花咲く町での再会

 

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一月半もの間、グランバニアの国に落ち着いていたことがあっただろうかと思い出せば、それは自身の即位式を待っていたあの時に遡る。グランバニアの王になるための王家の証を辛くも手に入れ、後は即位式の準備を進めると同時に、王族の教育など全く受けたことのないリュカはそこで初めて父パパスも叔父のオジロンも身につけている教育を受けることになった。
そこでリュカが弱音も吐かずに頑張れたのは、偏に身重の妻ビアンカがいてくれたおかげだ。
旅の途中、リュカは妻が身籠っていることに気づかなかった。また彼女もその事実をひた隠しにしていた。旅の途中でその事実を夫が知れば、彼女はリュカが旅を止めてしまうと懸念していた。彼女の想像通り、リュカは旅の途中で彼女の妊娠に気づいていれば間違いなくその場所に留まる決意をしただろう。何よりも彼女の身が一番大切なのだ。
運良く無事にグランバニアに着いた二人と魔物の仲間たちは、サンチョの仲介を経て皆受け入れられた。そこで倒れてしまったビアンカを診るシスターに彼女の妊娠が告げられた時、リュカは真っ先に途轍もない寒気を感じたのだ。これまでの旅の最中の無茶が走馬灯のように蘇り、何故話してくれなかったのだと彼女の思いも余所に問い詰めたい気持ちになった。
彼女も素直に謝った。もう無茶はしない、これからは子供が生まれるまでここで大人しくリュカを待つと、グランバニアに落ち着くことを宣言してくれた。彼女が生まれる子供を楽しみに、グランバニアでの日々を過ごす様子を見られれば、リュカも彼女のために、生まれ来る子供のために自分のできることを為さねばならぬと、難解な言葉の並ぶ教育係の教えにも真面目に耳を傾けた。その時が最も、グランバニアで長く過ごした時だった。慣れない王族としての勉強や振る舞いを身につけるのも、必ずリュカの戻りを待ってくれている妻がいれば、苦よりも幸福を感じられた。
リュカが長い時間をこのグランバニアで過ごすのはその時以来のことだ。普段は国王代理としてオジロンがこなす執務も、彼に教えてもらいながら日々こなしていく。本来、国王が座る玉座に国王として腰を下ろし、城を訪れる者たちの話に耳を傾け、兵からの警備報告を受け、自分では判断のつかないことはオジロンやサンチョに相談する。
月に二度行われる城下町の視察には、リュカとオジロンで向かった。数人の兵を引き連れ歩くが、オジロンの人柄が為せる業なのか、仰々しいものではなく、城下町の人々とも非常に親しみ深いやり取りのある視察だった。城下町の人々が国王に対し気軽な冗談を言える間柄なのは、恐らくこのグランバニアだけなのかも知れない。決して国王を馬鹿にしているわけではなく、ただ親しみやすい性格なのだろう。尊敬の念を持つと同時に、町の人々はオジロンに話しかけ、そしてその隣を歩くリュカにも話しかけた。リュカにはそのような町の人々との関係が有難かった。自分には到底、国王として偉ぶることはできないと感じている。
オジロンとサンチョの協力により、この一月半で国王としてのリュカはみるみる国の人々に受け入れられていた。堅苦しい正装に身を包むリュカを見ても、城下町の人は言葉こそ少々堅苦しいところはあるが、気楽な様子で挨拶をしてくれる。玉座を空けることの多い国王だが、それでも国の人々に受け入れられていくのには安心した。
公務を行う傍らで、当然のように今度旅に出るための準備にも余念がなかった。少しでも空いた時間があれば、妖精の世界について書かれたような伝記や伝承の類が載る書物がないかと、城の広い図書室にこもる。元来、本を読むことなど苦手の部類だったが、王族の教育を受ける中で難解な言葉にも慣れ、以前に比べて本を読む速度も上がった。
また、リュカが公務の間にはマーリンが率先して妖精の世界について調べており、リュカが図書室に来た時には調べたことについて話をすることもあった。サラボナの東に広がる森は広大で、尚且つ一度足を踏み入れると、二度と出られないという噂もあるという。森全体に妖精による魔法がかけられ、妖精の世界への入口は巧みに隠されているということも調べていた。
「この規模の森を全て調べるとなると、それだけで数か月かかるじゃろうが、時間をかければ見つかるというものでもあるまいな」
「そのためにもやっぱり魔物のみんなの力が必要だと思ってるよ。きっと君たちには僕たちが見えないもの、たくさん見えてるし、感じることができるでしょ?」
「ただワシら魔物がそう簡単に見つけられるようなものならば、森に棲む魔物らにも見つかるじゃろうて。妖精の使う魔法がどのようなものがは知らんが、妖精にしか見つけられない特殊な力を使っているのじゃろうな」
「妖精にしか見つけられないとなると、僕たちはお手上げだよ。仲間に妖精はいないもん」
「しかしお主は子供の頃、妖精に会ったことがあるのじゃろ?」
マーリンにそう問われ、リュカは視線を上に巡らせて当時のことを思い出す。
「うん。あれは夢じゃなかったと思うから、妖精の世界に行けたんだよ、僕。ベラっていう妖精が僕たちの住む村に来てたんだ。でもベラを見たのは僕だけだったみたいなんだよね」
「他の者には妖精が見えなかったと言うのが引っかかるんじゃがのう……」
「そう言えばあの時、プックルにもベラが見えてなかった気がする……」
古い記憶だが、リュカは当時のことを頭の奥底から引きずり出す。プックルは確実に何か不思議なものを感じていたようだが、それが妖精のベラだとは認識していなかった。サンタローズの家の地下室に妖精の村へ通じる不思議な階段が現れた時も、プックルは白く光る階段が見えていないようだった。妖精というのは特別、魔物が気配を感じることのできる存在でもないようだ。
「エルヘブン出身の母を持つお主なら、妖精を見ることができる不思議な力があってもおかしくはないと思うが……とにかく当たりをつけて森を調べてみるしかないのう」
「当たりはついてる?」
「さっぱりじゃ」
「そうだよねぇ。うーん、どうしよう。もっと調べれば何か分かるかな」
「さてのう。しかし調べられる限りは調べてみないと、手当たり次第に森を探すのは無謀じゃからな」
マーリンと図書室で情報を幾度となく共有したリュカだったが、結局妖精の世界に通じると言われるサラボナ東の森については、詳しいことは分からないままだった。森の規模は大きく、その上虱潰しに森の中を探し回るとなると、探索にもひと月以上はかかると推測された。
今度の旅にはひと月以上の月日がかかると予測し、魔法のじゅうたんに馬車を乗せ、水と食料も十分に備えて向かうことにした。城で丁寧な世話を受けているパトリシアにも事前にその旨を伝え、彼女は久々の旅に鼻息を荒くしリュカにすり寄った。
「当然、ボクたちも行くからね」
リュカが魔物たちが暮らす城の大広間にて、今度の旅に誰を連れて行くかを決めている最中、まるでその時を見計らったかのようにティミーとポピーが大広間に姿を現した。グランバニアでひと月を過ごす頃、ティミーもポピーも剣術に呪文習得にと励んでいた。また父と共に公務に連れ立ったり、王子王女としての教育も嫌な顔一つせずに受けたりと、その時その時を無駄にしないようにと過ごしていた。それと言うのも、二人は次の旅に絶対ついて行くのだと決めていたからだ。
「ティミーとポピーにも、一緒に行ってもらう予定だよ」
あっさりと旅の同行を認めた父に、ティミーもポピーも少々呆気に取られた。父は当然のごとく、初めは旅について行くことを反対すると思っていた。双子の意外そうな表情を見て、リュカは思わず苦笑する。
「そりゃあ本心じゃ連れて行きたくはないけど、下手に城で留守番させる方が危なっかしいからね。勝手にどこかに行かれても困るし」
どうしてポピーがルーラを使えるようになっちゃったかなぁと、リュカは困ったように腕くみをしながら溜め息をつく。父のその言葉に、当のポピーは得意げな顔を見せる。
「じゃあ私たちは一緒に行けるのね。他には誰を連れて行くの?」
「がうっ」
「ああ、プックルは絶対に行くんだよね。いつでもお父さんの傍にいるもんね」
真っ先に主張するプックルに近づき、ティミーがその横腹を荒っぽく撫でる。プックルは満足げに目を細めた。
「実はもう、旅に出る者らは決まっておるのじゃよ」
リュカの隣に立っていたマーリンが双子に告げる。既に決められた旅の仲間はプックルにピエール、ミニモンにガンドフ、そしてマーリンだ。妖精の世界に通じる森だからと言って、魔物が存在しないということは考えられない。主な戦闘要員としてプックルにピエール、ガンドフは察知能力に優れる目と耳を駆使して辺りの気配を探り出し、ミニモンは森の上からの現在地の確認を、そしてマーリンがリュカと共に情報を取りまとめて森の探索場所を都度確認する。そして今回の旅だけで首尾よく妖精の世界への入口が見つかるとは限らない。探索回数が複数回に渡る場合には、必要であれば仲間を入れ替えて再度探索の旅に向かうことも考えていた。
「よおし、それじゃあ次の旅に向けてもっともっと剣術の稽古をしないと! ピエール、付き合ってよ!」
「喜んでお受けいたしましょう。最近ではティミー王子の剣術も格段に技術が上がってきましたから、私も油断できませんね」
「何言ってるのさ。まだまだ全然ピエールには敵わないよ」
「ねぇ、マーリン。私も何か新しい呪文を覚えたい!」
「ふむ、では今度は攻撃呪文ではなく、何か補助呪文を考えてみても良いじゃろう。ポピー王女に合う呪文がきっとあるはずじゃよ」
危険な旅に出ると言うのに、双子の子供たちの心が弾んでいるのが見て取れる。それは恐らく、リュカや魔物の仲間たちへの絶大なる信頼から生まれるものなのだろう。彼らと一緒にいられれば、双子は必ず無事でいられると確信しているのだ。リュカも敢えて、二人の頼り切るその心に釘を刺すつもりはない。二人はまだ小さな子供だ。勇者だとか余計な肩書を背負わされているが、それとは関係なしに父であるリュカに、歴戦を潜り抜けてきた魔物の仲間たちに、信頼を寄せて寄りかかっていれば良い。
「リュカ王―、今度は森に行くんだろー? その森って、このグランバニアの森より広いんだろー?」
久しぶりに旅に出られる喜びで宙を飛び回っているミニモンが、楽し気な声のままリュカにそう問いかける。そうだよと返事をするリュカに、ミニモンは変わらず宙をあちこち飛び回りながら物騒なことを言う。
「ちょっとした森だったらなー、オレが呪文で焼き払って、妖精の世界ってヤツを見つけやすくしてやるのになー」
「も、森を焼き払う? 考えたこともなかったな……」
「モリ、ヤイチャ、ダメ。ヨウセイ、キット、イナクナルヨ」
ミニモンの過激発言に、ガンドフが目を潤ませながら飛び回るミニモンを大きな一つ目で追う。妖精と言う存在がどのようなものなのかは分からないはずだが、ガンドフのその言葉に彼が本質的に妖精を理解しているような気がする。そして最も妖精に近しい存在のような気もしてくるから、ガンドフと言う魔物は不思議だなとリュカは思う。
「ガンドフの言うこともあるし、それにグランバニアの森よりも広い森を焼くなんて、ミニモンの魔力があっという間に尽きちゃうよ。うっかり魔力が尽きてから呪文を使うとさ、とっても身体が辛くなるから、ミニモンのためにも止めておこうね」
「チェッ、なんだよー、オレいいこと思いついたと思ったのにー」
不貞腐れた様子で口を尖らせるミニモンだが、その本心ではリュカに身体の心配をされたことに対して密かに胸を温かくしている。
「さあて、まだ出発の日にはならないけど、その日が近づいたらまたみんなに伝えるからね。よろしくね」
リュカの言葉に旅に同行する者たちも、城に残り警備に当たる者たちも各々に反応する。今は城の警備に出ている魔物らにも、他の魔物たちから情報が伝わるはずだ。そしてリュカの決定に異を唱える者はいない。リュカはその場にいる皆の反応を確認すると、安心したように大広間を後にした。



ルーラと言う呪文は本当に便利だとリュカは思う。しかし途轍もなく便利なだけに人間世界からは封印されていたと言うのも頷ける。便利な呪文と言うのは善人が使う分には問題ないが、悪人が使用すればそれはたちまち悪になる。ルーラの呪文が封印された経緯には、もしかしたら悪に染まる人間がこの呪文を身につけ、悪事を働いたという出来事があったのかも知れない。とあるところで悪事を働いても、このルーラと言う呪文が使えればあっという間にその場から逃げることができるのだ。
グランバニアからルーラの呪文で今、リュカたちはサラボナの町の前に来ていた。ティミーとポピーがこの町を訪れるのは初めてのようで、町の入口から見える街並みを見て既にその美しさにしばしその場で立ち尽くしていた。
サラボナの町はいつでも花の香りが漂い、気温も高く、マントを羽織るには少々暑いくらいの気候が年中続く。町を彩る建物も整然としており、町で統一されているのか建物の屋根はほとんどが赤屋根で、その色が町の華々しさを演じている。
ただその中でも目立つのが、町の中央近くに立つ巨大な教会と、町の奥に見える巨大な屋敷だ。町の入口からでも見える教会の屋根は青く、まるで小山くらいの高さで、町のどこにいてもその場所を目にすることができる。あの教会がある限り、町の中で下手に迷子になることはないだろう。
リュカはしばらくの間、サラボナの町の入口から見える教会の屋根をぼんやりと見つめていた。この町には深い思い出がある。
教会のバージンロードを、まるで女神か天女かと見紛うような彼女と共に歩いた。町に咲き乱れる花の香りが、その当時の記憶を否応なしに呼び覚まし、リュカはその記憶に浸るのではなく、何故か逃げ出したい衝動に駆られた。
「リュカ王よ。せっかくだからこの町でゆっくりしてきてはどうじゃろう。お主の旧知の者もおるからの」
グランバニアからルーラでひとっ飛びにこの町へ来たため、体力的にも特にこの町に寄って身体を休める必要はない。町を歩けば、嫌でも過去の美しい記憶が一つ一つ鮮明に蘇り、それを子供たちに上手く説明できるような自信がリュカにはなかった。
「この町はこれから探索する場所の近くでもありますから、もしかしたら森のことについての情報もあるかも知れません。一度、立寄られてみてはいかがでしょうか」
当然、魔物である仲間らは町に入ることはできない。しかしマーリンもピエールも、この町の令嬢に会ったことがあるのだ。
あれはリュカとビアンカの結婚式の際に、友人らだけで町を一時抜け出した時のことだ。リュカのルーラの呪文の及ぶ範囲にうっかり踏み込んでしまった彼女を連れ、友人らとともに町の外にいる魔物の仲間のところへ向かった。その時、青髪の彼女は初めこそ恐々としながらも、魔物の仲間たちの存在を受け入れてくれた。
「リュカ王―、どうしたんだよー。町に入りたくないのかー?」
美しい令嬢に会うのは構わない。彼女が今、どのような人生を送っているのかが気にならないわけではない。しかし果たして軽々しく自分が会っても良いものかどうかと逡巡する気持ちもある。かつて彼女は、リュカと結婚する可能性のあった女性なのだ。
「お父さん、知っている人がいるのならちゃんとご挨拶するべきだと思います」
まるで大人が子供に言うような口調で、ポピーが当然のことの様にそう告げる。仲間たちから、子供たちから様々に言われ、町に立ち寄らないのもおかしな話だと、リュカは笑顔を見せて子供たちと共にサラボナの町に入って行った。
町はおよそ十年前に訪れた時と変わっていないようだった。通常、十年前にくらべればいくらか建物も古びて見えるものだが、それもさほど気にならない程度だ。あの頃と変わらず町の至る所に花が咲き、民家でも店舗でも入口近くには花壇や鉢植えが置かれ、そこには色とりどりの花が咲き誇っている。美しい花が咲き誇る町の人々の表情も明るい。親子連れの旅人を見れば、町の人々は明るい挨拶の言葉をかけてくれる。人々の明るい表情を見れば、こちらも釣られるように笑顔になる。やはりこの町には美しさが溢れているのだと、リュカは変わらぬ街並みを眺めながらそんなことを感じていた。
「お父さんの知り合いの人って、あの一番大きなお屋敷の人?」
町の大通りを歩いている中、ティミーが何の気なしに遠くの高台の上に見えるひと際大きな屋敷を指差してそんなことを言う。リュカは何故ティミーがそれを知っているのかと、過去の出来事を不意に覗かれたような恥ずかしさを感じた。
「どうしてそう思ったの?」
「だってお父さんはグランバニアの王様で、王様が関係するような人ってあれくらい大きなお屋敷の人かなぁって思ってさ」
「ああ、なるほどね」
ティミーが至極もっともなことを言うのを聞き、リュカは納得するように頷いた。実際にラインハットではサラボナとの交易のやり取りがあるとヘンリーから聞いている。リュカとビアンカの結婚式がこの町で執り行われた際、ヘンリーとマリアも式に参列したが、その際にルドマンと商取引の話をしていたらしい。それ以来頻繁にではないが、キメラの翼を使いながら双方の場所に行き来し、物品のやり取りなどをしているようだ。ただラインハットとして交易の相手はあくまでもルドマンその人であり、娘のフローラとのやり取りがあるわけではない。
「お父さん、とりあえず教会でお祈りしていくのがいいと思います。新しい町では必ず、教会でのお祈りを欠かさないようにって、サンチョにも言われてるから」
「教会ってあそこだよね。すっごい大きい教会だよね! なんだか一つのお城みたい!」
ティミーが目を向ける先には、熱い太陽の光を燦燦と浴びる教会が堂々と建っている。リュカたちが歩く町の大通りの先には噴水広場があり、そこは町の人の憩いの場となっている。グランバニアの国を朝早くに出発したリュカたちだが、サラボナに着いたのは昼頃の時分となっていた。ちょうど昼の憩いの時間を町の人はその噴水広場を中心に思い思いに過ごしているようだ。グランバニアの城下町にも噴水広場があるが、建物内で魔法の明かりを受けて皆の目に映るそれとは違い、サラボナの町の噴水は太陽の光を受けてきらきらと輝く。自然の陽光を浴びる水には純粋な美しさがあると、リュカは光り跳ねる噴水の水をぼんやりと見つめる。
教会に続く階段を上ると、まるで大聖堂と見紛うような巨大な扉があり、リュカは思わずその前で立ち止まった。今、彼の両隣りにいるのは双子の子供たちだが、扉の前で立ち止まれば自然と、隣にいるのが白く輝く彼女のような気がする。およそ十年前に、この扉が開かれて、彼女に腕を取られながら教会の花嫁の道を歩いた記憶が、鮮やかにリュカの脳裏に蘇る。
教会の大きな扉をティミーとポピーが面白がって力いっぱい引き開いた。教会内から清浄なひんやりとした空気が溢れ、その空気が心地よくも全身を程よい緊張感と高揚感に包む。
「教会の中もとてもキレイね」
「すごいなぁ。今にも神様がそこに現れそうだよ」
サラボナの町の人々には明るい笑顔が絶えない印象がある。人々の明るさを守ってくれているのが、町を象徴するこの巨大な教会なのだろうとリュカは思う。神を信じる信じないは各々異なるかもしれないが、それでもこれほど巨大な教会が町のどこからでもはっきりと目にすることができる安心感は、町の人々の笑顔を守っていることに他ならない。
広い教会内に一人、誰よりも目立つ人物の姿をリュカの目が捉える。
今まで生きてきた中で、目にも鮮やかな青い髪をした人を、リュカは一人しか知らない。長い青髪を腰まで伸ばす彼女は今、祭壇の近くで神父と話をしていた。彼女の姿を目に捉えると、初めてこの町を訪れた時、彼女が飼い犬のリリアンを追いかけて走ってきた姿を思い出す。
教会の扉を開けて入ったばかりで、最も遠くにいたはずのリュカの姿を、彼女は振り向くように認めた。子供たちに両側から手を引かれるリュカに、青髪の麗人はみるみる目を丸くする。そんな彼女の表情を遠くに見ながら、リュカは自然な微笑みを浮かべた。一時とは言え、結婚を考えた相手とおよそ十年ぶりに会う空気感は、どこかくすぐったいような感じがした。
話をしていた神父に丁寧に頭を下げると、彼女はいかにも嬉しいと言った表情を浮かべてリュカの方へと小走りにやってくる。リュカも子供たちを連れて、彼女の方へと歩み寄る。
「リュカさん! お久しぶりです」
「元気にしてましたか、フローラさん」
「ええ、この通り、元気にしていますよ」
そう言うフローラの表情は非常に柔らかい。かつては可憐な令嬢と言った雰囲気を纏わせていたが、今では物腰柔らかな淑女と言った雰囲気だ。青い髪はあの時のまま腰まで伸びており、大きなリボンの代わりに花を象る髪飾りであの時と同じように後ろで髪を束ねている。服装もあの時の様に白と桃色を基調としたワンピースだが、肩からはふわりと薄手の肩掛けを羽織っている。
無意識に目が行った彼女の左手薬指には、慎ましやかに銀色の指輪が光っている。
「この子たちは、リュカさんのお子さんたちですか?」
フローラが両膝に手を当てて屈みながら双子と目を合わせる。唐突に美しい淑女に顔を覗き込まれたティミーは、いつもの元気はどこへやら、黙ったまま顔を赤くしてフローラの瞳を見つめ返している。
「そうです。双子なんですよ」
「そうなんですね。時が経つのは早いですね。もうこんなに大きなお子さんがいるなんて」
過ぎ去った時を慈しむような笑みを見せつつも、フローラは目の前の二人の子供たちに興味が引かれたようだった。そして先ずは自分からと、二人に対して自己紹介を始める。
「私はフローラと言う者です。以前、あなたたちのお父さんとはこの町でお会いしたことがあるんですよ」
「ボ、ボクはティミーと言います!」
「私は妹のポピーです。……お父さん、いつこんなキレイな人とお知り合いになったの?」
ポピーは訝し気な表情をしながらリュカにこっそりと問いかける。そんなポピーの言葉はフローラにも筒抜けだ。ポピーの言葉にフローラは口に手を当ててくすくすと笑っている。まるで悪戯でもしかけそうな彼女の笑みを見て、リュカもつられて笑ってしまう。
「後でゆっくり説明するよ。ちょっとね、色々とあってさ」
「何よそれ、すっごい気になる」
少し怒るような表情をすると、ポピーはまるでビアンカの幼い頃と瓜二つになる。口調や声まで似ているのだから、リュカは恐らく一生ポピーには敵わないのだろうなと思わせられる。
「ところでどうしてまたこの町にいらしたのですか」
フローラの問いかけは予想していたが、素直に話すにしても一体どこから話せばよいのか逡巡してしまう。彼女はリュカの隣にいるべき人がいないことに、嫌でも気がついているはずだ。しかし敢えてその事実に触れないのは、直接聞くことを恐れているためだろう。
「妖精の世界への入口を見つけに行くんです!」
リュカの一瞬の無言の間に、ティミーが勢い込んでフローラに説明しようとする。しかしその説明はやはり唐突で、フローラは笑みを浮かべつつも小さく首を傾げている。
「お母さんとおばあちゃんを捜す旅をしているんです」
次いで発せられたポピーの言葉を、フローラはすぐには理解できなかったようだった。母の血を色濃く受け継ぐ金色の髪をした双子の、子供らしい健気な表情の中にも強い意志が備わる瞳に、フローラはさっと表情を固くし、まるで目にしたくはない現実を目にするようにリュカを見上げる。
「あの、お母様と奥様を捜すというのは……」
「行方が分からないんです。二人とも魔物に攫われ、まだ行方が知れないままで」
改めて言葉にすると、その事実は非常に怖いものなのだとリュカはフローラの表情の中に見てしまう。リュカ自身、母も妻も今も生きていると信じているはずだが、客観的に見ればその現実は至極厳しいものだと痛感する。魔物に攫われ、無事でいられる者の少なさを突きつけられる。
「あ、あの、せっかくこの町にいらしたのですから、ぜひ父や夫にも会ってください。リュカさんがいらしたとなれば色々とお話も伺いたいでしょうし、もし協力が必要ならば喜んで協力させていただきますわ」
フローラの父ルドマンは世界を股にかける大商人だ。それこそ世界中から様々な情報が彼の屋敷に流れてくる。リュカはサラボナの町を訪れるのであれば、初めからルドマンを尋ねようと考えていた。二人の子供が素直に事情を打ち明けてくれたのをきっかけに、フローラからそのような誘いをもらったのは正直、有難いことだった。
「ありがとうございます。ちょっと図々しいかもしれないですけど、お邪魔させてもらいます」
「父もリュカさんにお会いできるのを喜びますわ。それに夫も……」
「フローラさん、結婚したんですね」
どこか必死な雰囲気を醸すフローラに、リュカは彼女をこちらの事情に巻き込むのは間違いだと、少しおどけるように彼女の左手薬指の指輪を指差した。するとフローラは軽く頬を染めながら左手を持ち上げ、右手で抑えるように自身の胸に寄せる。
「ええ、ちょうどリュカさんがこの教会で結婚式を挙げた翌年に、私もここで結婚式を挙げたんですよ」
「ええっ!? お父さん、この教会で結婚式を挙げたの?」
フローラの言葉に、ポピーが素っ頓狂な声を上げて驚いた。そして改めてこの大聖堂を見紛うような巨大な教会の内部に視線を巡らせる。「こんな素敵なところで、お母さんと結婚式を……」と言うポピーは、たとえ今、傍に母がいたとしても知り得なかった式の様子を想像して、夢を見るような目をする。
「あら、リュカさん、お子さんたちにそのようなお話はされていないんですか」
「うーん、そうですね。特に今までそういうことを聞かれたこともなかったし」
「お父さん、ボクもその時のこと、知りたいな。お母さんとどんな結婚式を挙げたの?」
ティミーも教会の高い天井や教会内部にも施された美しい彫刻や光の差し込む色とりどりのステンドグラスを眺めながらそんなことを言う。ティミーは決してポピーの様に結婚式そのものへの憧れを抱いて話を聞きたいと言っているわけではないのだろう。子供たちが本心から知りたがっているのは、まだ見知らぬ母が歩いてきた道のりだ。リュカはまだまだ二人にビアンカのことを語れていないのだと、父としての役目を果たせていないことを痛感する。
「よろしければ父の屋敷で一緒にお話ししましょう。私からもあなたたちに色々とお母さんのことが話せるかも知れませんわ」
そう言いながらフローラは双子たちに優しく微笑んだ。彼女はリュカとビアンカの結婚式の準備の際、ビアンカと会話をする機会も多く、すっかり二人は仲良しになっていた。リュカは結婚式の準備の期間には花嫁に会うことすらほとんど禁じられている最中、彼女たちがまるで旧知の仲の様に打ち解けていたことに軽く嫉妬を覚えたほどだった。
フローラの誘いを断る理由もなく、むしろルドマンにも会いたいと思っていたリュカは、彼女に連れられる形でルドマンの屋敷に向かった。サラボナの思い出が詰まる教会を出る際には、リュカはもう一度教会を振り返り、あの時の白く輝く美しい花嫁の姿を思い出し、思わず目の奥を熱くした。この町に残した思い出は、どれもが美しい。



「おおっ、リュカ君! 息災にしておったかね」
恰幅の良いルドマンはあの頃と変わらず、およそ十年の時を経ているにも関わらず、あの頃よりも尚、大商人としての豪胆さや好奇心旺盛な子供のような瞳を持った人物だった。彼の前ではあらゆる不安や悩みが問題ないものとして片づけられるような、背中を簡単に預けられる安心がある。自分の娘を袖にして、他の女性と結婚を決めたリュカに、結婚式の準備は任せなさいとその場で言い放ち、全てを取り仕切ってくれたような人だ。世の中の多くのことが、彼の前では問題とはならず、むしろその好奇心をもってしてあらゆる物事を解決に導いてしまう強かさがあった。
「ご無沙汰しています。あの時は本当にお世話になりました」
「いやいや、君たちの幸せの手伝いができて良かったと思っているよ。君が正直に花嫁を選んでくれたおかげで、フローラの気持ちにも気づいてやれたしな」
堂々たる大商人は人の好い笑顔を浮かべながら、大きな腹を揺らしている。
リュカはルドマンの屋敷の応接室に通されたが、ここはリュカが二人の内の一人を花嫁に選んだその場所でもあった。大きなテーブルを前にしてまるでどこかの先生の様に堂々と立つルドマンの隣、少し離れてフローラが立ちにこやかにリュカを見ている。リュカはこの景色を緊張した面持ちで思い出す。フローラと対となる位置に、かつて彼女はリュカから顔を背けるようにして立っていた。今では彼女が必死になって自分から視線を避けていたのを知っている。リュカに選んで欲しい、選ばれてはいけないと、いつもは賑やかなほどの彼女が沈黙し、いつもは好戦的とも言えるほどの彼女がどうにか逃げきることができればと、それこそ心の中で神に祈っていたのかも知れない。
その時のことが思い出され、告白した後の彼女の抑えきれなかった喜びの表情が蘇ると、リュカは一人胸を熱くする。あの時、絶対に彼女を幸せにすると思ったのに、今どうして彼女が傍にいないのか、その現実だけが苦しい。
「その子たちはリュカ君のお子さんたちかな?」
ルドマンが話を進めようとした時、リュカは自ら現状について話し始めた。フローラに話した時の様に、妻ビアンカとリュカの母が魔物に攫われ、長く探し続けていることをルドマンに伝える。以前、十年ほど前にこの町を訪れた時はリュカの母を捜す旅の途中だったことも合わせて伝えると、ルドマンもフローラも一様に驚いた表情を示していた。あの時はドタバタと人生の転換期を図らずも迎えていたために、リュカが何故旅をしているかを詳しく伝えることもなかった。
一通り話をすると、ルドマンは整えてある口髭を二度、三度と指先で撫でつけながら思案顔をする。ルドマンの指にはキラキラとした宝石をつけた指輪があり、その存在感は彼の存在感とも相まって光り輝く。それが決して品のないものとは映らないのが、彼の持つ特別な雰囲気だった。これだけの装飾品を身に着けて嫌味にならない人物も珍しい。
「リュカ君は若い頃から大変な苦労をしているんだね。あの時からどこか人とは違う雰囲気があったが、そのような理由があったとは」
話の流れとして、リュカとビアンカが魔物から石の呪いを受け、石像にされたことを話さない訳には行かなかった。リュカが時を止めたように若い姿のままでいるのは、八年の間を動かぬ石像の中で生きていたからだと、初めてそのことを聞かされる者はまず信じないような過去の事実も、ルドマンはすんなり理解してくれた。
「ビアンカも石の呪いを受け、きっとどこかで今もその姿のまま生きているはずなんです」
「ああ、私もそう思う。ビアンカさんはきっと今も生きている」
たった今、リュカから様々な過去を聞かされたばかりだというのに、ルドマンの言葉は自信に満ちている。彼もビアンカの無事を信じてくれることは、自然とリュカの力に繋がる。
「僕は……僕たちはどこだか知らない場所に連れて行かれ、競売にかけられました。僕はとある屋敷のところへ、そこでビアンカと離れ離れになりました」
「競売か。私もある競売場には出向いたことがあるが……」
リュカはルドマンのその言葉を期待していた。恐らく彼ほどの大富豪ともなれば、競売にかけられるような高級品や世にも珍しい逸品を手にするために、競売場に出向くことがある。ルドマンは競売場のことについて何かを知っているのではと、リュカは彼が持つその情報に希望を持つ。
「ただ、ビアンカは多分、競売には賭けられていません。僕は彼女には特別な買い手がついたのだと思っています」
リュカはあの時、紫色のローブの袖から覗く、真っ青な手を目にした。あの手が、石像のビアンカを買い取ったと確信している。憎き父の仇が今も尚、リュカの前に立ちはだかり続けている。
「あのような競売場は誰でも出入りできるものなのでしょうか。競売にかけられずに特別に買い手がつくこともあるんでしょうか」
リュカは当時のことを思い出し、思わず拳を固めるが、その口調は至って冷静なものだった。ここで感情をあらわにしても仕方がない。両隣にいる双子の子供たちのことを先ずは考えてやらねばならない。
「どうしても欲しいものがあれば、事前に破格の値段で手をつけることはある。そうすれば競売に賭けられることはない」
ルドマン自身もそのようにして手に入れたものがあるというような口調だった。実際に屋敷を飾る装飾品のいくつかは、そのような手段で手に入れたのかも知れない。
「恐らくビアンカは……魔物の手によって事前に買い取られたとのだと思っています。だけどわざわざそんな面倒をかけて石像を買い取る理由が僕には分からないんです。買い取ったからにはきっとどこかに置いていると思うんですが、魔物がそんなことをするようには思えなくて……」
「リュカ君、魔物は基本的に悪に満ちた禍々しいものに惹かれ、清浄なものを嫌う。しかし人間はどうだ。清浄なものに憧れ、悪を憎む。もし魔物がビアンカさんの石像を買い取ったのだとしたら、私は石像を利用する意図もあったのだと思う」
「利用する意図?」
「人心を掌握するのに、石像となったビアンカさんを利用する。私は実際に石像となったビアンカさんを目にしたわけではないが、それはそれは美しい石像なのだろうと想像するよ。その美しさを、人の心を掴むのに使うことは十分に考えられることだと思うが、どうだろうか」
リュカの境遇を考えれば様々な言い辛いことも、ルドマンは彼のためをと思い躊躇いなくその考えを話してくれた。ルドマンの考えに思わず歯噛みするリュカだが、彼の考えはビアンカが今も無事であることを裏付けるものでもあった。魔物によって利用されていたとしても、彼女が無事であることがリュカには大事なのだ。むしろ魔物の利用の中にいられる限りは、彼女の無事は保証されている。
「私が知っている競売場は二か所あるが、今はどちらも競売は開催されていない。年に一度、あるかないか、というところなのだよ。それに年月が経った今、そこを訪れたところで、当時のことを知る者はいないだろう」
リュカはこのサラボナを訪れ、ルドマンと言う世界の大富豪と話ができて良かったと思った。既にラインハットと交流のあるルドマンは、もしかしたら行方不明となったリュカとビアンカについての話を聞いているのではないかと思っていたが、ヘンリーが二人の行方不明について知ったのも彼らが石の呪いを受けて数年が経ってからだった。ラインハットからサラボナのルドマンに話をするまでには至っていなかったようだ。
リュカがルドマンと話をしている最中、リュカの両隣に座っていたティミーとポピーは新たに聞かされる話に身を震わせていた。父と母が石の呪いを受け、競売に賭けられたことは知っていた。しかし母ビアンカは競売に賭けられることなく、魔物の手により再び連れ去られてしまったに等しいという状況に、俯き加減に視線を彷徨わせ、膝の上で両手の拳を握りしめていた。
「ところで今回、この町を訪れてくれたのは、ここより東にある森を探索するためだと言っていたが、どの辺りなのかね」
ルドマンはそう言うなり、今までの重苦しい雰囲気を少々払うように穏やかな表情を取り戻す。そして応接間の一角にある本棚から一冊の本にも見える紙の束を取り出すと、それをテーブルの上に置いて一つ一つめくって行く。リュカが手にする世界地図よりも一回り小さな地図が開かれ、それにはこのサラボナがある西の大陸全体が細かく描かれていた。
リュカが地図上に指を走らせながら、目指す東の森を差すと、ルドマンは途端に困惑した顔つきになった。またしても指先で髭を整えるように撫でつける。
「いくら君が旅慣れていると言っても、この森に入るのはお勧めしないぞ。旅人に聞く噂話だが、この森は迷いの森と言って、一度入ったら二度と出てこられなくなるという曰くつきだ」
ルドマンが耳にした旅人の噂話は、広い森全体に魔法がかけられ、森に来る者を誰も彼も飲み込んでしまうというものだ。それはグランバニアでマーリンが調べてくれた情報と似たり寄ったりのものだった。それほどの強い魔法を一体誰が使うのかと問えば、強大な魔物ぐらいのものだろうと、ルドマンは一般的な見解の下にそう言う。それに対して、ティミーが希望を持った声で言う。
「魔物じゃないんです。妖精がきっと強い魔法をかけているんです。だからきっと、妖精にちゃんと話をすれば、分かってもらえると思うんです!」
「妖精か。そうだね、さっきリュカ君もそう言っていた。妖精の世界に通じる入口が森の中にあるのだと。……私はそちらの話の方が信じられるね。ただ森の中に魔物が棲みついているのも本当のことだと思うよ」
「リュカさん、本当にお子さんたちを連れて森に行くのですか? もしよろしければお子さんたちはこちらに預けていただいてもよろしいのですよ」
フローラはリュカが森に行くのを止めないことに理解を示しつつも、双子の子供たちだけでも町に残して行くことを勧める。彼女が心からの善意のみでそう言っているのが分かり、リュカは思わず彼女の優しさに微笑む。
「ありがとう、フローラさん。でも僕が二人をここに置いていったら、この子たちはきっと町を飛び出してしまうから」
「そんな……まだこんなに小さいのに、そんな危険な場所へ行くだなんて……」
「フローラ、リュカ君にはリュカ君の考えがあるんだ。無暗に留めては行けない」
「お父様、それは分かりますが、それでもやはり危険過ぎます」
「大丈夫です! ボクたち、これまでもお父さんと一緒に旅をしてるんです。ボクたちも一緒に戦えるんです」
「私たち、八年かかってようやくお父さんを見つけられたんです。もう、少しも離れたくないんです」
ティミーは勇ましく、ポピーはいじらしく、各々の思いをフローラに向ける。フローラは九年ほど前に結婚したというが、子供はいないようだった。それ故に、子供とは小さくか弱いものというイメージが先行し、彼らをどうにかして守らなければという思いが強い。しかし親であるリュカが決めたことならば、それを他人であるフローラが覆す理由はない。
「リュカさん、いつでもこちらを頼ってくださいね。私も心からビアンカさんの無事をお祈りしています」
「ありがとう、フローラさん。ビアンカもまた、あなたと話がしたいと思っているんじゃないかな。だから、ビアンカが帰ってきたらまたこちらにお邪魔しますね」
「リュカ君、今日は一晩、ここに泊まって英気を養っていくといい。早速部屋を用意しよう」
リュカがルドマンの申し出を辞退する間もなく、彼は早速使用人を呼び寄せてリュカたち親子を泊める手配を済ませてしまった。相変わらず思い立ったことはすぐに実行してしまうルドマンだ。その速さには恐らく、一生かかっても追いつけないだろう。
フローラは普段、別荘で夫と暮らしているようだが、今日は特別に皆でルドマンの屋敷で過ごすことになった。
「夫もリュカさんにお会い出来たら喜ぶと思います」
「僕も久しぶりに会えたら嬉しいです」
「ええ。では呼んで参りますわね」
フローラは一言も夫の名を口にしていないが、彼女の幸せそうな雰囲気を見れば、自ずと夫の姿も想像できた。彼の全身を傷めていた大火傷は良くなったのだろうかと、リュカは当時ベッドの上で横になっていた痛々しい姿の彼を思い出す。
「お父さん」
「うん、なあに?」
「フローラさんとはどういう関係なの?」
「ん?」
「どういう関係なの?」
「………………」
射るようなポピーの目つきが怖いと思ったのは初めてだ。ここで下手に嘘をついても、彼女はすぐに見破ってしまうだろう。特別、疚しいことをした覚えはないのだが、詰問するようなポピーの目を見ると思わずリュカの背筋は伸びた。
これは自分だけで話すよりは、フローラたちが屋敷に戻ってきたときに正直に過去の出来事を話した方がポピーの信用を得られるだろうと、リュカはどこから話すべきかを考えながら思わず宙に視線を彷徨わせた。

Comment

  1. るぅ より:

    やっと最新話までたどり着けました。
    bibi様の小説面白すぎて一気に読み進めてしまいました。公式小説以上のクオリティで凄いです!仲間もグランバニア襲撃編で死ななくてよかったです。

    ティミーやポピーはせっかく再会できた父親と片時も離れたくないですよね。天空物語でのリュカを探しだすまでの物語と再会シーンを思い出しました。

    ラストのリュカを問い詰めるポピーに笑いました。なんか青年時代(3)章でクラリスの話をした際のリュカとビアンカのやり取りを思い出しましたw
    将来コリンズ君大変だ・・リュカ認めるかな?(笑)

    もうすぐサンタローズ過去編ですね・・子供の頃スーファミで初プレイ時、真っ先にパパスを探してパパスと対面したときは再会できた嬉しさと過去を改変したい気持ちで一杯でした。
    bibi様がこの先のストーリーをどう描かれるのか楽しみに待っております(*´∀`*)

    長々と感想すみません。
    いつもありがとうございます。
    これからもどうかお身体無理されずに(*^^*)

    • bibi より:

      るぅ 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      久美さんの公式小説は別次元の遥か至高の領域にあるものとして、私はあくまでもゲームに沿った形でのお話を書いております。
      公式小説は仲間が倒れたりとなかなかハードな内容ですよね。私はどうしても仲間の魔物たちを死なせることができませんでした・・・。
      私は天空物語は知らないのですが、双子が主人公の物語なんですよね。二人からの視点での物語と言うのも、かなり深いものがありますね。だって生まれてから会ったことのない両親を探す旅だなんて・・・想像しただけで泣けます。その後、父親の旅について行くようになるのも、また物語が深くなりますね。ドラクエ5は本当に奥が深い。
      将来のコリンズは大変です(笑) 城の権威ある人に頼み込んで、まずはマホトーンの習得から始めた方が良いかも知れませんね。かっとなったポピーは手が付けられないかも知れないので(笑)
      リュカ対策は、本気でポピーに惚れてもらうことですかね。娘がどうしてもと言えば、リュカは為す術なし、ということで。
      サンタローズ過去編はまた気合いの入りそうな場面です。泣きながら話を書く自分の姿が見えます。ゲームのコントローラーと手にしながら、心が震える場面が多いんですよね、ドラクエ5は。家族愛がテーマなので、多くの人々の心を揺さぶってくれます。
      またいつでもコメントをお寄せくださいませ。お待ちしております^^

  2. ケアル より:

    bibi様。

    今度の旅にマーリン連れて行ってくれてありがとうございます自分の意見を参考にしてくれて嬉しいです。

    ミニモンの森焼き払い発言にはニヤニヤしました。
    さすがは子供モンスター!発送がぶっとんでますな(笑み)

    ポピーの新たな補助呪文、何を使うか楽しみです!
    マホカンタかルカナンかラリホー覚えたっけ…、もしくは意表をついて攻撃呪文イオラ。

    ポピーの「どこで知り合ったの!」…さすがは女の子、ティミーより敏感ですな。
    何も悪いことしてないリュカだけど矢を射るような視線と口調は…リュカも怖いですな(笑み)

    さて次回のお話へルーラ(笑み)

    • bibi より:

      ケアル 様

      コメントをありがとうございます。
      妖精の村には魔法使いの魔物も出るので、マーリンは連れて行こうかなと思っていました。
      それとミニモンは妖精と仲良くなれそうだったので、何となくメンバー入りを果たしました。
      この辺りから双子はどんどん呪文を覚えていきますかね。でもなかなか使えない呪文に苦戦、というのも面白いかも。
      ポピーさん、こういう所ではおませさんです。お父さんを見知らぬ女性に取られたくない、というのもあるでしょうかね。

  3. ケアル より:

    bibi様。

    一つ書き忘れてました
    このじてんでのサラボナはゲームではブオーン騒ぎになっていましたよね。
    ブオーンの話は後日で、今はbibiワールドですね。

    bibi様、ルラフェンのベネット爺さんいつ行きますか?
    パルプンテ覚えに?

    • bibi より:

      ケアル 様

      そうそう、この時サラボナに行くと、本当はブオーンの事態に巻き込まれるんですよね。
      お察しの通り、その事案はまた(大分)後日、書くことになると思います。あいつ、強いんで・・・(汗)
      ルラフェンは・・・まだ先ですかね。とりあえずはやるべきことを優先して行こうと思います。

  4. ピピン より:

    bibiさん

    ルドマンは原作以上に頼りになりますね。
    この時のやり取りからリュカはあそこに辿り着くのですね。

    それにしても色々と鋭いポピーが可愛い(笑)
    リュカはそういうタイプでは無いですが、悪い虫が近付いてきてもポピーがいれば安心ですね。

    • bibi より:

      ピピン 様

      コメントをありがとうございます。
      ルドマンは血筋で大富豪の位置にいますが、血筋ゆえに飄々と堂々と構えている所があります。そういう意味でも頼りになる人物ですね。あまり物事に動じない。けど、今後・・・という感じですかね。
      そうです。ポピーがいる限り、リュカの身の安全(?)は保たれます(笑) ま、リュカ自身、他の女性には見向きもしないのでしょうが。多分。

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