
凡そ群れの中の強敵を仕留めてしまえば、敵の群れにも崩れが生じるはずだ。リュカは森の中で咆哮を上げるアームライオン六体を中心に、プックルと共に攻撃を仕掛けていくことにした。
プックルが駆ける速度を弱めた瞬間、リュカはその背を飛び降りた。一体のアームライオンを標的とする。味方のグランバニア兵もいる。リュカのスカラがプックルに及ぶや否や、プックルが巨大獅子の足へと突っ込んでいく。牙を剥けるが、敵の四本の手の内の一本に薙ぎ払われた。同時にリュカが敵の背後から剣で斬りつける。浅いが確実な損傷。王と豹の果敢な攻撃に、兵らの士気が上がる。三人の兵士が同時に多方向からアームライオンに剣を向ける。巨大な敵はその外見が脅威だが、大きな対象には同時に多方向から攻撃を仕掛けることができる。そしてこの敵は一方向にのみ注意を払うことしかできない。
獅子の右腕の攻撃を受けた兵だが、彼も訓練を受けている兵士だ。確かに攻撃を盾で防ぎ、大した損傷は与えられていない。リュカは彼らの強さを信じ、自らも再び巨大獅子に攻撃を仕掛けていく。八本ある手足の動きを封じてしまえば勝ちだ。絶命させることが目的ではない。
五人の力でアームライオンの四本の腕と二本の足を傷つければ、敵はもうその場から動けなくなった。途中、魔物は手持ちの薬草を使って傷を回復させるという手段を取ったが、それも一度きりで、その上薬草の回復では追いつかないような攻撃を受ければ、もう敵の戦意は失われた。それを見て、リュカはプックルの背に乗り、次の敵へと向かう。
パピンやジェイミー率いる兵たちにより、既に二体のアームライオンは森の中に倒されていた。しかしグランバニア側にも損傷はある。見れば三人の兵士が深手を負い、森の中に身を寄せて敵の攻撃から逃れている。リュカはプックルに指示を出し、彼らの元へと向かうと、回復呪文を持ってその傷を癒した。
「リュカ王は攻撃に集中するべきです」
戦うパピンがリュカに声をかける。無駄な魔力を消費するなと、王を諫めているのだ。傷ついた兵を回復するための救護部隊が他にいる。彼らは頃合いを見て、傷ついた兵を回復したり、戦線離脱を余儀なくする者は城壁近くまで退避させる。各々の役目を負い、この戦いに臨んでいる彼らの状況に、リュカはパピンに言われた通り攻撃役に徹する。
森の中に倒れたアームライオンに近づくオークキングの姿を見るや、リュカはプックルに乗り、一直線に駆けていく。グランバニアの国を崩そうと襲撃をしてきた魔物への同情は今は邪魔なだけだと、リュカは敵に飛び込むプックルから飛び離れ、プックルの突進に続いて、自らも宙から剣で斬りつけた。オークキングは手持ちの槍でリュカの攻撃を防いだが、忽ち足元をプックルに噛みつかれ、その場に膝をつく。その隙にリュカが再び下から剣で斬り上げ、オークキングの首を斬りつけ、その一撃で敵を地に伏した。
左後方から味方の叫び声が聞こえた。振り向けばアームライオンの太い腕に吹っ飛ばされた兵が木の幹に叩きつけられ気を失った。リュカは咄嗟に回復呪文を唱えそうになったが、パピンに言われたことを肝に銘じるようにぐっと堪え、近くで吠えるプックルに跨り左後方へと向かう。
その途中、視界を別の太い腕に塞がれた。素早く移動してきた他のアームライオンの腕がリュカとプックルを上下に断絶した。湿る草地を低く滑るように駆けるプックルの上で、リュカが巨大獅子の手に鷲掴みにされた。リュカの身体には防御呪文スカラの効果がある。しかしそれでも尚、獅子の握りつぶそうとする手の力は強い。もがき逃れようとするが、リュカの目の前にはアームライオンの巨大な顔面が迫る。大口が開けられる。プックルよりも大きな牙が見える。
リュカがバギの呪文をその大口に放とうとする寸前、リュカを掴む巨大獅子の手に斬りつける者があった。鋭い太刀筋、人一倍努力を重ねた正確な剣技は、兵士長ジェイミーのものだ。一切リュカを傷つけることなく、その一太刀は確実にアームライオンの手だけに斬り込んだ。痛みに開かれた手からリュカは逃れ、地に降り立つと同時にすかさず獅子の前足に斬りつける。痛みに暴れる獅子の足に蹴り込まれ、吹っ飛ぶリュカの身体もまた木の幹に打ち付けられるが、スカラの呪文の恩恵を受け大事には至らない。
ジェイミーも敵への攻撃に徹している。国王リュカの強さも信頼している。それ故に彼はすぐに敵の背後に回り、後ろ足に剣で鋭く斬りつける。この敵をこの場に留め、動けなくしてしまう戦法だけを念頭に置いているのが分かる。プックルが疾風の如く、もう一方の後ろ足に体当たりを食らわせれば、残る一本の前足ではどうにもならなくなったアームライオンはその場に崩れた。それを見て、リュカは次の敵はどこだと周りを見渡す。
息つく間もない戦場だが、味方の数は多い。リュカが危機を感じているよりも、状況は意外に余裕があった。リュカがプックルと共にアームライオンを優先的に倒す目的は、兵士たちの間にも確かに浸透していた。気づけば残るアームライオンは二体となっていた。蘇生呪文ザオラルを操るオークキングに至っては既に戦える状態ではなく、絶命している者もあれば瀕死の状態に陥っている者もある。森の中を荒すように暴れていたストーンマンも、兵士らの絶え間ない攻撃により、集中的に足を攻撃されその場に立ち尽くしているような状態だ。
残り二体のアームライオンを動けない状態にしてしまえば、この戦闘に一度終止符を打つことができるだろうと、リュカが残る二体の内の一体に向き直ったところで、すぐ背後で強烈な打撃音が聞こえた。
素早く振り返ると、背後で四肢を傷つけられ動けなくなっていたアームライオンが、草地に倒れかかっている所だった。重い響きを伴い倒れた魔物の頭には、何やら棘のついた大きく禍々しい金棒が深くめり込んでいる。その一撃で、アームライオンは絶命していた。
味方の兵士にあのような棘の金棒を扱う者などいない。リュカが辺りを見渡し始めるよりも前に、プックルは木の上を見上げて低い唸り声を上げていた。
木の上に、一見人間と見間違うような、全身をローブに包む者の姿があった。片方の手に、アームライオンが頭部に受けたものと同じ棘の金棒が握られている。初めて見る魔物だった。何をしてくるのか見当もつかないが、リュカもプックルも敵の攻撃を無暗に食らわぬよう身構える。
棘の金棒を持つ悪魔神官は、その身に帯びる邪教信仰の力をもって、空いた手に呪文を発動させる。強い光だ。目を開けていられないほどに眩い光を目にして、プックルの青い瞳が見開かれた。勇ましい豹はその呪文を一度だけ、目にしたことがある。
悪魔神官の放つ呪文は、完全蘇生呪文ザオリク。それはあのボブルの塔で、世界を救う勇者たるティミーが、父を救いたい一心で発動した強い聖の力を持つ呪文だ。それを邪教に身を染める悪魔神官が同じように発動するなど、あり得ないことだとプックルが戸惑いの中に低い唸り声を上げる。
ザオリクの呪文で蘇生された者は、まるで十分な休息と栄養を取った後のように、完全なる回復を遂げる。木の上の悪魔神官がにたりと笑ったような気がしたが、その姿はまるで煙に消えるように見えなくなった。
傷など何もなかったかのように復活したアームライオンが再びリュカたちの前に立ちはだかる。その姿を見ると、リュカたちには精神的な負担が一気に圧し掛かる。姿が消えたと思った悪魔神官は、決して消えたわけではなかった。アームライオンの脇に落ちていた棘の金棒を拾うや否や、すぐさま空中を不気味に移動し、他の瀕死となっているアームライオンの元へと飛んでいく。羽もないのに空中を移動する悪魔のごとき様子に、リュカはあのゲマの姿を思い出し、無意識にも溢れる憎悪に鬼のような形相を見せる。
棘の金棒を仲間の頭部に投げつけるのに何の躊躇もない。再び瀕死のアームライオンを絶命させ、そして蘇生呪文を施す。まるで命で遊んでいるかのようなその所業に、リュカの怒りが沸々と込み上げる。魔物が魔物を仲間と思わない状況はこれまでにも何度も目にしている。しかし他の魔物を道具や遊びの駒のように使う悪魔神官の邪悪な心根をリュカはどうしても許すことができない。
しかし森の中をふわふわと魔の力を使って移動する悪魔神官に、地に足着くリュカの攻撃は届かない。怒りのままに思わずバギクロスの呪文を唱えようとするが、目の前に蘇生されたばかりのアームライオンが立ちはだかり、その状況で返って冷静になった。
そして再びアームライオンと対峙した時には、悪魔神官の姿は消えていた。



城壁近くで戦っていた二人の武闘家の元に、森の中から進んでいった魔物らが数を減らしながらも到達する。森の中から現れるストーンマンに、オジロンとトレットが両側から攻め込む。二本の炎の爪から同時に炎が噴き出し、ストーンマンの両足をそれぞれ焼きつけながら切りつけていく。
振り回される石の腕の動きを見切り、その腕に飛び乗り駆け上る。オジロンもトレットも、ストーンマンの弱点が唯一生命の光を帯びるように見える青白い目だと気づいている。腕を駆けのぼり、もう一方の腕が振り回されるのもその目で見切り、トレットは一直線にストーンマンの目に炎の爪を突き立てた。オジロンは旅の武闘家の強さを信じ、既に他のストーンマンへ向かっていた。トレットの会心の一撃を食らったストーンマンは、生命尽きたように目の光を失い、その場に一体の石像として立ち尽くす。
ストーンマンの動きが鈍いのを良いことに、オジロンは敵の周りを素早く動き、撹乱する。そして足元へ注意を惹きつけるように、石の足先を鋭く蹴りつけると、それだけでストーンマンの足は一部砕けた。バランスを失い、よろけて前のめりになるストーンマンの目に、グランバニア兵の突き出す剣が深い空間に飲み込まれるように入り込む。そしてまた一体のストーンマンがその場に石像として固まった。
魔物の数は着実に減っているとは言え、向かってくる敵がいる限りは戦闘は終わらない。木々の間に今も潜む魔物の目が、魔物を次々と倒していく二人の武闘家に向けられる。木の枝の中に魔物の気配を感じたトレットが、炎の爪を向けて爪に宿る魔力を放出させ、バルーンの身体を焦がしたが、同時に混乱呪文が魔物の目から放たれた。トレットの視界に、つい数刻前まで信じ切っていた光の教団の大神殿が、グランバニア城と入れ替わるように現れる。
彼の世界が再び反転してしまった。やはり教団を信じる自分が正しい。世界を平和に導く思想を持つ教団の教えに何故自分は抗ってしまったのか。世界の平和のためにはむしろ、教団に否を唱える人間こそ消してしまった方が良いのではないか。
混乱呪文の術中にはまったトレットの目が、オジロンを捉える。可能な限り強いものこそ先に倒す、これは戦いの基本だ。トレットの異常に気づいたオジロンもまた彼に向き合う。味方同士で戦い争っている場合ではないのだと、オジロンは鋭い目でトレットを制しようとするがメダパニの呪文の中に入り込んでしまったトレットは容易にはまやかしの世界から出られない。
二人の武闘家同士の戦いが始まってしまった。兵たちは揃ってオジロンを助けるべく剣を構えるが、一流の武闘家の速さについて行ける者がいない。トレットの炎の爪から炎の帯が伸びれば、それを迎え撃つようにオジロンの武器からも炎が噴きあがる。二人とも、回復の術は持たず、怪我を負えば当然動きが鈍る。勝負はほぼ互角だが、若さゆえにトレットの方が幾分動きが鋭い。彼自身、その有利に気づいており、速さにかけてオジロンを追い詰めていく。
しかし武闘は決して速さだけのものではない。熟練度では圧倒的にオジロンが上だった。武闘の技術を身に着ける上で、オジロンは人間の動きに関して体系的にも学んでいる。ただひたすらに武闘の腕だけを磨いたトレットとは、武闘に関する理解度と言う点で歴然とした差があった。
残るは精神力の勝負だ。いかに冷静に闘いに臨むことができるか。頭に血が上れば、身体の動きには無駄が生じる。余計な力が入る。トレットの動きは徐々に速まり、勝負を急いだ。しかしオジロンはじっくりと相手の隙を窺い、頃合いを見計らう。
地に着いたトレットの足が、雨に濡れる草地に僅か滑った。常に時を見ていたオジロンは見過ごすことなく、その僅かな隙にトレットの右腕に強烈な蹴りを入れた。外れぬよう固定していたドリスの炎の爪がトレットの腕から吹っ飛び、草地を滑って行く。同時にメダパニの混乱も解け、トレットの目に本来の光が戻る。
木々の合間で高みの見物を決め込んでいたバルーンが、メダパニの解けた人間を見て再びその呪文を放とうと二つの不気味な目を光らせる。メダパニのかかりやすい性質と見た人間だが、そもそも呪文が発動しない。いつの間にか魔力が底をついていた。
「調子に乗るでないぞ」
木々の枝葉の間に隠れるバルーンの更に上、青い竜と共に宙を飛ぶ魔法使いが不敵な笑みを浮かべていた。マッドと共に宙を移動しているマーリンは、木々の間に潜む混乱呪文を放つバルーンの魔力を根こそぎ奪い、敵の戦力を密かに徐々に落としていた。マホトラの呪文で吸い取った敵の魔力を、マーリンはそのまま惜しげもなく敵に向かい使う。
枝の間から飛び出してきたバルーンに向かい、マーリンがメラミの呪文を放ち、マッドはその大口から火炎の息を吐き出す。相乗効果で威力を増した火炎に包まれ、バルーンは力なく草地に落ち、動かなくなった。
グランバニア北側の森での戦闘はまだ終わらない。悪魔神官の手で蘇った二体のアームライオンが倒れない。すっかり体力を回復した魔物の勢いは凄まじく、そしてリュカの心に現れた魔物への同情で攻撃に勢いが乗らない。今はまた悪魔神官の姿は見えず、どこに潜んでいるのかも分からない。
アームライオンへの攻撃はやはり八本の手足を狙ったものだ。しかし再びこの巨大獅子が動けなくなれば、悪魔神官によりとどめを刺され、そして事も無げに蘇生呪文で復活させられるのだろうかと、敵に起こるであろう無情にリュカの表情は険しくなる。たとえリュカたちが魔物の息の根を止めても、手間が省けたと言わんばかりに悪魔神官はザオリクの呪文でこの魔物を蘇らせるのだろう。どちらにしても、このアームライオンに休息は訪れない。
戦闘の最中、一人の兵が森の中へと駆けこんできた。伝令を務める彼は、上司であるパピンの元へと急ぎ向かい、手短に報告をする。その内容に、リュカたちは一様に驚きに目を見張る。
「グランバニアの南、チゾットの山の麓より魔物の動きあり。至急兵の応援が必要です」
当然、グランバニアを防衛するために兵は城全体を囲うように配備している。しかしその殆どを北に集めているため、南の守りは今薄い。西側の守りについていたサンチョは既に南へ回ったという。それを耳にし、リュカが自ら向かおうとプックルの背に手を置いたが、パピンがそれを遮る。
「リュカ王、我々の部隊が参ります。お任せください」
今の状況でパピンが小隊を引き連れ南へ向かったとしても、リュカたちの目の前にいる敵たちを全て倒すことは可能だろう。まだジェイミー率いる兵たちもおり、他の隊もこの場に出動している。むしろ南への対応をパピンらの隊に任せてしまった方が、事は易く片付くかも知れないと、リュカが「任せました」と返事をするやパピンは素早く兵たちを集め南へ向かった。穴埋めをするかのように、ジェイミーが兵たちの配備を速やかに変更する。鮮やかな兵たちの動きに、リュカも安心して再び目の前の巨大獅子と対峙する。
森の中にまで影響を与えるように、雨足が強まっていた。この戦いを長引かせてはならないと、リュカは命を弄ばれているかのようなアームライオンへの同情を胸の奥底に封じ込め、剣の柄を強く握りしめた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    いつも執筆してくださりありがとうございます。
    今年は本当に雪が多くて困ってしまいます。
    なまらしばれる毎日で、昨日の大雪による吹雪でホワイトアウトになるわ歩きにくいわ…もう雪いらない!!
    先日、東京周辺でも雪が降ったとか…bibi様の方は大丈夫でしたか?

    グランバニア戦、まさか前後編に分かれる長編。ラインハットやテルパドールとはひと味違うシナリオになったんですね。
    リュカやっぱりティミー・ポピーの様子を目で捉えていたんですね。
    教えてくれなかった理由、ティミーするどい一言ですねぇ(笑み)
    もう10歳になろうとする子供には大人の考えていることも分かっちゃう、リュカそろそろティミー・ポピーに対して話しをする内容を変えないといけない時期になって来ているかと…子育てって難しい(笑み)

    ポピー、お気に入りの桃色ドレス一つでラインハットに行ってたんですね。いつもの旅装に着替えもせず、マグマの杖も持たずに…ヘンリーのいうとおりお転婆娘(苦笑)
    さすがはビアンカの娘!血は争えません(笑)
    ポピー、マグマの杖無しであそこまでの魔法威力ってことはマグマの杖があれば、もう少しはMP切れにならないで戦えたかもしれないってことでしょうか?
    MP切れで身体に悪寒が来ている反動のポピー…グランバニアに帰って来た時には、どうなっていることやら気になるとこです。

    オジロン・トレット、やはり強い!
    メダパニでトレットが混乱した時はどうなるかとヒヤヒヤしましたよ。
    トレット利き腕をオジロンに一撃を喰らって炎の爪を無くしてしまったし利き腕を負傷してしまって今後戦えるのか心配なとこです。

    パピン・ジェイミーやっぱ強いですね。
    兵士長クラスになるとほぼダメージ喰らわないで戦えちゃうんですね。
    リュカがアームライオンに致命傷を喰らいそうになった時、ジェイミーの一撃はすっきりしましたよ!

    カレブ・マリーの姿が見えませんが…ぶじなんですよね?
    そんな中、ピピンがなにやら企んでいるようですが…気になりますこのフラグ!

    悪魔神官がこの戦いの主でしたか。大神殿に生息している悪魔神官がリュカが喧嘩を売ったから襲撃して来たという感じでしょうか?
    ネットで調べてみました「ドラゴンクエスト大辞典」によれば、ドラクエ5ではあくましんかんはザオリク・マホカンタ使い、そして攻撃力が高いそうです。
    ザオリク・マホカンタやっかいですねぇ…。グランバニア戦がどうなって行くのか…マーリンのマホトーンで封じることができるのか…ぎゃくにマホカンタでマーリンが呪文を封じられてしまうのか…気になります。

    サンチョの名前が出て来ないと思ってたら、ちゃんと戦っていたんですね、
    まさかチゾット方面のグランバニアへの洞窟からも魔物の大群が押し寄せて来るとは…サンチョの活躍が気になります。

    次回は後編になりますね。
    まだまだ終わらない戦い、グランバニア戦後編でなんとかなりますか?
    もしかしたらあわや3部作になるかも?
    自分的には解決編があっても良いんでないかと思っちゃいます(笑み)
    次話をすんごおく楽しみに待っていますね。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      今、そちらは雪で本当にご苦労されていますよね・・・。雪には慣れているはずの地域でも、例年にはない大雪が降って除雪も追いつかないというニュースなど目にしました。雪がキレイだなんて言ってられませんよね。こちらは大した雪にもならず、幸いにもほとんど影響はありませんでした。

      リュカは子供たちの行動に気付いていました。仲間の魔物を信頼して、二人を任せるという判断・・・それって親としてどうかしら、とも思いますが、ここはこういうことでご了承いただけると幸いです(汗) もうすぐ二人とも十歳ですもんね。十歳って、結構色々と分かってくる年齢だと思います。小学校だと四~五年生くらいですもんね。あ、そう考えると大分大人だな。子供子供している時代が終わるのも寂しいですね。何よりも、それを一切見られないビアンカが不憫でなりません(泣)はよ助けに行きたいです。

      ポピーはそのままの状態ですっ飛んで行ったので、装備品は何もない状態でした。なので、サーラに守られながら呪文を放つしかないという、ゲームだったら非常に辛い状態です。魔力切れを起こしてグランバニアに帰還するポピーを見て、リュカがどうなるか・・・。

      オジロンとトレットは双方とも強いという私の妄想です。強い王様、いいですよね。パパスの弟ですから、やっぱり一筋縄ではいかない強さを持っていていただきたい。トレットも彼なりの信念を持って今まで生きていたので、強さは本物です。そして根はとても素直な人なので、誘導してあげればちゃんと考えも改めることができるでしょう。心強い仲間ができたもんです。右腕の負傷は・・・回復要員に治してもらいましょうか。

      兵士長クラスも強いです。グランバニアの周囲に棲息する魔物との戦闘はこれまでにも何度も経験しています。ただ今回デモンズタワーから派遣されたアームライオンやバルーンなどはちょっと考えて戦わないといけない相手ですかね。(国王と王妃が石化した際に、デモンズタワーへ救出部隊が出動しているはずなので、その時に何度か戦っているかも)

      今回登場はしませんでしたが、カレブもマリーも城内に避難していて無事です。その中でピピンだけ、ちょっと単独行動を起こしている状況です。

      悪魔神官、そうです、あの大神殿に棲息している悪魔神官を今回登場させました。改めてこのモンスターのビジュアルを見てみたら、両手になんつー凶悪な武器を持ってるんだと思ったので、使ってもらいました。攻撃力も高いんですよね。何なんですかね、怖いですね、悪魔神官。名前からして怖いです。完全に狂ってるんだろうなぁと思わせるネーミングです。でもやはり神官なので、その狂い方も自分では真っ当だと信じていそうです。・・・私の中ではトレットも紙一重のところがあります。

      サンチョ、ちゃんと働いています。城の中にいてもらおうかとも思いましたが、彼も大いなる戦力なので、外に出てもらいました。グランバニアが挟撃を受け、どう対応するか・・・これから後編で書いて行きたいと思います。三部作になるかも? ・・・いや~、多分次で終わるかな。長くなるかも知れませんが(汗)

  2. ラナリオン より:

    bibi様。今回も執筆して下さりありがとうございます。いつもお疲れ様です。m(__)mグランバニア防衛戦ついに開戦!先陣は王自らというのが粋ですね。プックルに乗って戦場を縦横無尽に駆け廻る…。最近のゲーム上ではあたりまえのようにキラーパンサーに乗れますが、ドラクエ5の世界では乗れなかったんですよね。是非ともドラクエ5の世界でプックルを乗り回してみたいものです。冒頭のティミーとリュカとのやり取りには思わずちょっと吹き出してしまいましたよ。(笑)「ココロモトナイ」なんて日本語いったいどこで覚えたんだろう?って。(笑)「…ん?」って言葉だけで充分にリュカの心情が全て凝縮されています。様々な想いや考えが交差したことでしょう。オジロンさん強いですね。ちょっと違うかもしれませんが、タイプ的にはドラクエ11のキャラのロウを思い出します。武闘家兼魔法使いなんですよ。オジロンさんも魔法使えたら面白いかもですね。でも、さすがにもう戦うことはないのかな?トレットもさすが熟練の武闘家ですね。彼は今後、グランバニアに残るのでしょうか?間違いなく次世代の兵士長候補ですね。棘のこん棒が出てきた時はここでまさかのラマダ登場!?かとビビりましたが、大将は悪魔神官でしたか。ネクロマンサーもそうですが、魔道士系は下手に知恵がついているぶんだけ厄介ですね。やることが小賢しいうえにHPも中途半端に高いんです。今後、戦う機会も増えてきそうで苦戦必至ですね。戦場に伝令係が走る…。戦力の分散を余儀なくされる。緊張感が犇々と伝わってきますね。南からも敵襲ってことはチゾットに棲息する魔物達も今回の騒動に触発されて出てきちゃったってことですかね?サーラとミニモンとマッドがいたらごっちゃになりそう。(汗)次回も大変楽しみであります!bibi様。星降る腕輪や吹雪の剣などを使った魔法剣の描写、今後のお話で出てくることを過度に期待しない程度に楽しみに待っていますので。m(__)mちなみにはやぶさの剣と星降る腕輪を組み合わせたら超神速の剣ですね!

    • bibi より:

      ラナリオン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      そうですよね、最近のドラクエでは当たり前のようにキラーパンサーに乗って駆け回れるんですよね。私もドラクエ8をプレイした時にその映像を見て、「ああ、これをドラクエ5で見たかった」と思ったことがありました。なので、こちらのお話ではそれを好き勝手披露しています(笑)
      リュカとティミーは仲良し父子です。お互いに雰囲気で話すところがあるので、お互いに「ん?」となることの多い二人です。でも彼らには言葉を交わす以上の繋がりがあるので、あまり困っていないという、そんな私の妄想の上に彼らの関係が成り立っています(笑)
      オジロン、強いです。伊達にパパスの弟ではありません。この辺りも私の激しい妄想が入っていますねすみません。ドラクエ11はプレイしていないんですが、何となくキャラクターは知っています。ロウ、戦うおじいちゃんですね。カッコイイですよね、戦うおじいちゃん。生憎、オジロンは呪文は使えない設定です。娘のドリスも然り。
      トレット君は今後、国に残ってもらいましょうか。リュカと似た雰囲気を持つ彼なので、影武者になってもらうのも・・・いや、あまり話をややこしくすると完全にゲーム本編から逸脱してしまうので、そういう小ネタは出さない方向で行きます。
      今回のお話の大将は悪魔神官でした。私自身、こいつ苦手なんですよ。ザオリク使うは、二回攻撃してくるわで、何だか出てくるたびに画面を睨んでいた記憶があります。
      ラインハットも苦戦しましたが、グランバニアも当然一筋縄では行きません。敵も群れを成してくるので、手強いです。そうですね、あの辺りの魔物が出て来るかも・・・。
      色々と魅力的なアイテムがありますよね~。ちょっと内容を考えつつ、もしどこかで出せたら出してみたいと思います。

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