2022/06/05

光の教団

 

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扉を開けるや否や、すぐ傍で呻くような声が二つ重なった。そして咳き込むティミーとポピーに、リュカはこの部屋の異臭が二人を苦しませているのだと、すぐさま扉を閉じた。
「待たせてごめんね。さあ……行こうか」
二人の子供に詳しく語るようなことは何もない。ガンドフが大事に抱えてくれているヨシュアの遺骨を、後にラインハットへ届ければ良いだけなのだと、リュカはすぐに先に進もうと二人に声をかけた。
「お父さん、大丈夫? 中は……何だか、ひどいニオイなんだね」
「頭のターバン、どうしたの? ガンドフが持ってるそれは何?」
二人は鼻を手でつまみながら、おのおの不安な様子を示している。束の間とは言え、父と離れたことに不安を覚えたがために、扉に引っ付くようにして父が戻るのを待っていたのだ。
「うん、部屋の中にね……呪われているような品物を見つけてさ。グランバニアに戻ったら神父様に呪いを解いてもらおうかと思って、持ってきたんだ」
リュカの咄嗟の嘘に、二人は気づかない様子だった。この忌まわしき場所にあってはそのような呪われた品物があっても不自然ではないと、二人は本能的に思ったようだ。
「どうして包んであるの?」
「二人を怖がらせちゃいけないと思ってね。だって呪われたような品物って、あまり目にしたくはないでしょ?」
リュカがそう言いながらガンドフの抱える濃紫色の包みを優しく撫でる姿を、ティミーもポピーも父が呪われた物に恐る恐る触れているように見えていた。それだけで自分たちは近づくことも憚られる雰囲気を感じ、無意識にも後退っていた。
「ダイジニ、ハコブ」
「うん、そうだね。壊れやすいものだから大事に持って帰りたいし……どうやって持って行こうか」
ガンドフが両手で大事に抱える状態で道を進んでは、いざ敵と遭遇した際にガンドフは戦いの場に出られないだけではなく、手にしている包みを必死に守ることに専念しなければならない。リュカが腰に提げる道具袋と並べるように腰に提げても、移動の際ですら心許ない。
「ピィ、ピィ」
ベホズンの冠の上で見張りをしていたスラりんが緑色の巨体に沿ってひょいひょい下りてくると、リュカに良い案があると話しかける。話しかけながらスラりんはぼよんぼよんとベホズンの巨体で遊ぶように跳ねている。
「えっ、本当に? そんなことできるの?」
「ピッ!」
思い返してみれば、かつてスラりん自身も、その水色の身体の中に世界樹の雫という小瓶の品物を収めていたことがあった。スライム族の身体は普段は表面に張りのある状態だが、彼らの意思によりその柔らかさを自在に変化することができる。その特性を生かし、以前スラりんは小さな小瓶をその小さな身体の中に収めていた。
ベホズンがリュカを優しく見下ろしている。ベホズンにも当然、スラりんの言葉は聞こえているはずだ。リュカはガンドフから濃紫色の包みを受け取ると、それをベホズンの大きな身体に押し当ててみた。柔らかく包み込むようにリュカの腕ごと受け入れると、ベホズンはその巨体の中に濃紫色の包みを受け取った。ベホズンの優しく柔らかな身体の中で、濃紫色の包みは安心するように揺蕩う。まるでヨシュアの魂が安らぐように見え、リュカは思わず微笑んだ。
「うん、これでもう大丈夫。さあ、先に……」
そう言ってリュカたちが振り返った先に、一人の少女が立っていた。リュカたちは既にそれが少女の姿を借りた悪魔神官だと正体を知っている。正体が知れていても尚こうして人間の少女の姿に化ける魔物の残酷さに、リュカは怒りで一瞬我を忘れそうになった。
「お父さん、本当にあの子、魔物なの……?」
ポピーがそう問いかけてくるほど、外見は完全に人間の姿をしている。この大神殿にいる魔物らは特別、人間に化けることに長けているようだ。しかしリュカは騙されない。たとえ少女の姿をしていようが、それが卑劣な魔物であれば容赦はしない。
「すぐに正体を暴くよ」
そう言ってリュカは駆けだした。右手に素早く剣を抜き、少女の姿をした悪魔神官を追い詰める。敵は翼を持たずとも、その魔力を持ってして宙を移動することが可能だ。あくまでも地べたから離れることのできない人間を嘲笑うように、少女は薄気味悪い笑みを浮かべながら宙に飛びあがった。
通路を進んだ先に待ち受けていたのは、少女の姿をした悪魔神官の仲間、十体。一人、少女の姿をした者以外は皆、両手に凶悪な棘の金棒を持ち、悪魔の法衣に身を包み、緑の生気ない一つ目に薄ら笑いを浮かべる悪魔神官その者の姿を晒している。その状況に、敵は明らかにリュカたちをこの場で仕留めようと、群れを成して待ち受けていたのだと分かった。
「こ、こんなにたくさんいたなんて……」
「たくさんいたって何だって、関係ないよ! 全部倒さないと!」
多くの悪魔神官がいることはリュカも予想していたが、一度に十体の敵がこの場に現れるとは思っていなかった。魔物は総じて単独で行動することが多いが、この悪魔神官にあってはどうやらそう言う意味で魔物らしくはないようだ。十体いる敵の中で、未だ少女の姿をしている者が指揮者なのだと分かる。宙に飛びあがった少女が攻撃の合図を仕掛けるのを、仲間の悪魔神官たちは上を見ながら待っている。
地下神殿内に照らされる明かりを反射するような膜が、悪魔神官の身体の周りにまとわりついている。敵は既に戦闘態勢を整えており、その身には呪文反射の呪文マホカンタが効いているようだ。
「リュカ、ジュモン、ダメ」
「うん、そうみたいだね。みんな、呪文で攻撃しちゃダメだ」
リュカの言葉にポピーは今ではもう手に馴染んでいるマグマの杖を両手で握りしめる。スラりんもまた、仲間の補助に徹するべくベホズンの大きな身体にひっつき、仲間の防御力を底上げしていく。敵の持つ凶悪な形をした棘の金棒の攻撃に耐えうる守りをと、スクルトの呪文を重ねてかける。
ポピーがバイキルトの呪文を唱えると同時に、リュカが飛び出す。宙に留まっていた少女の姿をした悪魔神官が本来の姿を現し、指揮下にある他の九体の悪魔神官らに指示を出す。生気のない一つ目に鈍い光を宿し、それに応じて九体の敵が一斉にリュカに向かってくる。
リュカは囮だ。そのつもりで彼は動いた。追随する仲間たちを信じているから動ける。
リュカに向かってくる悪魔神官の後ろから、ガンドフが飛びかかる。雄たけびを上げながら敵に突進してくる様に、いつもの穏やかなガンドフの姿は微塵もない。まるで獰猛な熊だ。両腕を振り上げ、敵の背後から鋭い爪を浴びせる。悪魔の法衣が破れ、敵の悲鳴が上がる。法衣の中に見えた敵の身体の一部に、ガンドフは一瞬、攻撃の手を止めてしまった。
「……ニンゲン……!」
ガンドフの目に映ったのは、紛れもない人間の背中だった。その背中に自分が浴びせた爪の一撃の痕が残れば、途端にガンドフの戦闘意欲が削がれた。人間を攻撃してしまったのかと自責の念が沸き起こるガンドフの隙を突くのは容易だと言わんばかりに、他の悪魔神官らがガンドフに金棒を振り下ろす。スラりんの守護呪文スクルトの効果で致命傷にはならないまでも、ガンドフの巨体は床に叩きつけられた。
ガンドフの倒れた脇に、リュカが滑り込む。素早く回復呪文で仲間の傷を癒す。言葉を交わす間もなく、敵の攻撃は次に次にと降ってくる。リュカはその間にも一言「戦うんだ!」とガンドフに叫び命じた。
リュカは既に予想していた。魔物の中には元々人間だった者たちがいる。人間でありながらも魔の心に囚われ、自ら望み、魔物と化した者たちがいる。リュカの仲間となったマーリンもその一人だ。人間でありながらも人間と言う生き物に絶望し、魔に魂を売り、自らの姿を魔物に変えてしまった。マーリンは偶々、リュカと言う人間に再び希望を見い出し、人間も捨てたものではないと心を改めた魔物と言う特異な立場にいる。
目の前にいる悪魔神官らが一体いつから人間でいることから逃げ、魔物として生きるようになったのかなど、リュカたちには知る由もない。この者たちが魔物となってしまった経緯は各々あるのだろう。しかし子供でも容赦なく棘の金棒を振るってくる彼らには、魔物本来が持つ獰猛さや残酷さに増して、卑劣さを感じる。その卑劣にこそ、リュカは人間を感じてしまい、やるせない思いに駆られるのだ。
リュカは剣で斬りかかる敵の素の姿を、できうる限り目にしないようにした。相手が人間の姿をしているとなれば、それがいくら残酷で卑劣な者たちであろうとも、攻撃の手が緩んでしまい兼ねない。進む道を邪魔する魔物は倒さねばならない、この先に待ち構えているであろうイブールを倒すためにはここで戦いに負けてはいられない。
ポピーの唱えるバイキルトの呪文は既にリュカにティミー、ガンドフにベホズンと効果を発揮している。魔法使いの少女の存在が鬱陶しいと言うように、指揮に当たる悪魔神官はポピーに狙いをつける。しかしポピーは仲間たち皆で守る。襲い掛かってくる魔物に反撃をすることを念頭に、リュカたちはポピーを背に囲み、向かってくる敵に攻撃の手を向ける。
ガンドフが一体の悪魔神官を倒した。しかし仲間の悪魔神官がすぐさま蘇生呪文ザオリクを唱える。何事もなかったかのように復活を遂げる敵の姿に、リュカたちの心身が削られる。敵が蘇生呪文を使用できる限り、この戦いに終わりは見えない。
ベホズンが飛び上がり、上から敵の身体を押しつぶす。同時にリュカも他の一体を鋭く剣で斬りつける。二体の敵が床に倒れるが、やはり仲間が蘇生を施し、再び敵は十体の悪魔神官となる。
「お、お父さん……どうしよう……」
息を切らしながらティミーも剣を振るう。天空の剣の眩さに悪魔神官は明らかに嫌悪感を示し、剣を受ければこの世の終わりと思うような悲鳴を上げて倒れるが、またしても蘇生呪文を受けすぐさまその場に立つ。それに比べ、リュカたちは疲労が蓄積し、攻撃の腕も鈍ってくる。
「呪文反射さえなければな……」
ティミーのすぐ近くでそう呟くリュカも、すぐさま金棒を振るってくる敵からティミーを守り戦う。スクルトの効果があるとは言え、敵の振るう巨大な金棒の威力は大きい。気を抜けば受けた傍から床に押しつぶされそうになる。リュカは自身の腕が軋むのを感じながらも、どうにか攻撃をドラゴンの杖で押しのけた。
「お父さん」
皆に守られるポピーがリュカに呼びかけた。
「私も戦う」
ポピーの声にリュカが後ろを一瞬振り向けば、彼女の手には見慣れない剣が握られていた。赤紫色の怪しげな刀身に彼女の手の震えを見るが、誘惑の剣を手にしたポピーは確かな考えの下に父にそう許しを請うた。この大神殿に向かう前、彼女は秘密裏にエルヘブンの長老から誘惑の剣を一振り譲り受けていた。それを使うべき時なのだと、ポピーは今や父リュカではなく、魔物の群れに目を向けている。
「一人で行くな。ガンドフと一緒に」
「分かったわ」
言葉を長々と交わす余裕はない。それだけを伝え合えば、ポピーはガンドフの動きに合わせ、その脇にぴたりと張り付くようにして、敵の隙を窺った。ガンドフ自身、双子の子供たちを守る意思を持ってこの地下神殿に降りて来た。横に張り付くポピーの身を庇いながら、敵への攻撃の手を緩めることはない。
ガンドフの動きに合わせ、ポピーが敵の悪魔神官の脇をすり抜ける。寸でのところで棘の金棒が彼女の頭上を降りて来るが、ベホズンが横からそれを弾き飛ばした。その間、ポピーの誘惑の剣が敵の悪魔の法衣を切り裂き、その身に一太刀を浴びせた。
元より生気の感じられない悪魔神官の目に、奇妙な光が宿った。その者は手にしていた棘の金棒をふらふらと振り上げるや、味方の悪魔神官に向かって大いに振るい始めた。敵の群れの中に混乱が生じる。しかしその混乱は、ポピーが誘惑の剣で斬りつけた敵の頭が混乱状態に陥ったために生じたものだ。
敵の動きが乱れ始めた。味方が振るう重々しい棘の金棒の威力が怖いのか、混乱状態に陥った敵の周りに空間が広がる。動揺した敵の隙を逃さず、リュカはすかさず外側に逃げて来た悪魔神官に攻撃をしかける。ティミーもそれに追随する。それで敵はあっさりと倒れる。悪魔神官と言う魔物の脅威は、両手に持つ凶悪な武器の威力と、完全なる蘇生能力に尽きる。生命力に関しては特別目立った優位性は感じられない。
しかしやはり、敵の数は多い。倒した傍から、仲間の悪魔神官がザオリクを唱え、またしてもあっさりと命を復活させる。グランバニアで仲間になったアームライオンたちとは異なり、この悪魔神官はただ命を復活させられたことに喜びだけを感じているようだ。命に対する執着のようなものが感じられる。
頭上から敵の武器が降って来た。それは文字通りに降って来た。敵の手を離れ、飛び道具と化した棘の金棒は、ポピーを目がけていた。寸前でガンドフが身を挺してポピーを守るが、続けざまに投げられた金棒がガンドフの首を後ろから直撃すると、たまらずガンドフは床に倒れた。
一人立つポピーに、悪魔神官の群れの視線が集まる。弱き者を憐れむ気配と合わせ、弱き者をいたぶる衝動がその目に現れる。ポピーは逃げない。両足を震わせながらも、敵の様子を努めて冷静に探る。敵の中には蘇生されて間もない者がいる。父と兄が力を合わせて倒した悪魔神官が今は他の仲間たちと同じようにポピーを狙っている。
その敵には、呪文反射の膜は見られなかった。ポピーはその一体に集中し、魔力を小さくまとめる。向かってくる敵の一部を、ベホズンがその巨体に敵の金棒をめり込ませながらも、突進してきて蹴散らす。反対側から迫る敵一体に、ポピーは呪文を放つ。唐突に幻に包まれた敵はあらぬ方向に武器を振り回し、隣にいた味方を殴っていた。
リュカは倒れるガンドフに回復呪文を施す一方で、ポピーをベホズンの後ろへと逃がした。ガンドフは起き上がるや否や、目の前に迫る敵の武器を両手でむんずと掴むと、それを一つ奪った。そして手にした武器が唸りを上げて振り回されれば、敵は容易にはガンドフに近づけない。
仲間同士で力を合わせ、一体また一体と、悪魔神官を倒していく。しかしその度に敵は蘇る。敵の魔力はまだ尽きない。いずれは尽きるであろうその魔力も、敵も仲間が十体いるとあれば魔力の底を考えるだけ無駄な考えなのかも知れない。
そして状況は更に悪化した。リュカたちの戦いの音はこの地下神殿に響いている。そのために音を聞きつけた魔物らが新たに周りに姿を現したのだ。しかも仲間意識が働いての事なのか、現した魔物もまた悪魔神官ばかり。その数、総じて二十体を越える。戦いが始まり、まだ一体も倒せていないこの状況に、リュカたちは肩で息をしながらどうにか打開策を考える。
リュカは左手に握るドラゴンの杖に呼びかける。数多い敵を一斉に打ちのめすために、自らの姿を竜に変えるべく、竜神に願う。しかし杖を通じて、竜神の応えはない。地下神殿には広い空間があるが、竜に変身したリュカの姿は地下神殿の天井を突き破るほどの大きさになり得る。神殿そのものを破壊してしまえば、味方もろともこの場所に埋もれるかも知れない。仲間たちを第一に思うリュカの心を知ってか、竜神は杖を通じた対話に応じなかった。
数を増やした敵が、一挙に攻勢に移った。指揮者は相変わらず少女の姿をしていた一体の悪魔神官だ。その者が宙に浮かびながら、他の二十体以上の悪魔神官らに躊躇ない攻撃をさせ始めた。凶悪な棘の金棒の攻撃を一度でも受ければ、ポピーなどは即座に昏倒してしまう。リュカもティミーも、ガンドフにベホズンも必死にポピーを守りながら戦う。スラりんは敵の攻撃に耐えられるだけのスクルトをかけるが、受ける攻撃の回数が増えれば、防御呪文では凌ぎきれない。
呪文反射マホカンタの呪文が効いている敵、効いていない敵の区別が難しく、ポピーは容易には呪文での攻撃に移ることができない。ただ守られるだけの自身に歯噛みしつつも、あまりにも攻勢の強い敵の動きに、彼女はもはや味方の守りの中から抜け出すこともできない。
ベホズンがその巨体で一度に三体、四体の敵を押しのけても、すぐ傍から他の敵に強烈な痛恨の一撃を食らってふらつく。そのすぐ近くでリュカもまた、敵の冷静に見据えた痛恨の一撃を食らい、思わず床に伏せそうになる。しかし守らねばならないポピーを後ろに、必死に目を開いて敵から目を離すことはない。
天空の盾で敵からの攻撃を防ぐティミーも、相手が複数、それも力を合わせ息を合わせて攻撃を仕掛けてくるために、防御に徹していても尚、防御が追いつかない状況だ。妹を守るために必死の防御に徹するティミーだが、守るだけではどうしようもないのは彼も当然理解している。
「うう……くそっ……どうしたら……」
この状況を打ち破らなくてはと、ティミーは右手にただ持つだけとなっていた天空の剣を握り直した。その瞬間、盾を持つ手の力が抜け、敵の攻撃に押されるがまま床に倒された。後ろにいたポピーも兄と共に床に倒れ、倒れた二人を新たに守るように、リュカ、ガンドフ、ベホズンが小さくまとまり敵の攻撃を防ぐ。危ういほどに怪我を負えば、ベホズンがすかさずベホマズンで一息にリュカたちの傷を癒す。しかし直後から、敵の怒涛の攻撃が始まり、この戦いに終わりが見えないどころか、敗北を喫する状況が頭を掠め始める。
ティミーは父たちに守られながら、震えるポピーの背中を支えた。ポピーは息つく間もない敵の容赦なく非道なまでの攻撃に、思わず目に涙を浮かべていた。父が、仲間が死んでしまうと、頭が混乱しかけているポピーの様子に、ティミーは同じように目に涙を溜めつつも「負けるもんか! しっかりしろ!」と妹に、自分自身に言い聞かせるようにそう叫んだ。
「こんなところで、負けてられないんだよ、ボクたちは! 絶対にお母さんを助けるんだ!」
ティミーの勇者としての強き心が奮い立つ。彼はいかなる時でも、生粋の勇者だった。その勇者としてのティミーは今や、天空の剣、鎧、盾、兜と、完全無欠の勇者としてこの場に存在していた。
勇者ティミーの勇気が、彼が手にする天空の剣に注ぎ込まれる。美しい装飾が施された緑の竜が、ティミーの勇気を受け取り、吠え声を上げる。白銀の刀身が神々しいまでの光を放つ。その光は、ティミーとポピーを守るリュカたちの間を抜け、敵となる者たちを捕らえるかのように聖なるベールを広げた。聖なる力を悪とすら思っているのか、悪魔神官は聖なるベールに包まれる己の身体を、苦し気に折り曲げ身悶えた。
「……消えた!」
それまで敵の身体を包んでいたはずの呪文反射の膜の気配が、きれいさっぱりなくなっていた。リュカは敵のその変化にすぐさま気づいた。迷わず呪文の構えを取る。二十体以上もいる悪魔神官らは皆、この状況に戸惑い、互いの顔を見合わせている。好機と言わんばかりに、リュカは敵が構えるより先に、バギクロスの呪文を放った。
マホカンタの呪文を使うことのできる悪魔神官は、己が呪文を浴びせられることを想定していないのだろう。目の前で放たれた攻撃呪文の威力に、あっさりと大勢を崩した。ティミーが手にする天空の剣から放たれた凍てつく波動に、悪魔神官らが纏っていたマホカンタの呪文は完全に消え失せていた。
悪魔神官がバギクロスの呪文を正面から食らっている状況に、ティミーとポピーが目を見張る。しかし子供たちが戸惑うのを許さないと言わんばかりに、リュカは即座に二人に叫ぶ。
「今の内に、呪文を!」
父の指示に従う子供たちの判断は早い。呪文の能力に長けているポピーが先に、敵全てを巻き込む氷の呪文マヒャドを唱えた。地下神殿内に巨大な氷柱がいくつも現れ、二十体以上の悪魔神官全てに巨大氷柱が襲い掛かる。人間のような敵の悲鳴があちこちで上がり、ポピーは思わず耳を塞ぎたくなった。
妹が思わず身体を縮こませる横で、ティミーは怯んでいられないと、呪文を唱える。天空人が水を扱うのを得意とするように、ティミーの頭上には集められた水から生み出された雲が広がる。その色は濃くなり、灰色となり、獣の低い唸り声のような音が鳴る。灰色の雲から無数に生み出される雷が、敵の身体を貫けば、再び場には人間の悲鳴が多く上がった。
マヒャドにライデインの連撃を食らった悪魔神官らは息も絶え絶えに、各々床に這いつくばっていたり、ただ立っているのがやっとだったりと、その体力は揃って尽きかけている。
ベホズンが近くにいる悪魔神官を初めとして、片っ端からその巨体で押しつぶし始めた。ガンドフもまた獰猛な熊の如く、暴れ戦い始める。戦況はがらりと変わった。リュカもまた、剣を振るいつつも、追い打ちをかけるようにバギクロスの呪文を唱え、多くの敵を倒していく。
悪魔神官が得意とする蘇生呪文ザオリクを唱えようとする素振りを見せるが、その呪文は途中で力を失ったように宙に消えた。ティミーがひたすら静かに、一つの呪文を唱え続けている。空から雷を落とすような派手な呪文ではない。ティミーの両手から放たれる魔封じの呪文が、じわじわと多数の敵を追い詰めていく。
宙で高みの見物を決め込んでいた悪魔神官の指揮官も、今は体力を奪われ地に降りている。悪魔の法衣をボロボロにして、薄ら笑いを浮かべる余裕も失った口元は悔し気に歪んでいる。徒に、特別な信条もなく、ただ特別な力を手にするだけの目的で得た蘇生の力を封じられ、為す術もなくその場でただリュカを睨みつけているような状態だ。
変身の術を得意としていた指揮者の悪魔神官は、再びその身を少女のものへと変えようとした。人間の、人間としての心情をかき乱すためだけのその変身を、リュカはもう許さなかった。命乞いをする少女の姿にでも化けるつもりなのだろう。しかし敵の上っ面だけの変わり身などに、リュカは騙されない。
悪魔神官の身が人間の少女の姿になろうとする途中で、リュカは敵を斬り捨てた。敵が上げた断末魔は、魔物そのものの声だった。指揮者である仲間を失った悪魔神官らは、途端に拠り所を失くしたように互いに目を見合わせ、自身の命が惜しいと言ったように逃げ出す構えを取り始める。
敵のその姿を見れば、恐らく彼らは魔物にその身を変える前は、この光の教団に属していた人間の信者だったのだろうと思わせられた。人間の世界に不安を覚え、光の教団の存在に光を見い出し、自身が救われることを信じ続けた挙句に、魔物に心を巣食われた。その間の細かな経緯を知れば恐らく同情する部分もあるのだろう。
しかしベホズンの身体の中に揺蕩う濃紫色の包みが示しているのは、教団の力に屈しなかった魂もあったということだ。強く清らかなその魂があった一方で、魔物の持つ強い力に惹かれ己を魔物に変えてしまった者たちを、大人しく見過ごすことがリュカにはできなかった。
リュカが厳しい顔つきで悪魔神官らを倒していく姿を見て、ティミーとポピーは思わず顔を歪めた。元は人であったはずの魔物に対し、父が威勢よく剣を振るうはずがないのだ。本心では彼らを救ってあげたかったに違いない。しかし完全に魔物に心を巣食われ、もう後戻りできない彼らを救う手段は、ここで命を途絶えさせてやるしかないと、父リュカは剣を握る手に無理をして力を込めている。
ティミーの魔封じの呪文で蘇生の術を使えなくなった敵の数は、もはや減る一方だ。あくまでもリュカたちのこの地下神殿での目的は、更に深部に潜んでいるであろう光の教団の教祖イブールの討伐だ。大神官を自ら名乗っていたラマダが、自身よりも更に実力が上と宣っていたイブールに対し、リュカたちは体力魔力ともに余力を残しておかなければならない。
「お父さん、みんな、伏せていて!」
そう言うなり、ポピーが全身に魔力を溜める。彼女の呪文の詠唱は速い。呪文に長けたポピーは、中級程度の呪文であれば息をするように呪文を放つことができる。
地下神殿内に激しい爆発音が響く。その音が鳴ってから、リュカたちは遅れて床に伏せた。イオラの呪文を三度続けて放ち、その後埃に塗れた地下神殿内の床には全ての悪魔神官の力尽きた身体が横たわっていた。悪魔を模した法衣はあちこち破け、両手に掴んでいた棘の金棒はところ構わずごろりと転がっている。その光景を見ながら、リュカは思わず娘に「ごめん」と謝った。
「ううん。お母さんを助けるためだもの」
憎しみさえ心に浮かんでいた悪魔神官らに対し、今ではむしろ憐れみの気持ちが心の底の方で沸々としている。元は人間であった彼らを、このような非情な魔物にしてしまったのは一体誰だったのか。それは魔物であるかも知れないし、もしかしたら人間自身なのかも知れない。心乱れるポピーは床に倒れる悪魔神官の姿を、直視することもままならない状態だった。
目の前の人のことを思う心を忘れてはならないが、リュカたちには今為さねばならないことがある。地上の神殿に待つビアンカを石の呪いから解き放ち、救い出さなければならない現実を今一度胸に留める。
死屍累々とした敵の魔物の倒れる中を歩き、リュカが先を行き始めると、ティミーもポピーもすぐその後に続いた。棘の金棒を手にしていたガンドフが、丁寧に敵の武器を床に置く音が小さく響いた。その音にリュカが振り向けば、ガンドフはリュカたちに大きな背中を見せながら頭を垂れていた。仲間のその姿を見て、リュカも子供たちも、ベホズンもスラりんも、倒した敵に対して目を閉じ頭を垂れる。かつて人間だった彼らの魂がせめて死後には救われるようにと、祈りを捧げた。



イブールの待つ場所へ向かう一行は、非常に静かだった。誰もが交わす言葉を失くしていた。ただ地下神殿内を巡回する人間の姿をした魔物を警戒し、息を潜めているだけではない。迷路のように入り組んだ地下神殿を歩き進む中で、確実に魔物の気配が濃くなっていくのが分かるのだ。しかしそれは、多くの魔物が潜んでいるという雑多なものではない。一つの鋭い気配が、リュカたちをまるで誘い呼び込むように、その触手を伸ばしているような気さえした。
神殿内部を巡回している兵士の姿をした魔物らが、先ほどの神殿内に響いていたリュカたちと悪魔神官らとの戦いの音を耳にしていたのは間違いない。その為に見張りの目はいくらか厳しくなっていたようだが、普段より身の入らない警備をしているような者が少々警戒を強めたところで、リュカたちには特別問題ともならなかった。巡回の目を掻い潜るのは容易だった。ガンドフの目を頼りに移動距離を目測しながら、リュカたちは最も魔物の気配を濃厚に感じる地下への階段を降りて行った。
長い階段を降りた先には、魔物の住処とは思えないような洗練された巨大な空間が広がっていた。丁寧に織り込まれた真っ青な絨毯が床一面に広がり、金糸で細かな刺繍が施されている。それだけでこの空間には威厳漂う気配があるが、絨毯に織り込まれている模様には決して地上の神への敬意は感じられない。金糸で織り込まれた模様はそれだけで神や天使など聖なる存在を表現していそうなものだが、リュカにはすぐにその模様が大口を開けて得物を待つ悪魔のそれに見えていた。
真っ青な絨毯は広く床に張られ、それは奥の通路へと続いている。地上の神殿には自らを大神官と名乗っていたラマダが立っていた広い祭壇があった。そしてここにもまた、窓も何もない息苦しくも巨大な空間が広がる奥に、立派な祭壇が設けられていた。リュカたちが無言で進む通路の奥に数段の上り階段が見え、その上の祭壇に立つ者がある。その者は明らかに、人の姿をしていなかった。
巨大な火台がいくつも祭壇の周りを飾り、大きな火が揺らめいている。火に照らされ浮かび上がる影は、紛れもない魔物の姿だ。身体の大きさは身に着ける派手な色合いの法衣に隠れ、はっきりとは分からない。しかし明らかにガンドフと並ぶほどの巨体であることは間違いない。頭には教祖たる者としての威厳を見せつけるかの如く、目にも鮮やかな大きく真っ赤な帽子を被り、帽子の中心には同じく真っ赤な宝玉が埋め込まれている。手にする杖は眩しいほどの黄金色で、杖頭にはリュカが手にするドラゴンの杖を思わせるような竜の飾りがついている。杖を掴む手指には幾つかの煌びやかな宝石をつけた指輪が光り、そのどれもが魔力を秘めているのが感じられた。
どこか鎧を思わせるような肩当の付いた赤に桃に青にと派手な法衣は、恐らくこの神殿に仕える者に作らせたのだろう。教祖の身の回りの世話をしていたのは、主に人間たちだ。かつて教祖の大事な皿を割ったという理由だけで奴隷の身に貶められた少女がいた。彼女もまた、奴隷の身に落とされる以前はこの教祖のための仕事に従事させられていたのだろう。
イブールはこの場所まで進んでくる人間たちを、静かに待っていた。神殿内を巡回する手下の魔物らに警備を任せる一方で、己を敵とする人間たちがこの場所に辿り着くことは想定内の出来事だった。むしろそうであって欲しいと、願う気持ちすら持っていた。
「ほほう。ここまでやって来たとは……」
光の教団の教祖イブールは、心底感心したようにそう呟いた。呟きの声はしゃがれ、低いものだった。リュカもまたこの場所で生きていた時があったが、イブールの名こそ耳にしたことはあったが、実際に目にしたことはなかった。色鮮やかな派手な法衣に帽子に身を包むその者は、一切その身を隠すことはない。
目にも眩しいほどの赤い帽子の下にある顔は、鰐そのものだ。二足で立つ姿は人間のようだが、顔は竜にも似た鰐のものであり、法衣から伸びる杖を握る手には鋭い爪が生えている。顔も手も法衣の裾から覗く足も人間にはあり得ない新緑を思わせる緑をしており、その皮膚はやはり鰐のごとく硬い鱗で覆われている。
「その様子ではどうやらわしの一番の片腕ラマダを倒してくれたようだな」
事情は全て心得ているのだと、イブールは落ち着いた様子でリュカに語る。
「わしの苦労の甲斐もなく伝説の勇者などと言う戯け者も生まれたらしい」
光の教団はこの世の人々を救うという名目で人間たちを集めていたが、その裏で主に高貴な生まれの子供たちを攫い、奴隷にしていた。それは予言に、高貴な生まれの者から勇者は誕生するとあり、その芽を摘むためにこの教団は動いていた。
しかし勇者は無事に生まれた。天空の武器防具に身を包むティミーに、イブールは冷徹な視線を向ける。ティミーも負けじと、強い視線をイブールに向ける。
「ここまでは神の筋書き通りと言うわけか……」
イブールの落ち着きは当然のものだった。光の教団の教祖は一度固く目を閉じ、まるで祈りを捧げるかのように静かに頭を垂れた。この世に勇者が生まれる未来は避けられないと、イブールは運命に抗う一方で、その未来が来ることを悟ってもいた。今のイブールの胸には、来るべき時が来たのだと、どこかこの運命を待ち受けていたような気が起こっている。
「しかしそれもこれもここでお終いじゃ」
その一言を吐くと、イブールは手にした黄金色の竜の杖を両手に持ち、己の正面に立てた。イブールのためだけに作られたこの地下の祭壇の巨大な空間に、杖が床を叩く高い音が響いた。その空気にリュカたちも一斉に身構える。イブールの身に着ける派手な法衣が、その者の持つ強大な魔力を纏い、揺らめく。
「これより先の歴史はこのわしが作ってやろう」
歴史と言うものは、一人が生み出せるものなどではない。この世に存在するありとあらゆる自然や生き物たちが共に地道に紡いで行くものだ。たとえティミーが勇者という運命を背負って生まれたとしても、かつての勇者もまたこの世にたった一人だったとしても、彼を取り巻くものたちがあるから、勇者は勇者の存在でいられるのだ。
たった一人の暴挙で、歴史が破壊されてはならない。
「さあ、来るが良い。伝説の勇者とその一族の者たちよっ!」
イブールの身を包む法衣全体から、冷気が迸る。鰐の大きな口が開いたかと思うと、すぐさま冷たく輝く息が吐き散らされた。それを見て取ったガンドフとベホズンがすぐさま仲間たちを庇うように前に出る。直後、仲間二人の身体が床と一体となって凍り付き、その場に固まってしまった。二人とも強引に身体を動かし、その場から脱しようとするが、イブールは容赦なく次の攻撃に移る。
これだけ見事に造られた地下神殿の祭壇に特別な神的意味などないと言わんばかりに、イブールの杖から呪文が放たれる。遂に勇者と対峙して尚、この神殿を保つことに重きを置く理由はない。ポピーが扱う爆発呪文と似た雰囲気に、リュカたちは一斉に床に伏せる。氷に動きを封じられている仲間を助ける余裕がない。
イブールの輝く息に続け、爆発呪文イオナズンを間髪入れずに食らったガンドフとベホズンは、激しい爆風と共に吹き飛ばされ、祭壇の下にその身を落としてしまった。リュカたちが残る祭壇の上から、仲間の様子が見られない。ガンドフもベホズンも、回復呪文の使い手だが、一向に呪文を発動する気配を感じられない。恐らく今の激しい攻撃で、一息に命を落としてしまったに違いない。
「ティミー!」
リュカがその名を呼び、祭壇の下に向かえと指示する。完全蘇生呪文ザオリクを唱えられるのはティミーしかいない。父のその指示にティミーは仲間の死を悟り、一瞬喉を引きつらせたが、考えている場合ではないと祭壇の階段を振り返ろうとする。
しかしそんな彼の目の前に、イブールが回り込んで逃さない。底なしの魔力を持つイブールもまた、微々たる魔力で宙を移動することができる。その動きは速く、上から滑空するようにティミーの前に現れるや否や、鰐の大きな口を歪ませ、笑う。
「勇者は戦わねば」
そう言って、イブールは手にしている黄金色の竜の杖を振り上げた。呪文に長けているだけではない。その身は竜から派生したような鰐なのだ。強烈な一撃がティミーに襲いかかる。
しかし振り上げた杖は、イブールの身体ごと後方へと宙に舞った。後ろから迫るリュカの気配に気づき、イブールは寸でのところでリュカの剣を避けたのだ。勢いを失い切れないリュカの剣先が、ティミーの目の前に迫るが、ティミーが構えた天空の盾が辛うじてリュカの剣を弾いた。
「お、お父さ……」
一言も言葉を交わす余裕がない。既に父はイブールと対峙し、剣と杖を攻撃と防御に使い戦っている。父が頼れる仲間二人を失って今、絶えずイブールに攻撃を仕掛けているのは、偏に子供たちを守るためだ。イブールの注意が子供たちに一瞬でも逸れないようにと、リュカは息をするのも忘れて攻撃の手を緩めない。
ティミーが再び祭壇の階段を目がけて走り出そうとした時、彼は目の端に映る水色の雫が床を跳ねていくのを見た。それを見て、ティミーはもう一人の仲間に倒れた仲間たちの命を託した。今、自分はこの場で父と共に戦わなければならないのだと、父が一人で堪えるイブールとの戦いに加わった。
剣を手に走るティミーの全身に、力が漲る。ポピーが離れたところからバイキルトの呪文を放っていた。しかし彼女は敵イブールに呪文を放つことはない。見れば敵の身体は、呪文反射の効果を身にまとい、魔法使いであるポピーを相手にしていなかった。
ティミーの剣がイブールの法衣を掠める。その瞬間にようやく、リュカは一つ呼吸をした。二対一の直接攻撃の応酬では分が悪いと、イブールは一度宙高くに飛び上がった。そして伝説の勇者へは敬意を持って戦うべしと言わんばかりに、全力を出すようにその身体を震わせた。イブールの身体に再び冷気がまとわりつく。
眼前で先ほどのような輝く息を吐かれてはひとたまりもないと、ティミーは咄嗟に防御呪文フバーハを唱えた。間に合った呪文防御膜が彼らの身体を守り、敵の吐き散らした輝くほどに凍てついた息にリュカたちの命が即座に奪われることはなかった。しかしそれでも、手足が、全身が、凍てつく冷気に動かなくなり、その瞬間にイブールの杖頭の竜がリュカの頭を殴りつけた。
鈍い音と共に、リュカが床に倒れる。防御呪文はスラりんが唱えており、その効果を仲間たちは皆その身に感じているはずだ。その防御の力を上回る力が、イブールにはあるということだ。倒れる父に追い打ちをかけるように、イブールが杖を振り上げる。うつ伏せに倒れている父は、迫る敵の攻撃に気付かない。
「ポピー!」
ティミーが呼びかけると同時に、ポピーは頷いた。二人の距離は離れている。しかしティミーが妹を呼びかけるのと同時に天空の剣を右手に掲げれば、双子の妹にはそれで事足りた。
天空の剣から凍てつく波動が放たれ、イブールの身体を包むマホカンタの効果を剥がしていく。ポピーが呪文を放ったのは、それと同時だった。集中してイブールにだけ効果が及ぶよう、一直線にマヒャドの呪文を唱える。呪文反射の効果に甘んじていたイブールは油断し、その身は巨大な氷柱がまるで弾丸のように飛んでくる勢いに、祭壇の奥にまで吹き飛ばされた。
「お父さん! 大丈夫!?」
「ティミー! 油断するな!」
リュカは既に自身の損傷を回復していた。うつ伏せに倒れながらも、イブールが攻撃を仕掛けてきているのは分かっていた。振り下ろされる杖を迎え撃ち、敵の竜の杖を自身のドラゴンの杖で折るか手放させるか、そう考えていた。
リュカはすぐに走り出した。既にイブールはポピーの放ったマヒャドの攻撃からは立ち直っている。右手に竜の杖を構え、まだ余裕の表情を見せながら呪文の構えを取っている。呪文を唱える前にと、リュカは右手に持つ父の剣を敵に向かって振りかざした。
イブールが放ったのは呪文ではなかった。ティミーの真似をするかのように、竜の杖からは強い波動が放たれた。イブールの放つ凍てつく波動の力で、リュカたちの身を守り、力を増している全ての呪文の効果が消え去って行く。リュカが振り下ろした剣はイブールの法衣を切り裂きはしたが、その身体に損傷を負わせるまでには行かない。ポピーの唱えたバイキルトの効果は切れている。
「流石は勇者。その聖なる力でわしの呪文の膜を消し去ってしまうとは」
低くしわがれた声だが、その声にまだ疲れは見られない。どこかこの戦いを楽しんでいる様子さえ見られる。その証拠に、イブールは何事もなかったかのようにすぐさま呪文反射の効果をその身に帯びてしまった。敵にとってマホカンタの呪文は息をするのも同じほどに容易な呪文のようだ。
「しかしお前たちの呪文の効果も消え失せた」
イブールはそう言うなり、リュカに切られた法衣をはためかせ、全身を震わせる。イブールの目の前にまで迫っていたリュカは敵の身体から迸る冷気の予感を感じても、逃げずイブールの前に立ち続けた。後ろには子供たちがいる。リュカは自身の身を犠牲にしても子供たちを守ることに、躊躇いはない。
正面から、至近距離から放たれた輝く息の威力に、リュカは一瞬にして意識を失いかけた。敵の前に立ち、持ちこたえる力は、ただ親としての想いだけから生じている。全身が凍りつく。手足も身体も全ての感覚が消えていく状況は、まるで再び石の呪いをかけられているかのように感じられた。手にしている武器も持っていられず、リュカの両手から父の剣、そしてドラゴンの杖が離れ、後方へと飛ばされて行く。
イブールの吐く輝く息が、唐突に止まった。真っ白に見えていた景色が色を取り戻し、動くこともできなかったティミーとポピーは、前方に立ち尽くしている父の背中を見た。両足まで凍り付き、床に囚われ、身動きができないだけだと二人は思い込もうとした。
父の正面に立っていたはずのイブールがいない。その身体は緑色の巨体ベホズンに吹き飛ばされていた。スラりんの蘇生呪文を受け、蘇ったベホズンが再び戦いの場に躍り出たのだ。
ティミーとポピーが慌てて父の元へ駆け寄った。凍り付く父の手に触れれば、それ自体が氷であるかのような冷たさに、ティミーは迷わず蘇生呪文を唱えた。強烈な生への希望を身体に吹き込むティミーの呪文が、リュカの身体に再び命を宿らせた。リュカを覆っていた氷と死の力は溶けるように消え去り、束の間止まっていた時が再び動き出す。
「ありがとう、ティミー」
「ううん」
「剣を」
「え?」
「剣が必要だ」
たった今蘇生されたばかりの者とは思えぬリュカの反応に、ティミーは息を飲んだ。父の敵への執念を見たような気がした。多くの人々を長きに渡り苦しめ、しかもそれを大した罪悪感もなく行ってきたイブールを、リュカは決して許さないという強い思いを抱き、この強敵と対峙している。
「お父さん、剣はここに……」
すぐにポピーが持ってきたパパスの剣を目にすると、リュカは短く「ありがとう」と答えるだけですぐに剣を手にして、敵へ向かっていく。イブールの動きを封じようとしているベホズンが、敵の強烈な攻撃を連続で受け、動きを鈍くしている。リュカは駆けながらも味方ベホズンに回復呪文を唱え、イブール討伐のために脇目を振ることもない。
ぼんやりしている暇など一瞬たりともないのだと、ティミーは皆を守るためにフバーハを、ポピーは父とベホズンに対しバイキルトを唱える。攻撃力を増したリュカの剣がイブールの法衣の奥、鰐の固い鱗を切り裂き、ベホズンの強烈な打撃がイブールの身体を床にめり込ませる。しかしイブールは防御態勢を整え、その攻撃に耐える。隙のない敵の動きに、深い損傷を負わせることは困難だ。
リュカとベホズンの猛攻の間にも、イブールはその身に魔力を蓄える。底なしの魔力を誇るイブールにとって、攻撃呪文を使用することは非常に容易い。生きている限り、魔力の消費と言うものは起こらず、無限に呪文を放つことができる。
イブールは手にする竜の杖から呪文を放った。直前にリュカとベホズンは各々補助呪文マホキテを唱える。イブールとは異なり、リュカもベホズンも魔力の底を尽きかけていた。多数の悪魔神官との戦いで、魔力を相応に消耗していたのだ。リュカもベホズンも仲間たちを癒す術を絶たせるわけには行かない。
イオナズンの爆発が広い祭壇上に起こり、リュカもベホズンも、離れていたティミーもポピーもその身体を吹き飛ばされた。目の前で起こった大爆発にも関わらず、リュカはベホズンと共に防御の構えを取っており、致命傷は免れた。ティミーは妹ポピーの手を取り、守ろうとしていたが、爆発の余りの威力にその手を離してしまった。ポピーの名を叫ぶティミーの声は爆発の音にかき消されたまま、彼女の姿は祭壇の下へと落ちて行った。
「ティミー! 来るんだ!」
「でも、ポピーが……!」
「イブールを倒さなくちゃならないんだ!」
リュカの血走るような必死の目に、ティミーの身体は震えあがった。しかし同時に、自分は立ち上がらねばならないのだと思った。父が苦しみの中に生き、また命を落として行った者たちの魂をその身に宿らせ、イブールに立ち向かうのと同時に、ティミー自身もまた世界を救う勇者という立場の元にイブールを倒さなくてはならない。その思いを新たに胸に抱き、ティミーは天空の剣を手にしたまま意を決して駆けだした。
ベホズンがその巨体からベホマズンの呪文を溢れさせ、リュカもティミーも身体の傷を全快させる。しかし魔力まで回復させるわけではなく、ティミーは自身に残る魔力が少ないことを感じていた。考えなしに呪文を唱えることはできない。力一杯に天空の剣を振るうことに専念する。
リュカが剣を振るう反対側から、ティミーが敵を逃さないと言わんばかりに剣を振るう。防御など忘れたように、ただひたすらに息も忘れて剣を敵に向ける。イブールは鰐の硬い鱗を更に硬化させ、防御に徹する。剣の攻撃が敵の身体に届かない。その内にイブールは再び全身を振るわせ始めた。その身から吐き出す輝く息にも、際限がない。イブールが生きている限りには即座に死を感じるほどのその攻撃にも終わりはない。
鰐の大きな口が目の前で開く。しかしその瞬間、イブールの防御は解ける。リュカは再び命尽きるのを覚悟しつつ、真正面から大きく開いたその口に剣先を向けた。剣先が凍りつき、手が凍りつき、顔面も凍り付き始めた時に、イブールの口奥に剣が届いた。敵の悍ましい悲鳴が上がる。
己の身が凍りつくことなど許されないと言うように、リュカは凍りつく腕に強引に力を込め、イブールの喉奥に剣を突き刺した。しかし同時に、リュカはイブールの放つ輝く息の途方もない威力に晒された。パパスの剣がイブールの口中に突き立てられたまま、リュカの手は堪え切れず父の剣を離し、その身は輝く息の勢いに吹き飛ばされた。
イブールの背後に立っていても、輝くほどに凍てつく息の威力は凄まじい。ティミーはフバーハの加護を得ていても尚、全身が凍りつくような寒さに身体がどうしようもなく震える。父が生み出した敵の隙を突くべきだと理解しながらも、寒さに悴む手がすぐには動かない。
動かないながらも、視界には広く景色が映し出されている。父が真正面から受けた輝く息の威力にその身を飛ばされている。しかし父を受け止めるベホズンがいる。そして祭壇の端、敵の攻撃から身を守るガンドフの姿があった。その大きな熊の身体に守られ包まれているのは、妹のポピーだ。無事にスラりんがガンドフも蘇生したのだと分かった。
父が何かを叫んでいるようだが、聞こえない。その父に、妹が祭壇の上で拾ったドラゴンの杖を父に渡すべく、ガンドフと共に駆けている。父はあれほどの攻撃を真正面から受けても尚、ベホズンの前に立ち、確かに生きている。その姿にティミーは、そのような状況ではないと分かりつつも、安堵した。
父が駆けて来るのが分かるが、何故自分に向かって駆けて来るのか、ティミーには分からなかった。そんなことが頭を過る中、ティミーの視界が暗転する。全身を凍り付かせ、感覚も分からないままに、ティミーはイブールの竜の杖に、痛恨の一撃を食らっていた。頭部に容赦のない一撃を受け、ティミーは壊れた機械のように床に倒れ、動かなくなった。
「いやだっ! お兄ちゃん!」
ポピーが訳も分からず倒れた兄の元に駆け寄ろうとするが、その目の前に、剣が投げつけられた。イブールが自身の口に刺さっていたパパスの剣を強引に抜き、リュカやポピーのいる場所へ投げつけたのだ。ポピーを庇うようにガンドフが寸でのところで、剣を弾いた。
「勇者と言えども、まだ子供。呆気ないものだ」
鰐の口から血を滴らせながら、イブールは憐れみさえ表情に浮かべ、倒れたティミーを見下ろしていた。何の反応も示さなくなったティミーは今、完全に命尽きている。すぐに蘇生させなければ、ティミーの魂はこの世を彷徨い始めてしまうと、リュカは怒りと悲しみに昂る感情を必死に抑えて、床に落ちた剣を素早く広い、ティミーの元へ向かおうと再び駆け出した。
しかしそれを見越したイブールが、竜の杖から放つ魔力に、ティミーの身体を宙に浮かばせた。その身体を眼前に持って来るや否や、襤褸ついてきた法衣を膨らませるように揺らしながら、全身を震わせる。
「勇者がこの世にあったことを、ここに残しておいてやろう」
氷漬けにし、その身に呪いをかけ、イブールは勇者ティミーをこの場に安置してやるのだと、イブールは言っている。石の呪いを受けたビアンカに、更に強い呪いをかけたイブールには可能な所業なのだろう。
父のドラゴンの杖を拾い、今手にしているポピーは完全にいつもの冷静さを失っていた。常ならば最善を考え、自身が何をすべきかを考え、自身の立ち位置を考え、凡そ仲間のサポートに就く彼女だが、今彼女はただひたすらドラゴンの杖を手指が折れるほどの力を込めて握りしめていた。敵の身体には相変わらず手堅くも呪文反射のマホカンタの膜が見える。魔法使いである自分には為す術もない。しかしだからと言ってこのまま兄を見過ごすことなどできない。
ポピーの強い祈りに応えるかのように、ドラゴンの杖の宝玉が淡い光を放つ。竜神との対話があるわけではない。しかしこのドラゴンの杖には竜神の魂そのものが宿っているようなものだ。
ポピーの身体が金色に輝いた。兄を窮地から救わねばと言う強い思いに、竜神が応えるかのごとく彼女の身を神々しいまでの黄金の竜へと変えていく。竜の咆哮を上げたのは、ドラゴンの杖ではなく、金色の竜と姿を変えたポピー自身だ。
その状況を目の前にしても、イブールは冷静さを失わなかった。身体の内に溜めていた輝く息をティミーに向かって、その後ろから迫るリュカに向かって吐き出す。しかし同時に、ポピーが竜の口を大きく開け、燃え盛る火炎を吐き出した。巨大な竜となったポピーは高みから吹き下ろすように、確実に敵イブールに狙いをつけ、その敵の身だけを焦がすよう炎を吐く。
以前、グランバニアの森で黒竜と化したリュカがところ構わず炎を吐いていたような状況とは違った。ポピーには敵を敵と認識する理性が残っている。それは彼女の心に内に宿る、もう一人の勇者として生まれた責務から生じているのだ。悪を滅ぼす。その勇者の心は確かに彼女の中にも存在している。
「……ポピー!」
リュカが大声で呼びかければ、金色の竜はその本性を失わずに父を見遣る。普段は力も体力もない魔法使いの自分も、今は皆と共にこうして戦うことができると、ポピーは今や皆を守るようにイブールの前に立ちはだかり、息の続く限りに燃え盛る火炎を吐き続けている。リュカには娘のその意を、子供の頃から成長し、大人になってまともに戦えるようになった自身に感じ、胸に染み入るように理解した。
イブールの竜の杖の魔力は途切れていた。ティミーの身体は再び床に横たわり、輝く息と燃え盛る火炎との狭間で危うい状況だ。とにかくすぐに蘇生させなければならないと、リュカが向かおうとする傍から、ベホズンが凄まじい速度で床を跳ね駆けて行った。
ポピーの吐き続ける燃え盛る火炎の中を突き抜け、主に水で出来ているその身を焦がし、すり減らしながらも、ベホズンは痛みに顔を歪めることもなく、ひたすらにイブールに向かっていく。その緑色の巨体の中には、濃紫色の包みが揺れている。それがまだこの世に熱く燃えるヨシュアの魂のようで、リュカはその思いを遂げさせなくてはならないのだと、ベホズンに続き駆け出した。
ベホズンがイブールを包み込むように、身を挺して敵の動きを封じた。輝く息の勢いが一気に弱まった。しかしベホズンの大きな身体もみるみる凍り付く。芯まで凍りつく前に、リュカがイブールが手にしていた竜の杖を思い切り蹴飛ばした。イブールの手から離れた竜の杖は祭壇の下にまで転がり落ち、その瞬間にイブールが身にまとう魔の力が途端に弱まりを見せた。
「がああっ!」
イブールがなりふり構わず、自身にまとわりつくベホズンの身体を剝がそうとした。しかしベホズンはしぶとくイブールをその巨体で封じ込んでいる。執念を感じる。ベホズンの身体を通じて、生前のヨシュアの強い思いが、この世の多くの人々に不幸を与えて来たイブールを許さないと言っている。
その間に、金色の竜は床に横たわっていた兄ティミーをその手に乗せ、拾い上げていた。ポピーの竜の手に乗るスラりんが蘇生呪文を唱え、ティミーの魂は彼自身が持つ生への強い希望と共にすぐに蘇った。金色の竜の目から落ちる大粒の涙に、ティミーが驚くことはなかった。彼にはたとえ巨大な黄金の竜が目の前にいたとしても、それが妹ポピーであることがすぐに分かった。
「ポピー、スラりん、ありがとう」
そう言うなり、ティミーはポピーの手の上から戦いの状況を目にする。すぐに自分も戦いに行かなければならないのだと竜の手を叩くと、ポピーは兄を信じて静かに床にその身を下ろした。
ベホズンの身体がイブールから引き離された。しかしすかさずガンドフが敵の身を背後から捕らえた。イブールが呪文を唱えるための魔力を、身体の内に溜める。爆発呪文イオナズンが炸裂し、ガンドフもリュカもベホズンも、己の身体の至る所に激しい打撃を食らうような痛みに襲われようとも、もうイブールと距離を開けることはない。
余りの必死に、痛みを忘れている。本来ならば動かない腕も足も、多くの苦しめられてきた人々のためにと思えば、嘘のように思うように動いた。リュカの手にする剣がイブールの腹を斬りつける。イブールは避けることができない。防御態勢を取ることもできない。それはガンドフが背後から、イブールの動きを完全に封じてしまっているからだ。
全身を硬い鱗に覆われているような鰐でも、法衣に隠された腹部だけは鱗に守られていない。バイキルトの効果を得ていない攻撃でも、イブールに届く。リュカはこれまでの人々の恨みつらみを込めるように、何度もイブールの腹を斬りつけた。
しかしイブールも長年、光の教団の大教祖という立場にいたもので、少なからず大教祖としての矜持を持っている。ここで負けるわけには行かないと、鰐の口から血を流しながらもまだリュカたちを倒す意思を捨てはしない。
破れた腹から抑えきれない凍り付く気配が噴き出している。しかし正面にいるリュカは当然のように逃げない。再び目の前で輝く息を吐かれても、自分はその勢いに負けてはならないのだと、咄嗟に防御態勢を取った。
リュカの背後から一筋に伸びる光が走った。空に光る稲妻に似たその光は、ティミーの天空の剣から放たれた力だ。凍てつく波動に晒されたイブールの身体から再び、呪文反射の効果が消え去って行く。リュカは防御体制を解き、呪文の構えを取った。
目の前で放たれた輝く息に対し、リュカの放つバギクロスが応戦する。勢いはイブールが強い。しかしリュカには援護する仲間たちがいる。
ベホズンが皆を護るように放ったのは、ティミーも使うフバーハだ。輝く息の勢いが削がれ、バギクロスの強さで耐えうるものになる。父が起こす真空の刃の嵐に乗せて、ポピーが腹に溜めていた炎を吐き出した。一直線にイブールに向かう炎は、イブールの身を包み、着飾る法衣も帽子も宝石も皆焼き尽くしていく。イブールから身を離していたガンドフがベホズンの身体で跳躍し上から飛びかかれば、スラりんが残り僅かな魔力でイブールの鱗に覆われた防御力を剥ぐようにルカナンの呪文を唱えた。
絶え間ない応酬に流石のイブールも息切れを起こした。鰐の口からは絶えず血が流れ落ちている。リュカがイブールの腹を斬りつければ、続いてティミーも天空の剣を振るった。魔力も底なしにあり、息をするように輝く息を吐くことのできるイブールだが、息する間も与えられない猛攻を受ければ、間もなくその場に膝をついた。
敵のその姿を見ても、リュカはイブールに容赦はしなかった。自分のためと言うよりも、多くの人々のためにこの者を許してはならないと決めていた。
リュカのその思いはヨシュアの亡骸を見たガンドフにも伝達する。イブールの脳天から会心の一撃を食らわせたガンドフは、祭壇の床に膝をつくイブールの息の根を確実に止めなくてはならないとその腕を抑える。
リュカはその正面から、イブールの腹に剣を突き立てた。全身に力を込め、防御しているイブールの腹部に剣は入り込まない。しかしリュカの背中を押す者があった。
ベホズンがリュカを後ろから支えるように、力を添えた。ヨシュアの想いだとリュカは思った。ベホズンの身体の中で揺蕩うヨシュアの魂が、イブールを倒すための力を与えてくれた。
リュカの剣がイブールの腹を突き通る。鰐が大口を開けて悲鳴を上げた。がらがらとした血に濡れた悲鳴が響き渡り、イブールの身体は前のめりに倒れていく。もはや輝く息を吐くことも、激しい爆発呪文を唱えることも叶わない。光の教団の大教祖と言う立場にいながらも、回復呪文の一つも身に着けることのできなかったイブールの命はこのまま、終わりを迎えるだけだろう。
イブールの腹から剣を抜くと、敵の身体はそのままうつ伏せに倒れた。リュカは構えていた剣先を静かに足元の床に向けた。イブールとの戦いは決したのだと、ベホズンの身体の中に揺れる濃紫色の包みに目を向ける。彼からの返事などは当然ない。しかし彼もまた光の教団の存在を許せない、許してはならない気持ちを持っていたに違いない。その思いに報いることができただろうかと、リュカはただベホズンに包まれ守られているヨシュアの魂に心の内で静かに呼びかけていた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    本題に入る前に…。
    先日の不具合の件、よく分からないので暫くアクセスしなかったんです。 今日アクセスしたら、今の所は調子が良く…なぜあんな風になったかよく分からないです。 また不具合がおきるかもしれません。 お騒がせ致しましてすみません。

    ゲームではガンドフの成長に限界があり、レベルが途中でカンストしてしまいますよね。 たぶん大神殿突入あたりでは戦力不足になってしまってモンスター爺さんに預けられて戦線離脱してしまっていると思うんです。
    しかし、bibiワールドのガンドフは、すんごくつお~い!(笑み)
    人一倍…いや、魔物一倍に視力が良いし、攻撃力もすんごく高いですよね(笑み)
    bibiワールドでこのまま戦力として戦って行って貰いたいですね。
    bibi様、たぶんプックルの次にガンドフ好きでしょ?(ニヤリ)

    ようやっとここで天空の剣の凍てつく波動が炸裂しましたね。
    以前bibi様は、凍てつく波動は執筆する時に難しいと言ってましたよね。 たしかにそう思っていました自分も。
    でも、マホカンタにザオリクやられたら凍てつく波動を使わないと勝てないですよ。
    ナイス描写です!

    ポピーの魔法使いレベル、とてつもなくすごいことになって来ましたね。
    遠隔呪文というポピーにしか使えない特別な能力があるのに、中級レベルの呪文なら連発できるようになったんですか⁉
    イオラ3連発…イオナズンに匹敵する威力なのでは?
    ポピー強すぎ(笑み)
    将来イオナズン3連発もあったりして?
    ティミーも今まで外でのみライデイン使えたのに、とうとう室内で雷雲を作れるようになったんですか⁉
    子供たちの成長ぶりは目を見張る勢いですな!

    坪を割った信者の少女ってマリアのことですか?
    もしそうなら坪ではなく皿を割ったと思います。

    イブール強いですよねやっぱり。
    ゲームでも初めて輝く息を喰らうんですよね。
    その威力にプレーヤーは驚きフバーハ使うんですが、ここで初めて敵側が凍てつく波動を使ってくるんですよね。
    イブールは2回攻撃にイオナズンと痛恨もある。
    当時SFCでプレイしていたケアル、ここで全滅喰らってましたよ(汗)
    bibiワールドのイブール、輝く息連発でさすがにリュカ、ティミー、ガンドフ、ベホズンが死んでしまいましたか…ここまで来ると描写が激しい!

    ベホズン今回はMVPですよね。
    1番体をはって戦っていたように思います。 それにヨシュアの遺骨を守りながらの突進は拍手であります!
    bibi様、ゲームではベホズンの攻撃力は高いんですか?

    とうとうドラゴラム発動!
    ポピーなら我を忘れて混乱しないと思ってましたよ(笑み)
    なるほどドラゴンの杖とティミーの死をきっかけに……感動であります。
    今後ポピーがドラゴラムをどのように使用するのか気になります!

    残りの呪文は、リュカのメガザル、ポピーのイオナズン、ティミーのギガデインとミナデイン。
    bibi様がどのように執筆してくれるかわくわくです!

    さて次回は、ポピーが竜の姿から元に戻る、そして命の指輪のイベント、そしてビアンカがビアンカが(嬉涙)
    でも、そのまえに……リメイクPS2とDSならではの追加イベント!
    とうとう「ヤツ」がまた❗
    次話はまたしても気合いが入るシーン! わくわくドキドキ♪
    次話のUP宜しくお願いします。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      不具合の件、とりあえず今はまた調子が戻ったようで何よりです。もしまた何か不具合が起こったら、メーカーさんなどに相談した方が良いかも知れないですね。お役に立てずすみません。

      ガンドフってゲームではそうなんですよね。でもこの子はデモンズタワーにも連れて行ったし、マリアとも仲良し(の設定)なので、どうしても今回は連れて行きたかったんです。見た目、熊なので強いと思っています。ゲームではあまり活躍できない分、こちらで活躍してもらいましょう。

      凍てつく波動ってかっこいいですよね。どうしてもこの技はドラクエ3のゾーマを思い出してしまいます。それをこんな小さな勇者が使うなんて・・・なんだか感無量です。ポピーは勇者にはなれなかったけど、実質の能力は勇者に劣らないという感じで、とても強いです。ティミー、室内でも雷出せるようになりました。子供たち、どんどん強くなって、父は目を見張るばかりです(汗)

      壺を割ったんではなく、皿でしたね。間違えました。内容一部訂正させてもらいました。ご指摘感謝いたします。

      イブールは強いです。伊達に長年、光の教団の教祖でいた訳ではないと。輝く息にイオナズンに痛恨にと、うっかりすると全滅させられちゃいますね。怖い怖い。ベホズンにはヨシュアと一緒に戦ってもらいたかったので、頑張ってもらいました。結局リュカは、マリアに背中を押され大神殿に向かう決意を、ヨシュアに背中を押されイブールを意地でも倒すと、そんな構図でした、今回は。戦いを挑むこともできなかった兄妹(ヨシュアとマリア)と、幼くとも戦える兄妹(ティミーとポピー)という構図もあったかな。・・・辛い(泣)

      ポピーのドラゴラムは、リュカのドラゴラムとはちょっと違うという私的設定です。ポピーはしっかり攻撃対象を認識できるのに対し、リュカのは・・・破壊的です。よりマスタードラゴンに近いというか、そんな感じでしょうか。あと残す呪文も少しだけですね。さて、どうしようかと・・・その前に、お母さんとの再会ですね。とりあえずはそちらに注力しようかな。

      あ、そうか。まだヤツがいましたね。ヤツはどう憎々しく描くかが肝です(笑) 何せラスボスよりも印象が濃い・・・いや、でも私のお話の中ではラスボスにもちゃんと立ち位置を作りたいと思っています。・・・まだ先の話になりますねぇ(汗)

  2. ケアル より:

    bibi様。

    坪↔壺
    すみません間違えていますね(汗)
    視覚の事情で音声読み上げで文章作成しています…申し訳ないです、ちょくちょく間違えて変換していることと思います(謝罪)

    当時ケアルがSFCでイブール討伐してた時、苦労した記憶があるんです、なんせパーティ3人ですからね。
    リメイクPS2を母がプレイしてた時、正直あまり苦労してなかったように覚えています。
    たぶん母は…カジノでメタルキングの剣を手に入れるために
    100ドルスロット→コインプラスになる→セーブ→100ドルスロット→コインマイナス→電源リセット→勝てばセーブ負ければリセット永遠ループ
    チートですよねこれ(苦笑)
    というわけでイブールは母にしてみれば、そんなに…みたいな感じだったのを覚えているんです(汗)
    bibi様、実際にイブールとDSで戦ってどうでしたか?
    やっぱ強かったですか?

    • bibi より:

      ケアル 様

      変換ミスについては特に気にしていません^^ 全体を読めば内容も分かりますし。ただ、もしケアル様がお気になさるようでしたら、コメントを頂いたあとにこちらで直しておきましょうか? お嫌でなければ。

      SFCは3人ですからなかなかキツイ戦闘ですよね。お母様はなかなか気合いの入ったことをしておられましたな。ゲームを楽しむのなら、そういう楽しみ方もアリですよね。
      DSでイブールと戦った時は、ラマダよりは大分きつかった感覚がありました。ただ全滅の憂き目に遭うという感覚にはなりませんでした。何せ一番絶望的な戦闘って、私の中ではどうしてもブオーンなんですよね。あいつを超える者がいなくって(笑)

  3. ケアル より:

    bibi様。

    お気遣いありがとうです。
    いやそのままでいいです、bibi様が気にしていないようだったので安心しました。

    更新が遅くなってしまうとのことですが、いつまでも自分はUPお待ちしていますよ(笑み)

    • bibi より:

      ケアル 様

      お返事どうもありがとうございました。ではそのままに・・・また気になるようでしたらお知らせくださいませ。

      そうなんです。ちょっと更新が遅くなると思います。しかし書ける時に書いて行きたいと思いますので、ふとした時にアップされているかも・・・なるべく早く書き上げられるよう頑張ります。

  4. バナナな より:

    いやー、凄い戦いでした。
    色々とポイントがありすぎて、ちょっと消化しきれないくらいに感動しましたよ。特にポピーのドラゴラムとヨシュアの思いは琴線に簡単に触れてしまうおっさんにはウルッときてしまいました。
    もう一度、落ち着いて読んできます!

    • bibi より:

      バナナな 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ここは本来ならばリュカが主人公として最も前に出る感じで書くべきだったのかも知れないですが、私としてはこの場に残されたヨシュアの想いをどうしても書き入れたかったんですよね。ゲームでも当時、彼の亡骸を見つけて衝撃を受けたので、その時の思いをここに入れ込んでみました。
      年齢を重ねると涙もろくなりますよね、分かります(笑) サンチョがしょっちゅう「うっうっ・・・」となるのが心から分かるようになります。次のお話も気合いを入れて書いて行きたいと思います。まだ途中ですが・・・頑張ります^^

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