昔からの心の拠り所

 

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「早い戻りであったな、リュカ王。わしはてっきり、ラインハットで二、三日ゆっくり過ごしてくるのかと思っておったよ」
グランバニアに戻ったリュカは、王室に入るなり驚いたようなオジロンの表情に出くわした。それもそのはず、リュカも当初は子供たちや魔物の仲間たちと共に、久しぶりのラインハットでゆっくりと過ごすつもりでいた。しかし実際にはそうできない事情があった。
行方不明となって八年が経ち、無事に姿を見せたリュカを、ヘンリーもマリアも快く迎え入れてくれた。リュカがラインハットでの数日の滞在を望めば、彼らはすぐにでもその手配をしてくれただろう。それほどに昔と変わらない気の置けない関係をリュカは感じていた。
実際にリュカが突然、グランバニアに帰ることを伝えると、ヘンリーは少々驚いた様子を見せていた。しかし彼も、リュカの心情に気づいていたに違いなかった。その証拠に、八年ぶりにあった親友を、無理に引き留めることはなかった。
「僕も一応、この国の王ですから、あまり他国でのんびりしてもいられないと思ったので」
「ほほう! そうか。いやはや、リュカ王も国王としての自覚を感じているようで、嬉しい限りじゃ」
「八年も国をほったらかしにしてしまいましたからね……僕の罪は大きいと思っています」
「いやいや、罪などと! 八年経っても尚、あの頃の姿を留めて国に帰還し、そして母君の故郷エルヘブンへの旅も無事に終えてこの国に戻ってきたリュカ王を、国民はまるで神か何かのように思っておるのだぞ」
オジロンが褒めれば褒めるほど、リュカは現実の自分の不甲斐なさに恥じ入る思いがした。
ラインハットを早くに立ち去ったのは、決してグランバニアのことを思ってのことではなかった。ヘンリーとマリアとは何日でも話していたいと思った。積もる話はたくさんあった。しかし、今のリュカも、ヘンリーやマリアも、ただ一人の人間ではなかった。
コリンズと言う息子に接する母マリアの姿を、ティミーとポピーが見つめていた。その時の二人の表情を、リュカは今もはっきりと思い出すことができる。
母に対する憧れ、母を思う気持ち、母がいない寂しさなど、数えきれない気持ちが二人の表情に現れていた。マリアはコリンズの母親としていつも通り接しているだけなのだが、その光景を見るだけで、ティミーとポピーの心が揺れてしまうことに、リュカは二人から寂しさを拭わなければと思った。
子供たちに寂しい思いをさせるのなら、ラインハットに長居するのは避けた方が良い。リュカはそう思って、ヘンリーが食事に誘ってくれたにもかかわらず、その話を断ってこうしてグランバニアに戻ってきたのだった。
「少ししたら、ラインハットから連絡が来ると思います。お互いの書を通じて、国交を深めていけたらと……それに、手紙のやり取りは僕が直接ラインハットまで持って行きます。ルーラを使えるのは僕とポピーだけだから」
「そうそう! そのことじゃが、近頃メッキーがその……ルーラ?という呪文を覚えようとしていると、マーリンから聞いておるぞ」
「メッキーが? でも、どうやって?」
「キメラの翼の効果は知っておるじゃろう。リュカ王が使われるその呪文と同じような効果があるのだが、あれはキメラから引っこ抜いた数枚の羽を魔法の力でその効果を発揮できるようにしておる。元々、キメラの翼には特別な力があるのだろうな」
旅人の必須アイテムとも言えるキメラの翼には、直前に立ち寄った町や村に瞬時にして移動できるという便利極まりない効果がある。ただリュカは自分でルーラを会得し、どこか遠くに行く際には必ずと言って良いほどルーラを使用していたため、キメラの翼に頼ることはなかったに等しい。
キメラと言う魔物にもルーラが使えるのではないかと気づいたのは、マーリンなのだろう。マーリンはかつて、リュカと共にルラフェンという町に入り、古代呪文ルーラが復活する場面にも立ち会っている。ベネットという魔法研究を行っている老人の、激しい爆発を伴うルーラ復活の時に、マーリンは爆発を浴び、リュカと共に床に倒れていた。
マーリン自身はルーラを使うことができないが、キメラであるメッキーならば、あの爆発を伴う危険な儀式を受けなくてもルーラを使うことができるかもしれないと考えたに違いない。
リュカはルーラと言う呪文は古代に封じられていた呪文で、他の誰にも使えないと思い込んでいたが、それは人間だけに限られた話なのかも知れないと、マーリンの柔軟な考えに感心するように小さく唸った。
「メッキーも普通のキメラとは違い、高度な回復呪文が使えるほどのエリートキメラじゃから、じきにルーラも習得できるのではないかとマーリンも期待しているようだぞ」
「そうですか。それは楽しみですね。メッキーがルーラを覚えてくれたら、まず僕かポピーがラインハットへ連れて行きます。メッキーはまだラインハットへ行ったことがないから」
「グランバニアの他国との交流は非常に円滑に行えそうじゃな。我が国の強味にもなるじゃろう」
「長距離の移動に関しては、ちょっと特別な方法ですからね」
リュカとポピー以外にルーラを使えるものが増えたら、それはグランバニアにとってだけではなく、リュカの旅においても強味になる。妻ビアンカと母マーサを救う旅に再び出ることを、もはやオジロンもサンチョも止めはしない。再び長い旅に出るつもりのリュカにとって、メッキーがルーラを習得することは、願ったり叶ったりの出来事だ。
「ラインハットから戻ってきて早々ですけど、今度はテルパドールに向かう予定です。ティミーを連れて行かなくてはならない事情があります」
「テルパドール……世界にはまだわしの知らない国がたくさんあるのかも知れんなぁ」
「テルパドールはかつての勇者の供をした仲間が築いた国、のようです。その子孫にあたる女王が国を治めています。国の宝として、天空の兜が守り置かれています」
「その天空の兜を求めに行くというのだな。ティミー王子を連れて……」
オジロンはリュカの胸中を察するかのように、途中で言葉を途切れさせた。
天空の剣も盾も装備できるティミーが、世界を救う勇者の運命を背負っていることを、グランバニア国民は皆知っている。そして国民はティミー王子に多大な期待を寄せ、ティミー自身も勇者としての自負があり、世界を救う勇者としての役目を絶対に果たすのだと、常にその思いを胸に抱いている。
しかしティミーの父であるリュカだけは、息子を勇者とは認めていない。いくら世界の人々がティミーを勇者として崇めても、リュカだけはティミーを勇者としてではなく、大事な息子としてどんな時でも守るだけだった。
リュカがテルパドールに行くのは、決してティミーを勇者として連れて行き、長年勇者の再来を待ちわびているテルパドールの人々からの賞賛を浴びるためではない。本心ではティミーをテルパドールから遠ざけたいと思うほどなのだ。しかし天空の剣と盾を装備できる息子をこれからもずっとテルパドールから遠ざけておくことが不可能だということは、リュカにも分かっている。
リュカはテルパドールの人々の長年に及ぶ期待を叶えられるのはティミーだけなのだと、テルパドールの人々の不安を拭い去れるものならそうしたいと、それだけを考えてティミーをテルパドールに連れて行こうと考えていた。
「アイシス女王に嘘を突き通すことはできません。ティミーが天空の武器と防具を装備できる以上、連れて行かない訳にはいかないんです」
「ふむ、深い事情があるのだな。……その場所へもその、ルーラという呪文でひとっ飛びなのだろう? それならば問題なかろう」
「ありがとうございます」
ラインハットから戻り、王室でオジロンと対面しているのはリュカだけだった。双子の子供たちは今、庭園でドリスと楽しく会話をしている。
エルヘブンの旅から戻り、すぐにラインハットへ赴き、ティミーもポピーもそれらの旅のことをまだドリスに詳しく話していなかった。二人にとっては頼りになる年の離れた姉のような存在であり、リュカが行方不明の間は双子を精神的にも多く支えたドリスに、二人はエルヘブンの旅のことやラインハットでの出来事を話したくて仕方がなかった。リュカもオジロンへの報告は自分一人で行えばよいと、ティミーとポピーには庭園にいてもらうことにしていた。
「テルパドールへはもちろんポピー王女も連れて行くのであろう?」
「もちろんです。あの子たちは二人一緒でなければ、納得してくれないでしょうから」
「特にポピー王女がな。双子であっても背負う運命の違いに苦しんでおるのは、むしろポピー王女だ」
「……オジロンさんは、二人のことをよく見ていますね」
「この八年の間、二人の爺として傍で見ていたからな。だが、もっと二人を良く知っているのはドリスだろうなぁ。あの二人のおかげで、ドリスも以前に比べたら本当に人間が丸くなったものだ」
「そうかも知れませんね」
「またテルパドールに向かう準備が整ったら、わしに知らせてくれ。まあ、それにしても少しはゆっくり休むのが良いだろう。急ぐ気持ちも分かるが、リュカ王も一人で動いているわけではない。第一に、子供のことを考えるのじゃぞ」
リュカはオジロンの言葉に表情を固くして返事をすると、王室を後にした。
グランバニアの屋上庭園ではドリスと双子が庭園の椅子に座りながら、楽し気に話し込んでいた。リュカの姿を見ると、ティミーとポピーが駆け寄ってくる。
「お父さん、今度ラインハットに行く時は、ドリスお姉ちゃんも一緒に行ってもらおうよ!」
「二人の話を聞いてたらさ、リュカ王の友達ってヤツに会ってみたくなったんだ。今度、あたしも連れて行ってよ。ちゃあんと一国の姫として外交の仕事をしてくるからさ」
「あの、私はグランバニアでお留守番してるから、お兄ちゃんとドリスお姉ちゃんを連れて行ってあげてください……」
三人が楽し気に話していたのはラインハットの話だった。ポピーがあまり乗り気じゃない理由に、リュカは思わず笑ってしまう。
「ポピー、コリンズ君はそんなに嫌な子じゃないと思うよ」
「えっ! わ、私、別にコリンズ君に会いたくないって言ってるわけじゃないです……」
「他に理由がない気がするんだけどな。だってヘンリーにはむしろ話しかけたそうにしてたようだし」
リュカがそう言うと、ポピーは瞬時に顔を真っ赤にして俯いてしまった。その様子を見て、ドリスがすぐに感づき、ニヤニヤとリュカに助言する。
「ちょっと、ポピーがうっかり良からぬ道に行かないように、あんた、ちゃんと見てないとダメじゃない」
「何? 良からぬ道って」
「妻も子もいる男性に惹かれるなんて、ポピーったらオトナだね~」
ドリスが笑みを浮かべながらポピーの顔を覗き込むと、ポピーはまだ顔を真っ赤にしたまま「ち、違います! そんなんじゃ、ないもの……」と俯いたままでいる。
「え……えぇえ? 何それ、どういうこと? どういうことなの、ポピー?」
「あっははは! リュカったら慌てすぎ! ホント、あんたをからかうのは面白いよね~」
腹を抱えて笑うドリスを見ながら、リュカは彼女がいてくれて本当に良かったと内心思っていた。ドリスと言う身近な姉のような存在があったからこそ、ティミーもポピーも素直に彼女に甘えることができた。サンチョへの甘えとはまた違った、相互に言い合うことのできる身近な存在は、ティミーとポピーの成長に必要なものだったのだ。
「ドリスはさぁ、ポピーの心配をするより、自分の心配をした方がいいんじゃないのかな?」
「あれ? リュカまでそんなこと言うの? 見た目は若いのに、言うことはオジサン臭くなったね」
矛先を自分に向けられたドリスは、途端に煙たい顔つきでリュカを睨む。
「オジサンって……僕はドリスのことを心配してるんだよ。だって君もこのまま一人でいるわけには……」
「そういうのがオジサン臭いっての! じゃあさ、あたしのことを負かすことができる人を連れて来てよ。あたしより強い人がいれば、考えてやらないでもないよ」
そう言いながらドリスは今にも戦い出しそうな雰囲気で姿勢を低くし、両手を前に出して武闘家の構えを取る。リュカは小さくため息をつきながらも、相変わらずのドリスの姿を見て、やはり安心するのだった。



「今回のテルパドールへの旅には……みんな、行きたくないんだね」
リュカは双子を連れて、魔物たちが暮らすグランバニア城内の大広間に来ていた。
あの後ドリスは学者からの講義が始まると言って、渋々ながらも学者の部屋に向かって行った。面倒そうな態度を見せながらも、グランバニアの国のことを思う彼女は、決して講義をさぼることなく素直に学者の部屋へと足を向けたのだった。
魔物の仲間たちにはテルパドールへの訪問について、その内容を話したところだった。テルパドールには代々引き継がれている天空の兜という国宝があり、長年にわたりテルパドールの人々は勇者の再来を待ち続けている。それはもはや一種の呪縛のようでもあり、リュカは天空の剣と盾を装備できるティミーを連れて行き、天空の兜を身につけさせ、テルパドールの人々の呪縛にも似た不安を解消してあげたいと、魔物の仲間たちに話したのだった。
ただテルパドールの城内に、魔物の仲間は入ることができない。それはどこの町でも村でも同じことなのだが、今回はリュカのルーラでひとっ飛びのテルパドールに行くだけで、特別に危険な長い旅をするわけではない。ラインハットのように旧友に会いに行くということでもない。また、かつてテルパドールまでの旅に同行した魔物の仲間にとっては、あの旅は最も過酷だったと言っても過言ではなかった。砂漠の旅を思い出しただけで、プックルは舌を出して嫌そうに顔をしかめ、スラりんとピエールは今にも水分不足でしぼみそうになっていた。いつもは一緒に連れて行けと騒ぐミニモンも、マーリンから砂漠の旅の過酷さを説明されている内に、テルパドールへの興味を失ってしまったようだ。
「今回はリュカ王と王子王女だけでのテルパドール訪問もよろしいかと思います。ただ我ら魔物が同行しないとなると、どなたか人間の護衛を連れて行くべきかと……」
「そっか、そうだよね、サーラさんの言う通りだ。この国の王と王子と王女だけで勝手に他の国に行くのはさすがにマズイよね」
「人間の小隊を一つ、護衛につけるのはどうでしょう」
ピエールがそう提案するが、リュカは唸って考えた結果、その提案を拒んだ。
「何人もの兵士を連れて行ったら、いかにもグランバニアっていう国として動いている感じだし、いきなり手紙も何も出さずにそんな訪問をしたら、警戒されて城に入れてくれないかも」
「ははあ、そうですね。事前に訪問を知らせていない状況ではあまりにも唐突ですね」
「前にテルパドールに行った時って、僕はまだグランバニアのことは知らなくてさ、ただの旅人として行ってたんだよね。だから今回も、普通の旅人として行った方がテルパドールには入りやすいかなって思うんだ」
「そっか、お父さんって子供の頃からこの国にいたわけじゃないんだよね」
「それって、何だか、とっても不思議ね。私たちはずっとこの国で生まれ育ったから」
子供達の言葉に、リュカは自分がグランバニアの国王であるにも関わらず、まったくグランバニアに根差していない現実に気づかされる。リュカにとってこのグランバニアは、たとえ生まれ故郷であっても、心の拠り所となる故郷とは呼べない場所なのかも知れない。
「おや、坊ちゃん……じゃなくて、リュカ王! こちらにいらっしゃったのですか」
魔物の大広間に入って来たのは、一日に二度は魔物たちの様子を見に来るサンチョだった。サンチョは国政に携わりながらも、城の警備を務める魔物の状態を日々細かに確認している。魔物の仲間たちが調子を崩すことはまずないが、警備の時の報告だったり、はたまた単なる世間話だったりと、魔物たちの心を宥めたり癒したりする役目を自ら買って出ているのだ。
「がうっ」
サンチョの姿を見たプックルが、リュカに一声吠えて知らせる。その声にリュカも思わず素直に頷いた。
「そうだ、サンチョに一緒に来てもらえばいいんだ」
「はて? なんのお話でしょう?」
「あっ! それがいいよ! サンチョと一緒にテルパドールに行こうよ!」
「サンチョさんなら一緒に行っても、私たちは旅をしている者ですって言えるわ」
「……ふむ。話が見えた気がします」
リュカがオジロンにラインハット訪問の報告をしていた時、サンチョは同席していなかったが、リュカが次に向かう場所の話は既に耳にしているようだった。そしてその話を耳にした時、サンチョは既に、共にテルパドールへ行くことを考えていたのかも知れない。それほど今のサンチョは落ち着き払っていた。
「お邪魔でなければ、ご一緒させてもらいますよ。テルパドールに行くのでしょう?」
「サンチョなら、いかにも旅人って感じがするもんね」
「旅に出ていた期間を考えれば、リュカ王よりも長いですからね」
そう言いながら笑うサンチョには、リュカにはまだ持ちえない大人の余裕というものが備わっていた。リュカを息子のように思い、ティミーとポピーを孫のように思う、とてつもない懐の深さがサンチョにはある。テルパドールへの訪問においても、サンチョが隣にいてくれれば安心だと、リュカは既にサンチョの同行を決めてしまっていた。
「ラインハットからお戻りになるのも早かったですが、テルパドールも用事だけ済ませて戻られる予定ですか?」
「うん。テルパドールには天空の兜があってね、それをティミーに、ね」
「そうですか。……ティミー様はどんどん立派になってしまいますね。何だか、どこか遠い場所へ行ってしまいそうで怖いほどです」
サンチョの言葉は、リュカの不安そのものだった。それを口にできるサンチョは強いとリュカは思った。もしティミーが世界を救う勇者として、世界中から賞賛を浴び、期待を寄せられたら、リュカは『息子は勇者じゃない』と嘘をついてしまいかねないと感じている。サンチョは既に、ティミーは世界を救う勇者だと半分以上認めている。そしてその運命を受け入れている。
「大丈夫、ティミーはティミーだよ。どこへも行かない。僕の息子なんだから」
「そうだよ、サンチョさん。ボクはお父さんの息子だよ。それにグランバニアの王子なんだから、グランバニアから離れることなんてないよ」
「そうよ、サンチョさん。お兄ちゃんはいつかこの国の王様になるんだもの。そのためのお勉強だってしてる……はず」
ポピーが首を傾げながらそう言うと、ティミーがむっとした顔で妹を横目で見た。
「仰る通りですね。ティミー王子はゆくゆくこの国の王になられる方です。たとえ勇者であっても、グアンバニアの王子であることには変わりありません」
サンチョも素直に同調し、まだまだ子供であるティミーを見ながら笑顔を見せた。
大広間にいるサーラにピエール、プックル、マーリン、スラりん、キングスにミニモンはテルパドールへ人間だけで行くことに快く賛成した。他の魔物らは今、城の警備に出向いているが、テルパドールへの訪問の話を詳しく話したところで、恐らく同行したい者はいないだろうと、リュカは子供たちとサンチョと砂漠の国へ行くことを決めた。
「たとえ砂漠の長旅はしなくて良いとしても、外で待っているだけでも老体には堪える暑さじゃからのう」
「オアシスの木陰でひたすらじっと待つくらいでしたら、あえて私たちが行く必要もないでしょう」
マーリンとピエールはほっと胸を撫でおろすように言葉を交わした。実際、二人の言う通り、今回のテルパドール訪問に魔物の仲間たちの護衛は必要ではなかった。
「じゃあ早速明日、テルパドールに行ってみよう」
「でもお父さん、明日の朝、グランバニアを出たら、テルパドールはいつぐらいの時間になってるのかな?」
ポピーの問いかけに、リュカは「あっ、そうか」と思わず言った。朝、グランバニアをルーラで出発し、ラインハットに着いたのはまだ夜明け近くという朝早い時間帯だった。リュカは常に持ち歩いている地図でテルパドールの位置を確認する。同じように朝グランバニアを出発したら、恐らくテルパドールへは夜着いてしまうことになるだろう。
「グランバニアを夜出るのがいいんじゃないかしら?」
「そういうことだね。ありがとう、ポピー。危うく寒い砂漠で城門が開くのを待たなきゃいけないところだった」
「えっ? 砂漠って暑いんじゃないの?」
ティミーがきょとんとした表情で問いかけると、リュカは砂漠について身をもって経験した過酷さをティミーに説明した。昼は暑く、夜は寒い。昼の暑さも耐え難いものだが、夜の寒さに震えるのも耐え難い。リュカは話しながら、あの時一緒だったビアンカも体調を崩し、テルパドールへ着く直前にはかなり元気をなくしていたことを思い出す。しかし彼女があの時体調を崩していたのは、単に砂漠の旅が過酷だったからだけではない。あの時既に、ビアンカは二人の子供を身籠っていたのだ。
「……本当に、辛い思いをさせちゃったな……」
「どうされたのですか、リュカ王?」
サンチョが気づかわしげに言葉をかけると、リュカは「何でもないよ」と微笑みながら首を横に振った。プックルが静かに隣に来て、リュカの背中を赤い尾で撫でるように擦った。そしてリュカがプックルを振り向く前に、プックルは大広間の出口から姿を消してしまった。城の警備の交代の時間のようで、プックルは一足先に城の外へと向かったようだ。
「さて、じゃあ、ここを夜遅くに出発しよう。……って、二人は大丈夫かな?」
「もっちろん! 夜遅くに城を出るなんて、なんだかドキドキするね!」
「いけないことをするみたいだわ……。でも、楽しそう!」
ラインハットから帰ってきたばかりの疲れなど微塵も見せず、ティミーもポピーもまだまだ元気いっぱいのようだった。子供ながらに旅慣れている二人にとっては、ラインハットの訪問くらいでは疲れないのかも知れない。そして普段にはない、グランバニアを夜の内に出発するという特別な状況に心躍らせる二人を見ると、リュカはかつての小さなビアンカを見ているような気分になった。
幼い頃、レヌール城への冒険に出る時、ビアンカは男の子たちにいじめられていたプックルを助けたい気持ちを持ちながらも、夜の闇に紛れて、大人の目を盗んで外に冒険に出られる喜びを、彼女は感じていたに違いなかった。そんな好奇心旺盛な気質は、ティミーだけではなくしっかりとポピーにも受け継がれているのだろうとリュカは感じていた。
「とりあえずは食事をなさってください。それから早めにお休みになると良いでしょう。起きたまま夜を迎えたら、不眠不休でテルパドールに向かうことになりますよ」
「そうだね。うっかりテルパドールで寝ないためにも、今のうちに休んでおこう」
「はーい」
「ボク、お腹空いた~」
「リュカ王と王子王女はお部屋でお食事を。砂漠の国に行くのでしたら、たっぷりと栄養を点けておいた方が良いでしょう」
「サンチョは?」
「私は少し魔物の方々とお話がございます。今日の城の警備において異常がなかったかなどの確認をしておきますので」
サンチョがサーラやマーリンと話し始める姿を見て、リュカは一体彼はいつ休んでいるのだろうかと不安に思った。
グランバニアの国をこれほど愛している人間がいるのだろうかと、サンチョの一途な愛国心に頭が下がる思いがした。彼の中に根付くその思いは、彼の本当の主であるパパスを失ったことに基づいているのだろう。サンチョは主を失った深い悲しみを、悲しみのままで終わらせてはいない。亡き主のためにもこの国をずっと守り抜かねばならないと、心に決めているのだ。
「サンチョ、ありがとう」
「……どうされたのですか、リュカ王?」
「ううん、ただお礼を言いたかっただけだよ」
「はあ、私は特に何もしていない気がしますが……さあさあ、早くお部屋にお戻りになって休んでくださいね」
皺が増え、白髪も増えたサンチョの優しい笑顔が、リュカには眩しいほどだった。父パパスはサンチョという従者にどれだけ恵まれていたのか、リュカは亡き父に今、そのことを伝えたいくらいだった。



グランバニアの夜空には星が輝き、眩しく感じるほどの月も空に浮かんでいた。広大な森の中ではフクロウの泣き声が聞こえ、それとは別に魔物が森の中を動いている感じもあった。
城の屋上庭園で夜空を見上げる双子は、揃って大きな欠伸をする。昼間の内に少し休んでおくようにと言われていた二人だが、行ったことのないテルパドールという砂漠の国に行けるという高揚感と、夜中にこっそりとグランバニアを発つという非日常の感覚で興奮し、さほど睡眠が取れなかったのだ。
「ティミーもポピーも、あっちに着いてから寝ないようにね」
「ふわぁ~い、大丈夫だよ、お父さん」
「お父さんだって、寝てないよね? 大丈夫?」
「僕は大人だもん。少しくらい寝なくっても大丈夫だよ」
「坊っちゃん……じゃなくてリュカ王はまだお若いですね。私なんぞはまだ明るいうちにしっかりと休ませてもらいましたよ。そうでないと、疲れてひっくり返ってしまいますからね」
サンチョは言葉の通り、忙しい中でも夜中の出発に備えて休みを取っていたようだ。サンチョとてそれほど長い睡眠を取れたわけではないが、彼はリュカよりも旅の達人であるため、短時間で確実に休息を取る技術を身につけている。
「砂漠の国でしたら、いっそのこと夜にお邪魔したいくらいですが、夜では城には入れないでしょうからね」
「でも砂漠のど真ん中に比べれば、城の中は大分涼しかったと思うよ。そういう造りなんだろうね」
リュカたちはいつもの旅装で城の屋上庭園に集まっていた。しかし荷物はほとんどない。いつも旅にはてんこ盛りの荷物を背負っているサンチョも、片手に包みを持つだけの非常に身軽な格好だ。
リュカは双子と手を繋いだ。ティミーとポピーはサンチョと手を繋ぐ。四人が円陣を組むように向き合うと、リュカは目を瞑ってテルパドールの景色を脳裏に思い浮かべた。
まず頭に浮かぶのは、砂漠のど真ん中の景色だった。強烈な日差しに照らされて、日差しを避けるものもない中、何の目標物もなく歩き続けた過酷な旅が蘇る。砂丘の上から転がり落ちるように着いたテルパドールの城は、頑丈な石造りの城で、広大な砂漠の旅をしていたリュカたちにとってはまるで天国のようにも見えた場所だった。時折、砂が吹きすさぶ中、テルパドールの城は静かに悠然と砂漠のただ中に建っている。とても美しい女王が治める国には見えない印象だ。
「いくよ!」
リュカが目を瞑ったまま声をかけると、ルーラの呪文を発動した。脳裏のイメージがどこかへ行かないよう、リュカは集中を途切れさせない。四人の体が光に包まれて浮かび上がり、夜空の星が限りなく近づいたと思ったら、途端に西に向かって弾丸のように空気の中を飛び出した。
夜の深い景色は暗くて変化しているのかよく分からないものだったが、目の前から星が降ってくるような景色をティミーもポピーも目にしていた。眠気など吹っ飛ぶような絶景に、二人はルーラの呪文の膜に守られた状態で、笑顔で溜め息を漏らしていた。
海に出て一時的に雨が降ったりもしたが、まるで夜明けを見ているかのように、グランバニアではとっくに沈んでいたお日様が西に見え、その眩しさにサンチョも眉間にしわを寄せて目を細める。時間を逆行している感覚ではなく、みるみる空に昇る太陽を見ていると、一日の始まりを体験しているような気にさえなる。
日が高くなってきたところで、砂漠の大陸が見えてきた。リュカはテルパドールへのルーラが成功したことにほっと胸を撫でおろしながら、砂漠の大陸を見下ろしていた。
広大な何もなかった砂漠の中で、テルパドールの城だけが異様な存在感を放っていた。砂と岩しかないこの大陸で人間が暮らしていることに、リュカは改めてテルパドールの人々の強さを思い知った気がした。
砂漠の地に降り立ったリュカたちがまず感じたのは、想像以上の砂漠の熱だった。グランバニアからほぼ一瞬にして移動し、砂漠の暑さに慣れないまま降り立ってしまったため、途端に肌に感じる砂漠の熱はすぐにでもリュカたちの体力を削ってしまいそうだった。
「うわー、あつーい! 本当に暑いんだねー!」
「砂もとっても熱いわ。うっかり転んだらヤケドしちゃいそうなくらい」
「この暑さはちと老体に応えますね……。早いところ、あのお城にお邪魔しましょう」
「魔物のみんなが来たがらない理由が分かった?」
「魔物さんたちはお城に入れないんだものね。外で待っているなんて、そんなヒドイことさせられないわ」
「スラりんもピエールも、よくこの砂漠を歩いて行ったね。途中で溶けないでいてくれてよかった!」
リュカたちは会話をしながらも、既にテルパドールの城に向かって歩き出していた。砂漠の砂に一足ごとにブーツが埋まるため、非常に歩きづらい。しかしそのことにもティミーとポピーは楽しみ、はしゃいだ声を出している。二人が楽しんでいる状況に、リュカは思わず顔をほころばせた。
「私もかれこれ数十年、旅をしていた身ですが、これほどの広大な砂漠を歩いたことはありませんよ。リュカ王が今、ご無事で何よりです」
「うん、本当にあの時は死ぬかと思った。魔物のみんなも……本当に辛かったと思うよ」
リュカがあえて口にしない彼女の名に、サンチョは気づかないふりをして、眩しそうにテルパドールの城を見上げる。日に照らされた石造りの城はいかにも暑そうに見えるが、この強烈な直射日光を避けられるだけでも、城の中は快適に感じられるのかも知れないとサンチョは気持ちを逸らすように考えていた。
子供達はどんどん前に進み、テルパドール城の周りに点在する建物にも興味を示すように近づいて行く。リュカはそんな二人の後姿を見ながら、隣を歩くサンチョに話しかける。
「ビアンカはね、この城の厨房で働いたこともあるんだよ」
「なんと、王妃様がですか?」
「その時はまだ僕たちはただの旅人だったからね。お金がなくってさ。僕は城の学者さんのお手伝いをしたりして、少しお金を稼いだんだ」
「その頃、私がお会いしてお金を渡すことができれば、リュカ王も王妃様も働くなどと言うことにはならなかったのに……申し訳ございません」
「何言ってるんだよ、サンチョ。サンチョはサンチョで、大変な旅をしてただろ。きっと僕なんかより、ずっと大変だったんじゃないかな。だって、一人でずっと……」
「いえいえ! 私のことなどはどうでもよいのです。それにずっと一人旅をしていたわけでもないのです。道中、一緒になる他の旅人さんもいて、少しの間共に旅をすることもあったのですよ」
「そうなんだ。……ねぇ、サンチョの話もいつか聞かせてよ。面白い話も、ためになる話も聞けそう」
「そうですね。ではいずれ色々とお話しましょう。その時は……王妃様もご一緒に」
サンチョがにっこりと笑ってそう言うのを見たリュカは、何故この場にビアンカがいないのだろうかと不思議に思うほどだった。今、もしビアンカがこの場にいれば、『いずれなんて言わないで、今話してよ、サンチョさん!』と元気に話を聞き出していそうだとリュカは思った。
「ビアンカはきっと、父さんと旅をしていた頃の話をたくさん聞きたがるんじゃないかな」
「もうずいぶん前のことになってしまいましたからね。はてさて、どれほど覚えているやら分かりませんが……楽しく王と王妃にお話ししてみたいものですな」
「僕も……楽しみにしてるね」
サンチョと話していると、ビアンカがいないことによる寂しさを思い出すのと同時に、その寂しさを全て優しく包み込んでくれる雰囲気が漂った。リュカが寂しさを感じていても、そのすべてをサンチョは受け止め、消すことはできないにしても包み込んで隠してくれる。離れている期間も長かったが、やはりサンチョは父や母とは別の、もう一人の親のような存在なのだろう。
リュカは素直に笑顔を見せながらサンチョと言葉を交わし、先を元気に歩く子供たちを追うようにテルパドールの城に向かって行った。

Comment

  1. うににん より:

    はわ~。とてもよかったー(*≧∀≦*)

    更新ありがとうございます!!読ませていただきましたw早くビアンカに会いたい感じがものすごくよかったです!

    これから忙しくなる季節ゆっくりで無理なさらず更新楽しみにしてます♪

    何度読んでも面白いです!ビアンカに会いたいのでまた最初から読み返してきまーす(*^^*)

    • bibi より:

      うににん 様

      コメントありがとうございます。
      ビアンカ、早く会いたいですね。会う時の場面を書きたいなぁと思いながら、これからも頑張って更新して参ります!
      遅いですが・・・すみません><
      また初めから読んでいただけるなんて、本当に光栄なことです。色々と雑な部分が気になるかも知れませんが、ごゆっくりお過ごしくださいませm(_ _)m

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