2022/04/28

大神殿潜入

 

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世界各地ではそこここで光の教団の信者が姿を現していた。注視していなければ気づかない変化だが、その数は以前よりも増えているようだった。その者たちは、人々の不安を煽った後に、救いの手を差し伸べて来る。人心を操ることに長けているのだと、グランバニアの教会を司る神父もまたそう感想を漏らしていた。
しかしその者たちの数は、ある時を境に減少を見せていた。セントベレス山頂に建造された大神殿の完成はいよいよ間近で、各地に散らばる教団の信者らも一度呼び寄せられているのではないかと言うのが、リュカたちの認識だった。大神殿完成の喜びを分かち、祝おうと言うのがいかにも人間臭く、マーリンが予想していたこととは言え、人間を馬鹿にしたようなそのやり方にリュカは内心憤慨しつつも表には出さずに過ごしていた。
それから間もなく、リュカは天空城で天空人から確かな話を耳にした。大神殿完成の祝いが行われる日が決まったという。天空人たちもまたリュカたちが成し遂げようとしていることを理解し、手を貸すべく多少の危険を冒しつつもセントベレスに近づき情報を得ていたようだった。
リュカが仲間たちと力を合わせて成し遂げたいこととは、大神殿の中に囚われている奴隷たちの安全な解放だ。どれほどの人数がいるかと言えば、それはリュカたちが働かされていた時とは比べ物にならないほどの数だと想定している。リュカやヘンリーが働かされていた時には、完成することなどあり得ないと思っていた大神殿が、この十年の間に工事が進められついに完成の日の目を見ようとしている。リュカたちがあの地を逃れてからも、世界から多くの人々があの地に運ばれ、または自らの意思で向かい、非常に多くの人々が大神殿の中に囚われているに違いないと、リュカは聞く話からそう想像していた。
大人数の人々を一度に救うには、竜神の協力は不可欠だ。外界とは完全に隔てられた世界一の山の頂から多くの人々を運ぶとなれば、竜神には人々を安全に運ぶ役目を負ってもらい、近くに天空城を浮上させ、人々を一時的にそこへ避難させる。天空城は城下町を丸ごと包んでいるグランバニアよりも余程巨大だ。セントベレス山での労働に従事させられている人々を余さず乗せるにも問題ないとリュカはマーリンたちとの話し合いにそう決めていた。
しかしいくら一時的に安全な場所を提供しても、人間の命に休みはない。命を繋ぎ止めるには生きる糧が必要だ。そして人間としての通常の生活を忘れてしまっているかも知れない彼らに、リュカは出来る限り人間としての扱いを施したいと思っている。それらの物資を全てグランバニアから賄うことは不可能だった。
グランバニアの国民にとっては、言わば全く関係のないことなのだ。リュカがこれから行おうとしていることはあくまでも秘密裏に事が運ばれ、グランバニア国民にその実際を知らせてはいない。遠く離れた世界一の山の頂に囚われている人々を救うために手を貸して欲しいとリュカがグランバニア国王として口にしても、王妃も母君も長らく不在の中で我が王はとうとう妄言を吐くようになってしまったと、国民を徒に不安に陥れるだけだとリュカだけではなくオジロンもサンチョも、事情を知る者たちは一様にそのような考えを持つだけだ。
その中でリュカが唯一助けを求めたのは、サラボナに住む富豪だ。以前にも一度、彼らにはこのような事態が起こるかもしれないという話をしていた。そしていよいよその話が現実味を帯びてきた時、リュカは改めてルドマンの元を訪れていたのだった。
ルドマンは相変わらず豪胆な性格で、リュカが詳しい話をせずとも、リュカの人柄を信じ切っている彼は一も二もなく是の返事をしてくれた。細かいことは後回しにして、一つできることが達成したら、また次にできることを考えて行けばいいのだと、ルドマンは全ては私に任せろと言わんばかりの気風の良さで承知してくれた。リュカは後日必ずグランバニア国王として礼に伺う旨を伝えたが、ルドマンは彼自身の目指すところは世界を豊かにすることなのだと、それを本心で語り、そして実現してしまいそうな勢いでリュカに返すだけだった。
既に完成して数か月経つフローラとアンディの夢が形になったサラボナの学校には、十数人の年もまちまちの子供たちが、人として必要な読み書き算術を主に、他にも人としての心を得るための学びを得ていた。子供たちの様子を見るフローラはまるで、海辺の修道院での修道院長のように、子供たちに平等の愛を注いでいるように見えた。そこに悲哀は一切ない。もしかしたら彼女は夫アンディとの間に子を望んでいたのかも知れず、十年ほどの時が経っても彼ら二人の間には子はいない。その事に彼女もアンディももしかしたら、という思いがリュカの脳裏の片端にはあったが、彼らの目は今やサラボナの学校に真っすぐ向けられており、二人から語られる言葉にも声にも、子供たちへの愛情が感じられた。
そんな彼らの様子に、リュカはふと妻ビアンカを思い出す。彼女もまた、ダンカン夫妻に拾われた子供だった。しかし生前の彼女の母と言い、今も山奥の村に住むダンカンと言い、決して彼女との血の繋がりがないものとは思えぬほどの絆をリュカは幼い頃から見ている。幼いビアンカはお転婆という文字をそのまま具現化したような娘で、危なっかしいことや行き過ぎたようなことをすれば、彼女の母は容赦なく娘を叱った。そこには母から娘への確かな愛情があったに違いない。ダンカンもまた父として娘を慈しみ、母を亡くしてからも父と娘だけで互いに信頼し合いながら生きて来た。ビアンカがビアンカとして素直に生き、成長してきたのは、愛情を注いでくれた父と母の存在があったからだ。
人が人として生きていくには、やはり人と関わり合いにならなければならないとリュカは思う。一人では、たとえその場が気楽でも、人としての成長はあり得ない。孤独というのは、停滞そのものだ。特に子供の時期に信頼できる人間に巡り合えることは、幸福以外の何物でもない。学校に通い始めた子供たちにとって、フローラとアンディがそのような存在になれることを、リュカは信じて疑わない。
フローラと話をしても、やはり彼女もまた世界を股にかける富豪の娘と言う矜持や気概があり、リュカの頼みを快く受け入れてくれた。場合によっては対応が遅れることもあるかも知れないが尽力しますと、リュカの手を取り握手を交わしながら、確かに応じてくれた。
「今日はお子様たちはお連れではないのですね」
そうフローラに言われた時にリュカは束の間言葉に詰まったが、フローラやアンディには素直に事情を話しても理解してもらえるだろうと、双子の子供たちにはこの計画は話していない旨を伝えた。多くの人々を救出するような作戦に子供を巻き込むわけにはいかないというリュカの思いを、フローラもアンディもやはり理解してくれた。そしてその上で、二人はリュカに無事を祈ると伝え、リュカは去り、二人は学校で待つ子供たちのところへと戻って行った。
サラボナの助力により、天空城へは食料や衣服や防寒具などが袋詰めや箱詰めの形で運ばれた。日持ちのしないものもあり、その作業は大神殿へ向かう当日にも行われた。物事の詳細など何も伝えていないグランバニアの人々の手を借りるわけには行かず、リュカは当日大神殿に共に向かう予定の魔物の仲間たちと力を合わせて徐々に準備を進めて行った。
大神殿に向かう当日、リュカは昼過ぎにグランバニアを発つと決めていた。その時間にルーラで天空城へ移動し、竜神の背に乗り大神殿を目指す頃には現地では夜も明けている。それまでは平時と同じように、グランバニアで国王としての政務を行い、直前までオジロンやサンチョと共に時を過ごした。二人は当然、事情を知っている。そして周りの者にこの計画を他言しないことを守ってくれている。今では国一の兵士長となったジェイミーも事情は知り得ており、万が一グランバニア兵の力が必要になる時には声をかけると話してある。
昼過ぎにリュカは城を発つべく、グランバニア城壁内の一角へと移動した。屋上庭園からルーラで飛び立つことも可能だが、あの場所にはドリスがいるかも知れないと、彼女の目を避けるためにもサンチョの家の裏を集合場所と決めていた。
集合場所に姿を見せていた仲間たちは、リュカの隣にいることが当然なのだと言わんばかりのプックル、主の身は必ず守護するのだと気を吐くピエール、狭い所や小さな隙間などの探索は任せろと身体を揺らすスラりん、困った時にはオレがどうにかしてやると鼻息荒いミニモン、最後の積み荷である大きな木箱を隣に置いてリュカをじっと一つ目で見つめるガンドフ、そして現地での救護要員としてベホズンとメッキーをリュカは呼び出していた。現地に入り込む仲間とは異なり、セントベレスの地に降り立つためには翼のある仲間をと、サーラとアンクルも姿を見せている。しかし彼らはあくまでもリュカたちを現地へ入り込ませたら、その後にはこのグランバニアに戻ってもらう予定だ。サーラはグランバニアで作られているキメラの翼を所持している。
「なあ、オレらも一緒に行ってもいいんだぜ。その方がさっさと事は済んじまうかも知れないだろ」
「まあ、それも考えたんだけどさ、あんまりみんなを連れて行ったらグランバニアの守りが手薄になるでしょ? それは避けたいからね」
「今のところグランバニア周辺の敵に動きは見えませんが、以前のこともありますから油断はできません。我々は大人しくグランバニアの守りに戻るべきでしょうな」
サーラが冷静にそう口にすれば、アンクルもそれ以上は踏み込んでは来ない。多くの人々が囚われていると言われる大神殿の様子も気になるところだが、グランバニアの防衛を差し置いて無理に行動する気にはなれないし、国王であるリュカの指示に逆らうことはできない。ただアンクルはリュカたちの身を案じているだけなのだ。
「ところでリュカ殿、王子と王女には城を出ること、伝えておられるのですか」
「ああ、それなら大丈夫。朝の内に伝えておいたよ。今日は昼過ぎからちょっと出るけど、その日中には戻るからねって」
「……そうですか。何とも、こう……いつも通りですね」
「それがいいでしょ? いつもと違ったら何か感づかれるかも知れないしさ」
日が傾き、西からの穏やかな日差しはサンチョの家の建つ場所には届かない。ましてや家の裏には緑濃い木々が立ち、人目につくこともない。知る人しか知らないこの計画をリュカは、他の人々に知られることのないまま達成させようと、静かにドラゴンの杖を両手に持ち念じる。そして今では慣れて来た竜神との意思疎通を図るや否や、竜神が待つ天空城へと移動呪文ルーラを唱え、空に飛び立った。



巨大な城全てを雲に包み込んだ天空城からは、いつもの青空の景色を見ることはできなかった。それと言うのも、今この空に浮かぶ城はセントベレス近くを浮遊しており、唯一天空城を見下ろすことのできる世界一高い山からはその姿がありありと見えてしまうのだ。そして天空城が厚く纏う白い雲は、城を守るための防衛機能をも果たしている。天空人の操作により、必要に応じて城を包む雲は雷撃を放つことができる。遥か昔に一度、敵の手により地に落とされた神の城は、反省の意を表すように城の守りに徹していた。
巨大な窓の外の見える一面白い景色を見ても、リュカにはこの城が動いているのかどうかも分からない。時折、セントベレス近くで吹く強風に城が揺れると、この城が空に浮かんでいるのだと感じるくらいのものだった。
マスタードラゴンはいつものように巨大な玉座に身体を丸めて座っていた。しかし日々リュカと杖を通じた対話を行っていた竜神は、既に準備は整っていると言わんばかりに、もう眠ることはなくリュカの意思を探るような目を向けていた。
「先ずは僕が先に入るからね」
竜神の背に乗り、崖の入口から内部へ入り込むのはリュカを先頭に、後は魔物の仲間たちを続々忍び込ませる予定だ。以前の偵察の際、リュカたちは大神殿に魔物の姿を見ている。しかしあくまでも人間のために立てられた大神殿であり、住まう者たちも凡そ人間のはずだ。そのような場所に一度に魔物の仲間たちが姿を見せれば、それだけで現場は混乱をきたすかもしれない。結果的には魔物の仲間たちもその姿を外に晒すことになるだろうが、先ずは人間であるリュカが先に内部に入り、様子を窺う計画だ。
「リュカ、コレダケ、モッテク?」
最後の積み荷を背負い持ってきたガンドフが、大きな一つ目をパチパチと瞬きしながら問いかける。中にはいくらかの食糧が入っている。もし神殿内部に囚われている人々がいるとすれば、まず欲するものはまともな食べ物に違いないと、リュカは命からがらたどり着いた海辺の修道院で口にした薄味の温かなスープを思い出していた。できることなら温かな食べ物をと思えば、ミニモンの力を借りて火を使い温めた食料を人々に分けることも可能だと、リュカはガンドフに頷いて返事をする。
「そうだね、あんまり多くのものは持って行けないから、その箱だけ持って行こうか」
「ウン、ワカッタ。ガンドフ、シッカリ、モッテイクネ」
神殿の内部にいる人々に対しても、もしかしたらリュカたち自身にも必要な食糧の詰まる大きな木箱を、ガンドフは大事そうに両手に抱え、いつでも共に行けるのだという意思をリュカに見せた。
リュカが玉座に就く竜神の正面に立つ。竜神もリュカの意思に呼応するように姿勢を正し、玉座を降りるとその広大とも言えるような竜の背をリュカたちに見せるように身を伏せる。大神殿には魔物の存在も確認しているため、リュカたちも当然装備品に身を固めていた。旅する時と同様に、リュカは父の形見の剣にドラゴンの杖、マントの内側には魔法の鎧を着こんでいる。サーラとアンクルがリュカたちを抱え、順に竜神の背に乗せていき、竜神が一度その巨大な翼を広げれば、玉座の後ろに立つ幾本もの石柱のように見えていた水柱が形を変えて竜神に道を開ける。竜神は空に浮かぶ我が城から滑り出すように飛行を開始し、間もなく天空城を包む厚い雲の層を抜け出した。
マスタードラゴンは身を隠すことなく、堂々と大神殿の正面に姿を現す。今日のこの日は、セントベレス大神殿の建造が完了した祝いの日だ。そのような目出たい日を、この世の神である竜神も同様に祝うのだと言わんばかりに大神殿の周りを数回優雅に旋回すれば、大神殿の見張りにつく者たちの心をも昂らせることとなった。
セントベレスの山を数回旋回する間に、竜神の背に乗るリュカたちは大神殿の裏にあたる崖より密かに忍び込むことに成功した。リュカたちを無事に崖の上に運んだサーラとアンクルは、しばらくの間リュカたちの様子を見守っていたが、その姿が見えなくなると、与えられた役目を終えたのだとサーラの持つキメラの翼でグランバニアへと戻って行った。
「リュカー、寒いの、平気なのかー?」
竜神の背に乗っている際には、竜神の力により暑さ寒さを感じなかったが、一たび竜神の傍を離れセントベレスの山に身を下ろせば、身を切るような寒さに襲われた。魔物の仲間たちは人間よりも気温の変化の影響を受けることはない。プックルやガンドフなどは身体全体に温かな毛皮を着ているようなもので、彼らにとってはむしろテルパドールのような灼熱砂漠の方が体力を奪われる。
リュカもこの場に降りるまではそれほど寒さを危険視していなかった。かつては粗末な奴隷の服を着てこの山の上に生きていたのだ。しかし今では地上の生活に慣れ、ここまでの寒さに身を置くことは殆どない。勝手に震え始める身体を抑えるように、リュカは口では大丈夫と返しつつも、マントで全身を包むようにして寒さから身を守った。
「そう言えばガンドフの持ってる箱に防寒着も入ってたっけ?」
そう言いながらリュカはガンドフに近づき、彼が背負う大きな木箱に手を当てる。ガンドフはリュカの目を窺うように一度見つめると、背中の木箱を丁寧に地面に下ろした。上からかぶせてあるだけの木箱の蓋が地面に下ろした拍子にぐらぐらと揺れた。そしてリュカが蓋に手をかけるまでもなく、木箱の蓋は内側からゆっくりと開けられた。
「うわー、ホントに寒いね! 箱の中はふかふかしててあったかかったからよく分からなかったよ」
「あのセントベレス山の頂上なんだものね。きっと世界で一番寒い地上なんだわ」
木箱の蓋を両手で開けて、頭に被るように顔を覗かせたティミーとポピーの姿に、リュカを初めとして誰もが言葉を失った。リュカはグランバニアを発つ前に、双子の子供たちに今日は昼過ぎからちょっと城を出てくると伝え、二人も大人しく理解していたのだ。その二人が何故今、この場に姿を現しているのか。あまりにも呆気に取られ、リュカは子供たちの無茶な行動を怒る気にもなれなかった。
「リュカ、ゴメンネ。フタリニ、タノマレタノ」
リュカに謝るガンドフだが、彼の大きな一つ目は決して怯えてなどいない。ガンドフは二人の子供たちを必ず守り切るのだという決意のもとに、彼らの願いを聞き入れたのだ。
ティミーもポピーも父リュカには秘密の上で続けていた竜神との対話の中で、当然のようにこの日の計画を知っていた。しかし計画を知っていることを誰かに知られてはならないと、二人ともグランバニア王子王女としての日常を過ごしていた。ただ、日が過ぎる毎に二人の中には父や周りの者たちへの反発心が溜まって行った。誰も何も教えてくれない。その理由は偏に二人がまだ子供だからというだけのものだ。
確かに二人ともまだ子供の域を出ないが、一人では何もできないような赤ん坊ではない。しかもティミーは世界を救う勇者としての使命を負い、ポピーもまた兄の重い使命を共に負う気持ちを持つ。ただ子供だからと切り捨ててしまうのは、彼らの負う使命はあまりにも大きい。
その使命すらもねじ伏せてしまうような父リュカの行動には確かな子供への愛情を感じる。しかしティミーにもポピーにも、一人一人の人間としての心が育ち、周りの者たちが思うよりも余程彼らの心は大人に近づいていた。
「お父さん、ガンドフは悪くないの。怒らないであげて」
「ボクたちが無理にお願いしたんだ。だって、こうでもしないと一緒に行けないと思ったから」
大きな木箱から顔だけを覗かせる二人の必死な表情に、リュカは久しぶりに二人の子供の顔をまともに見たような気がした。これまでにも毎日、グランバニアの城で顔を合わせ、部屋では親子としての時間も過ごしていたはずだが、彼ら二人の表情にこれほど大人びたものを感じたのは初めてだった。
秘密と言うのは後ろめたい。二人の子供たちに大神殿の計画を秘密にしていたことで、リュカは自分でも気づかない内に子供たちの顔をしっかりと見つめていなかったのだと気づかされた。
「どうしてそこまでして一緒に来たいと思ったの」
子供たちにとってはこの大神殿の存在など、噂に聞く程度のものだろう。セントベレス山の山頂近くに光の教団の総本山があるという話は世に広まっているが、一体その場所がどのような場所なのか、具体的な状況などは何も分からなかったはずだ。リュカと共に大神殿の視察をしたマーリンやピエール、サーラに話を聞けばその状況も知れただろうが、そんなことをするわけには行かない。ティミーとポピーは、グランバニアに住む誰にも、リュカたちと共に大神殿に向かおうとする気持ちも素振りも見せるわけには行かなかったはずだ。
「ここには困っている人たちがいるんでしょ?」
ポピーのその一言に、彼女がこの場所の実体の一部でも知り得ているのだとリュカには分かった。ただ父と共に在りたいからという子供の我儘で言っているのではないと、ポピーはその言葉に表している。
「何度も言ってるけどさ、お父さん、ボクは勇者だよ」
勇者と言う言葉を出せばまた怒られるかも知れないと理解しつつも、ティミーには自分のその存在を前面に出すことが父への対抗手段だった。怒られようがどうしようが、ティミー自身にも他の誰にも、彼が世界に選ばれた勇者であることを否定することはできない。
「こんな時に勇者がグランバニアでのんびりしてたら、世界の人たちはどう思うのかな。みんな、勇者にアイソを尽かしちゃうんじゃないかな」
ティミーの言葉に、リュカは正直なところでは世界の人々がなんと言おうともティミーが無事であればそれで良いと思っている。それが親心だ。我が子を何よりも大事に思うのは、どの親にも共通するような抗えない抗いたくもない感情だろう。
しかしティミーもポピーも既にリュカが思うような子供ではなくなりつつある。親にとって子供はいつまで経っても子供だが、子供自身はあっという間に成長を遂げ、大人になり、自らも子を持つ親になる年となる。人間と言う生き物はそうして繰り返し繰り返し命を繋いでいくのだ。その中で、子と共に親もまた、成長を遂げて行かなければならない。
親としての成長、それは子を認め、いずれは一人で生きて行けるように育て上げることだ。いつまでも親が子の傍に付いていられるわけではない。真っ当に寿命を生きるのであれば、子よりも親の方が先にこの世を去る。子は親の所有物では決してない。いつまでもいつまでも親子共にいられるわけではないと、リュカ自身がその現実を心に深く知っている。
「リュカ殿、この場所には子供がいるかも知れません」
光の教団の信者に連れられ、この場所に来た者の中には子供がいるかも知れないというピエールの言葉は、グランバニアで暮らすカレブとマリーの兄妹の存在が根拠となっている。現にリュカ自身も、子供の頃に囚われ、この地で十年ほどを生きることとなった。
「もし子供を救出するとなれば、王子王女の力もまた重要になると思われます」
「がうがうっ」
ピエールの言葉に賛同する調子でプックルが声を上げる。プックルの背に乗るスラりんも子供たちと一緒に内部へ進むことを望むように、短い鳴き声を上げている。
「それとも今更二人を地上に戻すのかー?」
移動呪文ルーラを使えるリュカならばそれも可能だ。ティミーとポピーを捕まえ、無理にでもルーラでグランバニアへと戻してしまい、自身は再び竜神を呼び寄せセントベレスに向かうこともできる。しかしたとえそうしたところで、果たしてティミーとポピーがそのまま大人しくグランバニアに残っているものとも思えなかった。
誰にも秘密にして、親であるリュカにも知られないように注意を払い、二人は木箱に身を潜ませるまでしてここまでついてきたのだ。双子の表情を見ても、少し危険な冒険を楽しむと言うような遊び感覚でここにいるのではないことがひしひしと感じられる。何としてでも父と共に在り、そして父と魔物の仲間たちが成し遂げようとすることに二人も力を尽くすのだと、リュカから決して目を逸らさない双子の子供たちの強固な意志を感じないではいられなかった。
「みんなは二人を連れて行くことに、賛成なんだね」
「しかしお決めになるのはリュカ殿です。貴方はお二人の父君なのですから」
決定権はあくまでもリュカにある。この大神殿に入り込む計画は元々リュカの発案であり、指揮するのも彼だ。共にこの場所に向かう魔物の仲間もリュカが決めた。彼が頷くか首を横に振るかで、双子の子供たちの在り場所は決まる。
「お父さん、絶対にムチャはしないよ。お父さんの言うことはちゃんと聞く」
「みんなの足手まといにはならないようにします。だから、お願いします」
リュカたちの計画を知ってしまった今となっては、ティミーもポピーももう大人しくグランバニアで待っているような気持ちにはなれない。そしてここでリュカが二人を国に帰らせれば、恐らく親子としての絆と呼ばれる信頼関係に亀裂を生じさせてしまうのだろう。
二人の泣きそうなほどの真剣な思いに、リュカは確かに応じるしかない。
「絶対に無茶をしないこと。僕の言うことを素直に聞くこと。それだけ守れれば……いいよ、仕方ない」
リュカの提示した条件は、既にティミーが口にしているものと同様だった。無茶をしないのはティミーとポピーの責任、子供たちに適した言葉をかけるのは親であるリュカの責任だ。これほどの意志の強い目を向けて来る子供たちには半分の責任を負わせ、彼らの成長を確かに認めなければならないのだとリュカは観念することにした。
リュカの許しを得るや否や、二人の子供たちは叫び出しそうなほどに喜色満面となったが、忍び込もうとしている場所で騒いではならないと喉の奥に声を封じた。そして静かに箱から出てくれば、彼らもまた完全装備に身を包んでいた。
ティミーはいつも通りの天空の剣に兜、そして盾を肩に背負うようにして持っている。セントベレスの山頂は流石に寒いと思ったのか、腕も足も出さないように長袖長ズボンに身を包んでいた。そしていつもの旅装用マントを羽織っている。ポピーもいつもの旅装の下に長袖長ズボンを着こみ、防寒対策を施していた。その手にはマグマの杖と、腰には見慣れぬ一振りの剣が鞘に収まり提げられている。
「ポピー、その剣はどうしたの?」
「これね、実はエルヘブンの長老様にお願いして一つ頂戴したの。誘惑の剣って言うんですって。軽いから私にも使えるのよ」
リュカが双子の子供たちに大神殿に向かう計画を知らせずに事を運んでいた裏側で、子供たちも着々と準備を進めていたということだ。ポピー自らグランバニアを出ることはできない。もし出てしまえば、それはリュカとの約束を反故したことになってしまう。その代わりに彼女は手紙を書き、それをメッキーに渡してエルヘブンの長老とのやり取りを行っていたのだ。エルヘブンはリュカの母マーサが暮らしていた村であり、村の守護者として今もゴーレムたちがその役割を担っている。魔物を受け入れるエルヘブンの村は、グランバニアから飛んできたメッキーをあっさりと受け入れ、マーサの孫であるポピーから手紙が送られたとなれば彼女の願いを聞き届けるのに迷いはなかった。
「ここに行くってことを、長老様たちに話したの?」
「ううん、それは話してないけど……でも長老様たちはもしかしたらご存じなのかも知れないわ。だって『皆様のご無事を祈念致します』って書いてあったもの」
リュカが初めてエルヘブンの村を訪れた際には、事前にリュカたちが村に来ることを予知していたような人々だ。エルヘブンの巫女でもあり長老でもある四人の女性たちが持つ不思議な力は、ポピーから手紙を受け取らずとももしかしたらリュカたちが行おうとしていることに感づいていたと考えても不思議なことではない。
空から照る日差しを受けて、ティミーの背負う天空の盾が煌めいた。世界最高峰のセントベレスの地にあって、そこで陽光を受ける天空の盾はどこか誇らしげにも見えた。ベルトに繋いで鞘に収まる天空の剣もまた、光り輝く。ティミーが頭に装備している天空の兜も、青い宝玉に陽光を受けて光っているのだと、皆が思っていた。
しかしその光は一瞬、まるで皆の目を潰すほどの勢いで強まった。装備しているティミー自身もきつく目を閉じた。ガンドフが唐突に眩しい光を放ったのかと思うほどに、強烈な光だった。
再び目を開け、ティミーを見れば、今も陽光に照らされるティミーだが、天空の盾も剣も兜ももう先ほどのような光り輝く状態とはならない。ただ不自然に天空の武器防具が自ら光を放っているようだった。神の加護を受け、強い魔力を秘めた伝説の武器防具故に、何が起こっても不思議ではないが、今のこの変化が一体何を表しているのかは装備しているティミーにも分からないようだ。
「今もちょっと光ってる、わね」
恐る恐る兄の背負う盾を触ってみたポピーは、特別天空の盾が熱くなっているとも感じられなかった。しかし間近に見れば、明らかに天空の盾はぼんやりと光り続けている。それはまるで、盾自身が語りかけているようにも感じられるが、当然盾の話す言葉など誰にも分からない。
「きっと天空の盾も剣も兜も、ボクたちの力になってくれるってことだよ! 大丈夫、変な感じはしないから!」
装備しているティミー自身が言う言葉が最も説得力のあるものだった。リュカも魔物の仲間たちもティミーの言う通り、天空の武器防具の状態に不穏なものは感じていない。そうであれば、勇者が装備するこの装備品は勇者を護り、力を与える役目を今まで通り果たしてくれるだけだ。それを信じ、リュカは仲間たちと神殿の敷地内の様子を建物の陰から確かめ始めた。
「見たところ、我々のような魔物の姿は表には出ていないようですね」
「ダケド、タテモノノナカ、マモノ、イルヨ。ガンドフ、ミエル」
ガンドフが大きな一つ目を極力大きく開いて見る景色には、神殿内を歩く魔物の姿が映っているようだ。この世の憂いごとから救われるべく光の教団に入信し、教祖イブールに仕える人間たちのために建てられたはずの大神殿内に、堂々と魔物が闊歩している状況にリュカは思わず首を捻る。人々は外界を荒す魔物に怯えてこの光の教団に入信したのではないのだろうか。
「なあ、あっちにちっこい建物があるぞー。あれ、なんだろうなー」
「ぐるるる……」
ミニモンが大きなフォークで指し示す小さな四角い建物に、プックルは牙を見せて低い唸り声を上げる。姿は見えないが、あの建物の中には魔物がいる。以前、リュカがピエールたちと共に竜神の背に乗り、この大神殿の偵察に来た際にも、ミニモンが示す建物から魔物が姿を覗かせたのをリュカもピエールも覚えている。
「魔物は監視役、でしょうか」
「もしかしたらあの建物の中に、囚われている人がいるのかも知れない」
リュカがこの忌まわしき地を逃れてから十年ほどの間に、大神殿は様変わりし、完成を果たしてしまった。リュカがヘンリーと共に何度も放り込まれていた牢は今の大神殿の地下に当たる場所にあるはずだが、牢の場所が移動していてもおかしくはない。そしてそこにもしかしたら、と言う思いもリュカにはある。脳裏にマリアの俯いた顔が過る。
「ちょっと、行ってみるよ」
「ピキッ、ピキッ」
「そうだね、スラりんなら一緒に行けるか」
「お父さん、ボクも一緒に行くよ」
「私も。きっと人間ならその辺を歩いていても大丈夫なんじゃないかしら」
大神殿の敷地には見張りの兵士の他にも、数人の人間の姿があった。神官服に身を包む者が多いようだが、中には普通の町や村に暮らすような平素な服を身に着けて歩く人間もいる。恐らく今ではグランバニアに与してくれたトレットや、子供と言う立場を利用させられていたカレブとマリーなどの、地上に降りて光の教団の布教を行う者たちなのだろう。リュカたちも極力武器を隠し、マントに身を包んでいれば堂々と敷地内を歩くことも可能と思えた。
「二人とも、約束は覚えてるね?」
「うん、絶対にムチャはしないし、お父さんに言われた通りにするよ」
「私も絶対に約束は破りません」
「うん。それなら、一緒に行ってみよう。みんなはちょっとの間、ここで待っていてね」
「お気をつけて。何かあれば合図をいただければ駆けつけます」
「がうがう」
たとえ大声を上げずとも、些細な合図で魔物の仲間たちはリュカの異変に気付いてくれる。リュカは魔物の仲間たちの持つ魔物特有の性質に甘んじつつ、スラりんを懐に収め、二人の子供たちと共に見える小さな建物へと慎重に歩き出した。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。いつも楽しいお話ありがとうございます。

    ティミー・ポピーをどうやって連れて行く描写にするのか楽しみにしていました。
    そっか荷物の中に…想像つきませんでしたよ。
    ガンドフとメッキーはティミー・ポピーの作戦に加担していたんですねえ、リュカにしてみれば信じていたガンドフ・メッキーに騙されたわけだ。
    ガンドフ・メッキーはリュカにぜったい服従だと思っていたので今回のティミー・ポピーの作戦に一本取られちゃいました(笑み)
    子供たちの作戦はマスタードラゴンやエルヘブンの長老たちも含めて知っていたわけで、そう思うとマスタードラゴンずっとリュカと対話していたのに…マスタードラゴンなかなかなことしますねえ(笑み)
    いやぁbibi様、木箱作戦良かったです!
    そして、リュカの用意周到な作戦よりも、ティミー・ポピーの用意周到な作戦の方が1枚上だったという親子の駆け引きおみごとです。

    そしたら、パーティは10名になるんですね。じっさいのゲームでは大神殿に入れるのは何名でしたっけ?最終的にイブールとの戦闘でたしか馬車がいた記憶ありますが、最初は馬車は入れなかったように思いますがどうでしょうか?ちょっときになったので教えてください(笑み)

    誘惑の剣、エルヘブンで9000ゴールドぐらいで販売していましたよね。
    SFCでは妖精の剣が1本しか手に入らないから、ビアンカとポピーで妖精の剣を取り合う形になるんですよね。どちらかが誘惑の剣になるんですよ。まあカジノでグリンガムのムチが2本手に入ればそっちの方が強いですけどね。まあべつにビアンカもしくはフローラ、ポピー3人は毒針も装備できますしね、彼女たちの攻撃方法は呪文が多いから。
    ちなみに、リメイクDSとPS2には妖精の剣がたしかもう1本どっかで手に入る…どこだったかなぁ…。(忘)

    次回は天空の鎧ですね。
    ティミー最強装備にとうとうなります。ティミーの喜ぶ描写が楽しみです。
    ビアンカ石像にいよいよ対面、ポピーは道具袋にストロスの杖は持っていますか?ストロスの杖の描写見てみたいです(すみません小さい出来事ですがbibi様のお話で見てみたい)
    ご検討くださると嬉しいです。
    次話も楽しみにしています!
    bibiさま、きっとゴールデンウィークは家族のことで執筆が難しくなるのではないかと思います。ですので、できましたらゴールデンウィーク前に読めたらいいなぁ!…だなんて思っちゃいまして…。飛び跳ねるほど喜びます(笑み)

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      荷物の中に・・・かつてはリュカが魔物の仲間たちを木箱に入れて旅をしていたこともありました。その時の話を双子は聞いていたのかも知れませんね。それで自分たちもやってみたと。マスタードラゴンなんかは、子供たちの願いを聞き届けるのと同時に、リュカをびっくりさせて見たかったなんていう子供じみたことも考えていそうです。・・・私の考える竜神はとても神様っぽくなくてすみません(汗)

      大神殿は本当は四人、SFCではもちろん三人、でしたかね。その辺りはちょっと調整が必要でしょうかね~。

      誘惑の剣、ここでどうかしらと思いながらもポピーに持ってもらいました。公式イラストでは彼女、剣を装備しているので装備させてみたかったんですよね(そんなノリで・・・)。この誘惑の剣って女性装備なのにリュカも装備できるという、面白い剣なんですよね。リュカが装備したらどんな風に敵を混乱させるのかって、そっちも気になったり(笑) いや、ポピーもどうなんだろ(汗)
      妖精の剣ってあるんですよね、登場し損ないましたが。そういうアイテム主体で色々とお話を考えるのも楽しいですね。ちょっと長編では出し切れないので、もしそういうお話を考えるとしたら短編になっちゃうかな。・・・いや、今は短編を書く余裕もないのですが・・・。

      天空の鎧、その辺りのお話はたった今書きあがりましたが、まだ次話の執筆は続くのでもう少しお待ちください。
      ゴールデンウイークなんですよね。何だかここ数年、まともにゴールデンウイークを過ごしていなかったので、それ何だっけ、みたいな感覚でいます。いかんいかん。私もなるべくゴールデンウイーク前に一つお話を上げたいと思っているので、頑張って書いてみます! できるかな~。

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