森を越えて

 

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魔界の森の不気味さは、ただ暗いというだけではないのだと、リュカは皆と共に歩きながらそれをはっきりと感じていた。そもそも、何故このような暗黒の世界に森が存在しているのか。日中には日を浴び、地中からは水を吸い上げ、枝には瑞々しい葉を多くつけ、生命の源の一つであることを誇りのようにして、その枝には鳥やリスが住み着くのが生きた木なのではないだろうかと考えつつ、リュカは歩きながら木の幹に手を当てる。そこで気づく。魔界の木はあまりにも冷たい。辺りに漂う空気は生温いにも関わらず、森を形成する木の一本一本は命をまるで感じられない冷たさなのだ。
森には以前にも遭遇したことのあるバズズという魔物が棲みついていた。しかしリュカたち人間を囲むように重々しく歩くグレイトドラゴンの家族の姿を見れば、その大きな影に隠れてしまうほどの人間には気づかないか、若しくは気づいたとしても敢えて好戦的な態度を見せることもなかった。魔界に数多棲息する魔物の中でも、やはりグレイトドラゴンの存在は王者の貫禄すらあるのだろうと、リュカは大いに旅を助けてくれるシーザーたち家族に感謝しつつ、森の中をいくらか余裕を持ちながら進んでいた。
しかし魔界に持ち込んだ食糧の減りが想定よりも早く、このままでは目的地に着く前には確実に食糧が切れてしまうだろうと、リュカもビアンカも残りの食糧の量を見ながらその現実を認めていた。人間であるマーサが連れ去られ、今も生きていることを考えれば、この魔界と言う異世界にも人間が口にすることのできる食べ物があるに違いないと考えていたが、今のところまだリュカたち人間が食せるものに出会っていない。
一度、リュカは魔界の暗い森の中に成る実を捥ぎ取り、試しにかじってみた事があった。しかし口に入れた瞬間に感じた痺れに溜まらず吐き出し、口をゆすぐのに水を無駄に使う羽目になった。到底人間には食べられない毒が含まれているようで、食糧の足しにはならないものだった。それでも背に腹は代えられない状況となれば、この毒を克服して食糧を得るべきだろうかと、ピエールと協力して実の毒を呪文で取り除こうとしたが、上手くは行かなかった。この世界に棲むグレイトドラゴンの親子らには問題ないようだったが、魔物であるプックルも鼻に皺を寄せて魔界の実を嫌がり、アンクルも「腹減って死ぬ、って時になったらまた考える」と言って食す気は全くないのだと言うことをその言葉に示した。実に内在する毒は人間だけではなく、地上に生きる魔物にも良い作用をもたらさないのは明らかだった。
森の中を進む限りは、シーザーらグレイトドラゴンの家族はリュカに食糧をねだるような素振りを見せることもなく、新たに見つけた魔界の実を食料として取るようにしていた。子供のグレイトが時折ゴレムスの腰に提げられた大きな道具袋を鼻で突っついていたが、母ドラゴがそれを咎めるように吠えると、グレイトは大人しく母の言うことに従っていた。
広い森の中を進む途中で、プックルが近くを流れる水の音を聞き取った。魔界に足を踏み入れてから、初めの地であった大きな聖堂を除き、水の気配を感じたのは初めてのことだった。食糧の残りが心許ないのと同時に、当然のように水の残りも先を考えれば不足するのは目に見えている状況だった。ビアンカが手にしている賢者の石の効用で、癒しの力に含まれる水の力でいくらか渇きを潤すことはできたが、生き物が本来必要とする水の量には足りないことは時を経るごとに実感していた。気づけば唾を飲み込む喉の痛みが増している。もし賢者の石がなければ既に手持ちの水は底を尽いていただろう。
目指す光の方向とは別方向となるが、水を切らしてしまえばリュカたちはその場所で生き物としての生を終えるしかない。交わす言葉こそ元気を見せるティミーもポピーも、時間を経るごとに明らかに口数を減らしているのは誰にも知れていた。幼いながらも己の宿命をも飲み込んでしまっている双子は、自分たちが子供であることも忘れて、決して我儘を言わない。それ故に、プックルが水の気配を感じたのだと分かった時には、二人とも嬉しさを顔に表すよりも先に、我先に水の気配を鼻に感じるのだと言うように、まるで動物の如く鼻をひくひくと動かしていた。
見つけた水の流れは到底小川とも呼べないようなささやかなもので、プックルでないと見つけられないような水場だった。地面に生える硬い草に覆われているような状況で、一見すればそこに水の流れがあることにも気づかない。しかし細い水路のようなその場所にプックルが迷いなく顔を突っ込み、地面を掘り起こすような勢いで水を飲み始めたところを見れば、その水には森に成る実のような問題はないのだろうとすぐに察せられた。
ごくささやかな小川で喉の渇きを潤した後、冷静に辺りを見渡せば、木々の枝の合間に魔物の姿が見られた。魔界の森では、地上のような鳥の囀りを聞くことはない。耳にするとすればそれは魔界の鳥が上げる奇声のような鳴き声で、自然と肌が粟立つような不快な音に過ぎない。敵からもこちらの存在が見えているはずだが、やはり大きな身体のグレイトドラゴンやゴレムスだけがその目に映るようで、リュカたちは見過ごされていた。
今も森の中には魔界に棲む鳥の鳴き声が聞こえていた。しかしこれまでにも耳にしてきた声とは異なり、その声は魔界と言う暗い世界に似合わず、どこか明るい。それと同時に重みがあり、明らかに興味本位で近づいてはならない相手なのだと感じる。その声の方へと目を向ければ、木々の合間にまるで小さな陽光が現れたかのように明るく照る場所がある。赤に橙に照るそれが炎だと言うことは遠くからでも分かった。体中から炎を生み出す巨大な鳥が、森の木の枝に何羽か留まり、羽を休めているようだった。距離は十分にあると、リュカたちは遠くに見える炎の魔鳥、煉獄鳥を注視しつつもいくらかゆっくりと水場での休息時間を取ることができた。
「ねえ、お父さん。ロビンは何も食べなくて平気なのかな」
リュカたちと行動を共にするようになったキラーマシンのロビンは、これまでに一度も燃料を補給するなどという行動を取っていない。食事を取るわけでもなく、水を燃料とするわけでもなく、それでもただリュカたちと共に歩き進んでいる。
「私、思っていたんだけど、ロビンの動き、少しだけ鈍くなってきてないかな?」
ポピーの言葉に、リュカは改めてロビンの様子を窺うように彼に近づいた。同じ速度で進み続けていたために特別動きが鈍くなっていたとは思わなかったが、ポピーの言う通り、細かな動作について目を向けて見ればロビンの動きは確実に鈍くなってきていることが分かった。四本の足で歩行する際にも、後ろの二本の進みに僅かにぎこちなさが見られる。赤い目の光も初めより弱くなっている気もする。物言わぬロビンはこのまま放っておけば、いつの間にか静かに動かなくなってしまうのではないかと、リュカは休息の今の時間に彼の様子を細かく調べてみようと、ロビンの真正面に立った。ロビンは不思議そうに瞬きをして、正面に立つリュカを見ている。
「ねえロビン、君は一体どうやって動いてるのかな」
ロビンの肩に手を置いて、赤い目を覗き込むようにして首を傾げるリュカを見て、ロビンは真似するように同じ方向に首を傾げる。ゴレムスやロッキーとも雰囲気で会話ができるリュカだが、ロビンに対してはそれが上手く行かない。リュカが伝えたい言葉が、ロビンにはしっかりと伝わらないのだ。敵意というものはそもそもロビンに存在しない。ただ目の前にいる者たちが敵であるかどうかの判定をするだけだ。
「リュカ、少しロビンの身体を調べてみましょうよ」
そう言いながらビアンカがリュカの隣に並び、時間を無駄にはできないと早速ロビンに近づこうとする。しかし彼女のその行動を、リュカは止めた。
「万が一ってことがあるからね。みんなは離れてて」
リュカはロビンの行動を疑っているわけではないが、信じ切っているわけでもない。ロビンはただ機械兵というものであり、彼の意思などではなく、彼の内部に組み込まれている機械が状況に応じた判定を下して行動を決定する。人間や生き物などとは異なり、そこに彼の意思や心情は存在しないために、何をどう判定され、どう行動してくるのかは誰にもわからない未知のことなのだ。
「前から気になってたんだけどさ、コレって飾りじゃないよね?」
リュカがそう言いながら手を伸ばしたのは、ロビンの左胸にある出っ張りだ。ボタンのように見えていたが、それは丸い形の出っ張りであり、押せるようなものではない。リュカがその部分に手を触れると、ロビンの赤い目が一瞬光った。素早い動きを見せたと思ったら、ロビンは右手の剣を咄嗟に振り上げていた。しかしロビンの攻撃を頭に入れていたリュカもまた咄嗟に反応し、左手に持っていたドラゴンの杖を振り上げ、剣を弾こうとした。後ろでは皆が揃って息を呑んでいた。
「ごめん。突然触るのは良くなかったかな」
そう言いながらリュカはロビンの振り上げた剣にドラゴンの杖の動きを合わせて、ゆっくりと剣を下ろして行った。ロビンもリュカの制止の動きに逆らうことはない。
「そうよ~。いきなり胸を触るなんて良くないわ。心の準備が必要でしょ」
「……えっと、ビアンカ、その言い方はちょっと……」
「しかしロビンが瞬時に拒否するような反応を見せると言うことは、そこは間違いなく弱点なのでしょうね」
緑スライムの上で腕組みをするピエールが興味深げにロビンを見つめている。
「弱点って言うことは、そこが一番大事ってことなんじゃないかしら?」
「でもロビンは食べ物も何もいらないみたいだから……そこに回復呪文をかけてあげたらどうかなぁ?」
「成程……さすがは王女と王子ですな。弱点を弱点として捉えるだけではないそのお考え、流石です」
ピエールの褒め言葉に、互いに顔を見合わせてにやけてしまうポピーとティミーを見ながら、リュカも子供たちの考え方に納得するように息を吐いた。既にロビンの動きは俄かに鈍くなってきている。このままではロビンの動きが更に鈍くなり、終いには動けなくなってしまうかもしれないと、リュカは子供たちの言葉の通りにロビンの左胸に手を近づけて、先ずは回復呪文の気配をロビンに見せる。
「大丈夫。痛いことはしないよ」
ロビンが痛みを感じるとも思えなかったが、リュカは己の気持ちを示すためにただそう口にした。すぐ後ろでビアンカが何かを口の中で呟いていたようだが、リュカには聞こえなかった。
ロビンが見ているのは、正面に立つリュカ自身だ。赤い一つ目は不思議そうに瞬きをしてリュカを見つめている。その様子を確認して、リュカはロビンの左胸に手を当てて回復呪文ベホマを唱えた。本来ならばベホマほどの強力な回復呪文であれば、直接損傷の箇所に手を当てずともその者自身の傷という傷を治してしまう力を持っているが、どうやらキラーマシンであるロビンにはその常識が通用しない。もしロビンもまた回復呪文の効果をそのまま受け取ることができていれば、とっくに左腕のボウガンも元の通りに収まっているはずだが、今もまだ彼の左腕は肘から先を失くしたままだ。
リュカの唱えたベホマの呪文がロビンの左胸の出っ張りに吸い込まれて行くのを、周りにいる者たちは皆目にした。それは回復呪文をその身に受け、傷を癒すというよりは、回復呪文に籠る魔力そのものを吸収しているようにリュカには感じられた。ロビンの左胸に当てたリュカの左手が、物理的に吸い込まれるような感覚を得たのだ。
「君の食べ物ってもしかして、魔力?」
リュカの言葉を受け取るように、ロビンはその場で四本の足を動かして見せた。明らかに足の動きが良くなっている。油切れを起こしかけていた機械が新しい油を差されたように、動きにぎこちなさが消えた。試しにもう一度、リュカはロビンの左胸に手を当てたままベホマを唱えた。再び手が吸い込まれるような感覚を得て、リュカの放出した魔力がロビンに吸い込まれて行った。すると今度は、ロビンの首がぐるりと一回転した。赤い一つ目が二度続けて瞬きをして見せた。途端に動きの良くなったロビンを見て、ティミーが顔を輝かせる。
「ベホマでいいんだ! じゃあボクもやってみていい?」
「回復呪文じゃないとダメなのかしら……。呪文だったら何でも良いわけじゃないのかな」
ポピーが口を尖らせ不満を見せる横を離れて、ティミーがロビンに近づき、自身も同じように回復呪文を唱えようと正面に立つ。しかしティミーがリュカと同じようにロビンの左胸に手を伸ばしたところで、ロビンの赤い目が光った。剣が振り上げられ、振り下ろされる。それを防いだのは、予期していたリュカだ。ドラゴンの杖で再び、ロビンの剣を受け止める。
「ロビン。ここにいるのはみんな仲間だ。仲間に剣を向けちゃ駄目だよ」
ここまで共に歩いている中でも、何度となくリュカはロビンにそう語りかけていた。通じているのかどうかも分からないままだが、語りかけ続けている内にいつか理解してくれるだろうと信じ、リュカはその都度丁寧にロビンに話していた。
「仲間は共に助け合わなきゃいけないものなんだよ」
そう言いながらリュカは受け止めていたロビンの剣を静かに下げさせた。ロビンも抵抗する素振りは見せず、何故己が剣を振り上げたのかも忘れたようにすんなりと剣を下ろした。
「そうじゃないと安心して一緒にいられないだろ」
リュカはティミーの肩を抱くと、息子の手を取り、ロビンの左胸に静かに当てさせた。ティミーはそれまでの笑顔から一転して強張った顔つきを見せていたが、父に守られているという安心感を得て、ロビンの左胸に当てた右手に集中するや否や、ベホマの呪文を唱えた。手に受ける吸い込まれるような感覚に、ティミーは驚きの表情と共に、目の前の機械兵の持つ特性に触れた嬉しさに顔を綻ばせた。
「ロビン、どう? 元気になった?」
下から聞こえる声に耳を傾けるように、ロビンは下を見下ろすようにしてティミーの姿を視界に入れる。これまでは何となく、共にいたという程度の認識だったが、正面に立って目を合わせてくる少年の姿に、同じように目の前に立つリュカと言う男の姿が重なって見える。リュカが度々口にしてきた“仲間”という言葉がロビンの頭脳で反芻される。
ロビンが再び頭を一回転させて、瞬きを二度して見せる姿に、ティミーはいかにも嬉しそうに破顔し、もう一度とロビンの左胸に回復呪文を施そうとするが、リュカがそれを止めた。
「あはは、もうロビンは大丈夫だよ。すっかり動きも良くなったみたいだし」
「これは魔力を原動力にしている、ということなのでしょうね」
「じゃあオレみたいな攻撃呪文でもいいってことか?」
アンクルの一言に、同じような事を考えていたポピーが反応する。回復呪文を使うことのできない自身にもロビンを助けられるのならと、彼女はじっとロビンの赤い目を見つめる。その気配に気づいたように、ロビンもまたポピーに顔をぐるりと向けた。束の間ポピーを見つめていたロビンだが、まるでそこに感情があるかのように、困ったような様子で首を傾げて見せる。
「攻撃呪文は、ダメよね。ロビンは仲間だもの。仲間に攻撃呪文を使う気にはなれないな」
「そうね、ポピーの言う通りだわ。私もそう思う。私もロビンにメラミを使う気にはなれないわ」
「……まあ、そもそもオレやあんたが使うのは火だからなぁ。コイツの鎧を溶かしちまうか」
「そうでなくっても、仲間に攻撃呪文は使えないな。攻撃、する気になれないもの」
「それでいいんだと思うよ」
ロビンがゴレムスと同様、食糧を必要としないことはリュカたち生き物にとっては有難い存在だった。時折魔力さえ注ぎ込めば、ロビンは変わらず動くことができた。しかし旅が先に進むごとに減る食糧の問題は、リュカたちの頭を悩ませた。
口数も少なくなり、残りの食糧も少ない中で節約のためにと主に水でやり過ごしていたリュカだが、己の思っていたよりも身体は疲労を感じていたようで、唐突に足の力が入らなくなってきたのを否が応でも感じるようになった。
そんな折、隣をゆっくりと歩いていたシーザーが小さな吠え声を上げ、リュカに竜の言葉で話しかけた。素早く横を振り向く元気もないリュカは、ただ地面に落ちていた視線を少し上げ、シーザーの言葉に耳を傾けるように足を止める。
「……ああ、本当だ。ここから先は……」
今、リュカたちが歩き進んでいるのは森の中だ。魔界の森の中はひんやりとしており、景色も常に暗いためにその冷たさは増しているような状態だ。しかしそれでも、周りに木々が立つ状況と言うのは、それだけで少しは温かさを生み出していたのかも知れないと、森の外に見え始めた開けた景色にそうと感じた。冷たく乾いた空気が、森の外に広がる荒涼とした土地から流れ込んでくる。魔界という世界で風を感じることはさほどないが、一歩森の外に出ればそこからはいわゆる魔界らしい、命の感じられないような殺伐とした景色が再び始まるようだ。肌に感じる温度は実際には温かなものでも、目の前に広がる荒涼とした景色には自ずと心が冷えてしまう。
「お父さん、シーザーが何か言ってるの?」
「……ここから先は、一緒には来られないのね?」
ティミーの問いかけに応えるような言葉を、ポピーが自然と口にしていた。どうやら彼女にも、シーザーの言わんとしていることが伝わっていたらしい。
「元々、そういうことだったもんね。むしろここまで一緒に来てくれたことに感謝しかないよ。ありがとう、シーザー」
「ぐおーん……」
「大丈夫、心配いらないよ。ほら、もうこんなに近くまで来られた。目指してた光の場所は、もう目と鼻の先だよ」
リュカは決して強がりでそう言っているのではなかった。初めに光の柱の立つ地を目指した時には果たして辿り着くことができるのかと半信半疑にも感じていたが、今ではその光の柱は近くに見える一つの岩山を隔てた先にあるくらいのものと、目指す場所への到着は現実味を帯びている。シーザーたちグレイトドラゴンの家族の援けがなければ、あとどれほどの魔界の魔物との戦いがあったのだろうかと想像すれば、仲間たち全員でここまで来られたことはそれだけで幸運とも思える。運良く途中まで進めていたとしても、ロビンを含めたキラーマシンの群れとの戦いの前に、リュカたちは敗れていた可能性が極めて高い。
「がう~」
「これからは我々だけで……初めからそのつもりで来たはずなのですが、ここまで共に進んできたことを思うと正直、心細くなってしまいますね」
「しかしよう、食い扶持が減るからその分はいいんじゃねぇの?」
「こら、アンクル、そんなこと言っちゃダメじゃないの。それにシーザーたちもとっても我慢してくれていたのよ。本当だったらもっともっと食べたかっただろうにね」
「そうだよ、アンクル。それに僕たちが食糧にならずに済んだだけでもありがたいことだよ」
「……ははっ、そりゃあまあ、そうだよなぁ」
ティミーやポピーともすっかり打ち解けて、仲良く歩いてきたトリシーやグレイトも、グレイトドラゴンという種族においては子供で、まだ小さな黄金竜だが、口の中に備える牙は既に立派なものだ。その牙を使って人間の双子を食べてしまうことくらい、訳もないのかも知れない。しかし彼らがそれをせず、むしろこれまで協力的にいてくれたのは、父であるシーザーや母であるドラゴの言いつけを守ってきたからだった。竜の父母が人間に協力すると決めたからには、親を敬い従う子竜たちはその通りに人間を襲うことはしなかった。
「君たちはこの森で暮らすことができそうだね。食べるものもあるし、小さな水場もあったし」
リュカの“水場”という言葉に反応するように、プックルがふと耳を欹てる。険しい岩山に寄る森の端で、プックルが注意深く音を聞こうと両耳を立てると、岩山近くで微かな音を聞きつけた。森の中には相変わらず風など吹かず、魔界の森の木の枝につく葉が囁き合うような音も聞こえない。しかしその分、プックルの耳は魔界における自然現象を鋭く捉えることができる。
「がうっがうっ」
「え? そっちに何かあるの?」
プックルが歩いて行くのは森の外れとなる岩山のふもとだ。プックルの赤い尾はふらふらと左右に揺れており、そこに緊張感は感じられない。敵となる魔物の気配を感じたというわけではないのだと、リュカは仲間たちと共にプックルの後をついていく。
リュカたちの視界を遮る岩山は地面から切り立つように聳えており、到底この山々を徒歩で越えることはできない。幸いにして、森を抜けた先に、岩山の脇を進む道が続いている。そしてその先に、リュカたちの目指す光の柱が立つ場所が見えている。プックルは森を出る手前で、岩山の麓に寄り、鼻を動かし、両耳をぴんと立てて様子を窺いながら心持ち早足に進んでいく。その歩みに、彼の期待を感じる。
岩山の表面に一部窪んだ箇所があるかと思ったら、窪みを回り込んで確かめたところに、自然にできたものだろうか、大きな洞穴が隠されていた。プックルはその洞穴に警戒心もなく入り込んでいくと、その中の暗闇から再び「がうっ」とリュカに呼びかけた。
「ゴレムスとシーザーたちはここで待っててくれるかな? ちょっと確かめて来るからね」
そう言うと、リュカは既に姿の見えなくなったプックルを追って洞穴へと足を踏み入れた。続いてビアンカにティミーにポピー、そしてピエールとアンクルもまた洞穴の中を覗きつつも中へと入って行く。
中は真っ暗だ。プックルやピエール、アンクルには暗闇の景色が見えているのかも知れないが、リュカたち人間にはまるでその目に景色は映らない。洞穴の外にはゴレムスやシーザーらがいてくれるから平気だろうと、ビアンカはベルトに装着していたマグマの杖を手に取ると、洞穴の中の景色をその明かりで照らした。マグマの杖の杖頭に沸々と泡を立てる岩漿がビアンカ自身が身に帯びる魔力に反応するように、その明かりを強くする。赤く照らされる洞穴の中は、リュカが想像していたよりもよほど広い。
プックルがリュカたちに尻を向けて立つその場所には、これまで魔界で見て来た植物とは異なる、リュカたちが住む地上で見るような植物が固い岩肌に根差していた。プックルはその植物が狭い範囲に群生する更に先にある、岩肌の窪みに顔を突っ込んでいる。その足元は、水に濡れている。リュカが急ぎ足でプックルの傍に向かう時には、彼の足はささやかな水溜りの水を跳ね上げた。
プックルと同じように窪みを覗き込むと、隠された小さな滝とも呼べる水場があった。これまで進んできた森の中にも一つ、小川とも呼べないようなほんの小さな水の流れがあったが、今リュカたちが目にしているのは清らかな水が絶えず流れる生命そのものを感じさせるような水源だ。その水源から流れ落ちる水の中に頭を突っ込み、プックルは久しぶりの水浴びを楽しみ、贅沢を味わうようにびしょ濡れの頭を思い切りブンブンと振って水を払い落としている。
「プックル、よく見つけたね。ちょうどいいや、ここで少し休んでから、先に進もう」
「がうっ」
「まあっ、水が流れてるのね! 水も残り少なかったもの。ゴレムスから皮袋を貰ってきて水を入れて行きましょう」
続けてビアンカが小さな滝を覗き込み、顔を輝かせていると、彼女が手にしているマグマの杖の明かりが照らす場所に緑の瑞々しい植物が育っているのを見ることができた。リュカたちが進んできた森の中にも、いかにも食べることのできそうな木の実があることにはあったが、それらは地上から魔界へと入ったリュカたちには食することのできないものだった。しかし今、マグマの杖の明かりに照らされている赤色をした小さな実は、すぐ近くを流れる清らかな水の印象も相俟って、食べることができるのではないかとリュカは一つ、赤い実をつまんで取った。
「どう思う? プック……」
リュカが言い終わらない内に、プックルはリュカの手をまるごと口に入れるようにして、赤い実を食べてしまった。リュカが手を引き抜くと、プックルは大して味わうこともなく口の中の実を飲み込んでしまったが、調子を崩すような様子を見せることもなく、改めてリュカが手にした赤い実のなる植物へと鼻を近づけた。少し間を置いても平気そうなプックルの様子を見て、リュカはもう一つと、植物の葉の中に手を忍ばせて赤い実をぷちりと取る。そして大口を開けて待っているプックルに「一応確認しないとね」と言いながら自ら赤い実を口にしてみた。
「ちょっとリュカ、そんな一口に食べたら危ないじゃない」
「……いや、これは平気そうだし、それに……美味しいかも」
「えっ? 美味しいの?」
「うん、美味しい。あ、でもお腹が空いてるから美味しく感じるのかな」
「お父さん! 美味しいって、何のこと?」
「ねぇ、何かそこにあるの?」
プックルにリュカ、ビアンカがどうにか首を突っ込めるような狭い場所には入れないと、後ろに待つティミーとポピーが揃って声を上げる。「美味しい」と言う言葉にすぐさま反応するのは、常に空腹状態である子供たちであれば仕方のないことだ。リュカとビアンカは一度この場所を出て、子供たちに奥の状況を見せてやろうとしたが、その一方でプックルは更に奥に続くような穴に頭を突っ込み、しなやかな猫の身体で穴の奥へとするりと入ってしまった。足元にそのような穴が空いているとは気づかず、リュカは赤い尾の先までも穴の向こうへと消してしまったプックルの姿に、彼が入り込んだ穴倉は思ったよりも広いのだろうかと、自らも地面に腹ばいになって続く。
「わあっ、すごい! 水が流れてる!」
「あれ? お父さんはどこ?」
「みんな、こっちへ来て。ビアンカ、明かりをくれるかな?」
「お母さん、ボクがお父さんに渡すよ。杖をちょうだい」
早く未知の世界を見たい好奇心そのままに、ティミーはビアンカからマグマの杖を受け取ると素早く身を伏せ、奥から聞こえる父の声を追って壁の穴の中へと身を滑り込ませた。ポピーはビアンカと目を見合わせた後、「行ってみましょうか」という母の言葉に確かな安心を得て続いて地面に伏せた。
人一人が地面に腹ばいになってようやく通れるような岩の穴を通り抜けた先には、まるで大きな岩山の中だけを大きくくり抜いてしまったような、自然の空洞が広がっていた。水の気配をあちこちに感じる。ティミーがマグマの杖で空洞内を照らすと、そこには辺り一面に草が生い茂り、その草むらの中には先ほどプックルとリュカが口にした赤い実が食べ切れないほど実っていた。この魔界に棲む魔物たちに手をつけられた様子もなく、恐らくこの場所は魔界の者たちには知られていないのだろうと、リュカたちは一つも傷つけられずに残っているこの空洞の景色にしばし見惚れた。
「ここの水でこんなに育ったのかな」
「それにしても太陽もないのにどうして……不思議だわ」
「お日様がなくても育つ植物もあるとしたら、魔力が関係してるのかしら」
「ねえねえ、そんなことはいいからさ! これって食べられるのかな? 食べられるんだったら取って持って行こうよ!」
既に草むらの中に顔を突っ込んでもぐもぐと食べているプックルの後姿を見て、ティミーもまた赤い実をひとつ摘み取り、口に放り込んだ。仄かに甘みを感じるほどの実だが、それでも今のティミーには十分なお菓子だった。いつまでも口の中に残るような甘みに、ティミーは決してこの小さな赤い実を次から次へと頬張りたいとは思わなかった。たった二、三粒でも心身ともに癒されるような効果があるのではないかと思うほどの力を、この小さな実に感じた。
「何だろう、コレ。そんなに食べないでもお腹いっぱいになる気がするよ」
「甘いからかもね。僕もさっき食べた実の甘さがまだ口に残ってるもん」
「あら、甘いものだったらいくらでも食べられそうなものだけど」
「お母さん、私も食べてみてもいい?」
ポピーの言葉に、ビアンカは「じゃあ一緒に」と言って二つの実を取ると、母と娘で同時にその実を口にした。そして二人で目を見合わせて、互いに笑みを浮かべた。
「がうがうがうっ」
「いや、そんなに持って行っちゃマズイんじゃないかな」
「お父さん、プックルは何て言ってるの?」
二つ目の実を指先につまみながらも、まだ口の中の甘みを味わっているティミーがリュカに問いかける。
「ここにあるこの実を全部取って持って行けばいいんだって。そんなことしたら、他にこの実を食べたい人がいたら困る……」
「誰も困らないんじゃないかしら。だって魔界の魔物は他にも食べられるものがあるでしょう?」
「あ、そうか」
グレイトドラゴンのシーザーらも、近くの森の中に成る実を何の問題もなく食べていた。リュカたちがこの洞穴の中に隠されていた赤い実を全て摘み取ったとしても、困る魔界の魔物がいるとは考えられなかった。
「じゃあできる限り実を摘み取って、ありがたく食糧として持って行こう」
「やったぁ! じゃあボク、たくさん取ってくる!」
「何だか苺を摘むみたいね。苺よりもずっと小さいけど」
「持って行くうちに腐らないかな。……あっ、私の氷の呪文でどうにかなるかな」
「おーい、リュカ。どこ行ったんだよ。いねえじゃねえか」
恐らく小さな滝のある窪みに顔を突っ込んで呼びかけるアンクルに、リュカはすぐさま返事をした。すぐに食糧を蓄えて戻ると言えば、アンクルはリュカたちの様子見たさに岩の窪みに大きな身体を押し込んだが、アンクルほどの大きさの魔物には入ることのできない空間だった。ピエールならば入ることのできる隙間だが、彼はリュカの言葉に従うようにその場で待つことを決めたようだった。
「私は外にいるゴレムス達に状況を説明しに行ってくる」
そう言ってピエールは大きな洞穴の小さな入口に向かってぴょんぴょんと跳ねて行った。少しの間この場所で休むにしても、身体の大きなゴレムスもシーザーたちも、この小さな入口を通ることはできない。新たに仲間となったキラーマシンのロビンもまた、その機械の身体を器用に折り曲げ折り曲げ入ることはできないようだ。魔物たちだけが外にいる状況であれば危険なこともないだろうと、ピエールは人間であるリュカたちを優先して休ませることを考えながら、洞穴の入口を静かに出て行った。



「本当にありがとう、シーザー。ドラゴも、トリシーもグレイトも。とっても助かったよ」
今リュカは、森の終わり、荒れ地の始まりと言った場所に立っている。魔界の森の木々は背が高く、巨大な身体のグレイトドラゴンの姿も問題なくすっぽりと隠してしまう。その森の端で、この森に残ると決めていたシーザーたち家族に別れの言葉を告げていた。
「ぐおーん」
「元気でね……って言うのも何だかおかしいよね。もし次に会った時にはまた戦わないと行けないかも知れないんだし」
「えぇっ!? そんなことあるの? だってもう、ボクたちは友達みたいなものなんだよ」
「でも魔物の群れの中に戻るって言うことは、そう言うことになってもおかしくはないのよね……」
「どうして人間も魔物も、みんな仲良くなれないのかな……」
ポピーがぽつりと漏らす言葉に、リュカはふっと寂しげな笑みを零した。その言葉に込められた願いはまさに、母マーサがエルヘブンで、グランバニアで願ってきたことそのものではないだろうかと、そう思わずにはいられない。
「そうだ。今度会った時にもシーザーだって一目見て分かるように、僕のターバンを身に着けておいてよ」
リュカはそう言うと、自身の頭に巻きつけている濃紫色のターバンを外し、シーザーに頭を此方へよせるようにと手で合図をする。大きなシーザーの顔が目の前に来ると、リュカは巨大黄金竜の頭に生える右側の大きな角に、濃紫色のターバンをぐるぐると巻きつけた。解けないようにきつく結びつけ、垂れた布の端が視界に入ると、シーザーは満足そうに喉をぐるるると鳴らした。
「こうしておけば、今度僕たちに遭っても攻撃する気にはならない……よね?」
「お父さんのターバンがなくなっちゃったけど、いいの?」
「ああ、僕のはもう一つあるから平気。旅に出る前に、ビアンカが洗い替えにもう一つ持って行けって言うからさ、荷物に入ってるよ」
「でも一つをシーザーにあげちゃったら結局一つしかなくなるじゃないの。……まあ、今の今まで結局一度も替えてないんだから、問題ないわね」
それにシーザーにプレゼントする方が余程有効活用してるわと、ビアンカは微笑みながら濃紫色のターバンの端布を横顔に垂らすシーザーを見上げる。
出会った時にははっきりと敵対しており、互いに戦い、結果によってはどちらかが滅ぼされていたかも知れない関係であっても、相手の事情や本質に気付かされればその瞬間から敵に寄り添うことさえできる。リュカにはたまたま彼らグレイトドラゴンの声が言葉として通じた。巨大な敵の群れであっても、それが自分たちと同じような家族で、ただ家族として生きているだけなのであれば、何故敵対する必要があるのかと、リュカは倒れたシーザーを救うことに躊躇しなかった。
グレイトドラゴンと言うこの魔界でも大きな存在であろう魔物のプライドというものもある。そのプライドは救ってくれたこの人間と魔物の奇妙な一行へ恩を返すこと言うことと、一方でこの魔界の魔物として生き、敵対する人間たちと完全に手を組むことはできないという決定された意思だった。このままリュカたちと先を進んで行けば、いずれは魔界の王ともなるミルドラースとの対立が明らかなものとなる。それは魔界に棲む魔物としてあってはならないことなのだと、リュカは言葉にはせずともシーザーの様子からその感情を自ずと読み取っていた。
「じゃあ、またね。みんな」
リュカたちが森を出ると、グレイトが後を追いかけて来ようとするのが見えた。しかしそれを抑えているのは母のドラゴだ。トリシーはじっとリュカたちの後姿を見ながら、自身の心の中で現状を言い聞かせているような雰囲気だった。そして父シーザーは右の頭の角に濃紫色のターバンを垂らしながら、視界の端に留まるその色にリュカの後姿に見えるマントの色を重ね合わせて見て、束の間共に旅をした人間の男への記憶をいつまでも残すように、彼らの姿が見えなくなるまで見送っていた。
振り返ることなく進むリュカの傍らを、プックルが悠然と歩いている。リュカの視界の中には、敵となる魔物の姿は見られない。プックルの赤い尾が特別緊張した様子を見せていないことからも、今のところは新たな敵となる存在はないようだ。シーザーたちが離脱した今からは、リュカたちは再び自分たちの力だけでこの魔界の世界を進まなければならない。もうグレイトドラゴンの巨大な身体に身を隠して、敵の目を逃れることは難しくなってしまった。
「ティミーもポピーも、ビアンカもなるべくゴレムスの近くにいて」
森の中から姿を現し、今は草木の生えない荒れた地を進み始めたリュカたちの視線の先には、幾重にも岩山の稜線が暗く聳えている。しかし目指す光の柱の伸びる地は近い。真っ直ぐと視線を伸ばした先に見える光だが、岩山に阻まれた道は曲がりくねり、簡単には目指す場所にはたどり着けない。
「これまでそうしてきたように、なるべく岩山に寄って進みましょう」
岩山に寄ればそれだけで敵に見つかる確率は必然と低くなる。その上荒れ地に聳える岩山の岩肌は凹凸が大きく、リュカたちのような人間が身を隠すのにはちょうど良かった。アンクルやゴレムスの大きな魔物の影に寄り添い、隠れるようにしていれば無駄に敵の魔物に見つかる不安は大きく和らぐ。
「プックル、あまり離れて歩くな」
先を急ぐように足を速めるプックルに、リュカが後ろから呼びかける。いくら魔物であっても、この魔界という世界においてキラーパンサーが少々異質な者であることはリュカも凡そ気づいている。同じくスライムナイトのピエールは彼自身がそれを自覚しているために、リュカたちと歩調を合わせなるべく目立たないようにと行動を抑えている。
敵の気配に敏感なプックルも、魔界と言う土地を知っているわけではなく、道案内をできるわけではない。進む荒れ地は岩山の間に挟まれるような形で道を為しており、足元もボコボコと隆起するような地表で、そして道は常に上り坂だ。山道を登って行くような状況で、リュカたちの体力も想像以上に削られる。
岩山に挟まれた道はすぐに分岐を見せた。アンクルが岩山の上に飛び上がって地形を確かめようかと提案したが、リュカはそれを留めた。時折暗黒世界の低い空を、巨大な鳥の群が飛んでいる。明らかに魔物であるそれらは、この世界に侵入した敵を見つけるための偵察隊のような役割を果たしているのは間違いない。無暗にアンクルが宙に飛び上がれば、巨大な鳥の群れに見つかり、捕まり、その場で倒されてしまう可能性が出てくる。
リュカたちの耳に響くのは、ちらちらと低い雲の中に閃く雷の光の後に続く雷鳴と、どこからか聞こえる魔物の咆哮と、近くを歩くロビンが微かに立てる金属のこすれ合う音だ。ロビンが今何を考えているのかは分からず、そもそも彼が頭で何かを考えると言うこと自体ないことかも知れないが、ただリュカたちの進む歩調に合わせて共に歩を進めている。赤い一つ目は常に灯り、一定の距離を進むと頭をぐるりと一回転させ、辺りの状況を確かめているようだった。
道の分岐でリュカたちが一度立ち止まり、どちらに進むべきかと険しい岩山の景色を見渡していると、ロビンもまるで真似をするように赤い一つ目を瞬きさせ、何かを考えるように首をぐるぐると回転させる。
「なるべく道は間違えたくないよね」
「でもあまり悩んでもいられないから、こういう時は勢いが大事なのかも知れないわ」
「そうだよ! じゃあ……お父さんのドラゴンの杖を地面に立ててさ、どっちに倒れるかで決めようよ!」
「それが良いかも知れないわ、お父さん。マスタードラゴンの意思みたいで、正しそうな感じがする」
「うーん……それこそどうかなぁ。竜神が素直に正しい道を教えてくれると思う?」
「……まるで信用しておられませんな」
「がう」
「まあ、リュカはあの竜の神様がキライなんだろ? 仕方ねぇよ」
「アンクル、別に僕は竜神が嫌いなわけじゃないよ。ただちょっと……好きじゃないだけ」
「がう」
リュカの言葉やプックルの反応に、ビアンカは苦笑いをしていた。リュカが相手に対して“好きじゃない”という言葉を口にするのは珍しい。しかもそれが、竜の神様が相手だというのだから、彼の好き嫌いにはまるで恐れなどないのだと、妙な安心感もある。
ゴレムスがひたすらに光の筋の伸びる場所へと目を向ける中、ロビンはその足元でゴレムスと同じ方向を向きつつも、その目線は目の前を阻む岩山に向けられていた。ロビンの機械の身体の中で、小さな機械音が鳴り続いていることにリュカたちは気づいていない。唯一、プックルの耳にはその音が微かに届いていたが、プックルは特別その音に気を取られることもなかった。
分岐の道に立ち留まるリュカたちとは別に、ロビンは唐突に小さな金属音を鳴らしながら歩き出した。彼の進む方向は、分かれ道の右に伸びる道だ。見える景色はどちらの道も、すぐに次の岩山の景色に阻まれ、その先を見通すことはできない。進んだところで行き止まりに着けば、再びこの場所へと戻って来なければならない。
「ロビン、勝手に一人で行くのはダメだよ。みんなで一緒に行動しないとね」
ロビンの後ろから肩に手を置くリュカは、大分前からロビンの背に負う矢筒に幾本もの矢が復活しているのを見ている。ロビンは原動力となる魔力を得ることが出来れば、彼の武器である矢をも復活させることができるらしい。しかし相変わらず切れて壊れてしまった左腕はそのままだ。機械の身体そのものの損傷は魔力を以てしても直すことはできないらしい。
リュカの温かな手に気付いたロビンは首だけをぐるりと後ろに向け、リュカに言葉を述べるかのように赤い一つ目を明滅させる。しかしそんな彼の言葉をリュカは理解できるわけではない。ただ彼が何事かを訴えてきていることが分かるだけだ。そしてロビンがまたしても前を向いて道を進み始めたことで、リュカは彼の見極めた正しい道が右側であるのだろうと感じた。
「ロビンは僕たちの中で唯一、魔界に暮らしていたんだもんね」
初めてこの魔界と言う世界を歩いているリュカたちの直感や判断よりも、ロビンが進み始めた道が正しいという可能性の方が余程信じられると、リュカはロビンに道案内の役を頼むことを決めた。
「よし、ロビンの後について行ってみよう」
「ロビンだったらもしかしたらあの場所までの道を知っているかも知れないものね」
「ロビンにはあの場所までの道が見えたのかも知れないよ! そうだとしたらスゴイなぁ。ボクにも見えたらいいのに」
「早く誰かにロビンの腕も直してもらいたいものね。このまんまじゃロビンがかわいそう……」
ロビンが進み始め、リュカがそれを許せば、他に特別異を唱える者もいない。迷うだけの分岐の道は結局、誰かが進む方向を決めなければならないのだとしたら、少しでも可能性の高い選択肢を選ぶ必要がある。リュカたちは魔界に暮らすロビンの示す可能性に賭けることにした。
「そうだね。早くあの場所に行って、ロビンの腕も直してもらおう。機械に詳しい人がいるといいね」
リュカの何気ない言葉に、仲間たちは図らずも表情を明るくする。リュカは特別意識をして、目指す場所に人間がいることを望んでいるわけではない。しかし近づくにつれて、空に伸びる光の柱が放つ聖なる力を感じるのは紛れもない事実であり、それ故にリュカは無意識にもその場所に人間がいることを想像する。母マーサの存在が確かに近づいているのだと思えば、今やリュカの漆黒の瞳には希望の光が止まないのは、どうしようもないことなのだ。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    ベホマの時にビアンカが何かを言いたそうにしていましたがあれは?
    胸の心の準備のことを言っているとか?

    リュカたちやっとジャハンナ近辺の岩山迷路にたどり着きましたか。 もう少しでジャハンナ。

    ロビンの腕、もしかしたらそのうち自然にはえてきたりして?
    なんかそんな予感がします。

    シーザーたちとやっぱり別れちゃいましたか…(涙)
    さすがにグレイトドラゴン4匹を仲間にひきいれたままにはしないだろうと思っていましたが、でも、シーザーあたりだけは旅に動向してくれる描写になるかなって、かってに推測してました。
    でも、リュカのバンダナを揚げて装備させるということは今後また出会うフラグですね(笑み)

    次回は、またしても戦闘に?まだホークブリザードと出会っていません。
    次話お願いします。

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ビアンカがあの時何を言っていたのかは、皆さまのご想像にお任せします^^ お好きな言葉を想像して、補ってくださいませm(_ _)m
      ゲームだとそれほど遠くはないんですけど、がっつり新たな町までの道は迷ってもらっています。でも次のお話ではどうにかこうにか到着するかな~と言うところですね。
      ロビンの腕は・・・どうなるかな。お話の流れでどうするか決めるかと思います。相変わらずの無計画で・・・(汗)
      シーザーたちはここでお別れです。グレイトドラゴンを仲間にしたまま行ってしまうと、途中から彼が主人公になってしまい兼ねないくらいのインパクトがあるので、約束通り森の終わりで別れてもらいました。リュカがターバンをあげたのは、「今度会っても攻撃しないでね」みたいな予防線として・・・いやぁ、なるべく戦いたくないですもんね、グレイトドラゴンとは(笑)
      ホークブリザードや煉獄鳥はそこらを飛んでいるんですが、今のところどうにか見つからずに済んでいますね。次はどうなるかな。またしばらくお待ちいただければと思いますm(_ _)m

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