必要な冷淡さ

 

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ゴレムスがその大きな手に持つのは、ジャハンナの町の武器屋で購入したばかりのビッグボウガンだ。リュカやピエールが持つにはあまりにも大きな武器は、ゴレムスの手に渡れば寧ろ小さいほどに目に映る。町の武器屋であるサイモンの手によって、武器の本体にはゴレムスの名も刻まれている。
初めて武器を手にするゴレムスだが、彼の様子を見ているとどうも初めてという雰囲気ではなかった。その顔に感情は表れないが、リュカは彼が武器を手にして喜んでいるのではないかと思った。まるで初めから分かっているような様子で武器を右手に構えると、腰に提げた矢筒から一本の矢を引き抜き、素早くボウガンに番える。リュカたちは誰も、ゴレムスにボウガンの使い方などは教えていないが、ゴレムスは知っていた。
武器屋サイモンがジャハンナの町を守るゴーレムたちもまた、このビッグボウガンという巨大な武器を使いこなすのだと言っていたのを思い出す。リュカたちが初めてこの町を訪れ、町の守護役である多くのゴーレムたちと交戦した際には、彼らは一体として武器を手にすることはなかった。しかしそれは、敵となる相手がリュカだったからだ。ジャハンナのゴーレムたちは、町にやって来たのがマーサの子であることに気付いていた。町に足を踏み入れようとする外部の者たちを寄せ付けないのがゴーレムたちに課せられた使命であるため、排除すべき敵となれば彼らは容赦なく武器を手に取る。しかしゴーレムたちはマーサの子に気付き、しかし外部からの者という位置づけには変わりはないと、素手で戦った。敵に対する強い排除意思などは働かず、ただ彼が本当にマーサの子であるかどうかを試したのだった。
リュカたちが町にいる間に、ゴレムスは他のゴーレムたちにビッグボウガンという武器における使い方を既に学んでいたようだった。リュカたちが町に滞在したのは数日だったが、その間にゴレムスは新たな仲間と言っても良い、己よりも大きなゴーレムたちと打ち解けていたのだと、ゴレムスの様子を見てリュカのみならず他の仲間たちもそうと分かった。
「ゴレムスが小さく見えるなんて、ここでしかない景色よね~」
「ゴレムスよりも大きなゴーレムたちがいるなんて、ここだけだもんね、きっと」
「ゴレムスがまるで子供みたい」
ゴレムスが持つビッグボウガンの位置を直すように、他のゴーレムたちが手を貸す姿は、子供に新しい道具の使い方を教える大人の姿にも見えた。いつもはリュカたちを懸命に守る巨人として共にいるゴレムスが、今は更に大きなゴーレムたちに守られているようだ。敵として戦った時には脅威でしかなかったゴーレムの群れだが、ジャハンナの町の守護役を務める仲間として見れば、これほど心強い者たちもいない。
「ところでよう、ゴレムスの足はいつ治ったんだ?」
「町に着く前には足が酷く削れていたはずですが……あのゴーレムたちに治してもらったんでしょうか」
アンクルやピエールの声の前に、リュカもそうと気づいていた。ゴレムスはジャハンナの町に到着前に、敵との戦いで大きく足を損傷していたはずだった。歩けないというほどではなかったが、これから再び旅に出る前には治しておいた方が良いであろう損傷だったとリュカも記憶している。機械兵のロビンとは異なり、ゴレムスは損傷で削れた箇所を埋め合わせるような岩石があれば、それを以て回復呪文で損傷を治すことができる。もしかしたら幾体もいる巨大なゴーレムたちの中に回復呪文の使い手がいたのだろうかと、リュカは首が痛くなるような巨大なゴーレムたちを見渡した。しかし一体一体に回復呪文を使うことができるかどうかを問うのも言葉を持たないゴーレムたちには困難で、ゴレムス自身が今ではこれほどにゴーレムたちと打ち解けている姿を見れば、今更ゴレムスの怪我について確かめることもないだろうと、リュカたちはただゴレムスが初めて己の武器を手にして、その動作を確認する姿を眺めていた。
ジャハンナの町を離れ、町の人々とも、町を守るゴーレムたちとも、別れるのはひと時のことだという思いで、リュカは皆と共にジャハンナの町を後にした。恐らく再びこの町を訪れることになる。それは予想するものではなく、義務なのだとリュカは感じていた。母マーサがこの暗黒世界に守る、魔物だった人間たちが暮らす町をこのまま放っておくことはできない。たとえ後にその時が訪れるとしても、今は先を急ぐ必要があるのだと、リュカはジャハンナの町の人に教えてもらった通りに、敵の根城となる山々の景色とは反対側に開ける道を仲間たちと共に進み始めた。



ジャハンナの町を離れれば途端に、生命を感じないような景色の中に放り込まれた。歩く地面は固く、乾き、歩きにくいでこぼことした道だ。暗いためにその景色が明確に見えるわけではないが、しばらく歩いていると自然と喉が渇くため、空気が乾燥しているのだろうと思わせられる。それともジャハンナの町での滞在が少々長かったために、身体がまだ町を思い出して甘えているのかも知れない。
旅での水は貴重だ。リュカたち生き物としては、水を絶やしてしまえばそれは同時に命も潰えてしまうことと同義となる。生きるためには水も食糧も必要で、それらは皆がそれぞれ身に着け携帯している。多くはゴレムスに任せているが、水も食糧も一つにまとめることの危険を考えたリュカは、一人一人が常に少量の水も食糧も持ち歩くようにと指示していた。ただ、プックルだけは荷を持たせるとその機動力を生かせなくなるために、彼の分はゴレムスが持っている。
喉が渇くからと言ってやたらを水を摂取する者はいない。喉の渇きよりも、緊張が勝っているためだろう。しかしその緊張を以てしても、まだリュカたちの身体はジャハンナの町の感覚に甘えていたに違いない。上空を飛ぶ巨大な鳥の姿に気付くのも遅れた。
真っ先に見つかるのは巨大なゴレムスの身体だ。しかしゴレムスだけであれば魔物として見過ごしてもらえる算段がある。常にリュカたち人間は、魔物の仲間であり、身を隠すのに最も適しているゴレムスの身体に寄って移動している。味方のその大きな身体にも油断していたのかも知れない。敵が突っ込んできたタイミングに、リュカは敵が想定していたよりも余程正確にリュカたちのことを認識しているのだと気づかされた。
ホークブリザードが仕掛けてきた攻撃が吹雪でまだ助かった。しかし凍てつく身体に逡巡していれば、次にあっという間に止めを刺されると、皆を守るためにとすぐさまビアンカがベギラゴンの炎で吹雪の力に対抗した。
リュカたちの頭上から現れたのはホークブリザードが二匹。空を飛び回り、辺りの様子を窺っていたのだろう。既に何度も戦ったことのある相手だが、敵の持つ脅威の呪文には毎度恐怖を感じずにはいられない。
しかし冷静になれば、敵は二体だ。リュカが指示を出す。ポピーがアンクルにマホカンタの呪文を唱え、アンクルの大きな身体の周りにはあらゆる呪文を反射する膜が生まれる。呪文の力を帯びたアンクルが宙へと飛び出し、右手に持つデーモンスピアを構えて狙いを定める。
やはり死の呪文が青い巨大鳥から放たれた。単身で宙へと飛び上がり、巨大鳥との距離を詰めるアンクルがリュカたちとは距離を離れたことで、その呪文を一身に受ける。マホカンタの反射膜は役割を果たし、ザラキの呪文を受け付けない。その上、跳ね返った呪文がそのまま敵の元へと返って行く。ホークブリザードが一体、地に落ちた。
そしてもう一体を、アンクルが手にしたデーモンスピアで仕留めた。ホークブリザードの喉を一突きだった。敵は痛みに暴れることもなく、あっさりと息絶え、地に落ちたようだった。その事態に、デーモンスピアという大きな槍には即死呪文ザラキと同様の力が備わっているのだとリュカたちには見て取れた。
「すぐに移動しよう」
アンクルが素早く戻ってくると、リュカは皆にそう伝えた。先ほどのビアンカが放ったベギラゴンの炎は、この魔界という暗い世界では想像以上に辺りを明るく照らす。グレイトドラゴンのように炎を吐く魔物もいるために、炎そのものがこの世界で珍しいものではないだろうが、用心するに越したことはないとリュカは仲間たちと共に早足で先へと進んだ。
進む際には常に岩山の淵に寄り、できうる限り身を隠すように進んだ。道のど真ん中を歩く気には到底なれず、窮屈な思いをしながらも岩山の崖に寄り添い、己らの背は岩山に守られるようにと、なるべく警戒を怠らずに歩いた。
ジャハンナの町を出てしばらく経ち、辺りにいる敵は群れることもなく、各々が単体で行動しているようだった。やり過ごすにも都合よく、たとえ見つかっても主にプックルとアンクルが主体となって敵を倒した。疾風のように駆け抜けるプックルの速さと、宙を自在に飛ぶことのできるアンクルの動きは、それだけで少ない敵にとっては脅威となったようだった。
寄る岩山の景色には時折小さな洞があった。ただ我武者羅に進むだけではあっという間に体力が尽きると、休めそうな洞があれば迷わずそこで一時的に身体を休めた。ジャハンナの町にいた時には一日と言う時間が町の人々の行動や町の中に灯る明かりの強弱に見ることができたが、急ぐ今となっては一日と言う単位を気にしてはいられなかった。どうせ常に変わらぬ暗さが包む世界だからと、休める時に休み、進める時に進んだ。
町の人に教えられた道を辿り、凸凹とした地表の道から山々が続く険しい道へと景色が変化した。その景色の中でもリュカたちはひと際険しい岩山の麓に身を潜めるように冷静に、しかし急ぎ足で進んだ。山々のあちらこちらに敵の姿を見ることができる。その多くが、キラーマシンだった。
以前ロビンと遭遇した時のような大きな群れと言うわけではなく、単体単体が各々見張りに当たっているかのような動きを見せていた。しかしその範囲が広く、ある一体を遠くに避けて先へ進もうとすれば、他の一体に見つかり戦闘となることが予想される位置にキラーマシンは配置されている。完全に戦闘を避けては通れないことが分かると、ピエールが敵の様子を見ながらリュカに提案する。
「こちらから奇襲をかけましょう」
敵の意表をついて倒しにかかるなど、本来ならばリュカの気の進まない方法だ。それと言うのも魔物にも話の通じるものがいると分かっているからだ。ましてやリュカはロビンという機械兵とでさえも打ち解け、ジャハンナの町に連れてくることができた。相手に敵意があり、襲われてしまえば戦わざるを得ない状況となるが、敵と対峙しないうちに死角から襲い掛かるような真似をすることに、どうしようもない抵抗感がある。
「リュカ」
すぐに返事をしないリュカに、ビアンカが小声で話しかける。彼女の手には、母マーサから譲り受けた賢者の石が仄かに青白く光っている。
「お母様を助けるの」
賢者の石を持つ彼女の手は決して震えてなどいない。目的のためには他を選べない状況なのだと、彼女の意思の強い水色の瞳にそうだと気づかされる。リュカたちの目の前、近くには一体のキラーマシンが立っている。首だけを時折ぐるりと回し、周囲の様子を窺っている。明らかに監視目的のために、この隆起が激しく身を隠しやすい山々のところどころに配置されているのが分かる。
「がう」
「好機は今です。我々で参ります」
すぐにリュカの返事がないことに主の逡巡を読んだピエールは、プックルが低い体勢を取って今にも駆け出しそうになる体勢に応じ、静かにそう声をかけた。奇襲を仕掛け、密かに敵を斬り捨てるためには、派手な呪文を放つわけには行かない。頼りになる武器はプックルの両前足の炎の爪とピエールの右手にあるドラゴンキラーだ。敵を静かに早く仕留めるためにと、ビアンカはプックルに攻撃力強化のためにとバイキルトの呪文をかける。プックルが飛び出した。後に続くピエールに、ポピーも慌てて同じ呪文を投げるように放つ。
「お父さん! ボクも……!」
「ティミーはここで待つんだ」
今にも飛び出しそうになるティミーを、リュカは抑える。そしてそのリュカたちを、ゴレムスが自らが大岩そのものになるように、身体を丸めてその中に守る。攻撃力を高めたプックルとピエールでかかれば、キラーマシン一体を素早く倒すことが可能だとリュカは彼等の戦いの力をそう読んでいる。ただでさえ背後からの奇襲だ。相手に気付かれる前に仕留めるのだと、プックルの駆ける速度がいつもよりも尚速いように見える。しかしその駆ける足は非常に静かだった。それを追うピエールは、いつもの通り緑スライムの弾力を生かして、全く音を立てずに敵へと近づく。彼らほど奇襲に向いている仲間もいないと、リュカはゴレムスの守りの中で冷静に小さくなる彼らの後姿を見ていた。
キラーマシンが異変に気付いたのは、プックルに飛びかかられる寸前だった。プックルは敵の足に狙いを定めた。四本ある内に一本でも足を壊すことができれば、それで敵はその場からほとんど動けなくなるとプックルは半ば本能で理解している。
炎の爪が火炎を上げ、キラーマシンの右後ろ足にかかる。しかし敵もまた戦いの玄人だ。即座に反応して振り返る際には同時に剣を振り下ろしている。プックルの背中の赤毛が宙に舞うが、傷は負わずに済ませた。
振り下ろされた剣の起動を見送り、すぐさまピエールが横から敵の懐に入る。キラーマシンの弱点を知っている。左胸の丸だけを見つめて、ピエールが右腕に装着するドラゴンキラーを突き出す。一本の足をプックルの攻撃によって損傷しているキラーマシンの動きは、ほんの僅かに鈍かった。ピエールにはそれだけで十分だった。ドラゴンキラーの刃先がキラーマシンの左胸にめり込む。バイキルトの効果を受けた刃先は強靭となり、キラーマシンの装甲ですら容赦なく斬りつける。それだけでキラーマシン一体は動かなくなった。
その間、僅かの時間だった。そして非常に静かな戦いだった。辺りに他の敵の姿は見当たらず、この戦いに気付いた敵の魔物もいない。目的としていた道を拓くことには成功した。敵が群れを成すことを防げば、この先もこの戦い方で道を拓くことができるのだと、プックルとピエールが証明してくれた。
「リュカ殿、先へ進みましょう」
ピエールの意思は常にリュカと共に在ることを、リュカ自身深く意識している。それだけに常に己が彼を振り回してしまっていることも、普段意識はせずとも分かっている。ピエール自身から言えば、リュカに振り回されている意識もないのだろうが、一体これまでにどれほど彼の生を振り回してきたのだろうかと言う思いがふと胸に込み上げると、リュカは声をかけて来たピエールに応える。
「次は僕が」
「いえ、戦いにも向き不向きがあるでしょう。たかだか一体の敵への奇襲など、我々にお任せください」
ピエールの言う通り、今ほど鮮やかに戦いを済ませるような自信がリュカにはなかった。プックルは速く、ピエールは静かだ。彼らの連携がこれほどまでに洗練されていたものだったことに今の今まで気づかなかったのも、皆で一体となって戦いに参じていたからなのかも知れない。
「リュカ、お前は全体を見るべきだぜ。いざって言う時にお前がいなきゃ、みんなてんでばらばらになっちまうからな」
ゴレムスの作る空間に収まり切らないアンクルは、ゴレムスの足元の脇に隠れるように立ちながら様子を見ていたようだった。その右手にはデーモンスピアが構えられており、いつでも追撃できる体勢をとっていた。
「でもこういう戦いの時って、私の使うような目立つ呪文は向いていないってことね……」
「ましてや私やアンクルの火炎の呪文なんて使ったら、すぐに相手に居所がバレちゃうわね。気をつけないと……」
「リュカ殿、先へ」
「……うん」
ピエールの声が今は非常に心強い。彼には分かっているのだろう。ロビンをジャハンナに連れ、その身体まで直して、そしてそのまま人間の暮らす町に置いてきたリュカの心情は、もはやキラーマシンにまで同情するような心を持ってしまっている。もしかしたら、万が一、あの一体のキラーマシンだって話せば分かってくれるのではないかと、リュカの胸の内には敵となる魔物の心に甘えたような気持ちが芽生えてしまっている。それをピエールは、ある意味で一刀両断しているのだ。敵を奇襲攻撃で倒すには、ピエール程の割り切り方が必要なのだと理解はすれど、それを実践できるかどうかはまだリュカにも自信がない。
前に広がる道は隆起の激しい山々の景色だ。その凸凹とした地形を生かして、監視役のキラーマシンが一体ずつ配置されている。しかしその配置には深い意図があるようにも見えず、ただ適当な距離を取ってキラーマシンと言う機械兵を置いているだけのようにも見えた。そのお陰で、進もうとする前にいる一体を静かに倒して行けば、細いながらも道が開けることを実践の中でそうと知った。
キラーマシンの動きを観察し、一定の行動を繰り返し行っていることが分かると、背後からの奇襲で凡そ静かに片が付いた。しかし時折、型に嵌らないキラーマシンの行動も見られ、それを見てしまうとやはりキラーマシンと言う機械兵にも個体差があるのだとリュカは思わず顔を歪める。ただ命令通りに動くだけの機械兵ではないのだと、敵とも理解し合いたいという衝動に駆られるが、それを差し置いて為さねばならないことに目を向け、着実に道を進めて行く。
一体のキラーマシンにかかっている最中に、上空からホークブリザードが滑空してくることもあった。ゴレムスがその大きな背で皆を庇い、その脇からアンクルが宙に飛びあがり、一直線に敵へと突っ込んだ。なるべく敵に悟られずに進むために、リュカたちは極力攻撃呪文の発動を抑えた。リュカがスカラを唱え、ポピーがマホカンタを唱え、アンクルがその呪文反射膜を身に帯び、一体一で敵と対峙する。空からの攻撃に呪文無しで対抗するには、アンクルに頼る他はなかった。敵が一体ならば、アンクルの攻撃に敵は倒れた。しかし敵の数が二体、三体となると、到底アンクルだけでは対抗できない。
リュカたちをその身の中に庇うゴレムスが立ち上がる。彼の戦う意思を明確に感じ、ゴレムスの代わりにとリュカが家族を守る。巨人の手には、ジャハンナの町で手に入れたばかりのビッグボウガンが備わり、その扱い方をゴレムスは既に心得ている。右腕が空に伸びる。あっさりと引き金を引き、ゴレムスの手にする引きから矢が放たれた。初めは外れ、巨大な矢は宙を貫くように飛んで行った。次に矢をつがえるゴレムスの手の動きに、いつも彼に見るような緩慢さはなかった。腰に提げる矢筒から矢を引き抜き、ボウガンに取りつけ、引き金を引くまでの時間はさほどのものでもなく、次の矢はホークブリザードの腹を捉えた。ビッグボウガンはその名の通りゴレムスが持つほどの大きさで、番える矢もまた人間には使えないほどの大きさであり重量もある。腹にゴレムスの矢を受けたホークブリザードはその大きな一撃だけで、声も上げずに絶命し、地に落ちた。
魔物の仲間に頼りきりの戦いが続いた。密かに、ビアンカとポピーの魔力も徐々に削られて行った。彼女らの援助なくしては、プックルとピエールの奇襲は一つも達成できないのが現実だった。
いつもいつもリュカたちの奇襲が上手く遂行できることはなかった。時には奇襲を受ける側に回ることもあった。ホークブリザードの奇襲を食らった時には、既にゴレムスが動かなくなっていたりと、肝を冷やす場面にも当然の如く遭遇した。しかしこの山々の道を行く旅の中では、常にリュカたちは静かに密かに、歩みを進めることを念頭に置いて歩いて行った。
時折、時間も関係なく、寄る岩山の影にちょうど良い洞を見つければ、そこで身体を休めた。当然、食事を取るのも不規則だが、根っから旅慣れているリュカにとっては、これまでの旅での暮らしを思えばそう苦労もないものだった。日が昇らず、月も浮かばない暗い空にも景色にも大分慣れた。景色や環境に慣れれば、周囲への気配の感じ方もより鋭いものとなる一方で、必要以上に張りつめていた神経をいくらか和らげることができるようにもなってきた。
リュカの隣には常にティミーがいた。十歳の、元気そのもののティミーにとっては、本当ならばもっと前に出て活躍したいと思うのが普通だろう。しかし今は彼の出るべき場所ではないと、リュカが隣で抑え、ティミー自身もまたその状況を良く理解していた。背に天空の剣を背負っているティミーは今はただ、魔物の仲間たちの援助役へと回っている。集団での行動というのはこういうものなのだと、ティミーは父リュカの隣で今の状況を身をもって学んでいるようなものだった。
数日は歩いただろうということは、感覚的に分かっていた。一体ずつ配置されているキラーマシンを着実に倒していき、静かに道を進めてきた結果、今のリュカたちの前には山から下り、開ける平地のその先に森が広がり、そしてその先には目指していたひと際高い山、エビルマウンテンのその威容が見えた。
まだ遥か遠くに見えるが、エビルマウンテンの、暗黒の空をも打ち破りそうな高い頂を見上げると、リュカは地上世界のセントベレス山を思い出した。変わらない、と思った。むしろセントベレス山の真実の姿がこのエビルマウンテンなのではないだろうかとさえ思った。セントベレスにはマーサに化けた魔物ラムダがいた。しかしこのエビルマウンテンの山には紛れもなく本物の母マーサがいる。リュカは知らず、息を殺して、睨みつけるように、じっとエビルマウンテンの頂を見つめた。
進んできた山々の景色は終わった。山の斜面を皆で徐々に下って行く。地上世界とは異なり、山の標高が高いからと言って気温が下がるわけでもなく、肌に感じる温度は常に一定だった。
まだ距離のある森の中に、リュカだけではなく、当然魔物の仲間たちも敵となる魔物の気配を感じ取っていた。森の中にいくつも光る魔物の目は、明らかにリュカたちを待ち構えている。その光景を見ると、リュカは敵に試されているのではないかとさえ思えた。
「手前の沼地は避けた方が良いでしょう」
広い森の手前には、同じように広い沼地が存在していた。遠くからでも臭気を放つ独の沼地だと分かるその場所は、何が原因かは不明だが、完全に土地が死んでしまっているようだ。もしうっかりあの広い毒の沼地に足を踏み入れ、敵の魔物に襲われでもしたら、それだけでリュカたちの旅は詰んでしまいそうだと、誰もがそう思った。
「左手から回り込むしかないみたいだね」
「はい。いずれにせよ、あの森の中へは入らねばなりません」
リュカとピエールが言葉を交わす傍で、プックルが鋭い眼差しで森の中を睨んでいる。まだ山を下りて中腹を過ぎたあたり、互いに互いの姿を見るには遠すぎるような距離だが、プックルの青い瞳にははっきりと敵の姿が見えているような雰囲気だった。赤い尾が緊張したようにぴんと立っている。逆立つ背中の赤毛に見るのは、プックルの強気と怖れだ。この先へも進まねばならないと奮い立つ心を強気に表しつつも、あの森の中に飛び込んだ時に一体どうなるのだろうかという怖れが、彼の中に混在している。
「お父さん」
ティミーの声には十分に張りがあった。ジャハンナの町を出てここまで進むのに、彼は十分すぎるほどに体力も魔力も温存してきたような状態だ。今この場で、最も意気込み溢れて眼下に広がる森の景色を見ているのは、勇者ティミーなのかも知れない。
「絶対におばあ様を助けよう。大丈夫、絶対に助けられるよ」
ティミーがいつでもこれほどに自信の溢れる発言ができる理由は、彼が勇者に生まれたからなのだとリュカは理解している。息子は己の宿命を受け入れ、その先に繋がる明るい未来を誰よりも信じている。眼下に広がる黒く広がる毒の沼地や黒の森の景色などには目を落とさず、その目はその先に聳えるエビルマウンテンのおどろおどろしい山の景色を見据えている。大魔王が居するその山の景色と対比するように、ティミーの身に着ける天空の武器防具が暗い魔界の中に在っても神々しさを放っている。恐怖や絶望を必然と感じさせる暗黒世界の中でも希望を見失うことなどないと、ティミーは言葉にせずともその存在だけで示すことができるのだと、リュカは息子を見ながらそう感じざるを得なかった。
「ああ、そうだね」
リュカは短くそう返事をするだけだった。多くの言葉を返そうとすれば、そこに息子への礼の言葉が出てきてしまいそうで、それは抑えた。礼を言えば、己が弱気になっていることが知れてしまうと、多くの言葉は語らなかった。
山の麓にも当然のように魔物の姿があった。この暗黒世界で、キラーマシンは体の良い監視役として、どこにでも配置されている。彼等はただ命令に従うだけで、意思もなく恐怖もなく嬉々とした感情もなく、淡々と敵と認める者に対する攻撃を行う。ここに来るまでに既に何体のキラーマシンを倒して来たか、誰にも分からなかった。
先に進まねばならない。その為にと、リュカの前にプックルとピエールが進み出る。キラーマシンの一定の動きを読み、首をぐるりと回して完全に敵の視界から外れた時を逃さず、プックルが飛びかかり、ピエールが仕留める。攻撃性を見せない内に倒れて行くキラーマシンの姿をそうして見る度に、リュカの脳裏にはジャハンナに置いてきたロビンの姿が頭を掠める。ぐしゃりと地面に倒れるキラーマシンを見ながら、リュカは内心、一体どちらが悪者なのか分からないと僅かに顔を歪めるが、それを家族にも仲間にも見られるわけには行かないと、濃紫色のマントの襟首に顏を深く埋めていた。

Comment

  1. ケアル より:

    bibi様。

    ゴレムスは、めいそうを覚えたというか、周りのゴーレムに教わった感じでしょうか?
    ジャハンナに入る時も、そんなふんいきな描写ありましたよね(笑み)
    実践で使った時のリュカたちの反応が楽しみであります。

    今回の題名で何か嫌な感じだなと思っていましたが…リュカはロビンと野生のキラーマシンを比べてしまい、心の葛藤に沈んでしまいましたか…。
    これからの旅の妨げになりかねないリュカの心の揺れ動き…心配なところです。

    ホークブリザード、もはや何回も戦っているから対策ばっちりですね!
    そのうちビアンカのザラキ発動しそう(笑み)
    しかしまあ、ゲームでもザラキ大好きホークブリザードがザラキ弱点とは…スクエニも面白いことを考えますよね。

    次回も戦闘戦闘まだまだ戦闘ですね、次話お待ちしてます。

  2. ホイミン より:

    bibi様
    戦闘回は、いつもヒヤヒヤさせられますね、、、
    リュカは心の優しさゆえに死が怖いです・・・
    それにしても
    ポピー「マホカンタ」→アンクルが突撃→ホークブリザード「ザラキザラキザラキ!」→しかしきかなかったどころかマホカンタで反射される→ザラキだけでなくデーモンスピアの即死→このコンボ強すぎですね・・・

    • bibi より:

      ホイミン 様

      コメントをどうもありがとうございます。
      ここからまた、怒涛の如く戦闘回が続くかと思われます。私の精神もすり減りそうです。
      ゲームではできないことですが、アンクルにマホカンタ攻撃で突撃してもらっています。ゲームだったら後方にいるみんながバタバタ倒れていそうなところですが……。空を飛べるのとデーモンスピアと強力呪文で、もしかしたらこのパーティーで最強なのはアンクルだったりして。

  3. ケアル より:

    bibi様。

    コメント返信がまだ頂けていないのですが、何か失礼なことを言ってしまったのでしょうか…だとしたら謝罪します。

    • bibi より:

      ケアル 様

      こちらにコメントをいただいていたんですね! 気づかず……まことに申し訳ございません。お返事が大変遅れてしまいました。

      ゴレムスは大きなお兄さんゴーレムたちに教えてもらったというところです。実戦ではまだですね。そのうち、機会が訪れることと思います。その時はゴレムスがボロボロになっている必要がありそうですが……。

      リュカの心の揺れを、家族や仲間が支えます。誰かが困っていたら、他の人が助けると。こういう時、ピエールは非常に頼りになります。言葉でも実力でも確実に支えになってくれますので。ただ、リーダーがこんなんじゃ、この先ちょっと危ういですね。

      ホークブリザードはもう何度目の戦闘になるやら、ですね。ラインハットでも登場させたし。そうそう、ザラキにはザラキで返すという戦い方でどうにかしています(笑) その内ビアンカが容赦なくやりそうですね。ただ、彼女はこの呪文、決して好きではないんですよね。使う時は止むを得ず、という場面で使うかと思います。

      しばらく戦いが続きます。次話も今週中には上げたいと思いますので、もうしばらくお待ちくださいませ。

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