魔物と言えど

 

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「ティミー、防げるか?」
「う、うん。でももうあんまり魔力が……」
バズズの大群との戦いで、味方はほとんど魔力を削られている。しかしグレイトドラゴンとの戦いを前にして、ティミーの防御呪文フバーハを頼らなくてはならない。既にリュカたちの目の前にドラゴンの吐き散らす炎が迫っている。隠れる暇もなかったリュカたちの人間としての姿は確かにドラゴンの目に映ってしまっている。明らかな敵意を持って、ドラゴンはリュカたち人間を倒そうと視線を外さない。
ティミーがフバーハを唱えた。仲間たちの身体は一様に守護のベールに包まれる。ドラゴンの吐く炎の熱が確かに弱まった感覚を得て、リュカはプックルの赤いたてがみを一度撫でた。
「行けるな? プックル」
「がう」
聞くまでもないと言うようなプックルの返事を聞くと、リュカは戦友の背に飛び乗り、人豹一体となって、前に立つ一匹のグレイトドラゴンに向かって突っ込んでいく。直線的であまりにも危なっかしいリュカとプックルの動きに、仲間たちは束の間唖然としたが、その仲間たちの中に一人、既に場を離れている者がいる。
「ポピー、呪文を!」
いち早くその状況に気付いたのは、ビアンカだ。リュカとプックルが突き進む直線から離れたところに、ピエールの姿がある。ドラゴンの死角にと回り込んだピエールが、いつの間にか敵の近くにまで迫っていた。リュカもプックルも、その事に当然のように気づいていたのだ。
ビアンカが指で指し示す。ポピーがバイキルトの呪文を唱える。ピエールの身体に力が沸き上がり、装備するドラゴンキラーにその力は集約される。
炎の中に突っ込むリュカとプックルは、フバーハの影響下でどうにか激しい炎の熱に耐える。それでも到底、息はしていられない。凄まじい熱の影響を少しでも和らげるべく、ビアンカは賢者の石を手にして祈る。彼女の心は常に、大事な味方を全て守りたいという思いを中心に置いている。それは義母となるマーサの偉大なる想いにも通じ、その想いを受け継ぐようにビアンカは家族も仲間も一斉に守るべく、集中して祈り続けた。
ピエールがグレイトドラゴンの巨木の幹のような足に斬りつけた。ドラゴンに対する絶大な攻撃力を誇るドラゴンキラーの一撃は、黄金竜の頑強な皮膚に鋭い傷を負わせた。口から吐き出す激しい炎が止んだ。炎の道を突破したリュカがプックルと共にドラゴンに炎の爪を向け、剣で薙いで行く。思った以上に刃が立たない。この暗い世界にあって、寧ろ神々しく感じるほどの光を帯びる黄金竜は、もしかしたら魔界における王者とも呼べる者なのかも知れない。
足に受けたピエールの一撃は深いが、それだけで体勢を崩すような竜ではない。そもそも痛みに鈍いというのもあるだろう。目の前にいる敵は容赦なく倒さなくてはならないと感じるのは当然で、グレイトドラゴンは再び足元にいるリュカたちに向かって炎を吐き散らすべく、大きく息を吸いこむ。
リュカの目の前で、黄金竜の身体が横に大きくよろめいた。横から突進してきたゴレムスが、体当たりを食らわせたのだ。よろめいた体勢のまま吐き散らされた激しい炎が、赤々と暗い世界を照らし、リュカたちの頭上を熱する。敵はグレイトドラゴン四体だ。少しでも隙を与えてはならないと、目の前にいる竜にいち早く追撃するのはプックルだ。
リュカはちらりと後方に目を遣る。ビアンカがティミーとポピーの傍にいる。今はこの場に、四体のグレイトドラゴンという敵がいるのみだ。ティミーと目が合う。戦いに参じる様子を見せない。彼は今、母と妹を守ることに注力している。ティミーも、ビアンカもポピーも残りの魔力が少ないのだ。限られた魔力に構わず敵に剣を呪文を向けるのではなく、ティミーは絶対に二人の家族を自分で守り切るのだと、父に返す目でそれを伝えた。
目の前の竜が叫び声をあげて暴れた。暴れた尾で、リュカもプックルも同時に吹き飛ばされた。アンクルが宙から滑空し、敵の目に足蹴りを食らわせていた。左目の視界を弱めた黄金竜には、その方向へと飛び去ったアンクルの姿は見えていない。それを利用し、アンクルはもう片方の目をも攻撃しようと、後ろから回り込んでいる。
しかしそのアンクルが、唐突な攻撃を受けた。後ろに控えていた三体の内の一体、同じグレイトドラゴンが飛んできてアンクルを攻撃した。羽をがぶりと噛まれ、アンクルは堪らず悲鳴を上げて、嚙んで来た黄金竜にそのまま廻し蹴りを食らわせた。
ピエールが敵を倒さねばならないというその一心で、執拗に竜の左足を斬りつけている。敵に回復の術はないようで、黄金竜の動きは傷の深さに比例して鈍くなる。しかし敵も必死に攻撃を仕掛けてくる。咄嗟に口から吐き出す炎の勢いに、ピエールが飲み込まれた。ティミーの防御呪文フバーハのベールをその身に纏っているとしても、至近距離から食らった炎の勢いに、ピエールは命を最優先に一度遠くへと退いた。
今、リュカたちの前には二体の黄金竜が立つ。しかし今もまだ、もう二体の竜が後ろに控えている。何故か戦いに参加しない。その理由をリュカは知りたかったが、前面に出てこない二体の様子を観察する間などないに等しい。
羽を傷めて地に落ちたアンクルに、リュカが回復呪文を施す。ピエールは自ら、火傷の傷を癒した。リュカとピエールは先ほどの戦闘で敵から魔力を奪うことに成功しており、まだ魔力には相当の余力がある。しかしこの戦いが長引き、リュカとピエールの魔力が尽きた時、リュカたちもまた敵の竜と同じく、回復の術をほとんど失ってしまう。長期戦となれば、不利な状況だけが待っている。
アンクルが再び宙に舞い戻る。敵の顔周辺を、危険を冒して飛び回る。アンクルもまた魔力の底が見えており、勢いだけで呪文を使うことは避けねばならない状態だ。何せ今はまだ道半ばも良いところで、リュカたちが目指す光源の立つ位置までには相当の距離がある。目指す場所に辿り着くまで、リュカたちの前に立ちはだかる魔界の敵はまだいくらでもいるに違いないのだ。
いかに攻撃を食らわずに、敵に損傷を与えるかを考え、アンクルはひたすら敵の目を引きつける役目を負う。黄金竜の吐き出す燃え盛る火炎が迫るのを際どい所で交わすアンクルの足元で、リュカたちはひたすら黄金竜の足元への攻撃を加えて行く。
巨大な竜の尾が振り上げられ、リュカたちの頭上から降ってくる。それを止めたのはゴレムスだ。しかしあまりの勢いに、ゴレムスの左肩から肘までの石造りの身体が削がれ、ぼろぼろと魔界の草地へと落ちてしまった。それでもゴレムスはそのまま竜の尾を腕に巻きつけ掴むなり、力技で引き倒した。黄金竜一体が地に倒れ、リュカたちの近くへその巨大な身体を晒す。好機を得たと、リュカはプックルと共に竜の顔目がけて駆ける。同時にピエールが竜の腹へと跳ね向かった。
その時、倒れた竜の後ろに控えていた二体の竜が共に鳴き声を上げた。その声にリュカは何か悲壮なものを感じた。思わず攻撃の手を止める。倒れた竜の向こう側に並び立つ二体の竜が、じっとリュカを見つめている。
油断が見えた瞬間、リュカの真ん前でグレイトドラゴンが大口を開けた。口の中に溜まる炎が、一瞬の迷いもなく吐き出され、燃え盛る火炎の直撃を受けたリュカは防御する事も出来ずに身体を焼く炎の直撃を受けた。プックルは咄嗟に真横に避け、直撃を免れたが、その半身は炎の筋を残している。
「お父さん!」
「やだっ!」
ティミーとポピーが叫び声を上げ、その場から駆け出そうとする。しかしそれを抑えたのはビアンカだった。しかし彼女は子供たちを抑えるだけではない。自ら戦いの場に立つ一人として呪文の構えを取る。彼女自身、魔力はさほど残っていない。バズズの群れとの戦いでベギラゴンの呪文を頻発していたために、残りの魔力で使用できる呪文は限られている。
マグマの杖を前に構える。唱えるのは炎系呪文、メラミだ。中程度の火炎呪文が、マグマの杖の先端に浮かぶ。杖に念じる。杖のマグマがぐらぐらと表面に揺れ、メラミの火球を包み込みながら地に横倒しになっているグレイトドラゴン目がけて投げ込まれた。
苦し気にうつ伏せに倒れていたリュカの頭上近くを、熱の塊となる火球が飛んでいった。それが同じく倒れるグレイトドラゴンの首に直撃した。メラミの火球が竜の首に損傷を与え、その上マグマがどろりと竜の首にへばりつく。剥がすこともできない熱の塊に黄金竜は悶え、地面の上を転がり暴れる。
“やめてよ!”
“お父さん!”
リュカの頭の中に響く声があった。聞いたことのない声だ。仲間のものでも家族のものでもない。それが人間の言葉だったのかどうかも分からない。ただ頭の中に響いてきた声は、リュカにはそうとしか聞こえない悲鳴だった。
リュカの目の前に横倒しになっているグレイトドラゴンはもう、虫の息だった。止めを刺そうと、ピエールがドラゴンキラーを構え、素早く首に近づいて行く。プックルも同じく飛びかかる意志はあったようだが、火傷の酷さに思うように動けないでいる。
敵は明らかに、協力するような関係にあるようだった。ピエールの攻撃を防ぐべく、途中から戦いに加わったもう一体のグレイトドラゴンが立ちはだかる。炎を吐くには束の間時間がかかると、鋭い爪を持つ手をピエールに向けて来た。その竜の爪さえも、ピエールのドラゴンキラーは容赦なく斬り落としていく。傷の痛みには鈍く、手から血を流しても竜は攻撃を止めない。続けて振り回してきた巨大な尾で、ピエールをその場から吹き飛ばしてしまった。
リュカは自身と、プックルの傷を癒していた。敵に時間を与えてはならないと、ピエールを攻撃した竜に向かっていく。既に横倒しになっているグレイトドラゴンはこのまま放っておいても助からないだろう。首を火球とマグマに焼かれ、呼吸をするのもやっとの状態で、口から得意の燃え盛る火炎を吐き出すことも叶わない。口から微かに漏れる人間のささやかな焚火ほどの炎を見ると、敵と言うことも忘れて憐れな気分になる。
今度リュカたちが相手をする黄金竜は、明らかに怒りを示していた。それ故に戦い方に我武者羅ぶりが現れていた。敵となるリュカたちをじっくりと確かめもせず、大きく尾を振ったり、やたらと炎を吐いたりと、すぐにでも息切れしてしまいそうな戦い方をしている。必死なのだと、その行動にリュカは感じた。己の身を守ることに必死、という印象は受けない。
暗い世界が途端に、大きく明るく見えた。後ろに控えていたもう二体のグレイトドラゴンが今になって戦いに加わってきたのだ。黄金竜らが吐き出す炎の威力は凄まじい。その激しい熱に立ち向かうべく、ティミーは残りの魔力でどうにかフバーハを、ポピーもまた魔力の底を尽いてでも抗うのだと、ヒャダルコの呪文で炎の威力を弱めようとする。
平地に立つゴレムスの身体に比べ、グレイトドラゴンの身体は更に大きい。しかし後から加わって来た二体の竜はまだ子供なのか、ゴレムスと同じほどか、少し小さいようにも見える。その二体のグレイトドラゴンもまた、必死になって燃え盛る火炎を吐き、三体の竜がまるで一体になって炎の威力を強めて来る。
「お父さん!」
「早く! 倒さないと……!」
ティミーとポピーの声だ。二人も必死に呪文を唱えている。その言葉が届く前に動き出していたのはゴレムスだった。後から加わって来た内の一体に、浴びせられる炎の威力などに構ってはいられないと、炎の中を突き進むと子竜に正面から体当たりを食らわせた。アンクルもまた子竜に狙いを定め、宙から竜の首目がけて蹴りを突き出した。子竜の首を折るような勢いで突き出された蹴りに、堪らず子竜はその場に倒れる。
その状況に、残る一体のグレイトドラゴンが悲しみの詰まったような叫び声を上げた。リュカたちという敵を目の前にして攻撃の手を止め、倒れた子竜たちに目を遣る。それは本能的なものだったに違いない。まだ戦いの時は終わっていないというのに、残る黄金竜は大きな首をぶんぶんと振って、明後日の方向へと炎を吐き散らし、完全に我を失っている。一体何が起こったのかと束の間リュカは唖然としたが、仲間たちが揃って敵の子竜二体を仕留めようと近づいて行くのを見て、気づいた。
「……やめろっ!」
リュカの大声に、仲間たちは一斉に動きを止めた。言葉が端的で、どのような意味なのかを測りあぐねた仲間たちだが、どうやら間違ってはいなかったと、敵への攻撃の手を止めた。
リュカの目の前には、たった今息絶えてしまった一体のグレイトドラゴンが魔界の草地に倒れている。半開きのままの目には既に命はなく、竜の目はもうこの世界を見てはいない。何故初め、この竜だけが戦いの場に一体だけで出て来たのか、それには必ず理由があるのだと、リュカは四体のグレイトドラゴンの姿と絆を見て、確信した。
まだ間に合うと、リュカは目の前に倒れている黄金竜に近づいた。その人間の行動に、先ほどまで暴れていたグレイトドラゴンが怒りの目を向ける。そしてリュカに向かって大口を開き、喉の奥に渦巻く炎を見せつけた。死して尚いたぶられるのかと、竜の誇りにかけて断じて許さぬという激しい意志を、その竜の目にリュカは感じた。
「そんなことはしないよ」
竜の怒りの炎に焼かれることも覚悟の上で、リュカは命尽きているグレイトドラゴンに手を伸ばした。リュカの手から放たれる呪文は凡そ、治癒の力を持っている。命が尽きた者にはそれでは不足だと、リュカは辺りに漂うはずの黄金竜の魂に呼びかけるように、呪文を唱えた。
ザオラルの呪文がリュカの手から発動される状況に、家族も仲間たちも目を疑った。しかし竜の魂はまだどこかに彷徨っている。リュカは手にしていた剣も杖も近くの地面に置き、両手を竜の身体に当ててもう一度、呼びかけながら蘇生呪文ザオラルを唱える。
「家族のために、戻っておいで」
リュカの心からの言葉に反応するように、グレイトドラゴンの大きな身体は蘇生呪文の光に柔らかく包まれた。辺りを漂っていた魂も、決して潔く家族の傍を離れたわけではなかった。それがたった一人の人間の男の呼びかけに応じるように、倒れる自身へと還る道筋を見つけたように、家族の父である黄金竜の鼓動を再び鳴らし始めた。
後ろで立ち上がった子竜が鳴いた。その鳴き声がリュカには“お父さん!”と聞こえる。先ほど空耳かと思えた声は、子竜の声だったのだろう。二体の子供の黄金竜は、未だ敵との戦いの中にあることも忘れて、再び立ち上がった父竜の傍に駆け寄り、身体を摺り寄せ始めた。
「君は……勇敢なお母さんだね?」
相手に人間の言葉が通じるかどうかなどお構いなしに、リュカは唖然としているもう一体の黄金竜に話しかけた。リュカに燃え盛る火炎を浴びせかけようとしていた母竜であるグレイトドラゴンは、蘇った夫である竜の無事な姿を目にして、口の奥に準備していた火炎を飲み込んでしまったようだ。そのせいで喉から腹の中に炎の熱が渦巻き、今度はその熱さに苦しみの声を上げる。
リュカが今度は苦しむ黄金竜に両手を差し伸べる。蘇生した父竜がそれを見て、険しい顔つきで唸り声を上げ、リュカの身体を掴もうとしたが、両脇にいる子竜がそれを止める。
リュカは両手を母竜の腹の上部に向け、回復呪文を唱える。身体の内部に負った火傷の熱も引き、身体が元通りの状態となった母竜が長い首を持ち上げ、今度は落ち着いた眼差しでリュカを見下ろす。
「僕は、本当は誰とも戦いたくないんだ」
それはリュカの本心だ。人間と魔物が対立し、いざ遭遇すれば必然と戦いに転じる状況を、リュカは決して望んでいない。寧ろ今彼の仲間として共に旅をする魔物の仲間たちのように、互いに手を取り合って生きて行けるのならそれが最も好ましいのだと、純粋にそう思っている。
「僕は人間で、君たちはドラゴン。でも、一緒だね」
リュカはそう言うと、目の前に四体の黄金竜がいるという危険の前で、平然と竜に背中を見せた。リュカが目を向けるのは、己の家族だ。妻のビアンカに息子のティミーに娘のポピー。たった今、リュカたちが戦っていたこのグレイトドラゴンたちもまた、同じように家族でこの地を歩いていたのだろう。
リュカが完全に戦闘態勢を解いているために、魔物の仲間たちは用心深くその状況を見守りながらも、既に少々安心する様子すら見せている。リュカが敵となる魔物と会話をする姿を、彼らはこれまでにもその目に見ている。そしてリュカのそのような分け隔てない行動で、彼ら自身もまた、こうしてリュカと共に歩むこととなったのだ。ただその中でゴレムスだけは、リュカと黄金竜が会話をするその姿に、彼だけが持つ過去の記憶を重ねて見ていた。
「……ゴレムス、お前も治してやらないとね。腕が……上手く治るかな」
リュカを見下ろし立つゴレムスの肩から腕が、先ほどの黄金竜との戦いの中で大きく削られ、身体の一部となる石の塊がごろごろと地面に落ちている。過去に爆弾岩のロッキーが弾けてしまった時に、ティミーが一度蘇生を成功させたことがある。ただその際、飛び散ってしまったロッキーの破片を集めるのに手古摺り、集めきれなかったようで、ロッキーの身体は元よりもほんの少し小さくなってしまった。
「お父さん、とりあえずゴレムスの腕の欠けちゃったところをできるだけ集めた方がいいと思うよ」
ティミーが当時の経験からそう口にし、自らゴレムスの肩から腕だった石の塊を集め始めた。そもそもロッキーのように弾け飛んでしまったわけでもないために、皆で集めればそれほど時間はかからない。リュカも皆と協力して、ゴレムスの身体を元通りに治すために地面に落ちている石の塊を拾い集める。
「でもティミー、ゴレムスも人間みたいに、自分の身体の力で傷が治ったりはしないのかしら?」
ビアンカの言う通り、ゴレムスも他の魔物同様、命を持ってこの世に生きている。生きているからには自ずから身体に備わる治癒能力と言うものがあるのではないかと考えるのも当然の流れだ。しかしながら人間や動物、植物などの元来命を持つものと、ゴレムスのような元来は命を持たないものとの違いに、有機物か無機物かと言う決定的な違いがある。
「でもお母さん、ゴレムス、というかゴーレムは元々、石や泥で作られた大きなお人形さんで、それに命が吹き込まれた魔物だって本で見たことがあるわ。だとすると、自分の力で傷を治すのって、ちょっと難しいんじゃないかな」
ポピーが以前に読んだという本は、エルヘブンの村の祈りの塔上部、マーサの部屋の本棚に置かれていた本だ。彼女は祖母のマーサがどのような本を読んでいたのだろうかと興味津々で、様々な本に手を伸ばしていた。
「身体がごつごつした石だものねぇ。傷を治すって言ったって、欠けちゃった石から石が生まれるなんてこともないのかしら。できたらいいのに」
そんな話をしながら、ビアンカとポピーもまた協力してゴレムスの欠片をできる限り多く集めて行く。そんなリュカたちの行動を見ていた二体の子竜が顔を見合わせて、リュカたちの真似をするように地面に顔を近づけて、咥えられそうな破片を見つけては口に咥え、同じように集め始めた。そんな子竜の身体を手で擦りながら礼の言葉を述べるリュカを見て、アンクルが「ホント、訳分かんねえヤツだよ」と呆れるような感心するような言葉を吐いていた。
集められた破片に腕を近づけるように、ゴレムスが地面に胡坐をかき、身体を屈める。左右で重さが違っているためにバランスが悪いらしく、ゴレムスは地面に座る際によろけた。それを支えられるのは、グレイトドラゴンほど大きな魔物だけだ。二体の黄金竜がゴレムスの身体を支えている間に、リュカがベホマの呪文を唱える。集められたゴレムスの欠片が元の位置を目指して腕に肩にとくっつき始めた。リュカの意を汲むように、ゴレムスも彼の回復呪文に集中して身を任せている。その治癒の力が腕や肩にだけではなく全身に行き渡るような心地よい感覚は本来、ゴレムスのような無機物で作られた魔物には無い感覚だが、彼は静かに目を閉じてリュカの施す回復呪文の芯にまで染みわたるような温もりを図らずも感じていた。
「リュカ殿」
ゴレムスの腕も肩も無事元の通りに治ったところで、ピエールがいつもと変わらぬ冷静さで話しかける。ここは暗黒世界の中であり、暗い草原の只中でいつまでも身を晒しているわけにも行かないのだと、ピエールの声の低さに嫌でも気づかされる。
「この竜たちはこれからどうするのでしょうか」
それはピエールたちのように今後はリュカと共に歩み始めるのか、それともこれまで通りにこの魔界の地で魔界の魔物として生き続けるのか。それを決めるのはリュカなのだと、ピエールは言葉にその意味を含めてリュカに問いかける。
「僕たちと一緒に来るのはお勧めしないよ」
リュカは迷わずそう答えた。この世界に生きて来たグレイトドラゴンが今のこの時から地上から来た人間と魔物の一行の仲間になり、これからの道を共に歩んで行こうとすれば、それはリュカたちにとっては強力な戦力となる。しかしグレイトドラゴンたちとしてはこれから、同じ世界に生きて来た同胞らを敵に回すことになる。
「欲がねえなぁ。コイツらに協力してもらって、あの光のところへ連れてってもらったらいいじゃねぇかよ。そしたら大分楽ができるぜ」
「お父さん、ボクもアンクルが言う通り、この竜たちに少し協力してもらうのがいいと思う。だってボクたち、どうしてもあの場所に行かなきゃ行けないんだもん!」
リュカたちが目指す場所は常に視覚に見えてはいるものの、まだ相当の距離がある。その間にどれほどの魔界の魔物と遭遇するか知れない。ただでさえ今の彼らの状況は、ほとんど魔力を使い果たしてしまったような余力のない状態だ。ここで竜たちと別れ、進んだ先に魔物の群れに遭遇したとしたら、その時がリュカたちの旅の終わりとなる時かも知れないという未来が頭を掠める。
「ねぇ、お父さん。この子、さっきからゴレムスの傍から離れないの」
ポピーの言葉の通り、一体の子竜が、再び地面に立ち上がったゴレムスの腰のあたりに顔を近づけ、ふんふんと探るようにゴレムスに持たせている大きな道具袋に鼻先をくっつけている。
「お腹が空いてるんじゃないかしら。ゴレムスに持ってもらってる道具袋に干し肉も入れてあったわよね」
「グォォ~ゥ!」
「グォォ~ゥ!」
ビアンカの言葉が伝わったのかどうかは分からないが、一体の子竜が首を上げて吠え声を上げれば、それに釣られるようにもう一体の子竜もまた追随するように鳴き声を上げた。二体の子竜の状態を見ればそれは明らかだった。口から涎を垂らし、今では二体してゴレムスの腰に提げられる道具袋を鼻で突っついている。ゴレムスは困ったように見下ろし、貴重な食糧を奪われまいとやんわりと道具袋を手で守っている。
「がう~……」
「うーん、でも少しぐらいならいいんじゃないかな」
「少しで済まなければ、我々が食べられる可能性も考えられますが……」
「僕たちが食糧に見えてれば、とっくに食べられてると思うよ」
プックルの気の進まない反応やピエールの現実的な発言を耳にしつつも、リュカはゴレムスに近づき、大きな仲間に再びこの場に座って欲しいと手で合図した。ゴレムスがその場に胡坐をかいて座ると、リュカはその膝の上に上り、ゴレムスの持つ道具袋の口を開けて中を探り始めた。子竜がリュカの濃紫色のマントを口に咥えて引っ張ると、リュカのマントはあっさりと破れてしまった。鋭い牙の威力を今知ったかのように、子竜は歯に引っかかったマントの切れ端を目の端に捉えると、これも先ほどのゴレムスの肩や腕のように元の通りにくっつけることができるのだろうかとリュカの背に切れ端をなすりつける。
「あはは、それは流石に元には戻らないよ。……いや、待てよ、もしかしたら戻るのかな」
「リュカ殿、貴重な魔力をそのようなことに使わないでください」
リュカの些細な思考にも想像が及ぶのか、ピエールはすかさず注意の言葉を伝え、それを聞いたリュカは素直に己の衝動による行動を抑えた。その間に子竜は歯に挟まってしまったリュカのマントの切れ端を、アンクルに取ってもらったようだった。
「ほら、おいで。少しだけだけど、干し肉をあげるよ」
リュカが手にする干し肉はリュカたち人間でも一食に満たないほどのささやかなものだ。果たしてこれほど大きな竜がこれっぽちの肉の欠片で腹が満たされるとは思えない。しかし腹を空かしている子供を放っておけるほどリュカも、またリュカの家族も非情ではなかった。
ドラゴンが自ら干し肉を作るようなことはなく、子竜たちにとってはこれが初めての干し肉だった。リュカが立て続けに投げた肉を、二体の子竜が続けて大口を開けて食べた。そのまま飲み込めるほどのものだったが、二体は初めて口にする干し肉と言う食物を、まるで味わうように何度も咀嚼してから飲み下した。干して水分を抜くのは保存のためだが、その上塩も効いているために、口の中に残る干し肉の旨さの余韻に浸るように、子竜たちはうっとりと目を閉じていた。そしてその子竜たちを優しく見守る父竜、母竜の姿を見て、リュカは当然のように彼らのためにも道具袋の中から干し肉を取り出す。
「おい、リュカ。あんまりやるなよ。もったいないだろ」
「でもお腹を空かせてるのは子供たちだけじゃないみたいだし」
見れば親竜たちもいつの間にか口から涎を垂らしている。それほどに空腹だったのだろう。気持ちとしては子竜たちに食べさせてやれればそれでいいのだというところなのだろうが、本能としてはそうは行かない。人間だって魔物だって、食べなければ死んでしまうのだ。
「……ま、いざとなったらコイツらを食べればいいって、そういうことか?」
「そうなったとしたら、今度こそ本気で戦わないと行けないね。できることなら避けたいなぁ」
このグレイトドラゴンの四体の家族が一斉に攻撃を仕掛けてきたとしたら、リュカたちが力を合わせて敵う者なのかを想像すると、背筋に寒気が走る。一先ず、仲間たちのほとんどが魔力の底を感じている今の状況では、避けたい場面だとリュカは両手に干し肉を持って親竜たちにひらひらと見せた。
「ほら、君たちにもあげるよ。おいで」
親竜二体が顔を見合わせ、先ずは母竜が、そして最後に父竜もまた、リュカの手から干し肉をもらい口にする。子供たちがうっとりとする顔つきをしていたのが分かると言うように、親竜もまた口にしたことのない味わい深い干し肉に舌鼓を打っている。その様子はまるで人間と変わらないと、リュカはゴレムスの膝の上に乗りながら思わず噴き出してしまった。
「ドラゴンってもしかして、結構グルメなのかな」
「そう言えば魔物って、お料理ってしないわよね。だから塩の効いたお肉も初めて食べたのね」
「でもよ、オレたちにしちゃあちょーっと塩っ辛い時もあるんだよなぁ」
「がうがう」
「え~? そんなこと思ってたんだ。知らなかったよ」
「じゃあ魔物さんには薄味の方が良いってことなのね。ずっと一緒にいるのに、全然気づかなかったわ」
味わう時間も束の間で、リュカから干し肉を一枚ずつ貰い食したグレイトドラゴンの家族は到底満腹になることもなく、まだ物欲しそうな顔つきでゴレムスの腰に下がる道具袋を見つめている。しかし残りの食糧を全て渡すわけにも行かず、リュカは何も掴んでいない両手を開いて見せて、「もうあげられないよ」と言葉にして伝えた。そして目指す光の立つ場所へと、指で指し示しながら事情を話した。
「ねぇ、君たちはあの場所を知ってる? ほら、あそこに光が見えるだろう。僕たちはあの場所を目指してるんだ。あの場所には何があるのかな」
リュカが指差す方向にある、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ光の景色に、グレイトドラゴンらも同様に顔を向ける。言葉は通じなくとも、目の前の人間の男が何を伝えようとしているのかは、それだけで伝わったようだ。リュカたちが目指す景色の場所へ向かうには、目の前に広がる草原地帯を越えたところに山々の景色が影となって広がっている。目に見えている山々を越えられるかどうか、その険しさに先を見通せない状況ではあるが、他に目指せる景色も見当たらないのが現状だ。
しばらく遠くに見える光をじっと見つめていた父竜が、低く喉を鳴らすような声を出して返事をする。竜の発する言葉が、今のリュカには人間の言葉のように分かった。
“途中まで連れてってやる”
それが竜の恩返しのような心情なのだろうと察し、そこでほんの少しの欲を見せるのがリュカと言う人物だ。
「……できればあの場所まで連れてってもらえないかな~なんて、それはできない?」
“山の手前までだ”
「そっか、残念。でもそれだけでも大分助かるなぁ」
「えっ!? お父さん、どういうこと?」
「もしかしてドラゴンさんがあの場所まで連れてってくれるの?」
「あの場所までは無理なんだって。でもあの山の手前までは連れてってくれるって。そう言ってると思うよ」
「リュカ、あなた、ちゃっかりもっと向こうまで連れてって、って言ってたわね?」
「……だってなるべく体力使いたくないしさ。彼らの方がこの世界を知ってるわけだし、体力も力も僕ら人間よりはるかにあるわけだし、そこは頼ってもバチは当たらないでしょ」
「……リュカ殿にバチを当てるとしたらマスタードラゴンでしょうから、そもそもバチを当てる資格もないと思われます」
「お前もなかなか辛辣だよなぁ、ピエールよ」
「がうがうっ」
「そうだよ。ピエールは普通だよ。おかしなことを言うなぁ、アンクルは」
先ほどまで互いに死闘を繰り広げていた関係とは思えないほどに和んだ雰囲気に、まだいくらか警戒心を持っていた母竜もいつの間にか警戒と解き、その様子に子竜たちも興味津々に敵だった人間たちに近づいてきた。特に子供同士で打ち解け合うように、子竜たちとティミー、ポピーが顔を合わせて互いの様子を観察し始めた。
リュカが父竜と何やら話をしている姿を見て、そしてゴレムスは目指す光の景色を見遣る。グレイトドラゴンと言う巨大黄金竜を手懐けてしまったリュカにどうしようもなくマーサの面影を見ながら、目指す光の見える場所が近くなった感覚をその巨大なゴーレムの身体にも確かに得ていた。



四体のグレイトドラゴンが群れを成して草原地帯を歩いて行く姿は、敵対する関係であれば先ず好ましくないものだ。現にリュカたちは彼らと遭遇した際には、頭の片隅に全滅の可能性が浮かぶのを止められなかった。偶然と敵と打ち解けることができたのは幸運中の幸運とも言えよう。
ティミーとポピーは各々子竜の背に乗せてもらい、草原を軽く駆けて進んでいる。ティミーを乗せる子竜は彼と性格も似ているのか、少々腕白さを見せるように唐突に翼を広げて飛び回ってみせることもあった。ティミーはその状況を大いに楽しんでいた。しかしこの世界で人間を背に乗せて楽しく飛び回るなどと言う危険を冒してはならないと母竜に吠えられると、子竜は再び地に降りて大人しく母竜の横を歩き始めた。その反対側の母竜の隣では、まるで溜め息でも吐くような雰囲気で兄弟のその様子を見つめるもう一体の子竜と、その背に乗るポピーの困ったような様子が見られた。ゴレムスの手に乗りながら、そんな子供たちと子竜たちの姿を見ていたビアンカは、「ホント、人間も魔物も変わらないのよねぇ」と母竜の思いに寄り添うような言葉を零していた。
リュカは父竜の隣を歩いていた。聞けば、彼らには列記とした名前があった。シーザー、ドラゴ、トリシー、グレイト。どうやら子竜二体の関係は姉と弟らしいと、リュカは隣を歩くシーザーと何気ない会話を交わしながら、彼ら家族の関係を聞き出していた。ティミーを背に乗せて腕白ぶりを隠せない様子の子竜は弟で、時折母竜の代わりに弟を叱るように声を出すもう一体の子竜が姉、というところだ。暗黒世界の魔物と言えど、彼らにとっても家族は大事な存在であり、シーザーからぽつぽつと話を聞き出す度に、リュカはグレイトドラゴンという魔物が凶悪な魔界の魔物であると言うことを思わず忘れてしまうのだった。
草原地帯を悠々と進んでいれば当然、他の魔界の魔物と遭遇することもしばしばあった。しかしこの魔界では、グレイトドラゴンと言う巨大黄金竜の存在は非常に大きなものであり、しかも彼らの大きな竜の身体の陰にすっかり隠れてしまえるほどのリュカたち人間の姿は敵の目に映らずに済まされた。暗く濁る空を背景に宙に群れを成して飛ぶホークブリザードの大群を目にした時、その恐ろしさを知っているリュカたちの間には一様に緊張が張りつめたが、グレイトドラゴンの身体に己の身を隠すことで死の呪文を操る敵の群れをやり過ごすこともできた。
進む途中で何度か、ビアンカが賢者の石の力で皆の体力を回復した。聖なる水の力が賢者の石から湧き上がり、辺りに漂い、水が生きとし生けるものの命の源なのだということを証明するように、一行の疲れた身体や心にしみわたって行く。途中まで共に行くことになった竜の家族にも当然のように、ビアンカは賢者の石の力を振り向ける。助力を得ているばかりでは気が済まないのだという彼女の義理堅い思いは、リュカたち全員に共通する思いだ。無駄な戦いを避けながら進むリュカたちの体力は凡そ削られないまま、そして一度休息を挟んだ際に軽い食事をも済ませたことで、仲間たちの魔力もいくらか回復するに至った。
暗黒世界へと持ち込んだ食糧には限りがあり、仲間たちで数日分、僅かずつ分ける程度の量だ。しかし子竜たちが太い喉を鳴らしてこちらを見ているような状況で、リュカが彼らに食事を分け与えないなどと言う非情を貫くことはできようもなかった。旅の援けをしてくれている竜たちには存分の礼をと、リュカは己の分にと考えていた干し肉を全て子竜たちに、そして親竜たちにも分け与えてしまった。リュカはその行動をこっそりと行ったつもりだったが、食糧の管理をしていたビアンカには当然のように知られていた。しかし彼女も別段夫の行動を叱るでもなく、仲間たちには知られないように彼女自身の頭の中で静かに、残りの食糧の配分調整を行っていた。
決して竜を手懐けるために食糧を分け与えたわけではないが、結果としてグレイトドラゴンの家族はリュカたちのために旅路を急いでくれた。目指す光の景色がみるみる近づいてくるのが分かった。しかしそれと同時に、暗黒世界の中では穏やかに見えていた草原地帯が徐々に狭まり、狭まった道の先には森林の景色の影が見え、森林地帯を麓とした向こうは山地となり、再び荒涼とした岩山と乾いた砂漠の景色がリュカたちの目に映り始めていた。父竜シーザーはこの先の岩山と砂漠の地域へは足を踏み入れないことを、リュカに伝えていた。どうやら魔物同士でも棲み分けがあるようで、彼らはこの草原地帯を住処にしているということだった。ただそれもまだ子竜が幼いためにこの草原地帯に留まっているという事情もあるのだと、リュカはシーザーの説明の中にそう感じていた。
「あちらの地域に移るには、どうやらあの狭まった道を行かねばならないようですね」
草原地帯から岩山の地域へ移る境目は、橋こそ架けられていないが、見える地面に限りがある景色があった。不思議な景色だった。地上の世界で考えれば、陸地と隔てる海があって然るべき場所に、ただの靄と空間が広がっているのだ。今リュカたちが進んでいる暗黒世界自体が、まるで天空城のごとく、宙に浮遊しているかのような不思議な景色が目の前に広がっている。
「あれって、どういうことなのかしら」
そう言いながら、ビアンカはゴレムスの手の上から遠くを見るように目を細めて、靄に霞む景色の正体を見ようとしている。しかし本能的に感じる寒気のために、彼女は自身の両手で自身の両腕を擦っていた。
「海、じゃないんだね。でも海だったとしても、あんまり入りたくはないかも」
「もし地面のない所に足を踏み外したら……どうなるの?」
海であれば、この暗黒世界にも灯るあの光源の光を受けて、その水面に光を跳ね返すはずだとティミーは首を傾げる。靄に覆い隠される景色のその向こう側には何があるのかと想像を働かせても、それは不吉なものにしかならないと、ポピーは思い描こうとする思考を必死に止めようとする。
「大丈夫。これほど大きな魔物が棲んでいるような世界なんだし、ほら、ゴレムスだって余裕を持ってあの通りを歩けるよ。問題ない。進もう」
リュカたちが歩いてきた草原地帯が広々としており、これまで歩いてきた場所には一面に地面が見えていたために余計に通りが狭く見えるだけだと、リュカは皆を安心させるようにそう口にすると自らが先頭を切って先を進み始めた。不安も恐怖も湧き上がるのはどうしようもない。何せリュカたちの知らない世界なのだ。しかしこの場所で留まるわけにも行かず、とにかく前へ進まねばならないことだけは決まっているのだ。
「グオォン」
父竜であるシーザーが先頭に立つリュカを庇うように、その前に進み出ると皆を率いる者として道を進み始めた。今のところ、周囲は非常に静かだった。風が吹くこともなく、もう慣れてしまった暗黒世界特有の生温かな空気が漂っているだけだ。浮遊しているようにも見える狭まった道も暗黒世界の植物が生えており、グレイトドラゴンの家族は満たない腹をその草で満たすかのように時折草原の中に顔を突っ込んで草を食んでいた。
狭まる道の端には寄らないように、リュカたちは道の中央に固まって進んでいた。ただ宙を飛ぶことのできるアンクルだけは、様子を見るように道の外に広がる靄の正体に飛んで近づき、一度はその靄の中へと身を浸らせてみた。しかしその途端、靄がまるで生き物の如く手を伸ばしてきて、アンクルの足を掴み引っ張り、地の底へと引きずり込みそうになる力を感じ、アンクルは慌てて靄の手を蹴り払った。魔物そのものと言うわけではないが、暗黒世界に漂う靄はそこに深い魔界の意思を秘めているようで、決して徒に近づいてはならないのだとアンクルは皆に忠告することとなった。
狭まる道も半ばほどまで進んだ時に、先頭を進むシーザーがふと足を止めた。その隣を歩いていたプックルもまた同時に足を止める。明らかに異変があった時のプックルの行動だと、リュカもピエールもすぐさま剣を抜いた。
前方に広がる森林地帯はそれまで、静寂を保っていた。しかし今、その森の中から何者かがこちらを見ていると、リュカも気付いた。赤い一つ目、生き物ではない、機械の目だ。
矢が飛んできた。たった一本飛んできた矢は難なくシーザーが尾で打ち払った。しかし当然、飛んでくる矢が一本で済むわけがない。放たれた一本の矢は、敵の警告だ。これ以上進めば容赦はしないと、森の中に光る赤い目が数を増やしていくのを、リュカたちは否応なく見ることとなった。
後ろを振り返る。後ろには既に、敵キラーマシンの大群。リュカたちは既に一度、岩山と砂漠の地域から抜ける際に、キラーマシンの群れと対峙した。それがこの暗黒世界の第一関門と呼べるような場所だったに違いない。そして今のこの狭まる道が恐らく第二関門とも言える場所だ。この第二関門と想定される場所で、リュカたちは逃避不可能な挟撃に遭遇した。
「前にも後ろにも敵が……どうされますか、リュカ殿」
「一塊になって、進む。まだ後ろの距離はある。今の内に一気に前へ」
そう指示を出しながらも、リュカはティミーの肩に手を置いた。それだけでティミーも己の役割を理解する。防御呪文スクルトの効果が仲間たちに、グレイトドラゴンの家族にも行き渡る。これまで共に歩んでくれた竜たちにも守りの力をと、その正義の精神が竜たちにも呪文の温かさに伝わる。
シーザーが竜の咆哮を上げた。口から吐き出される燃え盛る火炎に、暗黒世界の闇が明るく照らされ、戦いの火蓋が切って落とされた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    グレイトドラゴンの名前は全部仲間になった時のものですよね?
    シーザーたちはまだ正式に仲間になったわけではないんですよね?
    ぜひとも仲間に加わって欲しいです。
    それにしてもグレイトドラゴン戦なかなかハラハラしました。 リュカがまともに燃えさかる火炎を浴びた時は、もうそれで息の根が止まったかと思いました。

    ゴレムス、めいそうをまだ覚えていないんでしたね。 今回の遣り取りがゴレムスめいそうを覚えるフラグ立てになるのかな…ゲームでもゴレムス最強ですからね(笑み)

    bibi様、またしてもアニメでいう良い所で次回話に…ですかぁ!
    いやいや、矢を放ったんですからせめてその矢がどうなったかぐらいは描写してくださいよぉ(気になる)

    次回は、またしてもキラーマシン戦、シーザーたちが仲間になったわけじゃないけど戦いに加わるんですよね。
    戦闘描写が気になります! 次話お待ちしています。

    bibi様、ちょっと一つ疑問がありまして…。
    自分一人が最近コメントさせて貰っていますが…他のユーザーさんたちはbibi様の小説を最近閲覧していないんでしょうか?
    もしかして自分だけbibi小説を拝見させて貰っているのかな…(汗)

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      グレイトドラゴンはそうです、4体仲間にしたらあの名前で全て揃うことに…実際にゲームで仲間にするのは滅茶苦茶根気の要る仕事でしょうね(笑) あのドラゴンに一斉に火を吹かれたらたまらないでしょうね。ドラクエ2のドラゴンフライを思い出します…。

      キラーマシン再び、ということでまたまた戦闘です。何だか過去に書いたデモンズタワーの連戦を思い出して、ちょっと辛いです。そしてなかなか話がまとまらず、行き詰まっているという…もう少しかかりそうです。

      一応、当サイトには他にもお越しいただいている方々もいらっしゃるようですが、まあ、皆様もそれぞれ生活があるでしょうからね。いいんです、コソッと楽しんでいただければそれで大変ありがたいことと思っております。
      あ、でもケアルさんからいつもコメントを頂いているのは大変励みになっています。お忙しい中本当にありがとうございます。

  2. ともこ より:

    bibiさま
    そしてケアルさま

    久しぶりのコメントです
    コソッと継続して楽しんでます(笑)
    合間をみては、そろそろ更新されてるかなー?と
    訪れてますよ
    やめられません

    あと、私も読書が好きで書店や図書館に行っては色々と読み漁ってます(古事記にも一時ハマってました)
    なので読書のお話も参考にさせてもらってます

    根強いファン、ココにいますと
    一応お知らせしておきますね

    • bibi より:

      ともこ 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      こちらにいらっしゃる度に更新していなくてさぞがっかりされておられることかと……どうも申し訳ないことです。
      最近はちょいと時間が取れなくなったりと、それに合わせてお話自体がちょいと行き詰ってしまっているのと……後者が殆どかな(汗)

      でもそうこうしている内に子供の夏休みが始まりそうなので、少し焦ってお話を進めなくては、年内完結が間に合わなくなってしまう……! いや、もう無理なのか……!? んなこと言ってる場合じゃないですね。巷の話題ではドラクエモンスターズ3も年内に発売されるらしいし(ピサロが主人公だって……!?)、FF16は発売されてるし、世の中は目まぐるしく動いているのだと思うと、こちらもとっとと終わらせなくてはなりません。

      図書館に行く趣味と言うのは良いですねぇ。古事記にも一時ハマっていたとは、私より余程お詳しいでしょうね。私はかじった程度の知識なもんで。でも面白いですよねぇ。学校で子供たちに教えればいいのにと思っています。日本の面白さとか奥深さが理解できるんじゃないかなぁと。

      それではお話の続きを書いて参ります。次のお話書いてるんですけど、もう一度一から書き直したいくらいにイマイチなんですよねぇ。頭の中がまとまらんで、困っています。来たれ、集中力! って感じです。

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