守られた思い出の町
竜神の背に乗り、高みから望む地上世界は驚くほどに小さいように感じるものだ。竜神が常にこうした小さな世界を眺めているのかと思うと、住む世界、生きる世界がまるで違うのだということを思い知らされる。竜神と人間では同じ視線を持ちようがないことを認めさせられる。サンタローズの村を離れ、すぐに見えた隣町アルカパの景色を見ても、遥か眼下に自然とは異なる人工的な景色が僅かにあると分かるだけだ。
ただこの竜神は人の心に寄り添うようにその高度を下げ、リュカたちにアルカパの町の様子を細かく見せようとする。恐らくただの神様であれば、このような配慮もないのではないかとリュカは思っている。何故竜神がわざわざ人の住む町の様子を見せようと高度を下げたりするのかと言えば、竜神自身が好奇心を持ち、平和の世を喜ぶ人間の姿を間近に見たいからなのではと、そう思えばリュカの脳裏にはどこか頼りない一人の酒場の店主の姿がふと映る。誰よりも世界に平和がもたらされたことを喜んでいるのは、リュカたちを背に乗せて世界を飛び回っているこの竜神なのかも知れない。
アルカパの町の上を緩やかに一周。町の人々も竜神の姿に気づき、多くの人々が手を振ったり手を合わせたりしている。あまり高度を下げて飛行すれば、翼の起こす風が町に影響を与えてしまうと、竜神は高い高度を保ったまま身体を斜めにしてリュカたちにも町の様子を見せる。落ちそうになる恐怖にポピーは目をつむりかけたが、リュカが支えてやり一緒に町の様子を眺めた。笑顔を見せる町の人々の様子を目にすれば、ポピーの顔にも自然と笑顔が浮かんだ。
「寄らなくて良かったのかい、ビアンカ」
「いいのよ。平和になったんだもの、いつでも来られるわ。今はグランバニアに急がないと」
「お父さんがルーラで来られるなら、あっという間だもんね」
「お母さんが小さい頃に住んでいた町なのね? 私も今度一緒に行ってみたいな」
アルカパの町を過ぎて、竜神はそのまま西へと向かう。すぐに海へと出た。穏やかな海はほとんど真上から照る陽光を受けてきらきらと輝いているのが、リュカたちにも広く見えている。竜神の背から見える世界は小さい。しかしその美しさは恐らく人間が見つめるものと変わらない。この美しい世界を壊したくないという思いは、人間も竜神も同じものなのだ。
竜神の進む速度は、海を行く船に比べても、比べ物にならないほど速い。しかしリュカたちを照らす昼の陽光の位置が奇妙なことに変わらない。リュカは自身が使う移動呪文ルーラに起こる時間の経過の現象を知っているために、ずっと位置を変えない空の太陽の姿にすぐに疑問を感じた。それはどうやら竜神の背にへばりついて乗っているピエールも同じだったようだ。
「この世界は平和になったと同時に、ずっと昼の世界になったのでしょうか」
「そんな話は聞いてないんだけどなぁ」
「がう~?」
「それって平和になったって言うのかよ」
海を照らす陽光の力は衰えず、空はずっと明るい。海に出てから、竜神の飛行速度が幾分落ちたようにも感じる。その分、竜神は己の力を他に向けているのかと考えれば、それこそ神業をリュカたちにこっそりと見せていたのだった。
広い海原を下に眺めながら、竜神は空に光る太陽を連れてきている。恐らく竜神にその意思はなく、ただこの世界の平和を喜ぶ神の強い心が勝手に太陽をも連れてきてしまっているのだった。広い海原はすぐに過ぎ去り、竜神は西の大陸を見下ろしながら飛行を続ける。リュカは頭の中に世界地図を思い浮かべながら、下にポートセルミの港町が見えるだろうかと眺めていたが、海の景色はあっという間に過ぎ去り、見えるのは広い西の大陸の青々とした景色だった。見えたのが特徴的な町の造りを見せるルラフェンだと気づくと、いくらか東へ置いてきたような位置に見える太陽に、竜神が自身のしでかしている異変に気付いたのだろうと思えた。
「お父さん、あのね……」
リュカの視線に気付き、同じように空に眩しく照る太陽を目を細めて見つめていたポピーが、遠慮がちに話し始める。
「私、今まで使ったことなかったんだけどね」
「うん」
「昼と夜を変えることができる呪文があるの」
「えっ?」
「でもね、そんなことしちゃうと、世界中の人が困るでしょ? だから一度も試したことはないのよ」
ポピーは勇者の妹として、呪文を習得することには非常に貪欲だった。それは勇者ではない自分にできる最善のことだと信じ、続けてきた。あらゆる呪文に興味はあった。しかし彼女が呪文を習得するのは、単に呪文を習得したいからという好奇心を超えて、勇者の妹としてなすべきことがあるという目的のために他ならなかった。
「えー!? そんな面白い呪文があるんだ! やってみてよ、ポピー!」
即座にそのような反応を見せるティミーを見ながら、リュカは人の持つ呪文の特性について思う。リュカに火の呪文が使えないのと裏表に、ビアンカには癒しの呪文が使えない。人は自ら使う呪文を選べるわけではない。もしティミーがポピーの言う昼夜逆転が可能の呪文ラナルータが使えたら、彼はその好奇心の高さゆえにきっと今までに何度もその呪文を試していただろう。やはり呪文は人を選ぶのだろうと思うのと同時に、それが最善の現象なのだろうとリュカは苦笑いを見せる。
「えー、ダメよ、そんなことしちゃ。夜がいきなり朝になったら、寝不足の人だらけになっちゃうわ」
「朝がいきなり夜になっても、また寝なきゃいけなくなっちゃうものねぇ」
「そりゃあ楽でいいじゃねえかよ」
「がう~」
「確かに、食事のタイミングも分からなくなりますね」
「まあ……そんなことをするのは神様ぐらいにしておいた方が良さそうだね」
そう言いながらリュカは自身らが乗る竜神の背を軽く叩いた。今のリュカは、ずっと手にしていたドラゴンの杖を持っていない。しかしもはや杖がなくとも、竜神はリュカの意を、背を叩くその手から受け止めることができるようだった。
竜神の鳴く声が大きく響き渡る。既に通り過ぎたルラフェンの町に住む人々も空を見上げ、北へと飛び去って行く竜神を歓声を上げて見送っていた。太陽は東の空に輝かしく浮かんでいる。竜神はその光を右に受けながら、北へ北へと進み、間もなく南下を始めた。
朝早いとはいえ、年中温かな気候に恵まれるこの土地では、触れる空気に冷たさを感じることは先ずない。東の空から日は既に昇ってきている。しかし今はまだ、多くの町の者たちは起き出してこない。つい先日、世界に平和が訪れたことを彼らは空の青さに知り、青空に現れた竜神の高らかな鳴き声に知らされていた。
サラボナの町も他の地域同様に、魔物の群れが悪の意思を持って襲い掛かろうとしていたが、町の者たちが互いに互いを守ると言う強力な意思のもとに凌いだ。暗雲立ち込めていた空が唐突に晴れ渡ったのを、その時サラボナの町の者たちは夜空に現れた月と星にそうと知った。そしてその朝、竜神は世界を巡り、世界に平和が訪れたのだと高らかな鳴き声と共に告げて行ったのだ。
それから更に一日が経った。人々は昨日は一日中喜びに沸き、終日がお祭り騒ぎだった。魔物との戦いに疲れていた男たちもその疲れなど忘れ、お祭り騒ぎに興じていた。その疲れでようやく、サラボナの町の人々は確かな疲れを身体に感じて、朝日にも気づかずにぐっすりと眠っているのだった。
サラボナの町の奥、町を広く見渡すようにひと際大きな屋敷が一軒、静かな朝を迎えている。屋敷の主はこの町を見守る立場の者として既に起き出し、早く朝食も済ませていた。空を渡る竜神が平和を告げた。しかしその平和をもたらしたであろう彼らがまだ帰っていない。サラボナの領主でもあり、世界を相手に交易を続けるルドマンは今はただ、彼らの帰りを待っていた。
屋敷の番を長らく務める老犬が一声、大きく鳴いた。竜神の平和を告げる声は、世界の人々に広く平和の到来を告げたのだろう。それに対し、ルドマンの屋敷の番を務める老犬リリアンは、ルドマンの待つ者たちの到着を告げた。長く共にいる飼い犬の鳴き声に、飼い主は当然のようにそれを言葉と感じている。リリアンの声は喜んでいる。おかえりなさい!と。ルドマンは間もなく呼びに来るであろうメイドの姿を予期しながら、夫人と互いに互いの身なりを確かめていた。
「わっはっはっ。やあ、愉快愉快! 魔界の王を倒し、世界に平和を取り戻してくれるとはな」
相変わらずの豪快な笑いを見せるルドマンの姿に、リュカの身体を知らず包んでいた緊張はいくらか解けた。決して嫌いというわけではないが、リュカはこのルドマンの屋敷に足を踏み入れると条件反射にも等しい緊張感が体を包んでしまうのだった。恐らく人生で最も緊張した瞬間をこの場で味わったからに違いないと、リュカは今ならいくらかそう冷静に思うことができた。
竜神の背に乗っていたリュカたちは、大陸の上空を南下していく中で、海と山の景色を同時に眺めていた。海辺にはサラボナの町、山奥にはどうにか目視できるほどに小さい村が見えた。ビアンカの目が引きつけられるように、山々の景色を眺めているのがリュカには分かった。それも当然だと言うように、リュカは竜神の背に手を当てその意を伝えようとしたが、その瞬間に再び、彼らは光に包まれ、神の強引な力によって竜神の背から忽然と姿を消した。光が止み、竜神の背に残されたプックル、ピエール、アンクルは互いに眩しそうに眼を細めながら目を見合わせた。プックルが不平を言うように一声鳴き、勢い竜神の背から飛び降りかけると、ピエールは慌ててそれを止め、アンクルは冷静にプックルを拾える位置へと移動した。空から魔物が降ってきたなどとなれば、折角平和を享受した人々の中に混乱が起こるのは必至だと、ピエールもアンクルも仲間を宥めすかしていた。ということをリュカたちは知らない。
光に包まれ、あくまでも竜神の善意のもとにその背から降ろされたリュカたちの目の前には、他では見ないような大きな屋敷があった。その前にリュカたちが眺めていた景色は、海と山。今彼らが感じているのは、微かな潮の匂いだった。丘に登れば、海を眺めることもできるこのサラボナの町で、リュカたちは今静かな町の朝の雰囲気を感じていた。
近くで大きな犬の吠え声が聞こえた。柵の中に飼われているリリアンが、屋敷の番犬としての仕事を忘れず、その声で屋敷の主に来客を知らせてくれたのだろう。子供たちが真っ先に柵へと近づいていく。賢い老犬は決して子供たちに嚙みついたりはしない。寧ろその白い尾は喜びを示すように振られ、穏やかな目で子供たちが近づいてくるのを待っている。犬の声を聞いた屋敷のメイドが間もなく屋敷から姿を現し、朝の早い時間にも関わらず四人の来客を手際よく招き入れ、そして今に至っている。
ルドマン家の応接間に通されたリュカとビアンカは、屋敷の主であるルドマンと彼の夫人を前に立ち、挨拶から話を始めている。その状況がリュカたちにあの時を思い出させているのだった。互いに想いを伝え合い、夫婦となることが決まった瞬間の地に足がつかないような高揚感や幸福感以上に、夫婦となることが決まる直前の人生で最も緊張した瞬間の感覚が蘇る。リュカもビアンカも知らず緊張に肩に力が入っていることに気付いていない。以前、十年という月日を経てビアンカを救い出した後にもこのルドマンの屋敷を訪ねたことがあるにも関わらず、まだ彼らは身体にしみ込んでいるあの時の記憶と共に身体を強張らせてしまうのだった。母の横に立つポピーはそっと横目に、母が前に軽く組む両手を落ち着きなく細かく動かしているのを見ていた。
「さすがリュカとその子供たちじゃ。私が見込んだだけのことはあるな。これであの時フローラと結婚してくれていればと思うが、それは言うまい」
「えっ!?」
思わず声を出してしまったポピーは、慌てて口に手を当てて、出てしまった声をなかったことにしようとした。ティミーは話をまともに聞いてもおらず、ただルドマンの屋敷の応接室を興味深そうに眺めている。リュカもビアンカもただ少し困ったように笑うだけだ。
「ともかく今日ほどうれしい日はないぞ! やあ、愉快愉快!」
そう言ってルドマンが手を差し出すと、リュカはその手を取り固く握手を交わした。以前にはこのサラボナの町が巨大な怪物に滅ぼされようとしていたところを救ったこともあった。リュカにとってこの町は良くも悪くも深い縁がある町であることは間違いのないことだった。
あまりゆっくりはしていられない事情を話した上で、リュカたちは応接間の席に着いた。メイドにより香りの良い茶が運ばれ、喉を潤しながらリュカは魔界という世界のことを話した。ルドマン自身、世界を相手に商売をするような大富豪だ。行ったことも、想像したこともないような魔界という世界の話を聞けば、その目はまるで冒険に憧れる少年のような輝きを見せていた。相応の年を重ね、本来であれば落ち着きを見せるはずのルドマンだが、その芯にあるのは常に先へ先へと進もうとする力だった。彼が商才を持ち、サラボナという一つの町の領主にもなっている事実は、代々の血筋のものもあるのだろうが、彼自身がどれだけ世のため人のための行動を取れるかという信条を抱いているからに違いない。そしてその信条を基にしているためだろうか、彼が人を見る目は鋭く、今も真っすぐにリュカの目を、ビアンカの目を、子供たちの目を順々に見つめている。嘘偽りないという気持ちを示すためにそうするのは、もはやルドマンにとっては普通の行動なのだった。そしてそれに応じる相手の目に、その人の真実を見極めようとすることもまた、彼にとってはごく普通の行動なのだ。
「リュカさんの息子さんが伝説の勇者だったなんて……。本当に驚いてしまいましたわ。きっとリュカさんとビアンカさんとは結ばれる運命でしたのね」
ルドマンの隣に座る夫人が、いかにも貴婦人を表すような穏やかな口調でそう感想を伝える。ルドマンという豪快な男に隠れてしまいがちな夫人だが、彼女もまた肝の座った女性であることはその物腰から感じられる。いくつもの突拍子もない行動を取ってきたであろうルドマンの隣で、彼女はずっと離れることなく支えてきたのだ。
話が魔界での冒険となると、ルドマンは興味深そうに表情豊かにリュカの話に聞き入ったが、夫人が長らく彼らをここに引き留めるわけには行かないと、しかし決して話に水を差さないような柔らかな仕草で夫をたしなめるように言葉を挟んだ。
「ぜひフローラとアンディにも会ってやってくださいまし。あなた方の帰りを待つ方々もいらっしゃるでしょうから、あまり時間を取らせたくはないのですが……」
「おお! そうだな。既に使いの者がフローラたちに君たちのことを知らせているだろう。じきにこちらへ来るものと思うが……」
「いえ、ぜひこちらから伺わせてください。お二人はあの丘の上の学び舎に……」
「いえ、二人は別荘におります。以前、ビアンカさんにも泊まっていただいたあの別荘ですわ」
夫人がそう言うなり、リュカとビアンカは再び緊張に身体がこわばるのを感じた。ルドマンのこの屋敷から南へ少し歩いたところに、彼の別荘がある。
ビアンカが以前にその別荘を使用したのは、あの花嫁選びの日の前日が初めてだった。緊張と、未来への虚無感に、一睡もできなかったのは誰にも言っていない。今も誰にも言う気はない。このまま年を取り、あの時が遠い過去になったようなおばあさんになった頃にもしかしたら話す気になるかもしれないなどと、今は無責任にそんなことを考えられるようにもなった。あの時はきっと、人生で最も自分のために泣いたのだろうと、当時の若さを今は懐かしむこともできる。
リュカの脳裏にはただただ月夜に美しく浮かび上がるようなビアンカの姿が思い出されていた。別荘の二階の窓から、ビアンカはリュカを見下ろしていた。夜の暗い中、彼女の姿がはっきりと見えるはずもないのに、リュカはその時の彼女の姿に神々しささえ感じていた。今に思い出されるそのような彼女の姿は、リュカが想像する彼女の像をも含んでいた。それが、当時の彼の視点だったのだ。人に惚れるというのは、そのような景色を生み出してしまうものということを、リュカは今も気づいていない。
リュカたちはここで待つのではなく、フローラとアンディの暮らす別荘へ行くことをルドマンに伝えた。待つのは性に合わないのだとビアンカが笑顔で言えば、ルドマンも夫人も笑って彼らを送り出してくれた。ルドマンの屋敷を出て、屋敷の大きな扉が閉められると、リュカもビアンカも同時に深く息をついた。ビアンカなどは暑くもないのにこめかみに滲んだ汗を指で拭っている。
「お父さん、ルドマンさんの別荘ってどこなの?」
大きな屋敷を今一度見上げながら、ティミーがそう言うと、リュカは朝の心地よい日に照らされて緑も輝く木々の向こうを指さした。水の流れる音も耳に涼しい。年中温暖なこのサラボナの町では緑は常に濃く強く豊かで、人々を潤す清かな水も町中に堂々と流れ、町の中心的存在となる大聖堂とも呼べる大きな教会前には人々の憩いの場となる噴水がある。国という形を成してはいないものの、町がこうも豊かに発展し、存続しているのは、豊かな自然の恵みと共に町の人々もまた豊かな心で暮らしているからなのだろう。
「別荘って、なんだかいいよね! 秘密基地みたいな感じがするよ」
ティミーはそれほど遠くはない場所に、木々の葉の隙間に見えるルドマンの別荘を目にし、無邪気にそんな感想を漏らす。その言葉に隣を歩いていたビアンカは思わず吹き出し、いかにも男の子が憧れそうな場所だと、息子の無邪気に救われたような笑顔でティミーの頭を一度撫でた。
「あの……ねえ、お父さん?」
ビアンカの後ろを歩くリュカに近づきながら、ポピーが小さな声で話しかける。彼女はどうやら父リュカだけに話をしたい素振りで声を低めていたが、少し前を歩くビアンカにも当然のようにその声は聞こえていた。
「前から聞きたかったんだけど……」
「うん?」
「お母さんってこの家に来るとすごく緊張するみたいなの。昔この家で何かあったの?」
少々早口にそう聞くポピーは、一気に言ってしまわないと言う意欲が挫けそうだというような雰囲気を醸していた。気になるけど聞いたら悪いかも、だけど聞いてみたい、でも……というような気持で、結局ポピーはリュカにそう聞いたのだった。彼女はこれまでにもこうした問いかけをリュカにしたことがあった。父リュカがもしかしたらフローラと結婚していたかもしれないということは一応知っている。しかし詳しい話などは一切聞いたことがない。ポピーが小さな声でリュカに話しかけるそのほんの少し前を歩くビアンカの両肩が僅かに上がり、彼女に緊張が走るのをリュカは見てしまった。
「う~ん、まあ、色々とね」
「色々って?」
「……どこから話したらいいんだろう」
「ねえ、リュカ」
ぱっと後ろを振り向いたビアンカとその呼びかけの声に、今度はリュカがびくりと両肩を上げた。彼女の顔つきは一つもぎこちないところなどなく、ただ穏やかでにこやかなものだ。ルドマンの屋敷のあの応接室にいる時の緊張感は既に彼女の身体を縛り付けてはいない。彼女は努めて、このサラボナの強い緑の景色に目を向け、その生き生きとした木々も草花も平和に守られたことに心を安らげているようだった。
当時のあの時、彼女はただ悲しみと辛さに涙していただけではない。その後には人生で最も最良の時間をこの町で過ごしたのだ。この町で、ビアンカはこの世の地獄と天国を一度に見たようだったと、胸の中でそう思っている。
「この町で結婚式をしたのが何だかついこの間のことみたい……」
子供たちが生まれて十年が経つ。このサラボナの町で結婚式を挙げたのはそれよりももっと前になる。しかし暖かで明るいこの町の景色があの頃とほとんど変わっていないようにも思えるのは、ビアンカだけではなくリュカも同じだった。町全体に仄かに香る花の匂いもまた、二人に当時のことを思い出させた。あれから十年以上が経っていることが信じられないのは、あの瞬間が彼らにとって初めて自身の想いを誰にはばかることなく、互いに示すことができた時だったからかも知れない。
「石になってた時間が長いからそう感じるのかしら?」
少しふざけたような調子でそういうビアンカに、リュカは困ったように笑う。
「ううん、そうじゃないわよね」
ビアンカは決してリュカを困らせたくてそんなことを言ったのではない。彼女としてはあの呪われた時間さえも今では笑い飛ばしてしまいたいと思っているのだ。それが皆のためでもあり、自分のためでもあるのだと、彼女は近づいてくるルドマンの別荘を眺めながら明るい笑みを浮かべている。
「ねえ、お父さん。お母さんと結婚してよかった?」
母の何かを感じ取っているのだろうかと思うような、ポピーの鋭い言葉がリュカに届く。一つの答え以外は許さないと言わんばかりの雰囲気がありありと漂っているのは違いないが、ポピーがリュカに求めているのはそれ以上のことだ。しかしポピー自身もそのことにはっきりとは気づいていない。ただ己の中にあるもやもやを言葉にしただけのことだ。
「もちろんだよ。僕にはビアンカしかいないよ」
リュカの本心の言葉に、ポピーはみるみる顔を明るくした。どうやら彼女の期待以上の言葉と態度が父から得られたようだった。リュカにはそのつもりもないのが本当のところだが、まるで口説き文句のようなその言葉に、ポピーだけではなくビアンカまで仄かに顔を赤らめている。
「私、お父さんもお母さんも大好きだから、二人が結婚して本当に良かった!」
「ボクも、ボクも! お父さんとお母さんじゃなきゃ、お父さんとお母さんじゃなかったよ! ……って、あれ? なんだかよくわからないね、これじゃあ」
「うふふ、言いたいことはよ~く分かるわ、ティミー。二人とも、ありがとうね」
「僕たちだって、二人が僕たちの子供で良かったって思ってるよ。本当にありがとう」
たまたま勇者という運命を授かってしまったティミーに、勇者を兄に持つこととなった妹のポピー。世界に平和が訪れた今は、彼らを強く縛り付けていた勇者という宿命は緩やかに解かれた。しかし彼らがリュカとビアンカの子供たちであることは、彼らがこの世に生を受けた時から、未来永劫変わることはない。ただ純粋に親子の関係に浸ることができるようになった今に、リュカもビアンカも改めて生きる幸せを感じていた。
揺るぎない幸せを感じていたはずの彼らだが、その思いはその時々に必然と多少なりとも揺れ動いてしまうのは仕方のないことだ。それが人間というものなのだろう。
ルドマンの別荘近く、手入れの行き届いた庭に咲く色とりどりの花々に囲まれて立つ、二人の姿があった。まだ朝の早い時間、清々しい空気に辺りは満ちている。一人は杖を手にしながらも、いくらか杖にも頼らずに歩く様子が窺える。その隣、腕に眠る赤ん坊を大事に抱える青髪の夫人が、朝早くにも関わらず別荘に向かって歩いてくる旅人の姿を目にして、ゆっくりと歩みを止めた。
別荘の周りに咲き乱れる色とりどりの花々の景色も相まって、朝の清々しい空気の中に見るアンディとフローラ夫妻の立つ姿はどこか幻想的にも見えた。声を出さずに、アンディはゆっくりと大きくリュカたちに手を振っている。恐らくフローラが胸に抱く赤ん坊が眠っているのだろう。朝の早い時間ということもあり、木々の間にささやかに鳴く鳥の声の静けさに、ティミーも自ずと声を抑えて「こんにちはー」と挨拶をする。
既にルドマンの屋敷から渡されていた使者にリュカたちの訪問を知っていたフローラとアンディは、別荘の中で待っていることもできずに、朝の散歩よろしく庭に出てリュカたちを待っていたのだった。フローラが抱く赤ん坊はつい先ほどまで目を覚ましていたらしいが、母の腕の温かさに安心したように眠ってしまったようだ。その眠っている赤子を覗き見るように顔を前に出すと、ビアンカはいかにも嬉しいというように頬を緩める。
「本当にありがとうございました。リュカさん、ビアンカさん、それにお二人のお子達」
何よりも先にフローラが心からそう御礼の言葉を述べるのは、ここサラボナもまた地上世界の危機に晒されていたからに他ならない。この町も例外ではなく、気性荒くした魔物たちの標的となり、暗黒を思わせる暗雲が空一面を覆う中で魔物に襲い掛かられようとしていた。実際に、町の自警団のみならず、町の男たちは手に武器を取り、町を守らんと魔物との戦いに出ていた。その中には戦いを支援する目的でフローラ自身も加わっていた。戦いの経験などないフローラは間もなく町へと戻らされることとなったが、この町の、この世界の平和を強く願う一人であることには違いなかった。
この町は一度、ただでさえ危機に見舞われたのだ。ルドマンの先祖の者が封じ込めていた怪物ブオーンが復活してしまい、もしあの大きな山のような怪物がサラボナの町に襲い掛かっていれば、今頃はこの美しいサラボナの町は今の姿を留めていなかったかも知れない。宿命はそこにもあったのだろうかと思わせるタイミングで、リュカたちはちょうどその時サラボナの町を訪れ、怪物ブオーンを倒すことに成功した。ルドマンは町の自警団の男たちを集め、怪物に立ち向かおうとしていたが、その必要もなくなった。が、その時の経験がこの度の危機に生きたのは間違いなかった。
町の長を務めるルドマンという人物は、ただ安穏と長という地位に胡坐をかいているような人物ではない。彼の目は常にサラボナという町、引いてはこの世界全体を眺めている。世界のためにもこのサラボナの町を守り切らなくてはならないという意思を強く持ち、その意は町の人々にも波及した。結局は一人一人が守るべきものを意識しなければ、守るものも守れない。
暗雲に覆われ、嘘のように暗い夜の闇が唐突に、光に晒されたのだと皆がそう思った。実際には、暗雲の向こうに隠されていた月が姿を現しただけの光だった。しかしそれでも夜の闇はこれほど明るかっただろうかと思うほどに、月の放つ光は目に眩しいほどだった。夜空には星々も煌めき、美しい夜空に目を向けるだけで、サラボナの町の者たちは皆、自身に一気に温かな血が通うような感覚に陥った。生きていること、これからも生き続けられるということに、引いていく魔物の群れの景色に未来を見出すことができたのだ。
そしてこの朝早くに、サラボナの町の遥か上空を、高らかな声を上げて飛行する竜神に気付いた者たちが町の中にちらほらといた。既に彼らは起き出し、世界に平和が訪れたのは本当のことなのだと確信した喜びと共に、今日これから町中でお祭り騒ぎを始める気を起こしている。元来、この温かな風土に生きるサラボナの町の人々の性格は明るい。お祭りの機会をいつでもどこかに探しているようなもので、世界が平和になったなどとなれば彼らは恐らく全力でお祭り騒ぎを決行するに違いない。つい昨日も、賑やかに騒いでいたにも関わらずだ。
そんな街の様子など感じられないような離れた場所に位置するルドマンの別荘では、ただ朝の静かな空気が漂い、そこでリュカは杖を片手に立つアンディと握手を交わした。フローラは胸に抱く赤ん坊を抱え直して手を差し出そうとするが、それをビアンカが抑えるように彼女の手に自身の手を当てた。
「うふふ、良く眠っているわね」
ごく小さな声で言うビアンカに、フローラもふわりと笑みを見せ、「ええ」と短く返事をする。別荘の中に入って茶でもと勧めるフローラだが、リュカが空を指さすと、それに合わせるように高らかに鳴く竜神の姿に彼女は驚きつつも、納得したように小さく頷いた。
「リュカさんたちを待つ方々がいらっしゃいますものね。早くお帰りにならなくては」
「わざわざこちらにも立ち寄っていただいてありがとうございます」
控えめな声で話してはいたものの、その小さな声にフローラの腕に眠っていた赤ん坊が僅かに身じろぎし、薄く目を開いた。起こされた赤ん坊は泣くものだろうと、リュカは微かに身を引いて身構えたが、赤ん坊はただぼんやりと虚空を見つめた後、間近に見えるフローラに視点が合うとにこにこと笑う。母の温かな体温にすっかり安心しているのだろう。ポピーはその姿を見ながら、「かわいい~」と同じようににこにこと見つめる。
「あなた方はやはりすごい人たちだったんですね」
アンディが杖にやや体重を乗せながら、リュカに明るくそう告げる。アンディが初めてリュカと出会ったのは、ルドマンの屋敷でフローラの花婿となる男を募っていた時のことだった。今から十年以上前になることだが、その時のことをアンディはつい先日のことのように思い出せる。あの時、彼は周りが何も見えていなかった。ただただフローラのために危険極まりない詩の火山へ赴くことにも躊躇をしなかった。あの頃は若かったと振り返ることができるようになった彼だが、例えば今同じ状況に陥ったとしたら恐らくあの時と同じことを繰り返すだろうと、普段は自身の中に眠っている本性を感じることができる。
アンディが今この場に立てているのは、死の火山で瀕死のところを目の前のリュカに助けられたからだ。運よく死の火山へ辿り着いたものの、アンディには洞窟を奥へと進むほどの力も運もなかった。結局、大火傷を負って倒れていたところを、リュカと彼の旅の仲間たちに救われたのだ。その時の後遺症として片足に今も不自由があるが、隣に愛するフローラがいることを思えば、今や杖を巧みに使うことができるようにもなった自身は幸せ者だと本心からそう思える。
「そんなすごい人と一時であれフローラのことで競い合ったなんて……。なんだかますます自分に自信が持てたような気がします」
目の前に立つリュカという男とかつて一人の女性を競い合ったことなど、今や信じられないおとぎ話のようなものだとも思えた。しかし現に世界は勇者を中心とした者たちの働きにより救われ、その勇者の父親となるのがこのリュカという男だった。それを考えても、やはりおとぎ話のようなものだと思える。彼は今も若々しく美しい妻ビアンカを隣に連れ、彼らには凛々しく聡明な二人の子供たちがおり、それもまた現実離れした感覚をアンディにもたらすが、彼らの会話を聞けばそれは至って人間味あふれるものなのだ。
「競い合った って……えっ、お父さん、フローラさんと結婚してたかも知れないの? 競い合ったってことは、お父さん、フローラさんと結婚したかったってこと? そうなの?」
アンディの素直な言葉を聞いたポピーが驚いたように目を見開き、後ろを振り返り父リュカを見上げる。その目を見て、まるで幼い頃のビアンカに睨まれているような圧迫感を覚えつつ、リュカは言葉も上手く継げなくなってしまった。
「えっ? いや、えっと、その……どうかなぁ」
状況によってはそうなってもおかしくはなかった当時のことを思い出し、リュカが素直にそう言うと、今度は異なる方向から圧迫の雰囲気を感じ、リュカはそろそろとそちらへと視線を向ける。案の定、ビアンカがどこか無表情な笑顔でリュカを見つめていた。
「どうかなぁってことは、やっぱりそういうことなのね、リュカ」
「えっ!? そういうことって、どういうこと?」
「こっちが聞いてるのよ」
「そうなの? ねえ、そうなの? お父さん、どういうこと?」
「ええ~……どういうことなのかなぁ、よく分からなくなってきたかも……」
「リュカのこういうところがねぇ……ちょっとねぇ……」
「どういうところが、“こういうところ”なのか教えてよ、ビアンカ」
「そういうことはちゃんと自分で考えた方がいいわ」
「なんだか、そうとかこうとかどうとか、ボク、全然わからないよ! 一体何の話をしてるの?」
「リュカさんがフローラと結婚していたかもしれないってことだよ、ティミーくん」
当時であれば絶対に口にしたくもなかったであろうその可能性を、今ではアンディも余裕を持って口にすることができる。それほどに仲睦まじくアンディとフローラは互いに寄り添いながら、十年以上の年月を夫婦として過ごしてきた。互いの愛情を深く確信しているからこそ、過去の話は全て笑いながら話せるようになったのだ。
「アンディ……あまりリュカさんたちを困らせないであげて」
この場で奇妙な雰囲気になってしまったことを明確に理解しているのは女性たちだけだった。ポピーは誰よりも大好きな父を、今はまともに見る気にはなれずにいる。ビアンカは見せる笑顔にどことなく憂いを見せている。フローラはもしかしたら伴侶となっていたかもしれないリュカとは、あの時から誰よりも親しい異性の友人として己の心の中にその存在を置いているが、その実当時ほのかな恋心を抱いたことを忘れてはいない。人の感情とは一言で言い表せるようなものではなく、本人にもはっきりとすべてを語ることなどできない。それを察して欲しいと無意識に願う三人の女性の心情など他所に、今が幸せなのだから何か困ることでもあるのだろうかと首を傾げるアンディに、当時のことをとやかく言われてもあの時よりももっと前からビアンカだけを見ていた気がするリュカと、自分の母親がフローラだったかも知れないのかぁなどと突拍子もないことを考えるティミーと、彼らは彼らでてんでばらばらのことを考えていた。
各々の思考が交錯する雰囲気を敏感に感じたのか、フローラの腕に抱かれる赤ん坊が泣き出してしまった。最も弱く、最も愛らしい存在が声を上げれば、この場にいる誰もがそこに集中する。最も小さな存在でありながら、最も人々をまとめる力があるのはもしかしたら赤ん坊なのかもしれない。
「まだ眠いのかも知れないわね」
「そうかも知れません。ちょっと寝かしつけてきますね」
そう言ってその場を離れようとするフローラの迷いない後姿に、ビアンカは彼女が堂々とした母親として生きているのだと感じた。たとえ血が繋がっていなくとも、フローラは腕に抱く子を己の子供として温かく抱いているのだ。そんな母の愛情を、ビアンカは己のこととして思い出し、ここからさほど離れていない故郷へと思いを馳せる。
「フローラさん、僕たちそろそろ……」
「あら、そうですか……。でもこうしてまたお会いできて本当に良かったです」
振り返るフローラに、リュカはごく自然と微笑みかけた。互いに愛する伴侶と結ばれ、これからは平和な世界の中でさらなる幸せを築いていけるだろうと、明るい未来が広がると思えば彼らの笑みにも全く翳りは見られない。
「どうかいつまでも仲良くお幸せに」
「フローラさんとアンディさんもお元気で」
「今度はゆっくりお茶でもしましょうね」
「またいつでもお越しください、皆さんで」
言葉を交わす中でも小さく泣き続ける赤ん坊を、ポピーとティミーがあやして泣き止ませようとしていた。弱くなった赤ん坊の泣き声に、その小さな命はただ眠い眠いと、赤ん坊の浅い眠りへと向かおうとしている。その小さく愛らしい姿に、ポピーは先ほどまでのことなどすっかり忘れたように、とろけるような笑みを浮かべている。
彼らの暮らす別荘から離れ、間もなくサラボナの町の中を流れる水路の上を渡ろうとする時に、ビアンカが独り言のように小さな声で言う。
「ねえ、リュカ?」
弱いビアンカの声に、不穏というよりは不安を感じたリュカは、隣を歩く妻の顔を覗き込むように見つめ、「どうしたの?」と声をかける。
「あの日、フローラさんじゃなくて私を選んだこと、後悔してない?」
「……まだそういうことを言うんだ」
リュカは半ば呆れるような調子で応えてしまう。溜息交じりにの反応を見せるリュカに、ビアンカは少しむきになるような態度で言ってしまう。
「だってフローラさん今でもすごく美人だしおしとやかだし……」
そう言うビアンカ自身が、フローラという女性に憧れているのかも知れないと、リュカはふと考える。確かにフローラはまさしく麗しい貴婦人という容姿をしており、その所作一つ一つにも育ちの良さから優雅な様子が見て取れる。いかにも女性が憧れる女性なのだろう。しかし女性の魅力というものは決してそんな一つの価値に凝縮されているわけではないだろう。現にリュカは、幼い頃からお転婆と言われていたビアンカを選んだのだ。一体どうして彼女を選んだのかは、リュカ自身にもはっきりとは説明できない。言葉では言い表せない、言い尽くせない感情がリュカの中に溢れ、それがただビアンカという一人の女性に向かっただけなのだ。
「ん? なんで黙ってるの?」
「え?」
黙っていたつもりなどなかったリュカだが、ただ考え事をしていただけで言葉を発しなかったら、結局黙っていたこととなってしまった。しかしどの言葉を彼女に発しても、言葉にした瞬間からそれは薄く軽いものになってしまいそうだと、リュカは困惑する。どのような言葉を口にしても、どれも完全には当てはまらないのだ。
故に、リュカは言葉ではなく態度で表すことにした。一度立ち止まり、口づけをする。ティミーとポピーが互いに顔を見合わせて、驚きの表情を露わにしている。ビアンカは一瞬身を固くし、すぐに離れたリュカに「もうっ!」と言って顔を真っ赤にしながらその胸を両手で押しのけた。
「ビアンカがそんなことを言うからだよ」
「……分かったわよ……もう、言わない……」
恥ずかしさに真っ赤になってしまった顔を誰にも見られたくないというように、両手で顔を覆うビアンカを、リュカはにこにこと見つめている。言葉では言い尽くせないというのはこういうことなのだと、リュカは今の彼女もまた好きなのだと、まるで恋人同士のようにその手を取って繋いだ。
サラボナの町の、当時から変わらない明るく華やかな雰囲気に、リュカもビアンカも自ずと当時の記憶がありありと脳裏に蘇る。身も心もあの頃のような初々しさを取り戻したようで、空に広がる青空を見渡せば、式を挙げて教会を出た後の光り輝く青空の景色を思い出す。世界は平和を迎えることができた。これからは人々が無暗に不安に苛まれることなく、存分に人々の幸せが続くのだと、リュカたちは皆、空に舞う竜神の姿を遠く見つめた。リュカたちに呼応するように、竜神が一声鳴けば、再びリュカたちは眩い光に包まれた。