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	<description>あなたの心に、ＤＱを。</description>
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		<title>子供の話に思うこと⑨「部活動」￼</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 May 2026 07:45:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[徒然]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[当方の息子もあっという間に成長し、今年度から中学生となりました。いつも生活の変化の時というのは、得も言われぬ緊張感があったりするものですが、中学生になって二カ月弱、息子も大分学 ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>当方の息子もあっという間に成長し、今年度から中学生となりました。いつも生活の変化の時というのは、得も言われぬ緊張感があったりするものですが、中学生になって二カ月弱、息子も大分学校生活に慣れてきたようです。とは言え、本当のところは本人にしか分からない感覚なのでしょうが。私ができることは、なるべく彼の話を丁寧に聞くことだけです。</p>
<p>さて、中学校では小学校にはなかった部活動があります。私自身、もう三十年以上前になってしまいますが、中学校三年間は部活動に所属していました。その頃の部活動と今ではいろいろと事情が異なる部分もあるのでしょうが、基本的には部活動の在り方は変わっていないのかなと、先日中学校に見学に行った際にはそう感じました。</p>
<p>部活動の顧問は学校の先生が担ってくれています。私が学生だった頃は何ら不思議に思わなかったことなのですが、大人になって改めて考えると、当時も今も、先生方はとてもご苦労をされているのだなと思います。一つのクラスの担任となり、教科を担当していろいろなクラスを担当し、尚且つ課外活動にもその時間を費やすと……。普通のサラリーマン的な考え方から見れば、なんて身を粉にして働いているのだ……！と思ってしまうような働きぶりにも思えます。</p>
<p>最近では、学校の先生の負担を減らすためにと、学校改革的なことが叫ばれるようになったような気がしますが、その一つとしてこの部活動にも言及されることが多いように感じます。もう十年以上も前になりますが、私の学生の頃の同級生でも一人、高校教師を勤めていた人がおり、部活動の顧問も担っていました。大変な話も聞く一方で、彼女の言葉にはやりがいも感じられたように思います。というのも、その言葉には間違いなく先生としての生徒への愛情があったように感じたからです。親が子の世話を焼くのと大差なく、先生が生徒の面倒を見るという間柄があったのでしょう。</p>
<p>何においても、物事には善し悪しがあるものです。ある物事は、片側から見れば光が当たっているかも知れないけど、その反対側から見れば陰となっている。それ故に、何か物事に当たる時に、片側だけを見つめるのは危険なことと思います。物事の真の姿に相対していないことと同義であって、それは結局歪（いびつ）なのではと思います。しかし最近の傾向として、誰もが“簡単なこと”を求めて、どちらか一方しか見ない傾向があるのではないかと、そのような空気を感じます。</p>
<p>学校の部活動においても、良い面、悪い面、双方をしっかりと考えて、基本は現状を維持することを念頭に置きながら、変えられるところは適宜変えていく、という方法を取るのが最善かと私は個人的に思っています。一気に改革的に変更するというのは、それこそ制度も追いつかないでしょうし、変化に対応する人材を育てるのにもそれ相応の時間がかかるものでしょう。変化にリスクはつきものだから仕方がない、とばっさりと切り捨てるようなやり方を私は良いとは思いません。それこそしっかりと考えていない証拠なのでは、と思ってしまう……。物事を進めるにはじっくりと丁寧に考えて、慎重に進めることが基本的には優先されるべきなのではないかと思います。</p>
<p>学校で部活動を行う意義について改めて私なりに考えてみると、学校の先生側からの視点として、授業以外での生徒の活動及び行動を見ることができるのは、先生としても生徒としても良い面が大きいのではと考えます。授業では、こう言っては何ですが、ぱっとしない生徒も、部活動では生き生きと活動していることも少なくないのではないでしょうか。生徒のことを多角的に見られる機会が部活動にあるというのは、先生にとっても生徒にとってもプラスに働いているのではと思います。</p>
<p>これを外注とすると、ただの外でのクラブ活動となり、先生と生徒と学校の一体感は失われるでしょう。確かに、学校側の負担は減るのかも知れません。しかしクラブ活動で生徒が放課後に外へ行くとなれば、その間先生と生徒は完全に別行動となり、互いの無意識での連帯感も失われるのかなと想像します。私としては、そこに見えてしまう互いの冷徹さがちょっと不安だなとは思ってしまうのです。考え方が古い、ですかね……。</p>
<p>学校で部活動をすれば、当然、学校内を移動したり、校庭を使ったりと、学校の中の設備を使うことになります。そして活動を終える時、生徒は後片付けも含めてすべて自分たちで責任を負うことになるでしょう。（今は違うのかしら？）　運動部であれば、活動の終わりに校庭全体にトンボがけをしますよね。私自身、中学校三年間を運動部で過ごしましたが、夕焼けの中で、あるいはナイターが点いている中でみんなでトンボがけをしたのをよく覚えています。中学校の時の思い出がほとんど思い出せないくらいに遠い過去になってしまった今でも、部活動の思い出は不思議と思い出せるのだから、それほど強烈な活動だったのだろうと思います。</p>
<p>後片づけなども含めて、学校で行われることで学校への愛着が増すものと思われます。小さな事かも知れませんが、それらも含めてすべてが“部活動”なのだと思っています。そう考えると、やはり部活動というものが、学校教育の一部なのかなと思ってしまうんですよね。決して学校と切り離して考えられるものではないのかなと。これはあくまでも、私個人の考えですが。</p>
<p>学校の外で部活動、となると、移動時間があるということ、ですよね。活動する場所にもよるのでしょうが、移動時間が発生するとそこでの責任の所在や時間の無駄などの問題も発生するのではと思います。それと、学校での活動ではなくなるということは、学校対抗試合、みたいなこともできなくなってくるのかなと思ってしまうのですが、それは違うのでしょうかね。とにかく今までの制度を変えていくということは、一方で今までのものを壊していくということになるので、挙げられる問題に一つ一つ慎重に当たって、無暗に急がないで欲しいなぁと思うのが正直なところです。</p>
<p>それと、感覚的にですが、外部クラブとなると、なんとなーくさぼりやすそうですよね。そんなこともないのかな？あくまでも私個人の印象です。</p>
<p>私が思う部活動の醍醐味は、各教科では味わえない、ある目標に向かって年単位で技術を磨ける、という貴重な体験というところです。もちろん、学生は勉学に励んでほしいというのは基本にあるとして、人間の活動は勉学だけではないのが本当のところで、寧ろこのような活動の方が人間力を育てるのに大きな役割を果たしているものと感覚的に思っています。勉強ができることだけで評価されてはたまったものではない、という生徒も少なからずいるのは昔から変わらないでしょう。ある目標に向かって、年単位で技術を磨いていく経験は、確実に社会に出てからも役立つ強さであるし、自信にもなります。</p>
<p>よくあるでしょう、ある程度年を重ねた人が、若い頃の自慢話をすることが。聞いている側としては……まあ、色々と思うところはあるのかも知れませんが、当人からすればそれは確実に当人の自信となり誇りとなり、その人という人間を作り上げている一部となっているのは間違いないところです。自信を持つというのは、生きる上でとても大事なことだと思います。何の根拠もない自信は困ったものですが、確かに築いた経験の元に出来上がった自信は、人生の糧となります。何事も、ちりつも、です。塵も積もれば山となる。若い頃は特に、山を目指して塵を積んでいけばいいと思っています。</p>
<p>勉学ももちろん、ちりつも、なのですが、勉学においてはある程度先のゴールが見えていたりしますよね。一つは、受験、かと思います。今時は、私が受験生だった頃とは様相が変わっているようで、私自身これからその辺りを色々と調べないといけないところなのでしょうが、中学校で教わる範囲、高校で教わる範囲には一応の限りがあると思います。しかし、部活動においてはその際限がない。それこそ自分の納得がいくまで、その技術を磨き続けることができます。で、私としては、どこで納得するんだろう、という疑問が沸いてしまいます。取り組む物事にもよるでしょうが、学校での勉学とは異なり、部活動で技術を磨こうとすれば、どこまでも果て無く続けることができる。これが楽しい……！……と思う私は、やはり古い人間なのでしょうか……？まあ、もう十年以上（二十年くらい？）に渡ってこうしてドラクエのお話を書き続けているような変わった人間なので、あまり私の言うことなど参考にはならないのか知れません（泣）</p>
<p>そのような体験を、学校という世界の中で得ることによって、一つの大きな果実となっていくのではと、そう思います。学校の先生の働き方改革という点において、私は決して反対する立場ではありませんが、あくまでも未来を担う生徒たちのことを第一に考える方法を模索できればと思っています。そのために何が必要なのか、一つは教員の数を増やすことが必要ならば国がそのような政策を打ち出すこと、一つはお給料を上げること、一つは保護者である私たちが先生という立場に尊厳を持つこと、それに相応する形で、先生方も堂々と胸を張れるような先生として意識を持つこと、などなど。何か一つを表面的に行ったからと言って、解決するようなことではないでしょう。すべては有機的に繋がっていて、問題として挙げられるものに対して全て一つ一つ丁寧に見ていく必要があることと思います。今時はAIの存在も無視できず、対応することは多岐にわたるものと思われます。</p>
<p>少子化という問題も大きいですね。生徒の数が減ってしまって活動ができなくなってしまうというのは、とても不本意なこと。その辺りの手当てもしていかなければいけないとなると、待ったなしの現象です。手遅れ、とは思いたくない。</p>
<p>問題の根源は、個人的な思いですが、「人の尊厳を踏みにじらないこと」、「お互い様」、という意識なのかなと思います。誰かが悪い、何かが悪い、とあっさりと薄っぺらにいろいろなことを断罪するのではなく、“何が大事なのか”を基本に考えることができれば、もっと上手く物事は収められるのではないかと、これからの子供の中学校生活にも期待していきたいと思います。</p>
<p>何せ親としては、子供が元気に朗らかに過ごしてくれていれば、それに越したことはありません。ただ、それだけです。</p>
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		<title>本編を更新しました。「どんな偉業よりも」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 May 2026 01:22:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[日記]]></category>
		<category><![CDATA[更新]]></category>
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					<description><![CDATA[五月に入ってもう半ばを過ぎましたが、暑い日が続いていますね。しかしまだ肌寒い日もあるようで、皆さまもうっかり風邪などひかないようお気を付けください。 さて、本編を更新しました。 ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>五月に入ってもう半ばを過ぎましたが、暑い日が続いていますね。しかしまだ肌寒い日もあるようで、皆さまもうっかり風邪などひかないようお気を付けください。<br />
さて、本編を更新しました。</p>
<p><a href="https://like-a-wind.com/text46-6/" data-type="post" data-id="4679" data-rich-text-format-boundary="true">どんな偉業よりも</a><br />
エンディングのお話になっていますが、ちょっとゲーム本編とは様子が異なるところもあるかと思います……。本当だったらここでビアンカと両親は……ということが分かるところなのですが、私のお話では既に互いに分かっちゃっていることになってしまっているので、その流れでお話を作らせてもらっています。すみません。<br />
次はいよいよ、というところです。もしかしたら２話に分かれてしまうかも、というほどのボリュームになりそうです。なんせ、登場人物に登場魔物が多い。書ききれるかどうか……不安しかありませんが、楽しんで書いていければと思います。</p>
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		<title>どんな偉業よりも</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 May 2026 01:09:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[DQ5（長編）]]></category>
		<category><![CDATA[青年時代（６）]]></category>
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					<description><![CDATA[「グランバニアに急がないとね。もう寄り道はしていられないでしょう」 竜神の背に乗り、遥か上空からまるで世界地図を覗き込むような景色を見下ろし、ビアンカが言う。リュカたちが魔界か ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「グランバニアに急がないとね。もう寄り道はしていられないでしょう」<br />
竜神の背に乗り、遥か上空からまるで世界地図を覗き込むような景色を見下ろし、ビアンカが言う。リュカたちが魔界からこの地上世界へと戻り、どれほどの時間が経っているのかは分からない。ただ巡る思い出の地の様子を見れば、まだ一日か二日と言ったところだろうとリュカには思えた。<br />
竜神はリュカたちに何も告げないまま、世界地図の上を南下していく。一体竜神がどこへ向かっているのか、リュカたちに知らされることはない。そろそろ大陸南部に位置する死の火山と呼ばれる大きな山の景色が見えるはずだ。神と呼ばれるマスタードラゴンだが、その性格はどうやら長年人間の姿で過ごしていたからか、人間よりも人間らしいところがあるとリュカは見ている。リュカが人間らしいとマスタードラゴンに感じるのは、そこに情というものを感じるからだ。<br />
大陸を抜け、海に出る。そのまま南下を続け、大陸とは呼べないが、岩山に周りを囲まれた大きな島が見える。遠くからでも分かる、その島の中ほどに立つ異様な塔には、この竜神の魂とも呼べるドラゴンオーブが安置されていた。そこでリュカたちはプサンという一人の頼りないように見える人間を、竜神の姿に戻すためのドラゴンオーブを見つけ出し、今はこうして竜神の背に乗せられ世界を巡ることもできるようになった。<br />
「あの塔で、竜神の力を取り戻したのでしたね」<br />
ピエールの声には、どこか聞かせようとするような響きがあった。今、彼らはその竜神の背に乗っている。竜神は反応を見せないが、ピエールの声が聞こえていないわけはなかった。耳で聞くというのではなく、背に乗せている者の心の声にまで、竜神はそれこそ耳を傾けているに違いない。<br />
「神様の塔に魔物がうじゃうじゃいるんだもんな、まいっちまうよ」<br />
「がうう」<br />
ピエールもアンクルもプックルも、共にこのボブルの塔での戦いに加わっていた仲間たちだ。そして彼らは言葉にしないが、当然のようにリュカの仇敵であったあの者の姿も、ありありと思い出している。この塔の地下、リュカの憎悪そのものであったかのようなゲマが待ち構えていた。しかし誰もその記憶をここで見せることはない。<br />
「私がのんきに石になっている間に、みんなとっても苦労したのね」<br />
「お母さんは別にのんきに石になっていたわけじゃないでしょ？」<br />
「そうだよ！　お母さんだってずっと一人で……早く助けに行けなくってごめんね、お母さん」<br />
「何を言ってるのよ。私ほど幸せな母親もいないわよ。こうして可愛い子供と一緒にいられるんだからね」<br />
そう言ってビアンカはティミーとポピーを両脇に抱きしめるように引き寄せる。彼女の口から出る言葉は、彼女の嘘偽りない本心だ。もちろん、彼女は己の人生の全てを幸せだと言っているのではない。しかし今こうして子供たちと一緒にいられることへの幸せを思えば、過去も含めて幸せの中に包み込めると、そのような思いをリュカは妻から感じることができた。<br />
それはリュカも似たようなものだと感じている。彼自身もまた、人生の中で様々な出来事があった。決して平坦な道などではなく、寧ろ起伏激しい人生だったのかも知れない。それでもこうして今は皆と共に笑うことができるのは、妻と同じく、今の幸せの中に過去の己の人生を柔らかく包み込むことができるからに違いない。人間の記憶というのは、決してすっかり消えるわけではないが、徐々に薄れゆくものだ。それが恐らく、人間という生き物を支えている部分もあるのだろう。覚えていたいことも薄れゆくが、覚えていたくはないものも薄れゆく。後者に救われる部分が大きいに違いないと、リュカは自身の経験にそう思わざるを得ない。<br />
リュカは黙ったまま、座る竜神の背についている手に己の意思がこもるのを感じていた。妻ビアンカは今が幸せだと言い、子供たちと今の幸せを噛みしめるようににこやかに話をしている。しかし先ほどまでサラボナの町を巡る前、妻が見せていた表情をリュカは覚えている。彼女の目には確かに、山奥に小さく見える一つの村の景色があったはずだ。温泉が有名で、遠くからも湯治に訪れる観光客もいたという。世界が平和になり、これから再びあの村には当時を目的に観光客が訪れるようになるのかも知れない。<br />
竜神は急激に方向を変え、その背に乗る者たちが一斉に体勢を崩した。まるでサラボナの町に忘れ物でもしてきたのかと思わせるような動きで、竜神は凄まじい速さで一路北へと向かう。神のゴカゴか何かは知らないが、過ぎゆく景色が目にもとまらぬ速さに過ぎ去っていっても、リュカたちが体に感じる負荷はさほどない。ただ、急旋回する際に、その視界の急激な変わりように竜神の背から皆が落ちそうになっただけだ。ポピーが気絶しそうになるのを、ティミーが呼びかけてどうにか支えていた。<br />
再び死の火山を通り越して、やはりサラボナの町に戻るのかと思ったが、あっさりと通り過ぎた。凄まじい速さのために一体何が起こっているのかもわからないほどだと、誰もが口にするべき言葉もなく、ただ息を呑むばかりだ。流れる景色が和らいだ時に見えたのは、円い口を開けているようにも見える、大きな湖だった。その湖には絶えず滝から夥しいほどの水が流れ落ちている。遥か上空から見る滝の洞窟の景色に、リュカとビアンカは互いに目を見合わせることなく、ただその水の絶えない美しい地上世界の景色をじっと見入った。<br />
かつて水のリングを探す旅に、ビアンカは無理を言って付いていった。そうと決めた時は、ただ幼い頃の知り合いであり、ずっとその身を案じていたリュカと再び旅に出られることが嬉しいと、その思いが胸に沸くだけだった。しかし結局のところ、幼い頃の少し頼りないと思っていた年下の少年が、すっかり頼れる青年に成長していたことに、ビアンカは彼の姉として対応し切れなかったのだ。下に見える滝の洞窟の景色に、芽生えてしまったその想いをひた隠しにしていた当時の胸の苦しさを思い、ビアンカは思わず地上世界を美しく彩る滝の景色から視線を逸らした。<br />
一方でリュカはただじっと滝の洞窟の景色を見続けている。あの場所で自分は初めて、恋を知った。まさか自身がそのような感情を知ることになるとは考えたこともなかった。友人であるヘンリーとマリアが結婚し、彼らの幸せな様子を目にした後であっても、自身にそのような出来事があるとは微塵も想像していなかった。旅を続ける自身には、そのようなものは不要だと、そう思っていたのだろう。<br />
必要か不要か、そのような理屈を超えたところに恋があった。これからも続く過酷な旅を思えば不要だと思える恋も、その理屈を軽く飛び越えてリュカの目はビアンカを知らず見つめてしまっていた。無意識だったのだからどうしようもない。天空の盾を家宝に持つルドマン家の娘フローラとの結婚という道が前に伸びているのが分かっていても、リュカの心は幼馴染の娘へと向かっていた。<br />
竜神はそこでも再び急旋回をし、その背に乗る者たちはまた悲鳴を上げた。滝の洞窟の景色を上から眺め、束の間追憶に耽っていたのは二人だけだった。揺れに思わず身を寄せ合った二人は、十余年の月日を遡ったかのように熱のこもる視線を絡ませ、照れたように互いに視線を逸らして小さく笑った。<br />
「も～～～、イヤッ！　どうしてこんなに危ない飛び方をするの！？」<br />
「がうっ！　がうっ！」<br />
「マスタードラゴンの背にプックルの爪がかなり深く……痛くないのでしょうか？」<br />
「蚊に刺されたくらいのもんじゃねえの？　ヘーキだろ」<br />
「え～、じゃあかゆくなっちゃうよ。マスタードラゴンくらい大きいと、天空の剣で掻いてあげるくらいがいいのかなぁ？」<br />
そう言いながら背から剣を引き抜こうとするティミーを、ピエールが冷静に止めていた。うっかり勇者が竜神をこの場で倒してしまったら大変だと、勇者ティミーの計り知れない可能性にピエールのみならず皆がひっそりと冷や汗をかいていた。<br />
竜神は背に踏ん張るプックルの爪に痛さを感じることもなく、急旋回した後に再び南へと向かっている。来た道を引き返すような竜神の行動に、リュカは竜神がもう一か所、大事な場所へ立ち寄ることを決めたのだと感じた。サラボナの町に寄って、そのままグランバニアに向かうわけにはいかないと、そう思っていたのはビアンカではなくリュカだ。それというのも、彼女が故郷の山奥の村の景色を静かに見つめていたからだ。故郷の村に住む父ダンカンに会いたくないわけがないだろうと、リュカは内海を超えたところに見える山々の景色に向かって指差し、ビアンカに微笑む。<br />
「ちゃんと無事に帰ってきましたって、挨拶しないといけないね」<br />
リュカの言葉に、ビアンカは一瞬目を見張るも、すぐに微笑みを返す。<br />
「ありがとう、リュカ」<br />
竜神は確かに、リュカの意思をその巨大な竜の身体に受け、まるで情ある一人の人間のように感じていた。竜神は人間が好きなのだ。その理由の一つとして、人間の親子愛があった。特に親から子へ贈る無償の愛という、感情の上に存在するような感情、感情の中に内包されるような感情に、竜神は甚く感動するのだった。<br />
山々の中にぽつんと見える人々の集落の真上で、竜神はあろうことか宙返りをした。険しい山々の中に、巨大な身体を持つ竜神は降り立つことができない。宙返りと共に、リュカたちの視界はその通りぐるりと回り、皆が目を回すことから逃れるように、宙に放り出される恐怖から逃れるように瞬きをしたその時に、竜神の背から彼らの姿は消えていた。</p>
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<p>「……どうしてこんなところに……」<br />
リュカたちが降り立ったのは、どういうわけか山奥の村の中ではなく、ただの山の中だった。村にある温泉の独特の臭いは漂っているものの、少し山の中を歩かなければ村に辿り着かない。<br />
「あら、転ばないだけいいじゃないの」<br />
「どういうこと？」<br />
「リュカがここに来るときに、上手く着いたことがあったかしら？」<br />
「…………」<br />
ビアンカの言う通り、リュカはこの山奥の村に向かって移動呪文ルーラを唱えると、必ず何かしらの事故を起こしていた。着地に失敗することがほとんどだが、それというのもリュカの頭の中で山奥の村に対する想像が安定しないためだった。ビアンカをこの山奥の村から、彼女の父ダンカンから引き離してしまったという後ろめたさからか、彼女の故郷に向かってルーラを唱える時は必ずリュカの心は乱れてしまうのだ。<br />
「でも今はマスタードラゴンが私たちをここへ連れてきてくれているのよね？」<br />
「マスタードラゴンでも上手く行かないことがあるんだね！」<br />
そう言いながら皆が見上げる空には、竜神がどこか細い声を上げながらゆるやかに旋回している姿が見える。その声はもしかしたらリュカに謝っているのかもしれないと思うと、リュカは気が抜けたように小さく息を吐いて、笑うしかなかった。<br />
「世界が平和になったとは言え、やはり魔物はいるのですね」<br />
「がうがう」<br />
「平和になったと同時に魔物が消えるんだったら、オレたちはとっくに消えてるだろうからなぁ」<br />
ピエールたちの言葉の先、山道の脇に、この山に棲む魔物の影が見えている。木の陰に隠れるようなその控えめな動きに、リュカは魔物をじっと見つめる。青と赤の、形こそ同じだが色違いの魔物が二体、木の幹の陰からふわふわと姿を現し、同じようにリュカを興味深そうにじっと見つめ返している。<br />
「仲良しさんなのかしら？」<br />
「手を繋いでるみたい」<br />
「手……なのかな。ちょっと違う気がするけど」<br />
ティミーがそう言うのは、ホイミスライムとベホマスライムが互いの触手をまるで手を取り合うように繋いで空中にふよふよと浮いていたからだ。魔界の力が強まり、地上世界にもその力が波及していた時、地上に棲む魔物らは一様に狂暴化していた。しかし魔界の大魔王と名乗るものが倒れ、この世界はそれだけで一変してしまった。暗闇に包まれかけていた世界が再び晴れ渡り、人間たちは喜びと安堵に落ち着いたが、魔物たちとしては戸惑いの方が大きかったに違いない。<br />
「怖くないよ。おいで」<br />
リュカが呼びかけると、ホイミスライムとベホマスライムは互いに目を見合わせ、どうしようどうしようと逡巡する。恐らく彼らもまた、大魔王の力が及んでいた中で魔物としての凶暴性を増し、この先に見えている山奥の村を襲う気でいたのだろう。その凶暴性が萎むように消えていくに連れ、寧ろ人間に対する恐怖が大きくなっていったのだろうかと、リュカはただ二体の魔物が近づいてくるのを待っている。<br />
近くで何かを打つような鋭い音が聞こえた。その音に、青と赤の魔物は二体揃ってびくつき、あたふたと周りを見回す。続いて姿を現したのは、手に鞭を持つ魔物使いで、どうやら見失っていたこの青と赤の二体を見つけるために山の中を彷徨っていたようだった。ホイミスライムとベホマスライムを見つけた瞬間の魔物使いの表情を、リュカは見ていた。手に鞭を持っているものの、その表情に奴隷を酷使するような威圧感は感じられなかった。ただ、今までずっと魔物として手に鞭を持ち、それを使って他の魔物と接していたために、鞭を手から離すこともできなくなってしまったのだろう。<br />
リュカたち人間と魔物の一行を見るなり、魔物使いは思わず小さく悲鳴を上げた。リュカとしては過去に嫌というほど鞭で叩かれた経験があるために、鞭を振るう魔物の姿を見るだけで、どうしようもない忌避感を抱いてしまうが、その苦しい感情を一度ぐっと腹の中に押し込める。<br />
「本当は、仲良くしたいんだろう？　それならもう、武器は収めるのがいいよ」<br />
そう言うリュカの腰には、父パパスの剣が鞘に収められ、ティミーの天空の剣もまた背中の鞘に収められている。リュカの心の根底には、決して戦いたくはないという思いが当然のようにある。戦わずして済ませられるのならそれに越したことはないというのは、生きるものであれば誰しも抱く本能に違いない。誰しもが傷つきたくはないし、ましてや意味もなく命を落としたくはない。戦うことなしに心を通じ合わせることができるのは、人間同士に限らず、人間と魔物の間にも起こることと言うのは、リュカ自身の旅の中に証明している。<br />
まだ朝の早い時間の、澄んだ山の空気の中で、東から登った太陽の光が山々を照らしている。リュカは魔界という世界に一度足を踏み入れ、あの暗黒の景色を知っているために、この地上世界の日に照らされる景色の清々しさをその身により多く感じることができる。地上世界に棲む魔物の気性をも鎮めるこの陽光の力の下で、今リュカたちの目の前にいる魔物らは明らかにその表情にこれまでにないような柔和さを浮かべている。<br />
「……武器を収めたことがないのではないでしょうか」<br />
ピエールの言葉に、リュカは新たなことに気付かされた。地上世界でも常に外に生きる魔物は、いつでも武器となるものをすぐに使えるよう手に持っているものなのかも知れない。生きている中で武器を手放す瞬間がないということは、果たしていつ生きた心地がするものなのだろうかと、リュカは鞭を持つ魔物使いに対して思わず憐みの表情を見せる。<br />
「もう僕たちは戦わなくていいんだ」<br />
「…………どうしたらいい、これから……」<br />
人間の言葉を普通に話す魔物使いを、ティミーとポピーは驚きの眼差しで見つめる。二人の表情には嬉しさの笑みが浮かび、話ができる魔物であることに期待を膨らませる。<br />
「お父さん！　お話ができるんだわ！」<br />
「ねえ、ボクたちの仲間になってもらおうよ！」<br />
子供たちのはしゃぐ様子に、目の前の魔物使いだけではなく、ホイミスライムにベホマスライムも驚き戸惑っている。突然現れた人間と魔物の一行に、武器を収めろと言われ、仲間になれと言われれば、戸惑いを見せるのは当然のことだろう。子供たちの好奇心溢れる提案に、リュカはゆっくりと首を横に振った。<br />
「僕は世界中にいる魔物たちをみんな仲間にしたいわけじゃないよ。それにここで出会ったばかりで、いきなりここから遠いグランバニアに連れて行くのはちょっと無理があるんじゃないかなぁ」<br />
「鞭のしまい方が分からないなら私が教えてあげるわ。簡単よ。丸めてベルトに収めればいいんだから」<br />
そう言うなりビアンカは魔物使いにすたすたと歩み寄り、有無も言わせずにさっさと鞭をしまい込んでしまった。普段は武器に鞭を手に取らないビアンカだが、リュカは幼い頃に彼女が母親の茨の鞭をこっそり身に帯びて夜の幽霊城を探検したことを覚えている。彼女は彼女で、幼い頃に母親が身に着ける鞭の在り方を勝手に学んでいたのだろう。好奇心旺盛で勝気なビアンカならば、それくらいのことはしていたに違いないとリュカは確信する。<br />
すると、たったそれだけのことで、ホイミスライムとベホマスライムのそれまでどこか緊張した表情が和らぐのをリュカは見た。似た者同士の二体はただ、魔物使いがこれまで使っていた鞭に怯えていたのだと、リュカはまるで自分のことのように分かったような気がした。武器を収めるということは、敵意をしまい込むということだ。それだけで修復したり、進展したりする関係性というものがあるのだと、リュカは魔物同士の歩み寄る姿を見ながら思わず笑顔を見せる。<br />
ただ、関係の修復にはあともう一歩、必要なことがあるとリュカは言い添える。<br />
「悪いことをしたのなら、ちゃんと謝るんだよ。それで仲直りできるんだ」<br />
まるで子供に言う言葉だと、リュカの言葉に誰もが思う。しかし誰かとの関係性を考えれば、これが最も重要なことであることに誰も反論することはできない。何故それが最も重要なことなのか。結局は互いの心のやり取りに尽きるからだ。しかし互いの心を覗き見ることはできない。それならば、心を行動で示すしかない。<br />
魔物使いは急に手持ち無沙汰になってしまった両手をどうしたらよいかわからない様子で前に組み合わせもじもじしていたが、空に昇る日の下では己の行動も表情も隠すことができないと、半ば諦めたような様子で二体のふよふよと浮く魔物を見る。<br />
「……今まで、悪かったよ……もう、お前たちをぶったりしないよ……」<br />
魔物使いは言葉にしてみて初めて、これが己の本心だったのだと気づいたように、驚きの表情を見せていた。ホイミスライムもベホマスライムも、魔物使いの発する言葉自体を理解したかどうかは分からない。しかしその声の調子に態度に、相手の意を感じたことは確かだろう。その証拠に二体はそろそろと魔物使いの方へと近づいて行っている。<br />
仲直りをした魔物たちは、そこで一気に心が解けたようで、リュカたちにも気軽に声をかけてきた。リュカたちと行動を共にする魔物の仲間に素直に興味を示し、主にピエールに色々を話しかけ始める。<br />
「リュカ殿、我々はここらでお待ちしていますよ」<br />
「どうせ人間の村には入れねぇからな」<br />
「がう～」<br />
魔物同士で積もる話があると言わんばかりに、魔物使いもホイミスライムもベホマスライムもピエールに同意するような視線をリュカたちに向けている。邪魔をするつもりもないリュカはピエールの言葉通り、家族だけで山奥の村へと向かうこととした。魔物使いは改めてリュカたちにもさっぱりとした礼を述べると、そのままピエールたちと輪になり、腰を据えて会話を始めたようだった。<br />
彼らはこの土地に棲み、これからもこの土地で過ごすことが心地よいのだろう。もちろん、山の中で人間と遭遇すれば、それは避けようもなく敵対するものなのだろうが、彼らはもう無暗に人間を襲うことなく戦いを回避するに違いない。そもそも誰もが、戦いたいなどと思っていないのだ。<br />
「本当に世界が変わったのね……」<br />
「うん、そうだね。……ただ、平和になったって言っても、色々と大変なことはあるんだと思うよ、これからも」<br />
いくら竜神の背に乗って世界を巡ることができると言っても、リュカたちが実際に目にする世界というのはほんの一部に過ぎない。魔界の大魔王が倒され、世界が平和になったと一口に言っても、それがどのようなことなのかを一言で表すことなどできないのが現実だ。すべてが丸く収まり、めでたしめでたしということで世界は終わるわけではない。これからも続いていく世界にどのようなことが起こるのかは神の手にも負えないことだろう。もし悪しき者が滅び、めでたしめでたしで終わる世界であれば、遥か昔に存在した勇者が悪を滅ぼした時から今もこれからも、平和な世の中が続いていたはずなのだ。<br />
「でもさ、あの魔物たちが仲良くなれて良かったよね！」<br />
「私たちみたいに、魔物と人間も仲良くなれるんだもの。魔物さん同士が仲良くなれないはずがないよ！」<br />
子供たちの未来を示す言葉は力強く明るい。その雰囲気に、沈みかけるリュカの心は上へと持ち上げられる。親として子供を支える以上に、自分は子供たちの存在に支えられているのだと感じれば、リュカの顔にも笑みが浮かぶ。<br />
「さあて、リュカの緊張もほぐれたところで、私の実家に行きましょう！　すぐそこよ！」<br />
ビアンカはついつい悪戯心を覗かせてそう口にしてしまうが、リュカはそれを真に受けるように一瞬にして緊張した面持ちを取り戻してしまった。一体これまで何度、妻ビアンカを危険な目に合わせたかを考えると、義父であるダンカンにどのような顔をすれば良いのか、相も変わらず分からなくなってしまう。<br />
「やあねぇ、リュカ。そんな顔しないで、笑って、笑って！」<br />
「が、頑張るよ……」<br />
父ダンカンがリュカに怒ることなど絶対にないと分かっているから、ビアンカはついリュカをからかってしまうのだった。しかしそのようには思えないリュカはどうしても拭いきれない罪の意識からか、意識せずともこの山奥の村を前にすると緊張に身体を硬くしてしまう。父のそんな胸中を知ってか知らずか、ティミーとポピーは両側からリュカの手を引いて、元気に山奥の村に暮らす祖父に会いに歩き向かっていった。</p>
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<p>村人たちの歓迎ぶりは賑やかなものだった。竜神が山奥の村の遥か上空で、地上世界の平和を祝福するように緩やかに飛んでいる。その姿を村人たちも目にしており、この山奥の村にも世界に平和が訪れたということは知れ渡っていた。<br />
一人一人がこの村の出身であるビアンカを囲むように、口々に平和な世の中になったことを喜び合っていた。いつからこの世界が平和ではなくなったのかなど、誰にも分からない。しかしこの山奥の村を訪れる観光客は年々減り続け、近頃ではほとんど見かけなくなっていたのだ。病を癒す温泉があり、そのために湯治に訪れる旅人が多かった時もあったと言うが、最近では村人たちが温泉に入るくらいのものになってしまっていた。しかし平和な世の中になったとなれば、この村にも再び湯治に訪れる旅人が増えてくるのだろう。<br />
村人たちも、ビアンカを彼らのところに引き留めるような野暮はしなかった。早く早くと、急かされるように歩かされる先には、ビアンカの実家である大きな木造の家が見える。上り坂をずっと上り続けるのは、あの魔界のエビルマウンテンでの旅路を思い起こさせもするが、今はお天道様が空に昇り、明るく晴れやかな山道を一つの苦しみも胸に沸くことなく進むことができる。ビアンカの実家に続く梯子を上れば、先頭を歩いていたビアンカは大きく息をついて、胸に込み上げそうになるものを抑え、ノックもなしにゆっくりと扉を開いた。<br />
「ただいまー！」<br />
扉を開ければいつも、彼女はこうして家の奥にまで届くような大きな声で父ダンカンに帰ったと伝えていた。それは習慣であり、彼女の人生の一部だった。母を喪い、父の身の回りの世話をしながら暮らしていたこの山奥の村で、彼女は十年ほどの月日を過ごした。リュカの伴侶となり、村を出て旅をするようになったからと言って、彼女のそれまでの習慣がなくなるということにはならなかった。<br />
ビアンカの父ダンカンは、家の外での村人たちの賑やかな声を聞いていたようで、待っていたというように正面のテーブルについていた。腰を下ろしていた椅子からゆっくりと立ち上がる姿に、彼が過ごした年月を感じるが、その表情はどこまでもにこやかなものだった。<br />
「おかえり、ビアンカ。リュカも、ティミーにポピーも、よく来てくれたね」<br />
ダンカンが娘を見る表情には、血の繋がりのない父娘の雰囲気は微塵も感じられない。どれほどダンカンが娘を大事に思い育てたかが、彼のにこやかな表情に刻まれる皺の一つ一つに感じられる。そう感じるのが分かっているから、リュカはいつも少なくはない罪悪感を勝手に感じてしまうのだった。<br />
「おじい様、ただいま、です」<br />
「なんだなんだ、そんな他人行儀に。おじいちゃんで構わんよ。おじい様なんてガラでもないしなぁ」<br />
「おじいちゃん！　ボクたちで魔界の王ってヤツをやっつけたんだよ！　もうみーんな大丈夫なんだ！」<br />
「そうかいそうかい、魔界の王をやっつけてしまったのか……」<br />
近づくポピーとティミーに、ダンカンは目を細めてその頭を優しく撫でてやる。ティミーもポピーもすっかり背が伸び、背中が少し丸まっているダンカンに追いつきそうなほどだ。しかしそれでも、ダンカンにとっては可愛い孫たちであることに変わりなく、まるでまだ二、三歳ほどの小さな幼子の頭を撫でるような雰囲気で二人の頭を交互に撫でている。<br />
「それはともかく、リュカたち四人がこうしてわしに会いに来てくれたんだ。こんなうれしいことはないぞ」<br />
ダンカンにとってはリュカたちが魔界の王を倒したということよりも、大事な子供たち、孫たちが会いに来てくれた方がよほど大事であり、嬉しいことなのだと、そんな言葉が口から出てしまう。リュカたちもまた、何のために魔界にまで足を踏み入れ、世を荒らす悪しき者と対峙したかと言えば、大事な者を守りたかったからだ。それはビアンカの父ダンカンであり、グランバニアに待つサンチョであり、オジロンにドリス、国の皆や魔物の仲間たち、と考えて行けば、リュカたちが守りたいと思う者たちは果てしなく世界中に存在していた。それは見知っている者たちばかりではない。すべては関係し、繋がっているのだ。それ故に、リュカたちが守りたいと思うのは、この地上世界であり、魔界さえも守らなければならないと思っている。<br />
そして世界を荒らす悪しき者が滅びた今、リュカたちはこうして大事な家族であるダンカンとも再会することができた。こうやって笑顔でまた会えることを望んで、魔界での苦しい旅にも堪えてきたのだ。ダンカンが手放しで喜んでくれることが、リュカたち皆の望んだことだった。<br />
「つもる話もあるし、今日くらいはゆっくりしていけるんだろう？」<br />
娘家族を迎えた父が口にする当然のことだと、リュカはその言葉を受け止める。リュカ自身は、それで構わないと思っていた。もちろん、帰るべき国グランバニアのことは頭の片隅に常にちらついている。しかし、大事な一人娘との再会を喜び、二人の可愛い孫たちとの再会を喜ぶ義父に対し、リュカが何かを言うことはできないと感じた。<br />
リュカが穏やかに返事をしようとする直前、その一歩前に出るようにしてビアンカが父に言う。<br />
「それがお父さん……」<br />
ビアンカはビアンカで、自分が言わなければならないと感じていた。決して父を蔑ろにするわけではない、しかし今は夫であるリュカを優先させなければならない。世界はめでたく平和になった。もういつでもこの山奥の村に帰ることができる。落ち着いてこの場にいられない今をここで過ごすよりも、一度落ち着いてからまたすぐにここに戻ってくることを約束するように、ビアンカは父ダンカンの隣で丁寧に説明する。<br />
「なんだって？　グランバニアでは人々がリュカの帰りを待ちわびている？　そうか……」<br />
明らかに肩を落とすダンカンを見れば、リュカは思わずビアンカに視線を投げてしまう。リュカには二重の意味での罪の意識がある。ビアンカと結婚したことで彼女を父ダンカンから引き離してしまったこと、それに加え、彼女を十年もの間行方知れずの状態に陥れてしまったこと。特に後者に関しては、何を引き換えにしてもダンカンに謝り続けなければならないと感じていた。<br />
「あ、あの、ダンカンさん……」<br />
「やあねぇ、リュカ。“ダンカンさん”はないでしょ？　あなたのお父さんなのよ。まだ自覚してないの？」<br />
「はっはっはっ、まあ、リュカ君の父親はパパスだからなぁ。ちょっとわしでは頼りないものなぁ」<br />
「えっ、いや、そんなことは……」<br />
「あ～、そうやってあたふたするのは良くないわね～。私も傷ついちゃうじゃないのよ」<br />
「まあまあ、ビアンカ。それくらいにしておいておやり。あんまりリュカ君をいじめちゃかわいそうだろ」<br />
この父と娘の何気ない会話に、彼らが過ごした年月が詰まっているのを誰もが感じる。ビアンカはいつものビアンカのようにも見えるが、彼女は実のところ本能的に父ダンカンに甘えているのだった。父が自分の言うことにしっかりと抑えを利かしてくれるから、父がそうしてくれると彼女は信じ切っているから、それに甘えて彼女は少々強い調子でリュカに言うこともできるのだ。それが結局は、娘が父に甘えているという、父と娘が共に過ごした年月ということなのだろう。<br />
「リュカはグランバニアの王様だったな」<br />
ダンカンの言うその現実は、この山奥の村には到底雰囲気に合わないことで、ダンカン自身もまるでそのことは雲の上で起きていることだというような調子で言っている。リュカが一国の王であることも、その妻となった娘が王妃であるということも、ダンカンは一度も現実味を帯びて考えたことがない。少しでも欲をかく人間であれば、近くに権力ある人間がいれば必ずその恩恵に預かろうとするだろう。しかしダンカンにおいてはその気が全くなかった。<br />
人の幸せとは何かを考えれば、ダンカンはもう既に幸せを手に入れていた。これ以上ない幸せを手に入れている者にとっては、どのような力も金も権力も、いくら見せつけようとも影響がない。彼は山奥の村で過ごすことに満足している。村人たちは皆が優しく、困ることがあれば互いに手を取り合って過ごす間柄が出来上がっている。そして愛娘は元気に過ごし、娘の夫もまた我が子のように大事に思っている。おまけに可愛い孫たちまで元気な姿を見せてくれる。これ以上に望むことなどないと自覚しているダンカンは、ただ目を細めて愛する家族を見守るだけだ。<br />
「よしわかった。リュカ、早くグランバニアに帰ってあげるといいぞ」<br />
「お父さん、また会いに来るからねっ」<br />
本当は、ビアンカだって父ダンカンとゆっくりとした時間を過ごしたいはずだ。リュカはつい申し訳ないと詫びる気持ちを抱いてしまうが、ダンカンもビアンカも、リュカのそのような気持ちをまるで一蹴してしまうような勢いで、ぽんぽんと話を進めてしまうのだ。<br />
「会いに来るのはいいが、リュカと喧嘩して家出なんかしてくるなよ。わっはっはっはっ」<br />
「ホントにもうっ！　お父さんったら心配してるのかからかってるのか、わからないわ！」<br />
全てが自然で、全てが温かい。この心地よさの中にもし、ビアンカの母も、そしてリュカの父と母もいたならば、どれほど賑やかで幸せな空間が広がっていただろうかと、リュカはつい想像してしまう。父パパスとダンカンが酒を酌み交わす姿が目に浮かぶ。今ならばそこに自分も加わることができるだろうか。ビアンカは母と仲良く料理の支度をし、その場に加わる母マーサの姿も見えるようで、リュカの視界は滲む。祖父母が揃う中で、孫であるティミーとポピーはこれでもかというほどに可愛がられていただろう。今のダンカンが双子を見る目を見れば、それは想像に難くない。<br />
望んでいた未来があった。しかし未来は望んだ形にはならなかった。だけど、それを乗り越えて生きることが、リュカたちには求められている。これからを幸せに生き続けることが、リュカたちのようなこの世に生きる者たちには求められているのだ。それが、既にこの世を去った人々を心から弔うことになるだろう。<br />
「でも、リュカ。私がここに帰りたくなるようなことは絶対にしないでね。約束よ」<br />
「えっ！？　どういうことだよ、それって」<br />
「さあねぇ、どういうことかしらね？」<br />
すかさずからかってくるのだから、たまったものではないとリュカはこめかみに冷や汗をかく。彼女が本気ではないことは分かっている。しかしもし本気になってしまったとしても、それも理解できてしまうのだから、リュカのこめかみには自然と汗が浮き出てしまうのだった。<br />
「どれ、わしのかわいいマゴたちの顔をよく見せておくれ」<br />
改めてダンカンは目の前に立つティミーとポピーの顔を間近に交互に見つめる。双子特有の似た顔つきをしているのは誰もが認めるところだが、十歳を過ぎた彼らの顔つきはそれぞれの思いによっても性差によっても違いを見せてきている。ティミーは強くも優しい父リュカに憧れを抱き、よりリュカに似てきているようだ。ポピーは美しくも逞しい母ビアンカに憧れを抱き、よりビアンカに似てきたようだ。ダンカンは一度、ポピーを幼い頃のビアンカと見間違えたこともあるほどだ。<br />
ダンカン夫妻は子宝に恵まれず、しかしそれこそ天から降ってきた幸運をつかんだように赤ん坊のビアンカを拾い、愛しい我が子として育ててきた。血の繋がりなどなくとも、ビアンカは紛れもなくダンカン夫妻の娘だった。しかし今、こうして我が娘が血の繋がる家族を持てたことに、ダンカンはこの上ない喜びを感じている。己の叶えられなかった夢を娘が叶えてくれたこと、それが親にとっては何よりも嬉しく、どこか誇らしい。<br />
「ティミーにポピー。お父さんやお母さんのような立派な大人になるんだよ」<br />
世界を救った勇者という立場でありながらも、まだ十歳を過ぎたほどの子供であるティミーとポピーに、ダンカンは父と母を見習うのだと言い示す。その思いは、本心からのものだ。親は子に背中を見せなければならない。子は親の背中を見るべきだ。そのような互いの姿勢そのものが、親子という関係性を継続的に作り上げていく。第一、何も考えずとも自ずと親子というのはそのような姿勢を示すものだ。それは、互いに互いの存在を愛しく思い、尊重するからに他ならない。<br />
ダンカンは別段、明確にそのような思いを持っているわけでもない。ただ彼は、親子というのは何よりも大事な絆で結ばれているものなのだと、彼らに伝えたいだけだった。そしてそれをこうして教えるのが、祖父にできることなのだと、彼は考えるまでもなく感じるままに孫たちをにこにこと見つめているだけなのだ。<br />
「おじいちゃん一人っきりじゃさみしいに決まってるよ。お父さん、お城が落ち着いたら、おじいちゃんもグランバニアに呼ぼうよ。ねっ！」<br />
祖父ダンカンのこれ以上ないような優しい笑みを受け、ティミーは思わずリュカにそう伝える。そのティミーの本心には、祖父が寂しいと感じているに違いないと思えるような、家族愛があった。家族は一緒にいるべきだと思うのは、リュカたち一家に一致する感覚だ。本来ならば、魔界に囚われていた祖母マーサも地上世界へと救い出し、共に過ごす未来を描き、希望を抱いていた。それが叶わなかったという後悔も手伝い、ティミーは尚のこと祖父ダンカンをグランバニアへ呼べないかと考えてしまうのだった。<br />
「はっはっはっ、いずれはそれも良いかもなぁ。そうしたらわしは王様の父だから、そちらの国で、えっへん！と言えるわけかな？」<br />
腰に両手を当てて胸を反らそうとするダンカンを見て、皆が笑う。彼が本気で言っていないのは誰もが分かっている。この山奥の村で日々静かな時間を過ごしている彼のこと、たとえグランバニアに居を移したとしても、何にも煩わされることなく静かに暮らしたいと思うだけだろう。<br />
「あははっ！　そんなおじいちゃんも見てみたいかも！」<br />
「ありがとう……ティミー」<br />
父ダンカンに対して、明るく元気な孫でいてくれるティミーに、ビアンカは思わず礼の言葉を小さく述べた。ダンカンの娘であり、ティミーの母であるビアンカ。父も息子も、どちらも同じように大切な家族だ。その二人が顔を見合って、笑い合えているこの状況が、ビアンカにとっての何よりもの宝物だ。以前よりも父に老いを感じる状態であっても、こうしてひとたび孫の顔を見れば、その元気さにつられて元気を取り戻してくれるようで、ビアンカとしては父を元気づけてくれる息子に思わず礼を口に出してしまうのは自然のことだった。<br />
「父さん、そういえばオレンジのジャムはまだ瓶にちゃんとある？」<br />
「ああ、あるよ。毎日のように飲むからなぁ。ちゃんと宿の女将さんがなくならないようにしてくれているよ」<br />
「あっ、あのジャム、私好き！　パンに塗ってもおいしいんだもの！」<br />
以前にこの山奥の村を訪れた際に、ポピーたちは村のオレンジジャムを口にしたことがあった。ジュースにして飲んだものだったが、今はジャム瓶の一つをグランバニアにも置き、パンにつけて食べることもあった。<br />
「おお、そうかそうか。それならわしのも持っていくといい。女将さんが多めに置いてくれているからなぁ」<br />
そう言いながらダンカンは向きを変えると、奥にある台所へ入るなり戸棚の扉を開け、ジャムの入った瓶を二つ手に戻ってきた。それは今ダンカンの家にある残り全てだったが、孫を前にした祖父としては自分の分を取っておくという考えはどこかへ置き去りにされてしまうようだった。<br />
「これ、もらってもいいの、おじいちゃん？」<br />
手渡されたジャムの瓶を見ながら、ポピーが嬉しそうにダンカンに聞く。ポピーのその表情が、幼い頃のビアンカの表情にまるで重なって見えるダンカンは、子供の頃のビアンカに手を焼きながらも慈しんで育てた当時をつい思い起こし、ただただ顔に笑みを浮かべてしまう。<br />
「ああ、ああ、構わんよ。好きなだけ持っていったらいい。わしが普段使う分なんて大した量じゃないからな」<br />
「おじいちゃん大好き。だってやさしいんだもん。えへへ」<br />
ポピーが素直にそう言うのも頷けると、リュカはダンカンの孫たちに見せる蕩けるような笑みを見てそう思った。目に入れても痛くないほどに可愛いとはよく言ったものだと、ダンカンの笑顔を見ているとそんな言葉も思い出せる。<br />
「ポピーも本当にいい子ね……」<br />
素直に祖父に甘えるような態度を見せてくれるポピーが、ビアンカにとってはどこか誇らしかった。自身がこの村を離れ、父を一人にさせてしまった罪悪感は今も胸に残るが、それでもこうして孫の顔を見せることができ、父もまた孫であるティミーとポピーとのやり取りに喜びを感じてくれているならば、これ以上の親孝行はないのではないかとも思う。<br />
リュカとの結婚が決まり、その後共に旅をすることとなり、当時リュカは旅を続ける限りは子供はいない方が良いと考えていた。ビアンカもまた、夫となった彼のその考えを強く否定することもできなかった。危険な旅の最中、子供を設けることの負担を考えれば、赤ん坊という存在は間違いなくリュカたちの旅の妨げとなっただろう。しかし冷静にそう考えていたとしても、ビアンカは子供が欲しかった。<br />
その時はまだ、彼女の身勝手な思いがあったのかもしれない。自分を育ててくれた両親への恩返しにと、そのような考えがビアンカにはあった。もしリュカとの間に子を授かることができれば、さぞかし可愛いことだろうという夢もあった。お母さんになってみたいという願望もあった。自分を育ててくれた母のような、優しく厳しくたくましいお母さんになりたいと、亡き母を想うこともあった。<br />
めでたくグランバニアの地で双子を授かった。胸に抱く我が子の温かさを感じた瞬間に、ビアンカの胸には想像もしていなかったような膨大な幸福が溢れたのを、彼女は今も覚えている。いくら想像していても追いつかないほどの感動がそこにはあった。小さな小さな命は、まだ泣き声を上げることでしか、自己を主張することもできない。それに真っ先に気付いてやれるのは自分なのだと、あの時母としての覚悟が一瞬にして決まった感覚も、彼女は思い出すことができる。<br />
十年もの間、子供の傍にいられなかった。その間、子供たちを無償の愛で育ててくれたグランバニアの人々には感謝してもし切れない恩がある。人々が双子をまるで我が子のように慈しみ育ててくれたから、二人はこうしてのびのびと素直な良い子に育ってくれた。記憶にない母を目にしても、戸惑うことなく受け入れてくれたことに、ビアンカの母としての愛情は再び元の通りに溢れたのだ。<br />
「ビアンカ……」<br />
隣でリュカが心配そうに目元を拭ってくれて初めて、ビアンカは自分が知らず涙していたことに気付いた。父ダンカンはただ見守るような温かな笑顔で、娘を正面から見つめている。<br />
「あはは……この村に戻ると何だか気が抜けちゃうのかな……」<br />
「お母さん……悲しいの？」<br />
「違うわよ、嬉しいの」<br />
「村に戻ってこられて嬉しいの？」<br />
「それもあるけど……みんながこうしていてくれることが嬉しいのよ」<br />
もしかしたら、この景色は永遠に失われていたかもしれなかった。リュカたちが大魔王の力に屈していたら、今頃この地上の世界は闇に包まれ、人々は行き場を失い、悪しき魔物たちが闊歩するような世界へと変貌していたかもしれない。それを思うと、今こうして皆が笑顔でいられることそのものに、そこはかとない感動が滲んでくる。平和が守られたことを実感すれば、この村の人々も景色も何もかもが壊されることなくここにあるということが、寧ろ奇跡のようにも感じられる。<br />
「ビアンカ」<br />
「なあに、父さん？」<br />
「ちゃんと母さんにも挨拶をしていくんだぞ」<br />
「……うん、もちろんよ」<br />
ダンカンは急いでグランバニアに行かなければならない娘の背中をそっと押すように、ただ見守るような柔和な笑みを浮かべてそう言った。娘はいつまでも父に甘えるように、その言葉を受けてこの家を後にする気持ちを整えた。別れに多くの言葉はいらないのだと言うように、寧ろこれはただの一時的な別れだとでも言うような軽い調子で、ビアンカは父ダンカンの住む実家を後にした。<br />
妻の眠る墓地に、ダンカンは共に足を運ばなかった。もしともに墓地に向かっていれば、墓石の前で涙を見せてしまうかもしれないと、ダンカンはそうなることを避けたのだった。娘の前で涙など流してしまえば、心優しい娘は村を立ち去りがたくなってしまう。もう彼女は、親の手を離れ、良き伴侶にも可愛い子供たちにも恵まれた人生を送っているのだ。我が子の足枷になるのはごめんだと、父親としての意地のような気持ちもあり、ダンカンは一人家に残り、まだ朝に飲んでいなかったオレンジジャムを溶かしたジュースを飲む。涙は目に滲む。しかし頬を零れることはなかった。滲む涙はただただ温かい。</p>
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<p>ダンカンの家から墓地に向かう途中、リュカたちはまたしても村人たちの歓迎を受けた。その中に、長くダンカンの下で働く男の姿もあった。リュカは当然、彼のことを覚えている。当時、自身がビアンカに恋をしたからこそ、彼もまたビアンカに恋をしていたのだと気づいたのだ。<br />
今、彼と初めに目が合ったのはリュカだった。それというのも、やはり彼の視線にはビアンカに対する好意以上のものを感じるからなのかも知れない。リュカはそれを、嫌なものには感じなかった。彼はその好意以上にもなる気持ちを、どこか自身で達観している雰囲気を醸している。リュカのことを見つめているが、そこに敵意に依るものは一切感じられなかった。<br />
「よう！」<br />
手を挙げて明るい声を出す彼に、ビアンカは初めて気づいたというように、村人の中に彼の姿を見つけた。近づいていく彼女には、ただ彼を大事な村人の一人と思っている意識が感じられる。彼はそんな彼女の気持ちを正面から受けても、ただ明るい笑顔で、まるで彼女は自身の妹なのだと言うような顔を示して待っている。<br />
「いつも父さんのこと、ありがとう。父さん、迷惑かけてないかしら？」<br />
「ダンカンさんは優しい人だからな。むしろ物足りないくらいだよ」<br />
「まあねぇ、うちじゃあ母さんが強い人だったから……」<br />
つい話し込みそうになってしまう雰囲気を断つのは、彼の方だった。<br />
「まったくたいした連中だな、あんたらは！」<br />
リュカたちが世界を救った勇者一行だということは、この山奥の村の人々にも知られている。そのせいでこうして村人はリュカたちを囲むようにして騒いでいるのだ。この小さな村に勇者がやってきたと、ティミーの装備する天空の武器防具をまじまじと見つめる武器屋の主人もいる。わいわいと賑やかな中で、彼とビアンカの交わす言葉は丁度よい調子で紛れている。<br />
「さすがにビアンカさんがホレただけのことはあるぜ」<br />
そう言いながら彼はリュカへと視線を移した。やはりそこに、敵意に通じるものは一切ない。同じように、いや、もしかしたら自身よりも深い愛情を抱いていたかもしれない彼に対し、リュカはようやく自然と笑みを返すことができた。<br />
「いや、負けたよ」<br />
その言葉の意味は、ビアンカという一人の女性を好きになった者同士の間で、互いの胸に染み入るような感覚をもたらした。一方は圧倒的な敗北を認めることで、その心は嘘のように晴れた。もう一方は相手の敗北宣言から得た勝利の立場に、自信を持ってこれからも立ち続けられるという意識を明確にすることができた。要するに、二人の男たちは互いに今までにはないほどの“自身”を持つことができるようになったのだ。<br />
そのような彼のすっきりと晴れたような笑顔に気づいたのかどうかは分からないが、その場を立ち去った後にビアンカがふと漏らした言葉があった。<br />
「あの人にもきっとすぐにいい人が現れるわよね」<br />
他の村人たちの中に紛れてしまったその人を振り返りながらビアンカがそう言うと、隣を歩いているポピーが、自分でも何を思ったのか分からないままに母の手をそっと掴んだ。<br />
「お母さん……」<br />
「ん？　なあに、ポピー？」<br />
自分を見てくれる母の表情は、どこまでもポピーの母親だった。この山奥の村でビアンカがどう過ごしていたのか、本当なら知りたいと自然に思うのがポピーという少女だが、今はその思いに蓋をしたいと思った。この山奥の村で育ったビアンカという女の子がいた。しかし今、ポピーが目にしているのは、グランバニアの王妃である母ビアンカだった。ポピーにとって大事なのは、考えるまでもなく、母であるビアンカの方だった。<br />
「……ううん。なんでもないの。お母さん……大好き」<br />
「？　どうしたのよ。うふふ、可愛いわねぇ」<br />
いつもはしっかりしている娘のポピーがこうして甘えを見せてくれることが、ビアンカにとっては非常に嬉しい。我が子を可愛いと思うのは至って普通で、親として頼られること、甘えられることなどがあれば、尚のこと子に対する愛しさは増すというものだ。子供たちと共に過ごすことのできなかった十年という年月を補うように、みるみる大きくなっていく子供たちへの愛情は膨れ上がるばかりだと、ビアンカはポピーの頭を優しく何度も撫でた。<br />
ビアンカが母が眠る墓地へと向かうのを、村人たちは邪魔することなく、共に賑々しく歩いていく。ビアンカたちがそれほど長くこの村にいることができないと知れると、村人たちは一様に肩を落としたが、無理に引き留めるようなことはしない。あくまでもビアンカの生きる場所はこの村ではなく、外にあるのだということを村人たちはこの十年という月日に理解しているのだろう。<br />
墓地に足を踏み入れれば、村人たちの話し声も自ずと静まった。この場所で騒々しく声を立てるような者はいない。ここは亡き人と静かに話をする場所だということを、誰よりも村人たちがそう感じている。ビアンカと、彼女の亡き母との静かな会話を邪魔する意図もなく、村人たちは墓地の手前で足を止め、存分に母と娘で話をするのが良いと彼女たち家族をその場で見送った。村人たちの手で絶えずきれいに掃除されている墓地に足を踏み入れ、ビアンカはまだ朝の爽やかな空気が満ちている墓地の景色に、自ずと心が静まるのを感じた。<br />
「母さん、ちゃんと戻ってきたわよ」<br />
母の墓石の前にしゃがみ、ビアンカは静かな声で話しかけた。いつでも心の中には亡き母への思いが揺蕩っているが、やはり母の墓の前で手を合わせれば、まるで目の前に生前の母が現れるかのような雰囲気を感じる。亡き母が眠るこの場所で手を合わせることの意味の深さを、ビアンカは自然と口から出る言葉に感じている。<br />
「私たちの子が世界を救ったのよ。信じられないわよね、世界を救った勇者なんですって」<br />
「ボクだけじゃなくて、みんなでチカラを合わせたから世界を救えたんだよ！」<br />
ビアンカが自慢するように言う言葉を半ば遮るように、ティミーが母の隣にしゃがみながらそう言った。ティミーの表情は真面目なもので、彼は自分だけが持ち上げられ、特別扱いされることを苦手としていた。勇者である自身だけで世界を救えるはずはなかったと、ティミーはその身に深く理解している。“勇者”という誰にも分かる目印を背中に貼り付けていたようなもので、その目印を人々に見せなくてはならないと、絶やしてはならないと、それだけを思ってティミーは行動していたようなものだった。<br />
「きっとおばあちゃんもチカラをくれたよね？」<br />
「うん、それは間違いないよ。みんなが僕たちに力をくれたんだ」<br />
ポピーの言葉を受けて、リュカは本心からそう応える。結局人の力というのは、人々の心に支えられているということに尽きるのだろう。今は墓地に眠るビアンカの母も、娘の無事を、健康を、安寧を願い続けているに違いない。そのような母の愛情を信じているビアンカもまた、亡き母の安らかな眠りを妨げたくはないと、この地が荒らされることなど望まない。互いの信頼や愛情に底はなく、それらは終わることなくどこまでも続いていくものなのだと、リュカは墓石に向かうビアンカの姿にそう感じる。<br />
母を亡くした後にビアンカの面倒をよく見てくれていた宿の女将が、村人たちを代表するかのように墓地の中へとやってきて、村人たちで摘んだ花束をビアンカに手渡した。礼を述べるビアンカに、女将は首を横に振ってその場をすぐに立ち去ろうとしたが、ティミーとポピーがそれを止めた。共にこの場にいてほしいと願う子供たちの希望に応えるように、女将もまた墓石に手を合わせる。<br />
前にもこの場所に風が吹き、供えた花が転がるのをリュカは見たことがあった。それだけで妻の母と話をしているような気になったものだったが、今度は違った。山奥の村の墓地では決して起こらないような突風が目の前に起き、墓石の前に備えた花束を風に攫った。リュカたちの頭上にまで巻き上がった花束が、束の体裁を崩し、一輪一輪の花々へと散らばっていく。まるで頭上から浴びた花のシャワーに、リュカたちは一斉に頭に花々を優しく被せられてしまった。<br />
「ちょっと、リュカ！」<br />
「違うよ、僕じゃないよ」<br />
すぐにリュカの呪文を疑ったビアンカだったが、母の墓石に供えた花束にそのような悪戯をするリュカではないと、彼の言葉をすぐに受け取る。振り向き見る母の墓石に、ビアンカは母の嬉しそうな笑顔を見たような気がした。娘の家族が世界に平和をもたらしたのだというお祝いの気持ちもあったのだろう。そしてこれからも娘が愛する夫と子供たちと末永く暮らせるように願う亡き母の思いが、きっと花のシャワーを浴びせたのだと、ビアンカは胸に込み上げる嬉しさと共に皆と一緒になって散らばった花を一輪一輪拾い始めた。元気だった母の姿が目の前に見えるようで、ビアンカはただ明るい笑顔を見せ、亡き母に口先だけの文句を言うのだった。</p>
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		<title>子供の話に思うこと⑧「中学校の英語教育」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 01 May 2026 07:14:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[徒然]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[この春から、息子が中学生となりました。月日の経つのは早いもので。背もとうの昔に追い抜かされています。家族で私が一番ちびっことなりました。ただでさえチビですが。チビなビビです。  ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>この春から、息子が中学生となりました。月日の経つのは早いもので。背もとうの昔に追い抜かされています。家族で私が一番ちびっことなりました。ただでさえチビですが。チビなビビです。</p>



<p>先月、早々に学校で公開授業があり、学校へふらっとお邪魔してみました。息子が受けていたのは理科の授業でしたが、隣で英語の授業が行われていて、一応大学まで英語を専攻していた私としては興味もあり、ちらっと覗かせてもらいました。普通に日本人の先生が板書をしながら説明するというスタンス。懐かしい光景です。</p>



<p>中学校から受け取った学校の説明には年間の授業数が書かれており、そこで驚いたのは、国語よりも数学よりも、英語が最も多い授業数だということ。……おいおい、どういうことだよと、目を疑いました。なんでも昔と比べるのは良くないことと思いますが、確か私が中学生の時には国語と数学の方が授業数は多く、英語は週３とかだったような。This is a penの世代で、教科書はお決まりのNew Horizonでした。ああ、懐かしい。もうウン十年と前のことです。</p>



<p>中学校の授業でどうしてこれほど英語が重要視されているのかを考えると、今の教育者のお偉方の世代がこのようなことを決めていることを思えば、単にその世代の方々の英語への憧れというものがそのまま反映されているんではないかなと。もしかしたら今の若い方にもあるのかも知れませんが、日本人の英語への憧れというのは恐らく戦後から根強いものがあったのではないかと思います。なんかこう、キラキラしてるぅ、みたいな。英語が話せるだけでかっこいい、みたいな。世に溢れる流行りの歌にも英語が多く使われたりで、それも相まって「なんかかっこいい」という印象が醸成されたのは一つ、あるでしょう。実際、私もそんな感じで英語に憧れた一人です。だから大学に入っても英語を専攻しました。喋れませんけど。</p>



<p>子供への教育を考えるに当たり、常により良い教育をと考えること自体は全く間違っていないと思います。しかしそこに大人の憧れや勝手な希望を入れてしまっては、教育自体が歪んでしまうものと思います。あくまでも「子供の教育に良いこと」を常に優先的に考えなくては、学ぶ子供たちもその内容に戸惑うのではと思います。</p>



<p>中学校で習得する英語の単語数も、昔に比べて格段に多いと聞きました。それというのも、小学５年生から英語教育が始まり、中学校に入学するときには「英語の土台はできているね？」というところから始まるからなのかなと思いますが……小学校での英語の授業を見てきた人がそう考えているんですかね？　ネイティブの先生を小学校に置き、英語のみで進められるような授業で、生徒たちは凡そぽかーんとした状態で進められる小学校での英語の授業に一体どれほどの意味があったのか。私としては謎です。息子に聞いても、「英語のゲームとか歌とか、なんだかよくわからないままだった」という感想を漏らしています。授業とは呼べないですね。しかもネイティブとは言いながらも、出身を聞くと絶対「ネイティブ」ではないでしょうと突っ込みたくなる人選だったりと、小学校での英語教育がいかに杜撰な設計のもとに進められているか。</p>



<p>結局、「子供たちに英語を学ばせなくては！」と無暗に思っている大人がただ外国人の講師をつけて、それらしい感じで英語の授業を取り入れている、そしてそれで満足しているというようにしか私には感じられませんでした。それだからこそ、小学校では本当に英語の授業など不要だと思うんです。そもそも、「英語の授業」ができていないんですよ、現場は。あのような授業で英語が身につくわけがないです。</p>



<p>物事の学習って、基本は反復だと思います。繰り返し繰り返し暗唱したり、書いたりすることで、頭で覚えるというよりも体が覚えるという……。現に私たちが普段話したり書いたりしている日本語も、生まれた瞬間から使いこなせたわけはなく、段々と、練習を重ねてできるようになってきたものですよね。それを外国語である英語でやろうとすれば、同じような反復が必要となるはずです。それこそ、私が中学生の頃の英語の教師は必ず「repeat after me」と言って、生徒に言葉を繰り返させていました。あの方法、恐らく間違ってはいなかったと思います。だって「学ぶ」ということは「まねぶ」ということですから。真似させるということが、学習の基本でしょう。</p>



<p>少なくとも小学校の英語の授業時にそれをやっているようには見えませんでした。私にはただの幼稚園のお遊戯の延長のようにも見え、この時間はもったいないとまで思っていました。小学校の時の英語の授業で何か英語というものが身についていれば良いのですが、恐らくそんなことにはなっていないから今、中学校に入ってから英語を苦手とする生徒が増えているのではないかと思います。</p>



<p>何かを学習する時、入り口で躓いてしまっては、もうそこから先に進みたくなくなりますよね。中学校の英語においては、その現象が起きているのではと思います。初めから転んで大けがをしてしまえば、そこから復帰するのはなかなかに難しいものでしょう。中学校に入学して、初めのテストでちんぷんかんぷんとなれば、もうそこで一気にやる気が失せるのも責められません……。人間って、そういうものだし。当然、易しければ良いものではないですが、そもそも小学校での英語教育がどうなんだいという状況での中学校の英語なので、土台から間違えているのではと思うわけです。</p>



<p>また、中学校の校舎内に貼られていた英検を推進するようなポスターにも、ある種の闇を勝手に感じてしまいました。こりゃあ……アレかな、と。不思議なんですよね、英検を学校という場が推し進めるのって。どうやら英検を取得すれば、受験にも有利だという条件があるようですが、この英検ってそもそもどうなのかしら、という疑問が。私自身、英検２級を持っていますが、だから何だというほどのもので、実際に役立つかどうかと言えば、いやあそんなことは……と言わざるを得ない。しかも中学生で頑張って取得しなくても良いんではないかなと思います。もし取得するとしても、高校、大学、社会人でも、それくらいの時に好きに取ればいいと思っています。こういうものを受験に絡めるのはやめてほしいなぁと思うのと、やっぱりある種の闇を感じてしまう……。だって、今や英語を学習したいと思うなら、いくらでも方法があるじゃんと思ってしまうわけで。英検に合格するよりも、英語での日常会話に困らない人の方がすげぇぇと思いますよ、私なんかは（笑）</p>



<p>そしてやはり思うのが、今の今、この時代になってそこまで必死に日本人全員が英語を勉強する必要があるのか、ということ。これに尽きます。それよりも、翻訳こんにゃくツールのようなものを使えるように、機械に強くなった方が良いんでは？なんて。あくまでも、英語という言語自体が「ツール」なので、このツールを使って何がしたいかの方がよほど重要でしょう。</p>



<p>こちらが何をしたいのかと合わせて、相手方が私たちに何を求めているのかと考えれば、私が海外に行ったときに痛切に感じたのは、「相手は私のこと、日本のことを知りたいんだ」ということでした。それは今も変わらずあることなんじゃないでしょうか。それを考えれば、私たちが最も重要視しなければならないのは、もっと深く自国のことを知るべきということではないかしらということです。聞かれても、知らなければ答えられないんですからね。だーかーら、もっと重要視するべき科目は国語や社会であると思うんです。</p>



<p>世界で唯一、２０００年以上続く日本という国がどれだけ特別視されているか、私たち日本人が最も分かっていない。何においても、内にいると分からないものです。しかも、戦後の私たちは妙な教育を受けてきたので尚更です。もういい加減、英語をやたらと羨望するのではなく、「適度」な位置に移動させることを考えた方が、今時で言えば“タイパ”がいいんじゃないでしょうか？　最も頭の柔らかい時期に、躍起になって英語を勉強するよりも、他にやることがあるんじゃないでしょうかねぇ。</p>
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		<title>本編を更新しました。「守られた思い出の町」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Apr 2026 06:02:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[日記]]></category>
		<category><![CDATA[更新]]></category>
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					<description><![CDATA[いつも遅くなって申し訳ないです。忘れたころに更新するbibiでございます。あとエンディングだけだから～と軽く考えていたところ、作るお話と合う辻褄を考えていると、恐ろしいほどに時 ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>いつも遅くなって申し訳ないです。忘れたころに更新するbibiでございます。あとエンディングだけだから～と軽く考えていたところ、作るお話と合う辻褄を考えていると、恐ろしいほどに時間がかかってしまうという……これまでどれだけ取っ散らかった話を書いていたかと、反省しかしていません……。そして回収しきれる自信がないという……ひぃ……<br />
とりあえず一つ、更新しました。</p>
<p><a href="https://like-a-wind.com/text46-5/" data-type="post" data-id="4668" data-rich-text-format-boundary="true">守られた思い出の町</a><br />
この町でのお話も、私が途中で話を無暗に広げてしまったせいで、色々と辻褄を合わせるのに苦労するという、自業自得の目に遭ってしまいました。勝手なことはするものじゃありませんね。<br />
さて、次もまた苦労しそうな村ですね。サラボナほどではないかなと、また変に楽観視をしていますが、どうなることやら。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>守られた思い出の町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Apr 2026 05:52:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[DQ5（長編）]]></category>
		<category><![CDATA[青年時代（６）]]></category>
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					<description><![CDATA[竜神の背に乗り、高みから望む地上世界は驚くほどに小さいように感じるものだ。竜神が常にこうした小さな世界を眺めているのかと思うと、住む世界、生きる世界がまるで違うのだということを ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>竜神の背に乗り、高みから望む地上世界は驚くほどに小さいように感じるものだ。竜神が常にこうした小さな世界を眺めているのかと思うと、住む世界、生きる世界がまるで違うのだということを思い知らされる。竜神と人間では同じ視線を持ちようがないことを認めさせられる。サンタローズの村を離れ、すぐに見えた隣町アルカパの景色を見ても、遥か眼下に自然とは異なる人工的な景色が僅かにあると分かるだけだ。<br />
ただこの竜神は人の心に寄り添うようにその高度を下げ、リュカたちにアルカパの町の様子を細かく見せようとする。恐らくただの神様であれば、このような配慮もないのではないかとリュカは思っている。何故竜神がわざわざ人の住む町の様子を見せようと高度を下げたりするのかと言えば、竜神自身が好奇心を持ち、平和の世を喜ぶ人間の姿を間近に見たいからなのではと、そう思えばリュカの脳裏にはどこか頼りない一人の酒場の店主の姿がふと映る。誰よりも世界に平和がもたらされたことを喜んでいるのは、リュカたちを背に乗せて世界を飛び回っているこの竜神なのかも知れない。<br />
アルカパの町の上を緩やかに一周。町の人々も竜神の姿に気づき、多くの人々が手を振ったり手を合わせたりしている。あまり高度を下げて飛行すれば、翼の起こす風が町に影響を与えてしまうと、竜神は高い高度を保ったまま身体を斜めにしてリュカたちにも町の様子を見せる。落ちそうになる恐怖にポピーは目をつむりかけたが、リュカが支えてやり一緒に町の様子を眺めた。笑顔を見せる町の人々の様子を目にすれば、ポピーの顔にも自然と笑顔が浮かんだ。<br />
「寄らなくて良かったのかい、ビアンカ」<br />
「いいのよ。平和になったんだもの、いつでも来られるわ。今はグランバニアに急がないと」<br />
「お父さんがルーラで来られるなら、あっという間だもんね」<br />
「お母さんが小さい頃に住んでいた町なのね？　私も今度一緒に行ってみたいな」<br />
アルカパの町を過ぎて、竜神はそのまま西へと向かう。すぐに海へと出た。穏やかな海はほとんど真上から照る陽光を受けてきらきらと輝いているのが、リュカたちにも広く見えている。竜神の背から見える世界は小さい。しかしその美しさは恐らく人間が見つめるものと変わらない。この美しい世界を壊したくないという思いは、人間も竜神も同じものなのだ。<br />
竜神の進む速度は、海を行く船に比べても、比べ物にならないほど速い。しかしリュカたちを照らす昼の陽光の位置が奇妙なことに変わらない。リュカは自身が使う移動呪文ルーラに起こる時間の経過の現象を知っているために、ずっと位置を変えない空の太陽の姿にすぐに疑問を感じた。それはどうやら竜神の背にへばりついて乗っているピエールも同じだったようだ。<br />
「この世界は平和になったと同時に、ずっと昼の世界になったのでしょうか」<br />
「そんな話は聞いてないんだけどなぁ」<br />
「がう～？」<br />
「それって平和になったって言うのかよ」<br />
海を照らす陽光の力は衰えず、空はずっと明るい。海に出てから、竜神の飛行速度が幾分落ちたようにも感じる。その分、竜神は己の力を他に向けているのかと考えれば、それこそ神業をリュカたちにこっそりと見せていたのだった。<br />
広い海原を下に眺めながら、竜神は空に光る太陽を連れてきている。恐らく竜神にその意思はなく、ただこの世界の平和を喜ぶ神の強い心が勝手に太陽をも連れてきてしまっているのだった。広い海原はすぐに過ぎ去り、竜神は西の大陸を見下ろしながら飛行を続ける。リュカは頭の中に世界地図を思い浮かべながら、下にポートセルミの港町が見えるだろうかと眺めていたが、海の景色はあっという間に過ぎ去り、見えるのは広い西の大陸の青々とした景色だった。見えたのが特徴的な町の造りを見せるルラフェンだと気づくと、いくらか東へ置いてきたような位置に見える太陽に、竜神が自身のしでかしている異変に気付いたのだろうと思えた。<br />
「お父さん、あのね……」<br />
リュカの視線に気付き、同じように空に眩しく照る太陽を目を細めて見つめていたポピーが、遠慮がちに話し始める。<br />
「私、今まで使ったことなかったんだけどね」<br />
「うん」<br />
「昼と夜を変えることができる呪文があるの」<br />
「えっ？」<br />
「でもね、そんなことしちゃうと、世界中の人が困るでしょ？　だから一度も試したことはないのよ」<br />
ポピーは勇者の妹として、呪文を習得することには非常に貪欲だった。それは勇者ではない自分にできる最善のことだと信じ、続けてきた。あらゆる呪文に興味はあった。しかし彼女が呪文を習得するのは、単に呪文を習得したいからという好奇心を超えて、勇者の妹としてなすべきことがあるという目的のために他ならなかった。<br />
「えー！？　そんな面白い呪文があるんだ！　やってみてよ、ポピー！」<br />
即座にそのような反応を見せるティミーを見ながら、リュカは人の持つ呪文の特性について思う。リュカに火の呪文が使えないのと裏表に、ビアンカには癒しの呪文が使えない。人は自ら使う呪文を選べるわけではない。もしティミーがポピーの言う昼夜逆転が可能の呪文ラナルータが使えたら、彼はその好奇心の高さゆえにきっと今までに何度もその呪文を試していただろう。やはり呪文は人を選ぶのだろうと思うのと同時に、それが最善の現象なのだろうとリュカは苦笑いを見せる。<br />
「えー、ダメよ、そんなことしちゃ。夜がいきなり朝になったら、寝不足の人だらけになっちゃうわ」<br />
「朝がいきなり夜になっても、また寝なきゃいけなくなっちゃうものねぇ」<br />
「そりゃあ楽でいいじゃねえかよ」<br />
「がう～」<br />
「確かに、食事のタイミングも分からなくなりますね」<br />
「まあ……そんなことをするのは神様ぐらいにしておいた方が良さそうだね」<br />
そう言いながらリュカは自身らが乗る竜神の背を軽く叩いた。今のリュカは、ずっと手にしていたドラゴンの杖を持っていない。しかしもはや杖がなくとも、竜神はリュカの意を、背を叩くその手から受け止めることができるようだった。<br />
竜神の鳴く声が大きく響き渡る。既に通り過ぎたルラフェンの町に住む人々も空を見上げ、北へと飛び去って行く竜神を歓声を上げて見送っていた。太陽は東の空に輝かしく浮かんでいる。竜神はその光を右に受けながら、北へ北へと進み、間もなく南下を始めた。</p>
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<p>朝早いとはいえ、年中温かな気候に恵まれるこの土地では、触れる空気に冷たさを感じることは先ずない。東の空から日は既に昇ってきている。しかし今はまだ、多くの町の者たちは起き出してこない。つい先日、世界に平和が訪れたことを彼らは空の青さに知り、青空に現れた竜神の高らかな鳴き声に知らされていた。<br />
サラボナの町も他の地域同様に、魔物の群れが悪の意思を持って襲い掛かろうとしていたが、町の者たちが互いに互いを守ると言う強力な意思のもとに凌いだ。暗雲立ち込めていた空が唐突に晴れ渡ったのを、その時サラボナの町の者たちは夜空に現れた月と星にそうと知った。そしてその朝、竜神は世界を巡り、世界に平和が訪れたのだと高らかな鳴き声と共に告げて行ったのだ。<br />
それから更に一日が経った。人々は昨日は一日中喜びに沸き、終日がお祭り騒ぎだった。魔物との戦いに疲れていた男たちもその疲れなど忘れ、お祭り騒ぎに興じていた。その疲れでようやく、サラボナの町の人々は確かな疲れを身体に感じて、朝日にも気づかずにぐっすりと眠っているのだった。<br />
サラボナの町の奥、町を広く見渡すようにひと際大きな屋敷が一軒、静かな朝を迎えている。屋敷の主はこの町を見守る立場の者として既に起き出し、早く朝食も済ませていた。空を渡る竜神が平和を告げた。しかしその平和をもたらしたであろう彼らがまだ帰っていない。サラボナの領主でもあり、世界を相手に交易を続けるルドマンは今はただ、彼らの帰りを待っていた。<br />
屋敷の番を長らく務める老犬が一声、大きく鳴いた。竜神の平和を告げる声は、世界の人々に広く平和の到来を告げたのだろう。それに対し、ルドマンの屋敷の番を務める老犬リリアンは、ルドマンの待つ者たちの到着を告げた。長く共にいる飼い犬の鳴き声に、飼い主は当然のようにそれを言葉と感じている。リリアンの声は喜んでいる。おかえりなさい！と。ルドマンは間もなく呼びに来るであろうメイドの姿を予期しながら、夫人と互いに互いの身なりを確かめていた。</p>
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<p>「わっはっはっ。やあ、愉快愉快！　魔界の王を倒し、世界に平和を取り戻してくれるとはな」<br />
相変わらずの豪快な笑いを見せるルドマンの姿に、リュカの身体を知らず包んでいた緊張はいくらか解けた。決して嫌いというわけではないが、リュカはこのルドマンの屋敷に足を踏み入れると条件反射にも等しい緊張感が体を包んでしまうのだった。恐らく人生で最も緊張した瞬間をこの場で味わったからに違いないと、リュカは今ならいくらかそう冷静に思うことができた。<br />
竜神の背に乗っていたリュカたちは、大陸の上空を南下していく中で、海と山の景色を同時に眺めていた。海辺にはサラボナの町、山奥にはどうにか目視できるほどに小さい村が見えた。ビアンカの目が引きつけられるように、山々の景色を眺めているのがリュカには分かった。それも当然だと言うように、リュカは竜神の背に手を当てその意を伝えようとしたが、その瞬間に再び、彼らは光に包まれ、神の強引な力によって竜神の背から忽然と姿を消した。光が止み、竜神の背に残されたプックル、ピエール、アンクルは互いに眩しそうに眼を細めながら目を見合わせた。プックルが不平を言うように一声鳴き、勢い竜神の背から飛び降りかけると、ピエールは慌ててそれを止め、アンクルは冷静にプックルを拾える位置へと移動した。空から魔物が降ってきたなどとなれば、折角平和を享受した人々の中に混乱が起こるのは必至だと、ピエールもアンクルも仲間を宥めすかしていた。ということをリュカたちは知らない。<br />
光に包まれ、あくまでも竜神の善意のもとにその背から降ろされたリュカたちの目の前には、他では見ないような大きな屋敷があった。その前にリュカたちが眺めていた景色は、海と山。今彼らが感じているのは、微かな潮の匂いだった。丘に登れば、海を眺めることもできるこのサラボナの町で、リュカたちは今静かな町の朝の雰囲気を感じていた。<br />
近くで大きな犬の吠え声が聞こえた。柵の中に飼われているリリアンが、屋敷の番犬としての仕事を忘れず、その声で屋敷の主に来客を知らせてくれたのだろう。子供たちが真っ先に柵へと近づいていく。賢い老犬は決して子供たちに嚙みついたりはしない。寧ろその白い尾は喜びを示すように振られ、穏やかな目で子供たちが近づいてくるのを待っている。犬の声を聞いた屋敷のメイドが間もなく屋敷から姿を現し、朝の早い時間にも関わらず四人の来客を手際よく招き入れ、そして今に至っている。<br />
ルドマン家の応接間に通されたリュカとビアンカは、屋敷の主であるルドマンと彼の夫人を前に立ち、挨拶から話を始めている。その状況がリュカたちにあの時を思い出させているのだった。互いに想いを伝え合い、夫婦となることが決まった瞬間の地に足がつかないような高揚感や幸福感以上に、夫婦となることが決まる直前の人生で最も緊張した瞬間の感覚が蘇る。リュカもビアンカも知らず緊張に肩に力が入っていることに気付いていない。以前、十年という月日を経てビアンカを救い出した後にもこのルドマンの屋敷を訪ねたことがあるにも関わらず、まだ彼らは身体にしみ込んでいるあの時の記憶と共に身体を強張らせてしまうのだった。母の横に立つポピーはそっと横目に、母が前に軽く組む両手を落ち着きなく細かく動かしているのを見ていた。<br />
「さすがリュカとその子供たちじゃ。私が見込んだだけのことはあるな。これであの時フローラと結婚してくれていればと思うが、それは言うまい」<br />
「えっ！？」<br />
思わず声を出してしまったポピーは、慌てて口に手を当てて、出てしまった声をなかったことにしようとした。ティミーは話をまともに聞いてもおらず、ただルドマンの屋敷の応接室を興味深そうに眺めている。リュカもビアンカもただ少し困ったように笑うだけだ。<br />
「ともかく今日ほどうれしい日はないぞ！　やあ、愉快愉快！」<br />
そう言ってルドマンが手を差し出すと、リュカはその手を取り固く握手を交わした。以前にはこのサラボナの町が巨大な怪物に滅ぼされようとしていたところを救ったこともあった。リュカにとってこの町は良くも悪くも深い縁がある町であることは間違いのないことだった。<br />
あまりゆっくりはしていられない事情を話した上で、リュカたちは応接間の席に着いた。メイドにより香りの良い茶が運ばれ、喉を潤しながらリュカは魔界という世界のことを話した。ルドマン自身、世界を相手に商売をするような大富豪だ。行ったことも、想像したこともないような魔界という世界の話を聞けば、その目はまるで冒険に憧れる少年のような輝きを見せていた。相応の年を重ね、本来であれば落ち着きを見せるはずのルドマンだが、その芯にあるのは常に先へ先へと進もうとする力だった。彼が商才を持ち、サラボナという一つの町の領主にもなっている事実は、代々の血筋のものもあるのだろうが、彼自身がどれだけ世のため人のための行動を取れるかという信条を抱いているからに違いない。そしてその信条を基にしているためだろうか、彼が人を見る目は鋭く、今も真っすぐにリュカの目を、ビアンカの目を、子供たちの目を順々に見つめている。嘘偽りないという気持ちを示すためにそうするのは、もはやルドマンにとっては普通の行動なのだった。そしてそれに応じる相手の目に、その人の真実を見極めようとすることもまた、彼にとってはごく普通の行動なのだ。<br />
「リュカさんの息子さんが伝説の勇者だったなんて……。本当に驚いてしまいましたわ。きっとリュカさんとビアンカさんとは結ばれる運命でしたのね」<br />
ルドマンの隣に座る夫人が、いかにも貴婦人を表すような穏やかな口調でそう感想を伝える。ルドマンという豪快な男に隠れてしまいがちな夫人だが、彼女もまた肝の座った女性であることはその物腰から感じられる。いくつもの突拍子もない行動を取ってきたであろうルドマンの隣で、彼女はずっと離れることなく支えてきたのだ。<br />
話が魔界での冒険となると、ルドマンは興味深そうに表情豊かにリュカの話に聞き入ったが、夫人が長らく彼らをここに引き留めるわけには行かないと、しかし決して話に水を差さないような柔らかな仕草で夫をたしなめるように言葉を挟んだ。<br />
「ぜひフローラとアンディにも会ってやってくださいまし。あなた方の帰りを待つ方々もいらっしゃるでしょうから、あまり時間を取らせたくはないのですが……」<br />
「おお！　そうだな。既に使いの者がフローラたちに君たちのことを知らせているだろう。じきにこちらへ来るものと思うが……」<br />
「いえ、ぜひこちらから伺わせてください。お二人はあの丘の上の学び舎に……」<br />
「いえ、二人は別荘におります。以前、ビアンカさんにも泊まっていただいたあの別荘ですわ」<br />
夫人がそう言うなり、リュカとビアンカは再び緊張に身体がこわばるのを感じた。ルドマンのこの屋敷から南へ少し歩いたところに、彼の別荘がある。<br />
ビアンカが以前にその別荘を使用したのは、あの花嫁選びの日の前日が初めてだった。緊張と、未来への虚無感に、一睡もできなかったのは誰にも言っていない。今も誰にも言う気はない。このまま年を取り、あの時が遠い過去になったようなおばあさんになった頃にもしかしたら話す気になるかもしれないなどと、今は無責任にそんなことを考えられるようにもなった。あの時はきっと、人生で最も自分のために泣いたのだろうと、当時の若さを今は懐かしむこともできる。<br />
リュカの脳裏にはただただ月夜に美しく浮かび上がるようなビアンカの姿が思い出されていた。別荘の二階の窓から、ビアンカはリュカを見下ろしていた。夜の暗い中、彼女の姿がはっきりと見えるはずもないのに、リュカはその時の彼女の姿に神々しささえ感じていた。今に思い出されるそのような彼女の姿は、リュカが想像する彼女の像をも含んでいた。それが、当時の彼の視点だったのだ。人に惚れるというのは、そのような景色を生み出してしまうものということを、リュカは今も気づいていない。<br />
リュカたちはここで待つのではなく、フローラとアンディの暮らす別荘へ行くことをルドマンに伝えた。待つのは性に合わないのだとビアンカが笑顔で言えば、ルドマンも夫人も笑って彼らを送り出してくれた。ルドマンの屋敷を出て、屋敷の大きな扉が閉められると、リュカもビアンカも同時に深く息をついた。ビアンカなどは暑くもないのにこめかみに滲んだ汗を指で拭っている。<br />
「お父さん、ルドマンさんの別荘ってどこなの？」<br />
大きな屋敷を今一度見上げながら、ティミーがそう言うと、リュカは朝の心地よい日に照らされて緑も輝く木々の向こうを指さした。水の流れる音も耳に涼しい。年中温暖なこのサラボナの町では緑は常に濃く強く豊かで、人々を潤す清かな水も町中に堂々と流れ、町の中心的存在となる大聖堂とも呼べる大きな教会前には人々の憩いの場となる噴水がある。国という形を成してはいないものの、町がこうも豊かに発展し、存続しているのは、豊かな自然の恵みと共に町の人々もまた豊かな心で暮らしているからなのだろう。<br />
「別荘って、なんだかいいよね！　秘密基地みたいな感じがするよ」<br />
ティミーはそれほど遠くはない場所に、木々の葉の隙間に見えるルドマンの別荘を目にし、無邪気にそんな感想を漏らす。その言葉に隣を歩いていたビアンカは思わず吹き出し、いかにも男の子が憧れそうな場所だと、息子の無邪気に救われたような笑顔でティミーの頭を一度撫でた。<br />
「あの……ねえ、お父さん？」<br />
ビアンカの後ろを歩くリュカに近づきながら、ポピーが小さな声で話しかける。彼女はどうやら父リュカだけに話をしたい素振りで声を低めていたが、少し前を歩くビアンカにも当然のようにその声は聞こえていた。<br />
「前から聞きたかったんだけど……」<br />
「うん？」<br />
「お母さんってこの家に来るとすごく緊張するみたいなの。昔この家で何かあったの？」<br />
少々早口にそう聞くポピーは、一気に言ってしまわないと言う意欲が挫けそうだというような雰囲気を醸していた。気になるけど聞いたら悪いかも、だけど聞いてみたい、でも……というような気持で、結局ポピーはリュカにそう聞いたのだった。彼女はこれまでにもこうした問いかけをリュカにしたことがあった。父リュカがもしかしたらフローラと結婚していたかもしれないということは一応知っている。しかし詳しい話などは一切聞いたことがない。ポピーが小さな声でリュカに話しかけるそのほんの少し前を歩くビアンカの両肩が僅かに上がり、彼女に緊張が走るのをリュカは見てしまった。<br />
「う～ん、まあ、色々とね」<br />
「色々って？」<br />
「……どこから話したらいいんだろう」<br />
「ねえ、リュカ」<br />
ぱっと後ろを振り向いたビアンカとその呼びかけの声に、今度はリュカがびくりと両肩を上げた。彼女の顔つきは一つもぎこちないところなどなく、ただ穏やかでにこやかなものだ。ルドマンの屋敷のあの応接室にいる時の緊張感は既に彼女の身体を縛り付けてはいない。彼女は努めて、このサラボナの強い緑の景色に目を向け、その生き生きとした木々も草花も平和に守られたことに心を安らげているようだった。<br />
当時のあの時、彼女はただ悲しみと辛さに涙していただけではない。その後には人生で最も最良の時間をこの町で過ごしたのだ。この町で、ビアンカはこの世の地獄と天国を一度に見たようだったと、胸の中でそう思っている。<br />
「この町で結婚式をしたのが何だかついこの間のことみたい……」<br />
子供たちが生まれて十年が経つ。このサラボナの町で結婚式を挙げたのはそれよりももっと前になる。しかし暖かで明るいこの町の景色があの頃とほとんど変わっていないようにも思えるのは、ビアンカだけではなくリュカも同じだった。町全体に仄かに香る花の匂いもまた、二人に当時のことを思い出させた。あれから十年以上が経っていることが信じられないのは、あの瞬間が彼らにとって初めて自身の想いを誰にはばかることなく、互いに示すことができた時だったからかも知れない。<br />
「石になってた時間が長いからそう感じるのかしら？」<br />
少しふざけたような調子でそういうビアンカに、リュカは困ったように笑う。<br />
「ううん、そうじゃないわよね」<br />
ビアンカは決してリュカを困らせたくてそんなことを言ったのではない。彼女としてはあの呪われた時間さえも今では笑い飛ばしてしまいたいと思っているのだ。それが皆のためでもあり、自分のためでもあるのだと、彼女は近づいてくるルドマンの別荘を眺めながら明るい笑みを浮かべている。<br />
「ねえ、お父さん。お母さんと結婚してよかった？」<br />
母の何かを感じ取っているのだろうかと思うような、ポピーの鋭い言葉がリュカに届く。一つの答え以外は許さないと言わんばかりの雰囲気がありありと漂っているのは違いないが、ポピーがリュカに求めているのはそれ以上のことだ。しかしポピー自身もそのことにはっきりとは気づいていない。ただ己の中にあるもやもやを言葉にしただけのことだ。<br />
「もちろんだよ。僕にはビアンカしかいないよ」<br />
リュカの本心の言葉に、ポピーはみるみる顔を明るくした。どうやら彼女の期待以上の言葉と態度が父から得られたようだった。リュカにはそのつもりもないのが本当のところだが、まるで口説き文句のようなその言葉に、ポピーだけではなくビアンカまで仄かに顔を赤らめている。<br />
「私、お父さんもお母さんも大好きだから、二人が結婚して本当に良かった！」<br />
「ボクも、ボクも！　お父さんとお母さんじゃなきゃ、お父さんとお母さんじゃなかったよ！　……って、あれ？　なんだかよくわからないね、これじゃあ」<br />
「うふふ、言いたいことはよ～く分かるわ、ティミー。二人とも、ありがとうね」<br />
「僕たちだって、二人が僕たちの子供で良かったって思ってるよ。本当にありがとう」<br />
たまたま勇者という運命を授かってしまったティミーに、勇者を兄に持つこととなった妹のポピー。世界に平和が訪れた今は、彼らを強く縛り付けていた勇者という宿命は緩やかに解かれた。しかし彼らがリュカとビアンカの子供たちであることは、彼らがこの世に生を受けた時から、未来永劫変わることはない。ただ純粋に親子の関係に浸ることができるようになった今に、リュカもビアンカも改めて生きる幸せを感じていた。</p>
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<p>揺るぎない幸せを感じていたはずの彼らだが、その思いはその時々に必然と多少なりとも揺れ動いてしまうのは仕方のないことだ。それが人間というものなのだろう。<br />
ルドマンの別荘近く、手入れの行き届いた庭に咲く色とりどりの花々に囲まれて立つ、二人の姿があった。まだ朝の早い時間、清々しい空気に辺りは満ちている。一人は杖を手にしながらも、いくらか杖にも頼らずに歩く様子が窺える。その隣、腕に眠る赤ん坊を大事に抱える青髪の夫人が、朝早くにも関わらず別荘に向かって歩いてくる旅人の姿を目にして、ゆっくりと歩みを止めた。<br />
別荘の周りに咲き乱れる色とりどりの花々の景色も相まって、朝の清々しい空気の中に見るアンディとフローラ夫妻の立つ姿はどこか幻想的にも見えた。声を出さずに、アンディはゆっくりと大きくリュカたちに手を振っている。恐らくフローラが胸に抱く赤ん坊が眠っているのだろう。朝の早い時間ということもあり、木々の間にささやかに鳴く鳥の声の静けさに、ティミーも自ずと声を抑えて「こんにちはー」と挨拶をする。<br />
既にルドマンの屋敷から渡されていた使者にリュカたちの訪問を知っていたフローラとアンディは、別荘の中で待っていることもできずに、朝の散歩よろしく庭に出てリュカたちを待っていたのだった。フローラが抱く赤ん坊はつい先ほどまで目を覚ましていたらしいが、母の腕の温かさに安心したように眠ってしまったようだ。その眠っている赤子を覗き見るように顔を前に出すと、ビアンカはいかにも嬉しいというように頬を緩める。<br />
「本当にありがとうございました。リュカさん、ビアンカさん、それにお二人のお子達」<br />
何よりも先にフローラが心からそう御礼の言葉を述べるのは、ここサラボナもまた地上世界の危機に晒されていたからに他ならない。この町も例外ではなく、気性荒くした魔物たちの標的となり、暗黒を思わせる暗雲が空一面を覆う中で魔物に襲い掛かられようとしていた。実際に、町の自警団のみならず、町の男たちは手に武器を取り、町を守らんと魔物との戦いに出ていた。その中には戦いを支援する目的でフローラ自身も加わっていた。戦いの経験などないフローラは間もなく町へと戻らされることとなったが、この町の、この世界の平和を強く願う一人であることには違いなかった。<br />
この町は一度、ただでさえ危機に見舞われたのだ。ルドマンの先祖の者が封じ込めていた怪物ブオーンが復活してしまい、もしあの大きな山のような怪物がサラボナの町に襲い掛かっていれば、今頃はこの美しいサラボナの町は今の姿を留めていなかったかも知れない。宿命はそこにもあったのだろうかと思わせるタイミングで、リュカたちはちょうどその時サラボナの町を訪れ、怪物ブオーンを倒すことに成功した。ルドマンは町の自警団の男たちを集め、怪物に立ち向かおうとしていたが、その必要もなくなった。が、その時の経験がこの度の危機に生きたのは間違いなかった。<br />
町の長を務めるルドマンという人物は、ただ安穏と長という地位に胡坐をかいているような人物ではない。彼の目は常にサラボナという町、引いてはこの世界全体を眺めている。世界のためにもこのサラボナの町を守り切らなくてはならないという意思を強く持ち、その意は町の人々にも波及した。結局は一人一人が守るべきものを意識しなければ、守るものも守れない。<br />
暗雲に覆われ、嘘のように暗い夜の闇が唐突に、光に晒されたのだと皆がそう思った。実際には、暗雲の向こうに隠されていた月が姿を現しただけの光だった。しかしそれでも夜の闇はこれほど明るかっただろうかと思うほどに、月の放つ光は目に眩しいほどだった。夜空には星々も煌めき、美しい夜空に目を向けるだけで、サラボナの町の者たちは皆、自身に一気に温かな血が通うような感覚に陥った。生きていること、これからも生き続けられるということに、引いていく魔物の群れの景色に未来を見出すことができたのだ。<br />
そしてこの朝早くに、サラボナの町の遥か上空を、高らかな声を上げて飛行する竜神に気付いた者たちが町の中にちらほらといた。既に彼らは起き出し、世界に平和が訪れたのは本当のことなのだと確信した喜びと共に、今日これから町中でお祭り騒ぎを始める気を起こしている。元来、この温かな風土に生きるサラボナの町の人々の性格は明るい。お祭りの機会をいつでもどこかに探しているようなもので、世界が平和になったなどとなれば彼らは恐らく全力でお祭り騒ぎを決行するに違いない。つい昨日も、賑やかに騒いでいたにも関わらずだ。<br />
そんな街の様子など感じられないような離れた場所に位置するルドマンの別荘では、ただ朝の静かな空気が漂い、そこでリュカは杖を片手に立つアンディと握手を交わした。フローラは胸に抱く赤ん坊を抱え直して手を差し出そうとするが、それをビアンカが抑えるように彼女の手に自身の手を当てた。<br />
「うふふ、良く眠っているわね」<br />
ごく小さな声で言うビアンカに、フローラもふわりと笑みを見せ、「ええ」と短く返事をする。別荘の中に入って茶でもと勧めるフローラだが、リュカが空を指さすと、それに合わせるように高らかに鳴く竜神の姿に彼女は驚きつつも、納得したように小さく頷いた。<br />
「リュカさんたちを待つ方々がいらっしゃいますものね。早くお帰りにならなくては」<br />
「わざわざこちらにも立ち寄っていただいてありがとうございます」<br />
控えめな声で話してはいたものの、その小さな声にフローラの腕に眠っていた赤ん坊が僅かに身じろぎし、薄く目を開いた。起こされた赤ん坊は泣くものだろうと、リュカは微かに身を引いて身構えたが、赤ん坊はただぼんやりと虚空を見つめた後、間近に見えるフローラに視点が合うとにこにこと笑う。母の温かな体温にすっかり安心しているのだろう。ポピーはその姿を見ながら、「かわいい～」と同じようににこにこと見つめる。<br />
「あなた方はやはりすごい人たちだったんですね」<br />
アンディが杖にやや体重を乗せながら、リュカに明るくそう告げる。アンディが初めてリュカと出会ったのは、ルドマンの屋敷でフローラの花婿となる男を募っていた時のことだった。今から十年以上前になることだが、その時のことをアンディはつい先日のことのように思い出せる。あの時、彼は周りが何も見えていなかった。ただただフローラのために危険極まりない詩の火山へ赴くことにも躊躇をしなかった。あの頃は若かったと振り返ることができるようになった彼だが、例えば今同じ状況に陥ったとしたら恐らくあの時と同じことを繰り返すだろうと、普段は自身の中に眠っている本性を感じることができる。<br />
アンディが今この場に立てているのは、死の火山で瀕死のところを目の前のリュカに助けられたからだ。運よく死の火山へ辿り着いたものの、アンディには洞窟を奥へと進むほどの力も運もなかった。結局、大火傷を負って倒れていたところを、リュカと彼の旅の仲間たちに救われたのだ。その時の後遺症として片足に今も不自由があるが、隣に愛するフローラがいることを思えば、今や杖を巧みに使うことができるようにもなった自身は幸せ者だと本心からそう思える。<br />
「そんなすごい人と一時であれフローラのことで競い合ったなんて……。なんだかますます自分に自信が持てたような気がします」<br />
目の前に立つリュカという男とかつて一人の女性を競い合ったことなど、今や信じられないおとぎ話のようなものだとも思えた。しかし現に世界は勇者を中心とした者たちの働きにより救われ、その勇者の父親となるのがこのリュカという男だった。それを考えても、やはりおとぎ話のようなものだと思える。彼は今も若々しく美しい妻ビアンカを隣に連れ、彼らには凛々しく聡明な二人の子供たちがおり、それもまた現実離れした感覚をアンディにもたらすが、彼らの会話を聞けばそれは至って人間味あふれるものなのだ。<br />
「競い合った　って……えっ、お父さん、フローラさんと結婚してたかも知れないの？　競い合ったってことは、お父さん、フローラさんと結婚したかったってこと？　そうなの？」<br />
アンディの素直な言葉を聞いたポピーが驚いたように目を見開き、後ろを振り返り父リュカを見上げる。その目を見て、まるで幼い頃のビアンカに睨まれているような圧迫感を覚えつつ、リュカは言葉も上手く継げなくなってしまった。<br />
「えっ？　いや、えっと、その……どうかなぁ」<br />
状況によってはそうなってもおかしくはなかった当時のことを思い出し、リュカが素直にそう言うと、今度は異なる方向から圧迫の雰囲気を感じ、リュカはそろそろとそちらへと視線を向ける。案の定、ビアンカがどこか無表情な笑顔でリュカを見つめていた。<br />
「どうかなぁってことは、やっぱりそういうことなのね、リュカ」<br />
「えっ！？　そういうことって、どういうこと？」<br />
「こっちが聞いてるのよ」<br />
「そうなの？　ねえ、そうなの？　お父さん、どういうこと？」<br />
「ええ～……どういうことなのかなぁ、よく分からなくなってきたかも……」<br />
「リュカのこういうところがねぇ……ちょっとねぇ……」<br />
「どういうところが、“こういうところ”なのか教えてよ、ビアンカ」<br />
「そういうことはちゃんと自分で考えた方がいいわ」<br />
「なんだか、そうとかこうとかどうとか、ボク、全然わからないよ！　一体何の話をしてるの？」<br />
「リュカさんがフローラと結婚していたかもしれないってことだよ、ティミーくん」<br />
当時であれば絶対に口にしたくもなかったであろうその可能性を、今ではアンディも余裕を持って口にすることができる。それほどに仲睦まじくアンディとフローラは互いに寄り添いながら、十年以上の年月を夫婦として過ごしてきた。互いの愛情を深く確信しているからこそ、過去の話は全て笑いながら話せるようになったのだ。<br />
「アンディ……あまりリュカさんたちを困らせないであげて」<br />
この場で奇妙な雰囲気になってしまったことを明確に理解しているのは女性たちだけだった。ポピーは誰よりも大好きな父を、今はまともに見る気にはなれずにいる。ビアンカは見せる笑顔にどことなく憂いを見せている。フローラはもしかしたら伴侶となっていたかもしれないリュカとは、あの時から誰よりも親しい異性の友人として己の心の中にその存在を置いているが、その実当時ほのかな恋心を抱いたことを忘れてはいない。人の感情とは一言で言い表せるようなものではなく、本人にもはっきりとすべてを語ることなどできない。それを察して欲しいと無意識に願う三人の女性の心情など他所に、今が幸せなのだから何か困ることでもあるのだろうかと首を傾げるアンディに、当時のことをとやかく言われてもあの時よりももっと前からビアンカだけを見ていた気がするリュカと、自分の母親がフローラだったかも知れないのかぁなどと突拍子もないことを考えるティミーと、彼らは彼らでてんでばらばらのことを考えていた。<br />
各々の思考が交錯する雰囲気を敏感に感じたのか、フローラの腕に抱かれる赤ん坊が泣き出してしまった。最も弱く、最も愛らしい存在が声を上げれば、この場にいる誰もがそこに集中する。最も小さな存在でありながら、最も人々をまとめる力があるのはもしかしたら赤ん坊なのかもしれない。<br />
「まだ眠いのかも知れないわね」<br />
「そうかも知れません。ちょっと寝かしつけてきますね」<br />
そう言ってその場を離れようとするフローラの迷いない後姿に、ビアンカは彼女が堂々とした母親として生きているのだと感じた。たとえ血が繋がっていなくとも、フローラは腕に抱く子を己の子供として温かく抱いているのだ。そんな母の愛情を、ビアンカは己のこととして思い出し、ここからさほど離れていない故郷へと思いを馳せる。<br />
「フローラさん、僕たちそろそろ……」<br />
「あら、そうですか……。でもこうしてまたお会いできて本当に良かったです」<br />
振り返るフローラに、リュカはごく自然と微笑みかけた。互いに愛する伴侶と結ばれ、これからは平和な世界の中でさらなる幸せを築いていけるだろうと、明るい未来が広がると思えば彼らの笑みにも全く翳りは見られない。<br />
「どうかいつまでも仲良くお幸せに」<br />
「フローラさんとアンディさんもお元気で」<br />
「今度はゆっくりお茶でもしましょうね」<br />
「またいつでもお越しください、皆さんで」<br />
言葉を交わす中でも小さく泣き続ける赤ん坊を、ポピーとティミーがあやして泣き止ませようとしていた。弱くなった赤ん坊の泣き声に、その小さな命はただ眠い眠いと、赤ん坊の浅い眠りへと向かおうとしている。その小さく愛らしい姿に、ポピーは先ほどまでのことなどすっかり忘れたように、とろけるような笑みを浮かべている。<br />
彼らの暮らす別荘から離れ、間もなくサラボナの町の中を流れる水路の上を渡ろうとする時に、ビアンカが独り言のように小さな声で言う。<br />
「ねえ、リュカ？」<br />
弱いビアンカの声に、不穏というよりは不安を感じたリュカは、隣を歩く妻の顔を覗き込むように見つめ、「どうしたの？」と声をかける。<br />
「あの日、フローラさんじゃなくて私を選んだこと、後悔してない？」<br />
「……まだそういうことを言うんだ」<br />
リュカは半ば呆れるような調子で応えてしまう。溜息交じりにの反応を見せるリュカに、ビアンカは少しむきになるような態度で言ってしまう。<br />
「だってフローラさん今でもすごく美人だしおしとやかだし……」<br />
そう言うビアンカ自身が、フローラという女性に憧れているのかも知れないと、リュカはふと考える。確かにフローラはまさしく麗しい貴婦人という容姿をしており、その所作一つ一つにも育ちの良さから優雅な様子が見て取れる。いかにも女性が憧れる女性なのだろう。しかし女性の魅力というものは決してそんな一つの価値に凝縮されているわけではないだろう。現にリュカは、幼い頃からお転婆と言われていたビアンカを選んだのだ。一体どうして彼女を選んだのかは、リュカ自身にもはっきりとは説明できない。言葉では言い表せない、言い尽くせない感情がリュカの中に溢れ、それがただビアンカという一人の女性に向かっただけなのだ。<br />
「ん？　なんで黙ってるの？」<br />
「え？」<br />
黙っていたつもりなどなかったリュカだが、ただ考え事をしていただけで言葉を発しなかったら、結局黙っていたこととなってしまった。しかしどの言葉を彼女に発しても、言葉にした瞬間からそれは薄く軽いものになってしまいそうだと、リュカは困惑する。どのような言葉を口にしても、どれも完全には当てはまらないのだ。<br />
故に、リュカは言葉ではなく態度で表すことにした。一度立ち止まり、口づけをする。ティミーとポピーが互いに顔を見合わせて、驚きの表情を露わにしている。ビアンカは一瞬身を固くし、すぐに離れたリュカに「もうっ！」と言って顔を真っ赤にしながらその胸を両手で押しのけた。<br />
「ビアンカがそんなことを言うからだよ」<br />
「……分かったわよ……もう、言わない……」<br />
恥ずかしさに真っ赤になってしまった顔を誰にも見られたくないというように、両手で顔を覆うビアンカを、リュカはにこにこと見つめている。言葉では言い尽くせないというのはこういうことなのだと、リュカは今の彼女もまた好きなのだと、まるで恋人同士のようにその手を取って繋いだ。<br />
サラボナの町の、当時から変わらない明るく華やかな雰囲気に、リュカもビアンカも自ずと当時の記憶がありありと脳裏に蘇る。身も心もあの頃のような初々しさを取り戻したようで、空に広がる青空を見渡せば、式を挙げて教会を出た後の光り輝く青空の景色を思い出す。世界は平和を迎えることができた。これからは人々が無暗に不安に苛まれることなく、存分に人々の幸せが続くのだと、リュカたちは皆、空に舞う竜神の姿を遠く見つめた。リュカたちに呼応するように、竜神が一声鳴けば、再びリュカたちは眩い光に包まれた。</p>
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		<title>本編を更新しました。「神の褒美」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 01:02:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[日記]]></category>
		<category><![CDATA[更新]]></category>
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					<description><![CDATA[桜がちらほらと咲き始め、今日はまた暖かいので更に桜が咲きそうですね。春です。なんだか無条件に心地も良くなります。いいですね。 さて、本編を更新しました。 神の褒美 ここでのお話 ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>桜がちらほらと咲き始め、今日はまた暖かいので更に桜が咲きそうですね。春です。なんだか無条件に心地も良くなります。いいですね。<br />
さて、本編を更新しました。</p>
<p><a href="https://like-a-wind.com/text46-4/">神の褒美</a><br />
ここでのお話は、一体どうしたものかと頭を悩ませましたが、夢あるお話に仕上がったように思います。ドラクエがゲームという本体に甘んじて書かせてもらいました。現実はきっとこうはいかないのでしょうが、この世界の神さまというのはあの方なので……ということで、明るい感じでお話を書いてみました。異論、反論、様々ございましょうが、まあ、一つのお話として受け止めていただければと思っています。</p>
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		<title>神の褒美</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 00:50:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[DQ5（長編）]]></category>
		<category><![CDATA[青年時代（６）]]></category>
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					<description><![CDATA[昼の陽光は明るく、竜神の背に乗るリュカたちを心地よく照らしている。青空はどこまでも広がり、南の海の方へと目を向ければ、そこにぽつぽつと白い雲が浮かぶ景色が見えるだけだ。リュカた ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>昼の陽光は明るく、竜神の背に乗るリュカたちを心地よく照らしている。青空はどこまでも広がり、南の海の方へと目を向ければ、そこにぽつぽつと白い雲が浮かぶ景色が見えるだけだ。リュカたちが魔界で戦っている最中、この地一帯が暗雲に包まれ、世界は間もなく完全なる闇に覆われかけていた余韻はどこにも見当たらない。リュカたちを乗せる竜神は広く晴れ晴れとしている世界の景色を琥珀色の目に映しながら、その心は非常に安らかに凪いでいた。<br />
ラインハットを後にしてすぐ、リュカの視線は自然とある方角へと向けられていた。幼い頃、父に連れられプックルと共にラインハットへ向かうべくこの広い平原を歩いた。その平原が今リュカたちの眼下に広がり、大きな川を挟んで向こう、懐かしきサンタローズの村がある。竜神の背に乗り移動すると、世界はこれほどに狭いものかと、あっという間に見えた山深い村の景色にリュカは思わずその景色に見入る。<br />
竜神が突然そこで旋回をした。ポピーが小さく悲鳴を上げてリュカにつかまる。ピエールもバランスを崩しそうになり、転がりかけたところをアンクルに支えられた。今リュカは、ずっと手にしていたドラゴンの杖を持っていない。杖は魔界の奥深くで彼の手を離れ、今も恐らく魔界の奥底にあるままとなっているに違いない。以前にも竜神の背に乗り、空から世界を見たことがあったが、その際にはドラゴンの杖を通じて竜神とも意思疎通を図ることができた。しかし今は竜神の意のままに空を飛び、リュカたちにもその行先は分からないのだった。<br />
しかしこの場で竜神が旋回をしたということは恐らく、とリュカはサンタローズの村に寄ることを期待する。ただ、この山がちの地形に竜神が降り立てるような広い場所がないようだと、リュカは遥か下方のまだ小さな地図ほどに見えるサンタローズの村をじっと見つめる。<br />
意思の疎通が図れたわけではない。しかしそれはただリュカが竜神の意図を読めないだけで、竜神は当然のようにリュカの心情に気づいている。伊達に神様をしているわけではないと言わんばかりに、竜神はその場で垂直方向に一回転をすると、ポピーだけではなく皆が悲鳴を上げる中、世界の救世主には特別だというように神としての力をほんのわずかに放った。途端に光に包まれたリュカたちには、一体何が起こっているのか分からず、ただその身体は竜神の背を離れていく。</p>
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<p>祈りを捧げるシスターが両手を合わせる、村の小さな教会の遥か上方から、高らかな竜の鳴き声が響いた。目を閉じていたシスターはその声に静かに目を開ける。ちょうど時は昼頃。一日に二度の食事で事足りている彼女はこの後も本来ならば村の復興をと、数少ない村人たちと力を合わせて手を働かせていた。<br />
胸には、数カ月前に過労と心労に倒れた神父から譲り受けた首飾りが光っている。ずっと村の再生を共に夢見ていた恩人でもある神父が亡くなってしまったことに、彼女はこらえきれない悲しみを抱きつつも前を向き、それでも神は人間を見捨てはしないのだと信じ続けた。神への信仰が彼女の心のよりどころであったことは確かだ。しかし、彼女のその役目は唐突に終わってしまったのだ。<br />
神の奇跡としか言いようのない出来事が、このサンタローズの村に起こっていた。少し前まで村の上空、のみならず、その暗雲は遥かにどこまでにでも広がっているような景色があった。しかしその暗雲の景色はある時、一度に吹き飛んでしまった。そして神への祈りを欠かさず、サンタローズの村はいつか必ず復興を遂げるのだと、日々の仕事は小さいながらも手を動かしていたシスターの目の前に、かつてこの村に住んでいた者たちが次々と姿を現したのだ。それは初め、夢だと思った。しかしかつて村に住んでいた者たちは皆、相応の年月を経て、年を重ねた姿となっていた。武器屋を営んでいたパパスの喧嘩友だちを自称する男も、幼いリュカが村のあちこちを動き回るのを静かに見守っていた宿屋の主人も、パパスを相手に自ら酒を口にしてしまっていた酒場のマスターも、他にも村に暮らしていた人々が村に戻ってくる光景を目にして、シスターはしばし信じられない思いでただ立ち尽くしていた。戻ってきた者たちは皆が皆、己の意思でこの村に戻ってきたのだと話す。しかしどうやって戻ってきたのかは誰も分からないという、不思議としか言いようのない現象がそこにあった。彼らの話を聞いてシスターは、やはりこれは夢なのだと思わざるを得なかった。しかしたとえ夢でも構わないと思った。人間は夢を見るものだ。夢なら夢で、この世界を目指して現実を生きていけばいいと、彼女は常と変わらず神に祈りを捧げながら夢と現実に向き合うことを覚悟した。<br />
彼女の夢は、サンタローズの村をあの時の平和の姿に戻すこと。それは徐々に再生していくしかないものだと当然理解していた。しかしそれさえも、夢は大きく覆してくれた。一晩だ。寝て、起きたら、村の景色は一変。村を包んでいた毒の沼地の臭気が感じられず、村に漂う空気は日に晒され、清らかな川の上を心地よく滑り、空気を吸い込んだ肺をまるで傷めない。シスターは自分があの頃の少女に戻ったかのような錯覚を覚えた。荒れ果てていた村の景色は、彼女が幼い少女だった頃の景色そのままのものに戻り、かつての惨劇など何もなかったかのような平和な光景を見せていた。<br />
気づけば、長閑な村の風景を演出するように、すっかり昔の景色のままの村には家々が建ち、臭気を上げていたはずの毒の沼地は消え去り、そこにはふかふかに耕された畑が蘇っている。夢にしては出来すぎている。幼い自分がここまで村の景色を細かく覚えて、夢に再現しているのだろうかと思うと、それもまた不可能なのではないかと感じる。教会が頼りだと訪ねてくる村人たちと話をすれば、彼らが知らぬところで過ごした年月を感じることができる。時は、決して止まっていない。動き続ける時の中を生きてきたのであれば、この信じがたい現象は確かに現実に起こっていることなのだと認めることができる。<br />
教会の中で祈りを捧げていても、高らかに聞こえた竜の鳴き声に、シスターの口元に笑みが浮かび、小さな皺が刻まれる。外に出ている村人たちは、一様に晴れ渡る空を見上げているのだろう。静かな村に、人々の明るい歓声のような声が聞こえる。彼女は今、神の奇跡というものを当たり前のように信じている。きっとこの村の奇跡は、神の御慈悲による奇跡に違いないのだと、そうでなければ説明がつかないものだと、もう彼女の中でサンタローズの復興した景色は夢ではなく現実のものとして受け止められている。<br />
魔界の悪しき王は滅びたと、彼女は祈る際に両手を当てる亡き神父の首飾りを通じて神の声を聞いた。今まさに、その竜神がサンタローズの村の遥か上空を飛んでいるに違いない。もう一つの太陽かと見まごうほどに輝かしい竜神のその背に、かつてこの村に暮らしていた小さな男の子がいるのだろう。帰ってきた、彼が。神の奇跡もさることながら、一体あの小さな男の子だった彼が起こした奇跡はどれほどのものかと、彼女はまるでいつもと変わらない様子で神への感謝の言葉と共に祈りを捧げる。</p>
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<p>唐突に目の前に現れたのは、一つの木の扉だった。リュカたちが並び立つのは明るい日に照らされた暖かな外で、開けた視界に映ったのは古びた木造の教会だ。それはこの村で唯一、惨禍を逃れた建物だった。いつから建つ建物なのかも知らず、しかしリュカは幼い時にこの近くにまで走ってきて遊んでいたことを覚えている。村人たちは皆、幼いリュカに優しかった。それというのも、この村に拠点を構えた父パパスの人望のなせる業でもあったに違いない。この村でリュカは、リュカ個人であるというよりも、パパスの子であることでこの村で安全に暮らせていたのだろう。<br />
「リュカ、ここは……」<br />
ビアンカが辺りをキョロキョロと見渡しながら、多少困惑しつつリュカに呼びかける。ビアンカはこのサンタローズという村がラインハットの襲撃を受け、ほとんど滅ぼされてしまった時の景色で、記憶が留められている。ましてやここを訪れるのはそれ以来のことで、彼女は自分の目に映る景色を初めて見るものとして捉え始めている。しかしそれはリュカも似たような状況だった。<br />
ラインハットの援けによりサンタローズの村の復興は進んでいることを知っていたリュカも、まるで過去に少年であった彼が暮らしていた時と同じ村の景色が広がっていることに、驚かないではいられなかった。夢でも見ているような気分で、あまりに平和で、幼い頃の記憶そのものの村の景色に、リュカもまた驚きの表情でしばしその場に立ち尽くしていた。<br />
「あれ？　マスタードラゴンは上に飛んでるよ」<br />
「私たち、どうやってここに来たのかしら……？」<br />
ティミーとポピーもこの場所には足を踏み入れたことがない。かつてリュカが父パパスと、従者サンチョと共に暮らしていた村の話をしたことはあったかも知れない。しかしそれがこの場所だとは当然気づかず、見知らぬ村の景色にただ訳も分からない様子で辺りを見渡すだけだ。<br />
その時、目の前の教会の扉がきしむ音を立てて開き、中から一人のシスターが姿を現した。村人たちが教会を訪れることは珍しいことではない。しかし目の前に立つ四人は明らかに旅人であり、シスターの視線がリュカと出会うと、彼女は息を吞んでしばしその顔に見入った。<br />
サンタローズの村の景色は、彼らが少年と少女であった頃のように、美しく輝いている。日に晒された緑は力強くも温かく、耳には近くを流れる川のせせらぎの音が心地よい。健康的な作物を育てる土壌があり、よく耕された畑からは良い土の匂いが運ばれてくる。教会の周りに咲く花々はどれも瑞々しく、そこが荒れ果てていた地であったことなど忘れ去っているかのようだ。子供の頃のあの景色であるにも関わらず、リュカの前に立つのはこの村で苦労を重ねてきたであろう一人の立派なシスターであり、シスターの前に立つのは幼い頃から想像も及ばぬほどの壮絶な人生を送ってきた遠い国の王であることに違いはない。夢のような現実があるとすれば、彼らが今目の前に見ている光景そのものなのだろう。<br />
「ようこそ、お帰りなさい。サンタローズの村に」<br />
落ち着いたシスターの声に、リュカの心もまた落ち着いた。サンタローズの村はあの頃の景色を取り戻している。つい数か月前にリュカはこの村を訪れている。その際にはまだ村の景色はあの時の惨状をあちこちに留めており、果たしてこの村は元の姿に戻るのだろうかと半ば諦念に近い思いがリュカの胸にはあった。一度、壊されてしまったものは完全には元には戻らない。たとえ見た目に元に戻ったとしても、それは元あったものとは異なるものだ。村が壊れた景色を知っているリュカやシスターの心の中にはいつまでもその記憶が残るのだ。それだけでかつての平和なサンタローズの村は、完全に元の姿に戻ることはない。<br />
しかし今は嘘のような平和な村の景色が周囲見渡す限りに在り、その温もり溢れる景色にリュカもシスターも、その心は無垢な童心の頃へと帰る。彼らの頭上、遥か上を、静かに緩やかに旋回を続ける竜神が見守っている。<br />
「リュカさん。あなたがパパスさんとこの村から出かけて行った日。あの日のことをつい昨日のことのように覚えています」<br />
見た目にはすっかり元の景色を取り戻したサンタローズの村に立っていれば、シスターの言葉をそのまま受け止めることができると、リュカは小さく頷いた。リュカもシスター同様、決してこの村の景色を事細かく覚えているわけではない。しかし見渡す景色のどこを切り取っても、リュカの記憶の中の景色のどれかと一致するのは、無意識にも幼い頃の記憶が残っているためなのだろう。何故それほどに村の景色を覚えているのか。それはきっと、あの時が最も楽しかったからに違いない。すぐ隣で、妻が小さく鼻をすする音が聞こえた。<br />
「まさかあの日以来、二人とも帰らなくなるなど誰が思ったでしょうか……」<br />
シスターの少女の頃の記憶の中でも、旅人パパスの姿は憧れの大人の男性の姿だったのだろう。パパスは長い航海の旅を終え、約二年ぶりにサンタローズの村へ、息子のリュカと共に戻ってきたのだ。そして数か月滞在しただけですぐに、ラインハットへと向かうこととなった。誰もが知り合いのようなこの小さな村で、二年ぶりに帰郷した父子の旅人を温かく迎え入れてくれたのは、この村でずっとその父子を待ち続けていた従者の存在も大きかった。村人たちは皆が皆、他所からやってきた旅人を受け入れ、惨劇の後でさえもこうして信じ続けてくれている。改めて考えてみると、幼い頃には何も気づかなかったこれらのことは、サンタローズの村人の温かさがあって初めて生まれたことなのだと、それを代表するかのように成長した少女の姿に過去の村の姿を知る。<br />
「しかし今あなた方はこうして帰ってきてくれました」<br />
シスターとしてサンタローズの村の教会で立派に日々務めを果たしている彼女だが、言葉を口にする音に、シスターという立場を超えた、突き抜けたような明るい喜びの音が表れ始める。今や、リュカを見つめる目はまるで少女の頃のような純粋な驚きや喜びに満ち、目には内から滲み出るような光が表れ、白い歯を見せてにっこりと笑っている。目に湛える涙の雰囲気は、村の悲劇を乗り越え、あの頃の明るい村の景色が戻ってきた嬉しさに明るくなる。<br />
「しかも世界平和というお土産まで持って……。」<br />
生まれも育ちもサンタローズの彼女にとっては、村が元気を取り戻すことに比べて、世界平和はお土産に収まってしまうのだと、リュカは思わず笑顔になった。人にとっての幸せとはそういうものだし、それで構わない。隣にいる家族が、友人が、仲間が笑ってくれていれば、それが人の最たる幸せというものだ。リュカ自身もまた、そのために今まで戦ってきたのだ。この世界を救いたいと初めからそんな大層なことを考えていたわけではないし、究極的にはそれを考えたことはないのかも知れない。しかし大事な者たちを守るためには、大事な者たちに笑って過ごしてほしいと思えば、己には恐らくこの道しか選ぶことはできなかった。それが運命、宿命と言われるのなら、それを否定することもできないが、紛れもなくリュカは己の行く道は己が決めたのだと思うことにしている。そうでなければ、無責任ということになってしまう。<br />
シスターが突然、組み合わせていた両手をぐっと握りこみ、両目をきつく閉じ、「ほんっとうにうれしいっ！」と叫ぶように言った。その一言に、彼女のこれまでの長年の苦労が報われたのだと、リュカも一緒に笑顔になって喜んだ。これまで彼女はどれだけの絶望に追いやられていたのか。しかし彼女もまたこの村で、絶対に諦めてなるものかと歯を食いしばり、村の生き残りの者と共に支えあって生きてきた。その彼女の苦労がここでこうして報われたのなら、リュカとしてもこれほどうれしいことはない。<br />
―わーい、うれしいなあっと！　リュカが帰ってきた！　わーい、わーい！―<br />
あの時の少女が飛び跳ねて喜んでいる姿が、リュカには見えたような気がした。リュカにとっても取り戻せない時間は、シスターとなった彼女にとっても取り戻せない時間だ。しかしこれからの時間を、恐らく神様のご褒美でもあるサンタローズの復活と共に彼女が歩んでいけるのなら、彼女が背負ってきた苦労はここでようやく報われることになるだろう。リュカにはそれが本当にうれしいことだった。<br />
「あ、あら、私ったら取り乱してしまいました……」<br />
赤面する彼女を見て、リュカはシスターが本当に目の前で飛び跳ねて喜んでいたのだと気づいた。<br />
「ううん！　シスターが喜んでくれて、私もうれしい！」<br />
「そうだよ！　ボクたち、そのために頑張ったんだもん！　みんなが喜んでくれれば、それが一番うれしいよ！」<br />
目の前でここまで感情露わに喜びを表すシスターの姿を見て、ポピーもティミーも一緒になって喜んだ。手を取り合い、ぐるぐると回り出す姿を見れば、やはり成長してシスターとなった彼女は少女に戻ったように見えてしまう。それはきっと、彼女がまだ若き娘であった頃の時間を失ってしまったからなのかもしれない。少女の頃に辛く悲しい現実に当たり、彼女はまだ成年前の娘であるにも関わらず、ただの子供のままではいられなくなった。年相応の子供のままでいては、ただの大人の足手まといになってしまうからだ。<br />
恐らくリュカよりも十ほども年上の彼女だが、その表情はまるで彼女がまだ一人の若き娘であった頃を思い出させるように幼く、無垢なものだった。温かく、命ある村の景色に包まれ、サンタローズの村でのこれからの生活が輝くばかりのものとなった彼女の未来を共に喜ぶように、リュカも手を差し出し、彼女と固く握手を交わした。</p>
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<p>「ウソみたい……。私、夢を見てるのかしら。村がすっかり元通りだわ」<br />
事情を話し、教会を去る時も、シスターは明るくリュカたちに手を振り、そして教会の中へと再び入っていった。リュカの帰る場所はここではない。彼は家族と仲間と共に、ここから遠い地にあるグランバニアへと戻らねばならない。サンタローズの景色を目にすれば、リュカはここが自分の帰るべき場所なのではと錯覚を起こしかけるが、隣を歩く大人の姿をしたビアンカに、双子の子供たちがいれば、それはただ思い出に浸っているだけなのだと自覚できる。<br />
「世界が平和になったばかりなのに、いつの間に修復したのかしら？」<br />
「不思議だね」<br />
リュカもビアンカの言葉に相槌を打つように返事をする。実際、今のサンタローズの景色のあり様は、ありえない現象なのだ。リュカは幾度かこの村を訪れ、廃墟となってしまっていた村の景色を目にしている。ビアンカもまた、実はサンタローズの村がラインハットの襲撃を受けたという話を聞いた直後に、一人勝手にアルカパの町を飛び出し、村の惨状を目にしたことがあった。その時の衝撃が今も胸に残っているために、彼女はすっかり元通りとなってしまったような村の景色に、夢でも見ているようなふわふわと浮ついた気分で村の中を歩いている。<br />
「もしかしたら私たちへのプレゼントに、神様がチカラを貸してくださったのかもね」<br />
「きっとそうだよ」<br />
それがどこの、何の神様などという話をリュカはしなかった。今も、この村の遥か上空をゆるやかに竜神が飛んでいる。たとえばあの竜神の力でサンタローズの村がこうして昔の景色を取り戻したとしても、リュカは特別礼を述べるつもりはない。竜神もまた、リュカに礼を言ってもらえるとも思っていないだろう。これが竜神の力によるものなのかどうかを確かめるつもりもない。竜神もまた恩着せがましくやってやったという態度をとることもないだろう。ただ、サンタローズの村がこうして昔の平和な景色を取り戻したという現実があり、そこには確かにその年月を経たかつての村人たちが戻り、この村と共に生きていこうとしているという事実がある、それだけで良いとリュカは空を見上げて竜神の姿を目に確かめることもしなかった。<br />
リュカの記憶では、このサンタローズの村で過ごしたのはほんの数か月の間だけのことだ。しかし彼はこの村の地理を不思議なほどにしっかりと覚えている。それほど広い村ではなく、幼いリュカでも一日あれば村全体を回れるほどにこじんまりとしているのだ。彼は外での父との旅とは異なり、この村では一人で自由に動き回れることができたために、その時の楽しくわくわくした思いと共に様々覚えていたに違いなかった。<br />
それはビアンカも同じだった。ビアンカは隣町アルカパに住む少女でありながらも、このサンタローズの景色はきらきらした思い出と共に脳裏に、また胸の中に残されていた。教会を出て少し歩くと、近くをゆっくりと散歩をする一人の老人と出会った。横には村の若者が付き添ってはいるものの、杖を手に歩く老人はさほど付き添いも必要ではないほどにしっかりとした足取りを見せている。空から照る陽光が気持ち良いというように青空を見上げ、杖を支えに背筋を伸ばす。その老人の姿を見て、リュカは思わず立ち止まり、信じられないという思いで口をあんぐりと開ける。<br />
「あっ、あなたはいつぞやの……」<br />
歩く老人に付き添う若者が、リュカを見て目を丸くし、声をかける。以前リュカは、ヘンリーとデール、そしてサンチョと共にこの村を訪れ、目の前の若者とも話をしたことがあった。その時、若者は寝たきりとなっていた老人の世話をしていたが、まさかその時の老人が今健やかに歩いているとは思えず、リュカは返事もままならないまま目を瞬き、老人を見つめている。<br />
「僕も驚いているんですよ！　おじいさん、急に元気になって歩き出すようになって……一体何が何だか……」<br />
そう話す若者は、困惑よりも喜びを前面に出し、その表情はただにこやかなものだった。<br />
「かと思ったら、村も景色が変わっちまって……これが神のゴカゴってやつなんですかね？」<br />
「そうそう、その、神のゴカゴってやつだよ、きっと。でも……良かったね」<br />
「はい！」<br />
明るく返事の出来る若者を見て、リュカはこの村には特にこのような若い力が必要だろうと思った。村が元の姿に戻った奇跡があったとして、そこで終わってはいけない。人の命というのはこれからも言わば永遠に繋がっていくものだ。<br />
「おお、旅人さんかの？」<br />
老人がリュカたちを見つめる目に、強く生きる力を感じる。光がある。あの時の寝たきりとなっていた老人と同一人物とは思えない力強さを感じるが、間違いなくあの時の老人だった。杖を頼りに歩く姿を見せるものの、その背筋は丸くなってはおらず、その内杖も必要ではなくなるのではないかと思うほどに彼は自分の足で地に立っている。<br />
「ふむ……どこかで見かけたことがあるような……」<br />
顎の白髭を左手で触りながら、老人はじっくりとリュカを見つめる。今、彼の頭の中には彼がこれまで経験してきた長い歴史の場面場面が次々と映し出されている。それは目にもとまらぬ速さで変化し、老人の思考とは別に移り変わる。しかしそれが唐突に、一つの場面で止まる。老人の脳裏に止まって映された景色には、かつてこの村に住居を構え、村人たちからも慕われていた屈強な戦士の姿が現れている。旅に出ていることが多かったために村にいることが珍しいほどだったが、寧ろそれが故にあの戦士の存在は目立ち、老人にとっても大きなものとなった。<br />
夢うつつに、あの時の戦士は異国の王だったと、老人は知らされた。驚くことはなかった。ただ納得するばかりの過去の事実に、老人はあの時の戦士パパスがどこか威風堂々としており、村人たちの信頼も間もなく厚くなったことをも思い出す。村の奥にある洞窟に足を踏み入れる許可を与えられたのも、老人がパパスという男を信じることができたからだ。その後、村は残酷な運命を辿ることとなったが、老人は決してパパスという男を疑わなかった。妻を探し旅を続けているという男の言葉に嘘はないと感じていた。ましてや彼にはまだ幼い子があった。幼子を連れる旅を続ける理由として、彼が話す妻を探す旅というのは、彼の真剣な表情も含めどこにも嘘は見当たらなかった。<br />
その時信じた男の面影を、老人は目の前に立つ青年に見出した。青年はどこか優しげであり、あの時の屈強な戦士を彷彿とさせる雰囲気は感じられないながらも、その目に宿る意思の強さたるや、寧ろあの時の戦士を超えているのではないかと思えてくるほどだった。落ち着き、穏やかな顔つきを見せながらも、青年の精神は逞しく、そして揺るぎなくそこにあるのだと感じることができた。<br />
「昔、この村にいたパパス殿は……」<br />
老人の言葉は非常にはっきりとしており、誰もが白髭に覆われた口からパパスの名が出たことを聞いた。リュカの両目が僅かに見開かれる。<br />
「なんと、グランバニアという国の王様じゃったそうじゃ。わしゃ、もうびっくりじゃわい！」<br />
老人がパパスを思い出したのは、間違いなくリュカの表情にあの頃のパパスを見出したからだった。しかし老人自身がそれには気づかず、ただにこやかに笑ってそう話しただけだった。老人は恐らく、ほとんど寝たきりとなっていた状態の時にも、人の話す言葉は聞こえており、村のシスターなどからかつてのパパスの素性などを耳にしていたのかもしれない。それとも、これもまた“神のゴカゴ”なる妙な力が働いた結果に起こったことなのかも知れない。その経緯などリュカには分からないことだが、老人の隣でリュカと同じように驚いている若者の姿を見ても、この村にも新たな風が吹いているのだということを感じ取ることができた。この場では誰もが、笑顔を見せている。この村の惨状を目にし、記憶にも残っているリュカやビアンカからすれば、サンタローズの村がこうして昔の姿を取り戻し、明るい日に照らされ、村のどこからも生きた土の匂いが漂うだけで目頭を熱くし、思わず笑顔になる。<br />
「おじいちゃん、この村では身分をかくして暮らしてたんだね。それって、すごくかっこいいかも！」<br />
「わたしもこの村に住んでみたいな……。だってなんだかやさしい感じがするの」<br />
ティミーとポピーの言葉に、老人はただただにこにこと笑顔を向けるだけで、隣に立つ若者は首を少し傾げながらも合わせるようににこやかに子供たちを見ている。ここで細かな話をすれば、この若者などはひっくり返ってしまうかもしれないと、リュカは「また来ますね」と言い残し、健康的な老人と若者に手を振ってその場を後にした。<br />
「ねえ、お父さん、どうしてボクたちをここに連れてきてくれなかったの？」<br />
「ラインハットからそんなに遠くないところよね。来ようと思えば来られたのに、どうして？」<br />
リュカは旅の間、子供たちをこのサンタローズの村に連れてくることはしなかった。子供たちの心に、無用な傷を作りたくはなかったのだ。ただでさえ彼ら二人は生まれた時から父も母も知らず、ましてや勇者などという宿命まで負わされてしまっていた。どこの親が我が子を辛い目に遭わせたいと思うのだろうか。要らぬ痛みを負わせることなど望まぬリュカが、ティミーとポピーをこの場に連れてこなかったのは当然のことだった。<br />
「お父さんも、おじい様のことを思い出すから、ちょっと寂しくなっちゃうんじゃないかしら？　ね」<br />
ビアンカの言葉には、彼女自身の思いも含まれているのだとリュカは感じた。こうして昔の景色を不思議と取り戻したサンタローズの村であっても、一度は滅ぼされかけてしまったサンタローズを知っている者であれば、彼らの心がリセットされることまでにはならない。この村は確かにラインハットの襲撃を受け、深い深い傷を負ったのだ。その傷があるだけに、あの頃の平和な時間を思い出すと、戻れないという現実の辛さ、寂しさに行き当たってしまう。<br />
「そうだね……そんなところかもね」<br />
ビアンカの寄り添う言葉に、リュカは甘えて乗じることにした。彼女の言葉が全くの嘘というわけではない。寧ろそこにはリュカの本心がある。確かに、この村に来ればあの時の思い出が胸に沸き、決して戻れないという一抹の寂しさを覚えてしまう。それが自分のことのように分かり、想像できるから、ビアンカはそうやって子供たちにささやかに説明したのだ。<br />
「……そっか。あの、ごめんなさい」<br />
ティミーが落ち込んだように、反省するように小さな声で謝るその反対側で、ポピーが静かにリュカの手を取り、手を繋いだ。その仕草は、父の寂しさを慰めるような優しさでもあり、彼女自身が感じる寂しさを紛らせるものでもあった。父が寂しい思いをしていると思うと、それだけで自身も寂しさを感じてきてしまうのが、ポピーという利発で心優しい娘なのだとリュカは彼女を自らの誇りにも感じている。<br />
「あはは、大丈夫だよ。来てみたら意外と……寂しくもないもんだね」<br />
「ふふ、それなら良かったわ。……あ、じゃあちょっと行ってみましょうよ」<br />
「どこへ？」<br />
「そんなの、決まってるじゃない」<br />
そう言いながらビアンカが目を向ける方向には、ぽつぽつと立つ村の民家がある。その景色が、リュカが幼い時に見たものと全く同じであるかどうかはもはや分からない。しかしその中に一つ、リュカにもはっきりとその姿を覚えている家がある。この村では珍しい二階建てであるために、その家は遠くからでも眺めることができる。当時とまるで同じ姿だと、リュカは感じた。つい数か月前にこの村を訪れた時にはもちろんその家はなく、ただ家の近くにはリンゴの木が立つだけだった。まるで夢の世界にいるようだと感じるその景色を見て、リュカはやはりこの村には“神のゴカゴ”が働き、村自体が当時の姿を思い出すように、あの頃の平和なサンタローズの姿を取り戻したのだと考えざるを得なかった。<br />
季節は夏を迎えているのか、青々とした木々の景色に、復活した村の強さまでをも感じる。耳に聞こえる、村の中を流れる川の音が涼しい。妻となったビアンカと、心優しく元気な二人の子供たちと、平和な姿を取り戻したサンタローズの村の中を歩いているだけで、リュカの心はふわふわと浮ついた状態となっていた。夢なら覚めるなと願うが、感じる夏の暑さも、耳に聞こえる川の涼やかな音も、健康的な土の匂いもすべては本物だ。近づいてくるかつて住んでいた家がどこか小さく見える違いはあるが、それだけだった。<br />
「ここ、すごく懐かしいわ……。ねえ、リュカ、覚えてる？」<br />
二階建ての家の脇の道を歩きながら、ビアンカは独り言のようにそうリュカに問いかける。ビアンカの隣でリュカも家の二階の窓を見上げる。あの二階の部屋でビアンカと本を読んだ記憶がおぼろげに蘇ってくる。当時、自分は本を読むことはできなかったかと、リュカの記憶は少々あやふやだ。蘇る記憶には、ビアンカが得意げに指先に火を生み出す景色が浮かび、それに続いてリュカ自身が初めて回復呪文を成功させたことを思い出す。父の喜んだ顔が自分よりも下に見える。宙にふわりと浮いているような感覚。笑顔の父に高く抱き上げられ、父が心底喜んでくれていたのだと、今になってそれがリュカには分かったような気がした。<br />
リュカが無言で立つその横顔を見つめながら、ビアンカははっと気づいたように言葉を続けた。<br />
「……って、ううん。なんでもないわ。昔のことばかり思い出しても、意味ないものね」<br />
彼女はリュカが寂しくならないように、辛くならないようにとそう言っただけだった。しかしその実、彼女自身がかつての平和で楽しかった頃のことを思い出すことに、そこはかとない淋しさを感じていたのだ。あの時は隣町アルカパで彼女の父ダンカンが風邪に倒れ、その薬を求め彼女は母と共にこのサンタローズの村を訪れていたのだ。ビアンカの思い出す景色の中には、はっきりと、かつての元気な母の姿があった。アルカパの町で宿を切り盛りする元気そのものの母だった。お転婆の止まない娘ビアンカをよく叱る、温かな母だった。鮮明に思い出せてしまうために、二階の窓を見上げるビアンカの瞳には知らず涙が滲む。<br />
道を歩き、家の正面へと回り込んだ。変わらずある井戸、そしてあの時にはなかったはずのリンゴの木が育っていることに、リュカはこれが夢ではないのだと思うことができる。しかし今、木に実はなっていない。村人が収穫したのだろうと、リュカはそこにも生きている命を感じた。<br />
その時、民家の玄関の扉がゆっくりと開いた。人が住んでいると思っていなかったリュカもビアンカも思わず驚いて、家から出てきた人物をじっと見つめてしまった。その視線に気づかないではいられなかった家の住人の男は、前掛けをしたような姿で、どうやら四人家族と見える彼らに会釈する。<br />
「あ、あの、この家に住んでいるんですか？」<br />
「え、ええ、つい先日からですが……あ、旦那様に何か用ですか？」<br />
目が合ったからと、すかさず話しかけたビアンカに、どうやら使用人らしきその男が答える。体形はやせ気味で、使用人としてはどこか頼りないと感じてしまうのは、リュカが勝手に一人の使用人を想像してしまうからだ。<br />
「旦那様なら上にいますよ」<br />
そう言うと、彼は玄関から出てきて用をすることを後回しに、再び家へと戻り、彼の言う“旦那様”を呼びに向かったようだ。まるで誘われるようにリュカが歩く傍で、ティミーが不思議そうにリュカに問いかける。<br />
「お父さん、このおうちの人と知り合いなの？」<br />
「いや、そうじゃないんだけどね」<br />
「私、お父さんとおじい様が暮らしていたおうちに行ってみたいなぁ」<br />
「あはは、ここがそうなんだよ、ポピー」<br />
リュカが自然に笑いながらそう言うと、ティミーとポピーが同時に「えっ！？」と素っ頓狂な声を上げた。開かれたままの玄関の扉を手で押さえ、リュカは家の中を覗き込んだ。すぐ奥に見える台所もあの時のまま、そこにいつも立っていた太っちょの使用人の姿がリュカには見えるようだった。この建物も一度は跡形もなく壊れ、崩れていたというのに、家だけではなくその中までもあの時のままに姿を戻している。<br />
二階から階段を下りてくる先ほどの使用人の男性に続き、後からもう一人、“旦那様”が下りてきた。その姿を目にして、リュカよりも寧ろビアンカの方があからさまに肩を落としていた。リュカにも彼女がそのような雰囲気を隠せなかった理由はわかる。どうしても彼らは、あの二階から下りてくる人物に屈強な戦士像を描いてしまっていたのだ。しかし旦那様と呼ばれる男の姿は使用人よりも瘦せており、足元までを覆うローブに身を包んだその姿は戦士とは呼べず、言うならば一日中城の図書室にこもっているような学者を彷彿とさせるものだった。リュカも思わず肩に力が入っていたが、その旦那様の姿を見て静かに深く息をつくと同時に、肩から力が抜けるのを感じていた。しかし、これで良かったのだとも思っていた。この家に住む人ならば、父に似ていない人がいい。あの時のあの思い出は、この村がこうして奇跡的に復活を遂げたとしても、合わせて復活できるようなものではないのだ。それだからこそ、大事にリュカの胸に在り続けてくれる。<br />
「この家はその昔、伝説の勇者の祖父パパスと勇者の父リュカが住んでいたそうだ」<br />
使用人の男性がリュカたちに茶を用意しようとしていたが、リュカはそれを丁重に断った。旅をする中で時間がさほどないと短く説明すると、学者を思わせる家の主人は旅人に聞かせるにはうってつけだと言うように、立ち話の中でそう話し始めたのだ。<br />
「それを……知っていたんですね」<br />
「ああ、まあ、たまたま知ったのだがね。しかしそんな大事な場所を放っておくこともできないと、私は自らこの場所に住むことで、かつての勇者の祖父と父が住んだ家を守ろうと、そう考えたのだよ」<br />
「そうなんですね。それは、ありがとうございます」<br />
「いやいや、礼には及ばんよ。しかし驚かんかね？　これほどこじんまりとした家に、勇者に連なる者たちが住んでいたなど」<br />
「そう考えてみると、そうかも知れませんね。僕はここをよく知っているので……」<br />
「なに？　知っていると？　そうか、それで見学しに来たのだな」<br />
「見学……」<br />
「見学！　そうね、見学させてもらいましょうよ。私、二階もちょっと見てみたいかなぁ、なんて」<br />
それはビアンカのただの好奇心や純粋な願望から出た言葉だった。そして瞬時に相手の言葉に乗り、この機を逃さないという判断ができるビアンカに、リュカは内心で感嘆するばかりだった。この強かさは彼女が持って生まれた特性だと、あの時強引にリュカをこの家の二階へと連れて行った彼女の手を思い出す。<br />
家の主人が快く家の中へと招いてくれたため、リュカとビアンカが先に家の中へと入り、続いて後ろに立っていたティミーとポピーも「お邪魔しまーす」と元気に挨拶をして入っていく。子供とは言え、ティミーが背中に背負い身に着けている天空の剣の煌めきに、家の主人も使用人も思わず目を丸くしている。ただものではないと一目に分かるその神々しい武器に、彼らは互いに目を見合わせて首を傾げた。<br />
今家に住む二人と共に二階へ上がると、リュカは変わらぬ部屋の景色に、また一つの思い出が脳裏を過るのを感じた。机ではよく、父パパスが調べ物や書き物をしていた。幼いリュカには父が何を読んで、何を書いているのかも分からなかった。今にして思えば、父はリュカには何も知らせないために、積極的には文字も教えなかったのではないかと勘繰ってしまう。そもそもそのような時間もなかったというのが真実なのだろうが、当時の父としては旅に無邪気に連れ立つ幼い息子に、魔界に連れ去られた母を捜す旅をしているのだなどとは言えなかったのだと思う。父が読むもの書くものには必然と、魔界のこと、勇者のこと、伝説の武器防具のことなどがあったのは確かだ。リュカは幼いながらも父の手助けをしたかった。しかし父は子供に僅かな荷でも背負わせたくはなかった。二人の子供の親となったリュカには、当時の父の想いを我がことのように想像することができた。<br />
ビアンカもまた、この部屋に思うことがあったようで、彼女は迷わず部屋の端に置かれる本棚へと歩み寄っていった。本棚にはあの頃と同じように、びっしりと隙間なく本が並べられている。並ぶ背表紙を人差し指で追いながら、彼女の指は一冊の本で止まる。<br />
「信じられない……」<br />
ビアンカが丁寧に引き出したその本は、何かの事典のように分厚い本で、表紙には『天空城』とあった。初めのページをめくると、そこにはあの天空城の簡素な絵と合わせて、古い言葉で天空城の辿った一つの歴史が語られている。<br />
「おじさまは……知ってたのね」<br />
「ああ、その本は私が苦労して手に入れた本の一つなのだよ。とても興味深いものだろう？　この本には伝説の勇者にまつわる話も……と、何故この本のことを知っているのかね？」<br />
リュカとビアンカは寧ろ、この家の主人のその言葉に驚きを示した。学者の雰囲気を醸す家の主人の言葉に嘘は見られず、彼がただ勇者の伝説であったり、天空城のことであったりを純粋な興味を持って調べ続けていたのだと感じられる。<br />
「僕の父が、この本と同じものを持っていたようで……」<br />
「お父さんは昔、ここに住んでいたんだよ！」<br />
「おじい様とお父さんと、サンチョさんも一緒だったのよね？」<br />
「なに？　昔ここに住んでいたと……？」<br />
家の主人は訝し気な表情で、家族に違いない四人の旅人を改めて眺める。彼が最も違和感を覚えていたのは、まだ子供でありながらも、見たこともないような立派な武具を身に着けるティミーだった。子供が身につけているものだから、少々華美なものでもそれは玩具の類なのだろうと思うようにしていたが、それにしては放つ輝きが目に眩しく、心にまで沁みるようだった。<br />
彼は先ほど、自分の口で言ったのだ。“この家はその昔、伝説の勇者の祖父パパスと勇者の父リュカが住んでいたそうだ”と。その言葉が今、彼自身に跳ね返り、目の前に立つ立派な天空の装備品を身に着けるティミーの姿に、彼の目は飛び出そうなほどに丸くなる。<br />
「す、すると、あなた方が！　あわわわわ」<br />
腰を抜かしそうになる彼をリュカは慌てて支えるが、その手さえも恐れ多いと言わんばかりに家の主人は目を白黒させて言葉も継げない。しかし彼のそんな慌てふためいた状態も見ないまま、ティミーとポピーは初めて目にする父と祖父とサンチョの暮らしたこの家の景色を隈なく見回している。<br />
「あ～ん……誰もいなかったら、このおうちでゴロゴロしたかったのに……」<br />
「ねえ、お父さん。ここを別荘にしようよ」<br />
「何を言い出すのよ、この子は……。もう住人がいるでしょ。ティミーったら失礼な子ね」<br />
おほほほと口に手を当てて笑うビアンカの笑顔は少し引きつっていたが、それはもしかしたら彼女自身が少し同じようなことを考えていたからかも知れなかった。家の主人などはティミーの言葉を聞いて更に腰が引けたように「そ、それは当然、もちろん、あなた方がそう仰るのなら……！」と、後先考えずに家を譲る気になっている。リュカは彼を支えながら、かつては父がよく座っていた椅子に座らせると、落ち着いた様子で彼に言う。<br />
「僕たちには僕たちの家があります。だから……大事に住んでください」<br />
ここはリュカの思い出の場所だ。思い出の場所は、思い出の場所としてあってくれればそれで良い。誰が起こした奇跡か分からないが、このサンタローズの村はこうして昔の姿を取り戻した。思い出の場所を、大事にしてくれる人がいるのなら、それは非常に幸せなことだとリュカはもう一度このサンタローズの家の景色を見渡す。ほんの数か月、暮らしただけの思い出だが、ここにはリュカの濃密な幸福の時間が詰まっている。それがここにあるというだけで、これからのリュカの人生の支えにもなるのだ。<br />
リュカたちがサンタローズの家を去る時も、家の主人も使用人も、決して欲深いような願いなど一つも口にしなかった。ただ握手を交わすだけで感激を露わにし、「この手はもう洗わん！」などと少々不穏なことも言っていた。<br />
家を出て、再び村の道に出る。窓を見上げる。ふとリュカの目には、窓の向こうに立つ父の姿が映ったような気がした。子供の頃はきっと気づいていなかった。しかし父パパスはいつもいつもこうして幼いリュカが外で遊ぶ様子を二階の窓から見つめていたに違いなかった。その表情は心配するようなものだっただろうか、嬉しそうに口髭生やす口角の上がったものだっただろうか、いずれにせよその表情は慈しみ深いものだったに違いない。今も心の中で慕う父パパスを思えば、リュカにはそうとしか考えられなかった。<br />
平穏な村の景色を眺めていると、川の土手を何かが駆け上がってくるような気配を感じ、リュカは咄嗟に身構えた。危険を感じるような鋭い気配ではない。しかしそれが何者であるかが分からないために、思わず家族を守るために身構えたのだ。<br />
土手の草むらから姿を現したのは、一匹の猫だ。いや、ただの猫ではない。リュカに向かって一直線に駆けてくる大きな猫は、頭から背に向かって豊かな赤毛を靡かせ、いかにも嬉しそうな顔つきで向かってくる。<br />
「プックル！」<br />
「まあ！　かわいい！」<br />
子供の姿に戻ってしまったプックルは容赦なくリュカの胸へと飛び込むと、リュカは難なくベビーパンサーとなってしまったプックルを抱きとめた。ビアンカがプックルに顔を寄せ、プックルもビアンカの頬を何度も舐めた。<br />
「えっ！？　プックルなの！？」<br />
「ウソでしょ？　どうして？　でもかわいい！」<br />
「私たちにも何が何だか……」<br />
プックルを後から追いかけ来たのであろう一匹のスライムが、ピエールの声で話している。確かに色は緑色をしているが、見た目にはどこからどう見てもスライムそのものだ。緑色のスライムが、怪訝な顔つきで話す様子を見て、リュカのみならず誰もが思わず笑ってしまう。笑われたピエールはショックを受けたように、表情豊かに驚き、落ち込んでしまった<br />
「あっ、ごめんなさい、ピエール。悪気はないの！」<br />
「ええ、分かっております、ポピー王女。私の姿がスライムになってしまったばかりに……」<br />
「僕たちの先入観だね。スライムならスラりんみたいに話してくれるものだと勝手に思ってるんだ」<br />
「にゃう～」<br />
「でも村の人がピエールを見たらびっくりしちゃうわ。ほら、おいで、抱っこして隠していてあげるから」<br />
「えっ！？　いや、ビアンカ嬢に頼るわけには」<br />
「おい、これって、オレたち戻れんのかよ。っていうか、誰の仕業だよ、こんなの」<br />
いつものアンクルの声が聞こえるが、いつものアンクルの姿は見えない。プックルやピエールと同じように草むらからがさがさと出てきたのは、一匹の赤茶色をした子ヤギだ。可愛らしい声で鳴くはずの子ヤギが、アンクルの野太い声でリュカたちに話している。どうやら彼らを魔物の姿でこの村に入れるわけには行かないと、咄嗟に竜神が機転を利かせるように彼らの姿を変化させたのかも知れない。他に彼らの姿を変える要素も見当たらず、リュカのみならずビアンカも、ティミーとポピーも、一様にしてサンタローズの村の遥か上空を飛ぶ竜神を眩しく見上げた。<br />
「そんなことができるの？　マスタードラゴンって」<br />
「おばあ様だって、あのジャハンナの町で魔物を人間に変えてたんだもん。マスタードラゴンだったらこれくらいできるんだよ、きっと！」<br />
ティミーが自信を持ってそう言えば、むべなるかなという思いで誰もが頷いてしまった。兎にも角にも今このサンタローズの村では普通では起こりえないことが様々起きていることに、リュカは幼い頃に体験した妖精の国での冒険をも思い出す。まだまだ世界にはリュカの知らない物事が溢れているのだろうと、そう思うとリュカの表情はまるで少年の頃のような好奇心に満ちたものとなった。<br />
「プックル！　今なら僕の方が早く走れるかも！」<br />
「にゃうっ！」<br />
そんなことはないっ！と言い切るプックルを置いて、リュカは村の広い道を先に走り出してしまった。小さなプックルが「にゃっ！」と抗議の声を上げたかと思うと、リュカの後を追いかけだした。あっという間に追いつき追い越すプックルに、リュカは「ダメかあ～」と笑いながらゆっくりと止まった。<br />
「まったく、男の人っていつまで経っても子供よねぇ」<br />
「お父さん、楽しそうでうれしいな」<br />
「プックル！　今度はボクと勝負だ！」<br />
「小さいとは言え、プックルはそもそも猫ですからね。なかなか……」<br />
「今のオレなら勝負できるかもしんねぇぞ」<br />
前足をかく子ヤギの姿のアンクルは、背に羽のような模様を見せながらその場に飛び上がろうとする。平和の景色を取り戻したサンタローズの村で、世界を救った勇者たちが、後先のことを何も考えないままに好きに遊んでいる。その景色を一人、遥か空から見下ろす者の琥珀色の瞳は優し気に、しかしどこか悲し気に光を湛えている。<br />
遥か昔のこの世界で、惨く滅ぼされてしまった小さな村をもう一つ、マスタードラゴンは知っている。その元凶が自身にあることも、一人静かに理解している。今、その時の罪滅ぼしをしたということでもない。しかしこの世界を救った者たちへの褒美を神が与えることに何の問題があるだろうかと、マスタードラゴンは平和の景色を取り戻したサンタローズの村で笑う彼らの姿に、嬉しく微笑む。<br />
そして同時に、あの時もこうしてあの村に平和を取り戻してやっていればという思いも過るが、そこでマスタードラゴンは人間らしい思考を止めた。世を統べる神として、人間という生き物に寄り添いすぎることの危険を知っている。この世界を救うのが人間ならば、この世界を滅ぼそうとするのもまた人間であったりもする。こうして地上から遥かに高い空に舞い、人間たちとは距離を置くことが、神という存在に求められていることに違いない。<br />
神はただ、世界の平和を祈る。それを理解していながらもこうして手を差し伸べずにはいられなくなってしまったマスタードラゴンは、微笑むその琥珀色の瞳の中に、長らく人間の姿に扮し、人間世界に紛れ込んで過ごした日々を思い出している。竜神は一人、見下ろす世界の救世主らに羨望のまなざしを向けている。人間とはいいものだと感じる竜神は、もはや己の神らしからぬその心の在り方を悪いものだと思うことはない。</p>
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		<title>「祖国に還える」（中野五郎　著）を読んで</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 10 Mar 2026 06:17:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[徒然]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>
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					<description><![CDATA[我が家に様々本がある中、今回はこちらの本を読んでみました。 こちらの本はハードカバーで５００ページ超という大作で、本の帯にはこう書かれています。『「実録」アメリカで見た太平洋戦 ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>我が家に様々本がある中、今回はこちらの本を読んでみました。</p>



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<iframe title="[復刻版]祖国に還える" type="text/html" width="1090" height="550" frameborder="0" allowfullscreen style="max-width:100%" src="https://read.amazon.com.au/kp/card?preview=inline&#038;linkCode=ll2&#038;ref_=k4w_oembed_PcZj78Pjmudsay&#038;asin=B0DWBBGZ12&#038;tag=scapi-22"></iframe>
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<p>こちらの本はハードカバーで５００ページ超という大作で、本の帯にはこう書かれています。『「実録」アメリカで見た太平洋戦争　開戦前から帰国まで…日本人新聞記者による９カ月の記録』</p>



<p>当時、アメリカに特派員として任務に就いていた新聞記者である中野五郎氏による、日記を含めた実録に基づく記録が収められている本です。流石は新聞記者というだけあって、観察も鋭く、表現にも富み、非常に読み応えのある実録です。このような本を読む際、私が思うのは、当時のことを知るためにはやはり当時のことを知る方が当時の感覚、感情で書くものが最も参考になるものだなということ。その点で、以前に読んだ「肉弾」という日露戦争の一端が描かれた本も、先人の方の想いを知るものとしてはとても良い本だと思っています。</p>



<p>著者である中野氏は、当時の朝日新聞社ニューヨーク特派員。真珠湾攻撃の翌日、著者の泊まる現地のアパートにFBIが踏み込んできて、その場で逮捕されるという不遇に遭います。当然、真珠湾攻撃が起こることなど知らず、しかしそれが起こったことはすぐに知り、何とも潔いようにこれから自身に降りかかる災難を予期して、逮捕の前日にも普通にレストランで知人と夕食を取っていたりします。ある種の、現実逃避にも感じられますが、この真珠湾攻撃よりも以前からかなり不穏な雰囲気はあったようで、中野氏ご自身も本来ならば間もなくアメリカを離れて日本へ帰国予定だったということです。戦争機運が高まり、開戦日時（ゼロアワー）をいかに引き延ばせるか、という現状だったと。それが、その直前に捕まることに……。</p>



<p>逮捕されたのは現地時間で１２月８日の午前１０時半。真珠湾攻撃があって、その直後ともいえるタイミングです。取り調べ後、その夜にはもうフィラデルフィアへ護送。デラウェア河の対岸の小さな町グロスターシティの荒れ果てた敵国人収容所に拘禁となってしまいます。……これが、戦争という非常事態時の出来事なんだと、驚くよりも、ただただ受け入れるしかないのだなと淡々とした気持ちにもなってしまいます。</p>



<p>そして中野氏は新聞記者としての本領を発揮するように、当時の敵国キャンプでの抑留記を細かく残しています。日記形式でつけられた当時の様子は、中野氏の当時の感情と合わせて、本当に細かく記されています。</p>



<p>敵国キャンプでの抑留生活を中野氏は「陰鬱・単調・不潔」という言葉に表しています。精神的にも肉体的にも堪え難いものだったと。人間として、この３つが揃った時の地獄ったらないだろうなと、読んでいても辛くなりました。南京虫に悩まされ、便所の汚物の臭気が辛かったとのこと…。それだけでもう、“人間”としては扱われていないのかなと思ってしまいます。実際、その面もあったのだろうな…。</p>



<p>このグロスターシティでの抑留生活を約３週間ほど過ごします。ここでの日記が残せたのは、日記帳があったから。ただ、事前の取り調べ時に、所持品の押収などもあり、日記帳などは持ち合わせていませんでした。ではどうやって日記帳を手に入れたのかというと……</p>



<p>このキャンプには酒保という、兵士を相手にする売店があり、そこに働くおばさんに「日記帳を買ってきてほしい」とお願いすると、あっさりと買ってきてくれたようです。後の厳重な所持品検査を恐れ、中野氏は全文英語で日記をしたためるという用心深さを持ちつつ、記者という職種柄の積極性で酒保のおばさんに買い物を頼んでしまうという、その強かさは素晴らしいなと感じました。日記を書くことで、この陰鬱などからも幾分救われた面もあったようです。何かしないとやってられないという感じでしょうか。人間、ただぼうっとは過ごせないですもんね。</p>



<p>食事は囚人に出されるようなものだったけれど、やはりそこでも酒保に頼る場面があり、酒保で牛乳やアップルパイ、オレンジを食べることもあったとのこと。なので、食事の面で滅茶苦茶な空腹に苛まれたことはなかったようでした。ただそれでも、日記に書かれる食事内容を読んでいると、到底普通には耐えられそうもない内容が並んでいました…。囚人と同等のもの、という意味がよく分かります。</p>



<p>約３週間が経ち、今度はフィラデルフィアへ移送されることが決定しました。これが場所としてはかなりのグレードアップ。バージニア州ホットスプリングスのホテルへ。と言うのも、やはり新聞記者という身分が影響しており、日本を代表する外交官の立場が一応重んじられたということでした。ということは一方で、相変わらずの厳しいキャンプ生活を強いられている日本人が多数いるということ。その現実は当然中野氏も分かっており、胸を痛めていました。そして今回移送されたホテルの代金は、日本の資金から払われるから、１ドルも疎かにはできないという思いで過ごしていたようです。</p>



<p>この間もずっと、日本の大使による交換船手配の交渉が進められていました。交換船というのは、戦争が始まり、互いに敵地にて捕らえられてしまった者同士を交換、引き渡すために、互いに船を出して、言わば人質となってしまった者同士を交換しようというものです。その交渉が一度は直前まで決まっていたものの、現地人が敵国の人間は受け入れられないという反対を示して、決まりかけていた手配もキャンセルになったりと、難航していました。いろいろの決定事項というのは、このような細かな調整が必要になってくるのだなと、その景色がよく分かる状況です。</p>



<p>住みよいホテルへと移送された中野氏ですが、むしろキャンプ生活で呻吟していた方が敵愾心が高められると、新たなホテル暮らしに意気地がなくなる恐れを感じていました。他の日本人がまだキャンプで苦しめられているという現実もあり、その胸中は複雑だっただろうと思います。その思いが、こうした細かな日記をつけるという行為にも表れていたのかなと思われます。新聞記者としての誇りもあり、この１分１秒を無駄にはしないと、しっかりとした記録を残そうとしたのではないでしょうか。</p>



<p>ホテルで生活している時には、映画を見ることもしばしばあり、観る映画にもいろいろな感想を書いています。ただ楽しんで映画を見ているなどということはなく、その映画一つ一つにも、敵を知るための情報があるのだと、映画に込められているメッセージにも注意を払うのは流石だなと思いました。</p>



<p>４月４日にまたまた移動となり、西バージニア州温泉保養地ホワイト・サルファー・スプリングスへ。４月半ば頃、新聞が遅配となり、情報はラジオ・ニュースが頼りとなります。いつでも聞けるものではないので、決まった時間に少し聞くだけ。新聞ほどの情報はないということなのでしょう。特に新聞記者にとって情報が得られないというのは、一般人に比べてもとても辛い状況にも思えます。</p>



<p>４月２９日、天長節。戦後にこの呼び名はなくなっていますが、これは戦前に用いられた天皇の誕生日の呼称です。天長節。また、皇后の誕生日は地久節と呼んでいたそうです。この一つをとっても、戦前と戦後の違いがはっきりと見えてきますね。天長節であったこの日、午前１０時４０分からホテルの映画小劇場に婦女子とも全員３５０名が参集、国歌及び天長節歌を力強く斉唱、と記録されています。野村大使からの式辞もあり、しっかりとした式が行われたのだなとその様子を感じることができます。同日、ニューヨークタイムスが報じるには、米国内の統制経済を強化。実際の日常生活の物価は５０％～３００％に達するものも出てきていたようです。物価上昇……今の私たちは決して他人事ではありませんね。</p>



<p>大使らの交渉により、交換船の日取りが決定。それに向けて６月１０日、ホテルを出てニュージャージー州ホーボーケンへ移動。船の手配もでき、６月１８日、ニューヨーク沖合から出港します。米国内で捕まってから半年以上が経っています。途中、アフリカ・モザンビークの港に寄港し、そこで日本からの交換船「浅間丸」へ乗り換え。この時にようやく「日本に帰ってきた」と思えたそうです。しかしまだここはアフリカの港。ここからインド洋を渡っての長い航海が待っています。それでも、浅間丸に乗船し、日本食を口にすれば、日本に帰ってきたと思うのも当然のことだと思います。</p>



<p>ただ、著者である中野氏は当然のように、未だ現地に囚われている日本人への思いを強く持っていました。その思いは、この本の中でも様々な場面に現れています。同胞の苦しみを一つもないがしろにすることなく、その思いは本の最後に書かれている「在米邦人の嘆き」として知ることができます。中野氏が護送されたキャンプは、広くアメリカに点在するキャンプ地の一つであって、他にもいくつものキャンプ地があり、そこでの環境、状況が示されています。緩い所もあれば、厳しいところもある、けれど、総じて日本人に対する当たりは強いように感じられました。当時、日独伊の三国が枢軸国として位置づけられ、米国ら連合国側の敵でしたが、その中でも日本人への敵視は強かったのは間違いないと思われるのは、収容人数にもそれが表れていたためです。現地に暮らすそれぞれの国の人々の人数に反比例する形で、各国の人々が捕まっていたようです。</p>



<p>戦争とはそういうもの、なんて簡単に片づけられるものでは決してないですし、間違ってもそんな言葉一つで収められるものであって良いはずはありません。一般に暮らす人々の中で、戦争が良いものだと考える人など一人もいないと思いますが、実際の戦争での出来事を知る本がこうしてこの世にいくらもあるのですから、目を背けないためにもこのような本を読んでみることをお勧めします。何事も、知らないと言えないですもんね。先ずは、知ること。現代に生きる私たちは、あまりにもいろいろなことを知らずに過ごしていると痛感させられるんです、このような本を読むたびに。</p>
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		<title>本編を更新しました。「宿命からの解放」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[bibi]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 02:51:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[日記]]></category>
		<category><![CDATA[更新]]></category>
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					<description><![CDATA[いつも遅くて申し訳ないです。なかなか満足のいくものが書けずに手間取っております。どうせ満足の行くものは書けないんですけどね。 本編を更新しました。 宿命からの解放 エンディング ... ]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>いつも遅くて申し訳ないです。なかなか満足のいくものが書けずに手間取っております。どうせ満足の行くものは書けないんですけどね。<br />
本編を更新しました。</p>
<p><a href="https://like-a-wind.com/text46-3/">宿命からの解放</a><br />
エンディング、ラインハット編。書き切ろうと思ったらこれの三倍、四倍と、キリがないので大分端折ったつもりです。キャラクターが多くて到底書ききれるものではないと、書きながら感じていました（笑）そして何だかストーリーに不具合が生じている気もしますが……このままアップさせてもらっちゃいました。話を詰め切れず、自分の出来なさを実感して、少し落ち込んでいます。きれいに書けるものではないですね。世の中の作家さんはすごいものだなと、改めて感じております。</p>
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