2017/12/03

東の遺跡

 

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父の姿はまだ見えない。リュカは傾いた太陽とは逆の方向へ向かって歩き続けていた。プックルが先導するように前を進み、リュカをちらちらと振り返りながら小走りに進んでいく。その尻尾に結び付けられた黄色いリボンが、今にも解けそうになっているのを見て、リュカは走ってプックルに追いついた。
「プックル、ちょっと待って。リボンが取れそうだよ」
リュカはプックルの尻尾からリボンを簡単に取ると、プックルは珍しくリュカに対して怒るような声を上げた。「早く返せ」と言うように、鼻の上に皺を寄せて唸っている。
「そんなに怒らなくてもいいだろ。つけ直すからじっとしてて」
リュカはプックルの尻尾を掴むと、リボンを巻いて結び付けようとした。しかしなかなか上手く結び付けられず、何度も同じ動きを繰り返す。プックルがイライラしたように尻尾を振り回し、尚更結びつけるのが難しくなり、リュカはむんずとプックルの尻尾を掴んで抑えた。
その時、プックルの尻尾に突然、緊張が走った。それが魔物の気配によるものだと、リュカにもすぐに分かった。リュカは手にしたリボンをとりあえず、脛に巻いているゲートルの間に押し込んだ。
魔物は鮮やかな青の羽根を持つ、小型のドラゴンだった。それが二体。初めて目にする魔物の姿に、リュカの身体にも緊張が走る。
青色の小型ドラゴン、ベビーニュートはリュカを見るなり、ギャアギャアと騒がしく鳴いた。硬そうな羽根をばたつかせ、威嚇するようにリュカの周りを飛び回る。リュカはすっかり扱いにも慣れたブーメランを右手に持ち、ベビーニュートの落ち着かない様子をじっと見つめている。口を真横に引き結び、子供ながらに鋭い視線を投げる姿は、立派な一人の戦士だった。プックルもリュカの隣で姿勢を低くして構えているが、敵に高い位置を飛ばれては攻撃を仕掛けることもできない。
なかなか攻撃を仕掛けてこないベビーニュートに、リュカは少しだけ期待を込めて話しかけてみた。
「ねぇ、ぼくたち、この先に行きたいんだ。あんまり戦いたくないから、ここを通してくれないかな」
大きな声で話すリュカを見て、小型ドラゴン二体はますます騒ぎ始めた。どうやら人間の言葉を理解できない種類の魔物のようだ。リュカの大きな声を聞いて、ドラゴンたちはいよいよ攻撃に移ろうと、宙で身構えた。
ベビーニュートは一定のリズムで何か特殊な音を出し始めた。それが羽根の動きによるものなのか、ベビーニュートの声なのか、いずれにせよリュカにもプックルにも不快な音だった。
それが呪文を唱える音だとは、リュカは気付かなかった。
リュカが今一度ブーメランを構え、狙いを定めようとしていると、その時、ベビーニュートの呪文が発動した。羽根の羽ばたきと共に、その風に乗って炎が飛んでくる。
目の前に迫った炎に直前まで気付かず、リュカは反応できないまま、炎を腕に浴びてしまった。ブーメランが手から投げ出され、咄嗟に濃紫のマントでばたばたと火を払う。隣ではプックルが体毛を燃やす火を消そうと、草地の上を転げ回った。みずみずしい草地は炎の熱を和らげ、プックルは身体の一部に焦げ跡を作るだけのことで済んだようだ。
リュカは激しい痛みを感じる腕に、すぐに回復呪文を施す。火傷の跡は消えたが、焦げ付いたマントの一部が朽ちるように地面に落ちた。
そんな様子を見る間もなく、もう一体のベビーニュートが一直線にリュカ目がけて飛んできた。口の中の牙を覗かせながら突っ込んでくるのを見て、リュカは咄嗟に両腕を前に出して体を庇う。ベビーニュートはその腕に思い切り噛みついた。その痛さにリュカは唸り声を上げる。額には冷や汗が伝う。
そんなリュカのすぐ横で、まるで獰猛な虎のような鳴き声を上げるプックル。リュカの腕に噛みつくベビーニュートにプックルは飛びつき、ドラゴンよりも鋭い牙でその青い身体に噛みついた。ベビーニュートはたまらず叫び声を上げ、リュカから離れ、地面に落ちた。プックルはそれでも離れずに、低いうなり声を上げながら執拗に噛みついている。青のドラゴンと、黄色のプックルが組み合って草地を転がって行く。
リュカはもう一体のベビーニュートを見上げた。今まさに呪文を発動させようとしているところだった。リュカは地面に落していたブーメランを拾い上げ、瞬間的に集中してブーメランを投げつけた。宙に漂うベビーニュートの羽根に直撃したが、リュカも自分の腕の傷の痛みに歯を食いしばる。地面に血が滴り落ちているのを見て、リュカは自分の顔が青ざめるのを感じた。
羽根に打撃を食らったベビーニュートは宙に留まることができず、止むなく地面に下りてしまった。草地に降り立つ敵の音を聞いて、プックルが振り向いた。一体をすでにやっつけたプックルは、もう一体も地面に下りたことに気づくや否や、反射的に敵に向かって駆けていく。リュカの目に映るその姿はもはや猫ではなく、立派な虎の姿だった。
二体のベビーニュートを倒したリュカたちは、敵が意識を失っている間に逃げるようにその場を去った。たとえ起き上がっても、怪我を負ったベビーニュートはリュカとプックルの相手ではないが、刻々と過ぎて行く時間に焦るリュカはプックルを連れて先を急いだ。



リュカは背中に感じる夕日がみるみるうちに強さを失って行くのを感じながら、闇の迫る東に向かってひたすら進み続けた。
東の空には一番星が輝き始めた。空にはところどころに雲が浮かぶだけで、夜には月が顔を出して地表を照らしてくれるはずだ。リュカは空を仰いだ。しかし月の姿は見えない。月の満ち欠けを理解していないリュカは、この日が新月であることを知らない。月が空に現れないこの日は、夜ともなれば一面が完全な闇に覆われる。
「プックル、お父さん、まだ見えないね」
リュカは心細そうに前を行くプックルに話しかけた。夜目も利くプックルは暗くなってきた辺りに鋭い目を光らせて、依然として早足で進んでいく。陽の光に晒され、鮮やかな緑色を見せていた一体の草原は、そろそろ夜の闇を受けて濃紺に染まり始めている。リュカは見えない父の背中を追いながら、徐々に増していく不安からどうにか逃げようとしていた。
向かう東の空を、リュカは今一度仰いだ。大きな星が一つ、強い輝きを放っている。西の空には赤くなった太陽が沈みかけ、東の空に瞬く星は夜空を後ろに従え、新しい時間を連れてくる。町や村以外では常に一緒にいた父と離れ、魔物のうろつく外で夜を迎えようとしていることに、リュカはプックルを追い越すような早足で進み始めた。
そんな折、行く先から鼻が曲がるような異臭が漂ってくるのを感じた。吐き気を催すような腐臭に、リュカもプックルも足を止める。プックルは鼻の上に皺を寄せ、それ以上進むのを拒むが、その先が気になるようにじっと前を見つめたままだ。
「プックル、この先にお父さん、行ったの?」
リュカの声にプックルは「ぐるるる……」とどっちつかずの返事をする。
腐臭の漂ってくる先には伸び放題の藪が広がっている。イセキとは昔、人々が暮らしていた場所だと父が言っていたのを思い出す。リュカは藪の中に何かが隠されていると感じ、藪草に足を踏み入れた。プックルも気乗りしない様子でリュカの後を歩いて行く。
昼の温かさを失いつつある藪草がリュカの顔に当たる。伸び放題の藪草は強く、リュカは頬に小さな傷をつけた。全身が体毛に包まれたプックルは苦も無く藪草を掻き分けてくる。ただ、強くなってくる異臭に変な声を出していた。
藪に覆われたところには、見たこともないような汚い沼があった。ねばつくような音を立てながらあぶくを出し、ただの茶色や灰色の沼とは違い、その色は紫がかっている。自然の力では発生しないような現象に、リュカはマントで鼻を強く抑えながら、思い切り顔をしかめた。
「イセキって人が住んでたところなんだよね。でも、ここはそんな感じしないなぁ。こんなところにいたら、病気になっちゃうよ」
リュカはマントで鼻を抑えながら、毒の沼地を間近に覗きこんだ。当然、底の見えない沼地に、リュカは到底足を踏み入れる気にはならなかった。プックルに至っては気分が悪くなったのか、尻尾を地面に這わせてしまっている。
元々はこの毒の沼地も、魚が多く棲むような美しい湖だった。そんな湖がこうしてあぶくの立つような異臭を放つ沼になってしまったのは、人間の手に寄るものだ。
かつて東の遺跡に暮らしていた人間が、美しい湖で余暇を楽しんだ後、発生したゴミを湖に投げ捨ててしまったのがきっかけだった。主に食べ残しなどを捨てられた結果、湖が汚れていく速さも増した。湖が汚れていく過程で、この地に戦争がおこり、戦いに敗れた兵士たちがこの湖に葬られたという説もある。
一度、人為的に汚染された湖は、もう自然の力では浄化もできない。汚いものから目を逸らす人間は美しかった湖の姿を忘れ、捨て置き、以来、この湖は毒の沼地と化してしまった。
そのような過去など知る由もないリュカは、ただ鼻をつまみながら沼の近辺を見渡す。人気はもちろんなく、魔物の気配も感じられない。緩やかな風に異臭が漂うだけの、どこか物悲しい光景が広がっているだけだ。
「ここにお父さんはいないよ。プックル、とにかくここを出よう。ぼく、気持ち悪くなってきた」
沼の表面から絶えず毒素を出し続ける空気に当てられ、リュカの身体は毒に蝕まれようとしていた。プックルも毒の臭気に鼻が利かなくなり始め、藪を出ようとするリュカの後を追っていった。
藪を掻き分けて再び外に出ようとした時、リュカの足元の土が一部、ぼこっと盛り上がった。リュカは地面の変化によろめき、慌てた様子でその場を離れた。
地面が隆起し、表面がひび割れる。土を割って出て来たのは大きな虫型をした魔物だった。まるで今目にしてきた毒の沼地ような紫色の体をしており、リュカは思わず眉をひそめた。藪の土中に棲んでいると、あの毒の色を体に移してしまうのかも知れない。両手には大きなハサミを持ち、ガシャガシャと威嚇するように動かしている。
「なんだ、人間じゃないか」
虫型の魔物、トンネラーが言葉を話したことに、リュカは見るも明らかに驚いた。プックルでさえも目を大きくしている。
「人間がこんなところに何の用だ」
トンネラーが早口に聞いてくると、リュカは楽しくなってきたように、弾んだ声で答えた。
「ぼく、お父さんを探してるんだ。キミ、知らない?」
「お前のおやじを俺が知ってるわけないだろ」
「そっか、そうだよね……。でもこの辺を通ったんじゃないかって、プックルが……」
「ぷっくる? ……うわっ、なんだ、キラーパンサーの子供じゃないか。なんでお前が人間のお守をしてるんだ」
「がうがう」
「な、こんな子供がお前の主人なのか。キラーパンサーともあろうものが」
「プックルの言葉が分かるの? いいなぁ、ぼくにもちゃんと分かったらいいのに」
魔物に遭遇し、怖がりもせず、普通に話し始める人間の子供に、地中の魔物トンネラーは意味もなく両手のハサミを動かした。その動きにも特に反応を見せずに、人間の子供はベビーパンサーと話をしている。
「どうしてお前、俺と話すんだ」
トンネラーは右のハサミをリュカに突きつけながら聞いてみた。リュカは何をおかしなことを聞くんだろうと言わんばかりの表情で答える。
「だって、キミ、言葉が話せるんだもん。それにぼく、お父さんがどっちに行ったのか、知りたいし」
「俺が知ってたら、人間のお前に素直に教えるとでも思ったのか」
「知ってたら教えてくれるでしょ」
「じゃあ、『あの毒の沼地に沈んだ』と言ったら入って行くんだな」
「お父さんはそんなことしないよ。もしそれが本当だったら……イヤだけどさがしに行くよ」
「人間の子供ってのはかなりおめでたいものだな。良く今まで生きてこられたもんだ」
馬鹿にされた雰囲気をトンネラーの言葉に感じたリュカだが、その意味を履き違えたまま反論する。
「ぼくのお父さん、強いんだ。ぼくだって強いんだよ。キミにだって負けないよ」
「そんなナリでか」
トンネラーはリュカのボロついた旅装と、腰に差しているブーメランを見ると、鼻で笑った。
「お前の武器を俺に当ててみろよ」
挑発的な態度で言うトンネラーに言われるがまま、リュカはブーメランを手にした。すっかり手に馴染んだブーメランは大した念を必要ともせずにリュカの思い通りに飛ぶようになった。リュカはほとんどの間を取らずにブーメランをトンネラーに向かって投げつけた。
弧を描いて飛んでくるブーメランが当たる直前に、トンネラーは甲殻の身体を更に硬くし、ブーメランを弾いてしまった。しかし予想以上に衝撃が強かったようで、ハサミの手で頭をさすりながら、目を回している。
「……なるほど、口だけじゃないんだな。普通の子供じゃないな、お前」
「ぼく、たくさん練習したもん。マモノとだっていっぱい戦ったんだよ」
「そうか、どうりでこんな外を一人で歩いて……ぎゃあっ!」
「がるるる……」
リュカが攻撃したのを見て、プックルも攻撃しても良いのだと判断したようだ。トンネラーの脳天に思い切り噛みついている。
「いでででっ、こらっ、放せ! 卑怯だぞ、いきなり攻撃してくるなんてっ」
「プックル、よしなよ、かわいそうだよ」
「がう」
プックルにとっては大抵のものが食べ物のようで、このトンネラーも例外ではなかった。少し大きくなった昆虫くらいの認識のようだ。
なかなか離れないベビーパンサーを振り払うように、トンネラーは土の中に潜って行ってしまった。プックルは穴の開いた土の中に顔を突っ込んで、逃げた魔物の気配を探る。
「プックル、行こうよ。きっとぼくたちが強くて、逃げちゃったんだよ」
リュカの言葉に耳をぴくつかせるが、地中に潜った魔物の気配はまだ消えてはいない。プックルは瞳孔を大きくし、集中して様子を窺っている。
自分が行ってしまえばプックルも付いてくるだろうと、リュカは藪の外に向かって再び歩き始めた。と、その時、リュカの後ろで突如、地面の土が吹きあがった。
振り返ったリュカが見たのは、噴き上がった土に飛ばされるプックルの姿だった。プックルは為す術もなく、その勢いのまま、毒の沼地に落ちてしまった。リュカが慌てて助けに向かう。
「プックル、どうしたの? 大丈夫?」
リュカの声に反応できないほど、プックルは慌てふためいている。沼の底に足がつかず、溺れるように泥を足でかいている。リュカは沼のひどい臭いに顔を歪めながら足を踏み入れ、沼からプックルを引きずり出した。
土が噴き上がった場所を振り返ると、先ほどまではいなかった土偶が二体、無表情に立っていた。大きさはちょうどリュカくらい、黄土色の土偶は眠っているように目を瞑り、リュカたちの方を向きながらじっと立っている。
「行け、土偶戦士よ。あいつらを攻撃するんだ」
続いて土の中から現れたトンネラーが土偶二体に指図をする。頭には、噛まれたところの応急処置のつもりか、青々とした草を貼り付けている。
魔族により遥か昔に作られた土偶戦士は、同じ魔物であるトンネラーの指示を受けると、瞑っていた目をゆっくりと開いた。小さな黒い目が、敵であるリュカを捉える。生気の感じられない土偶戦士に凝視され、リュカは身震いした。
二体が揃って歩きだし、リュカに向かってくる。リュカは再びブーメランを手にし、土偶戦士が接近する前に素早く放った。ブーメランは敵の肩に命中し、土偶戦士はその衝撃で一度よろめいた。しかし何事もなかったかのように、無表情のまま再びリュカに向かって歩き始める。見ると、ブーメランを受けた肩にはほんの少しの傷しかついておらず、土偶自体がかなりの強度を帯びていることが分かる。
続いてプックルが飛びつき、くびれた腹の辺りに爪を立てようとする。しかし素材の土が少しだけ剥がれるだけで、あまりダメージには至っていない。
「そいつらは強いぞ。まだまだこの地中にはこいつらがうじゃうじゃいるんだ」
手のハサミで頭の草を抑えながら、トンネラーが誇らしげに言う。しかしトンネラー自身も先ほどの土の噴出でとばっちりを食らったのか、目に入った土を懸命に取り除こうと涙目になっている。
リュカは手にしていたブーメランを腰紐に差した。そして何を思ったか素手のまま構えを取る。
「プックル、ぼくとおんなじことをするんだよ」
そう言うとリュカは、何も持たずに土偶戦士に向かって走り出した。土偶戦士の進むスピードはかなり遅い。そんな敵に向かってリュカは先手必勝とばかりに、走るスピードで勢いをつけたまま、体当たりを仕掛けた。まだ歩くだけの土偶戦士はリュカの突然の体当たりに耐えることもできず、重い音を立てて地面に倒れた。その衝撃で土偶は砕け、草地に散らばってしまった。隣にいるもう一体の土偶戦士がやはり無表情に壊れた仲間を見下ろしている。特に悲しんでいる様子もない。
一方、リュカは体当たりでぶつかった肩を動かしてみた。ズキズキと痛んだが、動かせないほどではなかった。
リュカが自分の身体の具合を確かめているそのすぐ横で、もう一体の土偶戦士はリュカの真似をした。後ろから体当たりを食らわされたリュカは、背中からの衝撃に息が止まり、前のめりに草地を滑って行った。藪が腕や足に擦り傷を作る。
リュカが顔を上げると、目の前は臭気漂う毒の沼地だった。しかし長い間ここに留まっているリュカの鼻は、既にこの毒の臭気に慣れ始めていた。もう臭いをそれほどきつくは感じない。
「うう、でも落ちたくない……」
リュカは痛む身体をどうにか起こして、敵の姿を探る。土偶戦士はやはり無表情にリュカを見つめている。じっと止まって力をためるような土偶戦士の仕草に、リュカは身体の痛さを忘れて立ちあがり、辺りをキョロキョロと見渡した。
気がつけば、横にプックルの姿がなかった。藪の向こうにプックルの赤い尾が揺れているのを、リュカは信じられない様子で見つめた。
「やっぱりキラーパンサーは俺たちの仲間だな。人間のお前の言うことなんか、聞くわけがないんだ」
土の間から楽しげにハサミを振り回すトンネラーに、リュカはむっとした表情で言い返す。
「違うよ、プックルは……あっちに何か気になるものがあって……」
リュカとトンネラーの話など関係なく、土偶戦士は何の前触れもなくリュカに向かって突っ込んできた。後ろに毒の沼地が控えた状況で、リュカはすんでのところで横っ跳びに土偶戦士の攻撃をかわす。
結果、土偶は毒の沼地に突っ込むこととなった。沼の淵に足を取られたかと思うと、徐々に沼に沈んでいき、溺れる様子も見せずに土偶戦士は静かに毒の沼地に消えて行った。
敵の攻撃を交わした勢いで、藪の外に飛び出したリュカは、草原に佇むプックルの横に身体を投げ出した。驚いたプックルが短い悲鳴と共に飛び上がる。
「プックル、どうして一人で行っちゃうんだよ、ひどいよ」
リュカの文句を聞いているのかいないのか、プックルは遥か遠くを見つめている。プックルの視線の先には、夜空に瞬く星とは別の、赤っぽい光があった。揺らめいて見えるその明かりは、遠くからでも火が灯っているものと分かるものだった。夕日は間もなく地平線に沈もうとしており、闇に染まり始める夜の景色の中で、その火はリュカたちを導いているかのようだった。
「あそこにお父さんがいるんだね」
リュカの言葉に応じないプックルだが、どこか張り詰めた様子で、揺らめく火から視線を離さない。プックルは夜目も利くが、人間のリュカは夜ともなれば全く目が利かなくなる。そんなリュカの為に、父パパスが目印となる火を置いてくれたのだろうかと、リュカは自身の勝手な想像に喜んだ。
「行こう、プックル。やっとお父さんに追いつけそうだね」
「ぐるるる……」
「どうしたの? 早く行こうよ」
足を止めたまま唸るプックルの尻をリュカは手で押す。半乾きの泥がまだプックルのほぼ全身にこびりついており、それに触れたリュカは思わず顔をしかめた。
「どこかに水があるといいのに。あのイセキに行けばあるかも。人が住んでたところだもんね」
リュカはそう言いながら、プックルの前を歩きだした。しばらく立ち止っていたプックルだったが、主人が迷いなく赤い明かりに向かって行く後姿を見ると、重い足取りながらも進み始めた。
人間の子供とベビーパンサーが沼地の北へ向かって歩き出すのを後ろから見ていたトンネラーは、土から出ることもできずに、夜の景色に消えていく彼らを見つめることしかできなかった。そして一人と一匹が目指す方角に揺れる火を見つけると、見てはいけない物を見たかのように、身震いしながら素早く土の中に潜って行った。



沼地を離れて間もなく、辺りはすっかり闇に覆われた。リュカは夜空に一際強く輝く星の、ちょうど真下にある揺らめく赤い明かり目指して進んでいた。空には星が無数に散りばめられているが、月の姿はない。月の満ち欠けで新月に当たるこの日は、月明かりも闇に屈してしまっている。
ほとんど視界の利かない真っ暗な夜の中で、リュカたちが目指す赤い火の明かりは、消えることなく揺れ続けている。目印となったその明かりが何故灯っているのかは分からない。しかしリュカはそれが父の点す明かりだと、疑いもせずに一直線に進んでいった。
夜になれば魔物と遭遇する確率は昼の数倍ともなる。障害物も何もない平たい草原地帯で、魔物と出遭うのは必至のはずだった。しかし、幸運なことにリュカたちは一度も魔物に襲われることもなく、赤い明かりのところまでたどり着いた。
後ろに山々がそびえる前で、遺跡の入り口はひっそりと存在していた。人工的な大きな石柱が両脇に並び、奥へと誘う。その入り口手前で、リュカが目印としていた火がふわふわと浮いていた。どうやら魔法の力で作られた火のようだ。リュカは不思議そうにその火を見つめながら、門を通り過ぎた。プックルも警戒するように姿勢を低くしながらリュカの後をついて行った。
「お父さん、火の呪文なんて使えたっけ」
リュカの記憶では、父パパスの使える呪文は回復呪文だけだ。リュカが大なり小なり怪我をすれば、すぐさま回復呪文をかけてくれる。父の手から火の呪文が発動されたことは一度もない。
「ビアンカがいるわけないしなぁ。お父さん、使えるようになったのかな」
リュカが入り口の門を振り返ると、目印だった火の力は見るからに弱まっていた。そしてまるで役目を終えたかのように、空中に浮いていた火はぱちんとはじけるように消えてしまった。火の粉が流れ星のように落ちる。だが、遺跡の中から仄かに明かりが灯っているようで、夜の闇の中で視界が利くことにリュカは気付いた。
「やっぱり中に何かあるんだ」
石柱の並ぶ入り口を通り過ぎると、壁に沿って灯りが数か所、揺らめいていた。かつてこの場所に人が住んでいたという名残は、灯りに照らし出される人工的な内部の様子で分かる。歩く地面もむき出しの土ではなく、しっかりと舗装されている石の通路だ。壁にも整然と石が敷き詰められており、人間の手で作られ、人間が使用していた建物だと言うことは誰の目にも明らかだ。
しかし、洞窟の中に建てられたようなこの遺跡に外からの明かりはほとんど入らず、火を使わなければ昼夜問わずに内部は真っ暗になってしまう。今も明かりの届かない天井の隅は真っ暗で、そこに固まって張り付いている魔物の姿にリュカは気付かなかった。
天井の魔物はまるで身体全体を占めるような巨大な目玉をリュカに向け、静かに遺跡の侵入者を捉えていた。触手を天井に這わせ、徐々に遺跡の奥へと移動する。リュカたちが遺跡の様子を見渡しながらゆっくりと進むのを後に、一体のダークアイが音も立てずに遺跡の奥へと姿を消した。
入り口から伸びる大きな一本道はその先に更に扉を構えている。既に開け放たれている大きな扉にはパズルのような文様が描かれている。じっくりとその文様を追うと何かの物語になるのかも知れないが、暗がりの中で見る文様は見辛く、リュカにはその意味が良く分からなかった。
リュカが扉を抜けようとすると、何を思ったのかプックルが脇に続く大きな階段を走って下りて行ってしまった。突然見えなくなったプックルの姿をリュカは慌てて追いかける。
階段の下には大きな水路があった。かつてこの遺跡に住む人々が利用していたのだろう。水路には今でも水がゆっくりと流れている。プックルはその水路に飛びこむなり、ずっと気になっていた身体の泥を洗い流した。
飛びこんだはいいものの、今度水路から上がれなくなったプックルは猫のような鳴き声でリュカに助けを求めた。リュカがプックルを水路から引き上げると、プックルは身体をブルブル震わせて水を切った。
プックルが泥を洗い流した水路は、出口に向かってゆっくりと水を流していく。水路の水は遺跡の奥から流れてくるようだ。毒を含んだ泥も水の流れに乗って外へ押し出されていく。
リュカは水路に顔を近づけ、匂いを嗅いだ。何の臭いもしない普通の水のようだ。リュカは両手で水をすくって飲み、少しひりついていた喉を潤した。ラインハットの厨房でちゃっかり食事はしてきたものの、水も何も飲んでいなかったリュカにとって、この水はありがたかった。
「プックルもちょっと飲んでおきなよ。はい」
リュカがプックルを抱き上げ、水路に顔を突っ込ませると、プックルは待っていたかのように一気に水を飲み始めた。リュカの腕が重みで少ししびれるくらい、プックルは水を飲み続けた。
「ぼくよりもノドがかわいてたんだね、プックル」
「にゃあ」
プックルは満足そうに口の周りを舐めると、リュカを見上げた。「先に進むの?」というような目だ。
「そうだよ、早くお父さんに追いつかないと」
リュカは先ほど下りた階段を駆け上がって行った。ラインハットの城のような急な階段ではなく、子供でも難なく上がれる階段だ。プックルも渋々上がって来る。
改めて文様の彫り込まれた大きな扉を見上げる。リュカはその扉を眺めながら、今までに感じたこともない異質な雰囲気をこの遺跡から感じ取っていた。外の空気は夜になってからは涼しいほどになっていたが、この遺跡の中は仄かに生暖かい。寒さを凌ぐような暖かさではなく、息苦しくなるような温かさだ。だがマントを払って腕を出すと、遺跡の中に滞っている空気に直に触れるようで、リュカは意味も分からず悪寒がし、結局いつも以上にマントを身体に纏わせていた。
プックルが天井の魔物を気にしている様子に気づくことなく、リュカは扉を抜けた。
先にはリュカが想像だにしていなかった巨大な空間が広がっていた。天井や壁の一部は土がむき出しになっており、床には建造物の一部が崩落した跡も見られるが、遺跡はほぼかつての形を残していた。遺跡の出入り口から続く通路よりも高い天井は暗く、視界はほとんど利かない。しかしその天井から一定のリズムで水滴が落ちているようで、リュカの目の前にある池のような水が張られた場所に音を立てていた。
池に近づくリュカの耳に、誰かの足音が聞こえた。慌てて隠れ場所を捜すリュカは、少し進んだところに小さな石柱が並ぶ間に身を潜ませた。プックルが優雅に歩いてくるのを見ながら、リュカは「早く!」と囁き声を出す。
石柱の間にいるリュカの耳に、その足音はより近付いた。リュカは自分から足音に近づいてしまったのだと気付いたが、その場から移動する気にもならず、じっと息を潜めた。
ほのかな明かりに浮かび上がる遺跡内の景色は人工的で、造りは直線的なものだ。相当に古い建物だが、かつての形を留めたまま整然としている。そこに魔物が姿を現わせば、建物の形とは異質なものと分かり、その存在が分かる。それは同時に、敵にも自分たちの存在が見つかりやすいということだ。
リュカはプックルの赤いたてがみをつかんで、無闇に飛び出さないよう抑えた。プックルは喉を低く鳴らしながら抵抗しようとしたが、主人の真剣な雰囲気を繊細に感じ取ったのか、今度は大人しく周囲を見渡し始めた。
建物の陰から現れたものは、人の形をしていた。頭には兜を被り、鎧らしきものを見に着け、長い槍のようなものを手にしている。影だけを見ると、人間以外には見えない。
「今でもここには人がいるのかな。昔、人が住んでたところだって、言ってたけど」
人間の姿を見たことで、リュカの気持ちは少し落ち着いた。兵士の様相をしている人間に話を聞けば、早くに父に追いつくかもしれないと、リュカは兵士の影に自ら近づいて行った。
しかし相手がリュカに気付くと、まるで魔物のようにその目を光らせた。飛び出るような大きな目を向けられたリュカは、息を呑み、その場で固まった。既に魔物と化してしまった兵士は、ぎこちない足取りでリュカに近づく。
骸骨兵が見に着ける鎧兜ははるか昔のもので、錆つくというよりもほとんど朽ちており、兜から覗く顔は完全に骸骨だった。鎧から出る手足も骨だけで、本来ならばこの世のものではない存在のはずだ。それが骸骨となった今でもこうして遺跡の中をうろつくのは、魔族の仕業によるものだった。葬られなければならない人間の身体を魔族は利用し、味方に取り入れてしまった。
リュカは怯えながらも骸骨の様子をじっと見つめた。骸骨兵は錆びた槍先をリュカに向けて構える。相手が子供ということを認識しておらず、ただ目の前にいる敵を倒すことだけを命じられているようだ。もう人間だったころの感情はどこかに捨て去られている。
魔物と化した兵士は他にもいるようで、人の形をした影がうっすらとした明かりのなかにちらちらと動く。だが、感覚が鈍いのか、他の骸骨兵たちはリュカの存在に気付くことなく、通り過ぎていく。かなり近くの距離に近づくか、偶然目を合わせでもしない限り、骸骨兵たちは敵の存在に気付かないようだ。
近づいてくる骸骨兵に、リュカはブーメランを構えた。視界があまり聞かない暗がりの中で、リュカはおおよその見当をつけてブーメランを放つ。しかしそれは骸骨兵を掠めただけで、そのまま戻って来た。その間にも、骸骨兵は距離を縮めてくる。
その時、リュカの横で構えを取っていたプックルが飛び出した。骸骨兵に飛びかかり、ちょうど槍を手にしている腕に飛びつき、その勢いで骸骨兵の手から槍が大きな音を立てて床に落ちた。その音に、周囲の空気に緊張が走った。他の何体かの骸骨兵が異変に気がついたのだ。
新たに近づいてくる骸骨兵は三体だった。リュカはその足音が自分を囲むように四方から近づいてくるのを感じ、頭の中が真っ白になった。ブーメランを持つ手が震える。近づいてくるのは、槍を構える兵が二体、それに剣を手にしている兵が一体。鎧兜の装備品はそう大差ないもので、いずれも錆びていたり、苔が生えていたりした。
リュカは落ちたままの敵の槍を見た。その槍を拾い、向かってくる三体に当てどもなく槍を向ける。錆びついた槍の感触がリュカの手にざらざらと伝わる。
上から振り下ろされる剣を、リュカは槍を横に構えて頭上で止めた。腕が痺れる感覚に襲われるが、骸骨兵の力は普通の大人よりは弱いようだ。リュカの力でも剣をはじき返すことができた。
今度は後ろから槍が伸びて来た。しかしそれはリュカのマントに小さな穴を開けただけで、攻撃には至らなかった。振り返り、リュカはその骸骨兵を鋭い目で見上げる。敵の目はなく、ただぼんやりとリュカの方向に身体を向けているだけだ。
「もしかして……あんまり見えてない?」
リュカと同じように暗がりの中であまり視界が利いていない骸骨兵は、それこそ闇雲に武器を振るうことしかできなかった。その証拠に、三体目が攻撃を仕掛けようと槍を薙ぎ払った直後、剣を手にしていた仲間の骸骨兵が床に転がって行くのをリュカは見た。仲間の攻撃を食らってしまったのだ。剣が一瞬、仄かな灯りに照らされ、リュカの前に投げ出された。
咄嗟にリュカは槍を置き、剣を拾って、構えた。リュカ自身、剣を扱ったことはないが、常に父の剣さばきを近くで見ていた。父のような立派な剣ではないが、リュカは父がよくしているように、何度か素振りをしてみた。予想ほど、重くはない。縦に振りおろしたり、横に薙いだりしてみる。ラインハットに向かう途中に遭遇したスライムナイトとの戦いを思い出し、リュカは自分の中にちょっとした自身が湧き上がるのを感じた。
細身の真っ直ぐな剣を中段に構える。父と同じ構えを取るだけで、リュカの中にある恐怖心が落ち着いて行った。
「ぼくはお父さんのところに行きたいだけなんだ。ジャマするって言うなら……仕方ないよね」
リュカは剣を構えたまま、骸骨兵に突っ込んだ。敵も元は兵士、リュカの攻撃をしっかりと槍で防ぐ。火花が飛んだが、剣は傷ついている様子もない。すぐに退き、リュカは構えを取り直すでもなく、そのまま剣を横に薙ぎ払う。胴に攻撃を受けた骸骨兵は態勢を崩しかけるが、その場で踏み留まり、返り討ちと言わんばかりにリュカを槍で殴りつけた。左肩に打撃を受けたリュカは、たまらずその場で床に倒れる。しかし右手でしっかりと剣は掴んでいた。
その骸骨兵の頭部に、プックルが飛びかかるのをリュカは床に寝そべりながら見た。プックルは骸骨兵の首の骨に齧りつき、ついには骨を砕く音が聞こえた。骨の欠片が床にぱらぱらと落ちる。
呻き声を上げる骸骨兵は、首元を齧る巨猫に顔を向けると、呼気を吹き付けた。毒素を含む呼気を浴びたプックルはしがみつく力を失い、ぼとりと床に落ちてしまった。その直後、骸骨兵も首を落とし、崩れるように床に倒れた。
「プックル、どうしたの? 大丈夫?」
リュカがプックルの背をさすりながら呼びかけるが、プックルの反応は鈍い。先ほどまで戦いで光を帯びていたプックルの青い目が、一転してどんよりと濁っている。直接毒を浴びたプックルは、身体が毒に侵されてしまったようだ。プックルの顔の辺りに、先ほど通って来た毒の沼地を凝縮したような強い臭いを感じたリュカは、慌てて道具袋を探り始める。
「やくそうじゃないヤツだよね。たしか前に、お父さんの道具袋から取った時にあったような……」
ビアンカとレヌール城に向かう準備として、リュカはパパスの道具袋を漁ったことがあった。その時、薬草ではない草も混じっていたはずだと、リュカは道具袋の中身を床にぶちまけた。薬草やら木の実やら金色のボールやらが一緒くたになって散らばる。
「あった、これだ」
リュカはしなびた毒消し草を手で揉み、プックルの口に持って行った。嫌そうな顔をするプックルの口の中に、問答無用で押しこむ。
「ちゃんと食べるんだよ」
リュカはそう言うなり、道具袋の中身をかき集め、再び仕舞こもうとした。しかし金色のボールを道具袋に入れたところで、突然後ろからの攻撃を受けた。槍先がリュカの頭の上を掠めた。床に置いておいた剣を手に取り、リュカは道具袋を左手に掴んだまま、敵から離れた。床にはまだ薬草が散らばっているが、もう拾うことは許されないようだ。
リュカは道具袋を腰紐に結び付けると、再び剣を構えた。こうしている間にも父は先に進んでいるに違いないと、リュカの心は焦る。
ヘンリー王子を助けるために、ラインハット城下町から消えて行った父の背中を、リュカは鮮明に思い出した。リュカよりも、ラインハット王子のヘンリーが大事なのだと言わんばかりの父の背中が脳裏に映ると、リュカは息が詰まる思いがした。
初めは父に対して、ヘンリーに対して、怒るような感情ばかりだった。しかしラインハットを出てこの遺跡までの道のりの中で、それは徐々に悲しみに変わっていった。ヘンリーを助けるためには、自分は足手まといになるのだと、直接言われてもいないことをリュカは想像した。
まだほんの子供のリュカに、親の感情など分かるはずもなかった。
我が子を一番に思わない親など存在しないことを、リュカは知らない。
パパスは我が子の身を案じるがため、ラインハット城下町でリュカの追いつけない速度で歩き、離れ、リュカを人のいる安全な場所に置いて行った。「ついて来れなかったら、城下町に戻れ」と指示も出した。聡い息子は父の姿を見失えば、指示の通り、城下町に残って父を待つだろうと、パパスは息子を買い被っていた。息子の父に対する感情を、パパスは浅く推し量っていた。
自分の安全は常に父と共にあると、リュカは信念にも似た感情を持っていた。父の傍にいればどんな危険からも逃れ、安心を得ることができる。だから今も、父の背中を追い続けている。
父は息子と離れる愛情を、息子は父の傍にいたいという愛情を持っていた。父子の愛情の強さは互いに変わらないものの、その方向は反対を向いていた。
リュカは慣れない剣を振るい、敵と戦う。剣を持つリュカの手に気が篭る。目の前の敵を早く倒したい。倒さなくては父に追いつけない。リュカがこれほど目の前の魔物を倒したいと思ったのは初めてだった。
骸骨兵も元は人間の兵士、子供のにわか剣術を相手にやすやすと倒れてはくれない。槍を盾にリュカの剣を受けてははじき返し、すぐさま反撃に出る。リュカも暗がりに慣れて来た目を凝らし、相手の動きを探る。相対する敵の斜め後方に、プックルの姿が見えた。リュカはプックルが今にも後ろから飛びかかろうと姿勢を低くしているのを見て、骸骨兵の注意を一身に引き受けようと、あえて攻撃を仕掛けて行った。
リュカの気のこもった一撃が、骸骨兵に襲いかかる。骸骨兵はリュカの剣をまた槍で弾こうとしたが、剣の勢いに負け、槍は真っ二つに折れてしまった。両手に槍の片割れがある状況に、骸骨兵は戸惑う様子を見せる。その隙を逃さず、リュカは両手で持つ剣を思い切り骸骨兵の胴にぶつけた。剣ではなく、骨の割れる軽い音がして、骸骨兵は胴から二つに分かれて、そのまま床にくず折れた。
「……あれ、倒しちゃったのか」
リュカは剣を握る自分の手を見ると、何だか自分の手ではない物を見るようにぼうっと見つめた。最後の打撃で手が痺れている。しかし剣は手から離れない。剣の柄を握り締めたまま緊張で固まった自分の手には、血が滲んでいた。
倒れた二体の骸骨兵を見下ろすもう二体の骸骨兵は、恐怖を感じたのか、その場で後ずさるようにリュカから離れた。リュカは威嚇するように剣を構え、二度素早く剣を振る。すると、残された骸骨兵は逃げるように暗闇に消えて行った。
魔物の姿が見えなくなると、リュカは気が抜けたように剣を下に下ろした。改めて剣を見下ろすと、遺跡内の仄かな灯りに照らされても、金属特有の煌めきは見せないような、古びた剣だった。骸骨兵を倒したのも、剣の切れ味などは関係なく、ただがむしゃらな力だけで倒せたのだと、リュカはまだ震える自分の手を見つめた。
プックルが足にまとわりつき、リュカの様子を窺う。温かいプックルの温度に、リュカは感覚の薄れていた両手に血が通うのを感じた。遺跡の内部にはまだまだ魔物がいるはずだと、リュカは剣を抜き身のまま持っていくことに決めた。
「大丈夫だよ、プックル。プックルは大丈夫?」
リュカの言葉に答えるように、プックルはリュカの足に身体を擦り付ける。ごわごわとしたプックルの毛がくすぐったく、リュカは思わず小さく笑った。
床に散らしてあった薬草などの道具を両手で集め、リュカは道具袋に押し込もうとした。しかしレヌール城で手にした金色のボールが邪魔をし、上手く道具が袋に収まらない。リュカは仕方なく一度、金色のボールを取り出し、薬草を下の方に押しやると、その上から金色のボールで蓋をするように入れて、口の紐をキュッと締めた。
遺跡の中の通路はずっと奥まで続いている。所々に灯る明かりに通路が照らされ、遺跡の巨大さをおぼろげに現わしている。その中で、一際明るい一角が、ずっと離れた先にあった。
「とりあえずあそこまで行ってみよう」
通路は明かりに向かって伸びており、歩いて行けば辿りつけそうだと、リュカは剣を握りしめたまま歩き出す。プックルはまだ口の中に残る毒消し草の苦さを追い出したいようで、リュカのマントの端をスルメのように噛みながら、リュカの後をついて行った。

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