最後の関所で

 

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平地での歩みは慎重に進めつつも、一時たりとも休まなかった。平地に点在する魔物らは明らかにリュカたちの存在に気付いていた。ゴレムスの巨大な身体はこの平地ではどこにいても目立ち、身の隠しようがない。それ故にむしろ堂々と平地を歩くことで、この暗黒世界に元から生きる魔物の如く、敵の目を引きつけないように注意を払った。
点在する魔物には、この世界には珍しくないのだろう、グレイトドラゴンの姿もある。まだ遠くに見えているゴーレムの姿に興味を持つようにじっと目を向け、その傍を歩くアンクルホーンにも注意を向けたが、主体的に追いかけてくるほどの興味は生まれなかったようだ。そのように見える魔物をリュカたちもあちこちに認めつつ、こちらも特に興味はないと言うように構えることもなく、歩みを止めることもなく、多少息が切れてもそのまま進み続けた。
暗雲に包まれる中空高くに飛ぶのは、身体に赤々とした炎を纏う巨大な鳥だ。光のない暗黒世界で炎の鳥、煉獄鳥は何よりも目立つ敵だった。夜空に不気味に舞う赤い星が、リュカたちを見下ろす。旋回する煉獄鳥の動きを見上げ、リュカがあれらが襲い掛かってくると感じた時には、煉獄鳥が三体、急降下をしてきた。
吐き散らされる炎の勢いを止めるべく、ティミーがフバーハの呪文を唱え、その上でポピーがマヒャドの呪文でむしろ敵への攻撃を始める。その動きの中、あくまでもこの暗黒世界で目立つのは煉獄鳥の赤い炎の光だ。当然、ティミーの呪文は遠くから目にすることもできず、ポピーの放つマヒャドの巨大氷は闇に紛れたまま、煉獄鳥の身体の炎を消し去ろうとする。
急降下してきた煉獄鳥を待ち構えるように、アンクルが宙へと飛び出し、デーモンスピアを振るう。ゴレムスの腕に乗り、構えていたプックルがその高みから飛び出し、襲い掛かる。静かに倒した二体は、煉獄鳥としての命を終えるように、身体からその炎を消し去ってしまった。炎は煉獄鳥の命そのものなのだと、それに分かる。残り一体は、共に行動していた仲間の二体が倒されたことに怖気づいたのか、状況を理解したのか、再び宙高く舞い上がると、そのまま飛び去ってしまった。リュカは敵の飛び去った方向へと目を向ける。赤々と燃える煉獄鳥が小さくなる先には、今ではリュカたちの目に常に映る景色となった、エビルマウンテンの山々がある。
少し前での林の中での戦いでも、リュカたちとの戦闘から逃げ出し、飛び去ったホークブリザードがいたことを思い出す。あの青い巨大鳥もまた、まるで逃げる方角が予め決まっているかのように、迷いなく林の中を一直線に逃げていた。恐らく、暗黒世界に生きる魔物らにとっては、エビルマウンテンが生きる拠点となる場所なのだろう。それはリュカたちにとっての、今のジャハンナの町に近い存在なのかも知れない。とにかくそこまで逃げてしまえば、己の身の安全を保つことができるという確信があることが想像できる。
敵の根城に続く道の途中、既視感を覚える、島と島を繋ぐ橋にも見えるような狭まった道に着いた。リュカたちは既に二度、この世界で多くの機械兵の待ち伏せする攻撃に遭遇している。それは決まって関所とも呼べるような、狭まった道の中を進もうとした時だ。そしてリュカたちは既に遠くからも、この付近に潜むキラーマシンの赤い目を数個、確認していた。
機械兵が配備される付近には、他の魔物も寄り付かない。それは恐らく、キラーマシンの赤い目に捉えられた者たちは人間であろうと魔物であろうと、それが敵と判断された瞬間に攻撃を受けることになるからだ。魔物たちもまた、キラーマシンの危険を十分に理解していると言うことだろう。ただ敵を排除するためだけに作られたキラーマシンは、凡そ動く者ならば敵であるという判断を元に、行動している。
ゴレムスが前に出た。自分を盾にしろと言った雰囲気で、先に道を進み始める。この付近の地形は隠れるところもないような平地が続いており、道を進んだところで背後から敵が迫り、挟撃を受けることにはならないと見えた。
道は長い。道の両脇には崖が迫り、落ちれば二度とこの世界へ戻ってくることはないだろうと想像する。端に近づくことはできないと、ゴレムスは道の中心を早足で進んでいく。その腕にはビアンカとポピーが乗り、キラーマシンの攻撃に晒されることのないよう、最も守りの厚い場所へと匿われている。
道の半ばにまだ届かない場所から、プックルが「がうっ!」と一声吠えた。進む先の道に、赤い一つ目がぞろぞろと姿を現し始めたように見えたが、それらは初めからそこに立っていた。ただ近づく敵との戦いに備え、体力を温存するかのように、ぎりぎりまで敵に悟られないように、赤い一つ目の光さえも落としていたようだった。光る赤を見て、プックルは「構えろ」と呼びかけたのだ。
ティミーがスクルトの呪文で味方の防御を固めると、ゴレムスは林での戦いの時のように、地響きを鳴らして駆け始めた。左腕でビアンカとポピーを抱え、右手にはビッグボウガンを備えている。駆けている限りは、ボウガンに構えられる矢は今備えている一本のみだ。
ゴレムスの足元を、プックルに乗るリュカ、アンクルの背に乗るピエールが両脇を固めるように走り、飛ぶ。ティミーは一人、ゴレムスの肩に乗り、仲間たちを余さず見下ろす位置に立つ。戦いの前線に立つ父や仲間たちの状況を確かめつつ、防御呪文で絶えず皆を守り、必要に応じて回復呪文で皆を救う。お前はその役割なのだと、父リュカに説かれ、ティミーは自身にもそうと言い聞かせている。皆で戦う中で、勝手な行動は許されない。
狭い道幅の中に、キラーマシンの群れが隙間なく道を埋め、向かってくる。身震いするような、悍ましい数だ。赤い一つ目の数を数えれば、その数二百体を越える。ゴレムスの突進力でどれだけ退けられるかが勝負だと、リュカはプックルの背に乗りながら、呪文の構えを取った。
素早くプックルと己に、リュカはスカラの呪文をかけた。直後、プックルが矢のようにキラーマシンの群れに突っ込む。敵の剣が目の前に、頭上に、腕に、脇腹に振られる。呪文の力で強く身を守り、まるで分厚い鎧を着ているリュカとプックルに、キラーマシンの剣の攻撃が届かない。しかしこれもまた、時間に限りのあるものだ。キラーマシンの攻撃を受け続けていればそれだけ、防御呪文の効果が薄れるのも早まってしまう。見えない鎧は敵の剣や矢の攻撃を受けて徐々に剥がされ、耐え切れなくなった時に唐突にその効果は切れてしまう。その前に再びスカラを唱えなければならないが、その時に敵の渦中に身を置けば、呪文を唱える間も与えられずに倒されるだろう。
プックルはゴレムスの足の前に出る。ゴレムスが主体となって進む道を開けるよう、キラーマシンの数を減らすのが目的だ。リュカはプックルの背から飛び降り、キラーマシンの群れの中へと飛び込む。一見、無謀にしか見えない行動だが、プックルとは一時、背中合わせに敵と戦う形を取る。リュカの剣はキラーマシンの腕の関節を、プックルの炎の爪はキラーマシンの足の関節を狙い、できる限り多くの敵の攻撃力を削ぎ、その場から動けないように追い詰める。しかしそう動けるのも束の間で、リュカとプックルが身に帯びる不可視の鎧はすぐに敵の攻撃を受けてその効力を失ってしまう。
ぎゃうっ、とプックルの悲鳴が後ろに聞こえた瞬間に、リュカは後ろを振り向かないまま、相棒に防御呪文スカラを放った。続けて傷を回復させようと呪文の発動を試みるが、余裕はない。己の身に帯びる防御呪文の効果も間もなく切れると、ほんの一瞬躊躇したところで、頭上から降り注ぐ光の中に効果をその身に感じた。清らかな水の気配は、ゴレムスの腕に守られながらも戦いの状況を見つめるビアンカが、その手に持つ賢者の石に皆の加護を祈ることで生まれた癒しの波動だ。プックルがリュカに向き直り、精悍な顔つきを見せると、リュカは再び素早く彼の背に飛び乗るや己にスカラの呪文をかけ、再び敵の群れの中をかき乱す。
リュカとプックルが敵の群れの層を薄くした箇所を、ゴレムスが進む。キラーマシンの放つ矢が横殴りの雨のようにゴレムスに向けて降り注ぐ。的が大きいだけに狙いやすいのだろう。そしてゴレムス自身もまた、己の身体の巨大なことを利用して、進んで仲間たちの盾となる。ティミーのスクルトの効果があっという間に剝がされていく。ゴレムスに対しては、ビアンカの手にする賢者の石の回復効果がどうしても及ばない。ゴレムスの身体が敵の放つ矢の攻撃を絶え間なく受け、ボロボロと固い土の身体が地に落ちて行く。
敵の群れがゴレムスの足を集中的に狙っていることに、当然ピエールは気づいていた。飛んでくる矢を極力盾で防ぐが、既に何体かの敵を倒したとは言え、その数は二百を超えているのだ。今は眼前をキラーマシンの群れが埋め尽くし、その先に見えるはずの景色にまで目は届かない。一瞬でも気を抜けば命を失いかねないこの時に、敵の群れの遥か先に聳えるエビルマウンテンの山々の景色はないも同然だ。
今のことだけを考える。ピエールは敵の放つ矢の攻撃を一瞬でも止めるため、イオラの呪文を放った。中級程度の爆発呪文だが、敵の放つ夥しいほどの矢の攻撃を弱めるには役に立つと、彼は魔力の底を考えずに立て続けにゴレムスの前にイオラの呪文を放ち続けた。異常なほどに硬質な敵において、この爆発呪文さえ効かないのは、爆発を受けてもその装甲に傷一つつかず、何もなかったかのように地面に立つその姿に見て取れる。敵に効果ある呪文は、激しい熱を持つ火炎系の呪文に限られている。
この敵の数を前にして躊躇している場合ではないと、アンクルもまたベギラゴンの呪文を放つ。隊を組むように道を阻むキラーマシンの、前面に並ぶ十体に火炎がまき散らされ、胴体の装甲がいくらか溶け落ちる。しかしそれで敵が倒れるわけではない。それでも時間をいくらか稼ぐには十分に役に立った。
ティミーはゴレムスの肩に乗り、絶えず防御呪文で皆を守った。古代より存在する機械兵には、勇者の放つ雷撃さえも通用しない。眼下には、多数の敵の群れの中で、その層をかき乱すように父とプックルが戦っている。一度、プックルの身を守る防御呪文の効果が切れ、倒れかけるところを見た。咄嗟に父リュカが相棒を守ったが、それからティミーは自身もあの中に飛び込んで戦いたい衝動を抑え、絶え間なく味方にスクルトの呪文を放ち続けている。
飛んでくる矢はゴレムスの肩に立つティミーのところにまで悠に届いてしまう。左腕に装備している天空の盾で身を守りつつ、ティミーは高所から戦況を落ち着いて見る。背後に宙を飛ぶ気配を感じ、硬い金属音で矢を弾き返す音が響いた。アンクルが装備する力の盾で油断なく、ティミーの背後をも守っていた。その背に乗り、ピエールが向かってくる矢をイオラの呪文で弾いて行く。
この戦いにおいて、守りの要は自分なのだと、ティミーはその音にも自覚させられる。いざという時にはティミーの全体回復呪文ベホマラーが、いざという時には倒れた味方に完全蘇生呪文ザオリクをと、仲間たちは皆が皆ティミーにその期待を抱き、頼りにしている。そんな自分が果敢に敵の中に飛び込み、戦うわけには行かないと、今の己の義務に身を置くことに専念する。
賢者の石を手に味方の傷を癒しつつ、前進する動きを止めないよう全体を見渡す母ビアンカの横で、ポピーはポピーで全体を見渡し、バイキルトを放ち、併せてルカナンの呪文を放つ。ゴレムスの腕に守られながら敵と対峙する母娘は、極力その身を敵の目に晒すわけには行かなかった。ゴレムスの腕が矢の猛烈な攻撃を受けて徐々に削られている中、二人はどうすることもできないゴレムスの消耗を目にしつつも、ただ己に出来ることをと身を隠しながら戦いに参じている。
その時、ビアンカがゴレムスの腕の上に見える景色に、本来であれば暗い暗黒世界の空が広がるばかりのところに、赤く揺らめき光るものを見た。それはみるみる数を増すように見え、近づいてくる敵襲の姿なのだと気づいた時には、炎をその身に纏う巨大鳥が群れを成してもうすぐそこにまで近づいて来ていた。
「ポピー!」
空を明るく染める煉獄鳥の群れを、ビアンカは隣に立つポピーに指をさして教える。娘に具体的な指示は要らない。彼女は聡く、己に求められる役目を自身で確かに判断する。今や強大な魔法使いと成長したポピーは目を閉じ、集中し、その身に地獄でも味わえないような冷気を帯び始めた。まだ敵が炎を吐き出し、こちらを攻撃する間合いには入っていない。ポピーは敵の攻撃がまだ届かない内にと、余計に魔力を消費する遠隔呪文を唱えるべく、目を閉じた瞼の裏に映る敵の群れの様子を冷静に観察した。こちらへ向かい飛んでくる煉獄鳥の群れの只中に、マヒャドの呪文を唐突に起こす。
空に鳥のけたたましい悲鳴が上がり、その声で地上で戦うリュカたちも空からの敵襲の状況に気付いた。しかし気づいても、地上で夥しい数のキラーマシンと交戦する彼らには為す術もない。たとえ空から炎に焼かれようとも、今目の前にいる敵が振るう剣や放つ矢から逃げることもできない。
ただ空に赤い太陽が現れたようで、照らされるキラーマシンの群れがはっきりと浮かび上がるようで、せっかくぼやけていた恐怖が思い起こされる気さえする。
素早くポピーが二度目のマヒャドを煉獄鳥の群れの中に放つ。凄まじい冷気の中で、煉獄鳥の群れは一時その身に纏う炎の力を弱める。中には力尽き、地上に落ちる姿も見られる。しかし煉獄鳥らにも仲間内での連携が見られるようで、敵らは一塊になることで冷気の力を抑え込んでいた。そしてあっという間に間合いを詰めて来た煉獄鳥が、リュカたちの頭上を旋回し始めた。
ゴレムスの肩に乗るティミーが、最も近くに赤く光る鳥の群れを見上げる。その数、数えたくもないが、凡そ三十体。確かに連携を取るこの鳥らが一斉に炎を吐き出せば、真っ先にその炎の餌食になるのは自分だと、ティミーは止むを得ず一時、味方を守るための呪文を放つ手を止める。
暗黒世界の空に渦巻く暗雲を利用するには都合が良いと、何も隔てる者もない暗い空にティミーは右手に掲げる天空の剣の先を向ける。呼応するように、暗黒の空が閃き、ざわめく。この暗黒世界の空さえも味方につけるティミーに本当に怖いものなどないのではないかと思えるように、彼は躊躇せずに空からの雷撃を呼び起こした。
これまでに聞いたことのないほどの轟音が辺り一帯に響き、その音にティミー自身も気を失いそうだった。多くの群れを成す煉獄鳥を一層するには、ライデインの力では足りないとティミーはその本能に悟っていた。彼の放つ呪文はいつでも理屈や論理を越えている。天性のものというものが、理に収まるものではないのだと、彼の放つ呪文の威力に体現されてしまうのだ。
ギガデインの呪文をまともに食らった煉獄鳥らの半数ほどが、身体から煙だけを上げてそのまま地に落ちた。それまでに二度、ポピーのマヒャドの呪文をその身に食らっていたための損傷だと、ティミーには分かった。あともう一度、ギガデインの呪文を放てば敵の群れを一層できると思えど、一度暗雲に溜まっていた雷の力を放出したとあっては、再びギガデインの呪文を放つには少しの時間が必要だ。
呪文を唱える猶予を敵が与えてくれるはずもなく、ティミーだけではなく、彼ら一行は皆、煉獄鳥の吐く激しい炎の脅威にさらされた。ふらつく身体でも群れをなして旋回をする煉獄鳥が一斉に炎を吐き散らし、赤々と燃える炎の中に身を閉じ込められる。
近くに留まっていたアンクルが、ティミーの上に覆いかぶさるように、背に乗せていたピエールも咄嗟に抱きかかえ、炎の脅威から極力彼らを守った。その代わりにアンクルの翼はみるみる焼け焦げ、飛ぶ力を失う。直接の炎からは守られるピエールだが、彼はその性質上、炎には非常に弱い。必死にアンクルに回復呪文を施す彼自身もまた、緑スライムが焼けつき、呪文を唱えているどころではなくなった。
ゴレムスの身体ががくんと傾く。凄まじい頭上からの炎の勢いで、まだ下の状況が見えないティミーだが、ゴレムスの足がキラーマシンの猛攻を受けて立たなくなったのだと感じた。ゴレムスの歩みが完全に止まった。一瞬の炎の止み間を逃さず、アンクルの守りから抜け出したピエールがあっという間にゴレムスの身体を下りて行った。魔物の彼には下の状況も見えていたのかも知れないと、ティミーもその後を追おうとするが、アンクルに腕を掴まれ、止められた。
「お前は……みんなを守れよ」
苦し気に落とされるアンクルの言葉に、ティミーは歯を食いしばり、今の自分が何をすべきかに即座に頭を巡らせる。ゴレムスの動きが止まった。前には無数のキラーマシンが道を阻む。止まるゴレムスの身体をキラーマシンが取り囲み、容赦なく削って行くのが目に見えるようだ。アンクルが身を挺して守ってくれている間にも、ティミーはやはり、皆を守る手を緩めてはならないのだと、震える手で防御呪文スクルトを唱えた。
ゴレムスの右足、膝から下が大きく削られ、自重を支えられなくなったゴレムスは右膝を地に着いた。その勢いで、ゴレムスの腕に守られていたビアンカとポピーが危うく下へ落ちかける。その場に耐えた二人だが、低くなった守りの位置から見下ろす景色に、ゴレムスの身体を上ってくるキラーマシンの姿を認めた。赤い一つ目と目が合った。とてもロビンと同じものとは思えなかった。明らかに人間であるビアンカとポピーをこの場で殺すのだという義務を負い、彼らは岩山でも上ることのできる四本の足で近づき、ボウガンに矢を構える。
鏃がビアンカの肩を掠めた。纏う水の羽衣がいくらかその勢いを削ぎ、ティミーが皆を守ろうと唱えるスクルトの効果の中で傷は浅いものの、恐怖が心を支配しようとする。いくら防御呪文の守りがあろうとも、まともに食らえばとても無事では済まないのは肩に受けた衝撃に必然と感じる。
しかし自分が恐れている場合ではないと、隣で震えるポピーの前に身を乗り出す。ビアンカの肩を掠めた矢はゴレムスの身体を容赦なく傷つけている。三体のキラーマシンの赤い目がビアンカを標的にボウガンを構え、それが放たれればビアンカもゴレムスも、その身に傷を受けることは間違いない。
硬い装甲を持つキラーマシンでも、熱に弱いことはビアンカも理解している。矢を放たれる前にと素早く、ビアンカはベギラゴンの呪文を放った。その炎はゴレムスの膝の上に立つキラーマシンの身体を熱すると同時に、ゴレムスの足でさえもその範囲となってしまう。味方の身体を傷つけるのは本望ではないと思いつつも、今のビアンカにはこうすることでしかポピーを守ることができなかった。
ビアンカの放つ火炎呪文だけで倒れるような相手ではない。呪文の前に行動を止めていた三体のキラーマシンだが、ベギラゴンの呪文を受けた装甲を溶かし、いくらか動きを鈍くしたのは目に見えて分かった。しかしそれだけでこの機械兵が敵への攻撃を止める理由にはならない。矢をつがえていたボウガンの引き金を、敵は何の躊躇もなく引いた。
ビアンカたちの頭上から飛び降りて来たピエールが、ビアンカとポピーに迫る矢を防ぐべく、盾を投げつけた。彼はただ、盾の本来の力を以て物理的に、主の妻子を守ろうとしただけだった。しかしピエールの手から離れた風神の盾は持ち主の意を最大に汲むように、盾の持つ特殊な力を敵に向かって放った。
キラーマシンのボウガンから放たれた矢が、風神の盾から瞬く勢いで起こった眩い光に飲まれた。風の神の力を宿すのは伊達ではなく、光と共に巻き起こる激しい風が渦となって、敵と認める三体のキラーマシンに向かう。眩い光に目を閉じ、次に目を開いた時には、二体のキラーマシンの姿が光と共に消えていた。聖なる力を纏うニフラムの光が、敵対する機械兵を悪と見做し、光の彼方へと消し去ってしまったのだ。
ゴレムスの膝の上に落ちた風神の盾を、ピエールは再び素早く左手に装備する。残る一体が矢を放ち、それはピエールの足に命中した。鋭い痛みにも動きを鈍らせることなく、ピエールはそのままゴレムスの膝の上を駆け、キラーマシンとの間合いを一気に詰めた。振り下ろされる剣を盾に躱し、敵の懐に入ればドラゴンキラーを突き出す。ピエールの兜の奥の目は、キラーマシンの左胸にある電源しか捉えていない。剣先が敵の装甲に着く寸前、彼の力は呪文の力で増大した。背後からポピーが放ったバイキルトの力だとすぐに分かった。足の痛みを忘れ、突き出したドラゴンキラーでキラーマシンの命を奪った。途端に思い出す足の痛みに、体勢を崩し、ゴレムスの足から落ちて行く。
その時、ピエールを拾う竜の尾が出現し、その黒竜の姿はみるみる目の前で大きくなった。動けなくなったゴレムスを守るように、ドラゴンの杖の力を使ったリュカが、巨大な黒竜と姿を変えたのだ。ゴレムスに並ぶほどの巨大な竜と化したリュカは、それまでのゴレムスの役割を引き継ぐように仲間たちの盾となる。
盾となるつもりだった。今、リュカの見下ろす景色に、足元に群がり攻撃を仕掛けてくる多くのキラーマシンがある。ロビンと同じだ。一体一体に恐らく、命が宿っている。生き物とは異なり、機械だからこそ、そこに悪意はない。ただ敵とされている人間に、人間に加担する魔物に、刃を向けているだけだ。
巨大な黒竜が大口を開けて、炎を吐き散らした。暗く、キラーマシンの赤い一つ目が多く浮かび上がっていた景色が、一挙に真っ赤に染まる。炎の熱に動きを止めるキラーマシンが多数、しかし炎を浴びただけで倒れるような軟な敵ではない。身体が動く限りは戦い続ける仕組みの彼らは、黒竜となったリュカを真っ先に倒すべき者として、まるで協力するように竜の足に斬りつけ、矢を打ち、大きな足を土台にして上にまで上ってくる。
地表にいるキラーマシンの群れを今は黒竜のリュカが一手に引き受けているような状況となった。それは一見、黒竜が皆の盾となっている状態だ。しかし今のリュカは、ただ盾で収まっていられる心境ではなかった。
凄まじい吠え声を上げ、リュカは己の身体を上ってくるキラーマシンを一体、鷲掴みに掴んだ。キラーマシンは敵に捕まれても尚、目的を忘れず容赦なくリュカの竜の手に剣で斬りつける。黒竜となったリュカに、呪文を使うという道はない。ただ、切られた痛みも感じなかった。血の噴き出す手はそのままに、リュカは掴んでいたキラーマシンを思い切り、足元に群がるキラーマシンの中へと叩きつけた。上から凄まじい勢いで降って来た仲間の硬い装甲に、地面に立つキラーマシンが二体堪らずぐしゃりと倒れる。それを、黒竜の漆黒の瞳が冷たく見下ろす。
足元にはキラーマシンの群れ、頭上からは煉獄鳥の群れ、今のこの場で必要なのは盾であるよりも凶暴なほどの力なのだと己に言い聞かせ、リュカは再び己の身体を上るキラーマシンを掴み、地面に叩きつける。しかしキラーマシンも戦いの中にしか生きられない機械兵であり、二度同じ手は食わないのだと、空中で身体を回転させるや、しっかりと四つ足で地面に降り立った。それを見て、リュカの胸の内に沸き起こる攻撃への熱が高まる。
黒竜となったリュカの尾を駆けのぼり、足の上部についたピエールは、反対側の足の上部に立つプックルを見た。黒竜を標的に次々と上ってくるキラーマシンを相手に、プックルは自身の方が足場の悪さを生かせるのだと言うように、身軽に宙を舞いながら機械兵を相手に戦っている。ピエールもまた、緑スライムの弾力を生かすように、翼もないのに跳ねまわりながらキラーマシンを相手にする。
前進はできない。ただこの場に留まり、敵との戦いに専念する状況だ。もしこの期に及んで、敵の援軍が来てしまえば、状況は確実に不利となる。今が既に、切羽詰まった状況だった。黒竜のリュカは敵の攻撃を一手に受け、その脇でプックルとピエールもまた、敵の攻撃を受けている。頭上からは絶えず煉獄鳥の群れが炎を吐き、滑空して直接攻撃をも仕掛けてくる。凄まじい敵の攻撃を防ぐために、ティミーは絶えずスクルトの呪文で皆を極力守る。アンクルは自身が力尽きないようにと、守りの要となるティミーを庇いながらも必死に力の盾に込められる回復の力を借り、常に己の傷を癒している。ゴレムスの腕に身を隠し切れないビアンカは誰一人力尽きないようにと、賢者の石の力を解放し続ける。その隣でポピーは一体自分に今課せられた役割は何なのかと混乱しつつも、煉獄鳥の赤い群れを見上げながらその両手に冷気を込める。
ポピーは自分の目に映った光景に、目を疑った。彼方から更に、赤い光の群れが飛んで来る。地上の関所を守るのがキラーマシンの群れだとしたら、中空でこの関所を守るのは煉獄鳥の群れなのかも知れないと、青ざめる顔つきのままその両手に再び氷の気配を呼び起こす。魔力の底はまだ見えない。とにかく今は、上空から炎を浴びせて来る煉獄鳥の群れに向かって激しい冷気を浴びせ、その数を減らすことが先決だと集中する。
戦線は完全に膠着状態となった。一歩も前進できないまま、敵の群れに道を阻まれ、息もつかせぬほどの敵の猛攻が続く。黒竜となったリュカの負う損傷は激しく、ビアンカの魔力を支えにして放出される賢者の石の癒しの力も、彼の傷の回復に間に合わない。リュカ自身は己の傷になど目もくれず、まるで悪魔のごとく口から火を吐き、地上から襲ってくるキラーマシンの群れを焼き払おうとしている。そこに、彼の本来の心はないように思え、ビアンカは大きな黒い竜の背を見せる夫に叫び伝えたい思いに駆られた。しかし今の状況で、一つでも甘いことを言ってはいられないと、その余裕もないのだと、彼女はひたすら仲間たちの無事を祈りながら賢者の石に縋る。それしかできない。
リュカの黒竜の身体の上で戦うプックルもピエールも、リュカがどれほどの損傷を受けているのかに気付かない。彼等もただ、目の前の敵を倒すことに必死だった。気づいていれば、すかさずピエールが回復呪文をリュカに当てているはずだったが、彼にもその余裕はない。寧ろ彼自身もキラーマシンの猛攻をその身に受け、傷を拵えながらも戦い続けていた。
巨大な黒竜の後ろで、巨大な仲間が再び立ち上がる気配があった。腕から落ちそうになるビアンカとポピーをしっかりと腕の中に収めて守り、ゴレムスは右手のボウガンを前に構えた。束の間戦線が膠着状態となり、リュカの守りの中に入っていたゴレムスはその間に、己の身体の損傷を静かに直していた。本来であれば無機物で作られているゴレムスに己の身体の損傷を直す力はない。しかし彼はただ主の命令を聞くだけのゴーレムではないのだ。
愛情深い主を救い出すことをずっと夢見ていた。ゴレムスには確固たる意志があった。ただ命令を受けて、対象となる者を守る義務を負うことを越えたところに彼の心はある。彼は明確に己の意志を以て、囚われた主を救い、主の命とも言える子らを守り抜くのだという、実現させなければならない夢を抱いていた。
深い瞑想の中に、ゴレムスは己の損傷を有機的に直した。破壊され、欠けていた足が内部からボコボコと生まれたのは、ゴレムスが抱き続ける夢を実現させるための、実現した夢の一部のようなものだ。ゴーレムと言う魔物にもその力はあるのだと教えてくれたのは、ジャハンナを守り続ける巨大ゴーレムたちだった。彼等もまた、マーサの愛を受け、彼女の思いを一心に守ろうとしているゴーレムたちだ。似た思いを抱く彼らとゴレムスは、思いを共有し、打ち解け合った。
ゴレムスが黒竜であるリュカの横に並び立った。リュカに集中していたキラーマシンの群れの意識が、ゴレムスへと注がれた瞬間、これまでに訪れなかった間合いを、ピエールは即座に察知した。目の前に戦っていたキラーマシンの動きも瞬時止まり、その瞬間を逃してはならないと咄嗟に呪文を唱える。自身が立つ黒竜の身体に放つのは、ベホマの呪文だ。直後、自身に向かって来たキラーマシンに対処できなかったピエールは、至近距離で放たれたボウガンの矢を身体に受け、よろけ、地へと落ちかける。
落下する彼の身体を拾うのは、リュカの竜の手だ。黒竜の姿に変じたリュカは、回復呪文を唱えることもできないために、ピエールを癒す術を持たない。意識も朦朧としているピエールのところへ駆けて来たのはプックル。プックルはピエールの身体に刺さった矢を口に咥えて強引に引き抜くと、仲間の生命力を信じて一声間近に吠え、そしてそのまま戦いへと戻った。リュカの竜の手の上に倒れるピエールの手が、無意識にも握り続けていた剣を再び握りしめた。
頭上には、援軍となる煉獄鳥の群れが迫っていた。守りの要を自ら意識しているティミーだが、いくら皆を守り続けていても、このままでは自分も仲間たちも持たないと気づいていた。それは彼を守るアンクルも同様だ。
「おい、ゴレムス! ティミーを頼む!」
そう言うや否や、アンクルは守っていたティミーの身体を掴むと、ゴレムスの肩から放り出した。空中に投げ出されたティミーは自分ではどうすることもできないまま、ゴレムスの手が空中に迎えに来るのを見た。その視界の端には、素早くゴレムスの身体を離れるアンクルの滑空する姿があった。敵の動きの一瞬の隙を逃さず、アンクルは新たな行動に移ったのだ。デーモンスピアを片手にしているが、もう片方の手に既に呪文の用意がある。
ゴレムスの手の中に移ったティミーはそのまま、ビアンカとポピーが守られるゴレムスの左腕の中へと放り込まれた。いくらか乱雑な扱いだったが、ティミーを離した右腕に備えるビッグボウガンを構えるゴレムスにとってはそれもやむを得ない状態だった。その間、ティミーの唱え続けていたスクルトの効果がみるみる切れて行った。このままではキラーマシンの群れに猛攻を受け、一挙に劣勢へと持ち込まれてしまう。
「お兄ちゃん! 私たちはあっちを!」
ポピーが示すのは、頭上に迫る無数にも見える煉獄鳥の群れだ。しかしまだ離れている群れもあり、ティミーがたとえ呪文を放ったとしてもその攻撃が敵の群れ全てに届くとは思えない。
「私と一緒に唱えるの!」
そう言って、ポピーはティミーの手を取った。ポピーも当然、先ほどティミーが放った凄まじい雷撃の場面を目にしている。二人で合わせて最大攻撃呪文を唱えるのだと、ポピーの遠隔呪文の力を使って、目に見える全ての敵に対して呪文を放つのだと、ティミーは妹の意を即座に理解した。
双子が目を閉じ、集中する。ポピーの瞼の裏に映る景色が、ティミーの瞼の裏にもはっきりと映るような器用はないが、彼は双子の妹の力を恐らく誰よりも信じている。本当ならばもしかしたら彼女こそが、この世に勇者として生まれていてもおかしくはなかったのだと認めている。二人で力を合わせ、心を合わせることには慣れている。意識的にも、無意識にも、そうして二人は生きてきた。
皆の頭上広くに、再び凄まじい雷撃の轟音が響き、同時に空を壊すような爆発の衝撃が走った。雷撃に多くの巨大鳥はその身を焼き、気を失い、大爆発の中に巻き込まれれば鳥たちは散り散りに飛ばされた。今までに見たことのない広範囲での呪文の効果に、ティミーもポピーもその場に立てなくなるほどの魔力の消費を感じた。空の脅威は格段に減り、ティミーは続けて皆を守るために呪文を唱えなくてはならないと分かりつつも、すぐには復帰できない状況に陥った。
「これを頼んだわよ」
そう言って、隣に立っていたビアンカが、手にしていた賢者の石をティミーに渡した。渡されたティミーは疲れたように胡乱な目で母を見ようとしたが、既に母の姿はそこになかった。ゴレムスの腕の守りから抜け出し、ゴレムスの腕に沿って駆けていく母の後姿を、ティミーもポピーも信じられない思いでただ見つめていた。
「リュカ! 拾って!」
そう言ってゴレムスの肘から文字通り飛び出したビアンカを、リュカは黒竜の姿のまま慌てて右手を差し出し、受け止めた。その手の中には、再び立ち上がったピエールがいる。
「なっ!? ビアンカ嬢!」
「ちょっとお邪魔するわよ」
そう言う間にも、ピエールとビアンカの立つ黒竜の手の上にまでキラーマシンの攻撃が及ぼうとしている。ビアンカを守るためにも、ピエールが必死に剣を振るって戦う横で、ビアンカは震えそうになる足でどうにか立ち、すぐ眼下に広がるキラーマシンの群れを見渡す。空の脅威が落ち着いた今が好機だと、ビアンカの小さな背を見ながら、黒竜のリュカもまたそうだと感じた。
黒竜の手が前へと伸びる。ビアンカが叫ぶ。
「アンクル!」
「遅えぞ!」
「うるさいっ! 行くわよっ!」
前の道を阻む多勢のキラーマシンの群れに、ビアンカとアンクルのベギラゴンの火炎が唸りを上げて向かう。それを後押しするかのように、黒竜の吐く激しい炎がその威力を増幅させる。呪文を放つビアンカにもアンクルにも、炎の中から飛び出すキラーマシンの矢の攻撃を受け、その身に傷を拵えるが、まだ防御呪文スクルトの守りの中にあり、致命傷とはならない。その上、ゴレムスの腕に抱えられたティミーが渡された賢者の石から癒しの力を引き出し、仲間たちへと祈り届けていた。
あまりに激しい熱の中に閉じ込められたキラーマシンの群れが、その場から動くこともできずに高熱に装甲を溶かされる。炎を吐き続けるリュカは、目の前に広がる光景はまるで地獄のようだと感じた。地獄の炎の海の中にうずもれるキラーマシンの群れを見ながら、一体どちらが悪魔なのか分かりはしないと目を細めるが、その思いを圧して尚、吐き出す炎の勢いを強めた。
炎の熱の中、動きを止めたキラーマシンの群れの中心を、矢のように突き抜ける仲間がいた。炎に包まれることに最も恐怖を覚えるプックルが、熱に溶けるキラーマシンに体当たりを食らわせながらも、仲間たちの進む道を拓くために駆け抜けていく。後に仲間が救ってくれることを信じ、プックルは後ろを振り向くことなくただ敵の群れの只中に道を拓いて行く。
それをゴレムスが追う。プックルがキラーマシンの群れの只中に留められた。あまりの炎の勢いに息切れを起こしたプックルがそこに倒れる寸前、ゴレムスがプックルの眼前にボウガンの矢を打ちこんだ。巨大な矢が地面に突き刺さり、プックルの周囲に僅か空間ができた瞬間に、ゴレムスは左手でプックルを掴み上げ、手の中に守る。
キラーマシンの群れの終わりが見えた。ゴレムスがそのまま駆け抜けるためにと、ビアンカもアンクルも魔力の底を尽くのを感じながらも、呪文の手を緩めない。ゴレムスの両足が焼け焦げ脆くなるのが分かっていても、今手を緩めるわけには行かないと、黒竜のリュカも容赦なく炎を吐き続ける。地表から燃え上がってくる炎の勢いに、ゴレムスの腕に守られるティミーもポピーも顔を出すこともできずにただ身を潜めているだけだ。ピエールは炎の熱をその身に感じながらも、まだしぶとく黒竜の足元から上ってくるキラーマシンと対峙し、ビアンカを守る。プックルはゴレムスの手の中でぐったりと横たえ、気を失っている。その獣の身体には、溶けたキラーマシンの装甲の一部が張り付いている。
上空からの攻撃があった。今は主力と見られた黒竜の目を、宙から煉獄鳥の残党が狙う。滑空してきた煉獄鳥の攻撃を受け、黒竜の右目が潰された。竜と姿を変じたリュカはどうやら痛みに鈍く、ただ右目が見えなくなったことだけが分かった。
残る左目で敵を捕らえるや否や、吐き続けていた炎を止め、首を素早く動かす。口に煉獄鳥を咥えて捕らえると、炎を身に纏うその者を、目の前に広がる炎の海の中へと吐き捨てるように投げ込んだ。炎の中に炎が飛び込み、そこに火柱が上がる。炎と共に生きる煉獄鳥が息絶えることはないだろうが、敵にも味方にも炎の猛攻を受けたキラーマシンはひとたまりもないだろう。
もう一つの目を潰そうと、煉獄鳥が黒竜の顔の周りを飛び回る。その鳥をリュカは再び口に捉え、やはり眼下に広がる炎の海に投げ込む。空いている左手も使い、煉獄鳥を鷲掴みにすると、ゴレムスの足回りに纏わりつくキラーマシンの中へと投げ込む。敵を使って敵を倒す手段を使う自身に、リュカは今は何の感情も沸かなかった。巨大な竜の姿で、足元に広がる炎の海を見る左目には、ただの無感情が浮かんでいた。押し込めようとしていた感情はいつの間にか自ずと引っ込み、それは前進への力を増すことになった。一切の迷いがない。目の前にいるキラーマシンは、あくまでもキラーマシンだと思う。
リュカが投げ込んだ煉獄鳥の上げる火柱の中を、ゴレムスがそこに道があるのだと言うように、突っ込んでいく。一度直した足が、炎の熱に焼かれ脆くなっていく。ゴレムスの手の中で、ほとんど魔力の底を尽いたティミーが、噴き上げられる熱風に息を詰めながら、最後の魔力で出来ることをと唱えた呪文はフバーハだ。ポピーも仲間の助けをと呪文の詠唱を試みたが、無理だった。彼女の手から放たれるはずの氷の気配は、完全に魔力が尽きたのだと言うように欠片だけを落として、すぐさま熱に溶けて消えてしまった。
守りを得たゴレムスが、キラーマシンの群れの最後の層を突破した。狭い関所の道を阻む暗黒世界の機械兵が置かれるこの道に、他に地上を往く魔物はいないはずだと、ゴレムスはそのまま道を駆け抜けていく。そのすぐ後を黒竜のリュカが左手に一体の煉獄長を捉えたまま続く。リュカの右手に立っていたビアンカは魔力を使い果たし力尽きたように倒れ込み、ピエールも間近に敵の気配を感じなくなったのを認め、右手に張り付いたままの剣をゆっくりと下ろした。一人宙を飛び回っていたアンクルは腕に足にキラーマシンの矢の攻撃を受け、血濡れの状態でゴレムスの脇から地面に突っ込むように倒れた。プックルは意識を取り戻さず、そのままゴレムスの手の上で浅い呼吸をしていた。
収まって行く炎の中から、装甲を溶かしたキラーマシンがゆっくりと追いかけて来る。もうリュカたちに敵への攻撃を仕掛ける力は残されていない。しかしリュカは追撃は許さないと言うように、右手に守っていたビアンカとピエールを地上に下ろすと、後ろを振り返り、左手に持っていた煉獄鳥をキラーマシンの群れへと投げ込んだ。収まる炎の中で、仲間の煉獄鳥がまるで投擲武器のように投げられる様を見て、宙に漂う煉獄鳥の動きに躊躇が見られた。自分もただの武器という道具にされるかもしれないという恐怖があったのだろうか、残っていた煉獄鳥らは束の間様子を見るように宙を旋回していたが、攻撃の最高の機会を逃したと言うように、空高くに舞い上がり、エビルマウンテンの山々の方角へと飛び去って行ってしまった。
炎の海の中に身を置いたキラーマシンの群れは、突破してしまえば、追いつかれることはないだろうと思えるほどにその動きを鈍くしていた。関所の道を阻むキラーマシンの立つ位置はまだもう少し先まであるのだろうと、リュカは黒竜の姿のまま仲間たちを背に、再び残りの体力を使って炎を吐く。足止めには十分で、その隙にと、ゴレムスを先頭に皆は敵の攻撃の及ばない場所にまで逃れた。

Comment

  1. ホイミン より:

    bibi様
    ホイミンです。
    やはりbibi様の戦闘描写は質が高い!
    ゲーム画面じゃ想像もできないような激しい戦闘を繰り広げているんですもの。
    あ、もう少しでエビルマウンテンですかね。
    ラストダンジョン前で魔力がほぼ尽きている・・・。
    この先が心配です。
    次話も楽しく読ませてもらいます。

    • bibi より:

      ホイミン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      戦闘描写につき、お褒めの言葉をいただき恐縮です。今回は(も?)話が長くなってしまって、一体これで良いのかどうか分からないままアップしてしまいました。辻褄、合ってるのかな・・・ちょっと不安です(汗)
      もうすぐエビルマウンテン、ですが、そうですね、魔力がほぼ尽きている状況です。そんで、地理上ではまだエビルマウンテンまでも歩かねばならないという。まだこの地には強敵がぞろぞろいますね。さて、どうしましょ(苦笑)

  2. スミス より:

    久しぶりに来たらついに最終局面か……
    マーリンがルラフェンうろちょろしてた頃が懐かしいものです

    • bibi より:

      スミス 様

      そうなんです、ようやく最終局面に入っている所です。何年かかったんでしょうか、ここまで。やれやれですね(汗)
      マーリンは今頃、グランバニアでまあまあな立場に・・・時の流れとは不思議なものです。

  3. ケアル より:

    bibi様。

    いやいやいや~ビビワールド戦闘描写発揮ですな!
    赤い目キラーマシン100体ってもう鬼でしょっ!
    まさに風邪の谷のナウシカのオウムの軍団そのものの光景であります(汗)
    それに加えて、れんごくちょうの軍団まで現れ200匹…いや無理でしょ~ぜったい棺桶行きフラグ(泣)

    とうとう来ましたかギガデイン!
    ティミーの単独最強呪文、これで後一つミナデイン…描写が楽しみです!

    ティミー・ポピー協力は前にもあったけど、イオナズン➕ギガデインの遠隔ダブル呪文は凄まじい破壊力なんでしょうね、爆発といなずまが同時に来るんですもの、この子たちがもし敵だったらと思うと…恐ろしいですね(笑い)

    ポピー、ドラゴラム覚えてましたよね?…まだだったでしょうか?

    リュカ、黒竜になっても意識しっかりしてる、前回もそうでしたか?…すみません忘れてます、ビアンカのおかげで自我を忘れなくなったんでしたけ…?

    次話ありますね、行ってきます

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      キラーマシンは本当にビジュアル的にも怖いイメージがあるんですよね。あの機械の無機質な赤い一つ目が意思もなくただこちらを見て来るのが何とも……。確かに、私も多勢のキラーマシンがこちらを見つめてくるのは、ナウシカの王蟲の群れが迫ってくるのを想像してしまっていました。いや、多分、王蟲の群れの方が大きいし目も多いので怖さはあちらの方が上でしょうね(汗)

      煉獄鳥は遠くからでも存在が分かるので、それはある意味こちらも備えられるんですよね。火を纏う身体はあの暗い世界じゃ隠せないでしょうから。でもあんまり多く来られちゃどうしようもないですね。で、どうしようもない時には、子供たちが頑張ってくれるという。今回はティミー君に頑張ってもらいました。振り返っても、本当にこの二人がいなけりゃ彼らの旅はどうなっていたことか。双子さまさまです。

      ポピー、ドラゴラムを使えるんですが、まだあんまり自在には使えないかも。リュカのドラゴンの杖もなかなかに気まぐれで。竜を手懐けるのはなかなか難しいもんです(汗)

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