2017/12/03

お化け城(2)

 

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ビアンカの掛け声と共に、下に続く細い階段に火の玉が投げ入れられた。魔物の悲鳴が上がり、下の部屋で生き物の動く気配が漂い始める。リュカとビアンカはそれぞれ武器を手にして階段の入り口の目の前で構えた。魔物が階段を伝ってのぼってくる影が見える。
「リュカ、一斉攻撃よ」
ビアンカの言葉に頷いたリュカは唯一会得している風の魔法を唱えて通路から顔を覗かせた髑髏顔の魔物に浴びせた。骨だけでできているその魔物はあっという間に骨を砕かれ、バランスを失いその場で崩れ落ちる。城の床にからからと軽く乾いた音が鳴り響いた。それを機に階段の下の空気が一気に動き始めた。その雰囲気に一瞬出遅れたビアンカの前を、リュカが追い越して階段を駆け下りていった。
部屋の壁に灯されている明かりのおかげで魔物の姿が確認できる。部屋には魔導師のような紫色のとんがった帽子をかぶる魔物が六体たむろしていた。小さな人間が二人現われ、その魔物は空中をふらふらと飛びながら二人を茶化すように周りを飛び始めた。
「何だかふざけた顔してるわね」
「戦う気がないのかな」
それぞれの武器を手に構えを取っていた二人だが、空中に浮遊したままで一向に攻撃をしかけてこないゴーストの群れに少し緊張を緩めた。攻撃はしてこないが、人を驚かせるのが好きなのか、ふよふよとゆったりと空中にさまよっているかと思えば、突然急降下して飛んできて二人を驚かせる。びっくりして武器を振り回す二人を見ては、口から大きな舌を出してケラケラと喜んでいる。そんなことを二度、三度と繰り返しているうちに、リュカはこのゴーストに妙な親近感を覚えた。
「きっと一緒に遊びたいんだ」
「何言ってるのよ、リュカ」
「ずっとこのお城にいて、誰も遊んでくれなくて、さみしかったんだよ。だからボクたちが一緒に遊んであげようよ」
「ちょっと、待ちなさいってば。危ないわよ」
ビアンカの言うことなどちっとも聞かずに、リュカは空中を浮遊するゴーストに飛びついて一体を捕まえた。はずだったが、やはり相手は実体のないものらしく、リュカの身体はゴーストをすり抜けてしまう。勢い余って転んだリュカを見て、またゴーストはおかしそうに笑っている。リュカは打った鼻を手で押さえて、ゴーストと一緒になって笑った。
「そっか、ユウレイなんだから触れないよね。うーん、じゃあ何して遊ぼうか。かくれんぼでいいかな」
リュカのその言葉にゴーストたちは目を輝かせてうんうんと頷いた。リュカとゴーストたちが鬼を決めるのにじゃんけんをしている姿をビアンカはただ唖然と見ていた。
「ビアンカはやらないの?」
「リュカ、あんたどうかしてるわ。お化けとかくれんぼなんて」
「でもみんな楽しそうだよ。ほら、みんな笑ってる」
「それは元からでしょ」
ビアンカは冷静にそんなことを言いながら、実はリュカが一番楽しそうにしていることに気が付いた。
考えてみれば、リュカは父パパスとの旅から帰ってきたばかりで、それまではずっと各地を旅して、一箇所にとどまる生活をしていなかった。そんなわけでリュカには仲の良い友達と呼べるものがいない。鬼ごっこだって、話に聞いたことがあるだけで実はやったことなんてないのかもしれない。運の良さのなさそうなリュカは結局じゃんけんで負けてしまった。渋る顔をしているリュカだが、やはりどこか楽しそうな表情をしている。ビアンカがそんな彼をぼんやりと見ていると、リュカが彼女を振り返った。
「ビアンカはボクと一緒に鬼になってよ」
「いいわよ、わかったわ」
すんなりと頷いたビアンカにリュカは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻してビアンカの手をぎゅっと握った。
「じゃあ数えるよ。いーち、にー、さーん……」
リュカが大きな声で数を数え始めると、ゴーストたちはいっせいに逃げ出した。地に足のついていないゴーストたちは空中を飛び退るように逃げていく。窓から外に出ることも、ずっと高いところにとどまってつかまらないということもできるのに、ゴーストたちはあくまでも人間のリュカに合わせるように低い位置で、人間が走るくらいの速さで逃げていった。
目を開けてあたりを見渡す。さっきまでにぎやかだったこの部屋にはもうリュカとビアンカの二人しかいない。しかしゴーストたちは城の中からは出ていないようだ。しんと静まり返った部屋で、じりじりと蝋燭の燃える音がする。リュカはそんなうす寒い雰囲気を吹き飛ばすように、元気な声でビアンカに言う。
「じゃあ探しに行こうか。お城の中だからきっと絶対見つけられるよ」
「そうね。でも魔物だっているんだから気をつけなきゃダメよ。杖から手を離さないでよ」
ビアンカの言うとおりにしなければまた怒られると思ったリュカは、慌てて杖を手に持ち、ビアンカと並んで走り始めた。
まだ外では雨が降り続いているようで、時折閃く雷の光で城中が一瞬眩く照らされる。その一瞬の連続にリュカは城の中の廊下を見渡し、ゴーストが隠れていないかじっくりと確認する。しかし右側に続く大窓から照らし出されたのはゴーストではなく、レヌール城に棲みつく巨大なねずみの姿だった。その巨大ねずみの姿を目にした瞬間、隣にいたビアンカがとんでもない悲鳴を上げた。
「きゃーっ、何よあれ、いくらお城が古いからってねずみも育ちすぎだわっ」
「ねずみもお化けになったら大きくなっちゃうのかもしれないよ」
ビアンカの最初の悲鳴を聞いた段階で、すでにねずみの姿はなくなっていた。まったく好戦的とは言いかねるねずみだったようだ。人間を見て驚いて逃げるのは、大きくなっても変わっていないようだった。
大窓から入る一瞬の光に照らされ、左側の壁に扉があることに気が付いた。普段町や村などでは見かけないような豪奢な扉で、一面に繊細な彫り物がしてあったことが窺える。しかしそれも今となってはほとんどが崩れ、元来の繊細な造りを全て表すことができない。
扉の大きな取っ手に手をかけ、ゆっくりと開いてみる。意外にも軋む音などはせずに、それはすんなりと二人を招きいれた。そこがだだっ広い部屋だということが、目が利かないながらも肌に感じる雰囲気でわかる。近くに何も遮ることのない空間。ゴーストたちが隠れるには十分な広さだとリュカは思った。
リュカとビアンカが部屋の中を動き回ろうとする前に、彼らの前に何者かが突然姿を現した。先ほどのねずみのような実体のある感覚ではなく、まるで空気の一部が切り取られて降りてきたような感覚だった。目の前に現れたこの世のものではない姿に、リュカもビアンカもじっと息を詰めて見上げた。
「可愛らしいお客様ですわね」
そう言いながらその女性は優雅に微笑んだ。その声もやはり生身のものから発せられるものとは違って、どこから聞こえてきているのかわからないような感覚だった。
「私はこの国の王妃、ソフィアです」
ソフィアは微笑みながら話しているのだが、その笑みがどうしても本当のものでない気がして、リュカはソフィアの心の内を表すように悲しそうな顔をした。するとリュカの表情につられるように、ソフィアの顔もまた沈み始める。リュカの辺りの闇にも負けないような漆黒の瞳を覗き込みながら、ソフィアは自分の本心を隠すことができなかった。
「このお城はもうずっと昔に魔物に滅ぼされてしまい、それ以来魔物が城に棲みつくようになってしまいました。魔物のせいで私たちは眠ることも許されません」
「ずっと眠ってないの?」
「ええ。城の屋上に造られた私たちのお墓も魔物に乗っ取られ、眠る場所を失い、私たちはずっと眠りにつけないままなのです」
もうこの世にいないはずのソフィアはその透き通るような琥珀色の瞳を伏せ、両頬に涙を流した。床に落ちたはずのソフィアの涙はその跡を残さず、まるで彼女自身の存在さえも否定するようにその影も体温も何もかもを薄れさせている。しかし彼女は実際に小さな客人二人に向かって語りかけ、その言葉はしっかりと二人に届いている。
「ずっと眠れないなんて、ツライよね。どうすれば眠れるようになるの?」
「ここに棲みつく悪いゴーストたちを追い出せれば、私たちは安らかに眠ることができます。しかしこの世にいないはずの私たちにはもうどうすることもできず、ずっと誰かがこの城を訪れ、ゴーストたちを追い出してくれることを祈ることしかできませんでした」
「じゃあ、ボクたちならできるんだね」
一転して明るい表情でそう言い放つリュカを、ソフィアは目を丸くして見つめた。
「しかしあなたたちはまだ子供ではありませんか」
「オトナとかコドモとかは関係ないんでしょ。ボクたちは生きてるんだもん。生きてる人だったらゴーストたちを追い出せるんだよね」
決して間違いではないリュカの言い分にソフィアは返すべき言葉に詰まった。リュカが真剣にそう言う姿を隣で見ていたビアンカも、思わず口をあんぐり開けて、次にリュカの口から飛び出す言葉を予想していた。
「ボクたちがその悪いゴーストたちをやっつけてみせるよ」
リュカのその一言に、ビアンカは小さく溜め息をついた。初めからその目的でこの城に来たのだが、幽霊を目の前にして本当にそう言えるほどまだ心の準備は整っていなかった。しかしリュカに一たび見つめられ、その意志を曲げないような強固な視線を感じると、ビアンカはソフィアに向かってほとんど無意識に話しかけていた。
「私たちまだ子供ですけど、魔法だって使えるし、きっとやっつけてみせます。私たちに任せてください」
いつものような自信満々なビアンカの態度を見て、リュカは顔をぱあっと明るくした。自分で言ったことが間違っていないんだと確信し、リュカは嬉しくなって笑顔を見せた。ビアンカはそんなリュカの笑顔を見てまた小さく溜め息をついたが、彼の笑顔に自信を見て、少し安心したのも事実だった。
「その悪いヤツはどこにいるんですか」
「ゴーストの親玉は玉座の間にいます。しかしあの場所をユウレイたちが取り巻いていて、容易に近づくこともできないようです」
「ボクたちなら行けるかもしれないよね。とりあえずそこに行ってみよう、ビアンカ」
そう言いながらもう部屋を出ようとしているリュカを尻目に、ビアンカは冷静に王妃にその場所を聞く。この部屋の下の階に玉座の間があることを聞くと、早く行こうと急かすリュカを追いかけてビアンカもソフィアの前を後にした。
だだっ広い寝室に一人残されたソフィアはリュカの幼い姿の中に、どこか見覚えのある面影があるようなそんな気がして、首を傾げた。リュカの優しく柔らかな面影の中に秘める強い意志は、かつて会ったことのある人物に面影が重なり、ソフィアは思わず口を両手で押さえた。
「まさか、そんなことあるわけないわ。あの方は遥か彼方の地にいるはず。だけど、もしそうだとしたら……」
今まで目の前にいた少年の何にも屈しないような強く純粋な瞳を思い出し、ソフィアは少年の身を案じるように手を組み合わせ、目を閉じる。
「どうか、あの子は、あの子だけでも魔物の手になどかかりませんよう、神様、どうぞお守りください」
十数年前から続いている魔物の手による子供の誘拐事件。ソフィアとその夫エリックの間に子供はなく、かつてレヌール城を襲った魔物の目的を叶える者はおらず、その腹いせに襲撃を仕掛けてきた魔物らは城そのものを滅ぼしてしまった。
自分たちに子供がいて、その子一人が連れ去られれば城のみなは無事だったかもしれない。しかし我が子と城のみなの命を天秤にかけることができる国王も親もいない。国王は国を統率するべく自分の責務を認識し、親はたとえ自分の身が危険に晒されようとも我が子を守る情を持つ。どちらも天秤などで量れるような代物ではないが、自分が死んでしまった事実は変えようもなく、そして今目の前を去ってしまった子供の身を案じる気持ちも嘘ではない。
ソフィアは子供を案じる気持ちを祈りに乗せ、その祈りを未だ城を見回る夫のエリックへと飛ばすように祈り続けた。レヌール城のエリック国王は城が滅ぼされても尚、城中に住まう人々が絶望に見出され魔物と化してしまうのを防ぐために、毎日毎日城の中を見回り続けている。ソフィアはそんな夫の姿を沈痛な面持ちでいつも見ていたが、彼はその見回りをやめようとはせずにじっと辛抱強く城の中を歩いていた。そんな強い彼に向かって、ソフィアは今の気持ちを伝えようと強く祈りの言葉を口にしていた。



一部床が崩れ落ちて、足元が危うくなるのをどうにかやり過ごし、さらに階段を下りていく。まだゴーストたちは見当たらない。ゴーストたちにとってはこの城が家のようであっても、リュカたちにとってはまだ未開の地だ。もう人がいなくなってしまったとは言え、城に入ることも二人にとっては初めてのことだった。城の造りの勝手がわからず、ほとんど視界の利かない中で二人は手を取り合って先を進んでいった。
そんな時、ふとリュカの目の前をひゅっと冷たい風が流れていった。リュカはそれを鬼ごっこをしているゴーストだと思い、ビアンカの手を握ったまま追いかけようとした。突然走り出したリュカについていけずに、ビアンカは危うく転びそうになった。
「ちょっと、危ないでしょ。走るんならそう言ってよ」
「あ、ごめん。今見つけたって思ったから、つい……」
そう言いながらもリュカは冷たい風が吹き流れた方向へと目をやる。紫色の三角帽子が見えると思っていた方向に、薄く青白い光がぼんやりと一角に固まっているのが見えた。明らかにゴーストたちではない。それは正真正銘のユウレイの姿だった。
青白く発光しているそのユウレイたちは、まるで何かを守るようにひしめき合って固まっている。身にまとう服も顔も手も全て青白く一色に染まり、彼らの身体を通して後ろの壁が見える。顔には何の表情もなく、両腕はだらりと両脇に落ち、しかし生気のない目だけはしっかりとリュカたちの方を向いている。新しい侵入者の進む道を阻むように、その場からじっと固まったまま動かない。
「そっちは行っちゃいけないのかな」
問いかけるように言うリュカに答えるユウレイはいない。ただリュカとビアンカの小さな姿を無表情に見つめるだけだ。リュカもじっと見つめ返していたが、ユウレイに特別な意思は感じられず、結局その場を諦めて違う道を進むことにした。
「あんた、ユウレイが怖くないの?」
城の広い廊下を進む中でビアンカはリュカと手を繋ぎながらそう問いかけた。リュカは立ち止まらずにビアンカの方を振り向いて真面目な顔で応える。
「怖いって、何が?」
「だから、ユウレイが」
「どうして怖いの」
「どうしてって、だって、死んでるのよ」
言いながらビアンカは自分の身体が震えるのを感じた。死んでいる人たちだらけのお城で自分たちは子供二人だけで夜の冒険をしている。そんなことを冷静に考えるだけで、冷静ではいられなくなりそうだった。
「でも死んじゃってからずっと眠ってないんだよ。怖いって言うよりも、かわいそうだよ、そんなの。眠りたいときに眠れないなんて、きっとすごくツライと思うよ。ビアンカだって、今すっごく眠いって時に『眠っちゃダメ』って言われたらツライでしょ」
リュカの言うことはもっともなのだが、ソフィアの言っていることとはどうも意味合いが少し違う気がして、ビアンカは素直に首を縦に振ることができなかった。
「ビアンカは怖いの?」
「……誰がそんなこと言ったのよ。私は別に怖くなんかないわ。あんたこそさっき泣いてたじゃないの。本当は怖いんでしょ。ウソなんかついたらエンマ様に舌を引っこ抜かれるわよ」
「さっきは一人になっちゃったからね。でも今は大丈夫。ビアンカと一緒だもん。ビアンカこそ本当に怖いんだったらちゃんと言ってよね。じゃないとエンマサマに舌を引っこ抜かれる、んだっけ?」
からかうような雰囲気をリュカに感じ、ビアンカは思わずリュカの頭を引っぱたいた。リュカが文句を言うのも構わずに、ビアンカは先を歩き出してしまった。
「待ってよ、ビアンカ」
「うるさいわね、あんたなんかまた一人になって一人で泣いてればいいんだわ」
「そうじゃなくて、危ないっ」
リュカが叫ぶのと同時に、ビアンカを魔物が襲った。バサバサッと羽ばたくような音がしたかと思うと、ビアンカは今度は自分が頭を強くはたかれるのを感じた。頭を押さえて見上げると、そこにはコウモリの翼を持った全身濃紺の魔物が笑ったような口を大きく開けながらビアンカを見下ろしている。
「痛いわね、何するのよっ」
ビアンカは勢いに任せて魔法を唱えると、完成した火の玉をドラキー目掛けて素早く放った。身を翻してすんなりと火の玉を避けるドラキーに、今度はリュカが手にしていた杖を投げつける。それもドラキーはひらりとかわして、代わりに人を小ばかにしたようなキキキッと言う笑い声を上げている。
「何よ、頭にくるわね。もう一回……」
ビアンカがもう一度魔法を唱えようとする前では、ドラキーはその数を増やし、合計で六体にもなっていた。唱えかけていた魔法を取りやめ、ビアンカはばさばさとうるさい羽ばたきを繰り返すドラキーたちの前で少し思案した。
「リュカ、風の魔法、上手になった?」
「え、うん、たぶん大丈夫だと思うよ」
「じゃあ私と合わせてせーので魔法を飛ばすの。分かる?」
「あ、うん。じゃあやってみるよ」
リュカが風の魔法を唱えだすのを見て、ビアンカも新たに魔法を唱え始める。リュカが起こす風がドラキーたちを翻弄した瞬間に、その風に乗せるようにビアンカは火炎の魔法を魔物めがけて放った。リュカの風がビアンカの火炎をあおるように巻き上げ、ドラキーたちはその火炎の渦に飲まれてぎゃあぎゃあと喚きながらそのひとたまりもない熱から逃れようと翼を懸命に動かした。火炎が生まれた室内は一瞬真昼のような明るさとなったが、火をまとったドラキーたちがよろよろと去っていくと、またもとの通り壁にかかる燭台に灯る火の明かりだけが室内をほんのり照らす、落ち着いた雰囲気を取り戻した。
リュカとビアンカはしばらく自分たちの放った魔法の威力にびっくりして、口も聞けないような状況だった。暴れるドラキーたちのせいで火の粉が彼らの方にも降りかかったが、その熱さも感じられないほどびっくりして、まだ幻影のように瞼の裏に映る火炎の竜巻の余韻に浸っていた。
「まだ幼いと言うのに、見事なものだ」
ふと聞こえた人の声に、リュカとビアンカははっと身構えて視線を辺りにさまよわせた。どこから聞こえてくるのか分からない声は、薄暗い室内にぼうっと浮かび上がる幽霊から発せられたものだった。しかし上階にいたユウレイのような表情も何もないようなものではなく、その幽霊は長身でまだ相応に歳を取り、羽織るマントに色など見出せなかったが、それは王族の身につけるような真紅のものであったことはすぐに想像できた。立派な口髭を蓄え、堂々と背筋を伸ばして立っている様は、王様を見たことのない二人にもすぐにその人がソフィアの言っていたレヌール国王だと気づかせた。子供二人をまるで自分の子供のような優しい眼差しで見るエリック王は、二人に近づきながら再び声を掛けた。
「そなたらがソフィアの言っておる二人じゃな」
ソフィアの祈りの声を聞いていたエリック王はまるで幽霊などとは思わせないような素振りで、二人の前にゆっくりとしゃがみこんで視線を合わせた。エリックの身体を通して向こう側の壁が見えるのだが、リュカもビアンカも手を伸ばせば王様に触れられるのではないかと思うほど、エリック王の生身の身体をそこに感じた。
「勇敢な子供が二人、この城で迷子になっていると聞いたのだが、そなたたちではないのか」
「迷子じゃありません。ボクたち悪いユウレイをやっつけるために来たんです」
臆面もなくそう返すリュカに、エリック王は再び柔らかい笑みを見せる。
「上の階にその悪いヤツがいるらしいんだけど、変なユウレイたちがいっぱいいて先に進めなかったんです。どこか他に行けるところってあるんですか」
ビアンカの的確な問いに満足そうに頷き、エリック王は上の階を見上げるように首をぐるりとめぐらせた。
「魔界のユウレイたちが棲みついてしまって、それらが親玉をかくまっている。しかし魔界のものは聖なるものに弱い」
「聖なるもの……」
エリックの言葉を繰り返し、ビアンカも同じように考え込む動作をする。それを真似てリュカも考え込むようにうーんと唸ってみた。
「遠い昔だがとある国の王妃より譲り受けたものがある。その火があるおかげで、この城には火が絶えることなく灯されている」
「そう言えばさっきリュカの風の魔法でも、ここの火って消えてないわ」
ビアンカの瞳に映りこむ頼りない燭台の火は、先ほどのリュカの魔法で風に巻き込まれたはずだったが、今でも変わらずその明かりで室内をぼんやりと照らし続けている。
「それがセイナルもの? それを使えばユウレイだったびっくりして逃げるかもしれないよね。ビアンカ、それを探しに行こう」
一人話を完結させたリュカは早速それを探しに行くべく走り出そうとした。しかしビアンカの手にマントをぐっとつかまれ、首がおえっとなる。
「待ちなさいよ、リュカ。あんたはどうして最後まで王様の話を聞かないの。このお城だってそんなに狭いわけじゃないでしょ。私たちだけでこうして探すより王様にちゃんとお話を聞いてから、それから探しに行った方がよっぽど先に進めるわ。おじさまに教えられなかったの、ちゃんと人の話は最後まで聞きなさいって」
「ゲホッ、……ごめんなさい」
咳き込みながら謝るリュカを見て、ビアンカはもう一度エリック王に向き直った。そんな二人の様子を笑いをこらえて見つめるエリック王は、頭の中に準備してあった昔の記憶を二人に教える。
「確かその火を最後に使っていたのは城の厨房だった。ついこの間も壷の中で燃え続ける火を目にした。厨房の者達は消えないその火を大層大事に扱い、ずっと壷の中に保管していたようだ」
「その厨房ってどこにあるのかしら」
「このお城の地下に潜ったところだ。大広間を抜けて地下に降りれば、そこに厨房がある」
大体の城の構造をエリック王に説明されるのをビアンカは真剣に聞き取り、頭の中に地図を描いた。その隣でリュカはエリック王の呪文のような言葉の羅列に、思い出したような睡魔に襲われ、必死に欠伸を噛み殺していた。
「リュカ、寝ているヒマなんてないのよ。ほら、起きなさい。かくれんぼしてるゴーストだってまだ一人も見つけてないじゃないの」
ビアンカにそう言われてリュカはうつろになっていた瞳をぱちっと開けた。
「そうだよ。早く見つけなきゃいじけてすねちゃうかも」
「リュカじゃないんだから、そんなことしないわよ」
「ボクはそんなことしないよ。ただあの子たちってきっとボクよりも小さい子供だから、ほうって置かれたら怒っちゃうかなーって」
「はいはい、そうね。早く見つけましょ」
おざなりに返事をしたビアンカには気付かず、リュカはまたビアンカの手を取って歩き出そうとする。その手を引っ張ってリュカが走り出そうとするのを止め、ビアンカはまたエリック王に向き直る。
「ありがとうございました。私たち、きっと悪いゴーストをやっつけてみせます」
「仲の良い姉弟だな、そなたらは。それに二人とも勇気に満ちておる。そなたらのようなまだ年端も行かない子供にこんなことを任せるのは忍びないが、もうこの世のものではなくなった私たちにはその火を扱うことすらできないのだよ。このお礼は必ずする。それとくれぐれも気をつけなさい。君たちにもしものことがあったら、親御さんにどう頭を下げようが足りない謝罪となってしまう」
「大丈夫。任せて」
「ちゃんと眠れるように悪いヤツをやっつけてくるね」
エリック王が心配そうに見つめる前でビアンカとリュカは繋いだ手を振り上げて見せた。エリック王はまるでできなかった我が子を見るような柔らかい笑みで二人を見送った。

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